棋王就位式(第40期)

2015-05-16 00:00:13 | しょうぎ
5月15日、新橋の第一ホテルで棋王位就位式が開かれた。渡辺明棋王が3月始めに羽生四冠に3連勝して三連覇を決めたのだが、それ以降、だいぶ経ってから就位式。棋王戦が第5局までもつれたとしても3月内には決着していたのだから、どういうことなのだろうと思うが、たぶん挑戦者の羽生四冠が勝つだろうという想定で、忙しい羽生氏の日程に合わせていたのかもしれない。

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そして、主催の共同通信の社長からの祝辞だが、棋王戦のタイトル名が有名になるだろうと感謝していた。何が言いたいかというと、いくつかタイトルを持っている人が棋王になったとしても、二冠とか四冠というように呼ばれ、「棋王」というタイトルが表に出ないわけだ。今回の渡辺棋王の場合、同時並行で進行していた王将戦で失冠してしまったため、渡辺棋王とちゃんとタイトル名が肩書になる。

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そして、金色ネクタイの谷川会長。金色ネクタイを自分のために締める機会が来るだろうか。ムッツリ顔の渡辺棋王にいくつかのお小言。上(羽生)と若手に挟まれて、今年こそ真価が問われる年だ、というような話だ。会長は前を向いて話すので、タイトルホルダーの顔を見ることができないのだが、間違えて別の棋士の名前を言ったりしないのだろうか。

そして、来賓の一人が、小学校5、6年の時の担任の先生。その頃の話を披露。しかし、小学校や中学校の教師が登場して昔話の披露というのは、もし私だったら、気がクルッテしまう。念のため、卒業後十年内に、全部暗殺(いや、ご他界)した。


さて、5月2日出題作の解答。

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▲3六飛 △同玉 ▲3五飛 △4六玉 ▲3七銀 △5七玉 ▲6五飛 △5八玉 ▲6八飛 △5九玉 ▲4八銀まで11手詰。

押しつぶしの図。チンギスハンは、敵対する部族の王を、こうやってつぶしていたそうだ。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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味気ない問題かもしれない。コンピューターの作品みたいだが、人力作である。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。

登別の地獄谷は、安全そうな感じが

2015-05-15 00:00:43 | たび
箱根大涌谷は、予想通り大混乱と地元旅館等には大迷惑の死活問題になっている。ということで、かねてからいかなければと思っていた登別温泉に入ることにするが、まずは源泉である「地獄谷」へ。

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ちょっと驚いたのは、温泉街から10分も歩かないうちに危険な感じが漂う地獄谷に到着。もちろん自由に歩けるわけではなく、決められたコースを奥に向かって進む。途中で地元のガイドさんと話をする。どうも観光客は多いが、ほとんどがC国に人で、一部は別の国の人で、日本人はほとんどいないようだ。ガイドさんも説明の相手がなかなか来ないので、日本人と見破られると、すかさず話しかけてくる。(ガイドさんといっても地元の温泉ホテルから交代で派遣されているようだ)

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谷から掘りあげた源泉は80度Cほどであり、傾斜を利用してポンプなしで温泉街まで流しているとのこと。以前とは違う場所水脈が移動しているそうで、湯量が減少しているそうだ。つまり、どこのホテルでも同じ湯質ということなのだろうかとか、疑問を投げかけてみたところ、それぞれ自分の温泉井戸も持っているとのこと。どうも疑問は晴れない。

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そして、ガイドさんと離れて、「鉄泉池」という間欠泉に行くが、数時間ごとに10メートル吹きあがるというものではなく、3分ごとに数十センチ湧き出すということだ。3分なら待っていられる。カメラを構えたが、湯が噴き出して湯気で曇って何も写らなかった。

地面のあちこちから噴き出している白い煙は噴煙ではなく、湯気のように見えるのだが、今のところ、蝦夷の山神はお怒りじゃないようだ。

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いつものように、帰り路を迷い、焦る。

噴火警報が発せられた場合、逃げたつもりが・・

鬼の住む町

2015-05-14 00:00:19 | たび
鬼といえば、恐いものである。しかも、邪悪の象徴でありながら、人間の形をしている。人間の形なのに、角が数本生えていたり、肌の色は赤とか青とか。つまり、人類の近縁種であり、肉食性で、さらに人肉が大好物ということだ。

