明石原人の謎(明石市立文化博物館)

2017-05-31 00:00:00 | 美術館・博物館・工芸品
明石城に隣接して明石市立文化博物館がある。明石は古来より交通の要所であり、歴史上の財産は多くあるのだろうが、幸か不幸かもっと重大な物件が発見されたことで有名になっている。

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それは、明石原人と呼ばれる人類の腰骨なのである。

考古学上有名でありまた残念で謎に包まれたこの骨については松本清張も小説にしているほどミステリアスである。

発見されたのは1931年。アマチュアの考古学ファンである直良信夫が明石市の西八木海岸の崩れかけた崖から、発掘したものである。直良は、同地で発見されている動物化石や石器などからして後期石器時代(5万年前~10万年前あたり)の原人と主張。しかし、調査した東京帝国大学を頂点とする考古学会は、直良説を無視し、この骨を直良に返却。石膏型だけが東大に残り、化石は直良の東京の自宅に保管されていた。

そして、昭和20年に米軍機による空襲によって、明石原人の化石は直良の自宅ごと焼失してしまった。

ところが、焼失の2年後、東大に放置されていた石膏型を東大の某教授が発見し、この腰骨の研究をしたところ、古い人類のものと主張されることになり、元に戻って西八木海岸の発掘が行われたのだが、巨費を投じたにもかかわらず、東大と直良の感情がもつれたまま、別の場所を掘ってしまう。ナッシングだった。

さらに、事情は複雑で、古い人類の特徴があると思われていたが、逆に現代人よりも未来人(腰骨が縦長)に近いということになり、旧人否定論も登場。そもそも最初の化石が、骨なのか石なのかということがわからなくなる。化石化する過程で骨が変形することもあるのだが、石膏型をみてもわからない。

当時は、日本には石器時代人はいなくて、縄文時代に南方から、弥生時代に中国方面から人類が日本に来た、と考えられていたため、いかにも邪論のように思われたようだ。

しかし、現在は旧石器時代人が日本にいたのは確実と思われているのだが、実は少し前に手製のニセ石器をバラマク考古学者が現れて、石器時代の考古学研究は完全に破壊されてしまったわけだ。
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明石城は交通の要所だったが

2017-05-30 00:00:49 | The 城
明石という地名は源氏物語にも登場するほど古くから有名であり、おそらく現在の明石駅付近だけを指すのではなく、もっと広い範囲を指す言葉だったのだろう。

山陽道の要所であり、内陸へ入るのもまた淡路島に向かうにも、また瀬戸内海の入口(北が明石海峡、南が鳴門海峡)でもあり、海上交通、商業、軍事的にも重要な場所であり、江戸時代の初めには、大阪と姫路の間の守備の要と思われていた。

ところが、実際には江戸幕府の権力が強すぎて、反抗する大名などいなかったこともあり、どうも6万石から10万石規模ということもあり、様々な親藩大名が次から次へと城主になり、大部分は、明石を去ったあと、落ち目になっている。出世城ではなく没落城だったのだろうか。

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場内は四つの隅にあった櫓のうち二つと天守閣予定地の天守台が残るが、天守台は前面にある櫓にかなり隣接していて、まったく不自然だ。現地から帰ってしばらくして思いついたのだが、山陽路から見る参勤交代の大名たちが、徳川親藩の力を過剰に意識するように、天守閣がより大きく見えるように道に近い場所に設計したのではないだろうか。

実際には天守台の上には天守閣は作られなかった。江戸城の天守閣が、早い時期に再建されなかったことも原因の一つだろう。

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石垣は、しっかりしているように見えるが、石と石の間がすいている場所が多い。阪神淡路大震災のあと、崩れた石を積みなおしたそうだが、たくさん石垣を見ている目で言うと、少し不安を感じる。

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水堀にはたくさんのミドリガメ(アマゾンアカミミガメ)が生息していて、一部は堀をよじのぼり、天守台のそばで観光客の残したオニギリを食べていた。
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イン・ザ・ヒーロー(2014年 映画)

2017-05-29 00:00:48 | 映画・演劇・Video
スーツアクターという仕事がある。怪獣とか仮面ライダーとか「かぶりもの」を使って主に格闘をする。格闘をしなくてもいいというのは、ご当地キャラだが、格闘するとなるとさらに体力と忍耐が必要だ。悪役に慣れなければならない。5人登場とすると、最後に勝つのは1人で、残り4人は殴り殺さる役だ。4人で1人を殴るということにはならない。

