焼津さかなセンター

2011-03-31 00:00:12 | あじ
焼津方面で、防災関係の話を聴く機会があり、前々から狙っていた「焼津さかなセンター」へ寄り道。



地震の話からだが、さすがに東海地震の対策を念入りに準備している静岡だけあり、宿泊したホテルにも、細かな避難方法が掲示されている。

ただし、地元の方の話では、今回の東日本大地震の結果、今までの対策をすべて見直さなければならないだろう、とのこと。確かに地元の防災センターの建物に入れてもらったが、3階建てで、屋上から海を見れば、15メートルの津波が来た場合、かなり危険だ。それに建物が小さすぎる。

土地柄、高台というのが、あまりなくところどころに丘があり、そこには、たいてい神社があるようで、地元の古老の言い伝えでは、安政の大地震(1854年)の時は夜で外が真っ暗だったが、神社に向かう道に藁を燃やして目印をつけたそうだ。


そして、本題のさかなセンターだが、焼津駅より海側だろうと勘違いしていた。高速道路に近い方だ。

さすがに、カツオ、マグロは豊富にある、というか、あり過ぎる。場内を二周して、ビンチョウマグロの冷凍を買う。一応、中トロ。聞けば、「キズもの」だということらしい。でも、なぜキズものなのか、今一つピンとこない。

もしかして「*射*汚染」。と、頭の中を仮説がぐるぐると回る。なぜ、そんな連想をしたのかと言えば、水爆に被爆した第5福龍丸がボロボロで帰ってきたのが、焼津港である。

その被爆者をモデルに岡本太郎が描いたのが「燃える人」。

どうも、話が前に進まない。

それで、中トロのキズ物を4本1000円で購入する。



解凍して食べたら、かなり高品質のマグロだった。関東のスーパーなどでは3倍の価格だ。


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閣内で、遠吠えか

2011-03-30 00:00:52 | 市民A
ガソリン税問題。

与謝野担当相:ガソリン税軽減見直し必要と発言 税収減で

与謝野馨経済財政担当相は25日の閣議後会見で、ガソリン価格が3カ月連続で1リットル当たり160円を上回った場合、ガソリン税の上乗せ課税を一時的に停止する制度について、「価格は政府が決めるわけではなく、(軽減されれば)国の税収がまた落ち込んでしまう。やめるべきだ」と述べ、見直しが必要と指摘した。

 同制度はガソリンの全国平均小売価格が3カ月連続で1リットル当たり160円を超えた場合、ガソリン税(1リットル53.8円)のうち上乗せ分(25.1円)の課税を停止し、消費者の負担を軽減する仕組み。原油価格の高騰などを背景にガソリンの全国平均小売価格は150円を超える水準まで上昇しており、同制度が初めて発動される可能性が取りざたされていた


この制度は2010年度予算に当時の民主党幹事長の小沢一郎氏の押し込みで成立。元々、変なルールだと思っていた。現在のガソリンの高値は、基本的にはリビア情勢による供給不安を背景にしたものだが、若干の要素としては震災による需給バランスの変化によるものと考えられる。だから、それなりの何らかの理由がある値上げなのである。

それなのに、160円を超えたら、すぐに25円を引くという乱暴な方法をとろうというわけ。中国でも政府が介入するのは卸売価格であり、小売価格はフリーだ。本当にガソリンが電力のように大幅に不足しているならともかく、市場原理に任せるのが賢明だ。それに、財源は2兆円が必要といわれている。



そして、都心のように高価格エリアでは、ついに160円を突破したもよう。

ただ、問題は、これを言い出したのが与謝野担当大臣であること。彼は民主党員じゃないのに、・・
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太っ腹

2011-03-29 00:00:08 | スポーツ
女子ゴルファーの有村智恵さんが、最近2試合の賞金を全額(1200万円)を被災地支援として寄付するそうだ。



Sankeiより。

女子ゴルフの有村智恵(23)が24日、メジャー第1戦クラフト・ナビスコ選手権(31日開幕)出場のため、成田空港から米国へ出発した。

宮城・東北高出身で、街頭募金など東日本大震災の被災者支援を行っている。「明るいニュースを日本に届けるのは海外で頑張る選手の役目。今まで以上に特別な大会になる」と昨年9位に入った大会への意気込みを語った。