実際にはヒグマの方がこわいはずだが、基本的にはヒグマは山の中にいるが、鬼はもっと町に近い所にいて、さらにめったなことには人間に捕まらない。鬼を捕まえた猟師も、あまりいない。桃太とか金太とかいう山賊の首領が鬼の居住地を襲って、略奪行為を果たしと言う民話が伝わっている。

民話の基になるのは、大和朝廷の異民族駆逐作戦の一環なのだろう。

幕末に未来から来た使者「ペリー提督」の似顔絵もどうみても角の生えていない鬼の形相に似ているが、彼の場合、写真でみても鬼のような形相なので、絵師に悪意はなかったのかもしれない。実際には幕府にコケにされたら、鬼のように暴れる気だったらしいが。


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それで、町のいたるところに鬼がいる町、登別に行ってきた。

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駅前や、ICの出口や、地獄谷の入り口などで大勢の鬼が見張っている。町に入ったら、金何万円か、使わないと、帰してもらえないようだ。

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これは、鬼=先住民族=アイヌ系日本人。ということで、少数民族迫害の証なのだろうと、勝手に連想していたのだが、実際には、昭和の後期に、地元復興策として、名所「地獄谷」に住むといわれていた鬼を利用して、地獄まつりのメインキャラクターとして起用したのが最初らしい。といってもまだ、先住民族迫害の疑いは晴れないのだが。

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ところで、人間に近い姿の鬼ではなく、人類の一形態としての鬼というのもいる。「仕事の鬼」とか「鬼コーチ」とか「鬼軍曹」とか。要するに、人間のココロを失って鬼のような餓鬼道を突き進み、仕事を成功させる場合が、「仕事の鬼」コース。同じく非人道的に餓鬼道に従い他人を意のままにこき使う場合が「鬼軍曹」コースだろう。

まあ、どっちも嫌いだ。仕事の鬼だけじゃなく、仕事の虫も嫌いだ。

大吟醸 伊七

2015-05-13 00:00:59 | あじ
ちょっとしたお祝いがあって、何本かの清酒一升を会社名義で頂く。会社といっても、社長の名前が書かれているので、早い話が、全部私の物だ!と言えばいいのだが、現ナマならいくらあっても困らないが、日本酒はそういうわけにもいかない。それで、欲しい人は持って行っていい、ということになって、最後に一番高そうな酒が残り、私の物になった。

まあ、この高額品を持っていった社員は、「君たちには明日がない」と映画の題名通りになるだろう。

(もしかしたら、記憶違いで、最初にこの一本を自分の物にしてから、後は随意で・・だったかもしれない)

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ところが、箱を開けると黒い瓶に入った状態。いかにも勿体付いている。

そして、一升瓶から小さなグラスに接ごうとすると、どうしても少しこぼれてしまい手が汚れる。おかわりの一杯のつど、立上ってグラスに注ぐので、そのつど手を洗いにいく。

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味は、ベトベトとサラサラの中間だ。常温で飲みやすい酒。飲み過ぎに注意。

GW期間中、ほぼこれ一本で過ごせた。

川の底からこんにちは(2010年 映画)

2015-05-12 00:00:12 | 映画・演劇・Video
この映画、「女優・満島ひかり」のための映画である。最近の映画評をみても、彼女が最も演技力のあるアクターであるという声が多い。さらに、特定のカテゴリーに限らず重い役、軽い役、明るい役や暗い役、正しい役や不正な役。なんでもOKだ。

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本作は、実家を駆け落ちして東京に出て行って、男にも仕事にも運がなくダメダメになった23才OLが、会社経営をしている父の緊急入院で、急遽帰郷。ひも状態でついてきた子持ち男にも浮気され、川のシジミを集めて販売している会社は赤字続きで、数ヶ月後に破綻が予想される事態だった。

「中の下」。

中の下から再生する復活ストーリーということかもしれないが、その転換点あたりで、満島ひかりが爆発する。前半部では、徐々に徐々に破綻していく陰惨さが基調になっていくのだが、後半では、前半に提示されたいくつかの社会の不条理に対し、解決が用意される。交響曲みたいな作りか。

亡くなった父の遺骨を、遺言によりシジミの栄養のために川に沈める場面で、不倫相手の元から帰ってきた夫(候補)に、骨のかけらを投げつけるシーンがあるが、投げ続けた骨は、かなりの制球力で顔に命中していた。デビュー前に類似行為をしていたのだろうか。