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本映画では、このスーツアクターになるのは、いわゆるスタンドマン(スタンドバイ)と言われる人たちで、アクション映画だけではやっていけないから「かぶりもの」もやる、という設定になっている。

実際には、そういう簡単な話じゃなくて、「かぶる」方は専門の人がいたり、役者の卵が数合わせで動員されたりするはずだ。そういう人たちからの批判があったらしい。

そして、下落合ヒーローアクションクラブの経営者で自らも25年のスーツアクター経験がある男を演じるのが唐沢寿明。実際に、そういう仕事をしていた過去を持つそうだ。

妻とは離婚したものの娘を介してしょっちゅう会っている。本当はいつか自分の名前と自分の顔をスクリーンに映したいと願い続けている。

そして、唐沢の前に現れたのはハリウッドスターを夢見る生意気タレント。映画に出演するため、アクションを覚えようとするが、簡単にはいかない。福士蒼汰が演じる。

ここからは、唐沢と福士がぶつかるという定番コースに入るが、よくある展開で、二人の将来の夢が同じ方向であることが明らかになっていく。

そして、簡単に言うと、福士がやっとつかんだハリウッドへの道に大きな障害が現れる。フィナーレで白覆面の忍者が登場して、山盛り人数の黒忍者を切り殺すシーンの冒頭の二階から落下するところが危険すぎるとして予定されていた俳優が香港に逃げ帰ってしまったわけだ。

そして、ワイヤーとかCGで対応しようという話になり、それなら、そもそも物価の高い日本ではなくソウルで撮影したらどうだろうなどということになるのが、監督が同意せず、そのシーンのために撮影前に4か月特訓していた唐沢の出番になるわけだ。

本映画は、映画のストーリーにはまりこまないと、なかなか共感しにくいところがある。二人の男の夢というのに同意するのが前提だし、なんとなく暗い影を感じるところがある。

といっても、暗い影がなければ、単なる喜劇かアクションになってしまうような気もするし、ちょっと浮いているが唐沢の娘を演じる杉咲花が場違いに明るいというところが勘違い的ユーモアを添えていると言えるかも。
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「動物集合」展

2017-05-28 00:00:21 | 美術館・博物館・工芸品
近代美術館別館で開催されていた『動物集合』について。



収蔵品からの展示ということで、ほとんどが国内の作者の手になる工芸品である。和服の柄もあるし陶芸に描かれるものもあるし、多いのは彫像だろうか。

そして、意外なことに犬の作品は少なく、猫が多い。さらに狐が多い。お稲荷さまの狐は有名だ。

犬についていえば「犬将軍」がいた国なのだから歴史的に多いのかなと思うが、あまり聞かない。ただ、西郷隆盛のお付きの散歩犬が有名だ。ネコは穀物倉庫の番人として実用動物だった。

狐が多い理由だが、人の住んでいる村や町と狐のすんでいる森が接しているところに出会いがある。西欧ではいつも戦争をしているので、街を城壁で囲って、立て籠りながら戦争を行っていた。だから、意外に森の狐は住宅地にはこない。

日本では、熊も先住動物の一つで戦闘的だが、あまり工芸品にはなっていない。熊と人間の生活圏がかぶりはじめたのは、つい最近の事だからだろう。



もっとも北海道(蝦夷)では、人間とヒグマの距離は近い。恐れるものなのか親しいものなのか微妙な関係をあらわすことばとして「おやじ」という言い方がある。

近代美術館の所蔵には選ばれなかった一品を、埃をかぶったコレクションの中から探し出してみた。
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王手角取りで失ったもの

2017-05-27 00:00:33 | しょうぎ
前の日曜に将棋連盟4Fで開催された将棋ペンクラブの関東交流会に出席。

会員を中心に数十人の出席で、プロは上野さんと井道さんが多面指しを行っていた。井道女流は石川県の珠洲市の出身ということで、将棋情報誌で紹介されていた銘酒を昨年のふるさと納税で手に入れたのだが、いわゆる秘酒という感じだった。一番教えてもらおうかとも思ったが、負けても勝っても嫌なものなので、通常コースのフリー対局ということで、3時間程度指した。

