日米交換船とその時代(日本郵船歴史博物館)

2018-05-31 00:00:25 | 書評
日米交換船について、鶴見俊輔氏他の著書とともに、日本郵船の作成した小冊子を読む。交換船や引揚船や病院船などの多くは日本郵船の所有船または所属船が行っていて、結局、多くの船員犠牲者を出している。当時の大株主が皇室であったことから避けがたいことではあったが、現在の日本郵船は当時の反省として、経営者も船員も軍国化には反対している。

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本冊子は、船会社らしく、交換船の航路や日程などから論を進めている。まず、開戦直前の状況だが、欧州ではすでに英国を中心とする連合軍とドイツ+イタリアを中心としたファシズム国家の戦いが始まっていた。まだ中立国だった日本は、欧州にいる日本人が戦渦に巻き込まれないように日本への引揚船を準備していた。それが「箱根丸」や「鹿島丸」だった。後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹や朝永振一郎もこの時に英国から帰還している。

同様に北米に対しても開戦間近の時に第一次引揚船として「龍田丸」「氷川丸」「大洋丸」があてられた。この際、「龍田丸」が潮流に流されたという理由でハワイ近くを航海したことが後の真珠湾攻撃の下見であったことがあきらかになっている。

そして問題の第二次引揚船。鶴見著によれば、この第二次引揚船で、なるべく多くの日本人を引き揚げるために、公使館から在米邦人一人一人に、手紙が届けられたそうだ。かなり強い要求があったものの、当時は開戦前夜であり、日本より米国の方がいいから米国にいるのだから日本に帰らない人が多かった。そもそも日本で食えないから米国に行く人もいるわけだ。

ところが、第二次引揚船にあたった龍田丸だが、船長だけは真の目的を知っていた。1941年11月20日の出航予定がずるずると遅れ、12月2日に出航し、なぜかハワイ方面に向かっていた。民間船がハワイに行くのだから攻撃はないだろうと思わせて、真珠湾攻撃を知ったとたんにフルスピードで横浜にUターンした。偽装航海であり、米国での積極的な帰還勧誘もすべて偽装工作に仕組まれていたわけだ。

そして開戦。短期間で邦人の逮捕と収容所送りになったのは、米国が前から準備していたのだろう。

日本が用意したのは、浅間丸とコンテ・ヴェルデ号の2隻。米国は大型のグリップス・ホルム号。

日本の2船は横浜・上海・香港・サイゴン・シンガポールをそれぞれ分担して経由し、南アフリカのポルトガル領のロレンソ・マルケスに向かう。米国側はニューヨークとリオ・デ・ジャネイロを経由してロレンソ・マルケスへ。

実は、第一次日米交換船のことは少しずつ解明されているが日英交換船や第二次日米交換船については詳細は不詳だ。ただし、気がかりは日英交換船で、日本に向かう途中のシンガポールで多くの人が下船し、そのまま、兵士として徴用され、南方で戦い、そのまま亡くなっているようだ。日本の土を踏む前にだ。

なんとなく、これほど多くの人の人生を捻じ曲げても、「戦争という大事」の前の「小事」ということになるのだろうかと強く思うわけだ。日本側が特に強く交換船を言い出したのは、帰還者の兵力化としての価値からではなかったのかという疑いは僅かに感じられる。
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日米交換船(鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創共著)

2018-05-30 00:00:04 | 書評
第二次大戦中、日本が対米対英戦争を始めた後、日本および枢軸国側と米英および連合国側の双方に残っていた外交官、商社員、銀行員といった在留者と敵性国民と認定された一般市民の多くが、収容所に入れられることになる。

それらの人々を交換しようということになって、日米間で2回(計約3000名)日英間で1回(約1600名)が相互に特別チャーター船で交換になる。それぞれの国から関連の数か国を辿り、交換地であるアフリカ南部の中立国ポルトガル領のロレンソ・マルケスに向かう。

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1941年に行われたこの交換船だが、様々な人たちが、それぞれ数奇な運命で外国に向かい、個人的には突如始まった戦争により元の国に戻っていく。両サイドのすべての人を合計すると一万人近い人のそれぞれの人生が捻じ曲げられ、それでも次の人生に向かっているのだが、それらの人々は、それほど多くを語らない。

要するに、嫌な思い出のわけだ。根本的には、米英から帰国する人は、「収容所よりまし」という思いが強かっただろうし、日本から帰った人は「収容所で空腹で餓死しそうだった」ということで、こちらも思い出したくもないということ。

