三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

「韓国人強制徴用犠牲者の遺骨74柱、日本から祖国へ」

2019年02月28日 | 国民国家日本の侵略犯罪
https://japanese.joins.com/article/703/250703.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年02月28日06時49分
■韓国人強制徴用犠牲者の遺骨74柱、日本から祖国へ

【写真】民和協の金弘傑代表常任議長が27日、大阪統国寺で開かれた朝鮮人遺骨奉還式で追悼の挨拶を述べている。(写真提供=民族和解協力汎国民協議会)

 南北民族和解協力汎国民協議会(民和協)が共同で推進してきた日帝強占期強制徴用犠牲者の遺骨奉還事業が初めて実を結んだ。民和協は27日午後1時、大阪統国寺で遺骨74柱の奉還式を執り行った。民和協は昨年から北側民和協と共同で「朝鮮の魂、アリランの帰郷」事業を推進してきた。「長いアリラン」という名前がついたこの日の奉還式は同事業の初めての成果だ。
 式典には金弘傑(キム・ホンゴル)民和協代表常任議長とキム・ジョンギ民和協共同議長、白凡(ペクボム)金九(キム・グ)先生の孫であるキム・ジン光復会諮問委員長、ハ・スグァン在日本朝鮮人総連合会朝鮮人強制連行真相調査団事務局長、イ・ジェチュル日帝強制動員被害者支援財団事務局長など関係者150人余りが参加した。北側民和協関係者は日本政府のビザを受けることができずに入国できなかった。
 遺骨74柱は1974年から統国寺に保管されてきたもので、昨年民和協が統国寺関係者との面談を通じて遺骨奉還を推進してきた。
 金弘傑氏は追悼辞を通じて「今日奉還される遺骨は手の平ほどの小さな箱に入れられた一握りの灰にすぎないが、目を閉じる最後の瞬間まで故郷へ戻ることを切実に望んでいたものと信じる」としながら「80年近い歳月を待たせてしまい、ただ申し訳ない」と明らかにした。引き続き金氏は「私たちは今でも誰がやってきて亡くなり、誰が生きて帰ったのか、知っていることよりも知らないことのほうが多い」としながら「故郷が北朝鮮人という理由で除外された一人の遺骨も、一日も早く故郷へ戻ることができることを希望する」と話した。
 この日、統国寺を離れた74柱の遺骨は28日午後、仁川(インチョン)国際空港を通じて入国する。
 引き続き清渓(チョンゲ)広場前から韓国プレスセンターまでの道路を行進した後、芝広場で路祭(出棺のときに行う祭式の一種)を行う。3月1日に白凡記念館で開かれる追悼式は俳優パク・ソンウンの司会で執り行われ、日帝強占期の強制動員と被害者遺骨奉還を素材にしたドキュメンタリー映画『長いアリラン』が上映される。遺骨は2日、済州(チェジュ)の寺院(ソヌン精舎)に仮安置された後、確認を経て遺族に引き渡される予定だ。民和協関係者は「今後、日帝強制動員真相究明のための南北共同事業を持続的に推進していく」と述べた。


https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190227005100882?section=news
「聯合ニュース」 2019.02.27 20:01
■強制徴用被害者の遺骨74柱が韓国へ 大阪で奉還式
【ソウル聯合ニュース】大阪市天王寺区の統国寺で27日、日本による植民地時代に強制徴用され、日本で死亡した朝鮮半島出身者の遺骨74柱の「奉還式」が行われた。南北統一問題に取り組む韓国団体「民族和解協力汎国民協議会(民和協)」が伝えた。

【写真】追悼の辞を述べる金弘傑氏(民和協提供)=(聯合ニュース)

 式には民和協の金弘傑(キム・ホンゴル)代表常任議長、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の朝鮮人強制連行真相調査団中央本部事務局長のハ・スグァン事務局長、韓国行政安全部傘下の日帝強制動員被害者支援財団のイ・ジェチュル事務局長、在日大阪領事館関係者ら約150人が出席した。
 民和協はこの日引き取った遺骨を28日に韓国に持ち帰り、来月2日に済州島の寺院に仮安置する予定だ。
 民和協と北朝鮮団体「民族和解協議会」は昨年7月、強制徴用被害者の遺骨返還で協力することに合意した。統国寺には北朝鮮出身者であることが判明している被害者の遺骨1柱が安置されている。


https://mainichi.jp/articles/20190216/k00/00m/040/005000c
「毎日新聞」 2019年2月16日 08時01分
■徴用工らの無縁仏74柱、祖国へ 大阪の寺院から韓国に

【写真】大隅実山さん=遺族提供
【写真】「こういうお骨(こつ)が出ちゃいかんのです」。崔住職は遺骨の前で毎朝読経し、供養してきた=大阪市天王寺区茶臼山町で2019年2月11日、松倉展人撮影

 戦時中に旧植民地の朝鮮半島から徴用されて強制労働に従事し、死亡した労働者や家族の遺骨74柱が今月末、韓国側に引き渡される。引き取り手がない無縁仏で、岡山県内に残された遺骨を地元僧侶らが戦後集め、大阪市天王寺区の統国寺(崔無碍=チェ・ムエ=住職)に安置されてきた。南北融和の機運を受けて昨夏に韓国、北朝鮮の団体が民間レベルで共同返還事業を始めており、団体によると、初の本格的な返還ケースとなる。
 遺骨は岡山県仏教会などが1958年から70年代まで行った収集調査で、同県玉野、倉敷、津山各市などの寺を中心に約20カ所で発見された。約200柱のうち、引き取り手がなかった遺骨が74年、朝鮮半島ゆかりの「民族寺院」である統国寺へ移された。遺骨には現在の北朝鮮地域の出身者を含む可能性がある。
 労働者は県内の造船所や鉱山などで働いていた際、空襲や事故、病気などで死亡したとみられる。家族らしい子供の遺骨、氏名不詳の遺骨も含まれている。骨つぼ入りの火葬骨がある一方で、氏名を記した紙片や土、砂だけが残されていた例もあった。
 調査の中心となったのは岡山市の僧侶、大隅実山(じつざん)さん(2000年に95歳で死去)。大隅さんらが当時作成した調査表には「鉱山事故で遺体が収容できず、土を採ってポリ袋に納めたものらしい」「幼児のものか 『日東紅茶』の角形のブリキ罐(かん)に入れる」など痛ましい記述が見える。
 詳細な調査が後年、身元判明に結び付いたケースもあった。00年に玉野市保管の造船所労働者16人の埋火葬許可証が発見され、いずれも現在の北朝鮮地域が本籍地と判明し、うち男性1人(当時22歳)が統国寺の遺骨と日本名と死亡日が一致。今回の返還とは別に北朝鮮での調査を待っている。
 大隅さんは戦前にソウルなどで布教活動に携わり、皇民化政策に関わった悔悟と自責から長く遺骨返還に取り組んだ。長女の佐々木妙子さん(67)と次女大隅経子(きょうこ)さん(65)は「父は朝夕のお経に返還への思いをいつも込めていた」と振り返る。
 27日に統国寺で韓国、北朝鮮の団体と寺の共催で遺骨の「奉還式」があり、その後は韓国・済州島の寺院に仮安置される予定。崔住職は「調査を重ね、手厚く葬ってくれた岡山の皆さんには本当に感謝したい。(38度線の)非武装地帯が『平和地帯』となれば、そこに遺骨を安置して平和の象徴にしてほしい」と話している。       【松倉展人】

◆南北融和で実現 
 井上厚史・島根県立大教授(日韓関係史)の話 今回の遺骨返還が南北の歩み寄りで実現したことを評価し、過酷な生活を強いられた人々の名誉回復のきっかけになることを期待したい。元徴用工や元従軍慰安婦の問題は政治や金銭の問題として捉えられがちだが、彼ら、彼女らがどこでどのような生活をしていたのかをきちんと調査し、記録することが大切だ。

