三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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米国のウンデッド・ニーとパレスチナのガザ

2023年12月31日 | 韓国で
「The Hankyoreh」 2023-12-22 08:53
[寄稿]米国のウンデッド・ニーとパレスチナのガザ
 キム・ソミン 自由寄稿家

【写真】16日、駐韓イスラエル大使館そばで「パレスチナに連帯する人々」主催で行われた「パレスチナ連帯集中行動の日」の集会。国内外の500人あまりが「イスラエルの人種虐殺糾弾」とのスローガンを叫びながら明洞の街を行進した=「パレスチナに連帯する人々」提供//ハンギョレ新聞社

 その日はクリスマスの4日後だった。1890年、米国先住民の首長「ビッグフット」と、それに従う200人あまりの人々がウンデッド・ニーで米軍に虐殺された。雪原に放置された遺体は曲がった姿勢で凍りついてしまった。この先住民たちは「亡霊の踊り」を踊ったせいで連行された。「来春には偉大な精霊がやって来るだろう。死んだインディアンはみなよみがえり、若者のように壮健になるだろう」。米国政府はこの踊りを禁止するとともに、何人も残っていなかった首長たちの名を「騒ぎの主動者」リストに載せた。「ビッグフット」もその一人だった。「亡霊の踊り」は先住民たちの唯一の希望だった。
 1866年、シャイアン族の一部が追われていた故郷の地に戻った。「生きようが死のうがここにいる」。戦士のメブリコが中心だった。米軍はメブリコと残った人々を殺した。帰郷した先住民の一部はアーカンソー南部へと向かって再びその地をたったが、米軍は彼らも殺した。コマンチの首長のトサウィはシェリダン将軍のもとへおもむき、自らを指差して「良いインディアン」と言った。シェリダン将軍は「私が見てきた良いインディアンはみな死んだ」と答えたが、この言葉は後に「良いインディアンは死んだインディアンだけだ」に変化して流行した。クリストファー・コロンブスが米大陸を「発見」した後、欧州からの移民たちは、この地を治めることは神の意思であり、「明白な運命」だと言った。その大義名分の下、米国先住民の90%は疫病と虐殺で消え去った。そのようにして先住民を追い出し、「入植者植民地」は完成した(『私をウンデッド・ニーに埋めてくれ』ディー・ブラウン著、キル出版社。日本語版は『我が魂を聖地に埋めよ』鈴木主税訳、草思社)
 「民なき土地に土地なき民を」。この文言はパレスチナへのユダヤ人定着を支持した英国の政治家たちがまず用い、以後、シオニストたちのキャッチフレーズとなった。その土地はすでに中東の人口密集地域だったにもかかわらず、だ。1948年、イスラエルは75万人のパレスチナ人を故郷から追い出した。以降、違法な占領地からパレスチナ人の村を消し去り、入植地を拡大してきた。1967年と1980年、国連はイスラエルに違法占領地から撤退することを要求する決議を相次いであげた。イスラエルとパレスチナの紛争に関する国連決議だけでも200件を超える。イスラエルと米国はこれをすべて無視してきた(『パレスチナ現代史』ホン・ミジョン、マフディ・アブドゥル・ハーディ著、ソギョン文化社)。先月に続き今月13日、国連総会は「ガザ地区即時休戦」を再び決議し、米国はまたしても反対した。

【写真】16日、駐韓イスラエル大使館そばで「パレスチナに連帯する人々」主催で行われた「パレスチナ連帯集中行動の日」の集会。国内外の500人あまりが「イスラエルの人種虐殺糾弾」とのスローガンを叫びながら明洞の街を行進した=「パレスチナに連帯する人々」提供//ハンギョレ新聞社

 2カ月前、イスラエルは攻撃を開始しつつ、ガザの民間人に南に避難しろと言った。ガザ地区南部の最大の都市ハンユニスの人口はもともと40万人だが、難民が殺到して120万人に膨れあがった。ガザの人口230万人のうち190万人が難民となった。イスラエルは南部に爆弾を浴びせている。彼らはどこに行けばよいのか。2カ月間で1万9千人あまりのパレスチナ人が殺された。この数字に行方不明者は含まれていない。死者の70%は女性と子どもだ。5万人の負傷者を治療する病院はない。上下水道は破壊された。100万人が飢えている。感染症がまん延している。そのような中、イスラエルは違法占領地である東エルサレムで入植地を拡大する計画を承認した。非政府組織「ピース・ナウ」が明らかにした(ハンギョレの報道より)。
 今月4日、ホワイトハウス国家安保会議のジョン・カービー戦略広報調整官は、イスラエルがガザでおこなっている軍事作戦を擁護しつつ、「(イスラエルと同じ立場だったら)我々もそのように行動しただろう」と述べた。米国はすでに米国先住民に「そのように」し、「成功」してきた。
 厳しい寒さとなった今月16日、身を切るような寒風に頬を赤らめた500人あまりの人々が光化門に集った。「パレスチナに連帯する人々」がおこなった集会だ。「アジアの友人たち」のチャ・ミギョン代表は、ガザ住民の「イマヌエル」から届いた手紙を読みあげた。「この手紙が韓国で朗読される瞬間、私は生きているでしょうか。この文章を書くことが何の役に立つのでしょうか」。光化門(クァンファムン)を出発したデモ隊は、明洞(ミョンドン)の繁華街に足を踏み入れた。クリスマスの飾りの間を、パレスチナ人の子どもの遺体を象徴する白い布で包まれた人形を抱いて行進した。私は驚いた。誰も通行を、商売を妨害していると言ってデモ隊を非難したりはしなかった。ある中年男性はデモ隊に向かって拍手した。「フリー、フリー、パレスチナ」。今は19世紀ではなく21世紀、ガザは一人で「亡霊の踊り」を踊ることはないだろう。

 【写真】16日、駐韓イスラエル大使館そばで「パレスチナに連帯する人々」主催で行われた「パレスチナ連帯集中行動の日」の集会。国内外の500人あまりが「イスラエルの人種虐殺糾弾」とのスローガンを叫びながら明洞の街を行進した=「パレスチナに連帯する人々」提供//ハンギョレ新聞社

キム・ソミン 自由寄稿家 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1121349.html
韓国語原文入力:2023-12-21 16:28
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[2023韓国10大ニュース]民生差し置いた理念論争、「安全ピン」外れた南北関係

2023年12月31日 | 韓国で
「The Hankyoreh」 2023-12-30 07:22
■[2023韓国10大ニュース]民生差し置いた理念論争、「安全ピン」外れた南北関係

