06年2月、検索ランキングベスト20

2006-02-28 07:36:14 | 市民A
1月分のランキングでは、月末に朝日新聞殿にURLが紹介される、という晴れやかな話題があったのだが、2月はトリノオリンピックのある一面に偏った、ちょっと残念な結果になっている。

というか、残念なのは私の方ではなく、検索来訪者像に見る、日本人の興味のレベルなのだが・・

1位:安藤美姫
2位:喫茶店
3位:おおた葉一郎
4位:実家
5位:blog.livedoor.jp/ota416/
6位:る・るぽ
7位:チェーン
8位:おおた葉一郎のしょーと・しょーと・えっせい
9位:名古屋
10位:コメダ
11位:コメダ珈琲店
12位:検索
12位:安藤
14位:日本橋
15位:ギッフェン財
16位:葉一郎
17位:しまむら
18位:将棋
19位:榎本大輔
19位:リサイクルショップ
19位:枕絵

以上なのだが、1、2、4、6、7、9、10、11、12X2 を組み合わせると、こういう内容になる。

安藤美姫選手の実家(祖父)が名古屋チェーン店である「コメダ珈琲店」の社長という噂があり、2004年10月29日付け「横浜にコメダ?!?!」のトラックバックにブログ界の権威であるbunさんから書き込まれたことから検索数が増加。bunさんにさらに詳しく調べてもらったところ、おじいさまは、コメダではなく「る・るぽ」という喫茶店を経営されていたことがわかり、2006年2月22日につまらない関連エントリ「安藤美姫選手と喫茶店の関係など」を作成した。ということである。ついでに書くと、「る・るぽ」は珈琲だけではなく、野菜炒めや、あんかけスパゲティも出していて、これらで栄養をつけ過ぎたため、4回転に失敗したと言う声も聞かないではない。

3位、5位、8位、16位は弊ブログのことだが、5位「blog.livedoor.jp/ota416/」はURLがわかっているのに検索するとは?そして8位の「おおた葉一郎のしょーと・しょーと・えっせい」はどうしてこんな長い検索を正確に書けるのだろうか?と感心。

気になるのは、19位:榎本大輔だが、誰だったかな??===>検索すると、ホリエモンの元同僚で、香港在住のスペーストラベラーだった。地平線上ならぬ捜査線上に浮上しているのかな?
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カール・ユーハイム物語(補1)

2006-02-27 07:32:13 | カール・ユーハイム物語
32984a8f.jpg先日、横浜関内を散策した際、ユーハイム1号店の場所を特定すべく歩き回った。結論から書くと、はっきりとは特定できなかった。が、二ヶ所の候補地に絞ってみた。少し事情を書いてみる。

私が、ブログ版ユーハイム物語(1-8)を書こうとしたのは、元々、2004年12月に、図書館から借りてきたある本を読んだことから始まる。「社名・商品名の謎/田中ひとみ(日本文芸社)」。もちろんこの本は、日本の老舗とか有名ブランドについて、書かれた本で、ユーハイムの名前は一覧表の一行に過ぎないのだが、妙に気になっていた。海外ブランドと思いこんでいたこともあるし、ドイツ人捕虜というのも心を落ち着かなくさせる。しかし、その時は調べる方法すらよくわからず、単にブログ用手帳に「ユーハイムのナゾ」と一行書かれるだけだった。

ところが、動き始めたのは、昨年の後半、高輪にある味の素社が運営する「食の図書館」で調べ物をしていたときだった。ふと思い出し、ドイツ菓子のコーナーへ行くと、ユーハイム関係の本が2冊あった。パラパラと見ると、うち一冊「カール・ユーハイム物語(頴田島一二郎)」という本はかなり詳しい事情が記されている。後日、その本を入手しようとしたのだが、これが大苦心のはじまりとなる。なにしろ1973年の本である。新泉社。その後、ネット上をうろついて、原価2000円程度でやっと黄ばんだ古本を手に入れる。そして、読み始めるのだが・・・

32984a8f.jpg実は、この本は読みにくい。彼の人生を、順に書いてあるわけではなく、手法として時間の逆転を多く使ったり、エピソードの話になると、エピソードごとに時間を追い始める。読み流すだけならいいが、まとめようとすると、大量のメモを作らなければならない。そして、いくつかの記載については、少し著者の誤解と思われる部分がある。古本には、何ヶ所かに赤鉛筆の訂正まで入っている。例の明治屋レストランである銀座ユーロップの場所の記載についても、近隣の他の老舗店舗の位置関係が腑に落ちない点もある。現地へ行って気付いた。その他にも、少し脚色を感じる点もある。

となると、この作者、頴田島一二郎氏のことをどこまで信じるかということが重要になるわけだが、この情報は少ない。まず、読み方は「えたじま、いちじろう」ということ。わかっている情報でいえば、1901年東京生まれ(中央区神田ということだが、神田は千代田区である)。1918年京城中学卒。和歌の道に進み、1931年文芸時報社に入り、投稿歌集ボトナムの編集にあたる。その後、不明の時期があり、戦争協力をしていたらしい(想像)。1945年に京城で終戦をむかえ、戦犯にならないように逃避行を続ける。以後46年間尼崎に居住。歌集ボトナム編集長にもなっている。1993年に横浜市戸塚区で没。92歳。戦前は6冊の小説を書き、歌集は戦前戦後に計7冊。戦前の小説のうち何冊かは、駐留軍により没収されている。「カール・ユーハイム物語」は72歳の時の作である。

彼のことをもう少し紐解いてみたいとは思っているのだが、まだ糸口は少ない。しかし、編集長など歴任した人物が嘘八百を書くとは思えない。やはり兵庫県で東京、横浜のことを書くとなると若干の不正確性が出るのかもしれない。

32984a8f.jpg横浜の店の部分の記述では、横浜駅(現桜木町駅)から、弁天橋を渡り、1.5キロ弁天通りを歩いたところにある、とされる。しかし、実際は現在の弁天通はそれほど長くない。関内の中央には県庁、日銀支店などの官公庁と横浜公園(現横浜球場)が存在し、海に向かって、左側(旧日本人居留区)と右側(旧外国人居留区)にエリアがわかれている。弁天通りは左側である。彼の記述では左側にあるのだが、関東大地震の時の避難の状況からいうと右側にあるほうが自然である。カールの息子のボビーは、家族と逆向きに迷ってしまって横浜公園に行ってしまい、両親は堀川を渡り、右の方の元町へ向かうのだが、そうなると元町に近い方にありそうなものである。

