三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「フィリピン女性団体、慰安婦像の撤去に反発」

2018年04月30日 | 日本軍隊性奴隷
http://japanese.joins.com/article/996/240996.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|main|top_news
「中央日報日本語版」 2018年4月30日11時16分
■フィリピン女性団体、慰安婦像の撤去に反発
 フィリピンの首都マニラに設置された旧日本軍慰安婦被害者銅像が撤去されたことに対し、フィリピン現地の女性団体が強く反発した。
 フィリピン女性団体連合は28日、記者会見を開き、「日本統治時代に犠牲になった数百人のフィリピン人慰安婦を侮辱し、フィリピン女性の尊厳性を冒とくしている」と非難した。続いて「日本とその操り人形がいくら伏せようとしても日本統治時代の惨状を知らせることを継続する」と強調した。
 現地メディアなどによると、27日夜、高さ3メートルの慰安婦像が突然撤去された。この慰安婦像は昨年12月に設置され、それ以降フィリピンの日本大使館が遺憾を表していた。


http://www.afpbb.com/articles/-/3173046
「AFPBB News」 2018年4月30日 6:49 発信地:マニラ/フィリピン
■フィリピン・マニラの慰安婦像撤去される、支持団体が抗議

【資料写真】フィリピン首都マニラの慰安婦像(2018年1月11日撮影)。(c)AFP PHOTO / NOEL CELIS

【4月30日 AFP】フィリピンの首都マニラに設置されていた、第2次世界大戦(World War II)中の旧日本軍の慰安婦を象徴する女性像が撤去され、これを受けて女性像の支持団体らが29日、抗議した。
 問題になっているのは、目隠しされた女性のブロンズ像。今年1月、在比日本大使館から約2キロ離れた同市湾岸沿いの遊歩道に設置された際、日本側は「極めて残念」と懸念を表明していた。
 マニラ市当局は、像は下水道と歩道橋の設置事業の一環で27日に撤去されたと説明。
 これに対し、いわゆる「慰安婦」問題を訴える団体は、この像をめぐる日本側の不満をフィリピン側が聞き入れたのではないかと指摘している。
 大戦中、フィリピンを占領していた日本は、今ではフィリピンの重要な投資国、貿易相手国、援助国となっている。
 これについてマニラの公共事業省からのコメントは得られておらず、また在比日本大使館にも電子メールで取材を申し込んだが現時点で回答はない。


http://manila-shimbun.com/category/society/news237395.html
「まにら新聞ウェブ」 2018年4月29日
■女性団体ら強く抗議 波紋広げる慰安婦像撤去 日本大使館「事前に知っていた」
 慰安婦像撤去を巡り女性団体など相次ぎ批判。比政府が「事前に通知」と日本大使館

【写真】(上)撤去前の慰安婦像=昨年12月、首都圏マニラ市ロハス大通り沿いで冨田すみれ子撮影(下)同アングルから際した撤去現場=28日午前0時ごろ、冨田すみれ子撮影

 首都圏マニラ市の遊歩道に建つ慰安婦像が撤去された問題で、フィリピン人元慰安婦の支援団体や女性団体などは28日、撤去を強く非難、各方面に波紋が広がっている。日本大使館関係者は「比政府から事前に連絡があった」と述べ、撤去が政府当局の判断で行われたとの見解を示した。日本政府は慰安婦像について「遺憾の意」を繰り返し伝えており、比政府が日本の意向に配慮した形となった。

▽政府当局撤去認める
 27日午後11時半ごろ、公共事業道路省(DPWH)の作業員約15人が、ロハス大通りの慰安婦像が建っていた場所で、台座部分の石とみられるがれきを撤去したり排水工事作業を始めていた。作業員は「水道工事をしているだけで像は撤去していない」と否定した。マニラ市のカガハスチャン広報担当は「ショベルカーは排水工事のため」と説明している。
 一方、DPWHのラメンティリオ広報担当は、撤去が同省の指示によって行われたことを認めた。ただ慰安婦像を含む同通り沿いの銅像3体を「洪水対策工事のため撤去した」と付け加えたが、像の搬出先や、撤去が一時的なものかどうかについては明言を避けた。
 撤去時に現場にいた別の建設作業員は、撤去は午後8時ごろ行われ「銅像や碑などは傷付けられずに撤去され、トラックでパサイ市の方向に運ばれていった。台座は壊された」と証言している。

▽大使館「比の判断」
 日本大使館関係者は28日、まにら新聞の取材に、撤去に関しては「フィリピン政府側の判断であり対応」と説明。大使館員が現場で撤去されたことを確認したとしている。
 さらに「比政府には像設置は遺憾であり、2国間の関係に悪影響を与えないようにとの日本政府の立場を繰り返し伝えてきた」と述べた。
 1月に来比した野田聖子総務相もドゥテルテ大統領と会談した際、「非常に残念だ」と直接伝えていたが、大統領は「表現の自由で止めることはできない」と答えていた。

▽像は「語り継ぐため」
 像撤去について女性政党ガブリエラなどは28日、相次いで抗議声明を発表。サルバドール事務局長は「慰安婦像は第2次世界大戦中に日本が比人女性に対し行った残虐行為、人権侵害を次世代に語り継ぐものだった」とし、撤去は「戦争の歴史修正」であり「日本占領下で性奴隷とされた比人女性の尊厳を傷付けるもの」と強く批判した。
 像は比中華系団体「トゥライ財団」が資金提供し、比国家歴史委員会と共に昨年設置。同委員会らは12月8日の除幕式でマニラ市側に引き渡しており、像の管轄はマニラ市となっている。(冨田すみれ子)


https://mainichi.jp/articles/20180430/k00/00m/030/105000c
「毎日新聞」 2018年4月29日 23時33分(最終更新 4月30日 03時51分)
■ドゥテルテ大統領、慰安婦像撤去に理解
【バンコク西脇真一】フィリピンの首都マニラにある慰安婦問題を象徴する女性像が撤去されたことに関し、ドゥテルテ比大統領は29日、地元ダバオで「(設置は)政府の政策ではない」と、撤去に理解を示した。一方で「私有地への設置は構わない。我々はそれに敬意を払う。表現の自由は大事だ」と語った。
コメント

「マニラの慰安婦像撤去 当局「いずれもとに戻ると理解」」

2018年04月29日 | 日本軍隊性奴隷
https://www.asahi.com/articles/ASL4X4QVTL4XUHBI01D.html
「朝日新聞デジタル」 2018年4月28日18時46分
■マニラの慰安婦像撤去 当局「いずれもとに戻ると理解」

【写真】2017年末、マニラ湾沿いに設置された女性像。18年4月27日深夜に撤去された=マニラ、守真弓撮影

 フィリピンの首都マニラに設置された慰安婦を象徴する女性像が27日深夜、マニラ市などによって撤去された。フィリピンの政府機関が民間の献金を受けて昨年末に設置し、日本政府が遺憾の意を伝えていた。マニラの日本大使館によると、フィリピン政府から27日、「撤去する」と連絡があったという。
 撤去されたのは民族衣装を着た女性が目隠しをされて立っている像で、台座には「日本の占領下で虐待の被害に遭った全てのフィリピン人女性を記憶するために」と書かれていた。
 自民党の国会議員も今年1月にフィリピンでドゥテルテ大統領と会談した際に懸念を伝え、ドゥテルテ氏は「きちんと対処する」と返答していたという。
 像設立の助言役を務めた華人協会のテレシータ・アン・シーさんは「とても悲しく打ちのめされている。フィリピン政府に対し、慰安婦の名誉のためにより大きな像を建てるように申し入れる」としている。
 女性団体の連合組織ガブリエラは28日記者会見し、「関係者への事前通告なしに撤去したのはおかしい」として撤去の経緯について国会が調査すべきだとの考えを示した。
 マニラ市は「排水工事のための一時的な撤去で、いずれもとに戻されると理解している」などと説明している。(守真弓)


