三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

海南島現代史関係論著 5

2007年03月31日 | 海南島近現代史文献・年表
『中国・海南島でおきたこと ――元「慰安婦」の証言――』アジア・フォーラム、2003年12月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、佐藤正人)「海南島2003年夏 日本の侵略の時代
   は、おわっていない」、『パトローネ』56号、2004年1月。
許金生「日本の海南島占領期における鉄道開発活動について」、『立命館言語文化研究』15巻
   3号、2004年2月。
『中国・海南島 焼畑農耕の終焉』東京大学出版会、2004年2月。
斎藤日出治「日本の海南島侵略(1939~45年) 軍事占領から空間の総体的領有へ」、『大阪
   産業大学経済論集』第5巻第3号、2004年6月。
張興吉『日本侵占海南島罪行研究』海南出版社、2004年10月。
張興吉「抗戦時期日軍総体軍事戦略中海南島的地位」、『海南大学学報(人文社会科学版)』、
   2004年第2期。
陳光良『海南経済史研究』中山大学出版社、2004年11月。
小谷英治「ビデオ『日本が占領した海南島で』完成」、『科学的社会主義』№80、社会主義協会、
   2004年12月。
符和積・呉暁紅「日本軍隊対海南的侵略与暴行」、2005年。
独立紀念館韓国独立運動史研究所編『일제하 국외 한인피해 실태조사보고 1 중국 해남도
   지역 』独立紀念館、2005年4月。
     金靜美「일본점령하 하이난섬에 있어서의 조선인」。
     佐藤正人「海南島에 있어서  日本政府・日本軍・日本企業의 侵略犯罪調査」。
     金勝一「海南島의 朝鮮報国隊와 韓国人慰安婦의 強制連行経緯와 暴行惨状」。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、佐藤正人、小谷英治)「海南島2004年12月~2005年
   1月 あらたな共同作業をめざして」、『パトローネ』61号、2005年4月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会『海南島で日本は何をしたのか 虐殺・略奪・性奴隷化、
   抗日反日闘争』写真の会パトローネ、2005年5月。
佐藤正人「海南島と“カラフト”における朝鮮人虐殺の真相糾明」、三重県木本で虐殺された   
   朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会『会報』41号、2005年5月。
『ハイナンNETニュース』ハイナンNET(海南島戦時性暴力被害者への謝罪と賠償を求める
   ネットワーク)、第1号(2005年5月)、第2号(2005年11月)、第3号(2006年6月)。
張興吉「≪日文海南資料綜録」訂補」、『海南師範学院学報(社会科学版)』、2005年第2期。
水野明著・王翔訳・中共海南省委党史研究室編『日本軍隊対海南島的侵占与暴政(1939―
   1945)』南海出版公司(海口)、2005年7月。
陳慶港『血痛 26個慰安婦的控訴』北京出版社、2005年8月。
海口市委宣伝部・海口警備区政治部・海口市委党史研究室『勿忘歴史 警鐘長鳴――紀念抗日
   戦争勝利60周年展覧』2005年9月。
朱徳蘭編『台湾総督府と慰安婦』明石書店、2005年11月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、佐藤正人、小谷英治)「海南島2005年秋 日本が
   占領した時代に生きた人たちはいま」、『パトローネ』64号、2006年1月。
斎藤日出治「日本の戦争責任を問う 紀伊半島から海南島への旅」、『もうひとつの世界へ』
   第2号、ロゴス社、2006年4月。
『海南島で日本は何をしたのか――戦時朝鮮人強制労働・虐殺 日本軍“慰安婦”――』高麗
   博物館、2006年6月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、佐藤正人、小谷英治)「海南島2006年春 海南島
   抗日根拠地と日本軍侵略拠点で」、『パトローネ』66号、2006年7月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島2006年5月 「朝鮮村試掘」にいたるまで、そして、それ
   から」、『パトローネ』67号、2006年10月。