【写真】ソウル龍山区の国防部庁舎前にある洪範図将軍の胸像/聯合ニュース

1.洪範図将軍の胸像撤去推進、「歴史クーデター」の物議
 今年燃え上がった陸軍士官学校内の洪範図(ホン・ボムド)将軍の胸像撤去論争は、理念を前面に掲げた尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権が起こした「平地風波」だっ<msreadoutspan class="msreadout-line-highlight">た。そのままにしておけば何の問題もないことを、わざと事を<msreadoutspan class="msreadout-word-highlight">起こし</msreadoutspan>て騒ぎ立てたの</msreadoutspan>だ。
 昨年10月、国会国防委員会の国防部の国政監査で、当時シン・ウォンシク議員(国民の力)が洪範図将軍の胸像撤去を初めて主張した。しばらく静かだったこの問題は8月以後、突如として尹錫悦政権の中心課題のようになった。尹大統領は8月15日の光復節記念演説でだしぬけに「共産全体主義を盲従し操作・扇動で世論を歪曲し、社会をかく乱する反国家勢力がいまだに横行している」と主張した。10日後の8月25日、陸軍士官学校は校内に設置された独立戦争の英雄・洪範図、金佐鎮(キム・ジャジン)、池青天(チ・チョンチョン)、李範ソク(イ・ボムソク)将軍と新興武官学校設立者の李会榮(イ・フェヨン)氏の胸像を撤去し、外部に移すと明らかにした。
 洪将軍の胸像撤去論議が加熱した8月28日、尹大統領は与党「国民の力」の国会議員研さん会を訪れ、「最も重要なのは理念だ。時代遅れの理念ではなく、国をきちんと導いていけるような哲学がまさに理念だ」と強調した。尹錫悦政権が歴史戦争と理念政治を宣言すると、国防部は「ソ連の共産党員だった洪将軍の胸像を、北朝鮮の共産主義に対抗する将校を育成する陸軍士官学校に置くことはできない」と主張した。光復会などと野党は「洪範図将軍の胸像撤去は独立運動をけなし、国軍の歴史的正統性を否定する反憲法的な措置だ」と反発したが、国防部は耳を貸さなかった。胸像問題は、海軍の潜水艦「洪範図」の艦名変更、国防部前の洪範図将軍の胸像撤去、陸軍士官学校の名誉卒業証書問題へと膨らんだ。
 10月、ソウル江西(カンソ)区長補欠選挙で国民の力が敗北した後、尹大統領が民生(国民の暮らし)問題を強調しはじめ、国防部の動きも静まった。シン・ウォンシク国防部長官は先月、「(洪将軍の胸像移転は)年内には難しいと予想している。国民を説得する過程も思ったより時間がかかり、国家報勲部で準備しなければならない事項もある」と述べた。洪将軍の胸像撤去論争が、尹錫悦政権の理念偏向の象徴のように人々の脳裏に深く刻まれた後に出た話だ。
クォン・ヒョクチョル記者
7月19日午前、慶尚北道醴泉郡のオチョン橋付近で海兵隊の将兵1人が捜索作業中に急流に流され行方不明になった。消防当局がヘリコプターとボートを動員して将兵を捜索している=ペク・ソア記者//ハンギョレ新聞社

2.海兵隊上等兵殉職捜査、政府・大統領室の外圧疑惑
 7月19日、慶尚北道醴泉(イェチョン)の乃城川(ネソンチョン)で、海兵隊のC上等兵が豪雨による行方不明者の捜索をしていたところ急流に流され死亡した。当時C上等兵には救命胴衣が支給されていなかった。海兵隊捜査団長だったパク・チョンフン大佐は、安全対策なしに行方不明者の捜索作戦を行ったことには当時イム・ソングン海兵隊第1師団長の「無理な指示」があったとみて、イム師団長の容疑を含ませた。イ・ジョンソプ国防部長官(当時)もこのような内容が書かれた調査報告書を7月30日に決裁した。その後「イム師団長などを容疑者から除外せよ」という趣旨の外圧が入り始めた。捜査団は外圧を感じながらも、8月2日に事件を警察に移牒した。すると国防部は、直ちに事件記録を回収し、パク大佐を集団抗命の首謀者の疑いで立件した。このような外圧の背景には尹錫悦大統領がいるという疑惑も出ている。
チョン・ファンボン記者
7月18日、教員が自ら命を絶ったソウル市瑞草区のある小学校の入り口に故人を追悼するメッセージと花が置かれている=ユン・ウンシ先任記者//ハンギョレ新聞社

3.「教権」の墜落、崖っぷちの「学生人権条例」
 7月18日、ソウル瑞草区(ソチョグ)のある小学校の教員が自ら命を絶った。保護者のパワハラが原因だという疑惑が持ちあがった。教員たちは、学校現場で保護者の悪性クレームに苦しめられた自分たちの経験を投影し対策作りを訴えた。7月22日からソウルの光化門(クァンファムン)や国会前で開かれた土曜集会に毎回数万人の教員が集まった。教員たちは故人の四十九日となる日の9月4日を「公教育ストップの日」に指定し、集団で年次休暇・病気休暇を出してデモに乗り出す闘争も行った。教員たちの要求により、教員の正当な生活指導を守り学校長の責務などを明示した「教権保護4法」が9月に国会で可決された。一方、教権(教員の権威、権限、教える権利)が損なわれた背景として「学生人権条例」(生徒の尊厳や自由を保障するために制定された各自治体あるいは市・道教育庁の条例)が指摘され、各地方議会で学生人権条例廃止の動きが起きたりもした。
パク・コウン記者
8月3日午後、全羅北道扶安郡のセマングム世界スカウトジャンボリーのデルタ区域で暑さに疲れたスカウト隊員たちが休憩を取っている/聯合ニュース

4.準備不足で難航したセマングムジャンボリー
 8月1日、全羅北道扶安(プアン)のセマングム干拓地で開幕した「2023世界スカウトジャンボリー」が、猛暑と準備不足により行事初日から難航したうえに、台風6号(カーヌン)の接近で開幕から1週間たった8日に事実上早期閉幕した。約150カ国から4万人を越える人員が参加した大規模な国際行事だったが、準備状態は文字通り「不足だらけ」だった。大雨でキャンプ場が水浸しになり、虫刺され事故が相次いだなか、日陰のない干拓地のキャンプ場では熱中症患者が続出。トイレやシャワー室などの劣悪な衛生状態はSNSを通じて全世界に広がった。準備不足を叱責する世論が広がると、女性家族部など中央政府と管轄自治体である全羅北道の間で責任のなすりつけが起こり、行事が進められたセマングム干拓地のSOC(社会資本)事業費が大幅に削減された。
パク・イムグン記者

【写真】12月14日、キムパプ(海苔巻き)の価格(3000ウォン~5000ウォン)が表示されたソウル中区のあるキムパプ専門店の前を市民が通りがかっている/聯合ニュース

5.高物価・高金利にうめく庶民
 今年1年間、庶民は高物価・高金利のために厳しい時間を送った。消費者物価の上昇率は昨年7月に6.3%(前年比)まで高騰し、今年に入って少しずつ下がる傾向をみせた。だが依然として3%台の高い水準を示している。韓国銀行は来年末または2025年上半期になれば物価上昇率が2.0%に下がるとみている。物価高の苦痛は続いているということだ。このような中、各国の中央銀行が物価高を抑えるために政策金利を急速に引き上げ、各家計では借金の元利金返済の負担も同時に増えている。今年下半期、4大銀行の住宅担保融資の変動金利の上段は年7%を突破し、信用融資金利の上段も6%台後半まで跳ね上がった。統計庁の家計金融福祉調査によれば、昨年1年間で各世帯が支払った貸付利子は平均247万ウォン(約27万円)。今年の年間利子はこれよりさらに増える可能性がある。
チョン・スルギ記者

【写真】12月18日、北朝鮮が発射した固体燃料の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星18型」/聯合ニュース

