三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

「朝鮮報国隊」にかんする真相糾明

2013年03月10日 | 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会
 3月5日午前10時に、紀州鉱山の真実を明らかにする会のキム チョンミさんと佐藤正人が、太平洋戦争被害補償推進協議会の李熙子さんと、対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者支援委員会(前、日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会)を訪問し、朴仁煥委員長、李炯基事務局長と話し合いました。金正泰企画総括課長と鄭惠瓊委員と許光茂委員が同席しました。
 訪問の主目的は、2012年12月21日付けで紀州鉱山の真実を明らかにする会が同委員会に送った質問状の回答を求めることでした(質問状の全文は、このブログの2012年12月23日、12月24日の「『京郷新聞』記事「日帝強制動員犠牲者遺族、中国海南島追悼巡礼」について」1、2を、『京郷新聞』の記事全文は、2012年12月25日の「『京郷新聞』記事「日帝強制動員犠牲者遺族、中国海南島追悼巡礼」について」3をみてください) 。
 この質問状について、朴仁煥委員長も李炯基事務局長も確認していないとのことでしたが、鄭惠瓊委員は、“受け付けたと聞いたが、自分の課の処理内容ではないので、その後は知らない”と話しました。
 それを聞いた朴仁煥委員長は、紀州鉱山の真実を明らかにする会の質問状を担当部署に確認させ、3月5日付で、あらためて質問状を受け付けたことにしたいといいました。
 この日、2時間ほどの話し合いの席で、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、つぎの3つのことを委員会に求めました。朴仁煥委員長は、必ず応えることを約束しました。
 1、2012年12月21日付、紀州鉱山の真実を明らかにする会の委員会あて質問状に速やかに回答してほしい。
 2、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、日本政府・日本軍が海南島に「朝鮮報国隊」の隊員として強制連行した朝鮮人にかんする真相糾明調査を申請をしたが、その調査結果について報告してほしい。報告書が出せないなら、その理由を明らかにしてほしい。
 3、2012年5月の「海南島追悼巡礼」の参加者(遺族)全員に、紀州鉱山の真実を明らかにする会の面会したいという意思を伝えてほしい。面会を了解してくれた人の連絡先を、紀州鉱山の真実を明らかにする会に知らせてほしい(この連絡担当は金正泰企画総括課長)。
                                         佐藤正人


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2011年秋、韓国で 4

2011年10月11日 | 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会
 きのう(10日)ときょう、対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者等支援委員会で「資料」を閲覧しました。
 わたしたちは、2004年11月10日に日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会が活動を開始してからまもなく、崔鳳泰事務局長などと「朝鮮村」の遺骨の「発掘」などについて話し合っていらい、10回ほど日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会を訪ねました(このブログに2009年5月13日から26回連載した「日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会との「交流」」や2010年3月11日に掲載した「韓国で  2010年1月末~2月初め」などをみてください)。
 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会は、2010年3月22日に、太平洋戦争前後国外強制動員犠牲者支援委員会とともに廃止されて、対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者等支援委員会となりました。
 きのうときょう、朝から午後6時の閉館時まで、「朝鮮報国隊」に入れられていた人たちについての「記録」とデータベース化されている1993年に日本政府が韓国政府にようやくわたした「軍人軍属名簿」を閲覧しました。
 こんかい閲覧した「軍人軍属名簿」は、日本海軍に「動員」された人たちの名簿で、10万7千人あまりの人が記録されています。この10万7千人あまりの人たち以外にも「動員」された人がいたと思われますが、「真相」は不明です。
 データベース化されてはいますが、たとえば「海南島」や「海南」で検索してもすぐに当該記録が一覧形式で表示されるわけではなく、一人ひとりの記録をみていかなければなりません。
 どんなに急いでも、1時間に500人の人の「記録」をみるのがせいいっぱいです。
 きのうときょうの2日間で、5000人ほどの人の「記録」をみましたが、そのなかで、海南島に「動員」されていた人は150人ほどでした。
 この150人ほどの人たちの「記録」から、海南島におくられた朝鮮人について、これまではっきりしなかった事実を明らかにすることができました。
 きのう朝、対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者等支援委員会の朴聖圭事務局長に会って、「朝鮮村」の現状やの裁判の状況などを話しました。朴聖圭さんは、「朝鮮村」で「展示」されていた遺骨が紛失した問題について、在広州韓国総領事館に調査してもらうと言いました。
 朴聖圭さんから、2010年3月28日の除幕集会に寄せられたメッセージは、『紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑除幕集会 報告と記録』に掲載してあります。

