応援

2012-07-31 00:00:31 | スポーツ
先週終わった都市対抗野球に現勤務先の取引先企業が出場したため、営業上、応援参加ということになった。東京ドームはエアコン完備なので、まだしも・・

といっても、出場選手の名前も、さらに相手チームのチーム名すら知らない。野球のルールは知っている。少しだけ、重要ポジションをこなしていたことがある程度だ。感覚的にわかっているのは、応援するよりも応援される方が気持ちいいということかな。

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で、内野席の後ろの方(つまり準外野席)で応援グッズを振り回すことになったのだが、要領がよくわからないまま、どうも試合の方がどんどん進んでいって、お仕事終了となる。予想と異なり、相手チーム(あるいは味方チーム)にヤジを飛ばすという習慣はないようだ(広島じゃないから)。

見たところ、外国人選手はいないようだが日本人限定なのだろうか。都市対抗といっても東京は「東京都」という単位らしいが、大阪が「都」になるとどうなるのだろう。

その他、色々と疑問が湧きあがったが、ドームを出て三歩あるいたら、ほとんど忘れてしまった。

ところで、トーナメント制なので、勝つとワンモア・プリーズとなるのだが、本当にみんなが応援しているのだろうか。
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数寄屋橋跡

2012-07-30 00:00:07 | 歴史
数寄屋橋といえば、今やミシュラン3ツ星(「食べログ」でも最高点5ツ星中、3ツ星評価)の寿司屋『すきやばし次郎』の方が有名だが、有楽町マリオンの前の宝くじ売り場の前の交差点のあたりに「数寄屋橋」があった。

古地図を見ると極めて小さな橋で、B級観光スポットガイド「東京の歴史名所を歩く地図」によれば、慶長年間に織田有楽斉のお数寄屋敷があったことによる命名ということらしい。

先日紹介した「タクシー生誕100年」の最初のタクシー会社(タクシー自働車株式会社)がこの数寄屋橋傍にあったとされるので、痕跡を探してウロウロしてみたが、タクシーの空車はあり余っているが、手掛かりはつかめなかった。

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そして発見したのが、数寄屋橋公園内にあるシチズン時計のニセ太陽の塔。ちょっとお笑いだ。そして全く目立たない地味な碑があって、菊田一夫の手になる一文が刻まれている。

「数寄屋橋此処にありき」

つまり、今は、橋はないが、私が書いた大ヒットラジオドラマ「君の名は」の頃には橋があったということを言い訳風に説明しているわけだ。

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慶長年間に造られた木造の小さな橋は、1929年に洋風の二重アーチの美しい石造りとなっていた。そばには朝日新聞社(今のマリオン)があった。その頃には例のタクシー会社は台数を飛躍的に伸ばしていたのだが、新聞社のお抱えだったのだろうか。

そして、美しい二重橋を若い男女の半年ごとの再会の場として設定した菊田ドラマは1953年に大ヒットする。なぜか半年ごとの再会がお互いの都合で上手くいかないというジラシストーリーである。もちろんメールのなかった時代だから、会えないと半年待ちになる。というか、相手の名前を知らないのだから、メールしようにもアドレスがわからないはずだ。

その後、有楽町にはそごうデパートが1957年に出店。駅をはさんだ朝日新聞に対抗して読売グループがバックアップ。宣伝ソングとして『有楽町で逢いましょう』をフランク永井が歌うのだが、歌詞には数寄屋橋は登場しない。そして翌年の1958年に数寄屋橋は高速道路建設によって橋の運命を終える。そこに橋があったことを想像させるのは、交番の名前と前述の地味なデザインの碑だけである。

ドラマの中で半年ごとにすれ違いを続けていた男女も、もはや出会いのチャンスを失い、気落ちした男(佐田啓二)はその数年後に他界し、安心した女(岸恵子)の方は、今も健在である。
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アール・デコ 光のエレガンス

2012-07-29 00:00:14 | 美術館・博物館・工芸品
汐留のパナソニック汐留ミュージアムで開催中(~9月23日)の『アール・デコ 光のエレガンス』展へ。

