ロンドン超特急

2006-05-31 05:53:27 | 日本最古鉄道
2008年の北京オリンピックの次、2012年はロンドン大会に決まっている。さらに2016年には、東京が立候補する予定である。ロンドンは1908年、1948年につぐ3度目の開催である。不吉な話をすると、今から70年前、1936年にはベルリン大会が行われ、次は1940年の東京、1944年のロンドンという予定だったのだが、世界大戦が濃厚になり、まず東京が返上。急遽代打に決まったヘルシンキだが、結局第二次大戦が始まり中止。さらに44年のロンドンも中止。結局、大戦終結後1948年にロンドン、1952年にヘルシンキという順になる。

その例にならえば、中国内乱で北京が返上。急遽、東京が代打に立つも第三次大戦が始まり、ロンドン大会順延。2016年ロンドン、2020年東京大会になるのだが、まあそんなことはないだろう(たぶん)。


ロンドン大会の話は、あまり報道されていないのだが、新幹線の話がある。1994年にドーバー海峡に鉄道トンネルができたあと、パリ、ロンドン間にはユーロスター号が走っている。所要時間約3時間である。ところが、高速で走るのはフランス側だけで最高時速300キロなのに、英国に入ると100キロ超と半分以下になる。日本海の海岸を走る特急いなほ号より遅いわけだ。原因はシステムの古さと路盤の悪さということらしい。

ところが、2009年開業を目指し、高速新線が建設される。ロンドンから英国南部のアッシュフォードまで最高速度225キロの新幹線である。90分かかっていたところが40分になり、オリンピックメイン会場のストラッドフォードを経由するそうだ(ただし、パリに行くには、途中で乗り換えになるのだろうか?その辺、よくわからない。さらにストラッドフォードというのはシェークスピアの町ということなのだろうか?これもよくわからない。)。

そこに日本の「日立」の車両が納入されることになった。6両28編成分(168両)。400億円相当らしい。単純平均すると、1両あたり、2.38億円となる。

ed72beeb.jpg一方、日本国内ではJR東海とJR西日本が新幹線に「N700」という新型車両を2007年から2009年にかけ、導入する。最高速度時速300キロ。16両の54編成で合計864両で2,600億円とビッグだ。割り算をすると1両3億円となる。英国の最高速225キロが1両2.38億円で、日本の最高速300キロが1両3億円というのは、かなり比例しているのだが、では4億円出すからといっても400キロのものが買えるわけではない。

ところで、英国の新幹線に日立製車両が使われることに対して、一部の報道では、明治初期の日本へ鉄道が導入されたときのことを引き合いにして、「第一号汽車は英国製の新品だったことを考えれば、隔世の感が・・・」というような平和ボケの記事が目立つ。

ところが、当時の日本が1872年に開業した鉄道の導入を決めた時の、技術導入については、英国、米国、ロシアの三カ国がしのぎを削ったことは、すっかり忘れられている。このうちロシアは線路の規格がシベリア鉄道スタイルの広軌で日本的でないので脱落。米国も英国も標準軌だったのだが、当時、英国は自国の植民地用に安上がりな狭軌を展開していた。そのため、明治維新で金策に苦しむ日本政府は、植民地仕様の狭軌を採用してしまう。つまり、車両は英国から輸入するしかなかったわけだ。僅かに米国は、北海道の鉄道とか、新橋駅舎の建設とか限定的脇役に追いやられる。

ed72beeb.jpgところが、そのうち日本は機関車を国内生産しはじめたので、英国の独占輸出の野望はあっけなく崩れる。そして、東京オリンピックを機に日本にも標準軌の新幹線が登場するのだが、そうなると、英国の新幹線レールの上には日本の新幹線をそのまま乗せればいいということになってしまう。

しかし、となれば英国も、何も新型を買うまでもなく、日本で「N700」の導入で不要になる中古車両を購入するなら、相当安くなるような気もする。

が、プライドの高い英国人にそんなこと勧められるわけもないのだろう(電流の違いとか、改造の必要もある)。  
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胃袋の中を見る前に外を見る

2006-05-30 06:36:02 | 美術館・博物館・工芸品
682f7257.jpg先日、半日コースの人間ドックを受診した(健康状態のチェックではなく、不健康状態のチェックに行くようなもの)。いつも、横浜にある検診専門の施設を利用しているのだが、予約が混雑していて、12時からのコースとなる。そうなると、バリウム検査が午後になるため、早朝、生食パン1枚をお湯で流し込み、備えなければならない。結局、午前中の出勤はなしにして、腹ごなしに横浜の街を歩くことにする。胃の動きを活発にしなければ・・


そして、歩くだけでは、つまらないので、うっかり、山下公園の前にある産貿ホールで開かれている「人体のふしぎ展」に入ってしまう。少し前に東京で開かれていて、行こうかどうか躊躇していた案件である。だいたい想像できていたのは、今から9年前と思うが、横浜MM21地区にある高層の日石横浜ビルが完成当初、最上階の展示ホールで、同様の企画があった。当時は、広報活動もなく、会場内には、膨大な数の「人間の標本数」の数十分の一しか「生きている人間」がいなかったように記憶する。また横浜に戻ってきたのだろうが、今度は多くの人が会場に入っていく。

しかし予想とは異なり、会場内はいたって平和的。キワモノ感はない。9年前に比べると、今度の方が標本が少ないライトコースであるが、それよりも、この間、殺伐な事件が多く、死体が我々の生活に緊密になってきたのだろう。まあ、CTスキャンはX線で人間を輪切りにするのだが、ここでは、本物の人間が、輪切りになったり短冊切りになったりしている。

人間を機械と考えれば、これだけの高機能製品が無造作に遺伝子の力でできあがるということが最大の不思議であるのだが、この会場ではそういう難しい宗教っぽい考えは、各自勝手に考えることになっていて、単に、血管や神経や骨格、筋肉や、もちろん内臓の展示が続く。以前から調子の悪い、足首や腰骨のところばかり見ていたのだが、そんなもの見ている人間はほとんどいないし、その部分の展示には力が入っていない。

血管のコーナーでわかるのだが、動脈は首から心臓の下あたりまでは太さが2~3センチもあり、そこが壊れたら即死するだろうということがすぐわかる。よく時代劇で肩から袈裟懸に斬られると、血がドビュッと噴出すのは、結構リアルなんだろう。

脳ミソは、思ったより小さかったのだが、こればかりは何ともいえない。脳が小さいほうが、脳内の演算速度が速そうな気もするが、大きくないとメモリー容量が少ない気もする。

9年前の展示の時は、各種の病気により病変した内臓などが展示されていたのが、今回はない、ということは、患者に対する配慮なのか患者団体に対する配慮なのかよくわからないが、何か、この展示会のあいまいさを感じさせるところである。