◆朝鮮半島出身者の遺骨返還
 朝鮮半島出身の旧日本軍人・軍属の戦没者は2万人以上とされるが、工場などに徴用されて死没した労働者らの実態は不明で、各地の寺院などに遺骨が散在している。旧軍人・軍属の遺骨は日韓政府の合意に基づき、2008年1月に東京・祐天寺に安置された101柱が返還されるなどした。ただ、無縁仏が数多く残る徴用工らの遺骨の返還や、国交がない北朝鮮への返還は進んでいない。韓国の民間団体「民族和解協力汎(はん)国民協議会」が昨夏、北朝鮮の団体と委員会を作り、日本側と連携して返還事業を進める方針を表明した。


http://www.io-web.net/2019/01/%e3%81%99%e3%81%b9%e3%81%a6%e3%81%ae%e7%8a%a0%e7%89%b2%e8%80%85%e6%83%b3%e3%81%86%e3%80%8c%e8%a8%98%e6%86%b6%e3%81%ae%e9%81%ba%e9%aa%a8%e3%80%8d%ef%bc%8f%e6%b8%88%e5%b7%9e%e5%9b%9b%e3%83%bb%e4%b8%89/
「イオWEBマガジン」 企画 在日朝鮮人を見つめて 2019年 1月
■すべての犠牲者想う「記憶の遺骨」/済州四・三犠牲者慰霊碑 
 僧侶の読経が響くなか、他の遺族とともに引いた紐で慰霊碑を覆う布が取り払われると、彼女は堪えきれずに両手で顔を覆った。済州島出身で、現在は大阪市に暮らす在日一世、李福淑さん(1936年生まれ)である。2018年11月18日、天王寺区の統国寺で、「済州四・三犠牲者慰霊碑」の除幕式があった。
 彼女は本欄2018年6月号で記した康実さんの従妹、即ち武装蜂起隊二代目総司令官、李徳九の姪だ。縁戚22人が殺され、自身の体にも銃創痕が残る。今も遺骨が見つからぬ親族もいるという。叔母の機転で討伐隊から逃れ、島内での8年に及ぶ逃走生活を経て渡航した。植民地支配に起因する難民を日本政府は「密入国者」として拘束、大村収容所に送った。今に至る難民政策の原点がここにある。知り合いに引き取られ、親族の居る大阪に着いたのは5ヵ月後のこと。

【写真】慰霊碑に向かい手を合わせる李福淑さん
【写真】慰霊碑を見つめる李福淑さん(いずれも大阪市天王寺区の統国寺で。2018年11月18日)
  写真:中山和弘
  なかむら・いるそん●1969年、大阪府生まれ。立命館大学卒業。1995年毎日新聞社に入社。現在フリー。著書に「声を刻む 在日無年金訴訟をめぐる人々」(インパクト出版会)、「ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件――〈ヘイトクライム〉に抗して」(岩波書店)、「ルポ思想としての朝鮮籍」(岩波書店)などがある。『ヒューマンライツ』(部落解放・人権研究所)の「映画を通して考える『もう一つの世界』」を連載中。


https://this.kiji.is/473440758990095457?c=39546741839462401
「共同通信」 2019/2/27 19:43
■徴用工遺骨祖国へ、大阪で奉還式
 南北融和の共同事業

 戦時中に旧植民地の朝鮮半島から徴用され、日本で死亡した労働者と家族の遺骨74柱を韓国側に引き渡す「奉還式」(法要)が27日、大阪市天王寺区の統国寺で行われた。長年、統国寺に安置されていたもので、今後、韓国・済州島の寺院に仮安置される。
 南北融和の機運を受け、昨夏に韓国と北朝鮮、日本の団体が民間レベルで始めた共同事業の一環。
 1958年から岡山県仏教会などが行ってきた収集調査で岡山県玉野市や倉敷市などの寺で約200柱が保管されていたことが判明。作業現場で働き、事故や病気、空襲で亡くなった徴用工と家族の遺骨とみられる。
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「韓国人8割 「親日残滓は清算されていない」」

2019年02月28日 | 抗日・反日闘争
https://japanese.joins.com/article/655/250655.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年02月27日06時37分
■韓国人8割 「親日残滓は清算されていない」
 国民の10人に4人は「三・一運動」といえば真っ先に柳寛順(ユ・グァンスン)烈士を思い浮かべることが調査で分かった。また、国民の大半は依然として親日の残滓が清算されていないと考えている。
 文化体育観光部は26日、こうした内容の「三・一運動および大韓民国臨時政府樹立100周年国民認識世論調査」の結果を公開した。
 「三・一運動」と聞いて最初に浮び浮かぶ言葉やイメージは、調査に応じた回答者の半分近い43.9%が「柳寛順」と答え、「大韓独立万歳」(14.0%)、「独立・解放・光復(解放)」(9.6%)が後に続いた。
 「大韓民国臨時政府」と聞いて最初に思い浮かぶ言葉やイメージは31.4%が金九(キム・グ)と回答し、続いて「上海」(11.4%)、「李承晩(イ・スンマン)」(2.7%)などの順だった。
 親日残滓の清算については80.1%が「清算されていない」と答えた。「あまり清算されていない」(49.3%)と「全く清算されていない」(30.8%)を合わせた数値だ。一方、「清算された」という回答は15.5%にすぎなかった。
 「清算されていない」と考える理由は、半分近い48.3%が「政治家・高位公務員・財閥などに親日派の子孫が多いため」と回答した。
 日本に対する好感度を問う質問では69.4%が「好感が持てない」と答え、「好感が持てる」は19.0%にすぎなかった。
 「好感が持てる」という回答は年齢が低いほど高かった。19-29歳が33.3%、30代が20.3%、40代が16.4%、50代が15.7%、60代以上が12.9%だった。
 日本との未来志向的関係のためには「謝罪と補償を見直すべき」という回答が40.6%で最も多く、「歴史共同研究」(25.4%)が必要だという意見も多かった。
 今回の世論調査は世論調査専門機関の韓国ギャラップに依頼し、2月1-8日に全国満19歳以上の国民1004人を対象に電話面接調査方式で実施された。標本誤差は95%の信頼水準で±3.1%ポイント。詳しい内容は政策ブリーフィング(www.korea.kr)で確認できる。


http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/02/26/2019022680182.html
「朝鮮日報日本語版」 2019/02/26 21:44
■三・一節:文大統領、閣議で「親日清算」「独立運動」を強調
 「親日清算・独立運動の礼遇が正義ある国への始まり」

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は26日の閣議で「親日を清算し、独立運動をきちんと礼遇することが民族の精気を正しく立て、正義ある国へと進む始まりだ」と述べた。文大統領は15日に行われた「国家情報院・検察・警察 改革戦略会議」でも「今年、われわれは日帝時代(日本による植民地時代)を経てゆがめられた権力機関の影から完全に脱する元年とすべきだ」と述べていた。韓国大統領府(青瓦台)の金宜謙(キム・ウィギョム)報道官は「(親日清算に対する)具体的な措置を意味したわけではない」として「民族の精神を正しく立て直すという意味で述べた言葉だと理解している」と説明した。26日の閣議では、三・一運動(独立運動)100周年を控え、ソウル市内にある独立運動家・金九(キム・グ)の記念館で開催された。青瓦台によると、戦争の時期を除き、閣議が公共庁舎以外の場所で開催されたのは初めてだという。文大統領は「安重根(アン・ジュングン)義士の墓では、必ず遺骨を発掘するという強い決意を新たにした」と述べた。
 この日の閣議で文大統領は、韓国の女性独立運動家、柳寛順(ユ・グァンスン)に建国勲章の大韓民国章(1等級)を「追加叙勲」することについて「柳寛順烈士が三・一独立運動のシンボルとして国民の記憶に刻まれているという事実だけでも1等級叙勲の資格は十分だ」として「三・一独立運動100周年の意味を一層高める契機となることを願う」と述べた。文大統領は閣議に先立ち、閣僚らと共に金九の墓を参拝したほか、李奉昌(イ・ボンチャン)、尹奉吉(ユン・ボンギル)、白貞基(ペク・チョンギ)ら独立運動家の墓、安重根の墓、臨時政府の要人の墓を相次いで参拝した。文大統領は三・一節(独立運動記念日)当日、ソウル・光化門広場で行われる記念式典に出席する予定だ。
     イ・ミンソク記者
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「独立運動記念日に「労働者像」設置強行へ 釜山の日本総領事館前に」

2019年02月28日 | 抗日・反日闘争
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190228003400882?section=news
「聯合ニュース」 2019.02.28 13:37
■独立運動記念日に「労働者像」設置強行へ 釜山の日本総領事館前に
【釜山聯合ニュース】韓国の市民団体が、日本による植民地支配に抵抗して起きた独立運動「三・一運動」から100周年となる3月1日に、植民地時代に朝鮮半島から強制徴用された労働者を象徴する像を釜山の日本総領事館前に設置する計画を立てており、警察との衝突が懸念される。団体側は昨年5月1日にも同所に像を設置しようとしたが、警察に阻止された。

