「有機化学美術館へようこそ/佐藤健太郎・技術評論社」。この本がすばらしく売れているそうだ。一体・・
有機化学が好き、という人はそう多くない。だいたい、理科が好きという人が多いわけでもないし、その中でもこの有機化学というのは特殊分野だ。溶剤の中での実験を繰り返し、目的の反応を起こし、新種の物質を作る。時に猛毒ができたり、まったく意味不明の物質になったり・・そして大半の実験は、長い忍耐の時間の末、失敗におわり、処分に困るゴミと化す。
たとえば、インフルエンザの特効薬?であるタミフルは中国産の植物、八角の中に含まれるシキミ酸を10回化合させ作る。こういう何回もごく一部を変えながら目的の化合物へと近づいていくわけだ。その回数が増えれば増えるほど収率は下がるし、複雑になる。たとえば40回も組み換えていくようなものもある。
ある意味で詰将棋の製作のようである。
そして、その分子構造を美しくヴィジュアルに見せたのが、この本である。おそらく、過去に有機化学に触れた多くの人達が、この本を買っているのだろう。ついでにホームページ、ブログも存在する。
そして、この本の中には、あちこちにノーベル賞の話が登場する。著者にノーベル賞の潜在願望があるのかもしれない。日本人である白川さん、野依さん、田中さんの発見した構造も公開されている(あまり美しくない)。
そして、余談がいくつか紹介されているのだが、そのうち二つを紹介してみる。一つはノーベル賞の話なので今回。もう一つは、なんとも得体の知れない国際政治というか近代史というか、まったく化学と違う話を自分でみつけたので別の日に。
有機化合物の中の発ガン性物質の発見
現代では数多くの発ガン性物質が発見されている。その中でも魚の焼け焦げやコールタールに含まれる「ベンゾピレン」は最も強烈な物質だ。DNAに極めて強い反応性を持ち、破壊されたDNAが異常増殖する。こうした化学物質による発ガン性を世界で最初に証明した人物こそ、日本人「山極勝三郎(東京帝大)」で、1915年のことだった。彼は、ウサギの耳にコールタールを塗ること3年で人工的な発ガン実験に成功している。
ところが、ほぼ同時期にデンマーク人のヨハネス=フィビゲルは寄生虫がガンの原因になるという実験結果を発表し、1926年のノーベル医学・生理学賞を受賞。
しかし、実はこの説は特殊なラットにのみ起こる現象であり、まったく一般性のない学説だった。もちろん現代の医学は、山極の説の延長線上にあり、当然、山極の方が100倍ほど重く評価されるべきなのだが、それらが判明したのは両者の死後のこと(1977年)。この件はノーベル賞史上最大級のミステークとされている。本来なら、日本人ノーベル賞第一号は山極先生であったはずなのだ。
ところで、この本にはまったく関係ないのだが、山極事件より前には、野口英世が何度もノーベル賞候補になっている。黄熱病の研究においてだ。彼は主に米国で研究活動を続け、黄熱病を病原菌説に求め、ワクチンを開発している。米国でもっとも有名な日本人であった。そして、彼がノーベル賞を受賞できなかったかのは、ただ白人でなかったから、と言われているのだが、幸か不幸か、黄熱病が細菌ではなくウイルスによるものであることがわかったのは、野口が黄熱病に罹り亡くなった後なのである。
しかし、フィビゲルと野口の大きな差は、フィビゲルの説は、「単なる間違い」であるのに対し、野口の誤りは、その誤りの原因を世界中の学者がフォローし、「ウイルスの発見」につながっていったことであり、実際にノーベル賞をとっていても、後年、彼の評価が取り消されることはなかったと考えられる。「愚かなミステークではなく、偉大なミステーク」ということだ。
そしてついでに野口に関するこぼれ話だが、ちょうど野口が米国の有名人になっていた頃、詩人野口米次郎(ヨネ・ノグチ)の婚外子である日米ハーフの芸術家の卵が、「イサム・ノグチ」名を名乗ったのは、まだ無名だった彼が「野口英世の息子」と世間が誤認するようにという深慮遠謀によるものだったそうだ。(ドウス昌代・「イサム・ノグチ」による)
