三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

戦争法と経済的徴兵制

2018年11月01日 | 『会報』
■経済的徴兵制とは
 志願兵制である米国で、貧困層の若者が大学進学や医療保険を手に入れるためなど、「経済的理由でやむなく軍の仕事を選ばざるを得ない状況」をあらわす言葉として日本でも知られるようになってきたのが、経済的徴兵制である。
 経済的徴兵制が機能する仕組みはこうだ。
 まず、戦死、PTSDや隊内のいじめ等過酷な 軍隊ゆえの「労働」条件がある。給与水準が高くないこともあり、わざわざ軍隊に就職するメリットは少ない。いきおい、軍は求人難に陥ることとなり、打開策として、わずかな経済的利益を「アメ」に貧困や社会的劣位に置かれた層をターゲットにするのである。
 志願兵制にもかかわらず、あたかも貧困層に対しては「徴兵制」が実施されているような状況が生じるのは、このためである。
 実際、日本においても自衛官の出身地と貧富とは相関関係が見られ、例えば2007年度における高校新卒者の陸自二士入隊率上位15道県のうち13道県が県民所得下位15位内である。

■軍隊という「職場」
 米国では、退役軍人自殺防止法が2015年に可決した。これは、PTSD等により退役軍人の自殺者が一日平均22人、年8000人以上という状況への対策法 だという。戦死者もさることながら、なんとか無事生き延びても過酷な状況に晒されているのである。
 一方、自衛隊においても、在職中の自殺者が、2001年からのインド洋派遣参加者で27人、2003~09年のイラク派遣参加者で29人 にも上ることが明らかになっている。
 また、平時においても、いじめによる自殺者を出した1999年の護衛艦さわぎり事件(2008年福岡高裁で国の賠償を命じる判決が出され国側が上告を断念し確定)をきっかけに、自衛隊内でのいじめや自殺の多さが明るみになってきた。また、苛烈な訓練によって死亡するリスクや、若年定年制(2・3曹で53才)ゆえに退職後の不安もつきまとう。
 軍隊という「職場」は、まさに国営劣悪企業たる様相を呈しているのである。

■戦争法で高まる戦死のリスク
 海外派兵が実施される以前は、戦死の可能性は皆無に近く、その意味においては「安全・安心」であった。
 しかし、1991年のペルシャ湾派兵を皮切りに、92年にPKO協力法、99年に周辺事態法、21世紀に入ってからは「特措法」でインド洋やイラクに派兵、2015年には戦争法を成立させて集団的自衛権行使をも可能とした。
 派兵の対象・地域は拡大・恒常化し、後方から前線へと危険性も一層高まり、駆け付け警護任務が初めて付与された南スーダンPKOでは自衛隊が駐屯する首都ジュバで大規模戦闘が行われ、宿営地からわずか200mのビルが戦車で攻撃される などした。これまで戦死者こそ出ていないものの、常時緊張を強いられた自衛官のPTSDや自殺が多発する事態となっている。

■戦争法と経済的徴兵制に対決する運動
 戦争法制定後、戦死等のリスクが高い自衛隊の志願者は減少傾向となり、防衛省・自衛隊は、奨学生の拡充や高校へのリクルート活動強化、「インターンシップ」などの対策案を打ち出している。
 また、教育基本法の改悪によって始まった愛国心教育(教科化された道徳等)や、9条改憲による自衛隊明記などによって、入隊への心理的障壁の軽減も狙っている。
 日本政府と日本軍が国内・国外で人びとを殺害し資源を奪ってきた歴史をくりかえさせない日本の民衆運動のありかたが、いま、憲法1~8条を前提とした憲法9条をふくむ護憲運動のなかでも問われている。
                                   小田伸也
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黄尚徳さん

2018年10月31日 | 『会報』
 2017年11月17日、18日の熊野での追悼集会に参加された黄尚徳さん(1931年8月13日生まれ)に、ごく短い時間だったが、宿所で話を聞かせていただいた。
 広島→呉→朝鮮に帰郷。朝鮮戦争がはじまり志願。ことばがわからず除隊。日本に密航して四日市へ。
 この道程で、黄尚徳さんはどれほどのことを体験しただろうか。黄尚徳さんの体験は、黄尚徳さん個人の体験であるが、黄尚徳さんひとりのものではない。
 朝鮮人が生きてきた過程に近現代史が反映されている。朝鮮人ひとりひとりの歴史の集積が、朝鮮史であるが、その民衆個人の歴史はほとんど無視されてしまうことが多い。
 あらためて、時間を作って話を聞かせていただきたいと考えている。ここでは、かんたんに黄尚徳さんの話を紹介したい。