妙なことを考えたのだが、これらのガラスケースの中に吊り下げられた標本だが、東京会場から横浜会場へ移動し、次は仙台会場らしい。移転するときには、そのつど、標本を横にして箱に詰めるのだろうが、アルバイトの仕事なのだろうか?時給はかなり高そうだ。


ところで、会場の中を歩きながら気づいたのだが、こんなもの見ていると胃袋が硬直してしまい、朝食の1枚の食パンが、昼一の検診までに消化されないのではないだろうかということである。

結果、雨の中を30分、検診会場まで大急ぎで歩いてみる。ホリエモン保釈以来続けている麦飯の効果と合成され、ちょうど昨年の体重に戻っていた。その他の項目の合否は不明だが、肺活量が昨年の3,950CCから3,850CCへと減っていた。「昨年とほぼ同じですね。」と言われたのだが、毎年100CCずつ減っていくと、38.5年後には肺活量がゼロになるわけだ。  
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都知事、日本橋移設案の真意?

2006-05-29 06:25:21 | 市民A
本ブログでは、過去に何回か「日本橋」再生計画のことにつき、触れている (2005年3月4日号日本橋の今昔、2006年1月6日号日本橋の首都高移設で検討会)。要は、江戸五街道の基点であったこの橋の上に、首都高速中央環状線が設置されているため、川の上を、普通の橋(日本橋)が横切り、さらに、その橋の上、川に沿って首都高速が走る、と言うビッグマックのような構造のため、景観だいなし、というか、三越と野村證券以外、何も見えない。

これについて、小泉首相が、「なんとか美しい橋を復活させ、青空を取り戻した上に、川岸を遊歩道にできないか」と発案し、専門家が検討中である。任期の関係もあるし、そろそろ結論が出そうだ。


これを固い頭で考えれば、「首都高の路線変更」か「首都高の部分的廃止」というような、おおがかりなプランしか見出せないのだが、どちらも費用が数千億円規模になりそうであり、いかにも実現性が乏しい。

ところが、変化球を投げた男がいる。東京都知事、石原慎太郎だ。彼は、「橋の場所の方を動かしたほうがいい」と言っていた。確かに名案だが、普段の彼の強情さ、復古主義から考えれば、そんなものでいいのかと誰もが思うはずだ。

ところが都知事には別の考えがあったわけだ。その名案は、両国にある江戸東京博物館に行けばわかる。


すでに、日本橋は完成していた!


f6560460.jpg原寸大なので、きわめて大きい。
雨の日でも濡れない。

だが、青空はない。
  
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秋田小学生殺人事件の迷路

2006-05-28 07:54:06 | 市民A
藤里町は、都会人のイメージでいえば、相当の田舎である。観光地でもない。以前、八郎潟で「日本農政の失敗」を見学したことがあるが、気付いたのは、農地と住宅地とが分離していたことだが、今回の事件で登場する住宅群というのも、そういうタイプの集落だったのだろうか。

事件から10日経ち、多くの周辺情報がリークしているが、その多くは県警ソースと考えられる。足跡、タイヤ跡、指紋、毛髪、軽自動車、遺体に付着した繊維編の素材と色、そして死因、・・・一体何が起きているのだろう。

抵抗の跡がないため顔見知りの可能性が高い、というならば、既に犯人を絞っているのだろうが、それなら情報をリークする必要などまったくない。真犯人に自殺を迫り、1ヶ月前の女児水死の件を闇に葬ろうということのように思えてならない。

現地では、もはや人権問題が発生している。一部のイエローマガジンが犯人を絞ってしまったからだ。

まず、疑われたのは、「あるホステスの女性」。名前が特定されているので、多くの人間が家を見にくるそうである。比べては気の毒だが「和歌山ヒ素カレー事件」を思い出す。

次に、最近登場したのが「1ヶ月前に水死した女児の母親説」。最初の事件後、女児と男児が一緒に写ったビデオ画像をリークしたとして、犬猿の中になっていたことと、警察が女児の水死を調査しないことから、再調査を促すために犯行に及んだ、という説である。こちらは「松本サリン事件」と同様である。いかにも、というところが穴にはまりやすい。

いずれにしても、この二人が共犯したわけはないのだから、既に、少なくても一人は風説被害者になっているわけだ。そして、警察は、「禁断の奥の手」を使おうとしている。

秋田県藤里町の藤里小1年米山豪憲君(7)が殺害された事件で、遺体遺棄現場付近から採取された毛髪に、豪憲君や親族以外のものが含まれていたことが、27日までの能代署捜査本部の調べで分かった。

捜査本部は、犯人の毛髪の可能性もあるとみて、豪憲君の自宅周辺の住民の協力を得て、住民から対照資料を提供してもらい、DNA鑑定をして特定を進めている。

捜査本部には、10数台の不審な車の情報が寄せられているが、これまでの捜査で秋田県外のナンバーは含まれていないことも判明した。(共同通信) - 5月27日18時14分更新
DNAを提出しないと、自動的に犯人にされてしまうという状況ではないだろうか。確かに和歌山ヒ素事件のように、消去法による犯人特定では弱いということなのだろうが、ほとんど強制的にしらみつぶしにDNA鑑定しようというのでは、証拠として認定されないのではないだろうかと思ってしまう。

いずれにしても、最初の女児水死の際の捜査に、大きな問題があったことが明らかになっていくのだろう。  
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またもやっかいな案<棋士総会>

2006-05-28 06:50:30 | しょうぎ
将棋名人戦の、朝日、毎日による争奪戦は、序盤戦の最大の山場である棋士総会が5月26日、東京千駄谷の将棋会館で行われた。交渉の途中で「理事会が、交渉案を会議に諮る」というのも、難しいところがあるのだろうが、「方向審議」ということになった。今のところ当事者でない読売から引用。


理事会は当初、
〈1〉毎日新聞社と単独案の交渉をする。折り合いのつかなかった場合は
〈2〉毎日、朝日新聞社との共催案を将棋連盟、毎日、朝日の3者で協議する。それも不調の場合は
〈3〉朝日と交渉する
という交渉方法で理事会に一任するよう提案する予定だった。しかし、毎日側からの契約金が、まだ提示されていないため、この提案では棋士の了解が得られないと判断。この日は毎日から正式な回答を得た時点で、その回答を受け入れるか、拒否するかを棋士全員に問うことを提案し、賛成多数で可決された。

 朝日が名人戦獲得のために提示した契約金は、毎日の現行額の年3億3400万円を上回る3億5500万円(5年契約)。さらに5年間で計7億5000万円の将棋普及協力金を連盟に支払った上に、4000万円規模の別棋戦を5年間開催するというもの。