本作の縁で、彼女は石井裕也監督と早くも結婚してしまったのだが、監督が女優を選ぶ段階を通り過ぎ、さらに成長して女優が監督を選ぶ段階になったら、夫役の演技終了だろうか。

金の話

2015-05-11 00:00:23 | 市民A
日本の金取引といえば、田中貴金属工業。まったく僅かな取引を行っているため、情報誌「PATU」(パトゥー)が送られてくる。なかなか面白い。

今回は、加賀百万石、金沢のこと。新幹線が東京につながり、観光客が増加中らしい。その金沢の語源というのが、川の砂金というのだから本物だ。一方、横浜市にも金沢区というのがあるが、そちらは、「かねざわ」と読んでいたそうだ。「かね=鉄」だそうで、砂金ではなく砂鉄が採れたそうで、およびじゃない。

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で、加賀の金沢だが、金を使った伝統工芸が優れているようだ。主に、参勤交代で江戸に向かう時の将軍家へのプレゼント用だった。そして、たとえば、黄金の茶室。金の畳など金まみれである。

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さらに金のフェイスマスクシート。こうなると、病気だ。


ところで、名古屋にある姫君用の学校に、「金城学院」がある。いわゆるミッション系で、中学、高校、大学と大学院がある。

あくまでも金満雑誌「プレジデント」に書かれていた話だが、・・

いつの頃からか、中学から高校、大学と金城学院に通学することを、「純金」と読んでいて、高校以降が学院の場合を、「18金」と呼び、大学だけ金城の場合は「メッキ」というそうだ。

後で、調べてみると、現在は完全な中高一貫校になったので、「18金」は存在しない。「純金」と「メッキ」の二種類になっている。一方、偏差値は、ごく普通だ。

大関ヶ原展

2015-05-10 00:00:49 | 美術館・博物館・工芸品
sekigahara江戸東京博物館で開催中の大関ヶ原展(~5/17)に。超満員。建物の中が肉弾戦になってしまう。満員でも見られるように考えたのか、屏風がずらりと並ぶ。

数多くの合戦図だが、ほとんどは、両軍の配置図と武士が武器を構えて合戦寸前の図が描かれている。同じ屏風でも大阪夏の陣(黒田家所蔵)の絵は、クビがゴロゴロ、血が噴出し、逃げ出す大坂市民が追いはぎに裸にされ、川に沈むものや、市街戦の悲惨が伝わる(もちろん出展されていない)。

よく考えると、わざわざ関ヶ原まできたものの、どちらの味方かわからないように動かなかったり、裏切者が続々と現れたり、・・要するに、絵にならないということなのだろうか。

ビデオで、各武将の配置がわかるようになっているが、そもそも山の上に配軍すること自体が、怪しい。

そして、島津軍。西軍の中心で追いつめられるも、正面突破で逃げ始める。途中、捨て駒ではないが、奮迅の上、討ち死にして時間稼ぎを行う武士が多数現れる。小早川とは大違いだ。

小早川家本流は、江戸時代初めに狂い死にして滅びるが、一族の末裔は今に伝わっている。以前いた会社に同名の社員がいて、「あの小早川の子孫」と呼ばれていた。

もっとも徳川家康だって、秀吉が亡くなってから掌を返したわけだし、さらに幕末においては、姫路城や名古屋城のように徳川家が「絶対に裏切らないはず」の殿さまに託した拠点も、何の役にも立たず、こぞって裏切られてしまったわけだ。

金将蒲鉾

2015-05-09 00:00:00 | しょうぎ
少し前に、福山にある桂馬蒲鉾の話を書いた。

桂馬蒲鉾は、蒲鉾が将棋の駒の桂馬の形をしていて、要するに食べ物である。

先日、フリーペーパー駒docの春号を読んでいたら、金将の蒲鉾の話が書かれていた。

リレーエッセイの第5回目に登場した金井恒太五段の話だが、将棋を教わった祖父の家で将棋三昧の生活をしていた頃、帰りがけに一枚の金が見つからないことがあったそうだ。すると、次に行ったときに、なんと蒲鉾の板を加工して代用の金を作ってくれたそうだ。

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しかし、その後、見失っていた金が発見されたことにより、駒箱には5枚の金が存在することになったそうだ。

