三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

モノクロ写真の中の苦痛…日帝強制労働被害 集団訴訟を提起

2019年04月30日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/33345.html
「The Hankyoreh」 2019-04-29 22:24
■モノクロ写真の中の苦痛…日帝強制労働被害 集団訴訟を提起
 29日、被害者54人が光州地裁に訴状提出 
 日本企業の三菱重工業など9カ所が対象 
 「慰謝料5百万~1億ウォンを支払え」要求

【写真】北海道の住友石炭鉱業(現、住石ホールディングス)赤平鉱業所に強制動員されたクォン・チュンフン翁(右)=「勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の会」提供//ハンギョレ新聞社

 「あまりに空腹で馬が食べる飼料を盗んだりもしました」。
 クォン・チュンフン翁(91)は、北海道の住友石炭鉱業(現、住石ホールディングス)赤平鉱業所に強制動員された。全羅南道光陽郡(クァンヤングン)玉龍面(オンニョンミョン)で暮らした彼は、1943年10月村役場の職員により連れて行かれた。満15歳の少年は、炭鉱で無慈悲な労役に苦しんだ。クォン翁は「あまりに荷が重く、脱出を試みたが捕まって死ぬほど殴られた」と話した。当時、赤平鉱業所が提供した作業服を着て撮ったモノクロ写真には、当時の苦難がそっくり残っている。クォン翁は、太平洋戦争が終わり1945年11月に博多港を出発してかろうじて故郷に戻った。
 日帝強制占領期に強制動員された被害者と遺族たちが、日本企業を相手に慰謝料の支給を求めて損害賠償請求訴訟を提起した。勤労挺身隊ハルモニ(おばあさん)と共にする市民の会(市民の会)と、民主社会のための弁護士会(民弁)光州(クァンジュ)全羅南道支部は29日、強制動員被害者54人の損害賠償請求訴訟の訴状を光州(クァンジュ)地裁に提出したと明らかにした。損害賠償訴訟の原告のうち、生存者はクォン・チュンフン翁ら3人で、51人は遺族たちだ。慰謝料の請求金額は、500万ウォン(約50万円)から1億ウォン(約1千万円)までだ。イ・クゴン市民の会共同代表は「最近政府の強制動員被害審議決定通知書などの立証書類を備えた537人の申請を受け付け、現在日本に残っている企業で働いた54人を一次原告団に選定し訴訟を提起することにした」と明らかにした。
 損害賠償請求の対象企業は、三菱鉱業(現、三菱マテリアル・19人)、三菱重工業(12人)、住友石炭鉱業(現、住石ホールディングス・8人)、三井鉱山(現、日本コークス工業・7人)、新日本製鉄(現、新日鉄住金・3人)、日本鉱業(現、JX金属・2人)、西松建設(1人)、不二越鋼材(1人)、日立造船(1人)の9カ所だ。

【写真】北海道の住友石炭鉱業(現、住石ホールディングス)赤平鉱業所に強制動員されたクォン・チュンフン翁が当時の苦痛を話している=「勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の会」提供//ハンギョレ新聞社

 市民の会は、今後2・3次の追加訴訟を進める計画だ。首相傘下の対日抗争期強制動員支援委員会の資料によれば、日帝強制占領期に光州・全羅南道地域だけで強制動員された労務動員被害者は2万6540人だが、損害賠償訴訟への参加者は1千人余りに過ぎない。
 一方、日帝強制徴用と勤労挺身隊の被害者が日本企業らを相手に提起した損害賠償訴訟で、昨年10月と11月に新日鉄住金と三菱重工業に対する最高裁(大法院)の賠償命令が確定したが、日本企業らは裁判所の命令を履行していない。これに伴い、市民の会と民主社会のための弁護士会光州・全羅南道支部は、三菱重工業の韓国における商標・特許権に対して資産差し押さえの手続きを進めている。

【写真】勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の会(市民の会)と民主社会のための弁護士会(民弁)光州・全羅南道支部は29日、強制動員被害者54人の損害賠償請求訴訟の訴状を光州地裁に提出したと明らかにした「勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の会」提供//ハンギョレ新聞社

チョン・デハ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/891946.html
韓国語原文入力:2019-04-29 16:08


https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190429002500882?section=news
「聯合ニュース」 2019.04.29 16:07
■強制徴用被害者ら 日本企業9社を追加提訴=韓国
【光州聯合ニュース】日本による植民地時代だった戦時中に強制徴用された被害者らを支援する韓国市民団体「勤労挺身隊ハルモニ(おばあさん)とともにする市民の集まり」と、被害者らの損害賠償請求訴訟を支援する弁護士団体「民主社会のための弁護士会」(民弁)は29日、南西部・光州で記者会見を開き、同地域の原告54人が日本企業9社を相手取り損害賠償請求訴訟を起こしたと発表した。

【写真】記者会見で発言する被害者の遺族=29日、光州(聯合ニュース)

 被告企業は三菱マテリアル(旧三菱鉱業)、三菱重工業、住石ホールディングス(旧住友石炭鉱業)、日本コークス工業(旧三井鉱山)、日本製鉄(旧新日鉄住金)、JX金属(旧日本鉱業)、西松建設、不二越、日立造船の9社。原告54人のうち3人は直接被害を受けた当事者で、51人は死亡した被害者の遺族だ。
 徴用訴訟を巡り、韓国大法院(最高裁)は昨年10月30日に日本企業の賠償責任を認める初の確定判決を出した。今月初めには原告31人が日本企業4社を相手取った8件の追加訴訟をソウル中央地裁に起こしている。
 国務総理室所属の「対日抗争期強制動員支援委員会」の資料によると、2012年5月に完了した調査の結果、強制徴用被害者と確認された22万4835人のうち14万7893人が労務者として徴用され、このうち光州・全羅南道地域の被害者は2万6540人だった。
 だが、日本企業を相手取った訴訟に参加している被害者は、昨年大法院で原告勝訴の判決が確定した3件を含む約1000人にとどまっている。
 両団体は「被害者の大多数が訴訟に参加できなかったのは、権利意識の欠如ではなく(強制徴用から)長い時間が過ぎた上に韓日外交問題の中心にある事案であり、過去の政府が解決策を見いだせなかったためだ」と説明した。
 また「韓国政府は日本企業に徴用された被害者の名簿(の公開)を日本政府に強く要求するべきだ」とし、「日本政府と企業も、被害者らが1人でも生きているうちに謝罪と賠償を行わなければならない」と強調した。
 一方、追加提訴を巡っては、原告の募集に対し、「強制動員の被害審議決定通知書」など被害を証明できる書類を持つ537人が申請した。今回はこのうち、被告企業が特定できる原告を集めて訴訟を起こしたもので、今後、さらに追加訴訟を起こす計画という。
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「裁判所、71年ぶりに開かれた麗順事件の再審で「犠牲者の名誉取り戻す」」