そして、年月が経ち、生存者がどんどん減っていきという状態だった。

その思い出したくないという気持ちを持っていた一人が、社会学者(思想家)の鶴見俊輔氏だった。社会学者が書きたくないほどの嫌な話を書くことになった真因はよくわからないが、案外、共著者に乗せられたのかもしれない(そうは書かれてないが)。

当時、ハーバード大学の学生という身分だったのだが、学生というのは最下層の人と言うことで、6階建ての交換船の一番下(つまり、窓のない水の中の部屋だろうか)だそうだ。本人は第六階級と書いている。一番上は大使とか政府関係者で、次が記者、さらに大手商社、銀行関係者。市民でもまっとうな人や年長者は上の階だったそうだ。ハーバードの先輩で既に経済学を教えていた都留重人氏は第四階級だったそうだ。

本書の7割は共著者による鶴見俊輔氏のインタビューという形で行われている。つまり鶴見氏は第一次日米交換船の1500名の中の一人であったわけで、彼自身、当時の思い出の意味がわからないことも多数あり、それらを2回のインタビューの中で調べていくという作業が行われることになる。読者はそれらの一つずつのエピソードの意味を読んでいくということになる。書物としてはかなり例のない形式だが、貴重な記録を解読するという気分で読むといいだろう。

一つ気になったのは、米国からの帰国を拒否した中に、大山郁夫という社会主義者がいる。当時、米国はソ連の力を借りたいがために共産主義には寛容のフリをしていた。ソ連がポーランドで行った大虐殺を報道しなかった。さらに何を考えていたのか米国にいた大山と延安にいた野坂参三氏とを連携させて、大山を「日本人革命政府」の首班にしようとしていたようだ。そうなれば、終戦直後にマッカーサーと一緒に日本に上陸していたはずだ。ただし、大山は固辞をしてしまう。

もちろん、だからといって大山が共産党政権を作れたかどうかはいささか疑問で、そもそも歴史を振り返れば終戦以来、米国従属型政府しか作りようがなかったのかもしれないわけだ。大山にしても宗旨替えをして、吉田茂のようになるか、とりあえず民主的選挙の結果、合法化された少数野党の共産党の書記長になるだけだったかもしれない。


500ページ近い書なのだが、といって交換船の全体像からいうと二割位が陽の目をみた程度ではないかと思える。何しろ、資料は乏しいし、記憶も薄らいでいくということだろうか。都留重人氏は本書の上梓の直前に亡くなり、鶴見俊輔氏も2015年に亡くなっている。1982年に出版された『錨のない船(加賀乙彦著)』は小説であるが、交換船が一つのキーポイントになっているそうだが、あまりの長編に尻込みしている。
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長寿の裏側のヘビイチゴ

2018-05-29 00:00:34 | おさんぽ
男性長寿の市区町村のベスト10に、川崎市宮前区、横浜市青葉区、横浜市都筑区と田園都市線上の3区が並んだ(都筑区は田園都市線から乗り換え)。様々な根拠の乏しい意味付けがなされているが、そもそも昭和40年代まで人口希薄地域でTIBETと呼ばれていたぐらいで、現在亡くなっている人は、別のところから来た人なので、もっと後天的な理由なわけだ。

簡単に言うと、丘陵地を開発したため、「坂が多い」こと。もっというと「坂しかない」と言ってもいい。坂道で足腰が鍛えられているから、病気になった時の耐久力があるということではないだろうか。また、横浜市は腰痛の少ない市と言われている。もっとも既に腰痛の人が治療目的で横浜に引越ししたら悲惨なことになるだろう。治ることはない。腕のいい医者が少ない上、とんでもないヤブもいる。

そしてT高原の中に街を造ったため、表通りを一歩踏み間違え裏道に迷い込むと、そこは昭和初期だったりする。江戸川乱歩の世界だ。

ということで元T高原の自宅近くで、気になる小路があり、歩き始めると小さいながら生えっぱなしの森があり、曲がりくねった道を登ると新しくはない洋館や時代めいた国産車が車庫に眠っていたり、そしてちょっとした草むらの中に、おいしそうな野生のイチゴが群生していた。

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もちろん、周りに人気がないとはいえ、誰かの所有地であることは間違いないし、イチゴを口にする窃盗罪の前に不法侵入罪が追加されるだろう。といっても食べてみたいなと思ったりする。邪心と理性の戦い。アメフトみたいだ。

しかし、この時、「ヘビイチゴ」という単語の啓示があった。つまり、ヘビの食べ物であるということか。つまり蛇がいるということ。ということで、イチゴはなかったことにして通り過ぎる。