                                   佐藤正人
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日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会との「交流」26

2009年06月07日 | 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会
 2003年2月に大統領がかわったので、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、2003年5月5日に、盧武鉉大統領に、1年前の2002年6月20日付け韓国外交通商部東北亜1課外務官の返信内容を、早く実現してほしいと、つぎのような書簡を送って要請しました。


 わたしたちは今年3月24日から4月6日まで、海南島で「現地調査」をおこないました。これは、1998年6月いらい、6回目の「現地調査」でした。
 5回目の海南島「現地調査」は、昨年10月におこないました。このときの「調査」は、韓国挺身隊研究所の海南島「現地調査」に、わたしたち紀州鉱山の真実を明らかにする会が協力したものです。 
 韓国挺身隊研究所が海南島・沖縄における朝鮮人軍隊性奴隷について調査するというプロジェクトに韓国女性部が支援し、この「調査」がすすめられました。その報告書は、昨年12月に韓国女性部から出されています。
 昨年の韓国外交通商部東北亜一課からの返信以来、1年が過ぎました。その後、返信で言及されている “韓国人遺骨に対する全体的な調査・発掘計画” を韓国政府がどこまで進めたのかを知りたいと考え、わたしたちは、4月8日に韓国外交通商部東北亜一課を訪ねたところ、キムヨソッソプ氏は海外勤務だということで、業務を引き継いだイサンニョル氏と会いましたが、具体的な作業が進められていないことを知りました。
 韓国では、独立運動や民族運動に参加した人たちとその遺族にたいしては、韓国国家報勲処をつうじて、手厚く配慮されていると聞いています。日本の植民地下朝鮮において、「朝鮮報国隊」として海南島に送られた人たちは獄中に捕らわれていた人たちでしたが、多くのばあい「軽犯罪」を起こしたとして捕らわれることになった思われます。
 2001年4月、韓国で、「朝鮮報国隊」のうち、幸いに故郷に帰ることができた3人の方がたに、わたしたちは当時の体験を聞かせていただきました。
 この方たちの証言と、幸いに故郷に帰ることができ、“仮釈放”された217人の書類(朝鮮総督府行刑課京城刑務所制作。ソウルの韓国政府記録保存所に保管されている)に記載されている内容から推測すれば、「朝鮮報国隊」に入れられた方がたは、民族の尊厳を否定され、生活の手段をもつことができず、生き抜くためにいたしかたなく、些細な「事件」をおこしたか、あるいは「事件」そのものが民族差別によって引き起こされたものであったり、あるいは民族差別にもとづく不当な裁判で刑を課せられた場合が多かった、と思われます。
 植民地下朝鮮で、「朝鮮報国隊」に入れられた人たちもまた、独立運動や民族運動に参加した人たちと同じく、19世紀末から20世紀中半にかけて朝鮮民族が体験した歴史とともにあったのです。かれらは、植民地朝鮮の矛盾を身に背負わされ、このような悲惨な運命を強いられたのです。この方たちが遺骨となって、約60年間、打ち捨てられたままです。当然にも、この歴史的責任は、日本政府が負うべきなのは、いうまでもありません。しかし、さしあたって、この方たちの復権を、韓国政府が考慮しないで誰ができるのでしょうか。

 現在まで聞いた証言によれば、海南島には、「朝鮮村」だけでなく、他の数箇所でも朝鮮人が埋められていると思われます。多数の朝鮮人が虐殺され埋められたために付近の住民が名づけた「朝鮮村」には、約50メートル×150メートルの広さにわたって、朝鮮人の遺骨が埋められていると考えられます。
 「朝鮮村」をふくめ、海南島各地に埋められている朝鮮人遺骨の調査・発掘は、一市民団体ができるものではなく、韓国政府が具体的に立案し、実行することによってこそ可能になるものと考えます。
 しかし、そのためには、関連予算策定などが必要であり、ただちに着手できないのはやむをえないでしょう。
 そこで、わたしたちは、さしあたり、つぎの2点にかんして、韓国政府にお願いしたいと思います。