2019年04月30日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/33349.html
「The Hankyoreh」 2019-04-30 08:35
■裁判所、71年ぶりに開かれた麗順事件の再審で「犠牲者の名誉取り戻す」
 光州地裁順天支院で遺族や検察などに出席し、1次準備期日開かれる 
 遺族「名誉を回復してもらいたい」…検察「裁判記録を探している」 

【写真】麗順事件の苦しみを表現した映画『椿』のサンドアートシーン=麗水市提供//ハンギョレ新聞社

 麗順(麗水と順天)事件発生71年ぶりにして罪のない犠牲者の名誉を回復するための再審が開かれた。
 光州(クァンジュ)地裁順天(スンチョン)支院第1刑事部(裁判長キム・ジョンア)は29日、麗順事件当時、討伐軍に銃殺された民間人犠牲者、チャン・ファンボン氏(当時29・鉄道庁職員)やシン・テス氏(当時32・農業)、イ・ギシン氏(当時22・農業)など3人の遺族らが提起した再審の初公判を開いた。
 裁判所は同日、遺族と検察の主張を聞く第1次準備期日を進めた。遺族のチャン・ギョンジャさんは「多くの死が長い間埋もれており、反乱者という汚名を返上することができなかった。早急に名誉を回復してもらいたい」と要求した。検察は「当時の判決文はなく、命令書だけが存在する状況だ。実体的な真実を明らかにするには裁判記録がなければならない」と説明した。
 裁判所は「最高裁(大法院)も麗順事件を民間人が犠牲になった悲劇的な集団虐殺と判断し、これを前提に再審を決定した。犠牲者に対する謝罪や賠償、名誉回復が国の責任であり、裁判所が不十分ではあるがその責務の一部を担わなければならない」と明らかにした。裁判所は今年6月24日、準備期日をもう一度開いた後、正式裁判に入る予定だ。今後、裁判の焦点は拘束と裁判の適法性に当てられるものとみられる。
 チャン氏などは、1948年11月、全羅南道順天から反乱軍を支援したという疑いで討伐軍に逮捕された後、20日ほどたって生木洞やスバク洞の野山などで銃殺された。当時、軍法会議は彼らに内乱と国権紊乱罪を適用して死刑を宣告し、執行した。
 それから62年後の2010年に行われた真実と和解のための過去事整理委員会の調査で、国家暴力被害者の名誉を回復できる糸口が見つかった。過去事整理委は「当時、韓国軍と警察が、順天地域で民間人438人を無理に連行して殺害した。順天地域だけでも2000人が虐殺されたものと推定される」と明らかにした。
 この調査結果を根拠に、チャン氏などの遺族らは2011年10月、再審を請求した。順天地裁と光州高裁は再審を決定したが、検察は抗告・再抗告で対抗した。最高裁は今年3月21日、「裁判所が発行した令状もなく、軍と警察によって違法逮捕・監禁されたことが認められる」とし、再審を決定した。7年5カ月もかかったこの過程で、遺族3人のうち2人が死亡した。もう原告は1人だけになった。
 麗順事件再審対策委員会は同日、裁判所の前で「裁判所は無法地帯だった70年前の歴史を直視しなければならない。人権を徹底的に踏みにじった暴力を審判し、国の品格を立て直してほしい」と求めた。さらに「検察は国民と遺族の前で謝罪し、国会は早急に麗順事件特別法を制定せよ」と求めた。

アン・グァノク記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/891972.html
韓国語原文入力:2019-04-29 20:55
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「DMZ矢じり高地で韓国戦争当時の戦死者と推定の遺骨追加発掘」

2019年04月29日 | 韓国で
https://japanese.joins.com/article/807/252807.html?servcode=500§code=510
「中央日報日本語版」 2019年04月26日18時03分
■DMZ矢じり高地で韓国戦争当時の戦死者と推定の遺骨追加発掘
 江原道鉄原(カンウォンド・チョルウォン)非武装地帯(DMZ)の矢じり(ファサルモリ)高地で韓国戦争(朝鮮戦争)当時の戦死者と推定される遺骨が追加発掘された。
 26日、韓国国防部は「22~25日の間、遺骨17点が追加で識別された」とし、「完全遺体と推定される頭蓋骨など14点の遺骨も初めて発掘された」と明らかにした。
 続けて「発掘された遺骨は今後、遺体発掘鑑識団に送られ、身元確認のための精密鑑識とDNA分析などを行う予定」と付け加えた。
 国防部が今月1日から南北共同遺体発掘のための事前準備のために矢じり高地一帯の南側の地域で地雷除去および基礎発掘を行って以来、発掘された遺骨は合計32点に増えた。
 韓国戦争当時、最大の激戦地だった白馬(ペンマ)高地の南西3キロメートル地点にある矢じり高地は休戦直前の1953年に国軍と中国共産軍の高地争奪戦が激しく繰り広げられた場所だ。
 この場所に国軍の戦死者の遺体200体余りと米国・フランスなど国連軍の戦死者の遺体300体余りが埋葬されたものと推定される。
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「「群馬の森」追悼碑訴訟 和解協議が難航 東京高裁」

2019年04月28日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://www.mindan.org/news/mindan_news_view.php?cate=4&number=25234
『民団新聞』2019-04-17
■「群馬の森」追悼碑訴訟 和解協議が難航 東京高裁

【写真】献花台に花を供える支援者(高崎市労使会館)

