言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

いとうみく『夜空にひらく』を読む

2024年06月11日 21時27分48秒 | 評論・評伝
 
 ネットで児童文学を探してゐて見つけた本である。読み終はつて、いい本に出合つたと感じてゐる。
 母に捨てられた少年が主人公。複雑な生ひ立ちが災ひしたのか、心が張り詰めるとつい手が出てしまふ。職場で嫌がらせを受けたことで、その職場の先輩を殴つてしまふ。傷害罪で訴へられて家庭裁判所に送られた。そこでの審判は、試験観察といふ処分になつた。
 そんな少年を迎へたのが花火制作の工場(正確には煙火店といふらしい)であつた。その家の主人もまた、複雑な経験を持つた人である。長男を無免許でバイクを運転してゐた少年にひき逃げされてゐたのだ。家族でスーパーに買ひ物に来た時に、車から奥さんが長男を下ろして少し目を離してゐた瞬間のことであつた。罪ある少年に息子を殺されたのに、罪ある少年を迎へ入れる試験観察の引き受け手になるとはどういふことか、妻と夫との間に亀裂が入る。そして三年後夫婦は離婚する。さういふ経験を経ながらも、主人は試験観察の引き受け手を続けてゐる。
 そこへ来たのがこの主人公の少年である。

 「夜空にひらく」といふタイトルにあるやうに、少年は次第に心を開いていく。夜空であるから、まだ影があるのかもしれない。読み終はつてもこの少年の心が解き放たれたとは感じられない。しかし、それでよいのではないか。傷は癒されても無くなりはしない。その傷跡が、その人物を大きくしてくれることもある。この少年の未来にそんなことを予感して、しばらくは続く葛藤、憂患と付き合つていつてほしいと願つた。

 在り来たりの成長物語なのかもしれない。しかし、私にはよい読書経験だつた。
コメント
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