 故郷は金海。
 広島で生まれ、呉に行った。呉の港町国民高等小学校に通っていた。
 原爆が落ちたあと、1945年8月8日、呉から広島まで、15、6キロはあると思うが、線路沿いに歩いた。広島にいた兄を探すために。
 兄はぶじだった。兄は、5日の夜、麦を持って、せっけん、砂糖と交換するために、出かけていた。8日の夜、戻ってきた。
 当時は、学徒兵で、金子鉄工所呉本社で、銃弾を作る工場で働いていた.第11海軍航空廠所属。15歳のときで。給料は30円だった。
 1945年9月22日、台風が来て、土石流で家もみんな流されてしまった。何もなくなって、11月、一家で貨物車に乗って下関まで行き、木造船をチャーターして帰国した。
 朝鮮戦争がはじまり、北の軍が南下してきて、避難して釜山にいたとき、志願した。21歳だった。26歳のとき伍長で除隊した。束草(江原道)の第5管区司令部にいたとき。済州島にあった下士官学校に行くことも考えたが、ことばがわからず、命令も聞けない。それで除隊した。
 その後、からだ一つで日本に密航。さいしょ四日市に住んだ。

                                         金靜美 記
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熊野市立図書館と「木本事件」・紀州鉱山にかんする資料

2018年10月30日 | 『会報』
 2017年11月26日、追悼集会の1週間後、熊野市立図書館に行った。
 図書の検索では、『63年後からの出発』、同増補版、『紀伊半島・海南島の朝鮮人――木本トンネル・紀州鉱山・「朝鮮村」――』はかかり、郷土史コーナーに開架されていた。
 三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会・紀州鉱山の真実を明らかにする会『会報』は、検索にかからず、受付で尋ねた。職員は、郷土史コーナーなどを探したが、受付の後ろの棚からファイルケースに綴じられた『会報』を探し出した。
 このファイルには、李基允氏と裵相度氏を追悼する碑の除幕集会資料集、新聞の折り込みチラシなども綴じられていた。
 記録し忘れたが、『会報』は17号か18号までしかなかったように思う。
 2009年8月まで熊野市立図書館は熊野市民文化会館の中にあり、そこでパネル展示をしていたころ、毎号の『会報』や資料を購入してもらっていたので、なぜ『会報』がこれだけなのかを尋ねた。
 職員のYさんの話によれば、『会報』は館長や図書館の職員が個人的に購入し、図書館に置いていた、という説明だった。
 持っていっていた資料、『会報』51号・6号(2009年8月25日)~『会報』63号・18号(2017年11月10日)、2010年3月28日の紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する集会の資料集『紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑 除幕集会 報告と記録』(2011年7月10日)の購入をお願いしたところ、すぐには決められない、上司と相談しなくてはならない、のちに連絡をするということで、資料は置いてきた。
 11月29日午後、Yさんから電話があった。
 Y「資料は購入しない」
 キム「地域史にかんする資料で、以前は購入した。なのに、なぜか?」
 Y「上からの指示」
 キム「上とは?」
 Y「教育委員会の社会教育課長」、「資料を送り返す」
 以上が電話でのやり取りだ。
 12月1日、熊野市立図書館から資料が送り返されてきた。

 熊野市立図書館は、「木本事件」、紀州鉱山への朝鮮人強制連行にかんする資料の購入を拒否した。熊野市民図書館は、熊野市民が郷土にかんする歴史を知る権利を妨害している。

