三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「国連人種差別撤廃委員会「日本は被害者中心の「慰安婦」問題の永久解決策講じるべき」」

2018年08月31日 | 日本軍隊性奴隷
http://japan.hani.co.kr/arti/international/31504.html
「The Hankyoreh」 2018-08-31 09:21
■国連人種差別撤廃委員会「日本は被害者中心の「慰安婦」問題の永久解決策講じるべき」
 30日、対日本報告書を公開 
 12・28合意に被害者の意見反映されず

【写真】今月15日、ソウル鍾路区旧日本大使館前で開かれた「第6回世界日本軍慰安婦メモリアルデー」を迎え、世界連帯集会第1348回定期水曜集会で、出席者たちがプラカードを持ってスローガンを叫んでいる=キム・ギョンホ先任記者//ハンギョレ新聞社

 国連人種差別撤廃委員会(CERD)が日本政府に、日本軍「慰安婦」問題の解決に向け、完全な被害者中心のアプローチを通じた恒久的な解決策を講じることを勧告した。
 国連人種差別撤廃委員会は30日、このような内容が盛り込まれた日本に対する審査報告書を公開した。委員会ホームページに公開された報告書全文によると、同委員会は慰安婦問題を解決しようとする「日本政府の努力が完全な被害者中心のアプローチを採用していない」として、懸念を示した。また、日本政府が慰安婦問題の最終解決策だと主張する韓日本政府間の12・28の合意については、「生存する慰安婦被害者の意見が十分に反映されておらず、その解決策が第2次世界大戦以前や戦中に軍によって行われた女性に対する人権侵害について、(政府の)明白な責任を認めていない」と指摘した。同委員会はまた、慰安婦問題について、日本政府の責任を最小化しようとする日本の公職者たちの発言にも憂慮を示した。
 同委員会がこれに対する解決策として提示したのは「被害者中心のアプローチ」だった。同委員会は、日本政府が完全な被害者中心のアプローチを通じて、この問題に対する永久的な解決策を保障し、すべての国籍の慰安婦被害者が含まれるようにし、おぞましい人権侵害に対する日本政府の責任を受け入れることを勧告した。
 同委員会は、今月16~17日にスイス・ジュネーブで日本に対する審査を進めた。この場で米国の著名な人権活動家ゲイ・マクドゥーガル委員は「政府間合意で個人の要求を消滅させることは不可能だ」として、日本政府が被害者個人に謝罪と補償を行うことを求めた。マクドゥーガル委員は1998年、慰安婦問題に対する日本政府の法的責任と賠償を要求する国連人権小委員会のマクドゥーガル報告書(1998年)を作った張本人だ。
 これに対し、日本政府代表の大鷹正人・国連担当大使は「日本政府は最大限の支援と補償を行ってきた。慰安婦問題は12・28合意を通じて完全かつ不可逆的に解決された」と主張した。国連人種差別撤廃委員会は加盟国の人権状況を4年ごとに一度ずつチェックし、その内容を集めて報告書を作成する。同委員会の勧告は文字通り勧告にすぎず、強制力はない。

キル・ユンヒョン記者
http://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/860045.html
韓国語原文入力:2018-08-30 22:46


https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180831/k10011601331000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_019
「NHK NEWSWEB」 2018年8月31日 7時23分
■慰安婦問題で日本政府に勧告 人種差別撤廃条約の委員会
 スイスのジュネーブで開かれた人種差別撤廃条約の委員会は、慰安婦問題をめぐって複数の市民団体から、3年前の日韓合意を含む日本政府の対応が不十分だという声が出ているとして、被害者の立場に立って解決を図るよう、日本政府に勧告しました。
 人種差別撤廃条約の加盟国から選ばれた18人の専門家でつくる委員会は30日、4年ぶりに行った日本の人権状況に関する審査結果を公表しました。
 この中で、慰安婦問題も取り上げられ、2015年の日韓合意を含む日本政府の対応をめぐって、複数の市民団体から「被害者中心の解決になっていない」という声が出ていることに対して、「委員会として懸念している」としました。
 そのうえで、日本政府に対し、人権を侵害した責任を認め、被害者の立場に立って永続的な解決を図るよう勧告しました。
 勧告には法的な拘束力はありませんが、委員会は、定期的に行っている次の審査にあわせて、日本政府に取り組みの内容を報告するよう求めています。
 責任者を務めたベルギーのボシュイト委員は記者会見で「日韓合意など日本政府のこれまでの取り組みは評価するが、まだ満足していない人がいることも事実だ」と述べました。
 一方、ジュネーブ国際機関日本政府代表部は「日本政府の説明が十分に踏まえられなかったのは遺憾だ」として、委員会に抗議したことを明らかにしました。

★韓国外務省 抗議の日本政府を批判
 人種差別撤廃条約の委員会が、慰安婦問題をめぐって日本政府に対し、被害者の立場に立って解決を図るよう勧告したことについて、韓国外務省はコメントを発表し、「人種差別撤廃条約の委員会を含む、国連の人権に関する取り組みを評価する」としています。
 そのうえで、勧告を出した委員会に抗議した日本政府に対して、「勧告に耳を傾けることを望む」と批判しています。
 また、「韓国政府は被害者を中心に据えて、被害者の名誉と尊厳を回復する。慰安婦問題を歴史の教訓として残すために継続して努力する」として、改めて慰安婦問題に取り組んでいく姿勢を示しました。

★「ヘイトスピーチに対応を」
 人種差別撤廃条約の委員会はこのほか、ヘイトスピーチと呼ばれる差別的な言動や、沖縄でアメリカ軍の関係者による女性への暴行事件や軍用機による事故があとを絶たないことに懸念を示し、日本政府に対応を求めています。
 このうちヘイトスピーチについては、日本が差別的な言動の解消を目指したいわゆる「ヘイトスピーチ解消法」を2年前に施行したことを評価しながらも、対策はまだ不十分だと指摘したうえで、さらに法整備を進めるよう勧告しています。
 また、沖縄のアメリカ軍基地問題については、軍の関係者による女性への暴行事件や軍用機による事故があとを絶たないことに懸念を示したうえで、日本政府に対し、沖縄の人々の安全を確保するよう求めています。


http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201808/CK2018083102000145.html
『東京新聞』 2018年8月31日 朝刊
■慰安婦問題「被害者目線で解決を」 国連委 日本に勧告
【パリ=竹田佳彦】国連人種差別撤廃委員会(ジュネーブ)は三十日、旧日本軍の慰安婦問題で、日本政府に人権侵害として責任を認め、被害者目線で最終的な解決を確実に履行するよう勧告する報告書を発表した。二年後の定期報告書に解決に向けた詳細な取り組みを盛り込むよう要請した。勧告に拘束力はない。
 報告書では、二〇一五年の日韓政府間合意が「被害者中心の解決策になっていない。生存している元慰安婦の意見が適切に反映されておらず、旧日本軍による女性への人権侵害の責任も明確に示されていない」と指摘。公人による慰安婦問題を矮小(わいしょう)化する発言へも懸念を表明した。
 十六、十七日の審査で日本政府側は、日韓合意が慰安婦問題について「最終的かつ不可逆的に解決された」としていると指摘。着実に履行すると説明したが、委員から「不十分だ」などの発言があった。
 昨年五月に誕生した韓国の文在寅(ムンジェイン)政権は、朴槿恵前政権が結んだ日韓合意について元慰安婦に対し「意見を聞かず、意図に反する合意をした」と謝罪。日本側に誠意ある対応を要求しており、報告書が日韓の新たな懸念材料になる可能性がある。
 報告書では、日本のヘイトスピーチ対策に一定の評価を示したが、集会などで朝鮮半島出身者らに対して差別的な発言が続いていると言及。沖縄では米軍基地の存在により、女性暴行事件や民間区域での軍用機事故が起きていることにも懸念を示した。