いずれにしても、まず弁天通りを歩いてみる。ナイトクラブがビルに鈴なりになっている。銀座日航ホテル裏と言った感じだ。通りの入口にはソープまでもある。そして道は官庁街にぶつかる。もし、この道沿いであったなら、官庁そばの東京電力のあたりだろうと思える。まあ、この道を歩き、弁天橋をわたったのだから、ユーハイム夫妻と空間を共有したということで満足することにする。次に、開港資料館で当時の地図を確認し、山下公園方面(つまり関内の右側)へ向かう(赤い靴のナゾも追っているからだ)。そうすると、海岸近くに、かなりインスピレーションの働く場所があった。

さほど一等地とはいえない場所だが、ホテル・ニューグランドの裏の道に「明治屋」のスーパーがある。思い出してみれば、ユーハイム夫妻は明治屋銀座店から独立してこのあたりに店を出している。そして、関東大震災で一帯が倒壊したあと、神戸へ避難した後、一度単身で横浜へ戻っている。そして、再建不可能という判断をして神戸で店舗を開くのだが、あるいはその際、横浜の権利を明治屋に譲ったのではないだろうか?明治屋のHPで見ると、当時、明治屋は横浜が本店だったが、場所は県庁より左側で、震災で全壊している。その後、本社は東京で再建。となれば、現在の明治屋ストア横浜山下店の場所はかなりユーハイム1号店と状況は一致してくるのだが確証はない。

しかし、とりあえず、ユーハイムの関東での足跡を追うのはここまでとする。あとは、神戸であるが、まだ自分なりのMAPは描けていない。ユーハイム本店の場所、また、カールの亡くなった六甲山ホテルは当時の建物を保存し、そのまま宿泊施設で使っているということがわかっている(当時の109号室が実在しているかどうかまではわからない)。そして芦屋霊園のユーハイム夫妻の霊前に、ブログ版ユーハイム物語のプリントアウトを供えねばならないと思っているのだ。
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ある経済法則(ただし、犬の場合)

2006-02-26 08:25:36 | The room of Sora

58744599.jpg犬の本を何冊か読むと、犬をしつけるためには、人間がきちんとルールを守らないと犬が混乱する。というようなことが書いてある。テーブルから食事を与えてはいけないとか、スリッパをかじらせてはいけないとか、外に出るときには、犬より先に人間が出なければならないとか、とかとかとか・・・

しつけとは縁のない場当たり人間には犬を飼うなということか・・

58744599.jpg「犬と話そう/デイヴィッド・オルダートン・ペットライフ社」は、その手の名著らしいが、犬に人間語を教える話と、人間が犬語を理解する話と渾然一体に書かれているので、何がなんだか訳がわからなくなって、犬以下の思考パターンに陥る。そのうち、人間の方がワンワンと犬語をしゃべり出しそうになってしまうわけだ。しかし、どの本も、「禁止行為」が羅列されていて三流私立高校の校則みたいだ。一つ面白いのは「スリッパをおもちゃにさせない」というのがあった。”犬にはスリッパと靴の見分けがつかないから”ということだそうだ。

しかし、たぶん、見分けがついていて、スリッパより靴の方がずっと好きなのではないだろうか。犬にとって有名な経済法則がある。「高い靴の方が、ずっと好きだ」という法則だ。こんど実験してみようと思っている。イタリア製、日本製、ブラジル製。雪靴(人工皮革)。4足並べて一択してもらおう。ファイナルアンサー?

58744599.jpgところで、2回目のワクチンも終わり、あと3週間で「外出許可」となるのだが、狭い庭で遊ばせるため、フェンスの追加設置工事の見積もりをとったところ、ソラちゃんの4倍の価格の見積もりがでてきた。デジ一眼カメラは一匹分だったので、これで5匹分の出費となる。だんだん軽自動車価格に近づいている。

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さらに、高島嘉右衛門につき

2006-02-25 07:10:10 | 美術館・博物館・工芸品

08d56fe5.jpg横浜関内にある横浜開港資料館で「創業の時代を生きた人びと-黒船来航から明治憲法まで-」が4月23日まで開かれている。横浜開港資料館と横浜市開港記念会館は近くにあるが違うものなので注意が必要。記念会館の方は建物の外観が売りだが、資料はない(と思う)。

弊ブログでは、2005年4月22日付維新のホリエモンか平成のカエモンか、2006年2月1日再度、ホリエモンとカエモンに堀江貴文と比較する形で高島嘉右衛門のことを紹介してきたが、起業家としての彼の実績について、まとまった形で公式的に最評価されたということであろうか。「私の方が発掘は先だ!」と自己満足。新事実があるのではないかと期待しつつ、会場に向かう。


この展示会で紹介されるのは、嘉右衛門の他、成島柳北、ヴァンリード、H・S・パーマー、伊藤博文ということだが、実業として、横浜に大きな足跡を残したのは高島嘉右衛門が一番多大だろう。現在の横浜駅の周辺を埋め立てたのは、彼の実績である。高島町は地名にもなり、駅名にもなっている。またガス会社を作り、市内にガス灯を灯している。

まず、今回明らかになったのは、彼の江戸時代末期の足跡であるが、父親は材木商であったそうで、遠州屋嘉平と名乗り、材木商兼建築業だった。特に、江戸末期は地震や火災が多発し、大いに儲かっていたらしい。特に、新規売込みに長けていて、南部藩と肥前鍋島藩からは、火事の後の突貫工事で、厚い信頼を受けていたという。さらに、天保の大飢饉の時、鍋島藩のコメを南部藩に無事に届けるという大役をつとめている。その結果、南部の鉱山開発権を入手し、江戸の店は、番頭に任せて父子で東北へ向かう。