 1、遺族が高齢化し、南方に位置する海南島の気候のために、海南島各地に埋められている朝鮮人遺骨の発掘は急を要します。
   それで、わたしたちは、来年2004年2月に、「朝鮮村」の数体の遺骨だけでも発掘し、死因を特定し、埋葬の状況などを調査する予定です。
   この発掘・調査に要する費用を補助していただけないでしょうか。
   内訳:
    ①専門的鑑定人(法医学者、現代考古学者など)の海南島渡航費・滞在費、および鑑定に必要な諸経費など。
    ②「発掘」のための諸経費など(表層土を取り除く労賃など)。

 2、日帝時代、朝鮮の刑務所から海南島に連行され、幸いに故郷に帰ることができて「仮釈放」された人たち217人分の書類(朝鮮総督府行刑課京城刑務所作製)は、ソウルの韓国政府記録保存所に保管されています。
   しかし、2000人を越えると考えられる「朝鮮報国隊」(「南方報国隊」ともいわれました。海南島に連行された人たちにつけられた名称)の名簿は発見できていません。したがって、「朝鮮村」に埋められている人たちの名前は、ひとりとして明らかになっていません。
   わたしたちはこれまで、韓国政府記録保存所をはじめ、日本東京にある日本防衛図書館、矯正図書館(日本の行刑関係の資料が保管されている)などを調査しましたが、発見できていません。 
   この名簿を所蔵している可能性があるのは、日本の厚生労働省あるいは法務省です。
   ご存知のように、日本の官庁は、このような名簿の捜索にかんしてまったく非協力的であり、また、実在していても、隠匿あるいは非公開の立場をとっているので、わたしたちが見ることはむずかしいと考えられます。
   1991年に、盧泰愚大統領が日本政府に要求し、韓国に渡された軍人、軍属、被連行者の名簿も、日本では公開されていません。
   そこで、韓国政府が、日本政府にたいして、一日も早く「朝鮮報国隊」(「南方報国隊」)として海南島に送った人たちの名簿を捜索して韓国に引き渡すように、強硬に要求してください。

 以上、ご検討いただければありがたいです。ご返事をお待ちします。
              2003年5月5日
                    紀州鉱山の真実を明らかにする会


 この紀州鉱山の真実を明らかにする会の要請にたいして、2003年11月12日付の韓国外交通商部長官名の公文書で回答がありました。
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日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会との「交流」25

2009年06月06日 | 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会
 2002年4月17日に金大中大統領に紀州鉱山の真実を明らかにする会が送った要請文にたいして、6月20日にキムヨソップ韓国外交通商部東北亜1課外務官からメールで送られてきた返信の主要部の日本語訳文はつぎのとおりです。

 3、日帝時代に強制徴兵・徴用で連行された韓国人は数十万人にのぼり、このうちの相当数が祖国に帰れず、海外で犠牲になったものと推定されます。
   これら遺骨の韓国への奉還は、貴下の要請のとおり、国家的次元で、わが国の政府によって遂行するべき課題だと判断します。
   このために、海外に散在する遺骨の所在の調査、および発掘作業が先行されなければなりませんが、現在では、関連予算の不在などにより、これに着手することができない実情です。

 4、貴下が要請した中国海南島「朝鮮村」に埋められている遺骨の解剖(ママ)は、上記したように、まず海外所在韓国人遺骨にたいする全体的な調査・発掘の計画が樹立されたあと、同計画の一環として検討され可能になるものと思われますが、われわれとしては、今後関連予算の確保のためにさまざまな努力を傾注しつづける予定であることをお知らせします。
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日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会との「交流」24

2009年06月05日 | 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会
 2002年4月17日に金大中大統領に紀州鉱山の真実を明らかにする会が送った要請文にたいして、6月20日にキムヨソップ韓国外交通商部東北亜1課外務官からつぎのような返信がありました。