また、2位と健闘した米ツアーのHSBCチャンピオンズと国内開幕戦のダイキン・オーキッド・レディースの獲得賞金全額の約1200万円を寄付することを明らかにした。


実は、ビジネスホテルチェーン東横インの室内誌「たのやく」3月号に、阪神淡路大震災の時に青木功選手のとった行動が記載されていた。なんとなく、大震災の事前に書かれた記事だとすると、気持ちが悪い。何しろ、小文の題名が「天災は忘れたころにやってくる」だし、「あれから16年にもなるんですね。2度と起こってほしくない震災です。」と〆られている。

さて、16年前の1995年1月17日、マニラで行われたヨーロピアンツアー第一戦に出場するため、青木功氏は成田発の飛行機に乗ったのだが、既に早朝の大地震のニュースを聞いていたわけだ。たまたま、飛行機は神戸上空を飛ぶことになり、乗客たちは窓から数千メートル下で炎と煙が神戸の街を覆っていることを見ることになる。

そして、マニラに着き、さっそくゴルフ場に到着した青木選手は、小さな段ボールの箱をもってロッカールームに消えたそうだ。

出場する、グレッグ・ノーマンやフレッド・カプルスなどから、ドル紙幣を寄付してもらい、段ボール箱に詰め込んでいたそうである。

青木選手らしい話である。

一方、有村選手。太っ腹である。若いからの太っ腹ということだろう。貧乏性のオトコの虫がついていたら、そうはしなかっただろう。
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Buy Tohoku

2011-03-28 00:00:45 | あじ
世間は、根拠なき自粛ムードが漂っているが、実際に自粛しなければならないのは、電力とか紙類とか、需要と供給が大きく食い違っているものぐらいだろうか(他にも色々とあるのだろうけど)。

ミクロ経済が正常に機能し、需給バランスが均衡点に向かうのは、需給ギャップが自動的に調整できる場合で、例えば、稼働率の低い低採算の工場が限界供給価格になっている場合など。どうころんでも需給バランスがとれない場合や、価格弾性値が1からはるかに離れた財の場合は、ミクロ経済学は役に立たない。

さらに、財とマネーは、同時に等価交換されるべきものだが、カードで支払う(つまり未来からの借金)とか、預金から払う(つまり過去の蓄えを使う)人もいて、緊急時には役に立たない。

だから、電力料金をいかに高くしても、熱射病で死んだり入院するよりもましということで、エアコンのスイッチは切られないだろう。あえて言えば、放射能が充満して、エアコン使用は危険という状態になれば、さすがに電力需要は落ちるだろう(地獄図)。

で、話は横に飛んでしまったのだが、消費自粛といえば、1988年の後半だった。秋になり国の象徴が病に伏せることになる。そして、翌年初に象徴が交代することになる。


経済は、消費者が物を買うことによって、生産者が物を作り、流通業者が運んで、それぞれ利益をあげることにより、生産者もその現金をもって消費者になり、拡大方向に進んでいく。時節柄、例は悪いが、核分裂みたいなことが起きる。


ということで、東北応援ということで、「バイ東北」をちょっとやってみた。



まとめて、牛肉を買うことがあったので、岩手県奥州市名産の「前沢牛」。ブロックで、約2キログラム。

ただ、奥州市は、被害が軽微ということで、幸いにも、なくなった方もいなくなった方もないそうで、直接の役には立たないかもしれないが、前沢牛は全量が農協スルーで出荷されるということで、何らかの貢献にはなったのではないかと、ちょっと思う。

ところで、この派手な袋の裏側には、岩手県の地図が描かれているのだが、袋をぶらさげて電車に乗っていたら、初老のオジサマが、席を譲ってくれたわけだ。

何か、誤解しているね
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ボストン浮世絵名品展(山種美術館)

2011-03-27 00:00:48 | 美術館・博物館・工芸品
boston1ボストン美術館に眠る日本美術コレクション5万点の中から、特に鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽にフォーカスして全144点が日本国内で巡業中である。東京は、新装なった山種美術館である。恵比寿駅より少し歩く。

実は、山種に行ったのは、大震災の少し前である。たぶん、その後すぐにエントリを立てていたら、少し違うことになっていたかもしれない。江戸時代と言う歴史の箱庭の中にあだ花のように咲き誇り、明治になるや、あっという間に消えていった美術。それを米国人3人(フェノロサ、モース、ピゲロー)が収集し、偶然にも3人ともボストン人であったところから、ボストン美術館が収集することになった。