先日の職団戦ではボロボロだったのだが、その後、各種戦法とその対策を研究していたため、まあなんとか白星先行ということであったが、最終戦で相手の飛車を追い詰めた結果、よく見たら私の王と角の間に相手の飛車がいるわけだ。つまり王手角取り。

今までずいぶん指してきたが、こんなに悪い手を指したことはないだろう。サッカーで言えばバックスが相手のフォワードのドリブルを取り囲んで、ある方向に追い詰めたものの、そのままゴールに入ってしまったようなものだろう。

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ということで、色紙先取り権の順位が下がり、井道さんの色紙ではなく、森内元名人の『深思高飛』の色紙をいただく。「深く考えた結果、高飛びした」という意味だろうか。


さて、5月13日の出題作の解答。

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初手に駒取りというのは、めったにない。というか、やや邪道感があるが、個人的には、まったく気にしていない。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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少しだけ技巧的なところがある。たいして難しくはない。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。
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トマト生育状況

2017-05-26 00:00:11 | あじ
ミニトマトは、かなり威勢よく伸びてきて、青い小粒のトマトが大きくなってきた。気になるのは少しボロボロと落下していること。本来はミニトマトは脇芽をとらなくてもいいようだが、モサモサしてきたので指でつまんでいる。プランターの形状に合わないのが問題かな。

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問題はミディサイズのトマトの方だが、地植えしたのがいけなかったのかな。大きくならないのに一つ大きめの実がなってきた。なんとなく最初で最後の一つになりそうな嫌な予感がある。早めに諦めて、朝顔かヒマワリと植え替えようかなと、農家でもないのに弱気になる。

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両者ともに、蛎殻を焼いて粉砕した石灰を少しだけ肥料にする。
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史談 行く人来る人(綱淵謙錠)

2017-05-25 00:00:00 | 歴史
いわゆる歴史一口話集とでもいうべきかな。全327ページの中に52話が詰め込まれている。

著者のすべての作品を読んだわけではないので(少なくても1冊は読んでいたが)、本書の話が全てそれぞれ展開して一編の時代小説として完成したかどうかはわからないが、少なくても先日読んだ短編集『刑』の中のほとんどの作は、本書に調査報告書のようにまとめられている。

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しかし、気になったのは「カニバリズム」のこと。経営学では、自社の新形態のビジネスが自社の旧形態のビジネスとかぶっていて、新ビジネスの売上げや利益が増えた一方で旧ビジネスの売上や利益が減ってしまい「お疲れさま状態」になることをいうのだが、元の意味は「食人」。つまり人類の共食いである。

42ページ、7話を人肉を食うことにあてている。世界の食人史を書こうとしたのかもしれないが、なんとなく、知っていた話が多く、愉快な気持ちにはならなかった。

というのも7話の冒頭を飾るのが、「悲しい美食」という話で、例の佐川君のこと。佐川君のことはWikipediaでも調べられるが、本書ではもっともっと具体的な食人の部分にフォーカスしている。

そして、知らなかったことだが、妖刀「村正」と家康の関係。徳川幕府は「村正」を毛嫌いし、できうる限りで村正の排除を行っていたが、従来、その理由としては3点が挙げられていて、

1. 家康の長男である信康が織田信長の命により切腹させられて時の介錯に使われた。
2. 家康の祖父である清康が、様々な思い違いから横殺された時に使われた。
3. 家康本人が幼少の頃、村正の短刀で誤って手傷を負ったこと。

が挙げられているのだが、著者は4つ目の理由として、

4. 家康の父親である広忠が暗殺された時に使われたのも村正であった

ということを探り出している。さらに2の事件と4の事件も(つまり、祖父と父の殺害)、徳川家の家来である植村新六郎氏明が犯人を討ち取っている。一件目は15歳、二件目は29歳の時のこと。見事というべきか、そもそも殿の警固が甘かったというべきか。残念ながら氏明は32歳の時に徳川×織田の合戦で討死。

植村家は江戸時代初頭は旗本であったが、その後、25,000石の高取藩の藩主(つまり大名)となるが、そのプロセスは不明。幕末は無抵抗主義で幕府側から薩長側に宗旨替えした。
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景気討論会で聞いた話