6.南北、「9・19合意」以前の緊張関係へ
 2018年の南北首脳会談で結ばれ、軍事的衝突を防ぐ「平和安全弁」の役割を果たしてきた9・19南北軍事合意が全面的に無効化された。北朝鮮は今年だけで「火星15型」(2月18日)、「火星17型」(3月16日)、「火星18型」(4月13日、7月12日、12月18日)の5回の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を試験発射した。特に、北朝鮮は3回にわたって火星18型を発射し、固体燃料基盤のICBMを事実上戦力化したという評価を受けた。11月21日には、北朝鮮が初の軍事偵察衛星を打ち上げた。韓国はこれに対応して、軍事境界線一帯に戦闘機・偵察機などの飛行禁止区域を設定した9・19軍事合意の一部条項を効力停止し、北朝鮮は直ちにこの合意の全面無効化を宣言した。南北は9・19軍事合意以前の緊張関係に戻った。
シン・ヒョンチョル記者

【写真】10月11日、ソウル江西区長補欠選挙に出馬した共に民主党のチン・ギョフン候補が当選確実となり、麻谷洞の事務所で配偶者のパク・ウンジ氏と共に親指を立てるポーズを取っている/聯合ニュース

7.江西区長補欠選挙で惨敗の与党
 与党「国民の力」は10月11日のソウル江西区長補欠選挙で17.15ポイント差で惨敗し、荒波に包まれた。イン・ヨハン氏を委員長とした「革新委員会」は、党指導部・重鎮・親尹錫悦派の議員らの来年4月の総選挙不出馬、または当選の厳しい地域への出馬を要求したが、当事者たちは即答しなかった。革新委が「手ぶら」で解散した直後、「元祖尹核関(尹大統領の核心関係者)」と呼ばれるチャン・ジェウォン議員が総選挙不出馬を宣言し、局面が急変した。勇退論を拒否してきたキム・ギヒョン前代表は、尹錫悦大統領の不出馬の要求すらも拒否し代表職を辞任した。国民の力は非常対策委員会体制で総選挙を行うことにし、ハン・ドンフン前法務部長官を非常対策委員長に投入した。イ・ジュンソク元代表の辞任、キム・ギヒョン代表の当選、ハン・ドンフン非常対策委員長の救援登板まで、すべてが「尹大統領の意向」どおり着々と進んだ。
ソン・ヒョンス記者

【写真】9月27日、共に民主党のイ・ジェミョン代表が、裁判所の拘束令状棄却決定後、ソウル拘置所を出て発言している/聯合ニュース

8.民主党のイシューをすべてさらった「イ・ジェミョン代表リスク」
 2023年の最初から最後まで、野党「共に民主党」の唯一のキーワードは「イ・ジェミョン」だった。1月10日の「城南FC後援金疑惑」呼び出し調査→2月27日の1回目の逮捕同意案否決→9月21日の2回目の逮捕同意案可決に至るまで、イ・ジェミョン代表に向けられた捜査は民主党のすべてのイシューを飲み込む勢いだったた。イ代表は「民主主義守護」を掲げて行った24日間のハンガーストライキと裁判所の拘束令状棄却(9月27日)、ソウル江西区長補欠選挙の勝利(10月11日)で、再跳躍の足場を固めたようにみえた。しかしその後、刷新と対話に消極的な姿を見せ、イ・ナギョン元首相が年明けの新党結成を示唆し、再び試験台に立つことになった。党内の非主流の一部とイ・ナギョン元首相は、イ・ジェミョン代表の退陣を前提にした非常対策委員会の構成を要求している。
オム・ジウォン記者
【写真】9月14日、検察の職員らが「キム・マンベ-シン・ハンニム録音記録」を報道した独立系メディア「ニュース打破」の家宅捜索のためにソウル中区の事務所に向かっている=ユン・ウンシク先任記者//ハンギョレ新聞社

9.尹錫悦政権「全方位メディア掌握」本格化
 今年一年、マスコミ業界は言論弾圧論で常に騒がしかった。尹錫悦大統領は5月、検察起訴を口実にハン・サンヒョク放送通信委員長を免職したのに続き、8月にチョン・ヨンジュ放送通信審議委員長を解任した。2人とも文在寅(ムン・ジェイン)政権で任命された人物だ。放通委の人員構成を変えた政府はこれを踏み台に、テレビ受信料分離徴収や、韓国放送(KBS)・文化放送(MBC)の取締役会および経営陣の交替、YTNの民営化など、公共放送の根幹を揺るがす政策を推進した。放送通信審議委員会は、独立系メディア「ニュース打破」の「キム・マンベ録音記録」報道を口実に政権に不利な報道に「フェイクニュース」のレッテルを貼り、「政治審議」との論争を招いた。MBC・京郷新聞などの報道機関と所属記者に対する検察の強引な家宅捜索も問題になった。野党とメディア団体はこれに対抗し、公共放送の支配構造改善を主な内容とする放送3法の国会本会議処理を通したが、これすらも尹大統領の拒否権行使によって結局廃棄となった。
チェ・ソンジン記者
8月24日午前、ソウル市の冠岳山の麓で開かれた「公園女性殺害事件被害者追悼および女性暴力放置国家糾弾緊急行動」に市民たち集まり、故人を追悼している=キム・ジョンヒョ記者//ハンギョレ新聞社

10.殺害・性的暴行…絶えない「女性対象犯罪」
 今年5月、ソウル市の衿川区始興洞(クムチョング・シフンドン)で30代の男性が元交際相手を殺害した。別れの通知を受けて暴力を振るい、警察に通報されたため「報復殺害」をしたという。警察は女性が通報したにもかかわらず保護措置を取らなかった。2カ月後、仁川市の論ヒョン洞(ノンヒョンドン)で30代の男性が元交際相手をストーキングして殺害した。裁判所が下した接近禁止命令は効果を果たさなかった。8月、ソウル市の新林洞(シンリムドン)で出勤途中の女性が性的暴行を受けた後に殺された。見ず知らずの犯人であるチェ・ユンジョン(身元公開)は、単に「強姦したかった」と述べた。また、11月には慶尚南道晋州市(チンジュシ)のコンビニの女性スタッフが20代男性から突然暴行を受けた。「ショートヘア=フェミニスト」であり「フェミニストは殴られて当然だ」と語った。今年も女性を対象にした暴力事件が絶えなかった。法の死角地帯の中、女性たちは今日も「たまたま生き残ったにすぎない」と実感している。

オ・セジン記者
(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
韓国語原文入力:2023-12-26 09:57
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「「野蛮な朝鮮人」「模範示した戦死」…日帝のポスターに見る野望の30年」

2023年12月31日 | 国民国家日本の侵略犯罪
「The Hankyoreh」 2023-12-31 07:21
■[レビュー]「野蛮な朝鮮人」「模範示した戦死」…日帝のポスターに見る野望の30年
 日帝強占期の全メディア・文献を網羅 
 約10年の手作業で資料を収集 
 啓蒙と文明化も植民地支配の一環 
 戦争美化の「死の政治」が生々しく描かれ 
 『ポスターで見る日帝強占期の全体史:日本の植民地主義の美学とプロパガンダ』 
チェ・ギュジン著|西海文集

【写真】慶尚北道大邱府と大邱日日新聞社の主催で1943年10月1日~11月5日に開かれた「大東亜戦争完遂・徴兵制実施記念 興亜大博覧会」のポスター。大東亜共栄圏の地図に日の丸と銃剣を描き「死の政治」を宣伝している=国立民俗博物館所蔵/西海文集提供//ハンギョレ新聞社
【写真】『ポスターで見る日帝強占期の全体史:日本の植民地主義の美学とプロパガンダ』チェ・ギュジン著|西海文集|4万5000ウォン//ハンギョレ新聞社

