干しカレイの数は

2016-09-30 00:00:45 | あじ
今回のふるさと納税は、魚介の干物を狙う。いや、釣りじゃないので「狙う」は変かな。自分でクリックするのだから「選ぶ」が正しい。

結構、全国の漁業的市町村では力を入れているようだが、あまり力を入れてたくさん詰め込まれても食べきれない。条件としては「冷凍」でないと困る。

で、鯵(アジ)の干物とか鰯(いわし)というのでは日常的なので、より高級なものを探すと、フグやキンキといった高級魚で3万円とか多く、ちょっと困る。

ということでたどり着いたのが「干しカレイ」。三陸の宮古市の干しカレイ専門店。ちょっと探し疲れていたこともあり、「ソウハチカレイ」1.5kgと「ヒレグロカレイ」1.1kgの詰め合わせということで、クリックしてからレビューを読むと、「おいしい」という評価が多く、「ちょっと多くて冷凍庫の隙間が必要」という評価がわずかにあったが、後段の方は、あまり気にかけなかった。「おいしい」と「多い」というのは反対語じゃないし。

で10日ほどすると、クール宅急便が、かなり巨大な箱を持ってきた。思い当たる節は、それしかないのだが。箱が大きくても、Amazonみたいに内容物が容積の1割位のこともあるし、と包装を解いていくと、「簡易包装にして、その分たくさん入れました」と念入りに書かれている。

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すると、出るは出るはということになる。なんとなくチビカレイを大量に送ったという感じもないではないが、27尾もいるわけだ。

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いや、カレイは「尾」でも「匹」でも「本」でも「頭」でもなく「枚」という文字で表現する。外国人泣かせだが、冷凍干しカレイを注文すると「枚」と数えるべきことが実感できる。

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ということで、二種類の北海道産カレイを塩焼きとから揚げにするという4種類の料理を1クールとするのだが、なんとなく1ヵ月コースで済むのかな。

個人的には40センチぐらいが10枚というほうがうれしかったのだが、しかたない。チビでも味は変わらないだろう(チビは放送禁止用語だったかな)。また、ヒレグロカレイよりもソウハチカレイの方が旨いような気がする。

最後の一枚は『鰈珈哩』にでもしようかな。

夏の終わり(2013年 映画)

2016-09-29 00:00:21 | 映画・演劇・Video
瀬戸内寂聴尼がまだ瀬戸内晴美であったころ、つまり50年前に書いた原作にかなり忠実に沿った形でストーリーが進んでいく。

原作者は数多くの自作の中で一つを選ぶとしたら、デビュー作である「夏の終わり」と語っている。小説は彼女のほぼ正確な自伝であり、つまり彼女を中心とした男女四角関係が小説となり、そして映画版として熊切監督の手により復元されることになる。

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主演の知子(愛人)を演じるのは満島ひかり、同居人の年上の小説家は小林薫、年下の愛人は新人だった綾野剛が熱演。小林薫は煮え切らないやさしい男を熱演するのだが、女尼によれば実在の愛人となにげない所作がそっくりだそうだ。好演というのかな。

舞台は戦後まもない関東のどこかで、愛人の正妻は作家の本宅(鎌倉)に住む。二人の男の間で愛人は染色家として一流を目指すが、なかなかそうはいかない。まだ社会はまずしい。まだテレビはなくラジオの時間だ。時間が滞留しがちな世界の中で、登場人物の心は少しずつその形を変える。

そして、作家(小林薫)はついに人生に行き詰り、愛人(満島ひかり)に「一緒に死のう」と言うが、「なぜ奥さんじゃなく、私と死にたいのか」と詰問され、言葉を失う。

たぶん、「芥川も」とか「太宰も」とか言おうとしたが、ちょっと格が違うと思って口ごもってしまったのかもしれない。

そのまま川に飛び込んでしまったら、そもそも女尼は小説を書くことができないわけで、したがって、映画にもなることはないわけだ。

なお、女尼は本映画について、原作にほぼ忠実にできていると感謝しているのだが、二点気に入らない点があるそうで、まず、女尼が最も力を込めて書き込んだ「銭湯帰りの情事」のシーンが存在しないこと。もう一点は愛人(つまり自身)が、作家に玄関の脇の廊下に机を置いて書かせていたという点で、実際には陽当たりの良い二階の座敷を提供していた点だそうだ。(もはや証人はいないのだが。)

