三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会再々延期のお知らせ

2021年07月30日 | 海南島近現代史研究会
■海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会再々延期のお知らせ■

 2020年夏に新型冠状病毒肺炎の感染者が急増してきたので、秋(2020年9月5日)に開催を予定していた海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会を2021年2月13日に延期しました。
 2021年にはいってから、新型冠状病毒肺炎の流行がいちだんと強まってきたので、2月13日に予定していた海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会を8月21日に再延期しました。
 7月下旬に強行開始された「東京オリンピック」の悪影響もあって、新型冠状病毒肺炎の伝染がさらに拡大しているため、8月21日に予定していた海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会を来年(2022年)2月19日(土曜日)に再々延期することにしました。
 1年半の長期間、総会・定例研究会を開催できなかったので、2020年9月に予定していた海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会での報告の要旨を含む小冊子を、今年(2021年)秋に作成したいと思っています。
 2020年9月5日に開催しようとしていた海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会のご案内を、日本語で2021年8月3日に、漢語で2021年8月13日に、このブログに掲載してあります。それとほぼ同じ内容で、再々延期した総会・定例研究会を同じ会場で2022年2月19日に開催する予定です。みなさんの参加をお待ちします。
 
               2021年7月30日
                          海南島近現代史研究会


■海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会■
 19世紀中期以後、日本は、アイヌモシリ、奄美、琉球、台湾、カラフト島南半部、朝鮮、中国東北部・モンゴル東南部、「南洋群島」、海南島を領土化し、アジア太平洋の各地で侵略戦争を続けました。
 日本政府は、その国家犯罪の歴史を明らかにしようとせず、侵略犯罪を謝罪しようとせず、責任者を処罰しようとせず、犯罪の重大さに相当する賠償をしようとしていません。
 日本陸海軍が海南島に奇襲上陸してから68年後の2007年2月10日に発行した『日本の海南島侵略と抗日反日闘争』で、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、「海南島での国民国家日本の侵略犯罪を明らかにすることは、全世界的規模の侵略の構造を破壊する民衆運動の一環である」と述べました。
 2007年8月5日に結成された海南島近現代史研究会は、会則で、その目的を、「海南島における日本の侵略犯罪の実態を具体的・総合的に把握し、それが海南島の政治的・経済的・文化的・社会的な構造をどのように破壊したのかを究明します」、「海南島における日本の侵略犯罪の実態を可能なかぎり総体的に把握し、その歴史的責任を追及します」、「本会は、海南島における抗日反日闘争の歴史を究明します」としました。
 その14年半後に開催する今回の総会・研究会では、“歴史認識と社会変革”を主題とした前回の海南島近現代史研究会第25回定例研究会につづいて、事実を明らかにし、事実を伝達する方法について話しあいたいと思います。

 と き:2022年2月19日(土)13時00分~17時(開場12時30分)
 ところ:国労大阪会館 1階ホール   JR天満駅改札口を出て右へ(桜ノ宮駅方向へ)200メートル
 参加費・資料代:500円(会員は無料です)

主題:民衆の歴史研究・歴史認識・事実の伝達
■主題報告 海南島民衆の証言をどのように記録・伝達するか       佐藤正人
■主題報告 海南島と朝鮮と中国東北部と日本で証言を聞いて       金靜美
■主題報告 中国東北部に残る万人坑の問いかけるもの          小林節子
■討論 海南島近現代史・日本近現代史・世界近現代史 2
 日本は、1869年にアイヌモシリを、1872年に琉球王国を領土化(植民地化)しました。国民国家日本の歴史は他地域他国侵略・植民地支配の歴史でした。日本の国家犯罪の歴史を認識する民衆の方法について討論したいと思います。
■報告 “同情”か“名誉回復”か:映画『二十二』からみる謝罪賠償不履行の影響  熱田敬子
■2020年秋の海南島近現代史研究会の21回目(紀州鉱山の真実を明らかにする会としては34回目)の海南島「現地調査」について
            海南島近現代史研究会 http://www.hainanshi.org/


■海南岛近现代史研究会第14次总会・第26次定期研究会■
  19世纪中期以后,日本分别将阿伊努莫西里,奄美,琉球,台湾,库页岛南半部,朝鲜,中国东北部,蒙古东南部,「南洋群岛」,海南岛沦为殖民地,继续在亚洲太平洋各地发动侵略战争。
  日本政府并未将其国家犯罪的历史公开化,未对侵略犯罪道歉谢罪,未处罚责任者,也未对其重大的犯罪做出相应的赔偿。
  在日本陆海军强行袭击登陆海南岛68年后的2007年2月10日发行的『日本侵略海南岛及抗日反日斗争』的刊物里,查明纪州矿山事实研究会谈到了「公开阐述国民国家日本在海南岛犯下的侵略犯罪是破坏全世界规模侵略构造的民众运动的一环」。
  2007年8月5日组织成立的海南岛近现代史研究会,在其研究会章程里明确表明了其目的是「具体综合把握日本在海南岛的侵略犯罪实际情况,查明对海南岛的政治・经济・文化・社会的结构造成的破坏」,「尽可能总体把握日本在海南岛的侵略犯罪实际情况,追究其历史责任」,「本研究会将查明在海南岛的抗日反日斗争历史」。
  14年半后召开的这次总会・研究会,我们希望继续接着上次召开的以历史认识和社会变革为主题的海南岛近现代史研究会第25次定期研究会,共同讨论查明事实,传达事实的方法。

 时间:2021年8月21日(星期六)13时~17时(12时3开场)
 地点:国劳大阪会馆 1楼大厅   从JR天满站出口往右拐(樱之宫站方向)200米          
 参加费・资料费:500日元(会员免费)

主题:民众的历史研究・历史认识・传达事实
■主题报告 如何记录・传达海南岛民众的证言          佐藤正人
■主题报告 在海南岛,朝鲜,中国东北部,日本听取证言     金静美
■主题报告 质问残留在中国东北部的万人坑          小林节子
■讨论  海南岛近现代史・日本近现代史・世界近现代史 2
  日本在1869年将阿伊努莫西里沦为自己的领土(殖民地),在1872年又将琉球王国沦为殖民地。国民国家日本的历史是侵略其他地域其他国家,将他们沦为自己的殖民地的历史。我们一起讨论认识日本国家犯罪历史的民众方法。
■报告 “同情”还是“恢复名誉”:从电影『二十二』看不履行谢罪赔偿的影响   热田敬子
■关于2020年秋季海南岛近现代史研究会第21次(第34次)的海南岛「现地调查」

        海南岛近现代史研究会 http://www.hainanshi.org
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海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会再延期のお知らせ

2021年01月25日 | 海南島近現代史研究会
 昨年(2020年)夏に新型冠状病毒肺炎の感染者が急増してきたので、秋(2020年9月5日)に開催を予定していた海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会を2021年2月13日に延期しました。
 しかし、2021年にはいってから、新型冠状病毒肺炎の流行がいちだんと強まってきたので、2月13日に予定していた海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会を8月21日(土曜日)に再延期します。

 昨年9月5日に開催しようとしていた海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会のご案内を、日本語で8月3日に、漢語で8月13日に、このブログに掲載しましてあります。それとほぼ同じ内容で、再延期した総会・定例研究会を同じ会場で開催する予定です。みなさんの参加をお待ちします。
 2021年8月21日が近づいたら、あらためて、このブログに海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会のご案内を掲載します。
               2021年1月25日
                          海南島近現代史研究会


■海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会■
 19世紀中期以後、日本は、アイヌモシリ、奄美、琉球、台湾、カラフト島南半部、朝鮮、中国東北部・モンゴル東南部、「南洋群島」、海南島を領土化し、アジア太平洋の各地で侵略戦争を続けました。
 日本政府は、その国家犯罪の歴史を明らかにしようとせず、侵略犯罪を謝罪しようとせず、責任者を処罰しようとせず、犯罪の重大さに相当する賠償をしようとしていません。
 日本陸海軍が海南島に奇襲上陸してから68年後の2007年2月10日に発行した『日本の海南島侵略と抗日反日闘争』で、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、「海南島での国民国家日本の侵略犯罪を明らかにすることは、全世界的規模の侵略の構造を破壊する民衆運動の一環である」と述べました。
 2007年8月5日に結成された海南島近現代史研究会は、会則で、その目的を、「海南島における日本の侵略犯罪の実態を具体的・総合的に把握し、それが海南島の政治的・経済的・文化的・社会的な構造をどのように破壊したのかを究明します」、「海南島における日本の侵略犯罪の実態を可能なかぎり総体的に把握し、その歴史的責任を追及します」、「本会は、海南島における抗日反日闘争の歴史を究明します」と鮮明に示しました。
 その13年後に開催する今回の総会・研究会では、“歴史認識と社会変革”を主題とした前回の海南島近現代史研究会第25回定例研究会につづいて、事実を明らかにし、事実を伝達する方法について話しあいたいと思います。

 と き:2021年8月21日(土)13時10分~17時(開場12時30分)
 ところ:国労大阪会館 1階ホール   JR天満駅改札口を出て右へ(桜ノ宮駅方向へ)200メートル
 参加費・資料代:500円(会員は無料です)