2017-05-24 00:00:01 | 市民A
日経新聞と日本経済研究センターの共催で、先週、大手町で行われた景気討論会を聞きに行く。

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パネリストは、企業側から旭化成と丸紅の社長と日本総研の副理事長、日本経済研究センターの理事長。司会進行が日経新聞の専務の5人。

まず、現在、日本経済は戦後3番目に長い景気回復を続けているそうだ。その実感が誰にもない理由は、あまりにもなだらかな微増であることと、給料が上がらないため内需に力強さが足りないからということ。

現今、もっとも重要な問題は言うまでもなく半島情勢だが、当日の討論では、その話はなかったこととして進むことになった。それでいいのかというような気もする。

その給料問題の前に、雇用情勢が大変ということで、現在の人出不足は続くのかという点について討論があった。裏側にはAIとIOTといった技術革新で不足労働力が確保できるのか、あるいは逆に人間が余るのかということ。どちらかというと企業人の方は、将来は大幅に人が要らなくなる(余る)だろうと考えていること。

もっとも人が要らないということになると、需要面では大きなマイナスだ。

この問題にかかわらず討論はまとまらないことばかり。そもそも内需型企業の人を呼ばないのはなぜだろう。

意見が一致したのは、世界経済にさしあたってのリスク。トランプリスクらしい。もっとも彼らしい政策は何一つできていない。

そして中国に負けているのが、AI戦略。日本は何一つ前に進まないが、中国はやってみてから判断するということ。

やはり特区を作って単一ビジネスではなく、地域経済全体に点火すべきなのだろう。獣医学部設立のために特区を認定したとしたら大問題である。北海道全部とか四国全域とか大単位取り組んでもらいたいところである。
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森友問題、いつまでも触れられない論点

2017-05-23 00:00:42 | 市民A
森友問題も燃料が燃え尽きたようで、加計問題に移っている。

私も岡山に3年強住んでいたし、先祖は岡山なので、この学園のことは幾つか知っている。例えば、倉敷の駅近くにあるESG倉敷こども園は、もともと倉敷芸術科学大学の看板の出ている建物の一階に数年前に開設されたが、驚くことに隣の建物は大型のラブホテル。幼稚園の隣にホテルを建てることは認められないが、ホテルの隣に幼稚園を建てるのは合法らしい。(そのホテルの隣のマンションに住んでいた)

また倉敷郊外の山中にあるのがヘルスピア倉敷で、スケートリンクが中心で高橋大輔さんが練習していたことで有名だが、元々は年金施設で大赤字のため売却先を探し、格安で加計グループが入手。

表向きの話については倉敷美観地区内にある加計美術館の2階に加計一族の輝かしい歴史が展示されている。一階は傘下の芸術大学の学生の作品展示が多い。

で、話を書きたいのは加計の件ではなく、森友問題の中の一角を占める「国有地格安売却」の件。

9億の土地を8億値引いて1億で売ったというのが、手続き的に正当なのかどうかはさらに調査が続くのだろうが、そういう観点ではなく、9億の評価の土地が1億になったということ。もちろん近畿財務局は、他の土地は処分していてこの土地だけ売れ残っていたので、なんとか売ろうという基本的なスタンスだったのだろう。

一方で、国有地というものの効果を考えてみると、これが1000兆円を超えると言われる国債残高の担保になっていること。つまり借金の裏側に資産があるかどうかという点だ。

残念ながら、国有地だけで国債を担保できていない。だいたい100兆円と言われている。実際には土地以外にも建物や借地権などもあるだろう。例えば国会議事堂の建物とか。ただ、数は知れているだろうから無視してしまうと、1000兆円=国有地100兆円+日本国の信用900兆円ということになる。

8億円の値引きは少なくても国債の担保が8億円分目減りするということである。もちろん実売価格が帳簿価格より高いなら、資産として持つよりも換金した方がいいのだろうが、単に傷物だからといって評価を下げてから売るような意味はないわけだ。

さらに言うと、例えば不動産王トランプなら、安く買った土地の付加価値を高めてから第三者に売却することにより、利益を生んでいくだろう。いいか悪いかは別として、安売りすれば自ら価値を下げて同時に担保価値を失っているわけだ。
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A Tail of Magic(ミュージカル/麻布演劇市)

2017-05-22 00:00:44 | 映画・演劇・Video
劇団あまみゅ☆カンパニー第6回公演のミュージカル。六本木の小さなシアターで。数年前に同劇団で公演したもののリメイクということだそうだ。





