三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

「朝鮮人追悼碑モチーフの作品、指導で解体撤去 群馬」

2017年10月31日 | 個人史・地域史・世界史
http://www.asahi.com/articles/ASK4Q639TK4QUHNB00L.html
「朝日新聞デジタル」2017年4月23日05時03分
■朝鮮人追悼碑モチーフの作品、指導で解体撤去 群馬

【写真】追悼碑をモチーフにした作品。展覧会前に撤去された(群馬県立近代美術館、白川昌生さん提供)

 群馬県立近代美術館で22日から展示予定だった、県内の「朝鮮人犠牲者追悼碑」をモチーフにした造形作品が、同館の指導で解体撤去されたことがわかった。追悼碑をめぐっては、存廃が法廷で争われている。同館は「県は碑の存廃をめぐる裁判の当事者。存否の両論を展示内容で提示できない以上、適さないと判断した」としている。
 撤去されたのは、前橋市の作家白川昌生さんの作品「群馬県朝鮮人強制連行追悼碑」。布を使って追悼碑を表現した直径5メートル、高さ4メートルほどの作品で、同県在住の芸術家の作品を集めた展示の一つに予定されていた。同館と白川さんによると、同館幹部らが21日夕、展示前の最終点検で不適と判断。白川さんと修正を模索したが、最終的に同館側が撤去を求めたという。
 碑は、戦時中に動員・徴用され、建設現場などで働いて死亡した朝鮮人らを追悼する目的で、市民団体が2004年、県立公園内に建立。県は14年、碑の前で開かれた追悼集会の発言が「政治的」で設置許可条件に違反したとして許可更新を不許可とした。市民団体が処分取り消しを求める行政訴訟を起こしている。白川さんは「群馬の問題だから、群馬で展示できれば良いと思った。残念だが、仕方がない」と話している。


https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/what-is-neutrality?utm_term=.vuoo4rrzJ#.nnOWPyyAX
「BuzzFeed News」2017/05/26 06:01  籏智広太 BuzzFeed News Reporter, Japan
■撤去された「朝鮮人強制連行追悼碑」 問われた展示の「中立性」とは
 群馬県立近代美術館の企画展で展示されるはずだった白川昌生さんの作品は、なぜ撤去されたのか。

 2017年4月。群馬県立近代美術館の企画展に展示されるはずだった造形作品「群馬県朝鮮人強制連行追悼碑」が、開会当日の朝になって撤去された。
 県が係争中の案件を取り扱った作品だったため、「中立ではない」と館側が判断し、作家同意のもとで撤去されたという。
 いったい、どういう経緯だったのか。作品の「中立性」とは何なのか。 BuzzFeed Newsは関係者に取材をした。

★実在する碑をモチーフに
【写真】撤去される前の「群馬県朝鮮人強制連行追悼碑」  白川昌生さん提供

 まず、大枠の経緯を振り返ろう。
 撤去された作品は、前橋市のアーティスト・白川昌生さん(69)のもの。群馬県立近代美術館で開かれる企画展「群馬の美術2017〜地域社会における現代美術の居場所」で展示される予定だった。
 そもそもこの作品は、近代美術館がある公園「群馬の森」(高崎市)の敷地内に実在する「『記憶、反省、そして友好』の追悼碑」をモチーフにしたものだ。
 碑をめぐっては、その撤去を求める県と設置主体の市民団体の間で裁判が起きている。
 「追悼碑」は2004年、「戦時中に群馬で強制労働に従事させられ、亡くなった朝鮮人犠牲者を追悼すること」を目的とし、市民団体によって建てられた。県議会が全会一致で請願を採択し、県が許可を出したうえでの建設だった。
 しかし2012年ごろから、碑の存在に反発した保守団体が街宣活動などを開始。2014年には設置許可取り消しを求める陳情が県議会で採択され、県も設置許可の更新申請を却下。撤去の方針が決まった。
 「政治的行事及び管理」を禁止した許可条件に違反している、などの理由だ。これを不服とした団体側は県を提訴。いまも裁判が続いている。
 白川さんはこうした経緯を踏まえ、「公共の場における碑の役割」を提起したいとの思いを作品に込めている。同様に碑の設置に関して揉めていた「長崎原爆投下記念碑」をモチーフにした作品とともに、2015年に発表した。

★撤去が決まったのは前日だった
【写真】白川さん

 「館長決定ですから、企画展に呼ばれている作家としてはしょうがないですよね。最初は学芸員もノリノリだったので、根回しも済んでいるかと思ったんですが……」。
 前橋市内でBuzzFeed Newsの取材に応じた白川さんは、そう淡々と語り始めた。
 そもそも白川さんが作品の撤去を伝えられたのは、開会前日(4月21日)の夕方のことだった。学芸員から 「大変なことになりました」と電話があり、「県が当事者の裁判についての作品だから展示ができない」という説明を受けたという。
 苦肉の策として、作品のキャプションを外したり、経緯を簡単にまとめた動画の上映をやめたりするなどの選択肢を提示した。しかしその日の夜、「館長決定」として、撤去の方針が伝えられたそうだ。

 白川さんは言う。
 「作品には、県の言うような『追悼碑の撤去に反対』というメッセージを込めているわけではありません。公共の彫刻が抱えている課題を伝えたかった」
 自身が「追悼碑」の設立や、訴訟に関わっているわけではない。ニュースで問題を知ったといい、そこからインスピレーションが生まれている。
 「公共彫刻は社会に接して立てられるものです。できごとに対する見る側の記憶を呼び覚ますきっかけになり、それをめぐる闘いも引き起こす。碑がなければ、記憶そのものが『ある』『ない』以前の問題になりますよね」
 「そういう性質を持っているため、公共彫刻は時の政治的な流れで排除される、作り変えられるなどのことは避けては通れない。今回の作品では、公共彫刻がそういった社会の動きと不可分であることを、群馬と長崎の『事件』を通じて提示したかったのです」
 受け手にも、この問題を考えてもらいたい。そんなメッセージを込めていたゆえに、「事件」のあった群馬において展示することにこだわっていたという。

★県が「中立ではない」と判断した理由
【写真】美術館と同じ「群馬の森」にある「記憶、反省、そして友好」の追悼碑 Kota Hatachi / BuzzFeed

 近代美術館側はなぜ、白川さんの作品を「中立ではない」と捉えたのか。
 「県の行政サービスのなかで美術館は運営されている。当事者の一方が県である係争中の事案を表現した作品はふさわしくないと、美術館として判断しました」。
 そうBuzzFeed Newsに語るのは、美術館の稲葉友昭副館長だ。撤去に至った経緯をこう説明する。
 「白川さんの作品は、さまざまなモニュメントが公共の場から無くなっていることを『良いのか?』と問題提起するもの。反語的には追悼碑を撤去するのは『ダメだ』と感じとられる懸念があると考えました」
 「意見が分かれているものについて、一方の側の意見を反映したものだけを展示すると、バランスを欠いていることになってしまいます。その懸念を感じ、訴訟の当事者でもある県の組織として、このような判断となりました」
 しかし、芸術がバランスを欠いていて展示できないというのは、そもそも企画展のテーマである「現代美術の居場所」を否定することにもなるのではないか。
 そう聞くと、稲葉副館長はこう答えた。

 「芸術作品が政治的であることはまったく否定していません。たとえばピカソのゲルニカだって、フランコ政権に反対するという政治性がありますが、それは時間的にも昇華され、戦争の悲惨さを伝えるものになっています」
 「ただ、白川先生の作品は生々しすぎた。いま、県で先鋭的な意見対立が起きている碑を取り上げている。アンタッチャブルな部分に踏み込んだもので、県立の美術館で展示することはできないと判断しました」

★撤去に至るまでの経緯は
【写真】群馬県立近代美術館 Kota Hatachi / BuzzFeed

 では、なぜ開会当日の撤去だったのか。稲葉副館長の説明を時系列にまとめると、下記の通りになる。大きな流れは、白川さんの記憶とも食い違いはない。
 •3月上旬:美術館から白川さんに企画展に複数の作品の展示を依頼
 •3月19日:白川さんからうち一つの作品を「追悼碑」に変更したいと連絡。すでに発表済みだったため、学芸員が許可したが、共有せず
 •4月21日午前:「追悼碑」が設置されていることが発覚
 •4月21日午前:「県が係争中の裁判に関わる作品がふさわしいのか」と館内で議論がはじまる。県に報告、東京にいる岡部昌幸館長(帝京大学教授)を呼び出す
 •4月21日午後5時ごろ:白川さんに連絡。撤去以外の選択肢が提示される
 •4月21日午後9時ごろ:作品撤去が適当と館長が判断。白川さんに連絡
 •4月22日午前9時ごり:白川さんが自ら解体撤去、代替作品の展示はなし
 •4月22日午前9時半〜:開会
 
 白川さんの「追悼碑」は2015年に東京・表参道「消された記憶展」で、2017年2〜3月には鳥取県立博物館で展示されている。
 そのため、学芸員は展示を「問題ない」と判断。それを館内で共有していなかったため、前日まで事態自体に気がつくことができなかった、ということだ。

★県の「忖度」はあったのか?
【写真】「記憶、反省、そして友好」の追悼碑に書かれた文章 kota Hatachi / BuzzFeed

 撤去に至るプロセスで、県文化振興課の担当者からは、「展示するのはまずいのではないか」という「オーダーではない」(稲葉副館長)言葉があったという。
 美術館は、県の上層部の意向を忖度したのではないか。そう問うと、稲葉副館長は「忖度ではありません」とし、館として独立した判断だったと強調した。
 「県立近代美術館で開かれる企画展ですから、我々が主導的な役割と責任を果たさないといけない。今回の作品は、その範囲を超えている」。
 「たとえば、『追悼碑は撤去すべき』という作品があれば、展示全体としてはバランスが取れたと思います。しかし、直前に別の作品を展示するのは難しいことですよね」。

 県はどう見ているのか。県文化振興課の担当係長は、BuzzFeed Newsに経緯をこう説明する。
 「事案があったという連絡を受け、作品を確認し、館側から話を聞きました。大きな問題ですから、うちの方からは部長以下、課長、次長、担当者が美術館に向かい、館側と協議をしましたがあくまで館の判断を支持するという立ち位置です」。
大きな問題、とは?

「同じ敷地内で碑の方が係争中ということが、大きな問題なのです。作家の同意の元で作品撤去をしたという結論に至るプロセスも大事になってくる。何度も繰り返しますが、指示するということはしていません」

★撤去すること自体が「中立ではない」?
【写真】いまも続く訴訟の弁護団。マイクを持つのが下山弁護士 kota Hatachi / BuzzFeed

 「美術館の姿勢には矛盾を感じざるを得ません」。
 そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、碑をめぐる訴訟で市民団体側の弁護団事務局長をつとめる下山順弁護士だ。
 「作品のモチーフになっている碑の撤去は、日本会議に関係する議員の多い県議会が、保守団体の動きに呼応し、県の判断となったもの。圧力に屈したというのが私たちの見方です」
 今回の美術館の動きも、こうした県の判断の延長にあるとみる。
 白川さんとは直接会ったことはなく、ニュースでこの美術館をめぐる問題を知ったという下山弁護士。「中立性」を強調し、作品を撤去した美術館の判断をこう批判した。
 「中立性を保つために碑を公園から排除する、美術館から作品を撤去するという判断自体が矛盾しているのです。撤去すること自体がそもそも政治的で、強烈なメッセージ性があると言えるのですから」

★誰が「中立」を決めるのか
 一方の白川さん本人も、美術館側がこだわった「中立性」について聞くと、こうつぶやいた。
 「そもそも作品が中立であるかどうかを、誰が決めるんでしょうね」。
 その上で、「どんな作品でも展示できるのが美術館の果たすべき役割だ」と指摘した。
 「作品が政治的であったとしても、公の場で公の問題を提示できるような様々な作品を見せられるのが、美術館の役割だと考えています。近代美術館には、それを果たしてもらいたかった」
 「碑を撤去するという県や県議会の方針は決まっている。本来であれば独立性を保ち、美術館の役割を果たす必要があるのですが、どう考えても現実的には忖度したんでしょう」

★置かれた「わたしはわすれない」の旗
【写真】もともと作品があった場所 kota Hatachi / BuzzFeed

 企画展は、6月25日まで続く。白川さんの作品が本来置かれていた場所にはいま、「わたしはわすれない」というのぼり旗が建っている。
 展覧会に展示している別の白川さんの作品に使われている旗だが、撤去後に白川さん自身が置いたものだ。
 「今回の騒動を知っている人が旗を見たときに、ひょっとしたらいろいろ想像してくれるかもしれないと思って、置いたんです。ある人から『恨みがあるんですか』と聞かれたけれどそんなことはありませんよ」
 騒動を知った人たちからは、こうしたすべての動きも含めて「作品」だったのではないか、と聞かれることもある。そういった意図はなかったという。
 再展示や美術館への抗議などは特段、予定していないそうだ。
コメント

「韓国・瑞山市 天理市に強制連行説明板の再設置求める」

2017年10月30日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japanese.yonhapnews.co.kr/Locality/2015/09/03/3000000000AJP20150903001600882.HTML
「聯合ニュース」2015/09/03 14:01
■韓国・瑞山市 天理市に強制連行説明板の再設置求める
【瑞山聯合ニュース】韓国西部、忠清南道瑞山市は3日、姉妹都市の奈良県天理市が昨年4月に撤去した植民地時代の強制連行と慰安所に関する説明板をあらためて設置するよう正式に要請したと明らかにした。
 この説明板は1995年に旧大和海軍航空隊大和基地(通称・柳本飛行場)の跡地に天理市と同市教育委員会が共同で設置。1944~45年の同飛行場建設について、「工事には多くの朝鮮人労働者が動員や強制連行によって連れてこられ、厳しい労働状況の中で働かされた」「『慰安所』が設置され、朝鮮人女性が強制連行された」などの記述があった。

【写真】昨年4月に撤去された説明板=(聯合ニュース)

 しかし、この記述をめぐって抗議の電話などが相次ぎ、天理市は記述を根拠付ける資料がないとして昨年4月に撤去した。撤去については、日本の一部市民から問題視する声が上がっている。
 瑞山市は再設置を求める書簡で、朝鮮人の証言などを基に制作された説明板が撤去されたことについては韓国内でも懸念の声が高まり、市民団体から再設置を求める建議が提起されたと伝えた。
 また、説明板はそれ自体が平和と人権について考えることのできる優れた教育の場であり、一日も早く再設置し両市の友好協力が変わることなく続くことを期待すると強調した。
 瑞山市は91年に天理市と姉妹都市となり、行政研修や中学生の交流事業など四半世紀にわたり交流を続けている。


http://voiceofnara.jp/news557.html
「奈良の声」2016年4月16日 浅野善一
■天理・柳本飛行場跡の説明板撤去で市民集会 大阪陸軍造兵廠の朝鮮強制労働体験者に聞き取り、空野弁護士が講演

【写真】大阪陸軍造兵廠の労働者として強制動員されたという韓国人から聞き取りを実施し、明らかになったことを説明する空野佳弘弁護士=2016年4月15日、天理市守目堂町の市男女共同参画プラザ