なかなかややこしい。「毎日と交渉→毎日・朝日共催案→朝日と交渉」ということである。といっても、朝日は契約金総額を明示しているが、結局、その額より高いか低いかということで考えるしかない。要するに、普通の契約交渉に戻った、ということなのだろう。

そして、現在進行中の本物の名人戦が終わってからなるべく早く決着したい、と言っているのは、「名人戦」問題を早く片付けて、読売(竜王戦)はじめ、他の新聞社との契約も次々に、全部、見直そうということなのだろう。


ところで、「カネ(朝日)と恩義(毎日)」をてんびんに掛けた、と批判されているが、しょせんプロなのだから、「カネ」だろう、と思えてしまう。江戸の時代からそうなのだ。寺社奉行による将棋家元の石高認定では囲碁界ほどではないが、争いが起きている。

他方、現在、将棋連盟と毎日子会社である毎日コミュニケーションズが提携している機関紙(週刊将棋)や数々の出版事業など、どうなるのだろう?先日も、週刊将棋の記者が書いた記事について「検閲問題」が発生したようである。  
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藤堂高虎家訓200箇条(10)

2006-05-27 09:20:50 | 藤堂高虎家訓200箇条

しかし、200箇条は長い。1週間に10箇条をやっつけるのに大苦労している。オリジナルの200箇条は藤堂高虎最晩年ということで、少し、くどい。老人病なのだろうか。思うに、世は大名取り潰しの時代の入り口である。そういう流れを感じていて、藩内の融和をはかり、「無用の争い」で大失態しないように、念には念を入れ、書いたのだろう。といっても、途中でつぶれた大名の記録は何も残らないので、そういった家系に立派な家訓があったかどうかは、わからない。

ところで最近、仕事上の文書を書くときに、「○○が肝要成り。」とか「○○とは天道にあるまじき行為、深く反省すべし。」とか思わず書いてしまう。(まだ、口にはでてこないが。)

今回で、100箇条まで到達。今後、大きな花が登場するのかどうかは不明。順に行くしかない。将来、藤堂高虎が大河ドラマにでも登場した時には、この200箇条が陽の目を見るのではないか、と思って、前進する。


第91条 何事によらす理つよに物事いふ間数なり理のかうしたるハ非の一倍と言たとへハ人のあつかふ時よき時分を不聞入ハあつかふ人も手をうしなひ立腹する也合点すべき所をこかし手持あしく石車に乗たることくにて止かたし分別肝要なり

何事でも理詰めで物を言ってはいけない。理の強いのは非の倍になるという喩えは、人を扱う時、程ほどにしておかないと扱う人も手立てがなく立腹するものである。納得する機会をのがし、調子に乗り、しくじることになる。分別が肝要である。

理詰めで物を言うと、言うこと聞かない人間がでてくるということだろうが、まあ、ほどほどにということだろう。「石車に乗る」というのが感じがでている。タイヤがパンクした車で走るようなものなのだろうか?あるいはブレーキのない車で坂道を下るようなものか・・


第92条 朝夕を給る時腹を不可立百姓の昼夜作り立米給人江奉る我命を続くる米に向ひ怒る心を天道みのがし有間敷深く可慎

朝、夕の食事のときに腹を立ててはいけない。百姓が昼夜作ってくれる米だから、わが命を続けさせてくれる米に向かって、怒る心を天道が見逃すことはない。深く慎むべきだ。

高虎は、メシにこだわる。それにしても大げさだ。しかし、米に向かって怒る御仁はいないと思うのだが。


第93条 我女房に無情あたる者あり大に道の違たる事也男を頼み共に乞食非人をする共附添事深き間也夫を不知常々中を悪ふして物事打解ざるハ非本意なり不便を加へ中よくすべき事なり根本ハ他人の寄合夫婦と成事過去よりの約束成べしそこそこにする人ハ頼母敷なしと嘲可多

自分の女房に情けなくあたる物がある。大いに道が違っていることである。男を頼みにして、共に乞食や非人をするとしても付き添うほどの深い間柄である。それを知らずに常に仲が悪く打ちとけないのは、本意ではない。不憫を加え仲良くすべきものである。根本は他人同志が寄り合って夫婦となることが過去からの約束である。そこそこにする人はたのもしげがないとあざけられることが多い。

高虎は、どんどん出世を続けていったが、逆にどんどん身分が下がって言った場合、彼の妻が、共におちぶれに付き合うことになったかどうかは、わからない。高虎の末裔もそう思ったのではないだろうか。高虎が生きていた戦国時代とその後の徳川時代では武士の結婚のプロセスも異なる。まあ、世の中が「なあなあ」になっていくのだが、高虎は、それを看過していたのだろう。

第94条 主人江詫言申上る共主人の機嫌を見及可申上一応二応にて免されさる事も可有也いかに家老たり共見合重て折を見及可申上一旦にむりやりに申叶ハぬと声高に成申事非義なり還て科人ハ脇になり主人立腹して可免者も不免結句誓言を御立候か曲事に被成候事度々に及ひ扨家老も申掛不首尾にする上ハとて身代をやふり立退事もありかた口なる人の仕形成へし

主人へわびるといっても主人の機嫌を見て言うべきだ。一度や二度では許されないこともあるだろう。家老だとしても様子をみて重ねて折りを見ていうべきだ。一度にむりやり言ってもだめだと声高に言うことはいけない。かえって罪のある人のことは脇におかれて、主人は立腹して許すべきものも許されず、結局、誓言を立てるとか処分されることがたびたびあると、家老も「申し掛け、不首尾にする上は」といって身代を投げうち立ち退くこともある。一方的な人のやり方だ。

「かた口」ではいけない。機嫌のいい時に不都合な話をすればいい。お互いに角を突き合って、「かくなる上は、覚悟のほどを・・」ということになっては、・・・


第95条 家老たる人ハ傍輩の中に能者有て主人の重宝になる人たり共人の聞前にて取合せ不可申必人前の取合せの事ハ心もある主人ハ不聞入子細ハ心附の有共取合せ申たる家老の心附に成へし主人の心得には難成能家老は潜によき者に御心附も可有と可申上心附に逢たる人家老に尋れ共不存御心附たる事と感し申事可為家老の本意たり

家老たるべき人は仲間の中によい者がいて主人のためになる人がいたとしても、人の聞いている前でとりなしをしてはならない。必ず人前のとりなしのことは心ある主人は聞き入れない。なぜなら、その者をひきたてるのは家老の手柄になり、主人の裁量にはなりがたい。よい家老はひそかによい人に心当たりがあると申し上げるべきで、祝儀にあった人が家老にたずねても自分は知らないがめでたいことであると言うのが、家老としての本意である。