<国連の人種差別撤廃委員会> 「人種差別撤廃条約」の履行状況を監視する委員会。条約締約国は差別撤廃へ具体的措置の実施を義務付けられ委員会の定期的な審査を受けなければならない。日本は過去3回、審査対象となり、2014年の前回審査では慰安婦問題やヘイトスピーチ問題で勧告を受けた。同条約は1965年に採択され、日本は95年に加盟。現在179カ国・地域が加盟している。 (共同)


https://this.kiji.is/408106323584124001?c=39546741839462401
「共同通信」 2018/8/31 12:51
■国連委員「元慰安婦と対話を」
 日韓合意は不十分との認識
【ジュネーブ共同】国連人種差別撤廃委員会で対日審査を担当したボシュイ委員(ベルギー)は30日、旧日本軍の従軍慰安婦問題解決のためには「日本政府は元慰安婦ら被害者と対話し、その意見を聞くべきだ」と指摘、2015年の日韓政府間合意では不十分との認識を示した。対日審査報告書の公表後に記者会見した。
 報告書は慰安婦問題について、被害者中心の取り組みにより持続的な解決を図るよう日本政府に勧告した。これに対し菅義偉官房長官は31日の記者会見で、日本政府の説明を十分に踏まえていないとし「極めて遺憾だ」と反発した。


https://this.kiji.is/407867141750277217?c=39546741839462401
「共同通信」 2018/8/30 22:43
■慰安婦問題、持続的解決を
 国連委が日本政府に勧告
【ジュネーブ共同】国連人種差別撤廃委員会は30日、今月中旬に実施した対日審査の報告書を公表した。旧日本軍の従軍慰安婦問題で、被害者中心の取り組みにより持続的な解決を図るよう日本政府に勧告した。
 また、沖縄で米軍基地の存在により軍用機の事故や女性への暴行事件が後を絶たない状況に懸念を示し、日本政府に住民の安全のための対策を取るよう勧告した。沖縄の住民の権利保護も強化するよう要請した。
 慰安婦問題への勧告では日本側に「元慰安婦らの人権を侵害した責任を認める」ことも求めた。


https://www.jiji.com/jc/article?k=2018083000708&g=soc
「時事ドットコムニュース」 2018/08/30-23:10
■被害者中心の解決を勧告=慰安婦問題で対日審査-国連
【パリ時事】国連人種差別撤廃委員会(本部ジュネーブ)は30日、日本の人権状況を審査した報告書を発表した。報告書は、2015年の日韓合意を含む慰安婦問題への日本政府の対応が「被害者中心ではない」とする指摘があり「懸念している」と表明。政府に対し「人権侵害の責任を認め、被害者中心の持続的解決策を保証するよう勧告する」と主張した。
 報告書は「(慰安婦問題に対する)政府の責任を矮小(わいしょう)化する一部当局者の発言を懸念する」と表明。「元慰安婦とその家族への適切な対処」を含む、問題解決へ向けた詳細な対応内容を委員会へ報告するよう政府側に求めた。
 対日審査は4年ぶり。事前の討議では、一部委員が慰安婦問題をめぐる15年の日韓合意について「最終解決にならない」などの意見を表明していた。報告書に拘束力はない。
 16、17の両日に行われた討議では、米人権活動家のマクドゥーガル委員が「なぜ日本が、被害者が適切と考える謝罪と補償をしないか理解できない」と批判。日本政府側は「次世代に引きずらないことが重要だ」として、日韓合意で解決済みとの立場を改めて示した。


https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34809180Q8A830C1EAF000/
「日本経済新聞」 2018/8/30 23:02
■慰安婦問題、持続的解決を 沖縄住民の安全対策も
 国連委、日本政府に勧告
【ジュネーブ=共同】国連人種差別撤廃委員会は30日、今月中旬に実施した対日審査の報告書を公表した。旧日本軍の従軍慰安婦問題で、被害者中心の取り組みにより持続的な解決を図るよう日本政府に勧告した。
 また、沖縄で米軍基地の存在により軍用機の事故や女性への暴行事件が後を絶たない状況に懸念を示し、日本政府に住民の安全のための対策を取るよう勧告した。沖縄の住民の権利保護も強化するよう要請した。
 慰安婦問題への勧告では日本側に「元慰安婦らの人権を侵害した責任を認める」ことも求めた。
 審査では日本政府代表が慰安婦問題について、2015年の日韓政府間合意を「最終的解決」とし、合意履行を進めると説明した。しかし、複数の委員が「日韓合意には被害者目線に欠くとの指摘もあり、問題解決にならないのではないか」と疑問を投げ掛けていた。
 勧告に法的拘束力はなく、日本政府にとって従う義務はないが、韓国の文在寅政権は日韓合意で問題は解決しないとして誠意ある対応を要求しており、日韓の新たな懸念材料となる恐れもある。
 審査で議題となったヘイトスピーチ対策についても、16年に施行されたヘイトスピーチ対策法は十分でないとの認識を示し、その見直しなどを勧告した。
 委員会は今月16~17日にジュネーブで約4年ぶりに対日審査会合を開いた。


http://www.sankei.com/world/news/180830/wor1808300014-n1.html
「産経ニュース」 2018.8.30 22:11
■国連委、慰安婦問題で4年ぶり対日勧告 日本主張受け入れず「元慰安婦への適切な相談なし」
【パリ=三井美奈】国連の人種差別撤廃委員会は30日、日本に対する報告書を発表し、慰安婦問題をめぐって日本政府に「被害者中心のアプローチによる恒久的な解決」を勧告した。2015年の日韓合意で「最終的かつ不可逆的解決」を確認したという日本政府の主張は受入れなかった。
 報告書は日本政府に対し、「恒久的な解決」には、韓国だけでなく「すべての国籍」の慰安婦も含め、日本が女性に対する人権侵害の責任を受入れるよう勧告した。元慰安婦や家族への適切な措置を含め、解決策を今後、同委員会に報告することも求めた。
 報告書はまた、日韓合意をめぐる日本の説明に「留意する」としたうえで、日本の対応は「元慰安婦への適切な相談がなく、軍による人権侵害への明確な責任提示をしていないという報告がある」と懸念を表明した。
 同委員会はジュネーブで開かれ、対日勧告は14年以来、4年ぶり。今回の勧告は、8月16、17日の同委員会による対日審査を踏まえて行われた。日本側はこの審査会合で、日韓合意について「両国が、多大な外交努力の末に合意に至った。この問題を次の世代に引きずらせないことが重要だ」と意義を主張。国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長(当時)も、この合意を歓迎したことを説明したが、委員から「政府間合意は問題解決にならない」などの反論が出ていた。
 同委員会は学識者ら18人の委員で構成。勧告に法的拘束力はない。
コメント

「米サンフランシスコ慰安婦像の瞳をペンキ塗りで毀損」

2018年08月31日 | 日本軍隊性奴隷
https://japanese.joins.com/article/583/244583.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」  2018年08月30日13時10分
■米サンフランシスコ慰安婦像の瞳をペンキ塗りで毀損  
 米サンフランシスコ慰安婦像が毀損された。
 韓国の日刊紙「韓国日報」によれば、27日サンフランシスコに設置されている慰安婦被害事実を初めて証言した金学順(キム・ハクスン)さんの銅像が毀損された。韓服は緑色と白色、瞳は白色の塗料が塗られていた。
 慰安婦像を管理するサンフランシスコ市芸術委員会は事件が発生した27日午後、毀損された銅像を復旧したことが分かった。サンフランシスコ慰安婦像の建設の主役であるキム・ジンドク-チョン・ギョンシク財団のキム・ハンイル代表は「サンフランシスコ慰安婦碑の毀損は衝撃的なこと」としながら「歴史の真実を発信する人権の象徴物であるサンフランシスコ慰安婦碑の建立の趣旨を憎む人々の破壊的で故意的な仕業のようだ」と韓国日報を通じて伝えた。
 サンフランシスコ慰安婦像は建設以後、大阪市から抗議を受けた。大阪市長はサンフランシスコ市が慰安婦像を維持するなら、両都市間姉妹連携を破棄するという書簡を送ったことがある。だが、サンフランシスコ市は慰安婦像を撤去せず、継続して維持する方針だ。
 一方、昨年に建てられたサンフランシスコ慰安婦像は建立1周年を迎えて9月22日に記念式を行う。
コメント

「庚戌国恥日に見て回る日帝蛮行の証拠」

2018年08月30日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31491.html
「The Hankyoreh」 2018-08-29 23:08
■[フォト]庚戌国恥日に見て回る日帝蛮行の証拠
 29日、ソウル市龍山区の民族問題研究所で開館

 国内初の日帝強制占領期間専門博物館である「植民地歴史博物館」が、庚戌国辱108周年の8月29日、ソウル市龍山区(ヨンサング)の民族問題研究所で開館した。博物館には、1875年の雲楊号事件から解放に至るまで70年にわたる日帝侵奪とそれに附逆した親日派の罪状を正確に記録した史料と展示物がぎっしりと収められている。
 ソウル市龍山区青坡洞(チョンパドン)孝昌院(ヒョチャンウォン)近隣の博物館の規模は、地下1階から地上5階まで延面積1500余平方メートルだ。博物館には企画展示室と常設展示室、書庫と収蔵庫、研究室などが備わっている。
 展示室に保管された日帝強制占領期間の日本の蛮行を証言する史料から一部を集めてみる。

