海軍乙事件(吉村昭)

2012-08-31 00:00:31 | 書評
kaigunotsu吉村昭の膨大な作品群の中から、一冊の戦争ものを選んでみた。

短編集で、「海軍乙事件」、「海軍甲事件」、「八人の戦犯」、「シンデモラッパヲ」の四作。

普通の軍記と異なり、著者が眼を向けたのは一味違う観点から。

「海軍乙事件」というのは古賀海軍大将が悪天候の中、ジャングルに墜落した事件で、二号機の福留海軍中将の方は海面に不時着してフィリピンのゲリラの人質となり、日本海軍の秘密作戦を記したカバンを奪われた事件で、実際に中将は陸軍の応援で救出され、カバンが敵の手に落ちたかどうかは、長い間不明であり、したがって軍法会議にかけられるかどうか、軍の内部で議論が戦わされた結果、無罪の上、さらに昇格となる。

実際には、戦後わかった事実として、そのカバンが敵の手に渡っていたことが判明したのだが、さらに著者は調査を重ねた結果、元々奪われたカバンは、もう一つ別にあったということを明らかにしている。

この昇格した中将が、後に特攻作戦を立案実行したことがさりげなく書かれている。

「海軍甲事件」では、山本五十六連合艦隊司令長官の乗った機が暗号解読された上、待ち伏せにあい撃墜された事件であるが、その事件ではなく、その時に護衛し切れず、無念にも帰還した六名のパイロットのその後を描いている。実は、著者は井伊直弼が桜田門外で暗殺された事件のその後を別の小説で調べていて、彦根藩は護衛の警護兵のうち、無傷、軽傷の者に、その後、腹を切らせている。比較したかったのか。

「八人の戦犯」というのも暗い事件で、戦後、BC級戦犯の裁判が始まる前に、連合国側に重大戦犯を見逃してもらうために、日本側で8人の容疑者を捕まえて有罪にした件である。

当然ながら、本当の重大な罪で戦犯逮捕されそうな人間の身代わりなので、本来は軽微な罪であるはずが、捕縛されたまま連合国側に引き渡され、裁判がやり直されて、8人中5人は死刑になる。生き残りの人から取材をしている。

「シンデモラッパヲ」は、ずっと古い時代にさかのぼり日清戦争の時の話。岡山県の高梁川に近い村(現在は倉敷市)の出身の白神源次郎という陸軍のラッパ吹きが平壌攻略戦の時に、死ぬまで進軍ラッパを吹き続けたという戦争美談をほめたたえられたのにもかかわらず、半年後に人違いと言われ始めた件の後日譚である。

そういえば、新倉敷駅の北側に「白神」というセルフうどん屋があるのだが、親戚かもしれない。今度、聞いてみようかとも思う。

そして著者の吉村昭は、「乙事件」を書いた後、戦争ものからは離れていく。

おそらくは、取材を続けるうちに、戦争体験を大きな声で語る人たちの、ある種の体臭と折り合わなくなったのではないかと、推測する。
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イトカワと糸川英夫

2012-08-30 00:00:24 | 市民A
「はやぶさ/HAYABUSA」DVDを観た後で、少し気になって糸川英夫氏のことを調べてみた。1912年生まれということは今年が生誕100年にあたるのだが、百年記念の行事などはないようだ。1999年に亡くなられているので87歳ということになる。日本の「ロケットの父」と呼ばれるそうだが、本当は「糸川博士」と書きたいのだが、博士号を取得したという記述は確認できなかった。

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そして、実は彼の講演会に行ったことがあるのだが、それはもちろんロケット開発者の時代ではなく、アカデミズムから離れ、「逆転の発想」という著書で大もうけした後の、逆転発想の講演会の話だ。ロケット開発が失敗の克服の成果と言われるように、マイナス要素をプラス要素としてとらえる発想の転換が必要ということだった。講演の中には、当時、先生が熱中していたクラシックバレエの話もあったが、いまだによくわからないままである。

調べているうちに気付いたのが、糸川先生がロケット開発を始める前の時代。中島飛行機(現在の富士重工)に勤務し、数々の軍用機を設計したそうだ。そして、33歳で終戦を迎え、大学でロケット工学を始めた。