サッカーでもそうだ。日本代表チームの監督が最終選考にあたって、Jリーグの監督から進言を受けると、かえって落としたくなるものだ。失敗に気づくのは試合が終わってからだ。


第96条 下として上を斗ふ事有間敷と世間にいふ一通りハ尤なり乍去心もあるよき主人ハ左様には不思主人のしらぬ事に為に成事多かるべし左様の時ハひそかに聞届可申上是以悪敷申さは下として上江教るなんどど取沙汰可有か主人悪敷心得立腹ひか事なり惣して主人を下よりあなとる事ハなき物也自然にあなとる事あらハ主人のうつけたる所を見付あなどるへしよき主人ならハあなどり度思ふ共成間数也兎角あなとらるるハ主人の覚悟なきよりおこる成へし

下は上と争ってはいけないと世間でいうことはその通りである。しかし、心あるよい主人はそう思わない。主人の知らないことでもためになることが多い。そういう時、ひそかに聞かせて申し上げるべきである。これをもって悪く言えば下が上に教えるとはなんだと、取りざたするのを聞き、主人が悪くとって立腹することは間違っている。本来、主人を下の者が侮ることはないものである。もし、侮る事があれば、主人の馬鹿なところを見つけて侮るものだ。よい主人ならば、侮りたいと思ってもできないものである。とかく侮られるのは主人の覚悟がないからおこるのである。

そうはいっても、進言に失敗するとえらいことになる。特にまずいのは、殿様のバカ息子の教育方針である。これを進言すると、ほとんどの場合、数時間後に首が塩漬けになるものだ。


第97条 家来の悪敷事を聞共家老を呼ひひそかに異見を加へさせ作法直させ可然何事も聞ぬふりにて居る事肝要なりなま心得の主人理発だてにて不入吟味すれハ夫々の科におこなハされハ不成家のさだちたるべし大それたる科の外ハきかぬにしかし

家来の悪いことを聞いても家老を呼んで密かに意見を言って作法を直させる。何事も聞かないふりでいるのが肝要である。なま心得の主人が利発そうにいらざる吟味すれば、それぞれの罪を処分しなければならなくなり、家の騒動になる。大それた罪の外はきかない方がいい。

これが、田舎大名だと、殿が家臣の噂を聞きつけ、自室へ呼んでイエローカードを見せればすむが、将軍さまの話になると大変である。まず、噂の真偽を確かめるために、スパイを放つ(スパイは後で始末される)。隣国の現代史のことではなく、日本の近代史の話だ。


第98条 言事など、いふハ外様付合にてハ稀也不断心安き内に度々有之互に打とけ過言ぞこないもあり又慮外もあるべし能可慎

言い争いなどというのは外様のつきあいではあまりない。ふだんから心安いうちに互いにうちとけ過ぎて、言い損なうことも無礼なこともあるからよく慎むべきである。

慎むのは、言い争いなのか、打ち解けすぎることなのか、この段だけではわからないが、200箇条全体の流れでいえば、打ち解けすぎないこと、ということのような気がする。


第99条 余り人にたりふそく深く言べからす

人に対して足り不足を余り言ってはならない。

いかにも日本的だ。もっとも、「足り」を言わず、「不足」ばかり言う人間や、会社や、国家は多い。もっとも、満足なのか不満なのかわからないと、CS調査員など、困ってしまうこともある。アンケートにしても、「満足」、「普通」、「不満」の3分割では、「普通」ばかりになるので、「少し満足」とか「少し不満」といった選択肢が必要になる。


第100条 人之芸能又ハ諸道具抔こなすべからす面々数寄数寄成へし

他人の好む芸能や小道具についてはけなしてはいけない。それぞれすきずきである。

品川駅高輪口で手鏡を持っていたことを理由に捕まった「本人は冤罪を主張する、ある地方大学の東京分校の」教授の趣味が、特定の方向に偏向しているからといって、偏光メガネで見てはいけないし、横浜駅西口で、手鏡ではなく携帯で画像保存した日テレアナウンサーに対して、「その小道具では、捕まったときに証拠が残るではないか」と注意をしたりしてはいけない。好き好きである。

さらにつづく。

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いずれ悲しき、「まもる君」

2006-05-26 06:24:47 | 市民A
eb17eb57.jpg地元ネタなのだが、港北ニュータウン内に妙なものがある。「まもる君」である。一見、ゴリラであり、よくみてもゴリラである。顔は怖い。こぶしをふりあげ、怒っている。どうみても、「こわし君」なのだが、「まもる」と優しそうな名前がついても、胸に「絶対ダメ!飲酒運転とスピード違反、迷惑駐車」と書いてある。ようするに給料無料の警察官である。が、とりあえず、怖いだけでピストルを持っているわけではなく丸腰なものだから、ほとんどのクルマはスピード違反している。

むしろ、スピードを出しやすい場所で目を引く存在なので、脇見運転で、かえって事故の危険が高いような気がする。

もちろん、警察だから、居丈高になって「マモレ!」とこだわるのは”法律”であり、”社会の秩序”であり”警察の権威”なのだろう。”絶対ダメ”のゼッケンの下に、「共謀行為」とか「教育基本法違反」とか「年金未納」とか書き始めたらエライことになるが、そこまでやらなくても事件は多すぎる。元々、ダメと言っても起きるのが犯罪なのだから、効果はいかほどのものなのだろうか。

eb17eb57.jpgところで、この「まもる君」だが、出生がよくわからない。どうも10歳らしいのだが、某テーマパークで用済みになったものとか、ある建設会社の看板だったとか諸説あるが、都筑区の交通安全協会に寄付されたものらしい。

話はかわるが、交通安全協会は警察OBの天下り先なのだが、まもる君を調べていたら、副産物でわかったのだが、神奈川県交通安全協会と横浜市交通安全協会と都筑区交通安全協会という三段重ねの組織になっていた。絶句。

ということで、以前はニュータウン内の住宅都市整備公団の所有地にいたのだが、マンション化のため、引越し。横浜市水道局の土地に移ったのだが、ここは郵政公社の計算センターとなり、また移転。現在の場所は、横浜市道路局の土地らしい。見ただけでいい場所ではない。広い道(片側3車線)と狭い道(1車線)の交差点であり、やはり長居は難しいかもしれない。

ところで、このゴリラ、身長7メートル、体重1トンということだが、素材は何でできているのだろうか。ちょっと考察してみる。

まず、身長7メートルというのは、人間の約4倍である。そして仮に、密度が人間並みとすれば1.0となる。身長が4倍になると、体積は4の三乗で64倍となる。人間の体重は65KGだろうから、予想体重は65Kg×64=4164kg=4トンである。実体重が1トンということは密度は人間の1/4ということになる。つまり中が空洞ということはわかった。次の移転の時の参考になる。  
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永代橋=199年前の大人災