1.純宗皇帝の勅諭と寺内統監の遺稿

【写真】純宗皇帝の勅諭と寺内統監の遺稿=植民地歴史博物館//ハンギョレ新聞社

 純宗が国権を渡すと明らかにした勅諭で、石版印刷された原本だ。「国権を自分が信じて頼る隣国日本の皇帝陛下に渡す」との内容が書かれている。朝鮮初代総督の寺内正毅が赴任して施政方針を明らかにした布告文には「前韓国元帥の希望に応じて、その統治権譲与を受諾する」と書いて、条約締結の正当性を強調した。

2.乙巳五賊 權重顯が受けたメダル

【写真】乙巳五賊 權重顯が受けたメダル=植民地歴史博物館//ハンギョレ新聞社

 乙巳五賊の1人である權重顯(クォン・ジュンヒョン)が、韓国併合を記念して受けたメダルと証書。權重顯は、1907年1月乙巳保護条約が無効であることを明らかにした高宗(コジョン)皇帝の親書が「大韓毎日申報」に発表された直後、“乙巳五賊”の暗殺を祈ったナ・インヨン、オ・キホらに狙撃されたが、命は保った。強制併合後、朝鮮総督の諮問機構である中枢院の顧問に任命され、1920年までの10年間、毎年1600ウォンの手当てを受け取った。

3.朝鮮総督府の帯剣

【写真】朝鮮総督府の帯剣=植民地歴史博物館//ハンギョレ新聞社

 朝鮮総督府の文官が帯びる刀。職級と関係なくすべて制服に刀を帯びさせ、朝鮮人に総督府官吏の権威を誇示しようと考えた。刀の柄と鞘に“桐の紋様”が一つずつ彫られていることから見て“奏任官”が使った帯剣だ。柄には鮫革が巻かれている。

4.千人針と軍慰問品の内チョッキ

【写真】千人針と軍慰問品の内チョッキ=植民地歴史博物館//ハンギョレ新聞社

 千人針は、参戦した人の無事を祈って長さ1メートル程度の白布に赤い糸で女性千人が一目ずつ縫って作った一種のお守り。千人針は、お守りのように腹にまいたり、帽子に通して被って通った。下の内チョッキは、釜山公立高等女学校2年生の山口幸子が「武運長久」と書いた南・朝鮮総徳の文字と一種の護身符として朝鮮神宮の印鑑を捺した布を重ねて作った内チョッキだ。朝鮮軍事後援連盟が生徒たちが作ったものを集めて軍人に慰問品として送った。

5.宮城遙拝

【写真】宮城遙拝=植民地歴史博物館//ハンギョレ新聞社

 毎朝“天皇”のいる東に向かって義務的に礼(宮城遙拝)をしなければならなかった当時の姿を撮影した写真だ。

6.中日戦争の戦闘日誌が記録された日章旗

【写真】中日戦争の戦闘日誌が記録された日章旗=植民地歴史博物館//ハンギョレ新聞社

 稲葉部隊歩兵第6師団などが1937年7月から1938年11月までの中日戦争戦闘日誌を記録した日章旗。日の丸の中に南京と漢口を占領した日が正確に記されている。南京大虐殺に加担したと推定される日程が目につく。

7.特別志願兵イ・ウンヒの壮行旗

【写真】特別志願兵イ・ウンヒの壮行旗=植民地歴史博物館//ハンギョレ新聞社

 壮行旗は、青年たちが死にに出かける時に掲げた旗だとして「青春挽章」と呼ばれた。この旗には「祝 陸軍兵志願者訓練所入所宮本恩徽君、国民総力金堤郡(キムジェグン)月村面連盟」と書かれている。イ・ウンヒは1941年、地方公務員試験を受けるため村役場に行き、事実上強制的に志願兵として連れて行かれた。当時妊娠8カ月だった妻を置いて、彼は結局1944年7月11日南太平洋パプアニューギニアのラバウルで戦死した。下は当時日本軍陸軍兵士が使った軍服と鉄兜、水筒などの軍装だ。

キム・ジョンヒョ記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/859802.html
韓国語原文入力:2018-08-29 19:13


http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31443.html
「The Hankyoreh」 2018-08-24 10:21
■[インタビュー]「日帝植民地支配が後世に与えた影響まで幅広く見せます」
 民族問題研究所 キム・スンウン資料室長

 キム・スンウン室長は、3年前フランス国家記録院が「ナチス賦役者」をテーマに展示会を開いた事実を思い出し、韓国も植民主義の清算はこれからだという考えを持たなければならないと話した。「フランス国家機関がなぜフランス版親日賦役派の展示会を開いたのか。現実政治で必要だからそうしたのです。当時、フランスの若者たちがナチに類似した政党に大勢加入したんです。ファシズムを警戒したのでしょう」と付け加えた。「徳成女子大学史学科で勉強しながら『国家はみな歴史を歪曲する』ことを学びました。その時、国家が記録しなかった話を私が記録しようと考えました」。
 国恥日(日本に国権を奪われた1910年8月29日)である今月29日、ソウル龍山区(ヨンサング)青坡洞(チョンパドン)に植民地歴史博物館がオープンする。建設準備委員会発足から11年。民族問題研究所(以下、民問研)が昨年12月に越してきた5階建てビルの1~2階、140坪あまりの空間に設けられる。開館日には日帝強制動員被害者遺族たちが歓迎プラカードを持ち、独立運動家の子孫など出席者を迎える予定だ。午後3時30分の開館式に先立ち、近くの孝昌公園の独立烈士墓地を訪ねる行事もある。最初の企画展は、10月に開かれる「反民族行為特別調査委員会70年特別展」だ。博物館の学芸室長を兼ねるキム・スンウン民問研資料室長と21日、民問研事務所で会った。
 「当初2010年に開く予定でしたが8年も遅れてしまいました。李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政府の時に起こった歴史歪曲のせいが大きいです」。説明を詳しく聞いた。「李明博大統領時代、ニューライト陣営は親日賦役を美化する代案教科書を出し、朴槿恵政府は国定歴史教科書を推し進めました。公営放送KBSも親日賦役・独裁を美化するドキュメンタリーを流しました。それらと闘うのに忙しく、開館に力を入れられませんでした」。

【写真】開館を控えた植民地歴史博物館の展示館内部=民族問題研究所提供//ハンギョレ新聞社

 民問研は昨年、博物館が入る建物を51億ウォンで購入した。内装費用などまで合わせると56億ウォン(約5億6千万円)だ。建物の購入は、市民からの後援金15億ウォンと「親日人名辞典」販売基金11億ウォンが大きな力になった。融資も22億ウォンを受けた。「真実和解のための過去事整理委員長を務めたソン・ギイン神父が2億ウォンを出してくれました。10万ウォン以上寄付した方が4800人もなります。最近はヤン・ボギョン誠信女子大学総長とハン・サングォン徳成女子大学総長代行夫婦が2千万ウォンを送ってくれました」。3年前に結成された日本の市民団体「植民地の歴史博物館と日本をつなぐ会」も1億300万ウォンを集めた。
 キム室長は博物館の開館の意味をこのように指摘した。「親日人名辞典(2009年)が清算できていない歴史を記録し、韓国社会に正義と常識を立てる運動だったとすれば、博物館はこのように記録された歴史を教育・伝承し、これを通じて世界と疏通する場になるでしょう」
 博物館の名前に「植民地」を入れたのも一つの挑戦だったという。「植民地の代わりに日帝強制占領期や日帝侵奪史とも言えました。しかし、植民地という言葉によってその時代をもっと深く理解できます。(博物館は)なぜ植民地時代を考えなければならないのかに焦点を当てています」。展示の構成で、彼女の言わんとすることが理解できる。2階に入る常設展示場は全部で4部だ。1部は「日帝侵略と植民地支配」であり、2部は「日本の侵略戦争と強制動員」、3部は「同じ時代の異なる人生、親日と抗日」、4部は「過去に打ち勝つ力、いま何をすべきか」だ。「3部では友堂(李会栄)、石洲(李相龍)など亡命独立運動家一族と、代表親日派である尹氏一族を対比させます。新興武官学校出身の独立軍たちと、独立軍の摘発に乗り出した日本陸軍士官学校出身の将校たちも一緒に見せます。4部は反民族特別調査委員会の挫折に続いた親日派の帰還と遅延された歴史の正義を、共感と連帯の力で克服してきたことを示します」。35年の植民地の跡が後世に及ぼした影響まで幅広く見せるというわけだ。