日本人気品牌展○会

2016-09-28 00:00:45 | マーケティング
秋葉原に用があったついでに、秋葉原UDXに寄ったのだが、2階のスクエア付近がかなり騒々しい。タレント関係かアニメ関係かと近づいていくと、聞こえてくるのは、スピーカーからの声もそこにいる人たちの話声も中国語。入り口の周囲はすべて中国語ばかりで、関係者もそんな感じだ。

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どうも、日本の商品の展示会が行われているようで、中国人の方々が館内にあふれているようすがガラス越しに見える。

日本人気品牌展○会(○は漢字化不能)となっている。牌という字は、日本では位牌か麻雀牌しか使われないので、意味はよくわからなかった。

館内に入れるかどうかも誰に聞けばいいのかよくわからないし、爆買用の現金も持ち合わせていないので退散したのだが、外から見ると医療周辺関係の出店が多いようだ。

で、帰宅後、調べると、よくわからないことも多いのだが、日本人気ブランド品展示会ということらしい。

それと来日客をターゲットにしているのではなく、爆買傾向を分析したところ「爆買の要因の多くは在日中国人の方々からの発信」が基点になっているということらしく、JTBが中心となって始めた事業らしく、今回が2回目らしい。

つまり下火になった第一波の爆買とは異なる第二波の爆買の仕込み中ということのようだ。来場者は在日中国人の方々ということで、日本語も通じたはずだった。


「シェ・モア」という企業名が見えたのだが、どうも医療用ウィッグの会社のようだ。

「大日本除虫菊」というのはキンチョールということだが、まさか「渦巻き蚊取線香」を爆売りしようと思っているのだろうか?あるいは「大日本」という社名では中国内では販売禁止なのだろうか。

横浜市病院内点滴殺人事件の既視感

2016-09-27 00:00:27 | 書評
大口病院での殺人事件は、まったく嫌な方向に向かっているのだが、有識者の間では「やまゆり苑事件」との類似が指摘されているのだが、自分的には、ある小説と近いなと感じている。

2015年10月に刊行された「デス・エンジェル(久間十義作・新潮社)」である。ちょうど1年前だ。

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新潮社のコピーは、

この病院は、伏魔殿なのか――医療に潜む底知れぬ闇に切り込んだ問題作。新人研修医として総合病院に赴任した森永慧介。だが、そこで遭遇したのは不可解な出来事の連鎖だった。あまりにも歪な診療体制、相次いで発生する老人の不審死、そして入院中の若い女性患者の自殺。真相を探るべく調査を開始した慧介の身にも、危機が迫っていた……医療における正義とは何かを問いかけるサスペンス長篇!

読者評を読むと、成功と失敗の両論があるが、どちらかというと失敗と断じる論が多いのだが、激しく否定している人たちの多くは医療職の人たちのようだ。たとえばAmazonには、こういうカスタマーレヴューが上がっている。

(略)・・・本書は病棟看護師複数による殺人が主題です.もちろん著者,久間さんの頭の中で生まれたフィクションですが,私の知る限りの看護師達は皆,真面目で使命感をもって働いていました.どんなに仕事が過酷であっても,準夜・深夜の勤務中に看護の厄介な患者を彼女たちが睡眠薬やら鎮静薬で殺めるようなことは考えられません.担当医がそれを見て見ぬ振りをするなんてことも考えられません.著者は本書執筆のために多々資料を集め,それを元にストーリーを構築したのでしょうが,如何に巧妙に仕上げようとも根本のところで現実離れしています.高齢者看護の難題を俎上に上げた点は評価しますが,病棟看護師がこの本を読めば,’’私たちを侮辱している’’ と不快に思うでしょう.良識の働く看護師が受け持ちの患者を殺めることはあり得ない.彼女たちの名誉のために私は断言します.