【群馬】高崎市の県立「群馬の森公園」に設置された韓国・朝鮮人追悼碑「記憶・反省・そして友好」をめぐる東京高裁の和解協議が難航している。県は公園からの撤去を譲らない。一方、「守る会」は「旧陸軍の火薬庫があったこの場所に追悼碑が立っていることに意義がある」として一歩も退かない構えだ。
 和解協議は1月から始まった。「守る会」は追悼碑を守りたいため「追悼碑の前での集いでは県当局と事前に協議し、実施する。あるいは参列を求める」など4つの条件を提示した。しかし、県は問答無用の撤去に固執し、物別れに終わった。
 3月の第2回協議でも県側の基本姿勢に変わりはなかった。そのかわり、撤去にかかわる費用の負担と別の県有地の提供を提起してきた。これに対して「守る会」弁護団は「追悼碑を移しても保守系団体が納得しない、税金の無駄遣い」と反発して平行線のままだった。次回は5月15日の予定。
 弁護団長の角田義一さんは「県とは和解を望んでいる。決裂すれば判決は早い。むちゃくちゃな論理を主張する県を勝たせるには、裁判所としても論理の組み立てが大変だろう。だが楽観はできない」と気を引き締めている。
 追悼碑の設置は市民団体「朝鮮人・韓国人 強制連行犠牲者追悼碑を建てる会」の請願を受けて、県議会が全会一致で趣旨採択したことから始まる。県は2004年3月、「公園施設」のうち「教養施設(記念碑)」として設置を許可した。期間は10年間。ただし、「設置許可施設については、宗教的・政治的行事及び管理を行わない」という条件を付していた。
 市民団体は建立と同時に碑前で追悼式を行ってきた。ところが、12年ごろから碑文が「反日的」「自虐史観」などとする保守系団体の抗議の的となった。県側は「碑自体が紛争を起こしている」として守る会の設置期間の更新申請にも応じようとしなかった。
 一審の前橋地裁は「政治的行事が行われた」などとする県側の主張はおおむね認めたものの、追悼碑撤去については「裁量権の逸脱がある」として認めなかった。

◆屋内で追悼集会 民団からも献花  「いつか碑の前で」
 「記憶・反省・そして友好」の追悼碑を守る会は6日、高崎市労使会館で第16回追悼集会を開催。日本人の支援者を中心に100人余りが駆けつけた。
 裁判のために追悼碑の建つ「群馬の森」以外で集会を開くようになって今年で8年目。角田義一共同代表は「群馬の森で慰霊祭を行うことが犠牲者の慰めになる。来るべき日には駐日韓国大使館から大使を追悼碑に招きたい」と語った。
 民団群馬本部の権在一団長は「追悼碑の前で集会が開かれる日の来ることを祈っている」と述べた。最後に全員が祭壇に献花した。
 1939年から始まった「募集」「斡旋」「徴用」などによる戦時強制動員は、群馬県だけでも6000人以上と推定されている。
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「韓国の専門家ら「強制徴用、ICJで韓国勝訴の可能性十分」」

2019年04月27日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/04/25/2019042580224.html
「朝鮮日報日本語版」 2019/04/25 22:59
■韓国の専門家ら「強制徴用、ICJで韓国勝訴の可能性十分」
 韓国の国際法・外交専門家ら、韓日摩擦の突破口としてICJ提訴を提案

 韓国の外交・国際法専門家らが25日、国会で行われた韓日関係に関するセミナーで、日本による植民地時代の強制徴用被害者への賠償問題について「国際司法裁判所(ICJ)への共同提訴」が解決策になりうると提案した。韓国政府は現在、日本側が求めている「二国間協議」を拒否したまま状況を放置しているが、ICJに提訴すれば韓国が勝訴する可能性が十分にあるため、ICJの判断を仰ぐべきというのだ。
 この日、韓半島(朝鮮半島)先進化財団の主催で行われたセミナーで、国民大日本学科のイ・ウォンドク教授は「両国関係のさまざまな悪材料のうち、徴用問題の解決が最も急がれる」として、ICJへの共同提訴などを代案として提示した。特にICJ提訴については「最終的な結論が出るまで3-4年以上を要するため、歴史をめぐる摩擦に歯止めをかける効果がある上、両国が合意すれば法的な強制執行も保留できるため、平和的解決策となり得る」と述べた。これまで韓国政府は、敗訴の可能性などを懸念し、ICJへの提訴について否定的な立場を維持してきた。
 かつて旧ユーゴ国際刑事裁判所に勤務したシン・ウジョン清州地裁部長判事は「韓国政府がICJで勝訴する可能性がある」と述べた。シン氏は「現行の国際法では、個人が国際法の主体として権利・義務を有するという『個人の国際法主体性』を認めるというのが重要な流れ」だと指摘した。特に、強制徴用のような反人権的行為は「国際的な強行規範」に違反するため、国家間の合意によって個人の請求権が消滅することはない、というわけだ。
       安俊勇(アン・ジュンヨン)記者
コメント

「在韓被爆者2283人が存命 身体・経済的困難も=政府調査」

2019年04月26日 | 国民国家日本の侵略犯罪
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190425004700882?section=news
「聯合ニュース」 2019.04.25 16:34
■在韓被爆者2283人が存命 身体・経済的困難も=政府調査
【ソウル】韓国保健福祉部は25日、韓国人原子爆弾被害者支援委員会を開催し、「韓国人原子爆弾被害者実態調査」の結果を発表した。

【資料写真】被爆者の健康相談(聯合ニュース)
【資料写真】被爆者問題の政府による解決を訴える集会の様子(聯合ニュース)