まず、さすがにパナソニックであると言えるのは、この猛暑なのに館内の冷房がガンガンと効いていること。やはり、芸術鑑賞にはのんびりとした空間が必要ということだろうか。

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さて、アール・デコだが、アールは英語でアートつまり美術ということで、デコはデコレーション。つまり装飾美術ということになる。ずいぶん簡単なネーミングだが、アール・ヌーヴォーだって、「新美術」。1900年頃にそういう名前が使用済みになったので、その後の美術界はネーミングに窮してしまう。もっとも音楽だって、「現代音楽」が100年以上前だったり、経済学だって「新新古典派」なんて、とんでもない用語があるし、「新幹線」とか「新日鐡」なんかもある。

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ずいぶん横に行ってしまったが、後期アール・ヌーボーの発展形で、美術館の中にしかなかった美術品が高級品ではあるもの日用品として市民の手に渡っていく過程が、アール・デコだったのではないだろうか。

第一部では、ガラスを用いた照明器具を中心に展示。柔らかな曲線とエジプト文明を起源とするシンメトリックの感覚を、20世紀初頭人が手に入れた自由な照明に怪しいカラ―が暗い会場を妖艶に彩る。

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第二部では、陶器や石材といった硬質な素材を用いた工芸品の世界。照明器具ではエジプト妙味であったものが、工芸品ではギリシア風が主流である。デザインのギリシア風のみならず、ギリシア神話をモチーフとした作品も並ぶ。こういう感覚は日本からは生まれない(過去にとらわれないのがクールジャパンの世界なので、それでいいのだろうけど)。

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第三部は、アール・デコ界のスーパー・ヒーローであるルネ・ラロックを中心としたエリア。思えば、アートが工業製品に組み込まれていったのは、この頃からなのだろう。自動車、照明、食器。・・・

自宅の天井に取り付けられたシャンデリアもどきも、まさにここからの流れの中にある。松下電工製。あと100年使えば博物館入りかもしれない。消費電力360ワット。1日6時間100年使うと、電気代は今回の値上げを織り込むと200万円程度になる。
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和服よりも浴衣か

2012-07-28 00:00:41 | しょうぎ
渡辺竜王のブログに、最近、和服を購入したことが書かれていた。

竜王戦用の和服はかなり沢山あるのだが、いつも冬物なので、今度は王座戦用に夏物和服を充実させた、というような内容だ。

最近の激暑を思えば、夏物とはいえ、重ね着の上、足袋まで必要なのだから、むしろ和服ではなく浴衣に素足、そして扇子ではなく団扇にして、窓を開けて渦巻き蚊取り線香あたりで対局に当たれば、いかにも庶民的な味が出ていいのではないかと思うのだが。

ただし、具体的に現竜王が浴衣になった場面を想像してみると、昭和レトロの世界になって、「いじめられっ子」という雰囲気になってしまうような気がする。


ところで、「竜王戦用の和服が多い」と言う意味の話を他の棋士が読めば、かなり頭に血が上りそうな感じだろう。高額対局料を独り占めという図を遠まわしに言っているようなものだ。

そして、これから夏服対局に力を入れるということは、夏にタイトルマッチが行われる棋戦を狙うという宣言のようにも聞こえる。

タイトル戦の戦われる時期を調べると、

 王将戦 1~3月
 棋王戦 2~3月
 名人戦 4~6月
 棋聖戦 6~8月
 王位戦 7~8月
 王座戦 9~10月
 竜王戦 10~12月

つまり夏物和服を買うのは王座戦、竜王戦用ではなく、来年の名人戦(6、7局目)、棋聖戦、王位戦あたりを狙っているのだろうと、想像がつくわけだ。


さて、7月14日出題作の解答。

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▲3一銀 △1二玉 ▲2一角成 △同玉 ▲3二と △同玉 ▲4二馬 △2一玉 ▲3二銀 △1二玉 ▲2二銀成 △同玉 ▲3一馬 △1二玉 ▲2一銀不成まで15手詰。

駒が少しずつ動くという変な感じの問題。1三に玉が逃げると▲3五馬で対応することになる。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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製作途中で、気が変わったというような感じを嗅ぎつけたとしたら、いい勘してますね、って・・