                                   金靜美 記
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小川茂子さんのこと

2018年10月29日 | 『会報』
 昨年のパネル展示に来てくれた小川茂子さんに話を聞かせていただくために、追悼集会の1週間後の11月26日、熊野に行った。
 小川茂子さんは1928年生まれ、教師をしていた夫の小川文雄さんは1920年、尾鷲生まれ。小川文雄さんの父は平壌師範学校の教師で、文雄さんも平壌中学卒業で、日本敗戦後に日本に戻ったという。
 小川文雄さんは、1959年に吉野熊野新聞社を創設した谷川義一さん(1904年生まれ)、岡本実さん(1917年生まれ)とも親交があったそうだ。
 谷川義一さんは、「木本事件」当時、木本小学校教師であり在郷軍人分会の副会長で、「木本事件」に深くかかわっていた。1973年には「木本事件」について、『木本小学校百年誌』(創立百年祭実行委員会広報部編著)に、「鮮人騒動の記」を書いている。
 岡本実さんも「木本事件」を直接体験したひとりで、1983年に出された『熊野市史』中巻に、「木本トンネル騒動」という文を発表し、そこで朝鮮人虐殺について、「木本町民としては誠に素朴な愛町心の発露であった」と書いている。
ふたりとも亡くなったが、わたしたちは、生前の谷川義一さん、岡本実さんとも数回会って「木本事件」当時の話を聞いた。
 小川文雄さんは9年前に亡くなった。生前に会うことができていたら、「木本事件」について、いろいろ聞けただろうに残念でならない。
 小川茂子さんは、これまで、何回かパネル展を見に来たそうだ。保健師として、入鹿小学校、木本小学校、新鹿小学校に勤務し、入鹿小学校に勤務していたとき、紀和町所山の炭鉱住宅まえの「墓地」も見たという。
 小川茂子さんは、「墓地」には、朝鮮人が埋まっていると思っていた、と話していた。
 その「墓地」には、「外人墓地」と題された碑が建てられていて、近くの人も、「外人墓地」だから、朝鮮人も埋まっていると思っていたと話していた。さいしょの場所からいまの場所への移転に立ち会った慈雲寺の住職も、同じようなことを話していた。
 熊野市文化財専門委員会は、2005年11月に名称を「外人墓地」から「英国兵士墓地」に変更し、熊野市はその「墓地」を熊野市指定文化財とした。
 紀州鉱山で命を失わされた「英国兵士墓地」とされているそこには、おおきな虚偽が隠されているようだ。
                                       金靜美 記
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朝鮮学校への差別に反対

2018年10月28日 | 『会報』
 千葉県には、たった1つ、朝鮮学校があります。千葉市花見川区にある千葉朝鮮初中級学校です。幼稚班もあり、幼い子から、15歳ぐらいまでの生徒たちが通っています。2年生のクラスは5~6人ほどでした。県南から通うのは困難でしょう。さまざまな理由で、生徒が減っているそうです。

歴史――――――――――――――――――――――――――― 
 1945年、日本の敗戦後、日本にいた朝鮮人たちは、子どもたちに朝鮮語を教える「国語講習所」を各地に開きました。翌年4月から「初等学院」に改編し、千葉県では、千葉、船橋、柏、木更津、茂原、横芝、館山の7校ができました。
 しかし48年に入り、GHQと日本政府は、朝鮮人が作った学校を弾圧しました(文部省通達「朝鮮人学校設立の取扱について」第一次学校閉鎖令)。大阪では、府庁をとりまく反対を訴えるひとびとに対し、警察隊が無差別発砲し、16歳の金太一氏が殺されました。
 49年、文部省と法務省共同の通達(「朝鮮人学校に対する措置について」)が出され、二度目の閉鎖が命じられます(第二次学校閉鎖令)。千葉県では7校の初等学院は全て閉鎖され、子どもたちは日本学校に強制編入されました。それでも曽我小学校と船橋小学校の放課後、子どもたちを集めて、「民族学級」という形で続けられました。各地でも民族学級という形で続けられていきます。
 千葉朝鮮初中級学校は、51年9月、自分たちで校舎を建て直し、自主学校として再出発しました。
 68年に、朝鮮大学校(東京都小平市)が認可を取得し、75年までには、全ての朝鮮学校が各種学校としての学校法人認可を得ました。