主題:民衆の歴史研究・歴史認識・事実の伝達
■主題報告 海南島民衆の証言をどのように記録・伝達するか       佐藤正人
■主題報告 海南島と朝鮮と中国東北部と日本で証言を聞いて       金靜美
■主題報告 中国東北部に残る万人坑の問いかけるもの          小林節子
■討論 海南島近現代史・日本近現代史・世界近現代史 2
 日本は、1869年にアイヌモシリを、1872年に琉球王国を領土化(植民地化)しました。国民国家日本の歴史は他地域他国侵略・植民地支配の歴史でした。日本の国家犯罪の歴史を認識する民衆の方法について討論したいと思います。
■報告 “同情”か“名誉回復”か:映画『二十二』からみる謝罪賠償不履行の影響  熱田敬子
■2020年秋の海南島近現代史研究会の21回目(紀州鉱山の真実を明らかにする会としては34回目)の海南島「現地調査」について
            海南島近現代史研究会 http://www.hainanshi.org/


■海南岛近现代史研究会第14次总会・第26次定期研究会■
  19世纪中期以后,日本分别将阿伊努莫西里,奄美,琉球,台湾,库页岛南半部,朝鲜,中国东北部,蒙古东南部,「南洋群岛」,海南岛沦为殖民地,继续在亚洲太平洋各地发动侵略战争。
  日本政府并未将其国家犯罪的历史公开化,未对侵略犯罪道歉谢罪,未处罚责任者,也未对其重大的犯罪做出相应的赔偿。
  在日本陆海军强行袭击登陆海南岛68年后的2007年2月10日发行的『日本侵略海南岛及抗日反日斗争』的刊物里,查明纪州矿山事实研究会谈到了「公开阐述国民国家日本在海南岛犯下的侵略犯罪是破坏全世界规模侵略构造的民众运动的一环」。
  2007年8月5日组织成立的海南岛近现代史研究会,在其研究会章程里明确表明了其目的是「具体综合把握日本在海南岛的侵略犯罪实际情况,查明对海南岛的政治・经济・文化・社会的结构造成的破坏」,「尽可能总体把握日本在海南岛的侵略犯罪实际情况,追究其历史责任」,「本研究会将查明在海南岛的抗日反日斗争历史」。
  13年后召开的这次总会・研究会,我们希望继续接着上次召开的以历史认识和社会变革为主题的海南岛近现代史研究会第25次定期研究会,共同讨论查明事实,传达事实的方法。

 时间:2021年8月21日(星期六)13时10分~17时(12时30分开场)
 地点:国劳大阪会馆 1楼大厅   从JR天满站出口往右拐(樱之宫站方向)200米          
 参加费・资料费:500日元(会员免费)

主题:民众的历史研究・历史认识・传达事实
■主题报告 如何记录・传达海南岛民众的证言          佐藤正人
■主题报告 在海南岛,朝鲜,中国东北部,日本听取证言     金静美
■主题报告 质问残留在中国东北部的万人坑          小林节子
■讨论  海南岛近现代史・日本近现代史・世界近现代史 2
  日本在1869年将阿伊努莫西里沦为自己的领土(殖民地),在1872年又将琉球王国沦为殖民地。国民国家日本的历史是侵略其他地域其他国家,将他们沦为自己的殖民地的历史。我们一起讨论认识日本国家犯罪历史的民众方法。
■报告 “同情”还是“恢复名誉”:从电影『二十二』看不履行谢罪赔偿的影响   热田敬子
■关于2020年秋季海南岛近现代史研究会第21次(第34次)的海南岛「现地调查」

        海南岛近现代史研究会 http://www.hainanshi.org
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海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会延期のお知らせ

2020年08月27日 | 海南島近現代史研究会
 2007年8月5日に海南島近現代史研究会創立集会を開催してから13年になります。
 創立集会後、海南島近現代史研究会は毎年8月に総会・定例研究会を、毎年2月に定例研究会を重ねてきました。
 ことし(2020年)の総会・定例研究会は、例年より1か月遅れて、9月に開催しようと準備をすすめていました。
 そのご案内を、日本語で8月3日に、漢語で8月13日に、このブログに掲載しました。

 その後、新型冠状病毒肺炎の感染者が急速に多くなってきました。
 この状態は、しばらく続きそうです。
 したがって、9月5日に予定していた海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会を来年(2021年)2月13日に延期することにしました。

 準備をすすめていたのとほぼ同じ内容で、半年後に延期した総会・定例研究会を同じ会場で開催する予定です。
 当日の参加をお待ちしています。

 2021年2月13日の海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会が近づいたら、あらためて、このブログに案内を掲載します。

                 海南島近現代史研究会
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海南岛近现代史研究会第14次总会・第26次定期研究会

2020年08月12日 | 海南島近現代史研究会
■海南岛近现代史研究会第14次总会・第26次定期研究会■

  19世纪中期以后,日本分别将阿伊努莫西里,奄美,琉球,台湾,库页岛南半部,朝鲜,中国东北部,蒙古东南部,「南洋群岛」,海南岛沦为殖民地,继续在亚洲太平洋各地发动侵略战争。
  日本政府并未将其国家犯罪的历史公开化,未对侵略犯罪道歉谢罪,未处罚责任者,也未对其重大的犯罪做出相应的赔偿。
  在日本陆海军强行袭击登陆海南岛68年后的2007年2月10日发行的『日本侵略海南岛及抗日反日斗争』的刊物里,查明纪州矿山事实研究会谈到了「公开阐述国民国家日本在海南岛犯下的侵略犯罪是破坏全世界规模侵略构造的民众运动的一环」。
  2007年8月5日组织成立的海南岛近现代史研究会,在其研究会章程里明确表明了其目的是「具体综合把握日本在海南岛的侵略犯罪实际情况,查明对海南岛的政治・经济・文化・社会的结构造成的破坏」,「尽可能总体把握日本在海南岛的侵略犯罪实际情况,追究其历史责任」,「本研究会将查明在海南岛的抗日反日斗争历史」。
  13年后召开的这次总会・研究会,我们希望继续接着上次召开的以历史认识和社会变革为主题的海南岛近现代史研究会第25次定期研究会,共同讨论查明事实,传达事实的方法。

时间:22020年9月5日(星期六)13时10分~17时(12时30分开场)
地点:国劳大阪会馆 1楼大厅   从JR天满站出口往右拐(樱之宫站方向)200米          
参加费,资料费:500日元(会员免费)

主题:民众的历史研究・历史认识・传达事实
■主题报告 如何记录・传达海南岛民众的证言          佐藤正人
■主题报告 在海南岛,朝鲜,中国东北部,日本听取证言     金静美
■主题报告 质问残留在中国东北部的万人坑          小林节子
■讨论   海南岛近现代史・日本近现代史・世界近现代史 2
  日本在1869年将阿伊努莫西里沦为自己的领土(殖民地),在1872年又将琉球王国沦为殖民地。国民国家日本的历史是侵略其他地域其他国家,将他们沦为自己的殖民地的历史。我们一起讨论认识日本国家犯罪历史的民众方法。
■报告 “同情”还是“恢复名誉”:从电影『二十二』看不履行谢罪赔偿的影响    热田敬子
■关于2020年秋季海南岛近现代史研究会第21次(第34次)的海南岛「现地调查」

        海南岛近现代史研究会 http://www.hainanshi.org/
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海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会

2020年08月03日 | 海南島近現代史研究会
 9月5日に、海南島近現代史研究会の第14回総会・第26回定例研究会を開きます。
 主題は、「民衆の歴史研究・歴史認識・事実の伝達」です。
 みなさんの参加を待っています。
 
 新型冠状病毒肺炎問題の悪化が加速してきているので、開催を延期せざるをえなくなるかも知れません。その場合はこのブログでお知らせします。
                    海南島近現代史研究会

■海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会■
 19世紀中期以後、日本は、アイヌモシリ、奄美、琉球、台湾、カラフト島南半部、朝鮮、中国東北部・モンゴル東南部、「南洋群島」、海南島を領土化し、アジア太平洋の各地で侵略戦争を続けました。
 日本政府は、その国家犯罪の歴史を明らかにしようとせず、侵略犯罪を謝罪しようとせず、責任者を処罰しようとせず、犯罪の重大さに相当する賠償をしようとしていません。
 日本陸海軍が海南島に奇襲上陸してから68年後の2007年2月10日に発行した『日本の海南島侵略と抗日反日闘争』で、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、「海南島での国民国家日本の侵略犯罪を明らかにすることは、全世界的規模の侵略の構造を破壊する民衆運動の一環である」と述べました。
 2007年8月5日に結成された海南島近現代史研究会は、会則で、その目的を、「海南島における日本の侵略犯罪の実態を具体的・総合的に把握し、それが海南島の政治的・経済的・文化的・社会的な構造をどのように破壊したのかを究明します」、「海南島における日本の侵略犯罪の実態を可能なかぎり総体的に把握し、その歴史的責任を追及します」、「本会は、海南島における抗日反日闘争の歴史を究明します」と鮮明に示しました。
 その13年後に開催する今回の総会・研究会では、“歴史認識と社会変革”を主題とした前回の海南島近現代史研究会第25回定例研究会につづいて、事実を明らかにし、事実を伝達する方法について話しあいたいと思います。

と き:2020年9月5日(土)13時10分~17時(開場12時30分)
ところ:国労大阪会館 1階ホール   JR天満駅改札口を出て右へ(桜ノ宮駅方向へ)200メートル
参加費・資料代:500円(会員は無料です)                        