よく見ると、「金」の字が一枚だけ異なっている。他の4枚が「全」に似ている書体だが、一枚だけは、完全な「金」だ。なぜ祖父は金の字を正したのだろうか。姓が金井だから崩し書体は許さなかったのだろう、と推測する。


ところで、金井家のように、両親が将棋に詳しくない場合、祖父が登場して孫に教えるというのが一つのパターンになっているようだ。「将棋を孫に伝える会」もあるようで、たまに詰将棋の問題の依頼を受けることがあり、「孫がいない人間にも出題の権利があるのだろうか」とか悩むことがある。


さて、4月25日出題作の解答。

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まで19手詰み。

両替2回。1回目は、角と歩の交換。2回目は、金+歩と歩の交換。通算では、角+金と歩の交換になる。大損害だ。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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よく見ると、簡単なはず。ヒントは米長玉。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。

肉フェスでの行列で、もっと聞きたかった話

2015-05-08 00:00:34 | あじ
GW中、駒沢公園で開催されていた「肉フェス」へ。予想通り、人の山なのだが、予想外なのが、あまり肉つきのいい人が多いわけじゃない。それと女性の方がかなり多い。

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各種肉料理のブースがならんでいるが、列が短いのは、チキン系(手羽先とか唐揚げとか)。餃子。そして、ブラジルとかスーダンとかトルコといった外国勢も列が短いが、そういうところに人は並ばないものだ。

よく外国人が、日本人は整然と列をなす、という一見美点を褒めることがあるが、実際には列があるとつられて並ぶという習性もあるのだろう。

そして、適度の長さの列に並んで待つと、隣の列の方から、「餃子食べたい」という女性の声があり、すかざず「明日の夜は餃子にしよう」という男性の声。餃子なんかここで食べるべきものじゃないということだろう。男性の意見の方が正しいような気がする。それとも男女の間で「餃子を食べる」という表現が、何か別のことをしたいという隠喩的暗号になっているのかもしれない。今夜か明日の夜か。大した話じゃないな。

そして、別方向から問題の発言が聞こえてくる。女性同士の話なのだが、「本当は、今頃は彼氏と海外に行っていたはずなんだけど」とか、「それ、どうしたの・・」ともう一人の声があったあと、沈黙が。そこから先が知りたいのだけど・・

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で、何度も列に並ぶ時間と体力と忍耐がないので、一か所で沢山盛りをしてしまい、まったくフェスの主旨を無視してしまう。

何種類か肉料理を食べたが味の評価は秘密。

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マンゴーを小片にカットして生クリームと甘味を加えた新味が、なぜか美味だったが、たぶん生涯で二度と食べられない食べ物となるだろうか。

少しだけ危ないような気がする箱根

2015-05-07 00:00:19 | 市民A
大涌谷の火山性微動がさらに有感地震にまで拡大。とりあえずハイキングコース閉鎖。ついでに黒たまごの製造販売中止になった。危険レベルは2に格上げ。

「直ちに噴火につながるとは考えられない」というお決まりの無責任ワードが発表になっているが、「直ちに」が「つながる」の修飾語なのか「考えられない」の修飾語なのか不明だし、「考えられない」を「ない」と言わないところがミソだ。「考えられない」の責任者が誰なのか不明なままだ。

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さらに、イオウの臭いはいつもと同じで特に強くなっていない、という人もいるが、純粋の硫化水素は無色無臭なので、逆のことを言っているわけだ。

確率的言えば、現在もっとも危険率が高いのが、地下からの硫化水素の突出だろうか。バタバタ倒れて、救助に行ったものも巻き添えになる。ガスだから見えないし、窪地に溜まったりする。

そして、爆発。


実は、今を去る数十年前に、大涌谷の近くの得意先にガソリンを販売していた。そして集金。月に2回は、その周辺にいて、時間調整で大涌谷で休憩したことも何度もある。黒たまごよりも温泉まんじゅうの方がうまいと思う。

本論と関係ないが、その特約店主のこどもが東海大医学部に入学して、授業料が月50万円ということで、売掛金が焦げ付かないか、気が気じゃなかった。クラスの上位3番までは授業料無料ということで期待していたが、いつも4番だった。温泉事業もやっていて、裏山で井戸をいくつか持っていたが、しょっちゅう湯温が変わるそうで、その頃から山は不安定だったということなのだろう。