竹本昇「初めての海南島訪問で考えたこと」、崔文子「海南島で 2005年9月」、三重県木本
   で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会『会報』44号、
   2006年11月。
坂口禎彦「中国人慰安婦訴訟・海南島事件」、『軍縮問題資料』、軍縮市民の会・軍縮研究室、
   2006年12月号。
紀州鉱山の真実を明らかにする会制作『《写真集》日本の海南島侵略と抗日反日闘争』写真の会
   パトローネ、2007年2月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島2007年1月 人びとの平和なくらしを、日本軍は
   壊した」、『パトローネ』69号、2007年4月。
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海南島現代史関係論著 4

2007年03月30日 | 海南島近現代史文献・年表
久保雅和「日本軍に占領された島 海南島調査報告記①~④」、『むすぶ』№377、378、380、
   382、ロシナンテ社、2002年5、6、8、10月。
久保雅和「日本軍に占領された海南島調査からの問いかけ」、『立評タイムス』53号、立命評論
   編集部、2002年6月。
林日挙『海南史』吉林人民出版社、2002年7月。
VAWW-NET Japan編『女性国際戦犯法廷の全記録Ⅱ』(日本軍性奴隷制度を裁く 2000年女性
   国際戦犯法廷の記録6)、2002年7月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、斎藤日出治、佐藤正人)「海南島2002年春 海南島
   で日本政府・日本軍・日本企業がおこなった侵略犯罪にかんする「現地調査」報告」、『パトロ
   ーネ』50号、2002年7月。
日置真理子「海南島調査に参加して」、久保雅和「海南島調査に参加して」、三重県木本で虐殺
   された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会『会報』36号、2002年10月。
三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会編刊『紀伊半
   島・海南島の朝鮮人――木本トンネル・紀州鉱山・「朝鮮村」――』2002年11月。
韓国挺身隊研究所『2002年国外居住日本軍‘慰安婦’被害者実態調査』女性部権益企画課、
   2002年12月。
       韓国挺身隊研究所「해남도 조사 보고」。
       金静美・佐藤正人「海南島있어서의 日本軍隊性奴隷制度와 強制連行・強制労働 
      2002年10月海南島「現地調査」報告」。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金静美、佐藤正人)「海南島2002年10月 海南島における日
   本の国家犯罪の共同調査」、『パトローネ』52号、2003年1月。
黎雄峰『海南社会簡史』海南出版社、2003年3月。
日置真理子「海南島 この島で日本軍は何をしたのか1、2」、『むすぶ』№388、ロシナンテ社、
   2003年4月、5月。
金勝一「中国海南島에強制連行된韓国人帰還問題――朝鮮報国隊와慰安婦를中心으로――」、
   『解放後海外韓人의帰還問題研究』国民大学校韓国学研究所、2003年5月。
『해외 독립운동-강제징용 유적지 답사자료집』한일역사공동연구위원회 3분과 5주제 ‘일제
   의 조선지배와 한민족의 대응’ 팀, 일시:2003년7월 16―22일, 장소:중국해남도,  광
   동성 광주。 (『海外独立運動・強制徴用遺跡地 踏査資料集』。2003年7月16―22日、中国
   海南島、廣東省広州)。
隋麗娟「試述日本侵占海南島策略」、『世紀橋』2003年第2期。
紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島2003年春① 60年前の日本軍による虐殺は、きのう
   のこと」、『パトローネ』54号、2003年7月。
馬建「海南回族的歴史來源与社会変遷」、『国立民族学博物館研究報告』28巻2号、2003年
   10月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島2003年春② 1939年2月以後、日本人は、海南島で
   なにをやったか」、『パトローネ』55号、2003年10月。
金靜美「国民国家日本の他地域・他国における暴力――海南島の場合」、『東北亜歴史의 諸問
