言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

西尾幹二を久しぶりに読む。

2021年01月24日 09時31分11秒 | 本と雑誌

 西部邁、山崎正和が亡くなり、保守派言論人の重鎮として健在なのは西尾幹二である。少し年齢が下なのは佐伯啓思だが、論争的な方ではないので文章は緻密なのかもしれないが、私はあまり魅力を感じない。論争的と言へば、江藤淳もだいぶん前に亡くなつた。その弟子のやうな存在である福田和也も今はあまり書いてゐない。更に思ひ出したが、そのお友達であつた坪内祐三も昨年だつたか亡くなつた。私の読書遍歴のなかで、多くを占めてゐた批評家たちが次々と鬼籍に入られていく。さびしい。そんな中、西尾の存在はやはり大きい。

 氏のウェブサイトの年始の挨拶には、アメリカ大統領選のことが書かれてゐた。選挙の疑惑は明確なのに、そのまま次期大統領が決まつてしまふことに危機を感じてゐるやうであつた。そこには、「米国は今や法治国家ではない」とまで書かれてゐる。

 ポストトゥルースの時代にあつて、何が真実かが分からない。かつて誰かが「嘘も三回(百回は大げさでは)言へば真実になる」と言つたと聞く(ゲッペルス、レーニン、ユダヤの格言など諸説あり)が、さうであれば、この状況は現代に限つたことではないかもしれないが、今や知識人も市井人も同じやうに「何が真実かが分からない」状況にある。信頼できる人、慧眼の士と言へる人が果たしてゐるのかどうか、それすらも分からなくなつてゐる。

 一方、それが民主主義といふものだとも思ふ。いよいよその馬脚を現したといふことであれば、それは慶賀すべきこととも思ふ。「民主主義の死」などと大仰に言ふ知識人もゐるが、そもそも民主主義に生も死もない。制度に生命観を持たせる発想自体が愚かである。プラトンを引くまでもなく、民主主義とは衆愚と隣り合はせなのである。

 したがつて、民主主義なんてこの程度のものだと世界中の民主主義幻想を醒ませてくれたのであるから、トランプにはその程度の褒章があつてもいいのではないか。

 何が真実か分からない中で、さてどうすべきか。それは簡単なことで、人間を選べといふことにつきる。言葉に力があつて(しかし、その人はサイコパスである危険性もある)、行動に誠実さがあつて(サイコパスにはこれがない)、愛がある(自己を否定する理想がある)人、その人を捜せばよい。その人の価値が分かるためにはこちらの目の質が問はれることになるから、それも怠つてはならない。ソクラテスになるといふことだ。

 さういふ訓練が日常的に行はれれば、真実を知ることはあまり難しくない。ただ相当に面倒くさいことではあるが。

 

 さて、西尾氏の話題であつた。

 2010年前後に、氏は日本の問題点を権威と権力に分類し、それを天皇と政治とに対応させて論じてゐた。そこでは思ひ切つて大東亜戦争の責任についても論じられ、近代の天皇には権力もあつたから当然ながら責任はあると明言してゐた(ここが他の保守思想家と異なる)。そして、その責任を昭和天皇は果たしたと見る。そして戦後の日本は、権威と権力とに分離するといふ伝統的なスタイルに戻つたので、政治が天皇を守らなければならない。しかし、今日その政治に権力を保持する能力がない。なぜか。日本はアメリカの属国になつてゐるからである。さうであれば、アメリカが日本の皇室を守らなければならないといふ見立てになる。事実、戦後の政治を見てゐれば、アメリカが皇室を守つてきたと言へると言ふ。ところが、近年ではそのアメリカの政治もふらついてゐる。さうであれば、皇室の保持は難しいのではないか。核兵器の保持も共産国が併存するこの東アジアでは必要なことだといふ論じるが、それも皇室の保持といふ視点から語られてゐる。こんな構図で西尾は今日の問題を見てゐる。

 こんなアクロバティックな思考法で現代日本をとらへる思想家は、さうさうゐるものではない。私にはそれを批評する力はないが、皇室への距離感が私とは異なるので、十分に理解できたとは言ひ難い。一度政治の舞台に上がつた近代天皇は、もう一度京都にお帰りになつて神事を全うしていただくといふことは難しいのかもしれないが、権威の象徴として天皇がいらつしやるといふのは違ふと思ふ。天皇は現憲法の埒外。京都が独立して神道国を作り、その信仰を持つ人が日本にたくさんゐるといふのはダメなのかと思ふ。絵空事に過ぎないが、日本の政治を立ち直らせるために皇室を持ち出すといふのは不敬のやうな気がする。

 ただ西尾氏の言葉には依然力がある。それは愛があるからだらう。

 

 

 

 

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『日本独立』を観る | トップ | 野田宣雄氏の逝去を悼む »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