2006-05-25 09:24:47 | 市民A
9d56527a.jpg深川で富岡八幡へ行った帰りに、永代橋へ行く。日本史上最大の人災の現場検証である。

といっても、ほとんどの現代人は、ここで起きた199年前の大惨事のことを知らないだろう。1807年、8月19日のことだ。

その前に、永代橋の場所の話から始める。この橋は、隅田川の河口近くにある。川は河口に行くに従って幅広になるから、技術的な問題があり、北の方から順に工事が進み、1698年に隅田川4本目の橋として完成。綱吉50歳の時の架橋であり、「永代」という美名を橋につけたわけだ(実際には、綱吉も、生類憐令も、徳川幕府も永代ではなかったし、永代通り沿いの証券会社も多数が消滅した)。交通の要所である日本橋方面と新興住宅地の深川を直接結ぶには、「渡し」では輸送力不足だったのだろう。

9d56527a.jpgところが、橋の下を回送船が行き来するため、橋の高さを3メートル以上にする木造の大橋であったため、維持費がかさみ、当初は通行料を取って修繕費にあてていたが、ついに幕府財政では耐え切れずに、廃橋が決定される。1719年のこと。完成後21年後である。瀬戸大橋(1988年)は完成後18年なので、まだ安泰だ。しかし、存在していたものを廃止しようとすると反対運動が起きるのは古今東西の常。ああだこうだとした後、民営化が決まる。地元出資で維持管理が行われることになる。そして、下ること88年、問題の1807年を迎える。

話を先に進める前に、現代の「永代橋」を検証する。鉄製の巨大橋は明治30年のもの。市電が走っていたのである。超頑丈に見える。そして、橋の上に、奇妙な信号がついている。「○」と「×」である。つまり、真ん中を市電が走っていた関係で、この橋は5車線なのである。奇数。中央の車線は、時間によって、上りになったり下りになったりするのだ。そのための車線切り替え信号なのである。

9d56527a.jpg深川から日本橋に向かって、左、海側に見えるのが、佃島のマンション群である。江戸時代は、隅田川の三角州の小さな島で、実は刑務所だった。アルカトラズ島のような話だが、「幕末のホリエモン」こと高島嘉右衛門も外為法違反でここへ服役していた。一方、右を見ると首都高の橋げたが見えるが、惨劇のあった江戸時代の永代橋は、現在の橋と首都高のほぼ中間にあったことが古地図でわかった。

そして、再び日本史上の事故の話になるが、災害にはいろいろと種類があって、大きいのは天災。そして戦災。この二つは別格。江戸の大火は人災か天災かわからないが、まあ別格とする。洞爺丸遭難は1200名余の犠牲者を出しているが、人災要素が強い。出航しなければよかったからだ。

9d56527a.jpgしかし、歴史に小さく残る永代橋事件は、なんと1500名の犠牲があったとされている(幕府発表は400名強)。事件は、深川富岡八幡に関係する。

当時、江戸三大祭りというのがあった。しかし、実際には、神田、山王をもって二大祭りは確かでも、三つ目の座は、いくつかの候補があったらしく、競争状態にあったらしい。その中で、優位に立っていたのが、3年に一度の深川明神祭である。紀伊国屋文左衛門が寄進した3体一組の豪華神輿が「ウリ」だったそうだ。紀伊国屋は深川木場で材木商を営み、江戸の大火で大もうけしたのだが、晩年は、深川八幡そのものに住んでいたわけだから、神輿に大金をつぎ込んだのも、広告宣伝費のようなものだったかもしれない。おそらく1700年頃である。

9d56527a.jpgおりから1807年は天候不順の年で、祭礼は8月15日に行われるのを常としていたのだが、8月15日から18日まで、雨のため延期。雨のあがった19日には、多くの町民が深川に集まっていく。そして悲劇は、橋の中央から少し深川よりの場所で発生する。橋が、人間の重みに耐え切れず、崩壊を始める。崩れた橋げたから次々に人々が隅田川に落下。雨で増水した急流では、泳ぐことも息をすることもかなわず、落水したほとんどの人が水死に至ることになる。1500名もの死者を出したといわれる日本史上最大の事故である。

問題の神輿は、さらに100年余の寿命を誇ったが、関東大震災で焼失する。

ところで、当代きっての戯作者であった大田南畝(蜀山人)は、この大惨事について、こう狂歌を詠んでいる。

「永代と かけたる橋は 落ちにけり きょうは祭礼 あすは葬礼」

世間を嘲笑うかのような、この破天荒さはなんなのだろうか。同じ「おおた」も、負けじと吹かなければならないわけだ。  
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新たな詐欺は、「貸します詐欺」

2006-05-24 06:26:35 | 市民A
9b49b3c2.jpg「オレオレ詐欺」という景気のいい名前の詐欺が「振り込め詐欺」と陰険な名前を頂戴したあとも、次々と進化していき、新たな被害者を増やしているのだが、また、妙な手口の詐欺が登場したらしい。郵便局に行った時に特製チラシがあり、あとでゆっくり読んだら、まあ、「弱り目に祟り目」型犯罪の一種だ。

だいたい、おカネを貸してくれるのに、どうして被害にあうのだろうか、というところからして妙だ。貸してくれたおカネは、そのままごまかして返さなければ損はしない。それでは、こっち側が犯人になってしまう。

そこが、詐欺師のうまいところで、お金を貸す前の、登録料とか信用調査といった名目が登場する。

まず、多額の借金を持っている人にDMや、携帯メールで「おカネを低利で貸します」と送るわけだ。ネット社会ではアドレスが手に入れば、同時的に超ローコストで情報配信できる。実際、私のところにくるスパムメールの1/10は、この手の低利ローンだ。

そして、高利貸に追いまくられて、藁をもつかみたい人たちは、この詐欺師に足元を見透かされてしまうのだ。

こういう手口だ。

1.本審査が通ったので、まず、融資の前に、登録料を払ってほしいといって5万円を振り込む。その後、いくつかの補償金など22万3千円を送金してしまった。

2.携帯電話サイトで180万円(年利0,9%)申し込んだところ、信用確認のため、別のサラ金から90万円を借りてそれを宅急便で送ったところ、騙し取られた。

こういうのを、見るたび、悪人にも特許が必要かなって思ってしまう。
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富岡八幡宮に寄進する人たち

