サード(1978年)

2013-12-31 00:00:44 | 映画・演劇・Video
映画『サード』。日本映画の名作の一つ。不覚にも観ていなかった。原作は軒上泊「九月の町」。寺山修司脚本。監督は東陽一。主演は永島敏行。助演女優は森下愛子。二人ともほぼデビュー作に近い。監督も含め、冒険的組み合わせが、大成功を収める。
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そして、舞台は、少年院。なんとも映画にふさわしくない設定であるが、そこに送られてきた高校生が永島敏行。売春によって稼いだ金ですすけた街から脱出しようとした女子高生(森下愛子)の胴元だったが、ある時に客の筋者を叩き殺してしまう。何しろ野球部でサード(三塁手)を守るスラッガー。体力は余っていた。

その少年院に突如面会に現れた彼の母親を見てびっくりする。ある意味今年の顔の一人だった人。

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島倉千代子。

息子の罪は軽いはずだ、と言い続け、出院後の就職先を探すそうだ。

そして、きびしい少年院生活の描写の中に、彼が同級生の売春の手引を始めたくだりや、殺人に至るプロセスが描かれる。つまり、ヒーローとヒロインといっても、観客からみた時間軸では二人が絡み合うのは過去の時間であって、時制上の現在は少年院の中だ。

そして、彼は夢の中でも、現実の中でもグラウンドをもくもくと走り続け始めるわけだ。それは、「ホームベースのないランナーが、何周も走り続ける」ようである。

映画の終幕に近い部分で、彼は、森下愛子が結婚してしまったことを知る。院での友達だった文学青年は、寺山修司をもじった短歌を残し、脱走後、自殺。永島は、これからの人生を前向きに、しかしホームベースなき道を一人で走り続けることを決意する。

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荒っぽいけど、骨太過ぎる作品だった。

主演の永島敏行は、その後、各方面で活躍。ホームベースを何回も踏んでいるような感じだ。劇中で、早々と人妻になった不良少女森下愛子は、実際には吉田拓郎と結婚し、一時体調を崩し、スクリーンから離れていたが、復活し、クドカンのご愛用女優となる。拓郎の方はご存知のとおりホームベースを踏み忘れて周回中。

脚本の寺山修司は数年後に早世。

しかし、よく考えると、最も「ホームベースなきグラウンドを一人で走り続けてきた」のは、主演の母である島倉千代子だったのは間違いないところだ。人生は、まさにいろいろだ。
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結局、鳩ポもアベッチも自己中なのは同じ

2013-12-30 00:00:46 | 市民A
今月26日の安部首相の靖国神社参拝は中韓はもとより、米ロEUなどにも不快感を与えたようだ。各国首相へのクリスマスプレゼントをしては、かなりの趣味の悪さだ。

特に米国国務省から非難されたのは意外だが、今までは、おそらく盗聴等の方法で官邸のスケジュールを把握していて、決行直前に外交圧力をかけていたのだろう。それができなくなった。

思えば、鳩山首相は嫌米・親中だったようだが、現首相は嫌米・嫌中派のようだ。米国の押しつけ憲法を改正しようとしている点も米国には不愉快なのだろう。それに、観念論的右翼主義だからだ。

首相にはそれなりに言いたいこともあるのだろうが、もともと中国からのボールは今は日本にあるといってもいい状態のはずだ。中国政府が主張するのは、大きく言えば、『A級戦犯問題』である。別に英霊に対する敬意というような部分ではない。だから、それに対しての見解を発表すればいいわけだ。

また、日本国内での異論で考慮すべき主な点は、上記のA級戦犯問題に加え、『国家神道復活への懸念』『太平洋戦争肯定論への懸念』『国立軍人墓地の検討』などである。古い話でいえば、戊辰戦争の幕府側の戦死者は排除され、官軍の犠牲者だけが祀られている。

ただ、この問題は早く解決をしなければならないと思われるのは、いずれ日中間で紛争が起き自衛隊員に戦死者が発生した場合、靖国に合祀するのかしないのかということだって起きるわけだ。
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魔法の美術館

2013-12-29 00:00:34 | 美術館・博物館・工芸品
岡山シティミュージアムで開催中(~1/5)の『魔法の美術館』。光のワンダーランドとタイトルされている。見るだけではなく、触ったり、作品に参加したりすることで完成する。

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そして、光は影が無ければ存在できないし、影は光をさえぎることで人やモノを写しだすことになる。