   題』(南陽洪鍾泌博士定年退任記念論叢)、2003年10月。
金靜美「海南島からの朝鮮人帰還について――植民地国家からの出国、国民国家への帰還」、
   『解放後中国地域韓人の帰還問題研究』、国民大学校韓国学研究所、2003年11月。
鐘翠雅「海南島の聞き取り調査に同伴して」、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・
   相度)の追悼碑を建立する会『会報』38号、2003年11月。
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海南島現代史関係論著 3

2007年03月29日 | 海南島近現代史文献・年表
張興吉・王裕秋「日本軍隊侵占海南島的過程及其影響」、『海南師範学院学報』、2000年。
張興吉・王裕秋「歴史上日本人和海南島的関係」、『海南大学学報』、2000年。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金靜美、佐藤正人、斎藤日出治)「海南島2000年春 朝鮮村・
   后石村・大坡村・羊角嶺水晶鉱山」、『パトローネ』42号、2000年7月。
柴洋子「海南島へつれていかれた盧満妹阿媽の場合」、『FIFTY  YEARS OF SILENCE  50年
   間の沈黙 (台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会 会報)』第6号、2000年11月。
忠北大学校중원文化研究所遺骸発掘센터「中国海南島朝鮮村発掘結果報告」、2001年2月。
金靜美「海南島・「朝鮮村」で 2001年1月」、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・
   相度)の追悼碑を建立する会『会報』33号、2001年3月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会(金靜美、佐藤正人)「海南島2001年1月 海南島駐屯日本海軍
   第16警備隊に虐殺された朝鮮人の遺骨が「発掘」された」、『パトローネ』45号、2001年4月。
우은진「중국 하이난섬(海南島) 의 대학살 발굴현장을 다녀온 후」、『독립기념관 관보』
   독립기념관、2001年4月。
王裕秋「歴史上日本人和海南島的関係」、『海南師範学院学報』、2001年第3期(総第53期)、
   2001年5月。
王裕秋「日本勝間田家族研究」、『日本問題研究』2001年第2期(総第119期)、河北大学《日本問
   題研究》雑誌社、2001年6月。
張興吉・隋麗娟「日本占領海南島時期的日軍軍事機構及兵力沿革研究」、『海南師範学院
   学報』、2001年第1期。
海南省教育庁教研室編『海南歴史』、海南出版社、2001年7月(第5次印刷)。
朱徳蘭編・解説『台湾慰安婦関係資料集』不二出版、2001年8月。
中国人戦争被害賠償請求事件弁護団『返してください、私の名誉を、尊厳を!!(海南島謝罪文
   交付等請求事件)』中国人戦争被害者の要求を支える会、2001年11月28日。
佐藤正人「日本占領下の海南島における朝鮮人虐殺 アジア民衆共同の東アジア近現代史認識
   をめざして」(2001年10月24日、上海での第10次国際歴史教科書学術会議第2主題「亜
   細亜諸国의 歴史教科書에 비친 抗日運動」における報告)。『亜細亜諸国의 歴史教科書에
   비친 抗日運動』国際教科書研究所、2001年12月。
水野明「海南島における植民地教育政策」、『愛知学院大学 教養部紀要』49巻1号、2001年。
水野明「日本海軍の海南島占領支配 1939年~1945年(一)」、『愛知学院大学 教養部紀要』
   49巻2号、2001年。
水野明「日本海軍の海南島占領支配 1939年~1945年(二)」、『愛知学院大学 教養部紀要』
   49巻3号、2002年。
胡海英「海南瓊北慰安婦調査」、中国社会科学院近代史研究所近代史資料編輯部編『近代史
   資料』中国社会科学出版社、2002年3月。
張興吉「論海南淪陥時期的日本占領政策」、『日本学論壇』、2002年第2期。
隋麗娟・張興吉「台湾総督府在日本侵占海南島時期“海南島開発”中的作用」、『中国辺彊
   史地研究』2002年第4期。
VAWW-NET Japan編『女性国際戦犯法廷の全記録Ⅰ』(日本軍性奴隷制度を裁く 2000年女性
   国際戦犯法廷の記録5)、2002年5月。
朱徳蘭「1939~1945年日占海南下的皇軍慰安婦」、『人文学報』第25期、中央大学文学院、