というように、江戸文化という一つの囲いの中で見ていただろう。

ただ、大震災のあと、世界が驚いた日本人の態度。あんなに首相が毎年交代する国なのに、「日本が一つ」ということを巧まずして演出したわけだ。「大きな一つの社会」と評する記事もあった。日本では、「一流の国民と三流の政府」という表現もあった。個人的には、政府は二流位で、ニセ民間企業が三流なのだろうと感じている(東電、NHK、JR)。本件とは関係ないが日本航空もそうだった。

では、何が日本をまとめているかと言えば、長く続いた文化の流れということだろう。よく考えれば、日本が日本であるのは、ずっと昔からであるわけで、あまりに古い時代は別として、聖徳太子の頃からは、この国が何をしてきたかは、はっきりしているわけだ。政権交代は何度も繰り返したわけだが、政権が変わっただけで国家が変わったわけじゃない。

コトバだって文化だって延々と続いている。ある意味、1945年の終戦だって、これ以上続ければ、国家がなくなるというラインまでやったわけだ。

浮世絵だけじゃなく江戸文化で現在見られなくなったものは多いだろうが、江戸文化という集合体が、次の文明開化につながっていったのだろうと思うわけだ。それに、浮世絵が滅びたかどうかは定かじゃないし、朝青龍なんて、力士絵にしたら、なかなかの作品になっただろうと思うわけだ。



で、清長。何と言っても吉原の図が多い。どうも最初は、吉原遊郭の美人娼婦のコマーシャルだったわけだ。だから、描く女性を現実よりも美化し過ぎている。そのうち、町場の商店の看板娘を描き始めるが、遊郭の女の源氏名は公開してもいいが、商店の看板娘の実名は公開禁止になる。




そして、歌麿。歌麿の描く男女はなんで艶やかな表情なのだろうか、と観察していたら、一つわかったことがあった。多くの人物は、口をわずかに半開きにしているわけだ。何かため息を漏らしているのだろうか、あるいは喘いでいるのか、あるいは何かを喋っているのだろうか。




逆に口を固く閉ざした人物が多いのが写楽。写楽については言うまでもないが、「Who?写楽」ということになる。流星のように登場し、僅かな作品数を残したまま、忽然と姿を消す。日本文化史のかなり大きなミステリである。

ただ、「写楽はどこから来たか?」というよりも、「写楽は、なぜ姿を消したか」ということの方が重要なのではないだろうか。少なくとも、姿を消した時には、写楽の作品は有名だった。ゴッホのように陽が当らないまま失意の怪死を遂げたわけじゃない。「消えた」わけだ。私なら、自分の浮世絵が飛ぶように売れ、懐が温まりだしたと仮定したら、遊び過ぎて自滅(小室流)するかもしれないが、一体、写楽には何が起きたのだろうか。
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職団戦、中止に!

2011-03-26 00:00:05 | しょうぎ
春の職団戦が、突然中止となる。

第100回記念職域団体対抗将棋大会・開催延期のお知らせ
2011年3月22日 16:50

この度、4月10日に開催予定でございました「第100回記念職域団体対抗将棋大会」は東北地方太平洋沖地震の影響により延期となりましたのでお知らせ申し上げます。

本大会を楽しみにされていた皆様には、お詫び申し上げますとともに、何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。


「延期」となっているが、秋の大会は、もともと行われる予定なのだから、実質的には中止である。地震の影響で、なぜ中止なのか、理解に苦しむ。自粛に自粛を重ねれば、より日本のGDPが落ち込み、日本人の所得が減り、税収も減り、復興が困難になるだけだ。

あるいは、もう一回巨大地震が来るとか考えているのだろうか。しかし、九段会館とかハマボウルというような壊れそうな建物じゃないわけだ。

あるいは、節電ということなのだろうか。日曜の昼である。プロ野球のナイターとは問題が異なるわけだ。

単に、自粛ムードに乗っただけなのだろうか。それよりも、いつもは指導対局などやっている棋士や女性棋士が、記念撮影会でもやって、チャリティをやればいいのではないだろうか。

あるいは、主催の将棋連盟ではなく、後援する朝日新聞社の思惑なのだろうか。プロ野球の開幕をゴリ押ししようとした読売へのあてつけなのだろうか。それなら高校野球こそ中止した方がいい。毎日は派手に選抜大会をやっている。

アマチュアの大会を中止したのに、同じような主催者の「名人戦」はほぼ同時期に開催だが、中止しないようだ。ますます、わからない。アマはいけないが、プロはいいということなのだろうか。