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この分野、日本がかなり先行しているのだと思うのだが、それにしてもすごいアートである。光のコントロールとその中に登場する人間の描き方はコンピューターで制御するのだろうが、すごいプログラムなのだろう。

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それで、岡山だけで終わるにはもったいないという感じがする世界中で公開してほしいなって思うわけだ。


もっとも、作品の量に対して入場料金が割高な感じがするのだが、こども連れで来るならそれなりに楽しいだろうか。
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Japana Sako

2013-12-28 00:00:05 | しょうぎ
「ジャパナ サッコ」とか読むのだろうか。「S」ではなくSの上に「^」が付いている。
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先日、将棋ペンクラブの関西支部会に行ったおり、参加者の方から定価で譲渡いただいた外国語の将棋の本。内容は詰将棋と次の一手ということで、内藤先生と青野先生より作品をいただいた、ということだそうだ。何百部の中の一冊とのこと。

私も語学に通じているわけではなく、パラパラと開くと見たことのないような言語のように思えてきた。言葉がわかるわけではないが、ドイツ語やフランス語、イタリア語にスペイン語、アラビア語、ロシア語などは読めなくとも何語かはわかるのだが、雰囲気は中欧か南欧か。

「アルメニア語とかですか?」と愚かな質問をして、憤慨されてしまった。

「エスペラント語です!」

実は、世界共通語を見たのは、初めて。日常的にだれも使わない言語が世界に広まっていくのかどうかよくわからないのに、世界に広まっていくかどうかわからないゲームの本にその言語を用いるというのは二重に困難を極めるようにも思えるのだが、将棋がわかる人間がエスペラント語を勉強するにはいいのかもしれない。最大の敵は、自動通訳機なのだろう(英語教師の敵も自動通訳機だろうか)。

sako


しかし、読めないものはどうしようもなく、英語なら「金将=Gold General」とかすぐわかるが、全然違う。詰将棋の場合は、解答は一種類だが、次の一手の場合、思いつく手が正しいかどうかもわからないし、本の中のいくつかの図面が正解図なのか失敗図なのかも不明だ。

しかし、将棋をある程度指す人って、色々な人がいるのだなあ・・


さて、12月14日出題作の解答。

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▲3三歩 △同玉 ▲3四金 △3二玉 ▲2二銀成 △同玉 ▲2三金 △2一玉 ▲2二歩 △3一玉 ▲4一金 △同玉 ▲6三馬 △3一玉 ▲4三桂 △同歩 ▲3二歩 △4二玉 ▲5二歩成まで19手詰。

追うだけ追って、打歩詰形になってから、逃げ道を一つ作って無理やり詰ませたような形になる。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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長い年末年始の方(9日間)に備えて、やや手数の長い問題。1日3手ずつ解き進んでも9日では足りない。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ、正誤判断。
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黒豚まい豚ばーぐ

2013-12-27 00:00:23 | あじ
東京駅の再開発で、駅の中や外に多数のショップがある。といっても、欲しいものがなんでもあるわけじゃなく、銀行のATMとか少ないし、来年の手帳を買おうと思っても、そういう店は見当たらない。

食べ物の店が圧倒的に多い。お土産とか弁当。「エキュート」というのと「エキナカ」というのが両者共存している。で、エキナカの方で、弁当を探すのだが、なんというか客の多い割に、それほどのものがあるようにも見えないのだが、「ミックスフライと黒豚まい豚ばーぐ弁当」を購入。1200円。

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見てのとおりのお子様ランチ風。ハンバーグとエビフライ。メンチカツ。サラダと揚げ野菜とオムライス。オムライスがあるのに、ライスがあってゴマがかかっている。そういえば、国旗がない。無国籍料理だ。

そういえば、「黒豚まい豚ばーぐ」ってずいぶんクドイ表現だ。黒豚を使ったハンバーグということなのだろう。「まい」というのは、英語のマイのことかと思ったが、どうもこのイタリア風の店名(ぱんこ)の背後に隠れた有名トンカツ店の名前の一部を使ったようだ(さらにその後ろには、ウイスキー会社のグループがいる)。

で、肝心の味だけど黒豚はやはり鹿児島に行かないと本領発揮しないのかな。鹿児島でトンカツを食べると、他県のトンカツでは物足りなくなる。少しバサバサしているように思える。