 「植民地歴史博物館」29日の国恥日に開館  
 保守政権の歴史歪曲と闘い8年遅れ  
 市民の寄付金と融資などで建物を購入  
 ソン・ギイン神父が2億・日本の市民も力を添え 
 学芸室長を務め、10月に「反民特委特別展」

 日本の市民団体の募金には800人余りが参加した。「日本の後援者の人々が真っ先に言った言葉は『私たちが先につくるべきだったのに』でした。『韓国政府でもなく市民が自発的にやっているのに、じっとしてはいられない』といって参加してくれました」。日本にはこのような博物館があるだろうか。「全世界で平和博物館がもっとも多いのが日本です。小さな市民団体や個人がつくった空間が多いです」。しかし、国や地方自治体が運営する公共博物館の中には、植民地支配を批判的に省察するところは見当たらないという。「大阪人権博物館が日本社会の朝鮮人差別問題に関心を持って展示をしたが、極右性向の知事が来て性格が変質しました。京都の立命館大学の国際平和博物館も戦争反対と平和を目指すが、自国の戦争犯罪を浮き彫りにはしていません」

【写真】開館を控えた植民地歴史博物館の展示館内部=民族問題研究所提供//ハンギョレ新聞社

 注目する展示品を一つ選んでほしいと言うと、キム室長は純宗が国権を渡すと発表した勅諭をあげた。「国権を自分が信じて頼る隣国の日本皇帝陛下に渡すという内容です。石版印刷された原本です。どこでも見ることのできない資料です。朝鮮第1代総督の寺内正毅が赴任し、施政方針を明らかにした文もあります。それを見ると、当時日本が朝鮮人協力者の養成をどれほど重要に考えたかを知ることができます。教科書で機械的に習った植民地支配の実像が生々しく伝わってきます」
 展示資料の収集は7年前から行なってきたという。「昨年2月、博物館の建物を契約したという知らせが広まり、日本からたくさんの資料が入ってきました。日本植民地時代に朝鮮で暮らしていた日本人が70万人います。今も当時朝鮮や満州で発行された本を持っている方が多いです。1932年に尹奉吉(ユン・ボンギル)義士が処刑された時に出た日本の地域新聞も寄贈されました」。神社の資料は、当博物館がおそらく世界で最も多いという話もした。「70年代から天皇制反対運動をしてきた日本人(辻子実氏)が、これまで集めた神社の資料を2009年から寄贈しています。靖国神社で出した資料はほとんどあります。日本植民地時代の朝鮮の神社の資料も、はがきを含めてたくさんあります」

【写真】開館を控えた植民地歴史博物館の展示館内部=民族問題研究所提供//ハンギョレ新聞社

 キム室長は2005年から民問研で働いている。「高麗大学大学院博士課程で勉強したときに先輩の勧めで合流しました」。1990年に徳成女子大学史学科に入ったのは、日本の歴史歪曲に対する怒りが大きかったためという。今後の計画を聞くと「1970年代から始まった日帝強制動員被害者の法廷闘争を一つ一つ記録したい」と語った。

文・写真 カン・ソンマン先任記者
http://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/858966.html
韓国語原文入力:2018-08-23 20:01


http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/31437.html
「The Hankyoreh」 登録:2018-08-23 22:29 修正:2018-08-24 08:10
■[コラム]我が身に刻まれた8月

【写真】被爆者健康手帳(原爆手帳)//ハンギョレ新聞社

 2008年、国務総理室「日帝強制占領下強制動員被害真相究明委員会」(以下、強制動員委)は『我が身に刻まれた8月-広島、長崎強制動員被害者の原爆体験』という本を出した。この本は、強制動員されて原爆被害を被った人々の証言を集めた貴重な資料だ。強制動員委は2014年に活動を終了し、この本の存在も忘れられつつある。だが、被害当事者のからだと心に負った傷は癒えない。
 三菱重工業長崎造船所に強制動員されたイ・クァンモさん(95)とキム・ソンスさん(92)は、6月26日に被爆者健康手帳の交付を日本政府に要求する訴訟で証言するために長崎を訪れた。日本政府は「被爆者援護法」に則り1945年原爆投下当時に広島と長崎の被爆地域にいた人々を「被爆者」と規定し、彼らに「健康手帳」を交付し、医療費を支給している。
 一緒に訴訟を提起したペ・ハンソプさん(92)は、健康状態が良くなく日本に来られず、日本の市民団体「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」の会員である河井章子さんが代わりに証言した。イさんは、三菱重工業が自身に付けた番号である「サンマンロクセンキューヒャクジューニバン」(3万6912番)を日本語ではっきり発音した。キムさんとペさんの強制動員被害証言は『我が身に刻まれた8月』に載っている。
 彼らが健康手帳の発行を申請したのは2014年からだった。日本政府は、健康手帳の発行を日本国内に居住する人に限定し、朝鮮半島に戻った朝鮮人被爆者の医療支援は無視したが、韓国の被爆被害者と日本の市民団体の長い闘争の末に2008年、被爆者援護法が改正され韓国でも被爆者手帳を受け取ることができるようになった。イさんは、自身が収容された宿舎の名前が「木鉢寮」だったと証言し、宿舎の詳細な位置と配置図を描いた。被害者本人でなければ知り得ない情報だった。
 しかし、健康手帳の発行申請を受けた長崎市は、イさんなどに却下決定を通知した。理由は、原爆投下当時にイさんらが長崎にいたという証拠が不十分だということだった。公文書を通じて証明されなければ被爆者として認定できないという話だった。イさんらは、2016年に長崎地方裁判所に長崎市の健康手帳発行却下決定を取り消してほしいとして訴訟を起こした。日本の市民団体は、有力な公文書証拠になりうる未支給賃金供託書を探しに乗り出した。日本の企業らは、強制動員された朝鮮人の未支給賃金を戦後に裁判所に供託したが、この供託名簿を探し出せば決定的証拠を確保することになるためだ。
 ところが昨年8月、衝撃的な事実が明らかになった。長崎地方法務局が朝鮮人労働者のものと推定される3400人の供託名簿を、1970年に保存期間満了を理由に廃棄したと告白した。日本政府が1958年、朝鮮人強制動員被害者の場合には保存期間が過ぎても名簿を廃棄するなという通達を送ったが、通達にも反する措置だった。日本は、自分たちが記録を廃棄しておきながら、もう記録がないから証拠がないと居直っているわけだ。
 最近会った「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」の河井さんは、大きなファイルに入れて関連資料を持ってきて、この事件について詳しく説明した。彼女は「強制的に引っ張って来た人々が被爆したのに、被爆した証拠を出せと言って居直る日本政府の態度に怒りを感じる」と話した。
 韓国裁判所事務総局が、日帝強制占領期の強制徴用裁判の結論を先送りする見返りに、外交部から海外派遣裁判官の席を勝ち取ろうとした情況が最近明らかになっているというニュースも聞こえている。強制動員被害者の被害は、両国双方から無視されている。残忍な話だ。

チョ・ギウォン東京特派員
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/858959.html
韓国語原文入力:2018-08-23 19:08
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「「憲兵」呼称は日帝残滓「軍事警察」に変更検討」

2018年08月29日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31468.html
「The Hankyoreh」 2018-08-27 21:54
■「憲兵」呼称は日帝残滓「軍事警察」に変更検討
 軍、悪名高い日帝時代の名称交替を推進 
 政訓兵科も“広報”などへの変更を検討

【写真】京畿道坡州の都羅山南北出入り事務所の出入境統制所で憲兵が警戒勤務に立っている=坡州/キム・ジョンヒョ記者//ハンギョレ新聞社

 “憲兵”名称を“軍事警察”に変える方案が検討される。
 国防部当局者は27日「憲兵兵科の名称は日帝時代の悪名高い“憲兵”に由来する歴史を持っているなど否定的な認識が強く、今回改称するために意見を収斂中」と話した。
 当初、憲兵名称の変更は憲兵兵科の次元で推進された。しかしソン・ヨンム国防部長官が先月、憲兵名称の変更推進に対する報告を受け、憲兵だけでなく軍全般について検討し推進するよう指示して、国防部次元で軍内の多様な兵科の名称変更について意見を取りまとめていることが分かった。
 憲兵の改称は、当初憲兵がソン長官に報告した通り“軍事警察”が有力と言われる。軍当局者は「本来、憲兵は英語ではmilitary policeであり、これを日帝が憲兵と翻訳した。本来どおり軍事警察とすれば、憲兵兵科のアイデンティティをよく表現できる」と話した。
 現在名称変更を検討している兵科は、憲兵以外に政訓兵科があると伝えられた。政訓は政治訓練を縮めた言葉で、業務分野である軍の公報・広報、精神教育などをきちんと表していないと指摘されている。内部的には“公報”などが議論されているという。