本書の中では新人研修医が病院の中の不思議なできごとに出くわして、それを隠蔽する病院側の対応に不審を感じているうちに、ついに不思議な死に方をする患者たちの秘密に近づこうとして、逆に注射を打たれて死にそうになるのだが、さすがに病院も当局におまかせすることになる。

ミステリーの犯人をここに書いてはいけないのだろうが、小説では、単独犯ではなく複数のナースの共謀ということになっている。

「なかなか良く書けているが、入院患者への差し入れには向かないだろう」という小洒落たレヴューもあるのだが、逆にこれから入院する患者には注意喚起のために入院前に読んでもらうべき本なのかもしれない。(どうもまじめな記事を書くのはうまくない)

二重国籍問題で湧き上がっている人たちと騒がない人

2016-09-26 00:00:11 | 市民A
民進党の蓮舫代表の二重国籍問題で騒いでいる人たちは大別するとネウヨと言われる人と民進党の反対勢力とに分かれるのだろう。まあ、前者は無料のYahooニュースばかり見ていると、どうしても思考が産経っぽくなるし、成功者をネタむのも特徴なのだろう。が、後者は情けないきわみだ。

政党の名前とかでももめていたが、よく考えると民進党だけじゃなく自民党の中にも考え方が大きく異なる人たちはいるのだが、なんとかやっている。

それは、戦後の日本が自社体制だった頃から始まっているのだろうが、政治体制の中に米国型と西欧型がごちゃごちゃに混じっているからなのだろう。

一方で憲法の規定する世界というのが、あまりにも高尚すぎるところもあり現実的な政治の役に立っていない。一読するだけではどうみても社会主義国の憲法のように読めてしまう。個人の経済的財産を肯定する部分を発見するのはなかなか大変なのだ。(ちょっとだけ書かれているのだが。)


それで、自民党というのは米国型の政党で(共和党的だったり民主党的だったりするのだが)、民進党というのは西欧の社会民主党的存在を目指しているように見える。ところがどちらも相手がずれているために、自民党内に共和党的な人たちと民主党的な人たちが存在することになり、民進党の方は党内に多数の勢力が存在して、代表選挙が連立政権的になってしまう。

ところで、そんなことを書くつもりじゃなく「二重国籍を認めない」ということなのだが、気が付いている方は多いと思うが、自民党はこの件にあまりかかわらないようにしている。二階幹事長も容認派というかどうでもいいような態度に見えるのだが、これは推測なのだが、裏に日露間の領土交渉が進んでいることと関連しているような気がする。

交渉を手前の方から考えていくと見えてこないのかもしれないが、ある解決点から逆算的にみていくと、四島に住んでいる現在のロシア国籍の人を追い出すわけにはいかないのだから、返還の時点で、日本国籍だけでなくロシア国籍も認めないといけないだろうと思うわけだ。二者択一では解決しない。

それでは、日本に引き揚げた旧住民は島には戻れないのかということになるのかもしれないが、領土の主権ということと土地の所有権というのは別物であるわけで、日本の領土(主権)の土地を外国人あるいは外国(ロシア政府)が所有しているという状態はありうるわけで、そのロシアが持っている国有地を日本が有償で所有権を買うということで、金額を支払い、帰還希望者や観光開発業者に転貸(売却)ということもあるような気がする。

現代において、領土を金で売買したなどという行為は世界の物笑いでしかないが、もっとスマートに引き分けを狙うなら、主権は無償で土地代(国有地)が有償というようなことも選択肢になるのではないだろうか。

