三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「韓米軍 朝鮮戦争の激戦地で遺骨発掘へ」

2017年03月31日 | 韓国で
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2014/05/12/0200000000AJP20140512002700882.HTML
「聯合ニュース」2014/05/12 17:18
■韓米軍 朝鮮戦争の激戦地で遺骨発掘へ
【大邱聯合ニュース】韓国陸軍の歩兵第50師団は12日、朝鮮戦争有数の激戦として知られる「多富洞の戦い」があった慶尚北道漆谷郡の487高地で、米軍と合同で遺骨の発掘を14日から実施すると発表した。韓国軍約200人と米軍約60人が参加する。
 韓国南東部、大邱市の北約8キロに位置する487高地では、1950年8月から9月にかけ韓国軍と米軍部隊が北朝鮮軍と激戦を繰り広げた。
 韓国軍関係者は「戦争初期に押し寄せた北朝鮮軍を阻止するため、多富洞一帯で命をささげた韓国軍と米軍の崇高な犠牲をたたえる意味で、両国将兵らが共に遺骨を発掘する」と説明した。
      ikasumi@yna.co.kr


http://chosonsinbo.com/jp/2013/08/0802ml-3/
『朝鮮新報』2013.08.02 (13:13)
■朝鮮戦争参戦米兵が訪朝、元同僚の遺骨発掘のため
 朝鮮戦争に参戦した米国人元兵士が、咸鏡南道での戦闘で戦死した同僚の遺骨を発掘するため、7月20日から63年ぶりに朝鮮を訪問した。米国国営放送ボイス・オブ・アメリカの記者も同行した。
 報道によると、現地での発掘作業は、豪雨によって発生した洪水などの影響によって実現しなかった。朝鮮側は、9月に再訪朝し遺骨発掘作業を行うことを提案し、元兵士も肯定的な立場だという。
 同放送の記者は、訪問期間中に朝鮮が自身を通じて、米国に中断されている米兵遺骨発掘作業の再開を促したと報じた。
 また、朝鮮人民軍将校が平安北道球場郡龍淵里で米軍の遺骨数体が発見されたと明らかにしたという。同将校の話によると、遺骨は7月10日の豪雨が降った後、米軍の戦闘靴が数個発見され、現地住民が周辺を捜索する過程で発見された。


http://www.chongryon.com/j/kr_news/k_news/442.html
「コリアニュース」№442(2011.8.10)
■米国防省、朝鮮側に米兵遺骨発掘の共同作業を提案
 AP通信は8月6日、米国政府が朝鮮戦争当時、朝鮮側で死亡した米兵の遺骨発掘共同作業に関する会談を朝鮮政府に正式に提案したと報じた。
 同通信が、米国防省高官が明かした話として伝えたところによると、朝鮮側から米国政府が要請するのであれば米兵遺骨発掘の共同作業について肯定的に検討するという意向が伝えられた後、米国政府側が2日、朝鮮側に書簡を送りこの問題についての会談を提案したという。8月8日のボイス・オブ・アメリカによると、米国防総省傘下の戦争捕虜、失踪者担当局のケリー・パーカー広報官は、今年の秋にも北朝鮮政府代表を米国に招待して米兵遺骨発掘再開について協議する計画であることを明らかにした。米国防省当局が朝鮮側に会談を申し入れ政府代表を招待していることを公にするのはきわめて異例のことである。
 米兵遺骨発掘調査と返還協議は、朝米両国政府が1988年12月6日の北京における朝米参事官級非公式接触を契機に行われ、1993年8月には「遺骨問題に関する合意書」が採択され、双方が発掘に協力することなどを決めた。その後、96年1月にハワイの米軍基地で行われた朝米軍事当局間の後続協議には、朝鮮人民軍板門店代表部副代表の朴林銖大佐も参加したが、朝鮮人民軍将校が米国を公式に訪問したのは、朝鮮戦争以来はじめてのことだった。同年5月にはニューヨークの協議で最終合意文書が採択され、7月の共同作業を皮切りに10年間続けられ、その間33回の共同作業を通じて220余柱の遺骨が米側に返還された。しかし、2005年にブッシュ政権当時のラムズ・フェルド国防長官が「米側の人員の安全が保障されない」ことを口実に一方的に撤退し、中断されたままになっていた。朝鮮戦争の米兵戦死者は約5万人といわれているが、遺骨捜索対象者として米軍に登録されているのは約8000人だという。米国側はこのうち3000~4000柱の遺骨を回収したいとしている。
 停戦状態という戦争終結にいたっていない極度の軍事的緊張の中にありながらも、米兵遺骨の捜索と返還が1996年から2005年までの10年間、断続的に行われてきたのは、ひとえに 朝鮮側の人道的措置の賜物である。また、朝米軍事当局間の相互協力による米兵遺骨の発掘調査再開が、朝米関係改善と朝鮮半島の平和構築のための信頼醸成に役立つことは言うまでもない。
 ジョン・ケリー米上院外交委員長は6月26日付のロサンゼルス・タイムズへの寄稿文で「(朝米接触再開の)よい出発点は、2005年に当時の国防長官ドナルド・ラムズウェルドによって中断された朝鮮戦争で行方不明になった米兵(遺骨)の北朝鮮での捜索活動を再開するために北朝鮮との対話を再開することにある」としながら、「2年間の沈黙に近い状態の後の接触の再開は、まずは人道問題だけだとしても、朝米の協調が可能であることを実証することになる」と指摘している。


http://www.afpbb.com/articles/-/2209209
「AFP」2007年04月10日 11:03
■朝鮮戦争で戦死した米兵の遺骨、返還へ - 米国
【ワシントン/米国 9日 AFP】平壌を訪問中の米非公式代表団は9日声明を出し、北朝鮮は朝鮮戦争で戦死した米兵6人の遺骨を返還することに合意したと発表した。
 米大統領選の有力候補でもあるビル・リチャードソン(Bill Richardson)氏が率いる超党派の平壌訪問団は、遺骨の返還について北朝鮮軍部から「保障を取り付けた」と同氏の事務所は声明で述べた。
 北朝鮮人民軍板門店代表部の李賛福(Ri Chan Bok)代表はリチャードソン氏に対し、遺骨を11日に国連軍司令部と軍事休戦委員会に引き渡すと確約したという。
 「これは北朝鮮政府側の非常に前向きな動きだ」と李氏との会談を終えたリチャードソン氏は語った。
 米国南西部ニューメキシコ(New Mexico)州知事のリチャードソン氏は今回の訪問に先立ち、「遺骨返還が実現すれば、米朝関係進展の兆しとなるだろう」と語っていた。
 朝鮮戦争では1950年から1953年間に3万3000人以上の米兵が戦死し、約8100人が行方不明となった。リチャードソン氏の事務所の声明によれば、李氏は北朝鮮軍に米兵の遺骨捜索を強化するよう「命令を出した」という。
 米国と北朝鮮は現在も法的には戦争状態にあり正式な国交はない。米軍は過去に北朝鮮と共同で遺骨の捜索を行なっていたが、政治情勢が不透明化するなか安全上の懸念があるとして、2年前に米朝共同の遺骨捜索を停止した。
 声明によれば、朝鮮人民軍(Korean People's Army、KPA)は、北朝鮮の雲山(Unsan) で遺骨と共に発見され、認識票で持ち主が判明した3人の米兵の遺品も返還する予定。
 正式な遺骨返還式典は12日にソウルで行なわれる。同日午後、遺骨のDNA鑑定が行なわれるハワイのホノルルでも儀仗兵による帰還式典が行なわれる。リチャードソン氏は9日、北朝鮮の6か国協議首席代表の金桂冠外務次官とも会談し、北朝鮮の核兵器開発の中止と、今週に設定されている核兵器工場の解体開始の期限を守るよう求めた、と声明は述べた。
 声明は金外務次官の反応は伝えていない。


http://japanese.donga.com/List/3/all/27/285717/1
「dongA.com」February. 27, 2005
■韓国戦争行方不明の米操縦士遺骨、中国丹東で52年ぶりに発掘
 昨年6月、中国丹東で発掘された米兵の遺骨が、韓国戦争当時の1952年に行方不明になった米戦闘機パイロットの遺骨であることが確認された。
 米国防総省は、昨年6月に丹東で発見された遺骨を確認した結果、1952年9月に行方不明になった空軍F86戦闘機パイロットのコープ大尉であることが確認されたと、26日に発表した。
 韓国戦争参戦の米兵遺骨が中国で発見されたのは初めて。
 ワシントン・ポスト紙はコープ大尉の遺骨発掘は、韓国戦争当時、旧ソ連が米軍パイロットを捕らえて情報目的に利用しようとしたという米政府の分析を裏付けるものだと報じた。
 コープ大尉は、1952年9月16日、F86戦闘機で鴨緑江(アプロクカン)近辺のミグ機出没地域に出撃し、ミグ15戦闘機6機と空中戦を展開、撃墜された。
 コープ大尉の遺骨確認は、米国人ビジネスマンが1995年に、丹東の軍事博物館でコープ大尉の軍番と名前が書かれた認識票を目撃して、中国駐在の米大使館に知らせたことがきっかけになった。
 その後、米国防総省傘下の「戦争捕虜及び行方不明者担当合同司令部(DPMO)」は、コープ大尉の遺骨を発掘するための調査に乗り出したが、中国側の協力拒否で進展しなかった。
 さらに、DPMOは1999年にロシアのポドルスキー古文書保管所で、コープ大尉と関連した文書を発見した。ソ連のパイロットたちの陳述が書かれた同文書には、戦闘機が丹東で墜落し、ソ連と中国側が捜索作業を行なったという内容があった。
 2003年10月、中国政府の許可を得たDPMOは、昨年5・6月に現地に発掘チームを送り、飛行機の残骸と人骨を発見、遺伝子鑑識で遺骨の主がコープ大尉であるという事実を突き止めた。
 国防総省は、5月の葬式のために家族に遺骨を引き渡す予定だ。
 これまで戦争中に行方不明になった米国人は約8万8000人で、このうち約8100人が韓国戦争で行方不明になった。
 米国はこれまで、北朝鮮で米国人と推定される遺骨220体を収集、このうち20体の身元を確認した。米国は昨年5回の発掘作業のために、北朝鮮に約500万ドルを提供した。
      權順澤 maypole@donga.com
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「朝鮮戦争で戦死した兵士の遺骨 66年経て身元判明」

2017年03月30日 | 韓国で
http://japanese.yonhapnews.co.kr/society/2016/10/06/0800000000AJP20161006003300882.HTML
「聯合ニュース」2016/10/06 15:41
■朝鮮戦争で戦死した兵士の遺骨 66年経て身元判明
【ソウル聯合ニュース】韓国国防部は6日、同部の遺骨発掘鑑識団が保管してきた朝鮮戦争当時の国軍兵士の遺骨1柱の身元が故チョン・マンデ一等兵と確認されたと明らかにした。

【写真】遺骨発掘鑑識団の発掘作業(資料写真)=(聯合ニュース)

 1930年に現在の北朝鮮・黄海南道延安郡で生まれたチョン氏は、幼少期に両親と共に中国・吉林省に移住した。その後、いとこが住む韓国・全羅北道の群山に1人で戻り48年6月に国防警備隊に入隊した。
 朝鮮戦争が始まるとチョン氏は第1国軍首都師団第1連隊に所属し、50年7月に忠清北道・鎮川、清原一帯で北朝鮮軍の進撃を防ぐ戦闘に参加した。
 当時、国軍は文案山などを奪還する過程で北朝鮮軍と激しい交戦を繰り広げ、チョン氏はこのとき戦死したとみられる。
 今回、遺骨の身元判明の決定的な要因になったのは、2010年に採取した遺族の遺伝子データだ。
 当時、中国・吉林省に住んでいたチョン氏の弟クムデさん(73)は韓国・江華島を仕事で訪れた際に、朝鮮戦争戦死者遺族を探しているという保健所の案内文を見て遺伝子採取に応じた。
 遺骨発掘鑑識団がクムデさんの遺伝子を分析した結果、チョン氏と大部分が一致することが確認され、群山に住む2人のおいの遺伝子も合わせて分析し今年8月に身元が判明した。
 今後、チョン氏の遺骨は国立墓地に埋葬される。
        sjp@yna.co.kr


http://www.wowkorea.jp/news/korea/2016/0829/10172875.html
「WoW!Korea」 2016年8月29日11時6分配信
■韓国軍、きょうから朝鮮戦争戦死者の遺骨発掘作戦再開
【写真】韓国国防部の遺骨発掘鑑識団は29日から後半の朝鮮戦争戦死者の遺骨発掘作戦を再開すると伝えた。(提供:news1)