  1. 귀하께서 2002.4.29(월) 대통령비서실에 접수시킨 민원(제204-1076호)에 대한 회신입니다.
  2. 먼저 귀하께서 일제의 강제징용 등으로 해외에서 억울하게 희생된 분들의 유골 봉환문제에 깊은 관심을 갖고 있는데 대하여 감사의 말씀을 드립니다.
  3. 일제시대에 강제징병.징용으로 연행된 한국인들은 수십만명에 이르며 이들중 상당수는 조국으로 돌아오지 못하고 해외에서 희생된 것으로 추정되는 바, 이들의 유골의 한국으로의 봉환은 귀하의 요청과 같이 국가적 차원에서 우리 정부에 의하여 수행되어야 할 과제라고 판단됩니다.
   이를 위하여는 해외에 산재한 유골의 소재 조사 및 발굴작업이 선행되어야 할 것인 바, 현재로서는 관련예산의 부재 등으로 이에 착수하지 못하고 있는 실정입니다.
  4. 귀하께서 요청하신 중국 해남도 '조선촌'에 묻혀 있는 유골의 해부는, 상기와 같이 먼저 해외소재 한국인 유골에 대한 전체적인 조사.발굴 계획이 수립된 이후에 동 계획의 일환으로서 검토 가능할 것으로 보이는 바, 우리부로서는 금후 관련예산의 확보를 위하여 계속 모든 노력을 경주해 나갈 예정임을 알려드립니다.
  5. 귀하의 건승을 기원합니다.

         외교통상부 동북아1과 외무관 김요섭
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日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会との「交流」23

2009年06月03日 | 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会
【金大中大統領への要請文(2002年4月17日) 3】

■韓国政府へのお願い
 「朝鮮村」の中の犠牲者が埋められている場所は非常に広く、一市民団体や、一会社で何とかできるものではありません。また、「朝鮮村」の歴史的成立過程から考えて、一民間会社が管理をすべきものでもないと考えます。
 根本的には、「朝鮮村」に埋められている犠牲者たちは、日本の植民地となった朝鮮民族の受難の歴史とともにあるということです。
 「朝鮮村」の遺骨を発掘し、死因を特定し、ひとりでも、その遺骨の身元を明らかにし、息子あるいは夫あるいは父が、どこで、どのようにして亡くなったかも知らないであろう家族のもとに、遺骨を返すことは、韓国政府がすべきことではないでしょうか。
 もちろん、「朝鮮村」における虐殺について、第一に責任を問われなければならないのは、日本政府です。しかし、日本政府にそれを要求している間に、遺骨は、崩壊していくでしょう。海南島は1年を通して、非常に蒸し暑いところです。専門家によれば、発掘され、空気に触れた遺骨や副葬品は、たちまち、崩壊していくだろうということです。

 わたしたちは、つぎの2点を韓国政府にお願いしたいと思います。
 1、「朝鮮村」に埋められている人たちの遺骨を、死因を特定するために解剖してほしい。全部は無理でも、何体かでも。
 2、「朝鮮村」の遺骨の処遇を、国家プロジェクトとして考えてもらいたい。

 このことについて、韓国政府が関与してくださるなら、わたしたち紀州鉱山の真実を明らかにする会は、協力を惜しみません。

 日本人は、自分たちの侵略の歴史を直視しようとせず、またかつて直接の加害行為にかかわった世代の日本人のおおくは、それを隠したまま、死んでいこうとしています。現在の日本の右傾的な政治・社会状況から考えて、日本の侵略史を総体として明らかにすることは、今後いっそう重要になっていくだろうと思います。
 わたしたちは、1945年当時の住所をたよりに、紀州鉱山に強制連行された人たちを訪ねて韓国に数回行きました。そのとき、地方の洞事務所や面事務所や市庁の民願係にとてもお世話になりました。
 大統領がこの手紙を直接読まれるかどうかわかりませんが、青瓦台の民願係にお送りしてみます。
 わたしたちの会の活動についても報告しましたのは、わたしたちの会の趣旨を知っていただきたいからです。わたしたちの会は、会員の会費で運営され、会員には日本人も朝鮮人もいます。
 わたしたちは、5人で、第4回海南島「現地調査」で、3月20日~4月5日まで海南島にいってきたばかりです。発掘された遺骨のうち数体は、身元も明らかにされないまま、ガラスケースにいれられ、訪れる人たちの目にさらされています。これは、非業に死んでいった彼らが望んでいることとは思えません。
 以上、簡略に「朝鮮村」について、現段階での調査・研究結果と現在の状況を書き記すとともに、わたしたちのお願いを書きました。そして、ご参考になればと考え、KBSとMBCのドキュメンタリー、わたしたちの海南島調査報告・論文等をいっしょにお送りします。
 ご多忙かと思いますが、よろしくご検討のうえ、ご返事をお待ちします。