【写真】昨年5月、釜山の日本総領事館付近の歩道に置かれた労働者像の周辺で警戒に当たる警察=(聯合ニュース)

 市民団体「積弊(積み重なった弊害)清算・社会大改革釜山運動本部」は1日午後3時から、日本総領事館付近で三・一運動100周年釜山市民大会を開く。団体側は、この集会の場には労働者像も持ち込まれると伝えており、日本総領事館前への像設置を強行するようだ。
 警察は、集会は許可した一方、総領事館側の施設保護要請などに基づき同館前での街頭行進は認めなかった。当日は約2000人の人員を、総領事館を取り囲むように配置する予定だ。
 集会参加者らが総領事館前に労働者像を設置しようとした場合、昨年のように警察ともみ合いになることが予想される。
 現在、警察には像設置を阻止する権限がない。総領事館前の道路を管轄する釜山市東区庁がこの権限を持つが、区側はまだ警察に像を設置させないよう求める協力要請をしていない。昨年は区側の要請を受けて警察が像の設置を阻止した。
 区の関係者は「日本総領事館から同館前に像を設置させないでほしいという要請があったが、まだ回答していない。警察にも協力要請をしていない」と伝えた。
 同団体側が昨年5月1日に像を設置しようとした際には警察との間でもみ合いが起き、負傷者も出た。像は総領事館付近の歩道に1カ月ほど置かれた末、同5月31日に東区が強制撤去。一時、市内の「国立日帝強制動員歴史館」に移され、7月に団体側が引き取った。


https://japanese.joins.com/article/560/250560.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年02月25日07時44分
■三・一節に韓国各地で労働者像設置推進…釜山では武力衝突の懸念

【写真】蔚山強制徴用労働者像試案。(写真=中央フォト)

 三・一運動100周年である3月1日に韓国各地で労働者像設置が推進される。釜山(プサン)の市民団体は日本領事館前に強制徴用労働者像設置を強行する方針で、警察との衝突が懸念される。
 積弊清算・社会大改革釜山運動本部は3月1日午前10時に釜山市東区の鄭撥(チョン・バル)将軍銅像前で「強制徴用労働者像とともにする三・一運動100周年釜山市民大会」を開いた後、日本領事館前に労働者像を設置する方針だ。釜山運動本部関係者は25日、「行事の名称そのまま当日の大会に強制徴用労働者像がともにするだろう」と話した。昨年5月に失敗に終わった労働者像の設置を再推進するという意志と解釈される。
 主宰側は行事当日に日本領事館前への行進を予告した。警察は現場各地に警官を配置する計画だ。警察は外交機関保護のため領事館周辺の行進を許可しない方針だ。しかし主宰側が裁判所に屋外集会制限通告仮処分申請を出し裁判所がこれを認めれば行進は可能な見通しだ。釜山警察庁関係者は「昨年8月にも裁判所が主宰側が提起した仮処分申請のうち一部を認め日本領事館前に行進した前例がある。今回もそうなると予想し集会場所周辺に兵力を配置する予定だ」と話した。
 主宰側が行進とともに日本領事館前の「平和の少女像」の横に労働者像を設置しようと試みる場合、警察との武力衝突が予想される。主宰側は昨年4月30日に労働者像を奇襲的に設置しようとしたが警察に阻止されている。労働者像は日本領事館前の歩道の真ん中に1カ月ほど置かれていたが釜山市東区庁が行政代執行で撤去した。この過程で労働者像の一部が破損した。釜山運動本部は昨年7月に京畿道(キョンギド)に労働者像を移して修理した。現在労働者像は修理を終えているという。
 蔚山(ウルサン)でも3月1日に労働者像が設置される。蔚山強制徴用労働者像建設推進委員会は蔚山市南区の蔚山大公園東門前に労働者像を建てると21日に明らかにした。
 委員会は昨年9月に民主労総と韓国労総の2大労総をはじめ20余りの団体が中心となり設立された。ノ・オクヒ蔚山市教育長と5つの区・郡の首長も参加している。委員会のペ・ムンソク事務局長は「蔚山が日帝強占期間後に急激な産業化を体験し外部移住民が増え産業発展に力を入れたことで他の地域より歴史的議論が遅れたが、いまでも労働者のルーツを探したい」として労働者像の設置理由を述べた。
 強制徴用労働者像1号は朝鮮人労働者が強制的に連行され労役をした日本の丹波マンガン鉱山に2016年8月に建てられた。その後韓国国内でも建設運動が起きた。2017年8月にソウルの竜山(ヨンサン)駅広場をはじめ、仁川(インチョン)の富平(プピョン)公園、済州(チェジュ)の済州港、昌原(チャンウォン)のチョンウ商街に設置された。3月1日に釜山と蔚山に労働者像が設置されれば6カ所に増える。
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「韓国・江原道の女子高に少女像設置 三・一運動100周年控え」

2019年02月27日 | 日本軍隊性奴隷
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190227003700882?section=news
「聯合ニュース」 2019.02.27 17:26
■韓国・江原道の女子高に少女像設置 三・一運動100周年控え
【春川聯合ニュース】韓国北部・江原道春川市の春川女子高校で27日、日本による植民地時代の1919年に起きた独立運動「三・一運動」100周年を前に、旧日本軍の慰安婦被害者を象徴する「平和の少女像」の除幕式が行われた。

【写真】春川女子高校に設置された「平和の少女像」=26日、春川(聯合ニュース)

 少女像は高さ50センチの青銅製で、昨年9月から生徒たちが建立を主導してきた。生徒260人を対象に像建立の賛否を問う投票を行った結果、反対票はわずか3票で、圧倒的な支持を得た。
 投票結果を受け、同校の生徒会は像建立に向け募金を行った。教職員や保護者、同窓会も募金に協力した。募金やバザーの収益金などを合わせ約550万ウォン(約54万円)が集まった。
 少女像が江原道の学校内に設置されたのは初めて。同道に設置された少女像としては5体目となる。
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「韓国外相国連で慰安婦問題言及へ=人権理事会で演説」

2019年02月27日 | 抗日・反日闘争
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190224001000882?section=news
「聯合ニュース」 2019.02.25 06:00
■韓国外相 国連で慰安婦問題言及へ=人権理事会で演説
【ソウル聯合ニュース】韓国外交部によると、康京和(カン・ギョンファ)同部長官は25日午後(現地時間)、スイス・ジュネーブで開かれる国連人権理事会で基調演説を行い、旧日本軍の慰安婦問題や北朝鮮の人権問題などに言及する。
 康長官は演説で社会的弱者の人権改善に向けた国際社会の協力強化の必要性を強調するほか、慰安婦など紛争下での性暴力問題や朝鮮半島平和定着への努力、北朝鮮の人権問題などの関心事について言及する考えだという。
 また、完全な非核化と朝鮮半島の恒久的平和定着に向けた韓国のこれまでの努力を説明し、今後の進展に期待を示す一方、変化する国際安保環境における軍縮・核不拡散体制の重要性とこれに対する寄与の意思を示す。


https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190226/k10011828161000.html?utm_int=news-international_contents_list-items_007
「NHK NEWSWEB」 2019年2月26日6時20分
■韓国外相「慰安婦に寄り添う姿勢 著しく欠如」
 スイスのジュネーブで開かれている国連人権理事会で韓国のカン・ギョンファ(康京和)外相が演説し、慰安婦問題について「これまでの対応は被害者に寄り添う姿勢が著しく欠けていた」と述べ、元慰安婦たちの思いに応えなければならないと強調しました。
 ジュネーブにある国連ヨーロッパ本部では25日から国連人権理事会が始まり、韓国のカン外相が演説の中で慰安婦問題に言及しました。
 カン外相は「韓国政府としては、慰安婦問題に対するこれまでの対応は被害者に寄り添う姿勢が著しく欠けていたと認識している。生存している被害者たちは歴史の真実に基づく正義を強く求めている」と述べ、元慰安婦たちの思いに応えなければならないと強調しました。
 そのうえで「被害者たちの物語が失われることなく、その経験から学ぶことができるよう次の世代に確実に伝えていく」と述べ、韓国政府が主導して紛争下の性暴力などへの対応について各国が話し合う国際会議をことし中に開きたいという考えを明らかにしました。
 カン外相は核軍縮などについて各国が交渉する「軍縮会議」にも出席し、ベトナムで行われる2回目の米朝首脳会談について「朝鮮半島は世界の安全保障において今や希望の源になった。会談が実効性のある結果をもたらすと期待している」と述べました。
コメント