   2002年6月。
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海南島現代史関係論著 2

2007年03月28日 | 海南島近現代史文献・年表
佐藤正人「日本の国境と「周辺」の歴史 日本人はクナシリ・与那国・独島・海南島でなにを
   したか」、日本の侵略の歴史を知るわかやまの会『第二周年活動報告集』1999年6月。
陳貽僑「文昌市羅豆農場秀田村歴史惨案記実」、『海南陳氏譜』第二巻 秀田村分冊、1999年。
譚玉蓮口述、張応勇整理「幸存女人的経歴」1999年筆。
陳金玉口述、張応勇整理「陳金玉的遭遇」1999年筆。
張応勇「関于“慰安婦”資料的来源」1999年6月筆。
藤原彰「海南島における日本海軍の「三光作戦」」『戦争責任研究』24、1999年6月。
相沢淳「太平洋上の「満州事変」? 日本海軍による海南島占領・統治」、『防衛研究所紀要』
   1999年6月。
朱徳蘭編『台湾慰安婦調査と研究資料集』中央研究院中山人文社会科学研究所、1999年7月。
金靜美「일본점령하 중국海南島에서의 강제노동」、朴慶植先生追悼論文集『近現代韓日
   関係와 在日同胞』、ソウル大学校出版部、1999年8月。「日本占領下の海南島における
   強制労働――強制連行・強制労働の歴史の総体的把握のために――」①・②、『戦争責任
   研究』27・28、日本の戦争責任資料センター、2000年3月・6月。
佐藤正人「国民国家日本의 領土와  “周辺”」、朴慶植先生追悼論文集『近現代韓日関係와
   在日同胞』。
韓国挺身隊研究所・韓国挺身隊対策協議会編『강제로 끌려간 조선인 군위안부들(強制的に
   つれていかれた朝鮮人軍慰安婦)3、図書出版한을(서을)、1999年10月。
蘇智良『日軍性奴隷――中国“慰安婦”真相』人民出版社、2000年2月。
相沢淳「海軍の海南島占領決定経緯」、『海軍史研究』5、総和社、2000年3月。
金靜美「海南島の場合(とくに「朝鮮村」と「朝鮮報国隊」について)」(2000年5月24日、ソウルでの
   第9次国際歴史教科書学術会議第3主題「日本에 있어서의 過去清算問題」における報告
   (「日帝期의 強制連行 問題에 関하여」のなかで)。『各国의 歴史教科書에 비친 過去清算
   問題』国際教科書研究所、2000年5月。
斎藤日出治「海南島での聞き取り調査」、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・
   相度)の追悼碑を建立する会『会報』32号、2000年10月。
田川定男『激流に生きる』文芸社、2000年10月。
胡茂震「亜扁婆花季時節悲惨的“慰安婦”遭遇」、2000年11月16日筆。
蘇智良・榮維木・陳麗菲主編『滔天罪孽 二戦時期的日軍“慰安婦”制度』学林出版社、2000年
   11月。
VAWW-NET Japan編『「慰安婦」戦時性暴力の実態Ⅰ 日本・台湾・朝鮮編』(日本軍性奴隷制度
   を裁く 2000年女性国際戦犯法廷の記録3)、緑風出版、2000年11月。
VAWW-NET Japan編『「慰安婦」戦時性暴力の実態Ⅱ 中国・東南アジア・太平洋編』(日本軍
   性奴隷制度を裁く 2000年女性国際戦犯法廷の記録4)、2000年12月。
西野瑠美子「置き去りにされてきた日本人「慰安婦」 誰が誰によりどう移送されたか――海南島
   の場合」、『世界』2000年12月号、岩波書店。
三亜市茘枝溝鎭人民政府「千人坑簡介」、2000年1月8日。
張興吉・王裕秋「略論日本占領海南島時期的経済政策及其活動」(原題:「日本侵占海南時期的
   経済“開発”政策及活動」)、『海南大学学報(人文社会科学版)』第18巻第1期、2000年
   3月。
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海南島現代史関係論著 1

2007年03月27日 | 海南島近現代史文献・年表
江川きく(中里チヨ)「撃沈」、医療文芸集団『白の墓碑銘』東邦出版社、1968年6月。
河野司編著『海南島石碌鉄山開発誌』石碌鉄山開発誌刊行会、1974年。
防衛庁防衛研修所戦史室編『中国方面海軍作戦〈2〉――1938年4月以降――』朝雲出版社、
   1975年。
長岡新次郎「日中戦争における海南島の占領」、『南方文化』5、天理南方文化研究会、1978年。
太田弘毅「海軍南方占領地行政に従事せし文官――その人数と 配置――」、『日本歴史』369、
   1979年2月。
『三亜航空基地』三亜空戦友会事務局、1980年11月。