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地元の地の利に詳しいから書くのだが、災害時の最大の問題は、芦ノ湖周辺は逃げ道が乏しいということ。山道を下れば小田原だが、そこにある小田原城は難攻不落だったのは裏手の守備が要らなかったこと。そして、その道に箱根の関所ができた。

裏に行けば山を超えて三島や伊豆半島の中央方面だが、そちらに逃げたくはないだろう。さらに最大の問題は、芦ノ湖の湖尻から東京に向かうには、現場の近くを通って御殿場ICに向かうわけだ。つまり爆発があったら、逃げられないということじゃないだろうか。

長引けば、雪の季節や霧の季節がやってくる。

私は、クルマの鍵をロックしてしまって大閉口したことがある。


そして、地面のどこから水蒸気や溶岩が吹き出すかは、よくわからないわけだ。思えば、芦ノ湖だって噴火で山の一部が吹っ飛んで、できた巨大火口に水が溜まったものだ。

もっとも、箱根や浅間や阿蘇などの超巨大噴火がいつ起きたのかは定かではないし、1100年以上前に東日本大震災と同程度の規模の地震が起きた貞観時代には、地震と相前後して、富士山、鳥海山、開聞岳という小型火山が山の形が変わるほどの大爆発をしただけなので、今回もその程度で済むだろうと思うわけだ。

牛窓海遊文化館は2テーマ

2015-05-06 00:00:47 | 市民A
牛窓にクルマで行っても、どこでも駐車可という情報を鵜呑みにしていて、実際は、人と車で大混雑の図だった。市街地の中央にあるファミマの駐車場で、駐車料金の代わりにお弁当食べ、数百メートル歩いて、「牛窓海遊文化館」へ。建物の正面には星のマーク。以前は警察署だったそうだ。警察署は移転したが、そのレトロな建物が文化館になっている。

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が、外見は警察署なので、間違えて自首したりしないでほしい。「私がドローンを・・」とか。


この文化館のテーマは2つある。一つは、だんじり展示室。牛窓の祭りの際、引かれるだんじりが展示されている。珍しい船形だんじり。これで、町内や大阪城の石垣で有名な前島を練り歩く。

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解説は、特に私一人のために、女性解説員の方が付いてくれて、いつの間にビデオと交代してしまう。

ここの祭りの最大の特徴といえば、「女装」。女性の下着などを身に着けて、大柄な男性がだんじり船を引っ張る。大昔から女性は祭りに参加できなかったので、代わりに男性が女装して、代理出席したということになる。まさに「奇祭」。

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そして二つ目のテーマが「朝鮮通信使」。江戸時代に12回に渡り、朝鮮(今のソウル)から日本に通信使(初期の頃は回答兼刷還使)が送られる。多くは将軍が変わった時にお祝いに来るようだ。1回あたり500人弱。大使節団だ。もしかしたら、新将軍の力量を試す目的だったのかもしれない。

一行は、ソウルからブサンまで陸路。その後、対馬、壱岐、北九州、下関から瀬戸内で大阪からは陸路東海道を上京することになっている。

で、資料をよく調べてみると、牛窓は瀬戸内の中心の方なので1泊だけしていたようだ。1泊2日のショートステーだ。通信使も大変だろう。


ところで、牛窓は「恋人の聖地」ということになっているそうだが、そういう場所って時々ある。聖地に行かないと恋人関係を維持できないということもないだろうが、ちょっとショボイ記念碑が多いかもしれない。むしろ、この場所に行こうと言い出したことに対して、「調査不足無能人間」ということになり、「関係終了」ということになるかもしれない。

BIZEN中南米美術館

2015-05-05 00:00:33 | 美術館・博物館・工芸品
日生駅から徒歩8分の場所にあるBIZEN中南米美術館。カーナビに従ってすれ違う場所もない崖っぷちの細く曲がりくねった山道を20分走行。K国製のカーナビはこれだから・・

で、中南米の文明の証拠とも言うべき多大な美術品を収集されたのは、地元で漁網工場を営まれていた森下さんという方で、中南米に仕事で行ったときに、その素晴らしさに感動し、収集を始められたそうだ。私も仕事のついでに地元文化に感動することはあるが、財産のすべてをつぎ込むような太っ腹ではないし、そもそもつぎ込むほどの物もないし。