2006-05-23 06:22:15 | スポーツ
cd1da1d9.JPG3月6日、朝9時半頃、表参道駅の地下鉄階段を大急ぎで駆け下りた男がいる。酒に酔った上、シトロエン・エグサンティアに乗ったままでである。馬鹿な男がいると思えば、これが、神社の宮司。そして勤務先は深川の富岡八幡宮。となれば、何か気になる。深川といえば、隅田川の川向こうであるが、この神社、江戸時代から相撲の勧進元であり、純国産派である。埼玉県在住のこの男が旧型のフランス車に乗っていた、というのが、何か違和感がある。

ということで、週末に都内に買物に行ったついでに深川に寄ってみる。

しかしながら不発。確かに境内裏手の駐車場には様々なクルマはあるが、まあ、特定の方向は感じられない。もちろん輸入車もあるが、普通の話か。また、事故を起こした本人は、酔っ払い運転となれば、簡単に運転再開できるわけではないだろうし、出勤しているかどうかもわからない。ということで、残念ながら、別の話を少々。


まず、「横綱力士の碑」である。右奥の方にあるのだが、非常に巨大な石碑である。一枚岩だ。明治33年に時の横綱、12代陣幕久五郎が寄進したといわれる。彼の名前も12番目に記載されている。そして、その後、歴代の横綱の名前は、碑の裏側に掘り込まれているが、45代若乃花(初代)までで、場所が一杯になってしまったわけだ。

そして46代朝潮、47代柏戸、48代大鵬という人気力士の名前は、当初はその石碑に向かって右横のサイド側に刻まれていた(何しろ石の厚さは1メートルに近い)。

しかし、それでは、あまりにも場当たり的な話だったのだろうと、両サイドに新たに大量の横綱名が刻めるように石碑が追加された。現在の少数横綱時代が続けば100年分くらい書き込めるかもしれない。

さらに、左手前に50連勝の碑というのがあった。歴代力士で50連勝以上すると、ここに刻まれるそうで、現在5人の記録がある。谷風(63)、梅ヶ谷(58)、太刀山(56)、双葉山(69)、千代の富士(53)。あと5人分のスペースがあいているそうだが、一体、誰が記録に近づくのだろうか?

そして、若干気になるのは、これらの石碑には、あちこちに寄進者の名前と功績が刻まれているのだが、中に政治家が4名含まれている。順不同で書くと、伊藤博文、大隈重信、山県有朋、中曽根康弘だが、一人だけ時代の違う人物が混じっている。何か、深川芸者と関係があるのだろうかと根拠のないことが頭の中を通り抜ける。


ところで、この神社のもう一つのご自慢は、神輿(みこし)である。深川八幡祭りは江戸三大祭りの一つにあげられる、祭りにおいて担がれる神輿は、歴史上、初代は紀伊国屋文左衛門が金箔張り3台を寄進したといわれるが、関東大震災で惜しくも消失(横綱石碑の方が倒壊しなかったのも奇跡だが)。

日本一の神輿が帰ってきたのは平成3年のこと。そして、平成9年には2台目が寄進される。平成神輿は金箔張りの上に、ダイヤモンド付きだ。4カラット、3カラットといった大型ダイヤが使われている。

そして、平成の紀伊国屋は誰であったかと言うと、飛脚の横綱である佐川清氏。ただし、彼の名前は神社のホームページではわからない。毎日、日中は不用心に公開されている金箔ダイヤ付き神輿のそばに、小さく掲示されているわけだ。  
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ナポレオンとヴェルサイユ展(~6/18)

2006-05-22 06:25:02 | 美術館・博物館・工芸品
b1d2ca1c.jpg江戸東京博物館という都民の税金をふんだんにつぎ込んだ巨大建物のほんの一角で、展覧会が開かれている。主にヴェルサイユ宮殿美術館からの借り物である。厳密に考えれば、美術展であると同時にナポレオンの歴史博覧会でもある。ナポレオンの陸軍幼年学校から、皇帝にまで登りつめた栄光と、その後の凋落。それらを記録した数々の美術品と歴史的記念品。

簡単にいうと、フランスはルイ16世の時代に封建制の限界に達し、英国に遅れること1世紀以上で、王政打破の革命が起きる。その後、内紛が起こり、ロペスピエールという過激思想家の空中爆発により政治的空白が生じる。多くの良識派がギロチンの露と消えたのは明治維新と同様。そのスキに戦争上手な小柄な男が現れたわけだ。ナポレオン・ボナパルトの登場は、歴史の偶然か必然かと言われれば言葉に窮するが、20世紀を戦争の世紀と位置づけるなら、18世紀末から19世紀初頭のナポレオン登場は、近代史の方向を決めた最重要エポックかもしれない。ナポレオン後の欧州の秩序(後始末)が、結局、おさまることなくその後100年の禍根を残した。

というような固い話はやめにして、この展覧会で感じたのは、ナポレオンの人間性。まず、背が低い。顔は、フランスサッカー協会会長、ミシェル・プラティニと日本代表の宮本選手を足して二で割ったような感じだ。前半生の連戦連勝は、あまり小細工をしないで、全軍をまとめて中央突破するというような単純な作戦が多いように読めた。そして、負け犬精神のフランスは、ナポレオンによって、欧州の巨大勢力になる。イタリアやオーストリアを蹴散らし、ロシアと英国攻略を残すところになったわけだ。

そして1802年に終身大統領になり、さらに1804年12月2日に皇帝になる。戴冠式では巨大なダイヤモンドの入った王冠や杖を振り回して、その後、革命で壊滅させたはずのフランス王の屋敷であるヴェルサイユ宮殿に住んでしまう。もっとも、「皇帝というのは、何なんだ?」と言われても本当はよくわからないが、「王室でもないのに宮殿に住める資格」ということなのだろうか。

本当は、戴冠式の時の、豪華絢爛な財宝類が、そのまま残されていればいいのだが、その後のフランスの窮地のせいなのか、散逸してしまい図面だけ残っているものも多い。残されたものは、ほとんど新品同様で、磨き切られたガラスのショーケースで、思わず突き指してしまう。

調度類では、大理石金箔張りの便器が展示されている。汚いようであるが、現在は使われていない。さらに、愛用のソファーが見られるのだが、ソファーの肘掛は向かって左側が高く、右が低い。ナポレオンは高いほうの肘掛に頭を乗せ、低いほうに靴を脱いだ足を乗せていたそうだ。公式的にはナポレオンは冷え性だったので、ソファーに横になって、暖炉の方に足を延ばして暖めるのが大好きだったそうだ(もしかしたら、単なる水虫?)。