もっとも、二重国籍は単に交渉上の手法の一つでしかないのだろうから、交渉の全体パッケージが明らかになったとき、国民の賛否は総選挙に問うしかないだろう。

世界の花(国際女性画家展)

2016-09-25 00:00:25 | 美術館・博物館・工芸品
横浜のあざみ野にある横浜アートギャラリーで開催中の「世界の花-国際女性画家展」に行く。ちょっと勘違いしていたのは、「花」というのが、花の絵をイメージしたのだが、花の絵もあるがそういうことじゃなくて「女性画家=花」ということだそうだ。そして、「国際」というのが、「ロシア、韓国、中国、ベトナム、日本」ということらしい。なかなかまとめにくい五か国ではないか。五ヵ国で展覧会を開くようだ。

ところで、世界はボーダーレス化が進んでいくのだが、とはいっても絵画に関しては、国によって基本的なところはそれぞれのようで、画家の名前をみなくてもその色調で国籍が特定できそうだ。あえて言えば日本は難しい。明治以降の文化であって日本式は確定されていないのだろう。

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ただ会場に画家自ら来場されていた画家の方一名がいて、別の人と話している内容が聞こえてしまったのだが、笛を持った人間の絵の解説として、これは沖縄での反米軍デモに参加できないときに、反米の気持ちを込めて描いたということらしい。

いわば、ゲルニカだろうか。

この5ヵ国の間で言っても、全く理解されないだろうと思ってしまう。

将棋紳士録第10版掲載詰将棋について(2)

2016-09-24 00:00:51 | しょうぎ
先週(2016年9月17日)に引き続き、将棋紳士録第10版(1974年刊)掲載の詰将棋6題についての考察。今回も不詰問題がある。

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B-1:一見で詰まないのは私の実力不足からだが、▲1三桂成と捨てて、▲1一飛成と香を取り、△1二金または△1二飛と合駒をしても▲1五香あるいは▲1二龍のどちらでも詰む。しかも駒が余る変化が多い。4三金を飛にすれば、少なくても飛合はなくなるが、それでも完成作には遠い。

B-2:2二銀の捨て駒から始まり攻方だけなら3一角、4二角成、3三銀、1三金(捨)以下2二馬までだろうが、問題は二つ。まず余詰めだが二種類。簡単なのは初手の銀打ちと9手目の金打ちは駒を交換してもいい。さらに7手目に3三金として強引に2三歩をむしりとっても詰む。以外にも同一作があって、京須氏と下平氏が発表している。自作でないうえに余詰め2つ。持ち駒の金、銀、銀を銀×3にするといいが2二銀打ちに3二玉でわずかに詰まない。玉型に5二歩を追加するとか。

B-3:これは見るからに古作物で、筋がいい。作者不詳のようだ。2一の桂は要らないかな。

B-4:作意は3三金と1一金と捨て同玉に1二銀から2二龍の7手詰。ただし、1一金を同玉なら3三龍以下9手駒余り(二手長手余り)まあ許容範囲かな。

B-5:これは、難問だ。早い話が詰まない。初手▲3三銀で△1二玉なら、▲1三龍と捨て、その後2一の桂馬を取って、最後に▲2五桂で詰む。そのためには4二のと金は4三に引越しとなるが、そうなると古作図になるし大山氏も使ったことがある。名人が使うのだから私が使ってもいいと判断したのだろうか。

B-6:これも大変だ。一目、▲5二金、△3二玉に▲2三桂成と捨て、金銀二枚を重ねて打つと、7手詰めで駒が3枚も余る。おそらく全12問で最高の難易度だろうから、推測も困難を極めたが、柿木氏の協力も得ながら苦闘した結果、3五の桂を3六に引越しすると37手詰みとなる。ただし辿り着いた結果、古作物だった。