最後に設計した陸軍の戦闘機が「隼(はやぶさ)」である。

小惑星イトカワの探査船に付けられた名称が、「はやぶさ」。完全に符合している。ただし、「はやぶさ」が発射された段階では、まだ小惑星には「イトカワ」という名前は与えられていなかった。

経緯は偶然なのか蓋然なのかわからないが、昨今の東アジアの対日問題からいえば、クレームがでなかったのが不思議だが、単に気が付かなかっただけなのかもしれない。
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はやぶさ/HAYABUSA(DVD)

2012-08-29 00:00:34 | 映画・演劇・Video
「小惑星探査機はやぶさ」が地球に帰還してから、まもなく2年になる。限られた予算と人数、何度も訪れた危機を乗り越え、当初スケジュールからはまったくかけ離れた結果になりながら、ウサギ小屋のように小さな宇宙船で埃のような微粒子を回収してきた。

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思えば、この快挙があって、大震災があって、なでしこがあって、国境問題があってというように、崩れかけている日本という国の国民が試されているようだが、元々、日本は有史以来何度も国難に直面しているわけだ。

それで、映画界はこの「はやぶさ」に喰いついたので、何種類も同様の映画があるのだが、本編は竹内結子と西田敏行が登場するバージョンである。その他にもベテラン役者をずらっと並べて隙が無い。

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そして筋書きだが、元々事実を基にした映画なので、勝手に書き換えることができないのだろうということを思えば、その裏に数々の「科学的じゃないこと」が多発していて、本来の科学的な部分は、こういう大計画の中の、一部に過ぎないということがわかる。国家プロジェクトって無駄の塊ということがよく理解できる。

映画の最初と最後が、「講演会」というのも堺幸彦監督の美学に基づくところなのだろう。映画に登場した人物もテーマもすべて映画の中で完結させる、という主義なのだろう。

そして、「はやぶさ2」は2年後の2014年に打ち上げられる。その10年後に次の映画が撮影されるということならば、その時の主役は21世紀生まれになるのだろうと、まったく科学とは違うことを想像してしまうのである。
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戻ってきたメールには

2012-08-28 00:00:28 | 市民A
手紙が戻ってくる事件で大騒ぎだが、個人ベースではよくある話かというと、そういうことでもなく、相手が転居して住所が変わった時や、うっかり住所を書き間違えた時に起こる。

E-mailでも同じことなのだが、その場合、大使館員が持参で返しに来たり、郵便配達車が来たりすることではなく、行方不明メールが届く。『MAILER-DAEMON』さんからのメールだ。(困ったことに、これを装ったウイルスメールもある)

それで、このDAEMONさんだが、白波五人男と言われた江戸の大強盗「日本駄右衛門」を連想してしまうのだが、実は「デーモン」と読むようだ。日本では大相撲好きのコメディアン(元歌手)に同名の人物がいるが、語源はギリシャの神様であるダイモン(ダイモニオン)による。低級な神様で、人間界に起こる「良いこと」と「悪いこと」に関係する「神霊」と「半神」を取り扱っていて、時に人間にプラスになったり、時にマイナスのことを引き起こす。江戸時代の「代官」と「名主」の中間みたいな存在で、結構ギリシャ哲学の中心命題の一つで、「ダイモン」は神と人間のどちらの味方なのかということが論じられている。

今回の受け取り拒否事件も、気ままなデーモンの仕業と考えれば、それほど怒る気にもならないが、かといって保有国債売却を始めれば戦前の日米関係と同じようになって、日本よりももっと無資源国を通貨危機でいじめているようにしか見えなくなるので、事前にデーモンに根回しが必要だろう。

ところで、東京で有名な地名に「桜田門」というのがあり、「井伊直弼暗殺」や「二二六事件での警視庁襲撃」という重要な場所である。その割に、ガイドブックで紹介されることがないようだ。地下鉄有楽町線に駅があるのだが、英語名の「SAKURADAMON」を見るたびに、「桜デーモン」と読み替えてしまうのは、その駅の乗降客のイメージがあるからなのかもしれない。(都営線にはDAIMONという駅もある)
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届かなかった親書