ところが、鉱山開発はあまりうまくいかず、江戸の番頭も無能だったこともあり本業が不振となる。番頭をクビにして、息子(嘉右衛門)の方が実権を握る。そして次は、肥前鍋島藩の方の商売として、江戸の商人数名と組んで、有田焼などを海外に輸出する「肥前屋」という店を横浜に構える。そして、正規貿易をしているうちに、内外の金銀交換格差に着目するようになるわけだ。

その後、誰でも捕まえることのできる魔法の法律「外為法違反」で彼は捕まるのだが、具体的な犯行方法には諸説ある。私が最初に聞いたのは、金の売買と銀の売買をそれぞれ先物で行い、決済日に利ざやをとる、という話だったが、小判そのものが金含有量が多く、流通価値を上回っているため、そのまま小判をつぶして、金そのものにしていたという説もある。今回の展示会では、小判を売買(輸出)したという手法が紹介されていた。犯行手口があやふやなのは、当局が類似犯の出現をおそれ、詳細を公開しなかったからかもしれない。

そして、なんらかの通貨に対する罪を犯したあと、懲役10年がいい渡され、佃島に軟禁されたのだが、5年10ヶ月で釈放されている。得意の高島流の占いで、看守の出世を予言したかららしい。

その後、鉄道事業はじめ数々の新事業を始めたのだが、今回の展示会で初耳だったのは教育産業だ。明治4年に、政府による学制発布の1年前、横浜町学校という全寮制の学校を創立している(通称、高島学校)。現在の桜木町駅の伊勢山寄り(市立本町小学校の場所)に建設している。関東一円から優秀なこどもたちが集まってきて、岡村天心もその一人だった。

そして、驚くことに、あの福澤諭吉先生をこの学校に引き抜こうとしていたそうだ。しかし不調に終わり、数年後に横浜市に学校を売却。学校経営から手を引く。もし、この時、福澤先生が「ペンは剣よりは強いが、小判よりは弱い」とか考え、高額移籍金に目がくらみ、慶応義塾をたたんでしまっていたら、小泉首相も早稲田大学に入学し、一芸入学のフィギュアスケートゴールドメダリストの先輩にならざるを得なかっただろう。

そして、民間人としては始めて明治天皇に謁見。その時には既に亡き父母の位牌を懐に忍ばせていたそうだ。そして40歳代半ばで突然実業界を去り、高島易断教祖になるのだが、後継者に恵まれず、その後の高島易断はずっと内部抗争を続けているらしい。


彼の人生を見ると、口がうまく、様々な事業にすぐにスポンサーやフィクサーを探してくる。伊藤博文や大隅重信も彼の口車に乗った口であるのだが、なぜか大隅を自分の学校にスカウトしようとはしなかったのは、彼の脳みそを見切ったからなのだろうか。あるいは、大隈の方が、「福沢に負けた!」と奮起して学校を創ったのだろうか?(この謎は追わないことにする)

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征夷大将軍

2006-02-24 09:35:58 | 市民A
b1fd3c9e.jpg先週フジテレビ系で放映された「クイズ$ミリオネラ」。司会はもちろん「みのもんた」氏。神奈川県の長者番付の常連である。たまたま、ゲストで登場したのが山東昭子議員。

ここで、少しだけこのクイズ番組を説明すると、15問のクイズに正解を重ねると1000万円が手に入るという方式である。1問目が1万円、2問目が2万円、・・5問目が10万円、10問目が100万円というわけだ。終わりの方が難しい問題で、途中でドロップアウトしてもいい。4択の中から一つを選ぶ方式で、自信のない時は、ライフラインという方式がある。会場の観客の手元のボタンでの回答のばらつきを見る「オーディエンス」と電話で知人に聞く「テレフォン」と機械的に4択を2択にしぼってもらえる「フィフティフィフティ」の3種類がある。最高3回使えるわけだ。解答者はみのもんたと対面し、彼の表情をさぐりながらファイナルアンサーを確定する。そして1問ずつのお裁きを受けるのだが、解答者がみのもんたのお気に入りになると、誤った解答をしそうな場合、「暗にライフラインを使うよう」に促され、延命措置で番組が進んでいく。

そして、国会議員である山東議員が追い込まれたのは、運悪く日本史の政治問題。

次のうちに征夷大将軍にならなかったのは、誰だ。
1.源頼朝
2.足利尊氏
3.豊臣秀吉
4.徳川家康

要するに、征夷大将軍になることは、幕府の将軍になることなので、幕府を作らなかった豊臣秀吉を選ばなければならないのは、かなり日本史では初歩的問題だが、間違えてしまった。さらにライフラインを3つ残したまま敗退。では、山東議員が足利尊氏と答えそうになったその時、みのもんたは、完全にシカトしてしまったわけだ。まあ、ライフラインを使うのも政治家としてはカッコ悪いから仕方ないかもしれないが、たぶん彼女はみのもんたの好みではなかったのだろう。「こんにちは、さようなら」ということだ。


ところで、この征夷大将軍だが、歴史は古い。ある酒席で、この話題になり(格調高い宴会だから)、征夷大将軍にならないのに幕府の将軍になったものがいるかどうかという話になる。そして、後日調べてみると、幕府の将軍はすべて征夷大将軍に任命されていることがわかった。さらに、よくみていると足利幕府は初代将軍尊氏から15代足利義昭まで15人の将軍がいたはずだが、実際には将軍は15人だが、16人が征夷大将軍に任命されていたことがわかった。第10代足利義材が11代義澄のあと12代義稙として、名前も換え、再登板している。(11代義澄がクーデターを起こして政権をとったが失脚したわけ)

つまり、松永弾正に追っ払われた足利義昭は15代将軍ということになっているが、16代ということも可能なのではないだろうか。

しかし、現代では、この征夷大将軍になることは、法律上困難である。せいぜい防衛庁長官ということになる・・ただし、幕府や征夷大将軍は商標登録されていないので勝手に名乗ることは可能ではある。私の時々使う焼肉店の店名も「大将軍」である。
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喩えバトンなど