ということだったのだが、実は最後に豊洲市場地下空間的(カフカの「城」的ともいえるが)な巨大な謎と直面する。というのもこの12題だが、すべて、「○、○分で詰めば○、○級の棋力」となっている。例えば、一番やさしい(とも思えないが)のが、「五、六分で詰めば五級の実力」。一番難しいのは「八、九分で詰めば一、二級」となっているのだが、

そもそも、この「紳士録」に書かれた人は全員が有段者のわけだ。読者が有段者だったら、大変失礼な書き方だ。

ということは、有段者でもほとんどが初段未満ということだろうか。あるいは、紳士録を売りさばく相手は、記載された人ではない(つまり名簿売買)、ということだろうか。なんとなく真相が見えているような気がする。


さて、9月10日出題作の解答。

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飛車や角をぶん回すという野蛮的な手順。どうも既視感が漂うのだが、そういうことではないからね。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判断。

アボカド牛丼盛付がメニューの写真と違う理由

2016-09-23 00:00:04 | あじ
思えば、久しく牛丼店に行かなかったと、思った一秒後にすき家に入り、10秒後に季節限定メニューの「アボカド牛丼」を注文。相変わらず少数営業なので、店に入って従業員さんとのファーストコンタクトですばやく注文しなければ遅れを取る(遅れてもいいのだが)。

そして、数分後に早くもテーブルにアボカド牛丼が置かれるのだが、メニューとかなり盛付感が異なる。

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メニューでは、牛丼とアボカドとコールスローが三色海鮮丼(ウニ、いくら、ホタテ)のように白米が見えないように敷き詰められているのに対し、店頭では、牛丼エリアとアボカドエリアとコールスローエリアがそれぞれ混じらないように独立して、その境界線には白米がしっかりと見えている。

そういえば、吉野家が最初につぶれた原因は、多くの店長が10食分の食材を11食分に薄め、1食分の代金をレジではなくポケットの方に入れていたからで、その名残が現在のポケットなしユニフォームだ。

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すき家でもまさか?と大脳辺縁部に電気信号が走ったのだが、実は食べてみてなんとなくこの盛付の意味がわかったような気がする。

3つの具材は、混ざらないようにした方がいい、ということではないだろうか。

何しろ、アボカドにかかっている赤いソースはケイジャンソースである。スパイス系だ。ケイジャン料理のことを書き始めると深みにはまるので、省略するが、米国の一部のまずしい地区で食べられる料理で、クレオールとも違う。一瞬、カレー味を想起したがそうではないのだが、とにかく個性的だ。

そして牛丼は、大別すると醤油味。コールスローサラダにはフレンチ系のドレッシングがかかっている。要するに、米国、欧州、日本を起源とする三種類の味なので、まぜたら台無しということなのだろう。

といっても、全面がコールスローサラダ丼というのはあり得ないだろうし、一面緑のアボカド丼というのも、色による食欲が湧きあがるかどうかいささか微妙だ。まあ490円のことであれこれ言われても困るだろうからこのへんで止める。

少人数運営のため、レジでまたされたくないので、別のお客さんの会計が終わる直前に後ろに並んで業務効率化に協力しようと策謀したが、無駄だった。

眠れる城・荏田城跡

2016-09-22 00:00:30 | The 城
9月15日弊ブログ「荏田宿のこと」の中で書いたのだが、江戸時代の大山街道で江戸を出て最初の宿場が荏田(えだ)宿だったと書いた。さらに、そのわずかに先に、歴史上の位置づけが不明な『荏田城』というのがあるとも書いたのだが、少し調べてから荏田城攻略に出た。

ただし、調べるうちに、その土地の所有者が頑なに城址を開示することを拒んでいて、土地への入場も禁止だし、さらに写真画像をWEB上にのせると、削除依頼をしてくるということらしい。まず、入路については隣接する東名高速の反対側からその土地にだけつながる高速の歩行者横断橋を渡らないといけないが、降りたところから先は入れないということになっている。だから未調査ということだ。