■添付資料
1、 三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允氏・相度氏)の追悼碑を建立する会『会報』25号(1997年3月16日)、26号(1997年10月19日)、28号(1998年10月18日)、31号(2000年3月19日)、32号(2000年10月20日)、33号(2001年3月30日)。
2、紀州鉱山の真実を明らかにする会(金靜美、佐藤正人)「海南島 1998年夏――田独万人坑・石碌万人坑・八所万人坑・朝鮮村」、『パトローネ』35号、写真の会パトローネ、1998年10月。
3、紀州鉱山の真実を明らかにする会(金靜美、佐藤正人、斎藤日出治)「海南島 2000年春――朝鮮村・后石村・大坡村・羊角嶺水晶鉱山――」、『パトローネ』42号、2000年7月。
4、紀州鉱山の真実を明らかにする会(金靜美、佐藤正人)「海南島 2001年1月――海南島駐屯日本海軍第16警備隊に虐殺された朝鮮人の遺骨が「発掘」された――」、『パトローネ』45号、2001年4月。
5、김정미「일본점령하중국海南島에서의강제노동」、朴慶植先生追悼論文集 『近現代韓日関係와在日同胞』서울大学校出版部、1999年8月。
6、金靜美「日本占領下の海南島における強制労働――強制連行・強制労働の歴史の総体的把握のために――」①・②、『戦争責任研究』27・28、日本の戦争責任資料センター、2000年3月・6月。
7、金靜美「日帝期  의 強制連行 問題에 관하여」、『各国의 歴史教科書에비친過去清算問題』国際教科書研究所(2000年5月23日~24日, 서울에서 열린 第9次国際歴史教科書学術会議(主催、国際教科書研究所)에서의 報告)。
8、佐藤正人「日本占領下の海南島における朝鮮人虐殺――アジア民衆共同の東アジア近現代史認識をめざして」、『亞細亞諸國의 歷史科書에 비친 抗日運動』国際教科書研究所(2001年10月23日~24日上海에서 열린 第10次国際歴史教科書学術会議(主催、国際教科書研究所)에서의 報告)。
9、韓國KBS“해남도에 묻힌 조선의 魂”(1998年8月31日放映)。
10、韓國MBC“하이난섬의 大虐殺”(2001年3月1日放映。3・1独立運動紀念特別다큐멘터리)。
11、김정미 紀州鑛山으로의 조선인 강제연행 강제노동의 사실추구의 과정에서 구술자료로 복원하는 강제연행의 역사 2001년 12월 19일 서울에서 열린 제1회 2001년도 구술자료수집결과 보고회에서의 보고。
12、金靜美「国民国家日本の他地域・他国における暴力――海南島の場合」、『洪鍾先生退任記念論文集』白山出版社、2002年4月。
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日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会との「交流」22

2009年06月02日 | 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会
【金大中大統領への要請文(2002年4月17日) 2】