2006-02-23 00:00:53 | 市民A
先週あたりに、複数かつ大量のブログネタを手に入れているのだが、まだ練りが足りない(補足情報が不足している)。赤い靴関係、ユーハイム関係、そして藤堂高虎家訓など。徐々に資料集めをしながら、ブログは「オリンピックネタでつなぎ」と思っていたら、今のところ低調。「カーリング娘の苦闘物語」が明らかになっただけで、あとは「牛乳会社社員の失格問題」と、「メダル候補の女性を失礼な質問で泣かせた某記者」の話題くらいしかない。

政界は民主党議員の頭にブーメランが炸裂。「振込銀行名」という第二弾のブーメランも用意しているようだが、振込元なのか振込先なのかもわからないし、国政調査権の及ぶ話かどうかもわからない。第一、幹事長の息子にホリエモンがコンサルタント料を払ったからといって、おやじに累が及ぶとするのは江戸時代の話なのだが・・

株価は乱高下を繰り替えしている。取扱い件数をカットするため、後場を30分短くしているのだが、従来12時30分から15時までだったのを13時00分から15時にしてしまったため、サラリーマンにとって唯一社則に抵触しないで売買取引ができた貴重な昼休みの30分が失われた。市場の大衆化など口先だけだ。同じ30分をカットするなら、14:30から15:00をカットすればよかったはずだ。

ということで、軽く、愛読ブログであるbunさんの「明日は明日のホラを吹く」の撒き餌である「喩えバトン」をくわえてみる。自分のことを、色、動物、植物、キャラに喩えたら何になるかというセルフレポートを書きなさい、ということだ。あくまでも主観のかたまりで書けばいいのだが・・

★自分を色に例えると?
 街の中に姿を消すのが得意と思っている。→カメレオン色
 ただし、他人からは赤と黄色と緑の縞模様と思われているかもしれない。

★自分を動物に例えると?
 平和の象徴であるスズメと思っている。
 が、他人からは、サメ、ハイエナ、ザリガニとか思われている可能性がある。

★自分を好きなキャラに例えると?
 好きな俳優は役所浩司とか三国連太郎とかだが、案外、ナイナイの矢部みたいかもしれない。
 才能を擦り切らした後のビートたけしという可能性もある。

★自分を植物に例えると?
 わさび、あるいはトリカブト
 サボテンと見られている可能性あり。

★回す人5人を色に例えると?
 赤、白、黒、水色、ピンクの5色のバトンを用意したので、勝手に持っていってくださいませ


ちょっと短いので、サービス版で、藤堂高虎作の藤堂家家訓200条の中から短いのを一つ解釈。

組み伏せて首落とすときは、切るべからず、刀にても脇差にても、左手を切っ先にあてて、すばやくすり落とすべし

文章が短いだけに怖い。戦場で相手を倒すときは、殺してからクビを取るのではなく、組み伏せたまま、刀を持っている右手を支点にして、左手を刀にあてて、生きているままクビをすり落とせ、ということだ。

仕事は早い方がいいということと、ぐずぐずしていると、他人にクビを盗まれるということだろうが、藤堂高虎が大柄(180センチ以上)だったことがわかるとともに、切り落とした経験とすり落とした経験の最低2回は実地したことがわかる(二つの方法を較べているから)。また、武士の脇差は、クビをすり落とすためにちょうどいい長さであることに思い当たるわけだ。

こういうことを200条分まとめて書いても、誰も読んでくれそうもないので、どうしようかな・・
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安藤美姫選手と喫茶店の関係など

2006-02-22 00:00:21 | スポーツ
2月19日の記者会見の席で、日本のテレビ局男性記者が安藤選手に対して、10年前にバイク事故で亡くなった父親の話を切り出し、本人が泣き出し会見がメチャメチャになった事件があった。どこのテレビ局の記者かはっきりしないが、前後関係やいまだに追放されないことから推測すると「X会」だろう。他国籍の記者の前だったらしく、「国恥もの」という古いコトバまで浮かんでしまう。競技前の選手になんということだろう。スポーツをしたこともない人間に記者をやらせているのだろうかとも疑う。

どうせ、日本の上司から「恥をかくなら若いうちだから、怖れずにどんどんぶつかってこい」とか言われたのだろうが、怖いもの見たさなら、”体重計算もできずに失格した牛乳会社社員”に「往復飛行機代を返却されるのでしょうか」と質問するのが先だろう。

これで4回転失敗してメダルがとれなかったら、ドーナツ型のメダルの代りに記者の目玉をとりだして、中心に大きな穴でもあけてやらなければならない。


ところで、ここ1週間くらい、「安藤美姫」「喫茶店」といった検索で弊ブログを訪問される方が多くなっていた。若干、心当りがあったのは、2004年10月29日のエントリ、「横浜にコメダが!?!?」に対し、トラックバックとして、「彼女の祖父はコメダ珈琲店を経営しているのではないだろうか?」という内容のエントリがついていたことである。

簡単に書くと、ある女性週刊誌で彼女が自分で食事を作って体調調整をしている、という記事の中で、「祖父が喫茶店を経営しているので料理くらい自分で作れる」という意味のことが書かれていて、一部のネット上に「コメダ」(名古屋中心の大喫茶店チェーン)とあったことの紹介である。

実は、私はあまり興味はなかったのだが、コメダ名物のシロノアール(大型パンケーキの上にソフトクリームが乗っかっている)のソフトクリームの巻き方と4回転ジャンプの回り方は逆向きだなあ、とか平凡に考えていたのだが、検索増加が気になり「安藤美姫 コメダ珈琲店」と検索してみると、相当上位に登場してしまう。しかも自分のエントリには一字も書いていないのにだ。

そうなれば、ことの真偽を片付けねば「風説の流布」の共犯者になってしまう、ということで元エントリのbunさんに調査を依頼したところ、真偽のほどは--->「偽」ということ。
ネット検索というのも迷路と同じで、結論を知ってから検索すると楽である。

これも名古屋のチェーンである「る・るぽ」という喫茶店だそうである。場所はテレビ搭の近くという説と名大近くという説があり、私にはよくわからないが、店内には「アンミキ」の写真が一面に貼られているそうだ。しかも、時々は本人が店の手伝いをしているらしい。(ミキティではなく現地ではアンミキとも呼ばれているらしい)