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とはいうものの、その現地に行くと、東急田園都市線の江田駅から徒歩5分のところに江田記念病院というのがあり、その左側に東名にそって登坂がある。登り切ったところに歩道橋があるのだが、実は坂を上る前にすでに「立ち入り禁止」になっていた。

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向かって右が東名の擁壁であり、左が大きなマンション。マンションの住人なら城址のある森は見えるだろうが、どこまで詳しく見えるのだろうか。

上空からの写真を見ると荏田城の北側の一部は道路用地になっているが、大部分は未開発で残されているようだ。鎌倉時代の城なのか足利時代の城なのかも判然としない。神奈川県には鎌倉があり鎌倉に通じる道は重要道とされていたので、この地も鎌倉時代の要所だったらしいが、文書などでは確認されない。仮に鎌倉時代の城なら北条氏滅亡の時には大戦争が起きていたので城をめぐっては、多数の犠牲者があったのだろう。

かなり近くには、これも誰も積極的言わないのだが空襲で多数の犠牲者が出た場所があるらしい。もう一つ言うなら、かつて米軍機が住宅街に墜落して住民の犠牲者が出たのも数キロ内だ。

そして、この左側の大きなマンションだが、『ミオカステーロあざみ野南』というのだが、このミオカステーロはイタリア語のミオカステッロのことだそうだが、英語だと、マイ・キャッスルということだそうだ。

「私の城」

そう、あなた方にしか見えないわけだ。

世界地図の中で考える(高坂正尭著)

2016-09-21 00:00:55 | 書評
親米派であった政治学者高坂正尭氏の1968年の本が新潮選書として復刊した。

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当時は自民党のブレーンだったようで、そのバックボーンが本書に書かれているかどうかだが、そうは思えない。もっとも当時はベトナム戦争が泥沼化していて社会全体が左傾化する時期だったので、それほど右寄りでもなくても親米自民党寄りとなったのだろうか。

思えば、彼の弟子で有名なのが、民進党の前原誠司氏。政治的な思想はともかく、潔癖症すぎるのは師匠と少し異なる。本書を読む限り、高坂氏は政治学者というか歴史学者に近いような気がする。現代史を説明するために、「過去の歴史的史実」と「人間の本質」を組み合わせて理解しているようだ。

タスマニア土人の滅亡の原因や、英国のインド他植民地の経営法、アメリカの軍事的作戦、20世紀末が「狂気と懐疑の世界」になっているだろうとの予言。

特に、植民地経営だが、植民地化して30年ぐらいは、現地のことを知らない人が管理するという点でうまくいかないことが多く、その後が軌道に乗るということだそうだ。そして戦後の植民地の独立の際は、ゆっくりと植民地を計画的に手放すことになったため、旧主国と独立国の関係を良好に保つ仕組みができあがったということらしい。日韓の場合は、その30年ぐらいで戦争の時代になり、戦後、急に日本人が引き揚げたというところに問題があるのだろう。

全体に未来予測的な部分が多いが、当たっているところと外れているところが半々ぐらいだろうか。

俺たちに明日はない(1967年映画)

2016-09-20 00:00:35 | 映画・演劇・Video
映画史に残る名作。前に観たことはあるはずだが、ストーリー的にはほとんど覚えていない。便利なのかもしれない。原作は「ボニーとクライド(Bonnie and Clyde)」。

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実在の二人が銀行強盗を始めたのが1931年。それを36年後に映画化したものを49年後の2016年に観るということをよく考えるとすごい。主演のフェイ・ダナウェーとウォーレン・ベイティは今や70代後半。二人ともこの映画が人生を変えることになった。

1967年には同じくニューシネマの名作といわれる「卒業」も公開されている。ハード系ニューシネマとソフト系ニューシネマの系譜が同じ年に始まったということなのだ。

49年前の映画ではあっても、車社会、銃乱射社会、貧富の差、州警察の閉鎖性、司法取引等、根本的にアメリカは何も変わっていない、とすら言えるかもしれないと思ってしまう。