手数のヒント:大橋宗桂が初代名人所の所長に就任したのは何世紀のことか。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
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ひよこ豆のカレー

2012-07-27 00:00:09 | あじ
突然、宅配便が届いて懸賞の当選を思い出す、ということはよく起こるのだが、今回は「中村屋のレトルトカレー」。

そういえば、ケーブルテレビの番組雑誌の懸賞(読者プレゼント)で、ホームページ上で何回かクリックして応募したことを思い出した。

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あらためて雑誌を探し出して調べてみると、当選者10名に対して、各3個の新宿中村屋のレトルトカレーを進呈ということになっていた。なんとなく景品総額が低いような気がする。

その結果、当選して景品が郵送されたということに過ぎないのだが、ちょっとだけ期になる文書が同封されていた。

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「同封の新宿中村屋のカレーセットは、誌面では2種類3個でしたが、2種類5個のセットとなりました」と、書かれている。

読んだ最初は、「気前がいいなあ」と思っていたのだが、そのうち、ある推測がわきだしてきた。つまり・・・

最初は10人掛ける3個で合計30個の予定だったのだろうが、もしかして応募者が6人しかいなかったのではないだろうか。(30÷6=5)

となれば、来月も応募すればいいのだろうが、団塊世代じゃないので、そういうことはしない。2ヶ月に1回はカレー応募するかもしれない。

ところで、2種類のカレーといえば、「野菜とひよこ豆のカレー」と「チキンカレーマイルド」。この中でわからないのが「ひよこ豆」。

さっそく食べてみたのだが、白いエンドウ豆といったところだろうか。細かな味はすべてカレーに打ち消されていてよくわからないといったところだ。
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Welcome to Japan

2012-07-26 00:00:48 | 市民A
東京湾アクアラインの途中にある「海ほたるPA」に寄る。天気のいい時にはいつも駐車場が満車なのだが、さすがに雨模様の曇り空では視界不良のため、駐車場に空きが出る。

残念ながら、東京のテレビ塔は1本も見えないが、行き交う船舶はかろうじて見える。アクアラインは川崎と木更津を結んでいるので、神奈川側から見れば、横浜よりも北で川崎の向かいあたりの場所である。

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なぜか海上保安部ではなく千葉県警の警戒船が「海ほたる」の周りをぐるぐると周回していた。Welcome to Japan ということだ。


なにか御禁制品の海上での受け渡し情報でもつかんでいるのだろうか。大捕物を期待してしばらく展望台で風に当たっていたが、残念ながら警戒船は立ち去った。逆におとり情報で釣り出されたのかな。

幕末のペリー来航の時は、琉球で恐喝外交をやったあと本命の日本に標的を絞って、このあたりから品川沖に進入。その後色々あって、琉球も浦賀も米国の支配下に入り、現在も巨大な米軍基地がおかれている。

そして、川崎から木更津へ向かった道路は、その後、少しずつ工事が進んでいて、成田空港へつながる計画になっている。ちょっとコストパフォーマンスが悪そうな場所に計画戦が引かれているのだが、これが東京を取り巻く圏央道の一部になっているというと、驚く人が多い。

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で、圏央道の計画線を確かめてみると、何か不思議な感じになる。環状ではなく、逆「の」の字とでもいうべきか、始点と終点とがずれている。なんとなく「第二のアクアライン計画」があるという噂を聞いたことがあるのだが、富津(木更津よりさらに南)から横須賀までのトンネルを作って、その先を厚木、平塚方面に伸ばせば巨大な環状道路になるような気がするのだが、やめた方がいいだろう。今でも圏央道はガラガラだ。さらに、現在の高速道路だけでも覚えきれない。

都心環状線じゃないのだから、向きを間違えたからと言って面倒だからと一周する人もいないだろう。あるいは暴走族が一周何時間何分というようなタイムレースでもするかもしれないが、ただ真っすぐなだけの道路って、運転しても楽しくないだろう。
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風が強く吹いている(2009年)