主題:民衆の歴史研究・歴史認識・事実の伝達
■主題報告 海南島民衆の証言をどのように記録・伝達するか       佐藤正人
■主題報告 海南島と朝鮮と中国東北部と日本で証言を聞いて       金靜美
■主題報告 中国東北部に残る万人坑の問いかけるもの          小林節子
■討論 海南島近現代史・日本近現代史・世界近現代史 2
 日本は、1869年にアイヌモシリを、1872年に琉球王国を領土化(植民地化)しました。国民国家日本の歴史は他地域他国侵略・植民地支配の歴史でした。日本の国家犯罪の歴史を認識する民衆の方法について討論したいと思います。
■報告 “同情”か“名誉回復”か:映画『二十二』からみる謝罪賠償不履行の影響  熱田敬子
■2020年秋の海南島近現代史研究会の21回目(紀州鉱山の真実を明らかにする会としては34回目)の海南島「現地調査」について
            海南島近現代史研究会 http://www.hainanshi.org/
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植民地朝鮮における歴史認識と分断国家朝鮮における社会変革

2020年02月13日 | 海南島近現代史研究会
 以下は、2020年2月8日に開催した海南島近現代史研究会第25回定例研究会(主題:歴史認識と社会変革)での金靜美の報告(植民地朝鮮における歴史認識と分断国家朝鮮における社会変革)の要旨です。
 次回の海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会は、9月5日に開催します。

                     海南島近現代史研究会


■植民地朝鮮における歴史認識と分断国家朝鮮における社会変革■
                                    
(一)歴史認識について
 歴史とはなにか。
 ※民衆の生と死の集積
 歴史をどのように認識するのか。
   植民地朝鮮における歴史認識と分断国家朝鮮における歴史認識とは異なるのか。
   日本の他地域他国侵略・他地域他国植民地化を肯定する歴史観はどのように形成されるのか。

(二)植民地朝鮮における歴史認識
 ■大韓帝国は、なぜ大日本帝国の植民地になったのか
 1592年~1593年:壬辰倭乱。 1597年~1598年:丁酉倭乱。
 1811年~1812年5月:平安道農民戦争(洪景来の乱)。
    洪景来(1812年5月29日〈陰暦4月19日〉戦死)、禹君則、金士用、李禧著、金昌始などが
   中心。朝鮮西北地方の大商人、郷任層、武士、流浪農民などが連合。
 1862年(壬戌) 旧暦2月~旧暦11月:「壬戌民乱」(「晋州民乱)。
    農民を主体とする民衆闘争。樵軍(晋州民衆)、郷任の柳継春の指導下に白い頭巾をかぶり
   竹槍と棍棒で官衙を壊し農村の富民たちを襲撃した後に解散。
    慶尚道丹城→慶尚道晋州→慶尚道20の郡県・全羅道37の郡県、忠清道12の郡県→京畿道、咸
   鏡道・黄海道など。
 1875年9月20日~22日:日本小型砲艦「雲揚」、朝鮮の首都に近い江華島海域に侵入
    → 1876年2月26日:朝日修好条規(江華島条約。丙子修交条約)調印・発効。
 1882年:壬午軍乱。
 1894年2月15日:朝鮮全羅道古阜で甲午農民戦争(東学農民運動。東学農民革命)開始。
 1894年6月1日:甲午農民軍、全州占領。紀綱「済世安民 逐滅倭夷 尽滅権貴」。
 1894年6月2日:日本政府、清国の「朝鮮出兵」に「対抗」し、朝鮮への日本軍侵入を決定。
 1894年6月3日:朝鮮政府、甲午農民軍を「制圧」するために清国に援兵要請。
 1894年6月8日:清国軍1500人、牙山に上陸。
 1894年6月10日:全州和約(朝鮮政府と甲午農民軍の間の和約)。甲午農民軍、自主的に全州から撤退。
 1894年7月23日:朝日戦争(日本軍、朝鮮王宮占領)。
 1894年8月20日:「日韓暫定合同条款」調印。
    ※「此度日本政府ハ朝鮮國政府ニ於テ內政ヲ改革センコトヲ希望シ朝鮮政府モ亦タ其急務タルヲ
    知覺シ其勸吿ニ從ヒ勵行スヘキ各節ハ順序ヲ追テ施行スヘキコトヲ保証ス」、「本年七月二十三
    日王宮近傍ニ於テ起リタル兩國兵員偶爾衝突事件ハ彼此共ニ之ヲ追究セサル可シ」。
 1894年10月1日:甲午農民軍、再烽起。日本軍と交戦。
 1894年10月4日:日本軍、仁川上陸。10月23日:日本軍、鴨緑江を渡り清国に侵入。11月8日:日本連合
    艦隊、大連湾占領。11月19日:日本軍、旅順攻撃開始(11月21日、占領)。11月21日~25日:日
    本軍、旅順大虐殺。
 1894年12月7日:甲午農民軍、公州で大敗。12月28日:全琫準、淳昌で日本軍に逮捕されソウルに。
 1895年4月23日:全琫準ら処刑される。
    【画像1】大芚山878 m アム峰(甲午農民戦争最終激戦地)
          忠清南道論山市・錦山郡 、全羅北道完州郡
          (撮影:趙成鳳 진달래산천 산행主催)
    【画像2】大芚山にある甲午農民軍の碑
            「19世紀末、日帝の侵略と朝鮮の腐敗した官吏たちを
           追い出すために憤然と立ち上がった……東学農民義兵……」
          (2001年2月18日建立)(撮影:趙成鳳)
     ※申東曄(1930~1969年)
           진달래산천
           길가엔 진달래 몇 뿌리
           꽃 펴 있고,
           바위 모서리엔
           이름 모를 나비 하나
           머물고 있었어요.

           잔디밭엔 장총(長銃)을 버려 던진 채
           당신은
           잠이 들었죠.
           
           つつじの山河
           野辺には つつじが いくつか
           花を咲かせている
           岩はだでは
           名前を知らない ちょうが一羽
           羽を休めていた

           くさむらでは 長銃をなげすてたまま
           あなたは
           眠りに落ちていた
 1895年~1896年:義兵戦争。
 1897年10月:朝鮮の国名が大韓帝国となる。
 1899年~1904年:活貧党(朝鮮中南部の武装集団)の闘い。
     ※大韓四民論説十三条目:農民や商人の待遇改善、防穀令実施、外国人への利権供与
     反対・外国人に奪われた利益の奪還(鉱山開発権・鉄道敷設権など)、土地再分配要
     求。監獄を襲撃し獄中者を解放し武器を奪取。
     ※反日武装烽起:日本との通商禁止要求、日本人排斥、日本人商店・日本などの外国
     資本が作った鉄道などを破壊。日本軍によって、ほとんどが処刑された。
 1904年8月:第一次韓日協約(韓日外国人顧問傭聘に関する協定書)。
 1905年1月:日本政府、独島を「隠岐島司ノ所管」し「竹島」と命名する閣議決定(2月、島根
    県知事、「竹島」が隠岐島司の所管となったと告示)。

 ■植民地朝鮮(日帝強占期朝鮮)における朝鮮民衆の抗日反日闘争・日本の国家犯罪
 1905年~1914年:反日義兵が中心になって独立戦争(抗日義兵戦争)。日本軍、朝鮮各地で虐殺。
    ※大量の武器と弾薬をもって襲撃してくる日本の軍警に、日本側文書によっても1万7千人
    を越す朝鮮民衆が殺害された(朝鮮駐箚軍司令部『朝鮮暴徒討伐誌』1913年)。
    ※「韓国暴徒を輸入せんとす 統監府の追放する暴徒を片ッ端から日本に運ぶ計画」(『大
    阪毎日新聞』1908年5月3日)。
    ※「一時猩獗ヲ極メシ全羅南道ノ暴徒ハ大討伐ノ結果逮捕及自首千三百名ニ達シタリ……強
    制労働ヲ施セハ遷善ノ見込アルヲ以テ此五百名ニ対シテハ起訴猶予処分ニ付シ此起訴猶予者
    ヲシテ……道内海南河東間三十五里ノ道路開鑿ヲ計畫シ将ニ実行ニ着手セリ」(「全羅南道
    暴徒帰順者授業ノ為道路開鑿工事起工状況」(『韓国警察最近事務概要』1910年前半?)。
 1905年:第二次韓日協約(乙巳保護条約)。
 1906年:日本政府、韓国統監府設置。
 1907年7月:第三次韓日協約。
 1909年10月26日:安重根のハルビン駅での闘い(1910年3月26日、処刑)。
 1910年8月:大日本帝国、大韓帝国を日本領土とする(韓国併合ニ関スル条約)。
    9月:日本政府、朝鮮総督府設置。
 1919年:3・1独立運動。
 1919年4月11日~1948年 :大韓民国臨時政府。
    上海→杭州→南京→長沙→広州→綦江→重慶
 1919年9月2日:姜宇奎の南大門駅での闘い(1920年11月29日、処刑)。
 1920年6月:鳳梧洞戦闘。
 1920年10月:青山里戦闘。
 1924年1月4日:義烈団員金址變の二重橋での闘い(1928年2月、獄死)。
 1926年6月10日:6・10運動。
 1929年1月~4月:元山ゼネスト。
 1929年11月:光州学生運動。
 1930年5月30日:間島5・30烽起。 8月1日:8・1吉敦闘争。
 1932年1月8日:李奉昌の桜田門外での闘い(10月10日、処刑)。
 1932年4月29日:尹奉吉の上海虹口公園での闘い(12月19日、処刑)。
 1943年3月 日本政府、「朝鮮総督府受刑者海南島出役に伴う監督職員等増員に関する件」閣議決定。
 1945年夏 「朝鮮村虐殺」(日本海軍海南警備府第16警備隊の兵士ら、「朝鮮報国隊」の朝鮮人を虐殺)。