後日、調べてみると、ヘビイチゴを食べにくる動物を狙って蛇が待ち伏せしていることからの命名らしい。私ももう一歩イチゴに近づいていたら全身に絡みつかれて餌食になったかもしれない。理性の勝利だ。
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政権の永続の保証とは

2018-05-28 00:00:10 | 市民A
米朝首脳会談の行方が不透明になっている。日本史に例えるのは適切ではないかもしれないが、幕末の江戸で、西から攻め上った官軍と江戸で待機している幕府軍が田町駅付近でにらみ合った時、西郷・勝会談が行われた。守る側の勝海舟も江戸を焼き払って平地での重火砲の威力に頼るしかないと考えていた。どちらも江戸を焼失させようと考えている同士が会談したのだが、奇跡的に第三の道である無血開城(実際は、その後戦いは函館まで続くし、最後に西郷は謀反者となる)となり、江戸改め東京が焼き払われる時期が後倒しになった。

さて、米国が主張するのは核兵器の完全な廃棄と継続的な検証、さらに科学者を国外移住させることで、北朝鮮は現体制の継続を世界中が認めること。

では、現体制の継続を保証するというのは、何を指しているのか。

実は、米国に対し、「国体を維持できるなら、降伏する」ということになった国がある。

いうまでもなく、日本だ。

その手法は、憲法に不戦主義を誓うとともに、象徴としての天皇制を存続させたことだ。不戦主義の方は、いささか怪しいのだが、天皇制は今のところ大過なく維持できている。

もしかしたら金一族は朝鮮天皇になることを求めているのではないだろうか。そして憲法に軍隊は禁止と書くが、朝鮮自衛隊は認めることにすればいい。日本国民だって戦争前の天皇の決定事項に目を塞いで「国民の象徴」にすることに納得したのだから。

さらに、憲法改正のハードルをきわめて高くすれば長持ちするのは日本と同様だろうか(国民の熱狂性からすると違うかもしれないが)。

具体的な憲法を作るのは簡単だ。日本国憲法をハングルに自動翻訳すればいいだろう。


しかし、方法はともかく、ファミリーが「単なる象徴」になって表舞台から陰に隠れたとしても、北の国民の意識がかつての日本のように180度向きを変えると簡単に推測するのは危険だろう。日本の場合、大正デモクラシーの後に思想統制があるのだが、そのきっかけともなる五一五事件(1932年)から起算したとしても終戦までの13年間。北の場合は70年以上思想統制が続いているわけだ。その前は日本の統治下だったし。
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イオン歴史館、臨時に開館

2018-05-27 00:00:17 | 美術館・博物館・工芸品
イオンの株主総会が幕張メッセで開かれ、イオンの株やリートを持っていたり、イオン銀行に少額預金があることから参加してみた。幕張は小学生低学年の頃住んでいたのだが、当時の海岸よりも先に、イオン本社やイオンモール、さらに渋谷幕張校がある。当時は海苔の養殖をしていたり、潮干狩りの場所だった。

さて、総会の方は、かなり残念というか、深掘りの少ない事業説明であったし、質疑時間の大半は企業活動の本質からはずれたものだった。となりのイオンモールへの交通不便の解消問題とか。

基本的に株主総会ではなく、株主向け会社説明会のようなものを頻繁にしてもらいたいと願うところだ。

ところで、総会出席者の特典として、メッセから徒歩10分ほどにあるイオン本社(イオンタワー)の2階にある『イオン歴史館』の見学の特典がついている。さっそく向かう。

パネルや展示品は、かなり立派にできていて、どうしていつも公開しないで、こういう時や社員研修会のような時にだけ公開しているのか、よくわからない。また撮影禁止というのもよくわからない。歴史のねつ造とかしているのだろうか(冗)。

ではイオンの元の元の元の・・・創業についてだが、四日市の岡田惣左衛門という人が篠原屋という呉服店を1750年代に開いたのが最初という。その後、岡田家は明治中期に称号を岡田屋と名乗る。(江戸時代に篠原屋と名乗った理由は掲載されていないが、私の江戸時代知識では、店の新規出店は認可制度だった。篠原屋という屋号を買ったのではないだろうか。)

その後、地方スーパー三者が合併し1969年にはジャスコとなる。その後、合併を繰り返し今のイオンがあるのだが、最初に吸収したのは扇屋という千葉のデパートとスーパー。その後は周辺事業の拡張を行っていたのだがニチイ(マイカル)と合併。さらにダイエーをも飲み込む巨大小売業となる。