 朝鮮人の強制連行や慰安所設置の記述がある、奈良県天理市の柳本飛行場跡の市説明板が撤去された問題で、説明板撤去について考える会(米田哲夫代表)は15日、同市守目堂町の市男女共同参画プラザで、市民集会を開いた。53人が参加し、大阪市の軍需工場で強制労働を体験したという韓国人生存者からの聞き取りに最近成功した、調査団の報告などに耳を傾けた。
 大阪府朝鮮人強制連行真相調査団の日本人側事務局長・空野佳弘弁護士は、「歴史修正主義との闘い」と題して講演した。調査団は、アジア最大の兵器工場といわれた大阪陸軍造兵廠(しょう)の労働者として強制動員されたという韓国人男性3人から、昨年9、11月の2度、聞き取りを実施。空野弁護士は、証言で明らかになったことを説明した。
 空野弁護士によると、韓国政府真相究明委員会(昨年末解散)が発表した強制動員名簿を翻訳したところ、大阪陸軍造兵廠を連行先とされている人が多数いることが判明。同委員会に確認すると、十数人の生存が分かったという。大阪陸軍造兵廠は大阪城の隣にあった。敗戦時、6万3000人の工員がおり、うち1319人が朝鮮人だったとされている。しかし、これまでは労働の実態や死亡者の氏名、数など不明な点が多かったという。
 3人は洪東周さんらで、いずれも90代。連行時は未成年だったという。講演に先立ち、聞き取りを収めた録画が上映された。洪さんらは、里長(日本人とみられる)による動員の命令には逆らえなかったこと、工場での労働に対し給料は支払われなかったこと、工場を対象にした米軍の空襲で朝鮮人の工員が犠牲になったことなどを、この間のことのように語った。日本からの謝罪や補償などは、現在までないという。
 今の大阪城公園には、こうした歴史を踏まえて大阪府などが設置した「大阪城公園内に残る戦争の傷あと」と題する銘板があり、朝鮮人の強制連行にも触れている。これに対し、銘板の撤去や文言の修正を求める声があるといい、空野弁護士は「歴史修正主義派による改変要求」と批判。日本政府として真相を究明することや、正しい歴史を教育に反映させることが必要と訴えた。
 集会では最後に、天理市に説明板の再設置を求めるとともに、柳本飛行場の歴史を後世に伝える活動を続けていくことを、参加者全員で確認した。
 柳本飛行場は太平洋戦争中の軍事施設。市は95年、同市遠田町の公園内に飛行場跡の説明板を設置した。説明板には、教員を中心とした市民団体の聞き取り調査などを踏まえて、飛行場建設の際に朝鮮人労働者の強制連行や朝鮮人女性の慰安所設置があったとする記述があった。しかし、市は2014年4月、「強制性については議論がある」などとして撤去した。「在日特権を許さない市民の会」が当時、市に対し抗議したことを表明している。

【戦前・戦中の日韓関係】
 戦前・戦中の日本と韓国の関係では、日本は1910年、韓国を併合し、植民地化。土地調査事業を実施し、広大な農地、山林を接収、一部を日本の国策会社や日本人に払い下げた。皇民化政策を進め、日本の神社への参拝や日の丸掲揚、宮城遥拝、創氏改名などを強いた。朝鮮に対し、1943年に徴兵制を施行、1944年に国民徴用令を適用した。国家総動員法に基づく国民徴用令では、一般国民を強制的に軍需産業に従事させることができた。  (記事最後の【戦前・戦中の日韓関係】は4月20日に追加)


http://voiceofnara.jp/news507.html
「奈良の声」2015年10月10日  浅野善一
■天理・柳本飛行場跡の説明板撤去 韓国の市民団体代表ら「日本とアジアの国々の友好踏みにじる」

【写真】柳本飛行場跡の説明板撤去を考える勉強会で講演する宋道子さん(中央)と田甲生さん(左)=2015年10月9日、天理市守目堂町の市男女共同参画プラザ

 朝鮮人の強制連行や慰安所の記述がある、奈良県天理市の柳本飛行場跡の市説明板が撤去された問題で、説明板撤去について考える会(米田哲夫代表)は9日、同市守目堂町の市男女共同参画プラザで、「韓国から異議!」と題して勉強会を開いた。韓国で日本軍慰安婦の被害女性が最も多かったという統営(トンヨン)市で、聞き取り調査を続けている市民団体代表と研究者の2人を招いて、話を聞いた。市民ら35人が参加した。
 日本軍「慰安婦」ハルモニとともに行動する統営・巨済(コジェ)市民の会代表の宋道子(ソンドジャ)さんは、説明板について「平和な未来を映し出す鏡であり、天理の市民が自国の歴史を直視し、残そうと実践しているもの」と評価、撤去に対し「これに冷や水を浴びせ、日本とアジアの国々との友好を踏みにじるもの」と批判した。
 宋さんは、慰安婦の帰国後の生活がどうであったかの質問には、ほとんどが法的な結婚をできず、苦しい生活を強いられたとし、何よりも性奴隷だったことを恥じて苦しんだと答えた。
 ソウル大学アジア研究所の田甲生(チョンカプセン)さんは、最近、統営と巨済の小学校に保管されていた1940~44年の学籍簿を調査する機会があったと話した。12~17歳の女子生徒が自主退学して日本に渡ったとの記録が残っていたという。貧しい農家の子供たちとみられ、こうした子供たちが日本に行けば稼げるとの約束で、慰安婦として連れて行かれた可能性が高いと説明した。
 宋さんはこの日、勉強会に先立って、「考える会」と共に天理市役所を訪れた。統営市や巨済市などで集めた説明板再設置を求める天理市長あての署名約1万人分や統営、巨済両市長と統営市議会の意見書を提出した。
 柳本飛行場は太平洋戦争中の軍事施設で、天理市が95年、同市遠田町の公園内に設置した飛行場跡の説明板には、教員を中心とした市民団体の聞き取り調査などを踏まえて、飛行場建設の際に朝鮮人労働者の強制連行や朝鮮人女性の慰安所設置があったとする記述があった。しかし、市は2014年4月、「強制性については議論があり、説明板を設置しておくと、市の公式見解と誤解される」との理由で撤去した。


http://voiceofnara.jp/news494.html
「奈良の声」2015年9月2日 浅野善一
■天理・柳本飛行場跡の説明板撤去で学習会 「朝鮮人労働者強制連行」で最近の聞き取り報告

【写真】天理市の柳本飛行場跡の説明板撤去問題を考える学習会で報告する稲葉耕一さん=2015年9月1日、同市守目堂町の市男女共同参画プラザ

 奈良県天理市内の太平洋戦争中の軍事施設、柳本飛行場跡に市が設置していた説明板が撤去された問題を考える学習会(市憲法を生かす会主催)が1日、同市守目堂町の市男女共同参画プラザで開かれた。飛行場建設の際にあったとされる朝鮮人労働者の強制連行などの証言の聞き取りに取り組んでいる市民団体「いのちと平和を考える会」会長の稲葉耕一さん(72)が、最近の調査結果などについて報告した。
 市が1995年、同市遠田町の公園内に設置した柳本飛行場跡の説明板には、教員を中心とした市民団体の聞き取り調査などを踏まえて、朝鮮人労働者の強制連行や朝鮮人女性の慰安所設置があったとする記述があった。しかし、市は2014年4月、「強制性については議論があり、説明板を設置しておくと、市の公式見解と誤解される」との理由で撤去した。
 稲葉さんは、こうした説明板を「公が立てることは当時、画期的なことだった」と述べ、撤去後、再設置を求めて、市への申し入れや署名集め、学習会などの運動が起きていることを紹介した。
 最近の聞き取りでは、飛行場建設の勤労奉仕で動員された男性から証言を得たとした。当時、旧制郡山中学の生徒だった男性は、労働者が上官とみられる人物にむちで打たれたり、腕立て伏せをさせられたりする虐待現場を目撃したという。稲葉さんが男性に、飛行場建設における朝鮮人労働者の強制連行について説明すると、男性は「今にして思えばあれは朝鮮人労働者だったのだろう」と述懐したという。
 参加者との意見交換では、市内の年配の男性は、説明板撤去に対し議会はなぜもっと声を上げないのかと憤った。男性は「子供のころ飛行場跡周辺には在日朝鮮人がたくさん住んでいた。市議は親から聞いて飛行場建設のことは知っているはずなのに」と話した。 


http://voiceofnara.jp/news493.html
「奈良の声」2015年8月30日 浅野善一
■天理・柳本飛行場跡の説明板撤去 再設置目指し、9月1日に学習会

【写真】撤去された柳本飛行場跡の説明板。左半分に朝鮮人の強制連行や慰安所のことが記載されている=天理市教育委員会提供

 朝鮮人労働者の強制連行や朝鮮人女性の慰安所存在の証言が残る奈良県天理市内の柳本飛行場跡に市が設置していた説明板が撤去された問題について考える学習会が9月1日午後6時30分から、同市守目堂町の市男女共同参画プラザで開かれる。(終了しました)
 学習会は「天理市憲法を生かす会」(福井義博代表)の主催で、同市を中心に活動する市民団体「いのちと平和を考える会」会長の稲葉耕一さんが「柳本飛行場建設当時の様子―最近の聞き取りから」をテーマに報告する。稲葉さんは、当時を知る飛行場跡周辺の人たちなどからの聞き取りに取り組んでいる。
 柳本飛行場は太平洋戦争中の軍事施設で、説明板は同市遠田町の公園内に設置されていた。市は2014年4月、「強制性については議論があり、説明板を設置しておくと、市の公式見解と誤解される」との理由で撤去した。市内外で再設置を求める声が上がっている。
 参加費は資料代として100円。問い合わせは福井代表、電話090-8659-7580。


http://voiceofnara.jp/news433.html
「奈良の声」2014年11月8日  浅野善一
■天理・柳本飛行場跡の説明板撤去で市民現地を歩く
 強制連行の歴史確認フィールドワーク 

【写真】柳本飛行場の防空壕跡(奥の小山)の前で高野さん(右から二人目)の説明を聞く参加者=2014年11月8日、天理市
【写真】柳本飛行場の1500メートル滑走路の名残をとどめる直線道路。脇にコンクリートの舗装面が一部残っている=2014年11月8日、天理市

 天理市が市内の柳本飛行場跡に設置していた、朝鮮人労働者の強制連行や朝鮮人女性の慰安所の存在に関する説明板を撤去した問題で、再設置を求めている市民団体「天理・柳本飛行場跡の説明板撤去について考える会」(藤原好雄、米田哲夫共同代表)は8日、現地でフィールドワークを実施、参加者約40人が点在する施設跡を巡った。
 同市遠田町の市立式上公民館を基点に約5キロを歩いた。同飛行場跡の歴史の発掘に関わっている市内の元高校教諭、高野真幸さん(63)が案内した。
 柳本飛行場は太平洋戦争末期、海軍が本土決戦に備えて建設したとされる。長さ1500メートルの滑走路の名残をとどめる直線道路の脇にコンクリートの舗装面が残っていたり、通信施設などに使われた防空壕(ごう)が田畑の中に小山のように残っていたりする。住宅地の一角には、飛行場建設で徴用された朝鮮人労働者の宿舎の一つだったとみられる建物が朽ちながら現在も残っている。さまざまな戦争遺跡を前に「保存はどうなっているのか」などと質問する参加者もいた。
 慰安所があったとされる場所で、高野さんは「終戦直後、慰安所に取り残された朝鮮人女性は食べるものが無く、メチルアルコールを飲んで飢えをしのがざるを得なかった。強制性を示す証拠」と説明した。慰安所は朝鮮人労働者のために設けられたという。海軍の管理区域内あり、軍が関与していたことを示しているとした。
 香芝市の男性(69)は「軍のある所には必ず慰安所がある。軍の関与は間違いないと思う。はっきりさせる必要がある」と話した。大阪府八尾市の男性(71)は「慰安婦などをめぐる主催者の主張を受け入れるかどうかは別にして、飛行場跡を実地で見て、軍が本土決戦に備えようとしていたことがよく分かった」と話した。
 考える会の米田代表は歩き終えた後のあいさつで「現地を歩いて確認できた。あったことをなかったことにする捏造(ねつぞう)をしてはいけない」と述べた。
 説明板は同市遠田町の公園に設置されていたが、市に対し、強制連行はなかったとして撤去などを求める意見がメールや電話であり、ことし4月撤去された。


http://voiceofnara.jp/news414.html
「奈良の声」2014年8月7日 浅野詠子
■奈良県)柳本飛行場跡、天理市の説明板撤去で市民集会 「速やかな再掲示」アピール

【写真】撤去された天理・柳本飛行場跡の説明板の速やかな再掲示を実現させようと呼び掛けた市民集会=2014年8月7日、天理市守目堂町の市男女共同参画プラザ

 天理市が1995年に設置し、ことし4月に撤去した柳本飛行場跡(太平洋戦争中の軍事施設)の説明板の速やかな再掲示を求める市民団体が7日、同市守目堂町の市男女共同参画プラザで集会を開き、約80人が参加した。飛行場建設に朝鮮人労働者が動員され、慰安所も存在したことを明記した説明板が撤去された日を「4・18柳本飛行場の歴史を考える日」と決め、加害の歴史の隠蔽(いんぺい)を正す取り組みを広げようとアピールした。
 集会は「天理・柳本飛行場跡の説明板の撤去について考える会」が主催した。代表の元奈良市議、藤原好雄さん(82)は同飛行場跡近くが郷里で、「小学5年の当時、学童動員で柳本飛行場の草刈りをしていたところ、朝鮮人の青年が重い丸太を背中に載せられたまま、腕立て伏せを強いられ、丸太を落とすと殴られ、顔中血だらけだったのを目撃した」と涙ながらに語った。
 会場には、21年間、戦時中の地下トンネルの見学活動を続けるNPO法人「屯鶴峯地下壕(ごう)を考える会」メンバーや秘密保護法制に反対する市民グループなど多様な団体、住民らが県内外から参加。柳本飛行場跡の慰安所にまつわる証言を集めてきたジャーナリストの川瀬俊治さん(66)は39年前の取材ノートを公開し、「これからも歴史の証言者のインタビューや文献資料の発掘など、あらゆる方法を駆使し歴史的解明を目指そう」と呼び掛けた。


http://voiceofnara.jp/news411.html
2014年7月26日 浅野善一
■天理市が柳本飛行場・朝鮮人強制連行の説明版撤去 設置から20年、何が変わったのか

【写真】説明板が設置されていた支柱。撤去後はシートで覆われた=2014年7月15日、天理市遠田町
【写真】撤去された柳本飛行場跡の説明板。左半分に朝鮮人の強制連行や慰安所のことが記載されている=天理市教育委員会提供

 天理市の戦時中の軍事施設、柳本飛行場跡に、市と市教育委員会が1995年設置した説明板がこの4月、市によって撤去された。説明板には、飛行場建設で朝鮮人労働者の強制連行が行われ、朝鮮人女性の慰安所が置かれていたとの記載があった。市は撤去の理由について、「強制性については議論があり、説明板を設置しておくと、市の公式見解と誤解される
される」とする。設置から約20年で何が変わったのか。