本作の主演たちのように出口の見えない若者というのが世界に増えているというのがISの根源かもしれないが、結局、暴力でしか社会は問題解決できないという事実が、暗に想像される映画だが、その主旨は今でも有効なのかもしれない。残念だが。

最後の花束(乃南アサ著)

2016-09-19 00:00:36 | 書評
短編ミステリ集。文庫帯には「愛は怖い。恋も怖い。背筋も凍る11の短編を厳選。」となっている。読み始めた頃には気付かなかったのだが、犯人はすべて女性。なんらかの恨みに燃え上がった比較的若目(20代後半が多い)の女性が、主に殺人関係を企て、おおむね実行する。

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完全犯罪を狙っている例はほとんどなく、後で捕まるだろうと思われるものが大部分だ。捕まってもいいから殺そうという強い意志が漂うのだが、それが「背筋が凍る」という怖さにつながるのだろうか。読み始めてから、不吉な夢を見ることが多く、やっと読み終わって安眠できる。

夜、寝入りの時にミステリを読むと、現実か夢かわからないようなことになり、頭の中でストーリーが勝手に進行し始めて、たいてい小説よりも恐ろしい方向になってしまい、悪夢にうなされて夢から現実の世界に戻る。一つの小説で2回楽しめるわけだ。

ただ、本書は、なんとなく、早い時期に結末を想像しやすいのだが、その無残な結末に一歩ずつ近づいていくというのが、なんとも心が穏やかにならない。そんなむごい殺し方をしなくてもいいのではないかと言いたくなることが多い。

寝ている男の耳の中に熱湯を注ぐとか。新装開店の料亭がジェラシーの炎に包まれるとか。

海を航る-船・鉄道・新幹線-

2016-09-18 00:00:28 | 美術館・博物館・工芸品
北海道新幹線開業記念展として、汐留の旧新橋停車場(鉄道資料館)で開催中(~11月6日)の『海を航る』を見に行く。

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まず、船。青函連絡船であるが、1908年から80年間稼働した。その前に青森市だが、基本的に青森は東部の南部と西部の津軽で仲が悪い。敵といった感じだ(といっても、それは国内での話で、江戸時代に国後島をベースとして国土防衛にあたっていたのは南部と津軽の混合チームで、択捉島に時々上陸していたロシア人と戦う時には、一致協力してあたっていた)。

明治政府はそれでは困るし、北海道開発が大テーマだったこともあり本州側の基点として、八戸(南部)と弘前(津軽)の中間点として、海の商都として青森を都会化した。青森は必ずしも函館に行くのに近いわけではない。

といっても北国の港には近くに避難港が必要で、それらを総合して青森になったのだろう。そして連絡船の特徴として、貨車ごと船に乗せて運んだわけだ。おそらく、乗客だけなら、貨車ごと運ばなくても人間が歩けばいいのだが、貨物や郵便があったので列車ごと運ぼうとなったのだろう。

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そして、40年の歳月をかけて青函トンネルが開通したのが1988年。途中何度か「中止」の危機にさらされるが、なんとか完成。一度通ったことがあるが、夕暮れの津軽半島は真っ黒になり、いつトンネルに入ったのかいつトンネルから出たのかわからないうちに北海道になり、函館の呑み屋にたどり着く。

そして、28年経ち、北海道新幹線が完成。これで鹿児島から函館までつながる。奇妙なのは、函館から札幌までのルート。人口の多い、登別、室蘭、苫小牧、千歳といったところにはいかず、いきなり長万部からオホーツク方面に向かい、小樽を経て札幌に到着。要するに人のいないところを走るという画期的発想だ。

将棋紳士録第10版掲載詰将棋について(1)

2016-09-17 00:00:30 | しょうぎ
将棋紳士録事件というのは将棋界の黒歴史の中でも上位にあるらしい。手元にある紳士録は1974年版で、第10版とある。ということはその10年ほど前から存在した紳士録が、ある時大変な問題を起こし、編集者の斉藤銀次郎八段が将棋界から追い出された事件だ。