2012-07-25 00:00:42 | 映画・演劇・Video
オリンピックが近付いてきたのでスポーツ物映画を観る。ただし、オリンピックの種目ではない。

駅伝。

それも、箱根駅伝である。

長距離走で小出コーチといえば、メダリスト育成で有名だが、本映画に登場する小出コーチは別人だ。小出恵介。そうダブル主役の一人を演じる俳優だ。学生兼ランナー兼コーチ兼食事係。

舞台は、竹青荘という木造ボロアパート。ここに集まった学生たちには、それぞれちょっとした陸上競技での過去があり、多くは走る気力なくダラダラとした毎日を過ごしていた。

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ただ、ハイジ(小出)だけは異なっていた。いつか輝く日を目標に優秀な学生を探していたのだ。そこに現れたのが、林遣都が演じるカケル。ストーリーは、この二人を軸に、彼らの所属する寛政大学駅伝部が、箱根駅伝で活躍するまでの苦闘を描いていく。

原作は、今や「書けばベストセラー」という三浦しをん。

本来なら、大感動作なのだが、いつもこういうパターンの感動物を観ているので、中感動といったところだ。原作に引っ張られているような感じもある。

そういえば、カケルを演じる林遣都は、「バッテリー」でも主役のピッチャー役だったが、これも原作は、かつては「書けばベストセラー」だった、あさのあつこ。彼は高校では野球をやっていたそうだが、スポーツ物中心にはまってしまった。ロンドン五輪で、感動ストーリーがあれば、実録物映画で主演を張れるかもしれないが、男子選手は弱いので無理か。

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また、肌の黒い外国人ランナーを演じるのは、ダンテ・カーヴァー。むしろソフトバンクの白戸家の人々としての方が有名だ。実は、彼はケニア人ではなく米国人。高校の時は陸上部で短距離を走っていたそうだ。100メートル10秒4ということは、日本に住むなら、俳優としてではなく帰化選手になるということも考えられなくはない。既に手遅れだが、日本代表として金色メッキの銀製メダルを獲得して、スポーツ映画の主役をやればよかったかもしれない。
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命のビザ、遥かなる旅路(北出明著)

2012-07-24 00:00:08 | 書評
最近、97歳の元ナチスの幹部がハンガリーで逮捕された。すでに欠席裁判で他国で死刑判決を受けているそうだが、まだ大戦が終わっていないという一つの局面だろう。一方、ドイツの同盟国だった日本も、それなりに極東裁判において裁かれ、さらに今なお、周辺国からは当時のことが追求されている。

ただ、ドイツと異なる点はいくつかあって、その一つは被爆国になったということが贖罪の一部をなすのだろうが、もう一つの贖罪が杉原千畝の行為なのだろう。駐リトアニアの外交官として、日本のビザを発行し、欧州のユダヤ民族約6000人を日本経由で米国はじめ多くの国々へ脱出させたことで戦後有名になった。避難民は、シベリア鉄道を経て敦賀港に上陸。その後、脱出先を決め横浜、神戸から世界各地に逃避していった。

sugiharaそして、杉原ストーリーについては既に大量の書物が出版されているのだが、本書は、幸運にも杉原ビザを手に入れた人たちが米国へ逃避していった、その避難民とそれを手助けした多くの日本人のストーリーなのである。

本書の筆者は北出明氏といって本職の作家ではない(文章は私の方がうまいかもしれない?)。国際観光協会で長年海外勤務をされ、退職後、経験を生かして何冊かを上梓している。その一環として、知人である元日本交通公社(JTB)ニューヨーク支店の職員だった大迫辰雄氏の所蔵品の写真から、ウラジオから敦賀までは日本海汽船の「天草丸」が使われていて、その時に同乗していた大迫氏にユダヤ人たちから託された写真だったことがわかる。

本書は、その写真を持って北出氏が米国各地を訪問した時の記録でもあり、また彼らが乗船した客船の運命の記録でもある。私も以前、ある空襲の被害についての記録を調べたこともあるが、戦争の記録を紐解くとなると、徐々に気持ちが悲惨になっていく。人間の生死すら、○百人とか○○万人とか、まとめて何人というようになっていて、そこに個々の人間性は否定される。