それと、個人的には、職団戦の練習のために将棋大会を準備していたのだが、職団戦がなくなったため、こちらも中止。会場のスナックは大損害だ。

緊急の時は、合理的に判断するべき、というのが鉄則であるのは、原発事故の処理でも同様だが、まったく合理的とは思えない。


さて、先々週の出題作。





途中、二度の中合いが登場。かなり難問だと思う。

動く将棋盤は、こちら



さて、今週の問題は、あまり奥行きは深くない。



わかたと思われた方は、コメント欄に、最終手と手数と酷評を入れていただければ正誤判断。
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お客さまが、奴隷に

2011-03-25 00:00:43 | あじ
高度に発達した資本主義社会では、供給側よりも需要側の方が、立場が強いと言うのが一般的だ。「お客様は神様」ということになる。

ところが、先日の大震災の後、物不足となり、供給サイドが威張っているわけだ。「売ってやる方式」。言い換えれば「買わせていただく方式」ということ。

そんなことで、普段は来てくれる業者が、来てくれないわけだ。困ったことになる。

それで、何とか供給してもらえないかどうか。こちらから足を運んでいる。

お昼間に行く。

ペコペコ・・・ペコペコ・・・ペコペコ・・・

で、何とか商談終了。

お昼もわたし持ちである。その会社の近くにインドレストランを知っている。

「マンダラ2」。

かなり本物の味だ。ぞろぞろとメンバーがついてきて総勢5人になる。5というのは、レストランでは嫌われる人数だ。

まず、カレー選び。

チキン、海老、野菜、フィッシュ、卵の五種類・・・味は、甘口、中辛、激辛。

「卵入りのカレーは、こども用だから」、と牽制球を投げる。逃げ道封鎖。

「本場のカレーほど辛くないから」とレベルを上げる。

「フィッシュといっても、本場のフィッシュヘッド(魚の頭)カレーじゃないから」

「野菜は**能が・・」

「本当はチキンが本筋ですね」


「チキンの激辛」4名。私だけが「海老の中辛」となる。



で、巨大ナンが登場。

4人分のテーブルに5人で坐っている関係で、ナンが触れ合ってしまう。

そして、激辛チキンカレーはなかなか進まない。

「ビール要りますか?」

「じゃあ・・」

ますますテーブルが狭くなる。

まあ、そんな話である。
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軽いつづら(丸谷才一著)「六七三五」

2011-03-24 00:00:17 | 書評
tuzura丸谷才一著のエッセイ集。彼の小説は、とても素敵である。「笹まくら」「たった一人の反乱」「女ざかり」「裏声で歌へ君が代」。ある意味、村上春樹よりも読みたい作家だが、残念なことに作品が少ない。なんとなく、没後に全集を作りにくいような気がする。

エッセイなんか書かない方が大作家風になるのだが、つい読んでしまう。書名の軽いつづらだが、最近の人はつづらという意味を知らないというようなイヤミも書かれている。ただ、辞書を見ると、「つづら」は「葛」という植物を指し、くねくねと曲がりくねった蔓状の形態から、「つづら折りの道路」というように使われる。一方、その蔓を使って編んだ小さな籠のことも意味するようだ。どちらの意味で使っているのか、よくわからない。

で、取り上げたかったのが、冒頭の一話。「六七三五」。

少し前には1週間のトップニュースだった京都大学の入学試験に関することが書かれている。

京都大学数学科の事務所の電話番号のことだそうだ。

局番の後に続くのが、「6735」ということだったそうだ。これを口に出して、「ろくななさんごお」と読むのが普通の人なのだが、元数学教授だった森毅氏の話だと、「ろくしちさんじゅうご」と呼ばれているそうだ。

そのため、実際九九で、6×7=35と計算する人が沢山いるそうだ。森氏の話だと、「だから京大の数学の入試は寛容だ。九九の間違ひくらゐちつとも咎めない」ということだったそうだ。

ずいぶん、変わったものだ。


ところで、京大のカンニング事件だが、ずいぶん遠い過去になったような気がする。事件の通称もあったようだが思い出さない。「京大知恵蔵事件とかだったかな」

忘れ去られた第二の事件が「大相撲八百長事件」。震災の後の日本人の行動を見ていると、なんとなくわかってきた。「助け合い」なのだろう。「大きな社会」ということだ。だいたい、相撲のルールにもあいまいな点は多々ある。立合いの仕切りだって、手をついたかどうか、かなり疑問な点もある。きちんと平等にやるなら、陸上のスタートラインのように手をついてからピストルの音で立ち上がればいいのだが、そうは行かないのだろう。