 今回の実態調査は、2016年に原爆被害者支援特別法が制定されてから政府レベルで初めて実施され、広島と長崎への原爆投下により被爆した韓国人被害者の健康状態、医療の利用状況、生活実態などについてまとめている。
 1945年の原爆投下当時の韓国人被害者は約7万人で、このうち4万人が被爆により死亡し、生存者のうち2万3000人が韓国に帰国したと推定される。
 昨年8月の時点で大韓赤十字社に被害者として登録された生存者は2283人で、年齢別では70代が63%、80代が33%だった。
 被害者の約70%が慶尚南道(31.8%、725人)、釜山(22.1%、504人)、大邱(14.3%、326人)など慶尚道地域に居住していた。
 健康保険の診療資料を分析した結果、被害者(死亡者を含む登録者3832人)のがん、難病、慢性疾患の有病率は同年代と比べて高かった。
 17年のがんの5年有病率(過去5年間にがんの診断を受けた患者数)は、男性では前立腺がんが人口10万人あたり9833人、胃がんが4621人、大腸がんが4327人で、70歳以上の男性人口の有病率である1465人、1435人、1270人を大きく上回った。
 女性は胃がんが同2789人、大腸がんが2303人、甲状腺がんが1827人で、70歳以上の女性人口の有病率である553人、654人、317人に比べて高かった。
 保健福祉部は「今回の調査は被害者の全般的な健康状態を把握するために実施したもので、疾病には所得や職業、生活地域などさまざまな要因が影響を及ぼすため、がん有病率の高さが被爆の影響だと断定するのは難しい」と説明した。
 被害者の医療利用や、医療費の本人負担額も一般人より高かった。
 17年の被害者の入院率は34.8%、70歳以上の人口の入院率は31.0%で、医療費の本人負担額はそれぞれ124万ウォン(約12万円)、110万ウォンだった。
 被爆者と被爆2世を対象に面接調査を行った結果、被爆者の23%に障害があり、51%は自身の健康状態が悪いと答えた。36%が基礎生活保障(生活保護)受給者、世帯収入は月平均138万9000ウォンで、同年代の国民の障害率17.5%、基礎生活保障受給率5.7%とは大きく差が開いた。
 被爆2世も障害者が8.6%、基礎生活保障受給者が9.5%、世帯収入は月平均291万ウォンで、同年代に比べ身体・経済的状況が芳しくなかった。
 被爆者の11%、被爆2世の9.5%が被爆により社会から差別を受けた経験があり、被害を公にしない傾向が強かった。
 被爆の影響が遺伝するかもしれないとの不安から結婚や出産を諦めた例もあり、被爆者やその子どもは漠然とした不安感を解消するためにも政府が被爆の影響について疫学調査を行うべきだと強調した。
 保健福祉部の金起男(キム・ギナム)疾病政策課長は「今回の調査により、被爆者だけでなく被爆2世についても国が実態を把握し、支援しなければならないことが分かった」と述べ、今年中に被爆2世の健康実態や医療利用などについて追加調査を行い、被爆の健康への影響などに関する分析システムを整備する考えを示した。


https://japanese.joins.com/article/763/252763.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年04月25日16時53分
■韓国人原爆被害者2283人生存「病気・貧困で困難」
【写真】原爆が投下された翌日の1945年8月10日、救護班員が長崎市浦上駅前一帯で救護活動をしている。(写真=中央フォト)

1945年、広島・長崎で原爆被害を受けた韓国人のうち、2283人が生存していることが調査で分かった。原爆被害1・2世代だ。相当数は病気と貧困で困難を経験している。
 保健福祉部は24日、「韓国人原子爆弾被害者支援委員会」を開催し、韓国人原子爆弾被害者の実態調査結果を発表した。2017年7月に施行された「韓国人原子爆弾被害者支援のための特別法」によって初調査が行われた。韓国保健社会研究院が昨年6月~今年3月に被害者の現況、健康状態、医療利用現況、生活実態などを調査した。
 原爆被害者は原爆投下当時、広島や長崎にいた人、原爆投下から2週以内に爆心地3.5キロ以内にいた人、死体処理・救護に動員されて放射能の影響を受けた人々だ。ここには当時妊娠中だった胎児も含まれる。
 韓国人被害者規模は1945年当時約7万人で、このうち4万人が当時の被爆(放射能被害)で死亡した。生存者のうち2万3000人が帰国したと推定される。保険福祉部によると、昨年8月基準で大韓赤十字社に登録された生存被害者は2283人だ。年齢別では70代が63%、80代が33%で、約70%が慶南(キョンナム)・釜山(プサン)・大邱(テグ)など嶺南(ヨンナム)地域に居住している。
 被害者(死亡者含む登録被害者3832人)のがん、希少難治性疾患などの有病率(疾患にかかる比率)は健康保険資料を分析したところ同じ年齢帯の一般人よりも概して高く現れた。研究を担当した保健社会研究院は「今回の調査は被爆の影響分析ではなく、被害者の全般的な健康実態把握次元で実施したものだ。病気に影響を及ぼす可能性のある他の要素を勘案しなかった結果だ。疾病の発生が被爆の影響だと断定するのは難しい」と説明した。
 被害者の医療利用(外来、入院)件数や医療費負担水準も一般人に比べてやや高いことが分かった。2017年を基準として被害者の入院利用率は34.8%、入院件数は1人あたり3.8件と調査された。韓国70歳以上の平均値(入院利用率31%、入院件数1人あたり3.9件)とほぼ同じ水準だ。医療費本人負担額は被害者の場合、最近3年間で392万ウォン(約38万円)で、韓国70歳以上の平均(311万ウォン)よりも高かった。被害者1、2世21人について面接調査を実施したところ、被害者は身体的・精神的に脆弱な状況に置かれていて、経済的困難や社会的差別などを訴えた。
 1世代被害者のうち23%は障がいがあり、自分の健康水準に対して51%が「悪い」と答えた。調査対象1世代の月平均の世帯収入は約138万9000ウォン水準で、36%は基礎生活受給者だ。韓国70歳以上の一般人障がい比率は17.5%で老人基礎生活受給者比率は5.7%だ。
 被害者は差別を受けているという認識が高かった。1世代は11%、2世代は9.5%が「被爆に関連して社会的差別を経験した」と答えた。このため、被害者は自身の被害事実を人目に触れないようにする傾向がある。特に被爆の影響が遺伝するのではないかとの不安で結婚や出産を断念する場合もあった。これに伴い、被害者とその子女は「漠然とした不安や恐れを解消するためにも被害者子女の被爆影響に対して政府次元の疫学調査が必要だ」と答えた。
 保健福祉部疾病政策課のキム・ギナム課長は「今回の調査結果は今までの原爆被害者支援政策が被害者1世代に焦点が合わされていたとすると、これからは被害者2世などに対しても国家が実態を把握して必要な支援を積極的に検討しなければならないという点を示している」とし「福祉部は年内に被害者2世の健康状態、医療利用実態などを調査する。定期的に健康実態を調査して、被爆の健康影響を今後も追跡していく計画」と明らかにした。
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「「労働者像」設置場所決める円卓会議メンバー きょう決定=韓国・釜山」