某王国の王様が病気に伏し、放蕩息子が王冠を継ぐことになる。国民が困窮して食べ物も乏しいというのに、本人はスイーツや肉をがつがつと食い、肥満体になっている。さらに忠告した料理長は粛清されてしまう。

となると、日本近郊の某国を連想してしまう。リメイクとなったのはそういう事情かもしれない。

王子はちょっとした理由で城を出て街中を歩き回る。暴れん坊将軍みたいだが、市井で自分の悪評をさんざん聞くことになる。そして、身分を隠したまま、反政府活動に加わり共謀罪で捕まりかけてしまう。

そういった、王族対民衆の対立とは別に、この国の支配権をめぐり、人間対魔女というテーマがある。魔女は時に怒り王国を滅ぼそうとしたり、気まぐれに許したりする。北風政策と太陽政策というわけだ。

ということで、二つの対立軸が劇中で交錯するので、案外複雑なのだ。隣の席に座っていた全くの他人の小学生女子は、栄養失調で亡くなってしまった女性の娘がくさりかけたリンゴを、遺体を演じる母親の口に詰め込む場面で泣き出してしまった。笑っている人が多い場面だったのだが。

で、劇中では、魔女(米国?)が若い新国王を殺してしまうのだが、思い直してまた復活させてしまう。その必要エネルギーは最大級で、魔女は力をかなり失ってしまう。


全5回公演の千秋楽であって、役者数を数えたところ27名ということで、かなりの迫力であったが、演劇ってその無形性が演劇たるところではあるものの、千秋楽の幕が下りるまでの累積エネルギーって莫大だよね。
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茶碗の中の宇宙

2017-05-21 00:00:52 | 美術館・博物館・工芸品
近代美術館で開催中の『茶碗の中の宇宙』へ行く。ミクロコスモス イン ティーカップか。

別の名前を考えると、『樂家の人々』となる。

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茶碗がなければ、たぶん茶道は始まらない。もっとも利休なら紙コップでも一席作れるだろう。何もなくても掌二枚でもエア茶道とかやるだろう。何しろ始祖なのだから。

そしてもう一人の始祖が長次郎。茶碗師なる職業と呼んでいいのだろう。もっとも一子相伝という他には能楽の世界か天皇家(天皇家は養子相続禁止だからもっと条件は厳しい)のような世界なので、初代から15代目の当主まで樂家の人たちのうち13人が吉左衛門と名乗っている。

それでは不都合なので、本名がある。初代長次郎は吉左衛門を名乗らなかった。利休の時代だ。ろくろを使わずすべて手で成形し、土の色そのものを表現してしまう。中段に横一線のわずかなくぼみが特徴。当時の品としてはかなり多くの作品が残っているが、似て非なるということばはまさにそれらの作品群で、数十メートル離れた場所からは同じようにみえても近づけば一つとして似ていない。装飾度を数字でしめせば10段階の1か2。しかし、なんとしても欲しくなる。

展示品を欲しくなるという気持ちには、なかなかなるものではないが、もとより茶碗は手に持つものだからそういう犯罪的な気持ちになるのだろうか。

二代目は常慶。父の背中を見て育ったという典型で、初代より茶碗が大きくなる。あるいは茶碗を回し飲みすることが一般化して大きいものが求められたのだろうか。初代と二代目は好みの問題だろう。

三代は道入。三代目は何にしても重要だ。政治の世界、経営の世界も同じで祖父が首相とかね。二代目をボン、三代目をボンボンと呼ぶのだろうが、樂家の三代目は、樂焼を茶碗界随一の座に輝かせた大功績者だ。茶碗に赤や黄色をうっすらとのせてみたのだ。また、素朴から可憐、あるいは男性的から女性的というか、ますらおからたおやめというか。

茶道が都会の町人の中に溶け込んでいった時代に新感覚作品を世に問うたわけだ。

個人的にはもっとも好きな人物。とても17世紀の人とは思えない。茶碗界では、この後一樂二萩三唐津といわれる。樂は茶碗に主義を持ち込み、萩は人生のはかなさを軽みで表現し、唐津はあくまでも完成美にこだわる。三者三様。