小向美奈子氏釈放。証拠不足のため、嫌疑不十分となり、無罪放免となる。時節柄、少しは明るい話題かな(大いに微妙?)。しかし、何だったの?
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知的シングルになるためのゴルフ語源辞典

2011-03-23 00:00:14 | スポーツ
これは、ゴルフの本である。ゴルフの本なんか何冊読んでもゴルフが上手くなるはずはないと思いながらも、腰巻に「知るだけで10打縮まる!」と書かれていて、つい購入してしまう。



後で思うと、「知的シングル」と書かれているわけで、「ゴルフ」のハンディではなく、「知的ゴルフ」のハンディが縮まるということなのだろう。


なぜ、本など読むかと言うと、ゴルフ場に行けないから。ガソリンが買えないわけだ。車のタンクにはおよそ20リッターあるが、燃費は5キロなので、100キロしか走れない。いつも行く千葉のコースは往復120キロだし、御殿場の方のコースは80キロだが、富士山が噴火すると、火山弾の雨あられとなる。電車で行くにしても宅急便はいつ届くかはっきりしない。テレビをみても、国内トーナメントは中止だし、海外ツアーは深夜の放送だ。

それで、本書で面白い部分だが、結構、知った話が多い。

といっては身も蓋もないので、クラブの本数のこと。

今、クラブの本数は、ルール上、14本以下と決められている。なぜ、14本なのか。

ルールは1938年に決まった。ことのおこりは、米国の事情である。クラブメーカーが次々に色々なクラブを発明したため、ウォルター・ヘーゲンは25本、トミー・アーマーは24本。ハリー・クーパーは27本ものクラブを持っていた。一方、英国では、だいたい10本程度。アマチュアは8本というのが多かったようだ。

そして、全英オープンに米国選手が出場する時に、キャディから「割り増し料金」の話が出ていたそうだ。

で、14本に決まった理由だが、実際にクラブ本数を、米英で調べたそうだ。

英国のアマチュアの平均値が8本。米国のプロの本数が20本。これを足して2で割ったら14になる。(8+20)÷2。古来、よくつかわれる解決法だが、北方領土問題には適用されない。

ところで、自分の本数だが、ウッドが1、3、5の3本。ユーティリティが24度か27度のどちらか1本。アイアンが4.5、6、7、8、9、Pの7本。ウェッジが52度、56度のサンドと64度のサンドの3本。そして、パターは32インチか34インチのどちらか1本。つまり15本となって1本多い。何か1本を抜かなければならないのだが、あれこれ困ってしまう。本当は、パターの代わりにロフトの小さい、ドライバー(1W)を使ってもいいのかもしれない、と最近思っているのだが、世間体があるのでやったことはない。
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オリヲン座からの招待状

2011-03-22 00:00:34 | 映画・演劇・Video
「オリヲン座からの招待状」は2007年に上映されている。京都の小映画館を舞台としたノスタルジアである。宮沢りえが主演といってもいいのだろう(助演なのかもしれないが)。映画チャネルから録画しておいて、120分物を何回かに分けて観ている。まとめて2時間の時間がとれないのだが30分とか40分なら可能だ。




1時間半のところまで観ていたのだが、あと30分。どうも、人間どこで不幸に襲われるのかわからないのは、最近の地震をみてもそうだ。あと30分の結末がわからないまま、生き埋めになったら悔しい。あわてて、残りを観てしまう。(映画なんて観ていて、重要な避難情報を見逃したらどうしようかという問題もあるが。)

そして、映画人なら、映画館を守るという主人公たちの愛と苦難と長い人生を描いた浅田次郎の同名の短編小説の映画化であるが、小説をはるかに映画の方が凌いでいる。



こういう物語をもし自分が書けば、もっとハッピーエンドにして、映画館の後継者を見つけてしまうのだが、そうはならなかった。悲劇的ではあるが、喜劇的な部分もあるとも言える。時節柄、悲劇でないのならば、細かく考えることなく、「喜劇」であると言ってしまった方がいいかもしれない。

「無法松の一生」が一つのキーワードになっているのだが、ちょっと観たくなる。
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萩原朔太郎の原稿発見

2011-03-21 00:00:09 | 美術館・博物館・工芸品
大正の自由の風を代表する詩人、萩原朔太郎の自筆原稿が見つかった。



読売より。

前橋市出身の詩人・萩原朔太郎(1886~1942年)の自筆原稿1枚が見つかった。1917年刊行の第1詩集「月に吠える」の冒頭に収められている「地面の底の病気の顔」の前半部分で、米国人学者が所有していたものが、同市に寄付された。前橋文学館(前橋市千代田町)によると「資料的価値は極めて高い」という。19日から展示公開する。