それと食べ終わったあと、割りばしを弁当箱の中に入れて捨てたいのだが、箸が長すぎて収まらない。

なんとなく、売り場で感じたのだが、消費税が3%上がるときに、既存弁当の価格を上げるのではなく、新商品、新定価の弁当が発売されて、転嫁がよくわからないうちに4月になるのだろう。
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太平洋海戦史(高木惣吉著)

2013-12-26 00:00:36 | 書評
まず、本著の著者である高木惣吉氏だが、海軍少将だった。海軍兵学校を首席で卒業。実際には戦場で戦うよりも軍政を担当していたのだが、どうにもこうにもならない太平洋戦争の末期、昭和19年には、東條英機の暗殺を計画。海軍から持ち出した機関銃で、首相の車を包囲し、一斉に銃撃する予定だったようだ。しかし、直前に東條内閣が自壊してしまい、決行の期を逸した。(本人によれば、暗殺が成功しても海軍と陸軍の決定的な対決を招き、さらに終戦が遅れただろう、とのこと)

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戦後は、軍事評論家に転身し、1979年に85歳で他界している。

戦争については、実際にインサイドにいた人たちの多くが口を閉ざしているが、彼は特に海軍サイドからみた戦局の推移を本著に記している。物資の不足、米国に対する研究不足、レーダー技術の遅れに気付きながらも開発が遅れたこと。戦局の途中で、陸軍を縮小し海軍と空軍(新設)の強化が議論されたにもかかわらず、漫然と決断しなかったこと。

戦場で幹部の多くが、攻撃の時期を見失って勝機を失っていったことを、人道主義とは全く異なる視点で分析している。

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戦争の末期において、海軍は沖縄戦に海陸の力を総動員して、「最後の一戦」として戦うべきといって、陸軍は本土決戦を主張し、それぞれの力を統一することができなかったというのが自説のように感じた。実際、そうだったのだろう。

本書を読んで、さらに『大本営』という組織の構造は、どうなっていたのだろうと思い始めているところだ。

結局、ミッドウエー以降、戦局逆転のきっかけは訪れなかったのだが、真珠湾の一撃の後、戦局有利のうちに講和条約を結ぼうという楽観的戦略自体が、米国人の本質を見誤っていたということなのだろう。


仮に、日本が次の戦争に巻き込まれた場合、前回と同様の愚策により国土の全部または一部を失ったりしないように願うしかないのだろうか。
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年賀状のうっかりミスに気付く?

2013-12-25 00:00:53 | 市民A
年末のこの後に及んでも忘年会が続いている。いつも冒頭にあいさつしなければ、ならないのだが、そう巧い話を持っているわけでもないので、ごく簡単に、「今年はありがとう、来年もよろしく」という基本文節を、修辞法により数倍に引き伸ばしてしゃべっている。

で、追い詰められていた一つが『年賀状』。ここでミス発生。ソフトで書いているのだが、ミスの内容はソフトとは無関係。

まず、1枚目の間違いは、ただちに気付いて、ロス1枚。「平成25年 元旦」と印刷してしまった。

そして、大きなミスは、6割方印刷が進んだ時に気付く。

表にも、裏にも自分の名前&住所を書いてしまった。両面印刷だ。

どうして、そんなミスを犯したかは判っているのだが、表と裏を別に作っているから。

それで、面倒なので、両面印刷のまま発送することにしてしまった。

実は、今まで受け取った年賀状の中に、両面名前印刷があったような記憶はないのだが、案外、気付かれないのではないかと思っている。

まあ、こんなつまらないことに500字も費やすのはどうかなと思うので、やめる。
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アンチョビとズッキーニのパスタ

2013-12-24 00:00:55 | あじ
この料理、実は『作る時間』や『食べる時間』よりも、材料を集める時間の方が大変だった。何しろ、西日本の地方都市だ。結局、アンチョビ(モロッコ産イワシが原料)を横浜で購入し、ズッキーニ(産地?)を倉敷で購入。

一人用材料
 パスタ(スパゲッティ)100g
 アンチョビ      1/2缶
 ズッキーニ      1/2本
 オリーブオイル    少々
 ゆで塩        伯方産
 ワイン        お好み