2012-08-27 00:00:36 | 市民A
韓国側が日本の送った親書を受け取らずに突き返すという蛮勇を見せた。

親書という言葉は元首同士の手紙という意味もあるため、一部の報道では首相親書となっているようだが、あまり厳密に考えなくてもいい。江戸時代末期に米国大統領が親書を送った相手は徳川家茂であったし、元の皇帝が高麗に命じて日本へ降伏するように親書を持ってきた相手も、天皇ではなく北条時宗である。親書に代わって「国書」という言い方もある。

そして、本来、親書は受け取ったら返書を返すのが普通だが、普通ではないことが起きると結局、大変なことが起こる。

最近では、父ブッシュがフセインに送った親書をイラクが返したため、その後、湾岸戦争が始まった。

国内でみると、有名なのが「小野妹子」事件。第二回遣隋使として608年に聖徳太子からの親書を持っていった。例の「日の上る国の天子から日の沈む国の天子あて」という空威張りレターである。その遣隋使が日本に帰る時に隋の皇帝からもらった親書を小野妹子は途中の朝鮮でなくしてしまった。実際には、屈辱的な内容だったので、小野妹子が聖徳太子に見せられず紛失してしまったのかもしれない。


それから、北条時宗。日本征伐をめざす超大国(当時)「元」の代表団を、なんと処刑してしまった。その結果は大戦争だった。
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百年前の修学旅行

2012-08-26 00:00:53 | 美術館・博物館・工芸品
100nen新橋の鉄道歴史展示室で公開中の「百年前の修学旅行」。副題は、「ハイカラさんと東京駅の時代」。

実は、この主題と副題の関係もよくわからないし、修学旅行の展示自体がほんの少しだ。奈良女子高等師範学校の修学旅行の様子がわかるのだが、さらに学校にアインシュタインがやってきて、ピアノを弾いた写真が展示されていたりするのだが、貴重な写真だが、修学旅行との関係がよくわからない。

さらに、この学校が修学旅行を始めたのは百年よりもっと前から。謎の多い展示ばかりだったのだが、この修学旅行を企画するのは各校とも苦労していた。当時はJTBがなかったから、というような記載があって、後で調べると、事情が推測できる。JTBの母体である日本交通公社が設立されたのが、1912年だったのだ。つまり、JTB開業百年ということだ。さぞかし修学旅行を一手に引き受けて大もうけしたのだろう。

しかし、そんなことはどこにも書かれていないので、何の百年なのかわかるすべはないだろう。

ところで、百年前から今日に至るまで修学旅行の最大の人気ポイントといえば、東京だった。そこは鹿鳴館があったり、数多くのホールがあって、演劇や講演会などが開かれている。今だって、修学旅行生と思われる生徒が朝の地下鉄で邪魔者になっている。といってもここに行けばいい、というような場所は無いわけだ。

さらに修学旅行で海外に行くケースが増えているのだが、「海外は危険だ」ということ位は教えておこう。空港では、白タクには乗ってはいけない、とか。
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ゆめまぼろし百番

2012-08-25 00:00:47 | しょうぎ
駒場和男氏の「ゆめまぼろし百番」を読了。

読了といっても、論文とか小説といったものではなく、自選詰将棋集。それも長編ばかり。さらに著者の思いは、江戸時代の伊藤宗看、看寿兄弟の「詰むや詰まざるや」に挑戦という気迫を感じさせる。

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ということで、棋譜を目で追っていてもしょうがないのだが、駒を盤で並べるのも、やってみて大変な苦労であることがわかる。そのため、一旦デジタル盤にしてから、検討することにしたのだが、打ち込むのも大変な手間となる。このため初型を配置した後、ソフトで解を探して、そのまま保存していこうと作戦を立てたのだが、実はそう簡単にはいかない。多くは、その基本方針でいいのだが、収束に関してのルールの考え方が、氏とソフトと異なるため、かなりの数の作品は、途中から先を本の通りの手順に修正していかないといけない。

ともあれ1ヶ月ほど前にデジタル化は終わっていたのだが、それを動かしながら本を読むという難行を続けていて、やっと終わった。

まあ、どうやって作れるのか見当も付かない力作揃いなので作品についての評は書けないが、ちょっと感じたのは、作品に対する作者自身の評価。

結構、「こんな難しい問題は自分以外にはできないだろう」的な自賛型の記述が多いように思える。逆に、巨椋鴻之介氏の詰将棋本、「禁じられた遊び」では、自作について、謙虚過ぎる自虐的な評価ばかり並んでいたような気がする。