 現在、南丁村には、多数の遺骨が埋められています。これらの遺骨は、「朝鮮報国隊」として海南島に連行された朝鮮人のものと考えてまちがいないと思われます。そして、その場所は、周辺の黎族住民によって、「朝鮮村」と名づけられています。
 海南島に連行され、非常に幸いに帰郷できて仮釈放された人たち217人分の書類(朝鮮総督府行刑課京城刑務所作製)は、ソウルの韓国政府記録保存所に保管されています。
 「朝鮮報国隊」であった何人かの方に、韓国でお会いして当時のお話を伺うことができました。その方たちの証言によれば、海南島に行くことはあらかじめ知らされず、刑期が短縮されるというのが、海南島行きの条件だったようです。
 しかし、海南島に連行された獄中者の名簿は、発見することができていません。すなわち、「朝鮮村」に埋められている人たちの名前を、ひとりとして明らかにできていないのです。
 韓国ではこれまでこの「朝鮮村」について、『朝鮮日報』や『仏教新聞』などでも報道され(『朝鮮日報』や『仏教新聞』など)、テレビ局2社がドキュメンタリーを制作しました(KBS制作「海南島に埋められた朝鮮の魂」1998年8月31日放映。MBC制作「ハイナン島の大虐殺」2001年3月1日放映)。
 わたしたち紀州鉱山の真実を明らかにする会では、この隠されてきた海南島での恐ろしい朝鮮人虐殺について、会員が、ソウルや上海で開かれたシンポジウムや論文で報告したりしています。
 今回こうして、金大中大統領にお手紙をお送りするのは、この「朝鮮村」の遺骨について、なんとかしていただけないかと思うからです。
 「朝鮮村」では、1998年7月に、KBSがドキュメンタリー制作時に数体の発掘をし、遺骨の存在を確認したあと、埋め戻しました。2001年1月には、海南島で農業経営をしている韓国人の信宇会社が大規模な発掘をし、1月12日~2月11日までで、100体をこえる遺骨を発掘し、遺骨とともに、薬きょう、日本軍のものと様式が酷似した「軍隊手帳」、ボタン、布きれ、金歯などが出てきました。現在、「朝鮮村」は、信宇会社が管理をしていることと思います。
 わたしたち紀州鉱山の真実を明らかにする会では、海南島や「朝鮮村」について調査・研究を始めていたので、KBSとMBCからの協力依頼には応じ、前者の時には、会員が日本取材時のコーデユネーターをし、後者の海南島取材時には同行しましたが、発掘作業に直接関わりませんでした。
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日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会との「交流」21

2009年06月01日 | 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会
 2002年4月17日に、金大中大統領に、紀州鉱山の真実を明らかにする会が送った要請文の日本語訳文を3回にわけて掲載します。


【金大中大統領への要請文(2002年4月17日) 1】

 わたしたちは日本で、1945年8月以前に日本によって朝鮮から強制連行され強制労働させられた人たちの調査・研究をしています。
 ごぞんじかと思いますが、日本の各地で、朝鮮から強制連行された人たちが鉱山、道路・ダム・港湾などの建設現場で強制労働によって苦しめられたにもかかわらず、日本では、地域史でほとんどふれられず、ふれられていたとしても、事実がありのままに記述されているとはいいがたい現状です。

■紀州鉱山について
 三重県南牟婁郡紀和町にある紀州鉱山には(石原産業産業株式会社経営、銅鉱山)、1940年代初から1000人を越える朝鮮人が朝鮮から強制連行されていました。
 わたしたちは、1997年に、‘紀州鉱山の真実を明らかにする会’をつくり、紀州鉱山における朝鮮人強制連行・強制労働について、調査してきました。
 1946年に紀州鉱山事業所が作製した朝鮮人の名簿を入手し、そこに記載されている住所をもとに、1996年10月、同12月、1997年5月、1998年8月に、韓国の江原道と慶尚北道を訪ね、紀州鉱山に強制連行され、幸いに故郷に帰ることができた方がたにお会いし、話しを聞かせていただくことができました。

■中国海南島の「朝鮮村」について
 紀州鉱山の真実を明らかにする会では、さらに石原産業の朝鮮人強制連行について調査をすすめ、石原産業が、中国海南島でも、1939年2月10日の日本軍の海南島占領直後から、朝鮮人を強制労働させていたことを知りました。
 そして、石原産業が海南島で経営していた田独鉱山における強制労働を調査する過程で、日本の海南島占領の時期(1939年2月10日~1945年日本の敗戦まで)に、日本軍や日本企業によって、田独鉱山以外にも、海南島各地の軍事施設建設、港湾建設、鉄道工事、鉱山などに、多数の朝鮮人だけでなく、海南島住民(先住民族黎族・苗族、漢族、回族)や、中国本土の広州・汕頭・潮州・香港などから連行された漢族、また、イギリス軍・オーストラリア軍などの戦争捕虜、台湾人などが、多数、強制労働に苦しめられたことを知りました。
 これまでの4回(1998年6月~7月、2000年3月~4月、2001年1月、2002年3月~4月)にわたる海南島での調査と、韓国での聞き取り、韓国と日本での文書資料の調査などによって、現在まで、おおよそ次のようなことが明らかになりました。