http://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000126178.html
「テレ朝news」 2018/04/28 17:49
■慰安婦像をフィリピン政府が撤去 日本に配慮か  【動画】
 フィリピン政府がマニラ市内に設置されていた慰安婦像を27日夜、撤去していたことが分かりました。
 マニラにある日本大使館によりますと27日、フィリピン政府から「慰安婦像を撤去する」という連絡があり、夜に撤去作業を実際に確認したということです。慰安婦像が設置されていたマニラ湾を臨む遊歩道には大きな穴が空いていて、周囲にはコンクリートの破片が散らばっています。この慰安婦像は去年12月に設置され、民族衣装を着たフィリピン人女性が目隠しをされて立っている姿がデザインされていました。日本政府はフィリピン政府に対して遺憾の意を伝えていて、今回の撤去は日本政府に配慮したものとみられています。


http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3354331.html
「TBS News」 04/28 21:01
■フィリピンで慰安婦像 突然、撤去 【動画】
 フィリピンの首都マニラに去年設置された「慰安婦像」が突然、撤去されました。
 旧日本軍の従軍慰安婦問題を象徴する女性像があった現場です。
 像は現地時間の27日深夜から28日未明にかけて、重機で台座ごと撤去されたということで、設置されていた場所には穴が開き、周囲は金網とブルーシートで覆われています。
 「撤去作業員はDPWH(政府関係機関)の制服を着ていました」(撤去を目撃した人)。
 像は中国系団体の求めで、去年12月にフィリピン政府機関の国家歴史委員会がマニラの目抜き通りの遊歩道に設置したもので、民族衣装を着た女性が目隠しをされた姿で高さはおよそ3メートルありました。
 撤去の理由や撤去が一時的なものかは明らかになっていませんが、これまで遺憾の意を伝えてきた日本政府にフィリピン政府が配慮したとみられます。


https://mainichi.jp/articles/20180429/k00/00m/030/042000c
『毎日新聞』2018年4月28日18時54分(最終更新 4月29日 00時37分)
■フィリピン  「慰安婦像」撤去 日本側に配慮か

【写真】フィリピン・マニラ湾沿いに設置された慰安婦を象徴する女性の像=共同

【バンコク西脇真一】フィリピンの首都マニラで昨年12月に建立された慰安婦問題を象徴する女性像が27日夜、撤去された。地元当局者はフィリピンメディアに「公共事業道路省が下水道改良事業のために撤去した」と理由を語った。ただ、日本側は繰り返し遺憾の意を伝えており、フィリピン当局が配慮した可能性もある。
 女性像は、フィリピン政府機関の国家歴史委員会がマニラ湾沿いのロハス通りに設置。フィリピンの民族衣装を着た女性が、目隠しをされた様子をかたどっている。高さ約3メートル。像は夜間に重機で撤去され、現場は青いシートをかぶせたフェンスで囲まれている。
 在フィリピン日本大使館が大統領府や外務省に「良好な両国関係への影響がある」などと遺憾の意を伝えていた。


http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2018-01/19/content_50246965.htm
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2018年1月19日10:13:53
■日本がマニラ慰安婦像の撤去求める 比大統領「干渉する権利ない」
 シンガポール華字紙『聯合早報』の1月18日の報道によると、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、マニラ市の「慰安婦」銅像の設置は「慰安婦」被害者及び親族の「表現の自由」の権利だと主張した。
 ドゥテルテ大統領は地元メディアの取材に応じ、次のように明かした。1月9日にフィリピンを訪問した野田聖子総務大臣は会談で、マニラ市の「慰安婦」銅像について「遺憾」と述べ、ドゥテルテ大統領は「銅像設置はフィリピンの憲法と法律と合致しており、自分に干渉・阻止する権利はない」と強調した。
 「慰安婦」銅像の設置は両国関係に害をもたらすと考え、日本側は撤去を望んでいる。ドゥテルテ大統領は、「銅像を撤去するかどうかの問題はまだ国家レベルに達していない。マニラ市政府に処理を任せるべき」と話した。
 「慰安婦」被害者の権利を保護するフィリピン女性団体ガブリエルラは日本側の「慰安婦」銅像に関する言動を非難し、「日本側は問題を解決したければ、日本軍が慰安婦を強制連行した歴史を正式に謝罪すべき。銅像を利用してフィリピン政府に圧力をかけても問題解決にはならない」と主張した。
コメント

「マニラ湾岸の慰安婦像が27日夜、重機で撤去された。日本側の圧力が影響か」

2018年04月28日 | 日本軍隊性奴隷
http://www.manila-shimbun.com/category/society/news237369.html
「まにら新聞ウェブ」(1992年にマニラで創刊した「日刊まにら新聞」のウェブサイト)
2018.4.28
■マニラ湾岸の慰安婦像が27日夜、重機で撤去された。日本側の圧力が影響か

【写真】日本の中古車とみられる重機で慰安婦像が撤去された現場=27日午後11時半ごろ、首都圏マニラ市ロハス通りで冨田すみれ子撮影

 首都圏マニラ市の湾岸遊歩道上に昨年12月に建てられた慰安婦像が27日夜、ショベルカ−で撤去された。慰安婦像付近には少なくとも今週初めからショベルカーが置かれ撤去の可能性がささやかれていたが現実となった。
 慰安婦像をめぐっては、昨年末から在比日本大使館やフィリピンを訪問した野田聖子総務相らがドゥテルテ政権に対して重ねて「遺憾の意」を伝えていた。
 慰安婦像の存在を「日本政府の立場と相容れない」としてきた日本側の圧力を受けて、撤去に踏み切った可能性がある。比の慰安婦団体、女性団体などは猛反発しそうだ。
 ショベルカーが慰安婦像の近くに出現した後の今月25日、女性団体「ガブリエラ」などは撤去を不安視してケソン市で緊急フォーラムを開催していた。(冨田すみれ子)


https://www.47news.jp/news/2309897.html
「共同通信」 2018/4/28 12:26
■マニラの慰安婦像撤去
 比政府、日本に配慮か

【写真】慰安婦問題を象徴する女性の像が撤去された場所=28日、マニラ(共同)

【マニラ共同】フィリピンのマニラ湾沿いに昨年12月に設置された旧日本軍の従軍慰安婦問題を象徴する女性像が、撤去されていたことが28日、分かった。現地の日本大使館にフィリピン政府から撤去するとの事前連絡があった。遺憾の意を伝えてきた日本側に配慮したとみられる。
 目撃者によると、27日夜に重機で台座ごと根こそぎ撤去された。像のあった場所は穴が開き、周囲は金網と青いシートで覆われていた。
 像を巡っては、同大使館や1月にマニラを訪れた野田聖子総務相がドゥテルテ政権に「残念だ」と伝えていたほか、河井克行衆院議員がドゥテルテ大統領に撤去を求めていた。


https://www.fnn.jp/posts/00390802CX
「FNN PRIME」 2018年4月28日午後0:14
■慰安婦像、突然撤去される フィリピン・マニラ
 フィリピンの首都・マニラの遊歩道に2017年設置された慰安婦像が、27日夜、突然撤去されたことがわかった。

【動画】28日朝に撮影した、慰安婦像が設置されていた現場。

 ブルーシートで囲まれ、像は跡形もなく、なくなっている。
 目撃者によると、慰安婦像は27日夜、マニラ市がブルドーザーなどの重機で撤去し、像を別の場所に運んだという。
 この像は、旧日本軍のいわゆる「従軍慰安婦」を象徴するものとして、中国系フィリピン人の団体が2017年12月、マニラ市内の遊歩道に設置し、日本政府がフィリピン政府に遺憾の意を伝えていた。


https://news.infoseek.co.jp/article/180428jijiX495/
「時事通信」 2018年4月28日 12時57分
■マニラの慰安婦像撤去される=日本大使館に連絡
【マニラ時事】フィリピンの首都マニラに設置されていた旧日本軍の慰安婦を象徴する女性像が27日夜に撤去されたことが28日、分かった。昨年12月に設置され、日本大使館などが「残念だ」と遺憾の意を伝えていた。大使館には27日、複数の政府機関から撤去する旨の連絡があったという。
 像は昨年12月8日、政府機関の国家歴史委員会が、目抜き通りの遊歩道に設置した。民族衣装を着た女性が目隠しをされた姿で、高さ約3メートル。 


https://www.sankei.com/world/news/180428/wor1804280034-n1.html
https://www.sankei.com/world/news/180428/wor1804280034-n2.html
「産経ニュース」 2018.4.28 10:53
■マニラの「慰安婦像」撤去 比政府、日本大使館に前日伝える

