言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

2024年度東京大学の国語第四問について

2024年03月26日 09時48分42秒 | 評論・評伝
 東京大学国語入試問題の2024年度の第一問についての論評は、昨日記した。「なに」を訊く問題が4つ揃はなかつたので、「なぜ」を2つ混ぜるしかなかつたといふのが私の考察である。
「なに」を訊く問題には「なぜ」が入るが、「なぜ」と訊けば理由しか含まれないと私は考へるので、その文章自体も含めて、2024年度の東大の現代文第一問は「面白くなかつた」といふのがその内容である。

 では第四問(文科のみに課される問題)はどうか。こちらは、良いと思つた(それにしても随分偉さうな物言ひですね。我ながらさう思ひます)。フランス文学研究者が、日本語でフランス文学の翻訳を通じて感じてゐることを記してゐる。
 菅原百合絵「クレリエール」
 
 翻訳論では、2013年 第一問 『ランボーの詩の翻訳について』湯浅博雄があるが、こちらは文科理科共通問題であつたのでこの2013年の問題を解いてゐた文科志望者は解きやすい問題だつたと思ふ。
 設問(一)は「ガラスは薄くなっていくが、障壁がなくなる日は決して来ない」とはどういうことか、説明せよ、となつてゐる。「ガラス」も「障壁」も比喩であることはすぐに分かるので、この比喩が何を意味してゐるのかを書けばよい。外国語と日本語とが完璧に対応してゐるわけはなく、その間から零れ落ちるもの、あるいは余計に付加されるものがある。「じかに触れたい」のに触れられないといふことである。
 第二問は「なに」が3題で、「なぜ」が1題。しかもその「なぜ」も本文にそのまま書かれてゐるのではないことが設問に暗示されてゐる。
 「 ~ 」(傍線部エ)とあるが、それはなぜだと考えられるか、説明せよ。となつてゐる。本文にその内容が明示されてゐる時には、ストレートに「それはなぜか、説明せよ」となつてゐる(事実、第一問の(一)はさうなつてゐる)。
 文科志望者相手の入試問題には出題してほしい問題である。
 見えることを通して見えないことを理解できる力、これはなにも文科に限ることではないが、とりわけ文科生には備へて来てほしい力だと東京大学は考へてゐるのではないだらうか。
 第一問の文章にはなかつた「形而上学的な視点」も第四問には記されてゐるやうに感じた。

 さて、文科生に相応しい文章が第四問と言つたが、京都大学になることこれはまつたく異なつてゐる。京都大学は、そんなことはお構ひなし。東大とはまつたく異なる本格的な藝術論や言語論などの文化論、あるいは文学そのものが出題されてゐる。
 国語の入試問題の文章を見る限り、まつたく格が違ふと言つた印象である。次回は、その京都問題の文章を見ていく。
 
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