(三)分断国家朝鮮における社会変革
 1945年8月20日ころ:アメリカ合州国とソ連が38線の南北に朝鮮を分断。
 1945年9月6日:朝鮮人民共和國、建国。10月10日、解体。
 1945年9月8日~1948年8月15日:南部朝鮮で、在朝鮮アメリカ合州国陸軍司令部軍政庁(USAMGIK)
    が占領行政。
 1945年10月3日~1946年2月8日:北部朝鮮で、ソ連民政庁が占領行政。
 1946年5月~1949年3月:朝鮮人23人・台湾人21人、「戦犯裁判」で処刑。
 1946年11月3日:戦犯を日本国および日本国民統合の象徴とする「日本国憲法」公布(1947年5月3日施行)。
 1948年2月:朝鮮人民軍、創立。
 1948年3月4日~:済州島四・三(在朝鮮アメリカ合州国陸軍司令部軍政庁支配下の済州島で)。
    【画像3】済州地域行方不明犠牲者 慰霊碑(「4.3平和公園」)(2017年5月28日撮影
    ※ドキュメンタリー『レッドハント』趙成鳳監督
 1948年8月15日:大韓民国、成立。9月9日:朝鮮民主主義人民共和国成立。9月:韓国軍創立。
 1948年10月19日~:韓国で麗水反乱。
 1948年~:韓国で、智異山パルチザン。
    【画像4】빨치산대원움막(智異山中にあるパルチザンの住居址)
          (2016年7月1日撮影)
    ※金永昇さん(1935年8月7日、全羅南道霊光郡で生まれる)のドキュメンタリー撮影に同行。
     金永昇「わたしはわたしである わたしはなぜ、パルチザンになったか」
        (2016年12月21日、22日、23日三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・
       裵相度)の追悼碑を建立する会・紀州鉱山の真実を明らかにする会のブログに連載)
     1950年9月28日:山に入り下山せず、パルチザンに。
     1954年2月20日:智異山南方の白雲山で4発の銃弾を受けて捕まる。
     1989年9月5日:清州保安監護所から非転向出獄。保護観察対象者、指定。逮捕されてから35年7か月後。
1949年6月5日:韓国政府、「国民保導連盟」設立。
1950年6月25日:朝鮮人民軍、38度線を越えて軍事行動開始。
    【画像5】朝鮮戦争時、韓国軍に虐殺された民間人の遺骨
         慶尚北道慶山市のコバルト鉱山跡から発掘された遺骨
          (2014年2月25日撮影)
    【画像6】コバルト鉱山の遺骨について説明をする張明守さん(1957年生)
         (2014年2月25日撮影)
     ※張明守さん
         「小さいとき、ここに入ってはいけないと言われていた。恐ろしいとこ
        ろだ、危険だと。坑道は20キロ~25キロ。コバルト鉱山は、日本人が来て、
        1942年から採掘された。
         ここは대원골といわれている。怨(원)が大きいところという意味だ。山の
        名前は、현성산。
         垂直坑に投げ込まれている。長い年月のあいだに土で埋まってしまった。
        3年前、発掘しようとしたとき、土で埋まって垂直坑の上からは掘り出せず、
        横から掘り進んで行って、出せる遺骨だけ出した。300余遺体。
         証言では、大邱刑務所から受刑者が大型車で連れてこられたという」。

 1953年7月27日:国連軍と中朝連合軍、休戦協定(朝鮮における軍事休戦に関する一方国際
   連合軍司令部総司令官と他方朝鮮人民軍最高司令官および中国人民志願軍司令員との間
   の協定)。
 1956年~:朝鮮民主主義人民共和国で、千里馬運動。
 1960年4月:韓国で、四月革命。3月15日:馬山義挙。
 1980年5月:韓国で、光州民衆抗爭(5.18民主化運動)。
 1987年6月10日~10月29日:韓国で、6月民主抗争。 5月27日:民主憲法争取国民運動本部
   結成。 10月29日:大統領直接選挙制。
 1996年~2000年ころ:朝鮮民主主義人民共和国で、「深化組事件」
 2016年11月~2017年5月:韓国で、朴槿恵退陣非常国民行動

さいごに
1、各地に埋められている日本の侵略による被害者の遺骨
■進まぬ強制徴用被害者の遺骨返還  背を向ける日本と消極的な韓国
 韓国行政安全部によると、日本で発掘後に保管されている朝鮮半島出身の徴用・徴兵犠牲者の遺骨は2770柱に上る。寺や納骨堂など日本全域の約340カ所に散在する。
(「聯合ニュース」 2018/06/01 11:58)
■沖縄戦没者の遺骨返還へDNA鑑定を 韓国の遺族が日本政府に要請
 【東京聯合ニュース】日本による植民地時代だった戦時中に動員され、沖縄で死亡した朝鮮半島出身者の遺骨を遺族のもとに返すためのDNA鑑定を積極的に実施するよう、韓国の遺族が日本政府に要請した。
(「聯合ニュース」 2020.01.21 15:53)
■「韓日市民団体、日本政府に沖縄死亡の韓国人遺骨の焼却中止を要求」
 日本政府は硫黄島の戦死者が2万1900人であると把握しており、この中で韓半島(朝鮮半島)出身は今まで確認された人だけで170人に達すると伝えられた。
 両国の市民団体は遺骨を遺族に返還するように発掘された遺骨を現地で焼却することを中止してほしいと求めた。また、太平洋タラワ、硫黄島など遺骨の発掘に関連した細部事項を公式に知らせ、遺族を相手にしたDNA型鑑定比較・対照作業を拡大してほしいと付け加えた。
(「中央日報日本語版」 2020.01.22 11:52)

2、海南島「朝鮮村」の遺骨
    【画像7】2015年11月21日の「朝鮮村」で
         ガラスの展示ケース内の遺骨がない

3、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の遺骨
    【画像8】本龍寺本堂に残されていた朝鮮人の遺骨
         (1997年11月16日、撮影)
    ※本龍寺の兼任住職をしている宗応寺(新宮)の住職との電話で(2019年11月16日)
         「本龍寺の朝鮮人の遺骨は、いまはない、宗務庁の人権擁護推進本部
        から来て持って行った、いまどこにあるかわからない、人権擁護推進本
        部から本龍寺に感謝状が届き、いま額に入れて本堂にかけてある」
    ※曹洞宗人権擁護推進本部の工藤氏との電話で(2019年11月25日)
        「 (無縁塚から遺骨を持ちだしたのは事実か、とまず確認し、その経緯を
       尋ねると)答えられない。
         (遺骨は現在どこに置かれているのか聞くと}答えられない。
       (あなたの人権擁護推進本部での役職は何か)答えられない。本部員です。
          いま日韓関係が????なので、返還できないで、そのまま置いてある」。
コメント

皇甫康子「「慰安婦」問題をどう伝えるか」

2020年02月12日 | 海南島近現代史研究会
 以下は、2020年2月8日に開催した海南島近現代史研究会第25回定例研究会(主題:歴史認識と社会変革)での皇甫康子(ファンボ・カンヂャ)さんの報告(「慰安婦」問題をどう伝えるか)の要旨です。
 次回の海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会は、9月5日に開催します。

                     海南島近現代史研究会

■「慰安婦」問題をどう伝えるか■   

 1991年12月、初めて元「慰安婦」だと名乗られた金学順さんの証言会が大阪で開催された。被害女性たちが語る事実に驚愕し、名乗り出た勇気に応えるためには日本を変えていかなければという機運を強く感じることができた。被害者の女性たちの話を聞くと、必ず出てくるのが「私たちのような被害者を二度と作らないでほしい」という言葉だった。

●元「慰安婦」の女性たちの願いは
 「謝罪」と「再犯防止」
 「再犯防止」には反省の歴史としての事実を残し、語り継いでいくことが必要。
 教科書に記述されることが重要。→取り組む根拠となる。

●「慰安婦」問題を教えたいがどう教えて良いかわからない。
 こんな現場の意見に答えるために制作したドキュメンタリービデオ
 1994年に制作「それでも生きた~クレドサラワッチ~」歴史編、現代編の二部構成40分
 現代編には「在日」への差別問題や性暴力の問題も入っている。
 英語版も製作し、1995年の北京世界女性大会で報告。中学校や高校、大学、女性センター、人権のつどいなど、日本全国で教材に使ってもらったり、啓発のための集会や講演会で上映されたりした。

●「少女像」バッシングの中での伝え方
 平和学習からのアプローチ
 戦時性奴隷は人間を支配するための戦略的な安い武器。地域や共同体、家族の基盤である女性たちを破壊し、根深いダメージを与えるための攻撃手段。経済的利益を得るため、加害者が罰せられずに逃げおおせる「罰せられない文化」を変革するには、被害者たちが告発できる社会にすることが必要。平和なときの差別意識が戦時には噴き出す。だからこそ、平和なときの人権教育が大切だ。(2018年ノーベル平和賞受賞コンゴのムクエゲ医師のことば)
 防災教育の中に性暴力の問題を入れ込む。(被災時に告発しにくい性暴力の被害)
 #MeToo運動から考える。→日本社会、韓国社会に存在する女性差別の問題とつなげて考える。金学順さんをはじめ、名乗り出た女性たちは先駆的存在という位置づけが若い人たちの共感を呼ぶ。