パク・ビョンス先任記者
http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/859344.html
韓国語原文入力:2018-08-27 10:35


http://japanese.joins.com/article/457/244457.html?servcode=400§code=400&cloc=jp|main|top_news
「中央日報日本語版」  2018年08月27日16時03分
■憲兵という名称が「日帝を連想」 韓国国防部、「軍事警察」への変更を検討

【写真】DMZの警備兵力が付けている憲兵の腕章。(写真=中央フォト)

 韓国国防部が軍隊内で警察職務を遂行する兵科の「憲兵」という名称を「軍事警察」に変更する方向で検討に入った。
 27日、国防部によると、同部は一部の兵科名称に問題があるという指摘を受け、兵科の名称変更に対する各軍の意見を集めている。政府消息筋は「3軍の憲兵兵科では憲兵を軍事警察に変えようという意見が最も多く提示され、名称変更がほぼ確定的」と伝えた。
 国防部は各軍の意見を取りまとめた後、今月中に軍人事法施行令を改正する方針だ。軍人事法施行令第2条第2項には各軍兵科の名称が羅列されている。
 これに先立ち、陸軍憲兵室は今年3月の兵科創設70周年を迎えて「兵科の発展および改革推進大討論会」を開いて兵科の名称・標識・徽章などの改善案について協議した。このときに「憲兵」は日帝強占期時代の「憲兵隊」を連想させるという意見が出た。これに伴い、陸軍憲兵室は憲兵の兵科名称を軍警・軍警察・警務のうちから変更する案を検討した。
 憲兵は、軍隊の中で秩序の維持と軍規確立、法律や命令施行、犯罪予防と捜査活動、刑務所の運用、交通統制、捕虜の管理、軍事施設と政府財産保護などの任務を担当している。
 米軍の憲兵は軍事警察を意味する「Military Police」を使用している。非武装地帯(DMZ)と共同警備区域(JSA)の警備兵力はすべて憲兵・MPの腕章をつけている。国連軍司令部の規定により、DMZとJSAは軍ではなく民政警察だけが出入りできるようになっているためだ。北朝鮮はDMZ警備部隊を民政大隊、JSA警備部隊を警部隊と呼んでいる。
 日帝憲兵隊は、日本帝国主義の強占統治を受けていた朝鮮や台湾だけでなく、日本でも強い権力をふるった。日帝憲兵隊が軍事警察任務以外に民間警察任務を引き受けながら、政治・思想警察も兼ねていたためだ。1919年三・一運動(独立運動)を無慈悲に鎮圧したその先鋒に立っていたのがこの日帝憲兵隊だ。
 日本陸軍は1881年フランスの憲兵制度を基礎として憲兵条例を作りながら憲兵を創設した。フランス国家憲兵隊(Gendarmerie Nationale)は地方小都市と高速道路で警察の役割を果たし、国家機関・施設を警備する。
 軍内部では、宋永武(ソン・ヨンム)国防部長官と憲兵との悪縁をささやく人々もいる。宋長官は2006年に海軍参謀総長に就任した後、海軍憲兵の不条理と不正を改革するよう指示した。長官就任後、憲兵兵科を対象とした公式席上で「我が軍の憲兵は日帝憲兵隊の伝統と脈が通じている。これを変えなければならない」という趣旨の発言をしたことがある。
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「憲法裁の決定のうち国民が選んだ1位は「慰安婦問題放置した韓国政府は違憲」

2018年08月29日 | 日本軍隊性奴隷
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31462.html
「The Hankyoreh」 2018-08-27 16:36
■憲法裁の決定のうち国民が選んだ1位は「慰安婦問題放置した韓国政府は違憲
 憲法裁判所30年での主要決定30選選定、弾劾決定は2位 
 公務員試験の年齢上限違憲・姦通罪違憲が3・4位

 慰安婦被害者の賠償請求権をめぐり議論や法的紛争が継続されているにもかかわらず、政府がこれを解決するための具体的な努力をせずに放置しているのは違憲だという2011年8月の憲法裁判所の決定が、国民が選んだ憲法裁の決定1位に選ばれた。

 憲法裁は創立30周年を迎え、国民1万5754人を対象に「国民が選んだ憲法裁の決定30選」アンケート調査を行った結果、「慰安婦賠償に関する行政不作為事件」が最も多く、3848人から選ばれたと26日明らかにした。

 憲法裁は当時、決定文で「憲法と韓日協定の内容に照らして被害者の賠償請求権に関して両国間の紛争が存在する場合、(政府が)解決手続きに進むことは作為義務(積極的な行為をする義務)だ。被害者たちがみな高齢で、時間が遅らせると歴史的正義を正し人間の尊厳と価値を回復することは永遠に不可能になりかねず、障害状態を除去する具体的義務が(政府に)ある」とし、政府が必要な外交的措置をしなかったと指摘した。

 国会が法を作らなかったり、政府が施行令を作らなかったという立法不作為の違憲は(以前にも)あったが、行政不作為に対する違憲決定は異例的だった。

 慰安婦の決定とともに、過去事清算に向けて親日行為で蓄積した財産を国家に帰属するようにした2011年の「親日反民族行為者の財産の国家帰属に関する特別法」(親日財産還収法)の合憲決定も18位(877人)に上がった。

 国民が記憶する憲法裁の決定2位(3113人)には、2004年の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領弾劾棄却決定と2016年の朴槿恵(パク・クネ)大統領弾劾認容決定が挙げられた。弾劾関連の決定が2位に押されたのは、最近、ヤン・スンテ最高裁長官当時の裁判所事務総局が強制徴用被害者や慰安婦関連の裁判をめぐって朴槿恵大統領府と取引きをしたという疑惑が大きな問題になったことによるものとみられる。

 3位に上がった「公務員試験受験年齢の上限は違憲」(2543人)をはじめ、「インターネット実名制は違憲」(5位・1699人)、「良心的兵役拒否の代替服務の不備は憲法不合致」(13位・996人)、「除隊軍人の公務員試験の加算点は違憲」(14位・968人)、「課外(塾など)の全面禁止は違憲」(30位・525人)など、若者層の関心事も30位圏に多く含まれた。

 このほか「姦通罪の刑事処罰は違憲」(4位・1780人)と「同姓同本の結婚禁止は憲法不合致」「通信制限措置の期間の延長は憲法不合致」(共同6位・1502人)、「金英蘭法(不正請託や金品などの授受禁止に関する法律)は合憲」(8位・1317人)、「国会100メートル以内での集会禁止は憲法不合致」(10位・1258人)なども主要決定に選定された。

 「被疑者の捜査場面の撮影許可は違憲」(11位・1183人)と「通信媒体を利用したわいせつ罪の身元登録は違憲」(15位・910人)、「捜査記録閲覧禁止は違憲」(20位・826人)、「重刑求刑の時の無罪判決釈放制限は違憲」(25位・641人)など、刑事手続きでの人権保護と関連した決定も多く選ばれた。このほか「維新時代の緊急措置は違憲」(16位・906人)、「統合進歩党解散決定」(共同18位・877人)、「5・18公訴時効の停止特別法は合憲」(28位・580人)なども含まれた。

 今回のアンケート調査は、憲法裁が1988年の創立後、宣告した3万3千件余りの決定の中から憲法裁30年史に登録された180の決定を対象に、内部検討と出入り記者のアンケートなどを経て選んだ50の決定を「ネイバー知識人」サイトに公開して1人当たり5個ずつ選ぶ方式で行われた。

 憲法裁は31日午前、ソウル鍾路区(チョンノグ)斎洞(チェドン)の憲法裁庁舎1階で創立30周年記念式を開く予定だ。

ヨ・ヒョンホ先任記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )


http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/859225.html
韓国語原文入力:2018-08-26 10:59
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「麗順事件70周年…特別法制定ための署名・請願始まる」

2018年08月28日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31464.html
「The Hankyoreh」 2018-08-27 21:46
■麗順事件70周年…特別法制定ための署名・請願始まる
 麗順抗争70周年記念事業会、27日に出帆式 
 「真相究明、墓地造成、遺族支援など、これ以上先送りできない」

