三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「韓国海軍「海上自衛隊の観艦式不参加は遺憾…両国の友好増進は持続」」

2018年10月07日 | 国民国家日本の侵略犯罪
https://japanese.joins.com/article/831/245831.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2018年10月06日10時21分
■韓国海軍「海上自衛隊の観艦式不参加は遺憾…両国の友好増進は持続」
 旭日旗の掲揚をめぐり韓国と葛藤が生じていた日本が10日の「2018大韓民国海軍国際観艦式」に海上自衛隊艦艇を派遣しないことを決めた中、韓国海軍は遺憾の立場を表しながらも両国間の関係に影響があってはならないと強調した。
 韓国海軍は5日、資料「2018大韓民国海軍国際観艦式への日海上自衛隊艦艇参加に関連する海軍の立場」で「日本側から『韓国海軍が通知した原則(マストに自国旗と太極旗掲揚)を尊重するが、自国法令に基づき海上自衛隊旗も共に掲揚するしかない』と説明した」と明らかにした。
 続いて「日本海上自衛隊は自国の法令と国際慣例に基づいたこうした立場が受け入れられなければ、今回の観艦式には日本艦艇は参加できないという立場を明らかにした」と伝えた。
 ある海軍関係者は「海軍は世界海軍間の平和と和合のための今回の国際観艦式に日本海上自衛隊艦艇が参加できなくなったことについて遺憾に思う」とし「両国海軍間の軍事交流と友好増進は持続させていく」と述べた。


http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/1491357/1
「東亞日報」 October. 06, 2018 08:57
■「旭日旗は降ろせない」 日本海上自衛隊が済州観艦式に不参加へ
 済州(チェジュ)民軍複合型観光美港(済州海軍基地)で開かれる「2018大韓民国海軍国際観艦式」(10~14日)に日本の海上自衛隊の艦艇が参加しない模様だ。
 5日、軍消息筋によると、日本は海自の象徴である旭日旗を掲げられないなら、参加を見送る方針を韓国側に通知した。ただ、観艦式期間に開かれる西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)には、海自の幹部など代表団を派遣できると伝えた。
 これに先立ち、海軍と政府は日本を含め済州観艦式に参加する各国の海軍艦艇に自国国旗と韓国国旗だけを揚げるよう要請した。韓国の国民感情を考慮して、日本の軍国主義の象徴である旭日期の掲揚自粛を求める措置だった。
 しかし、日本は拒否の意思を明らかにした。自衛隊制服組トップの河野克俊統合幕僚長は4日、記者会見で、「自衛艦旗は海上自衛官の誇りだ。降ろすことは絶対にない」と述べた。自衛隊トップが旭日期の掲揚に対して言及したのは初めて。これに先立ち2日に就任した岩屋毅防衛相も、「自衛艦旗は自衛隊法などの国内法令で掲揚が義務づけられている。国際法上も国の軍隊に所属する船舶であることを示す『外部標識』に該当する」と見送りの理由を説明した。
 観艦式を開催する海軍は、旭日期問題が両国の感情対立を越えて外交問題に拡大する兆しを見せ、困惑している。海軍と政府は、観艦式開催直前まで日本を説得する方針だが、日本が韓国側の要請を受け入れる可能性は低いという見方が多い。
 軍関係者は、「国際的な軍事交流・協力の行事が韓日間の対立の場に飛び火しないよう日本が大乗的次元で決断をすることを望む」と話した。
     国防部共同取材団 東京=キム・ボムソク特派員 ユン・サンホ記者


http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/10/06/2018100600385.html
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/10/06/2018100600385_2.html
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/10/06/2018100600385_3.html
「朝鮮日報日本語版」 2018/10/06 08:25
■旭日旗自粛要請を拒否、日本が済州島観艦式参加中止
 10日から14日まで済州海軍基地で行われる「2018大韓民国海軍国際観艦式」で、日本の海上自衛隊の艦艇に対して、自衛艦旗である『旭日旗』(きょくじつき)を掲揚しないよう求めた韓国の要請を日本が拒否し、参加しないことを正式に発表した。
 日本の岩屋毅防衛相は5日、緊急記者会見を開き、「(海上自衛隊の)自衛艦旗の掲揚は(1950年代から)半世紀以上にわたって行っており、国際的な慣行として確立している」「極めて遺憾だ」と述べた。韓国海軍は観艦式で、日本の艦艇がかつての軍国主義の象徴である旭日旗の代わりに日章旗(日の丸)と太極旗(韓国国旗)を一緒に掲揚して参加するよう要請したが、日本は旭日旗の掲揚に固執していた。日本政府が観艦式不参加の通知にとどまらず、防衛相が出てきて記者会見をしたのは異例のことだ。韓国海軍も同日、遺憾の意を表明した。
 今回の国際観艦式には、米国・中国・ロシアなど海外14カ国の艦艇が参加する予定だった。韓国は1998年から10年ごとに国際観艦式を開催してきたが、日本は過去2回の観艦式で旭日旗を掲げて参加した。当時は問題にならなかったが、韓日関係が悪化するにつれて日本の艦艇が韓国国内に入るたびに旭日旗を掲揚するかどうかが騒動になっていた。今回の済州島での国際観艦式に参加を決めていた日本の艦艇は駆逐艦1隻だった。日本の艦艇は艦首に旭日旗1旒(りゅう)を掲揚する予定だった。これが慰安婦問題などに触発された国内の反日感情を刺激した。米中露など韓半島(朝鮮半島)周辺主要当事国すべての艦艇が済州島での観艦式参加を決めた中、結果的に旭日旗掲揚問題は日本の不参加につながった。「今回の確執は北朝鮮の核危機という局面で造成された韓日または韓米間の安保協力の亀裂につながるだろう」という見方もある。
 韓国海軍が先月、「旭日旗の代わりに日章旗と太極旗を掲揚してほしい」と要請すると、日本の防衛相は「自衛艦旗(旭日旗)の掲揚は国内法令上の義務」「当然掲げる」と述べていた。自衛隊の河野克俊・統合幕僚長は4日、「自衛艦旗はわれわれの誇りであり、降ろして行くことは絶対ない」と語った。韓国海軍は5日午前、日本側に「独島艦を左乗艦にせよ」という国民世論を伝えたという。事実、軍当局はこれを検討していたことが分かった。左乗艦とは、大統領や軍首脳部が乗船して海上査閲をする艦艇のことだ。現在の左乗艦は次期揚陸艦である天子峰艦で、大型揚陸艦の独島艦には国民査閲団が乗る予定だ。海上査閲は、参加艦艇が左乗艦を通り過ぎる時、乗組員たちが敬礼するという方式で行われる。独島艦が左乗艦になれば、自衛隊員たちは日本が自国の領土だと主張している独島(日本名:竹島)の名が付いた艦艇に敬礼しなければならない。日本が同日午後、観艦式不参加の意向を表明したのも、これと無関係でないと見られている。
 軍関係者は「艦艇は動く領土であり、治外法権地域なので、旭日旗を掲揚するなと強制するのは難しい。韓国で開催される祭りであり、親善交流行事なのに、日本が韓国の立場を全く理解しない姿勢を見せたのは残念だ」と言った。また、旭日旗掲揚問題を日本政府が国内政治に利用しようとしているとの指摘もある。安倍晋三首相はこのところ、自衛隊の憲法明記問題を目指して再び動き始めている。
 外交関係者の間では、慰安婦などの歴史問題で深刻化している韓日の確執が国際観艦式にも広がったと解釈されている。日本のメディアは旭日旗掲揚自制要請に対して、日本の自衛隊関係者の話として、「非常識であり、礼を欠く行為」と報道した。これに対して、韓国政界は「非常識で傍若無人」「礼を欠くのは日本だ」と批判した。
 軍消息筋は「今回の旭日旗掲揚問題は今後の韓日軍事分野協力にも影響を与える可能性がある」と言った。今回の件をきっかけに、日本の艦艇の韓国入港そのものが難しくなったという見方も出ている。定例的に実施される韓日、韓米日海上訓練でも旭日旗掲揚が問題になる可能性がある。
 今回の旭日旗問題には北朝鮮も飛び入りした。北朝鮮の対韓国宣伝メディア「我が民族同士」は同日、「南朝鮮当局は卑屈に日本の反動たちに旭日旗掲揚を自制してほしいと要請するのではなく、民心の強力な要求通り、断固許してはならない」と報じた。韓国軍関係者は「北朝鮮には韓日・韓米日軍事協力に亀裂を入れようとの意図がある」と分析した。
 ある日本関連の専門家は「韓国では旭日旗が『日本の帝国主義時代の戦犯旗』と呼ばれ、軍国主義の象徴とされているが、日本ではそのように認識していない」と話す。日本の学校で日の丸掲揚や君が代斉唱を義務付けることに批判的な朝日新聞も、社旗には旭日旗の図柄を取り入れている。
 日本は11日に行われる海上査閲式の本行事には艦艇を派遣しないが、12日に観艦式の一環として行われる西太平洋海軍シンポジウムには自衛隊の代表団を派遣するとのことだ。
     東京=李河遠(イ・ハウォン)特派員 , チョン・ヒョンソク記者


http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/10/06/2018100600425.html
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/10/06/2018100600425_2.html
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/10/06/2018100600425_3.html
「朝鮮日報日本語版」 2018/10/06 08:28
■なぜ今になって韓国は旭日旗に怒っているのか  戦争の象徴か、自衛隊の象徴か
 「戦犯旗を掲げた日本の軍艦が済州港に入港することは容認できない」。
 今月10日から済州民軍複合観光美港(済州海軍基地)で開かれる「2018大韓民国海軍観艦式」に、日本の海上自衛隊の艦船がいわゆる旭日旗という海上自衛隊の旗(自衛艦旗)を掲げてやって来るというニュースが知れ渡ると、韓国国内では反発の世論が大きくなっている。韓国や中国など日本に侵略された国々にとって、旭日旗は日本帝国主義の象徴と認識されているからだ。一部の市民団体や元従軍慰安婦らが公に日本を批判し、旭日旗を降ろして入港するよう要求した。この問題が話題になると、今月2日には与党「共に民主党」の李錫玄(イ・ソクヒョン)議員が、旭日旗を掲揚した船舶が韓国領海に入るのを認めないことなどを盛り込んだ旭日旗禁止法案3件を代表発議した。観艦式の主催者である韓国海軍も手を貸した。観艦式に参加する14カ国に「参加する艦船に自国の国旗と太極旗(韓国の国旗)を掲揚して欲しい」と要請し、日本にも「韓国国民の感情を考慮して欲しい」という趣旨の立場を伝えた。結局、日本は5日、観艦式に参加しないと韓国海軍に通知した。論争が大きくなると、ソーシャルメディアでは「旭日旗は戦犯旗ではないのに、韓国だけが過剰に反発している」という反論まで出てきている。

(1)戦犯旗とは何か
 戦犯旗とは通称、侵略戦争を起こした犯罪者を意味する「戦犯」と、「旗」の字を合わせた単語だ。国立国語院によると、戦犯旗は韓国の標準国語大辞典に正式登録された単語ではない。ここ10年の間に韓国国内で作り出された新造語とみられる。また、法的・学術的に通用する概念でもない。国会図書館の所蔵資料中、戦犯旗に言及した韓国の学術論文は「0件」だ。戦犯旗という単語がメディアに登場し始めたのは2012年ごろ。それ以前は、韓国国内はもちろん戦犯国だった日本のメディアでも、戦犯旗という言葉が使われたケースはない。ヒトを指す「戦犯」という単語に、モノである「旗」を意味する言葉をくっつけるのは、語法の上では正しくないという指摘もある。
 旗を特定したものではないが、戦犯が使う象徴物を法律で禁止した代表的なケースがドイツだ。第2次世界大戦の主犯だったナチスの象徴「ハーケンクロイツ」の模様を旗や服などに使った場合、3年以下の懲役または罰金刑に処される。日本では、旭日旗の使用に対する処罰は特に行っていない。