【写真】28日、マニラの遊歩道に建てられていた「慰安婦像」は撤去され、周囲はビニルシートで覆われていた

【シンガポール=吉村英輝】フィリピンの華人団体などが首都マニラに昨年12月に設置した、日本軍占領下(1942~45年)の慰安婦を象徴するという女性像が、台座ごと撤去されたことが28日、分かった。
 マニラの日本大使館によると、フィリピン政府が27日、女性像を撤去すると同大使館に連絡した。日本政府はこれまで女性像設置に「遺憾」を表明し、フィリピン政府に対し、唐突に設置された経緯などを明らかにするよう求めてきた。
 女性像は、マニラ市が管轄する、マニラ湾に面した遊歩道に建てられていた。産経新聞が助手を通じて28日朝に現地を確認したところ、設置されていた場所には穴があき、横約2メートル、縦約10メートルの範囲が、フェンスやビニールシートで覆われていた。周囲には、像や重機などは見当たらなかった。
 近くの売店員によると、マニラ市職員と名乗る作業員が27日夜、ショベルカーなどを使って像を撤去。台座や記念碑板なども丁寧に外され、一緒に持ち去られた。作業員は「水道管の修理」と話していたという。
 撤去の理由や、撤去が一時的なものかなどは不明だが、像の近くには数日前から重機が置かれていたという。像設立の助言役を務めた華人のテレシタ・アンシー氏は、マニラ市などに問い合わせたが、「撤去を事前に確認することはできなかった」と話している。
 女性像は比華人団体「トゥライ財団」などが製作。政府機関「フィリピン国家歴史委員会」が認定して、「日本占領期に虐待の犠牲となったフィリピン人女性を追悼する」などと記した記念碑を作製。マニラ市が設置許可を出した。


http://www.recordchina.co.jp/b594629-s0-c30.html
「Record china」 2018年4月24日16時20分
■慰安婦像のそばにショベルカー、何者かが撤去の動き?  フィリピン

【写真】フィリピンの慰安婦像。

 24日、フィリピン商報によると、フィリピン・マニラ市中心部の目抜き通り・ロハス通りで20日、海岸と通りの間に設置された慰安婦像のそばにショベルカーが設置され、像を撤去しようとする動きがあった。
 2018年4月24日、フィリピン商報によると、フィリピン・マニラ市中心部の目抜き通り・ロハス通りで20日、海岸と通りの間に設置された慰安婦像のそばにショベルカーが設置され、像を撤去しようとする動きがあった。中国新聞網が伝えた。
 ショベルカーは誰が置いたかは明らかになっていない。フィリピン華僑青年連合会の洪玉華(ホン・ユーホア)会長によると、同市政府と国歌歴史委員会の双方とも「撤去は命じていない」と説明したという。洪氏は同市警察当局、政府関連部門に調査を要求した。
 洪氏は声明を発表し「われわれは政府に国民の声を尊重するよう呼び掛ける。フィリピンを世界の笑いものにしてはならない」と訴えた。また、慰安婦像について「日本人を侮辱するものではない」と強調。「いかなる状況においても、女性や子どもに対する暴力は受け入れられないことを訴えたものだ」と主張した。


http://japanese.joins.com/article/847/240847.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|main|top_news
「中央日報日本語版」 2018年4月25日10時46分 
■フィリピンの慰安婦被害者銅像、撤去の危機?
 昨年12月にフィリピンの首都マニラに設置されたフィリピン慰安婦被害者銅像が撤去の危機を迎えているという報道があった。
 24日のフィリピン現地紙「フィリピン商報」によると、慰安婦銅像が設置されているロハス通りに20日夜、フォークレーンが現れ、銅像撤去作業をしようとしたと伝え、銅像の前にフォークレーンがある写真を公開した。ただ、マニラ市と銅像設置主管機関のフィリピン国家歴史委員会ともに銅像撤去を指示したことはないと伝えた。
 野田総務相は今年1月9日にフィリピンの首都マニラでドゥテルテ大統領を表敬訪問し、昨年12月に慰安婦を象徴する女性像が設置されたことに関し「非常に残念だ」と述べ、政府間で対応を協議することを求めた。


https://www.sankei.com/world/news/180407/wor1804070024-n1.html
https://www.sankei.com/world/news/180407/wor1804070024-n2.html
「産経ニュース」2018.4.7 21:46
■定着するフィリピンの慰安婦像 設置責任の所在曖昧 マニラ市は「場所提供しただけ」

【写真】5日、マニラで慰安婦を象徴するとする女性像の前でポーズをとる女性たち
 
 フィリピンの首都マニラに昨年12月に設置された慰安婦を象徴するという女性像について、日本側が公的な場所に突如設置された経緯をフィリピン政府に問い合わせ中だが、関係機関は責任を互いになすり付け合っている。通行人や観光客らが足を止めて「慰安婦像」に見入るなどすっかり現地の風景に溶け込んでおり、撤去などの早急な対応が求められている。
 「マニラ市は場所を提供しただけ。設置申請してきた華人財団には、関係機関から必要な許可を得るように言った」。同市のアルコベダンス行政官は産経新聞の取材にこう述べた。さらに「許可を出した国家歴史委員会が、上部組織である大統領府に報告と確認を怠った」とも指摘した。
 同行政官は、昨年12月8日の像の除幕式にエストラーダ市長の代理として出席。除幕式には日本側関係者が見当たらず、歴史委にはその場で大統領府への報告を確認したところ「必要だったのか?」と返答されたという。
 一方、北米などでも設置され外交問題化している慰安婦像を扱いながら、歴史委の女性委員は「善意で行っただけ。歴史家の意見も聞いたので大丈夫だと思った」と述べた。女性委員は「外交的配慮の認識に欠けていた」と責任を認めながらも、設置の取り消しは「マニラ市が決めることだ」と、さらなる関与を避けた。
 フィリピンを訪問した野田聖子総務相は1月9日、ドゥテルテ大統領と会談した際に「こうした像が唐突にできるのは残念だ」と伝え、「理解してもらったと受け止めている」とした。
 しかし、ドゥテルテ氏はオンラインメディアとのインタビューで、野田氏に「元慰安婦やその家族には憲法で守られた表現の自由がある」と応じたと説明。また、日本側から撤去の要請はなかったとした。
 カエタノ外相は1月12日の会見で、「慰安婦像」の設置経緯を調査する省庁横断チームを発足させたと説明。像設置の助言役だったテレシタ・アンシー氏は、「撤去されれば、国内の旧日本兵の慰霊碑も同じく撤去するよう外務省に手紙を出す」と牽制(けんせい)する。
 在フィリピン日本大使館は「像設置の経緯は各レベルで問い合わせを続けている」とした。
          (マニラ 吉村英輝)
コメント

「20代の韓国女性「韓日慰安婦合意」無効デモに有罪判決…建造物侵入罪適用」

2018年04月27日 | 日本軍隊性奴隷
「中央日報日本語版」 2018年4月25日11時36分
■20代の韓国女性「韓日慰安婦合意」無効デモに有罪判決…建造物侵入罪適用