★在日批判の団体の街頭活動で知る
 市が撤去を決めたきっかけは、2月ごろから市の意見箱などに寄せられた、説明板に対する批判のメールや電話。強制連行はなかったとして、撤去などを求めるものだった。一方、説明板の基となる事実関係の調査に関わるなどした人たちが撤去を知ったのは、「在日特権を許さない」などと主張する団体が5月に奈良市で実施した街頭活動で明らかにしたときだった。
 柳本飛行場の正式名は大和海軍航空隊大和基地。建設は1944年9月に始まり、終戦の45年8月まで続き、1200メートルの滑走路などができた。工事は勤労奉仕によって進められ、労働者の宿所もあった。
 説明版はステンレス製、縦80センチ、横1メートルで、同市遠田町の公園内に設置されていた。市史から抜粋した飛行場の説明に加えて、「多くの朝鮮人労働者が動員や強制連行によって、柳本の地へつれてこられ、きびしい労働状況の中で働かされました」「『慰安所』が設置され、そこへ朝鮮人女性が、強制連行された事実もあります」などの記載があった。当時の朝鮮人労働者らから聞き取りした証言の一部も引用されていた。
 撤去に抗議している「天理・柳本飛行場跡の説明板の撤去について考える会」の事務局の川瀬俊治さん(66)によると、教員を中心とした「奈良県での朝鮮人強制連行等に関わる資料を発掘する会」は、飛行場建設に従事した当時の朝鮮人労働者らからの聞き取り調査などを基に91年、冊子「朝鮮人強制連行と天理 柳本飛行場」を発行した。これを踏まえて、市の教員らでつくる市同和教育研究会(現在は市人権教育研究会)が市、市教委と交渉、説明板設置に至ったという。

 市に寄せられた説明板に対する意見はどのようなものだったのか。
 市によると、撤去を決めたのは4月18日で、同日中に撤去したという。「撤去について考える会」が市に抗議して新聞などで報道があった6月27日、記者は市の情報公開制度に基づき開示請求した。市はメールについて、送信者の名前など個人を特定する情報を除いて開示した。撤去決定前に寄せられたのは2月2日~4月16日の4件だった。電話によるものは記録がないとした。

★批判メール、「戦時徴用」と主張
 これらのメールは、強制連行については戦時徴用だったとし、当時、朝鮮は日本に併合されており、戦時徴用は日本人にも同様に行われていたと強制性を否定。慰安婦については、根拠は本人たちの証言のみで一次資料は見つかっていないなどとした。説明板について、日本国民をおとしめるものなどと主張、撤去や修正を求めた。ただ、いずれも柳本飛行場の強制連行に関する事実関係への具体的な反論はなかった。
 6月27日までに12件のメールが寄せられたが、撤去後は撤去に反対するメールも2件あった。市によると県内より県外からのメールが多かったという。
 市は4月22日、検討会を開き、説明板への問い合わせに対する回答文をまとめた。それによると、どのような資料を根拠に設置されたのか、どのような経緯で現在の場所に設置されるに至ったのか、調査したがはっきりしない▽さまざまな歴史観がある中で、「強制性」については全国的に議論されており、国もあらためて検証する方向を示している▽国の動向も見ながら専門家による検証を見守る▽設置しておくと、市、市教委の公式見解としてとらえられるので、いったん取り外し保管している―などとした。
 このとき、政府は、従軍慰安婦問題について反省を表明した93年の河野談話の作成過程に関して、検証作業を進めている最中だった。設置から時間が経過し、市役所内では説明板が存在していることへの認識はあまりなかったといい、あらためて扱いについて協議したという。
 市は撤去に当たって、「発掘する会」などに相談や連絡はしなかった。会が存在しているかどうか把握していなかったためという。「撤去について考える会」の事務局によると、「在日特権を許さない市民の会」が5月10日に近鉄奈良駅前の行基広場で実施した街頭活動で、説明板の撤去が明らかにされ、それによって知ったという。
 「在日特権を許さない市民の会」がインターネット上で公開している当日の映像によると、演説者の一人が柳本飛行場の説明板の存在に触れ、「抗議することによって4月18日に撤去された。教育委員会も強制連行、従軍慰安婦があったと言えなくなっている」などと報告していた。同会はこの日、日の丸や旭日旗を掲げて、在日韓国・朝鮮人を批判する主張を繰り返した。

★市の人権教育指導指針にも記述
 市は、説明板について根拠、経緯がはっきりしないとしているが、市と市教委が人権教育に関し、93年に策定した「在日外国人(主として韓国・朝鮮人)幼児・児童・生徒に関する指導指針」には飛行場跡に関する記述がある。それによると、「本市に在住する韓国・朝鮮人のほとんどは、戦前・戦中のわが国の国家政策による歴史的・社会的経緯の中で在日を余儀なくされてきたのである。とりわけ、柳本飛行場建設にかかわって多数の朝鮮人が強制連行により労働と多大の犠牲を強いられた経緯をもっている」と明確に述べていた。
 市によると、86年に県教委が示した「在日外国人(主として韓国・朝鮮人)児童生徒に関する指導指針」を受けて各市町村版が策定されたという。指導指針は今も生きているというが、現在、学校現場では外国人に特化せず、幅広い人権教育が行われているとし、こちらは見直したり、改訂したりする考えはないとする。
 政府は6月20日、検証結果を受けて、河野談話を継承すると表明したが、市の説明板撤去の考えは変わらない。山中由一・市長公室長は「検証によって逆に疑義が深まったところもある。両方の意見があり、何が真実か分からない。市独自で検証はできない。専門家による検証を待つ」と説明する。
 一方、「撤去について考える会」事務局の川瀬さんは「市長が代わると扱いも変わるのか。説明板に対し文句を言った人の話が撤去の根拠になっている」と批判する。
 設置当時の市長は市原文雄氏(在任92~2001年)。現在の並河健市長は13年10月に就任した。
 戦前・戦中の日本と韓国の関係では、日本は1910年、韓国を併合し、植民地化。土地調査事業を実施し、広大な農地、山林を接収、一部を日本の国策会社や日本人に払い下げた。皇民化政策を進め、日本の神社への参拝や日の丸掲揚、宮城遥拝、創氏改名などを強いた。朝鮮に対し、1943年に徴兵制を施行、1944年に国民徴用令を適用した。
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24回目と10回目の追悼集会に参加してください

2017年10月29日 | 集会
 1994年11月20日に李基允さんと裵相度さんを追悼する碑が除幕されてから23年になり、2008年3月9日に紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼するはじめての集会が開かれてから9年半あまりが過ぎました。
 李基允さんと裵相度さんを追悼する24回目の追悼集会と紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する10回目の追悼集会を開きます。
 みなさんの参加をお待ちしています。
  
     三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会
         http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinomoto/
     紀州鉱山の真実を明らかにする会
         http://www.kisyukouzansinjitu.org/index.html

■李基允さんと裵相度さんを追悼する24回目の集会のご案内 
 と き:2017年11月18日(土) 午後2時 開会
 ところ:李基允さんと裵相度さんの追悼碑前(木本トンネル熊野市側入り口)
        JR熊野市駅から尾鷲方面に歩いて徒歩8分です。

 追悼集会の後、「木本事件」の跡をたどりつつ、おふたりの墓のある極楽寺に行きます。


★写真パネル展
 追悼集会と合わせて、「木本事件」、「紀州鉱山への朝鮮人強制連行」などに関する写真パネルなどを展示します。ぜひ見にきてください!
 場所は、熊野市文化交流センター 多目的広場です。
    熊野市井戸町643 電話 0597-89-3686。 JR熊野市駅のすぐ右です。
 [展示時間]●11月18日:13時~17時  ●11月19日:9時~16時
         
 ※追悼集会・写真パネル展とも参加費は無料です。


■紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する集会のご案内
 10回目となる紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する追悼集会を開催します。
 ぜひ、参加してください。

 と き:2017年11月19日(日) 午後1時 開会
 ところ:紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑前
       熊野市紀和鉱山資料館(三重県熊野市紀和町板屋110-1)から徒歩2分です。

 当日、午前10時から12時まで、旧紀州鉱山地域の「現地調査」をおこないます。


【宿泊のご案内】
 11月18日夜、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑に近い朝鮮人の飯場があった湯の口に宿泊し、夕食後に懇親会をひらきます。
 宿所は、熊野市紀和町にある「湯元山荘 湯ノ口温泉」です。
 宿泊を希望する方は連絡してください。
 宿泊費は、夕・朝食費をふくめ5500円ほどです。懇親会費は1500円ほどです。
   問い合わせ、宿泊申し込みは、
    pada@syd.odn.ne.jp にメールするか、090-8860-9961(竹本昇)に電話してください。
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「慰安婦の真実を知らせる、それが正義だから」

2017年10月28日 | 日本軍隊性奴隷
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/28780.html
「The Hankyoreh」2017.10.25 09:16
■[インタビュー]「慰安婦の真実を知らせる、それが正義だから」
 マイク・ホンダ前米下院議員-ラッセル・ロイ社会正義教育財団事務局長 
 
 「立証資料が不十分という安倍政権 
 それ自身が道徳的指導力の不在を証明 
 米国社会にきちんと知らせることに注力 
 カリフォルニアで講義始め成果」 
 「長期にわたり日本政府のロビーに振り回された米国 韓国人の怒りがよくわかっていなかった」

【写真】マイク・ホンダ前米下院議員(右)とラッセル・ロイ米サンフランシスコ社会正義教育財団事務局長が15日午後、ソウル市孔徳洞のハンギョレ新聞社の会議室で日本軍「慰安婦」問題と関連して話をしている=キム・ジョンヒョ記者//ハンギョレ新聞社

 「安倍政権の政策ないし安倍首相の発言自体が、反知性の証拠だと考える。(立証)資料がないと言っているが、日本政府が体系的に女性を動員し誘拐したという資料が明確にあるので、日本政府が責任を負わなければならない。だから河野談話まで出たのではないか。証拠が不十分なのではなく、現在の日本政府に道徳的指導力がないためではないか」
 日本軍「慰安婦」動員に強制性はなかったという安倍晋三首相と日本政府の主張に、マイク・ホンダ前米下院議員(76)は「話にもならない」と指摘した。その場に同席した米サンフランシスコ地域の市民団体である社会正義教育財団のラッセル・ロイ事務局長(62)は、彼の話に「同意する」としてこのように受け答えた。
    「資料がないということは事実でない。問題の一つは、その資料が中国語、日本語、
   韓国語で書かれているため米国社会にきちんと知らせられずにいるということだ。だ
   から私たちの財団では、『慰安婦』関連事実を米国社会にきちんと知らせることを教
   育活動として優先している」。
 ホンダ前議員は、米国カリフォルニア地域で彼とともに教育・少数者権益、そして日本軍「慰安婦」に関する米国社会の正しい認識を向上させるための活動を行っているロイ事務局長や、彼らと共に2013年ロサンゼルス郡内の小都市グレンデールの慰安婦少女像と今年9月サンフランシスコ慰安婦メモリアル碑建設を主導したイ・チャンヨプ・グレンデール都市開発委員長とともに15日、ハンギョレ新聞社を訪れた。
 ホンダ前議員は来年3月からサンフランシスコ教育統合区で10年生を対象に慰安婦問題を教えることになったが、これは「米国で初めて」だとし、その重要性を強調した。「米国で慰安婦問題を学校の講義内容に含めるのは、カリフォルニア州が初めてだが、講義要綱や生徒教育指導案がなく、一線の教師たちがとても困惑している。現在、講義教材を私たちが開発し、モデル講義までした状態だ」。この講義教材の開発を「慰安婦連帯正義」という市民組織傘下の社会正義教育財団が受け持っている。
 普段から「慰安婦」関連の仕事に自身が先頭に立ってきた理由を「それが正しいことだから」と話してきたホンダ前議員は、「母方の祖父である岸信介、彼の弟(佐藤栄作)までが首相を務めた安倍の場合、日本政治史が彼の個人史と重なっているので、個人的な感情を歴史問題に移入しているのではないかと思う」と話した。彼は「慰安婦と関連して言葉の言い換えに終始していて、きわめて嘘に長けた政治家と見ざるをえない」という安倍首相に対して「(新しい変化を主導できる)日本の皇太子が慰安婦問題の慎重で責任ある解決」を提案すれば、効果があるのではないかと思うとも話した。
 サンフランシスコ市長と米上院情報委員長などを歴任したダイアン・ファインスタインの補佐官として20年余り仕事をしてきた中国系米国人のロイ事務局長は、慰安婦問題に対する日本政府の誤った対処は、1980年代から本格化したと指摘した。「その時から日本政府は数百万ドルを米国の学者、研究者相手のロビー活動に注ぎ込んだ。大多数の白人はその事実をよく知らないので、事実に基づいた研究の成果と日本政府の主張の間で混乱を来している。慰安婦問題に関する真実を米国民に知らせる努力を妨害しようとする日本政府のばらまきとロビー工作にどのように効果的に対処するか、それが問題だ」。
 2001年に60歳で連邦下院に初めて進出した後、昨年11月までシリコンバレー17地区と15地区で民主党連邦下院議員(任期2年)として8選を記録したホンダ前議員は、2007年9月に米下院の日本軍慰安婦決議を主導したことで韓国でも広く知られた。九州、熊本には、今も彼の母親の弟、父親の妹が暮らしている。慰安婦関連活動のために「私たち一家の親戚たちは何も言わなかったけれど、別の日本人からは多くの不平や抗議を受けた」と彼は話した。
 第2次大戦の時、米国政府の日系人強制隔離措置で被害にあった家族の一員である彼は「米国の政界にはきわめて長く執拗な反アジア情緒がある」と話した。「成長過程で主流白人が持つアジア系に対する偏見や差別的態度が、結局多数が少数を分離して支配しようと考えたやり方ではないかと考えた。少数者である私たちは、政権に忠誠を尽くすのではなく、憲法に忠誠をつくす。憲法に保障された政治活動の自由がとても重要だ。米国は良い国だが、完ぺきな国ではない。それで憲法が保障する権利を実現し保護するために政治活動に熱心に参加してきた」。慰安婦関連活動もその延長線上にある。
 ロイ事務局長は日本と韓国に別々の基準を適用する米国の政策をも批判した。「米国が持つ二種類の定規のために、韓国が不公平な待遇を受けていることは事実だ。米国人は韓国人がなぜ怒るのか、日本人が内心狙っているものが何かを知らない。そうした面で、米国は韓国と日本を操り人形のように操縦し、政治・経済的利益を企てていると見るべきではないだろうか」。ホンダ前議員は「慰安婦合意で勝者は日本だけ」と話した。

整理ハン・スンドン先任記者、チョ・ヘジョン記者
韓国語原文入力:2017-10-24 20:33
http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/815868.html


http://japan.hani.co.kr/arti/politics/25219.html
「The Hankyoreh」2016.09.22 08:01
■ホンダ議員、「日本の教科書に軍慰安婦問題載せるべき」
 米議会の慰安婦決議案採択9周年記念式で 
 「日本の皇室もこの問題を言及するのに日本政府だけが責任回避」 
 イ・ヨンスさん「200歳まで生きて日本と闘って勝つ」 

【写真】2007年、連邦下院の慰安婦決議案の可決を主導したマイク・ホンダ議員(民主党・カリフォルニア)が20日(現地時間)、ワシントン連邦議会で開かれた「慰安婦決議案通過9周年記念式」で記念演説を行っている。隣は日本軍慰安婦被害者のイ・ヨンスさんとチャールズ・ランゲル議員が抱擁する姿=ワシントン/聯合ニュース