2019年04月25日 | 国民国家日本の侵略犯罪
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190425002300882?section=news
「聯合ニュース」 2019.04.25 12:58
■「労働者像」設置場所決める円卓会議メンバー きょう決定=韓国・釜山
【釜山聯合ニュース】韓国・釜山市の日本総領事館近くの歩道に置かれていた強制徴用労働者を象徴する「労働者像」の設置場所を決める市民ら100人による円卓会議の推進代表団が24日に会合を開き、25日午後に100人のメンバーを決定することにした。釜山市議会が明らかにした。

【写真】労働者像の設置場所について市民の意見を募集するため、釜山市議会のホームページに掲載されているポスター(同議会提供)=(聯合ニュース)

 円卓会議のメンバーは地方議員22人(市議6人・区議16人)や女性界、大学生、労働者、言論界など各界各層の市民で構成することにした。
 また、24、25の両日、釜山市議会のホームページなどで労働者像の設置場所に関する市民の意見を募集している。
 推進代表団は寄せられた市民の意見に基づき、2~3案に絞り込んで最終議題と決め、円卓会議のメンバーのうち、希望者を対象に26日午後、2回にわたり事前説明会を開く。
 労働者像の設置場所の候補地としては釜山駅広場や日本総領事館近くの公園、国立日帝強制動員歴史館、釜山市民公園などが挙がっている。いずれも日本総領事館から100メートル以上離れており、外交摩擦を避けられる場所となっている。
 設置場所は28日午後2時、円卓会議の討論を経て最終的に決定される。
 労働者像は日本総領事館近くの歩道に置かれていたが、12日に釜山市が強制撤去し、国立日帝強制動員歴史館に移していた。市側と、像を設置した団体側は17日、像を団体側に返還する内容が盛り込まれた合意文書を発表。市は24日に像を返還し、団体は撤去前と同じ場所に再設置した。


https://japanese.joins.com/article/720/252720.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年04月24日18時01分
■釜山労働者像、元の位置に…設置場所は28日に決定
釜山市(プサンシ)により強制撤去された「強制徴用労働者像」が市民団体に返還され、釜山・日本領事館近くの釜山市東区草梁洞(トング・チョリャンドン)鄭撥(チョン・バル)将軍の銅像横の歩道に再設置された。

釜山市は12日、鄭撥将軍の銅像横の歩道に置かれていた労働者像を強制撤去し、釜山市南区(ナムグ)の日帝強制動員歴史館に移し保管してきた。

強制撤去後、市民団体の猛烈な抗議を受けた釜山市は24日午後に積弊清算・社会大改革釜山運動本部の強制徴用労働者像建設特別委員会に労働者像を返却した。

28日に釜山市議会大会議室で開催される「強制徴用労働者像建設のための釜山市民100人円卓会議」で設置場所などについて決めることになった。

労働者像は返却されたものの建設特別委はできる限り日本領事館の近くに設置しようとしている半面、市は外交問題などを考慮し強制動員歴史館に設置すべきだという立場を守っているため労働者像をめぐる葛藤は続くものと見られる


https://japanese.joins.com/article/649/252649.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年04月23日11時54分
■釜山強制徴用労働者像の設置場所、28日の円卓会議で決定

【写真】釜山市が撤去後、南区大淵洞の国立日帝強制動員歴史館1階ロビーに保管している労働者像。

 釜山(プサン)「強制徴用労働者像」の設置場所が今月28日午後、100人円卓会議で決まる。
 強制徴用労働者像設置のための100人円卓会議推進機構である釜山市議会〔議長・朴仁映(パク・インヨン)〕は、労働者像建立特別委員会(以下、建立特委、キム・ジェハ常任代表)と18日から4回の協議の末、28日午後2時に円卓会議で設置場所を決めることにしたと23日、明らかにした。また、円卓会議の構成原則を決めて、23日までに円卓会議に出席する100人を確定することにした。
 円卓会議に参加する100人は女性団体、労働者、青年、学生、歴史専門家、地方議会議員など各界各層で構成され、地域や活動分野、年齢、階層別に等しく構成する方針だ。ただし、円卓会議開催まで時間が充分でない点を考慮して積極的に参加意思がある人物からまず含めることにした。
 釜山市議会は円卓会議の円滑な進行のために釜山市議会3人、建立特委3人、市民社会団体関係者2人など8人で別途の推進代表団を構成・運営することにした。
 円卓会議で話し合う設置場所は議会ホームページなどで幅広く意見を受け付けた後、推進代表団の話し合いを経てまず2~3カ所に絞ることにした。引き続き、メンバーは設置場所をめぐり25日と26日の2度、事前説明会を開いて100人に十分な情報を提供した後、28日午後2時に組別討論などを行って設置場所を決めることにした。
 現在、設置場所としては、12日に釜山市が撤去したことがある東区草梁洞(チョリャンドン)鄭撥(チョンバル)将軍銅像横のサムジ公園、南区大淵洞(テヨンドン)国立日帝強制動員歴史館、釜山駅広場などが挙がっている。
 盧基燮(ノ・ギソプ)釜山市議会運営委員長は「強制徴用労働者像は辛い歴史を記憶して真実糾明を求める市民の意志が込められた象徴だ」とし「100人円卓会議で討論を経て最大限全員合意で設置場所を決める方針」と話した。
 労働者像建立特委は、当初昨年5月1日と先月1日に東区草梁洞の日本総領事館前に設置した「平和の少女像」の横に労働者像を設置しようとした。だが、釜山市が歩道に設置するのは違法だとして反対すると、先月1日に総領事館境界から50メートル(正門から100メートル)離れた鄭撥将軍銅像近くに臨時設置した。その後、東区庁と建立特委は11日に交渉の末、臨時設置したから10メートル余り離れた鄭撥将軍の横のサムジ公園に労働者像を設置することで合意していた。
 だが、釜山市はこの合意は認められないとし、12日午後に労働者像を撤去して国立日帝強制動員歴史館に移した。労働者像が撤去されたことを受け、建立特委所属の全国民主労働組合総連盟(民主労総)・公務員労組員が15日から17日午前にかけて呉巨敦(オ・ゴドン)釜山市長出勤阻止デモを行い、釜山市庁1階ロビーを不法占拠した。
 釜山市庁ロビー占拠事態は17日に釜山市と釜山市議会、建立特委が釜山市民100人円卓会議を構成してメーデーの5月1日前までに円卓会議が決める場所に労働者像を設置することで合意しながら解消された。


https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190422004700882?section=news
「聯合ニュース」 2019.04.22 21:07
■「労働者像」の設置場所 28日に決定=韓国・釜山
【釜山聯合ニュース】韓国・釜山市の行政代執行により強制撤去された強制徴用労働者を象徴する「労働者像」の設置場所が28日に市民らが参加する「100人円卓会議」で最終的に決定される。