【写真】ソウルにある駐韓日本大使館とその前に設置されている平和の少女像

 ソウルにある駐韓日本大使館の建物で1時間ほど奇襲占拠デモを行ったなどの容疑で裁判を受けた20代の女性が大法院(最高裁判所)で有罪判決を受けた。
 キム氏は韓日慰安婦合意発表3日後の2015年12月31日にソウルの日本大使館と領事館がある建物に無断で入り30人余りとともに1時間ほど奇襲占拠デモを行った容疑などで起訴された。1審は「キム氏は管理者の許諾を受けずに日本大使館の建物に入り建造物侵入罪が成立する。ただし個人的利益ではなく慰安婦合意の不当さを知らせようとする目的で座り込みをした」として罰金200万ウォンを宣告した。
 韓国大法院は暴力行為などの処罰に関する法律(共同住居侵入)、集会とデモに関する法律違反容疑で起訴されたキム氏に罰金200万ウォンを宣告した原審を確定したと24日に明らかにした。
 大法院で罰金刑が確定された後、キム氏はSNSを通じ「大法院の宣告は有罪となったが、私は歴史の中で自らの役割をしっかりしていると考える。和解・癒やし財団は解散しておらず、日本政府の公式謝罪と法的賠償もまた遠い状況だ」と話した。


http://japanese.joins.com/article/696/240696.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp
「中央日報日本語版」 2018年4月20日7時25分
■米サンフランシスコの高校に慰安婦学習指針書配布…「人権保護の重要性を」

【写真】非政府組織(NGO)社会定義教育財団が3月末に出した学習指針書「慰安婦歴史とイシュー」。

 米サンフランシスコの高校に教師用学習指針書「慰安婦歴史とイシュー」が配布された。
 多国籍非政府組織(NGO)の社会正義教育財団(代表ソン・ソンスク)は今年3月末に出した115ページ分量のこの学習指針書をサンフランシスコの公立学校や芸術学校など18の高校に12日に配布したと明らかにした。
 学習指針書には1990年代から慰安婦歴史を積極的に教えようとした国際社会の動き、サンフランシスコを中心に設置された慰安婦碑の背景、慰安婦被害者の尊厳性を扱う学習案などの内容がある。
 特に2015年12月28日の韓日慰安婦合意について「最終的かつ不可逆的」に解決されたものと誤認する危険があるという内容も含まれている。
 代表著者の社会正義教育財団のソン・ソンスク代表は聯合ニュースのインタビューで「10学年の学生が3、4月に第2次世界大戦について学ぶため遅くとも4月中旬までに指針書を配布しなければならず、時期を合わせるのが難しかった」とし「この指針書を通じて学生が慰安婦の歴史とイシューを正しく知り、人権保護の重要性を理解することを望む」と述べた。
コメント

「強制徴用被害者の高齢化進む 解決急がれる賠償問題=韓国」

2018年04月26日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/04/23/0200000000AJP20180423003100882.HTML
「聯合ニュース」 2018/04/23 15:38
■強制徴用被害者の高齢化進む 解決急がれる賠償問題=韓国
【光州聯合ニュース】日本による植民地時代に強制徴用された韓国人被害者の高齢化が進む中、日本政府の実質的な賠償を受けられないまま亡くなる被害者が急増していることが23日、分かった。

【写真】高齢になった強制徴用被害者=(聯合ニュース)

 韓国の市民団体「勤労挺身隊ハルモニ(おばあさん)とともにする市民の集まり」が行政安全部から提供を受けた資料によると、今年政府が医療支援金を支給した被害者は5245人だった。
 政府は「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者支援特別法」に基づき、生存中の被害者に対し年間80万ウォン(約8万円)の医療支援金を支給している。
 生存者数は2014年の1万1717人から15年は9937人と1万人を割り込み、16年は8075人、昨年は6570人と毎年1000人以上減少した。
 同団体の関係者は「14歳のときに徴用された被害者は90代になった。病魔と闘っている生存者に対し政府が格別な関心を払う必要がある」と話している。
 被害者が日本の「戦犯企業」を相手取り韓国で起こした裁判は15件に上る。このうち3件は大法院(最高裁)の判決を待っている。今まで大法院の判決が下された強制徴用関連の訴訟はない。

【写真】今年2月、日本による植民地時代に強制徴用された朝鮮半島出身者の遺骨33柱が韓国に返還された=(聯合ニュース)
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「韓国市民団体 日本総領事館前に徴用工像設置へ=緊張高まる」

2018年04月25日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/04/24/0200000000AJP20180424004700882.HTML
「聯合ニュース」 2018/04/24 18:18
■韓国市民団体 日本総領事館前に徴用工像設置へ=緊張高まる
【釜山聯合ニュース】韓国の市民団体がメーデー(5月1日)に合わせ釜山の日本総領事館前に、日本による植民地時代に朝鮮半島から強制徴用された労働者を象徴する像を設置すると予告したことで、日本領事館前は警備が強化されるなど緊張感が高まっている。

【写真】市民団体が行った総領事館前に像の模型を設置するパフォーマンスの様子=24日、釜山(聯合ニュース)

 釜山の市民団体で作る「積弊(積み重なった弊害)清算・社会大改革釜山運動本部」の労働者像建立特別委員会は24日、出勤時間に合わせ日本領事館周辺で集会を行った。
 自治体が置いた植木鉢をどかし、労働者像の模型を設置するなど、パフォーマンス的な性格が強かったためか、自治体や警察などによる制止はなかった。同委員会はこの日行ったパフォーマンスと同じ方式で、来月1日に労働者像を設置する計画だ。
 関連市民団体は労働者像の設置に先立ち、5000人規模のメーデー集会を計画している。集会は日本総領事館から約100メートル離れた8車線道路の3車線を使って午後2時から行われるという。外交公館の100メートル以内では法律により、集会やデモが禁じられている。
 同委員会はメーデー集会後、労働者像設立大会を開催し、総領事館に移動して労働者像を設置する予定だ。
 韓国外交部は「総領事館前への労働者像の設置は、外交公館の保護や関連する国際礼譲と慣行の側面から適切ではなく、外交的な摩擦を招く可能性があり、適切ではない」との立場を数回にわたり表明している。
 日本政府も先ごろ行われた韓日外相会談や局長級協議などの席で、労働者像の設置計画に関して懸念を表明していた。
 一方、領事館前の道路を管轄する釜山市東区庁の朴三碩(パク・サムソク)区庁長は「法は国民感情に勝つことはできない」とし、「労働者像の設立を止めない」と異なる立場を示した。
 ただ、政府が明確に反対する立場を示しているため、東区庁や警察が労働者像の設置を看過できない可能性もある。
 警察関係者は「集会の届出がまだ出ていない状況で、人員の運用計画は決まっていない」とし、「集会の自由を保障し、人権と安全を尊重し、突発的な状況に備える計画」と説明した。


http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/04/24/0200000000AJP20180424001400882.HTML
「聯合ニュース」 2018/04/24 10:47
■[写真]日本総領事館前に徴用工像の模型設置

【写真】釜山の日本総領事館前で、徴用工像の模型を置き集会を開く市民団体の会員たち=24日、釜山(聯合ニュース)

 メーデー(5月1日)に合わせて釜山の日本総領事館前に、日本による植民地時代に朝鮮半島から強制徴用された労働者を象徴する像の設置を計画している市民団体「積弊(積み重なった弊害)清算・社会大改革釜山運動本部」の会員が24日、同領事館前で集会を開き、像の模型を設置するパフォーマンスを行った。像設置について、韓国政府は外交問題につながりかねず適切ではないとの立場を明らかにしている。


http://japanese.joins.com/article/831/240831.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|main|top_news
「中央日報日本語版」 2018年04月25日07時40分
■釜山の日本領事館前「強制徴用労働者像」推進が問題に