振り返ると、岡田家だが、急成長したのは7代目当主である岡田卓也氏とその姉である小嶋千鶴子氏(両氏ともご存命)の力が大きいようだ。卓也氏は大正14年生まれで、終戦時は陸軍に徴兵され、本土決戦のため茨城県鹿島市(現在)の海岸を守備していた。(注:米軍上陸地としては、九十九里海岸か鹿島灘ではないかと思われていた。鹿島は東京からそう離れていないのに交通辺鄙でスパイが近づきにくいとして秘密研究も行われていた)。


現在の当主(イオングループ統帥)は8代目の岡田元也氏であり、旧民主党党首だった岡田克也氏は元也氏の弟である。歴史館の写真を見ていると、克也氏は父親の七代目の卓也とそっくりの風貌である。卓也氏もその姉の千鶴子氏も長命一族であることを考えれば、もう一度総理大臣を狙ってもいいのではないだろうかと思うが、たぶんチャンスを待っているのだろう。
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将棋ペンクラブ交流会で何かが・・

2018-05-26 00:00:01 | しょうぎ
先週の土曜に千駄ヶ谷の将棋会館で将棋ペンクラブの東日本交流会があった。

基本は対局と懇親会で、午前中から対局があって、負け数問わずに勝ち数の多い人が賞品をもらうことになっている(ほしければだが)。早速、対局を申し込むが、段級位を自己申告することになっている。「今は弱いのでよくわからない」と言ったところ、「手合の目安なので適当に書いてください」と言われる。他人の手合カードをみると多くの方が「二段」と書いているので「三段」と書く。もし詰将棋の段を書く欄があれば「四段」と正式な段を書いたのだが。

そして、実際には詰将棋の実力で勝ったようなもので、1局目は矢倉囲いをバラバラにして5一角と4二飛の組み合わせで、玉を2四まで釣りあげて、2二飛成の両王手から詰める。二局目は振穴をバラバラにしてから桂の連打で6四玉まで追い出して、7三角と下から串刺し詰にする。三局目は必勝形ではあったが詰まないので、飛車を捨てて必死をかけるか一旦受けに回るかの判断に逡巡し、受けに回って結局頓死した。四局目は優勢だったが、面倒なので長手数でも即詰めにした。こちらの2四飛に敵玉が3三に体当たりにきたところ、4二角打の捨て駒から、同玉、2二飛成以下、もう一枚の角を捨て、さらに桂を捨ててという普通の捨駒タイプの詰め手筋である。

そして、次の用事があるので、宴会はPASS。

ところで、大会の一つの目玉が無所属の女流棋士中井広恵さんの指導対局。指導対局の近くにいたが、二面指しで感想戦の声を聞くと、結構辛い(からい)対局をしているように思えた。

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さらに、土曜日にもかかわらず出勤していた役員ナンバー2の森内九段が飛び入りでスピーチを行う。そして、その後、中井さんと昼食時間を使って秘密の相談を行ったようだ。そもそも中井さんが、将棋連盟にあらわれることは前からわかっているので、何らかの相談事があって森内さんが連盟に来ていたのではないだろうか。

では、今、日本将棋連盟にも女子プロ将棋協会にも所属していない中井さんに何を相談したのかということ。よく考えると重大事案ではないのだろうか。といっても今更彼女がそのままの形で2007年に脱退した将棋連盟にも2014年に脱退した女子プロ協会にも戻るとは考えにくいわけで、何か違う枠組みでも考えているのではないだろうか。

考え過ぎかもしれない。しかし女子プロ協会がなくなると、少し困ることがある。


さて、5月12日出題作の解答。

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動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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持駒大量投入でも足りないぐらいだ。詰みそうになった時に網から逃げられて、慌てて追いかけるの図。

詰め上り七色というか八色。


解けたと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ、正誤判定いたします。
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特選ロースの厚切りは断る

2018-05-25 00:00:12 | あじ
岡山県の二大都市といえば、岡山市(80万人)と倉敷市(50万人)。この両方に出店している焼肉店が『十庵』といって、どちらかというと高級な肉を多く使っている。

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肉というのは、たいていがロースと上ロースとかカルビと上カルビというようにそれぞれの肉質によって上下関係になっていて、ポケットマネーで食べるときは下の方で、お呼ばれの場合は遠慮するふりをしながら上の方を食べることに心がけている。

今般は、お呼ばれで高級度が高いようだ。さらに高級感を出すために、園芸店の鉢植えのように肉にラベルがついている。

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頼んだのが、『特選カルビ』と『特選ハラミ』。別にラベルがあってもなくても、目の前の肉を焼いて、そして食べるという縄文時代人のような行為をするだけなのだが。