「ソウル市長など市・道知事15人「5・18妄言を糾弾、歴史歪曲特別法制定を求める」」

2019年02月27日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/32877.html
「The Hankyoreh」 2019-02-25 12:13
■ソウル市長など市・道知事15人「5・18妄言を糾弾、歴史歪曲特別法制定を求める」
 全国の市・道知事15人が国会で共同立場の発表  
 自由韓国党のクォン・ヨンジン、イ・チョルウは不参加、無所属のウォン・ヒリョンは参加

【写真】ソウル市のパク・ウォンスン市長など全国市・道知事15人が24日、国会政論館で自由韓国党の一部の議員の「5・18妄言」を糾弾する立場を共同で発表している。左からホ・ジョンシク仁川政務副市長、ソン・ハジン全羅北道知事、イ・ヨンソプ光州市長、パク・ウォンスンソウル市長、キム・ヨンロク全羅南道知事、ヤン・スンジョ忠清南道知事/聯合ニュース

 ソウル市のパク・ウォンスン市長ら全国市・道知事15人が、自由韓国党の一部の議員による5・18光州(クァンジュ)民主化運動誹謗・歪曲発言に対し、「妄言、妄動を糾弾し、5・18歴史歪曲処罰特別法の制定を求める」という立場を共同で発表した。同日の声明には、共に民主党所属の市・道知事14人と無所属のウォン・ヒリョン済州知事ら15人が参加した。自由韓国党所属のクォン・ヨンジン大邱(テグ)市長とイ・チョルウ慶尚北道知事は参加しなかった。
 パク・ウォンスン・ソウル市長、イ・ヨンソプ光州市長、キム・ヨンロク全羅南道知事、ソン・ハジン全羅北道知事、ヤン・スンジョ忠清南道知事らは24日、国会政論館で「5・18民主化運動は韓国国民自らの努力と犠牲で成し遂げた大韓民国の民主主義の発展において最も輝く歴史であるにもかかわらず、最近、韓国の社会構成員のごく一部が5・18の歴史的事実とその精神を政治的目的に利用するために、誹謗下と歪曲を繰り返している」と述べた。彼らは「あの日の崇高な民主精神を長く称えるため、1997年5月に『5・18民主化運動記念日』が法廷記念日に指定されたが、まだ多くの活動家や遺族は5・18の過程で受けた深い傷と痛みを胸に抱いて生きている」と付け加えた。
 特にパク市長らは「5・18民主化運動に対する誹謗や歪曲は、大韓民国の憲法と民主主義を否定する行為だ。5・18民主化運動に対する妄言、妄動に対し、国民の名で糾弾する」とし、「5・18民主化運動の歴史的事実を否定したり歪曲する行為を排撃し、5・18歴史歪曲処罰特別法の制定を求める」と要求した。さらに「われわれ市・道知事らは5・18民主化運動の歴史的価値が韓国社会に定着するよう積極的に努力する」と明らかにした。彼らは「5・18妄言憲法秩序否定」「5・18民主化運動誹謗・歪曲排撃」「5・18民主化運動精神継承」などが書かれたプラカードを掲げてアクションも行った。
 イ・ヨンソプ光州市長は「(今回の事態が)成果のないうわべだけの言葉に終わってはならない。皆が各自の場で行動で示してほしい」とし、「自由韓国党は妄言を吐いた3人を除名し、国民に心から謝罪してほしい。国会倫理特別委員会はこの3人を一日も早く除名し、国会は5・18歴史歪曲特別法を制定することを望む。司法当局も関連事件を厳正に捜査し、裁判してほしい」と求めた。
 市・道知事協議会会長でもあるパク・ウォンスン市長は、全国の市・道知事らが共同立場文を出した背景について、「5・18は光州だけの問題ではなく、大韓民国全国民の問題であり、わが国民が韓国の歴史で輝かしい民主化プロセスとして普遍的に同意している」とし、「これに対する妄言を黙過できないという認識で、市・道知事の共同声明を採択することにした」と説明した。
 自由韓国党議員らの「5・18妄言」と関連して、今月16日「イ・ヨンソプ市長と光州市民に心からお詫び申し上げる」という携帯ショートメールをイ・ヨンソプ光州市長宛に送ったクォン・ヨンジン大邱市長はこの日、共同立場文に名前を載せなかった。これに対し、パク・ウォンスン市長は「クォン市長はこうした妄言が不適切で非常に遺憾だという考えを持っているという気持ちをイ・ヨンソプ市長に伝えたことがあり、今日の立場文に共感しているが、党人として公式的に名前が載せるのにやや困難があったようだ」と説明した。クォン・ヨンジン市長は、イ・ヨンソプ市長と今回の立場文発表について話し合いながら、立場の趣旨に共感したという。イ・チョルウ慶尚北道知事に対しても市・道知事協議会で最後まで賛同を説得したが、イ知事は参加を固辞したという。

キム・ギュナム、オ・ヨンソ記者
http://www.hani.co.kr/arti/politics/assembly/883340.html
韓国語原文入力:2019-02-24 20:43


http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/32878.html
「The Hankyoreh」 登録:2019-02-25 22:31 修正:2019-02-26 08:11
[コラム]100周年三一節に再確認する“5・18妄言”の根元
 6・25(朝鮮戦争)とその後の冷戦を経て“反共”を最高国家イデオロギーとして掲げることで、親日派の過去は洗われ隠蔽された。
 “5・18妄言”は、朴正煕(パク・チョンヒ)-全斗煥(チョン・ドゥファン)の後継政党の自然な結果だ。当初妄言を広めた元祖“親日メディア”らが、平和へと進む道の要所で再び足首を掴むことは、再度の売国行為だ。

【写真】自由韓国党のキム・スンレ(左)、キム・ジンテ議員が14日午後、大田のハンバッ体育館で開かれた第3回全党大会忠清・湖南圏合同演説会で、手を取り合い話を交わしている=大田/キム・ギョンホ先任記者//ハンギョレ新聞社