同館によると、自筆原稿は約50年前、日本文学の研究で慶応大学の留学生として日本に滞在、「月に吠える」の英訳も手がけた、米国・オハイオ州在住のアンティオーク大学名誉教授ハロルド・ライトさんが所有していた。ハロルドさんは当時、前橋市を訪れたこともあったが、どのように入手したかは同館もまだ確認していない。


>どのように入手したかは・・・

まるで社会部の記者みたいな書き方である。

それよりも、注目したい点がいくつかある。

まず、用紙である。原稿用紙ではない。ただの紙に万年筆で書かれている。こういうのが朔太郎の流儀なのだろう。マス目に文字をはめこむような詩とは縁を切ったということだろう。



次の問題点だが、私の持っている岩波文庫版の詩集と問題の個所を比較してみる。詩集「月に吠える」の冒頭の詩「地面の底の病気の顔」である。

1.原稿では第二センテンスの文末に読点「。」があるだけだが、岩波版では各行の末尾に句点「、」がすべて打たれている。

2.2行目の「さみしい」と「さびしい」に悩んだ形跡が見える。原稿では「さびしい」を選んだように見えるが、岩波版は「さみしい」となっている。

3.「萌え」に、原稿では「もえ」とルビが振られている。

よくわからないので、調べると、朔太郎のデビュー作「月に吠えるは」、大正6年2月、500部が自費出版で発行されている。この詩集で一躍有名になった朔太郎だが、初版の古本価格が暴騰し、当初の5倍になったと言われる。このため、5年後の大正11年、再版を起こしている。この復刻版を元にして、現在のテキストがあるのだが、初版と復刻版がまったく同一のものなのか、詩人の手が入っているのか、確認できなかった。翌大正12年、「青猫」を発表した。

いずれにしても、この原稿を書き終えた後、いずれかのタイミングで、さらに自身の手になる修正があったことになる。


そして、調べているうちに、この復刻版の序文に朔太郎が「月に吠える」に託した精神的なつぶやきが書かれていた。

過去は私にとつて苦しい思ひ出である。過去は焦躁と無為と悩める心肉との不吉な悪夢であつた。

月に吠える犬は、自分の影に怪しみ恐れて吠えるのである。疾患する犬の心に、月は青白い幽霊のやうな不吉の謎である。犬は遠吠えをする。私は私自身の陰鬱な影を、月夜の地上に釘づけにしてしまひたい。影が、永久に私のあとを追つて来ないやうに。


犬は、月光の中の自分の影におびえる、というのは、近代日本が三つの戦争を経て、急激に走り始めた時期の文化人の多くが感じていた得体の知れない不安感を表現したのだろうか。実際は、得体の知れない不安は、得体が知れるようになり、真珠湾攻撃に至る。それから5ヶ月後、急性肺炎で56年の人生が終わる。
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ピカソコレクション

2011-03-20 00:00:13 | 美術館・博物館・工芸品
毎週、日曜日あたりには、美術館のこととか書いているのだが、そういう気分にもなれない。美術館も金曜までは閉館していたし、週末は買出しに行かなければならない。本当に食べるものに困ってきた。犬のフーズはなんとか手に入れたが、人間もペットフーズに手を出さなければならなくなる。また、ガソリンもないし、使い捨てコンタクトもなくなってきた。ということで、美術館に行くのではなく、自宅にある絵画を鑑賞することにする。

ただ、時節柄、あまり憂鬱なのはまずいし、海の絵もまずい。深刻な題材もちょっと避けたい。

となると、戦前から、わが「おおた家」に伝わる、ピカソコレクション。

ピカソは生涯70,000の作品を残したとも言われるが、例えば毎日、1枚書くとすると70,000の作品を描くには192年かかることになる。ということは、1日平均3作以上は描いていたはずだ。

特に、彼が枚数記録を伸ばしたのは1950年代と1960年代の頃だろう。何しろ、簡単に仕上げている。




まず、1953年の「新年」。男が手にしているのはサンタクロースのお面だろう。サンタクロース役の仕事が終わってほっとした感じだ。




1957年の「花瓶と花」。一体、何の花を描いたのだろう。ゼラ二ウムのような感じだ。スペイン名物の白い花瓶だ。結構割れやすい。バルセロナのピカソ美術館に絵画の買い付けに行った時に、美術館の前の土産物屋で、花瓶も衝動買いしそうだったが、帰る途中で割れる可能性は70%位と言われて、やめた。