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注意

1.パスタはスパゲッティがいいと思うが、最終段階での仕上げ方法による。

2.アンチョビの代用にオイルサーディンは不可。イワシパスタになってしまう。

3.アンチョビの代用品を探すなら、イカの塩辛。魚の塩辛を使うといいが、漁民風となる。

4.絶対にズッキーニの代用にキュウリを使ってはいけない。

5.オリーブオイルはアンチョビ缶詰の中の残りだけでは足りない。サラダオイル絶対不可。

6.塩。こだわるべし。ゆで汁を具材に混ぜるから仕上げの味に大いに影響する。

7.ワイン。飲むだけ。もちろんイタリアワインがいい。人間ドック前は、飲み過ぎ注意だ。

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調理開始

1.麺を茹でる時に加える塩の量だが、通常の半分でいい。塩辛くなりすぎるから。

2.ズッキーニの輪切りは、厚めに切ること。キュウリじゃないので。

3.フライパンでオリーブオイルをズッキーニに浸み込ませる。次にアンチョビを加える。イワシをオリーブオイルの中で発酵させたものなので、半調味料みたいなものだ。ぐちゃぐちゃにしたあと、ゆであがったパスタを絡ませはじめる。

4.ここから、ゆで汁を投入していくのだが、Aパターンは、「つゆだく」。たっぷりと汁を加えて、深めの皿に盛り付ける。色合い的にはミニトマトをゆでてのせてもいいだろう。パスタの次にステーキが登場する予感が漂う。

5.Bパターンは「塩焼そば風」。加えたゆで汁を飛ばしてしまうと、塩焼そばとなってしまうが、これを肴にワインを飲むのもいいかもしれない。ただし、人間ドック前には塩分摂り過ぎに注意が必要だ。


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作った料理の量に対し、多くの洗い物が必要となる。鍋、ざる、フライパン、皿、マナイタ、包丁、グラス、フォーク、空き缶、ワインのボトル。空き缶を資源ごみに出すためにすすぐ時に、指を切らないように注意が必要。

ところで、一人前を作ると、材料が余る。スッキーニが半分、アンチョビが半分、ワインが1/2本。早い話、おかわりをすればいいわけだ。
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落し物が戻ってきたが・・

2013-12-23 00:00:13 | 市民A
「東京では落し物が戻ってくる」と堂々とスピーチをした「おもてなしお姉さま」はその後ますます活躍する一方、同じチームの元東京都職員のノンフィクション作家の方は、虎に噛まれて寂しいお正月を迎えそうである。言うことが怪しいとなると、過去のノンフィクションも実はいい加減じゃないのだろうかと思いたくなる。

話を落し物の方に戻すと、最近、ある物を紛失してしまい、ちょっとだけ困っていた。

それが、紛失後1週間経ってから、警察署から電話がかかってきた。留守電を再生すると、
「おおたさんですか。私は○○警察署のものです。」ついに捕まったかと思うが、はっきりとした心当たりがない。スピード違反も児童買春もニセ札偽造もネット上で誰かを脅かしたこともないし、またこれから犯罪を犯す予定もないし。

「落し物があります。おおたさんの名前と電話番号の書かれた払い込み用紙が届いていますので連絡ください。ガチャ。」

マンションの管理会社に2か月分の水道料金数千円を払うことになっていて、先日郵便局に行ったのだが、途中で業者から送られた払い込み用紙を紛失してしまったわけだ。もちろん用紙を落としたからって悪用されるとはとうてい思えないし、代わりに払ってくれる人がいるとも思えない。再発行してもらうように頼んでいたのだが、忘れられてしまったようで、来月から水を止められるかもしれないなあ、などと思わないよね。

実際、本当に、驚いたのは、日本って、落とした払い込み用紙が回収される国ってこと。まあ、現金が落ちていたら回収されないような気もする(東京じゃないし)けど。

そして、破って捨ててもいいのだけど、と電話で言おうとも思ったけど、失礼の極みなので、「きょう中に取りに行きます」ということになる。それに、自分の筆跡と指紋のついたものを警察署に置いておくのには少し抵抗があった(といっても、これから犯罪を犯そうというのではないので。念のため。)。

で、警察署の落し物係のところに行って、身分証明書を提示すると、奥の部屋にいって払い込み用紙を探してきてくれたのだが、そんな一枚の紙のために内部書類が作られていて、上司の許可を得たあと、無事、所有者に引き渡されることになった。破いてくれ、なんて言ったら「拾得物放棄同意書」とか書かなければならなかったかもしれない。

そして、払い込み用紙によって無事に水道料金の授受が行われた、と書きたいのだが、再び郵便局へ行く途中、あいにくの雨の中で足元の水たまりに落としてしまったわけだ。放置しようかとも思ったが、一応、拾って回収。また戻ってくるかもしれないので。
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第7回全国高校生現代アートビエンナーレ