朝鮮学校への差別――――――――――――――――――――― 
 高野連、高体連に参加させない、JR定期券の学割を認めない、国立大学の受験資格を認めないなど、さまざまな差別があり、粘り強い反対運動が続けられ、権利を獲得したものもあります。
 国立大学の受験資格については、各大学が審査するとなっていて、いまだに文科省としては認めていません。各自治体から出されていた補助金も、いろいろな理由を付けて、削減・不支給にしてきています。
 千葉市は、これまで、「地域交流事業」補助金として、千葉朝鮮初中級学校に約50万出していたのを、2017年度は不支給を決定しました。美術展への補助金だったのですが、そこに生徒が描いた日本軍による性奴隷制度被害者の絵があり、「解説で日韓合意を否定する等、目的に反すると判断」(千葉市長のTwitter)したからだというのです。
 2010年、高校無償化法ができ、インターナショナルスクールはこの法律の適用となりました。同じ各種学校の外国人学校でも朝鮮学校だけが適用除外とされ、各地で反対運動、裁判闘争が続けられています。
 ことし6月、神戸朝鮮高級学校の修学旅行で朝鮮民主主義人民共和国から帰国した生徒たちのお土産を、関空の税関職員が「上の指示で輸入が禁止されているから」と、「任意放棄書」を生徒たちに強制的に書かせ没収しました。

日本政府は在日朝鮮人の民族教育を保障すべき――――――――
 在日朝鮮人の大半は、日本の植民地支配により、朝鮮から来日せざるを得なかった、強制連行されたひとびとの子孫です。日本政府は、植民地支配の反省、戦後補償の立場に立てば、在日朝鮮人の民族教育を謝罪とともに、保障すべきです。
 千葉市の補助金不交付の理由については、朝鮮人の子どもたちに、民族が受けた被害を表現するなと、加害者の日本人が強制しているのと同じことです。
 神戸朝鮮高級学校生のお土産没収も、むごい、恥ずかしい行為だと思います。

日本学校の教育はどうか――――――――――――――――――
 いま、在日朝鮮人の子どもたちのおおくは、日本学校に通っています。
 いろいろな国籍、民族の子どもたちがいる日本学校で、「ヒノマル」を体育館に常に掲げ、式となると「キミガヨ」を流し、愛郷心だとか、愛国心を道徳の教科書で押し付ける教育は、支配的で、暴力的です。Jアラートの避難訓練のとき、在日朝鮮人の子どもたちはどんな気持ちでいるのでしょうか。
 日本政府は、日本学校の支配的な、暴力的な教育を改め、朝鮮人、いろいろな国籍、民族の子どもたちの民族教育が保障される教育を行わなければなりません。


千葉朝鮮初中級学校に関わらせてもらって――――――――――  
 千葉朝鮮初中級学校の校舎に入ると、1階には、生徒たちの集合写真が貼ってあります。写真は白黒から色付きへ、校舎も新しくなっていき、人数も減っていっているのが分かります。
 教室にある時間割を見ると、日本学校よりもたくさん詰まっています。科目数が多いからです。
 千葉朝鮮初中級学校関係の催し物があると、校長先生がお誘いを送ってくれます。集会もありますが、バザー、フェスタという名の催しは、おいしい食べもの、楽しい出店がたくさん出ます。うちの地域の小学校の半分ぐらいの広さの校庭に、いす、机を並べ、舞台が設置され、出し物もにぎやかです。家族でとても楽しみにして、参加させてもらっています。
 校庭の4分の1ほどのところでは、たくさんの七輪を囲み、いい匂いをぷんぷんさせて、大人たちが楽しんでいます。
 生徒たち、親、関係者たちが、朝鮮語、日本語が混ざり合ったことばであちこちで話しているのを聞くと、共同体だなと感じ、日本人のわたしがお邪魔をしている気もします。
 千葉朝鮮初中級学校は、うちの地域の小学校よりも催し物の回数が多く、大々的で、参加する大人が多いです。準備、片づけをする先生たちは大変でしょう。
 生徒たち、親、関係者、地域の日本人、おそらく考え方はさまざまかもしれないけれども、支援する日本人が集まってくる場となっています。
 朝鮮学校は在日朝鮮人のものだと実感します。千葉県に住む日本人であるわたしは、千葉朝鮮学校への差別に反対し、ささやかですが、ともに行動を続けたいと思います。

                                          日置真理子
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『会報』64号・19号合併号発行のおしらせ

2018年10月15日 | 『会報』
 きょう(10月15日)、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会『会報』64号と紀州鉱山の真実を明らかにする会『会報』19号の合併号を発行しました。
 内容は、つぎのとおりです。