 欧州と米国では、1880年頃から派手な色彩の大型の屋外ポスターが数多く作られた。第1次世界大戦が勃発すると、各国は戦争を宣伝して戦意を高める目的の宣伝用ポスターを作成し普及させた。日本帝国主義も同様に、朝鮮に対する植民地統治期間中、ポスターによるこのような宣伝効果を積極的に活用した。
 歴史学者のチェ・ギュジン教授(青巖大学在日コリアン研究所研究教授)の『ポスターで見る日帝強占期の全体史』は、1915年から1945年の植民地解放(日本の敗戦)までの間に日帝が制作し配布したポスターを分析し、その中に含まれた帝国主義イデオロギーを示した著書だ。著者は「日帝強占期のメディアと文献に掲載されたすべてのポスターを収集してまとめたものを土台にした」とし、テキストとは違って検索ができないイメージ資料の特性上、「新聞を1面ずつ、雑誌1ページずつをすべてめくって見る」手法で10年以上の基礎作業を進め、その結果、多くのポスターを新たに発掘して著書に掲載したと明らかにした。

【写真】「紀元二千六百年 始政三十周年記念 朝鮮大博覧会」のポスター。白いチョゴリと黒いチマを着た女性が日の丸を振っている=西海文集提供//ハンギョレ新聞社

 衛生と健康、時間の観念、節約と貯蓄、左側通行、親切と明朗のような生活習慣改善のポスターの話から著書は始める。衛生と健康は「帝国主義者が植民地政策を大衆に伝播する主な装置だった」。1924年に京畿道警察部が配布したポスターでは、まげを結った「野蛮な朝鮮人」がむさぼるようにカニを食べている姿を描き、「風土病予防」という表紙を付けた。風土病は肺ジストマを指すが、朝鮮人がザリガニやカニを生で食べてこれを発病する事例が多かった。三井合名会社が1925年に配布した山火事予防ポスターでも、笠子帽をかぶった人たちがキセルを吸ったり巻きタバコにマッチで火を付ける様子と、山に火事が起きた絵を上下に配置し、その間に「大変なことになった」という文面を添えて「さりげなく朝鮮の野蛮さを強調」した。このように啓蒙と「文明化」を前面に出したポスターにも「植民地人に劣等感を植えつけ自ら従順になるようにする」イデオロギー的な目的があるというのが著者の指摘だ。

【写真】1927年4月に鎮海で開かれた慶尚南道連合共進会のポスター。戦闘機と軍艦を背景に海軍の軍艦旗である旭日期と桜の花を間に置いて朝鮮女性と日本女性が親しく「内鮮融和」を成している様子を描いている=西海文集提供//ハンギョレ新聞社

 朝鮮日報1929年5月12日付には、同紙の副社長だった安在鴻(アン・ジェホン)が主導した「生活改新運動」のポスターが掲載された。「朝鮮人よ、新しく生きよう!」というフレーズとともに5つの目標が提示され、白い服の代わりに黒い服を着て長い髪を切ろうという「色衣断髪」を前面に出した。1934年に朝鮮総督府逓信局が配布したポスターには、「自力更正は貯蓄で」というフレーズのもと、農夫が力を合わせて畑を耕す様子が描かれていた。このポスターは、日帝が1932年に始めた農村振興運動をテーマとしているが、この運動は「搾取メカニズムを徹底的に隠し、一生懸命働いて節約すればよい暮らしができるというイデオロギー洗脳政策だった」。一方、国民総力朝鮮連盟が1942年7月頃から企画した親切・明朗運動の中心は「国家の要求を喜んで受け入れること」だった。

【写真】「国語」(日本語)生活化を強調する国民総力朝鮮連盟のポスター=大韓民国歴史博物館所蔵/西海文集提供//ハンギョレ新聞社

 東亜日報と朝鮮日報は1920年代末から1930年代中頃まで、文盲撲滅廃運動と農村啓蒙運動に力を入れた。新聞の読者を増やすと同時に、民衆の意識を覚醒させようとするものだった。朝鮮日報1928年新年号に掲載された文盲撲滅ポスターは、カップ(KAPF:朝鮮プロレタリア芸術家同盟)の会員だった安碩柱(アン・ソクチュ)が描いたが、文盲撲滅の旗を手に持った青年がもう片方の手では拳を固く握って大衆を扇動する様子が「典型的な社会主義リアリズム様式を示している」。かと思えば、東亜日報が主導した農村啓蒙運動「ブナロード」のポスターは、いずれも啓蒙の主体である学生は体格が大きくて高いところにいる反面、啓蒙の対象である農民は背が低く低いところに位置しており、「農民は啓蒙されなければならない受動的な存在」として表現している。
 1915年に半官半民の支援団体である京城協賛会が作った朝鮮物産共進会のポスターは、春鶯舞を踊る妓生を前面に出し、紅葉に囲まれた景福宮の勤政殿と慶会楼を上側に、日本の皇室の象徴である菊と近代的な共進会の建物を下側に配置したが、景福宮が暗くもの寂しく見えるのとは対照的に、共進会の会場は明るく活気に満ちているように描かれた。1918年の第2回慶尚北道物産共進会のポスターでも、仏国寺の多宝塔は活気がなく暗い空間で、共進会の会場は活気があり明るい空間となっている。1940年に開かれた朝鮮大博覧会のポスターは、白いチョゴリと黒いチマ姿の女性が日の丸の旗を振る姿を通じて、日帝に対する朝鮮人の服従と忠誠を表現した。

【写真】陸軍少年兵募集ポスター。少年兵募集ポスターは、戦闘場面を描写したものがほとんどないという特徴がある=釜山広域市立博物館所蔵/西海文集提供//ハンギョレ新聞社

 日中戦争に続き太平洋戦争まで引き起こした日帝は、「国民の体格を向上させ、国防戦力を強化」するという名分のもとで様々な政策を打ちだし、それに合わせたポスターを配布した。毎日新報1942年2月13日付に掲載されたポスターは「あなたはどれくらい国に奉仕できる体をお持ちですか!」というフレーズを中心に、体力測定への参加を促す内容だ。1943年9月19日付の毎日新報に掲載されたポスターは「全員登録、決戦体制での青壮年国民登録」という表題を付けた。戦況が連合軍側に傾くと、

【写真】日帝は「決戦体制」という言葉をさらに頻繁に使うようになった。
日本が「支那事変」と呼んだ日中戦争1周年を記念し1938年に日本の陸軍省が作成したポスター=西海文集提供//ハンギョレ新聞社

 総督府の機関紙である京城日報1943年2月18日付に掲載されたポスターでは、青年団服を着た青年があたかも徴兵を切実に望むかのような姿だ。親日画家の金仁承(キム・インスン)が描いた大型の陸軍志願兵のポスターをはじめ、海軍志願兵の募集ポスター、朝鮮人学徒志願兵、陸軍少年飛行兵のポスターが乱発されるなか、志願兵になって最初に戦死した李仁錫(イ・インソク)や李亨洙(イ・ヒョンス)らの名前を連ね、「聖戦殉国の模範を示した人」と書かれたポスター、「私たちが待っていた道、光明と共に開こう」という文とともに銃剣を構えて殺気を放ってにらむ兵士の姿が描かれたポスターが、特に見る人に苦痛を与える。映画のポスターのようにみえる「こうした種類のポスターは、戦争をより身近に感じさせ、幻想と欲望の習性を悪用して戦争を美化する」。働く女性の周りを「あなたの後は私が一手に引き受けます」という言葉で囲み、女性の労働力の動員の下心をあらわにしたポスターが京城日報に掲載された日は、1945年6月15日だった。敗北直前まで日帝は、戦争と植民地支配の永続化の野心を止めなかった。