ところで、ピカソ美術館はスペイン語では、「ムセオ・ピカソ」と言うようだが、タクシーで、何度「ムセオピカソ!」と怒鳴っても、運転手には、まったく通じなかった。

そのため、ミロ美術館に行く元気がなくなってしまったのだ。当時、ミロ美術館の近くには「首絞め強盗」がウロウロしていると言われていたし、何しろ、前日には、ニセ警官と格闘したばかりだったし。

「警察だが、パスポート見せろ」とか近寄ってきたので、
「ショーミー・ユア・ライセンス」とか言って、たぶんニセモノの安っぽい手帳みたいなのを見せられたので、手帳を取り上げて、

「ノー!ポリシア!」「アイム・ポリスマン・イン・ジャパン」と、こちらもニセ警官になりすまして、突き倒してやったわけだ。




1958年の「花束」。何か違和感がある原因だが、花をつかむ手が、二本とも右手である。ということは、右手が二つある人物を描いたか、あるいは二人で花を握った瞬間を描いたのか。かなり問題だ。モデル代は二人分なら2倍かかる。




1961年の作。「闘牛」。馬に乗った闘牛士が牛退治をするところだ。




そして1961年の鳩の絵。嘴で咥えているのは花々である。平和への使者である。




そして、速描きといえば、別の鳩。何かクレヨン画のようにも見える。これでなければ70,000作も描けないだろうと推測する。
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大震災の夜に一瞬笑った、かもしれない人

2011-03-19 00:00:29 | しょうぎ
順位戦B1級最終戦。注目は、屋敷伸之・松尾歩戦。勝った方がA級に昇級。直接対局である。ところが、対局の行われた3月11日。東京の将棋会館も地震に襲われることになる。将棋連盟のHPによれば、地震のあと、午後6時まで対局が中断し、その後、余震の続く中、再開されたとなっている。結果、屋敷九段の勝ちということで、39歳で、初のA級昇進ということになった。

個人的には、二人ともに昇級してもらいたかったのだが、昇級枠2のうち既に1席は佐藤九段に決定していた。佐藤九段が突如引退でもしなければ、どちらか一人ということになる。

実際、松尾七段は渡辺竜王と兄弟弟子の関係にあるわけで、仮に松尾昇段だった場合、A級に渡辺明が二人いるような感じになっただろうから、メンバーの多様性という意味で言えば屋敷九段の方が面白いのかもしれない。何しろ、本業の将棋の研究が嫌い、という、なまけもの型人間には鑑のような棋士である。

ただ、若くして棋聖位を獲得した一方、順位戦では大渋滞に巻き込まれてきた。地震のあとの日比谷通りみたいだ。

昭和63年前期三段リーグを1期で卒業。

平成元年。C2リーグを9勝1敗で1期で卒業し、C1級に昇級。

この時、本人含め、棋界の誰もが、今後の彼の大渋滞を予測してはいなかっただろう。事実、棋聖位を獲得する。

C1級の1年目は8勝2敗であったが、この年、C1は上下に勝ち星が分かれてしまい6位になっている。

そのC1の1年目の最初に当たったのが、所司五段(当時)。奇しくも渡辺竜王と松尾七段の師匠である。対局は屋敷新五段の勝利に終わったのだが、負けた所司五段は、その後9連勝し、9勝1敗となったのだが、運悪く、全勝者が2名いたため、頭ハネとなってしまう。後年、竜王就位式などのパーティーのスピーチで、「9勝1敗で昇級できなかったショックで、もう棋士として上を目指すのではなく、将来の名人を目指す棋士を育てる気になった」と述懐している。

痛恨の一局ではあるのだが、逆に竜王を生んだ運命の一局だったというのかもしれない。

そして、棋士屋敷伸之はC1リーグを一度も負け越すことなく牢名主として14期を務め、平成15年、B2級に脱出。B2級も一度も負け越すことなく4年かけてB1級に昇級。ここで初めて順位戦での負け越しを経験。というか降級の危機を逃れる。3年目にしてA級に昇級したものの来期の順位は最下位。4勝5敗の負越しでも陥落危機となるわけである。

遅れてきた青年とは既に呼べない39歳である。思えば、大震災の夜に誕生したA級棋士。相手は皆強いかもしれないが、勝負は時の運としても、ネバーギブアップ精神で粘りぬいてもらいたいものである。