自分に厳しい人、自分に甘い人、世間は色々だ。ほどほどがいいのだろうが・・


さて、8月11日出題作の解答。

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▲3五角 △4六玉 ▲3七銀 △5七玉 ▲6五飛 △5八玉 ▲6八飛 △5九玉 ▲4八銀まで9手詰。

3手目の発見が課題となる。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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夏の猛暑も峠を越えたということだそうで、そろそろ出題問題の難化をしてみた。

これは、詰将棋全国大会の課題握詰にチャレンジした問題。落選作である。

手数は、かなり長く、高校野球の奪三振王が必死にスライダーを投げまくっても、1試合でこれ以上の数の三振を取るのは難しいだろう。途中、6手目の選択がやっかい。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ、正誤判断。
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バターナッツかぼちゃ

2012-08-24 00:00:20 | あじ
最近、観たことのない野菜がスーパーに並んでいる。

そして見つけたのが、

「ピーナッツかぼちゃ」。

形がピーナッツに似ていると言われるが、ピーナッツとは大きさがまるで違う。男性の証明用器官のような形に見えなくもないが、その用途には、ちょっと大き過ぎるような気もする。あとで調べると、「バターナッツかぼちゃ」とも言われるそうだ。

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中米に原生していたようで、となると、人類の第一次大移動期に、蒙古民族がベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に渡った時に、いのちの糧として見つけ出したのだろうか。そして、コロンブスが発見したのかな。それにしては、タバコや病原菌は直ちに世界に伝播したのに、今頃になって日本のスーパーに並ぶのはなぜだろう。日本農業の閉鎖性の結果だろうか。

トマトはペルーから日本に伝わった江戸時代には、観賞用植物だったのだが、今や日本人が品種改良のトップを走っている。案外、観賞用の植物も改良するとおいしい食材になるものもあるかもしれない。

ところで、このかぼちゃ、少し薄味で、また水っぽいので、煮て食べることは難しい。二つに切って、レンジで焼いてみた。

早い話が、日本のかぼちゃの方が、美味いと思う。

原型にこだわらないなら、カレーに入れて煮崩してしまう方法もあるかもしれない。
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まぶた(小川洋子)

2012-08-23 00:00:55 | 書評
突然に読みたくなる作家といえば、最近は小川洋子と吉村昭なのだが、慌てて買ってきた「まぶた(小川洋子)」だが、8作の短編である。多くの作家の例のように、8作の多くが、後に書かれた長編小説のプロットに関係があるというか、試作品のような関係になるのだろう。

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それで本質的には、彼女の小説は、やたらにリアルな描写がありながら、現実なのか非現実なのかはっきりしない線上を行ったり来たりするわけだ。あるようでないような話。

飛行機で隣り合わせになった青年の話に登場する老婆の思い出話を記述した「飛行機で眠るのは難しい」では、なぜ老婆は青年の口を通して主人公の「私」に語るのか。老婆から直接「私」が聴き取った方が、話は早いのではないだろうか。謎。

身元を偽って怪しい中国野菜を売り歩く「中国野菜の育て方」。これも不思議な書き方だ。

奇妙な一文無しの青年が飼っているハムスターには、まぶたがない。病気で動物病院でまぶたを切り取ったからだ。「まぶた」。

その他、妙な話が次々に書きこまれていくのだが、実は最大の問題は、この小説を2年ほど前に読んだことがあったこと。さらにほとんどの筋書きを忘れてしまっていたこと。やはり本は二回は再読しなければならないのかもしれない。
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面白いほどよくわかるギリシャ哲学

2012-08-22 00:00:02 | 書評
副題が「学校では教えない教科書」となっている。学校で教えても勉強する気がサラサラなかったので副題はどうでもいいのだが、長年の夢であったギリシャ学に昨年から取り組んでいる。ギリシャ文明といえば、

「都市国家=直接民主主義」、「神話」「悲劇、喜劇」、そして「ギリシャ哲学」ということになる。なお、哲学といっても思想だけを守備範囲としたわけではなく、科学や医学も哲学者の守備範囲だった。