 鑑識団は去る5日、前半の遺骨発掘を終了後、酷暑により遺骨発掘が制限されたことにより、発掘物資や装備の整備、専門性向上のための合同セミナー、後半の発掘地域の先行探査など事業成果拡大のためい準備期間を持った。
 前半の遺骨発掘結果、戦死者の遺骨320柱を発掘しており、韓国軍戦死者の遺骨6柱の身元を確認した。
 またことし3月末には中国軍戦死者の遺骨36柱を中国へ返還し、4月末には米軍戦死者の遺骨2柱を米国側へ送り、韓国軍の遺骨15柱を受け取った。
 後半は全国24地域13部隊、将兵4万人が投入され11月11日まで遺骨発掘を行う。



http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2016/08/29/0200000000AJP20160829000800882.HTML
「聯合ニュース」2016/08/29 09:51
■朝鮮戦争戦死者の遺骨 今年約320柱発掘
【ソウル聯合ニュース】韓国国防部は29日、朝鮮戦争戦死者の遺骨発掘作業を3月21日から8月5日まで行い、約320柱の遺骨を発掘し、このうち韓国軍戦死者の遺骨6柱の身元を確認し遺族のもとに返したと発表した。

【写真】発掘作業の様子(資料写真)=(聯合ニュース)

 戦死者の遺骨発掘作業は国防部の発掘鑑識団が担っている。2000年以降発掘した韓国軍戦死者の遺骨は約9100柱、身元を確認した遺骨は115柱となった。
 発掘鑑識団はこの日、今年後半の遺骨発掘作業を開始した。11月11日まで、全国24地域で約4万人の兵士が作業にあたる。
 一方で、遺骨の身元確認のため、遺族からDNA鑑定用のサンプル採取なども進めている。
        mgk1202@yna.co.kr


http://japanese.joins.com/article/178/215178.html
「中央日報日本語版」2016年04月29日16時01分
■韓国戦争の韓国・国連軍戦死者の遺骨奉還 
【写真】28日、ソウル龍山韓米連合司令部で韓国戦争(朝鮮戦争)当時の韓国・国連軍戦死者の遺骨相互奉還行事が開かれた。
 米軍が平安道(ピョンアンド)・咸鏡道(ハムギョンド)一帯で2000-2004年に発掘した韓国軍15人の遺骨と、韓国軍が江原道(カンウォンド)白石山(ペクソクサン)で発掘した国連軍2人の遺骨がこの日、相互奉還された。



http://japanese.yonhapnews.co.kr/Politics2/2016/04/28/0900000000AJP20160428002200882.HTML
「聯合ニュース」2016/04/28 17:55
■北朝鮮で見つかった朝鮮戦争兵士の遺骨 米国から韓国へ
【ソウル聯合ニュース】朝鮮戦争(1950~1953年)で戦死し、北朝鮮で発掘された元韓国兵の遺骨15柱が韓国に帰ってきた。
 韓米両国は28日、韓国の韓米連合司令部で国防部の韓民求(ハン・ミング)長官とスカパロッティ在韓米軍司令官(韓米連合司令官兼務)主管の遺骨返還式を行い、韓国側に15柱が返還された。15柱は2002~04年まで米国が北朝鮮と合同で行った発掘作業で見つかり、元韓国兵の遺骨であることが分かり返還されることになった。

【写真】遺骨返還式の様子=28日、ソウル(写真共同取材班=聯合ニュース)

 ただ、15柱の身元はまだ確認されていない。国防部は朝鮮戦争戦死者の遺族の遺伝子と一つずつ照合するなどして身元の確認作業を進める計画だ。
 一方、韓国と共に戦い戦死した米軍の兵士の遺骨2柱が米国に帰る。米国に返還される2柱は、昨年11月に南北軍事境界線に近い江原道楊口郡で発掘された。
 朝鮮戦争の韓国軍戦死者の遺骨は約9000柱が発掘されたが、非武装地帯(DMZ)や北朝鮮に約4万柱、韓国に約8万4000柱が埋まっていると推測される。
 また、米軍の戦死者約5万4000人のうち、約8000柱の遺骨がいまだに見つかっていない。米軍はDMZや北朝鮮に約6000柱、韓国に約2000柱が埋まっているとみている。
       sjp@yna.co.kr


http://japan.hani.co.kr/arti/politics/23942.html
「The Hankyoreh」登録 : 2016.04.21 23:28 修正 : 2016.04.22 06:36
■北朝鮮で収集された米軍所属韓国兵の遺骨が66年ぶり故国へ
 1950年の長津湖戦闘で戦死した一等兵 
 ハワイを経て国立大田顕忠院に安置

 国防部遺体発掘鑑識団は21日、戦死者身元確認通知書と慰労牌、遺骨収拾時に棺を覆った太極旗を釜山に住む甥(長兄の息子)のイム・ヒョンシク氏(71、左端)に渡した//ハンギョレ新聞社
 二十歳の赤ら顔で家を出た青年は、太平洋を渡り2万1千キロの旅程を経て白骨になって66年ぶりに帰ってきた。 朝鮮戦争で北側の地で戦死したイム・ビョングン一等兵(1930年5月5日生)の事情だ。
 国防部遺体発掘鑑識団は21日、戦死者身元確認通知書と慰労牌、遺骨収拾時に棺を覆った太極旗(韓国国旗)を釜山に住む甥(長兄の息子)のイム・ヒョンシク氏(71)に渡した。 イム一等兵は戦争勃発直後の50年8月、米7師団所属のKATUSA(Korean Augmentation Troops to United States Army)として入隊し、咸鏡南道の長津湖(チャンジンホ)戦闘に参戦し戦死した。 長津湖戦闘は50年冬の酷寒の中で、米軍が北朝鮮の臨時首都だった江界(カンゲ)を占領するため進撃し、逆に長津湖付近で中国軍に包囲され大きな被害を被り後退した戦闘だ。
 長津湖近隣の原野に埋められていたイム一等兵の遺骨は、米軍の粘り強い遺骨発掘作業のおかげで家族のもとに帰ることができた。 「米合同戦争捕虜および行方不明者確認司令部」(JPAC、現DPAA)は北朝鮮と米国の合意により、2000年から北朝鮮地域で米軍遺骨発掘作業を進め、その翌年にイム一等兵などアジア系12人の遺骨を探し出した。 韓国国防部は「もし北朝鮮が韓国軍人の遺骨という事実をあらかじめ知っていたなら、米軍だけを搬出するという合意条項のため帰還が不可能になるところだった」と説明した。 国防部遺体発掘鑑識団がハワイに行き共同鑑識した結果、アジア系と分類されていた12人全員が韓国軍戦死者であることが最終確認された。 2012年5月、韓国国内に奉還された12人のうちキム・ヨンス、イ・カプス一等兵の身元だけが確認され、国立大田(テジョン)顕忠院に安置された。 鑑識団はその後、長津湖戦闘の戦死者遺族を追跡し続け、4年ぶりに10人の中からイム一等兵の家族を探し出したのだ。
 国防部関係者は「先ず京畿道龍仁(ヨンイン)に暮らしている遺族を探し出し遺伝子試料を採取し、イム一等兵を覚えている甥(長兄の息子)にも会って親姻戚6人の遺伝子を対照分析した」と話した。
 甥のイム氏は「私たちが欲しいと思うものを直接作って下さるほど懇切で手先が器用な叔父だった。 ある日、叔父の姿が見えないので尋ねたところ、4人兄弟の代表(4男1女中の4番目)として志願入隊した後、便りが途絶えたと聞いた」として「父親のたっての希望に従って毎年9月9日に法事を行ってきた。 正確な戦死日が分からず『霊魂が自由に往来する日』にした。 今年からは叔父が亡くなった12月6日に法事を行える」と話した。 母方の孫のクォン・スンヨンさん(79)は「実家と家が近くてしばしば遊びに行ったりした。 母方の叔父は高校生だったし、私は小学5年だったので一緒にいた記憶が多い。 歌も上手く英語もよくできた。 白骨ではあっても再び叔父に会えることを思えば、胸が詰まる思いがする」と話した。
 イム一等兵の遺骨は遺族の要請により6月に国立大田顕忠院に安置される予定だ。 残る9人の遺骨は身元が確認されるまで国防部遺骨保管所に安置される。

  パク・ビョンス先任記者
  韓国語原文入力:2016-04-21 19:35
  http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/740777.html 訳J.S


http://japanese.joins.com/article/480/213480.html
「中央日報日本語版」2016年03月21日13時30分
■国防部、800人を目標に韓国戦争当時の遺骨発掘へ
【写真】韓国戦争戦死者608合同奉安式。国防部遺骸発掘鑑識団が発掘した韓国戦争戦死者608人の遺骨の合同奉安式が昨年12月、ソウル銅雀洞の国立ソウル顕忠院で行われた。国軍儀仗隊が奉安式の後、DNA検査による身元把握のため、戦死者の遺骨を中央鑑識所に移している。(中央フォト)

 韓国戦争(朝鮮戦争)戦死者の遺骨を発掘する国防部遺骸発掘鑑識団が21日から発掘作業を始める。
 国防部遺骸発掘鑑識団は21日から海兵隊第1師団が慶尚北道盈徳(ヨンドク)地域で、陸軍第50師団は慶尚北道霊泉(ヨンチョン)地域で発掘を始めるなど、全国的に韓国戦争戦死者遺骨発掘作業に入ると明らかにした。
 今年の遺骨発掘作業は11月11日まで8カ月間にわたり進行される。発掘作業には師団・旅団級34個部隊の将兵約10万人が参加し、800人の遺骨を発掘することを目標としている。韓国戦争戦死者遺骨発掘事業は2000年に始まり、今年で16年目。今まで発掘した遺骨は昨年の676人を含めて1万354人にのぼる。このうち国軍の遺骨は9097人で、うち109人は身元が確認されて遺族に伝えられた。
 また国防部は韓国広報専門家の徐敬徳(ソ・ギョンドク)誠信女子大教養学部教授を遺骨発掘鑑識団の広報大使に委嘱した。



http://world.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=58552
「KBS World Radio」2016-03-18 11:30:53
■韓国戦争戦死者の遺骨発掘 21日から今年の作業開始
 2000年から始まった韓国戦争の戦死者の遺骨を発掘する今年の作業が、21日から全国各地で始まります。
 遺骨の発掘作業は、11月11日まで、全国85か所で行われ、延べ10万人あまりの兵士たちが作業にあたることになっています。
 韓国戦争の戦死者の遺骨発掘作業は、国防部が2000年から続けているもので、2015年までに1万354柱の遺骨が発掘されています。
 韓国軍戦死者であることが確認された遺骨については、国立墓地の「顕忠院」に埋葬しており、中国軍戦死者の遺骨は中国に返還しています。
 国防部は、今年は韓国軍兵士の戦死者800人以上の遺体を発掘することを目標にしています。
 国防部は、発掘した戦死者の遺骨の身元確認のためには、遺族からの遺伝子試料の採取が不可欠だとして、遺族の協力を呼びかけています。



https://www.konest.com/contents/news_detail.html?id=24519
「中央日報日本語版」2015年12月05日
■遺骨見つかった韓国戦争戦死者608人の合同奉安式
 国防部遺骸発掘鑑識団が発掘した韓国戦争(朝鮮戦争)の戦死者608人の遺骨の合同奉安式が4日、ソウル銅雀洞の国立ソウル顕忠院で行われた。
 国軍儀仗隊が奉安式が終わった後、DNA検査による身元把握のために戦死者の遺体を中央鑑識所に移している。
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「朝鮮戦争戦死者666人の遺体を合同安置=韓国国防部」