太田弘毅「戦前海南島における日本海軍の統治組織」、『アジア文化』7、アジア文化総合研
   究所、1982年。
太田弘毅「海南島における海軍の産業開発」、『政治経済史学』199、政治経済史学会、1982年
   9月。
太田弘毅「海軍の海南島統治について」、『史滴』4、早稲田大学東洋史研究室、1983年。
《海南鉄礦誌》編輯委員会編『海南鉄砿誌 1939ー1983』1984年。
鈴木正崇『中国南部少数民族誌:海南島・雲南・貴州』三和書店、1985年8月。
八所港務局《港史》編写組編『八所海港史』海南人民出版社、1987年。
相沢淳「海軍良識派と南進――海南島進出問題を中心にして」、『軍事史学』、1990年3月。
岡本達明・松崎次夫編『聞書水俣民衆史 五 植民地は天国だった』草風館、1990年。
吉田昭彦「海南島攻略作戦と海軍の南進意図」、軍事史学会編『軍事史学』錦正社、1992年
   3月。
江口圭一「日中戦争期海南島のアヘン生産」、『愛知大学国際問題研究所紀要』97、1992年
   9月。
韓海京主編、張書裔・温先評副主編『海南島歴史貨幣』中国金融出版社、1992年。
玉城素他『産業の昭和社会史』12(土木)、日本経済評論社、1993年。
神章吉・土屋実「中国 海南島 石碌鉄山開発と八所港建設の大要」、『港湾』70号、日本港湾
   協会、1993年2月。
小林英夫『日本軍政下のアジア――「大東亜共栄圏」と軍票――』岩波書店、1993年11月。
徐冰・曹燕「掠奪瓊崖鉄砿」、中共中央党史研究室科研管理部編『日軍侵華罪行紀実(1931
   -1945)、中共党史出版社、1995年9月。
疋田康行編著『「南方共栄圏」 ――戦時日本の東南アジア経済支配――』多賀出版、1995年。
符和積「世界婦女史上惨痛的一頁――侵瓊日軍推行軍妓制度罪行述析」、『海南師範学報』
   1996年第3期。
西野瑠美子「私が看た海南島海軍病院の「慰安婦」たち 元海軍従軍看護婦の体験」、
   『週刊 金曜日』1997年5月23日号。
李琳「日本占領海南及其対資源的開発和掠奪」、『海南大学学報 社会科学版』第15巻第2期、、
   1997年6月。
中国史学会・中国社会科学院近代史研究所編『抗日戦争』四川大学出版社、1997年6月。
紀州鉱山の真実を明らかにする会「海南島1998年夏 田独万人坑・石碌万人坑・八所万人坑・
   朝鮮村」、『パトローネ』35号、写真の会パトローネ、1998年10月。
金智媛「海南島でのこと」、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の
   追悼碑を建立する会『会報』28号、1998年10月。
金靜美「侵略の共同体と抵抗の共同体――故郷と他郷のかなたに」、『ほるもん文化』8、
   新幹社、1998年12月。
佐藤正人「日本の海南島侵略と強制連行・強制労働」、第9回朝鮮人・中国人強制連行・強制
   労働を考える交流集会実行委員会編刊『報告集』1999年4月。
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海南島抗日反日闘争文献 2

2007年03月26日 | 海南島近現代史文献・年表
政協陵水黎族自治県委員会文史学習委員会編『陵水文史』7(日軍侵陵暴行実録)、1995年
  2月。
文若谷「昌感抗日民族統一戦線的形成与発展」、中国人民政治協商会議海南省東方黎族自治
  県委員会文史組編『東方文史』第9輯、1995年3月。
呉以懐「在敵占区工作日子里」、『東方文史』第9輯。
戴澤運「日軍在昌咸若干暴行記述」、『東方文史』第9輯。
雷鐸・曹柯・謝岳雄『南粤之剣 ――粤海抗戦実録』(中国抗日戦争紀実叢書)、解放軍文
  芸出版社、1995年7月。
万寧県政協文史弁公室編『 鉄蹄下的血泪仇(日軍侵万暴行史料専輯)』1995年7月。
政協海南省瓊中黎族苗族自治県委員会文史組編『瓊中境域日軍暴行実録』1995年7月。
海南省政治協商会議文史資料委員会『鉄蹄下的腥風血雨――日軍侵瓊暴行実録』上下、
  1995年8月。
中国人民政治協商会議三亜市委員会編『日軍侵崖暴行実録』(紀念中国人民抗日戦争勝利
  50周年)、1995年8月。
政協楽東黎族自治県文史委員会編著『血泪烽烟(紀念抗日戦争勝利50周年専輯)』1995年
  8月。
政協保亭黎族苗族自治県委員会文史資料工作委員会編『保亭文史』9(紀念抗日戦争勝利
  50周年)、1995年8月。
中国人民政治協商会議海口市委員会文史資料研究委員会編『海口文史資料』11(抗日戦争
  時期専集)、1995年8月。
中共海南省委党史研究室編『瓊崖抗日英雄譜』海南出版社、1995年8月。