【写真】麗順抗争70周年記念事業委員会が27日、麗水市庁前で出帆式を開き、特別法の制定を促した=麗水東部地域社会研究所提供//ハンギョレ新聞社

 麗水(ヨス)順天(スンチョン)事件70周年を控え、犠牲者の名誉回復特別法を制定せよとの声が高まっている。
 麗順抗争70周年記念事業委員会は27日、麗水市庁前で出帆式を開き「麗順10・19特別法」制定のための国民的署名・請願運動を繰り広げることを決議した。委員会は「済州(チェジュ)4・3が大韓民国の歴史であるように、麗順抗争も大韓民国の歴史だ。70年が過ぎただけに、この事件の真実を明らかにし、犠牲者と遺族の名誉を回復する措置をこれ以上先送りすることはできない」と強調した。
 委員会は今年4月、チョン・インファ民主平和党議員ら14人が発議した麗順10・19特別法案を通過させる活動に力を注ぐことにした。この法案は、真相究明、犠牲者・遺族補償、真相調査報告書作成、墓地造成と慰霊事業推進、遺族医療生活支援などを含んでいる。
 委員会はまず、9月上旬から今年末まで特別法の制定を促す1次汎国民署名運動を繰り広げる。10月には大統領府のホームページに国民請願を上げ、20万人以上のオンライン支持を集めることにした。また、9~11月の国会で、3回の討論会を開き、11月15~16日に麗水で専門家セミナーを用意する。
 麗順事件は、1948年10月19日、麗水駐留14連隊が済州4・3を鎮圧するために出動せよとの命令を拒否し、討伐軍の鎮圧過程で1万人余りが犠牲になった悲劇だ。

アン・クァノク記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/859429.html
韓国語原文入力:2018-08-27 21:18
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「済州4・3事件から70年 大阪への慰霊碑建立目指し募金活動」

2018年08月28日 | 個人史・地域史・世界史
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/07/27/0200000000AJP20180727002900882.HTML
「聯合ニュース」 2018/07/27 15:38
■済州4・3事件から70年 大阪への慰霊碑建立目指し募金活動
【済州聯合ニュース】朝鮮半島の南側だけでの総選挙実施は南北分断を固定化するとして反対した民衆の一部が済州島で武装蜂起し、軍や警察が多くの島民を虐殺した1948年の「済州島4・3事件」から70年を迎え、在日本済州4・3事件犠牲者遺族会などが大阪市天王寺区の統国寺への犠牲者慰霊碑建立を推進する。

【写真】記者会見する呉光現氏(中央)ら実行委員会関係者=27日、済州(聯合ニュース)

 遺族会などでつくる在日本済州4・3犠牲者慰霊碑建立実行委員会は27日、韓国南部の済州島で記者会見し、建立計画を説明するとともに、建立費用350万円を集めるため募金活動を行うと明らかにした。統国寺は在日コリアンの寺で、慰霊碑建立の敷地を提供する。
 大阪には日本帝国主義の時代から1950年代にかけ、多くの済州島民が移住した。4・3事件で被害に遭った在日コリアン1世やその子孫も多く居住している。
 大阪に暮らす済州島出身者らは、事件50周年の1998年から犠牲者の慰霊祭を毎年開いており、真相究明にも取り組んできた。
 遺族会の呉光現(オ・グァンヒョン)会長は「大阪は済州と密接な歴史的関係がある。日本でも事件を記憶し、平和と人権の大切さを思い起こさせるため、慰霊碑の建立を目指している」と述べた。


http://japanese.joins.com/article/534/243534.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|main|top_news
「中央日報日本語版」 2018年07月27日17時03分
■大阪に済州4.3犠牲者慰霊碑設置を推進
 済州(チェジュ)4.3事件から70年を迎え、大阪に済州4.3犠牲者慰霊碑を設置する市民運動が進められる。
 在日本済州4.3犠牲者慰霊碑設置実行委員会は27日午前11時、済州道議会「道民の部屋」で記者会見し、「済州と縁が深い大阪で済州4.3を長く記憶して残すために慰霊碑を設置する」と明らかにした。
 在日コリアンと日本市民、済州道民の参加で進行されるこの事業は350万円の募金を目標に大阪市天王寺区にある在日コリアンの寺「統国寺」に4.3慰霊碑を設置する内容で推進される。
 委員会側は「日本の中で済州の人たちが最も多く居住する大阪で過去20年間、済州4.3慰霊祭などを開催した」とし「大阪にも済州4.3の恨がある。こうようなところに4.3犠牲者慰霊碑を設置しようということ」と説明した。
 済州4.3事件は1948年4月3日に警察および右翼青年団の弾圧中止と単独政府樹立反対などを掲げて起きた済州の武装蜂起とその後に続いた武力衝突、そして鎮圧の過程で多くの住民が犠牲になった事態をいう。この過程で2万5000-3万人が虐殺され、弾圧を避けるために多くの済州住民が大阪に避難した。
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「南北、年内の離散家族再会を協議…早ければ10月末に行われる見込み」

2018年08月27日 | 個人史・地域史・世界史
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31461.html
「The Hankyoreh」 2018-08-27 09:26
■南北、年内の離散家族再会を協議…早ければ10月末に行われる見込み
 パク・ギョンソ大韓赤十字社社会長の記者会見

【写真】パク・ギョンソ大韓赤十字社会長が今月25日午後、金剛山離散家族面会所で、8・15を機に開かれた第21回離散家族再会行事(2回目)と関連し、取材陣と会見を行なっている/聯合ニュース

 南北の離散家族が、早ければ今年10月末に開催される追加の再会行事で会うことができる見込みだ。
 パク・ギョンソ大韓赤十字社会長は25日、金剛山で記者会見を開き、「パク・ヨンイル北側団長と(今回の)21回目の行事と同じ方式の離散家族再会行事を、今年中にもう一度開くことで合意した」とし、「具体的な日程などは局長級実務会談で協議することにした」と明らかにした。さらに、「規模は大体今回と同じくする」とし、「年内にすると言ったが、天候などを考慮し、うまく進めば、10月末頃(になる見込み)」だと付け加えた。
 パク会長は、南北が年内の追加の離散家族再会の必要性について、かなり意見が接近したと強調した。彼は「1年で離散家族3000~4000人が亡くなっている。おそらく7~10年後には、離散家族再会がこのような形で開くのは難しくなるだろう」とし、「人道主義に立脚した協力事業を推進する者として、離散家族再会に最も優先順位を置いている」と付け加えた。パク会長は金鋼山離散家族面会所をより積極的に活用するとし、南北離散家族の生死確認と定例再会、画像再会、故郷訪問、墓参りなどの問題について意見を交換したと明らかにした。
 パク会長は特に「パク団長と諸々の環境が整えば、故郷訪問団(交換)をなるべく早いうちに進めることについて、肯定的な協議ができた」と述べた。しかし、北側と故郷訪問団問題と関連し、具体的にどの程度の意見の接近が行われたかについてはまだ確認されていない。

【写真】第21回離散家族再会行事(2回目)最終日の26日午後、金剛山ホテルで南側の家族がバスに乗って先に出発する北側の家族の手を握りしめ別れを惜しんでいる=金剛山/写真共同取材団//ハンギョレ新聞社

金剛山/共同取材団、キム・ジウン記者
http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/859246.html
韓国語原文入力:2018-08-26 19:47


http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/08/26/0200000000AJP20180826000200882.HTML
「聯合ニュース」 2018/08/26 10:24
■南北離散家族再会行事 全日程がきょう終了
【金剛山(共同取材団)、ソウル聯合ニュース】朝鮮戦争などで生き別れになった韓国と北朝鮮の離散家族の再会行事の全日程が26日、終了する。

【写真】24日に行われた団体面会で、再会を果たし涙を流す離散家族(ニュース通信取材団)=(聯合ニュース)

 再会行事は北朝鮮の景勝地・金剛山で20日から開催され、3日ずつ2回に分けて進められた。
 20~22日の1回目の行事では、韓国側で参加を申し込んだ離散家族が北朝鮮の肉親と再会を果たした。
 2回目の行事は24日に始まり、北朝鮮側で参加を申し込んだ離散家族が韓国の肉親と再会。最終日の26日は団体面会の後、参加者全員で昼食を取る。
 韓国側参加者は午後1時半ごろバスで金剛山を出発し、韓国に戻る。

【写真】2日目の25日は、韓国側参加者が宿泊するホテルの各自の個室で、家族だけで過ごす時間も設けられた(ニュース通信取材団)=(聯合ニュース)


http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/08/24/0200000000AJP20180824003500882.HTML
「聯合ニュース」 2018/08/24 16:47
■南北離散家族再会行事の第2陣 団体面会を開始
【金剛山(共同取材団)、ソウル聯合ニュース】朝鮮戦争などで生き別れになった南北離散家族の2回目の再会行事が24日、朝鮮南東部の金剛山で始まった。この日午後3時15分から金剛山の離散家族面会所で行われた団体面会で、韓国側の81家族326人が北朝鮮側の家族と約65年ぶりの再会を果たした。