(2)自衛隊の艦船はなぜ旭日旗を掲揚するのか
 旭日旗は自衛隊の象徴だ。世界各国の軍隊は、自国の国籍旗とは別に、軍隊を代表する象徴が入った軍旗を掲げる。明治維新期の1870年に日本陸軍が創設された際、旭日旗を軍旗として採択し、それが現在まで続いている。一部には、この旗は「昇天旗」であって日本帝国主義を意味するという主張もあるが、戦中・戦後を通して、日本でそのように呼んだという証拠はない。旭日旗の原型は、江戸時代から使われている、いわゆる朝日の模様だというのが定説だ。これは赤い太陽から伸びる陽光を形象化したもので、出産・豊作・豊漁などを祈願する意味を込めたものだった。「旭日」を日本語で訓読みすると「あさひ」だ。朝日の模様は、軍隊だけでなく民間でも広く使われている。日本の代表的な革新系メディア、朝日新聞社のロゴもこの模様を応用したものだ。
 軍艦の軍旗掲揚は国際法に基づく義務的な措置だ。国連海洋法条約は、軍艦が航行する間、国籍を識別できる旗を掲揚することを義務として定めている。韓国海軍もまた、それに従って海軍旗を掲揚する。観艦式のような各国海軍の艦艇が集まる行事でも、軍旗の掲揚は慣行だった。今回に先立ち、1988年と2008年に韓国で行われた観艦式において、海上自衛隊の艦船は旭日旗を掲げて参加した。ただし中国は、2014年に青島で観艦式を主催した際、当初から日本を招かなかった。

(3)旭日旗、なぜ今問題になっているのか
 旭日旗のイメージは、軍旗として使われる前から民間で吉兆と考えられ、使われてきたものだ。今でも日本では、帝国主義の称揚とは全く関係ない流れでひんぱんに使われている。だが周辺国では、旭日旗だけでなく、それを借用したイメージまで全て戦犯旗や帝国主義と関連付けて認識している。ドイツではヒトラーやナチス勢力の大部分が民間政治家だったが、日本では、東条英機など主な戦犯はおおむね軍の将官出身あるいは現役軍人だった。旭日旗は1945年の日本の敗戦後、軍隊が解散したことで姿を消した。しかし54年に日米安全保障条約、すなわち日米同盟が締結される中で自衛隊が創設された際、旭日旗も一緒に復活した。当時の記録を検討すると、旭日旗を自衛隊の象徴として使うことに反対した痕跡はない。むしろ、在日米陸軍航空大隊など一部の在日米軍部隊は、旭日旗のイメージを借用した部隊マークを使ってもいる。
 だが戦勝国だった米国とは異なり、韓国や中国など日本に侵略された被害国は、旭日旗を見る視線が異なるものになることは避けられない。ドイツとは異なり日本は、政府レベルで南京大虐殺など戦中の各種犯罪について公式に認めたり謝罪したりしたことがほとんどない。その上2000年代以降、日本の右傾化がはっきりする流れに合わせ、韓国では旭日旗に対する反感が徐々に増幅されているのが実情だ。少女時代やBIGBANGなど韓国のアイドル歌手が、旭日旗を連想させるイメージの入った服を着たりソーシャルメディアにアップしたりして世論の集中砲火を浴び、公に謝罪するという事件がしばしば起きているのが代表例だ。
     クォン・スンジュン記者


https://www.recordchina.co.jp/b194148-s0-c10-d0059.html
「Record china」 2018年10月6日14時20分
■日韓、歴史問題再発で関係悪化の懸念も、海自「旭日旗」掲揚めぐり韓国の観艦式参加見送り
 海上自衛隊が5日までに、韓国・済州島で10~14日に行われる国際観艦式への艦艇派遣の見送りを決めた。韓国海軍が旭日旗(自衛艦旗)を掲げないよう求めてきたためで、応じられないと判断した。日韓は8日、未来志向の関係構築などをうたった1998年の共同宣言から20周年を迎えるが、歴史問題の再発で関係悪化が懸念される。
 旧日本軍も使っていた旭日旗が韓国で日本の軍国主義の象徴として改めてやり玉に挙げられるようになったきっかけは、2011年1月のサッカー日韓戦だった。日本人に対する差別行為をとがめられた韓国人選手が「日本側の応援席に旭日旗があったから」と釈明し、その後、韓国内の反日感情とも重なって「戦犯旗」の悪役イメージがすっかり定着した。
 海自は1998年と2008年に韓国で行われた国際観艦式で旭日旗を掲げたが、2016年には韓国海軍主催の共同訓練に参加した潜水艦救助母艦などの旭日旗も韓国内で物議を醸していた。複数の韓国メディアが問題視。閉会式の場所が拒否反応を配慮して官民共用港から海軍基地に変更された経緯がある。
 防衛省によると、韓国から観艦式への招待があったのは昨年(2017年)10月。護衛艦での参加へ準備を進めていたところ、今年8月末になって韓国側から日本を含めた参加14カ国に式典の際、マストに国旗と太極旗(韓国旗)を掲揚するよう要請があった。日本に旭日旗を避けるよう間接的に求めたもので、さらに3日には艦首艦尾にも旗を掲げないよう通知してきたという。
 韓国メディアの報道で要請が明らかになった後、日本側は「自衛隊の艦艇が旭日旗を掲げるのは日本国内の法律で定められた義務」(9月28日、当時の小野寺五典防衛相)などと反応。自衛隊制服組トップの河野克俊統合幕僚長も4日の記者会見で「海上自衛官にとって自衛艦旗は誇りとしての旗だ。降ろしていくことは絶対にない」と強調していた。
 5日、参加見送りを公表した岩屋毅防衛相は「わが国の立場としては、受け入れることができない。先方の意向はよく分からないところがあるが、非常に残念だ」と指摘。同時に「今後とも日韓防衛協力を推進していきたい」と語った。
 韓国海軍は海自の参加見送りを受け、「遺憾に思う」と表明した。朝鮮半島情勢が大きく動く中、文在寅政権としては旭日旗問題で日本との関係がこじれることは避けたいのが本音とみられる。
 しかし、韓国内には「今になって韓国人が旭日旗を見ただけで感情が高ぶるようになったのは、日本が過去の歴史をめぐって被害者たちに心から反省の意を示し、謝罪してこなかったことにある」(朝鮮日報)との声も根強い。一方で日本国内には「韓国の要請は無理筋」(外交関係者)との反発があり、日韓間の新たな火種になった。(編集/日向)
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「日本、済州観艦式に艦艇送らないことを決定」

2018年10月06日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31785.html
「The Hankyoreh」 2018-10-05 22:38
■日本、済州観艦式に艦艇送らないことを決定
 「旭日旗掲揚なしでは不参加」立場表明 
 韓国も「旭日旗の掲揚は認めない」固守

 日本が済州(チェジュ)国際観艦式に海上自衛隊の艦艇を送らないことにした。最近、韓日間で退くことのできない自尊心攻防に飛び火した旭日旗論議が、自衛隊艦艇の観艦式不参加により一段落した。
 海軍は5日、立場資料を出して「海上自衛隊の艦艇の国際観艦式海上査閲時の海上自衛隊旗掲揚関連の立場を確認した結果、日本側では「韓国海軍が通知した原則(マストに自国旗と太極旗を掲揚)を尊重するとしても、自国法令により海上自衛隊旗も掲揚せざるをえない」と説明した」として「韓国の海軍が通知した海上査閲原則を日本が受け入れなかったため、私たちもやむをえず日本側の立場を受け入れることはできなかった」と明らかにした。
 日本の岩屋毅・新任防衛相もこの日、旭日旗の掲揚を自制してほしいという韓国政府の要請を受け入れることはできず、海上自衛隊艦艇の参加を取り消すという方針を韓国政府に通知したとし「きわめて遺憾」と明らかにした。海上自衛隊が艦艇旗として使う旭日旗については「国際法上、軍隊所属艦艇を表示する外部標識に該当する」と擁護した。
 これに先立って韓国海軍は、10日~14日に済州民官複合港で開かれる国際観艦式に米国、日本など14カ国の艦艇21隻が参加すると発表したことがある。しかし、日本の海上自衛隊の艦艇が今回の行事に過去の日本軍国主義の象徴である旭日旗を付けて参加するという事実が知らされると韓国国内で反対世論が激しく起こった。
 これに伴い、外交部は外交チャンネルを通じて日本艦艇の旭日旗掲揚の自制を要請し、海軍も8月末に14の参加国海軍に公文書を送り「海上査閲式の時は参加艦艇のマストに所属国家の国旗と主催国である太極旗だけを掲揚してほしい」として、事実上旭日旗の掲揚禁止を要請した。これに対して小野寺五典前防衛相は最近「自衛艦旗(旭日旗)の掲揚は(日本の)国内法で義務付けられている。国際海洋法条約上でも(旭日旗は)軍隊所属船舶の国籍を表示する外部標識に該当する。当然に掲揚する」と強く反発した。
 日本の海上自衛隊艦艇は、韓国国内の港に入港するたびに旭日旗論議を呼んできた。しかし今回のように、旭日旗論議で海上自衛隊の艦艇が韓国国内への入港をあきらめたことは異例だ。かつて1998年と2008年に釜山で開かれた2回の国際観艦式には、海上自衛隊の艦艇が旭日旗を付けて行事に参加した前例がある。海軍関係者は「2年前、日本の海上自衛隊艦艇が鎮海(チネ)港に入港した時も、旭日旗論議があった。そこで当時、日本の艦艇を民港ではなく軍港に入港するよう誘導したことがある。しかし、完全に入港をあきらめたのは私の記憶では初めて」と話した。
 今回の日本海上自衛隊艦艇の済州観艦式不参加に対して、韓国と日本の軍当局はそろって「遺憾」の意を明らかにした。しかし、この事態が韓日軍事協力にどのような影響を及ぼすか、速断することは早すぎる。韓国政府の対日外交政策は、過去の問題と政治・経済協力を分離して処理するという“ツートラック路線”上に立っている。最近韓国政府は、2015年12月の韓日慰安婦合意に基づく「和解癒し財団」の解体方針を日本に伝達するなど、過去の問題に対しては非妥協原則を再確認しながらも、他の分野では韓日間で必要な協力を持続する意志であることも明らかにしている。海軍は今回のことと関連して「遺憾と考え、今回の決定が両国海軍の発展的関係維持に影響を与えてはならないと考える」と明らかにした。

パク・ビョンス先任記者、東京/チョ・ギウォン特派員
http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/864630.html
韓国語原文入力:2018-10-05 19:30


https://japanese.joins.com/article/815/245815.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|main|top_news
「中央日報日本語版」 2018年10月05日13時58分
■日本海上自衛隊、済州国際観艦式に不参加通知
 日本海上自衛隊が10日から開かれる済州(チェジュ)国際観艦式に艦艇を派遣する計画を取り消すと韓国側に通知したことが分かった。
 韓国放送局JTBCは5日、韓国政府の核心関係者を引用して「最近大きくなった旭日旗問題に関連し、日本が11日午前、海上査閲などに艦艇を派遣しないと韓国側に通知した」と伝えた。
 JTBCは、別の関係者の言葉を引用し、「本日午前、日本海上自衛隊側と意見調整する過程で、旭日旗を掲揚する場合、査閲に参加させることができないという立場を最終的に伝え、日本側は艦艇を派遣しないと回答した」と伝えた。
 ただし、日本は12日に開かれる西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)には海上自衛隊幹部などの代表団を派遣するという。