黄玉梅「瓊崖女性熱血豊碑――浅析抗日戦争時期瓊崖婦女運動的歴史地位」、『海南史志』
  1995年第3期、1995年8月。
王善功・班石「石山抗日闘争与日軍暴行」、『海南史志』1995年第3期。
瓊海市政協文史資料研究委員会編『瓊海文史』6(日軍暴行録専輯)、1995年9月。
海南省儋州市政協文史資料委員会編『儋州文史』8(儋県抗日史料専輯)、1995年9月。
海南省瓊山市政協文史資料委員会編『侵略与反抗(紀念抗日戦争勝利50周年専輯)』1995年
  10月。
政協陵水黎族自治県委員会文史学習委員会編『陵水文史』8(陵水抗日史料専輯)、1995年
  11月。
政協臨高県文史資料研究委員会編『臨高文史』10(日本侵臨暴行史料専輯)、1995年12月。
政協白沙黎族自治県委員会文史資料委員会編『白沙文史』8(日軍侵白暴行史料専輯)、
  1995年12月。
澄邁県政協文史資料委員会編『日軍侵澄暴行実録』1995年。
海南省政協文史資料委員会編『鉄蹄下的腥風血雨――日軍侵瓊暴行実録』続、1996年8月。
中共海南省委宣伝部・海南省社会科学界聯合会・中共海南省委党史研究室編『不朽的
  豊碑――紀念抗日戦争勝利50周年論文選』中共党史出版社、1996年12月。
政協海南省昌江黎族自治県委員会文史資料組編『昌江文史』6(暴行与反暴行専輯) 、
  1997年1月。
邢益森「抗日戦争時期日寇的経済侵略和瓊崖人民的反経済掠奪闘争」、『海南史志』
  1997年第2期、1997年3月。
中国抗日戦争史学会・中国人民抗日戦争記念館編『少数民族与抗日戦争』北京出版社、
  1997年6月。
方克『生命之旅』中華工商聯合出版社、1999年2月。
程昭星・邢詒孔著、中共海南省委党史研究室編『黎族人民闘争史』民族出版社、1999年
  3月。
中共瓊山市委党史研究室編『瓊山革命豊碑』東西文化事業公司、1999年7月。
李学山執筆整理『鉄血丹心献瓊崖 張開泰在他的那個年代里』天馬図書、2002年4月。
中共海南省委党史研究室編『海南英烈譜』海南出版社、2000年12月。
海南省軍事志領導小組辧公室編『海南戦事100例(1829~1988)』南方出版社、2004年6月。
海南省政協文史資料委員会編『海南文史資料』20(紀念中国人民抗日戦争曁世界反法西斯
  戦争勝利60周年) 2005年8月。
中共万寧市委党史研究室編『万寧革命闘争史研究』2006年3月。
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海南島抗日反日闘争文献 1

2007年03月25日 | 海南島近現代史文献・年表
梁秉謳「日冦攻陥海南前后」、『広東党史資料』第2輯、1961年9月。
張家倬「抗戦勝利后海南島劫収記」、『広州文史資料』第19輯、1965年4月。
瓊島星火編輯部『瓊島星火』1~23、1980年~1997年。
      12:『白沙起義専輯』。20:『紅色交通線専輯』。21:『瓊崖革命根拠地』。23:『紀念
     瓊崖縦隊成立七十周年専輯』。
龔日泉「日本鉄蹄下的南鵬島」、『広州文史資料』第21輯、1980年12月。
馮安全「海南革命闘争親歴記」、『広州文史資料』第30輯、1981年4月。
「抗日戦争和黎族人民的白沙起義」、《黎族簡史》編写組『黎族簡史』広東人民出版社、1982年
   5月。
中共昌江県委党史辧公室編『中共昌江党史大事記』1985年5月。
中共文昌県委党史資料征集研究領導辧公室編『紀念抗日戦争勝利四十周年専刊』1985年。
中共文昌県委党史資料征集研究領導辧公室編『文昌党史資料』第五集、1985年11月。
中共文昌県委党史資料征集研究領導小組辧公室編『文昌党史資料』第六集、1986年3月。
中共文昌県委党史辧公室編『文昌党史資料』第七集(総第八集)、1989年11月。
陳永階編『瓊崖革命先駆者文集(海南島党史資料)』瓊島星光編集部出版、1985年9月。
張世英「瓊従挺進支隊」、『広東党史資料』第7輯、1986年2月。
黄富和『六連嶺革命根拠地闘争史話』政協万寧県委員会文史資料研究委員会、1986年7月。
瓊崖武装闘争史辧公室編『瓊崖従隊史』広東人民出版社、1986年9月。
中共広東省委党史資料征集委員会・中共広東省海南行政区委員会党史公室編『瓊崖抗日
   闘争史料専編』広東省内部刊行物、1986年10月。
星火燎原編輯部編『星火燎原叢書』3(海南島革命闘争専輯)、解放軍出版社、1987年5月。
中共昌江県委党史辧公室編『昌江革命史料』第三集、1987年5月。
中共昌江県委党史辧公室編『昌江革命史料』第四集、1987年11月。