【写真】24日、釜山の日本総領事館前で市民団体が強制徴用労働者像設置パフォーマンスを行った。

 平和の少女像が設置された釜山市東区草梁洞(プサンシ・ドング・チョリャンドン)の日本領事館前の強制徴用労働者像設置をめぐり問題が大きくなっている。韓国外交部と釜山市は外交摩擦を理由に反対しているが、市民団体は来月1日の設置を強行する予定だからだ。労働者像を設置する団体は、釜山の市民団体で構成された強制労役労働者像建立特別委員会(以下、建立特別委)だ。すでに市民6500人から寄付1億7000万ウォン(約1720万円)を集めて銅像を製作した。
 これに対し、釜山市は南区大淵洞(ナムグ・テヨンドン)の国立日帝強制動員歴史館に労働者像を設置することを提案している。イ・ビョンジン企画管理室長は「日帝強占期の強制徴用で犠牲になった人々を追慕する歴史館の前に設置するのが良いのではないか」と述べた。
 外交部は16日、「外交公館保護関連の国際礼譲や慣行の側面から適切ではなく、外交的問題をまねきかねない」とし「自治団体が提示した強制動員歴史館などに設置することが望ましい」と明らかにした。外交部は19日には「関連法令により汎政府次元で必要な措置を検討する」とし、反対の立場を明確にした。日本政府も外交部に対して懸念の意向を明らかにし、総領事館前の銅像設置に反対している。だが、銅像設置に必要な道路占有物設置許可権を持つ朴三碩(パク・サムソク)東区庁長は24日、「市民団体が領事館前に労働者像を設置しても物理的に撤去はしない」と述べた。一言で、国民感情に勝つことができないという意味だ。東区は少女像周辺の環境浄化のために、今月20日に領事館前に大型植木鉢6鉢を設置したが、市民団体が労働者像設置を防ごうとする意図ではないかと抗議すると24日に撤去した。
 建立特別委は外交部が日本の顔色を伺っていると批判した。建立特別委は「日本政府は戦争犯罪に責任ある謝罪をしないでいる」とし「民族の歴史を正しく立てるには日本総領事館前に労働者像を設置しなければならない」と主張した。


http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/04/24/0200000000AJP20180424002700882.HTML
「聯合ニュース」 2018/04/24 15:44
■日本総領事館前への徴用工像設置 「円満解決に向け努力中」=韓国外交部
【ソウル聯合ニュース】韓国の市民団体がメーデー(5月1日)に合わせ釜山の日本総領事館前に、日本による植民地時代に朝鮮半島から強制徴用された労働者を象徴する像の設置を計画していることについて、外交部の魯圭悳(ノ・ギュドク)報道官は24日の定例会見で、「関連官庁と緊密に協議し、この問題が円満に解決されるよう努力している」と述べた。
 魯報道官は「外交公館付近への造形物の設置は、外交公館の保護や関連する国際礼譲と慣行を考慮する必要があるというのが韓国政府の一貫した立場だ」と説明した。
 日本政府は先ごろ行われた韓日外相会談や局長級協議などの席で、労働者像の設置計画に関して懸念を表明していた。


http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/04/23/0200000000AJP20180423004400882.HTML
「聯合ニュース」 2018/04/23 18:03
■徴用工像設置反対の韓国政府 自治体に協力要請
【釜山聯合ニュース】韓国の市民団体がメーデー(5月1日)に合わせて釜山の日本総領事館前に、日本による植民地時代に朝鮮半島から強制徴用された労働者を象徴する像の設置を計画していることを巡り、外交部の関係者が23日、領事館前の道路を管轄する釜山市の東区庁を訪問し、像の設置に反対する政府の立場を伝え、協力を要請したことが分かった。

【写真】釜山の日本領事館前に置かれた大型の植木鉢。市民団体は、東区庁が徴用工像の設置を妨害する目的で鉢を置いたと反発している=23日、釜山(聯合ニュース)

 東区庁などによると、外交部関係者2人がこの日午前、同区庁を訪れ、朴三碩(パク・サムソク)区庁長と面談した。
 外交部関係者は「領事館前への像設置が外交問題になりかねず、適切ではないという政府の立場をあらためて伝えに来た」と説明。釜山市内にある国立日帝強制動員歴史館が像の設置場所としてよりふさわしいとしながら、総領事館前の像設置を防ぐよう協力を要請したという。
 これに対し朴氏は「自治体に(像設置を)防ぐ権限と力はない。市民団体に対し道路法違反などについて知らせることはできるが、像設置を防ぐ計画はなく、政府が直接乗り出すべきだ」と述べた。
 徴用工像設置問題で外交部関係者が同区庁を訪れたのは2度目。2カ月前にも協力を要請していた。外交部は数回にわたり電話でも同区庁に対し市民団体を説得するよう求めたという。
 このように外交部が自治体に対し積極的に協力を要請していることについて、韓日の高官級会談などを控え、徴用工像設置問題が政府にとって大きな負担になっているのではないかとの見方が出ている。
 外交部関係者は「自治体を訪れたのは意思疎通のため。外交公館前の像設置が外交慣例にそぐわないとの理由から設置に反対しているのであって、韓日高官級会談などとは関係ない」と説明した。
 外交部は16日に釜山市、東区のほか、全国民主労働組合総連盟(民主労総)など像の設置を進めている団体に公文書を送り、像設置に対する政府の立場を伝えた。政府は「外交公館前への労働者像の設置は外交的な問題を起こす可能性が高い事案とみている」との見解を示した。
 政府が像設置に対する立場を表明した後、警察は日本総領事館前の警備の人員を2倍以上増やした。


http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/04/23/0200000000AJP20180423004400882.HTML
「中央日報日本語版」 2018年4月24日6時18分
■強制徴用労働者像設置予定地に植木鉢…阻止用?
【写真】釜山日本総領事館前に設置された平和の少女像。5月1日、少女像の横に強制徴用労働者像が設置される予定だ。(写真=中央フォト)
 
 5月1日に釜山(プサン)日本総領事館前の強制徴用労働者像設置予定地に大型植木鉢が設置された。
 釜山市東区(ドング)は20日午後、日本総領事館前の歩道に大型植木鉢6鉢を設置したと22日、明らかにした。6鉢の植木鉢は「平和の少女像」の横に一列に設置された。東区側は少女像周辺にゴミの投棄が多いため、その対策として設置したと明らかにした。
 しかし、労働者像を設置しようとしている市民団体側は「労働者像の除幕される場所に植木鉢を設置し、強制徴用労働者像の設立を妨害しようとする明白な意図」と直ちに反発した。市民団体側は24日午前、東区庁を訪問して植木鉢の撤去を要求する予定だ。
 一方、釜山総領事館前の強制徴用労働者像設置をめぐり、韓国外交部が不適切だという意見を出しているため、設置を強行しようとする市民団体との間に葛藤が予想される。


http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/04/24/0200000000AJP20180424002600882.HTML
「聯合ニュース」 2018/04/24 15:42
■徴用工像設置妨害するな 市民団体抗議で植木鉢撤去へ=韓国・釜山
【釜山聯合ニュース】韓国の市民団体が日本による植民地時代に朝鮮半島から強制徴用された労働者を象徴する像を建てると予告した釜山市の日本総領事館前に植木鉢を設置し、強い抗議を受けた同市東区が24日、植木鉢の撤去を決めた。

【写真】東区が総領事館前に設置した植木鉢=23日、釜山(聯合ニュース)

 東区は同日午前、抗議に訪れた市民団体「積弊(積み重なった弊害)清算・社会大改革釜山運動本部」の労働者像建立特別委員会のメンバーに対し、植木鉢を撤去する方針を示した。
 植木鉢は20日に設置された。同委員会はメーデー(5月1日)に合わせ、総領事館前に建てられている旧日本軍の慰安婦被害者を象徴する少女像のそばに労働者像を設置する計画を明らかにしている。
 東区を訪れた同委員会のメンバーは「通行を邪魔するとして少女像も撤去したことがあるのに、その場所になぜ植木鉢を設置したのか理解できない」として、「労働者像の設置を妨害する目的」と抗議。東区関係者は「少女像周辺の環境改善事業のため、植木鉢を設置した」と説明し、「労働者像の設置を妨害する意図ではなかった。誤解の余地があれば撤去する」と述べた。
 一方、同委員会は総領事館前に像の模型を設置するパフォーマンスを行った。
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慰安婦被害者が死去 生存者28人に=韓国