 일본 해상 자위대, 제주 국제관함식에 불참 통보
 일본 해상 자위대가 오는 10일부터 열리는 제주 국제관함식에 함정을 보내기로 한 계획을 취소하겠다고 우리 측에 통보해온 것으로 알려졌다.
 한국 방송국 JTBC는 5일, 한국 정부 핵심 관계자를 인용해 "일본이 최근 불거진 욱일기 논란과 관련해 11일 오전 해상 사열 등에 함정을 보내지 않겠다고 알려왔다"고 전했다.
 JTBC는 또다른 관계자를 인용, "오늘 오전 일본 해상자위대측과 의견 조율 과정에서 욱일기를 게양할 경우 사열에 참가시킬 수 없다는 입장을 최종적으로 전달했고 일본측에서 함정을 보내지않겠다고 답했다"고 전했다.
 다만 일본은 12일에 열리는 서태평양해군심포지움, WPNS엔 해상자위대 간부 등 대표단을 파견할 것으로 알려졌다.


http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/10/05/0200000000AJP20181005001800882.HTML
「聯合ニュース」 2018/10/05 14:36
■旭日旗問題で物議 日本が韓国海軍観艦式への不参加通知
【ソウル聯合ニュース】韓国南部の済州島で10~14日に開かれる韓国海軍の国際観艦式の海上パレードに、日本が海上自衛隊の艦艇を派遣しないことが、韓国政府筋の話で5日分かった。韓国政府は日本に対し観艦式期間中の旭日旗(自衛隊旗)の掲揚自粛を要請していたが、自衛隊などはこれに応じない方針を示していた。
 同筋は「日本がきょう午前、済州国際観艦式に海上自衛隊の艦艇を派遣しないと通知してきた」と明らかにした。
 旭日旗は旧日本軍で使われ、韓国では侵略戦争や軍国主義の象徴として多くの国民が強い反感を持っている。このため韓国国内では旭日旗の掲揚問題が物議を醸していた。韓国海軍は参加14カ国にパレードで自国の国旗と韓国の国旗(太極旗)を掲揚するよう要請していた。
 日本は艦艇を派遣しない代わりに、行事の一つである西太平洋海軍シンポジウムに代表団を送ると伝えられた。


https://japanese.joins.com/article/779/245779.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|article|ichioshi
「中央日報日本語版」 2018年10月05日06時47分
■統合幕僚長「自衛艦旗は日本の誇り、絶対降ろさない」…旭日旗掲げて済州道入りか
 韓国の李洛淵(イ・ナギョン)首相まで乗り出して、日本側に済州道(チェジュド)で開かれる国際観艦式での旭日旗掲揚を自制するよう求めたが、自衛隊制服組トップの 河野氏は4日の記者会見で「自衛艦旗はわれわれの誇りであり、降ろしていくことは絶対ない」と述べたと日本の共同通信が伝えた。河野氏は「自衛艦旗は法律で掲揚することになっている」とも述べ、旭日旗掲揚に対する確固たる意志を見せた。
旭日旗は日本軍が使った戦犯旗で、帝国主義・軍国主義の象徴としてこれまでも繰り返し論争になっていた。今回また議論の中心になった理由は、11日に韓国の海軍基地である済州民軍複合型観光美港で開かれる「2018大韓民国海軍国際観艦式」海上査閲に、旭日旗を海上自衛隊艦艇の旗とする日本も参加する予定のためだ。これに対し、韓国海軍は国際観艦式に参加する14カ国に海上査閲時に自国旗と太極旗を掲げるよう求めたが、日本はこれに対して何も回答しなかった。
 論争が続くと、「戦争反対平和実現国民の行動」など市民団体は1日午後、ソウル鍾路区(チョンノグ)の在韓日本大使館前で旭日旗を破り日本の反省を促すパフォーマンスを行った。
 李洛淵首相まで出て、旭日旗掲揚を自制するよう求める趣旨の発言をしたりした。李首相は1日、国会の対政府質問で「日本は、旭日旗が韓国人の気持ちにどのような影響を与えるか、繊細に考慮するべきだ」と明らかにしていた。
 一方、日本の統合幕僚長は韓国の合同参謀本部議長にあたり、李首相の発言以降、自衛隊の中心人物が今回の論争に対して公式的な立場を明らかにしたのは今回が初めてだ。
 これに先立ち、最近交代した小野寺五典・前防衛相は先月28日、「自衛艦旗の掲揚は自衛隊法などの国内法令で義務づけられている。(済州観艦式に参加する場合も)当然、掲げることになる」と述べていた。


https://this.kiji.is/420573023436244065?c=39546741839462401
「共同通信」 2018/10/4 22:26 
■統幕長「自衛艦旗は誇り」 国際観艦式での掲揚明言
 韓国海軍が南部済州島で10日から開く「国際観艦式」で、韓国側が海上自衛隊に自衛艦旗の旭日旗を掲揚しないよう求めていることを巡り、防衛省制服組トップの河野克俊統合幕僚長は4日の定例記者会見で「海上自衛官にとって自衛艦旗は誇り。降ろしていくということは絶対ない」と述べた。
 海自トップの海上幕僚長も務めた河野氏は、記者の質問に「自衛艦旗は法律上、規則上掲揚することになっている」と話した。
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「釜山市民団体「戦犯象徴する旭日旗掲げた日本の軍艦は韓国に来てはならない」」

2018年10月05日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31759.html
「The Hankyoreh」 2018-10-03 06:44
■釜山市民団体「戦犯象徴する旭日旗掲げた日本の軍艦は韓国に来てはならない」
 「日本海上自衛隊艦艇の済州島入港を阻止する活動展開する」 
 済州江汀村でも旭日旗反対世論が拡散

【ハンギョレ資料写真】日本海上自衛隊の艦艇//ハンギョレ新聞社

 釜山(プサン)の市民団体が旭日旗を掲げて「大韓民国海軍国際観艦式」に参加するという日本の海上自衛隊艦船の入港阻止に乗り出した。観艦式の開催をめぐり賛否が分かれていた済州江汀(カンジョン)村でも旭日旗に対する反対世論が広がっている。
 釜山の複数の市民・労働団体が参加する「積弊清算・社会大改革のための釜山運動本部」の強制徴用労働者像建設特別委員会(建設特委)は2日、「戦争犯罪の象徴である旭日旗を掲揚した日本艦艇の国際観艦式への参加を糾弾する。市民が立ち上がって日本艦艇の入港を阻止する」と明らかにした。韓国海軍は8月31日、15カ国の参加国に対し、済州国際観艦式(10~14日)で所属国家の国旗と主催国の韓国の太極旗だけを掲げてほしいと要請した。しかし、日本政府は旭日旗は自衛艦旗であり、艦旗の掲揚は日本国内法令上の義務だとして、韓国海軍の要請を拒否した。
 建設特委は「日本政府は戦争犯罪に心からの謝罪と賠償を行うどころか、平和の少女像の撤去や強制徴用労働者像の建立への反対に乗り出した。済州にとうとう戦争犯罪の象徴、旭日旗を掲げて入ってくるという。参加者たちを集め、国際観艦式で日本艦艇の入港阻止闘争に乗り出す」と強調した。5日、東区日本総領事館前で糾弾記者会見も開く計画だ。
 江汀村海軍基地反対の住民会は先月27日、記者会見を開き、「旭日旗を掲揚した日本の自衛隊艦艇と米国の原子力空母、原子力潜水艦が入ってくる国際観艦式は、済州道の軍事基地化に向けた出発点であり、民軍複合型観光美港の海軍基地への転用を公認するもの」だとし、観艦式の開催に反対した。一部の住民たちは「日帝強占期(日本の植民地時代)に島民らが強制動員され、労務活動を強いられたのに、旭日旗をつけて済州に入ってくるなんてありえない」と話した。
 旭日旗は1870年、日本陸軍が初めて使ったが、日本が太平洋戦争を起こし、アジア各国を侵略する際に掲げた旗で、日本の軍国主義を象徴する。ナチス・ドイツが2次世界大戦当時に使用した「ハーケンクロイツ」に類似した性格のものだ。ドイツはハーケンクロイツを戦犯旗と規定して廃棄した。一方、日本は旭日旗にこだわっており、周辺国から、戦争の責任から逃れて反省していないと批判されている。

キム・ヨンドン、ホ・ホジュン記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/864135.html
韓国語原文入力:2018-10-02 20:51


https://japanese.joins.com/article/755/245755.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2018年10月04日10時54分
■慰安婦被害者が旭日旗掲揚を批判…「安倍首相に注意しろと伝えてほしい」
 10日に済州(チェジュ)で開催される国際観艦式で日本の海上自衛隊が旭日旗を掲揚する立場を維持する中、毎週水曜日に開かれている「水曜集会」で批判の声が出てきた。
 正義記憶連帯は3日正午、ソウル鍾路区(チョンノグ)の旧日本大使館前で「日本軍性的奴隷制問題解決のための第1355回定期水曜デモ」を開催した。
 慰安婦被害者の金福童(キム・ボクドン)さん(92)は「日本政府は謝罪すべきだ。安倍(首相)にはっきりと伝えろ。(旭日旗)持って入ってくることはできないと。注意しろと伝えてほしい」と述べ、日本の旭日旗掲揚を批判した。
 続いて「反安倍反日共同行動」のカン・ミギョン氏も「旭日旗は我々の生活を残酷に踏みにじったぞっとする戦争の表徴であり、また戦争を起こすという野心の表徴だ」と主張した。
 韓国外交部は外交経路を通じて日本側に「旭日旗に対する韓国国民の情緒を積極的に考慮してほしい」という内容を伝えた。しかし日本は国際観艦式で海上自衛隊が旭日旗を掲揚するのは国内法で義務づけられていて当然だという立場を見せている。


https://japanese.joins.com/article/795/245795.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2018年10月05日09時26分
■北メディア「南当局、観艦式の日本旭日旗掲揚は断固として不許可にするべき」
 北朝鮮宣伝媒体が、今月11日に済州道(チェジュド)で開かれる「2018大韓民国海国国際観艦式」海上査閲で、日本の海上自衛隊軍艦が戦犯旗である「旭日旗」を掲揚することに対し、「断固として不許可にするべき」と5日、求めた。
 対南宣伝メディア「わが民族同士」は、この日の論評で「南朝鮮当局は卑屈に日本反動に旭日旗掲揚を自制してほしいと要請するのではなく、民心の強力な要求通り断固として不許可にするべきだ」と強調した。
 メディアは「旭日旗を堂々と掲げて入港するということは、われわれ民族と国際社会に対する堪え難い冒とくであり愚弄」としながら「『大東亜共栄圏』という過去の夢をあきらめきれなかったということを国際社会に公然と誇示しようという傲慢な心」と批判した。
 あわせて韓国当局が「韓半島(朝鮮半島)平和の雰囲気に反する」観艦式を開くこと自体が日本に口実を与えたという論理を展開した。
 別の宣伝メディア「やまびこ」も「旭日旗は過去の日帝の万苦罪悪と今日の軍国主義復活の策動と絶対に切り離して考えることができない憎むべき戦犯旗」と指摘した。
 また「旭日旗掲揚を自制してほしいと要請などするのでなく、反日民心の強力な要求通り、その参加を断固として不許可にするべきだ」と韓国当局に要求した。
 韓国政府は今回の観艦式海上査閲時に旭日旗を掲げないよう日本側に要求している。
 しかし、日本共同通信によると、自衛隊制服組トップの河野克俊統合幕僚長は4日の記者会見で「自衛艦旗はわれわれの誇りであり、降ろしていくことは絶対ない」と述べた。河野氏は「自衛艦旗は法律で掲揚することになっている」とも述べ、旭日旗掲揚に対して確固たる意志を見せた。