私も、彼女が「野菜炒めを作ったり」、という女性週刊誌の記事の部分から「コメダには野菜炒めまであるのか?」と疑問を感じていたのだが、「る・るぽ」のメニューには何でもあるらしい。ネットを読んでいると、あんかけスパや丼まであるようだ。そして、これにて一件落着。

あとは某記者がトリノから追放されることを祈りながら、地元イタリアで人気があるかどうか今一つ心配なプッチーニの御威光+4回転を録画・スロー再生して、審判員の「えこひいき」をチェックしなければならない。
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カーリングは何に似ているか

2006-02-21 18:00:00 | スポーツ
女子カーリングを観ていて、タフな競技だ!と思う。神経をすり減らしながら約2時間半を戦う。声を出し、氷の上を移動しながら微妙なコースを前傾姿勢でブラシでこすりながら・・
最初はルールをよく知らなかったのだが、点数計算は簡単でも、そこに至る作戦の複雑さと、それを実現すべき腕前がなければ・・

予選競技は13日から20日までの8日間で8試合なのだが、日本チームは、試合のない日もあり、うち3日間は1日2試合をこなさなければならなかった。現地時間の9時から1試合目が始まり、午後7時から2試合目がある。食事をしてすぐにはゲームをしたくないだろうから時間調整も難しい。合計4勝5敗。日本ではトレーニングするにも不自由だろうから、予想外の大健闘ということになる。

実は、女流将棋棋士の石橋幸緒女流四段がブログ「ごきげん・DE・ブログ」の中で書いているように、「将棋」に似ている。「氷上のチェス」という呼び方もあるらしいが、チェスよりも囲碁よりも将棋に似ているように思える。序盤、中盤、終盤がかなりはっきりわかれているからだ。序盤は守備重視で中盤は攻め合い。そして最終盤は勝敗と点数稼ぎを細かく行なう。チェスも囲碁ももっとせわしないような感じがする。そして、強い相手と試合をしなければ上達しない点も似ている。

ところで、まったく余計な話だが、彼女たちの超人的にすばやいブラッシングを見ていると、「二人一組」で出張洗車サービス業をはじめると、おおもうけできそうな予感がするのだが・・
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映画「シリアナ・地球は陰謀でできている」

2006-02-21 07:30:46 | 映画・演劇・Video
d78943fd.jpg先週末の試写会で「シリアナ」を観る。3月4日公開。

まず、題名の「シリアナ」だが、決して「漢字変換」しないこと。原題の「Syriana」は、SyriaとIraqとIranが合併して、巨大な中東国家になった場合に備え、CIAが机上研究していた時のコードネームだそうだ。SyriaとIranはわかるが、IraqのQはどこへ行ったのだろう。さらに言えば、その三カ国が一体化するケースはフセインによる占領国家という図式に限られるような気がするが、映画の話に戻る。

普通、映画を見るときは、クリアな気持ちで楽しんだ方がよく、あまりネタを深く知らない方がいいのだが、この映画についていえば、少し、事前に関係を整理しておいた方がいいかもしれない。全編2時間8分なのだが、最初の1時間は、主な出演者4名のそれぞれの立場が明らかになっていき、後半の1時間で、その対決が表面化するのだが、何しろ中東の話はややこしい。その上、原油を買いまくる中国人やM&Aで巨大化をはかる石油企業の話が絡む。

主演(と思われる)のが、ボブ・バーンズ(ジョージ・クルーニー)。CIAの諜報員だが、少し邪魔者にされかかっている。フリーマントルのスパイ小説に登場するチャーリーのような役回りで、彼が動き回るために、米国政府の思ったように事態が進まない。途中で、自分がはめられていることを知るわけだ。

ブライアン・ウッドマン(マット・デイモン)はスイスのエネルギー会社に勤めているが、息子がスペインにあるアラブ系国家の国王の別荘のプールで溺死するところから、政権内部に食込んでいく。国王の第一王子を次期政権に座らせようと画策。第一王子は、米系企業との契約をちょん切り、中国と契約しようと考えている。(まあ、はっきりした動機はわからないが、高く売って石油以外の工業化をはかろうというように聞こえた)

ベネット・ホリデイ(ジェフリー・ライト)は米国の野心的な弁護士(アフリカ系アメリカ人)で、M&Aに絡み米国企業の海外での不正行為がなかったかどうかの調査をするのだが、早い話が自分の地位を確保するために、政治的な反復横飛びを繰り返す。そして事態は彼の思った方向、つまり米国寄りの第二王子が後継者になる。

最後の主役が、パキスタンの青年ワシーム(マズハール・ムニール)。パキスタンからの出稼ぎ移民で石油施設で働いていたのだが、石油会社の資本関係が中国系に変わったため、クビになる(なぜか不明)。その後、「怒りの塊」がイスラム学校でどんどんと膨張していって・・・

そして、後半の1時間は、彼らのパワーゲームを楽しむことになるのだが、なんとなく、米国人は、こういう怪しい構造のことなど何も知らずにGMやフォードに乗り、ガスイーター生活をしているのだろう。だから、映画を楽しめるのだろうし、副題の「地球は陰謀でできている。」というのも論理的にはわかるが・・

日本人は、ある程度この映画のような事情を知っているから、観ても全然驚かないだろう。だから、結局、「あーそう。なら、燃費のいい車に乗ればいいじゃないか。」と冷めた感想になってしまうのかもしれない。

それと、最近の米国映画の基調と同様、善玉と悪玉に分れているわけではない。あえていえば全員が悪玉なのかもしれない。政治家でもない限り、こういう映画を100本見ると、きっと白内障になるだろう。

たぶん本気で楽しむなら、しばし日本人をやめて米国人になった気持ちになるといいだろう。10億円でマンハッタンに購入したバブルフラットを全室エアコンで暖めながら、フットボールのマンデーナイトゲームを厚型大型テレビで観戦しながら、移植して交換したばかりの肝臓に気兼ねしながら、リブボーンフライで手を油だらけにして、瓶のままのバーボンをストレートで飲みながら、頭金なしの4年ローンで買ったキャディラックの燃費を思い出し、大統領になったつもりで暗殺計画を楽しめばいいのかもしれない。
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ナショナル・ギャラリーが・・