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まず、建物は目立たない。前を通り過ぎること何回か。予想外の外壁だった。つまり、備前焼。建物を備前焼で作ることなど、思いつかないではないか。それも備前焼業界では知らぬ人のいない藤原一家の作。

そして、中南米文化を地域別に分類して展示しているが、中南米と言っても広いわけだ。かなり大きく分けると、メキシコ中央高原、マヤ地区、中間領域、アンデスといったところだろうか。おそらく100位の文化、文明が興亡を繰り返していって、最後にスペインの海賊がたどりついた時には、有名なマヤ、アステカ、インカというような段階だったということなのだろう。

そして、今でもそれらの文明について調査が進んでいるわけでもない。主に地域的には米国人による研究によるのだが、米国人は、あまり古代文明に興味がないわけで、さらに調べれば、インディアン迫害から目を背けられなくなるからだろう。

思えば、人類で避難されるべき問題が議論されているが、スペイン人による文明破壊と略奪は、ベスト5には入るのではないだろうか。その他、元(モンゴル)の残忍さ、英国とポルトガルによる奴隷売買、ナチスによる民族浄化。ベスト5なんかすぐに埋まってしまう。

竹久夢二生家へ

2015-05-04 00:00:08 | 美術館・博物館・工芸品
竹久夢二は岡山県の邑久(おく)という場所で生まれる。明治から大正にかけて大活躍した画家で、あまりに有名すぎて全国にいくつもの美術館がある。岡山にも後楽園の隣に立派な美術館があるのだが、その別館になっているのが、生まれた場所にある「夢二生家」。おそらくは屋根は大幅に直しているのだろうと思うが、全体のイメージは残されている。

かなり目立たない場所なので、その前を車で何度も往復。交通量がある細い道路から入るので、止めて確認するのが難しい。周辺を無駄走りしてしまううちに気付いたのだが、「竹久」という苗字と「武久」という苗字が混在している。

たんに想像だが、岡山のこのあたりは、新興仏教で弾圧された人たちや、戦国時代の各種戦闘で敗残兵となった人たちがとりあえず逃げ込んだ場所でもあり(私の親戚の一筋もそうらしい)、本当は武久でも、竹久に姓を変えた人たちが多いのかもしれない(銀行口座の名寄せ防止策みたいだが)。

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実家は造り酒屋。増築部分に彼の作品のいくつかが展示されていて、時間をかけて観ていくと、自作の俳句に絵を付けるという趣向にかなりこだわっていたようだ。いわば、与謝蕪村流。夢二の場合、絵の方の腕は間違いないのだから、問題は俳句の方だが、これも優れものというのだろうか。<黒牛のぬれた気もなし北しぐれ>とか。その他にも情感に長けた句が多いのだが、絵画の方が感情に抑えがあって、脳の奥に染み込む力が強いように感じた。(句集でも入手しようかとは思っているが。知人に句会に誘われる今日この頃なので)

彼の活躍していた時期は、街中を行き交う女性(男もだが)たちは、和服と洋服が入れ替わっていく時代で、そういう和洋混在時代の雰囲気を描いていたということなのだろうが、街に「和」が消えた今こそ、評価が高いのだろう。

彼の年譜などを調べてみると、色々ありすぎるのだが、二点だけ書いてみると、

藤島武二の弟子だったのだが、数多い弟子の中で、夢二と青児と嗣治の三人は、よくつるんでいたそうで、名前の最後に、師匠の武二の最後の「ジ」を三人ともつけていたため、「三ジ」と言われていたらしい。こういった仲になると、よく起るのが「妻略奪関係」で、青児が夢二の妻に手を出して、親密関係は一気に解消してしまったらしい。

夢二は晩年(といっても50前)に欧米に渡り、自作で世界に挑んだのだが、帰国後、結核により亡くなってしまう。現在、個人的にデータ収集中の日本女子最初の世界的アスリートである岡山県出身の人見絹枝も、ほぼ同じ時期に欧州から帰国後、20代で結核で亡くなっている。

JFK その生涯と遺産展(国立公文書館)

2015-05-03 00:00:11 | 美術館・博物館・工芸品
jfkJFK その生涯と遺産展(~5/10)へ行くが、異常に混雑している。入場無料だからということじゃないだろう。日本の政治家のいい加減さから、やはり「ケネディ」ということなのだろう。