2017年03月29日 | 韓国で
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2013/12/06/0200000000AJP20131206001000882.HTML
「聯合ニュース」2013/12/06 11:55
■朝鮮戦争戦死者666人の遺体を合同安置=韓国国防部
【ソウル6日聯合ニュース】韓国国防部は6日、今年になって全国77カ所で発掘した朝鮮戦争戦死者666人の遺体を合同安置する式典をソウル市内にある国立墓地「顕忠院」で厳かに行った。
 式典には鄭ホン原(チョン・ホンウォン)首相や金寛鎮(キム・グァンジン)国防部長官ら閣僚を含め約400人が出席した。
 国防部の遺骸発掘鑑識団、陸軍や海兵隊の兵士ら延べ約10万人が今年3月から11月まで発掘作業を行い、731人の遺体を見つけた。このうち身元が確認された666人の遺体を安置した。
 2000年から韓国軍戦死者の遺体7658体を掘り出した国防部はDNA検査に必要な遺族のDNAサンプル(2万6490個)を確保し、83体の身元を確認し家族のもとに戻した。北朝鮮軍と中国軍の遺体、それぞれ648体、418体も発掘し南北軍事境界線に近い京畿道坡州市の「敵軍墓地」に安置した。
      namsh@yna.co.kr


http://japanese.donga.com/List/3/all/27/417663/1
『東亜日報』2012年5月26日
■韓国戦争で戦死の韓国兵遺骨、北朝鮮から戻る 休戦後初
 北朝鮮で発掘された韓国兵の遺骨が62年ぶりに祖国に戻った。
 1950年12月、咸鏡南道(ハムキョンナムド)長津湖(チャンジンホ)戦闘で戦死した韓国軍兵12人の遺骨は、空軍のC−130輸送機便で米国のハワイを出発し、25日午前、京畿道城南市(キョンギド・ソンナムシ)のソウル空港に到着した。北朝鮮に埋められていた韓国軍の遺骨が返還されたのは休戦後初めて。
 政府は同日、ソウル空港で李明博(イ・ミョンバク)大統領をはじめ金寛鎮(キム・グァンジン)国防部長官、金相基(キム・サンギ)陸軍参謀総長、ジェームズ・シャーマン韓米連合軍司令官らが出席した中で、最高の礼を尽くして遺骨返還式を行った。戻ってきた韓国軍戦死者らは、韓国戦争で米軍に配属されていたカトゥサ(KATUSA=在韓米陸軍に配属された韓国兵)で、このうち2柱の遺骨は米7師団15戦車大隊所属のキム・ヨンス一等兵とイ・ガプス一等兵のものであることが確認された。
 キム一等兵は、1933年、釜山(プサン)で生まれて18歳の時に学徒兵に自ら進んで入隊した後、米7師団に配属された。その後北進攻撃をしていた1950年12月2日、長津(チャンジン)湖戦闘で戦死した。昨年死亡した実兄のキム・ヨンファンさんが09年、「弟の遺骨を何が何でも探したい」と言って国防部に提出した遺伝子(DNA)鑑識用血液が身元確認に決定的な端緒になったと、国防部は説明した。
 イ一等兵は、1916年に慶尚南道昌寧(キョンサンナムド・チャンニョン)で生まれ、34歳の時に妻と4歳、7歳の子どもを残して参戦して、1950年12月5日、長津湖近くの下碣隅里(ハガルウリ)戦闘で戦死した。同日、空港にはキム一等兵の甥のキム・ヘスンさん(54)、イ一等兵の息子のイ・ヨンチャンさん(66)と娘のイ・スクジャさん(69)が遺骨を出迎えた。


http://www.asahi.com/special/08001/TKY201205250129.html
「アサヒ・コム」2012年5月25日13時43分
■韓国兵遺骨、北朝鮮から戻る 朝鮮戦争戦死者、休戦後初

【写真】ソウル近郊で25日、朝鮮戦争時に北朝鮮側で戦死した韓国兵の遺骨を持つ兵士ら。中央は李明博大統領=AP

 朝鮮戦争(1950~53年)の際に北朝鮮側の地域で戦死した韓国兵の遺骨12体が25日、韓国に到着した。北朝鮮側で見つかった遺骨が韓国に戻ってきたのは53年の休戦後、初めてとなる。
 韓国国防省によると、朝鮮戦争当時に米軍に配属され、北朝鮮側での戦闘で死亡した韓国兵のうち12人の遺骨で、米国が2005年まで続いていた北朝鮮での米兵の遺骨発掘の過程で見つけた。米韓が共同で鑑定にあたり、韓国兵の遺骨と認定。このうち2体は身元も確認された。
 遺骨は同日午前、保管されていたハワイからソウル近郊の空軍施設に到着。李明博(イ・ミョンバク)大統領や金寛鎮(キム・グァンジン)国防相らが出迎えた。
 同省によると、北朝鮮地域や南北の軍事境界線の両側にある非武装地帯(DMZ)には、遺骨が3万~4万体残っていると推定されている。だが、関係が悪化した南北での共同発掘は見通しが立たず、米国による発掘も05年に中断して以降、再開できない状況が続いている。(ソウル=貝瀬秋彦)


http://m.yna.co.kr/kr/contents/?cid=AJP20120525001000882
「聯合ニュース」2012-05-25 11:25
■北朝鮮で戦死した韓国兵の遺骨返還 停戦協定後初
【写真】62年ぶりの帰還  ソウル空港に到着した遺骨=25日、城南(聯合ニュース) 
【ソウル聯合ニュース】朝鮮戦争の際に北朝鮮で戦死した韓国軍兵士の遺骨が停戦協定締結後初めて韓国に返還された。韓国国防部が25日、明らかにした。
 返還されたのは朝鮮戦争当時に韓国軍に入隊し、米軍に配属された兵士の遺骨12柱。韓国空軍の輸送機で米ハワイを出発し、同日、京畿道・城南のソウル空港に到着した。北朝鮮で戦死した韓国軍兵士の遺骨が韓国に戻ったのは1953年の停戦協定締結後初めて。
 遺骨は、米国が北朝鮮と合同で行った発掘作業で見つかった。12柱のうち、身元が判明した2柱は来月中に国立墓地の大田顕忠院に埋葬される。残り10柱についても国防部遺骸発掘鑑識団が身元確認を進めている。
 北朝鮮や非武装地帯(DMZ)には朝鮮戦争で戦死した3万~4万人余りの韓国軍兵士の遺骨が埋まっていると推定されるが、南北関係の冷却化で北朝鮮側との遺骨発掘に関する協議は行われていない。            hjc@yna.co.kr


http://m.yna.co.kr/kr/contents/?cid=AJP20111129001100882
「聯合ニュース」2011-11-29 10:46
■朝鮮戦争の韓国人犠牲者 米が北朝鮮に遺骨送還要求へ
【ワシントン聯合ニュース】朝鮮戦争当時、米陸軍に従事し死亡した韓国人の遺骨について、米国が北朝鮮側に送還を提起する方針だ。米国のニューベリー国防次官補代理は28日、北朝鮮側と朝鮮戦争に参戦した米兵の遺骨発掘問題について協議を行ったことを明らかにした上で、韓国軍人の遺骨送還を提起すると述べた。
 先月、タイ・バンコクで米軍の遺骨発掘事業の再開について北朝鮮と協議したニューベリー氏は、この日、ワシントンで韓国国防部の高官らとの昼食会に出席し、韓国人犠牲者の遺骨について発言した。
 同高官は「韓国には米軍に従事した朝鮮戦争被害者の記録がほとんどない。米国と定例交流を続けて明らかにしたい」との意思を表明した。
       sarangni@yna.co.kr


http://japanese.donga.com/List/3/all/27/312214/1
「dongA.com」 July. 23, 2010
■韓国戦争戦死者の発掘遺骨の合同告別式
【写真】22日、京畿道水原市の水原市民会館で行われた韓国戦争戦死者遺骨105体の合同告別式で、参列者が太極旗で覆われた遺骨に敬礼している。
 同日の告別式は、陸軍首都軍団が執り行った。遺骨は、4月5日から6月30日までの間に、首都軍団2個師団によって、水原光教山(クァンギョサン)や京畿道広州市草月邑新月里などの9つの地域で発掘された。



http://japanese.joins.com/article/825/124825.html?servcode=100§code=110
「中央日報日本語版」2010年01月07日12時50分
■【社説】韓国戦争戦死者の遺体、南北が共に発掘を
 李明博大統領が新年演説で「北朝鮮との対話を通じて(韓国戦争で死亡した)韓国軍の遺体を発掘する事業を進めたい」と述べた。
 この構想が実現する場合、南北(韓国・北朝鮮)関係の発展に大きな進展と受けとめられるだろう。南北が「真の和解」へ向かう大きなきっかけになるはずだからだ。
 戦死者の遺体を捜しだして遺族に引き渡し、国家が最大限の敬意を示すことほど、戦争の傷痕(しょうこん)をきちんと治癒できる道はない。ここでもう一つの提案をしたい。韓国軍だけでなく北朝鮮軍の戦死者の遺体まで同時に発掘しようということだ。
 この懸案は、07年11月に北朝鮮の平壌(ピョンヤン)で開かれた2回目の国防相会談で相当な進展を得たことがある。当時、合意書は「双方は戦争時の遺体を発掘する問題が、軍事的な信頼醸成や戦争の終息に関連した問題だという認識で一致し、実現の方策を話しあう方針を決めた」としている。その後、南北関係が停滞し、合意の履行が留保となった状況だ。
 しかし、李大統領が改めて意志を表明することにより新たな局面を迎えることになったのだ。南北当局が共同で韓半島全域にある南北の戦死者の遺体発掘作業に乗り出すならば、韓国戦争(1950~53)がもたらした南北間のわだかまりを解いて傷痕を治癒する上で、これ以上効果的な方策はないだろう。また、南北間の軍事的信頼づくりのきっかけになり、平和定着ムードの醸成にも大きく役立つことが自明である。
 韓国戦争の戦死者の遺体を発掘するのが政府レベルの事業になったのは2000年だ。満10年間にわたり国内で発掘が進められ、計3367体の韓国軍の遺体が見つかった。その過程で北朝鮮軍の遺体およそ400体と中共軍の遺体約200体も発掘された。当局はこれら遺体を別途に奉安し、機会ができたら北朝鮮と中国に返す計画だという。
 北朝鮮地域でも遺体発掘作業が行われれば、事情は大きく異ならないだろう。このように韓国軍の遺体を発掘する過程で北朝鮮軍と中共軍の遺体が共に見つかるのは、悲劇的だが、必然的だ。韓国戦争の当時、激戦が繰り広げられた戦闘の現場は、南北を問わず韓半島全域に広がっているからだ。遺体発掘事業が南北当局の共同事業にならなければいけない理由がここにある。
 国防部はおととい、遺体発掘事業を対北支援に結びつけて進めると明らかにした。米政府は北朝鮮を含め米軍が戦闘を繰り広げた全世界の各国に大規模な発掘費用を支払い、発掘された遺体に対しては一定の補償を行いながら米軍戦死者の遺体を捜している。
 韓国とは違って、依然として遺体発掘事業に積極的な姿勢を示さず準備もできていない北朝鮮の事情を踏まえれば、米国の前例を南北の間に適用するほかないとみられる。また、中断された北朝鮮への食糧・肥料の支援を、戦死者の遺体の共同発掘事業に結びつけることも検討する必要がある。
 一部では北朝鮮に戦争の責任を問い、あるいは北朝鮮軍によって家族が犠牲になった場合、心のわだかまりから遺体の共同発掘作業に反対するかもしれない。しかし、南北が真の和解へ向かうためにも「解寃」(多くの生命の冤と恨を解いてあげるという意味)の過程は必要だ。南北の戦死者の遺体を共同で発掘する事業こそ南北が手を結ぶ「大解寃」の道になる。



http://japanese.yonhapnews.co.kr/Politics2/2007/06/06/0900000000AJP20070606000700882.HTML
「聯合ニュース」2007/06/06 11:27
■盧大統領が戦死者追悼、遺体発掘事業も継続方針
【ソウル6日聯合】盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は6日、「今のわれわれが享受する自由と平和、民主、繁栄は、殉国烈士や護国英霊、民主烈士が流した血と汗の結果だ。彼らが子々孫々まで敬われ、子孫が名誉と誇りを持って生きていけるよう礼遇することが国としての当然の責務」と述べた。戦没者らを追悼する顕忠日にあたり、国立ソウル顕忠院で開かれた52周年顕忠日記念式に出席し追悼の言葉を述べた。