2006-02-20 00:00:20 | 美術館・博物館・工芸品
fc568f6e.jpg地下鉄乃木坂駅は地形的な構造により、坂の上の東側出口と坂の下の西側出口とでは高低差がある。この低い方の西側出口を出て、歩道橋に上がると片手に建設中の工事現場が見える。歩道橋には高い目隠し板が取り付けられ、壁の向こう側を見るには苦労する。さらにその先にも二重の目隠しがあるようにも見える。埼玉県戸田市にある日銀の紙幣流通センターが紙幣の大増刷に備え、第二流通センターでも作っているのだろうか。

しかし、よく確認すると「国立新美術館」の建設工事であった。建物の構造はほぼ完成しているようだ。付属の庭園工事などはまだ全然のように見える(壁の間からのぞくと)。

ところで、日本には既に4.5ヶ所の国立美術館がある。上野の西洋美術館、竹橋の近代美術館とその脇のおまけの工芸館。京都の京都国立近代美術館、大阪の国立国際美術館。確かに、どこも一長一短というか、政策が感じられないというか、所蔵作品の偏りがあるとか・・

ホームページを見ると今年中の開館ということになっているが、一体、間に合うのだろうか・・大いに心配だが、工事現場の一般的法則である「他の工事現場を遅延させることによる集中突貫工事により工事速度は3倍以上に上がる」が適用となるのだろう。

そして、国立施設ということになれば、出資金の出元は税金または国債である。すでに美術館や博物館は完全民営化にはしないことが決まっていて、黒川紀章氏に払う設計料や建設費もかさむ。その上、普通、新美術館は美術品をかき集めなければならない。大量の美術品を買い漁るとなると、世界の美術品相場は暴騰し、バブル期に特に日本企業が集めたため、現在暴落中の「印象派」の絵画の評価損を抱える各美術館は大喜びになるはずなのだが、そうはいかないらしい。何しろ、この新美術館には所蔵品がないそうだ。

所蔵品を持たずに展覧会一本で運営するそうだが、この巨大美術館でそんな数多くの展覧会が可能なのだろうか?民業圧迫になるのではないかと本気で心配になる。案外、箱物を先に作ってから、少しずつ予算をとって所蔵品を買い足していこうという陰謀があるのではないだろうか・・

そして、展覧会のみで行こうという方針をとる美術館は、この新美術館から徒歩10分のところにある六本木ヒルズ53階の森美術館も同様。競争関係になる。森美術館はさらに眺望付きだ。

ところで、工事中の新美術館をなるべく見せないため作った高度2メートルの目隠しは、一体何のためだろうか。色々と考えてみると、なにか秘密があるのではないだろうか。美術品強奪に備え、貴重品緊急搬出用の抜け穴とか掘っているのではないだろうか??最近、城造りの本の読みすぎかもしれない。多くの城は抜け穴を造った後、設計者を生き埋めにしているのだが、その方式だと黒川紀章氏を捕まえ、粘土で固めて、「行方不明になった、ある建築家の像」として中庭に展示しなければならない。

fc568f6e.jpgしかし、見えないもの程、見たくなるのは人間の習性である。不意の深夜撮影に備え、持ち歩いている簡易三脚をデジカメに取り付け、セルフタイマーを回して歩道橋の目隠し板の上に突き出してみる。まったく怪しい限りだ。

再び乃木坂駅に戻ると、美術館開館に備え、トイレの大改修工事をしている。たぶん、抜け穴の出口は駅のトイレの天井裏であると推定。
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前川國男生誕100年記念建築展

2006-02-19 08:20:45 | 美術館・博物館・工芸品
f9545ef5.jpg前川國男建築展に行く。赤レンガ造りの東京駅構内にある東京ステーションギャラリーで3月5日まで。前川國男生誕100年だそうだ。

実は、昨年末にたまたま「前川国男―賊軍の将(宮内 嘉久)」を読んでいたのだが、この「賊軍」という過激なコトバの意味は、前川國男がかなり執念を燃やしていた東京駅前の東京海上ビルの建設をめぐる政治的攻防のことを意味している。現在、東京駅の正面に、駅の赤レンガと同系統の赤タイル貼りの25階建てのビルがあるが、それが東京海上火災(現東京海上日動)ビルである。現代では丸ビルはじめ、多くのビルがメタリックな外装で建て替えられ、この赤いビルと東京駅だけが浮き上がっている(江戸城天守閣が再建されれば外装が銅板仕立てになったはずだが)。

このビルの建築確認申請が東京都に対して提出されたのは1965年のこと。都内のビルの高度制限が撤廃されてすぐの時分である。当初の申請は32階建て130メートル。そしてツインタワーだった。一階は吹き抜けを多用し、広い開放スペースが拡がる。

ところが、しばし棚上げになってしまうのだ。最初の理由は、東京海上も含まれる三菱村内部の力学。当時、脱三菱路線を模索していた収益力のある東京海上と引き留めを狙う三菱銀行、三菱地所が対立。三菱村の一体開発を狙う三菱側が東京海上の新ビル計画を白紙にしようとする。

そのうち、ごちゃごちゃになっていくのだが、当時の首相の佐藤栄作が割り込む。理由は、皇居の前に高いビルを建てたら困るという超法規的なもの。もちろん、法律とは別の観点からの話なので、暗礁に乗り上げる。さらに不沈空母政治家が介入。ついに東京都は匙を国に渡す。一方で、計画ビルに対する構造審査は「建築可」ということに行き着く。

f9545ef5.jpgそして政治的決着として、妥協的結論となる。32階を25階まで低くし、130メートルが100メートルになり、ツインタワーは2本がくっついた2連ビルになり、狭くなった分、一階のオープンエアスペースは消滅。かろうじて、2階以上の床面積よりわずかに狭い1階の床面積を利用して、1メートル位の小さな軒をつくるにとどまることとなった。申請から9年後の1974年にビルは完成したが、前川の気持ちは「大敗北」だった。