2018年04月24日 | 日本軍隊性奴隷
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/04/23/0200000000AJP20180423002800882.HTML
「聯合ニュース」 2018/04/23 14:56
■慰安婦被害者が死去 生存者28人に=韓国
【ソウル聯合ニュース】旧日本軍の慰安婦被害者のチェ・ドクリェさんが23日、老衰のため死去した。97歳。韓国政府に登録された慰安婦被害者239人のうち存命者は28人に減った。今年だけで4人が死去したことになる。
 慰安婦被害者を支援する「韓国挺身隊問題対策協議会」関係者は、「遺族の意向により、チェさんの葬儀手続きなどはすべて非公開で行われる」と説明した。


나눔의 집 / 일본군'위안부'역사관 / 국제평화인권센터
경기도 광주시 퇴촌면 가새골길 85 / 전화 031-768-0064 (대표 송월주 / 원장 원행)
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보도일자 : 2018. 4. 24(화)
수 신 : 각 후원자 및 언론사발 신 : 나눔의 집 / 일본군'위안부'역사관 / 국제평과인권센터
보도자료(나눔의 집-2018년 4 월 24 일) : 개그맨 박나래, 황제성, 이용진 일본군'성노예'피해자 후원
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 경기도 광주에 위치한 일본군’성노예’피해 할머니들의 공동생활공간 ‘나눔의 집’에 2018년 4월 19일자로 개그맨 박나래 황제성 이용진씨가 1천만원을 후원했다.
 나눔의 집 안신권 소장은 “평소에도 세 분의 팬이었는데, 5월 가정의 달을 앞두고 이렇게 뜻깊은 후원금을 전달해 주셔서 진심으로 감사드리며, ​앞으로도 나눔의 집은 할머니들의 생활안정과 명예회복을 위해 최선을다 하겠다” 고 말했다. 일본군’성노예’피해자로 한국 정부에 등록된 분은 총 239명, 4월 23일 최덕례할머니가 돌아가시면서 생존자는 28명으로 줄었다.
​ 현재 나눔의 집에는 이옥선(91)할머니를 비롯하여 총 8명의 일본군’성노예’피해 할머니가 생활하고 있다.
 후원 소식을 들은 피해자 이옥선 할머님은 “함께 투쟁하던 최덕례 할머니가, 일본의 공식사죄를 듣지 못하고,억울하게 어제 돌아 가셨는데, 후원 소식에 감사하고, 남아 있는 우리가 끝까지 투쟁하여 반드시 일본의 사죄를 받겠다” 고 말했습니다.
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「「ベトナム民間人虐殺市民平和法廷」ソウルで開かれる」

2018年04月23日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/30376.html
「The Hankyoreh」 2018-04-23 10:36
■「ベトナム民間人虐殺市民平和法廷」ソウルで開かれる
 「韓国軍が虐殺したあの日の悲鳴、いまでも聞こえる」 
 200人余りの犠牲を出したハミ村、フォンニィ・フォンニャット村  
 被害者2人、原告の資格で韓国の地を踏み  
 「畑仕事していた母などを追い込んで殺した」  
 
 裁判部「真実発見・治癒の場にすべき」  
 被告側「ゲリラ戦で意図しなかった犠牲」  
 傍聴市民たちは連帯の意思を継ぐ

【写真】今月22日、ソウル麻浦区文化備蓄基地で行われたベトナム戦争当時の民間人虐殺真相究明に向けた「市民平和法廷」に原告のグエン・ティ・タンさん(前列左と右・同名異人)が出席している=パク・ジョンシク記者//ハンギョレ新聞社

 「70人以上の民間人が殺害されたのに、果たして“仕方のない犠牲”と見ることができるのかどうか、極めて疑わしい…ベトナム戦争時の韓国軍による民間人虐殺が派兵期間全体にわたって発生したのではないか、合理的な疑いが持たれる…。主文。大韓民国は原告らに国家賠償法賠償基準によって賠償金を支給し、原告らの尊厳と名誉を回復するように公式謝罪せよ」。

 22日午後5時、2日間にわたった「ベトナム虐殺真相究明模擬法廷」が終わり、裁判部が宣告結果を朗読すると、グエン・ティ・タンさん(58)が浅いため息をついた。固く結ばれていた口元にも、初めて明るいほほ笑みが広がった。家族5人を失ってからちょうど50年後に下された賠償判決だった。「体が震えます。嬉しいニュースを持ってベトナムに堂々と帰ります。他の犠牲者の方々の痛みを少しは癒すことができると思います」。

 ベトナム戦争当時、韓国軍による民間人虐殺の真相を究明しようとする「市民平和法廷」が21~22日の両日間、ソウル麻浦区文化備蓄基地で開かれた。調査で韓国軍に135人の命を奪われたことが明らかになったハミ村の被害者、グエン・ティ・タンさん(60)と74人が殺害されたフォンニィ・フォンニャット村のグエン・ティ・タンさん、同名である二人が国家賠償訴訟の原告として韓国の地を踏んだ。自分と家族が負った被害に対して、韓国政府の損害賠償金の支給と真相調査などを請求する訴訟だ。模擬法廷の形であるため強制力はないが、ベトナム民間人虐殺の公論化を促す趣旨で行われた行事だ。
 キム・ヨンラン元最高裁判事やイ・ソクテ前セウォル号特別調査委員長(弁護士)、ヤン・ヒョナソウル大学法学専門大学院教授で構成された市民法廷裁判部は、彼らの請求をほとんど受け入れた。裁判部は先に被害者証言などをもとに、二つの村で200人あまりの民間人が殺害されたと認め、二人の原告に対する韓国政府の補償と公式謝罪を求めた。裁判部の召喚要求に応じなかった被告“大韓民国”の代理人になった「民主社会のための弁護士会」弁護士らが、「敵軍と味方を識別しづらいゲリラ戦の状況で発生した意図しなかった犠牲」だと主張したが、裁判部は「ほとんどの犠牲者が高齢者や子ども、女性だった。意図された集団虐殺だと判断される」と指摘した。裁判部はさらに、韓国軍参戦期間(1964~1973)の間、民間人を対象にした違法行為一切について、真相調査を行うことも勧告した。また、「人権侵害の事実が後の世代に語り継がれるようにする必要がある」とし、ソウル龍山区(ヨンサング)戦争記念館など韓国軍のベトナム戦参戦展示空間に真相調査結果を明示するよう判決した。
 「過去の不幸を正直に明らかにして直視し、真実を共有して慰労とともに穏当な治癒策を設けよう」。市民法廷初日の21日午前、イ・ソクテ弁護士が裁判の開始を知らせた。その後、フォンニィ・フォンニャット村の虐殺当時参戦したある軍人の供述を撮った映像が法廷で再生された。彼は「古参兵が助けてくれと哀願したおじいさんを撃った。軍人精神に合わない」と話した。
 グエン・ティ・タンさんはフォンニィ・フォンニャット村に住んでいた8歳の子どもに戻って証言した。彼女は1968年2月12日、腹を銃で撃たれた。兄の尻、弟の口もめちゃくちゃにされたと述べた。「遺体で覆われた田んぼを一つずつ通りながら、ずっと『母さん、母さん』と呼びました。後から、遺体の山の中に母もいたと知りました。畑で野菜を採っていたところ、韓国軍が一方に追い込んで殺したそうです」。10日後、“ハミ”村もフォンニィと同じ境遇に置かれた。防空壕に投げられた手榴弾はグエン・ティ・タンさんの左の耳聴力だけでなく、母と弟も奪った。「弟は昏睡状態で三日間『母さん、起きてご飯をつくって』と言って死にました。最近もその日の悲鳴、弟が母を呼んでいた声が聞こえます」。通訳のグエンさん(34)の涙まじりの通訳に被告側の代理人を含め、法廷中がすすり泣いた。
 今回の裁判には市民平和法廷憲章により、現実では適用するのが難しいいくつかの原則が適用された。賠償請求権消滅時効は実際の訴訟の場合、最も大きな難関になるが、市民平和法廷憲章は「消滅時効の規定は適用されない」とした。二人のグエン・ティ・タンに質問する権利も、裁判部のみが持った。50年ぶりに苦しい記憶を引き出した彼らに、2次被害を与えないためだ。
 傍聴席を埋め尽くした300人以上の市民は連帯の意思を伝えた。京畿道南楊州好坪中学校から来た生徒たちは、二日間広報ブースを運営し、両被害者を直接描いた絵も伝えた。今年の夏、ベトナム戦争被害地域へのボランティア活動を控えて法廷を訪れたイ・サンヒョプ君(15)は「国家が戦争という名分の下、このようなことをしたならば、『果たして国とは何なのか』という疑問を持つようになった」と話した。