 韓国と日本政府の日本軍慰安婦問題に対する12・28合意以降、米国内でも慰安婦問題に対する関心が薄れてきているなか、マイク・ホンダ議員は20日(現地時間)「日本軍慰安婦問題は今も生々しい現在の問題であり、全人類の人権問題」と指摘した。
 ホンダ議員はこの日、在米韓人有権者団体である「市民参与センター」主催でワシントンの連邦議会で開かれた「軍慰安婦決議案採択9周年記念式」で「日本軍慰安婦は日本政府が組織的に介入した性奴隷」だとし、このように明らかにした。ホンダ議員は2007年7月30日、米下院で慰安婦決議案が満場一致で可決されるのに主導的な役割を果たした。
 ホンダ議員は「今も(スンニ派武装団体の)『イスラム国家』(IS)とイスラム過激派のテロ組織ボコ・ハラムに連行され、性奴隷に転落した女性たちがいる」、「慰安婦問題は決して過去の話ではない」と強調した。
 ホンダ議員はまた、「日本では依然として子供たちに、軍慰安婦問題を教えていない」、「教科書に慰安婦問題を載せなければならない」と明らかにした。彼はまた、「ドイツも過去の過ちを謝罪し、日本の皇室もこの問題について言及しているが、日本政府だけが責任を回避している」と批判した。
 来年1月に政界引退を宣言したチャールズ・ランゲル下院議員は、来年初めに訪韓し、駐韓日本大使館前で開かれる「水曜デモ」に慰安婦被害者のハルモニ(おばあさん)らとともに出席するとし、「一緒に働きかければ大きなことができる」とムードを盛り上げた。
 この日の記念式に出席した慰安婦被害者のイ・ヨンスさんは、「日本が二度とこのような行動をしないためには、全世界が力を添えなければならない」、「私は200歳まで生きて日本と闘って必ず勝つ」と話した。イさんは、「私は韓日間の慰安婦問題交渉について聞くことも、見ることも、参加することもできなかった」、「これはきちんとした合意ではなく、真の問題解決のためには皆さんがともに立ち上がる必要がある」と訴えた。
 昨年末の韓日間の慰安婦合意以来初めて開かれたこの日の記念式の出席者はわずか30人程度であり、政府合意が米国内の市民団体の慰安婦運動を萎縮させていることを示した。

ワシントン/イ・ヨンイン特派員
韓国語原文入力::2016-09-21 21:57
http://www.hani.co.kr/arti/international/america/762059.html


http://japan.hani.co.kr/arti/international/20509.html
「The Hankyoreh」2015.05.01 22:58
■慰安婦被害者のイ・ヨンスさん「安倍、嘘つき病を治さなければ自滅するだろう」
 安倍首相、初の米国上下両院合同演説
 他の外国指導者の時とは異なり起立拍手少なく
 イ・ヨンスさん、傍聴席から安倍を凝視
 議事堂前では在米韓国人同胞ら500人が抗議デモ

【写真】29日(現地時間)、安倍晋三日本首相の米国上下両院合同演説に先立ち、日本軍慰安婦被害者であるイ・ヨンスさん(中央)がマイク・ホンダ議員(左)とスティーブ・イズリオル議員(右)の手を握り議会建物に入っている=ワシントン/新華連合ニュース
 
 安倍晋三日本首相が29日(現地時間)、日本の首相としては初めて立った米国議事堂上下両院合同演説場は何かに抑えられたかのように空気が重く沈んでいた。大慨の合同演説は米国を訪問する同盟・友好国の指導者を歓迎する席の性格上、歓呼ムードになるのが普通だが、この日の行事は雰囲気が違っていた。
 1941年、日本の真珠湾攻撃直後にフランクリン・ルーズベルト大統領が「恥辱の日」演説を行った場に日本の首相が立ったためだろうか。 このような歴史的沈殿物と共に、民主党議員の環太平洋経済パートナーシップ協定(TPP)反対情緒などが複合的に作用しているようだった。
 他の外国指導者の演説とは異なり起立拍手も多くなかった。 演説台から4列目の中央に座っていたマイク・ホンダ議員は起立拍手をする時も立ち上がらないなど露骨に不満を示した。
 安倍首相の演説は、過去の問題に対する所見表明と、米国に対する賛辞、そして日本がアジア地域の安保・経済で果す任務などで構成されていた。 彼は第2次大戦で犠牲になったアメリカ人に対しては“深い懺悔”と“哀悼”を示した。 アジア国民に対しては“深い反省”(日本語訳では痛切な反省)を示し、日帝の植民支配と侵略という単語の代わりに「自らの行い」と表現した。彼は「紛争下、常に傷ついたのは、女性でした。私たちの時代にこそ、女性の人権が侵されない世の中を実現しなくてはならない」と述べた。日本軍慰安婦問題を、一般的な戦争の様相の一つとしてぼかそうとする試みと解釈される部分だ。 しかしこのような事情を分からない一部の議員たちはこの部分で拍手した。
 安倍首相彼は米日同盟強化のための防衛協力指針(ガイドライン)の改定に言及した後「私たちが太平洋からインド洋にかけての広い海を平和と自由の海にするだろう」と述べ、軍備拡張の意志を明らかにした。 特に、「日本はオーストラリア、インドと戦略的関係を結び、韓国、アセアンとは協力関係を深めていく」として「米日同盟を基軸とし、これらの仲間が加わると、私たちの地域は各段に安定するだろう」と述べた。 韓国を米日同盟の下位の相手として位置づけたわけだ。
 演説が開かれる前、議事堂前では在米韓国人同胞団体と中国系・台湾界団体、人権団体会員ら500人余りが集まって示威を行った。同胞たちはワシントンだけでなく、ニューヨーク、ニュージャージー、フィラデルフィアなどからも夜明けにバスを借り切って示威に参加した。民主党のホンダ議員とスティーブ・イズリオル議員も参加して安倍首相の謝罪を促した。
 ホンダ議員の招請で本会議場傍聴席に座った慰安婦被害者のイ・ヨンスさんは、安倍首相をずっと凝視していた。 イさんは演説が終わった後、記者たちに「安倍、その嘘つき病、歴史を否定する病気を治さなければあなたは自滅するだろう」と批判した。
 ニューヨークのフラッシングから眠らずに午前4時にバスに乗ってきたというカン・ジョンスク家庭相談所ハーモニー会会長は「絶対に来なければという思いでボランティア会員7人と一緒に来た」として「過去の過ちを認めて前に進むことは重要だが、過去自体を否定するので安倍首相に反感を持たざるをえない」と話した。

ワシントン/パク・ヒョン特派員
韓国語原文入力:2015-04-30 19:49
http://www.hani.co.kr/arti/international/america/689274.html


http://japan.hani.co.kr/arti/international/20498.html
「The Hankyoreh」2015.04.30 12:41
■安倍首相、侵略や反省はおろか「韓国や中国の成長を助けた」と強弁
 日本の首相として初めて米議会上下両院演説
 「アジアの人々に苦痛」と短く言及
 記者の「慰安婦謝罪」の質問には…
 「人身売買」と焦点ぼかし
 オバマ大統領「衝突の後には和解」と黙認

【写真】安倍晋三日本首相が29日、米議会上下両院合同演説をしている=ワシントン/ロイター/聯合ニュース

 「戦後、私たちは、先の大戦に対する深い反省を心に込めて、私たちの道を歩み始めました。私たちの行動がアジア諸国の国民に苦痛を与えた事実から目を背けてはなりません。この点について、歴代首相が表した見解を守っていきます」。
 29日(韓国時間30日未明)、日本の首相としては初めて米国議会上下両院合同演説をした日本の安倍晋三首相が、過去の歴史問題に触れた発言はこれに止まった。日本の過去の侵略と植民地支配のための明確な反省はなかった。慰安婦問題に対する謝罪はもちろん、慰安婦という言葉すら口にしなかった。
 一方、安倍首相は演説で、米国との緊密な関係や、日本がアジア諸国に支援してきたことに重点をおいた。彼は70年前に廃墟となった日本が米国の支援と米国が構築した戦後の経済システムに助けられ、「1980年代から韓国、台湾、アセアン諸国が発展し、中国が発展する過程において、日本は献身的に資本と技術を投資して彼らの成長を助けた」と強調した。
 彼はハワイ真珠湾とフィリピンのバターンなどで日本との戦争で死亡した米国人に対し、「日本と日本国民を代表して、永遠の哀悼の意を表する」と述べた。
 安倍首相は、今回の訪米期間中、日本軍慰安婦を人身売買の犠牲者として描写し、日本政府と軍の介入を事実上否定する既存の姿勢を固守している。オバマ政権は安倍首相のこのような揺るぎない姿勢を事実上黙認しており、今回の安倍首相の訪米が韓日間の過去の歴史問題をめぐる軋轢を緩和するどころか、むしろ増幅させるきっかけになる可能性が高まっている。
 28日、日米首脳会談後の記者会見では、AFP通信の記者が「安倍首相は、日本帝国主義の軍隊によって奴隷にされた約20万人の女性を含め、第ニ次世界大戦中の日本の行動に十分な謝罪を表明してこなかった。今日はそれに対して謝罪するのか」と非常にストレートに尋ねた。これに対して安倍首相は、謝罪はせず、前日ハーバード大学で行った発言をほぼそのまま繰り返した。彼は「人身売買によって苦しめられて計り知れない苦痛を経験した慰安婦たちのことを思うと、胸に深い痛みを感じる」とし「河野談話を継承し、これを修正する意図はない」と述べた。特に、彼は「日本は慰安婦に対し、現実的な苦痛を軽減するため、様々な努力を行ってきた」と強調した。これは、過去に日本の市民の寄付などで作られたアジア女性基金などで、慰安婦被害者に慰労金を支給していたことを意味するものと思われる。
 しかし、日本は昨年河野談話を検証して談話の意味を毀損しており、アジア女性基金も日本政府の公式謝罪と賠償という被害者の要求とほど遠い。安倍首相はまた、「20世紀の歴史の中で、戦争中に女性の尊厳と人権がしばしば侵害された」とし、戦時女性の人権を侵害したのは日本だけではないと、再び「焦点ぼかし」を図った。
 韓国はもちろん、米国の主要メディアや一部の米下院議員の「真の謝罪」要求にもかかわらず、安倍首相がこのような態度を固守する背景には、これらの要求を無視しても自分の議題を貫くのに支障はないとの自信があると思われる。実際に、安倍首相は今回の訪問で、日本の自衛隊の米軍支援の範囲を全世界に拡大した日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の改定と環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の進展により、バラク・オバマ大統領から歓待を受けている。これらが、安全保障と経済面で浮上する中国を牽制しようとする、オバマ大統領の「アジア再均衡」政策を確実に支えるものとされているからだ。
 オバマ政権は歴史問題で日本の前向きな態度を引き出すために水面下で動いていると言われてきたが、今回の首脳会談を契機に明らかに日本の方に傾いている様子だ。オバマ大統領は28日の記者会見で、前日安倍首相をリンカーン記念館に直接案内したことに触れ、「リンカーン大統領は、大規模な衝突の後に和解が伴わなければならないという点を信じていた」という言葉以外に何の言及もしなかった。
 特に、ホワイトハウスでアジア政策を総括するエバン・メデイロス補佐官は27日、安倍首相の今年の発言に対して「非常に重要で建設的」だと評価しながら、「私たちはパートナー国に歴史問題に対する建設的かつ未来志向的なアプローチを取ることを促すとき、私たちが言っているのはまさにこのようなものだ」と述べた。事実上、安倍首相の肩を持つような発言だ。米国政府のこのような雰囲気は、最終的に中国を牽制するために日本の支援を必要とする現在の状況で、過去の歴史問題をめぐる韓日間の対立は米国にとってそれほど重要な問題ではないという認識を拡散させるものと見られる。

【写真】28日(現地時間)、安倍晋三日本首相がホワイトハウスでバラク・オバマ大統領と首脳会談をする間、日本軍慰安婦被害者のイ・ヨンス婦人がワシントン議事堂の前で日本の謝罪を促す発言をしている。イ婦人とともに200人余りが安倍首相が日本の過去戦争犯罪を謝ることを要求してデモを行った=ワシントン/新華聯合ニュース

ワシントン/パク・バクヒョン特派員
韓国語原文入力:2015-04-30 00:34
http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/689174.html


http://japan.hani.co.kr/arti/international/20497.html
「The Hankyoreh」登録 : 2015.04.29 23:46 修正 : 2015.04.30 11:12
■A級戦犯容疑者だった祖父を正当化する安倍首相
 米日首脳会談後の会見で
 「戦争にまきこまれる危険」質問に
 「1960年にもレッテル貼り」強弁
 米日安保条約を改定した岸信介の選択を擁護

【写真】日本軍慰安婦被害者キム・ボクトンさん(前列左)とキル・ウォンオクさんが29日昼、ソウル鍾路区の日本大使館前で開かれた「日本軍慰安婦問題解決のための定期水曜デモ」で日本の謝罪を促している=キム・ソングァン記者//ハンギョレ新聞社

 「そういう“レッテル貼り”は初めてではない。1960年(米日)安保条約改訂の時も日本が米国の戦争に巻き込まれかねないという批判があった」。
 28日(現地時間)ホワイトハウスで米日首脳会談が終わった後に開かれた記者会見で、米日防衛協力のための指針(ガイドライン)改定などで「日本が米国の戦争に巻き込まれる危険が高まった」という趣旨の質問が出た。
 質問に答えた安倍晋三日本首相が突然口にしたのは、彼の母方の祖父でA級戦犯容疑者だった岸信介(1896~1987)元首相が断行した1960年の米日安保条約改訂だった。 安倍首相は現在日本で「戦争に巻き込まれかねないという“レッテル貼り”のような議論がなされていて非常に遺憾だ。1960年にもそのような批判があった。 しかし55年が過ぎて、その批判は完全に誤りだったことが明らかになった。 歴史が証明している」と述べた。 世界の耳目が集中した米国大統領との共同記者会見の席を利用して、55年前の母方の祖父の決断を正当化したわけだ。

【写真】安倍晋三日本首相が28日、米国ワシントンのホワイトハウスでバラク・オバマ米国大統領と共同記者会見中に、準備してきた原稿が風に飛ばされている=ワシントン/AP連合ニュース

 安倍首相にとって母方の祖父である岸は、思想的根源とも言える存在だ。日本の首相としては史上初の米国上下両院合同演説の演説文を、母方の祖父による58年前の米議会演説を参考にして準備したという報道も出てきた。
 安倍首相は著書『美しい国へ』(2006年刊)で、米日安保条約が締結される前日の1960年6月18日、当時の岸首相が32万人のデモ隊に囲まれ首相官邸で「私は決して間違っていない。殺されるならば望むところだ」と話したと回顧した。 また、岸元首相が「安保条約は米国が日本を守る条約だ。なぜ皆が反対するのか分からない」と述べたとも書いた。
 これに対する日本国内の評価は今も尖鋭に分かれている。当初、米日が1951年9月に締結した条約には、米国が日本領土内に基地を運用していながら日本を守るという義務は明示していなかった。 岸元首相がこれを変えて日本が米国に基地を提供する(条約6条)代価として、米国は日本に対する防衛義務を負う(5条)という内容を含ませた。 しかし、この条約には「両国が極東の平和と安定に関心を持つ」という内容などが含まれ、米国が日本国内の基地を活用しベトナム戦を遂行するなどの問題が発生しもした。 岸元首相は結局、条約改訂に対する国内の大きな反発を受けて辞任した。
 安倍首相はホワイトハウスでの記者会見で「日本が侵略を受ける時、米日が共同で対処する。同時に極東に対する安全を維持するために日本の施設を活用して米国が活動する。 こういうことによって日本の安全が守られ、日本の戦後の繁栄があった。 そのような機能を改めて強化して行くということが新ガイドライン」と述べた。しかし、多くの世論調査で確認されるように、これに対し同意する日本人は相変らず少数だ。

東京/キル・ユンヒョン特派員
韓国語原文入力:2015-04-29 22:17
http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/689055.html


http://japan.hani.co.kr/arti/international/20495.html
「The Hankyoreh」登録 : 2015.04.29 22:52 修正 : 2015.04.30 11:23
■「安倍首相は女性20万人に犯した罪を謝罪せよ」米ワシントン・ポスト紙に意見広告
 韓国系団体と国際アムネスティが謝罪促す