チェ・ジェボン先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
韓国語原文入力:2023-12-15 10:09
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「強制徴用被害者の一部「日本企業の供託金から賠償受ける」」

2023年12月30日 | 国民国家日本の侵略犯罪
「中央日報日本語版」 2023.12.30 09:41
■強制徴用被害者の一部「日本企業の供託金から賠償受ける」
 「2次強制動員訴訟」で最終勝訴した被害者の一部が日本企業側が裁判所に預けた供託金で自身の賠償金を受けるという意向を29日に明らかにした。日本企業が預けた資金が強制徴用被害者に対する事実上の賠償金として使用される道が開かれた。
 強制動員被害者のイさんはこの日、日立造船が2019年1月にソウル高裁に出した供託金6000万ウォン(約654万円)から賠償金を受ける手続きを踏む計画だと明らかにした。
 大法院(最高裁)は前日、イさん側が日立造船を相手に提起した損害賠償請求訴訟で5000万ウォンと遅延利子の賠償を命じる最終判決を出した。この訴訟は強制動員被害者の賠償請求権が初めて認められた2012年の大法院判決以降、他の被害者らも提起した一連の訴訟の一つであり「2次強制動員訴訟」と呼ばれる。
 日立造船は2019年1月、同じ内容の原審判決が出ると、イさん側の仮執行(未確定の判決による強制執行)を念頭に置いて強制執行停止を申請し、その担保の性格で6000万ウォンを裁判所に供託した。
 早ければ来週中にも、大法院の最終勝訴判決文に基づき裁判所に供託金から賠償金を受けることを請求するというのがイさん側の立場だ。裁判所の供託官の審査で請求が受け入れられれば、この6000万ウォンを受けることができる。イさん側が受ける賠償金と遅延利子は6000万ウォンを超える規模であり、残りの金額受領に対しては行政安全部傘下の日帝強制動員被害者支援財団の「第三者弁済」に基づいて検討することにした。
 日本企業が自発的に出した供託金が被害者に対する事実上の賠償金として渡る場合、今回が初めてとなる。ただ、日本強制徴用被告企業のうち裁判所に供託金を預けた事例は日立造船のほかにはなく、事実上唯一の事例となる可能性がある。
 法曹界の内外では「日立造船側が供託金回収請求権を行使して不服を申し立てる可能性も排除できない」という見方も出ている。強制執行を防ぐために裁判所に担保金を預けたのであって、被害者への弁済のために出したのではないからだ。日立造船は前日、大法院の判決に対し「1965年の韓日請求権協定とこれに対する日本政府の見解、当社の主張に反するものであり、極めて遺憾」という立場を明らかにした。
 イさん側のイ・ミン弁護士(法律事務所ヘアリム)は「日立造船の回収請求権が認められるには原告の同意があるか、担保取消決定がなければならないため、こうした不服手続きは容易でない」と話した。


「聯合ニュース」 2023.12.29 19:16
■勝訴の徴用被害者「賠償金は日本企業の供託金から」
【ソウル聯合ニュース】韓国大法院(最高裁)が28日、徴用被害者の遺族らが三菱重工業と日立造船を相手取って損害賠償を求めた訴訟の上告審で原告勝訴の判決を言い渡したことに関連し、日立造船を訴えた原告の一部が29日、日立造船が裁判所に収めた供託金を賠償金として受け取る意向を明らかにした。

【写真】勝訴を喜ぶ原告たち=28日、ソウル(聯合ニュース)

 日立造船は同じ訴訟の二審で賠償を命じられたことを受け、2019年1月に強制執行の停止を申し立て、6000万ウォン(約650万円)を裁判所に供託した。
 大法院が日立造船に命じた同被告への賠償金は5000万ウォンと遅延利子で、被告側は判決を根拠にこの供託金の受け取りを求める手続きを進める計画だ。
 被告の代理人を務める弁護士は、受け取りが実現すれば「(徴用訴訟で)日本企業が自発的に出した金銭が被害者に渡される初のケースになる」とし、「事実上の賠償が日本企業によってなされるという点で意味がある」と話した。
 ただ、この供託金は強制執行停止のために収めたものであり、被害者への賠償金とは言えず、裁判所側が原告側の請求を受け入れたとしても、日立造船側が異議を申し立てる可能性もある。
 また、遅延利子を含めると同原告が日立造船から受け取る金額は6000万ウォンを超えるという。
 同原告は、不足分については韓国政府傘下の財団が日本企業に代わって賠償金などを支払う政府の解決策の受け入れを前向きに検討する意向であることが分かった。
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「「強制徴用朝鮮人の魂を慰める」…納骨堂を寄贈した日本の僧侶」

2023年12月29日 | 国民国家日本の侵略犯罪
「中央日報日本語版」 2023.12.29 06:58
■「強制徴用朝鮮人の魂を慰める」…納骨堂を寄贈した日本の僧侶

【写真】日帝強占期の時に強制動員された朝鮮人無縁故被害者のための納骨堂を寄贈した日本の中島住職(左)と彼を助けた韓国の海運僧侶。キム・ヒョンイェ特派員

 日帝強占期の時に韓半島(朝鮮半島)から日本に連れてこられて亡くなっても故国に戻ることができなかった朝鮮人の霊を慰めるために一人の日本人僧侶が納骨堂を寄贈した。27日、神奈川県の在日本大韓民国神奈川民団の建物で、清泰寺の中島泰義住職(79)と会った。中島住職は最近、大韓仏教曹渓宗(チョゲチョン)普門寺(ポムンサ)の海運僧侶に自身が所有している栃木県にある納骨堂を寄贈した。
 この納骨堂は栃木県にある納骨公園「みかもメモリアルパーク」の一区域で、約200基の遺骨箱を安置することができる。寄贈書に中島住職は「韓半島から日本に強制連行された人々、その子孫の遺骨を奉安するように権利を委譲する」と記した。中島僧侶は「ここ数年の間に日韓間の歴史問題に関心を持つようになり、強制動員朝鮮人の無縁故者遺骨奉還問題に耳を傾けることになった」とし「両国の若者たちと未来のために良いこと」と明らかにした。
 無縁故者奉還の話を先に切り出したのは海運僧侶だった。韓日政府が強制動員犠牲者遺骨問題の解決に向けて一歩踏み出したのは2004年だ。当時盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は小泉純一郎首相に「強制動員された民間徴用者の遺骨奉還を希望する」と明らかにし、小泉首相は「慎重に検討する」とし、これに応じた。奉還協議の始まりであり両国最初の合意だった。
 その後両国は「韓日遺骨協議体」を作り、日本は実態調査に出た。調査の結果、日本の寺刹や納骨堂340カ所余りに約2800柱にのぼる民間徴用者の無縁故遺骨が存在することが明らかになった。だが、奉還事業は2012年李明博(イ・ミョンバク)大統領の独島(ドクト)訪問以降は事実上進展がなかった。
 両国政府がやめたことを、2人の僧侶はどうしようということだろうか。海運僧侶は「中島住職の寄贈できっかけが用意されたので、日本の市民団体や協会と協力して日本全域に散らばっている無縁故者の遺骨と位牌を奉る」とした。中島住職は「必要なら納骨堂をもっと寄贈して土地も寄贈する」と話した。
 海運僧侶は「辛い歴史を認めるか認めないかというのは政治家の話」としながら「私たちが望むのは若者たちが歴史をありのまま受け入れるようにすること」と話した。中島住職も「日韓の若者世代が私たちのこのような思いを受け継いで憎しみ合わないで和合していってほしい」と話した。
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「韓国、週52時間守れば連続徹夜も容認…「11時間の休息を保障せよ」」