有機化学が好き、という人はそう多くない。だいたい、理科が好きという人が多いわけでもないし、その中でもこの有機化学というのは特殊分野だ。溶剤の中での実験を繰り返し、目的の反応を起こし、新種の物質を作る。時に猛毒ができたり、まったく意味不明の物質になったり・・そして大半の実験は、長い忍耐の時間の末、失敗におわり、処分に困るゴミと化す。
たとえば、インフルエンザの特効薬?であるタミフルは中国産の植物、八角の中に含まれるシキミ酸を10回化合させ作る。こういう何回もごく一部を変えながら目的の化合物へと近づいていくわけだ。その回数が増えれば増えるほど収率は下がるし、複雑になる。たとえば40回も組み換えていくようなものもある。
ある意味で詰将棋の製作のようである。
そして、その分子構造を美しくヴィジュアルに見せたのが、この本である。おそらく、過去に有機化学に触れた多くの人達が、この本を買っているのだろう。ついでにホームページ、ブログも存在する。
そして、この本の中には、あちこちにノーベル賞の話が登場する。著者にノーベル賞の潜在願望があるのかもしれない。日本人である白川さん、野依さん、田中さんの発見した構造も公開されている(あまり美しくない)。
そして、余談がいくつか紹介されているのだが、そのうち二つを紹介してみる。一つはノーベル賞の話なので今回。もう一つは、なんとも得体の知れない国際政治というか近代史というか、まったく化学と違う話を自分でみつけたので別の日に。
有機化合物の中の発ガン性物質の発見
現代では数多くの発ガン性物質が発見されている。その中でも魚の焼け焦げやコールタールに含まれる「ベンゾピレン」は最も強烈な物質だ。DNAに極めて強い反応性を持ち、破壊されたDNAが異常増殖する。こうした化学物質による発ガン性を世界で最初に証明した人物こそ、日本人「山極勝三郎(東京帝大)」で、1915年のことだった。彼は、ウサギの耳にコールタールを塗ること3年で人工的な発ガン実験に成功している。
ところが、ほぼ同時期にデンマーク人のヨハネス=フィビゲルは寄生虫がガンの原因になるという実験結果を発表し、1926年のノーベル医学・生理学賞を受賞。
しかし、実はこの説は特殊なラットにのみ起こる現象であり、まったく一般性のない学説だった。もちろん現代の医学は、山極の説の延長線上にあり、当然、山極の方が100倍ほど重く評価されるべきなのだが、それらが判明したのは両者の死後のこと(1977年)。この件はノーベル賞史上最大級のミステークとされている。本来なら、日本人ノーベル賞第一号は山極先生であったはずなのだ。
ところで、この本にはまったく関係ないのだが、山極事件より前には、野口英世が何度もノーベル賞候補になっている。黄熱病の研究においてだ。彼は主に米国で研究活動を続け、黄熱病を病原菌説に求め、ワクチンを開発している。米国でもっとも有名な日本人であった。そして、彼がノーベル賞を受賞できなかったかのは、ただ白人でなかったから、と言われているのだが、幸か不幸か、黄熱病が細菌ではなくウイルスによるものであることがわかったのは、野口が黄熱病に罹り亡くなった後なのである。
しかし、フィビゲルと野口の大きな差は、フィビゲルの説は、「単なる間違い」であるのに対し、野口の誤りは、その誤りの原因を世界中の学者がフォローし、「ウイルスの発見」につながっていったことであり、実際にノーベル賞をとっていても、後年、彼の評価が取り消されることはなかったと考えられる。「愚かなミステークではなく、偉大なミステーク」ということだ。
そしてついでに野口に関するこぼれ話だが、ちょうど野口が米国の有名人になっていた頃、詩人野口米次郎(ヨネ・ノグチ)の婚外子である日米ハーフの芸術家の卵が、「イサム・ノグチ」名を名乗ったのは、まだ無名だった彼が「野口英世の息子」と世間が誤認するようにという深慮遠謀によるものだったそうだ。(ドウス昌代・「イサム・ノグチ」による)