【写真】金剛山に向け出発する韓国側の離散家族(ニュース通信取材団)=24日、束草(聯合ニュース)

 20~22日に行われた1回目の行事では、韓国側で参加を申し込んだ離散家族が北朝鮮の肉親と再会。この日から26日までの2回目の再会行事では北朝鮮側で参加を申し込んだ離散家族が韓国側の肉親に会う。
 行事への参加の連絡を受ける約2カ月前に母親が亡くなり、この日、北朝鮮で暮らす父親と再会した参加者は、「一方ではうれしく、一方では残念だ」と複雑な心境を明かした。
 韓国側の最高齢者は100歳の女性で、北朝鮮の妹家族に会った。
 参加者は団体面会に続いて歓迎夕食会で再び離散し家族らと共に時間を過ごし、25日は個別面会とホテルの個室での昼食、団体面会を行う。最終日には別れの面会の後に全員で昼食を取る。2泊3日の間、計12時間にわたり共に過ごす予定だ。
 韓国側の訪問団はこの日午前、北東部の江原道・束草を出発し、陸路で金剛山に到着した。


http://japan.hani.co.kr/arti/culture/31452.html
「The Hankyoreh」 2018-08-25 12:36
■[インタビュー]「ロンドンのコリアンタウンでは南北住民が同じコミュニティで生活」
 英国SOAS大学の研究者のソン・チョロン氏 
 「脱北民の適応における音楽の役割」を発表 
 韓国人が営む食堂・スーパーで 
 脱北民たちが掃除・サービングなどスタッフとして働く

【写真】論文「音楽を通じての治癒と再構成:ロンドンの北朝鮮離脱民たち」を書いたソン・チョロン氏が21日午前、ソウル瑞草洞の国立国楽院でインタビューに応じている=パク・ジョンシク記者//ハンギョレ新聞社

 「現在、英国に約700人の脱北民がおり、このうち500人余りがロンドンのコリアンタウンであるニューモルデンに住んでいます。南北の住民が一緒に暮らしているから、コリアン行事で必ず出てくる歌は『故郷の春』や『われらの願い』『アリラン』です」。
 21~23日、ソウル瑞草区の国立国楽院で行われた「2018 ICTM MEA国際学術大会」に参加した英国のロンドン大学東洋アフリカ大(SOAS)音楽人類学博士課程研究員のソン・チョロン氏(32)が見るに、コリアン約2万人が住むニューモルデンはすでに南北統一が成された未来の都市のようだ。南北の住民が緊密な関係をもって暮らし、『アリラン』を合唱することが自然だったからだ。
 「英国内のコリアンたちの音楽と文化生活」を3年間研究中の彼女は、今回の学術大会で細部テーマの一つである「音楽を通じての治癒と再構成:ロンドンの北朝鮮離脱民たち」を発表した。ロンドンに居住する脱北民たちがコリアン文化に適応していく過程での音楽の役割を指摘した研究だ。
 21日、国立国楽院で会ったソン研究員は、「私の専攻の音楽人類学は、音楽と文化を見るもの」だとし、「米国・日本・中国のコリアン文化研究は多いが、欧州は珍しく、南北のコリアンが一つのコミュニティで生活するということが興味深くて研究を始めた」と話した。
 欧州行きを選んだ脱北民たちが特にニューモルデンに集中するのは、難民申請が比較的容易だからだ。英国政府は2004年から脱北民を難民と認めている。欧州で唯一コリアンタウンが形成されており、言語の障害なく就職することもできる。脱北民たちは主にコリアンが運営するレストランやスーパーでサービング、掃除のような低賃金単純労働をする。脱北民がいなければ英国の同胞社会が回らないというほどで、南北の住民が互いに頼りあう部分が大きい。「脱北民たちを深層面接した結果、彼らが英国を選んだ理由は大きく三つでした。福祉、子どもの教育、脱北民ではなく『コリアン』と見る認識です。英語を学ぶことができ、子どもが偏見なく育つという点で、韓国ではなくここに来るのです」
 ロンドンで4年間暮らしながら見守ってきた結果、南北の住民が立場を分ける障壁は見当たらなかった。脱北民の99%はコリアンの教会に通いながらすぐに適応した。南北の中高年層はさまざまな集まりで賛美歌・民謡・トロット(演歌)を歌って交わった。お互いが知らない南北の文化は、ユーチューブを通じて知り合ったりもする。「言語が同じなのですぐ仲良くなり、食べ物を一緒に食べるので『同じ釜の飯を食う情』が築かれるんです。韓国の『舟歌』を北朝鮮では『海の歌』というのですが、別の歌だと思っていたのが皆が知っている歌だったと知ったとき、私たちが同じ民族であることを感じます」
 脱北民たちは子どもたちが英国社会に適応して暮らしながらもコリアンとしてのアイデンティティを持つことを望んだ。北朝鮮の体制が嫌で離れただけで、いつかは故郷に帰る気持ちがあるからだ。「幼い時に受けた文化教育がアイデンティティを確立するうえで力になります。ところがハンギョレ(同胞)学校には音楽の授業がありません。ロンドンのコリアン学校でもサムルノリ(民族打楽器)を教えるのが全てです。私は音楽教師の資格証があるのでハンギョレ学校で一定期間『丸く丸く』など童謡を教えてみたところ、童謡を学んだ子どもたちは学んでいない子どもたちより韓国に対する愛着が強くなったのを確認できました」
 今回の研究を通して彼女が感じたのは、北朝鮮に対する関心が増えたにもかかわらず、韓国社会が依然として統一時代に備えていないという点だ。ロンドンのコリアンタウンの一員である脱北民に対する関心と支援が足りないうえに、南北の子どもたちにとって朝鮮民族というアイデンティティを育てることのできる幼年期の文化教育もきちんと行われていない。ソン研究員は「統一された未来を思い描いてみるだけでも、海外にいるコリアンや脱北民たちに関心を傾ける必要がある」と話した。

キム・ミヨン記者、写真パク・ジョンシク記者
http://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/859133.html
韓国語原文入力:2018-08-24 19:38
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「戦争遺跡保護に歴史認識の壁 九州の1000件中、対象は65件 割れる評価、行政及び腰」

2018年08月27日 | 個人史・地域史・世界史
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/441550/
「西日本新聞朝刊」 2018年08月16日 06時00分
■戦争遺跡保護に歴史認識の壁 九州の1000件中、対象は65件 割れる評価、行政及び腰