ところで、フランス男といえば女好き。フランス女と言えば男好き。このナポレオン一家もそうなのだ。戴冠式の時、35歳のボナパルトの妻だったのは、6歳年上のジョセフィーヌ。別の男性と結婚していたのだが、革命のどさくさで離婚。政府要人の愛人生活をしていたところを、ボナパルトに乗り換える。皇帝夫人となっていたのは6年間で、その後、こどもができないとの理由で離婚される(最初の夫との間には二人のこどもがいる)。

b1d2ca1c.jpg妙なもので、ボナパルトは、数人の愛人にこどもを産ませておきながら、それらを妻にすることなく、オーストリアのハプスブルグ王室より、マリー・ルイーズという22歳若い妻を手に入れる。6歳年上から22歳年下に交換である。まさに犯罪的だ。そして、今度は血筋の立派な数人の子を得ることになるのだが、不運なことに、その頃から凋落物語が始まっていくのである。

そして、ジョセフィーヌも2回、ボナパルトも2回、結婚したのだが、このマリー・ルイーズもボナパルトの死後、再婚する。ただし、その再婚の前、ボナパルトがまだセントヘレナ島に幽閉されている時に、別の男性との間にこどもを産んでいて、両親を嘆かせている。

そのあたりの話は、なんだか複雑でよくわからないが、とにかく、ナポレオンはヒトラーと同じようなことをしたにもかかわらず、それほど欧州で嫌われているわけではないのは、やはり、彼のあまりの通俗性を憎むことができない、ということなのではないだろうか、とお宝の山の中で一考する。  
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藤堂高虎家訓200箇条(9)

2006-05-21 07:36:38 | 藤堂高虎家訓200箇条

きょうの解題は、ばっちい話が多い。もともと藤堂家の秘本だったのだろう。将来、陽の目を見て、ブロガーにつつかれるなど、想定外もいいとこだろう。


さらに、今回は、「和歌」もでてくるが、そちらの素養はまったくないようだ。


第81条 敗軍の時まめ板壱歩腹中へ呑込可然強盗にはがれたり共先にて大便に下ル物也金のみやう有口伝


負け戦の時には、まめ板一分を腹の中に飲み込むべし。強盗にはがれたとしても、別の場所で大便に下るものである。金の飲み方には口伝があるものだ。


ところが、藤堂高虎には、負け戦の経験はない。常に「勝ち馬に乗る」という方式で、勝ち抜きトーナメントを生き抜いたわけだ。そして、高虎の末裔は江戸時代の最後に鳥羽伏見の戦いで、真っ先に幕府側から薩長連合に鞍替えする。実は、薩長といえども、国許の島津、毛利の殿様は、そう倒幕派でもなかったのに、藤堂藩は上から下までこぞって掌を返したわけだ。お見事。、



第82条 手負血留なき時ハ我小便を仕かけべし


けがをして、血留めのない時は、自分の小便をかけるべし


常に膀胱に在庫をためておかなければならない。小用の際、少しばかりを残しておくべし。



第83条 常々可心得男ハおとこの遣ひ物也女ハおなこの遣物也かりそめにも女の指出并女の申事不可聞人悪事の基たるへし


常々心得るべきは、男は男の役目があり、女は女の役目がある。かりそめにも女の指し出や申すことを聞いてはいけない。悪事の基である。


「きょうは、安全だから」を信じては悪事がはじまる。



第84条 かりそめに寝ころび候ても脇指はなすへからすむさと不可置


かりそめに寝転んでも、脇差をはなしてはならない。無造作に置いてはいけない。


かりそめに寝転んで、何をするかは、もっと問題である。



第85条 不断善き人としたしむへし悪き人なりともそらすへからす心持可有


ふだんから、善人と親しむべきだ。悪人と言えどもそらすべきではない。心の持ちようがある。


言い換えると、「善人からだまされることはない。悪人からは、騙されたフリをして欺け」ということか


 
 高虎公御詠歌
友は只直なる人をむつましみいつわりなきを道と知へし
此御歌に道春老脇坂淡路殿佐久間大膳殿佐久間信濃殿延寿院各和韻被成候


友達は、ただ素直な人と仲良くなり、偽りのないのを道と知るべし。
この歌に道春老脇坂淡路殿、佐久間大膳殿、佐久間信濃殿、延寿院の和韻がある。


何か、某電器会社で毎日歌われている「社歌」のようにつまらない。和歌は下手だ。



第86条 我か人によくするに人悪敷事は有まじ古人歌に、
我よきに人のあしきかあらハこそ人のあしきハ我かあしきなり
如此常々心得肝要なり又歌に
山城の狗の渡りの瓜作りとなりかくなりなるはこころか 
兎角我心次第に能成り度ハ心なり悪敷成度も心なり可慎


自分が人に善くすれば、人が悪くすることはないだろう。古人の歌に、
自分が善くするのに人が悪くすることはないだろう。人が悪くするのは、自分が悪いことである。


このように常々心得ることが肝要である。また、歌に、
山城の狗の渡りの瓜作りとなりかくなりなるはこころか


とにかくもわが心次第によくなりたいのは心であり、悪くなるのも心次第である。慎むべし。


山城の・・・のくだりはよくわからない。文意から言うと、山城の野犬だらけのところで瓜の栽培などしなければならないほど落ちぶれるのも、自分の心持ちが悪いからということだろうか。飛躍し過ぎの感もある。


どうも、高虎は、自己責任論者なのだが、裏には、他人を惹きつける魅力があったのだろう。その真髄は「他人に親切にすることのようである」。



第87条 学文すき物の本集る共不学人ハいらさる物の本に金銀をついやす道理なり諺に論語読の論語読ずと嘲なり大形見及に心ハ邪にて景気斗の学者して見せ顔なる人多し


学問や好学者の本を集めたとしても、学ばない人は、要らない物の本に金銀を費やす道理である。ことわざに論語読みの論語読まずというあざけりがある。おおかたに見ると、心がよこしまで景気ばかりの学者風の顔をしている人が多い。


経済学者が首相の座を狙ったり、女性のスカートの中を手鏡で狙ったりするようなことを指す。いずれにしても書物は要らない。



第88条 物を知くさしたる人物しり顔にてそばつら成事を語る 脇より聞けハ笑止なり物を不知人の咄はるかまし也


物事を中途半端に知る人が、物知り顔にいい加減なことを語る。脇で聞けば、笑止ものである。物を知らない人の話の方がはるかにましである。


中途半端な知識では、クイズ番組では勝ち残れない。疑わしいことを話すときは、自信を持って論理的に話すと、脇で聞いている人も、本当のことのように錯誤するはずだ。



第89条 人の害に成噺ハ不及申害にならぬ噺にても咄聞る人により咄ても不苦か脇にてむさと不可咄人の偽我偽と成事多し心有人ハ知たる事も不知やうにもてなし嗜む是以はつかしき心根成へし