●民族学級でどのように伝えるのか、悩む民族講師たち。
 まずは、伝えられる情報を共有し、伝え方をみんなで考える。
 絵本「コッハルモニ」や漫画「草」の活用(日常的な教育活動の中に入れ込む)
 当事者につながる人間としての思い。(無力感)
 強制連行の写真、アウシュビッツの「やまのような死体」の写真
 「かわいそうな朝鮮人の女性」ではなく「生き抜いてきたことが素晴らしい」(自分も生き抜けると希望を持つ女性たちがいる)
 「名乗りでた勇気」(金学順さんの存在がドイツ強制収容所や世界の性奴隷被害者に勇気を与えた)
 「コンゴ、ウガンダ、ナイジェリア、シリアなどの紛争地の性奴隷被害者や、ベトナム戦争時の韓国軍による性暴力被害者への支援、朝鮮学校の子どもたちへの支援活動もしている尊敬できる女性」(金福童ハルモニ)
 「加害者を罰せられない文化」を変えていくために、記録し、記憶し、伝えていきたい。


■「ミリネ(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)」の活動紹介■ 2020年2月8日
        「在日」女性の集まり「ミリネ」代表 皇甫康子(ファンボ・カンヂャ)

 91年に在日同胞の女性たちと「朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会」(以下「考える会」を立ち上げた。
 朝鮮人女性が抱える女性差別、民族差別を解消するための根源的な問題として「慰安婦」問題の解決を求める活動をはじめた。最初は「従軍慰安婦問題を考える在日同胞女性の会(仮称)」が91年に発刊したパンフ、「私たちは忘れない 朝鮮人従軍慰安婦 ―在日同胞女性からみた従軍慰安婦―」を販売することからはじめた。パンフの内容は当時、挺身隊問題対策協議会会長だった、尹貞玉(ユン・ジョンオク)さんが来日し、同胞女性たちに訴えた報告内容と「慰安婦」問題をどう見るかという「在日」女性の視点がだされている。
 このパンフに刺激を受け、91年8月24日、尹貞玉さんを大阪に招いて、「朝鮮人従軍慰安婦問題を考える集い」を開催した。この時、伊丹の大阪国際空港まで尹先生を出迎えた私は車の中で、はじめて元「慰安婦」と名乗りを上げた金学順さんの話を聞かされ興奮した。沖縄のペ・ポンギさん、タイのユ・ユタさんが名乗られていたのだが、多数生存されているはずの韓国で、名乗る人が一人もいなかった。軍事独裁政権下でも地道に研究、調査はしてきたが、この先、被害者不在で真相究明や謝罪・補償を求めることは困難だと  尹先生は思われていた。集会当日は金学順さんの報道もあり、300人以上が参加し、熱気あふれる講演会となった。この時の参加者とはその後、いろいろな場面で出会い直すことになるのである。

■―91年8月24日「朝鮮人順軍慰安婦問題を考える集い」開催。
 ―91年10月から創作劇「私たちは忘れない、朝鮮人従軍慰安婦」の上演。
 尹先生を招いての講演会のあと、「慰安婦」問題や「在日」について、たくさんの人たちに知ってもらうために、創作劇を上演しようということになった。
 91年10月26日、大阪府豊中市立婦人会館のイベントで、はじめて上演することができた。その翌日の朝日新聞に「思いのこもった演技に会場から大きな拍手がわき、『こんな事二度と繰り返されてはいけない。』と涙ぐむ在日一世の女性もいた。」という一文が入った創作劇上演の記事が掲載された。その後、京都、奈良、兵庫、東京、埼玉の11ヶ所で上演することができた。構成劇の上演を通じて、たくさんの出会いがあった。92年4月、東京YWCAでの上演後、埼玉の丸木美術館に宿泊し、今は亡き、丸木位里さん、俊さんと会えたことも得難い思い出の一つだ。
 せりふを覚え、毎回、緊張が高まる劇はかなりしんどかった。だからこそ、観た人に感動してもらえたと、今でも思っている。

■―91年11月から「朝鮮人従軍慰安婦に関する六項目早期実現を求める署名運動」
 1.日本政府は朝鮮人女性たちを従軍慰安婦として強制連行した事実を認めること。
 2.そのことについて公式謝罪すること。
 3.蛮行のすべてを自ら明かにすること。
 4.犠牲となった人々のために慰霊碑を建てること。
 5.生存者や遺族たちに補償すること。
 6.こうした過ちを再び繰り返さないために歴史教育の中でこの事実を語り続けること。
という挺身隊問題対策協議会が出した6項目の早期実現を要求する署名運動を行い、5ヶ月で36、765名の署名と605の個人・団体の賛同人を得ることができた。92年3月28日には「朝鮮人従軍慰安婦問題早期解決を求める集い」を開催し、約400人が参加した。31日に「署名提出東京行動」を行い、日本政府と交渉した。同胞だけでなく、たくさんの日本人のグループや団体・個人との協力関係が生まれた。

■―91年12月11日、大韓教会婦人部と「金学順さんを囲む同胞女性の集い」開催。
 日本政府を相手に補償を求めて東京地裁に提訴するため、金学順さんが来日した。この時はじめて91年11月に関東で結成された「従軍慰安婦問題ウリヨソンネットワーク」(98年解散)と連動して東京、大阪で金学順さんの証言会を行った。各地で開かれた証言会に同行する等、「考える会」のメンバーが全力を上げて協力した。何度も証言するという緊張感の中、同胞女性たちに囲まれた時だけ、歌を歌って、くつろがれていた金学順さんの姿が今も目に焼き付いている。

■―92年2月8日、「突撃一番」は生きていた!オカモト糾弾2・8集会を開催。
 旧日本軍が「従軍慰安婦」と呼ばれた女性たちを集団強姦した際に使用されたコンドーム「突撃一番」と同じコピーが入った、コンドーム「ラバーマン」が販売されていたことが判明した。92年9月に発見した「性暴力を許さない女の会」から知らせを受け、すぐに抗議文をオカモトに送り、11月26日にはオカモトの大阪支社で「性暴力を許さない女の会」をはじめ、在阪の女性団体と一緒に話し合いを持った。あまりに誠意のない態度だったので、92年2月8日に糾弾集会を開催した。その後、満足できるものではないが、反省と商品の回収を行い、「突撃一番」の商標は廃止するという回答を得た。抗議活動を通じて、在阪の日本人女性たちのグループとの深い連帯活動が実現した。

■―93年10月27日~11月13日ノリペ・ハントウレ「声なき挽歌」上演会を開催。 
 「慰安婦」問題を劇にしたという韓国の新聞記事を見て、日本での上演会をしようということになった。この頃、元「慰安婦」の女性たちの生活は不安定で、92年10月に仏教人権委員会が中心になって、「ナヌメチップ(わかちあいの家)」(元「慰安婦」の女性たちが、集まって生活する家)が開院された。しかし、「ナヌチップ」も移転を余儀なくされ、先行きが不安だと聞いていた。劇団と話し合って、日本公演での収益金を「ナヌメチップ」建設基金にすることにした。亡くなられた、姜徳景さん、金順徳さん、朴頭理さんたちがいらっしゃった「ナヌメチップ」を訪問し、日本公演の報告をすると、とても熱い期待を寄せて下さった。
 公演は熊本、福岡、広島、松山、香川、今治、神戸、大阪、京都、名古屋、横浜、東京の13地域で15回公演が行われ、のべ5千人が観劇した。上演会を通じて知り合った、市民団体や同胞の人たちとはその後もずっと協力関係を持ち、活動を続けることができた。96年12月には、京畿道にある現在の「ナヌメチップ」にハルモニたちは居を構えられた。私たちの活動が新しい家の建設に少しでも、役立てたことが何よりうれしいことだった。

■―朝鮮人従軍慰安婦問題 資料集 三巻の発行。
 91年5月28日、ソウルで挺身隊問題対策協議会主催による「挺身隊問題に関する講演会と詩画展が開催され、韓国ではじめての講演会として注目を集めた。その時に発行された「挺身隊問題 資料集Ⅰ」の尹貞玉さんの「挺身隊、何が問題か」という講演録の翻訳と国内外の新聞記事をまとめたのが、資料集Ⅰである。(91年発行)
 資料集Ⅱでは91年8月24日の「朝鮮人従軍慰安婦問題を考える集い」でのユン貞玉さんの講演録、12月14日、奈良での金学順さんの証言録と金慧媛さんの講演録、奈良柳本慰安所調査記、10月14日(死亡推定日)に亡くなったぺ・ポンギさんの追悼式(12月6日)が那覇市内で行われ、金伊佐子が参加した報告、韓国と日本の新聞記事などを収録した。(91年1月31日発行)
 資料集Ⅲでは「補償を求める裁判闘争支援のために」ということで、92年3月29日、アムネスティ野路菊が神戸で開催した、ユン貞玉さんの講演録「朝鮮人従軍慰安婦~証言から明かにされた実態~」、91年12月8日、在日韓国青年連合主催集会、故・金敬得弁護士の講演録「補償問題とは」と韓国、日本の新聞記事などを収録した。(92年6月1日発行)
 92年8月11日・12日、ソウルで開催された「挺身隊問題アジア連帯会議」には韓国・在日・フィリピン・タイ・台湾・香港・日本の6カ国の女性たちが集まった。その報告集を同年、10月28日に「従軍慰安婦問題行動ネットワーク」として発刊した。