さらに、

『特選ヒレ』と『特選ロース』を頼んだのだが、店員が言うには「ロースは肉が薄いので二枚分の厚さで切りましょうか」とのこと。私にはわかっているのだが、厚切りにすると枚数が減るので、結局、たくさん食べて高額になるということだろう。せこい飲食店専門の経営コンサルタントに誘導トークを教わったのだろうか。

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ということで、厚切りのヒレと薄切りのロースを食べることになる。実際、人間ドックが近づいているので危険なのだが、『特選』と書かれた肉ばかりを食べてみた。いつもの「並」より三倍は美味いように感じる。ラベル効果もあるのだろう。


思うに、縄文時代人(欧州ではもっと後の時代まで)は野生のシカやイノシシを食べていたのだろうが、そのころと比べて肉の味は十倍は美味くなっているのだろうが、食べている人間の質はさほど変わっていないのではないかと思うのである。
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るろうに剣心 伝説の最期編(映画 2014年)

2018-05-24 00:00:29 | 映画・演劇・Video
るろうに剣心の映画シリーズは、最初に「るろうに剣心(2012年)」が公開され、次に「京都大火編(2014年8月)」と「伝説の最期編(2014年9月)」が連続上映された。

ところが、先に2番目の「京都大火編」を観てしまったので、次に3番目を観ようと思っていた時に、原作の和月伸宏氏が「児童ポルノ」を所持していたことで逮捕されたことから一番目も三番目もビデオ店から姿を消した。ビデオ店には「るろうに剣心」どころか一角にはアダルトコーナーまであるというのに、奇妙な対応だ。

もっとも米国であったら確実に牢獄行きなのだろうが、日本では社会的制裁という期限付きリンチと罰金刑で済むことになり、最近になり、地上波TVに登場したのを皮切りに、連載を中止していた漫画版「北海道編」が復活した。テレビ版を録画して観る。原作よりも20分ほどカットされているような感じだが、別にアカデミー賞受賞作品でもないので、まあいいかということだろうか。

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さて、京都大火編で大暴れした反政府勢力は、明治維新の新政府を打ち倒そうと京都を脱出し、東京に向かう。どこかで調達した鋼鉄製の戦艦に乗って浦賀沖に姿を現す。ペリーの再来のような話だが、ペリーは東京湾に軍艦4隻で入ってきて恐喝した。日本海に空母3隻というのと同じだろう。

実際、浦賀に軍艦が1隻いても新政府が転覆するとは思えないし、軍艦に対して剣で戦うというのも少し無理があるような気もする。第二作、三作を通じて幕末の人斬り剣士「人斬り抜刀斎」が人を切らない「緋村剣心」に変身する様を描いているのだが、人を斬らなければならないシチュエーションが次々にやってくるわけだ。その都度、剣心は刀の裏側で敵を痛めつけ、結局、相手が血まみれになって口から血を流して意識不明に追い込むわけだ。たぶん斬らなくても死んでしまうだろう。

映画の収束は戦艦の沈没と言うことで反政府勢力が壊滅したかのようなことになる。実際のアニメ版には続きがある。剣心は人は斬らないが剣をやめたわけではなく、腕が錆びないように道場で稽古に勤しむわけだ。

ところで、原作者の和月氏だが、児童ポルノ法が成立した時に収集品を捨ててしまえばよかったのだが、すべて押収されて手元にはないのだろうか。剣心は人斬りを辞めたあとも日本刀を振り回しているのだが、所持はしないが画像を観るだけならいいだろうということになるのだろうか。もとより漫画家なのだから、自分で絵を描けばいいのだと思ったりするのではないだろうか。
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アメフト場外戦はスポーツ?

2018-05-23 00:00:07 | スポーツ
日本大学と関西学院大学というどちらも読み間違えやすいトラップのような名称の大学同士が、論外のラフプレイをめぐって争っている。もちろん関学は被害者なので、学内問題は関係ないが、日大の方は「陰険」「閉鎖的」「独裁的」というイメージに包まれている。要するに北朝鮮のような大学のように見える。

徐々に明らかになる情報や加害者本人の記者会見を聞いてみると、どうも問題の本質は「アメフトというスポーツ」に起因するのではなく、いわゆる「アカデミック・ハラスメント(アカハラ)」そのもののように思える。

つまりスポーツ推薦で入学したのだろうが、極端に言えば卒業できるかどうかだって監督の意のままになるのだろうし、試合に出さないとか、就職斡旋しないとか、そういう学生いじめを力の源泉にしていたように思える。