郭克承整理「抗戦前后七差峒黎族奥雅唐亜梅」、政協広東省昌江県委員会文史資料組編『昌江
   文史』2、1987年9月。
中共文昌県委党史辧編『文昌人民革命史』海南人民出版社、1988年9月。
海南財政経済史編写組編著『瓊崖革命根拠地財政経済史』中国財政経済出版社(北京)、
   1988年11月。
中共海南区党委党史辧公室編『南天一柱 懐念馮白駒将軍』海南人民出版社、1989年9月。
中共海南省委党史研究室・海南省民政庁編『瓊崖英烈伝』第一輯~第四輯、三環出版社、
   1989年8月、1990年3月、1991年6月、1992年8月。
「海南島各族人民的抗日闘争和抗日根拠地」、『中国少数民族革命運動史』四川民族出版社、
   1990年。
中共瓊海県委党史辧公室編『瓊海革命闘争史』三環出版社、1990年5月。
黄大光口述「回憶襲撃日寇的几次戦闘」、中国人民政治協商会議海南省通什市委員会文史
   資料委員会編『通什文史』第1輯、1990年4月。
南陽革命史話編写組編『南陽革命史話』瓊島星光編集部出版、1991年。
昌江黎族自治県地方志編纂委員会編『昌江二千年事記』南海出版公司、1992年1月。
中共文昌県委党史研究室編『文昌党史資料』(民主革命時期史料選集編専輯)、1991年4月。
中共文昌県委党史研究室編『文昌党史資料 文昌英魂』1993年4月。
中共昌江県委党史研究室著『昌江革命史』海南出版社、1994年7月。
中共海南省委党史研究室・海南省中共党史学会編『瓊崖革命研究論文選』中共党史出版社、
   1994年10月。
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写真集『日本の海南島侵略と抗日反日闘争』細目次 13

2007年03月24日 | 写真集

96、生還した人たち
    Aさん(1917年生) 1998年10に亡くなられた
    表台さん(1922年生) 2005年12月に亡くなられた
    柳濟敬さん(1917年生) 「治安維持法違反」で投獄、「第1次朝鮮報国隊」に
    生還できた「朝鮮報国隊」の人びとの名簿から(「京城刑務所假出獄関係書類」)
97、生還した人たち
    高福男さん(1917年生)
    高福男さんが描いたコッケンイ(つるはし)
  戻れなかった人たち
    朴聖南さん 「治安維持法違反」で投獄 海南島に
    朴聖南さんの「不在者確認申請書」
    「発掘現場」を訪れた朴聖南さんのむすこさんたち
    金慶俊さん(1915年生) 石碌で死亡
    金慶俊さんの戸籍簿(部分)
    金慶俊さんの甥、金忠孝さん(1936年生)
98~99、「朝鮮報国隊」関係文書・写真ほか
    「第2次朝鮮報国隊」の「京城刑務所」での「検閲式」
    「第5次朝鮮報国隊」の看守たち
    『治刑』(朝鮮総督府法務局行刑課内治刑協会発行)より
    『第86回官房、学務、法務、警務帝国議会説明資料』(1944年12月、朝鮮総督府)
    Pさんの証言
    衣笠一『海南島派遣の朝鮮報国隊始末記』
    衣笠一氏の手記
    「臨時陸軍(軍属)届」
      「朝鮮報国隊」の朝鮮人看守が海南島で陸軍軍属として「現地召集」されたこともあった
    第7次「朝鮮報国隊」の看守たちの名簿
    龍起義さん(1826年生)  「朝鮮報国隊」宿舎跡まえで
    「朝鮮報国隊」 龍起義さんが記憶していて書いた文字
100、総論 海南島での日本の侵略犯罪の真相究明   証言(ことば)・もの・「場」・記録
112、【年表】国民国家日本の海南島侵略史
113、【史料・資料・文献】海南島現代史
122、紀州鉱山の真実を明らかにする会のあゆみ
124、詳細目次
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写真集『日本の海南島侵略と抗日反日闘争』細目次 12

2007年03月23日 | 写真集
86、「朝鮮村虐殺」  「朝鮮村」遠景
87、「朝鮮村」1998年6月 ここに朝鮮人がながいあいだ埋められてきた
  「朝鮮村発掘」1998年7月
    「発掘」現場
    埋められていた人たち
88、「朝鮮村発掘」2001年1月
  「発掘」現場
    埋められていた人たち
    鉄片がささった頭蓋骨
    遺骨のそばから出てきた「軍隊手帳」
89、2001年の「発掘」ののち
    展示館
    展示館内の風化しつつある遺骨
    遺骨館
    砕かれ、壷に入れられている遺骨
    骨を砕いたうすと杵
    弾痕と思われる穴がある頭蓋骨 砕かれてしまった
90、「朝鮮報国隊」の人たちが着せられていたのは青い服