そして、徳川宗家のように樂家もその後、後継に苦闘していき養子に頼るようになる。そして江戸末期から昭和初期まで、茶道会は低空飛行を余儀なくされる。文化は後回しの時代だ。復活は昭和40年頃からの景気回復によるのだが、現在の15代目は、まったく過去とは断絶することを決意したようだ。イタリアで学び、色鮮やかできらびやかな宇宙を茶碗の中だけではなく外側まで放出していく。装飾度10。

別に批評することではないが、イタリア(ムラーノ島)にガラス工房までもっていたガラス工芸家藤田喬平氏の後を追うのだろうか。この15代目の作品が大量に出展されているのだが、初代とはまるで逆で、なんとなく異なる意匠ではあっても、それぞれが似ているような感覚を覚えてしまう。
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未成年でも個人営業

2017-05-20 00:00:00 | しょうぎ
藤井新四段はまだ14歳で中学生である。つまり義務教育中。このまま勝ち続けると中学の卒業すら心配してしまう。順位戦では、よほど早指しで大差で勝たないと、当日帰れなくなる。今でも瀬戸に住んでいるなら将棋連盟のある千駄ヶ谷駅で21時ではアウトである。20時半までに終わらせて「感想戦は無駄だからやめましょう」とか言って失礼するしかない。

考えてみれば、彼は個人営業なのだから、使用者ではないわけで、労基法他の対象外。こどもタレントとは違って何時間働いても違法行為にならない。しかも職業柄、マネージャーが必要ということでもなく、対局予定をチェックして場所を間違えずに盤の前に座るだけで、ギャラは自分の口座に振り込まれるのだろう。

連勝中ではあるが、まあ勝ち進めば超強豪が対戦することになり勝率は8割位にはなるのだろうか。そうなると、中学生でありながら学校を欠席して口座にどんどんおカネがたまるということになる。

しかも未成年なので、フェラーリを買ったり軽井沢に別荘を買ったりという契約は親の同意がないとできないし、たぶん同意されないだろう。

現在、彼にとって最も重要なことは、「近づいてくる銀行員と女流棋士に騙されないこと」なのだろう。


さて、5月6日出題作の解答。

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初手は知っていれば簡単だが、知らないと手こずる。龍を2枚で縦と横で使うと、ぴったり詰む(ように創ってある)。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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先週に続いて、造形シリーズ。

最終手は、2種類あるが、できれば「直(右)」と指してほしい。また、やはり打った駒が邪魔になる。

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わさびはどうしよう

2017-05-19 00:00:13 | あじ
竹橋方面に行ったので、某寿司店のランチをいただく(いただくといっても食べ物をいただき、対価を支払うという意味)。


づけあなご丼。

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具は、マグロのづけ、アナゴ(白ごま付き)、卵焼き、イクラ、キウリ、海苔少々、しょうが、わさび以上。

最大の問題は、この中のわさび。醤油に少し溶かしたものの、何につければいいのだろうか。

マグロとアナゴはタレに漬けたりタレで焼いたり。卵焼きとは味の方向性が違うし、イクラも味付けである。

まさかショウガではあるまい。

少し悩んだ結果、二枚のキウリをわさび味でいただくことにする。

実際、寿司店ではわさびとキウリとは至近距離に存在することが多いのだが、わざわざキウリをわさびで食べることはないだろう。

結構、いける味だ。今度、夕食に来て、キウリとわさびだけ注文しようかな。
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侵入しようとしたのは誰?

2017-05-18 00:00:34 | 市民A
ブログとは異なった名前で通っているあるSNSに先週、不審者が訪れたようだ。パスワードを解読できなかったようで、乗っ取られないで済んだのだが、まだWIN7を使っている人物が長野県の某所からアクセスを試したようだ。

そして、その前の日には私のフリーメールアドレスを利用しようとして、こちらもパスワード入力の段階で失敗した人間がいたようだ(こちらは、自分の入力ミスという可能性は捨てきれないが)。

そういえば、数か月前だがgoogleの余計なサービスで、搭乗予定の飛行機離陸の数時間前に、頼みもしないのにスマホに通知がくるというのがあって、日本にいるのに「アメリカン航空の○○○便で米国のどこかの空港(覚えてない)からもうすぐ離陸です」というような通知が2週続けてきていた。犯罪の匂いもあるので、どこに連絡すべきかその時に調べたが全然わからないので、放置。クレジットカード利用痕跡もないし。その後おとさたなし。

なりすまし冤罪にされないために、予防的に、あったことをいくつか書いてみた。
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追突寸前!