スポーツではなく、大学の研究室の中で起きる教授を頂点とするいじめの構造とまったく同じだ。日大監督は、あのマンモス大学のトップに肉薄していたというから驚きだ。


とはいえ、実は若干のアカハラがあって不満を持っている教員がいるからこそ、加計グループのように新設大学(学部)が助かるのである。

たとえば加計グループの千葉科学大学は、教授を集めるために各地の講師を飛び級で教授にしたはずだ。

日本の大学は、教授、准教授、講師、助教、助手(私大)の縦社会だが、他大学で空中遊泳中講師を引き抜いて新設大学の教授として使っていることが多いと聞いたことがある。あるいは長い期間、講師でくすぶっているような先生を教授が外に出すのに使ったりするようだ。
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六本木フールズ(自己批判ショー)

2018-05-22 00:00:40 | 映画・演劇・Video
『自己批判ショー』は劇団名で、茨城県の古河市が本拠(つまり劇団員がそちらの人)ということ。本題に関係ないが茨城というと常磐線とイメージが浮かぶが、古河市は東北線上にある。つまり茨城というより栃木県に近い。北関東の人は特に東京に近い方に住みたがるし、一旦、東京に縁ができると地元に帰らない傾向があるようだ。

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劇団も、このところ都内の公演を続けていて、六本木の公演に行ってみた。

どういう方向の演劇かと言うと、専門は「コント」だそうだ。出足に何本ものショートコントを連発。おもしろいネタもあり、おもしろくないネタもあったが、試しにおもしろネタを具体的に書いてみたが、自分で書くとまったく面白くない印象になってしまったので、全部削除してみる。


代表者が書いているコントの利点というのがある。

人間は笑うことにより、ガン細胞を打ち負かすNK細胞(キラー細胞)を増やすことができるし、その笑いが「おあいそ笑い」であっても効果がある。つまり、劇がおもしろければ心から笑ってほしいし、面白くなくても「偽りの笑いをお願いしたい」ということのようだ。(注:薄笑い不可!)

当日の観客席の中に、たいして面白くない場面で、声を上げて笑う人が一人いたのだが、ちょっと怪しい。

後半は「六本木フールズ」という題材で、これが「地球防衛軍」なのだ。地球に密かに潜入し、増殖中の宇宙人と戦うための秘密結社で、女性教師が宇宙人暗殺隊員のわけだ。

特撮でもなく、無論デジタル操作もできない舞台の上で、生身の人間が宇宙人と戦うとなると、遊園地での仮面キャラクターショーのようになりかねないのだが、やはり迫力は欠ける。一応、地下ではあっても火気厳禁のシアターの中なので火炎放射銃やミサイルや核兵器を使うわけにもいかない。宇宙人との闘いで何人の犠牲者があったか数えていたのだが、1名だけだったような気がする。それも民間人だ。

全体に感じたのは、ちょっと『都会的』ではないなって。それでいいのだけど。
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シール切手は誰にとって効率的か

2018-05-21 00:00:21 | 市民A
不覚にも糊付き切手ではない「シール切手」というものがあるとは知らなかった。切手はよく使うのだが、コンビニで適当な枚数で買っていた。ごく普通の切手ばかり使っていたのだが、郵便局で82円切手を5枚買おうとしたら「シール切手でいいですか」と言われ、具体的イメージがないのに「お願いします」と言ってしまったため、すかさず渡されてしまった。もちろん、うかつではあるが、しょせん切手だ。マンション5軒まとめて買おうというわけじゃない。

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で、たぶん「2000円札」と同様に人気がないのだろうと思った。効用がない新製品って、普通は支持されない。

調べると、アメリカはシール切手が多いようだ。なぜと言われても困るが、水がなくても貼れるので時間の節約になるというユーザーのメリットがある。一方、シールの台紙が残ってしまうので、資源ゴミが発生する。メリットがデメリットかわからないが、水の代わりにペロッと舐めると、唾液からDNAを検出される可能性があるので脅迫状とかには向かない(水で濡らせばいいだけだが)。ペロッと舐めると糊が体内に吸収される可能性があるので人体に無害な原料を使わないといけないという制限がある。

しかし、一つ問題があるのが、貼り損ねた時の処理だ。そもそも少し曲がってもいいではないと思うのだが、きちんと貼るための方法の一つとして、宛名を書く前に切手を貼った方がいいという説がある。理由は曲がった時にボツにすればいいからなのだが無駄な気もする。従来の糊付き切手の場合、糊が水溶性なので。はがすべき部分を台紙ごと切り取り、1時間ほど水につけておけば剥がれる。もちろん次は糊を使うことになるが、切手をボツにしなくてもすむ。