【写真】追悼の言葉を述べる盧武鉉大統領=6日、ソウル(聯合)

 盧大統領は、日本植民地時代の強制連行被害に対する真相調査を遅まきながら2004年から始め、請求権支払いに対しても国レベルの支援法案を作り国会に提出した状態だと説明した。親日派の反民族行為の真相を明らかにして歴史の正義を正し、先に旅立った人々の恨みをはらすことにも最善を尽くすとした。
 また、朝鮮戦争での戦死者について、13万人余りの遺体がまだ見つかっておらず、政府はその全員を顕忠院にまつれるよう発掘事業を続けるとの方針を示した。この事業を通じ、子どもたちが国と民族に献身することを当然で誇らしいことと考えるよう導いていかなければならないと強調した。
 盧大統領は植民地統治、朝鮮半島分断、民主化運動と犠牲が続いた歴史を振り返るとともに、今後はこうした不幸が繰り返されることはないと述べている。自らを守れる力をつけ、独裁がよみがえることは想像もできないほどの、世界から認められる民主人権国家になったと評価した。さらに未来の韓国社会の発展について、「正しい戦略とビジョンを持ち、よりよい明日を目指し力強く進んでいる。特権と反則、腐敗の癒着構造を清算し、透明で公正な社会を築きつつある」と述べた。
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「北韓軍48人の遺骨  坡州の敵軍墓地に安置」

2017年03月28日 | 韓国で
http://world.kbs.co.kr/japanese/news/news_Dm_detail.htm?No=41503&id=Dm&page=22
「 KBS World Radio」2011-11-22
■北韓軍48人の遺骨  坡州の敵軍墓地に安置
 国防部は、1950年代の韓国戦争で激戦地で戦士した韓国軍の遺骨発掘作業を進める過程で、ことし新たに48人の北韓軍の遺骨を発見し、敵軍墓地に安置したと、22日、発表しました。
 国防部は、国連軍司令部を通じて北韓側に遺骨の送還を提案していますが、北韓軍はなんら反応を示していません。
 国防部は、発掘した北韓軍の遺骨を、京畿道(キョンギド)坡州(パジュ)市にある敵軍墓地に安置しており、ここには、1996年の造成後、北韓軍550人と、中共軍350人の遺骨が安置されています。


http://japanese.donga.com/List/3/all/27/416654/1
「dongA.com」Posted February. 27, 2012 08:24
■坡州の中朝軍「敵軍墓地」、中国観光客など一般に開放へ
 京畿道(キョンギド)が急増する中国人観光客を呼び込むため、坡州(パジュ)市の積城面畓谷里(チョクソンミョン・タプコクリ)にある「敵軍墓地」を安保観光地として開発することにした。敵軍墓地は、韓国戦争で亡くなった北朝鮮軍や中国人民義勇軍、武装ゲリラの遺体が埋葬されている場所で、中国人観光客たちに哀悼の意を表すことができるよう開放することで、地元住民の観光収入に繋げたい考えだ。
 26日、関連機関によると、京畿道は今月初めに敵軍墓地を一般に開放し整備する事業についての検討を求める公文を国防部に送った。同道の関係者は、「国内世論だけでなく、中国や北朝鮮との関係を考慮し、国防部レベルで外交通商部、統一部などと協議が行われている」とし、「近く結論が出ると見られている」と話した。
 国防部の関係者は、「敵軍墓地の開放は、ややもすれば社会的に論争を引き起こす恐れがあり、関係省庁間の協議や世論の収斂などを経て、慎重に検討して結論を出す計画だ」と明らかにした。
 敵軍墓地は、約6000平方メートル(約1800坪)の敷地に第1、2墓域に分かれている。1000人あまりの遺体が埋葬されている。「1・21大統領府襲撃事件」の時に射殺された北朝鮮の武装ゲリラ、1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯なども葬られている。1996年5月、全国に散在していたお墓を移し始め、今も新しく発掘される遺体はここに葬られている。亡くなった敵軍でも、お墓を作って管理することを義務づけているジュネーブ条約に従った措置だ。
 軍の管理施設であつため、原則的には一般の立ち入りは禁じられているが、軍人が墓地の警備をしているわけではないため、現実的には現場を見ることはできる。だが、案内標識もない辺ぴな所のため、周辺に住んでいる農民の他に人の往来は疎らだ。
 全体遺体のうち270人ほどが中国人である。京畿道は、ここに香炉や祭壇などとともに、化粧室、駐車場などの基盤施設を整備することを検討している。急増する中国人観光客を呼び込む狙いがある。昨年、第3トンネルなど京畿道北部の安保観光地を訪問した外国人観光客は約26万人。このうちの約8割は中国人だった。
 しかし北朝鮮軍のお墓がネックになっている。お墓が混在しているため、ややもすれば「北朝鮮軍への墓参り」とも映る恐れがあるからだ。このため、墓地の整備方針が決まれば中国軍墓地を一ヵ所に集めて、別途の墓域を作る案を検討中だ。また不要な論争を回避するため、民間の事業者に墓地整備や観光地運営を委託する予定だ。すでに民間法人の設立が進められており、中国側の企業家たちが、これに投資する意向を表明しているという。
 これに先立って中国政府は、昨年から外国に葬られている軍人遺体の送還や、墓地の保守などを非公式に進めている。中国企業家たちが投資に積極的な姿勢を見せているのも、中国当局の支援や同意が背景がある可能性が高い。実際、投資を巡って協議を進めている中国企業家たちは、「今すぐ墓地の整備を急ぐ必要はないが、長期的には遺体送還までを視野に入れいている」という意見を韓国側に伝えている。
 安保観光地づくりを推進しているキム・ドンフン元村自治会長(57)は、「中国人の訪問が増えれば住民たちにもプラスになるだろうが、長期的には両国関係にプラス要因になることを期待している」と話した。
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「朝鮮戦争に参戦した中国兵の遺骨28柱を返還 韓国政府」

2017年03月27日 | 韓国で
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2017/03/22/0200000000AJP20170322002700882.HTML
「聯合ニュース」2017/03/22 14:08
■朝鮮戦争に参戦した中国兵の遺骨28柱を返還 韓国政府
【ソウル聯合ニュース】韓国国防部は22日、朝鮮戦争で死亡した中国軍兵士の遺骨28柱を中国側へ引き渡した。

【写真】仁川国際空港で行われた遺骨引き渡し式の様子=22日、仁川(聯合ニュース)

 引き渡した遺骨は、昨年3~11月に発掘し、DNA検査などで身元を確認したもの。米最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」の在韓米軍配備をめぐり韓中関係が冷え込む中でも、韓国政府は人道主義の精神を積極的に実践する姿勢を示すため遺骨の返還を行った。
 韓中は毎年新たに韓国で発掘された中国兵の遺骨を引き渡すことで合意している。韓国は2014年から今回まで4回にわたり、自国軍戦死者の遺骨発掘で見つかった中国兵の遺骨計569柱を引き渡した。
     tnak51@yna.co.kr


http://archive.fo/DKDn1#selection-309.0-521.14
「朝鮮日報日本語版」 記事入力 : 2017/02/01 10:04
■中国軍兵士の遺骨返還、韓中関係悪化で先送り
 米国の最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国配備問題により韓中関係が悪化している影響で、両国の軍事協力の象徴とされている6・25戦争(朝鮮戦争)参戦中国軍兵士の遺骨返還事業が中止となる可能性が高いことが31日までに分かった。中国側はこれまでと同じく遺骨の返還を受ける方針だったが、韓国政府はTHAAD問題の報復で悪化した国内の対中感情などを考慮し、事業を継続するか頭を痛めている。中国側は遺骨返還に向けた実務協議のため政府関係者の訪韓を打診しているが、これに韓国政府は今も明確な回答をしていないという。
 6・25戦争当時、韓半島(朝鮮半島)で戦死した中国軍兵士の遺骨返還事業は、朴槿恵(パク・クンヘ)大統領が2013年6月に初めて訪中した際に提案し実現したもので、その際中国の習近平・国家主席は心から感謝の意を表明していた。その後は2014年から昨年まで年明け早々に実務協議を行い、3月末ごろに遺骨が返還されていた。
 ある韓国政府筋は「THAAD配備が決定したことで中国は韓中軍事協力などを一方的に中断した。そのためいつもと同じく中国側の求めにばかり応じるわけにはいかないとの声が多い」「ただし事業を中断したからといって何も得られないとの分析もあることから、協議は今も続いている」と明らかにした。
     金真明(キム・ジンミョン)記者


http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2016/03/31/0200000000AJP20160331001500882.HTML
「聯合ニュース」2016/03/31 14:43
■朝鮮戦争に参戦した中国兵の遺骨36柱を返還=韓国
【ソウル】韓国国防部は31日、朝鮮戦争参戦中に亡くなった中国軍兵士の遺骨36柱の引き渡し式を同日行ったと明らかにした。
 仁川国際空港で行われた式には韓国側と中国側の関係者が出席した。
 両国は毎年新たに韓国で発掘された元中国兵の遺骨を引き渡すことで合意している。韓国は2014年3月に437柱、昨年3月には68柱の遺骨を中国側に返還した。
     sjp@yna.co.kr


http://world.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=54081
「KBS World Radio」 2015-03-20
■韓国戦争で死亡の中国兵の遺骨 20日に中国に返還
 韓国戦争で死亡した中国共産党軍兵士の遺骨68柱が20日午前、韓国から中国に引き渡されました。
 返還されたのは、去年1年間、国防部が行った韓国戦争の戦死者の遺骨発掘作業で発掘された中国共産党軍兵士の遺骨68柱で、遺骨は、20日に中国側の航空機を使って祖国に戻り、中国瀋陽にある、韓国戦争で戦死した人が埋葬されている「抗米援朝烈士陵園」に安置されることになっています。
 韓中両国は、おととし、京畿(キョンギ)道坡州(パジュ)市の「敵軍墓地」に仮埋葬されている中国共産党軍兵士の遺骨を、墓参りの習慣がある中国の清明節の4月5日までに返還することで合意し、去年、437人の遺骨を中国に引き渡しています。
 国防部は、「ことしは、南北分断から70年となる年で、今回の遺骨の返還は過去の戦争の傷を癒し、韓中両国関係をさらに発展させるきっかけになるだろう」と話しています。



http://www.recordchina.co.jp/b102339-s0-c10.html
「Record china」 配信日時:2015年2月12日9時40分
■韓国、朝鮮戦争で犠牲になった中国人兵士68人の遺骨を3月に中国に返還へ―韓国メディア

【写真】10日、韓国と中国の国防部間の実務者会議がソウルで行われ、昨年の中国軍437人の遺骨返還に続き、追加で発掘された68人の遺骨について、今年3月20日前後に返還式典を行うことで合意した。写真は中国遼寧省丹東市の朝鮮戦争記念館。