さて、3月6日の出題作の解答。



▲1二金 △同玉 ▲1三金 △2一玉 ▲1一飛 △同玉 ▲2二桂成 △同玉 ▲1二金まで9手詰。

初手が3手目と連動している。そして、この3手目が見えにくいわけだ。1三同玉は1一飛、1二合、2二桂成、1五桂、2二飛成まで9手、駒余りで詰む。4手目下に逃げるようでは勝負ありとなる。

この問題、持ち駒が、飛金金となっているが、飛香歩でも詰むのだが、それでは誰でも歩、香、飛と順番に駒を打ってすぐに詰ませてしまうのだろう。

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今週の問題



以前の作のリメイクで恐縮。通勤疲れで余裕なし。


わかった、と思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ、正誤判断。


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スーパーに列、スタンドに列、パン屋にも列

2011-03-18 00:00:04 | 市民A
朝の8時、ある駅の光景。駅前の大型スーパーの前に列ができている。開店2時間前だ。



確かに品薄になっているものがある。一説には買占めという消費者行動が原因とされるのだが、果たしてそうだろうか。

スーパー側が放送している内容は、「入荷量は、いつもの日よりも、少し少ない。カップめんは、ほぼ入荷されない。」とのこと。

では、この人たちは何を買いに来ているのか。実際に今不足しているものを、町の情報で総合すると、

パン、牛乳、乾電池、トイレットペーパー、米、ガソリン、自転車といったところだそうだ。

まず、食品だが、ないと言われるものには、それぞれ理由があるようだ。例えば牛乳は、紙パックの工場が被災しているためだ。同様に、それなりの理由で不足しているものが結構あるようだ。パンはよくわからないが、小麦粉もないようだ。小麦粉でパンを作ろうと思っても、電力の大消費になると思われる。


ところで、首都圏の人たちを惑わせる新しい原因が、「余震」。最近は、富士山の直下のような場所で震度6強である。

長生きすると、富士山の爆発を見ることができるかもしれないと子供心に漠然と思ったことがあった。少し、現実化しているのかもしれない。厳密には僅かに富士山と位置が違うのだが。
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生活物資の不足とか

2011-03-17 00:00:39 | 市民A
生活物資が不足している上、計画停電。近くのローソンにパンと電池を買いにいくと、品切れどころか営業中止だった。近くのスーパーも営業していないし、計画停電の計画があるから、とのことだ。



どういう不平等かわからないが、グループ5ばかりが計画停電の対象になる。そのため、地域内の店舗が、当日の朝に閉店を決めてしまう。だから、実際に予定時間に停電しなくても、閉店のままになってしまう。

ということで、パンも買えず、電池も買えないし、ガソリンも残り少ない。

では、なぜ、そういうものがなくなってしまうかというと、最初の理由として、「買い集め」する人がいるからだ。数日前から、どういう人が買い集めているかを慎重に観察していると、主に二つの種類の人である。まず、老人。ようするに待つ時間が苦にならないからだ。
そして、団塊世代。会社の近くのガソリンスタンドに列をなす人たちを注意深く観察すると、ほとんどが団塊世代である。こどもの頃の苦労を思い出すだけでもこんなの苦にしないのだろう。

そして、次の理由だが、「国民が政府発表を信じていない」ということなのだろう。

たとえば、「国内には食料は十分にある」、とも聞こえてきたが、よく考えると食料自給率は40%しかないのだから、十分にある、と言うわけじゃないだろう。もともと、余分なんかないはずだ。

自分が仕事をしている関係でも、政府発表は、かなり好い加減だ、むしろ「デマ」の範疇に入るだろう。だから、専門外の分野の話でも、「これもデマ」だろう、と思ってしまうのだ。


ところで、総理は東電に行って、「撤退するなら100%東電はつぶれる」と言ったそうだが、撤退しようがしまいが、つぶれた方がいいのかもしれない。何らかの事故の終結をつけたあと、そういう責任論の話になるのだろうが、もともと、東電って利益率が非常に低いし、既に行った過剰投資のためクビが回らないということなのだろう。今後、脱原発方向の政策に転換した時に、足手まといになることが予想できるからだ。


それと、物資を被災に移送と言われるけれど、仙台の沖合にはコンテナが海面ギリギリに沈んでいて、船上からはほとんど見えないそうだ。簡単にいえば、タイタニック号の氷山のようなものだろう。
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