ところがシール切手は簡単には剥がせないようだ。ネット上にシール切手の剥がし方が紹介されているが、要するに接着面には不溶性の接着剤が使われ紙と接着剤の間に水溶性の糊が挟まっているという構造だそうだ。つまり水につけると、切手の表面の紙と接着面の接着剤が残り、間の水溶性の糊が溶けてしまうので、手早く剥がさなければならないし、どうしても接着面の接着剤は残ってしまう。結局、失敗率が高いわけだ。つまり郵便局の利益(=利用者の損失)が増えることになる。

ところで、書いていて思い出したが、ずっとずっと前のことだが、こども用の通信教育で、教師の秘密アルバイトを利用して赤いペンで添削する会社があった。そこの内部の話として、こどもや先生から返送されてくる封筒の山の中から消印がきちんと押されていない切手を探し出す仕事があったそうだ。無論、何らかのことをするための予備的な仕事だったのだろうが、よくわからない。決算上はどうしたのだろう。もっともそういう利益の積み重ねで、瀬戸内海に多くのアートの島を復興させることができたと考えればよいのだろうか。
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縄文時代の実践的研究

2018-05-20 00:00:21 | 市民A
縄文時代人のことを考えていたのだが、巨大貝塚が全国に散らばっていて、縄文前期にも後期にも貝をたくさん食べていたことが明らかになっている。縄文前期にはまだ農作がなかった(栽培ではなく採集)ので、ようするに貝を集めて、土器の中に昆布と塩水を入れてぐつぐつ煮込んでスープにしていたということだろう。それに鹿とか猪とか雉の肉とかをたまに食べられる。それでも結構グルメだが、炭水化物が不足している。

縄文後期から弥生前期にかけて大陸から伝わった稲作などの植物の栽培(つまり農業)と貝食と狩猟というように充実していったのだが、いつしか日本人の祖先は貝を食べなくなった。なぜだろう。穀物を食べるようになったから貝を食べなくなったのか、貝が獲れなくなったから穀物を食べるようになったのか。

などと考えているうちに、数十年、潮干狩りに行ってないことに気付く。思えば小学校低学年の時は千葉市の海岸に近いところ住んでいて、小学校の帰りに寄り道してアサリを掘って帰っていたことを思い出した(当時は密漁という認識はなかった)。地図で確認してみると、驚くことにその場所は埋め立てられ、イオンの本社が建っている。(もうすぐ株主総会だ。)

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ということで、100均にいって熊手を買ってきて、潮見表で確認し、横浜市金沢区の『海の公園』に直行する。事前調査すると、川崎の扇島東公園も潮干狩りスポットだがホームページで確認すると、「今年はほとんど獲れません」と先手を打たれている。

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海の公園は八景島シーパラダイスの隣にある人工海岸なのだが、稚貝をまいたりはしていないそうだ。つまり縄文時代的ということ。

潮干狩りのルールというのが実は条例で決まっていて、一人2Kg以下、2㎝以下はリリース、熊手の大きさは幅15cm以下ということ。一体縄文時代人はどうやって掘っていたのだろうか。鹿の角とか使ったのかな。

そして貝はほとんどいないのである。

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1時間かけて大小合わせて6個。化石採集みたいだ。結局、全部砂に埋めて手ぶらで帰ることにする。季節外れの熱さも厳しく、ヘトヘトといったところだ。

結局、ゴールデンウィークの後ではダメなのだろう。3月頃に攻略すべきなのだろう。

そして、貝は水温によって大きく生育が影響されるらしい。今年は不漁のようだ。つまり縄文時代人も貝食だけに頼るわけにはいかなかったのだろう。不漁の時や不作の時は必然的に隣村と海岸の漁業権をめぐって戦争になるだろう。というか、そういう行為の先に、国家統一があったのだろう。
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ベラルーシの将棋開拓者、いや革命家

2018-05-19 00:00:07 | しょうぎ
今、ベラルーシのこどもに将棋ブームが起こっているそうだ。原因はF君ではなく、セルゲイ・コルチツキーさんという方だそうだ。ベラルーシの将棋開拓者いや本人が言うには革命家だそうだ。本職は大学でラテン語教師をされているそうだ。

まず、ベラルーシの位置関係だが、東がロシア、南がウクライナ、西がポーランドで北がリトアニアとラトビアの五ヵ国と接している海がない内陸国である。ソ連崩壊とともに独立した。実は、あまり住みやすいところではないらしい。ソ連がそのまま残ったような独裁国家らしい。国民の自由度が低いそうだ。死刑もあるし、税の取り立ても厳しい。日本みたいだ。