      三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会
            http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinomoto/
      紀州鉱山の真実を明らかにする会
            http://www.kisyukouzansinjitu.org/index.html
                    

  金靜美「1988年9月11日」。
  斉藤日出治「三重県木本で虐殺された李基允さんと裵相度さんを追悼する集会(2017年
 11月18日)の記録」
  竹本昇「紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する集会(2017年11月19日)の記録」。
  【新聞記事】
    汐崎信之「朝鮮人労働者の冥福祈る 旧紀州鉱山 追悼集会に50人」、『毎日新聞』
   2017年11月20日朝刊、熊野版。
    木造康博「戦中の歴史 記憶する  紀和 朝鮮人労働者を追悼」、『中日新聞』2017
   年11月21日朝刊、くろしお版。
    「徴用犠牲者を追悼 市民集会 民団三重から発参加 紀州鉱山」、『民団新聞』2017
   年11月29日)。

  殷慶基「紀州鉱山追悼式を民団の継続事業として」。
  郭政義「紀州鉱山にて」。
  申正春「被害者の恨(ハン)はいつ晴れるか  初めて集会に参加して」。
  S「個人と組織」。

  竹本昇「ピースおおさか改悪リニューアル裁判報告 3」。
  竹本昇「設置理念に則ったピースおおさかを取り戻す会について」。
  【新聞記事】
    遠藤浩二「大阪市の非開示 逆転「違法」 ピース大阪展示変更」、『毎日新聞』2017年
   9月2日朝刊。
    采沢嘉高「大阪府も逆転敗訴 ピース大阪文書非公開」、『朝日新聞』2017年12月1日
   朝刊。
    湯谷茂樹「日本軍加害展示 復活を ピース大阪撤去 市民団体を結成」、『毎日新聞』
   2018年5月3日朝刊、大阪市内版。

  佐藤正人「海南島近現代史研究会第21回定例研究会声明について」。
  日本政府に2015年12月28日の「日韓合意」の撤回を求める。
  일본정부에 2015년12월28일 ‘한일합의' 의 철회를 요구한다。

  海南島近現代史研究会第21回定例研究会(2018年2月3日)報告。
  海南島近現代史研究会第12回総会・第22回定例研究会(2018年8月18日)報告。

  日置真理子「朝鮮学校への差別に反対」。
  小田伸也「戦争法と経済的徴兵制」。
  金靜美「小川茂子さんのこと」。
  金靜美「熊野市立図書館と「木本事件」・紀州鉱山にかんする資料」。
  金靜美「黄尚徳さん」。

  【写真】2017年11月19日 追悼の場で
  【写真】2017年11月19日 紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する第10回集会のとき

     B5版 32頁。 定価 200円(送料140円)
     連絡先 和歌山県海南市日方1168 紀州鉱山の真実を明らかにする会
     郵便振替口座記号番号 00920-3-247174 
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『会報』63号・18号合併号発行のおしらせ

2017年11月07日 | 『会報』
 きょう(11月7日)、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会『会報』63号と紀州鉱山の真実を明らかにする会『会報』18号の合併号を発行しました。
 内容は、つぎのとおりです。

      三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会
            http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinomoto/
      紀州鉱山の真実を明らかにする会
            http://www.kisyukouzansinjitu.org/index.html

                       
  金靜美「10回の集いにいたる道 紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する」
  佐藤正人「戦争法・「日本産業革命遺産」・「日本遺産」」
  金靜美「少女像の撤去を求めることは、日本の国家犯罪を免罪すること
  金靜美:소녀상 철거 요구는 일본의 국가범죄를 면죄하는 일
  金靜美「日本の侵略犯罪を擁護する組織」
  金靜美:일본의 침략범죄를 옹호하는 조직:재일본 대한민국 민단
  三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会第23回
 追悼集会参加者一同「熊野市への抗議・要請」
  紀州鉱山の真実を明らかにする会第9回追悼集会参加者一同「熊野市への抗議・要請」
  竹本昇「ピースおおさか改悪リニューアル裁判報告 2」
  「故常本一さんの意見書」  
  佐山和子「『ピースおおさか裁判』控訴審 住民勝訴について」
  斉藤日出治「海南島近現代史研究会第11回総会・第20回定例研究会報告」
  佐藤正人「追悼碑・碑文・追悼碑建立宣言・説明板の社会的意味」