他人の害にある話は言うまでもない。害にならない話でも、話を聞く人によっては話してもいいが、脇にいて簡単に話してはいけない。他人の偽りは、自分の偽りとなる事が多い。心ある人は、知ったことも、知らないことのようにふるまう。これは、ひかえめにするという心根である。


「知ったかぶりより知らんぷり」か・・「ポ現文新」を信じてしゃべってはいけない。



第90条 無理を言ぜうのこハき人気の乱成人酒に酔ふ人には出合へからす但出合ハて不叶事あらハ詞やはらかにあらそふ事なかれ能程にして立去るへし


無理を言うような強情な人、気の乱れる人、酒に酔うような人に出会ってはいけない。ただし出会わなければならない事があれば、言葉柔らかく、争わないようにして程ほどに立ち去るべきだ。


宴会の席で、「こりゃ、先に帰るんじゃねえぞ」っていう輩を撒く方法も家訓に書いてほしい。


つづく

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秋田の小学生殺害事件は

2006-05-20 07:17:26 | 市民A
8fa384df.jpg5月17日に行方不明となった小1の米山豪憲君は、翌18日に12キロ離れた川岸で絞殺死体として発見された。

実は、米山君のごく近隣に住んでいた小4の畠山彩香さんが4月9日に今回の発見現場から近い川で水死体として発見されていて、警察では事故死と発表していた。

今回の事件で、前回の事件も調べなおすということらしい。毎日によれば、

 藤里町では4月9日、豪憲君の家の2軒隣に住む藤里小4年、畠山彩香ちゃん(当時9歳)が自宅を出たまま行方不明になり、翌10日に能代市を流れる藤琴川で水死体で見つかった。県警は彩香ちゃんが誤って川に転落したとみていたが、失跡場所や不明になった状況などに類似点があることから、今回の事件との関連も慎重に調べる。

 豪憲君と彩香ちゃんの自宅は28軒が密集する住宅地の一角にある。彩香ちゃんは4月9日午後4時ごろ、「友達の家に行く」と自宅を出た後、行方が分からなくなった。彩香ちゃんの遺体は豪憲君の遺体が見つかった場所から約3キロ上流で見つかった。
 当時、彩香ちゃんの自宅近くの河原には子供の靴跡があり、川の浅瀬の石には足を滑らせたような形跡があったことから、同署は彩香ちゃんが誤って転落した可能性が高いとみていた。


8fa384df.jpg秋田県警には、重大なミスがあると考えられる。

1.今回の犯行には、劇場型犯罪として、「警察(あるいは世間)への挑戦」ということが言えるのではないだろうか。最初の犯行が、「事故」と報じられたことで、「次は必ず、殺人事件として報じるように」ということだ。

2.彩香さんの母親の話としては、まだ、事故とも殺人事件とも断定していない、と警察から説明を受けていたとのこと。それなら、なぜ、外部に事故と発表していたかなのだが、捜査に行き詰ったら事故扱いすればいいと思っていたのではないだろうか。

ほとんどの人が顔見知りとも思えるこの地区での犯行と考えれば、思わぬ職業(公務員)の人間が犯人なのだろうか。あるいは、未成年か。 
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気楽に簡単作を

2006-05-20 00:01:35 | しょうぎ
0b46b4c2.jpg超簡単作
「難解」ではなく「簡単」の方がいい、という声もあるので、超簡単な問題を作ってみた。こういうのもよくある形なので、陳腐感を免れるには工夫が必要である。双玉にしてみたが、わざとらしいような気もする。とりあえず、すべての手が限定手と思う。

コメントには、いつものように最終手&手数を。

ところで、詰将棋も余詰めが多発すると、本当にややこしくなる。脳がぐちゃぐちゃに。

もうすぐ、将棋界に復帰がチラッと噂される人物もこういっている

気楽に一局!
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前回余詰作の構造と改造

2006-05-20 00:00:26 | しょうぎ
372c70bb.jpg言い訳。前回作(A)の、作者の考えていた筋は、以下。
▲4八王、△3九角(B)、▲同飛、△1八玉(C)、▲3八飛、△1九玉、▲1八飛、△2九玉(D)、▲8九竜、△1八玉、▲2九角、△2八玉、▲3九竜、△1九玉、▲3八角、△1八玉、▲2九竜(E)までの17手詰である(コース1)。




372c70bb.jpg2手目の△3九角が、「横向き中合い」という「見かけぬ手」である。ここに打たずに2手目△1八玉は▲3九王であっという間に終わるので、そこに先手玉が行かないように、後手が釘を打つわけだ。そして、先手はその釘を抜くため、飛車の押し売りをすることになる。そして狭い場所で終局。

372c70bb.jpg実は、原図中、攻め方2六歩は、元々2七歩だったのだが、「横穴式住居で暴行されるような」密閉感が嫌なので天窓を開けてしまったら、19手の余詰が発生した。
372c70bb.jpg(C)図から、▲2九角、△2七玉、▲3八角、△1八玉、▲1九飛、△2八玉、▲2九飛、△1八玉、▲2七角、△2九玉、▲8九竜、△2八玉、▲3九竜、△2七玉、▲3八竜まで19手詰(F)(コース2)。最初の▲2九角に△1九玉、▲3八角以降コース2と同じ、というコース3がある。

372c70bb.jpg実は、こちらの方がすばらしい筋である。2七の空間を使って、胃部レントゲンのように向きをあれこれ変え、最後は途中入手した角も消える。

しかし、2七に穴があると、下から追い出して、▲9六龍と妙な手があって、長手数の余詰め筋が気になる(コース4)

372c70bb.jpgそれでは、2七にふた(歩)をすれば、基本コースに戻るかといえば、さらに穴がある。本筋の最後の方(D)で、▲8九(9九)竜ではなく△2八飛、▲同玉、△4九玉(G)以下19手詰がある(コース5)。

5種類も詰め方があるので、修正も容易ではない。普通は無理だ。しかし、明け方のフレッシュな頭に構想が浮かぶ。

372c70bb.jpgまず、コース1とコース5を消すために玉方に1七歩を配置。さらにコース3とコース4を消すために攻め方の4七歩をはずし、玉方5六歩にする。コース3の時には、角の空き王手でこの歩を取ろうということ。そして最後に飛車の位置や微調整を加え、最終図にする(完成図)。もっとも危険なのは、初手から▲4八王、△3九角、▲同飛、△1八玉、▲3八飛、△1九玉、▲6九龍だが△2九角でかろうじて詰まない(はず)。

372c70bb.jpgネタバレなので、解答は、--→こちら






どうしても、横穴式住居が好きな方には、究極の横穴問題を作成してみた。372c70bb.jpg
  
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