 2015年2月10日、韓国・聯合ニュースによると、韓国と中国の国防部間の実務者会議がソウルで同日午後に行われ、昨年の中国軍437人の遺骨返還に続き、追加で発掘された68人の遺骨について、今年3月20日前後に返還式典を行うことで合意した。納棺作業は同16日に韓国で行われる。11日付で中国・環球時報(電子版)が伝えた。
 韓国政府は昨年3月、朝鮮戦争で犠牲となり、韓国に残されたままとなっていた中国人民志願軍兵士437人の遺骨を中国に返還している。遺骨は遼寧省瀋陽の抗米援朝烈士陵園に埋葬された。
    (翻訳・編集/柳川)


http://www.epochtimes.jp/jp/2014/04/html/d82903.html
「大紀元」2014/04/02 17:09
■韓国、中国兵の遺骨を返還 市民「無駄な死」
【写真】朝鮮戦争で戦死した中国軍人を埋葬している韓国の「敵軍の墓地」
【大紀元日本4月2日】韓国政府は3月28日、60年前の朝鮮戦争で犠牲になった中国軍兵士の遺骨437柱を中国に返還した。中国政府側は張高麗副総理が遺骨を受け取った。
 朝鮮戦争は1950年6月25日、北朝鮮が中国共産党と前ソ連の支持を受け、境界線(38度線)を越えて韓国に侵攻したことから勃発した。二日後、安全保障理事会は83号決議を可決、国連は北朝鮮の侵攻を阻止するために国連軍を派遣した。1953年7月27日、北朝鮮軍、中国軍と国連軍は板門店で休戦協定を結んだ。
 3年にわたった朝鮮戦争に、中国政府は約300万以上の中国兵士を派遣し、約100万人が死亡したと言われている。
 しかし、100万人の命で守られた北朝鮮は現在、国民に対する人権侵害で非難されている。3月17日、国連人権委員会のマイケル•カービー委員長は、ジュネーブの国連人権委員会で、北朝鮮政権が8万から12万人の「良心の囚人」を虐待したとして、国際社会はもっと対策を取り停止させるべきだと呼びかけたばかり。
 国連の調査委員会は数百人の証言をまとめた調査報告を発表した。それによると、北朝鮮政府は8~12万人の「良心の囚人」に対して、殺人、長時間の強制労働、拷問、監禁、強制的な中絶、性的暴力などの罪を犯したという。調査委員会は国際裁判所に北朝鮮政府を提訴するよう国連に求めた。
 このタイミングでの遺骨返還に、中国のネット利用者から「中国政府に恥をかかせた」とのコメントが寄せられ、「無駄な死」と朝鮮戦争の意義を否定する発言もあった。


http://japanese.korea.net/NewsFocus/Policies/view?articleId=118518
「コリアネット」2014.03.31
■朝鮮戦争で戦死した中国軍の遺骨、中国に引き渡し
 28日、朝鮮戦争で戦死した中国軍の遺骨437体が中国に引き渡された。
 同日午前、国防省のペク・スンジュ次官や中国民政省優撫安置局の鄒銘局長ら両国の主要閣僚約80人が出席するなか、仁川国際空港で中国軍の遺骨の引き渡しが行われた。

【写真】28日に仁川国際空港で行われた中国軍遺骨引渡式で、中国軍の兵士が引き渡された遺骨を持って航空機に乗ろうとしている(写真提供:国防省)

 ペク次官は、「韓中両国の大規模戦死者遺骨送還に関する合意から270日後に約束が履行された。遺骨の送還は、両国が過去の歴史のトラウマを癒し、共同繁栄の川に導く道標になるはず」と期待を示した。そして、「朝鮮半島で犠牲になり、約60年ぶりに故郷に帰る中国人兵士たちの胸に残っているはずの戦争のない世界への願いが、朝鮮半島と北東アジアの人類平和の精神として引き継がれることを望む」と述べた。
 鄒銘局長は挨拶で、「友好的な誠意を持って遺骨の送還に積極的に協力してくれた韓国に感謝したい」とした上で、「今回の送還は、韓中関係の発展を願う両国の共同認識に基づいて実現した。両国は今後も韓国で中国軍の遺骨が発見されれば、今回の手順に従って遺骨を引き渡す協力体制を構築した」と述べた。

【写真】28日に仁川国際空港で開かれた中国軍遺骨引渡式で、韓国軍の兵士が中国軍の兵士に遺骨箱を引き渡している(写真提供:国防省)

 国防省は、「韓中両国が緊密に協力するなかで行われた今回の中国軍の遺骨送還は、韓中関係発展の新たな道標として北東アジアの平和定着に貢献する模範的な事例になるはず」と評価し、「今後発掘される中国軍の遺骨も毎年今回と同様に中国に引き渡す」と述べた。
 韓国の中国軍遺骨送還に対し、中国は好意的な反応を見せている。中国外交省は同日、「我が国は今回の協力が中韓両国民の友好を深めると確信している」と、今回の中国軍遺骨送還を歓迎する立場を明らかにした。外交省の洪磊報道官は、習近平国家主席がオランダで開かれた核セキュリティ・サミットの期間中にパク大統領と首脳会談を行い、中国軍の遺骨送還韓国が協力したことを「心から感謝を表する」と述べたと伝えた。
 28日付けの中国人民網は、全中国軍事学院軍事歴史研究部副部長の斉徳学少将の言葉を引用し、「中韓両国は今回の遺骨送還を非常に重要なものと認識してきた。これは、人道主義精神の実践でもある。今回の遺骨送還は、中韓両国にとって“人の心を暖かくし、その心を得る(暖人心、得人心)”望ましいこと」と伝えた。

【写真】28日に仁川国際空港で開かれた中国軍遺骨引渡式で、ムン・サンギュン准将(左)と中国民生省の鄒銘局長が引渡書に署名している(写真提供:国防省)

 今回の韓国による中国軍の遺骨送還は、昨年6月パク・クネ(朴槿恵)大統領が中国を訪問した際に中国に提案し、中国がこれを受け入れて実現した。

    ウィ・テックァン記者、ソン・ジエ記者  whan23@korea.kr



http://j.people.com.cn/94475/8580272.html
「人民網日本語版」2014年3月27日12:13
■中国兵437人の遺骨、韓国から中国に戻る

【写真】遺骨の入棺式。献花する人民解放軍の代表。式典前に中国人民志願軍兵士の遺骨を納めた木棺を車に乗せる韓国軍兵士。木棺を捧げ持つ韓国軍兵士。木棺を捧げ持つ韓国軍兵士。木棺を捧げ持つ韓国軍兵士。1人1つずつ木棺を持つ韓国軍兵士。木棺を捧げ持つ韓国軍兵士。木棺を運送する車両。木棺を運送する車両。
 
 半世紀以上も前の朝鮮戦争中、100万人を上回る中国人民志願軍の兵士が、「抗米援朝(米国と戦い、朝鮮を応援する)」の旗印を掲げて戦場に足を踏み入れた。戦地で無念の死を遂げ、異国に埋葬された兵士も多数いた。60年経った今、彼らは特別な計らいにより、故郷に戻って来ることになった。中国広播網が伝えた。
 中韓両国は昨年、中国人民志願軍兵士の遺骨返還をめぐる協議をスタートさせた。韓国側は27日午前、納棺された遺骨437柱を臨時安置所から瀋陽に向けて搬出する。28日午前に瀋陽に到着した後、引継式が執り行われる予定。
 朝鮮戦争停戦協定締結60周年にあたる2013年7月27日、さまざまな記念イベントが参戦国で開催された。多くの中国人民志願軍兵士がこの戦争に命を捧げ、韓国で永眠した。2013年6月末、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は、これらの兵士の遺骨を中国に返還することを表明した。
 中韓両国が昨年6月に達成した合意にもとづき、2013年12月下旬に遺骨の発掘作業がスタートした。韓国側は、技術スタッフや発掘作業員など計1万4千人を動員、寒さや大雪といった困難を克服して発掘作業を進めた。3カ月間にわたり、発掘した遺骨の洗浄と自然乾燥を繰り返すと同時に、鑑別・登録作業を行った。
 韓国側は今月17日、中国に返還する中国人民志願軍兵士の遺骨の納棺手続を承諾した。
 28日、60年余り祖国を離れていた兵士たちの遺骨が、瀋陽桃仙空港に到着、祖国という母親の懐に戻って来る。
 今回韓国から返還される兵士の遺骨437柱は、遼寧省瀋陽抗米援朝烈士陵園に埋葬される。すでに瀋陽では、烈士の遺骨を迎える準備が整っている。これらの遺骨のほとんどは、朝鮮戦争の激戦地となった江原道(カンウォンド)と京畿道(キョンギド)で見つかった。韓国は1996年、京畿道坂州市に占有面積約6千平方メートルの墓地を建設、戦後発見された中国兵と朝鮮兵の遺体を埋葬した。今回返還される遺骨437柱は、韓国で戦死した中国人民志願軍烈士のもの。遺骨は1柱ずつ、韓国の伝統「韓紙」と綿で包まれ、中国側が用意した木棺に納められ、ペン・印章・水筒・衣服・衣類など烈士の遺品も個別に包装され、遺骨とともに祖国に戻って来る。(編集KM)


http://japanese.joins.com/article/712/179712.html
「中央日報日本語版」2013年12月21日11時37分
■韓国戦争当時の戦死中国兵の遺骨を発掘 

【写真】中国兵士遺骨送還のための発掘作業

 韓国戦争(朝鮮戦争)当時に死亡した中国兵士の遺骨送還のための発掘作業が20日午前、京畿道坡州市積城面の敵軍墓地で始まった。南側限界線から5キロ離れたここには、中国兵士425人の遺骨が埋まっている。国防部は洗骨して乾燥させるのに2、3カ月ほどかかるとみている。国防部の遺骨発掘鑑識団が中国軍の遺骨を注意深く手渡している。


http://japanese.yonhapnews.co.kr/Politics2/2013/12/19/0900000000AJP20131219002700882.HTML
「聯合ニュース」2013/12/19 16:28
■朝鮮戦争で戦死した中国兵の遺骨返還へ 韓中が合意
【ソウル聯合ニュース】韓国と中国が今月初め、南北軍事境界線に近い京畿道坡州市の「敵軍墓地」に埋葬されている朝鮮戦争で戦死した中国軍兵の遺骨を中国に返還することで合意した。韓国国防部の関係者が19日、明らかにした。
 関係者によると同日から中国兵の遺骨発掘作業が始まった。遺骨と遺品、鑑識記録をまとめるため返還までに数カ月かかる見通しだという。
 関係者は「人道主義の見地から予定通り支障なく遺骨を返還することで合意した。両国関係発展の新たな一段階となる」と評価した。
 敵軍墓地には朝鮮戦争で戦死した中国兵の遺骨425体が埋葬されている。韓国政府は全国に散在していた「敵軍墓」の遺骨を集め1996年に坡州市に敵軍墓地を造成した。
     ikasumi@yna.co.kr


http://j.people.com.cn/94474/8341169.html
「人民網日本語版」2013年7月25日
■中国義勇軍の遺骨360柱が近く返還
 本日開催の「朝鮮戦争休戦60周年--平和を求めて」フォーラムで、「韓国民主平和統一諮問会議」の玄敬大首席副議長は、朝鮮戦争中に死亡した中国兵の遺骨360柱が近く韓国から中国に返還されると述べた。新京報が伝えた。
 玄氏によると、韓国の朴槿恵大統領は6月末に訪中した際、中国軍人の遺骨360柱の返還を劉延東副総理に提案。劉副総理は謝意を表したうえで、どんなに遠い異郷にいても人は最後には故郷に帰るものだと述べた。
 韓国側の提供した資料によると、韓国京畿道坡州市の墓地には中国軍人の遺骨360柱と朝鮮軍人の遺骨1063柱が安置されている。(編集NA)

 
http://www.recordchina.co.jp/b73892-s0-c10.html
「Record china」 配信日時:2013年7月2日10時40分
■韓国・朴大統領、中国軍人の遺骨返還を提案=朝鮮戦争時の360体―韓国メディア

【写真】1日、韓国・中央日報によると、同国の朴槿恵大統領は訪中期間の6月29日、中国国務院の劉延東副総理と会談し、朝鮮戦争の停戦60周年の際に、韓国が管理している中国軍人の遺骨360体を返還すると提案した。写真は江西省南昌市にある軍人の墓地。

 2013年7月1日、韓国・中央日報によると、同国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は訪中期間の6月29日、中国国務院の劉延東(リウ・イエンドン)副総理と会談し、朝鮮戦争の停戦60周年の際に、韓国が管理している中国軍人の遺骨360体を返還すると提案した。中国新聞網が伝えた。
 朴大統領の提案は突然のもので、同国外交部でも事前に知っていた人は数少なかったという。韓国が1997年に設立した遺骨の発掘及び鑑定チームは、これまでに617体の北朝鮮軍人と385体の中国軍人の遺骨を掘り出し、うち中国に43体を返還している。
    (翻訳・編集/内山)
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「海南島における日本の国家犯罪 <第一回・大阪労働学校公開講座>より」

2017年03月26日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://com21.jp/modules/cpress/archives/17048
『コモンズ』100号 2016年10月10日
■海南島における日本の国家犯罪 <第一回・大阪労働学校公開講座>より
 学働館・関生に聴講生多数
 日本帝国主義、恐るべき国家犯罪の歴史的検証
 第一回・大阪労働学校公開講座海南島における日本の国家犯罪
 本年4月、大阪市西区川口の学働館・関生で開校した大阪労働学校・アソシエ(本山美彦学長)の、待望の<第1回>公開市民講座が9月10日同館4階ホールで開催された。第1回講義は、同校斉藤日出治副学長による「海南島における日本の国家犯罪」を主題とする連続講座の初回にあたる歴史検証問題であり、10月1日、8日とあわせて計3回にわたり、戦前日本帝国の恐るべき国家犯罪の概要が明かされた。