■―95年4月、ドキュメンタリービデオ「それでも生きた・クレドサラワッチ」制作。
 9人のメンバーが講演や演劇上演で、「慰安婦」問題を広範囲に知らせるには限界があると考え、中学生が理解できる教材ビデオを制作することにした。内容は第一部「歴史編」と第二部「現代編」の二本立て、全体で45分の長さの中に在日問題や女性問題も入れ込んだ。1994年1月からスタートしたビデオ制作は、シナリオづくり、編集と地味な作業が続いたが、8月には関釜フェリーで釜山に、鉄道でソウルに上がり撮影を行った。恵化洞のナヌメチップで行った、ハルモニたちのインタビューで胸がいっぱいになり、「水曜デモ」では胸が熱くなった。
 「水曜デモ」で映画「ナヌムの家」のピョン・ヨンヂュ監督と撮影がかち合い、お互いにエールを送り会った。彼女とはその後97年制作の「ナヌムの家Ⅱ」の日本での記者会見、98年のナヌムの家「日本軍従軍慰安婦記念館」の開館式、2000年の「全州映画祭」、同年11月には大阪女子大学で行われた講演会で、一緒になった。拙い韓国語で話してみると、最初の出会いから全てを記憶していて、驚いた。挨拶を交わしただけのことまで覚えていて、なんて人間観察の鋭い人かと感心させられた。
 ビデオは英語版もつくり、95年8月末から開催された「北京世界女性会議」でビデオの一部を上映し、宣伝活動を行った。その場で購入する人もいて、励まされた。中学校や高校、大学、小さな集まりから大きな集会まで、いろいろな所でビデオ上映が実現し、講演に呼ばれる私たちも大忙しだった。97年に出版された「中学生マジに近現代史」(ふきのとう書房)の著者で、当時、都立中学校教諭の増田都子さんから、ビデオを観た中学生たちの感想文が届いた。
 また、96年にはドキュメンタリービデオ、「イヂェプト 今から~世代を継いで生きる在日朝鮮人女性たち」40分を制作した。この時から「ミリネ」(朝鮮語で銀河)という新しいグループ名も使いはじめた。ビデオ「イヂェプト 今から」も女性センターや人権センター、夜間中学など日本各地で上映された。2000年には韓国全州映画祭に出品され、数年前には韓国の市民団体による在外同胞映画祭でも上映された。

■―その他の活動
 93年4月には「在日」の元「慰安婦」宋神道さんが日本政府へ提訴し、「在日の慰安婦裁判を支える会」が結成された。私たちも裁判支援のため、東京に行ったり、大阪に宋神道さんを招いたりした。94年3月に東京で開催された「女性の人権アジア法廷」に参加し、95年、日本政府による「女性のためのアジア平和国民基金」への反対運動と北京世界女性会議での発表を行った。96年3月には13団体、16個人の参加・賛同を得て「『国民基金』撤回を求める関西・女のネットワーク」発足集会を行った。98年にVAWW‐NETジャパン(戦争と女性への暴力日本ネットワーク、代表・松井やより)が結成され、2000年、12月には「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」が東京で開廷された。

■2013年6月8日「橋下市長の『慰安婦』・性暴力発言を許さず辞任を求める集会共催

■2016年6月「家族写真をめぐる私たちの歴史」刊行・ 2019年3月韓国でも翻訳版出版

■<現在とこれからの活動について>
 「考える会」の活動は、「『国民基金』撤回を求める関西・女のネットワーク」の中でその後も抗議集会や証言会、講演会と活動を続けてきた。しかし、「慰安婦」問題解決のための直接的な活動も限界になってきた。92年1月から99年10月の間で29号を発刊した朝鮮人従軍慰安婦問題を考えるニュース」を発展させ、2000年からは「在日」女性の視点を発信する「ミリネ通信」と名前を変え、「考えるニュース」から数え2019年11月まで97号を発行している。「ミリネ」とは朝鮮語で「銀河」という固有語である。点在する「在日」女性たちが元気に輝けるように、という思いでつけた。
 刷新した通信は「慰安婦」問題だけでなく、「女性・人権・教育・労働」と「在日」女性たちが直面する問題を取り上げている。また「韓国女性だより」として、韓国の新聞を翻訳し、その時々の情報を提供している。記事の内容は、ミリネ「考える会」が主催した講演会や学習会の報告をはじめ、「多文化共生教育や国際交流の取り組み」「民族教育」「康由美弁護士入居差別裁判」「アイヌ・被差別部落・沖縄の女性たちや、ネパール・インドのダリットの女性たちとの活動交流」(04年10月、報告集「マイノリティ女性のエンパワメント」を発刊)「グアテマラ先住民族女性たちの活動現場を訪ねた訪問記」「ハワイの『写真花嫁』となった韓国人女性」「性暴力事件」、私たちが企画した「『在日』の家族写真展」「映画案内と図書案内」等々、多岐に渡っている。ありがたいことに「考える会」結成当時からずっと購読してくれている会員をはじめ、現在も100人以上の人に通信を届けている。毎年、必ず購読料を振り込んでくれる人、出会った時に手渡してくれる人、新規購読者になってくれる人、そんな人たちの存在を感じるたびに、これからも主張のある面白い記事を発信していきたいと思う。

■「慰安婦」問題、教科書記述
 戦後補償・「慰安婦」問題の教科書記述は1995年使用の高校教科書に、1997年使用の中学校の全教科書に記述された。しかし、2001年、「慰安婦」問題を取り上げた教科書を「自虐史観」であると批判した、新しい歴史教科書を「作る会」の教科書が中学校教科書の検定に合格した。2002年には「慰安婦」問題を記述した教科書は3つ、2005年には2つ、2013年には全て消えている。
 再犯防止として、歴史教育の中でこの事実を語り続けることが困難になっている現状は2013年の「戦時下であれば、『慰安婦制度』が必要だった」橋本暴言、2015年12月の「日韓合意」、言論弾圧を繰り返す安倍政権と繋がっている。歪んだ「歴史認識」がどんどん、流布される状況下、女性をはじめ、外国人に対する排除と差別を助長する雰囲気が強くなっている。再度、良識ある日本人たちと共に、「歴史事実を認めない」「排除や差別を助長させる」ことで、得をするのは誰なのか、しっかりと考え、行動していきたい。

■実教出版の現代社会の教科書に「慰安婦問題」の記述が。
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鄭初美「強制連行・強制労働の事実を子どもたちにどう伝えるか」

2020年02月11日 | 海南島近現代史研究会
 以下は、2020年2月8日に開催した海南島近現代史研究会第25回定例研究会(主題:歴史認識と社会変革)での鄭初美(チョンチョミ)さんの報告(強制連行・強制労働の事実を子どもたちにどう伝えるか)の要旨です。
 次回の海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会は、9月5日に開催します。

                       海南島近現代史研究会


■強制連行・強制労働の事実を子どもたちにどう伝えるか■         

1、大阪の民族学級
  ・1948年4・24阪神教育闘争の後、「覚書」民族学級(1950年~)
  ・「長橋小学校」から始まった民族学級(1972年)
  ・生野、東成地域「自主民族学級」(1980年前後)

2、運動による民族学級の継続、広がり
  ・民族教育促進協議会
  ・後任民族講師の措置
  ・大阪市、大阪府との交渉
  ・大阪市「民族クラブ技術指導者招聘事業」の予算化(1992年)

3、大阪市の民族学級の現状
  ・2018年度から「国際クラブ」という名称になる。
   ⇒子どもたちのアイデンティティー確立の場としての意義が認識されにくい。
  ・2018年道徳の教科化による人権教育への視点の欠如傾向。2020年度からの英語
   の時間数確保のため、民族学級の時間の確保が困難になる予想。

4、教科書採択の問題
  ・大阪市小学校社会(教育出版)
  ・大阪市中学校歴史(育鵬社)

5、取り組みの難しさ
  民族学級「国際クラブ」は年間30時間~35時間程度で、殆どは複数学年合同授業を行う。
  友渕小学校では現在1.2年と3.4.5.6年の2クラスに分かれて授業を行う。このような状況から、歴史の授業は時間数にすれば極わずかしかとれない。
  また、学級でほとんど強制連行の事実を学ぶことがなく、民族学級(国際クラブ)での授業に異議を唱える保護者も存在するため、教職員も授業内容に対して過敏になる傾向がある。

6、教材の選択・作成
  ・自主教材の作成
  ・観点―歴史的事実そのものを伝えるのではなく、出来事の中で歴史的事実を知る。
  ・授業の中で子どもたちの様子
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五十嵐彰「文化財返還問題について考える」

2020年02月10日 | 海南島近現代史研究会
 以下は、一昨日(2020年2月8日)開催した海南島近現代史研究会第25回定例研究会(主題:歴史認識と社会変革)での五十嵐彰さんの報告(文化財返還問題について考える)の要旨です。
 次回の海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会は、9月5日に開催します。

                       海南島近現代史研究会

■文化財返還問題について考える■
 1.エキゾチック
     開城 恭慇王陵 石羊 小倉コレクション 漆塗十二角盆 龍鳳紋兜
 2.戦利品
     北洋艦隊 鎮遠 捕獲品 御府 振天府 日の丸 中国人民抗日戦争紀念館
    佐野美術館 神道碑 大倉集古館 資善堂 高徳院 観月堂
 3.奪ってきた<もの>と遺してきた<もの>
     東洋拓殖株式会社釜山支店 関東軍司令部 「八紘一宇」塔
     頂上の巨岩に刻まれた「占領・井上部隊」という文字
 4.エシカル
     リサイクル フェアトレード ISO26000 SDGs CSRからSR 
     アイヌ民族に関する研究倫理指針 現地優先権