2023年12月29日 | 韓国で
「The Hankyoreh」 2023-12-26 11:24
■韓国、週52時間守れば連続徹夜も容認…「11時間の休息を保障せよ」
 最高裁、延長労働の週単位計算提示

【写真】学生団体が2020年2月、宅配労働者の過労死対策を要求し、宅配の段ボールを抱えてデモ行進をしている=キム・ミョンジン記者//ハンギョレ新聞社

 週52時間さえ超えなければ一日最長21.5時間の労働も違法ではないとした最高裁の判断により、交代制で働く製造業の生産職などの長時間集中労働で「突発過労」が誘発される恐れがある。労働の専門家は「11時間連続休息制」の導入など、一日の労働時間を制限する法改正が必要だと主張する。
 ハンギョレの取材に応じた専門家たちは25日、今回の最高裁の判断により、週当たりの労働日数は少ないものの、一日のうちに長時間集中的に働く人々の労働時間を事業主が従来より簡単に増やせるようになったと指摘した。これまで労働現場では、雇用労働部長官から特別延長労働の認可を受けるなどして週の最長労働時間を52時間から64時間に増やしてから、この限度内で一日の労働時間を延長していた。しかし最高裁の判断によって、政府の認可などを得なくても週52時間の範囲内で一日の労働時間を最長21.5時間(休憩時間を除く)に増やす道が開かれたわけだ。
 働く市民研究所のキム・ジョンジン所長はハンギョレに「(最高裁の判断が現場に適用されれば)製造業の生産、警備業、病院などの24時間交代制勤務をする労働者の一日の労働時間が不安定なものになりうる」と懸念を示した。仕事内容によって一日の労働時間が増えたり減ったりといった状況が深刻化する恐れがあるというのだ。例えば製造業の下請け企業では、昼夜2交代制で一日10時間、週5日働くケースが多い。一日8時間に加えてさらに2時間働くというやり方だ。これは、労働部の指針に則って一日8時間を超過した労働時間の合計が1週間当たり12時間以下になるようにするためだ。しかし最高裁の計算式に従うと、週5日のうち2日は一日15時間(一日8時間+7時間の延長労働)働き、残りの3日は7.3時間働くというやり方が可能になる。1週間の総労働時間が52時間を超えないため、違法とはならないからだ。キム・ジョンジン所長は「国際労働機関(ILO)が重視する労働条件は規則的な労働時間。仕事が集中する時期に労働時間が飛躍的に増えれば過労死の原因となりうる」と語った。
 政府は労働時間の急増など、発症前の短期間に業務負担が増え、脳血管・心臓血管に影響を及ぼした場合などを「突発過労」の認定要件の一つとしている。最高裁の判断に従えば、一日21.5時間を2日連続でおこなって残りは休むという極端な労働が可能になることから、過労による労災が増える恐れがある。パワハラ119の労務士、パク・ソンウさんも「法的には延長労働時間違反ではないのに過労労災と認められる例が増える恐れがある」と述べた。
 今回の最高裁の判断は、一日の延長労働時間を規制できていない労働基準法の弱点をあらわにした。「一日8時間」を法定労働時間と定めてはいるものの、一日の延長労働の限度は明示していないのだ。そのため、法を改正し「11時間連続休息制」などを導入すべきだとの声は強い。勤務日の間に少なくとも11時間は休めるようにし、一日の延長労働の上限を13時間までに制限しようというものだ。欧州連合(EU)は労働時間指針で、一日11時間連続休息の原則を規定している。政府は今年3月、延長労働時間の管理単位の拡大を前提として、11時間連続休息制の導入に言及している。
 労働部は、最高裁の判断に合わせて延長労働時間の計算指針(行政解釈)を変更するかどうかを検討している。労働部の関係者は「(最高裁の判決と)行政解釈が一致していない状況なので、変更するかどうかを検討中」だとし、「労働者には不利になりうるため、非常に苦心している」と語った。

キム・ヘジョン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
韓国語原文入力:2023-12-25 20:30
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「9月4日、朝鮮人四十数人全員殺さる」…関東大震災虐殺、日本の公文書また見つかる」

2023年12月28日 | 国民国家日本の侵略犯罪
「The Hankyoreh」 2023-12-26 00:51
■「9月4日、朝鮮人四十数人全員殺さる」…関東大震災虐殺、日本の公文書また見つかる

【写真】埼玉県で徴兵や在郷軍人の管理を担当した熊谷連隊区司令部が作成し、上部機関である陸軍省に提出した「関東地方震災関係業務詳報」には、関東大震災から3日たった9月4日の朝鮮人虐殺の惨状が記録されている=在日韓人歴史資料館ホームページより//ハンギョレ新聞社

 100年前の関東大震災直後、朝鮮人虐殺が行われたことが記録された日本軍の文書が新たに見つかった。この文書は日本政府が保管していることが明らかになり、「記録が見当たらない」として朝鮮人虐殺について示していたこれまでの曖昧な立場を維持するのはもはや難しくなった。
 毎日新聞は25日(オンラインでは14日公開)付の紙面で、関東大震災の起きた1923年の11月に当時の陸軍省が行った実態調査の一部資料が日本の防衛省防衛研究所史料室で見つかったと報じた。埼玉県で徴兵や在郷軍人の管理を担当していた熊谷連隊区司令部が作成し、同年12月15日に上部機関である陸軍省に提出した「関東地方震災関係業務詳報」には、大地震が起きた3日後の9月4日の惨状が記されていた。
 朝鮮人虐殺は、警察官らが保護した朝鮮人200人余りを埼玉県浦和から深谷・本庄警察署に護送する過程で発生した。昼間に移動できなかった朝鮮人40数人が、夜になって(現在の)熊谷市内の各所で「殺気立てる群衆のために悉(ことごと)く殺さる」と書かれている。
 文書では、この事件を「鮮人(朝鮮人)虐殺」「不祥事」「不法行為」と表現するなど、日本軍も朝鮮人虐殺の実態を把握していたことが分かる。また、「鮮人の襲来は来なかった。火付けもなかった。毒を(井戸に)投げ込まれた事も聞かない」と記述されていた。虐殺の原因の一つであるデマの内容が実際には起きていなかったことを明確にしたということだ。
 文書は陸軍省副官(官房長に相当)が1923年11月2日、震災に関係した全部隊に対して実態調査の内容を同月25日までに報告するよう通達したことを受けて作られたもの。熊谷連隊司令部は締め切り期間を過ぎて12月15日に資料を提出した。熊谷連隊司令部の資料が残っているため、他の部隊の資料もどこかに保管されている可能性がある。日本の市民社会団体の調査によると、埼玉県では223~240人余りの朝鮮人が虐殺されたと推定される。
 この文書を発見したジャーナリストの渡辺延志さんは同紙に「日本人はなぜ、どのように朝鮮人虐殺に走ったのか。(虐殺が)起きたのは確かだが、理由は従来の見解では100年たっても説明できないことが残る」とし「資料に基づいて(虐殺の)全容解明を進める必要がある」と強調した。
 関東大震災時に虐殺があったという公文書が相次いで発見されているが、日本政府はこれを認めていない。関東大震災100年を控えた8月末、松野博一官房長官(当時)は記者会見で朝鮮人虐殺問題について問われ、「政府の調査に限定すれば、事実関係を把握できる記録が見当たらない」という言葉を繰り返すのみだった。
東京/キム・ソヨン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
韓国語原文入力:2023-12-25 19:28