【写真】28日(現地時間)の米紙ワシントン・ポストに掲載された「アメリカ人と日本人に送る公開書簡」という題名の全面広告 //ハンギョレ新聞社
 
 米国ワシントン挺身隊問題対策委員会を含む韓国人団体と国際アムネスティ(AI)などは28日(現地時間)、米ワシントン・ポスト紙に「アメリカ人と日本人に送る公開書簡」という題名の全面広告(写真)を掲載し、安倍晋三首相に慰安婦問題など過去の歴史に対する謝罪を促した。
 これら団体は1991年、慰安婦として経験した惨状を初めて証言したとキム・ハクスン婦人と慰安婦被害者のイ・ヨンス婦人の写真を載せた広告で、「キムお婆さんの遺言は、第二次世界大戦当時20万人の女性を相手に帝国主義日本が犯した犯罪について謝罪を求めるものだった」とし「今日までキムお婆さんの最後の要求は受け入れられていない」と指摘した。また、彼らは「安倍首相が演説する場所は、米国の対日宣戦布告直前、当時フランクリン・ルーズベルト大統領が『屈辱の日』の演説をした歴史的な現場」だとし、「安倍首相が過去の戦争犯罪と被害者に謝罪するのに、米議会ほどふさわしい場所はない」と主張した。
 韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は29日に予定された安倍首相の米議会演説を控え、ソウル中学(チュンハク)洞の日本大使館前で開いた1176回目の水曜集会で、「戦後70年を迎え、安倍首相の米議会演説は侵略と植民地支配を謝罪し、日本軍慰安婦問題の責任を認める平和のメッセージでなければならない」と促した。
 この日の集会には、慰安婦被害者であるキム・ボクトン婦人、キル・ウォノク婦人と市民約150人が参加した。挺対協は「免罪符を出す米国の舞台演出についても、その舞台に上がる安倍首相のショーについても、目をつぶるには、日本の戦争犯罪の責任があまりにも大きい」と指摘した。

キム・ギュナム記者
韓国語原文入力:2015-04-29 19:40
http://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/689056.html
コメント

戦争法・「日本産業革命遺産」・「日本遺産」

2017年10月27日 | 個人史・地域史・世界史
■戦争法・「日本産業革命遺産」・「日本遺産」■
                                     佐藤正人

 1889年2月11日に、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とする「大日本帝國憲法」が発布された(1890年11月29日施行。1947年5月2日まで存続)。
 1946年11月3日に、最悪の侵略犯罪者・戦犯を「日本国の象徴」・「日本国民統合」の象徴とする「日本国憲法」が公布された(1947年5月3日施行)。
 1999年8月13日に、侵略の旗「ヒノマル」、天皇賛歌「キミガヨ」が、国民国家日本の「国旗」、「国歌」とされた。
 2015年7月に、日本の「産業革命遺産」が、ユネスコの「世界文化遺産」に登録された。
 2015年9月30日に、「平和」をかかげる戦争法(「平和安全法制整備法」+「国際平和支援法」)が公布され、2016年3月29日から施行された。
 2015年4月から文化庁は、「日本遺産(Japan Heritage)」の認定を開始し、2016年4月25日に、「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~」という「旧軍港四市」が共同申請した「ストーリー」を「日本遺産」に認定した(このブログの2017年10月4日の「日政府新认定19件文化遗产 旧日本海军镇守府等获选」をみてください)。
 2017年7月11日に「共謀罪法(改正組織犯罪処罰法)」が施行された。

■軍隊・戸籍・徴兵制
 1868年にクーデタによって国家権力を奪取した維新政府は、1869年9月にアイヌモシリを、1872年10月に琉球王国を植民地とした。
 維新政府は、国民国家(「臣民国家」)の形成を急ぎ、1872年2月に陸軍省・海軍省を設置し、同じ年に戸籍を編成し、1873年1月に徴兵令を制定した。戸籍がなければ徴兵制を維持できない。
 1874年に西郷従道(「台湾蕃地事務局都督」)が指揮する日本軍が台湾に侵入して住民を虐殺し、1875年に日本の小型砲艦「雲揚」が江華島海域に侵入した(1876年に「朝日修好条規」調印・発効)。
 1889年2月に日本政府は「大日本帝國憲法」発布し、日本国民を「臣民」と規定した。
 国民国家日本の軍隊は、ヨーロッパ諸国民国家の軍隊と等しく、他地域他国侵略の機関であった。
 日本政府は、1884年に横須賀鎮守府、1889年に呉鎮守府と佐世保鎮守府、1901年に舞鶴鎮守府、1905年に旅順口鎮守府を設置した。鎮守府は、アジア太平洋各地を侵略する日本海軍の根拠地であった。
 鎮守府は1945年11月に廃止されたが、1954年7月に日本海軍(海上自衛隊)の地方隊として継承され現在に至っている。

■日本海軍 鎮守府 特別陸戦隊
 1939年2月10日に、日本陸海軍が海南島に奇襲上陸した。
日本海軍は海南島を5地域に分割し、横須賀鎮守府第4特別陸戦隊、佐世保鎮守府第8特別陸戦隊、舞鶴鎮守府第1特別陸戦隊、第15警備隊、第16警備隊の5特別陸戦隊に軍事支配させた(第15警備隊と第16警備隊を構成していたのは呉鎮守府特別陸戦隊)。
 横須賀・呉・佐世保・舞鶴の日本海軍鎮守府の特別陸戦隊は、1939年2月から1945年8月まで、海南島各地の村落・都市を襲撃し、民衆を虐殺し、家を焼き、コメ・家畜・資源を掠奪し続けた。
 残忍で凶悪な侵略犯罪をくりかえしていた横須賀・呉・佐世保・舞鶴の日本海軍鎮守府の日本兵が海南島を去ってから70年あまりのち、日本政府の政府機関は、「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~」という「ストーリー」を「日本遺産」に認定した。

■「日本近代化の躍動」 
 その「ストーリー」の冒頭には、
   「明治期の日本は、近代国家として西欧列強に渡り合うための海防力を備えることが急
   務であった。このため、国家プロジェクトにより天然の良港を四つ選び軍港を築いた。
    静かな農漁村に人と先端技術を集積し、海軍諸機関と共に水道、鉄道などのインフラ
   が急速に整備され、日本の近代化を推し進めた四つの軍港都市が誕生した」、
と書かれていた。
 文化庁の認定の4日前、2016年4月21日に4市の市長が連名で「報道機関関係者」に「旧軍港四市が日本遺産に認定されました!」という文書をだした。そこには、つぎのように書かれていた。
   「★ストーリーの骨子
     ○明治期の日本は、近代国家として海防力を備える必要があったため、国家プロジェ
     クトにより天然の良港4か所に軍港を築き、鎮守府を置いた。
     ○静かな農漁村に人と先端技術が集まり、独自の都市形成の歩みの中で軍港都市が
     誕生し、日本の近代技術が育まれた。
     ○日本の近代化を推し進めた四市には、海軍由来の食文化もまちに浸透し、多種多
     様な数多くの近代化遺産とともに、躍動した往時の姿を体感できる。
    ★今後の対応:日本の近代化の歴史を物語る遺産の活用や環境整備等に四市連携し
    て取り組むとともに、国内外への積極的な情報発信を通じ、まちの賑わい創出,地域活
    性化に取り組みます」。

■「ストーリーを語る文化財」
 旧軍港四市が「ストーリーの構成文化財」として文化庁に申請した「文化財」にはつぎのようなものが含まれている。
 ★呉市:旧呉鎮守府司令長官官舎、旧呉海軍工廠塔時計、旧高烏砲台火薬庫、海上自衛隊呉地方総監部第一庁舎(旧呉鎮守府庁舎)、長迫公園(旧海軍墓地)、旧呉海軍工廠造船部、旧呉鎮守府兵器部護岸、旧魚雷積載用クレーン、旧呉海軍工廠海軍技手養成所跡と周辺の海軍遺構、高烏砲台跡(兵舎跡)、大空山砲台跡。
 ★横須賀市:米海軍横須賀基地C1建物(旧横須賀鎮守府庁舎)、米海軍横須賀基地C2建物(旧横須賀鎮守府会議所・横須賀海軍艦船部庁舎)、米海軍横須賀基地B39建物(旧横須賀海軍工廠庁舎)、海上自衛隊横須賀地方総監部田戸台分庁舎(旧横須賀鎮守府司令長官官舎)、猿島砲台跡(東京湾要塞跡)、兵舎(東京湾第三海堡構造物)、米海軍横須賀基地 ドライドック1〜6号 (旧横須賀製鉄所・造船所・海軍工廠第一〜第六号船渠)。
 ★佐世保市:旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設、旧海軍佐世保鎮守府凱旋記念館(佐世保市民文化ホール)、西九州倉庫前畑1号倉庫(旧第五水雷庫)、立神係船池(旧修理艦船繋留場)、旧佐世保要塞砲兵連隊跡(佐世保要塞及び関連施設)、前畑火薬庫、田島岳高射砲台跡(海軍防備隊、警備隊砲台群)、旧佐世保海軍工廠施設群、佐世保鎮守府庁・海兵団関連施設群、佐世保鎮守府関連記念碑群、旧海軍墓地。
      佐世保の「海軍墓地」とそこに1973年9月に建てられた「海南島忠魂碑ついては、
     このブログの2007年2月26日の「日本海軍佐世保鎮守府 1」、2008年6月10日の
     「「口述史」について 12」、2010年9月27日の「証言・記録、そして証言者と聞きと
     る者との関係 13」、2012年2月12日の「広東裁判」・「香港裁判」 14」などをみて
     ください。
 ★舞鶴市:旧舞鶴鎮守府軍需部倉庫、海上自衛隊舞鶴地方総監部会議所(旧舞鶴鎮守府司令長官官舎)、ジャパンマリンユナイテッド舞鶴事業所(旧舞鶴鎮守府海軍工廠)、海上自衛隊舞鶴警備隊正門(旧舞鶴鎮守府西門)、海上自衛隊舞鶴地方総監部大講堂及び海軍記念館収蔵資料(旧海軍機関学校大講堂及び鎮守府関係資料)、海上自衛隊舞鶴地方総監部第一庁舎及び第四術科学校校舎(旧海軍機関学校庁舎及び生徒館)、舞鶴市水道施設桂貯水池(旧舞鶴鎮守府水道施設 桂取水堰堤)、鎮守府周辺の石積護岸、砲兵大隊正門跡(旧舞鶴要塞跡)、旧市長公舎(旧海軍北吸乙号官舎)。

■侵略遺跡 侵略遺産 文化財
 旧軍港4市には、旧呉鎮守府庁舎、旧呉鎮守府司令長官官舎、旧横須賀鎮守府庁舎、旧横須賀鎮守府司令長官官舎をふくむ日本海軍の他地域他国侵略犯罪の跡が遺されている。
 そのなかには、現在、海上自衛隊呉地方総監部第一庁舎、米海軍横須賀基地C1建物などとして、現在、日本海軍(「海上自衛隊」)、アメリカ合州国海軍の施設として使われているものもある。
 文化庁と旧軍港4市は、日本海軍による他地域他国侵略犯罪をまったく隠して、鎮守府 のあった横須賀・呉・佐世保・舞鶴を「日本近代化の躍動を体感できるまち」を、「日本遺産」・「文化財」としている。横須賀・呉・佐世保・舞鶴は、かつて日本海軍の侵略根拠地(鎮守府)があった「まち」であり、現在日本海軍の基地のある「まち」である(横須賀と佐世保は、アメリカ合州国海軍〈第7艦隊〉の基地のある「まち」でもある)。
 旧軍港4市は、その「まち」を「日本遺産」とするならば、かつて日本海軍4鎮守府がアジア太平洋の各地でおこなった侵略犯罪にかんする諸事実を可能なかぎり詳細に明らかにしなければならない。

    海南島における4鎮守府の特別陸戦隊の犯罪の一部については、海南島近現代史研究
   会の『会報』、『会誌』、ドキュメンタリー(『海南島月塘村虐殺』)、紀州鉱山の真実を明らか
   にする会の『海南島で日本は何をしたのか 虐殺・略奪・性奴隷化、抗日反日闘争』、『写
   真集 日本の海南島侵略と抗日反日闘争』、ドキュメンタリー『日本が占領した海南島で』、
   『“朝鮮報国隊”』などをみてください。

■「日本産業革命遺産」                        
 2014年1月29日に、日本政府内閣官房(地域活性化統合事務局)は、「明治日本の産業革命遺産」の推薦書をユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産センターに提出した。2015年7 月の世界遺産委員会で「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」がユネスコの「世界文化遺産」に登録された。
 その「明治日本の産業革命遺産」には、「三菱長崎造船所 第三船渠」、「高島炭坑」、「端島炭坑」、「三池炭鉱、三池港」、「官営八幡製鐵所」などの他に、「松下村塾」、「萩城下町」が含まれている。
 産業革命に直接的には関係のない「松下村塾」、「萩城下町」を日本政府が「明治日本の産業革命遺産」に含めていることは、日本政府が侵略イデオロギーを保持し続けていることを示している。
 「松下村塾」は、吉田松陰が教師をしていた「萩城下町」の私塾であった。吉田松陰は、アイヌモシリ・琉球の領土化、朝鮮の植民地化、「満洲」・台湾・「呂宋諸島」(フィリピン)領土化を主張していた。かれのアジア太平洋侵略イデオロギーは、「維新政府」以後、現在にいたるまで日本政府に受けつがれている。

■産業革命 負の遺産
 綿織物工業・製鉄工業・石炭採掘業などにおける技術革新を契機とするイギリスの産業革命は、イギリスの植民地支配を前提としていた。原料収奪地と市場としての植民地がなければ、他地域他国侵略による資本蓄積がなければ、産業革命は起こりえなかった。
 イギリスに続く、西ヨーロッパ諸国、ロシア、アメリカ合州国の産業革命も、日本の産業革命も、他地域他国侵略・植民地支配を前提としていた。
 日本は、19世紀後半のアイヌモシリ植民地化、琉球王国植民地化、台湾侵略、朝鮮侵略の過程で、軍備を増強し、産業革命をおこない、「富国強兵」、「殖産興業」を実行し、経済基礎構造を強化した。
 「明治日本の産業革命遺産」には、「三菱長崎造船所 第三船渠」、「高島炭坑」、「端島炭坑(軍艦島)」、「三池炭鉱、三池港」、「官営八幡製鐵所」などが含まれているが、これらの「遺産」の歴史は、朝鮮人強制連行・強制労働の歴史と結びついている。
 日本の鉄道・港湾・道路などの基礎構造を最底辺で建設したのは、植民地民衆であった。
 「日本の産業革命遺産」は、負の「遺産」である。

■国民国家日本の侵略犯罪 侵略責任(戦争責任、植民地支配責任、戦後責任)
 日本政府は、過去も現在も、国民国家日本の侵略犯罪・国家犯罪の歴史的責任をとろうとせず、謝罪も、賠償も、責任者処罰もおこなっていない。日本政府は、日本の侵略犯罪・国家犯罪にかんする証拠を消去・隠蔽し、事実を抹殺しようとしてきた。
 19世紀後半以後の国民国家日本は他地域他国侵略という国家犯罪を重ねてきた。1945年8月以前も以後も、日本の国家的・社会的・思想的構造は本質的に変わっていない。
 20世紀末以後、日本政府は、過去の侵略犯罪という歴史的事実を認めず、侵略の国家構造を強化する策動をすすめてきた。1999年8月13日に、日本は、侵略の旗「ヒノマル」を国旗とし、天皇賛歌「キミガヨ」を国歌とし、その12日後の8月25日に、他地域・他国軍事侵略のための「周辺事態法」を施行した。
 2015年7月の日本「産業革命遺産」の「世界文化遺産」登録、2015年9月の戦争法公布、2016年4月の「鎮守府」の「日本遺産」認定、2017年7月の「共謀罪法」施行は、ひとつづきの国民国家日本・日本政府の侵略犯罪である。
                                      2017年10月25日 記
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「軍艦島など世界遺産登録へ......「朝鮮人強制動員」事実上認める」