強制徴用労働者を象徴する「労働者像」(資料写真)=(聯合ニュース)
 釜山市議会は22日、強制徴用労働者像建立特別委員会と協議し、円卓会議構成のための原則を決め、23日までに会議参加者を確定することで合意したと発表した。
 会議には、像の設置のために貢献した市民をはじめ、労働者、青年、学生、歴史専門家、地方議員、女性団体や市民団体の会員らが参加する。
 市議会関係者によると、会議は28日午後2時に開かれ、像の設置場所に関する最終合意案が導き出される予定だ。
 像は日本総領事館近くの歩道に置かれていたが、12日に釜山市が強制撤去し、「国立日帝強制動員歴史館」に移した。
 市側と、像を設置した団体側は17日、像を団体側に返還する内容が盛り込まれた合意文書を発表。釜山市議会を推進機関とする「強制徴用労働者像建立のための釜山市民100人円卓会議」を設け、メーデーの5月1日前までに会議で決めた場所に像を設置することにした。
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「「朴正煕の反国家団体」韓統連の在日同胞21人が韓国に来られない理由とは」

2019年04月25日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/33316.html
「The Hankyoreh」 2019-04-24 10:43
■「朴正煕の反国家団体」韓統連の在日同胞21人が韓国に来られない理由とは
 「韓統連の完全な名誉回復と帰国保障のための対策委員会」発足 
 「韓統連のパスポート発給制限に関し、人権委・国会・大統領府に陳情」

【写真】韓統連の完全な名誉回復と帰国保障のための対策委員会の発足記者会見が23日午前、ソウル中区貞洞のフランシスコ会館で開かれた。日本から来た韓統連メンバーのキム・チャンオ氏(右)が盧武鉉大統領在任時代に入国して報道された内容を見せている=キム・ボンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社

 1955年に日本の大阪で生まれたキム・チャンオ氏(64)は、12歳だった1967年、トイレで自分の「韓国人」のアイデンティティについて恐怖を感じたその瞬間をいまも忘れられない。当時、地下鉄の駅のトイレには「朝鮮人は帰れ」という落書きがあちこちに書かれていた。日本社会の韓国人に対する差別と虐待を全身で感じた瞬間だった。「落書きを見たとき、本当に怖かった。韓国語もできず、韓国人といえば両親しか知らないのに、恐怖を感じました」
 キム氏はその後、韓国人だという事実を隠して暮らしていた。しかし、大学に入学した1974年、東京にパンダを見に行こうと親しい先輩に誘われ、韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)が主催する集会に出席して考えが変わった。韓国の民主化と統一のために尽くす韓民統の在日韓国人の姿に衝撃と感動を受け、団体に加入することになった。キム氏はその後、韓国人だという事実を隠さなかった。韓民統で毎週水曜日に韓国語を学び、毎週金曜日に韓国史を学んだ。初めて残酷な日本の植民地支配について知り、独立運動の歴史を学んだ。特に1960年4・19革命を率いた学生の話を学び、キム氏は韓国の民主化と祖国統一のために一生生きていこうと誓ったという。
 1973年に結成された韓民統に暗雲が立ち込めたのは、朴正煕(パク・チョンヒ)政権の公安統治のためだ。1977年、韓民統が「在日同胞留学生スパイ団事件」当時、スパイ容疑で有罪宣告を受けたキム・ジョンサ氏の背後団体として指摘され、国家保安法上「反国家団体」に指定された。朴正煕政権は150人余りの在日同胞留学生をスパイに仕立て、拷問、死刑、無期懲役刑などを宣告し、刑務所に入れた。全斗煥(チョン・ドゥファン)政権の時も暗黒期は続いた。1980年、金大中(キム・デジュン)元大統領は韓民統議長の経歴を理由に反国家団体首魁罪の適用を受け、死刑を言い渡された。スパイにされたキム・ジョンサ氏は2013年5月になって、最高裁判所(大法院)の再審を通じて無罪を宣告された。しかし、韓民統の後身である在日韓国民主統一連合(韓統連)は依然として反国家団体のレッテルをはられたままだ。
 このため韓国政府は、2003年までキム氏が韓統連に加入したという理由でパスポートを発給しなかった。キム氏は1992年、統一運動のためにドイツ・ベルリンへ出張に行った当時、フランクフルト空港でドイツの警官にパスポートがないという理由で連行され、取り調べを受けなければならなかった。日本で発給された「再入国許可証」では、キム氏の保護するのに限界があった。
 2003年に盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府が発足してから、キム氏は韓国のパスポートを発給され故国の地を踏むことができた。いつになるか分からなかった「ソウルで会おう」という約束が、ついに現実になった瞬間だった。日本から韓国へ出発する日の朝、キム氏は日本で経験した侮辱と差別、これまで故国に行けなかった悲しさが一気にこみ上げ、止めどなく泣いた。そのようにして48年の生涯で初めて仁川国際空港に入国したキム氏の手には、大韓民国の「臨時パスポート」が握られていた。キム氏は翌年の2004年になって正式に大韓民国のパスポートを手にすることができた。
 幸いキム氏は2004年に韓国の正式なパスポートを発給されてから、韓国だけでなく外国の往来に不自由はない。しかし、キム氏は非常に例外的なケースだ。いまだに多くの韓統連メンバーが日本に留められ、韓国に来ることができない状態だ。韓統連メンバーのうち21人は、1~5年の短い有効期間のパスポートしか発給を受けることができず、有効期間が終わるごとに更新しなければならない困難を負っている。