「中央日報日本語版」 2023.12.16 09:46
■「関東大震災の朝鮮人虐殺を裏付ける旧日本軍の記録発見」

【写真】関東大震災当時の朝鮮人虐殺を記録した陸軍の報告書 [出処 在日韓人歴史資料館]

 100年前の関東大震災当時の朝鮮人虐殺を記録した旧日本軍の文書が新たに発見された。毎日新聞は14日、日本防衛省史料室に保管されていた大震災当時の旧日本軍地域司令部の報告書から虐殺関連の記録が見つかったと報じた。日本政府はその間、朝鮮人虐殺について「事実関係を把握できる記録が見当たらない」という立場を繰り返してきた。
 同紙によると、この記録は1923年11月に日本陸軍省が行った実態調査の一部で、埼玉県熊谷連帯区司令部が作成した「関東地方震災関係業務詳報」に記述されている。熊谷連帯区司令部は徴兵と在郷軍人業務を担当する一種の地域司令部だ。
 この報告書は表紙を含めて計102ページ分量で、朝日新聞記者出身のジャーナリスト渡辺延志さんが発見した。この記録は日本国立公文書館アジア歴史資料センターのホームページでも確認できる。

◆移送中だった朝鮮人40人の虐殺記録
 この記録は大震災発生(1923年9月1日)から3日後の9月4日の惨状を伝えている。これによると、日本の警察は朝鮮人約200人を保護し、自動車で移送しようとした。このうち昼に移送できなかった約40人が夜に「殺気立てる群衆」に悉く殺害された。
 文書は震災発生から2カ月後の11月2日、すべての部隊に活動内容を報告させる陸軍省の指示に基づいて作成された。当初の報告期限は同月25日までだったが、熊谷司令部は期限を守れず同年12月15日に提出した。
 熊谷司令部側はこの記録に「参考所見」として、保護した朝鮮人の移送は「夜暗を避くるを要す」とし、夜間にずれこむと「悉く暗所において殺さるる惨状をみる」と記述したと、同紙は伝えた。また、この報告書が当時の状況を「鮮人(朝鮮人)虐殺」「不法行為」と表現したという説明も加えた。
 報告書には、当時のデマを否認するように「鮮人の襲来は遂に一名も来なかった。火付けもなかった。毒を(井戸に)投げ込まれた事も聞かない」と記述されていた。
 この記録には朝鮮人に対する襲撃を防いだり、朝鮮人と誤認されて危険な目にあった日本人を保護したという内容もある。「業務遂行上特に功績ありたる者の氏名及事績」項目に、在郷軍人として襲撃を防いだ者の名前と行動が記録されている。
 報告書によると、熊谷在郷軍人会支部長は大震災直後に自重を呼びかけ、デマに踊る者たちを「事理を解せざる蒙昧の徒」と非難したという。同紙は「震災直後の在郷軍人会が、朝鮮人暴動のうわさはデマなので軽挙妄動するなと呼びかけていたことも分かる」と説明した。

◆日本政府「事実関係把握する記録ない」
 日本政府は関東大震災当時の朝鮮人虐殺について公式的に認めていない。今年8月、関東大震災100年を控えて政府の立場を尋ねる質問に対し、松野博一官房長官は「政府内に事実関係を把握できる記録が見当たらない」と答えた。
 岸田文雄首相も11月の参議院予算委員会で、朝鮮人虐殺関連文書が外務省に残っているのかという野党議員の質問に「特定の民族や国籍の方々を排斥する不当な差別的言動は許されない」とだけ答えた。
 この記録を見つけた渡辺延志さんは記録物の解説を在日韓国人歴史資料館のホームページにも載せた。渡辺さんは同紙に「日本人はなぜ、どのように朝鮮人虐殺に走ったのか、従来の見解では100年が過ぎても説明できない」とし「視点を海外および戦後の歴史と結びつけて資料に基づき全貌を解明する必要がある」と主張した。
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「日本の市民団体「強制動員企業、韓国裁判所の『最終勝訴』判決を認めよ」」

2023年12月28日 | 国民国家日本の侵略犯罪
「The Hankyoreh」 2023-12-28 07:23
■日本の市民団体「強制動員企業、韓国裁判所の『最終勝訴』判決を認めよ」
 日本の市民団体、声明発表

【写真】日帝強制動員被害者の遺族と法律代理人団が21日午前、三菱重工業と日本製鉄を相手取って起こした損害賠償請求訴訟で勝訴し、ソウル瑞草区の最高裁前で記者会見をしている/聯合ニュース

 日帝強占期(日本の植民地時代)の強制動員被害者と遺族が韓国の裁判所に提訴した損害賠償第2次訴訟で最終勝訴したことを受け、日本の市民団体が日本企業の賠償と謝罪を求めた。「日本製鉄元徴用工裁判を支援する会」など4つの市民団体は23日、声明を発表し、「今回の判決当事者企業のみならず(損害賠償訴訟が提起された日本のすべての)被告企業は(被害者に対し)強制動員を行った事実を認め、被害者(遺族)に真摯に向き合って、大法院判決を受け入れるべき」だと主張した。さらに、「被害者に謝罪し、過ちを繰り返さぬことを誓って、強制動員問題解決に向けて進んでいくべき」だと付け加えた。
 4団体が言及した韓国最高裁(大法院)判決は、日帝強制動員被害者と遺族が日本企業を相手取って起こした「第2次損害賠償訴訟」で、最高裁が21日、日本製鉄と三菱重工などの被告企業に賠償責任があると認めた判決を指す。市民団体はこの判決と関連し「歓迎する」としながらも、訴訟を起こした被害者が全員亡くなったという点で「遅すぎた判決だった」と指摘した。
 4団体は、韓国政府が強制動員被害者への賠償判決をめぐり、被告の日本企業ではなく韓国の日帝強制動員被害者支援財団が賠償金を肩代わりして支払う「第三者弁済」を押し通そうとしていることについても「問題は解決しない」と強調した。

東京/キム・ソヨン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
韓国語原文入力:2023-12-25 16:57
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徴用訴訟でまた日本企業の賠償命令確定 三菱重工と日立造船=韓国

2023年12月28日 | 国民国家日本の侵略犯罪
「聯合ニュース」 2023.12.28 15:52
■徴用訴訟でまた日本企業の賠償命令確定 三菱重工と日立造船=韓国
【ソウル聯合ニュース】韓国大法院(最高裁)は28日、徴用被害者の遺族らが三菱重工業と日立造船を相手取って損害賠償を求めた訴訟の上告審で、原告勝訴の判決を言い渡した。日本企業に原告1人当たり5000万ウォン~1億5000万ウォン(約550万円~1640万円)の賠償金支払いを命じた下級審の判決が確定した。大法院は21日の同種の訴訟に続き今回も、日本企業が主張する消滅時効成立を認めないとの判断を示した。

【写真】勝訴を喜ぶ原告たち=28日、ソウル(聯合ニュース)