あらためて、大統領になるまでの道のりを確かめると、1917年5月29日生まれ。存命なら97才のはず。ハーバード大学卒業後海軍に入隊(1941年)そして12月に日米開戦。

1943年8月に艇長だった木造魚雷艇(PT109)に日本の駆逐艦「天霧」が衝突。魚雷艇は沈没し、日本側の記録では、魚雷艇の全員死亡ということになっている。

そして大戦後1946年に下院議員当選、1952年には上院議員当選そして1953年にジャックリーンさんと結婚。1957年には著書「勇気ある人々」がピュリッツァー賞受賞。

そして、1960年11月の大統領選でニクソンを破る。

そして、彼は短い政権時代に5つの橋を架けたと言われる。「キューバ危機を乗り越え、ソ連との橋」「アポロ計画による月面着陸への橋」「公民権法の橋」「核軍縮への橋」「日本への橋・池田首相とのパートナーシップ」。

本展では、キューバ危機の時の米国政府部内での意見の対立により、ソ連の核基地であるキューバへの攻撃が決行寸前だったことがわかる。攻撃を始めた後の国民向けメッセージまでできていたようだ。世界各国の同盟国に、キューバの海上封鎖は連絡される。

実際、連絡されても困る国は多いだろう。「そちらにも核ミサイルが飛んでいくかもしれないので、よろしく・・」ということだ。

そして運命の1963年11月22日(日本時間23日)、ダラス市内で銃撃され暗殺された。奇しくも彼の暗殺を日本に伝えたのは、日米衛星中継のテスト放送であり、本来はその前日に録画録音されたビデオが流される予定だったが、急遽、日本人前田治郎氏(毎日放送)がその放送を実況することになった。

本展では、その日流される予定だったケネディ大統領のスピーチが、画像は失われたものの音声のみが流れている。そう重要なスピーチではないようだ。

孫弟子に恵まれた(ことを知らない)棋士

2015-05-02 00:00:48 | しょうぎ
to1「渡邊東一名誉九段作品集」をいただく。自作の詰将棋70題と付録4題。7手詰から19手詰めなので、パソコンのお世話にならなくても解き切る(最後の方は手間取るが)。

作風は、捨駒と捌き、良型と美手順。プロ棋士の詰将棋の典型か。今年の1月に編纂された本だそうだ。

渡邊氏は、本書によると、母親が関根金次郎名人の姪という縁で関根門下に入ったということだそうだが、「母方のいとこ」ということだろうか。

現役期間は、そう長くはないが、木村義雄名人に継いで、第二代将棋連盟会長を勤めた。任期中に名人戦の所属が毎日から朝日に移動するが、副会長の加藤治郎氏と、対立したとされる。

弟子には、北村九段、下平八段、二上九段、佐藤大九段、勝浦九段と詰将棋派が多いが、7人いる孫弟子の中には、羽生名人、森内前竜王の二巨頭がいる。

言い換えれば、「もっとも孫弟子に恵まれた棋士」と言えるのだが、渡邊九段が亡くなった時点(1985年5月)には、まだ両巨頭ともプロではなく、その年の後半に羽生四段、2年後に森内四段が誕生している。

ところで、孫弟子の件だが、棋士を「質より量」で数えるのはいささか方向違いかもしれないが、たくさんの孫弟子を輩出されている方がいる。将棋手帳の付帯資料を参考に、ランキングを作ると、

1位:関根金次郎13世名人 29人
2位:土居市太郎名誉名人 15人
2位:藤内金吾八段  15人
4位:木村義雄14世名人 14人
4位:石井秀吉七段  14人
4位:高柳敏夫名誉九段 14人
7位:佐瀬勇次名誉九段 13人

2位以下は大混戦だ。

一方、渡邊東一九段には曾孫弟子はいない。羽生、森内の両巨頭が弟子を取らないからだ。この業界に明日はないと思っているからだろうか。あるいは、自分の商売敵を増やさないように思っているのだろうか。

さて、4月18日出題作の解答。

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▲3七銀 △同玉 ▲2八銀 △4六玉 ▲3八桂 △3五玉 ▲2五金 △3六玉 ▲2六金 △4七玉 ▲2五角まで11手詰。

動く将棋盤はこちら


今週の問題。

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わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。