 父は日本留学時代に2・8独立宣言を起草した独立運動家だった。大韓民国臨時政府に従い、中国の南京から重慶に家族も転々としたが、1937年に母と末の弟はついに栄養失調で世を去った。解放された祖国でしばらく国会議員を務めた父は、6・25韓国動乱(朝鮮戦争)の時に北に拉致され、子どもたちは再び“アカの家族”という頚木をかけられた。息子はその後、肉体労働と新聞配達で生計を賄わなければならなかった。金尚徳(キム・サンドク)元反民族行為特別調査委員会(反民特委)委員長の長男が回顧する悲しい家族史だ。
 金九(キム・グ)先生と共に、中国で抗日運動をした金昌淑(キム・チャンスク)先生は、日帝警察の拷問で下半身を使えなくなった。長男は19歳の時の拷問の後遺症で、次男もやはり独立運動の途中で亡くなった。解放後の反独裁闘争で多くが獄苦を体験し、政治ゴロによって本人が再建した成均館大学の総長職から追い出された後には、安宿を転々とした。3番目の息子がタクシー運転手をして生計を立てなければならなかった。
 調査報道専門メディア「ニュース打破(タパ)」は、2015年に解放70周年特集ドキュメンタリー4部作「親日と忘却」を放送し、翌年これを本にして再構成した。独立運動家の子孫の困窮した人生、これと対照される親日派の子孫の相続された“富と権力”は、今も私たちの社会の恥ずかしい素顔だ。李完用(イ・ワンヨン)が蓄積した土地4300万平方メートルを含め、日帝強制占領期間に親日派が所有した土地4億3千万平方メートル(ソウル市の3分の2に相当)のうち、国家に帰属させた土地は3%の1300万平方メートルと推定される。このうち売却処理されたものは10分の1の130万平方メートル(2015年6月報勲処統計)に過ぎない。ニュース打破の表現どおり、この“0.3%”は、うやむやになった“親日清算”の実状を見せる象徴的数値であるわけだ。
 3・1運動100周年を控え、年初からメディアによって過去の問題が再び召還されている。しかし、抵抗の歴史に劣らず、恥ずかしい過去が化粧した新たな顔で私たちのそばに生きていることを忘れてはならない。
 金昌淑先生を成均館大学から追い出し、財団の理事長に上がった人物こそ、日帝下で朝鮮儒林連合会の代表などを歴任し、侵略戦争のラッパ吹きの役割を果した李明世(イ・ミョンセ)だ。彼の孫娘のイ・インホ(元韓国放送理事長)は「(解放後の)親日派清算はソ連から出た指令」だったとし、「私の祖父が親日なら、日帝時代の中産層はみな親日派」だと主張する。
 満州、間島(カンド)特設隊で抗日独立運動家を弾圧・掃討した白善ヨプ(ペク・ソンヨプ、日本名は白川義則)は、2005年特別法により設置された親日反民族行為真相究明委によって親日反民族行為者1006人のうちの一人として公認された。にもかかわらず、朝鮮戦争時の戦功を理由に、相変らず“真の軍人”として彼の名前を取った賞が制定され、軍の関連行事の度に最高の上席に上がり元老待遇を受けている。
 親日派に翼をつけたのは祖国の分断という現実だった。朝鮮戦争と冷戦を経て“反共”を最高国家イデオロギーとして掲げることで、これらの親日・売国の過去は洗われ隠蔽された。日帝に“犬馬の忠誠”を誓う血書まで書いて、満州軍官学校に入った朴正煕(パク・チョンヒ)の親日前歴も、選挙で一度もまともに照明されなかった。
 27日に開かれる全党大会を控えて、自由韓国党に登場した“5・18妄言”は、別の見方をすれば朴正煕-全斗煥後継政党の自然な結果だ。“親日”と“南労党”前歴を“反共”で覆い隠してきた朴正煕と、その娘に追従する人々が全斗煥の蛮行までそこに絡めて「5・18北朝鮮特殊軍潜入」の饒舌を弄するのは、ある意味自然なことだ。
 当初“5・18妄言”の拡散には元祖“親日メディア”の役割が大きかった。すでに1980年当時から抵抗する光州(クァンジュ)市民を“暴徒”“ならず者”と罵倒し「北朝鮮軍特殊部隊潜入」主張を自社の放送に初めて登場させたのも彼らだった。日帝強制占領期間「朝鮮青年たちの徴兵参加を促し、戦時債券街頭販売まで」乗り出すなど、政府が親日反民族行為者として公式確認した先代社主の生き様が、主題だけを“反共”に変えて子孫にそのまま引き継ぎ、独裁と軍事反乱まで擁護するに至ったわけだ。
 政治・言論・軍・学界に布陣したこれら“親日-反共”の既得権妄言同盟は、自分たちの過去を合理化し美化するところで止まらない。最近1年間、冷戦の氷が溶けて流されるや、北朝鮮を悪魔化してきたクセを捨てられずに、不信と葛藤の小さな欠片でも見つけ出しては増幅させ、平和へと進む道の要所でことごとく妨害している。ジム・ロジャーズが全財産を投資すると公言し、周辺国の企業らが対北朝鮮投資機会を伺っている時に、彼らの足首を掴むことは、親日に続く再度の売国行為だ。
 偶然にも、2回目の朝米首脳会談の翌日が3・1運動100周年だ。歴史的瞬間に彼らが再び妄言で墨をばらまくことのないよう、両目をしっかり開こう。

キム・イテク論説委員
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/883540.html
韓国語原文入力:2019-02-25 19:38


https://japanese.joins.com/article/620/250620.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年02月26日09時31分
■独立運動家の子孫「韓国は親日派が勲章を多く受けた」
 慶尚南道密陽(ミリャン)出身の代表的な抗日武装独立運動家、若山・金元鳳(キム・ウォンボン、1898-1958)の子孫が「11月ごろソウルで記念事業会を発足させる」と明らかにした。
 金元鳳の11兄弟姉妹(9男2女)の末っ子であり唯一の血縁だったキム・ハクボン氏が24日に死去すると、米国に居住する次男キム・テヨンさん(62)が25日午後に帰国し、このように話した。
 キム・テヨンさんは記者らに対し「若山・金元鳳記念事業会」を準備中と伝え、記念事業会が発足すれば義烈団独立運動精神の継承はもちろん、中国独立運動現場など歴史紀行、大学生向け歴史教育などの活動をする予定だと説明した。
 キムさんは連座制の苦痛など同族間の争いや戦争のつらい歴史の中で激しい家族史を経験したと語った。ところが26歳の時に米国に渡り、一文無しから苦労して事業を始め、白人主流社会の信頼を得たという。キムさんは米国で母の勧めで「義烈団若山・金元鳳奨学会」を設立して会長を引き受け、臨時政府記念館建設委員会の理事も務めている。

キムさんは金元鳳の叙勲問題に関する質問に「親日派が勲章を多く受けた。韓国では多くの民族反逆者に授章した」と話し始めた。キムさんは「勲章は国民のために何をしたか、真実が何かを見て授与するものだ」とし「金元鳳の叙勲問題には個人的にそれほど気にしていないが、象徴性があるため授与されれば親日派に戒めになるかもしれない」と語った。それでも叙勲が家門の慶事とは考えていないし、今までメディアに出るのを恐れていたと明らかにした。
 金元鳳が北に渡った後に韓国戦争(朝鮮戦争)が始まると、南側に残された家族のうち金元鳳の兄弟4人、親戚5人が保導連盟事件などで銃殺され、キム・ハクボン氏の父は軟禁状態で死亡した。キム・ハクボン氏の夫も拷問の後遺症で死亡し、本人も警察に連行されてひどく尋問を受けた。キムさんは兄弟が孤児院に預けられて苦労しながら学校に通い、連座制が解除されてからようやく米国行きなど活動が可能になったと伝えた。
 金元鳳は1898年に慶尚南道密陽(ミリャン)で生まれ、1919年に義烈団を組織し、国内日帝収奪機関の破壊と要人の暗殺など無政府主義闘争をした。1942年に光復軍副司令官に就任し、1944年に大韓民国臨時政府の国務委員および軍務部長も務めた。金元鳳は臨時政府を率いた白凡・金九(キム・グ)先生より日帝が掲げた懸賞金が高かったほど日帝に恐れられる存在だった。
 しかし1948年に北に渡った後、同年8月に北朝鮮最高人民会議第1期代議員になり、同年9月に国家検閲相になった。その後、労働相や最高人民会議常任委員会副委員長など北朝鮮政権の幹部となり、1958年に金日成(キム・イルソン)の延安派除去で粛清された。
 映画ではカリスマあふれる武装独立運動のリーダーとして描かれたりもした。2015年のチェ・ドンフン監督の映画『暗殺』でチョ・スンウが、2016年のキム・ジウン監督の『密偵』でイ・ビョンホンがそれぞれ金元鳳を演じた。
 しかし金元鳳は「北朝鮮政権樹立に寄与した」という理由で独立有功者として勲章を受けられなかった。現行の独立有功者叙勲基準では北朝鮮政権樹立に寄与した人物は選定されない。報勲処は昨年、独立有功者の選定基準を改正して「光復(解放)後行跡不明者」(社会主義活動経歴者)も叙勲可能にしたが、ただ「北朝鮮政権樹立に直接寄与していない」人物でなければいけない。
 今年の三・一節(独立運動記念日)叙勲対象者選定当時、金元鳳に対する独立有功者叙勲勧告案が出ると、政界は一斉に反発した。野党・自由韓国党の鄭泰沃(チョン・テオク)議員は声明書で「北の政権樹立に寄与した韓国戦争当時の戦犯活動に関係なく独立有功者として授与すれば、金日成に独立勲章を与えて子孫の金正恩(キム・ジョンウン)に年金を与えなければいけない」と主張した。正しい未来党の池尚ウク(チ・サンウク)議員は「金元鳳は北の政権樹立・維持・発展に輝かしい功績を残した人物であり、有功者として叙勲するというのはとんでもない」とし「わが国に献身した人物を守るのが報勲だが、むしろその人物を犠牲にした人たちを報勲対象にしようとしている」という立場を表した。
コメント