戦争の記録は、書けば書くほど辛くなるようなことは多いのだが、本書ではそこまでは踏み込まないので、安心して読めるとも言える。

また、うっすらと予感させるのは、日本から逃避していった人びとの中には杉原ビザ以外のルートもあったのではないかというような雰囲気なのだが、確かに調べてもよくわからない。(満州に樋口季一郎陸軍中将がいて、多くのユダヤ人を上海に逃れさせたということが知られているが、その件とは別である)
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大人になれない鳩。

2012-07-23 00:00:43 | 市民A
毎週金曜恒例の反原発デモに鳩山元首相が参加したそうだ。民主党の説得を無視したようだが、元々党員資格停止中なのだから、党につべこべ言われる筋合いじゃないということなのだろう。

しかし、鳩山氏は政治家なのだから、本来、反対する動機を政治的メッセージとして発信し、世論の評価に任せればいいのではないだろうか。沖縄だってぐちゃぐちゃになったのは、意味不明ないい加減な発言からだ。辞めると言って辞めなかったりしたのだから、コトバや行動を軽く考えているのだろう。

それよりも前に、既にお金持なのだから母親からのお小遣いは断るべきなのだろう。そんな人は世間にはいない。


ところで、反原発デモが、なぜ国政に政治的影響力を及ばせないかという点だが、それはデモの目的が、「○○反対」というスタイルだからだろう。反対するだけでは政治にはならないのは安保闘争の時からわかっているわけで、安保反対論だって、「親ソ」や「再軍備志向」や「丸腰論」や右や左の人たちがごちゃごちゃしていたと思う。「タダ乗り批判」はなかったが米国にはあったのかもしれない。


原発反対論の中にも、「元々の反核派」「安全不信論派(地震対策等未完成)」「民主党が嫌い(あるいはいつも反体制)派」「原発が止まると有利になる人たち(代替エネルギー関係者)」「反文明(電力不要論)」他さまざまな意見があり、たぶん今のところどの筋が主流意見なのかも判然としない。

しかし、原発を推進していくことに何らかの大問題があるのは別にデモがあってもなかっても自明なのだろう。

だから、一方で「原発比率を決めないと、将来のエネルギー政策が立てられない」という詭弁を用いて全国で「意見聴取会」を開催していているが、そんなものいくらやっても無駄としか思えないわけだ。

(化石燃料)+(再生可能エネルギー)+(原子力)=(発電量)

(発電量)-(送電ロス)= (電力需要)

という式の一つずつの項目の検討をした上で、付加的問題として、(原発技術輸出)(CO2問題)(省エネ対策)(将来の核武装計画)とか検討すべきであって、何も「原発比率先決め」ということでもないと思うわけだ。

ただし、実際には原発を設置する場所が見つかるかどうかは大いに疑問があるわけ。なにしろ津波に弱いのは当然としても、構造上直下型のような強震度に原子炉が耐えられるのかどうか、いまだに報道されていない。
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東洋文庫ミュージアム

2012-07-22 00:00:54 | 美術館・博物館・工芸品
博物館フリークとしては、少なくても都内の博物館について見逃すわけにはいかないが、無理無理行っても、大はずれなことも時にはある。まあ、期待半分といったところで訪れるのがちょうどいいような感じだ。

そして、駒込にある東洋文庫ミュージアムは、まだ未踏の博物館の一つであった。そして、それは予想と大きく異なり、結構大がかりなものだった。

そして、開催中の展覧会の前に、この東洋文庫の歴史だが、三代目の三菱当主の岩崎久弥が、自ら買い集めた東洋に関する文献を屋敷ともども寄付する所から始まる。

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その保有するコレクションは世界有数ということだそうだ。確かに。

ちょうど、「ア!教科書で見たゾ」展が開かれていて、歴史の教科書に登場する数多くの挿絵や原典が展示されている。

たとえば、アダムスミスの「国富論」や杉田玄白の手による「解体新書」などだ。その他、内外の古典類が多数このミュージアムには眠っている。

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ところで、この東洋文庫ミュージアムには、建物の立派さに圧倒されてしまう。