もちろん、現在はもっと高いビルが林立、一方、三菱村からの脱村を狙う日本郵船は、いまだ低い石造りのビルに入ったまま様子を窺っている。

ということで、前川國男=東京海上というイメージだったのだが、展覧会に行くと、当然ながらその他多数の建物を設計している。戦後の木造バラックまで設計している。結構な量産型だ。デザイン上の最大の特徴は、一階の高床式。ようするになるべく一階を吹き抜けにして空間を確保し、2階以上に建屋をつくる。それが無理だと長いひさしになる。多くの建物は現代に残っているが、横浜のシルクセンターや東京上野の東京文化会館が代表的だ。

そして、数ヶ月前に訪問した弘前市は大のお得意先で、市役所や文化会館にとどまらず火葬場の設計までしていた。知っていれば先日行った時に、一つぐらい見に行ったのだが・・・

実は、彼の師匠はル・コルビュジェという大家中の大家である。パリで師事している。建物を芸術に仕立て上げたのがガウディであるとすれば、コルビュジェは空間を建物で切り取り、空間芸術を提示する主義だ。そして、調べているうちに発見したのだが、前川設計の上野公園入口の東京文化会館の向かいにある国立西洋美術館のマッチ箱型の建物を設計したのはコルビュジェだったのだ。いわゆる師弟対決だ。

本当は、西洋美術館のデザインについては、前々から「古臭いな。フランス人のデザイナーでも使って建て直せばいいのに」と思っていたのだが、口にしていなくてよかった。  
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いわゆる堀江メールにつき、

2006-02-19 08:11:07 | 市民A
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民主党から公開された堀江メールは、コピーされているものだ。
そして10ヶ所が黒く塗りつぶされている。ネット上での真贋論争は、「贋」の方が優勢である。私は、コピーして1時間ほど考えたり、プリントして透かして見たり、画像処理してみたのだが、はっきりしない。

簡単に言えるのは、絶対的証拠としては、役不足ではないかということだ。簡単な言い方をすると、誰でも作れるからだ。

仮に、真実だとすると、このメールはライブドア内の経理や財務の担当管理職あてだろうと思える。一体、プリントするだろうか(別に、どちらの政党の肩を持つわけではないけれど)。それに、「項目は、選挙コンサルティング費で・・」というところも何かちょっと違うかもしれない。

26日(金)の夕方のメールで29日(月)の朝までに振込むというのは通常では不可能。

最後の「堀江」の土偏のところが消えているのも理解できない。
コピーが右下がりになっているのも気になる。

結局、よくわからない。  
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還暦のウナギ屋

2006-02-18 00:00:35 | マーケティング
a00eb739.jpg相撲見立鰻番付を読む。嘉永5年(1852年)版。ペリー提督の黒船4隻が、翌年、江戸湾で空砲を撃つため米国を出発した年だ。あるいは明治維新ストーリーの最小年齢登場人物である明治天皇の生年である。

番付は、大関から始まり、幕の内力士が一段目、十両以下が下の段になる。行司三名は大和田という現在も各所にある店名の本店と支店が記載されている。城番付だと行司はいつも「江戸城」であることから、「大和田」は別格だったのだろう。このうち、大和田(尾張町・現在の銀座4丁目など)、「重箱(赤坂)」、「前川(浅草)」、「神田川(神田明神下)」などが150年後の今でも現存であるといわれるらしいが、どうも数年前に神田川は閉店したらしい。

そして、現存している店をのぞいてみようとあらかじめ調べると、大変な高級店のようだ。赤坂の「重箱」にいたっては、官民癒着の現場として、数々の紫の風呂敷包みの授受が行なわれていたことが裁判所で明らかになっている。もちろん店は無罪だ。

a00eb739.jpgそして、鰻代金に大2枚以上を投入する気にはならないので、以前から時々顔を出す日本橋本石町の「いづもや」へ行く。昭和21年という戦後すぐに建てられた木造2階建ての旧館の二階は、大き目の部屋2つと小さ目の部屋2つがある。調度品は一つ一つは高額ではないが、全部まとめるとレトロ趣味である。おそらく、この大部屋と小部屋の関係は、例の昭和31年の売防法以前のシステムに関係すると勝手に想像してみる。宴会の種類として、飲み会だけの「ヒラ」と、お泊り芸者つきの「カゲ」と分かれていた時代、カゲ宴会が終わったあと、それぞれ小部屋の方で・・・廊下には布団を入れていたと思われる押入れもある。

さらに、鰻重(うな丼)の出前というのは、江戸時代は、精力剤として、歌舞伎や相撲見物に現を費やす不倫カップルの席に届けられたそうだ。そのため、普通の町人や女性は、ちょっと食するのが憚られるような食材だったらしい。現代で言うと「ウミヘビスープ」かな。

話を現代の宴席に戻すと、刺身、酢物、煮物等に続き、うまき、うざく、白焼などの鰻料理を食す。そして最後は鰻重で締める。酒は女将が勧める芋焼酎は、森なにがし、佐藤なにがしなどブランド物が4万円とか書かれているメニューを瞬間的に裏返し、軟弱に熱燗で妥協。お値段は150年の老舗ではなく60年の老舗なのでその程度である。

a00eb739.jpg焼き上げた蒲焼は、あくまでも柔らかい。焼串を抜くのさえ慎重さが求められるだろう。使用している醤油は、銚子にありながらキッコーマン(野田)の出資会社(ヒゲタも相乗り)である宝醤油の「蒲焼のたれ」ではないかと想像してみるが、「うなぎのみ知る」だ。

ところで、関東の鰻は蒲焼で、関西は素焼きというが、さばきかたも違う、江戸は背割りで関西は腹の方を開く。一説では、江戸は武士の町なので、腹を開く=切腹、という連想で不吉とされ、関西は商人中心なので、腹を割って話すから腹を開くというのだが、真相はどうなのだろう。

そして暖簾の外に出ると、マルチビタミン総合栄養剤を服用した直後のハイテンション状態になっている。さあ、どこへ・・
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夜の図書館をはしご(下)

2006-02-17 07:33:10 | 赤い靴を追いかけて
藤堂家の家訓のコピーをカバンに入れ、次の目標に向かう。二つ目の目的は「赤い靴さがし」である。数日前に記載した「赤い靴をさがして」。北海道新聞記者の菊地寛氏が1979年(昭和54年)に書いた「赤い靴はいてた女の子」を読もうと思って、図書館情報を調べていたところ、偶然にモデルの女の子「きみちゃん」が亡くなった場所とされる東京麻布にある港区立麻布図書館に1冊存在することがわかったからだ。