2017年10月26日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japan.hani.co.kr/arti/international/21237.html
「The Hankyoreh」2015.07.06 07:00
■軍艦島など世界遺産登録へ......「朝鮮人強制動員」事実上認める
 日本代表「韓国人、自分の意思に反して
 動員され、強制労働」審議で明らかに
 ユネスコ委員会、決定文には記載せず
 注釈に「日本の発言に注目」を付け加えることに
 日本、犠牲者の追悼情報センター設置する方針

【写真】日本植民地時代に強制的に連れて行かれ、劣悪な環境下で長時間労働に苦しんだ朝鮮人労働者など朝鮮人122人が死亡して記録された軍艦島(端島)の全景 //ハンギョレ新聞社
 
 韓日間の主要な外交懸案だった日本の近代産業革命遺産がユネスコ(UNESCO)の世界文化遺産に登録された。韓国は日本が希望してきた遺産の登録に賛成する代わりに、日本から朝鮮人労働者の「強制動員」を事実上認める発言を引き出した。今回の合意が今後韓日関係の進展にどのような影響を及ぼすかが注目される。
 ドイツのボンで第39回会議を開いているユネスコ世界遺産委員会(WHC)は、5日午後3時(現地時間・韓国時間10時)に、日本が申請した軍艦島(端島)など「明治日本の産業革命遺産」23カ所に対する審議を行い、この遺産の登録を決定した。


【図】軍艦島の位置と概要 //ハンギョレ新聞社

 日本政府の代表は、この日の審議で「(端島など、一部の産業施設で)過去1940年代に韓国人などが“自分の意思に反して”(against their will)動員され、“強制的に労働”(forced to work)させられたことがあった。犠牲者を追悼するためにインフォメーションセンターの設置などの措置を取る方針」だと明らかにした。日本政府が「韓国人などが自分の意思に反して動員され、強制的に労働させられた」という内容を言及したことで、「朝鮮人強制動員」に関連する事実を明らかにしなければならないという韓国の要求が、相当部分反映されたと評価できる。また、訪問者などにこのような事実を知らせるため、「インフォメーションセンターを設置する」という具体的な措置が含まれている点も進展と言える。
 しかし、残念な部分もある。朝鮮人の強制動員の事実を認めた日本政府の発言は、世界遺産委員会が正式に発表する「決定文」には盛り込まれていないからだ。その代わりに、韓日両国は決定文本文の注釈に「世界遺産委員会が日本の発言に注目する」という内容を付記することに合意した。韓国が国際舞台で日本政府が強制動員問題を事実上認める発言を引き出す「実利」を得たこと比べ、日本はこのような内容を決定文に可能な限り消極的に表記する「名分」を手にしたことになる。
 ユン・ビョンセ外交部長官は同日夜、メディアブリーフィングで、「今回の日本近代産業施設の世界遺産登録は、私たちの正当な懸念が忠実に反映される形で決定された」と自評した。彼は続いて「日本植民地時代に韓国人が自分の意思に反して労働したことを、事実上初めて日本政府が国際社会の前で公式的に言及したことに、(今回の合意の)大きな意味がある。韓日両国が激しい対立を避け、対話を通じて問題を解決に導いたことは、両国関係の安定的な発展に寄与するだろう」と強調した。日本が韓国の要求を相当部分受け入れた背景には、韓国の同意なしには当該施設の世界文化遺産登録が事実上不可能だったうえに、その遺産の「全体の歴史」(full history)を記憶しなければならないという韓国の名分に、世界の世論が同調的だったためと解釈される。
 韓国政府は、先月21日、 韓日外相会談で朝鮮人強制動員の歴史を明記することを前提に、登録に協力することで合意した。当初この審査は4日午後に行われる予定だったが、韓日間の意見の隔たりが最後まで埋まらず、日程が一日ずれ込むなど、難航を重ねた。

東京/キル・ユンヒョン特派員、キム・ジフン記者
韓国語原文入力: 2015-07-05 22:57
http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/698997.html


http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2017/07/23/0400000000AJP20170723000200882.HTML
「聯合ニュース」2017/07/23 12:08
■強制徴用伝える情報センター設置 長崎市「年内に計画ない」
【東京聯合ニュース】2015年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」(全23施設)について、日本政府が朝鮮人の強制徴用犠牲者を記憶するため情報センターの設置などの措置をとることを約束したにもかかわらず、今年中に履行する計画はないことが、長崎市関係者への取材で23日、確認された。

【写真】「明治日本の産業革命遺産」に含まれている端島炭坑=(聯合ニュース)

 同関係者は聯合ニュースの取材に対し「まだ計画はない」として、日本政府が12月までに世界遺産センターの履行計画について報告した後、政府から計画に伴う指示が来るだろうと話した。また、市が独自に履行措置を取ることはなく、政府と一体で施行されると説明した。
 明治日本の産業革命遺産の全23施設には、端島(軍艦島、長崎市)炭鉱など、日本による植民地時代に朝鮮半島出身者が強制労働をさせられた7施設が含まれる。世界文化遺産登録の際、日本はこれら施設について情報センターを設置するなど犠牲になった労働者を記憶する措置を取るとしたが、まだ実行していない。
 このような日本側の姿勢は「強制労働はなかった」とする日本政府の立場が反映されたものと受け止められる。後続措置の早期履行を求めてきた韓国の市民団体の立場とはかけ離れたものだ。
 登録当時に日本側は世界遺産委員会で「forced to work」と言及したが、その後は「強制労働(forced labor)を意味するものではない」と主張してきた。登録が実現しただけに、さまざまな言い訳をして約束履行を拒否する可能性も高いとみられる。
 韓国政府は今月開催されたユネスコ世界遺産委員会で日本に対し約束の履行を求めた。日本側は2年前の世界遺産委員会の勧告を尊重するとし、今年12月1日までに関連報告書を提出することになっていると説明。情報センターの設置を含む適切な措置を講じるという約束を履行するとした。
     ikasumi@yna.co.kr
コメント

「民族問題研究所「世界遺産登録有力な日本の徴用施設に強制労働の事実明記すべき」」

2017年10月25日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japan.hani.co.kr/arti/international/20561.html
「The Hankyoreh」登録 : 2015.05.05 21:31 修正 : 2015.05.06 06:42
■民族問題研究所「世界遺産登録有力な日本の徴用施設に強制労働の事実明記すべき」
 “세계유산 유력 일본 징용시설에 강제노동 명기해야”

 登録申請23カ所のうち7カ所で朝鮮人被害
 民族問題研究所、ユネスコに意見書提出予定
 ドイツで資料展示・被害者証言も
 7月最終登録決定の可能性高く

【写真】「軍艦島」と呼ばれる日本の長崎近海にある端島。ここは日帝強制占領期に朝鮮人強制労働被害があった場所だ //ハンギョレ新聞社

 「日本近代産業施設がユネスコの世界文化遺産に登録されるようだ。しかし、朝鮮人強制徴用という暗い歴史的事実だけは明記しなければならない」。
 民族問題研究所は5日、日本政府が最近ユネスコに「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産の登録申請を行った九州と山口県にある日本近代産業施設について、日本政府に歴史的事実を明記するように圧迫すべきだという立場を明らかにした。ユネスコ世界遺産委員会傘下の民間諮問機関である国際記念物遺跡会議(ICOMOS)は4日、日本の近代産業施設を世界文化遺産として登録するのが適切であると発表しており、異変がない限り、7月に開かれる世界遺産委員会会議でも、最終的に登録が決定されるものと思われる。
 民族問題研究所キム・ミンチョル責任研究員は、「ユネスコ世界遺産委員会委員国は、韓国の反対に対し、日本と韓国の間の問題として捉える場合が多い」とし「この問題が両国間の政治的問題ではなく、普遍的人権の問題であるという事実を委員国らに説得しなければならない」と述べた。韓国と日本の市民団体は、そのために、このような内容を盛り込んだ意見書をマリア・ベーマーユネスコ世界遺産委員会議長側と他の委員国20カ国に提出する予定だと、民族問題研究所は発表した。意見書は、市民団体である「靖国反対共同行動」が6日から13日にかけてドイツで靖国神社問題を知らせる活動をしながら伝える予定だ。
 日本が今年の世界文化遺産に登録申請した施設23カ所のうち、少なくとも7カ所は朝鮮人強制労働被害があったところである。代表的なのが「軍艦島」として知られる長崎沖の端島で、太平洋戦争の時期に強制徴用された朝鮮人たちが石炭採掘に動員され、100人以上が死亡したところである。日本はこの施設を世界文化遺産として推薦し、「西洋の技術が日本文化と融合し、急速に工業国が形成された過程を時系列的に示しており、普遍的価値がある」と主張した。日本は強制労働については、ユネスコに提出した英文申請書で「石炭需要の増加に合わせ、一部の炭鉱では強制労働が重要な労働力となった。これは、同時代の他の産業化世界における鉱産業の慣行の反映でもある」と記しているだけで、強制労働をさせたのは日本だけではないという趣旨の記述をしている。
 民族問題研究所は、7月初め、世界遺産委員会会議が開かれるドイツのボンで、日本が登録を申請した施設が日本の侵略戦争のための産業施設だったことを知らせる予定だ。また、この施設に強制動員された人々の証言資料で展示会も開く予定だ。キム研究員は、「世界の文化遺産には、アウシュビッツ収容所のように、人類に再びこのようなことがあってはならないという教訓を与える否定的な遺産もある。日本に正確な歴史を記録するように要求することが現時点ではむしろ良い戦略かもしれない」と述べた。

チョ・ギウォン記者
韓国語原文入力: 2015-05-05 19:51
http://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/689907.html


http://japan.hani.co.kr/arti/politics/20565.html
「The Hankyoreh」登録 : 2015.05.05 22:31 修正 : 2015.05.06 07:14
■強制労働の現場を謝罪もせず世界文化遺産にしていいのか
 被害者キム・ハンス氏「日本の良心なき行動」に怒り
【写真】日帝強制占領期間に強制労働の苦痛を味わったキム・ハンス氏=勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の会提供 //ハンギョレ新聞社

 「とんでもないことです」。日帝強制占領期間に強制労働の苦痛を味わったキム・ハンス氏(97、大田市)は5日、ハンギョレ記者との通話で、日本政府が長崎県の三菱造船所などを近代産業化に貢献した遺産としてユネスコ世界遺産への登載を推進している事に対して「良心なき行動」と批判した。
 韓国首相室所属の対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者等支援委員会の調査結果によれば、日本政府が当初産業化遺産として申請した28カ所(登載申請勧告は23カ所)のうち、長崎など5地域の造船所と炭鉱など11カ所(遺跡目録)に強制動員された朝鮮人は6万3900人に達する。
 キム氏も1944年8月、黄海道(北朝鮮西部)延白(ヨンベク)郡のチョンメ地区の現場で労務職として働いていたが強制動員された。彼は航空母艦を建造していた三菱重工業長崎造船所に配置され、重労働に苦しんだ。そこでは最大4700人の朝鮮人が強制動員された。
 彼は「鎖が切れ左足の親指の骨が折れたのに、病院では木の板をあてがっただけで働かされた」と回顧した。 最大の苦痛は空腹だった。「油を搾って残った油粕をすりおろし、飯粒をいくつか入れて飯だと言って与えた」と話した。
 キム氏は1945年8月9日午前、原子爆弾が投下された長崎市から3キロメートル程離れた工場にいた。「目の前が真っ黄色になって気がおかしくなりそうでした。ある人は目の玉が飛び出した状態で病院に行き…」。命拾いして生き残ったキム氏は帰国した後、三菱重工業が月給をただの一銭も故郷へ送っていなかった事実を知り、憤りが爆発した。 キム氏は「強制徴用に対して日本政府が謝罪の一言もないことに腹が立つ」と話した。
 キム氏は9日「勤労挺身隊ハルモニ(おばあさん)と共にする市民の会」の主管により光州で開かれる講演会で、日帝強制占領期間強制動員の実状を証言する。同会は5月から8月まで原爆、朝鮮女子勤労挺身隊、浮島丸爆沈事件の被害者と遺族の証言を聞く。同会のイ・クコン常任代表は「日本政府が強制徴用に対して賠償金一銭も払わずに強制徴用地を産業遺産というもっともらしい名分で汚名を濯ごうとは図々しい」と批判した。

光州/チョン・デハ記者
韓国語原文入力:2015-05-05 21:22
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/689957.html


http://japan.hani.co.kr/arti/politics/20867.html
「The Hankyoreh」2015.06.02 11:29
■[寄稿]韓国に残る日本軍遺跡と登録文化財
 明治産業革命遺産を世界文化遺産として登録する問題を巡り、韓中日3国の間で激しい外交折衝が続いている
 
 日本は西洋を除き初めて近代産業社会を遂げた自らの歴史を証明する貴重な資産として、23施設を遺産に申請した。これに対し韓国は、そのうち7施設に約5万7000人の韓国人が強制的に動員された事実を知り、日本の動きを牽制してきた。
 5月23日に開かれた東京会談でも互いの意見の差を縮めることができなかった。日本は23施設が「韓国併合以前に産業化に成功した点を示すことで、他の時代に作られもの」であることを主張した。時期が異なるという日本の反論に対し韓国は、強制動員に関連した歴史的事実を必ず反映しなければならないという立場を明らかにした。
 韓国が日本の登録の動きに対応する幅は狭くない。7産業施設の登載自体を反対できるし、でなければ28日に開かれるユネスコ世界遺産委員会の決定文に強制動員を明示させたり、関連施設に記念碑を設置するなどの妥協もできる。歴史の真実を守りながらも、日本人の文化遺産であることを尊重するという点では、後者の方案がより適切な対応といえる。
 一方で文化遺産登録に関連し考えてみるべきことがある。韓国が問題視している産業施設は「負の遺産」に該当する。韓国にも日本の侵略戦争や植民地支配に関連した否定的な遺産が非常に多い。私たちはよく、否定的遺産に関連した記念物として韓国銀行本館のような都心に残っている建築物を想起する。これよりはるかに多い遺産が、日本軍関連施設と施設地である事実を知る人はあまり多くない。日本軍関連遺産を確認できる代表例がソウル・龍山(ヨンサン)の米軍基地だ。龍山米軍基地にある日本軍施設は、軍事的次元を越え、朝鮮半島での植民と冷戦、戦争と分断を圧縮的に物語る。
 これと似たメッセージを投げかける日本軍関連遺跡は全国に散在する。光州、大邱、大田、釜山、蔚山といった広域市ばかりか済州島や南西海岸沿いに数多くの施設が残っている。だが、ほとんど放置されたり管理名目で一般人の接近自体を阻んでいる場合が多い。
 その上、韓国軍や米軍が使用しているので保存状態が良好な施設もある。洞窟をブドウ貯蔵庫として活用したり、加徳島のように施設地を観光資源化して安定的に管理している場合もある。だが、それらの場所は文化財という観点で接近してこなかった。地域住民の生活の痕跡が埋まる歴史と文化遺産という側面も見過ごされている。体系的で詳細な調査を基に歴史化しないまま、経済的にだけ接近してきた。
 実用的な接近は日本軍軍事遺跡と地方史教育の連係を難しくさせる。歴史性が除去されることにより反省的な省察も難しくする。また、こうした接近を通じることなく、反日議論だけにとらわれぬ、平和と共存を考える芽を芽生えさせることはできない。
 滅失と損傷の恐れがある日本軍施設のうち、地方の歴史と文化的背景になるものは登録文化財でとして管理すべきだ。日本軍施設は、朝鮮半島と東アジアを侵略して支配した日本の姿を確認できる具体的素材であるためだ。これは否定的な性格の遺産であっても世界遺産として登録できるというユネスコの趣旨とも一致する。こうした接近をすることにより、日本には資格要件を備えるよう求め、自分たちの「負の遺産」を登録文化財とするのに躊躇するという矛盾した態度を克服することができる。 また、民族史と地域史を地方の文化財を通じて具体的に考えることができる。