人口は940万で首都ミンスクは190万人。ミンスクには4つの将棋道場があるそうだ。

なぜ、ベラルーシのこどもの間で将棋が人気があるのか、コルチツキーさんの分析だと次の4点だそうだ。

1. 知的ゲームが子供の発育に有益と考えられている。
2. ソ連時代にチェスが国家的支援を受けていたこと。
3. 若者の間でアニメやロボットで「日本がポジティブな国」とイメージされていること。
4. 将棋の方がチェスより面白いから。

ということらしい。願わくば、賞金大会があるといいということらしい。

話はずれるが、彼は東京に来たことがあり、おもしろい感想を述べている。

東京は立体的だ。地下鉄が重層に走るだけではなく二階建ての高速道路があり技巧的なインターチェンジがあり建築も極細のビルがあるし何百万人もの日本人が足りなくて困っている空間を有効利用しているということらしい。

さらに、

東京の街の道路は将棋盤に似ていて、そこに人と車がバーチャルな空間から集まってくる。

これらの感想の多くは、『誤解』だろうか。特に、バーチャル空間から人や車が集まってくるわけはないのである。




さて、5月5日出題作の解答。

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上記は作意手順で2手目の合駒選択がメインテーマだが、12手目に△3一玉で、変化同手数となる。改作図は△5一玉の方を2手伸ばして正解らしくした。

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動く将棋盤は、こちら(改作図対応)。


今週の問題。





考え込むか、一瞬に近い時間で答えが見えるか。残念ながら作った私には判別がつかない。手数は一桁である。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。
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王になろうとした男(1975年 映画)

2018-05-18 00:00:28 | 映画・演劇・Video
原作は1888年に出版されたキプリングによる冒険小説である。彼の作品では「ジャングルブック」が有名で、大英帝国の権力を最大限に信じて、英語圏の世界を歩き回って英国を中心とした思想を色濃く小説に反映させている。また、フリーメーソンだった。そして、1907年にはノーベル文学賞を受賞している。

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この小説の映画化は長い間の課題になっていたのだが、87年後にやっとショーン・コネリーというはまり役を見つけ実現した。

いかにも英国作家らしく、この小説は、インドで植民地搾取で稼いでいた英国人二人が手を握り、アフガニスタンの先にあるカフィリスタンという地域を乗っ取ろうという大胆な計画が実行される。具体的には、第一弾は地方の首長と手を握って政権奪取計画を行い、うまくいったところで首長を失脚させカフィリスタン全域を支配しようということだ。

そして、着々と計画は実行に入り、ウーター(OOTAH)という私の名前に似ているできの悪い首長に取り入り、住民に軍事訓練を行い、最強の兵をつくって支配地域を増やしていく。そのあたりでウーターの必要はなくなり、頭を袋につめられPOLOの玉代わりに使われることになる。

そして、カフィリスタン制覇の直前に神を操る神官と対峙することになる。もともとカフィリスタンは紀元前の時代にアレキサンダー大王が進軍してしばらく駐留していた。その史実を利用して、ショーン・コネリーはアレキサンダー大王の息子であると言い出す。そして美形の女性を無理やり妻にしようとするのだが、このあたりから嘘のほころびが出始める。

そして、結婚式の式場で、化けの皮がはがれ、あえなく夢は終わるわけだ。そして英国人二人は怒り狂ったカフィリスタンの群衆に取り囲まれてしまう。


このカリフィスタンというのは架空の国かと思っていたのだが、調べてみると実在している。アフガニスタンの北部である。

先進国のエゴ、英国流の正義。これらが強く表に出ていて、ちょっと引けてしまう映画かもしれない。


そして映画の中では、アレキサンダー大王が残した膨大な財宝の山のうち、英国人が手に入れることができたのは、大王の黄金の冠とその冠を載せるカルシウム性の台座だけだったわけだ。
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たまの温玉めし(B級)

2018-05-17 00:00:19 | あじ
宇野港の岸壁に立つ振興ビルの中にある「うしべ亭」という風変わりな名前のついた店で出していて、よく番組で紹介されている『たまの温玉めし』を食べに行く。

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メニューの名前では内容の想像がつかないという重大な欠陥があるものの。それなりに美味しい。簡単にいうとチャーハンの一形態かな。コメは雑穀、穴子入り、温玉(半熟卵)が乗っている。

ただの雑穀ではなく味付けがしてある。やや甘辛い岡山独特の味だ。他県の人はこの甘辛いのがなかなか口に合わない。向島から脱走した脱走囚は最初は岡山を目指していたが途中で広島に方向転換したそうだ。メシが口に合わなかったのだろうか。

かなりネットでは評判のメニューなので、ほとんどの人がこれを食べているのだろうかと周囲を見回すと、誰もこういうB級で価格が3桁のメニューを食べていない。やはり旅の基本は現場主義なのだろう。
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