「光州で暮らしていた米国人の妻たち「北工作説は嘘…私たちが目撃者」」

2019年02月27日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/32851.html
「The Hankyoreh」 登録:2019-02-21 22:51 修正:2019-02-22 08:54
■光州で暮らしていた米国人の妻たち「北工作説は嘘…私たちが目撃者」
 当時、光州に住んでいて惨状を知らせた 
 牧師夫人のハンツリーさんとピーターソンさんが 
 ムン・ヒサン国会議長に手紙を送り 
 「民主主義は真実に基づいてこそ 
 3人の妄言議員の除名・叱責を」

【写真】5・18民主化運動38周年記念式が18日午前、光州市北区雲亭洞の国立5・18民主墓地で開かれた。1980年5月抗争を目撃し証言したバーバラ・ピーターソンさん(左から二人目)が追悼公演を見て涙を流している=共同取材写真、ハンギョレ光州/キム・ジョンヒョ記者//ハンギョレ新聞社

 米国人のマーサ・ハンツリーさんとバーバラ・ピーターソンさんは1980年5月、光州(クァンジュ)で暮らしていた。夫のチャールズ・ハンツリー氏(韓国名 ホ・チョルソン)とアーノルド・ピーターソン牧師と一緒にいた。当時、光州キリスト病院の院牧室長だったハンツリー牧師は、戒厳軍に追われた市民を匿い、犠牲者・負傷者の写真を米国に送り、5・18の惨状を世界に知らせた。当時、光州で韓米伝導大会を準備していたピーターソン牧師も、現場で目撃した戒厳軍の暴力的鎮圧とヘリコプター射撃を記録に残した。
 ハンツリー、ピーターソン両牧師は既に亡くなったが、彼らの妻のマーサさんとバーバラさんは今も1980年光州を記憶する歴史の証言者だ。5・18の惨状を目撃した二人が21日、電子メールで「民主主義は真実に基づかなければならない」という内容の手紙をムン・ヒサン国会議長に送り、5・18の歴史を歪曲し冒とくしたキム・ジンテ、イ・ジョンミョン、キム・スンレ自由韓国党議員3人を懲戒してほしいと要請した。
 二人は手紙で「3人の国会議員が除名されるか叱責を受け、韓国国民が国会を再び信じられるようになることを願う」とムン議長に頼んだ。二人は、5・18民主化運動の記録物である『死を越えて時代の闇を越えて』の英文版を翻訳し、現在は米国にいるソル・ガプス氏を通じて5・18に対する歪曲が韓国議会で起きたという消息を聞いたという。二人は39年前に目撃した光州の胸が痛む抗争の歴史が否定されているというニュースに驚き、国会議長に手紙を送ることにした。

【写真】マーサ・ハンツリーさんとバーバラ・ピーターソンさんがムン・ヒサン国会議長に送った電子メールの写真//ハンギョレ新聞社

 彼女らは手紙で「3人の自由韓国党議員は『5・18は600人あまりの北朝鮮特殊工作員が扇動した不法な暴動』というある極右人物の真っ赤な嘘に同調した」とし、「3人の国会議員の話は真っ赤な嘘であり、光州と湖南(全羅道)の市民、ひいてはすべての韓国人を傷つけた」と嘆いた。また、彼女らは「夫であるアーノルド・ピーターソン牧師が撮ったヘリコプター射撃写真と、チャールズ・ハンツリー牧師が撮影した光州キリスト病院に移送された多くの犠牲者の写真は、全斗煥(チョン・ドゥファン)の裁判にも提示された。私たちは、光州で何が起きたのかを知っている」と書いた。
 「5・18は暴動」や戒厳軍の殺人鎮圧まで否定する歴史歪曲にも深い憂慮を表わした。二人は「最近、ホロコースト(集団虐殺)自体を否定する人々がいるが、それは数百万人が体験した苦痛と喪失、歴史の真実を消そうとすること」だとし、「5・18を否定する人々が、歴史的真実の前で再び嘘をつかないことを望む」と記した。二人は続けて「光州で起きた不当な暴力のまん中で、これを目撃し助けることができたことに感謝する。私たちは今後も韓国を愛し、私たちが知る真実を証言するだろう」と明らかにした。
 二人は昨年、国立5・18民主墓地で開かれた5・18民主化運動38周年記念式にも参加した。当時、マーサさんは舞台で「私が見た光州は、言葉では表現できない残酷そのものだったが、光州市民の人間愛はそれ以上に熱かった」という内容の手紙を朗読した。

キム・テギュ記者
http://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/883132.html
韓国語原文入力:2019-02-21 20:06


http://japan.hani.co.kr/arti/politics/32858.html
「The Hankyoreh」 2019-02-22 23:20
■ムン・ヒサン議長、「5・18の真実」手紙に「決して努力を無駄にしない
 ハンツリー、ピーターソンさん「議員3人懲戒」要求に 
 「真実を知らせるための努力に感謝」返信予定 
 ハンツリーさん「感謝…これ以上要求することはない」

【写真】昨年の5・18民主化運動38周年記念式で、マーサ・ハンツリーさんが夫の故チャールズ・ハンツリー牧師に送る手紙を朗読している=光州/キム・ジョンヒョ記者//ハンギョレ新聞社

 ムン・ヒサン国会議長が「1980年5月、光州(クァンジュ)で何が起きたのか知っているし、今後も真実を言うだろう」とし「5・18妄言議員3人」の懲戒を要求したハンツリー、ピーターソン牧師夫人の手紙に「その努力が無駄にしないよう最善を尽くす」と応した。
 国会議長室は22日、報道資料を通じて「80年5・18当時、光州現地に暮らして鎮圧軍の残虐行為を目撃し記録したアメリカ人キリスト教宣教師の家族から、最近論議を起こしている5・18に関連した国会議員の発言は虚偽であり、国会次元の措置を要請するという内容の書簡を受け取った」と明らかにした。1980年5月光州の惨状を目撃した故チャールズ・ハンツリー、アーノルド・ピーターソン牧師の夫人が、ムン議長に送った電子メールを受信した。ムン議長は「光州の惨状を世界に知らせたお二人のご主人の活動に続き、当時の真実を知らせようとするお二人の努力に感謝申し上げる」として「その努力を無駄にしないよう最善を尽くす」と明らかにした。ムン議長は、こうした内容をハンツリー、ピーターソン夫人に返信する予定だ。
 ムン議長の返信に関する便りをマスコミを通じて伝え聞いたマーサ・ハンツリーさんは「国会議長の言葉に感謝申し上げる。私たちは本当にこれ以上要求することはない」として感謝を表わした。

キム・テギュ記者
http://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/883195.html
韓国語原文入力:2019-02-22 19:32


http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/1645481/1
「東亞日報」 2019 08:22
■文大統領、「5・18妄言に憤り…共に対抗する」
 文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、野党「自由韓国党」の一部の5・18民主化運動蔑視主張に対して「憤りを覚える」とし、強硬に対応する考えを示した。
 文大統領は20日、5・18民主化運動に関わった光州(クァンジュ)地域の元老を大統領府に招待して昼食を共にした。この席で文大統領は、「5・18民主化運動という偉大な歴史を歪曲して蔑視する一部の妄言が続いたことに対して、私も憤りを覚える」とし、「真相究明は最後までなされなければならないと約束し、5・18歴史に対する蔑視には私も共に対抗する」と述べた。
 さらに文大統領は、「5・18は国家の公権力が市民の生命を侵害した事件」と規定し、「光州市民はそれに屈することなく犠牲の中でも対抗した。これは民主主義が崩壊せず持ちこたえることができた柱だった」と強調した。また「傷ついた5・18の英霊と犠牲者、光州市民に大統領として深い慰労の言葉を捧げる」と付け加えた。文大統領は18日にも、5・18蔑視主張に対して「国の根幹を破壊すること」、「理念論争と地域主義」などの表現を使って批判した。
 文大統領のこのような発言に対して、パク・ギョンリン前光州YWCA事務総長が「歴史を正したことに多くの光州市民が感謝の言葉を伝えてきた」と語ったと、高ミン廷(コ・ミンジョン)大統領府副報道官が明らかにした。
 5・18民主化運動負傷者の会のキム・フシク会長は、「私たちは(自由韓国党の主張のように)怪物集団でもなく、税金を無駄にもしていない」とし、「大統領が(自由韓国党に) 2人の委員の再推薦を要請したことは適切であり、意味ある措置だった」と述べた。                      
                         韓相準 alwaysj@donga.com
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「「みんなが知っていて地図にない」猪飼野ー日本の中の小さな済州」