ヒョン・ソウン記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/841618.html
韓国語原文入力:2018-04-23 04:59


https://www.lawtimes.co.kr/Legal-News/Legal-News-View?serial=142409
「법률신문」 입력:2018-04-23 오후 4:05:50  강한 기자 strong@lawtimes.co.kr
■시민평화법정 "대한민국, 베트남학살 책임인정·배상하라"
 한국군의 베트남 전쟁 당시 민간인학살 의혹 진상규명을 위한 모의재판에서 베트남 주민에 대한 한국군의 학살행위와 이에대한 대한민국의 배상책임이 인정됐다.
 '베트남전쟁 시기 한국군에 의한 민간인 학살 진상규명을 위한 시민평화법정 준비위원회(공동대표 강우일·정연순·정제봉)는 21일~22일 이틀에 걸쳐 서울 마포구 문화비축기지에서 시민평화법정을 개최했다. 민주사회를 위한 변호사모임·베트남평화의료연대·국회시민정치포럼·한국정신대문제대책협의회 등 50여개 법조·시민단체가 준비위에 참여한 이번 시민법정은 일종의 모의재판으로, 지난 1968년 베트남전 당시 한국군으로부터 상해를 입었다고 주장하는 베트남 꽝남성 주민 2명이 원고로, 대한민국 정부가 피고로 참여하는 국가배상소송 형식으로 진행됐다.
 재판부는 김영란(62·사법연수원 11기) 전 대법관, 이석태(65·14기) 법무법인 덕수 변호사, 양현아 서울대 로스쿨 교수가 맡았다.
 재판부는"피고인 대한민국은 원고인 두 베트남 주민에게 국가배상법이 정한 배상기준에 따른 배상금을 지급하고, 이들의 존엄과 명예가 회복될 수 있도록 책임을 공식인정하라"며 22일 원고승소판결 했다.
 이어 "두 베트남 주민은 전쟁에도 보호받아야 할 민간인으로 인정되고 증인들의 진술도 신빙성이 있다"며 "100여명이 넘는 희생자가 발생한 것으로 미뤄 이 사건이 전쟁 중 일어난 의도치 않은 희생으로도 볼 수 없다"고 설명했다.
 그러면서 "(대한민국은) 전쟁기념관 등을 포함해 베트남 참전을 홍보하는 모든 공공시설에 불법행위를 했다는 사실과 진상조사 결과도 함께 전시해야 한다"며 "베트남전쟁 당시 한국군이 파견된 동안 한국군에 의한 민간인 살인 등 불법행위가 일어났는지에 대해 대한민국이 진상을 규명할 것을 권고한다"고 판시했다.
 이번 재판에서는 학살의 가해자가 한국군인지 여부와, 남베트남민족해방전선과 관련이 있었던 베트남 마을 주민들을 민간인으로 볼 수 있는지 여부 등이 쟁점이 됐다.
 재판과정에서 원고 측 대리인인 김남주(42·37기) 변호사는 "당시 작전 지도를 보면 한국군이 학살이 자행됐던 마을 인근에 있었다"며 "한국 정부는 학살 사건에 대한 수사와 기소할 의무도 위반했다"고 주장했다.
 반면 피고인 대한민국 측은 "32만명의 참전 한국군을 묶어서 학살 가해자라고 하는 것은 대다수의 참전군인에게 억울한 일"이라며 "가해자를 한국군이라고 하지 말고 정확히 어디 부대인지 밝혀야 한다"고 맞섰다.
 앞서 전날인 21일 오전 10시부터 9시간가량 진행된 변론에서는 베트남 꽝남성 퐁니 마을 출신인 응우옌티탄(58·여)과 하미 마을의 응우옌티탄(60·여)이 직접 참석해 한국군의 민간인 학살을 증언하기도 했다.
 한편 준비위는 베트남전쟁 민간인 학살 50주기를 맞아 베트남전쟁 민간인 학살사건의 진상을 규명하고 한국 정부에 책임을 묻는 이번 시민평화법정을 개최했다.
 정식법정이 아닌 시민법정은 판결에 강제력이 없지만, 준비위는 시민평화법정에서 모인 자료 등을 토대로 올 하반기 정부를 상대로 실제 손해배상소송을 제기할 계획이다.
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「「戦犯の子孫」、徐々に日本政界での地位取り戻す」

2018年04月22日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2011-08/12/content_23199577.htm
http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2011-08/12/content_23199577_2.htm
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年8月12日19:13
■「戦犯の子孫」、徐々に日本政界での地位取り戻す
 日本の最大野党・自民党の3議員が8月1日、独島(日本名「竹島」)に近い韓国領の鬱陵(ウルルン)島視察のため、ソウルの金浦空港に到着した。だが、韓国法務部出入国管理所より韓国入国の許可がおりず、3議員は同夜日本に送り返された。これに対し、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領側近の李在五(イ・ジェオ)特任長官がネット上で「(日本)戦犯の子孫たちが大韓民国を厚かましくも視察しようとしている」とし、「このような行為を我々は絶対に許しておくわけにはいかない」と主張している。

◇保守反動派議員の代表格
 この度、訪韓したのは新藤義孝衆議院議員、稲田朋美衆議院議員、佐藤正久参議院議員の3議員である。いずれも50歳代前半で、政界でも屈指の右(保守)派の反動政治家として知られている。
 3議員のうち、李特任長官が言う「戦犯の子孫」とは新藤義孝衆議院議員である。衆議院選挙に4回の当選を果たしている新藤議員は、現在、自民党内部の「領土特命委員会」の委員長代理を務めている。独島について、日本側の立場である「韓国の不法占拠」という表現を岡田克也外相が国会答弁で避けている問題について、昨年、衆議院外務委員会において、岡田外相に再三にわたって質疑した人物でもある。
 この度の3議員訪韓が韓国国内で明るみになった途端、韓国側の世論が大きく広がり、3議員の経歴までもがクローズアップされるようになった。不特定多数の人間がターゲットの個人情報を根こそぎネット上にアップする人力検索の運動により、「新藤議員の母方の祖父は、旧日本軍の栗林忠道陸軍大将だ」といった情報が韓国のネット上で公開されている。栗林忠道とは、太平洋戦争中、小笠原方面最高指揮官として、激戦地である硫黄島で米軍を相手に奮戦し、1945年、硫黄島で戦死した人物で、今では右翼のカリスマ的存在になっている。

◇徐々に社会的地位を取り戻す戦犯の子孫
 敗戦後、A級戦犯(戦争の指導的立場にあった人で、極東国際軍事裁判により有罪判決を受けた人)の遺族、と烙印を押された彼らの宿命は苛烈だった。敗戦直後、東条英機らA級戦犯に対する日本国民が抱くイメージはドブネズミと同じく汚らわしいものであった。戦犯の遺族にも民衆のこうした避難の目が向けられた。東条英機の遺族は、石を投げつけられたり、避難所の米の配給を何度も拒絶されたりと、さまざまな場面で屈辱的な思いをしてきたという。東条英機の孫の東条由布子さんは、「東条の姓を名乗ることすら嫌だった」と戦後50年における一族の苦労を語っている。
 だが時代は流れ、日本の社会にも変化が起きてきている。戦犯の子孫の中には、人の上に立つ者として社会の一角を担っている人もいる。国会議員を務める者もあれば、経済界の権威となっている者、作家や芸術家として成功している者もいる。なかには多大な影響力と持つ政界のスターにのし上がった者もいる。
 安部晋三・元内閣総理大臣の母方の祖父は、1948年に釈放されたA級戦犯容疑者の岸信介(第56代内閣総理大臣)である。政党「たちあがれ日本」の代表を務める平沼赳夫議員の養父は、A級戦犯の平沼騏一郎である。平沼赳夫議員は運輸大臣、通商産業大臣、経済産業大臣などの要職の歴任してきた人物である。
 アナリストによると、戦犯の子孫が日本の社会において地位を確保できるということは、日本国民の意識が変化していることを表している。日本国民のほとんどは「戦争は昔のこと」という認識をしている。戦犯の子孫に対しても「寛容な態度を示すべき」とし、戦犯達の責任を子孫に負わせるべきではないという意見が一般的である。


http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2011-08/18/content_23235641.htm
http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2011-08/18/content_23235641_2.htm
http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2011-08/18/content_23235641_3.htm
http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2011-08/18/content_23235641_4.htm
「中国網日本語版(チャイナネット)」  2011年8月18日11:22:00
■第2次世界大戦における日本人戦犯の4通りの末路

