どーも、ワシです。このところ紀伊半島の天気がイマイチなので目的地を別の地域にしてみました。目指したのは北陸方面。まだ雪があるかなあと心配したのですが、全くの杞憂に終わりました。
…というわけで、しばらくは富山と新潟の頭首工巡りが続きますよ。えー? 頭首工?と思うなかれ。確かにダムは人々を水害から守り、生活に役立っています。でも頭首工がなければ水の少ない地域に必要な農業用水を供給できないんです。その意味でも頭首工は人々にとって不可欠な存在なのです。ダムのような派手さはありませんが、いぶし銀のような存在。格好良いじゃないですか。
…てなわけで、今回訪れたのは富山県滑川市蓑輪(なめりかわしみのわ)にある早月川(はやつきがわ)水系の
蓑輪頭首工です。リンク先の記述によると同頭首工が完成したのは1963年。アクセスは県道141号を早月川沿いに進むと到着します。位置としては以前訪れたことのある角川(かどかわ)ダムの南になります。
早月川の右岸を行くと…おー、見えました。これですね。なかなかオシャレな色合い。
でもね、早月川の川幅は意外に広いんです。頭首工の施設があるのは左岸側で川幅の三分の一程度に過ぎません。パノラマにしてみるとそのニュアンスが伝わるかなぁ。とにかく、こんな感じ。
頭首工の下流にある豊隆橋(ほうりゅうばし)を渡り、頭首工の施設に近づきます。ホント、ホワイト・グリーンが良い色をしています。
左岸に来ました。豊隆橋と刻まれた石碑がドーン。
水利使用標識。灌漑と水力発電の2つの標識。
「蓑輪頭首工」の看板。ちなみにグーグル先生の地図の表記は「箕輪頭首工」。先生、ダメだよ、誤字は!
細い階段を上ると頭首工の横に至るのですが、柵があって立ち入ることはできません。従って、そこから見た様子がこちら。
そのお隣には宝物殿のような建物。注連縄があるので何かが祀られているんでしょうか…。気になります。
左岸の上流側には取水口(写真中央)があり、ここから取水して、
いったんは横の沈砂池?に溜められます。
さらに上流側から頭首工を眺めると、こんな感じ。良い色合いです。
先ほどの沈砂池?の水はすぐ下流側の流量調節設備に流れ込みます。
そこにも水利使用標識があります。この水が下流にある早月川電力の早月発電所で発電に使用されるんですね。
そして、この流量調節設備の建物のところから水路があって同発電所へ向かうのでしょう。おや? 向こうに何か見えますね。行ってみましょう。
「蓑輪堰堤」と書かれています。ここ早月川は急流で水量も豊富なことで知られていますが、その川床が砂利層で形成されていて水が浸透しやすいため、夏に晴天が続くと忽ち枯渇して旱魃が発生しやすいという特徴がありました。このため昔から流域の人々は洪水と旱魃に苦しめられ農作物の生産にも多大な影響が生じてきたわけです。
第二次世界大戦後の1948年と翌49年には戦後の食糧難に加え、2年連続の旱魃がこの地を襲います。それがきっかけとなり堰堤の建設運動が開始。1952年7月には国が主導する事業として採択されます。そして1962年になって待望の蓑輪堰堤と幹線導水路が完成。これにより下流域でのコメの生産量が増加したそうな。(参考)
そこから見た下流側の様子。
蓑輪頭首工と蓑輪堰堤の位置関係を示した地図。
蓑輪堰堤が完成した翌年に蓑輪頭首工が完成していることを考えれば早月川の洪水・旱魃問題は早急に解決しなければならない事案だったのかもしれませんね。
それにしても富山県の空は澄んでるね〜。気持ち良いわぁ。
…というわけで、しばらくは富山と新潟の頭首工巡りが続きますよ。えー? 頭首工?と思うなかれ。確かにダムは人々を水害から守り、生活に役立っています。でも頭首工がなければ水の少ない地域に必要な農業用水を供給できないんです。その意味でも頭首工は人々にとって不可欠な存在なのです。ダムのような派手さはありませんが、いぶし銀のような存在。格好良いじゃないですか。
…てなわけで、今回訪れたのは富山県滑川市蓑輪(なめりかわしみのわ)にある早月川(はやつきがわ)水系の
蓑輪頭首工です。リンク先の記述によると同頭首工が完成したのは1963年。アクセスは県道141号を早月川沿いに進むと到着します。位置としては以前訪れたことのある角川(かどかわ)ダムの南になります。
早月川の右岸を行くと…おー、見えました。これですね。なかなかオシャレな色合い。
でもね、早月川の川幅は意外に広いんです。頭首工の施設があるのは左岸側で川幅の三分の一程度に過ぎません。パノラマにしてみるとそのニュアンスが伝わるかなぁ。とにかく、こんな感じ。
頭首工の下流にある豊隆橋(ほうりゅうばし)を渡り、頭首工の施設に近づきます。ホント、ホワイト・グリーンが良い色をしています。
左岸に来ました。豊隆橋と刻まれた石碑がドーン。
水利使用標識。灌漑と水力発電の2つの標識。
「蓑輪頭首工」の看板。ちなみにグーグル先生の地図の表記は「箕輪頭首工」。先生、ダメだよ、誤字は!
細い階段を上ると頭首工の横に至るのですが、柵があって立ち入ることはできません。従って、そこから見た様子がこちら。
そのお隣には宝物殿のような建物。注連縄があるので何かが祀られているんでしょうか…。気になります。
左岸の上流側には取水口(写真中央)があり、ここから取水して、
いったんは横の沈砂池?に溜められます。
さらに上流側から頭首工を眺めると、こんな感じ。良い色合いです。
先ほどの沈砂池?の水はすぐ下流側の流量調節設備に流れ込みます。
そこにも水利使用標識があります。この水が下流にある早月川電力の早月発電所で発電に使用されるんですね。
そして、この流量調節設備の建物のところから水路があって同発電所へ向かうのでしょう。おや? 向こうに何か見えますね。行ってみましょう。
「蓑輪堰堤」と書かれています。ここ早月川は急流で水量も豊富なことで知られていますが、その川床が砂利層で形成されていて水が浸透しやすいため、夏に晴天が続くと忽ち枯渇して旱魃が発生しやすいという特徴がありました。このため昔から流域の人々は洪水と旱魃に苦しめられ農作物の生産にも多大な影響が生じてきたわけです。
第二次世界大戦後の1948年と翌49年には戦後の食糧難に加え、2年連続の旱魃がこの地を襲います。それがきっかけとなり堰堤の建設運動が開始。1952年7月には国が主導する事業として採択されます。そして1962年になって待望の蓑輪堰堤と幹線導水路が完成。これにより下流域でのコメの生産量が増加したそうな。(参考)
そこから見た下流側の様子。
蓑輪頭首工と蓑輪堰堤の位置関係を示した地図。
蓑輪堰堤が完成した翌年に蓑輪頭首工が完成していることを考えれば早月川の洪水・旱魃問題は早急に解決しなければならない事案だったのかもしれませんね。
それにしても富山県の空は澄んでるね〜。気持ち良いわぁ。