2019年02月26日 | 個人史・地域史・世界史
http://japan.hani.co.kr/arti/culture/32856.html
「The Hankyoreh」 2019-02-22 11:58
■「みんなが知っていて地図にない」猪飼野ー日本の中の小さな済州
 在日朝鮮人写真家の故・曺智鉉回顧展 
 「猪飼野ー日本の中の小さな済州」 
 
 1960~70年代の猪飼野の朝鮮人村 
 素朴で懐かしい日常の風景の中に 
 総聯・民団間の鋭い対立があらわに 
 窓枠の開いた古びた長屋で 
 古紙を拾い、汚物を片付けた差別の影 
 ひずんだ朝鮮人の暮らしを丸ごと描く

【写真】猪飼野の道で汚物回収リヤカーを引いて行く掃除夫の姿。60~70年代には平野川に漂う汚物を大阪市当局が収集せず、在日同胞らが直接清掃局に依頼し汚物を片付ける作業を任せなければならなかったという//ハンギョレ新聞社

 40年余り前の大阪市の片隅には、私たちの知らないかつての「私たち」がいた。
 伐採した木で埋まった狭い河川の平野川の風景、済州(チェジュ)の海女出身の移住民たちが獲った海産物を売っていた生野の朝鮮市場が視線に入ってくる。その市場の路地裏には「ケジャングク(犬肉の鍋物)」と鮮明に記した路地食堂の看板があり、上半身裸の朝鮮人の男がその前を歩いている。さらに裏側には頬のふっくらした朝鮮の子どもたちがビー玉遊びをし、おばあさん・おばさんたちはどこかに出かけようとしているのかチマチョゴリを着ていた。
 今月15日からソウル江南(カンナム)駅近くの写真空間「スペース22」に設けられた、在日朝鮮人写真家の故・曺智鉉(チョ・ジヒョン、1938~2016)の回顧展は、1970年代の日本の朝鮮人村の姿を、現在この地の観客の前に移して見せた。タイトルの「猪飼野ー日本の中の小さな済州」は、済州出身の写真家が1948年に密航して移住した後、幼年期と成長期を過ごした大阪の朝鮮人村の名前であり、彼が静かに淡々と撮った写真の背景でもある。
 猪飼野は6~7世紀、百済人の祖先が近くの難波の浦に移住し、百済港を作り定着したことから、初めて縁を結んだと伝えられている。日帝強制占領期(日本の植民地時代)の1920年代、堤防工事のために朝鮮人が動員され村を形成したことを機に、大規模な「朝鮮人村」が作られた。今でも日本国内の在日コリアンの最大密集地域だが、「豚を飼う所」という意味の地名である「猪飼野」は1973年に突然姿を消した。この地名がつくと地価、住宅価格が下がり、縁談にも良くない影響を与えるなどという理由で周囲の日本人住民が強力な苦情を入れ、名前を消してしまったという噂が伝わってくる。

【写真】伐採された木で埋まった平野川。同胞の密集地域だった生野一帯を貫くこの小さな川には、60年代に製材所が多く、木々が流れてくる姿が常に見られた//ハンギョレ新聞社

 今や生野コリアタウンとなり、韓流に熱狂した日本の若者や観光客が押し寄せる場所になったが、写真家の曺智鉉が捕らえた1960年代の猪飼野の風景は親しみがあり懐かしくも、寂しく殺伐としている。市場や住宅街、路地が醸し出す在日朝鮮人の暮らしは、厳しい苦しさの残影を落としているのだが、彼らの頭上を横切る目には見えない南北分断線を捉えた。分断の対立は、当時、民団(在日本大韓民国居留民団=当時名称)と総聯(在日本朝鮮人総聯合会)との間で鋭く対立する争点だった永住権の申請をめぐって現れる。永住権の申請は死を申請することだとし、韓国籍を朝鮮籍に変えろと扇動する総聯の横断幕と、嘘の宣伝に騙されず早く永住権の申請をしようという民団の横断幕が別途に掲げられ対立する。しかし、作家の視線は横断幕の殺伐とした気配を超えて、彼らがどうしようもなく乗り越えなければならない暮らしの風景に集約される。壁と窓枠の間にすき間のある古びた長屋で写真家を眺めるおばあさん、伐木材が溜まった川で櫓を漕ぐ人々の辛そうな動き、古紙を拾って集める年寄りの歪んだ表情、サンダルの底を外したごみの山を通る生徒たち、川の汚物をリヤカーに乗せていく掃除夫の姿は、かの時代日本で差別と生計の足かせにうめいていた朝鮮人の素顔だ。有名な在日朝鮮人の詩人の金詩鐘が「猪飼野詩集」の巻頭に掲載した詩『見えない町』は、曺智鉉の作品に対する最も的確な説明と言える。「なくても ある町/そのままのままで/なくなっている町/…みんなが知っていて/地図になく/…日本でないから/消えててもよく/どうでもいいから/気ままなものよ

【写真】写真家の曺智鉉が撮った60年代末の大阪猪飼野の朝鮮市場の風景。永住権を「死の申請」と非難し「韓国籍を朝鮮に直そう」という総聯の横断幕がかかっている//ハンギョレ新聞社

 曺智鉉は大学時代、文化遺産の写真の巨匠として有名な土門拳の鉱山村写真集を耽読し、ドキュメンタリー写真家の道へと踏み出した。自身の胎盤とも言うべき生野をはじめ、日本で差別された部落民の生活をとらえたルポルタージュで名声を得て、写真集「部落」(1975)と「猪飼野」(2003)を出版している。2016年に持病で亡くなったが、映画『ダイビング・ベル』や日本軍「慰安婦」被害者のドキュメンタリー作業を行ってきた写真家の安海龍(アン・ヘリョン)氏が、かつての縁を生かし彼の古いフィルムを展示することになった。企画者の安氏は「『猪飼野』の写真には同胞たちの暮らしとつながる絶対的貧困の世界がある」とし、「現実とぶつかりながら描いた抵抗精神の発現といえる彼の写真を通じて、朝鮮民族の移住史の一つの歴史を読むことができる」と語った。3月5日まで。82-2-3469-0822。

ノ・ヒョンソク記者
http://www.hani.co.kr/arti/culture/music/883149.html
韓国語原文入力:2019-02-2208:01
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「『済州4・3抗争』の導火線を辿れば『3・1万歳』の精神に至る」

2019年02月26日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/32766.html
「The Hankyoreh」 2019-02-11 10:33
■[インタビュー]「『済州4・3抗争』の導火線を辿れば『3・1万歳』の精神に至る」
 カトリック教済州教区のムン・チャンウ司教

【写真】カトリック済州教区3・1運動100周年記念委員長を務めるムン・チャンウ司教=ホ・ホジュン記者//ハンギョレ新聞社

 「1919年3月1日、非暴力平和運動である3・1万歳運動の精神が、解放後に済州島民の心の中にも熱く流れました。今回の委員会発足を通じて、まだ完成していない3・1万歳運動の精神を受け継いでいこうと思います。国と国の間に、地域と地域の間に、世代と世代の間に、金持ちと貧しい人たちの間に、女性と男性との間に正義が実現し、平和が成就する日を望む思いです」。
 カトリック済州教区(教区長カン・ウイル司教)は先月23日、教区レベルでは全国で初めて「カトリック済州教区3・1運動100周年記念委員会」を発足させた。今月1日に会ったムン・チャンウ司教は、同委員会の委員長を務め、今年各種事業を行う。ムン司教はこれに先立ち、昨年は「カトリック済州4・3 70周年特別委員会」の委員長を務め、4・3の全国化に貢献した。

 全国初の「3・1運動100周年記念委」  
 昨年の「4・3 70周年」に続き委員長に  
 「崔貞淑、姜平国、高守善が『万歳』を導いた」 
 ミサ・宣言文・学術大会・ミュージカルなど 
 