そして、内装。

例えば、自宅を建て替えたりしようと思っている方で、先祖代々から引き継いだ多量な蔵書類を保管(というか手に余しているというか)しているケースで、ちょうど家の建て替えを考えているような場合はこのミュージアムの書棚を参考にするといいだろう。特に圧巻は、モリソン文庫である。数万冊を三菱が買い取ってから長い間、陽の目を見なかったのかもしれない。今は巨大なスペースに『適当なサイズの書棚』が並んでいる。書棚の摩天楼という感じだ。

余りの見事な展示に、思わず手を出して書籍を開いてみたくなるのだが、手を伸ばすと直ちに警報機が作動するようになっているらしい。思えばミュージアムの隣は、駒込警察である。5分後には檻の中にいるかもしれない。
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僅かな遅配感で感じる詰パラの未来

2012-07-21 00:00:20 | しょうぎ
banjo今や唯一に近い詰将棋発表誌である「詰将棋パラダイス」誌だが、発刊日は、毎月1日である。とはいっても昨年の後半あたりは、だいたい前月の末日にポストに届いていた。雑誌というのは、そういうものだ。発刊日の午前0時までには読者の手元に届くというのが原則だ。

ところが、春先から到着日が1日遅れて毎月1日であったし、6月、7月になると2日に到着している(7月1日は日曜だったので自動的に遅れたのかもしれないが)。なんとなく、前月末の支払いに困窮しているのではないかと、頭をかすめる。

事実、若島正氏著になる「盤上のパラダイス(三一書房)」によれば、本誌は過去に何度も休刊していて、その都度復活してきたということらしい。もちろん、過去には休刊しても復活したとはいえ、次に潰れた時にも再起できるかどうかは別問題だが、なにしろ、年会費を先払いしているので、少し心配だ。(新潮社の雑誌も年会費を先払いしているのだが、こちらの方はあまり心配していない。バックに村上春樹がついているから。)


さて、7月7日出題作の解答。

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▲2二銀不成 △1四玉 ▲2六桂 △2三玉 ▲1三銀成 △同玉 ▲1五飛 △2三玉 ▲3四銀成 △3二玉 ▲1二飛成 △3一玉 ▲2一竜 △4二玉 ▲4一竜 △5三玉 ▲4三竜まで17手詰

なんというか、竜追いを途中で中止という感じだ。

動く将棋盤はこちら

今週の問題。

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ありふれた図面だが、結構長い。衆議院選挙に立候補することに関係する。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
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脱力系メニュー

2012-07-20 00:00:17 | あじ
海浜幕張駅で昼餐ということになり、超多数のレストランの中からある一つの店に入る。

超多数の店と言うのは、幕張メッセとかマリンスタジアムとかそういうイベントの時に集まる最大多数の人間の数に合わせているので、普通の日にはどうしても閑散となるのだが、その閑散感も店によって異なる。

まあ、どちらも混んでない、「牛タンと麦とろ」の店と「オムライス」の店のどちらかにしようと思ったが、オムライスの店は自宅のある横浜にもあるチェーン店なので、牛タンの方にする。もっとも横浜人は、行ったことのない店の方を優先度の上に評価するが、千葉人は行ったことのある店の方を高く評価するらしい。



そして、店の名前が脱力系だ。

「とろんしゃん」。

お昼からビールの感じだ。

そして、牛タン麦とろ定食を頼もうかと思ったのだが、メニューを点検すると、「牛タンそぼろ丼」というのがあったので、それにする。

しばし、待つと・・

そぼろ丼が登場。とろろ汁と牛テールスープ付き。さっそくとろろをかけて、食べ始めると、・・・そぼろになっているのが牛タンであった。これは珍味なのかもしれないが、実際、そんなに美味しいということもないのだが、なんとかいける。ただ、牛タンをミンチにする場面を思い出すと、なんとなく不気味な感じが漂う。

なんとなく、硬いはずの牛タンがミンチになると、柔らかくなっている。脱力系食べ物である。
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貸し犬商法に応用は効くか?