実際、どういう事件だったかは知らないのだが、当時から将棋の段には3種類あって、実力で取る段(確か県名人が四段だったか)と、棋士との関係でなんらかの謝礼的金額で希望の段がもらえる方法もあり、さらに政界や経済界の大物には、連盟から段を進呈する例があったはず。

それらを一緒にして紳士録という、今ではありえない個人情報だけの本をまとめて発行していた。実力があり正規料金を払ったアマチュアが見ると、うんざりということになる。

それが問題なのか、こっそり隠している政財界有力者が自分の名前が公表されたことを怒ったのかもしれない。あるいは、連盟の内部資料を何らかの方法で入手して紳士録を売りさばいて所得にしたのかもしれないが、それでは10回も版を重ねられないだろう。

まあ、問題だらけの話なので、何が良くて何が悪いのかも現在の常識では理解しづらい。

そして、その本に12題の詰将棋があって、それが詰将棋的には大問題ということはわかっていたのだが、ちょっと手をかけてみた。今回は半分の6題。同一作検索も使ってみた。本来は著作権が発生するのかもしれない(没後50年)が、一つはこれは本ではなく名簿であると思われることと、なかなか自作とはいいがたいからだ。

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A-1 :なかなかの好形。と思ったら、二代大橋宗古作。
A-2 :無仕掛だが、どう考えても詰まない。1一の飛車を逆向きにすると、宗古作だ。
A-3 :1950年に土居市太郎作。その後、大山氏が3回使いまわす。
A-4 :無駄駒が多い。このままじゃ変同。
A-5 :感じが良いが、簡単。
A-6 :一目でわかる。初手は移動王手にして、3四も飛ではなく龍かなあ。

ということで、今回はたいした問題はないが、次回(次の6題)は問題が多い。

ということで、今回はたいした問題はないが、次回(次の6題)は問題が多い。


さて、9月3日の出題作の解答。

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動く将棋盤はこちら


今週の問題。

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いつもと違って、実戦例から。後手が9九龍と回ったところ。受けづらく詰めに行こうかという段階だ。

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実戦図から無駄駒を取り除くと、驚くことに、自陣と敵陣の二分割という珍型になった。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数と酷評を記していただければ正誤判断。

浜なしをついに購入

2016-09-16 00:00:10 | 市民A
先週、浜なしを買うためにJA支所を回ったが、低血圧なので健康のため、そう早起きじゃないし、どこでも売り切れていた。

ということで、色々とネット上で情報収集してもなんともならないが、「浜なし」というのは横浜市が認定するもので、きちんと管理ができている農家が作る梨という認証であって、品種を示す言葉ではない。9月も深まれば「豊水」ということになる。

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といっても買えなければなんともならないが、ふとしたことで道路にノボリがひらひらしている場所があった。「浜なし直売 ○○農園」と書かれている。そして行ってみると、そこは民家の一部感が漂う場所で、ご高齢の女性が一人で店番をしていた。

説明を聞くと、12個入りの箱詰めもあり、4個入りの袋詰めのものもある。

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そしてバラの一個売りもあるので、2個買ってみた。「3L」となっていて、超巨大で大変においしそうだ。どうも大きすぎたり歪んでいたりのものは、一般の商ルートにはのらないようだ。1キロ770円と書かれていて、この3Lサイズの梨を2個だとどれぐらいだろう。約1.4キロだ。1.4キロ×760円=1,078円だ。

「1キロでいいです」と天使の声が聞こえたので、直ちに商談成立。

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そして、浜なしの特徴として、木で完熟寸前で収穫されることになっている。市販の梨では満足できなくなる可能性がある。

実際、柔らかく、甘い。注意すべきは蜜のように水分がはじけ、周りに果汁が飛び散ってしまう。

また○○農園に通わなければ。