2013-12-22 00:00:57 | 美術館・博物館・工芸品
倉敷の加計美術館で開催中だった『第7回全国高校生現代アートビエンナーレ』に吸い込まれる。本当は、別の場所に行こうとしていたのだが、・・。現代アートが好きだからだ。

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1階から4階まで、入賞作品が並ぶが、色々と手法が異なるので、なかなか楽しい。高校生の根気と発想。そういうもので溢れている。

で、最近はアクリル画がはやっているようだ。完成した作品に光沢があるから、みばえがいい。

そして全82作品を鑑賞したのだが、よく読むと加計美術館の82作は入賞作。別会場(児島虎次郎美術館)で18作の入選作が展示されているようだ。ただ、そちらに回る時間はなく、さらに階段を上り下りしたため腰が痛くて何ともならない。
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直観7割?

2013-12-21 00:00:09 | しょうぎ
12月2日夜にNHKで放送された、『プロフェッショナル・仕事の流儀・勝負の極意SP』に羽生三冠が登場。

羽生三冠以外には、呼吸器外科医のゴッドハンドが手術にあたって行うしきたり、フレンチレストランのサービスマンのお客さばき、サッカー元日本代表監督岡田武史氏の勝負術というラインアップ。

思うに、「外科医×患者」「サービスマン×お客」というのは、プロ対アマという組み合わせで、どちらかというと、「自分との戦い」ということが主眼になるが、「サッカー監督」と「棋士」というのは、対等な相手との戦いなので、「戦略」とか「戦術」といった部分が重要になるのだろう。

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さらに「棋士」は自分で戦うのだが、「監督」は選手を使って戦うわけで、それなりに違いがある。「棋士」は戦いでは客観的になりにくいという問題があるが、「監督」は自分でプレーできないわけで、間接的に選手を使わなければならない。

で、実際には岡田元監督と羽生三冠は、かなり異なることを言っているのだが、監督は「神は細部に宿る」という主義で、サッカーの得点は、つきつめれば「ほんの小さいできごと」から点を取り合うことが圧倒的に多い、と考えているそうだ。だから、その小さいできごとを研究して練習し、実戦での攻守に備えるとのこと。何かヒッチコック映画のようだ。

羽生三冠は、プロになって以来、四十代になっても、ずっと高勝率を続けている。3勝1敗弱のペースである。多くの若手棋士は彼の勝率下落を祈っているのだが、当面、その気配はない。

その秘密について、「年代によって戦略を変えた」という一言で片づけていた。「手を読むのではなく大局観を読む」とか「読みをなるべく省略する」とかだ。

さらに、「直観は、結果として7割は正しい」とのこと。

この7割という数字は、「意外?」と感じた部分。なんとなく、もっと正しい確率は高いのではないかと感じていたのだが。それで、その「意外感」について、考えていたのだが、「直観で指した手」が正しいか誤りかは、勝負の結果において判断しているのだろうと考えるわけだ。


さて、12月7日出題作の解答。

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2手目に△2三玉は、▲2二飛 △1四玉 ▲2三角 △1五玉 ▲1六歩 △2六玉 ▲3四角成 △3七玉と超速国境突破を図っても、▲3六飛という陰険な手で捕捉され、以下△同玉 ▲4五馬 △3七玉 ▲2七馬まで、国家反逆罪で逮捕される。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題は、いたって教科書的。

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わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ、正誤判断。
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王将の頓死

2013-12-20 00:00:43 | 市民A
王将フーズ社長が襲撃者により惨殺された事件で、すぐに連想したのは安政7年(1860年)3月3日に江戸城桜田門の前で起きた井伊直弼襲撃事件。桜田門外の変である。

一部には、早朝に待ち伏せされたのは犯人が社長の行動パターンを知っていたのではないかと報道されているが、実際、社長が毎朝、6時半頃から本社の前を掃除していることは、以前から報道番組などで紹介されていたということらしい。「掃除をする社長」として有名だったようだ。だから特に内部の人間でなくても、社長の行動パターンは明らかだったわけだ。

一方、井伊直弼も井伊邸(今の憲政記念館)から江戸城までという極めて短距離の通勤途上を襲われている。襲った方の水戸藩士はずっと遠くの愛宕山に集結してから犯行に及んだわけだから、見込発進のわけだ。井伊直弼が時間に正確だったからこそ成り立つわけだ。