http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2018/10/04/0200000000AJP20181004001800882.HTML
「聯合ニュース」 2018/10/04 12:18
■旭日旗掲揚自粛 「立場に変わりない」=韓国海軍
【ソウル聯合ニュース】韓国の海軍広報課長は4日の国防部の定例会見で、南部の済州島で11日に開かれる国際観艦式の海上パレードに関して、日本などの参加国に対し、自国の国旗と開催国である韓国の国旗(太極旗)を掲揚するよう要請したことについて、「立場に変わりはない」とし、海上自衛隊の自衛艦旗「旭日旗」は掲揚できないとの立場を重ねて示した。
 旭日旗は旧日本軍で使われ、韓国では侵略戦争や軍国主義の象徴として多くの国民が強い反感を持っている。
 韓国海軍の要請に対し、参加国14カ国のうち多数が受け入れる立場を表明したが、日本は返答していない。
 また、主催国の座乗艦(大統領が搭乗する艦)を日本側が拒否感を示す輸送・揚陸艦「独島」に変更する可能性については「知らない」と述べた。「独島」は観艦式で国民参加団が試乗することになっている。


https://japanese.joins.com/article/761/245761.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2018年10月04日13時44分
■「日本の旭日旗掲揚不可」韓国海軍、「座乗艦『独島艦』への変更は知っていることがない」
 韓国海軍は11日、済州(チェジュ)海軍基地で開かれる「2018大韓民国海軍国際観艦式」の海上観閲の際、自国旗と太極旗を掲揚してほしいと日本を含む参加国に要請した立場には変わりがないと明らかにした。
 4日、キム・テホ海軍広報課長(大佐)はこの日、国防部の定例ブリーフィングで済州国際観艦式の際、日本の海上自衛隊軍艦が日本の軍国主義を象徴する旭日旗を掲げて参加する問題に関する質問にこのように答えた。
 済州国際観艦式海上観閲の際、海上自衛隊の艦艇が旭日旗を掲揚できないという立場を再確認したものだ。
 日本は韓国国民が拒否感を持つ旭日旗を海上自衛隊艦艇の旗として使っている。
 これに先立ち、自衛隊の旭日旗の掲揚に非難の世論が広がると、韓国軍内外で「主催側の座乗艦(大統領が搭乗する観閲艦)を『日の出峰艦』から日本が拒否感を見せる『独島(ドクト、日本名・竹島)艦』に変更する案が議論されている」という報道があった。
 独島艦に敬礼しなければならない状況が作られれば、日本が自発的に参加しなくなるだろうという案だ。
 これを受け、キム大佐は「それに関して現在、知っていることがない」と話した。独島艦は済州国際観艦式の際、国民参加団が搭乗する試乗艦の役割を果たすことになっている。
 一方、韓国海軍は海上観閲の際、艦艇に自国旗と太極旗を掲げてほしいと要請する公文書を最近、済州国際観艦式の参加国に送った。
 14参加国のうち相当国が受け入れの立場を示したが、日本はまだ返信していない。


https://japanese.joins.com/article/765/245765.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|main|top_news
「中央日報日本語版」 2018年10月04日14時48分
■韓国与党議員「日本は旭日旗掲揚の方針を変えなければ外交的に孤立」
 共に民主党のイ・ソクヒョン議員は4日、済州道(チェジュド)観艦式に日本が旭日旗を掲揚することを韓国が法で防ぐ場合、外交的な困難を生むだろうという指摘に「われわれが(外交的に)孤立するのではない。日本が旭日旗掲揚の方針を変えなければ外交的に孤立する」と主張した。
 領海や飛行機、運動競技の応援などに旭日旗の掲揚と使用を禁止した、いわゆる「旭日旗禁止3種セット」法案を発議したイ議員はこの日午前、CBSラジオ『キム・ヒョンジョンのニュースショー』とのインタビューで「われわれが(旭日旗禁止法案を)立法すれば、中国、フィリピンなど様々な国が呼応できる雰囲気」としてこのように明らかにした。
 ただし、イ議員は法案が国会で処理される可能性について「(時期が)差し迫って難しい。それでも次のために必要なもので、今回日本に外交部が国内世論が良くないうえに、議員が立法改正案を国会に出しているので掲げて入国するなと(言う時)説得力がさらにある」と話した。
 また、イ議員は(旭日旗を掲げて済州観艦式に参加するのは)われわれの傷ついた国民感情に塩を塗るようなことだ。観艦式に来なくてもかまわない」として「中国は2014年観艦式の際、日本を最初から招待しなかった。旭日旗のためだ」と指摘した。


http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/31749.html
「The Hankyoreh」 2018-10-02 07:32
■[社説]真に平和・共存を望むなら旭日旗降ろすべき
 済州島(チェジュド)の国際観艦式に招請を受けている日本の海上自衛隊の自衛艦の旭日旗掲揚問題が懸案として浮上している。李洛淵(イ・ナギョン)首相は1日、「日本は旭日旗が韓国人の心にどんな影響を与えるか繊細に考慮するべきだ」と述べた。「自国の国旗と太極旗だけかかげるようにしてほしい」という韓国海軍と外交部の勧告に対して、海上自衛隊は戦犯旗である旭日旗の掲揚を押し切るという意向を明らかにし、李首相ははっきりと自制を要請したのだ。政界では日本の観艦式参加を許さないとの要求まで出ているが、李首相は「いろいろと悩んでいる」として言葉を控えている。韓日関係に及ぼす影響を考慮してのことだ。
 観艦式は主催国の立場に配慮するのが国際的慣例だ。日本政府は韓国国民の感情を考慮して旭日旗を掲揚しないのが正しい。日本は「旭日旗は自衛隊艦旗で、艦旗掲揚は日本国内法令上の義務」として我々の要求を「前例のない行為」と言うが、居直り型の主張でしかない。
 1870年に日本陸軍が最初に使った旭日旗は、日本が太平洋戦争を起こしてアジア各国を侵略する際に全面に掲げた旗だ。それ自体が日本軍国主義の好戦性を象徴している。韓国や中国など周辺国が旭日旗掲揚に反発するのもこのような理由からだ。それでも海上自衛隊は16本の光の筋が描かれた旭日旗を、陸上自衛隊は8本の筋の旭日旗を使ってきた。「侵略国家」「戦犯国家」という事実を否定する処置だ。ドイツが刑法第86条に「ナチスを象徴する旗、徽章、制服、スローガンを配布したり使った場合、3年以下の懲役や罰金刑に処する」として、鉤十字(ハーケンクロイツ)などの使用を禁止していることとも比較される。
 国際社会は旭日旗に固執する自衛隊と平和憲法改正を公言した安倍晋三総理を見つめて、日本の軍国主義復活を憂慮している。日本が真に平和を望むならば、自ら旭日旗を降ろすべきである。

http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/863997.html
韓国語原文入力:2018/10/01 17:59


http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31733.html
「The Hankyoreh」 登録:2018-09-30 22:14 修正:2018-10-01 07:40
■韓国海軍、済州観艦式に来る日本に「旭日旗自制」を再確認
 海軍「韓国の要請に従うことを期待」 
 外交部「持続的に関心表明中」

 韓国軍当局が日本政府に対し、10月に済州(チェジュ)で開かれる国際観艦式に「旭日旗」ではなく国旗を付けて参加してほしいという既存の立場を再確認した。
 海軍関係者は「10月10~14日に済州で開かれる大韓民国海軍国際観艦式は、韓国軍が主管する行事なので参加国に海上査閲する時(守って欲しい)行動要領、すなわち艦艇に自国の国旗と韓国国旗を一緒に付けてほしいと要請した」として「日本政府もこれに従うことを期待する」と30日明らかにした。海軍は観艦式に参加する15カ国にEメールで公文を送り、査閲に参加する艦船には自国の国旗と太極旗だけを付けてほしいと要請した。事実上これは日本の海上自衛隊が軍艦旗として使う旭日旗を観艦式の際には付けないでほしいという要請だった。
 旭日旗は、帝国主義時期の日本を象徴し“侵略の象徴”、“戦犯旗”という批判を受けている。だが、小野寺五典・日本防衛相は28日の記者会見で「自衛艦旗(旭日旗)の掲揚は(日本の)国内法で義務付けられている。国際海洋法条約上でも(旭日旗は)軍隊所属船舶の国籍を表示する外部標識に該当する。当然掲揚する」と述べ、事実上韓国軍当局の要請を拒否した。
 海軍関係者は「海洋法協約により軍艦は国家を識別できる旗を付けるべきだが、ほとんどは国旗を付けている」として「旭日旗は国籍を区分する用途ではないのではないか。韓国も、米国も航海する時に国旗だけを付けている」と指摘した。ただし「動く領土として治外法権を持つ日本の軍艦が、旭日旗を付けることを問題にするには困難があるのは事実だ」として「日本も自国世論があり、負担になるのなら(観艦式に)来ない可能性もある。まだ時間が少しあるので期待している。行事を主管する国が海上査閲の瞬間にそのようにしてほしいと要請しているので、わざわざ拒否することはないだろうと思う」と付け加えた。
 外交部当局者も「持続的に関心表明をしている」として「強制的にできることではないので、市民感情などに言及して私たちの意思を日本に伝えている」と明らかにした。外交部は最近、駐韓日本大使館にこうした立場を伝えたという。

ノ・ジウォン記者
http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/863858.html
韓国語原文入力:2018-09-30 21:30
コメント

「安昌浩・柳寛順・韓龍雲…「日帝監視対象人物カード」が韓国の文化財に」

2018年10月03日 | 国民国家日本の侵略犯罪
https://japanese.joins.com/article/660/245660.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2018年10月01日16時37分
■安昌浩・柳寛順・韓龍雲…「日帝監視対象人物カード」が韓国の文化財に
 安昌浩(アン・チャンホ)、柳寛順(ユ・クァンスン)、韓龍雲(ハン・ヨンウン)、呂運亨(ヨ・ウニョン)など独立活動家の写真が写された「日帝監視対象人物カード」が文化財に登録された。
 1日、国史編纂委員会は所蔵している日帝監視対象人物カードが文化財委員会の審議を経て登録文化財第703号に登録されたと明らかにした。
 日帝監視対象人物カードは日帝が逮捕し、あるいは監視対象としていた独立活動家の身上情報が入ったカードだ。朝鮮総督府京畿道(キョンギド)警察部が1920~1940年代に作ったものと推定される。
 合計4857人が収録されているが、安昌浩、韓龍雲のように数回にわたって逮捕された場合、身上カードも数回作られ、残っている身上カードは合計6264件だ。
 身上カードには人物の写真と共に出生日、住所地、身長のような身上情報と各種活動記録、逮捕記録などが記されている。収録された写真は主に逮捕され、収監直後に撮影されたもので、ほとんど西大門(ソデムン)刑務所で撮影したと見られる。
 安昌浩先生の生前の姿をはじめとして柳寛順、韓龍雲、呂運亨など韓国人に馴染みのある独立活動家も多数含まれている。
 特に、1930年代安昌浩先生の姿は韓国人に見慣れている1920年代中盤とずいぶん違うことから人々を粛然とさせる。苛酷な収監生活でますますやせていく姿から独立活動家の厳しかった暮らしを垣間見ることができる。
 国史編纂委員会関係者は「日帝が作成したもので歪曲された情報もあるが、当時の独立活動家に対する生き生きとした情報が含まれているため、史料として価値が非常に高いと評価されている」と話した。
 一方、日帝監視対象人物カードは国史編纂委員会ホームページ(www.history.go.kr)で誰でも閲覧することができる。独立活動家の名前と生年月日などを入力して検索することができ、原文のイメージもダウンロードすることができる。


https://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=243840
「中央日報日本語版」 2018年08月08日11時43分
■日帝「主要監視対象人物カード」4858点、韓国文化財に