 その中で斉藤氏の所属する<海南島近現代史研究会>がほぼ独力で探り当てた恐るべき歴史的史実が明らかにされ、わが国一般市民にほとんど今回初めてと言う衝撃的内容のドキュメント映像の公開がなされた。
 70年前同島で旧日本帝国主義の侵略軍が、島の住民に殺戮の限りを尽くした現代史の闇の部分は、まさに痛恨の歴史そのものである。それだけにこの恐るべき虐殺事件を語ることさえしなかった戦後日本における市民的無関心と戦争犯罪に対する追求の無さを反省させる重い証拠の事実として今後の検証と情報の拡大を図らねばならない。

【概説】
 第一回・大阪労働学校公開講座海南島における日本の国家犯罪
 1939年2月から1945年8月の敗戦まで、日本軍は中国・海南島を軍事占領し、島の資源・食糧の略奪、住民の強制労働、女性への性的暴行をくりかえし各地村落を襲い、非戦闘員である住民を無差別に殺害する残虐行為を行なった。(※日本軍戦史には、2万数千人にのぼる死体遺棄が記されている)
 日本海軍各部隊は、海南島各地の村で民衆を家に閉じ込めて焼き殺す、あるいは住民を並べさせて銃殺するなどの蛮行をこの期間に渡り、執拗に繰り返した。
第一回・大阪労働学校公開講座海南島における日本の国家犯罪 日本の政府と社会は、この事実を戦後70年が経過した今日にいたるまで黙殺し続けている。

 この恐るべき国家犯罪だが、住民虐殺についての調査は、〈紀州鉱山の真実を明らかにする会〉および、<海南島近現代史研究会>の活動を除いては、ほとんど皆無といえる。それは加害者である日本軍兵士がこの事実について戦後一貫して沈黙をし続けてきたこと、日本軍の 公文書に住民の殺害を明記する記述がないこと、などのためだが、今回の公開講座での内容紹介でより広範な市民層への歴史観の転換と広がりを期したいと同校・本山学長も挨拶で力説していた。(第2・3回内容は、次号にて詳細)



http://com21.jp/modules/cpress/archives/18392
『コモンズ』101号 2016年11月10日 
■海南島における日本の国家犯罪(その2)
 前号既報の通り、わが国戦中における国家犯罪のディスクロージャー(情報開示)としての労働学校アソシエ公開連続講座「海南島における日本の国家犯罪」第一回は、参加者に大きな衝撃的事実として迫った。今号では引き続き第二回と三回の講座概要を紹介する。

◆第2回講座 10月1日(土) 海南島月塘村における日本軍の住民虐殺
 ドキュメンタリー映画『海南島月塘村虐殺』を上映し、参加者にて討論を行った。
 沖縄戦のさなか、1945年5月2日の明け方、日本海軍佐世保鎮守府第8特別陸戦隊の日本兵は月塘村を襲い、4時間の間に、多くの村人を殺傷した。月塘村虐殺をふくむ、日本占領下の海南島における住民虐殺の事実は隠されつづけており、みどり児や幼児や妊婦をふくむ村人を殺傷した日本軍司令官の名も日本兵の名も明らかにされていない。
 1994年4月に月塘村の全村民は、「月塘村村民に国際社会に公開で謝罪すること、幸存者と犠牲者家族に賠償すること、月塘村に死者を追悼する記念館を建設し追悼式をおこなうこと、焼失した家屋や強奪した財産を弁償すること」を日本政府に要求する文書を出した。
 虐殺63年後の2008年4月に、村人は190人の犠牲者すべての名を刻んだ追悼碑を建立し、2014年7月に、証言集『血和泪的記録 海南万寧月塘村三月廿一日惨案専輯』をだした。

◆第3回 10月8日(土) 日本国家の海南島侵略史の世界史的意味
【写真】陵水黎族自治県英州鎮にある日本軍によって殺害された八千人の碑。後ろの死体が入れられた穴は、草に覆われている(二〇一五年一一月二一日)
陵水黎族自治県英州鎮にある日本軍によって殺害された八千人の碑。後ろの死体が入れられた穴は、草に覆われている(撮影:2015/11/21)
 報告者:佐藤正人(海南島近現代史研究会)
 日本の侵略に抗して戦い続けた、海南島の民衆の苦難の歴史をたどった。
 アジア太平洋の民衆にとって、日本の侵略の時代は、抗日反日闘争の時代でもあった。その時代は、全世界的規模で、まだ、終わっていない。
 当日は公開市民講座参加者の労働者市民とともに、日本国家の海南島における侵略犯罪を世界史のなかで考え、これらのすさまじい国家犯罪を埋もれさせ一顧だにしない、戦後のわが国の市民レベルにおける歴史観の浅薄さ、苛烈な加害性を置き去りにした受動的懐古趣味がいかに戦争犯罪そのものへの注視を妨げてきたかを検証した。
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「韓国市民団体 戦没者遺骨問題で日本政府に要望書提出」

2017年03月25日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2016/10/12/0200000000AJP20161012006100882.HTML
「聯合ニュース」 2016/10/12 20:54
■韓国市民団体 戦没者遺骨問題で日本政府に要望書提出
【東京聯合ニュース】韓国の市民団体、太平洋戦争犠牲者補償推進協議会は12日、東京の参議院議員会館で厚生労働省社会・援護局の吉田和郎事業課長ら当局者と面談し、日本による植民地時代に徴用され犠牲となった朝鮮半島出身者の遺骨送還を進めるよう要望書を提出した。

【写真】吉田和郎事業課長(左)に要望書を提出する太平洋戦争犠牲者補償推進協議会のイ・ヒジャ代表=12日、東京(聯合ニュース)

 日本政府は今年3月に成立した戦没者遺骨収集推進法に基づき、沖縄戦で戦死した部隊の遺族に対し、遺骨を送還するためにDNA鑑定に協力するよう呼びかけを始めたが、朝鮮人約2650人と日本人約100人で構成された「特設水上勤務隊」を対象から外した。これについて同協会は特設水上勤務隊を対象に含め、同部隊の遺族に対してもDNA鑑定を呼びかけるよう求めた。
 また沖縄で保管されている戦没者約600人の遺骨の中には韓国人のものも含まれている可能性があるため、遺骨のDNA鑑定を実施し、韓国人遺族に対するDNA鑑定も行うよう要求した。また韓国政府から韓国人遺族をDNA鑑定に加えるよう要請があれば、速やかに応じるよう促した。
 厚生労働省は同協会の要望について、現在、沖縄の4カ所の遺骨出土地に関連する部隊の遺族を対象としたDNA鑑定を推進しているが、検査結果などに基づき、今後DNA鑑定の対象を拡大するか検討すると説明した。
 また韓国人遺族が朝鮮半島出身の戦没者に関する資料を提出した場合、これに基づきDNA鑑定を実施するかについては、柔軟に対応する姿勢を示した。
 韓国人遺族を対象とするDNA鑑定に関しては、韓国政府から具体的な提案があれば慎重に検討するとして、これまでの立場を崩さなかった。 
                 yugiri@yna.co.kr



http://japan.hani.co.kr/arti/international/25397.html
「The Hankyoreh」 登録 : 2016.10.14 01:51 修正 : 2016.10.14 07:03
■太平洋戦争犠牲者遺骨、韓国政府は知らん振り
  日本政府「要請あれば協力する」発言にも、韓國は7カ月も無対応 
  待ちきれなかった遺族代表、日本側ともう3回目の直接交渉 
  担当省庁関係者「2700万円の予算要請したが予算審議で編成されなかった」

【写真】アジア太平洋戦争犠牲者韓国遺族会が2015年12月28日、韓日外相会談が開かれているソウル世宗路の外交部庁舎の裏門前で、日本強制占領期の徴用被害者の写真を持って損害賠償責任を求めている=資料写真//ハンギョレ新聞社

 日本政府が、第2次世界大戦時に犠牲になった軍人・軍属らの遺骨を収集する過程で進めているDNA検査対象を、韓国人遺族まで拡大してほしいという要求に対し、「韓国から具体的な提案があれば肯定的に検討する」という立場を明らかにしているにもかかわらず、韓国政府は関連予算を削減するなど7カ月以上も特別な動きを見せていない。
 日本の厚生労働省援護局関係者は12日、東京の参議院議員会館でイ・ヒジャ太平洋戦争被害者補償推進協議会会長など韓国人遺族らに会って、「(韓国)政府の要請があれば遺族の気持ちに配慮するためにも、真剣に受け止め、政府内で適切な対応策を検討していく」と述べた。遺族代表が日本政府との直接交渉に乗り出したのは、今回が3回目だ。日本政府は今年2月、塩崎恭久・厚生労働相の国会答弁を通じてこのような立場を公式表明したが、これと関連した韓国政府の提案はいまだに示されていない。
 日本の安倍晋三首相は今月4月「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」を制定し、あまり進展が見られなかった第2次世界大戦の戦死者の遺骨収集に積極的に乗り出している。日本では発掘された遺骨を遺族のもとに返すため、遺骨のDNAを抽出してデータベースを作り、遺族たちにはDNA情報の提供を呼びかけている。遺骨から出たDNAと遺族のDNAが一致したら、遺骨を返してもらえる。日本政府は沖縄那覇市真嘉比など4地域を対象にモデル事業を行なった後、その結果を見て対象地域を拡大する予定だ。
 問題は韓国人の遺骨だ。イ・ヒジャ会長は「日本政府が発掘された遺骨のDNA情報をデータベース化すると言っており、(韓国)政府は国内の遺族からDNAの提供を受け、これを対照するだけでいい。日本政府が協力するという肯定的な信号を何回も送ったのに、政府がなぜ乗り出さないのか理解できない」と話した。待ち切れなかったイ会長は同日、厚生労働省側に「政府の対応を待たずに、日本政府が先に韓国側に提案をしてみたら、どうか」と話した。
 この問題を担当する行政自治部「過去事関連業務支援団」関係者は12日、ハンギョレとの電話インタビューで「来年度予算で、遺族たちのDNA情報を収集するための費用3億ウォン(約2749万円)を要請したが、予算審議過程で関連費用が全額削減された」と明らかにした。
 この問題の解決に向けて活動している日本の市民団体「戦没者遺骨を家族のもとへ連絡会」の上田慶司氏は、「韓国政府の要請がなければ、日本政府は動けない。政府があるのに、遺族がなぜ自ら乗り出さなければならないのか」と尋ねた。

東京/キル・ユンヒョン特派員
韓国語原文入力:2016-10-13 16:43
http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/765533.html 訳H.J
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「国家が殺した民間人、なぜ遺族が遺骸発掘をするのか」

2017年03月24日 | 韓国で
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002302108&PAGE_CD=N0002&CMPT_CD=M0112
「オーマイニュース」 17.02.26 16:49 最終更新17.02.26 18:13  文: シムギュサン
■国家が殺した民間人、なぜ遺族が遺骸発掘をするのか
 慶南晋州龍山とうげで遺骸発掘を開始...政府、加害者ではなくむしろ「英雄」あつかい

【写真】25日、慶南晋州龍山とうげで掘り出された民間人の犠牲者の遺骸。 ここでは、1950年7月、晋州地域の保導連盟員と晋州刑務所に収監されていた受刑者が殺害され埋葬された。 ⓒシムギュサン
【写真】晋州市龍山とうげの民間人遺骸発掘現場。25日午後、犠牲者のものとみられる眼鏡が発見された。 ⓒシムギュサン

 いま慶南晋州龍山とうげでは、遺骸発掘が活発におこなわれている。 ここでは、1950年7月、晋州地域の保導連盟員と晋州刑務所収監受刑者が殺害され埋葬された。
 2014年の第一次発掘の結果、近くの穴ですくなくとも39人の遺骸(遺品90点)が発掘された。
 去る24日から始まった第二次発掘は、第一次発掘地点から20メートル下方で開始された。25日に発掘された遺骸の状態は悲惨だった。 傾斜が急な山のふもとの約30センチ土中に遺骸が埋蔵されている。 ほとんど腐ってなくなっている。頭部の骨は部分的に、重なっている。殺害後、むぞうさに放り込まれためだ。
 “穴もほらず、殺してそのままにした。銃殺後、遺体を薪を積み重ねるように積みあげたあと、土をおざなりにかけた”という当時の証言とも一致する。
 遺骸といっしょに出土した白いボタンや眼鏡などは、ここで犠牲になった人びとが保導連盟員であったことを推測させる。文様があるバックルも発見された。
約横11メートル、縦2.5メートルの二次発掘地には、すくなくとも数十人が埋葬されていると推定される。