  【写真】
      2017年8月16日
      2008年3月9日、紀州鉱山選鉱場前での第1回追悼集会
      2010年3月28日、除幕集会で

  【新聞記事】
     汐崎信之「紀州鉱山で死亡の朝鮮人 支援者ら20人 追悼の集会」(『毎日新聞』熊野
         版2016年11月28日)
     釆沢嘉高「市の非公開「違法」 大阪高裁 ピースおおさか展示」(『朝日新聞』2017年
         9月2日朝刊) 
     王可佳・马峥「综述:日本历史学者认为承认历史是面向未来的第一步」(新華網
         2017年9月18日)
     王可佳・马峥「日本の歴史学者:歴史に対する承認は未来に向けた第一歩」(新華
         網 2017年9月20日)
     王可佳・马峥「访日本海南岛近现代史研究会成员」(中国新華新聞電視網 2017年
         9月19日) 
     許湖峻「“海南島朝鮮村の遺骸を発掘し日本軍の犯罪を徹底的に明らかにしなければ
         ならない”」(『ハンギョレ新聞』2017年6月1日)
        
        
  B5版 32頁。 定価 200円(送料140円)
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  郵便振替口座記号番号 00920-3-247174 
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『会報』62号・17号合併号

2016年11月01日 | 『会報』
 きょう(11月1日)、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会『会報』62号と紀州鉱山の真実を明らかにする会『会報』17号の合併号を発行しました。
 内容は、つぎのとおりです。


  金靜美「新しい碑」
  宇恵悟「朝鮮人追悼碑をささえる12個の石」
  三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会
    「木本事件は終っていない――いま、「木本人」はなぜ朝鮮人虐殺を肯定するのか――」
  斉藤日出治「2015年の追悼集会報告:李基允さんと裵相度さんを追悼する22回目の集会
      の報告」
  竹本昇「2015年の追悼集会報告:紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する8回目の集会
     の報告」
  金靜美「壬辰倭乱・朝鮮植民地化・強制連行の痕跡をたどる
              ―2015年11月、韓国慶尚北道の道議員団とともに―」
  日置真理子「紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼し続けるために」
  三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会、第22回追
 悼集会参加者一同「2015年秋の対熊野市抗議要請文」
  紀州鉱山の真実を明らかにする会、第8回追悼集会参加者一同「2014年秋の対熊野市抗議
 要請文」
  竹本昇「熊野市を被告とする第2訴訟の経過」
  佐藤正人「日帝強制動員歴史館(釜山)の「木本事件」についての展示」
  金靜美「白南基(ペク ナムギ)さんと‟육철낫”」
  竹本昇「ピースおおさかリニューアル裁判」
  斉藤日出治「海南島近現代史研究会第17回定例研究会報告」
  斉藤日出治「海南島近現代史研究会第10回総会・第18回定例研究会報告」
  斉藤日出治 佐藤正人「海南島における日本の国家犯罪をテーマにした市民講座」

【写真】
  三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑
  三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑前の碑文
  新しい碑「朝鮮人追悼碑」
  2015年10月29日、石を吊り下ろす
  2008年3月9日 選鉱所跡でのはじめての追悼集会で
  浄泉寺に置かれている朝鮮人の遺骨
  南谷墓地の共同墓地前で 左から、「韓国無名六人」 「栄宋讃」 「金光珠」
  2015年11月8日 追悼碑のまえでサムルノリ
        左から、丁悠瑪さん 許松大さん 安博輝さん 梁健銘さん
  日帝強制動員歴史館(釜山)の「関東大地震朝鮮人虐殺事件」と「三重県朝鮮人虐殺
 事件」についてのパネル

【新聞記事】
  「朝鮮人労働者の足跡たどる 新宮で韓国議員団」(『朝日新聞』和歌山版、2015年
 11月8日)。
  「朝鮮人労働者しのぶ 「木本事件」「紀州鉱山」2団体が追悼集会」(『毎日新聞』
 熊野版、2015年11月10日。
  「旧鉱山で強制労働朝鮮人の冥福祈る 熊野」(『中日新聞』2015年11月10日)。


 B5版 32頁。 定価 200円(送料180円)
 連絡先 和歌山県海南市日方1168 紀州鉱山の真実を明らかにする会
          http://www.kisyukouzansinjitu.org/index.html
          郵便振替口座記号番号 00920-3-247174 
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『会報』61号・16号合併号