【写真】独立活動家、柳寛順(ユ・グァンスン)の主要監視対象人物カード

 日帝が主要監視対象の写真と人的事項などを記した「主要監視対象人物カード」4858点が文化財に登録される予定だ。
 文化財庁は7日、日帝強占期に朝鮮総督府の監視対象だった人物4858人に対する身上カードである「日帝主要監視対象人物カード」を文化財として登録予告すると明らかにした。
 国史編纂委員会が所蔵した「日帝主要監視対象人物カード」は1910~1940年代に日帝警察と刑執行機関で製作したと推定される。安昌浩(アン・チャンホ)、李奉昌(イ・ボンチャン)、尹奉吉(ユン・ボンギル)、柳寛順(ユ・グァンスン)ら日帝に抵抗した代表的な独立活動家が多数含まれている。写真、生年月日、出生地、住所、身長など個人基本情報とともに検挙と受刑に関する事実が記録されている。


http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/1417743/1
「東亞日報」 August. 08, 2018 09:35
■日帝監視対象「人物カード」文化財に
 1926年3月5日、東亜(トンア)日報は、3・1運動7周年を迎えて国際農民本部から朝鮮の農民に送られた記念演説の全文を翻訳して掲載した。朝鮮総督府はこの記事を問題視し、3月7日、同紙に2回目の無期停刊処分を下し、主筆だった古下(コハ)宋鎮禹(ソン・ジンウ、1890~1945)は裁判にかけられ、懲役6ヵ月の実刑を言い渡された。
 その後、宋鎮禹は日帝植民支配の間、要監視対象とされ、警察の持続的な監視を受けた。この内容は当時、京城(キョンソン)を管轄した京畿道(キョンギド)警察部などで作成した「日帝主要監視対象人物カード」を通じて確認できる。文化財庁は7日、このように日帝が抗日独立活動家を監視するために作成した「日帝主要監視対象人物カード」を文化財に登録予告することを明らかにした。
 横15センチ、縦10センチのこのカードには、安昌浩(アン・チャンホ)、柳寛順(ユ・グァンスン)、尹奉吉(ユン・ボンギル)、李奉昌(イ・ボンチャン)、韓龍雲(ハン・ヨンウン)など朝鮮総督府の監視対象だった4858人の写真と情報が含まれている。1910年代から1940年代までの間、日帝警察や西大門(ソデムン)刑務所などで作成したと推定される。このカードを検討した漢陽(ハンヤン)大学史学科の朴賛勝(パク・チャンスン)教授は、「写真の保存原版の番号を見ると、カードに作成された人物は7万5千人以上と推定される」とし、「韓国独立運動史研究や独立運動有功者褒賞の審査などに大変重要に活用される源泉資料」と説明した。
 日帝主要監視対象人物カードには、抗日報道で弾圧に苦しめられた東亜日報の記者や経営陣も登場する。編集局長を務めた洪命熹(ホン・ミョンヒ、1888~1968)と朱耀翰(チュ・ヨハン、1900~1979)をはじめ1919年の3・1運動当時、キリスト教代表で東亜日報第4代社長を務めた南岡(ナムガン)李昇薫(イ・スンフン、1864~1930)、中国・上海大韓民国臨時政府の東亜日報通信員を務めた呂運亨(ヨ・ウンヒョン、1886~1947)ら約10人にのぼる。
 カードにはこれまで知られていなかった独立活動家の多くの顔写真もある。安昌浩が1932年に尹奉吉義士の虹口公園義挙後、警察に捕まって西大門刑務所に収監された時の写真もある。1920年代に撮影された紳士の姿ではなく、痩せこけた顔で、激しい顧問にあった独立闘士の現実がうかがえる。
 抗日独立運動団体義烈団の初期の活動の様子も確認できる。義烈団員だったチョン・イソの人物カードには、金元鳳(キム・ウォンボン)を含め義烈団の団体写真が収録されている。1920年3月、中国・上海のフランス租界地域(治外法権地域)で撮影したと推定され、初期の義烈団の唯一の写真だという。
 カードには15歳の学生から72歳の老人まで様々な年齢の人物が収録されている。職業も、学生やジャーナリスト、馬引き、農夫など全国民が日帝の監視に置かれていた。西大門刑務所歴史館のパク・ギョンモク館長は、「人物カードに登場する職業は約70あり、独立運動が一部の階層に限定されず、国民を挙げて行われたことを証明する」と指摘した。文化財庁は30日間の登録予告期間に意見を聴き取り、文化財委員会の審議を経て文化財に最終登録する予定だ。
     柳原模
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「「朝鮮人を殺せ」 先進国・日本で起きていること」

2018年09月25日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/09/21/2018092101772.html
「朝鮮日報日本語版」  2018/09/24 05:06
■「朝鮮人を殺せ」 先進国・日本で起きていること
 【新刊】梁英聖(リャン・ヨンソン)著、キム・ソンミ訳『嫌悪表現はなぜ在日朝鮮人を狙うのか』(山のように社 산처럼)。
 「朝鮮人は出ていくべきゴキブリ」「朝鮮人は首をつれ、毒を飲め、飛び降りろ」「良い韓国人だろうと悪い韓国人だろうとみんな殺せ」。1923年の関東大震災で朝鮮人が虐殺されたときのスローガンではない。2013年2月、東京・大久保で行われた嫌韓団体の街頭デモで登場した垂れ幕の文言や、参加者らの暴言だ。いくら日本が憎くても、ソウルでこんなレベルの「嫌日」デモは起きていない。実際に会ってみれば実に温和、丁寧で立派な先進国の国民だという日本の人々の間で、たとえ一部であっても、なぜこんなことが起きるのだろうか。
 「在日朝鮮人」3世でNGO(非政府組織)「反レイシズム情報センター」活動家の著者は、現在日本で起こっている憎悪表現について、人種主義と外国人排斥を公然と掲げて「遊び半分で」参加するという特徴があると分析する。にたにた笑いながら「死ね」と叫ぶ極端な反人間性や脅迫、営業妨害、傷害といった物理的暴力を伴う深刻なレベルだという。
 その原因は何か? 1960-70年代に反人種主義政策の枠組みを整えた欧米とは異なり、日本では「反人種主義」という規範が欠如している。むしろ、政界では在日朝鮮人に対する差別を扇動してきた。加えて、日本軍「慰安婦」や朝鮮人強制連行、南京大虐殺といった歴史的事実に言い逃れをする「歴史否定」まで扇動している。これが日本で憎悪表現の増えている社会的要因で、人種主義によって社会と民主主義が破壊されることを防ぐためには、まさにこれらの要因の除去と是正に乗り出さなければならないと語っている。376ページ、1万8000ウォン(約1780円)。   兪碩在(ユ・ソクチェ)記者


http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?art_id=201809072049015
http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?art_id=201809072049015#csidx3a9cf2009be686ab1c5b6e3dcc1c473
「경향신문」 2018.09.07 20:53:01  유정인 기자 jeongin@kyunghyang.com
■[책과 삶]일본 혐오표현의 기반에 깔린 폭력적 인종주의에 경종
 혐오표현은 왜 재일조선인을 겨냥하는가
 량영성 지음·김선미 옮김
 산처럼 | 376쪽 | 1만8000원

 [책과 삶]일본 혐오표현의 기반에 깔린 폭력적 인종주의에 경종.
일본 내 ‘혐한’(한국이나 한국인을 혐오하는 행위)은 낯설지 않은 장면이 됐다. 가두시위에는 “조센진을 죽여라” 같은 말들이 등장한다. 혐오표현 반대자에 대한 집단 린치 등 물리적 폭력도 나타난다. 2016년 통과된 ‘혐오표현 해소법’의 효과는 미미하다. 법률만 더 강화하면 이런 일들이 사라질 수 있을까.
 저자는 ‘그렇지 않다’고 말한다. 혐오표현을 멈추게 하는 것으로는 충분치 않다고 본다. 기반에 깔린 인종주의 자체를 꿰뚫고, 인종주의가 폭력으로 이어지도록 만드는 사회적 회로와 조건을 찾아 없애야 한다는 것이다.
 인종주의와 혐오표현의 상관관계가 극명하게 드러나는 지점이 바로 혐오표현의 주 공격대상인 재일조선인들이다. 책은 재일조선인에 집중해 혐오표현의 역사와 사회적인 조건, 원인을 파고든다. 일제강점기인 1923년 간토(關東) 대지진 때의 조선인 학살부터, 전후인 1960~1970년대 조고생(조선학교 고교생) 습격 사건, 1980년대 치마저고리 사건, 2007년 이후 빈발한 ‘재특회’ 등의 혐오표현 사례들이 담겼다. 주된 원인으로는 일본에 반인종주의 규범 자체가 성립돼 있지 않다는 점을 든다. 잣대가 없어 인종주의가 ‘보이지 않게’ 작동한다는 것이다. 이 때문에 인종차별철폐국제조약에 기초한 반인종주의법을 제정해 ‘잣대’를 만들고, 피해 실태 조사와 교육을 시행해야 한다고 주장한다. 역사부정에 대항하는 규범을 세우고, 정치권 등 ‘위로부터의 차별선동’에 맞서는 방법도 제안한다.
 저자는 반인종주의 활동가인 재일조선인 3세다. 일본에서의 법적 지위는 ‘조선적(朝鮮籍)’. 북한 국적으로 오해하는 이들이 많지만, 이는 남북한 정부 수립 전인 1947년 일본 정부가 외국인등록령을 시행하면서 만든 임시국적이다. 이후 한국과 일본 정부가 한국 국적과 조선적을 분리하는 정책을 펴면서 ‘일본제 38선’이 됐다고 말한다. 책은 출판됐지만, 그는 한국을 자유롭게 오갈 수 없다. 한국 독자들을 위한 서문에서 그는 이 책이 ‘불쌍한 동포의 외침’으로 소비되는 것을 넘어 ‘연대의 고리’가 되기를 바란다고 했다.
コメント