*1:中内 康夫2011「日韓間の文化財引渡しの経緯と日韓図書協定の成立」『立法と調査』第319号:22.「…国会審議の中では、相互の文化交流・文化協力という協定の趣旨からすれば、日本側が一方的に図書を引き渡すのではなく、韓国にある日本由来の貴重な図書の日本への引渡しを求めるべきであるとの主張が繰り返された。これに対し松本外務大臣は、日韓図書協定は日本が統治していた期間に朝鮮総督府を経由してもたらされた図書に限定してそれらの引渡しを行うことを定めたものであり、その意味において、韓国国内に存在する図書の問題はこれと同列に論じられるべきものではなく、別途検討される性質の話しであるとの認識を示した。」
*2:先住民族の権利に関する国際連合宣言 (2007年9月採択)
 第11条-1 先住民族は、その文化的伝統および慣習を実践し、再活性化させる権利を有する。この権利には、過去・現在・未来にわたる先住民族の文化的表現(例えば、考古学的歴史的遺跡、工芸品、デザイン、儀式、技術、視覚的芸術、舞台芸術、文学)を維持し保護し発展させる権利を含む。
 第11条-2 国は、先住民族の自由で事前の情報に基づく同意なしに、又は先住民族の法・伝統および慣習に反して奪われた文化的、知的、宗教的および精神的財産に関して、当該先住民族と連携して設けた効果的な仕組み(原状回復を含む)を通じた救済を行なう。


※五十嵐彰さんには、2008年8月3日に開催した海南島近現代史研究会の第2回総会・第2回定例研究会で報告してもらいました。
 海南島近現代史研究会第2回総会・第2回定例研究会の内容はつぎのとおりでした。

■1年間の会の活動報告
■あいさつ 王建成(海南省民族学会副会長)
■研究報告Ⅰ
 金山「社会転型期的黎族伝統文化(社会転形期における黎族の伝統文化)
 海南島の先住民族である黎族の伝統文化は、改革開放後、とくに中国最大の経済特区である海南省が設立されたあと、大きく変貌しています。年中行事、伝統宗教、生活文化という三つの角度から、その変化を考察します。
■海南島近現代史研究会制作『海南島 2007年秋』、『海南島 2008年春』、『月塘三・廿一惨案紀念碑掲碑儀式』上映
■研究報告Ⅱ
 五十嵐彰「「日本考古学」と海南島」
 ある文化を認識するには、一定の時間(時代)を区切らざるを得ないと同時に、一定の空間(地理的範囲)を区切らざるを得ません。ある時間的空間的範囲を区切るためには、区切られた内部の均質性と外部との異質性が成立要件として求められます。「日本考古学」が区切っている時間的空間的範囲のいびつさ・歪みを、海南島という定点から検討します。
■研究報告Ⅲ
 水野明「海南海軍特務部編『海南島三省連絡会議決議事項抄録』について」
 1939年2月の海南島侵略直後から海南島の「政務」をおこなった三省(日本外務省、日本海軍省、日本陸軍省)連絡会議は、1942年11月に廃止され、以後、海南海軍特務部(前、第5艦隊情報部)が、海南島を政治支配しました。海南島三省連絡会議にかんする極秘文書を解析します。
■質疑・討論 参加者の発言・討論
■こんごの研究主題・研究課題
■月塘村全村民の日本政府に対する要求について
■日本軍の海南島奇襲攻撃70年後(2009年2月)に
■「会則」改定  


※以下は、五十嵐彰さんのブログ「第2考古学」に2020年1月31日に掲載された記事です。

https://2nd-archaeology.blog.ss-blog.jp/2020-01-31
■海南島近現代史研究会 第25回定例研究会、そして「アイヌ民族と博物館」[研究集会]■
海南島近現代史研究会 第25回定例研究会(予告)
日時:2020年 2月 8日(土)13時10分~17時
場所:国労大阪会館 1階ホール(大阪環状線 天満駅 徒歩5分)
主催:海南島近現代史研究会
主題:歴史認識と社会変革
・アジア大平洋における日本の国家犯罪 -アジア大平洋民衆の抗日反日闘争-(佐藤 正人)
・文化財返還問題について考える(五十嵐 彰)
・強制連行・強制労働の事実を子どもたちにどう伝えるか(鄭 初美)
・軍隊性奴隷の事実を子どもたちにどう伝えるか(皇甫 康子)
・植民地朝鮮における歴史認識と分断国家朝鮮における社会変革(金 靜美)
・討論:他地域・他国を侵略した国家犯罪、他地域・他国を植民地化した国家犯罪を認識しようとしない日本国家の政治・社会・文化・経済状況を解析し、民衆の歴史認識の方法を探求し、社会変革の具体的な道すじを討論の中で少しでも明らかにしていきたいと思います。

 私の発表では、エキゾチック-戦利品-エシカル-社会的責任をキーワードに現在考えていることをお話しいたします。大阪近辺にお住まいの方で文化財返還問題に関心のある方は、是非ご参加ください。皆さんのご意見をお聞かせください。

アイヌ民族と博物館 -文化人類学からの問いかけ- 日本文化人類学会 公開シンポジウム(報告)
日時:2020年1月26日(日)13時~17時30分
場所:法政大学 市ヶ谷キャンパス 富士見ゲートG401教室
主催:日本文化人類学会
共催:法政大学国際日本学研究所、日本人類学会、日本考古学協会、北海道アイヌ協会
後援:文部科学省
・アイヌ工芸における博物館の役割(山崎 孝治)
・研究成果の還元と博物館活動 -収蔵資料のデータベース化を中心に-(斎藤 玲子)
・いま、世界の博物館で起こっていること -資料の管理と展示、その返還-(出利葉 浩司)
コメント(佐藤 宏之、篠田 謙一、阿部 一司、佐藤 幸雄)

 前半2時間は発表3本(司会:太田 好信)、休憩後の後半2時間はコメントと討論(司会:窪田 幸子)だったが、後半の司会者が最後にいみじくも述べていたように、ここまで白熱・緊迫した討論も近年珍しいのではないか。
 ラウンドテーブルを契機とした「研究成果の促進と公開」を目的とした研究集会も4回目となるが、こうした新たな状況の出現は、昨年からラウンドテーブルに参加した文化人類学会の主催だからなのか、公開を目前に控えた象徴空間あるいは研究倫理指針といった状況の故なのか。

 討論の場で鋭く問われたのは、いったい何のために研究しているのか、という学問の根本的な問題である。
 そうした問いに対して、当時の入手方法が全て遺法とは思わないといった論点を回避する応答、ある意味で開き直りの対応がなされていた。まず当事者としては、「遺骨を今まで放置してきた責任を、あなたはいったいどのように考えているのか」という問いかけに対する自分なりの応答ではないのか。このことは、すでに4年前に明確に指摘されていたはずである。

 糾弾された側の応答としては、最後の「閉会のご挨拶」において、現在の見方で過去は裁けないといったよく聞く論法も示されたが、これが2020年のことなのか、ほとほと呆れるばかりである。問われているのは、「研究倫理」なのである。
 同じ人類学の名称を頂く「文化」と「形質」の研究者の間で、「火花が散る」場面も目にした。
 本件を巡っては、こうした「バトル」の<場>が無さ過ぎた。
 アメリカでもオーストラリアでも、こうした修羅場をいくつも潜り抜けて、今があるのではないか。

 糾弾された側は、「研究対象となる個人や社会の権利は、科学的及び社会的成果よりも優先されなければならず、いかなる研究も先住民族であるアイヌ民族の人間としての尊厳や権利を犯してはならない」という「研究倫理指針(案)」の文言を今一度心に刻むべきであろう。
コメント

アジア太平洋における日本の国家犯罪・アジア太平洋民衆の抗日反日闘争

2020年02月09日 | 海南島近現代史研究会
 以下は、きのう(2020年2月8日)開催した海南島近現代史研究会第25回定例研究会(主題:歴史認識と社会変革)での佐藤正人の報告(アジア太平洋における日本の国家犯罪・アジア太平洋民衆の抗日反日闘争)の要旨です。
 次回の海南島近現代史研究会第14回総会・第26回定例研究会は、9月5日に開催します。

                       海南島近現代史研究会

■アジア太平洋における日本の国家犯罪・アジア太平洋民衆の抗日反日闘争■
                           佐藤正人
☸Ⅰ 民衆の歴史研究、民衆の歴史認識、民衆の歴史思想
■歴史認識の手段としての歴史研究
  民衆の歴史研究の方法。
  事実を知ること。事実について考えること。
  歴史学・考古学(考現学)・経済学・法律学、哲学、認識学、宗教学、自然科学(数学、天文学、生物学、物理学、化学……)。
  社会科学としての歴史学・考古学。実証を基礎とする歴史認識。
  
  海南島近現代史研究会の歴史研究の方法。
  民衆史=民衆の歴史・民衆の歴史研究。
  日本の国家犯罪を総体として認識し伝達する方法。
  国民国家日本の海南島における侵略犯罪を総体として認識する方法。
  「現地調査」(侵略と植民地支配の事実究明、抗日反日闘争史探求の調査)。必然的な偶然の出会い。