シン・ジュベク延世大学HK研究教授
韓国語原文入力:2015-06-01 18:52
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/693725.html


http://japan.hani.co.kr/arti/politics/20740.html
「The Hankyoreh」登録 : 2015.05.21 23:04 修正 : 2015.05.22 06:50
■朝鮮人強制徴用施設の世界遺産登録問題、22日東京で韓日協議
 世界遺産委員会の勧告に応じる形で
【写真】「軍艦島」と呼ばれる日本の長崎近海にある端島。ここは日帝強制占領期に朝鮮人強制労働被害があった場所だ //ハンギョレ新聞社

 日帝時代の朝鮮人強制徴用施設を含む、日本の近代産業施設の世界遺産登録推進に関する韓日外交当局者間の協議が、22日午後、東京で開かれる。
 チェ・ジョンムン・ユネスコ協力代表(次官補級)と新美潤・日本外務省国際文化交流審議官(局長級)が両国の首席代表として参加する。日本側が進めてきた長崎県端島(軍艦島)など「明治日本の産業革命遺産」23カ所のユネスコ世界文化遺産登録をめぐり、韓日が協議を行うのは今回が初めてだ。外交部は21日、「今回の両国協議は、韓日間の対話と交渉による解決策の模索が最も望ましい、という世界遺産委員会委員国の勧告に応じて韓国側の提案で開かれるもの」だと述べた。

【写真】炭鉱開発初期の1905年の端島。対日抗争期強制動員被害調査院報告書から //ハンギョレ新聞社

 これらの施設は4日、国際記念物遺跡協議会(ICOMOS=イコモス)の「登録勧告」決定を受けており、今年6月28日からドイツのボンで開かれる世界文化遺産委員会(WHC)も通過する可能性が高いとされている。政府当局者は、「過去10年間、イコモスが登録を勧告したにもかかわらず、世界文化遺産委員会を通過できなかった事例は、イスラエルとアラブ諸国との間の領土問題が介入された、たった1件しかなかった」と述べた。
 政府は、今回の協議を通じて、強制徴用関連施設7カ所を世界文化遺産に登録から除外するか、または徴用関連の内容を関連記録に盛り込まなければならないと、強調していく方針だ。一方、2013年から今年の登録を目標に外交力を注いできた日本政府は、申請時から既に関連時期を日本植民地時代以前の1850〜1910年に指定しているだけに、朝鮮人強制徴用とは無関係だと主張している。しかし、これについては、時期を植民地侵略以前に制限することで、日本の植民地支配と強制労働の論議を避けるための小細工に過ぎないという指摘が出ている。 23施設のうち、「地獄島」という別称がついた端島炭鉱などの7カ所は、日本植民地時代当時、5万7900人の朝鮮人が強制動員され、94人が死亡するなど、強制徴用の歴史が染みついているところだ。
 最初の協議を控え、両国の間には緊張感漂う神経戦が繰り広げられている。朴槿恵(パク・クネ)大統領が20日、韓国に来たユネスコのイリーナ・ボコバ事務総長に会って、「(日本が)強制労働が行われた歴史を無視したまま登録を申請することは遺憾だ」と述べると、21日菅義偉官房長官は「(遺産登録について)政治的主張をしてはならない」と反論した。
 韓日がそれぞれ次官補と局長級の首席代表を据えた点も目を引く。両国協議で攻勢に出ようとする韓国がより多くの権限で圧力を加えようとしているのに比べ、日本は「静かな反応」で一貫しようとする様子だ。
【写真】炭鉱開発初期の1905年の端島。対日抗争期強制動員被害調査院報告書から //ハンギョレ新聞社

キム・ウェヒョン記者
韓国語原文入力: 2015-05-21 20:08
http://www.hani.co.kr/arti/politics/diplomacy/692333.html
コメント

「日本の「産業遺産」申請、侵略史正当化がねらい?」

2017年10月24日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2015-04/03/content_35239087.htm
http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2015-04/03/content_35239087_2.htm
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2015-04-03 16:43:22
■日本の「産業遺産」申請、侵略史正当化がねらい?
 世界遺産登録などを話し合う今年の第39回世界遺産委員会は6月28日から7月8日までドイツ・ボンで開かれる。安倍政権はこの会議で、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の登録成功に向けた取り組みを行っている。日本の首相官邸ホームページでもこの事業は大きく扱われている。表面的には「産業遺産」登録の話にしか聞こえないが、近代日本の殖民統治や拡張、野蛮な侵略を正当化しようという意図が隠されているとの見方もある。
 根拠はいくつかある。第一に、敏感な時期と重なっていること。安倍政権は2015年に「明治日本の産業革命遺産」の登録を成功させたいとしているが、「日清戦争」(中国語名:甲午戦争)の勝利120周年、日露戦争の勝利110周年の時期とも重なる。

 第二に、申請遺産の中身にも疑わしい部分が含まれている。「産業革命遺産」は鉄鋼や造船、石炭などの各産業にまたがり、日本海軍の三重津海軍所跡や下関の前田砲台跡、さらには「三菱重工業長崎造船所」内の複数の関連資産が含まれている。この造船所で建造された神風型駆逐艦「白露号」は1937年の淞滬会戦(第二次上海事変)に参加した。戦艦「霧島」は真珠湾奇襲に使われ、戦艦の「日向」や「武蔵」は日本海軍の連合艦隊の旗艦だった。また「天城」は、戦争中に破壊された空母としては日本さらに世界でも最後のものとなっている。
 兵器を直接生産していた長崎造船所のほか、「産業革命遺産」には福岡県の「旧官営八幡製鉄所」も含まれる。甲午戦争後、日本政府は中国の賠償金のうち2000万円近くを創設資金とし、ドイツから設備と技術を導入し、戦前の最大の国営製鉄所である八幡製鉄所を設立した。日本政府はこの製鉄所の生産の中心が、砲台や軍艦材料、速射砲弾素材などの兵器であることをはっきりと指示している。資料によると、1905年から1945年までの40年間で日本は中国撫順から2億トンの良質な石炭を持ち去ったが、これらの石炭はこの製鉄所に注ぎ込まれた。また1938年に中国侵略日本軍が湖北大冶を占領すると、現地の鉄鉱が集中的に採掘され、7年間で420万トンの良質な鉄鉱が略奪された。鉄鉱はやはりこの製鉄所に送られた。第2次大戦中、日本軍が使用した戦艦や戦車などの大型兵器には八幡製鉄所で生産された鋼材が大量に使われていた。甲午戦争の賠償金で作られ、日本の侵略・拡張の歴史において重要な役割を演じた製鉄場を、安倍政権は、日本が「非西欧地区で最も早く工業化した国家」となった有力な証拠として喧伝しているのである。
 
 第三に、この世界遺産申請は「産業遺産」と銘打っているが、日本近代の侵略・拡張の元凶となった人物をたたえる要素がある。申請資産の一つに「松下村塾」という学校がある。徳川幕府末期に作られたこの学校では、明治時代の数々の中心人物が養成された。甲午戦争の元凶となり、最初の韓国統監を務めた伊藤博文や、甲午戦争の日本陸軍第一軍司令官で「日本陸軍の父」とも呼ばれる山県有朋などである。

 申請されている遺産には、九州地方の福岡・佐賀・長崎・熊本・鹿児島の5県と、本州の山口・岩手・静岡の3県が含まれる。申請遺産名で山口県が九州地方と並んで記されているのは、「明治維新の胎動の地」と呼ばれる松下村塾が山口県にあるためである。山口県は「政治の県」である。日本の歴代62人の首相のうち9人が山口県出身で、その数は各都道府県の最高となっている。伊藤博文や山県有朋のほかにも、甲午戦争期間に日本陸軍第3師団長を務め、後に台湾総督となった桂太郎、甲午戦争時に日本の運輸通信長官を務め、初代朝鮮総督となった寺内正毅、「支那を征服せんと欲せば、まず蒙満を征服せざるべからず、世界を征服せんと欲せば、まず支那を征服せざるべからず」という上奏文を提出したとされる田中義一、さらに安倍晋三とその外祖父で第2次大戦A級戦犯容疑者の岸信介、岸信介の弟の佐藤栄作もいる。松下村塾の展示館にはこれらの人物の蝋人形がずらりと並んでいる。彼らも松下村塾の一部として、「明治時代の産業革命遺産」の名の下に「世界遺産」のほまれにあずかろうとしているのか。
 ユネスコ内の遺産保護リストには主に、「世界遺産」と「無形文化遺産」、資料・文献の保護を目的とした「世界記憶遺産」の3種がある。このうち知名度と影響力が最も高いのは世界遺産である。2014年までに世界で1007カ所が世界遺産として認定された。これには北京の故宮もあれば、エジプトのピラミッドもあり、インドのタジ・マハールなどの人類の生み出した奇跡もあれば、四川省のパンダ生息地や米国のイエローストーン国立公園などの自然の宝もある。シルクロードのような異なる文明の疎通の紐帯もあれば、黒人奴隷貿易の象徴であるセネガル・ゴレ島のような「負の世界遺産」もある。

 「負の世界遺産」は少ないが、論争のあるものが多い。このうち第2次世界大戦にかかわるものは現在、2つしかない。一つは、ポーランド国内にあるナチス・ドイツのアウシュビッツの収容所である。この「負の世界遺産」は世界に受け入れられており、第2次大戦の欧州の戦地の罪悪の象徴となっている。一方、日本が1996年に申請した広島の原爆移籍は論争がある。「広島の平和記念碑」と名付けられたこの遺産は、原子爆弾の残酷さを伝え、国民の悲しみの情に訴えるもので、第2次大戦のアジア太平洋の戦場の暴力の象徴とされている。だが広島が、日本が中国戦略の戦争を起こした際の軍力の集結と出発の地となったことは知られていない。第2次大戦期間、日本陸軍の運輸部や工兵作業場、当時日本で最重要の軍事企業だった三菱重工はいずれもここにあり、広島は日本の「軍都」でもあった。第2次大戦終結から半世紀以上がすぎ、日本は原子爆弾の投下跡を世界遺産とすることに成功し、毎年繰り返される記念活動も手伝って、広島が日本の「軍都」であった過去は忘れ去られ、平和の象徴となった。
 そうなると加害者がいつの間にか被害者となり、邪悪と正義とが入れ替わってしまうことになる。中国が2014年6月、南京大虐殺や慰安婦などの貴重な歴史的資料を世界記憶遺産に申請することを発表すると、日本内閣官房長官の菅義偉は、中国が「ユネスコを政治的に利用し、日中間の過去の一時期における負の遺産をいたずらにプレーアップしていることは極めて遺憾」とこれを批判した。中国外交部の華春瑩報道官はこれに対し、「我々は日本側の道理のない申し入れを受け入れることはできないし、申請を撤回することもない」と反論した。だが今回の世界遺産申請を見ても、ユネスコを政治的に利用」しているのは日本自身ではないだろうか。


http://news.searchina.net/id/1573802?page=1
「Searchina」2015-05-15 11:03
■韓国が「全力阻止」に取り組む「明治日本の産業革命遺産登録」・・・中国メディアが「日本の思惑」を分析 「右翼的思想の喧伝が目的だ」
 中国メディア・新文化報は12日、日本が進める「明治日本の産業革命遺産」のユネスコ世界文化遺産登録に対して、隣国の韓国が全力で阻止する理由や、日本政府の思惑について分析する記事を掲載した。
 記事は、韓国政府が怒りを示すとともに、作業グループを結成して全力で「明治日本の産業革命遺産」23施設の世界文化遺産入りを阻止しにかかっているほか、中国政府・外交部の華春瑩報道官も「世界遺産は平和と人類共通の価値観を重んじるものであり、植民の歴史を美化してはならない」と発言したことを紹介。これらの「産業遺産」がなぜこれほどまでに大きな波紋を呼んでいるのかと問題提起した。
 そして、世界文化遺産登録を目指す23施設がおおむね1850年から1910年に建設されたものである一方、「その後に起きた侵略戦争と密接に関係している施設がメインとなっている」と分析。旧八幡製鉄所は日清戦争の賠償金で建設され、第2次世界大戦前に日本最大の国営製鉄工場として「日本の侵略拡張史で重要な役割を果たした」と説明し、「明治時代の産業遺産の登録には、日本が西洋列強の圧力に反抗し、最終的にアジア民族の独立を助けたという考え方が織り込まれているのである」と解説した。
 また、「日清戦争の元凶で、朝鮮の初代統監である伊藤博文」、「日清戦争時の陸軍第1軍司令官で日本陸軍の父と称される山形有朋」を輩出するとともに、「吉田松陰の侵略拡張思想を伝えた」とする松下村塾も含まれているとした。
 記事はさらに、安倍晋三政権が長崎の教会群より先にこれらの施設の世界文化遺産登録を目指す背景について、「安倍首相の故郷である山口県や九州を重視しており、とくに山口県は明治維新を主導し、国民皆兵の思想を持つ長州藩がその起源であること」を挙げた。また、日本在住の中国人メディア関係者が「遺産登録段階では侵略の歴史や右翼的思想は回避するが、ひとたび登録が決まれば『世界遺産』という『裏書き』を得て必ずや忌憚なく右翼的思想を喧伝するはずだ」と主張したことを伝えた。
 記事はこのほか、これらの遺産登録に対して韓国が激怒している理由について、第2次世界大戦中に多くの朝鮮人労働者が強制労働させられた施設が含まれており、「戦争の罪を反省しない状況で登録されれば、近代日本の侵略拡張史が正統化される懸念がある」と韓国側が認識していると解説した。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:(C) motive56/123RF.COM)


http://www.recordchina.co.jp/b111952-s0-c30.html
「Record china」2015年6月20日1時45分
■日本の世界遺産申請は、「隣国への配慮が足りない。侵略・略奪の歴史を美化している」―中国学者
 2015年6月19日、環球時報は、日本が「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録を目指していることについて、「日本は侵略の歴史を美化しようとしている。隣国への配慮が足りない」と題して中国の学者の見解を紹介した。
 日本政府は「明治日本の産業革命遺産」の23施設の世界文化遺産登録を目指しているが、韓国国務総理直属の関連調査委員会は、うちの7施設を運営していた日本企業5社で1516人の朝鮮人が強制労働を強いられていたことが確認されたとして、日本の世界遺産申請に反対の姿勢を見せている。
 「明治日本の産業革命遺産」の関連性について言えば、韓国より中国の方が深い。第2次世界大戦時の強制労働問題があるほか、23施設の1つである福岡県北九州市の八幡製鉄所は、中国の鉱物資源を略奪した典型的な例だ。
 日本はアジアで初めて近代化した国。当然日本の発展は日本人の勤勉と知恵によるものだが、近隣諸国からの略奪が発展を支えたのもまた事実。「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録は、日本が侵略・略奪の歴史を美化しているといえる。さらに、今回の世界遺産申請で、日本が隣国への配慮に欠けていることが再び浮き彫りとなった。日本は隣国との歴史を考慮し、相手の立場に立った考えが不足している。日本の姿勢は隣国との和解や、自国の発展に大きく影響するだろう。(翻訳・編集/内山)


https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG05H2I_V00C15A7MM8000/
『日本経済新聞』2015/7/5
■「明治の産業革命」、世界遺産に登録決定 国内19件目
 ドイツ・ボンで開かれている国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は5日、日本が推薦する「明治日本の産業革命遺産」(福岡、長崎など8県の23施設)の世界文化遺産への登録を決めた。登録は「富士山」(山梨、静岡県)、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)に続き3年連続で、国内の世界遺産は19件になった。