「「九一八事変」と「皇姑屯事件」の関連公文書が初公開」

2018年09月19日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://j.people.com.cn/n3/2018/0918/c94475-9501548.html
「人民網日本語版」 2018年09月18日16:21
■「九一八事変」と「皇姑屯事件」の関連公文書が初公開
 「九一八事変」87周年にあたる9月18日、今年は「皇姑屯事件(張作霖爆殺事件)」の90周年でもある。遼寧省の瀋陽市公文書保存館は17日、「国家重点公文書保護・開発成果発表会および贈書式典」を行い、「九一八事変」と「張作霖爆殺事件」の関連公文書を一般に初めて公開した。瀋陽晩報が伝えた。
 瀋陽市公文書保存館は昨年から「国家重点公文書保護・開発プロジェクト」つまり「九一八事変」と「皇姑屯事件」関連資料の保護・開発事業を担当している。現時点で、「九一八事変以前の奉天における日本の侵略行為に関する資料叢書」および「皇姑屯事件関連資料図集」の2つの公文書の編纂作業と「国難の襲来-九一八事変展覧」および「皇姑屯事件展覧」の2種類の展示作業をほぼ完成させ、日本による中国侵略の罪行が大量の史料によって世間の人々の前に明らかにしている。これらはまた、国家による抗日戦争関する公文書・資料の重要な構成要素でもある。
 「九一八事変以前の奉天における日本の侵略行為に関する資料叢書」は、同公文書保存館が所蔵している8万点あまりの歴史文書から239点を厳選し、全文をスキャン、590件・2168ページにおよぶ公文書を原文のままで初めて公開出版したもので、「九一八事変」が発生前の、土地資源の略奪行為や警察機関の違法設置による中国の主権に対する破壊行為など、奉天地区における日本による侵略行為が如実に記録されている。こうした不動の事実・真実によって、「九一八事変」が、日本が長い間企んでいた侵略を果たすための行為だったことを暴き出している。「皇姑屯事件関連資料図集」には、200数点にのぼる高い史料価値を備えた貴重な公文書や歴史的写真が掲載されており、テキストによる補充説明がつけられているほか、事実が客観的に陳述され、同事件が起こった原因・経過・結果について、本質的かつ分かりやすく表現されている。資料図集に掲載されている数多くの写真はいずれも、今回初めて発見・公開されたもので、張作霖による安国軍の総司令任命や陸海軍大元帥への就任宣言、死亡を発表しなかった間に奉天当局が日本側を惑わせた「負傷」を報じた電報、張作霖の死から3年間にわたり取り交わされた公文書などが含まれている。  (編集KM)


http://j.people.com.cn/94474/7600308.html
http://j.people.com.cn/94474/7600315.html
「人民網日本語版」 2011年9月20日16:04
■「九一八」事変80周年記念活動を複雑な思いで見る日本
 中国の青年の「反日」を誇張する一方で、自己省察はまれ

【写真】1931年9月18日、中国東北部に駐屯する日本の関東軍は中国東北軍の北大営に砲撃を加えるとともに、瀋陽へ進攻し、国内外を揺るがす九一八事変を起こした。日本軍は19日に瀋陽を占拠し、数日内に長春や吉林も占領した。1932年2月には東北全域が陥落した。九一八事変は日本帝国主義による中国武力征服の企みの始まりだ。写真は瀋陽城を占領した日本軍。

 中国の盛大な「九一八事変」(日本名:柳条湖事件、満州事変)80周年記念活動に日本は複雑な思いを抱いている。日本の大手メディア電子版では「中国の東北三省でサイレンが鳴り響く」「政府系メディアが強硬な社説を発表」「瀋陽の青年が日本国旗を燃やす」が18日の報道の焦点となった。日本メディアは「瀋陽の青年が日本国旗を燃やした」ことを大げさに報じ、これを「反日行動」と解釈しており、自己省察の声はまれだ。日本に長く住むJCC新日本研究所の庚欣副所長は環球時報に「日本の3大紙である読売新聞、朝日新聞、日本経済新聞の18日付朝刊に『九一八事変』の文字は1つもなかった。日本メディアは道理に合わない自国の歴史的事実に対して、自らは語らない傾向を強めている」と指摘。清華大学国際問題研究所の劉江永氏も18日、環球時報に「中国抗日戦争の重大な歴史的事件の記念日を迎えるたびに、日本の一部メディアは特別な関心を寄せる。彼らは中国で過激な行為が起きることを少し『望んで』すらいる。針小棒大に報じて目玉ニュースにするためだ」と指摘した。人民日報傘下の国際情報紙「環球時報」が伝えた。
 「柳条湖事件記念式典で中国の若者が日本国旗を燃やした」。共同通信が18日に報じたこのニュースは日本メディアに広く転載された。共同通信は「記念式典会場周辺で30人近い若者グループが日本国旗を燃やすなど『反日行動』を行った。若者らはバイクに乗り『小日本(日本の蔑称)』などを叫んでいた。『釣魚島はわが国固有の領土だ』との旗を掲げた車両数台も会場周辺を通行した」と報道。さらに「昨年『釣魚島船舶衝突事件』で日中関係が悪化した際も、民間人が日本国旗を燃やすなどした」と指摘した。朝日新聞のニュースサイトは「瀋陽の若者グループの1人が『日の丸のようなもの』を燃やした。『反日行動』の拡大を防止するため、警察当局は記念会場周辺に1000人以上の警官を動員し、治安を維持した」と報じた。時事通信は「『反日騒ぎ』は大きな混乱はなかったものの、『深い恨みは一体いつまで続くのか』と感じずにいられない」と報道。さらに中日民間の関係が過去最も冷え込んでいることに触れ「歴史問題と現実の利益の衝突が完全に重なり」、中日民間感情の改善は「すでに重荷を背負わされている」と分析した。
 右翼メディアの「産経新聞」は18日、中国の記念活動に異常な関心を示し、速報を連発したうえ、社説で日本の無実を訴えた。社説は「満州事変は日本の中国侵略の始まりとして断罪された。だが『事変の本質はそれだけでは語り尽くせない』「この事件は日中双方に責任がある」「記念式典を通じた日本糾弾は中国で膨張する民族主義の集中的な体現だ」としたうえで、「日本の未来を担う子どもたちは歴史を学ぶ際、東京裁判の断罪史観にとらわれない幅広い見方を学ぶべきだ」と呼びかけた。「時事週刊」は17日号で「歴史問題において、中国は『大国主義』へと向かっている。中国にとって日中戦争に対する反省と再解釈は、日本に圧力を加え、国民の結束を強化する手段となっている」と報じた。フジテレビは「中国は歴史を記念するのは『国恥を忘れず』『より未来に着眼する』ものとしているが、これは周辺国、特に日本に対する寄り強硬な外交路線を孕んでいる」と報じた。
 庚氏は「『九一八』は毎年記念活動が行われるが、日本にとってはますます深刻なものとなっている。中国の国力が年々高まるのを前に、こうした抗日戦争記念日における中国の悲しみの情は日本にとってますます大きな圧力となっている。大多数の日本人は、九一八事変は日本の歴史における『最も不名誉な1ページ、最も誤った一歩であり、後戻りできない戦争への道の始まりだった』と考えているが、批判の大部分は技術的、戦術的誤りに集中しており、政治的、道徳的な深い省察はまれだ」と指摘する。劉氏は「日本の若者は中国侵略の歴史について『どっちにしろ自分がしたことではない』と考えている。中国に対する彼らの反感は、日本の右翼勢力に特に引き出されやすい」と指摘する。
 西日本新聞は18日付で「日本と中国『等身大』の相互理解深めたい」とする社説を掲載。「柳条湖事件80年にあたり、日中は初めて大国同士として相対している。21世紀はアジアの世紀であり、その核となるのは日本と中国だ。だが反日、反中感情は戦争を経験していない両国の若者たちに特に目立っている。これは実に憂慮すべきことだ」と報じた。毎日新聞地方版は17日付で、九一八事変時に中国にいた残留孤児がすでに白髪の老人になっていることに触れ、彼らが17日に高知県で開催された『満州事変80周年の集い』で、当時の悲惨な体験を語り、同様の悲劇を決して繰り返してはならないと強調したことを伝えた。だが18日の日本で、こうした省察の声は明らかに少なすぎた。  (編集NA)


http://mainichi.jp/articles/20180919/k00/00m/030/031000c
「毎日新聞」 2018年9月18日 18時24分
■柳条湖事件87年 中国・瀋陽で追悼式典「悲劇二度と」
【北京・河津啓介】満州事変の発端となった1931年の柳条湖事件から87年の18日、事件が起きた中国遼寧省瀋陽市にある「九・一八歴史博物館」で式典があった。事件発生日にちなみ、午前9時18分に防空警報が周囲に鳴り響くと、参列者は犠牲者を追悼した。
 同館ではこの日、日中平和友好条約締結40周年に合わせ、日中戦争時に日本や旧満州(現中国東北部)に強制連行されて過酷な労働を強いられた中国人労働者に関する特別展も始まった。日本外務省報告書によると、当時、日本の炭鉱や建設現場などで約3万9000人の中国人が働き、うち6830人が死亡したとされる。
 特別展実行委員会の林伯耀さん(79)=神戸市在住=は「平和と友好のために、歴史の事実を忘れず、二度と悲劇を再び起こさせてはならない」と訴えた。


https://this.kiji.is/408933330533303393
「新華社日本語ニュース」 2018/9/2 21:339/12 11:30updated
■「九・一八」歴史博物館、改装後初公開 遼寧省瀋陽市
【新華社瀋陽9月2日】「9.18事変」87周年に際し、修理と改修のため3カ月以上にわたって休館していた中国瀋陽市の「九・一八」歴史博物館が1日、リニューアルオープンした。
 同博物館の范麗紅館長は、今回の工事で館内の消防システムや空調設備、屋根の防水の改修工事のほか、館外の囲いや広場入口の正門を新しくしたと語った。今回は1999年の拡張工事以来、最大規模のインフラ改修となった。
 改修後に加わった新たな展示品30点は、いずれもここ数年、社会各界から収集された資料で、日本関東軍参謀本部制作の「北大営付近中国兵鉄道爆破進攻行動及び独立守備隊第2大隊戦闘経過図」、日本製の「満州事変記念章」、偽満州国国歌のレコード、日本で発行された「9.18事変」(柳条湖事件)の画集やはがきなど。同館展示陳列部の沈宗艶主任によると、ほとんどが初公開の資料だという。
 同館はここ数年、世界中から中国人民抗日戦争中の資料を収集しており、日本による「9.18事変」画策前後の公文書、秘密電報、軍事要塞設計図、義勇軍や東北抗日聯軍が使用した武器・装備など数百点を収集してきた。
 同館は開館して20年余りで、年間延べ100万人が来館し、重要な抗戦記念イベントの開催地となっている。社会各層の人々が毎年9月18日、同博物館で「『9.18』を忘れないよう警鐘を鳴らす」式典を行い、国辱を忘れず、「9.18」を忘れないよう呼び掛けている。
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「95年かかった関東大震災朝鮮人虐殺犠牲者追悼」

2018年09月15日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/31624.html
「The Hankyoreh」 登録:2018-09-13 23:19 修正:2018-09-14 01:05
■[コラム]95年かかった関東大震災朝鮮人虐殺犠牲者追悼

【写真】8日、東京都墨田区八広にある関東大震災朝鮮人虐殺追悼碑の前で、クォン・ジェイクさん(左)とチョ・グァンファンさんが韓国から持ってきた土をまいている=チョ・ギウォン特派員//ハンギョレ新聞社