★報告書 “近くの谷の5か所で718体埋葬”

【写真】‘韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査団’所属のボランティアが晋州龍山とうげ(第四次)で遺骸発掘作業をしている。共同調査団は、2014年から毎年、遺骸発掘作業をしている。 ⓒシムギュサン

 これで終わりではない。龍山里の谷の5か所に718体の遺体を埋めたという調査報告書があるからである。真実和解委員会は、2009年の晋州文山邑チンソンとうげで、あわせて111体の遺骸を発掘した。 近くの馬山鎮田面艅陽里サンテ谷でも、すくなくとも数百人余りが埋蔵されていることが確認された。
 慶南晋州のほかにも、全国の数百か所の山中のどこかに、鉱山の地下に、犠牲者の遺骸が太陽の光を見る日を待っている。
 1950年、戦争が勃発すると、内務部治安局は、全国道警察に保導連盟員、および要視察人の一斉検挙を指示した。 田畑で働いていた農夫がズボンと袖をまくりあげたまま連行され銃殺された。人民軍に同調する恐れがあるという理由からであった。 刑務所収監者たちも同じ理由で不法に殺害された。
 保導連盟は‘左翼思想の持主を転向させて保護する’という趣旨で、政府が主導して結成した。‘保護’するという人びとを‘不法に殺害’したのである。

★被害者が遺骸発掘...加害者は「傍観」

【写真】25日、犠牲者の遺骸といっしょに発掘された弾頭は、加害者が当時、警察であったことを物語っている。上右がカービン銃の弾頭であり、左下は45口径の拳銃の弾頭である。 ⓒシムギュサン
【写真】急峻な山麓、殺害後、ざっと土をかぶせたと見られる。 ⓒシムギュサン

 ところが、遺骸発掘作業をしているのは、政府機関ではない。民間団体である。 遺族会もふくまれている。
 「韓国戦争期民間人虐殺遺骸発掘共同調査団」(発掘団長朴善周忠北大名誉教授、考古美術史学科・体質人類学)には、4.9統一平和財団、民族問題研究所、民主社会のための弁護士会、民主化運動精神継承国民連帯、麗水地域社会研究所、歴史問題研究所、歴史正義実践連帯、李來昌紀念事業会、人権医学研究所・キムグンテ(김근태)紀念治癒センター、人権財団サラム、張俊河紀念事業会、済州4・3犠牲者遺族会、太平洋戦争被害者補償推進協議会、平和の踏み石(평화디딤돌)、フォーラム真実と正義、韓国戦争遺族会などが参加している。 ボランティアと市民の後援で遺骸を発掘している。
    “李明博政府と朴槿恵政府にいたるまで何の措置もとっていない。国家が被害者と
   遺族に当然持つべき法的・政治的責任はさておき、最小限の倫理的責任すら負わな
   い態度に、わたしたちは失望を越えて怒りを禁じえない。(...)国家が犯した過ちを国家
   が正すことはまことに常識的な要求であり、絶対的な課題でもる ”。
 2014年、遺骸発掘共同調査団を結成した民間団体は、政府と国会にむけ“不幸な歴史を記憶し癒そう”と訴えた。
 
★政府・自治体、加害者ではなくむしろ「英雄」あつかい

【写真】姜昞賢(カンビョンヒョン)晋州遺族会長が政府レベルの遺骸発掘を要求している。 ⓒシムギュサン

 しかし、慶南晋州市鳴石面龍山里(第一次遺骸発掘)、大田山内骨嶺谷(第二次遺骸発掘)、忠南洪城郡広川邑淡山里(第三次遺体発掘)に続いて、今回の第四次遺骸発掘(鳴石面龍山里)にいたるまで、政府と国会は無視、沈黙している。
 逆に、国家報勲処は、済州4.3民間人と、保導連盟員、刑務所の受刑者を無惨に殺害したり指示した民間人虐殺の責任者の一人である‘宋堯讃’を‘戦争の英雄’とし宣揚事業費(2億7000万ウォン)を青陽郡に支援することにした。 忠清南道もまた、予算(1億4000万ウォン)を支援する計画である。
 一方、2月の臨時国会で期待を集めた、中断されていた遺骸発掘など犠牲者の真実究明のための関連法案(真実和解法)通過は、いまだはるかに遠い状態である。

★民間団体主導遺骸発掘いつまで?
 国防部は、国軍戦死者遺骸発掘作業を17年間おこなっています。民間団体は、国軍の遺骸とともに、政府の誤った公権力の行使で無残に殺害された民間人犠牲者の遺骸を発掘しようという提案もした。
25日、遺骸発掘現場で会った姜昞賢韓国戦争前後晋州の民間人被虐殺者遺族会会長は、
    “民間市民団体の遺骸発掘が、今回の晋州龍山とうげ発掘が最後になることを願って
   いる。無残に親兄弟を失ったことも辛いのに、遺骸さえ民間団体と遺族がみずから収拾
   しなければならないのですか? 残っている民間人遺骸発掘は、加害者である政府の役
   割です”
と述べている。
                                  佐藤正人訳


http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002302108&PAGE_CD=N0002&CMPT_CD=M0112
「오마이뉴스」 17.02.26 16:49 최종 업데이트 17.02.26 18:13 글: 심규상(djsim)
■국가가 죽인 민간인들, 왜 유가족이 유해 발굴하나
경남 진주 용산고개 유해 발굴 시작... 정부, 가해자 오히려 '영웅' 대접

 25일, 경남 진주 용산 고개에서 드러난 민간인 희생자 유해. 이 곳에서는 1950년 7월 진주지역 보도연맹원과 진주형무소 수감 재소자가 살해돼 암매장됐다.

【写真】25일, 경남 진주 용산 고개에서 드러난 민간인 희생자 유해. 이 곳에서는 1950년 7월 진주지역 보도연맹원과 진주형무소 수감 재소자가 살해돼 암매장됐다. ⓒ 심규상
【写真】진주시 용산 고개 민간인 유해발굴 현장. 25일 오후 희생자의 것으로 보이는 안경이 발견됐다. ⓒ 심규상

 지금 경남 진주 용산 고개에서는 유해발굴이 한창입니다. 이 곳에서는 1950년 7월 진주지역 보도연맹원과 진주형무소 수감 재소자가 살해돼 암매장됐습니다.
지난 2014년 1차 발굴 결과, 인근 구덩이에서 최소 39명의 유해(유품 90점)가 발굴됐습니다.
지난 24일부터 시작된 2차 발굴은 1차 발굴 지점으로부터 20m 아래에서 시작했습니다. 25일 드러난 유해의 상태는 참담합니다. 경사가 가파른 산기슭 약 30㎝ 땅 속에 유해가 매장돼 있습니다. 대부분 삭아 없어졌습니다. 일부 머리뼈는 서로 겹쳐 있습니다. 살해 후 아무렇게나 던져 놓은 것입니다.

 "구덩이를 파지도 않고 그냥 죽였다. 총살 후에 시신을 장작더미 쌓듯이 쌓은 뒤 흙을 대충 덮어 놓았다"는 당시 증언과도 일치합니다.
 유해가 함께 출토된 흰색 단추와 안경 등은 이 곳에서 희생된 사람들이 보도연맹원이었을 것으로 짐작하게 합니다. 문양이 새겨진 버클도 발견됐습니다.
 약 가로 11m, 세로 2.5m인 2차 발굴지에는 최소 수십여 명이 묻혀 있을 것으로 추정됩니다.

★보고서 "인근 골짜기 5곳에 718구 시신 매장"

【写真】 '한국전쟁기 민간인학살 유해발굴공동조사간 '소속 자원봉사자들이 진주 용산고개(4차)에서 유해발굴 작업을 하고 있는 공동조사단은 지난 2014년 부터 매년 유해발굴 작업을 하고 있다. ⓒ 심규상

 이게 끝이 아닙니다. 용산리 골짜기 5곳에 718구의 시신을 매장했다는 조사보고서가 있기 때문입니다. 진실화해위원회는 지난 2009년 진주 문산읍 진성고개에서 모두 111구의 유해를 발굴했습니다. 인근 마산 진전면 여양리 산태골에도 최소 수백여 명이 매장돼 있는 것으로 확인됐습니다.
 경남 진주 외에도 전국 수백여 곳의 산 속 어딘가에, 광산 지하에 희생자 유해들이 햇볕을 볼 날만을 기다리고 있습니다.
 1950년 전쟁이 발발하자 내무부 치안국은 전국 도 경찰국에 보도연맹원 및 요시찰인에 대한 일제 검거를 지시합니다. 논밭에서 일하던 농부들이 바지단과 소매를 접어 올린 채로 끌려가 총살됐습니다. 인민군에 동조할 우려가 있다는 이유에서입니다. 형무소 재소자들도 같은 이유로 불법 살해됐습니다.
 보도연맹원은 '좌익 사상자를 전향시켜 보호한다'는 취지로 정부가 주도해 결성했습니다. '보호'하겠다던 사람들을 '불법 살해'한 것입니다.

★피해자가 유해발굴... 가해자는 '뒷짐'

【写真】25일 희생자 유해와 함께 드러난 탄두는 가해자가 당시 경찰임을 말해주고 있다. 윗 오른쪽이 카빈소총 탄두이고 왼쪽 아래쪽은 45구경 권총의 탄두다. ⓒ 심규상
【写真】가파른 산기슭, 살해 후 대충 흙을 덮은 것으로 보인다. ⓒ 심규상

 그런데 유해 발굴작업을 하고 있는 곳은 정부기관이 아닙니다. 민간단체입니다. 유족회도 포함돼 있습니다. '한국전쟁기 민간인학살 유해발굴공동조사단'(발굴단장 박선주 충북대 명예교수,고고미술사학과·체질인류학)으로 4.9통일평화재단, 민족문제연구소, 민주사회를위한변호사모임, 민주화운동정신계승국민연대, 여수지역사회연구소, 역사문제연구소, 역사정의실천연대, 이내창기념사업회, 인권의학연구소·김근태기념치유센터, 인권재단사람, 장준하기념사업회, 제주4·3희생자유족회, 태평양전쟁피해자보상추진협의회, 평화디딤돌, 포럼진실과정의, 한국전쟁유족회 등이 참여하고 있습니다. 자원봉사자와 시민의 후원으로 유해를 발굴하고 있습니다.

 "이명박 정부와 박근혜 정부에 이르기까지 아무런 조치도 취하고 있지 않습니다. 국가가 피해자와 유족들에게 마땅히 가져야 할 법적·정치적 책임은 고사하고 최소한의 윤리적 책임조차 지지 않는 태도에 우리는 실망을 넘어 분노를 금할 수 없습니다.(...)국가가 저지른 잘못을 국가가 나서서 바로잡는 일은 매우 상식적인 요구이자, 절대적인 명령이기도 합니다."

 지난 2014년 유해발굴공동조사단을 결성하며 민간단체는 정부와 국회를 향해 "불행했던 역사를 기억하고 치유하자"며 이같이 호소했습니다.

★정부-지자체, 가해자 오히려 '영웅' 대접

【写真】강병현 진주유족회장이 정부차원의 유해발굴을 요구하고 있다.  ⓒ 심규상

 하지만 경남 진주시 명석면 용산리(제 1차 유해발굴), 대전 산내 골령골(제 2차 유해발굴), 충남 홍성군 광천읍 담산리(제 3차 유해발굴)에 이어 지금의 4차 유해발굴(명석면 용산리)에 이르기까지 정부와 국회는 묵묵부답입니다.
 오히려 국가보훈처는 제주 4.3 민간인과, 보도연맹원, 형무소 재소자를 무참히 살해하거나 지시한 민간인 학살의 책임자 중 한 명인 '송요찬'에 대해 '전쟁 영웅'이라며 선양사업비(2억 7000만원)를 청양군에 지원하기로 했습니다. 충남도 또한 예산(1억 4000만 원)을 지원할 계획입니다.
 반면 2월 임시국회에서 기대를 모았던 중단된 유해발굴 등 희생자 진실규명을 위한 관련법안(진실화해법) 통과는 여전히 요원한 상태입니다.