    遺骨とともに土中にあった青い布
    白いボタン
    鉄の輪
    くぎ
     金歯
    針と針箱
    「朝鮮村」の酸梅樹  同様の樹に朝鮮人が吊り下げられたという
91、「朝鮮村試掘」2006年5月
    「試掘」現場
92~93、虐殺を目撃した「朝鮮村」の人たち
    周学韓さん(1935年生)
    朝鮮人が作らされた道に立って退避壕の場所を示す周学勤さん
    符亜輪さん(1916年生)
    符亜参さん(1918年生)と周亜細さん(1922年生)
    苦命草をもつ符亜参さん
    林瑞章さん(1934年生)
    蘇亜呑さん(1914年生)
    林吉亜さん(1924年生)
    中村地図
    中村の洞窟
94~95、「朝鮮報国隊」の軌跡
  「朝鮮報国隊」強制労働現場位置図
  三亜飛行場
    「朝鮮報国隊」の宿舎跡
    三亜飛行場の排水路 「朝鮮報国隊」がつくらされた
    「朝鮮報国隊」を目撃した哈秉堯さん(1921年生)
    「朝鮮報国隊」を目撃した宋周生さん(1929年生)
    「朝鮮報国隊」を目撃した海經杰さん(1934年生)
    「朝鮮報国隊」を目撃した高振武さん(1936年生)
  三亜中山路
    「朝鮮報国隊」を目撃した馬霖さん(1916年生)
  感恩鉄橋
    「朝鮮報国隊」を目撃した呉日文さん(1931年生)
    「朝鮮報国隊」を目撃した蘇諠芬さん(1923年生)
  石碌鉱山・
    「朝鮮報国隊」を目撃した白川さん(1921年生)
    「朝鮮報国隊」を目撃した向全さん(1917年生)
    「朝鮮報国隊」を目撃した張達雄さん(1922年生)
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写真集『日本の海南島侵略と抗日反日闘争』細目次 11

2007年03月22日 | 写真集
77、日本軍隊性奴隷制
  2006年8月30日、東京地方裁判所に入場する原告と弁護団と支援者
78、海口
    「慰安所」があった中山路
    「慰安所」として使われた建物
    「慰安所」から見えたという時計台
    黄礼分さん(1922年生)
  那大(現、儋州)
    「慰安所」の跡地
    林良さん(1923年生)
79、新盈
    新盈紅民南街の「慰安所」建物として使われた A 2002年4月撮影
    新盈紅民南街の「慰安所」として使われた建物 A 2002年10月撮影
    新盈紅民南街の「慰安所」として使われた建物 B
    新盈紅民南街の「慰安所」前の舗道
    陳偉さん(1926年生)
    林吉蘇さん(1925年生)
80、加来
    「慰安所」跡
    加来派遣隊司令部として使われていた建物
    弥発晨さん(1934年生)
  石碌
    「慰安所」として使われた建物
  北黎
    「慰安所」跡  樹の下に礎石だけが残っていた
    「慰安所」として使われた建物
81、崖県
    「慰安所」として使われた建物(「華南庄」)の一部
    朝鮮人女性が入れられていた「慰安所」として使われた建物
    朝安さん(1927年生)
    日本軍が奪って「慰安所」とした家
    当時の井戸跡
    趙述顔さん(1931年生)
    「慰安所」があった街路
    日本軍司令部があった場所
82、陵水
    「慰安所」として使われた建物
    当時のままの裏階段
    二階部分
    「慰安所」で仕事をしていた王亜交さん(1922年生)
  会文
    「慰安所」として使われていた建物 
    会文守備隊本部だった建物
    馮惟書さん(1934年生)
83、三亜
    紅沙の「慰安所」跡
    紅沙の「慰安所」の瓦
    朴来順さんの墓碑(保亭)
    朴来順さんの故郷(朝鮮慶尚南道咸安)
    朴来順さん(1942年2月海口で)
    朴来順さん(1993年8月保亭で)
84~85、海南島の女性 日本政府を告発
    原告が日本国に要求している謝罪文と謝罪広告
    当事者目録
    東京地方裁判所前の林亜金さんと証人張応勇さん(2005年3月)
    林亜金さんの故郷
    黄玉鳳さんの家
    玉民さんの村 
    玉民さんを囲んで
    陳金玉さんを囲んで
    陳亜扁さんから自宅で話しを聞く
    陳亜娘さん
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