 1、朝鮮人と台湾人は、朝鮮と台湾の刑務所から強制連行された獄中者たちであった。
   かれらは、「朝鮮報国隊」、「台湾報国隊」と名づけられていた。
 2、「朝鮮報国隊」は、「南方派遣報告隊」とも称され、日本軍の命令、管理のもとに、第1次から第8次まで編成された。
   第1次「朝鮮報国隊」の海南島出発は、1943年3月30日であった(「台湾報国隊」についても調査していますが、現在まで、詳しいことはわかっていません)。
 3、「朝鮮報国隊」が連行されたところは、海南島だけであった。
 4、海南島では、三亜飛行場、黄流飛行場、三才鎮后石村飛行場、英州鎮大坡村飛行場、八所港湾工事、三亜―八所間の鉄道工事(以上、日本軍の施設)、田独鉄鉱山(石原産業経営)、石碌鉄鉱山(日本窒素経営)、関連する土木工事(西松建設)などで、強制労働させられた。
 5、日本の敗戦前後のころまでに生き残っていた三亜市から遠くないところにいた「朝鮮報国隊」は、三亜市郊外にある南丁村に集められた。
 6、南丁村に集められた「朝鮮報国隊」は、全員が日本軍に虐殺された。その数は、1000名以上と推定される。
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日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会との「交流」20

2009年05月31日 | 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会
【金大中大統領に 3】

■한국정부에로의 부탁
 조선촌의 규모는 매우 크며 하나의 시민단체나 하나의 회사가 어떻게 할 수 있는 것이 아닙니다. 또 조선촌의 역사적 성립과정을 생각하니 하나의 민간회사가 관리를 할 수 있는 것이 아니다고 생각됩니다.
 근본적으로는 조선촌의 희생자들은 일본의 식민지로 된 조선민족의 수난의 역사와 함께 있다는 말입니다.
 조선촌의 유골을 발굴하고 사인을 특정하고 한분이라도 그 유골의 신원을 밝히고 아들 혹은 남편 혹은 아버지가 어디서 어떻게 돌아가셨는지도 모르는 가죽밑에 유골을 돌려 보내는 일은 한국정부가 해야 할 일이 아닌가 싶습니다.
 물론 조선촌에서의 학살에 대하여 첫째로 책임을 물어야 하는 상대는 일본정부입니다. 그러나 일본정부에 그것을 요구하는 동안에 유골은 헐어 져 갈 것입니다. 해남도는 1년을 통해서 아주 무더운 곳입니다. 전문가에 의하면 발굴되고 공기에 닿게 된 유골이나 부장품은 금방 붕괴해 간다고 합니다.
 저희들은 한국정부에 대하여 우선 다음의 두가지를 부탁드리고 싶습니다.
 1,조선촌에 묻혀 있는 분들의 유골을 사인을 특정하기 위하여 해부를 해 주시기 바랍니다. 전부는 무리라 해도 몇구라도 해 주시기 바랍니다.
 2,조선촌의 유골의 처우를 국가 프로젝트로서 생각해 주시기 바랍니다.

 이 일에 대하여 한국정부가 나서 주신다면 저희 紀州鑛山의 진실을 밝히는 회에서는 협력을 아끼지 않씁니다.