 8日、東京都墨田区八広の閑静な住宅街にある関東大震災朝鮮人虐殺追悼碑の前で韓国人2人が礼をして拝んだ。鳳仙花とムクゲが咲く追悼碑の前で焼酎をかけた。韓国から持ってきた土も撒いた。
 彼らは関東大震災朝鮮人虐殺犠牲者の遺族であるクォン・ジェイクさん(62)とチョ・グァンファンさん(58)で、6日に釜山からフェリーで日本に来た。長期にわたり関東大震災朝鮮人虐殺関連映画を製作してきた在日同胞監督の呉充功(オ・チュンゴン)さんの案内で日本に来た。彼らが礼をした追悼碑は、関東地方の各地にある朝鮮人虐殺追悼碑の一つだ。追悼碑の前の道路を渡れば荒川の堤防に出るが、1923年の関東大地震の時ここで多くの朝鮮人が虐殺された。
 日本の市民団体「鳳仙花」が、2009年に追悼碑を立てて毎年9月には追悼儀式が開かれる。今年は例年の2倍にあたる300人ほどが参加した。鳳仙花の理事を務める西崎雅夫氏は「小池百合子東京都知事が朝鮮人虐殺犠牲者に対する追悼文の送付を拒否した昨年から、参加者が例年の倍に増えた」と話した。
 クォンさんの母方の祖父であるナム・ソンギュ氏は、1923年の「藤岡事件」の時に虐殺された。1923年9月1日、関東地域を襲った大地震の後「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマが広がって、日本人が組織した自警団、警察、軍人により朝鮮人6000人以上が虐殺されたと推定される。一部の朝鮮人は、それでも警察署にいた方が安全と考えて、警察署に避難して身を守った。藤岡警察署でも朝鮮人労働者17人が避難して身を守っていたが、警察署に押しかけた自警団により殺害された。
 慶尚北道永州(ヨンジュ)出身のクォンさんの母方の祖父もこの時に亡くなった。当時30歳だった。クォンさんは、幼い時から母方の祖父が関東大震災の時に亡くなったという事実を知っていた。母方の祖母が、母方の祖父は「屋根を突き抜ける力がなくて亡くなった」と話していた。母方の祖父が亡くなった具体的な場所を知ったのは3年前だった。『関東大震災と朝鮮人虐殺』という本に藤岡事件の時に警察署の屋根を突き抜けて脱出した朝鮮人がいたという話が出ていた。
 祖母の話が思い出され、除籍謄本の発給を受けて読んでみた。母方の祖父は、1923年9月に群馬県藤岡警察署で死亡したと記されていた。クォンさんの母方の祖父の名前は、群馬県藤岡にある成道寺の朝鮮人犠牲者慰霊碑に記されている。9日、クォンさんは寺を訪問し、慰霊祭に参加して祭祀を上げた。クォンさんは「日本の領土を踏んだのは今回が初めてだ。以前には日本に来たいとは思わなかった」と話した。
 また別の遺族のチョ・グァンファンさんは、祖父の長兄がいつどのように具体的に命を失ったのかを知らない。慶尚南道居昌(コチャン)出身の祖父の長兄は、村の数人と一緒に日本に行った。一緒に行った村人の1人が、関東大震災の後で生きて返ってきた。頭には刃物で切られた傷がはっきり残っていた。彼は、チョさんの家族に祖父の長兄は殺害されたと聞いたと話した。つらい記憶のためなのか、彼は関東大震災の時のことを詳しく話すことを避けたという。
 この日、八広で開かれた行事には、関東大震災当時に虐殺された中国人労働者の遺族も参加した。中国人遺族と韓国人遺族は何度も抱き合った。日本人参加者は大きく拍手した。チョさんは挨拶で「これほど多くの方々が集まってくださって感謝します。韓国でもこれほどたくさんは集まらない」と話した。
 クォンさんは「除籍謄本には、母方の祖父が藤岡警察署で死亡したとだけ記されている。殺害されたとは記されていない」として「真実を明らかにすることが重要だ」と話した。

チョ・ギウォン東京特派員
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/861997.html
韓国語原文入力:2018-09-13 19:28
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「日帝が押収「朝鮮語大辞典原稿」ソウル駅倉庫で発見さる」

2018年09月13日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31585.html
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31586.html
「The Hankyoreh」 2018-09-09 21:30、21:40 
■[歴史の中の今日]日帝が押収「朝鮮語大辞典原稿」ソウル駅倉庫で発見さる
 73年前の1945年9月8日 
 ソウル駅朝鮮通運倉庫で「朝鮮語大辞典」草稿発見 
 人に続き“言葉”まで獄中生活 
 倉庫に閉じ込められた『ウリマル辞典』解放された原稿

【写真】「自由新聞」1945年10月6日付(左)、京城駅(ソウル駅)内部のプラットホームと貨物倉庫=資料写真//ハンギョレ新聞社

 今日から73年前、光復(解放)直後の1945年9月8日、ソウル駅朝鮮通運倉庫で『朝鮮語大辞典』の草稿が発見された。何と2万6500余枚に及ぶ膨大な量だった。

【写真】ハングル学会創立地(1908年国語研究会創立の地である現ソウル市西大門区の奉元寺で1959年7月19日記念写真を撮ったハングル学会会員たち=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 原稿を手に持った朝鮮語学会の人々の目から涙があふれた。『朝鮮語大辞典』の原稿は、日帝強制占領期間の1929年から始まった朝鮮語辞典編纂の結実だったからだ。だが、日本の朝鮮民族抹殺政策により1942年に警察に押収され3年間その行方を知る術がなかった。ようやく取り戻した『朝鮮語大辞典』原稿は、中断された朝鮮語辞典編纂事業にも再び希望を持たらした。

【写真】1941~1942年に作成した原稿修正本(第3冊)=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 しかし、喜びは長くは続かなかった。『朝鮮語大辞典』原稿は、光復以後にも朝鮮戦争とハングル波動など多くの社会的、政治的混乱の度に受難を体験しなければならなかった。こうした点から『朝鮮語大辞典』は民族の辛い歴史を代弁しているとも言える。

★ハングル学者の民族意識
 我が民族は、1910年に日本に国権を強奪された後1945年の解放までの35年間、朝鮮語を奪われハングルさえ自由に書けなかった。日本はハングル研究をした学者を「朝鮮思想犯保護観察令」の対象とした。要するに民族主義者を要視察者と見なし監視し始めた。

【写真】1935年標準語事情第1次会議に参加した委員たち=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 日本の苛酷な弾圧にもかかわらず、ハングル学者たちはハングルを守るために努めた。本格的な動きは1929年10月31日の「ハングルの日」記念日に各界要人108人が集まって結成した「朝鮮語辞典編纂会」から始まった。編纂会は、既存の朝鮮語学会とともに効率的な辞典編纂のために徹底して業務を分担した。これらの団体は、各種の語彙収集などを通して外来語表記法統一はもちろん、朝鮮総督府の綴字法改正案を自ら修正した。ついに1933年にはハングル正書法統一案を発表するに至った。

【写真】1941年頃の辞典編纂室の姿=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 このように辞典編纂事業はハングル学者によって結成された大規模団体の主導により進められた。これは単純に朝鮮語辞典を作るという次元を超えて、民族運動の結実を意味するものでもあった。日帝強制占領期間に民族の言語と文字を守るためにハングル学者が体験しなければならなかった代価はあまりにも残酷だった。

★ハングル学者たちの受難「朝鮮語学会事件」

【写真】日帝強制占領期間の教育。文章報国を旗じるしに皇国臣民化政策を広報した大邱(テグ)「朝鮮民報」資料写真//ハンギョレ新聞社

 日帝強制占領期間、日本が朝鮮人に対する皇国臣民化(天皇への忠誠を強要)のために特に重視したのが「日本語常用強制」だった。日本は1938年3月から朝鮮各級学校の朝鮮語科目を廃止して、朝鮮語の使用を禁止した。代わりに日本語で作られた教科書と日本語を強制した。
 日本の朝鮮人民族抹殺政策が加速化につれて、私たちの言葉と文字に対するハングル学者の愛情は一層深まった。朝鮮語学会は1942年3月、『朝鮮語大辞典』の原稿の一部を印刷し、紛失を心配してさらに1セットを作っておいた。日本の監視を避けて原稿の印刷が進行中だった1942年10月、思いがけない事件が発生する。

【写真】日帝強制占領期間の咸鏡南道国境地域の全景。平和な山中の村の姿だが、片側の丘陵に突然銃を持つ日本兵が立っている=資料写真//ハンギョレ新聞社

 当時、日本留学生だったパク・ビョンヨプは、咸鏡南道洪原邑前津駅に友達に会いに行き、日本警察の検問を受けることになった。普段から反日感情が強かったパク・ビョンヨプは、日本警察の問いに無愛想に答え、そのために家宅捜索までされることになる。問題は、パク・ビョンヨプの自宅で発見された姪のパク・ヨンヒの日記帳だった。パク・ヨンヒは、当時咸興(ハムフン)永生女学校4年在学中の18歳の学生だった。パク・ヨンヒは2学年の時、日記帳にハングルで感傷的な文を書き、日本警察はそれに難癖をつけ捜査に着手した。

【写真】朝鮮語学会受難同志会=写真出処:国家記録院

 日本警察はパク・ヨンヒ教師だったチョン・テジンを召喚して様々な拷問を加えた。チョン・テジンは朝鮮語学会の会員だった。チョン・テジンを始めハングル学者33人が大挙して検挙された。逮捕された人も48名に及んだ。彼らは検挙と取り調べの過程で過酷な拷問にあった。いわゆる「朝鮮語学会事件」の勃発だった。ハングル学者のうち、監獄に拘禁された29人は水拷問、宙づり、火責めなどで自白を強要された。日本は結局彼らをとんでもない事件に関与したことにさせ治安維持法第1条に該当する内乱罪に追い立てた。当時、洪原警察署はこの事件がでっち上げであることを知りながら、ハングル学者たちを起訴することで事件を終結した。

 拷問に苦しめられたハングル学者たちは、監獄で詩を書き忍苦の時間を耐え忍んだ。
     (中略)
 結局日本は「朝鮮語学会の辞典編纂は朝鮮民族の精神を維持する民族運動」という最終判決を下した。これを口実にハングル教育を廃止して、朝鮮語学会のすべての会員を検挙するに至る。合わせて数十万枚の資料カードを押収し、朝鮮語辞典編纂事業を中断させ朝鮮語学会を強制解散させた。

【写真】朝鮮語学会事件判決文=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 ハングル学者たちは判決に従わず、直ちに上告したが何も変わらなかった。16人は収監され、うち2人はひどい拷問で監獄で死を迎えた。

★人に続き言葉まで獄中生活
 1945年光復と共に監獄から解放されたハングル学者たちは、中断していた『朝鮮語大辞典』の編纂を再開した。しかし、辞典の原稿がどこへ行ったのかは分からなかった。原稿が見つからなければ、朝鮮語辞典の編纂は再び数十年遅れるかも知れなかった。咸興からソウルまで、あちこち訪ね歩いたが手がかりは見つからなかった。日本が燃やしてなくしたと推察するだけだった。

【写真】『朝鮮語大辞典』第6巻草稿の表紙=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 そうしている間にソウル駅の倉庫で『朝鮮語大辞典』の草稿が発見されると学界は興奮に包まれた。後で分かったことだが『朝鮮語大辞典』をソウル駅倉庫に無事に運んだのは、他でもないハングル学者たちだった。1942年10月「朝鮮語学会事件」で咸興裁判所で裁判を受けた彼らは判決を不服とし上告した。これに伴い、証明資料として京城高等法院に移送したが、戦争末期の混乱の中でそのまま倉庫に放置された。意味がないかに見えた「判決不服上告」という法廷闘争が、結局『朝鮮語大辞典』の原稿を守る結果になったわけだ。『朝鮮語大辞典』の原稿が、日帝強制占領期間の日本のあくどい弾圧にもかかわらず最後まで対抗したハングル学者の多くの犠牲により守られたという意味でもある。