【写真】極東国際軍事裁判所で審判を受ける25人の日本のA級戦犯(1946年)

 1948年12月、2年余り東京裁判のを経て、日本の侵略戦争の性質が確定し、多くの戦犯の命運が明らかになった。日本人戦犯は次の4通りの末路をたどった。

(一)死

【写真】雨花台で死刑に処された南京大虐殺案の主犯・谷寿夫(1947年4月26日)
【写真】南京大虐殺を実施した歴史の罪人・松井石根

 病死: 東京裁判の被告は最初28人だったが、元外相の松岡洋右と元海軍大将の永野修身は病死した。
 絞首刑:極東国際軍事裁判は東条英機、広田弘毅、土肥原賢二、板垣征四郎、木村兵太郎、松井石根、武藤章の7人を1948年12月23日明け方、絞首刑に処した。
 銃殺刑:1945年12月中旬から中国でも一部の地方で戦犯を裁く軍事裁判が行われた。1945年末から1947年末までに各軍事裁判で受理された戦犯案件は2435件、うち判決が下されたのが318件、不起訴となったのが661件、国防部の審査を経て死刑執行されたのが110件。
 自殺:敗戦でA級戦犯容疑者として発表後、阿南惟幾、杉山元らは自決。これは法の裁きを恐れた逃避行為といえる。

(二)無期懲役、有期懲役

【写真】頭を下げて罪を認める戦犯たち
【写真】中国軍事裁判で審判を受ける日本の戦犯・向井敏明(左)、野田毅(中)と田中軍吉(右)(1947年)

 極東国際軍事裁判は荒木貞夫、橋本欣五郎、畑俊六ら16人を無期懲役、東郷茂徳、重光葵をそれぞれ20年と7年の有期懲役に処した。
 東京裁判のほかに、マニラ、シンガポール、ヤンゴン、サイゴン、ハバロフスクなどでBC級戦犯の裁判が行われた。統計によると、連合国が提訴した日本人戦犯は計5423人、刑罰が下されたのは4226人、うち941人を死刑に処した。

(三)「無罪」、放免
 蒋介石、何応欽らは日本軍の力を共産党との内戦に利用しようという考えから、中国軍事裁判で多くの戦犯の罪を軽減、罪責を追及しないことさえあった。
 「済南事件」の主犯で、「三光作戦」の日本側軍司令官、中国派遣軍総司令官の岡村寧次は1949年1月に南京での裁判で「無罪」と判決が下され釈放、帰国した。
 その後、米国の対外政策が対ロシア、対共産党、中国革命反対に移行、日本を対共産党の東方の前線陣地にする必要に迫られた。そのため、米暫定占領当局(CPA)は中国や全世界の人民の反対を押し切って日本人戦犯を庇護し、大量に釈放した。1958年4月7日の時点で、満期を迎えていない戦犯が全員放免された。
 1959年、中国政府は刑に服している戦犯の反省状況に応じて全員を免罪にした。

(四)「勢力の巻き返し」
 米国の戦略政策転換を受け、連合国軍のマッカーサー総司令官はいわゆる「戦犯の仮釈放」を発表、岸信介らA級戦犯は釈放・減刑となった。その後、様々な「公職追放」指令が撤回され、戦犯らは再び公職に就いた。1957年2月、岸信介は首相に就任した。
 岸内閣の大臣や長官は、その半数がかつて公職を追放された者で構成されていた。回顧録の中で岸信介は、「自民党は私が再興した。日本の命運は自民党が握っている」と得意げに語っている。彼のこの言葉から、日本の右翼勢力が日本でどれだけ血迷っているか想像がつく。


http://j.people.com.cn/94474/7288560.html
「人民網日本語版」 2011年2月15日16:22
■日本の戦犯の中国での死刑執行の実録 一般に公開後に処刑

【写真】1947年6月17日、上海軍事法庭で死刑判決を受けた中国侵略日本軍の江陰憲兵隊軍曹下田次郎と常熟憲兵隊隊長米村春喜。街を引き回された後で処刑場に向う。

 第2次大戦時の連合国は東京に極東国際軍事裁判所を設置して日本のA級戦犯の審判を行っただけでなく、マニラ、シンガポール、ヤンゴン、サイゴン、ハバロフスクなどでB級、C級戦犯の審判を行った。連合国に起訴された各種の日本の戦犯総数は5423人、判決を受けたものは4226人、そのうち死刑に処せられたのは941人だ。その中で中国では保定、東北、南京、広州、上海、済南、武漢、太原、台湾など10カ所で戦犯を裁く軍事法廷が設置され、1949年2月までに戦犯145人に死刑の判決を下した。また米国や英国、オーストラリアにも法廷が設立され、米国では6人、英国では21人、オーストラリアでは5人が死刑になった。
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「京大に奄美人の遺骨返還求める運動へ」

2018年04月21日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://www.nankainn.com/local/%e4%ba%ac%e5%a4%a7%e3%81%ab%e5%a5%84%e7%be%8e%e4%ba%ba%e3%81%ae%e9%81%ba%e9%aa%a8%e8%bf%94%e9%82%84%e6%b1%82%e3%82%81%e3%82%8b%e9%81%8b%e5%8b%95%e3%81%b8
『南海日日新聞』 2018年3月4日
■京大に奄美人の遺骨返還求める運動へ

【写真】遺骨返還運動への取り組みについて説明する(右から)大津氏と原井氏=3日、奄美市名瀬

 旧帝国大学の人類学者らが北海道や琉球列島の風葬墓から遺骨を持ち出した問題で奄美大島、喜界島、徳之島からも多数の遺骨が運び出されたとして、奄美市の研究者らが3日、同市名瀬で記者会見し、遺骨を所蔵する京都大学への返還運動を始める考えを示した。3月中に運動推進の連絡協議会を設立するとともに、風葬の習慣があった地域で説明会を開いて住民への遺骨持ち出しの実態周知と情報収集を図る。
 返還運動の発起人は、奄美市名瀬のフリーライター原井一郎氏(68)と、民俗研究などに取り組む大津幸夫氏(84)。原井氏らの調査によると、1933~35年、京都帝国大学の研究者らが島から遺骨を持ち去った。喜界島93例、徳之島92例、奄美大島80例の計265例とされ、現在も京都大学の自然人類学研究室に所蔵されているという。
 遺骨の持ち出しは民族のルーツ調査などが目的だが、原井、大津両氏は「盗掘に近い手法での収集は、純粋に研究目的だったとしても看過できない多くの問題を含んでいる」と指摘。「祖先の魂の象徴ともいえる遺骨については、全てを返還すべき」として、京都大学に返還を求めるとともに、奄美から多数の遺骨を収集した背景などについても説明を求めていく方針だ。
 現地説明会は奄美市笠利町、喜界町、伊仙町で開く予定。島別での推進団体設立も呼び掛ける。
 原井氏と大津氏は「まずは、遺骨持ち出しの事実があったことを地元住民に知ってもらい、地域全体での返還運動につなげたい。沖縄や北海道とも連携できれば」と話し、持ち出された地域が分からない遺骨の対応などについては、島別での共同埋葬も含めて今後の検討課題とした。
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