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それで、ギリシャでは、哲学が繁盛する前に、「ギリシャ神話」が完成していた。そこにはとても完全とは程遠い無数の神様が登場し、その筆頭が好色の神、ゼウスだった。その神の存在をどうとらえるかというのが哲学の大いなる課題だった。さらにその過程で、神は単一なのか複数なのかとか、自然は完全なものなのかとかいわゆる統合論か分散論とか、数百年にわたり激しく論争が続けられた。

ソクラテス、プラトン、アリストテレス。ギリシャの生んだ三人の世界的哲学者を超える人物はいまだにギリシャには登場していないようだ。

ところで、「面白いほどよくわかる・・」シリーズの本を何冊か買ってしまったのだが、個人的感想を述べると「面白くもないし、よくわかるわけでもないし」といったところだろうか。
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地方都市、ホテル予約が大苦労

2012-08-21 00:00:32 | マーケティング
五輪期間中に地方都市に急な出張があって、ホテルの予約で大苦労した。元々、8月というハイシーズンの上、どうも学生のスポーツ大会が重なっていたようで、「じゃらん」とか、「楽天」とか「JTB」とか、どうやっても特定の日の予約が入らない。地元の人に頼んでもうまくいかない。このままだと駅の近くの公園で寝るしかないが、野宿の快適さを覚えると、ちょっと怖い。住所不定だと先々、年金がもらえないかもしれない。

そこで思い出したのが、「一休.COM」。

都内のシティ・ホテルに突然二人分の料金を払って泊まることになった時に、いかに高級なホテルに安く泊まれるかという顧客側のニーズと、いかに正規料金の客に内緒で、空いている客室をスポット販売するかという暗黙的需給バランス関係を携帯電話と言うごく私的な手段で結びつける「微妙なマーケット」の上にはじまったビジネスである。

そして、その都市では一流とされる元JR跡地に建てられたJR系のホテルの予約に辿りつく。しかも結構安い。

ただ、妙な条件が付いている。レイトイン、アーリーアウト方式。つまりチェックインが午後9時以降でチェックアウトが午前9時前。

まあ、時間の自由度は公園のベンチの方が上だが、総合的に考えれば、ホテル条件を飲むしかない。

実際、宴会をしてからホテルに入るのだから時間的には何の不便もないのだが、どうも腑に落ちない。アーリー・アウトは部屋のクリーナップの関係だろうが、チェックインが遅いというのは何か理由があるのかな。もしかしたら、2時間5000円とかデイタイムのビジネスでも始めているのだろうか。

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高層ホテルの窓からの夜景を眺めながら、少し考えた結果、単に同業者用の「安売りの理由付け」に過ぎないのだろうと結論を出した。


ところで、一休の経営者(創業者)のM氏とは、創業1年目頃にお話しをしたことがある。手元の名刺を見ると、株式会社プライム・リンクとなっている。

その時の話を思い出すと、勤務していた超大手生保会社の課長の仕事に飽き飽きして、退職金を元手に何かネット系の事業を起業しようとしてコンピューターと事務所を調達したものの、よく調べてみると、何か上手くいきそうなものが見当たらなく、あれこれ半年つてを求めてから始めたのがホテルの裏予約サイトだったということ。当初は数名で事業を興して、一人1億円を手にしたら会社を解散するつもり、と飲みながら話していたように思うが、いまだに社長を続けているようだ。

初期メンバーのうち何人かは現金をもって辞めていったのだろうか。あるいは、社長が全部追放してしまったとか・・


そして、地方都市の夜は、バレーボールの学生大会だったらしく、どこの飲み屋でも臨時飲み会が開かれていて、中には黄色やピンクのユニフォームのままで合コンしているところもある。酒など飲むよりも、テレビで五輪の応援しなければならないのではないのだろうか。その学生たちのせいで、野宿の心配までしたのにだ。
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ちひろと世界の絵本画家たち

2012-08-20 00:00:07 | 美術館・博物館・工芸品
chihiro1いわさきちひろは「何年もずっと読みつづけられる絵本」にこだわっていた。生涯に残した絵本は約40冊。彼女の仕事量から言えば、そう多くはないのかもしれないが、誰にも真似のできない水彩画風は、年齢や国籍、性別を問わず多くの人に受け入れられてきたし、これからも読みつづけられることになるのだろう。


損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の「ちひろ美術館コレクション展(~8/26)」では、二つある彼女の美術館からのコレクションを展示している。