【写真】韓統連の完全な名誉回復と帰国保障のための対策委員会の発足記者会見が23日午前、ソウル中区貞洞のフランシスコ会館で開かれた。チェ・ビョンモ対策委員長(中央)が挨拶の言葉を述べている=キム・ボンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社

 23日、ソウル中区貞洞(チョンドン)のフランシスコ会館で開かれた「韓統連の完全な名誉回復と帰国保障のための対策委員会」(対策委)の発足式にキム氏だけが参加することができたのはそのような理由からだ。
 この日、6・15(共同宣言実践)南側委員会のイ・チャンボク常任代表と「海外民主人士の名誉回復と帰国保障のための汎国民対策委員会」のチェ・ビョンモ元常任代表など29人は、まだ韓統連が反国家団体と規定されており、同団体のメンバーという理由でパスポートが発給されない在日韓国人の名誉回復と帰国保障に向けて対策委員会を立ち上げたと明らかにした。チェ・ビョンモ対策委代表は「韓統連が現在受けている弾圧は、日本で韓国の独裁政権に反して民主化運動をしたというたった一点のためだ」とし、「韓統連メンバーはすべて自由な韓国人であるため、韓国に出入りすることを妨げる理由はない」と強調した。イム・ジョンイン対策委執行委員長は「パスポートは事実上住民登録証と同じ」と言い、「たとえ険悪な犯罪を犯しても住民登録証は出される」と指摘した。
 発足式の現場で出た説明を総合すると、韓統連のメンバーのキム氏のある先輩は、パスポートを適時に発給してもらえず、母親の臨終に立ちあえなかった。ソン・ヒョングン韓統連議長は、文在寅(ムン・ジェイン)政権に入ってパスポートを申請したが、パスポートの発給が見送られ、いまだに韓国に来ることができない状況だと明らかにした。日本に留められている韓統連メンバーらは、再入国許可証を持って日本から出た後、再入国が可能だが、米国や英国などに長期間国外研修や留学に行くのは不可能だ。キム氏が15年前にようやく克服した苦痛を、韓統連メンバーのうち一部は今も耐えながら暮らしている。対策委はこれに対し、「韓統連のメンバーにパスポートを発給しない政府に対し、近く国家人権委員会と国会、大統領府などに陳情を出す予定」だと明らかにした。

クォン・ジダム記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/891190.html
韓国語原文入力:2019-04-23 20:43
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「大学生団体「韓日慰安婦合意文書の非公開正当判決を糾弾」」

2019年04月24日 | 日本軍隊性奴隷
https://japanese.joins.com/article/698/252698.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年04月24日13時05分
■大学生団体「韓日慰安婦合意文書の非公開正当判決を糾弾」
 日本軍慰安婦問題解決のための大学生団体「平和蝶ネットワーク」は24日、「韓日の日本軍慰安婦問題合意外交文書の非公開が正当だと判決した司法府を糾弾する」と明らかにした。
 同団体はソウル中区(チュング)にある平和の少女像前で記者会見を開き、「国民の知る権利よりも韓日両国間の外交関係が重要だという裁判所の判断を容認することはできず、これは被害者を欺瞞する行為」と批判した。
 また「日本軍性奴隷問題を判決する過程で最も重要な原則は、人間の尊厳性と国民の人権保護に対する国の責務」とし「このような非常識な判断が出てきたことは司法府内に積弊清算が持続して必要だということを示している」と主張した。
 これに先立ち18日、ソウル高裁は1審を覆して韓国と日本の間で発表された「慰安婦合意」に関する交渉文書を非公開としたのは正当だとする判決を下した。


https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190424001800882?section=news
「聯合ニュース」 2019.04.24 14:02
■韓国次官「慰安婦被害者の名誉・尊厳回復に努める」=安保理討論で
【ソウル聯合ニュース】韓国外交部の李泰鎬(イ・テホ)第2次官は23日(米東部時間)に米ニューヨークで、女性と平和、安全保障に関する国連安全保障理事会の公開討論に出席し、「韓国政府は(旧)日本軍の慰安婦被害者の名誉と尊厳を回復し、この問題を歴史的な教訓とするための努力を続けていく」と表明した。高齢化した慰安婦被害者たちが苦しみを癒されることなく相次ぎ死去しているとしながら、このように述べた。

【写真】安保理の公開討論に出席した李次官(外交部提供)=23日、ニューヨーク(聯合ニュース)

 李氏は「韓国もまた、紛争下の性暴力による痛ましい経験をした国」としながら、紛争下での性暴力の根絶に向け国際社会の取り組みに賛同すると強調した。
 また、安保理が紛争地域での女性に対する性暴力の根絶などを促す決議を採択してから20年近くがたとうとするが、今もこうした性暴力が起きていると懸念を示した。問題に対応するには国際社会が紛争予防の重要性を再確認し、市民社会を含め利害関係者が協力する必要があると指摘した。
 李氏は、同決議に関連した定例の国際会議がアジアでは初めて、7月2~3日にソウルで開催されると紹介した。


https://japanese.joins.com/article/695/252695.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年04月24日11時34分
■韓国外交次官、国連で「慰安婦被害者、苦痛癒やされず死去」
 韓国の李泰鎬(イ・テホ)外交部第2次官が23日(現地時間)、米ニューヨーク国連本部で開かれた「国連安全保障理事会女性・平和・安保関連公開討論会」に出席し、旧日本軍慰安婦問題に言及した。
 李泰鎬次官はこの討論会で「日本軍慰安婦被害者は生涯の苦痛が癒やされることなく私たちのそばを離れている」とし「性暴力の苦痛を経験した国として韓国政府は慰安婦被害者の名誉と尊厳を回復し、この問題を歴史的な教訓とする努力を続けていく予定」と述べた。