【写真】大分県宇佐市が史跡指定している宇佐海軍航空隊落下傘整備所。外壁には機銃掃射の痕が残る(宇佐市教育委員会提供)
【写真】熊本市内の竹林から見つかった飛行機の格納施設「掩体壕」の遺構。中央の窪地に機体を置き、敵機から隠す屋根もあったという。造成予定地でいずれ消失する見通しだ
 敗戦から73年がたち、戦禍の記憶が薄れる中、旧日本軍の施設遺構など「戦争遺跡」の保護の在り方が課題になっている。軍事的要衝が点在した九州には千件以上の戦跡が残るとされるが、文化財保護法に基づく保護対象となっているのは九州7県で計65件にとどまる。国の保存基準がなく、文化財としての価値判断が困難と考える傾向が自治体にあるほか、戦跡によっては日本の加害責任を巡る歴史認識の違いから市民の反発を招く懸念もあり、行政側が及び腰になっている事情がある。
 戦争遺跡は一般的に太平洋戦争終結までに建造された軍の司令部や飛行場、軍需工場跡などを指すが、公的な定義はなく文化庁も集約していない。自治体の把握状況もまちまちで、西日本新聞が九州各県に確認したところ、福岡505件(暫定数)、長崎56件、宮崎46件。大分、熊本、鹿児島、佐賀は未把握だった。
 戦跡を保護する場合、その他の文化財と同様、文化財保護法に基づき学術的価値の裏付けなど一定の条件下で国や自治体の文化財指定などを受けるのが一般的。原爆遺構で構成する「長崎原爆遺跡」など国史跡に指定されたケースもある。
 現在、保護対象となっている九州の戦跡は計65件。内訳は福岡25件、長崎3件、熊本1件、大分9件、鹿児島25件、宮崎2件、佐賀はゼロだった。しかし、民間研究団体「くまもと戦争遺跡・文化遺産ネットワーク」などの調査では熊本約700件、大分約100件が判明しており、九州全体では優に千件を上回る戦跡があるとみられる。
 保護が進まない背景には、考古学などの知見が蓄積した古代や中世の遺跡に比べ、戦跡は学術的価値を判断しにくいと考える自治体側の事情もある。長崎県川棚町は水上特攻艇が訓練した「川棚魚雷艇訓練所跡」について、「詳しい史料が残っておらず住民に保護を求める声も少ない」として保護措置を取っていない。
 一方、特攻隊の中継基地となった旧陸軍大刀洗飛行場跡がある福岡県筑前町は「戦争について『自衛』『侵略』といった認識の違いで戦跡の評価が分かれることもあり、積極的に保護してこなかった」と説明。現在、保護の網がかかっていない「三菱重工業熊本航空機製作所」(熊本市)の地下工場跡も、朝鮮人への強制労働など加害の歴史を抱えるとされる。こうした現状に対して文化庁職員は「政治的にデリケートな面がある。国が自治体に保護を促すのは難しい」と明かす。
 調査が不十分なまま解体や老朽化が進む例も。熊本市東区の私有地では1月、敵襲から飛行機を隠す格納施設「掩体壕(えんたいごう)」(幅最大20メートル)の遺構が竹林伐採を機に確認された。民間団体の調査で、米軍から沖縄の飛行場を奪還する「義烈空挺(くうてい)隊」が出撃した旧健軍飛行場関連の唯一の遺構と判明。団体は市に発掘調査や記録保存を要望したが、市は「国の保存基準はなく価値も定まっていない」として応じていない。造成予定地のため、このままでは遺構は消失する見通しだ。
 一方、特攻隊が編成された宇佐海軍航空隊の遺構が残る大分県宇佐市は保存に熱心だ。落下傘を製造したとされる建物など7件を文化財として保護。市教育委員会は2015年度に空襲跡が残る小学校の塀をはじめ戦跡29件の保存整備計画を作り、観光にも生かすという。担当者は「戦跡は戦争の脅威や悲劇を伝える格好の存在。住民の保存への意識も高い」と説明する。

 福岡県教委は昨年9月、戦跡の場所や保存状況の調査を開始。19年度に報告書をまとめ、価値が高い戦跡は市町村に保護を促す。九州の戦跡に詳しい「戦争遺跡保存全国ネットワーク」の高谷和生さん(63)は「いよいよ戦争経験者が減る中、歴史の検証材料となる戦跡の価値を行政はもっと見直すべきだ。住民も積極的に働き掛けてほしい」と訴えている。


http://www.higashiaichi.co.jp/news/detail/3390
「東愛知新聞」2018年08月19日00:00掲載
■豊川で戦争遺跡保存全国シンポ開幕

【写真】市内外から大勢の人が参加した戦争遺跡保存全国シンポジウム=豊川市勤労福祉会館で
【写真】県内に残された記念碑の視点で戦争を語る伊藤氏=同

 戦争遺跡保存全国ネットワークによる「第22回戦争遺跡保存全国シンポジウム愛知豊川大会」(東愛知新聞社後援)が18日、豊川市内で開幕した。6月9日の豊川海軍工廠(しょう)平和公園の開園にちなんで、豊川市では初開催。市内外から関係者や一般市民が集まり、あす20日までの3日間にわたり戦争や遺跡保存を考える。
 初日は市勤労福祉会館で全体集会が開かれ、約150人が出席した。
 名古屋市教育委員会の学芸員・伊藤厚史氏が「愛知県の戦争記念碑からみた戦争と国民」の演題で記念講演。国民の戦意高揚のため、当時の政府や軍隊が県内各地に展示した戦利品や廃兵器、軍人や天皇の像、凱旋(がいせん)門や令旨碑などを紹介し、今後も戦争の実像を後世に伝えていくための調査や視点を投げかけた。基調報告では、戦争遺跡保存全国ネットワーク共同代表の出原恵三氏が全国での遺跡の保護や調査、保存運動の現状を伝えた。
 地域報告では、20年以上も前から平和公園の開園に向けて活動してきた「豊川海軍工廠跡地保存をすすめる会」の伊藤泰正会長が、開園までの経緯などを報告。まだ遺跡が残る公園東側6㌶の工業用地化などを課題に挙げ、今後は公園化されていない部分の保存活用などを市に要請していく方針を示し「若い人にも入ってもらい、若い知恵で新しい風を吹かせてほしい」と期待した。
 きょう19日は同館で、遺跡保存運動の現状と課題などをテーマに分科会を実施。あす20日はバスツアーで平和公園と関連施設、渥美半島の遺跡を見学する。
 愛知県では2008年の名古屋市大会以来10年ぶりの開催で、来年は熊本市で予定している。
     由本裕貴
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「植民地時代の日本人所有地を国有化 今後も調査継続=韓国」

2018年08月26日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/08/14/0200000000AJP20180814001200882.HTML
「聯合ニュース」 2018/08/14 13:23
■植民地時代の日本人所有地を国有化 今後も調査継続=韓国
【大田聯合ニュース】韓国調達庁は14日、日本による植民地時代に日本の個人や法人、機関が所有しており1948年9月の韓米協定に基づき韓国政府に譲渡された韓国領土内の財産(帰属財産)と、植民地時代に不当に私有化された日本人名義の財産(隠匿財産)の計228万9805平方メートル(3373筆)を7月末までに国有化したと発表した。
 調達庁は国土交通部や国家記録院の資料を基に、国家に帰属する必要がある帰属財産と疑われる土地3万5520筆を選び出し、このうち創氏改名や売却・分配、課税資料の確認などを経て3283筆を国有化した。
 隠匿財産についても、疑いのある土地163筆を対象に訴訟などを経て90筆を国有化した。
 調達庁の公共物資局長は「帰属財産と隠匿財産の調査と国有化は国家財産を増やす効果があるだけでなく、日帝時代の残滓(ざんし)を清算し、歴史を正す上でも意味のあることだ」と述べ、今後も帰属財産、隠匿財産と疑われる土地は最後まで追跡し、国有化を進めると表明した。


http://japanese.joins.com/article/991/243991.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|main|top_news
「中央日報日本語版」 2018年08月13日17時23分
■韓国、蔚山で日帝強制占領期神社の碑石を発見…処理が問題に
 過去蔚山(ウルサン)小学校の敷地から日帝強制占領期に製作された蔚山神社の鳥居に推定される碑石が発見された。
 13日、蔚山市などによれば、2015年市立美術館の建設のために旧蔚山小学校を撤去する過程で日帝強制占領期に製作された蔚山神社の鳥居に推定される碑石が発見された。
 長さ1.8メートルの碑石の表面には「皇太子殿下御降誕記念鳥居」という文字が書かれている。皇太子の誕生を祝う記念物という意味だ。碑石の側面には「昭和9年(1934年)10月6日」という製作時期も記されている。中間の部分が破損された碑石は2つに割れている。
 文化芸術観光振興研究所のイ・ギウ代表は12日、慶尚(キョンサン)日報とのインタビューで「蔚山神社に入る入口の鳥居につけられたものとみられる。碑石の表面には建築物に碑石をつける時使うタールのような成分がそのまま残っている」と話した。
 蔚山市は碑石の活用・保存案を模索するために悩んでいると知らされた。蔚山市関係者は13日、聯合ニュースに「碑石が遺物として価値が大きくなく、今後建設される市立美術館と客舎に日本神社の碑石を改めて置くのが正しいかも悩み」とし「関係機関などと活用案を探りたい」と話した。


http://japanese.joins.com/article/969/243969.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2018年08月13日10時46分
■ソウル市中区、日本人名義の建築物636件抹消…「光復節迎え日帝残滓清算」
 ソウル市中区が日本人名義で登録された建築物636件をすべて抹消すると13日に明らかにした。
 中区は4月から2カ月間にわたり建築物台帳106件と登記簿530件など日本人名義となっている建築物636件すべてを現場調査した。これらの建物は実際にはなかったり存置を確認するのが困難と判断し抹消手続きに入った。
 これに伴い、建築物台帳に日本人名義で掲載されている106件のうち建物がなかった97件は区で職権抹消し、存置を証明できない9件は現所有者が抹消を申請するように案内した。実在せず登記簿にだけ残っていることが確認された530件も現所有者が登記抹消を申請することになる。
 中区のソ・ヤンホ庁長は「光復節を迎え日帝残滓を清算することになり一層意味がある。このように現実や住民感情とかけ離れたものが残っているならば見つけ出して正すだろう」と話している。
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