確か西武線沿線のちひろ美術館に行ったのは20年も前のことだったように思う。彼女の自宅兼アトリエを没後、美術館として保存したはずだった。そのうちに再訪しようと思っているうちに、逆に新宿までコレクションが来てしまった。


で、展覧会となると、客観的な展示になり、彼女のプロフィールなどが書かれていて、これまで知らなかったことが数多く書かれていて、一番驚いたのは、彼女の夫が日本共産党幹部だった松本善明氏であること。また、豊かな家庭に生まれるも、戦争の時代に日本と大陸の間を何度も往復することになった不運。そういうことと、彼女の作品とは関連があるとは、言いきれない。


たぶん、そういう私生活と、作品の間に、何か大きな精神的な「翻訳機」みたいな装置があって、抒情的な絵本が創られていくのだろう。


chihiro2彼女の仕事場の復元コーナーがあって、そこに並ぶ書籍と言うのは、世界各地の童話集とか、世界文学全集のような、かなりベーシックな古典類である。そういうものから人類の普遍性を読み解く力が、彼女にはあったということなのだろう。
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早く負けたくてもどちらかが残る

2012-08-19 00:00:17 | スポーツ
夏の甲子園に注目したことはほとんどないのだけど、組合せの妙と言うか、本日の第一試合は事情を知っている人たちからは大注目の一戦となる。

 仙台育英×作新学院

世間では、「地獄甲子園」とか「根性焼きVS強盗集団」とかネーミングがついている。

一方は、最近有名になった「いじめ被害者退学処分」。もう一方は、野球部員が雑木林で少女に抱きついて金を奪った(容疑者は、抱きついただけと言っている)とされる。

まあ、仙台の事情にも栃木の事情にも疎いのだが、神奈川県の事情から憶測すると、スポーツ振興高とか進学高とか裏側では醜いことが散々行われている。文武両道とかいって、実際には、「文」の生徒と「武」の生徒とはまったく別コースだし、そのどちらにもあてはまらない多大な学費を肩代わりする大勢の生徒というような構成になっている。ギリシャ時代の文武両道は、一人の学生が文にも武にもすぐれていることを求めたのだ。

さらに学校を意味するアカデミアの起源だが、哲学者プラトンが無知の王により奴隷として売り飛ばされた時に、ギリシャの市民や貴族がおカネを出し合ってプラトンを買い戻し、その余ったお釣りのおカネでプラトンのためにアカデミアをプレゼントしたわけだ。彼は、若い時はレスリングの選手だったのだ。

考えてみれば、頭が良くてスカウトしたり運動能力を見込んでスカウトした生徒を、見込み違いとか、ケガで運動ができなくなると、さっさと退学させるような学校が世界のどこにあるのだろうか。(まあ、結構、他の国にもあると思うが)


どちらも学校も、今回はそろそろ敗退して世間の鎮静化を図りたいところだろうが、残念ながらどちらかが勝ち残ることになる。そういうことに全く触れないで、何もなかったかの様に報道するテレビ局が信じられないのだが、大相撲の不祥事だってそんなものだった。

ところで、五輪ではバドミントンの試合で両者ともに無気力試合ということで、いつもマナーの悪い東アジアの2カ国がダブル失格になったのだが、・・
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孫に負けて喜ぶ会

2012-08-18 00:00:15 | しょうぎ
「将棋を孫に伝える会」という会があるが、そこで配布しているフリーペーパーをいただく。8月号と9月号。今後NPO法人を目指しているそうだ。入会資格は「孫がいること」ということになったら困るが、・・

孫に教えるといっても、祖父、父、孫のうち、孫が一番強かったりすることは普通にあるだろう。

「祖父(or祖母)→記憶力・思考力低下方向」

「父(or母)→やっとの思いで現状維持」

「孫→なんでもすぐ覚え、先祖代々で自分が一番頭が良い、と勘違いする」


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そのフリーペーパー。前半は1手詰み、3手詰みが中心の超初心者向けなのだが、後半になると突如、超難解問題が並ぶ。その中で、一つの趣向として、『不必死』というコトバが登場。どうも『必死問題』のように見えても受け方の妙手で必死にならない、ということらしい。