https://japanese.joins.com/article/626/252626.html?servcode=400§code=400
「中央日報日本語版」 2019年04月23日08時29分
■韓国・浦項慰安婦被害者被害者、60年経った古い家から新居へ
 古い家で生活してきた慰安婦被害者パク・ピルグンさん(92)のために新しい安らぎの家が用意された。
 22日、慶尚北道浦項市北区竹長面(キョンサンブクド・ポハンシ・プック・チュクジャンミョン)では、パクさんのための「愛の家」竣工式が開かれた。
 竣工式には韓国女性家族部の陳善美(チン・ソンミ)長官、李康徳(イ・ガンドク)浦項市長、徐載元(ソ・ジェウォン)浦項市議会議長、呉亨洙(オ・ヒョンス)ポスコ浦項製鉄所長が出席した。家作りに賛同した後援機関や才能寄付後援者も同席した。
 パクさんは1950年代末に実家である現住居地に引っ越してきた後、60余年間、この家で生活してきた。
 この事実を知ったポスコや浦項市、社会福祉共同募金会、釜山(プサン)地方国土管理庁、韓国資産管理公社など多くの企業・機関・個人は昨年からパクさんのために新しい家を用意しようと協力してきた。
 8カ月間、土地地目変更、用途廃止、国有地売却、境界測量、土木設計、建築許認可などを持続して協議して努力した末、最近スチールハウス形態の新居を完工した。
 文在寅(ムン・ジェイン)大統領もこの日の竣工式に花輪を送り、パクさんの新居完成を祝った。
 パクさんは竣工式で「助けてくださった方々に感謝する」と言って涙を流した。
 陳長官は「政府に登録された21人の日本軍慰安婦被害者の1人であるパクおばあさんの元気で安らかな老後のために浦項市や各機関が協力して愛の家作りを推進したことに対し、政府に代わって感謝の意を伝える」と話した。
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「フィリピンで「慰安婦像」除幕式  日本に謝罪・補償求める声」

2019年04月24日 | 日本軍隊性奴隷
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2019/03/22/antena-440/
『週刊金曜日』 2019年03月22日 13:59
■フィリピンで「慰安婦像」除幕式  日本に謝罪・補償求める声

【写真】パナイ島に建つロサ・ヘンソンさんら性暴力被害者の像。(撮影/稲葉卓司)

 1945年3月の東京大空襲の直前、フィリピン・ルソン島では日米による壮絶な戦いが、市民を巻き込んだ形で展開された。同年2月3日から1カ月間続いた首都マニラにおける市街戦の犠牲者は10万人を超えたとされ、当地では毎年この時期になると犠牲者を追悼し、戦渦を振り返る集いやイベントが行なわれている。
 マニラの金融街マカティ地区にあるアヤラ博物館では、今年2月2日から1カ月間、「戦争と女性」と題した特別展示が行なわれた。同展を企画したリカルド・ホセ教授(フィリピン大学)は「フィリピンで女性の戦争被害を取り上げた本格的な展示は今回が初めて」と意義を強調。2日のオープニングには元日本軍「慰安婦」のエステリータ・ディさん(88歳)が戦中の体験を涙ながらに語った。
 翌3日には市内のホテルで中国・台湾・韓国・北朝鮮・日本・フィリピンの支援団体責任者が「慰安婦」や強制労働被害などの解決に向けて意見を交換した。91年以降、各国で名乗り出た「慰安婦」被害者の数は前記6カ国・地域で約1000人。このうち現在も存命の被害者は81人(約8%)だと判明した。フィリピンの被害者は約300人(36人存命)だ。
 この日、各国の関係者は連名で安倍晋三首相あてに加害者としての国際法上の義務を速やかかつ誠実に履行し、徹底調査と真相の公表、誠実な謝罪、国家賠償、正確な歴史教育、再発防止を求める公開書簡を送付した。翌4日の記者会見では、92年に名乗り出て、アジア女性基金も拒否しながら先頭で闘い続ける「慰安婦」被害者のフィデンシア・デイビッドさん(91歳)も早期解決を力強く訴え、日本政府だけでなくフィリピンのドゥテルテ大統領も「被害者を黙殺する大統領はおかしい。被害者の人権回復を支持・支援すべきだ」と強く批判した。

【相次ぐ「建立、即撤去」の事例】
 一行は5日、パナイ島北端にある2人の女性像の除幕式に参加した。像に描かれた女性の一人は92年にフィリピンで初めて「慰安婦」だったと名乗り出たロサ・ヘンソンさん(97年に69歳で逝去)。像を建てたネリア・サンチョさん(67歳)がラジオで呼びかけたのに最初に応じた。日本政府に謝罪と国家補償を求めた裁判の原告になった女性でもある。隣は戒厳令下に19歳でフィリピン国軍兵士による性暴力被害を受けたネリアさんの亡妹の像だ。
 この像について日本のメディアでいち早く報じた『産経新聞』(2月6日付)はシンガポール支局長が急遽現地まで取材に訪れ日本政府や大使館に撤去を促そうと動いたようだ。しかしこの像の建設費には政府がマルコス独裁時代にスイスの銀行に埋蔵されていた資金を接収のうえ設けた「戒厳令犠牲者人権補償基金」からの補償金があてられ、韓国の少女像とは建立の経過も性格も異なる。
 フィリピンでは一昨年末にもマニラ湾沿いに中国系の団体が中心になって「慰安婦」を象徴する女性像が建立されたが、日本政府の圧力を受けたフィリピン政府当局が「洪水対策」の名目で4カ月後に撤去。昨年12月末にもルソン島中部の私有地に韓国から贈られた少女像を建立され、韓国からの代表も参加して除幕式が行なわれたが、2日後に撤去されている。
 「慰安婦」関連の像や追悼碑をめぐってはモグラ叩きのような攻防が世界各地で続く。しかし個々の国や地域の文脈で歴史と記憶を残そうとする努力に「反日」のレッテルを貼り排除、抹殺しようとする試みは逆に現地の反発を招く。
 フィリピンには日本軍兵士の慰霊碑や特攻隊の記念碑が多数建つ。日本政府建立の「比島戦没者の碑」もある。自国の戦没者だけを敬い、地元民の犠牲を知ろうとしないばかりか、自らに都合の悪い歴史的モニュメントの撤去を求めるさまは“内政干渉”や“表現の自由”への干渉を超えた恥知らずの行為に見える。日本政府の言う“心からの反省とお詫びの気持ち”が本物であれば、駐フィリピン日本大使が真っ先に除幕式に馳せ参じて、こうべをたれるべき
ではないのかと改めて感じた。
     有光健・戦後補償ネットワーク世話人
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