そして、両事件ともピストルが使用され、被害者が動けなくなったところを刃物で斬りつけている。

井伊直弼の事件の裏には諸説があるのだが、その中の一つには野田で作られていた醤油の原料の大豆について、井伊直弼の圧力で、それまでの水戸産から彦根藩領だった下野佐野産に変わったことに対する恨みという説がある。今回の事件では、餃子の材料に関する問題があるのだろうか。あるいは、店内でふざけたためにバカッターとして将来を失った元バイトとか関係があるのだろうか。


とりあえず、私の場合は、恨みを持たれている人は浜の真砂の如く数限りなくいるのだろうが、幸運なことに生活不規則の極みにつき、先の行動を読まれることはないようだし、毎日の忘年会で、自分の部屋の掃除だって行き届かないわけだ。

(以前、自分の行った場所に、しばらくすると事件が起こることが続いていた時期があり、なんとなくこの前京都に行ったことを思い出す。その後、行った場所は名古屋、大阪、神戸三宮とかかな)
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漢字の運命(倉石武四郎著)

2013-12-19 00:00:25 | 書評
kanjinounmei漢字のことを調べていたら、20世紀の初頭に、今では考えられないようなことが中国で進んでいたことを知った。さらに日本でも真剣に考えられていたようだ。

本書の著者の倉石武四郎さん(1997-1975)は、中国語学者で、東大・京大で学んだ後、戦前の北京にも在住し、日中学院も主宰していた。

この著で論じられる「漢字」は、主に中国での漢字のことである。つまり、表音であり表意である中国の唯一の文字のことである。日本では文字としては、漢字、カタカナ、ひらがなにローマ字まで使って表現するが、なにしろ中国では7万種類もの漢字を使ってコミュニケーションするのだから大変だ。「すべての漢字を知っているのは辞書だけだ」というのが正しい(というか、日本もそうだろうが、漢字がわからなければひらがなで書けば意味は通じる)。

そして、20世紀の初めの中国では8割の人が文盲で、このため日本や西欧に対して近代化が遅れた、と考えられていたようだ。本著の倉石さんも同様の意見を持っていて、おそろしいことに、難しい漢字を廃止し、読み方にしたがった表記をすべきだ、という固い決意を持っていたようだ。

そして、代替文字としてはABCDを使おうということで、中国国内の国論は決まっていて、何度も会議が行われていたようだが。もともと中国国内の発音(方言)の差が大きく、表記がまとまらないということになっていたようだ。

そして、その後、中国は混乱。むしろ朝鮮半島の方が先に漢字を捨ててしまった(実際には読めないと困るので、みんな知っている)。

先生は、日本語もローマ字に統一するように主張するが、よほど漢字にコンプレックスがあったのだろうか。実際には、文字と文盲率に相関関係があるのかどうかは微妙な問題で、文字の質の点でいえばもっと難しい日本では、文盲率は皆無に近いだろうし、単なる28字の表音文字のアラビア語圏の文盲率は、きわめて高い。

本書の中でも、福沢諭吉が「二千程度の漢字を必須としておけばいいのではないか」と主張していたことを記載されていて、結局は福沢の慧眼力に感心することになる。彼の言うとおりになっていれば漢検3級であり、古代中国に近づこうとするものは、漢検1級にチャレンジすればいい、ということになる。

実は、その福沢諭吉だが、2013年12月12日付「大阪の医学のあゆみ」の中で、緒方洪庵の弟子だったことを書いたのだが、その後、緒方洪庵のことをもう少し調べていると、実のこどもが13人(内4名は早世)もいたにもかかわらず、優秀な弟子には「緒方」という姓を与えていたそうだ。政治家の緒方竹虎氏の先祖や国連の緒方貞子氏の御主人の先祖なども、その緒方拝命組のようだ。

となると、弟子なのに緒方を認めてもらえない諭吉はそれほど緒方洪庵からは高く買われていなかったのだろうかと推論することになるが、弟子は師匠を超えていると内心思っていてノーサンキューしたのかもしれない。
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腰痛!!☆★☆★☆★

2013-12-18 00:00:46 | 市民A
先週、爆発。北国で重大裁判があった日かな。折から6連続忘年会の最終日に昼間のゴルフ場で発生。10ホール目に、2本持って行ったドライバーの柔らかい方から堅い方へ換え、小手先打ちから全身打法に変えると、ボールは、すばらしい当たりで左側の森林のさらに左の中腹の方に飛んで行ってしまった。