  被害者・目撃者からの聞きとり(死者からは、聞きとりできない)。証言を聞く者のありかた。
  加害者からの聞きとり。犯罪の「記憶」。犯罪者の沈黙・証言(告白)拒否。沈黙のままの自然死。
  聞きとって、どうするのか 。
      侵略犯罪の解明 → 責任追及(犯罪の責任・犯罪を隠しつづけてきた責任)→ 国家
     謝罪・国家賠償、責任者(最悪の犯罪者ヒロヒトら)処罰。アジア太平洋に侵入し
     た日本企業の過去と現在の侵略犯罪解明・責任追及。

■歴史認識の主体  歴史の主体
  歴史認識は認識者の道徳・価値観、想像力、生き方(生活)に規定される。
  認識者の道徳・価値観、想像力、生き方(生活)は、認識者の歴史認識に規定される。
  歴史意識。歴史思想。歴史観。

■歴史認識における遠近法
  核心的な事実はなにか。事実の核心はなにか。
  一つの歴史事実に世界史が内包されている。細部が全体を構成している。
  諸事実の諸関係のなかで、個々の事実を解明できる。
  認識主体のありかたと思想によって事実の内容が規定される。
  事実の内容は、その事実を示すコトバに表現されている(同じコトバが対立する思想を示している場合もある)。
    ※壬辰丁酉戦争、壬辰戦争、「文禄・慶長の役」、「朝鮮征伐」(『広辞苑』1973年
     8月15日第2叛第7版)。
    ※三・一独立運動、「万歳事件」。
    ※アジア太平洋戦争、太平洋戦争、Pacific War、「大東亜戦争」(1941年12月12日、
     東條内閣「閣議決定」。「大東亞新秩序建設を目的とする戰爭」)、「太平洋・大
     東亜戦争」。
    ※「平和」をかかげる戦争法(「平和安全法制整備法」+「国際平和支援法」)公布
     (2015年9月30日)・施行(2016年3月29日)。
    ※地名。 オキナワ。ウルマネシア。琉球弧。琉球。琉球・八重山。ウチナァ。ウチ
     ナーチン。沖縄県。
    ※強制連行。強制労働。   被強虜赴日。 「特殊工人」。
    ※「従軍慰安婦」。「慰安婦」。「日本軍性奴隷」。「日本軍隊性奴隷」。
      韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協 한국정신대문제대책협의회)。
      日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(正義連。일본군성노예제문제
      해결을위한정의기억연대)。
    ※アイヌ。「旧土人」。
     イヌイット。イヌビアック。ユッピック。カラーリット。イト。「エスキモー」。
 
  普遍的な道徳・価値観はあるのか。被侵略者の道徳・価値観と侵略者の道徳・価値は同じではない。

■社会変革の実践としての客観的な歴史認識
  客観的な歴史認識とは?
  客観的な歴史認識=主体的歴史認識。
  主体形成の過程での客観的な歴史認識。
  史実は証拠に基づいて解明される。
  証拠:文書(記録、)、もの(遺物、遺構、遺跡、遺骨……、碑)、伝承、証言、絵画・映像・音・声。
      ※碑 アイヌモシリ江別市対雁に、「樺太移住旧土人先祖之墓」建立(1931年
       8月、津山仁蔵建之)。
       海南島楽会県(瓊海市)に、「互助郷坡村長仙三古南橋雅昌佳文風嶺吉嶺官園
       等村抗戦死難民難民衆公墓」建設(1947年7月)。
       シンガポールに、「日本佔领时期死难人民纪念碑(The Memorial to the Civilian
       Victims of the Japanese Occupation。日本占領時期死難人民記念碑)」建立(1967年2月15日)。
       海南島万寧市月塘村で、犠牲者すべての名を刻んだ「月塘三・廿一惨案紀念
       碑」除幕(2008年4月26日、農暦3月21日)。
       日本三重県熊野市紀和町で、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑除幕
       (2010年3月28日)。
       海南島東方市四更鎮旦場村で、「旦場抗日遇難同胞紀念碑」除幕(2015年3月
       19日)。

■客観的な歴史認識は社会変革の過程で形成され、社会変革の力は客観的な歴史認識によって強化される

☸2 民衆史、地域史、世界史
■民衆史とは
  民衆の歴史。  民衆の認識する歴史。  民衆が追求する歴史。
  歴史認識深化の過程は、絶えざる歴史意識変革の過程。

■地域史と世界史
  地域(日常の生活空間……国家……アジア太平洋……世界)
  諸地域・諸国家の近現代史は、世界近現代史に規定され、世界近現代史を規定してきた。
  侵略諸国家・諸民族の侵略の世界史は、被侵略諸国家・諸民族の抵抗の世界史。

☸3 アジア太平洋における国民国家日本の国家犯罪
  1869年9月 アイヌモシリ領土化(アイヌモシリの一部を「北海道」と名づける)。
  1872年10月 琉球王国植民地化(琉球王国併合、「琉球処分」、琉球王国→琉球藩)。
  1874年5月 日本陸海軍台湾侵入(「台湾蕃地処分」)。         「雲揚」使用
  1875年9月 日本小型砲艦「雲揚」、朝鮮の首都に近い江華島海域に侵入。
  1876年2月 朝日修好条規(조일수호 조약。江華島条約)調印・発効。
  1877年3月「竹島外一島之義本邦関係無之義ト可相心得事」とする太政官指令。
  1879年4月 琉球王国を日本領土とし「琉球藩」を「沖縄県」と名づける(第2次「琉球処分」)。
  1895年? 八重山地域領土化。
  1895年 台湾、澎湖列島、遼東半島植民地化。
  1905年 独島領土化・大韓帝国植民地化。
  1905年 遼東半島(「関東州」)植民地化。
  1910年8月 「韓国併合」。   1910年5月~ 幸徳秋水ら逮捕(1911年1月処刑)。
  1914年 「南洋群島」領土化。
  1931年9月 日本軍(「関東軍」)中国東北部・モンゴル東南部侵略開始。
  1932年3月 日本政府、「満州国」作成。  1933年2月29日 小林多喜二虐殺。
  1939年~41年 蒙古聯合自治政府。→ 1941年~45年 蒙古自治邦政府。
  1939年~45年 海南島植民地化。

☸4 アジア太平洋民衆の抗日反日闘争
■前史
  アイヌモシリで(1457年~58年:コシャマインらの闘い。1669年~72年:シャクシャインらの闘い)。
  朝鮮で(1592年~1593年 壬辰戦争。1597年~1598年、丁酉戦争)。
■国民国家日本形成後
  台湾、朝鮮、シベリア、中国東北部、モンゴル、中国、ホンコン、シンガポール、フィリピン、インドネシア(オランダ領東インド。Dutch East Indies。蘭領東印度。蘭印)、タイ、ベトナム・カンボジア・ラオス(フランス領インドシナ。仏印)、マレーシア、ビルマ、海南島、ウルマネシア。

  1900年~1901年 義和団戦争。1906年~1914年 朝鮮独立戦争。1918年~1922年 シベリア戦争。1919年 3・1独立運動。1919年 5・4運動。1920年 青山里戦闘。1940年8月~12月 百団大戦。1942年2月~1945年8月 フクバラハップ抗日戦争。1944年6月~9月 拉孟・騰越戦闘。

☸5 民族・国家
■民族と国家
  中華民族、中華民国五族(漢・満・蒙・回・蔵。五族共和)、満州五族(和・韓・満・蒙・漢。語族協和)。
  国民、「臣民」、「皇民」、人民。  
  庶民、民衆、大衆、ピープル、マルチチュード、市民(シティズン、シトワイヤン)。
  民族。先住民族。少数民族。多数民族。国民。    国民国家。単一民族国家は実在しない。
  侵略国家、国民国家、民族国家。
  国家。国民。社会。   日本社会。
  国家。大地・海。

  アイヌ。ウチナンチュー。朝鮮人。韓国人。韓国・朝鮮人。中国人。チベット人。インド人。ネパール人。ブータン人。日本人。インドネシア人。アラブ人。シンガポール人。ノルウェー人。デンマーク人、イギリス人。イスラエル人。ユダヤ人。アメリカ人。メキシコ人。ブラジル人。

  侵略思想としてのナショナリズム・反侵略思想としてのナショナリズム。

☸6 歴史認識は、現在を認識すること
  過去を知り、いまを生き、未来を思う

☸補 
  15世紀末いらい、スペイン、ポルトガル、オランダ、イングランド、フランス、ベルギ―、ドイツ、アメリカ合州国、ロシア……は、世界各地で文化財を含む大量の財(資源、労働力)を強奪した。 
  19世紀後半から国民国家日本もその強奪をくりかえしてきた。

■文化財返還問題 ⊂ 略奪物返還問題
  文化財返還問題は侵略国家が他地域他国から略奪した財の返還問題の一環。
  遺骨の「返還問題」は、極度に重大な「返還問題」である。
  アイヌ、奄美人、沖縄人の遺骨を「研究」のために盗み、奪い続けてきたのは、児玉作左衛門、山崎春雄、金関丈生、小金井良精……ら日本の「アカデミズム」の者たち。⇔東大、京大、北大、サッポロ医科大、大阪大……。
  小金井良精らがオタルで奪ったアイヌの遺骨20体は、1888年以後、東大、北大、新潟大、サッポロ医大が奪い続けている。この遺骨は、2020年4月24日に白老に開設される「ウポポイ(民族共生象徴空間)」に移されようとしている。

■2018年10月30日~   韓国大法院判決
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