【写真】「明治日本の産業革命遺産」の構成施設、端島炭坑(通称・軍艦島)=共同

 当初の審議は4日の予定だったが、韓国の委員会での発言について日韓両国の意見が一致せず、5日に先送りされた。調整の結果、両国は合意し委員会で登録が決まった。
 登録を巡っては、韓国が7施設について戦時中に朝鮮半島出身者が徴用されたとして反対を表明したが、6月の日韓外相会談で両国の推薦案件が登録されるよう協力することで合意した。
 しかし、韓国の委員会での発言について、日本が徴用の歴史が強調されることを懸念し、内容の擦り合わせを求めたのに対し、韓国が自由な発言を制限していると反発。日本は徴用の歴史を否定する立場は取っていないが、「遺産登録の対象は幕末から明治で、徴用の時代とは異なる」として各国に理解を求めた。
 産業革命遺産は福岡、佐賀、長崎、熊本、鹿児島、山口、岩手、静岡の8県11市の23施設で構成。幕末から明治時代にかけて日本が重工業分野で産業国家に発展した道筋を伝え、全体として1つの普遍的な価値を持つとしている。
 官営八幡製鉄所(現・新日鉄住金八幡製鉄所、北九州市)や三菱長崎造船所(長崎市)など稼働中の施設に加え、「軍艦島」として知られる端島炭坑(長崎市)、三池炭鉱(福岡県大牟田市、熊本県荒尾市)なども含まれる。ユネスコの諮問機関は5月、「西洋から非西洋国家に初めて産業化の広がりが成功したことを示す」として登録を勧告していた。
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「遺骨盗掘は差別」

2017年10月23日 | 国民国家日本の侵略犯罪
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-599365.html
「琉球新報」2017年10月23日 07:30
■「遺骨盗掘は差別」 松島龍谷大教授が批判 琉球独立学会公開シンポ
【写真】琉球人遺骨の返還を求める活動について語る松島泰勝教授(中央)=22日、沖縄国際大学

 琉球民族独立総合研究学会(独立学会、ACSILs)の第9回総会と公開シンポジウムが22日、宜野湾市の沖縄国際大学で開かれた。友知政樹沖国大教授らが、独立の是非を問う住民投票で独立支持が多数を占めたスペインのカタルーニャ自治州を視察したことを報告した。松島泰勝龍谷大教授は、京都大学などに保管されている琉球人の遺骨について「遺骨の盗掘と保管は、琉球人差別そのものだ」と批判した。
 友知教授は、現地で独立運動を引っ張ってきた市民団体「カタルーニャ国民会議」の職員から話を聞いたことを報告。その上で住民投票に関連し、スペイン中央政府が派遣した治安警察が住民に暴力を振るって投票を妨害したことを挙げて「中央政府は欧州連合(EU)域内で暴力行為を働いたにもかかわらず、EUは対応に及び腰だ」と指摘、介入・仲介を求めた。
 松島教授は琉球人遺骨問題について「盗掘は犯罪であるだけでなく、保管を含めて国際法違反だ」と指摘し、京都大学が質問への回答や遺骨の実見を拒否したことに「日本の植民地主義が現在も続いていることの証拠だ」と批判。遺骨の収奪について「琉球人の信仰や慣習への敬意が欠如しており、琉球人を人間と見ていない。基地問題と共通している」と指摘した。「遺骨返還運動は琉球人の自己決定権行使、脱植民地化のための運動だ」と述べた。
 友知教授らは、国連で11月に予定される日本政府対象の普遍的定期審査(UPR)に向け、3月に同学会が国連に提出した報告書の内容も説明した。報告書は琉球併合(琉球処分)や沖縄戦、琉球人遺骨問題などを挙げ、日本政府に「外務省が保管している琉米、琉仏、琉蘭の3修好条約原本の返還」「琉球人遺骨の返還」などを勧告している。


https://ryukyushimpo.jp/news/entry-583689.html
「琉球新報」2017年9月27日 06:30
■百按司墓からの遺骨「返還すべき」 目取真氏、研究者を批判
【写真】琉球人遺骨について「返還要求がなくても自主的に返還すべきだ」と述べる目取真俊さん=26日、名護市内

 沖縄県今帰仁村運天の百按司(むむじゃな)墓から戦前、人類学者らによって遺骨が持ち出され、返還されていない問題で、同村出身の芥川賞作家・目取真俊さんが26日、琉球新報の取材に対し「(遺骨を保管している京都大学などは)返還要求がなくても自主的に返すべきだ」と述べた。
 目取真さんは欧米各国が旧植民地から収奪した遺骨を返還していることを挙げて「日本だけがその流れから自由というのではおかしい」と批判。遺族や地域の合意を得ずに遺骨が持ち出されたとみられる経緯について「当時の研究者が地域を一段低く見ていたことの表れだ」と指摘した。
 沖縄の研究者らが返還を求めていることに関して「現在も(沖縄を)低く見ているのか、京都大学などの対応が問われている」と語った。
 さらに、発掘調査が禁止されている天皇陵を挙げて「古代史を解明するのであれば天皇陵も発掘すべきだろうが、触れられてこなかった。その対極に自由に発掘でき、研究できる(琉球人などの)墓がある」と強調。その上で「沖縄やアイヌ、朝鮮人やアジアの国々に対して一段低い扱いをしてきたことは明らかな誤りで、是正していく義務が研究者にはある」と述べた。


https://ryukyushimpo.jp/news/entry-576368.html
「琉球新報」2017年9月16日 06:30
■琉球人遺骨、京大が保管認める 目録は作成せず
 1928~29年に今帰仁村の百按司(むむじゃな)墓から持ち出された琉球人の遺骨について、京都大学は15日、同大学総合博物館の収蔵室で保管していることを認めた。同大学が人骨標本としての目録を作成しておらず、遺骨を使った論文などの研究成果も把握していないことも分かった。アイヌ民族遺骨問題の際に同大がワーキングチームを設立して調査したことに関して「(琉球人遺骨の調査は)現時点では予定していない」とした。一方で文科省は、京大に保管されていること自体を「把握していなかった」としている。照屋寛徳衆院議員の国政調査権に基づく照会に答えた。照屋氏は遺骨の返還を京都大に求める考えだ。
 京都大は遺骨の保管状況を「プラスチック製の直方体の箱に収納している」「温湿度を一定に保ち、学術研究に支障のないよう、適切に保管している」と説明。研究成果(論文などのリスト)の有無は「本学の研究者および学生の学術論文等を網羅的に把握することはしておらず、リストなどはない」とした。
 目録は「作成していない」と答えた上で「総合博物館は本学の研究者が個別に収集し、研究室単位で保管してきた各種の学術資料を移管した施設であるという事情から現在、所蔵品の調査を進めている」とした。
 琉球新報などの報道機関に対し、遺骨の有無を明らかにしなかったことについては「所蔵品の把握はなお途上にあり、人員も限られた状況にあることなどから、収蔵状況などの問い合わせに応じることが難しい」と説明した。
コメント

「本では学べない連帯意識…少女像を建てることで学びます」

2017年10月22日 | 日本軍隊性奴隷
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/28683.html
「The Hankyoreh」2017.10.13 07:15
■「本では学べない連帯意識…少女像を建てることで学びます」
 忠南大学の少女像作りプロジェクト 
 学生・教授・職員集まり、推進委発足 
 世論調査を繰り広げ参加を導き 
 今日から500万円の設立募金始まる 
 「一緒に悩んで解決すれば私たちの中の連帯が成長するのでは」
【写真】「忠南大学平和の少女像推進委員会」に参加した大学生たちが、少女像を建てるのを希望する忠南大学第1学生会館前の民主広場に集まった//ハンギョレ新聞社

 「大学生の私たちは、なぜこんなに社会問題に関心がないのだろうか?」
 昨年の冬の「ろうそく革命」が若者たちの心に残した種だったのだろうか。7月、就職などすぐ目の前のことにばかり追われて過ごしていた忠南大学生たちの心が日本軍「慰安婦」問題に行きついた。きっかけは単純だった。偶然遊びに行った世宗市の湖公園で平和の少女像を見た瞬間「うちの学校内にも少女像を立ててみよう」という“模擬”が始まった。
 最初のアイディアは総学生会の中で芽生えたが、学生たちは「忠南大学平和の少女像」を学生会だけのものにしたくはなかった。さまざまな構成員が参加し、討論しあって協議し、少女像を作っていくプロセスが結果物よりはるかに意味があると考えた。学生たちは「忠南大学平和の少女像推進委員会」(推進委)を立ち上げ、総学生会、学部学生会、学科学生会、学生、教授、教職員、卒業生たちを集めた。現在まで43人が推進委に参加した。卒業生である国会議員のチョ・スンレ氏も学生たちのメンターの役割を務めている。
 推進委に参加したイ・ミンウさん(25・哲学科4年生)は「忠南大学の学生たちは、これまで社会問題に対する関心が高くなかった。世論が形成され行動へと続つながり、問題の解決まで努力する学生たちの姿を大学に通いながらちゃんと見たことがない。そのため社会に出ても、忠南大学出身という自負心が足りなかったのが事実だ。今回少女像の建立に向けて先輩・後輩の同窓生が時代の問題を一緒に考えて解決しようと努力しているうちに、私たちの中の連帯意識も少しは成長したのではないかと期待している」と話した。
 彼らは世論を集めるために、8月1日から20日の間、在学生1168人を対象にオンラインのアンケート調査を行った。回答者の95.6%が、少女像の建設に賛成した。賛成の理由としては「学生たちに問題意識を植え、気づきを与える」、「学校に対して矜持と自負心を持てる」などの意見が多かった。
 反対の声は学校側から出た。校内の第1学生会館前の民主広場に少女像を建てるために、大学側に敷地の提供協力を要請したが、学校側は「姉妹提携した日本の大学との関係」を理由に難色を示した。学校と意見対立する形になると、一部の教授と学生たちも「学内で不要な葛藤を誘発する」とし、少女像建設推進を批判した。推進委は12日、少女像を建てることを希望する忠南大学民主広場で発足式を開き、「いかなる政治的介入や外交的問題にも揺さぶられず、正しい教育の道を開いてほしい」と大学側に促した。
 推進委は5000~5500万ウォン(約500~550万円)募金を目標に、13日から本格的な活動に入る。募金過程を透明にしようと推進委を非営利社団法人に登録し、クラウドファンディングも計画している。予定どおりなら来年3月、忠南大の民主広場の中に「国立大学で第1号の平和の少女像」が建設される。少女像建設後には、最近構成された現代史勉強サークルが少女像を管理し、定期的に学会や文化祭も地道に開く予定だ。
 イ・ヒョンサン忠南大学総学生会長は「もう教授方も授業時間に頻繁に少女像について話される。応援する方もいれば、気がおかしくなったと言う方もいる。このような状況もとても肯定的だと考える。賛成であれ反対であれ、これを機に慰安婦問題を一度は考えてみることになったからだ。教授と討論し友人と論争して、自分の考えを話すこと、就職を超えて他の問題にも関心を持つことが、大学の望ましい方向ではないだろうか。学びは本だけから出てくるものではないと思う」と話した。

文・写真/チェ・イェリン記者
韓国語原文入力:2017-10-12 23:49
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/814269.html


https://matomezone.co/archive/42195
http://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20170829027001
『ソウル新聞(서울신문)』2017/08/28  大田イ・チョンヨル(이천열)記者
■「大学に‘平和の少女像’建て、歴史意識高める」
 “대학에‘평화의 소녀상’ 세워 역사 의식 높일 것”
 「就職のせいでしょう。話してみると単位にばかり気をつかう友人が多く、歴史意識が足りません。それで少女像をたてるのです」。
 国立大学の中で初めてキャンパス内に「平和の少女像」建設をすすめている忠南大総学生会長イ・ヒョンサン(이현상。26・機械設計工学科4年)氏は28日、ソウル新聞とのインタビューで「中学・高校、小学校で少女像を建てるのに、知性の殿堂である大学ではまだ建てていない」と、その背景を説明した。
 李氏は「私立大の仁済大学と東亜大学の場合、サークル次元で少女像建設をすすめ、苦労していると聞いた」と言い、「総学生会が乗りだしたのは私たちの大学が初めてだ」と付け加えた。
 李氏は総学生会会議を通じて少女像建設を決め、アンケート調査から始めた。今月1日から20日間、学生たちに調査した結果、回答者1168人中95.6パーセントの1117人が圧倒的に賛成した。李氏は「全校生が1万8000人で、休みなので参加者が少なかったが、主流意見を察するには充分だと考える」と述べた。
 賛成学生たちは大部分「学内に少女像があればさらに多くの学生が慰安婦問題に関心を持つだろう」と答えた。反面、反対する学生は日本との外交問題を憂慮した。
 李氏は「直ちに私たちの大学と姉妹提携を結んでいる九州大学、大阪大学など30余りの日本の大学と関係が悪くなるのではないかと思って心配するようだ」、「学校側もこのことのために敬遠している。さらに、国立大学の中に建てることは負担になる」と話した。反対学生たちはまた、管理問題を挙げた。李氏は「少女像管理は教職員労組が助けてくれると約束した」と話した。
 総学生会は来年3月、少女像を建設する計画だ。李氏は「未来を指向して明るい表情でたっている忠南大学だけの少女像を製作する」と述べた。
 すでに学内彫塑課教授に製作を依頼してデザイン中だ。李氏は「銅像製作費5000万ウォンは学生、教授、教職員、同窓生など全構成員から募金する」と述べた。
 教職員労組はすでに支援を約束したという。市民募金もおこなう。李氏は「来る10月、市内で学生たちがフラッシュモブなどを行って市民の関心と参加を引き出す」と話した。
   【写真】イ・ヒョンサン忠南大総学生会長


http://japanese.joins.com/article/937/231937.html
「中央日報日本語版」2017年08月02日11時30分
■韓国の国立大学で初めて少女像建設
 韓国国立大学で初めて少女像建設が推進されている。
 2日、忠南(チュンナム)大学によると、学校総学生会が校内平和の少女像の建設に向けた在学生を対象にアンケート調査を行っている。忠南大学総学生会は前日、ソーシャルメディア(SNS)アカウントを通じて「学内平和の少女像の誘致関連」の掲示物を上げて学生の意見を聞いた。
 学生会は掲示物で「慰安婦合意の内容を土台に日本政府と極右団体は慰安婦に対する歴史歪曲を継続している」とし「韓国歴史の間違った事実を正し、関心を持つ必要があると考えて学内における平和の少女像誘致を行いたい」と明らかにした。
 総学生会は学部生と大学院生など、在学生約1000人以上が質問に参加すれば、その結果に基づいて学校側に少女像建設を公式的に要請する計画だと伝えられている。
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