2012-07-19 00:00:22 | MBAの意見
「貸し犬商法」というのがある。決してMBAコースでは教えてくれないが、各種販売促進策の一手法である。

正統派「貸し犬商法」というのは、ペットショップで、子犬を前にして、飼うか飼わないかをあれこれ思案している優柔不断な人に対してのアプローチ法なのだが、・・

店員が、「とりあえず、お代は結構ですから、とりあえず1週間、子犬を預かってみたらどうです。幼犬用のフードも1週間分おつけしますから。気に入らなかったら返していただけば結構ですし、気に入ったら払っていただければ結構です。」というようなこと。

まあ、ほとんど成功するだろう。「お試し商法」の一形態だろうか。

ところが、これが成功するのは、商品が犬だからだ。


これを応用してみようかと思っている案件がある。

なんとなく能力の今一歩の社員を、系列の別の会社に移籍させようと目論んでいるのだが、その会社でも人の採用となると慎重になる。犬だって、子犬の価格よりもその後のエサ代の方がずっとかさむ。人間におきかえれば、毎月のサラリーが必要だ。犬のフード代より割高だ。

それで、気乗りしていない系列会社に、「3ヶ月ほどは、こちらで給料払うので、とりあえず無料で預かってくれませんか」というようなことになるのだろう。

たぶん、成功しないと思う。

いくら雇っても、何らかの感情が生まれるとは思えないからだ。


捨て犬?
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ニューアメリカンピープル(1989年共同通信社編)

2012-07-18 00:00:08 | 書評
23年前の発行となる『ニューアメリカンピープル』を開くと、そこにはアメリカの各地で暮らすごく普通の人々の生活があった。ただし、それは20年以上前のこと。

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全部で38人のアメリカの生活があるのだが、その冒頭に登場するのはマサチューセッツ州プリマスの生活。プリマスと言えば1620年、メイフラワー号が到達した場所である。米国での民主主義発祥の地だ。

ところが、町は変貌してしまった。町はずれに1972年に建った原発のせいだそうだ。原発マネーを狙って、市街から大量の人間が集まってきたそうだ。そして、老朽化して危険!との原子力規制委員会の意見があり点検・修理を繰り返しているようだ。



その他、この本を読み終わって、あと25年後に再読したいな、と思うようになった。1989年、2012年、2037年とか。もっともそのためには最大の問題があるのだが・・
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タクシー生誕100周年って・・

2012-07-17 00:00:25 | 歴史
タクシーに乗ったところ、全国ハイヤー・タクシー連合会主催の「タクシー生誕100周年記念キャンペーン」の案内があった。

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クイズに当選すると自動車がもらえるそうだが、自動車をもらうとタクシーにとってマイナスではないかと思うが、賞品は全部で2台なので関係ないか。クイズは「今年はタクシー○○○周年?」というものだからね。

生誕何年というのは、クラシック音楽の世界だけかと思っていたら、日本のタクシー業界と言うのも100年間と言うのは苦難の道だったようだ。

まず、日本に最初に登場したのが、大正元年(1912年)8月5日。100年前だ。場所は有楽町の数寄屋橋付近だそうだ。タクシー自働車株式会社という会社が設立され、6台のT型フォードによって営業が開始された。「自動車」ではなく「自働車」である。

そして、この会社はあっという間に成長し9年後の1921年には1205台を保有することになったそうだ。この1920年代には数多くのタクシー会社が設立されることになるのだが、結局、第二次大戦になるとガソリン不足になり、強制合併させられていく。さらに、1945年には空襲の被害を受け、車両は大幅に不足していくことになる。(たぶん運転手も不足していたのだろう)。戦後、東京で焼け残ったタクシーは1565台に過ぎなかったそうだ。

ところで、戦争中にタクシー会社の集約が行われたと言われるが、東京は四社になったのだが、いわゆる「大日本帝国」といわれる、大和、日本交通、帝都、国際(KM)ということで、今と大して変わってない。タクシー自働車株式会社は、どの会社に吸収されたのか軽く調べてみたが、皆目見当がつかない。

会社創設者は目利きがある人物のような気がするので、案外、タクシー会社をたたんで別の事業に転進したのではないか、との直感もある。
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