2015年10月07日 | 『会報』
 きょう(10月7日)、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允氏・相度氏)の追悼碑を建立する会『会報』61号と紀州鉱山の真実を明らかにする会『会報』16号の合併号を発行しました。
 内容は、つぎのとおりです。

 金靜美「戦争法と憲法」。
 佐藤正人「日本の裁判官の侵略責任(植民地支配責任、戦争責任、戦後責任)」。
 宇恵悟「李基允さんと相度さんの追悼碑の土地の崩落防止工事について」。
 日置真理子「2014年 追悼集会報告」。
 李基允さんと相度さんを追悼する場の階段と崖の手すり設置への寄金に感謝します。
 熊野市長・熊野市教育長にたいする抗議要請文(2014年11月23日、11月24日)。
 「紀州鉱山で亡くなった朝鮮人 35人の冥福祈る 集会に50人「続けていきたい」」。
      (『毎日新聞』熊野版2014年11月25日)
 竹本昇「熊野市を被告とする第2訴訟の経過」。
 名古屋高裁にたいする第2訴訟の控訴理由書(2015年2月24日)。
 斉藤日出治「海南島近現代史研究会第15回定例研究会報告」。
 斉藤日出治「海南島近現代史研究会第9回総会・第16回定例研究会報告」。
 佐藤正人「『真相 海南島近現代史研究会17年(27次)調査足跡』紹介」。
 金靜美「海南島とわたし」。
 佐藤正人「海南島とベトナムで 杉原剛さんの証言」。
 佐藤正人「韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査に参加して」。
 金靜美「紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する「場」のこと」。
 紀州鉱山の追悼碑にかんする韓国の新聞記事(「聯合ニュース」・「朝鮮日報」2015年2月)。
 金靜美「金蓬洙さんのこと」。
 金靜美「韓国慶尚北道議会議員団、追悼集会に参加」。
 編集後記。

 B5版 28頁。 定価 200円(送料180円)
 連絡先 和歌山県海南市日方1168 紀州鉱山の真実を明らかにする会
          http://www.kisyukouzansinjitu.org/index.html
          郵便振替口座記号番号 00920-3-247174 
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『会報』60号・15号合併号

2014年10月25日 | 『会報』
 きょう(10月25日)、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允氏・相度氏)の追悼碑を建立する会『会報』60号と紀州鉱山の真実を明らかにする会『会報』15号の合併号を発行しました。        
 内容は、つぎのとおりです。

佐藤正人「追悼碑建立20年 「木本事件」の歴史的意味」
キム チョンミ「会結成から25年、追悼碑建立から20年」
嶋田実「この四半世紀で「変わったこと」と「変わらないこと」」
日置真理子「『木本事件』から88年後、2014年の千葉に生きるわたしが思うこと」
宇恵悟「熊野にいて考える熊野」
『朝鮮日報』1926年1月7日記事
     「隧道中に逃れた朝鮮人を包囲攻撃! 凶暴に飛びかかる自警団と警官隊の残酷な行動に、
    同胞は爆弾で応戦。三重県下乱闘惨劇の真相」(見出し日本語訳)
『東亜日報』1926年1月10日記事
     「妊娠したからだで幼子をおぶい、異郷で泣く女性。無残に死んだ夫を想い、食べるものもなく
    放浪する身の上。三重県惨死者遺族」(見出し日本語訳)
嶋田実「2013年の追悼集会報告(李基允氏と相度氏、紀州鉱山の「追悼の場」)」
佐藤正人「日本の国家犯罪の隠蔽を許さない民衆運動を!」
竹本昇「熊野市を被告とする訴訟の経過」
キム チョンミ「李白洛さんと千炳台さんのこと」
李白洛さんと千炳台さんの遺児の立証と証言
『慶北新聞』にたいする記事訂正要求(日本語訳文)
山邉悠喜子「父は? 祖父は? (忘れない、忘れてはならない記憶)」
斉藤日出治「海南島近現代史研究会 第8回総会・第14回定例研究会総会報告」

 B5版 20頁。 定価 200円(送料80円)
 連絡先 和歌山県海南市日方1168 三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允氏・相度氏)の追悼碑を
     建立する会
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