 47年「三一節記念大会」発砲事件で 
 警察が“謝罪”の代わりに“弾圧”し抗争勃発

 今月6日、済州市我羅洞(アラドン)にある司教館で会ったムン司教は、独立を渇望した1919年の3・1万歳運動と、「反分断、統一運動」を目指して1947年3月1日に済州北小学校で行われた「第28周年三一節記念大会」は同じ文脈にあると強調した。
 「昨年末に4・3の70周年活動を終え、今年神聖学院(カトリック系学校)出身のチェ・ジョンスク先生についてのミュージカルを準備していたところ、47年記念大会から始まった済州4・3の精神が3・1運動と密接につながっていることを知りました」
 カトリック済州教区が全国初めて「3・1運動100周年委員会」を設置した理由だ。「日帝から解放されたが、完全な自主権を回復できないまま米軍政体制下に置かれるようにな った現実の中で、済州島民は1919年3・1運動の精神で一つになった祖国の解放と完全な独立を夢見ながら47年記念大会を開いた」とムン司教は話した。この日、集会を見物していた小学生や赤ちゃんをおぶった20代初めの若い女性ら6人が、米軍政警察の発砲で死亡した。にもかかわらず、警察は謝罪どころかむしろ集会参加者らに対する大々的な検挙令を下した。悪名高い西北青年団が済州島に押し寄せ、青年たちを無差別に捕まえ拷問するなど、済州社会が揺れ動いた。結局1948年4月3日、「弾圧なら抗争だ」と武装蜂起が起こった。
 ムン司教は「米軍政によって生き返った親日派が、民族の完全な独立と自立を要求した人々を“アカ”という柵で閉じこめ、残酷に虐殺した悲劇が済州4・3だった。朝鮮戦争でも“アカ”という名前で多くの人が無念にも殺された。戦後も自分たちが築いた既得権と政権に反対する人々を“アカ”に追いやり、残酷に弾圧してきた歴史の不当な過ちはまだ続いており、これが韓国社会を分裂させ、民族の統一を阻んでいる巨大な壁だ」と語った。
 1909年開校した 済州最初の女子校である晨星女学校は、1914年第1回卒業生として崔貞淑(チェ・ジョンスク、1902~77)、姜平国(カン・ピョングク、1900~33、済州最初の女子教師)、高守善(コ・スソン、1898~1989、済州最初の女性義士)らを輩出し、この3人は後日ソウルに留学し、「京城女子高校普済州3人衆」として3・1万歳運動の先頭に立ち、獄苦を経験した。その後も済州女性文盲退治、教育、医療、社会奉仕、文化など多方面で活動した愛国志士たちだ。
 カトリック済州教区は今年3月1日、司教座聖堂で3・1運動が持つ非暴力平和運動の精神を記念し、犠牲者の霊魂を慰める記念ミサを行う。また別の宗教関係者とも連帯し、3・1の精神を今日の済州に蘇らせる「3・1宣言文」を発表する計画だ。さらに5月には、抗日活動家であり教育者として生涯を生きた崔貞淑先生を称えるミュージカル『崔貞淑』を公演する。9月には3・1運動100周年記念学術シンポジウムを開き、崔貞淑、姜平国、高守善先生の業績にスポットを当て、当時のカトリック教会の姿を省察する時間を持つ予定だ。
 これに先立ちカトリック済州教区は昨年5月、済州4・3平和公園で「聖母の夜」行事を、10月には北小学校で「ロザリオ祈祷の夜」行事を開き、47年三一節記念大会の時のように観徳亭まで行進した。済州4・3平和財団が4・3を広めるために発行したパンフレット約3万部を全国の教会に送った。ムン司教は49年1月の「北村里大虐殺」現場で生き残った母親から、幼い頃から4・3の話を聞きながら育った。
 ムン司教は昨年の4・3行事のうちもっとも大きな意味を持つものとして、全国の司教が明洞聖堂で行った「4・3ミサ」を挙げた。彼は「今年で10周年を迎えるキム・スファン枢機卿の逝去後、社会問題をテーマにミサを行ったのは“4・3”が初めてだった。また、司教会の社会司教委員会名義で4・3の真実究明と治癒に積極的に参加し連帯するよう求める宣言文を発表したのも大きな意味がある」と振り返った。

ホ・ホジュン記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/religious/881549.html
韓国語原文入力:2019-02-1020:26
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「「公訴棄却」無罪判決を受けた元済州4・3受刑者 、国に刑事補償請求」

2019年02月25日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/32866.html
「The Hankyoreh」 2019-02-23 08:42
■「公訴棄却」無罪判決を受けた元済州4・3受刑者 、国に刑事補償請求

【写真】先月17日午後、済州地裁で裁判所の控訴棄却判決で事実上無罪を言い渡された元済州4・3生存受刑者18人が万歳を叫んでいる=キム・ボンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社

 裁判所による「公訴棄却」判決を受け、70年ぶりに無罪判決を勝ち取った済州4・3事件の元受刑者らが、国に対して“違法な拘禁”の刑事補償金を請求する手続きに入る。
 22日、「済州4・3の真相究明と名誉回復のための道民連帯」と元受刑者らの代理人を務めるイム・ジェソン、キム・セウン弁護士(法務法人ヘマル)は済州地裁を訪れ、済州4・3事件関連の元受刑者らの“違法な拘禁”被害に対する刑事補償請求書を提出した。彼らは済州地裁が下した無罪趣旨の公訴棄却判決文を、法務部のホームページに掲載してほしいという請求書も、済州地方警察庁に提出した。
 イム・ジェソン弁護士は検察に提出する刑事補償請求書で、「済州地裁の公訴棄却の判決過程で、元受刑者らの公訴事実に合致するいかなる証拠も提出されなかった。公訴棄却される理由がなかったとしても、被告らに対する犯罪事実が全く証明されておらず、間違いなく無罪が言い渡されたはずだ」と指摘した。刑事補償及び名誉回復に関する法律(第26条)によると、公訴棄却の判決が確定した被告人の裁判で、公訴棄却の判断を下す理由がなかったとしても、無罪判断を受ける理由があるなら、過去の拘禁に対する補償を国に請求できる。
 過去、済州4・3関連の元受刑者らが言い渡された裁判所の確定判決に関する控訴状や判決文など訴訟記録は残っていない。昨年、再審の過程で検察は「公訴事実を立証する記録を保管できる10の機関を確認したが、公訴事実が分かるほどの有意義な記録は見当たらなかった」と明らかにした。「何の罪も犯さなかったが、逮捕され、暴行や拷問など過酷行為を受けた末に、無実の罪で収監された」という元受刑者の供述が行われただけだ。ただし、済州4・3関連の元受刑者らに実際刑が執行されたという記録もほとんど残っていないため、道民連帯と法律代理人は元受刑者らの違法な拘禁期間を確認できる間接証拠を集めて、これを証明する計画だ。国に請求する刑事補償金額も「当時、違法な拘禁と過酷行為にあった点や当時の確定判決によって70年近く暴徒・アカという濡れ衣を着せられ、深刻な精神的苦痛を味わった点」などを考慮して決めた。
 先月17日、済州地裁刑事2部(チェ・ガルチャン裁判長)は1948~49年の済州4・3当時、内乱罪などで軍法会議(軍事裁判)にかけられ、懲役1~20年の刑を受けた元受刑者18人が請求した再審裁判で、公訴棄却の判決を下した。2017年4月、生存する元受刑者らが裁判所に再審を請求してから、1年9カ月後に勝ち取った判決だ。裁判所は「元受刑者らの犯罪事実が何かも具体的に明らかにせず、違法な手続きによって裁判にかけられただけに、公訴提起そのものが無効だ」と判断した。公訴棄却の判決は、訴訟条件に問題があり、本格的な裁判に入る前に訴訟を終結させるものだ。
 当時、裁判所は済州4・3事件当時の元受刑者らの公訴事実を特定できないうえ、軍法会議に付託する手続きも順守しなかった点を指摘した。裁判所は「受刑者名簿や軍執行指揮書などの関連文書には、罪名と適用法律が記載されているだけで、当時どのような公訴事実で軍法会議にかけられたのかを確認できる控訴状や判決文がない。被告人らは一貫して、自分たちがいかなる犯罪事実で裁判を受けたのか、分からないと供述している」と指摘した。特に4・3当時、軍法会議が短期間で2530人に有罪判決を下したことから、きちんとした捜査や裁判はなかったか不可能だったと判断した。裁判所は「短期間でこうした多数の人を集団的に軍法会議に付託し、予審調査や起訴状謄本の送達の手続きがきちんと行われたとは判断し難い」と述べた。検察が控訴しなかったため、裁判所の公訴棄却の判決が確定した。

コ・ハンソル記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/883206.html
韓国語原文入力:2019-02-2220:06
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