 일본인은 자기들의 침략의 역사를 바로 직시하려 하지 않으며 또 이전에 직접적으로 가해행위에 관여하였던 세대의 거의는 그것을 숨긴 채 죽어 가고 있습니다. 현재 일본의 우경적인 정치・사회상황을 생각하면 일본 침략사를 총체로서 밝히는 것은 앞으로 더욱 중요해 질 것이라 생각합니다.
 저희들은 1945년 당시의 주소를 가지고 紀州鑛山에로 강제연행된 분들을 찾아서 한국으로 몇차례 갔습니다. 그 때 지방의 동사무소나 면사무소나 시청의 민원계에 큰 도움을 받았습니다.
 대통령께서 이 편지를 직접 읽으실지 모르겠습니다만 청와대 민원계에 보내 볼렵니다.
 저희 모임 활동에 대해서도 보고한 것은 저희 모임의 취지를 이해해 주셨으면 해서입니다. 저희 모임은 회원의 회비로 운영되며 회원에는 일본인도 재일한국인도 있습니다.
 저희들은 5명으로 제4회해남도현지조사로 3월20일부터 4월5일까지 해남도로 방금 갔다 왔습니다. 발굴된 유골중 몇구는 신원도 밝혀 지지 않는 채 유리케이스에다 넣어 져서 찾아 오는 사람들 눈에 보이게 되고 있습니다. 이것은 非業하게 죽임을 당한 그들이 원한 일일 수가 없습니다.
 이상 관략하게 조선촌에 대하여 현 단계의 조사・언구 결과와 현재 상황을 적으면서 저희들의 부탁을 썼습니다. 그리고 참고로 해 주셨으면 해서 KBS와MBC의 다큐멘터리, 저희 해남도 조사 보고・논문등을 같이 보내 드리겠습니다.
 바쁘시겠지만 검토해 주셔서 답신을 보내 주시면 감사하겠습니다.
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日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会との「交流」19

2009年05月31日 | 日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会
【金大中大統領に 2】

 현재 南丁村에는 허다한 유골이 묻히고 있습니다. 이 유골들은 “朝鮮報國隊” 로서 해남도로 끌려 갔던 조선인이라고 생각해서 틀림이 없습니다. 그리고 그 장소는 인근 黎族주민에 의하여 조선촌이라고 불리어 지고 있습니다.
 해남도로 끌려 갔고 아주 다행히 귀향할 수 있어서 가석방되었던 217명의 서류(조선총독부행형부작성)는 서울에 있는 한국정부기록보존소에 보관되어 있었습니다.
 “朝鮮報國隊”였던 몇분에게서 한국에서 만나뵙고 그 당시 이야기를 들을 수가 있었습니다. 그 분들의 증언에 의하면 해남도로 간다는 것은 미리 알려 주지 않았었고 형기가 단축된다고만 알아서 어딘가에 떠났답니다.
 그러나 해남도로 연행된 옥중자 명단은 발견하지 못하고 있습니다. 즉 조선촌에 묻혀 있는 분들의 성함을 한명도 밝혀 내지 못하고 있는 것입니다.
 한국에서는 지금까지 이 조선촌에 대하여 조선일보나 불교신문등에서도 보도되었고 데레비국2사가 다큐멘터리를 제작하였습니다(KBS제작”해남도에 묻힌 조선의 혼”1998년8월31일방영. MBC제작”하이난島의 대학살”2001년3월1일방영).
 저희 紀州鑛山의 진실을 밝히는 회에서는 이 숨겨 진 해남도에서의 잔혹한 조선인학살에 대하여 회원이 서울이나 중국上海에서 열린 심포지엄이나 연구논문에서 보고해 왔습니다.
 이번에 이렇게 김대중대통령께 직접 편지를 드리는 것은 이 조선촌의 유골에 대하여 어떻게 해 주실 수 없을까 해서입니다.
 조선촌에서는 1998년 7월에 KBS가 다큐멘터리제작시 몇구의 유골을 발굴했고 그 후 다시 묻었습니다. 2001년 1월에는 해남도에서 농업경영을 하는 한국인의 信宇회사가 대규모로 발굴했고 1월 12일~2월 11일까지 100구를 넘을 유골을 발굴하였으며 유골과 함께 藥莢, 일본군의 것과 양식이 흡사한 “군대수첩”, 단추, 옷조각, 금니등등이 나왔습니다. 현재 조선촌은 信宇회사가 관리를 하고 있는 것 같습니다.
 저희 紀州鑛山의 진실을 밝히는 회에서는 해남도나 조선촌에 대하여 조사・연구를 개시하고 있었기 때문에 KBS와 MBC의 협력의뢰에는 응하고 KBS때는 일본 취재코듀네이터를 하였고 MBC때는 해남도취재시 동행하였으나 발굴작업에는 직접 관여하지 않았습니다.
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