詰碁の「逃れ図」のようなものなのだろうか。『詰』と『必死』と『不必死』とが混じった問題が並ぶのだが、主旨はわかるが、なにか潔くないような感じがある。たぶん、『不必死』ではなく『非必死』の方が意味が明確なのだろう。さらに読みが「ひひっし」というように、追い詰められた必死感が強い緊迫状況に感じるし、そちらの方がいいのではないかと思う。


ところで、関係者からの強い要望で、孫はいないものの、若干部数の購入と詰将棋の提供を二つ返事してしまった。非必死ではなく、詰められたかも・・


さて、7月28日出題作の解答。

d12


▲3八銀右 △4八玉 ▲6六角 △同竜 ▲3九角 △5九玉 ▲5七角まで7手詰。

要するに▲3九角から▲5七角の筋で最後に根元の飛車を抜かれないように1六竜を動かしておくのだが、最後にうっかり竜と取ると、詰まなくなる。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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暑過ぎて3手以上読めない人でも解ける問題。簡単な流しそうめんみたいだが、食べ終わってもデザートはない。

手数は意外に長く、男子走幅跳びと男子棒高跳びの世界記録を足したメーター数くらいになる。
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ウナギを増やすには・・・

2012-08-17 00:00:19 | あじ
時々、ウナギのことを書いているのだが、ざっと調べてみると以下のような感じだ。漏れているかもしれない。

2006年2月18日、還暦のウナギ屋

2007年1月19日、鰻重捜索記

2007年3月22日、うなぎやけたかな

2008年7月24日、ウナ丼の危機(1)

2008年7月25日、ウナ丼の危機(2)

2008年9月26日、おいしいウナギを食べ続けるためには

2009年3月26日、うなぎの長旅、

2011年9月25日、ウナギ博覧会

2012年3月16日、本場で「ひつまぶし」、

2012年3月23日、うなぎパワーの七児の母は

どうも、ウナギの味、文化、そして生態などを中心に書いている。「うな丼」と「うな重」の差については書いていないようだが、きょうもそれは書かない。

そして、新しく変わった丸の内の勤務先の近くのビルの地下二階に、ウナギ料理店を発見。

神田「きくかわ」。正確には「神田きくかわ丸の内店」ということかな。

さっそく潜伏する。が、料金が結構高い。最低でも3000円弱。ウナギが高いのか、場所代が高いのか、経営者や従業員の給料が高いのかよくわからないが、二人で行くにも「万札」所持が必要となる。なんとなくビール代が安く感じる。

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そして、特製うな丼を注文すると、白いごはんが見えないほど蒲焼がトッピングされて出てくる。ウナギの量で勝負というタイプだ。

味は、いかにも江戸的な薄味(といっても味覚には個人差があるので、確かめたい方は小四枚でお釣りアリ)。

個人的には、ウナギが多すぎるような気がして、一回食べると半年分という感じである。


ところで、今年ウナギの原価が上がっているのは、ウナギの稚魚が手に入らなくなってきているからということらしい。つまり、日本の近くにある新興国の成金主義の方々が、旨い日本食材を徐々に食べはじめたからなのだろう。マグロとか神戸ビーフと同じだ。

日本でも資源保護のため何かをやるとしたら、最初に行うべきは天然ウナギ漁の禁止だろう。よくわかっているのは、湖や池や沼に住みついたウナギが、ある時、急に川を下り、マリアナ海溝近くの産卵場所に向かうわけだ。そこで卵から孵り、長い道のりをかけて、また川に帰っていく。

つまり、天然ウナギを取り尽くしたら、ウナギはいなくなってしまうわけだ。

さらに言えば、減ってしまったウナギを元に戻すなら、養殖したウナギを料理しないでそのまま国内の沼地に放流してしまえばいいわけだ。ウナギの産卵数は親の個体数に比例するだろうから、大量に放てば、そのうち多く回収できるだろう・

ただし、問題は費用。

沼に放つウナギ代を負担するのは誰になるのだろうか。実際に個々の業者が、元を取れるかどうかは、かなり疑問である。全体としてコストが回収され、ユーザーの満足も得られるような仕組みを作らなければならないが、それは企業ではなく国の役目なのかもしれない。

ちょうど2014年からは消費税率アップによって政府には大きな財源が生まれるのだから、社会保障費に回す前に、ウナギの放流に少しだけ回してみてはどうだろうか。ウナギの食べられない老後は味気ないものだし。
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