 裁判の途中で亡くなった原告の一人は、1944年9月に広島にあった三菱重工業の軍需工場に連れて行かれて労働を強いられ、翌年8月に被爆した。帰国後は社会経済的な困難に加え被爆の後遺症にも悩まされた。こうした存命の被害者と死亡した被害者の遺族は2013年、同社を相手取り1人当たり1億ウォンの賠償を求める訴訟を起こした。16年に一審は「日本政府の強制的な人員動員政策に企業が積極的に賛同し、強制労働に従事させた」として日本企業の賠償責任を認めた。約3年後の控訴審判決も一審の判断を支持した。
 1944年9月から日立の造船所などで働かされた被害者は、2015年に日立造船に対し損害賠償を請求し、一審と二審で一部勝訴の判決を勝ち取った。
 これらの訴訟は、被害者の賠償請求権を初めて認定した12年の大法院判決に勇気づけられて別の被害者らが起こした、「2次訴訟」とくくられる訴訟の一部。大法院は12年、日本製鉄を相手取った損害賠償請求訴訟で審理を差し戻し、険しい道のりを経て18年に初めて大法院で日本企業への賠償命令が確定している。
 日本企業側は、訴訟を提起する権利の消滅時効が成立しているため賠償責任はないと主張した。消滅時効とは、権利を行使しない状態が一定期間継続した場合にその権利を消滅させる仕組み。
 だが大法院はこの日、18年の判決が言い渡されるまで、被害者が日本企業に対し権利を事実上行使できない障害理由があったと判断した。少なくとも18年の判決までは日本企業は消滅時効成立を主張できないと認めたことになる。
 大法院は今月21日、三菱重工業と日本製鉄を相手取った別の2次訴訟で、日本企業が消滅時効成立を主張することは認められないとの判断を初めて示していた。
 被害者遺族たちは判決後に記者会見を開き、一斉に万歳を叫びながら喜び合い、日本には謝罪と賠償を要求した。賠償の確定判決を得た徴用被害者らに対し日本企業に代わって韓国政府傘下の財団が支払う「第三者弁済」を受け入れる意向があるか問われた遺族は「私は三菱と裁判したのだ」「とんでもない話」と一蹴した。
 原告側代理人を務める林宰成(イム・ジェソン)弁護士は「日立造船に対する判決言い渡しにより、より多くの日本企業による強制動員加害事実と法的責任が認定されるだろう」との見解を示した。
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「イスラエルの爆撃で一家70人が惨事…3日間で500人がまた死亡」

2023年12月25日 | 国家・社会
「The Hankyoreh」 2023-12-25 07:22
■イスラエルの爆撃で一家70人が惨事…3日間で500人がまた死亡
 米国「休戦求めない」

【写真】23日(現地時間)、パレスチナのヨルダン西岸地区のベツレヘムのメンジャー広場で、女性と子どもが戦争犠牲者を追悼するため、ろうそくに火を灯している/AP・聯合ニュース

 クリスマス前夜を翌日に控えた23日(現地時間)、パレスチナのヨルダン西岸地区のベツレヘムの街には寂しさが漂っていた。英国のフィナンシャル・タイムズなど海外メディアは、2023年前にイエスが誕生したベツレヘムの「聖誕教会」さえ足の踏み場もないほど混みあっていた昨年とは異なり、今年はがらんとした廊下にぽつんとろうそくだけが火を灯していると報じた。教会の隣の「メンジャー(馬小屋)広場」では、毎年大型ツリーが輝いていたが、今年はこれといったクリスマスの装飾もなく、寂しい姿だった。民間救護団体の「カリタスエルサレム」のアントン・アスファル事務局長は同紙に「クリスマスの時には両親、子ども、孫たちと一緒に集まったが、今年はそのような気持ちになれない」とし、「聖なる空間でクリスマスの精神が消えているというのが心配だ」と語った。
 イスラエル国防軍(IDF)はクリスマス前夜を翌日に控えた同日も、ガザ地区への攻撃を繰り返した。イスラエル軍のダニエル・ハガリ報道官は同日のブリーフィングで、「ここ数日間の作戦で多くのハマスの武装隊員を除去し、テロ活動に使われた多くの建物と兵器も破壊した」とし、「13トンの爆発物を使って30余りのトンネルを同時に爆破した」と述べた。その過程で新たに多くの人が死亡した。パレスチナ中央統計局(PCBS)は、開戦後23日までの間にガザ地区で死亡した人は、この3日間で500人以上増えた2万561人だと発表した。
 このうち、国連開発計画(UNDP)で約30年間パレスチナ国民支援プログラムに取り組んできたイサム・ムグラビさんと妻、子ども5人を含む大家族70人が全員死亡したことが分かり、悲しみを深めた。パレスチナは土地が狭く、経済事情が厳しいため、数代にわたって多くの兄弟が共に暮らす場合が多い。UNDPは同日、声明を出し「国連とガザ地区の民間人は攻撃対象ではない。この戦争は終わらなければならない」と哀悼の意を表した。
 一方、民間人の被害を減らそうとする国際社会の努力は空回りしている。国連安保理は22日、ガザ戦争と関連した会議を開き、「即時に敵対行為の中止」(urgent suspension of hostilities)という文言が抜けた決議案(第2720号)を採択した。当初、アラブ首長国連邦が作成した決議案にはこの内容が含まれていたが、米国がこの文言の入った場合は拒否権を行使するという意思を曲げず難航した。結局、決議案は18日に提出されてから3日間も文言の修正を重ねた末、ガザ地区状況に対する「重大な懸念」と共に、大規模な人道支援の許容と促進▽民間人の保護▽無条件での人質解放▽救援物品の監視と配布を担当する国連調整官の任命などの要求だけが盛り込まれた。米国とロシアが同案に対してそれぞれ棄権した中、残りの理事国の賛成で可決された。ガザ地区で直ちに休戦が行われるべきだという国際社会の世論に、米国が再び単独で対抗し、イスラエル側に立ったわけだ。
 国境なき医師団は「最終決議案は、ガザ地区の民間人の生活に及ぼす影響がほとんど無意味なほど内容が薄くなった」とし、「米国政府がガザ地区に対して安保理が目指す効果的措置を妨げている」と強く批判した。イスラエルとハマスも安保理決議案に反発した。イスラエルは「決議案は不要であり、国連が紛争に肯定的な役割を果たせないことを証明したもの」だと主張した。ハマスも「米国が決議案の本質を取り除き、中身を伴わないものにするために努力した結果」だと非難した。
 決議案が可決された翌日の23日、米国のジョー・バイデン大統領とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は電話で意見を交わした。ホワイトハウスはこの電話会談の事実を知らせる資料で、バイデン大統領が「民間人を保護しなければならない重大な必要性を強調した」と明らかにした。しかし、イスラエル首相室は別途の資料で、ネタニヤフ首相が「戦争の目的を達成するまでイスラエルが戦争を続けるという意思を明確にした」と伝えた。
 一方的にイスラエル側に立つバイデン大統領の態度は、来年11月に行われる大統領選挙に不利に働く見通しだ。ニューヨーク・タイムズ紙が21日に公開した世論調査の結果によると、バイデン大統領がイスラエルとハマスの戦争にきちんと対処していると思うかという質問に、回答者の57%が否定的に答えた。誰がこの問題を解決するのにもっと頼もしいのかという質問にもドナルド・トランプ前大統領を挙げた回答者数(46%)がバイデン大統領(38%)を支持した回答者数を上回った。同紙は「伝統的に民主党支持率の高い18~29才の有権者が多数離脱した」とし、「このうち4分の3がガザ地区紛争に対するバイデン大統領の対処に反対している」と批判した。

ホン・ソクチェ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
韓国語原文入力:2023-12-25 02:31
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