同様に11ホール目もビデオ再生のような打球で、堅いドライバーは再びバッグの中にお蔵入りしたのだが、その後、すべてのクラブがうまくあたらなくなると同時に、右の股関節や臀部の後や横に痛みがやってきて、手先で打つしかなくなる。わざとクラブのエッジで打ってボールを転がしながら進む。思えばコンペの開会のあいさつで、「寒いけれどケガをしないように慎重にお願いします」と自分でしゃべったのが仇になり、途中で止めにくい。

プレー後帰宅してロキソニン飲んでがまんするも、忘年会に出撃の時間となる。

思えば、前日の宴会の時に座敷に座ろうとした時に、違和感があったことを思い出す。複合型なのだろう。

そして数日後、整形外科医を訪れ、レントゲンを撮り、病名の宣告を待つ。

腰痛の一種ということで、第5腰椎の下から出るS1神経の炎症ということになる。10年ほど前の検査では、第3、第4腰椎が、やや後ろにあって、5本の腰椎全体の湾曲不足があったのだが、画像を見る限りそれは治っているようだ。

そして、山のような注意事項を言い渡されるが、なかなか難しい。

クルマの運転は控える→クルマ通勤なのだけど
長い時間の乗り物の移動は控える→関西=関東間を月に4往復している
長時間歩かない→旅行先で歩くのが好き
畳に座らない(特にあぐらや横座りNG)→宴会や将棋対局が多い
体重を減らす→無理

その後、ロキソニンと湿布に頼りながら、腰に悪い習慣を続けているのだが、半分は治った感じだ。ゴルフは恐すぎるので、行かないことにしているが、腰を動かさないでボールを打つ練習をしなければいけないかな・・
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古川柳(山路閑古著)

2013-12-17 00:00:45 | 書評
昭和40年(1965年)の発行の岩波文庫だが、1993年に復刻したようだ。といっても再度絶版になっているようで、93年版が中古マーケットでは1500円程度になっている。まあ、江戸時代の話なので関係ないけど。

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まず、「古川柳」だが「ふるかわ・やなぎ」ではなく「こせんりゅう」と読むということから本書は始まる。古い川柳ということだが、簡単に言うと古いというのは江戸時代ということ。そして「川柳」だが、柄井川柳の名前による。

ここで、「川柳」という文化の一ジャンルに個人名が付いていることに注目したい。本を読んでからこのような例があるか、熟考しているのだが、まったく思いつかない。この前、体操で「シライ」という技が開発されたが、あれは単に一つの技の名前である。イナバウアーと同じだ。俳句だって芭蕉とは言わないし、狂歌だって、蜀山人の名前がついているわけでもなければ、茶道だって利休とは言わない。

しかも、柄井川柳は、作家というよりも選者なのである。

ということで、季語がなく、自然や風物を題材にするわけでもなく、人間界の滑稽を読んだ5・7・5形式の大衆文芸を、川柳と呼ぶことになる。

現代川柳は「サラリーマンや主婦」が気楽に投稿できるように、時事情報を読むことが多いが、江戸時代は、そういう時事ものや歴史ものはさておき、吉原他の遊郭を題材にしたものが多い。幕府が民衆の反乱を恐れ、色ものを大目に見て不満のガス抜きをしていたからだ。

そして現代川柳は「創る」ことに多くの意味があり、これは江戸時代でも同様だったのだが、現代において江戸時代の川柳の楽しみ方としては、ずばり「謎解き」ということになるそうだ。要するに川柳に書き込まれた事象については、あらゆるジャンルの知識がないと解読できないわけだ。一人ではなく、何人かが集まって検討する会があるようだ。確かに謎が解けたときはうれしいのだろう。解読する喜びか。

 わきさしをさすと和尚もおもしろし

これは、吉原の句。僧侶の吉原通いは禁じられていて、僧侶は医者などに化けて、吉原突入していたそうで、医者の衣装は羽織に脇差と決まっていたそうだ。


 ふる雪の白キをみせぬ日本橋

雪が降っても日本橋の人通りは多く、雪が積もらないほどだということ。渋谷のハチ公前スクランブル交差点もそうなのだろうか。

なんとなく、古川柳の楽しみにはまると、大変な深みに引き込まれそうな感じが漂う。
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