2017-05-17 00:00:53 | 市民A
先週、突然に2日続けてゴルフに行くことになり、2日目は横浜市の都筑(つづき)インターから、千葉県の茂原(もばら)北インターまで自動車専用道路を使うことになった。

今年3月末に開通した横浜北線から湾岸道路、そしてアクアラインで木更津から圏央道で千葉県の中部を北上という予定だった。横浜北線も圏央道(木更津東より先)も走ったことがなく、なんとなく不安もあった。

横浜北線は新横浜から横浜市街地を長い地下トンネルで通り抜け、湾岸道路までまっすぐつながるので大助かりである。地元では長いトンネルの話で盛り上がっているが、その先、アクアライン方向に行く人には、なんの感激もない。長いトンネルだと思ったら、次にもっと長いトンネルがあったという、どこかの電機会社のような話だ。

そして、千葉県に渡ると、一気に通行量が減って、無法国家なら180キロでも走れそうな状況があるのだが、そこは千葉県警のドル箱路線であるわけで、通るたびに覆面パトカーに無作為に捕獲された獲物が路肩でさらされている。

そうなると、ゴルフには間に合わない上、いつまで経っても、青免許から金免許に復帰できない。

ということで、片側2車線の左側をおおむね制限速度(大部分が80キロ)で走ることになる。右側の追い越し車線は、110キロ位のクルマがほとんどだ。免許の色にこだわらない人が多いのだろう。

で、問題の場所が、木更津ジャンクション。南北に走る館山道路と東西に走る圏央道が交差する地点で、そこで向きを変える人は、車線左側から連絡道に入って、標識に従って次の目的地に向かえばいい。もちろん他の方法はない。

ところが、私の150メートルほど先にいたクルマは、いったん左の連絡道に入ったものの、急に本線の方に戻ってきたわけだ。通行禁止の斜線が塗ってあるところを通るのだから、それ自体が危ない。

後ろで見ていたので、「間違えて、あわてて戻ってきたのだろう。あぶないなあ・・」と思い、背後に車がいないことを確認し、さらに減速した。まあ、前のクルマは再び加速していくのだろうとは思ったのだが、事態は思わぬ方向に進んでいく。

前の車は、そこでブレーキをかけスピードを落としたのだ。ほとんど止まりそうに見えたわけだ。一瞬でわかったのだが、やはり真っすぐ走ってはいけなくて、左側の連絡道に入らなければならなかっただろう。いわゆる行き過ぎだ。といっても止まって良いわけはないし、勝手に止まるなら路肩があいているのだから、危険ではあるがそちらで止めなければいけないでしょう。

となると、追突の危機ということ。右後方を確認すると、追い越し車線を110キロでクルマが次々に通過しているので、すでにこちらもスピードダウン始めている以上、車線変更は最も危険だ。

しかたなく急ブレーキを踏み、間に合わなければ左側の路肩に潜り込むという基本作戦を瞬速で立てる。80キロなら80メートルの車間距離が必要だったことを不正確に思い出す。また追突防止機能があったことや、横滑り防止機能も付いていたことも思い出す。

そして追突防止機能が作動するギリギリで、前の車のドライバーが我に返ったのか、またゆっくり走り出したわけだ。

その後、追い越してからドライバーの顔を確認したところ、銀髪の妙齢の貴婦人であった。日本に高速道路が完成する前(註)に運転免許を取得されたのだろう。停まったり、バックして後ろのインターに戻ってはいけないことを知らないのかもしれない。

しかし、その数分後、彼女は猛スピードで私を追い越し、次のインターに向かって爆走していったのだが、大丈夫なのだろうか。なんとなく明治維新の後の大日本帝国を連想する。

(註:日本最初の高速道路は名神高速で1963年に一部開業。東名高速は1969年に開業し、同年国鉄が東名ハイウェーバスを走らせることになる)

ところで、圏央道だが、未完成道路風である。片側1車線の対面になったり2車線になったりする。途中の高滝湖PAで喉を潤そうとするが、トイレ以外の施設はゼロ。無人のPAで、自販機も一台もない。何を考えているのだろう。
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