★민간단체 주도 유해발굴 언제까지?
 국방부는 국군 전사자 유해발굴 작업을 17년째 벌이고 있습니다. 민간단체들은 국군 유해와 함께 정부의 잘못된 공권력 행사로 억울하게 살해된 민간인 희생자의 유해를 발굴하자는 제안도 했습니다.
 25일 유해발굴 현장에서 만난 강병현 한국전쟁전후진주민간인피학살자유족회 회장은 말합니다.
 "민간시민단체의 유해발굴이 이번 진주 용산고개 발굴이 마지막이 되었으면 합니다. 억울하게 부모형제를 잃은 것도 서러운데 유해마저 민간단체와 유가족들이 알아서 수습해야 합니까? 남아 있는 민간인 유해발굴은 가해자인 정부의 몫입니다."
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「晋州保導連盟員集団虐殺、韓国戦争当時軍・警よるものであったこと確認」

2017年03月23日 | 韓国で
http://www.vop.co.kr/A00001127894.html
「민중의소리」 발행 2017-02-28 09:35:33 구자환 기자 hanhit@vop.co.kr
■진주 보도연맹원 집단학살, 한국전쟁 당시 군·경에 의한 것으로 확인
 공동조사단 유해발굴 결과 카빈소총과 45구경 권총 및 M1 실탄 탄두 나와

【写真】진주시 명석면 용산고개에서 발굴된 유해들. ⓒ구자환 기자

 한국전쟁 당시 국민보도연맹원 등 민간인이 학살된 것으로 알려진 진주시 명석면 용산고개의 가해자는 국군과 경찰인 것으로 드러났다.
 한국전쟁 민간인학살 유해발굴 공동조사단(단장 박선주 충북대 명예교수)은 28일 “희생자는 경찰 등이 갖고 있던 카빈소총과 국군이 사용하는 45구경 권총 및 M1 등에 의해 사망했으며, 일부는 확인 사살되었을 가능성도 큰 것으로 확인했다”고 밝혔다.
 또, “이번 발굴한 용산고개 2지점에서는 최소 27구가 매장되어 있고, 안경, 버클, 탄두, 단추, 고무줄, 의치 등 총 31점의 유품이 나왔다”며, “유해는 매장지의 습도와 산성도가 높아 보존 상태는 매우 좋지 않았다”고 밝혔다.
 이번 조사지역은 진주지역에서 가장 많이 학살된 곳인 진주 명석면 용산리 산 425-1 용산 고개(일명 용산치)에 자리한 5개 학살 지점 중 한 곳이다. 유해매장지는 동서로 이어지는 산기슭에 15x8m 정도의 경사를 이루고 있다.
 공동조사단은 “확인 결과 유해는 산등선과 같은 방향으로 이어져 묻혀 있었다”며, “북남방향으로 8m, 동서 방향으로 2m, 깊이 0.5m 정도의 범위에서 유해들이 출토되었는데 유해는 주로 양 옆 부분에 모여 있었다”고 밝혔다.
 이 지점에서 학살된 이들은 대부분 남자 어른으로 추정된다. 특히 안경과 버클 등의 유품으로 볼 때 지식인도 다수 포함된 것으로 보인다. 공동조사단은 현재 드러난 유해 아래로 한 겹의 유해들이 있을 가능성이 있을 것으로 보고 미발굴 유해가 있는지 더 조사할 예정이다.
 공동조사단은 “한국전쟁 당시 희생된 유해들이 아직도 전국 곳곳에 방치되고 있지만 국가는 피해자와 유족들에게 마땅히 지켜야할 국가적 책무인 법적· 정치적 책임은 고사하고 최소한의 윤리적 책임조차지지 않고 있다”며, “민간차원에서라도 먼저 아픈 역사의 진실을 밝히고 그 상처를 치유하는 일에 나서고 있다”고 정부차원의 유해발굴을 촉구하기도 했다.

【写真】진주시 명석면 용산고개 유해발굴 현장 모습. ⓒ구자환 기자

★진주 국민보도연맹원과 형무소 재소자 2,000여명 군경에 의해 학살
 당시 목격자들에 의하면 용산고개 3개 골짜기 5개 지점에 718구의 시신을 매장된 것으로 전해지고 있다.
 진주형무소는 전쟁 당시 1,000여 명의 재소자가 수감되어 있었고, 대부분 좌익사범이었다. 이들 재소자는 1950년 7월 중순에서 진주경찰서가 후퇴하기 전날인 26일까지 진주지구 CIC, 진주지구 헌병대, 진주경찰서, 진주형무소 형무관 등에 의해 명석면 우수리 갓골, 관지리 화령골짜기 등 여섯 곳에서 집단 학살됐다.
 또한, 1950년 7월 15일경부터 국민보도연맹원들이 소집되거나 연행되어 진주경찰서 유치시설과 진주형무소와 대한통운 창고에 감금되었다가 진주 명석면 관지리, 용산리, 우수리 등지, 문산읍 상문리, 마산 진전면 여양리 등에서 희생되었다. 진주형무소로 연행된 국민보도연맹원들은 진주뿐 아니라 산청, 하동, 의령 등 인근 지역 주민도 있었다.
 진실화해위원회 조사결과 가해집단은 진주 CIC파견대(대장 탁성록)와 헌병대(5사단 진주지구 헌병대장 윤기옥), 진주경찰서, 진주형무소 특공대 인 것으로 나타났다.
 미군폭격사건과 부역혐의 사건을 제외한 진주형무소 재소자와 국민보도연맹원은 1,300명~2,000여 명일 것으로 판단된다.
 이번 4차 유해발굴에는 박선주 충북대 명예교수가 총괄지휘를 담당했고, 노용석 부경대 교수와 강병현 진주유족회장이 자문위원을 맡았다.
 또, 4.9통일평화재단 안경호 사무국장이 총괄조사원을 맡았고 조동문, 임영순, 홍수정, 임영순, 송장건, 김영환, 오승래, 김나경, 길가은, 김소현, 이나현, 홍성예 씨 등이 현장발굴을 담당했다. 그리고 한중경, 김병구씨가 지원팀을 맡았고, 강혁민, 김영희, 윤정하, 황미정, 채승언, 성현빈, 평화디딤돌 외 다수 시민들이 자원봉사에 나섰다.
 앞서, 공동조사단은 지난 2014년 진주시 명석면 용산고개 1차 발굴을 시작으로 2015년 대전 골령골, 2016년 충남 홍성군 광천읍에서 한국전쟁을 전후해 학살된 민간인의 유해발굴을 한 바 있다.

【写真】발굴팀이 유해발굴 작업을 하고 있다. ⓒ구자환 기자
【写真】진주시 명석면 용산고개에서 발굴된 민간인의 유품. ⓒ구자환 기자
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「晋州で6・25戦争時に虐殺された民間人の遺骸27体発掘」

2017年03月22日 | 韓国で
http://media.daum.net/m/channel/view/media/20170228151728360
「뉴시스」입력 17.02.28. 15:17 정경규
■진주서 6·25전쟁때 학살 민간인 유해 27구 발굴
 공동조사단 2차 유해발굴 현장설명회

【写真】정경규 기자 = 한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단 박선주 단장은 28일 경남 진주시 명석면 용산리 용산고개 한국전쟁때 민간인 집단 학살 2차 유해발굴 현장에서 설명회를 갖고있다. 공동조사단은 이날 민간차원의 2차 발굴작업에서 최소 27구의 유해를 발굴했다고 밝혔다. 2017.02.28. jkgyu@newsis.com

【진주=뉴시스】정경규 기자 = 경남 진주에서 진행한 한국전쟁때 집단 학살당한 민간인 유해 2차 발굴작업에서 최소 27구의 유해를 발굴했다.
 한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단은 28일 진주시 명석면 용산리 용산고개 발굴현장에서 설명회를 열고 유해 발굴작업 결과를 설명했다.
 공동조사단은 지난 24일부터 28일까지 발굴조사를 벌여 이곳은 습도와 산성도가 높아 유해 보존상태가 매우 나쁜 상태의 유해 27구가 매장돼 있었다고 밝혔다.

【写真】정경규 기자 = 한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단 박선주 단장이 28일 경남 진주시 명석면 용산고개에서 한국전쟁때 민간인 집단 학살지 2차 유해발굴 현장에서 현장설명회을 하고있다. 2017.02.28. jkgyu@newsis.com

 머리뼈 부분을 제외하고 대부분 사지 뼈만 남아 있는 상태를 고려하면 최소 27구의 시신이 매장됐을 것으로 조사단은 추정했다.
 또 완전한 사지 뼈가 없어 키를 추정하기 어렵지만 뼈 굵기와 크기 등을 고려하면 남자 어른의 유해일 것으로 추측했다.
 안경과 버클, 탄두, 단추, 고무줄 등 모두 32점의 유품도 나왔다.

【写真】정경규 기자 = 한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단이 지난 24일부터 28일까지 경남 진주시 명석면 용산리 용산고개에서 발굴한 27구의 유해를 안치할 임시 컨테이너 모습이다. 2017.02.28. jkgyu@newsis.com

 희생자들은 경찰 등이 갖고 있던 카빈총과 국군이 사용하는 45구경 권총 및 M1 등에 의해 사살됐으며 일부는 확인사살됐을 가능성도 크다고 공동조사단은 추정했다.
 공동조사단장인 박선주(충북대 고고미술사학과)명예교수는 "버클과 단추 등이 발견된 것으로 미뤄 희생자들은 당시 사회적 신분이 있는 민간인으로 추정된다“며 ”유해에는 경찰과 군인이 사용하던 카빈총과 권총 탄두가 발견돼 가해자는 경찰과 군인인 것으로 파악한다"고 설명했다.
 공동조사단은 유해와 유품 상태를 분석하고 증언들을 종합한 결과 희생자들 대다수는 '진주지역 보도연맹사건 희생자'로 추정한다고 밝혔다.

【写真】정경규 기자 = 한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단은 28일 경남 진주시 명석면 용산리 용산고개 민간인 집단 학살 2차 유해발굴 현장 설명회를 가졌다. 2017.02.28. jkgyu@newsis.com

 또 이곳을 포함해 6·25전쟁 당시 용산리 골짜기 3곳에 걸쳐 모두 5곳에 718구의 시신을 매장했다고 마을주민들이 증언하고 있다.
 발굴현장에선 군인과 경찰에 의해 주민 수백여명이 희생된 것으로 알려졌다.
 공동조사단은 이번 발굴작업에서 찾은 유해를 감식하고 나서 발굴현장 인근의 컨테이너에 안치할 계획이다.

【写真】정경규 기자 = 한국전쟁기 민간인 학살 유해발굴 공동조사단 박선주 단장은 28일 경남 진주시 명석면 용산리 용산고개 한국전쟁때 민간인 집단 학살 2차 유해발굴 현장에서 설명회를 갖고있다. 공동조사단은 이날 민간차원의 2차 발굴작업에서 버클 등 유품 32점이 출토됐다고 밝혔다. 2017.02.28. jkgyu@newsis.com

 현재 발굴현잘 인근 컨테이너에는 2004년 옛 마산시 진전면 여양리에서 발굴된 진주지역 민간인 유골 163구, 2014년 2월 진주시 명석면 용산고개에서 1차로 발굴한 35구도 함께 안치돼 있다.
 공동조사단은 앞으로 미발굴 유해가 더 있는지 확인해 추가 발굴작업 및 안치계획을 세울 계획이다.
 한국전쟁 전후 진주 민간인 희생자유족회 강병현 회장은 "한국전쟁 전후해 민간인들이 뚜렷한 이유없이 죽임을 당한 채 이름 모를 산야에 버려졌다"며 "국가권력에 의해 억울하게 희생된 분들의 유해를 수습해 적절한 장소에 안치해 피해자와 유족의 한을 조금이나마 풀 수 있고 이들 통해 국가가 국민에 대한 책임과 의무가 무엇인지를 되새겨 보는 계기가 되기를 바라는 마음이다"고 말했다.
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