★戦争中でも敢行された朝鮮語辞典編纂

【写真】『朝鮮語大辞典』第1巻と第2巻=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 『朝鮮語大辞典』の草稿を取り戻したハングル学者たちは、まず原稿の整理に取りかかった。日帝強制占領期間の日本による抑圧と人材および経費の不足の中で作った辞典原稿は、補完すべき部分が多かったためだ。語彙の統合、分離、追加、削除など原稿の全面手入れに入って2年余りが過ぎた1947年10月9日、最初の『朝鮮語大辞典』が発刊された。総原稿分量の約6分の1程度を脱稿した結果だった。朝鮮語学会と出版社は、最初の辞典の出版から価格を安く設定し購読者が簡単に購入できるようにした。

【写真】「独立新聞」1948年2月6日付=資料写真//ハンギョレ新聞社

 その後1949年5月、二巻が発行された。1950年6月には三巻が製本中で、四巻は印刷の最終段階まで進んでいた。ところでその時に想像もしない戦争が起きた。ソウルは北朝鮮軍により陥落し、朝鮮語学会があった乙支路(ウルチロ)の新会館建物が全焼してしまった。戦争で印刷は中断され、朝鮮語学会理事長の自宅にあった4,5,6巻の原稿も心配な状況だった。

【写真】ハングル学会(旧会館)=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 これに対し10人余りのハングル学者は燃えずに残っていた旧会館に隠してあった原稿を1カ月かけて書き写して二重の瓶に入れ土に埋めた。原本は天安(チョナン)に移し地中に別に埋めておいた。

【写真】朝鮮戦争が真っ最中だった1950年11~12月に書き写した第6巻原稿の一部(左)、1953年全州で修正した第5巻原稿の一部=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 ハングル学者たちは避難中にも辞典編纂を継続した。そして戦争が真っ最中だった1952年10月28日までに四巻の原稿の校正を終えることができた。1953年1月7日からは全州に臨時事務所を整え、五巻、六巻の原稿に対する修正も継続していった。ついに5月26日に完成した。

★李承晩独裁政権の「ハングル波動事件」

【写真】李承晩大統領=資料写真//ハンギョレ新聞社

 日帝強制占領期間や朝鮮戦争時期にも中断しなかった朝鮮語学会の辞典編纂作業は、想像だにしない事態をむかえる。1953年4月27日、李承晩(イ・スンマン)独裁政権はハングルの簡素化を強要する訓令を公布する。いわゆるハングル波動事件だ。李承晩政権はこれを押し切るために、当時文教部長官だったキム・ボムニンを退かせた。合わせてハングル学会の大辞典編纂事業を支援していた米国のロックフェラー財団の物資も遮断した。李承晩政権は、ユネスコのハングル学会事業5カ年計画援助も無視した。
 だが、政府の「ハングル簡素化」政策は、社会各界知識人の激烈な反対に直面した。こうした雰囲気の中で権力の支持基盤が弱かった李承晩政権はこれ以上政策を強制できなかった。ついに1955年9月19日の大統領談話でハングル簡素化政策を放棄した。

【写真】第3巻初版本修正本。1950年6月発行後1957年5月に再発行=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 これに伴い、ハングル学会の支援団体だった米国のロックフェラー財団も援助を再開した。1956年4月26日にはロックフェラー財団の文化部長であるパス博士がハングル学会を訪問した。同年9月から11月までは印刷用援助物資が何回も船便で到着した。ハングル学会が朝鮮語辞典の編纂事業に没頭できるようになった。学会は散り散りになっていた編纂員を呼び集め、増員を通じて四巻の紙形修正と五巻、六巻の原稿修正を並行した。同時に朝鮮戦争で毀損または紛失した一巻~三巻の紙形を補完して、大辞典全六巻を網羅する総括付録を作成する。

★『ウリマル大辞典』完刊の意味

【写真】『ウリマル大辞典』第一巻~第六巻全巻(1957年)=写真出処:国家記録院//ハンギョレ新聞社

 ついに1957年10月9日、民族の念願であり魂の溶け入った『ウリマル(私たちの言語)大辞典』が28年ぶりに完刊された。ところで、この辞典は一般語彙の他に主要専門用語や有名な地名、書籍の名前、名勝史跡も網羅して編纂された。これは日帝強制占領期間、光復、朝鮮戦争を体験して、当時私たちの知識を盛り込んだ辞典や百科事典が一つもない状況で国民の便益まで考えてのことだった。
 このようにして完刊された『ウリマル大辞典』は全17巻で、うち12巻はハングル学会が所蔵していて、残りの5巻は独立記念館が所蔵している。

カン・ミンジン記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/861217.html
韓国語原文入力:2018-09-08 20:26
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「三一節100周年を記念し、蔚山でも日帝強制徴用労働者像の建立を推進」

2018年09月09日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31581.html
「The Hankyoreh」 2018-09-08 09:48
■三一節100周年を記念し、蔚山でも日帝強制徴用労働者像の建立を推進
 来年三一節100周年を記念して韓国労総・民主労総共同で 
 17日、推進委発足…市民・団体・政党・自治体等の参加を促す

【写真】民主労総と韓国労総の蔚山本部は7日、共同記者会見を開き、2019年の三一節100周年記念に蔚山強制徴用労働者像建立事業を共同で推進すると述べた//ハンギョレ新聞社

 来年の三一節(独立運動記念日)100周年を記念し、蔚山(ウルサン)でも韓国労総と民主労総が連携して日帝強制徴用労働者像の建立を推進することにした。
 韓国労総蔚山本部と民主労総蔚山本部は7日、蔚山市役所プレスセンターで共同記者会見を開き、「2019年三一節100周年を記念して蔚山強制徴用労働者像の建立事業を共同推進することにした」と明らかにした。日帝強制徴用労働者像は2016年8月、韓国労総と民主労総が3000人あまりの朝鮮人が「死のような労働に苦しんだ」という日本の丹波マンガン鉱山に初めて建立した以降、国内で建立運動が起こり、これまでソウル・仁川・釜山・慶尚南道、済州に設置された。
 二大労総の蔚山本部はこの日の記者会見で「三一節100周年となる2019年を意義深く記念し、労働者の都市である蔚山で強制徴用労働者像を市民と共に立てる予定だ。日本に強制動員されて犠牲になった先輩労働者を記憶し、侵略と略奪の植民地支配にまみれた歴史の清算に向けた共同事業を力強く始める」と明らかにした。両労総の蔚山本部は、今月17日に「三一節100周年記念・強制徴用労働者像蔚山推進委員会」を発足させる予定だ。
 イ・ジュンヒ韓国労総蔚山本部議長とユン・ハンソプ民主労総蔚山本部長は「蔚山の日帝強制徴用労働者像の建立は、二大労総を中心とする労働者はもちろん、一般市民、市民社会団体、政党や地域の国会議員、地方自治体、地方議会など各界各層が一緒に参加する事業になるだろう」とし、賛同を求めた。
 両労総の蔚山本部がこの日、国家記録院ホームページの「日帝強占期被害者名簿」を引用して公開した資料によると、韓国と日本で確認できる各種の名簿の日帝強制占領期の強制徴用被害者数は107万5553人であり、このうち蔚山出身は計6313人ということがわかった。両労総の蔚山本部は「これは発見されたリストの数に過ぎず、実際の蔚山出身強制徴用犠牲者数は少なくとも1万人あまりにのぼると推定される」と説明した。

文・写真 シン・ドンミョン記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/861130.html
韓国語原文入力:2018-09-07 21:23
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「松代大本営工事に従事の朝鮮人労働者名簿 米国で発見」

2018年09月09日 | 国民国家日本の侵略犯罪
https://mainichi.jp/articles/20180830/k00/00e/040/325000c
「毎日新聞」 2018年8月30日14時39分
■松代大本営工事に従事の朝鮮人労働者名簿 米国で発見

【写真】帰国を希望する朝鮮人労働者らの名簿。実際に帰国したかどうかは不明=長野市で、ガン・クリスティーナ撮影
【写真】現在の松代大本営地下壕入り口(左)と朝鮮人労働者のための追悼碑(右)=長野市松代町で2018年8月29日、ガン・クリスティーナ撮影

 太平洋戦争末期、本土決戦に備えて、大本営や政府機関などを移転するために作られた松代大本営地下壕(ごう)(長野市)の工事などに従事した、朝鮮人労働者などの名簿が見つかった。2600人を超える名前や本籍の住所、年齢などが記されており、労働者の妻や子どもと思われる名前もあって、これほどの人数の名簿が見つかったのは初めてとみられる。【ガン・クリスティーナ】
 資料は、国学院大学の上山和雄名誉教授(71)=日本近現代史=が、1990年代初め、戦後に日本から押収した資料を保管している米議会図書館で発見した。資料の表紙には「帰鮮関係編纂(へんさん)」と「内鮮調査報告書類編冊」というタイトルがつけられ、名簿のほか帰国希望者の人数を記録した書類などがまとめられている。
 名簿はほぼ帰鮮関係編纂にあった。地下壕の工事を示す「東部軍マ(一○・四)工事」を担当した西松組(現西松建設)の松代出張所長名で県知事宛てに提出された名簿では、朝鮮人の創氏改名後の名前と本籍地、日本に来る前の住所、年齢、生年月日が書かれている。別の工事を請け負った鹿島組(現鹿島)が作成した名簿には、労働者の妻や子どもなどの名前が記録されていた。
 「内鮮調査報告書類編冊」は、県内の工事現場などに集住していた朝鮮人の集団帰国について、各事業場や警察署がまとめた資料からなっている。備考欄に「八月十五日以降工事中止ニヨリ食料ノ略奪其他治安上憂慮スベキモノニ付、至急送還ノ要アルモノ」と記されている資料もあり、朝鮮人の暴動を心配していた様子がうかがえる。
 戦後の朝鮮人帰国について研究する駒沢大学非常勤講師の鈴木久美さん(56)=東アジア現代史=は「戦争で労働力として動員され、戦争が終わると朝鮮半島の状況を考慮せずに帰国させた。帰国政策の一連の流れや、政府の朝鮮人に対する悲惨な扱いが読み取れる」と指摘する。また、「消息不明の朝鮮人の行方を明らかにしたり、日本の住所がある引率者をたどったりして、実際に朝鮮人たちはどのように帰国したのかなどを調査できる」と話す。
 資料を実態解明に活用しようという動きも出ている。松代大本営追悼碑を守る会(長野市)は7月、名簿を基に調査を実施するよう政府に求める請願書を郵送した。塩入隆会長(84)は「研究はほとんど手詰まり状態。名簿の情報で分かることが広がれば」と語る。また、県強制労働調査ネットワークの原英章代表(69)は「県内各地の工事で朝鮮人が従事していたことの裏付けになる。朝鮮半島のどの地域から来ていたのか、家族連れはどれほどいたのかなど資料を分析して、松代大本営の全体像をはっきりさせたい。遺族が生き残っている可能性もあり、証言の聞き取り調査も実施したい」と期待している。

★帰国者の実数分からず
 朝鮮人のうち、労働者を優先して帰国させる方針は、1945年9月1日に政府から各都道府県に具体的に通知された。10月初旬ごろまでは日本が独自に進め、その後は連合国軍総司令部(GHQ)の管理で行われた。帰国者は140万~150万人とされているが、漁船を借りて個人で帰国した朝鮮人もおり、正確な数字は分かっていない。
 松代大本営の地下壕は、44年11月に始まり、計画の75%、約13キロを掘ったところで終戦を迎えた。「松代大本営の保存を進める会」などの市民団体が集めた証言によると、約6000~7000人の朝鮮人労働者がいた。しかし、名簿が残っているのは、旧厚生省が90年代に韓国政府に提出した鹿島組の78人分のみだという。
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