広尾から、麻布まで裏道を歩く。伊達家下屋敷のあった仙台坂を下りて、麻布十番温泉方面へ抜け、麻布図書館に行くと、郷土資料室の中に「赤い靴はいてた女の子」があった。貸出期間2週間。そのついでに「きみちゃん」の亡くなった鳥居坂教会孤児院跡の前を通り、鳥居坂を上ってみる。シンガポール大使館脇の急坂を上り切ると東洋英和の敷地が続く。そして鳥居坂教会はこの東洋英和学園と一体化されていることがわかる。少しずつ、事情がわかってくるような感じがある。そして、その道は六本木につながり、ロアビルの横に出る。目の前にはドンキビルがあり、運転中止になった屋上の絶叫マシンのU字型の土台がスマイルカーブを見せている。

9cb55b9c.jpgそして、借出した菊地寛氏の著書を一気に読んでしまった。かなりの部分は、私が想像していた仮説と同じであった。幸いなことに彼の個人的調査は途中から、北海道テレビが全面的にバックアップし、線から面の捜索になったことがわかる。さらに多くの部分的発表を行ってからこの本を書いているため、多くの部分の信頼性は高いと考えられる。

しかし、残念なことに調査の大部分は「きみちゃん」のことよりも、その親たちや家族、養父母の捜索に費やされていて、たどりついた果ての「きみちゃん」の記載は少ない。歴史の壁は昭和40年台でもすでに厚かったのだろう。この追跡が始まったのは、実の妹である女性が昭和48年に名乗り出たことによるのだが、その9年前の昭和39年まで、きみちゃんの養母だった米国人女性は生存していたのだ。

その他、わかったこと多数。もっと調べたいこと多数という状態である。現代評論社というやや左翼系出版社から発行されたのは、この赤い靴の話が平民新聞と関係があったからかもしれない(というのは私の推測)。

ちょっと変わった情報としては、この著者の菊地寛氏だが、「赤い靴さがし」を始めた時は北海道新聞記者であったのだが、この本が出版される前には北海道テレビに入局している。もしかすると、北海道新聞の前身の一つである札幌の北鳴新報の記者だった石川啄木や野口雨情が次々に新聞社を移っていったことを知ったからなのだろうか、とも思ってしまう。(余談だが、明治末年の北鳴新報の発行部数は900部しかなかったそうだから、このブログと大差ないことになる)

そして、偶然わかったのだが、菊地寛氏は野垂れ死同様だった石川啄木や野口雨情とはまったく異なり、平成14年前半まで、北海道テレビの常務取締役を勤めていた。転職成功例。2006年時点では存命であれば66歳のはず。

赤い靴の話をきちんとまとめるには、あとしばしの時間が必要。そして、どういう切り口で書くべきなのかも思考中。
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夜の図書館をはしご(上)

2006-02-16 07:39:15 | 藤堂高虎家訓200箇条
9cb55b9c.jpg東京の図書館は8時、9時まで開いているところが多い。さらに、ネットで蔵書が検索できるので、とりあえず目的の書籍があることを調べてから行けば効率的だ。といって、しじゅう、夜に図書館に行くような文化的人間でもない(六本木ヒルズのライブラリーには入会の誘惑が尽きないが、知人が多そうなので近づかないことにしている)。

一つの目的は、以前触れた、「遅れてきた才将、藤堂高虎」の門外不出だった「藤堂家の家訓、200箇条」が、「高山公実録」という上下刊約1000ページ、定価上下各25,000円の大著に含まれていることがわかり、さらにその本が広尾の有栖川記念公園の中にある東京都立図書館にあることがわかったから。ただし、門外不出ならぬ館外不出なので、コピーをとらなければならない。

実は、1週間前に行った時に、上下巻の下巻を誰かが館内で借り出していたため、上巻を見たのだが、はずれ。ネット情報では上巻に家訓が書かれているはずだったのに・・そして、この本は、藤堂高虎関係の文書類をそのまま、編集しているため、古語そのもので、数々の合戦の時の陣地配置図なども含まれる。全1000ページ。活字の海から目的のページを探すのにも時間がかかる。上巻の約500ぺージを丹念に調べて、家訓が見つからなかったのには本当にガックリきた。あきらめず、下巻に再チャレンジ。本当に書かれているのだろうかと不安もある。

まず、日比谷線広尾駅から有栖川公園の中を歩くが、暗くて足元の石段が怖い。多くの欧米系外人が犬の散歩を楽しんでいるが、彼らが飼うと、犬も肉食獣的になるのだろうか、狼のようで怖い。やっと図書館につき、初めての人には扱いにくい自己満足型検索ソフトを使い、「高山公実録(下)」を借り出す。上巻の方は、先週の私のようにネット情報で家訓が上巻に書かれていると誤って思い込んでいる方のために残しておく。ほとんど巻末に遺訓を発見。905ページから922ページまでをコピー依頼する。

そして、一部分を読むと難しい。これをブログにするには、どうしようと悩む。毎日、1箇条ずつだと204日になる(おどろくことに200条ができてから追加で4条が加わっている。高虎の性格なのだろうか・・)。たぶん10個ずつ休日にでもまとめて紹介とかかなあ・・

たとえば、
第1条 寝屋を出るより其日を死番と可得心かやうに覚悟極るゆへに物に動する事なし是可為本意
    朝起きたら、きょうは死ぬかもしれないと思えば物に動じない。
 などと、おそろしいことが書かれているかと思えば

第9条 大きなる馬あし、(悪し)
    大きな馬には乗るな
 これだけでは、意味不明だが、その前のほうに「戦場で派手な格好するな」というのがあり、どうも大きな馬に乗っていると、大将であることがすぐにバレてしまい狙われやすいからダメだ。ということのように思える。結構陰険だ。

第X条 身に高慢する人は先近し なんていうのもある。

若干、研究(おおげさ)してから、料理法は考えることに・・
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