交響曲40番の謎

2008-08-31 00:00:14 | 音楽(クラシック音楽他)
モーツァルトの交響曲第40番ト短調といえば、クラシックファンの多くが、好きな交響曲ベスト3に入れる楽曲だろう。いや、ベスト3とまではいかなくてもベスト5には入るだろう。



ベートーベン第5番 運命
ベートーベン第9番 合唱付
モーツァルト第40番
ベルリオーズ 幻想交響曲
ドヴォルザーク 第9番 新世界

マーラーとかショスタコヴィッチとかブラームスとか、その他、大作曲家は多数いるが、運命と40番は、好き嫌いを超えて、人類の遺産ということだろうか。


そこで、問題となるのが、この40番にはニックネームが付いていないこと。

ほぼ、同時期に作曲された41番は「ジュピター」と名づけられているが、40番には妥当なニックネームがない。

この件について書かれた諸説を読んだことはあるが、あまり決定的な説は見当たらなかった。

「ニックネームを付けるには、あまりにも偉大」とか「名曲であることに人々が気付いた時には、すでに広く演奏されていた」とか「一時、『悲しみのシンフォニー』と名づけたが、支持されなかった」というようなことが言われているようだ。

私の個人的意見を付け加えると、40以上も交響曲を作曲したのは、モーツァルトとハイドンしかいないため、単に「40」と言えば、特定できるということだからではないだろうか。これが仮に「第5番」だったら、ベートーベンの運命と区別するため、「宿命」とか、とか「第7番」だったら、シューベルトの「未完成」と区別して、「完成品」とか付いていたかもしれない。


このCDは何種類も持っていて、バーンスタイン+ニューヨークフィルがもっとも好きなのだが、DVD化されていないようなので、ムーティとウィーンフィルが1991年のザルツブルク音楽祭でテレビ用に録画した映像をDVDで聴く(というか観るというか)。

以前、ある音楽専門家と飲んだとき、彼が酔っ払って、「交響曲なんて、第一楽章の最初と第四楽章だけ、まじめに作ってあって、後は手抜きだよ」と言っていたのだが、この40番や41番は、かなり綿密な構造になっていて、「第二楽章」や「第三楽章」が好きな人も多いわけだ。つまり、なかなか演奏に手が抜けない。

1991年のザルツブルグでは、どういう順番になっていたのかわからないが、40番の第一、第二楽章は、全体につやがないように感じた。ムーティは、第三、第四楽章と41番は汗みどろにタクトを振っているので、40番の最初は、まだ慣らし運転だったのかもしれない。

CDの場合は、通常、演奏後の拍手はないのだが、DVDの場合、熱演に対して聴衆が何度も拍手を重ね、指揮者が楽屋と往復運動をするところまでが収録されているのだが、テレビの前で自分で拍手を重ねたところで、アンコールのおまけがあったためしがないのが、ちょっと残念。
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「無双」といっても宗看じゃない

2008-08-30 00:00:42 | しょうぎ
5c5af0b2.jpg将棋関連のDMが大量に送られてくる。将棋連盟関連のもの、LPSA関連のもの、出版社関連のもの、知人棋士、知人アマ関連のもの、出所不明のもの。今回来たのは、毎日コミュニケーションズ社から。新しく強力な将棋ソフトが発売されるにあたっての先行予約割引の件。こういうのは、よく別のルートからもくることがある、おそらく、以前、将棋ソフトを購入した際にユーザー登録したのが祟っているのだろう。

その名も、「無双」。

しかし、一般に将棋の世界で「無双」と言えば、享保19年、伊藤宗看が幕府に献上した図式100題のことを指し、俗に「詰むや詰まざるや」と言われる不滅の巨書である。著作権は既に失効したとは言え、野球で言えば「永久欠番」みたいなネーミングである。まあ、「指将棋」のソフトであって「詰将棋」のソフトではないから良し、としたのだろうか。まあ、野球とソフトボールの差よりは大きいような気がする。

このソフトが定価13,440円のところ何割引かで買えるらしいが、割引率が大きいのかどうか、なんとも言いがたいところだ。なにしろ、発売前に予約は終了してしまう。

この「無双」は。実は2008年の第18回コンピューター将棋選手権で準優勝(6勝1敗)した「棚瀬将棋」のことだそうだ。5月5日の大会では、唯一、優勝した「激指」に1敗しているが、その1敗は、激指玉を即詰にしたと同時に棚瀬側が時間切れ負けになるという、コンピューター的でない結末だったそうだ。(つまり、「無双」も「激指」もほぼ同じぐらい強いということかな)

コンピューター将棋選手権は、その後のエキジビションで激指と棚瀬がそれぞれアマチュアタイトルホルダーを打ち負かす、という人間側に惨めな結果を思い知らせることになる。

今回、市販されるソフトにも。棋力は「五段+++から20級」まで20段階と書かれている。五段+++ということは八段ということだが、アマチュアには実力のみでの八段はいないので、プロ八段級ということを、暗に言いたいのだろう。

そして、私は既に何種類も将棋ソフトを使っているのだが、残念ながら、しばらく買っていない。「柿木将棋8」「東大将棋定跡道場」「東大将棋詰将棋道場」など、それぞれ別用途に使っている。この中では、東大将棋(たぶんIS将棋系)が指将棋では強そうで、よほど気合を入れて対戦しないと、すぐにボロボロになる。本当に気合を入れて勝ったことはあるが、基本的には、「おカネが賭からなければ」本気になれるはずないじゃないの。

しかし、なんだか知能ゲームにコンピューターを持ち込んで、どんどん強くしてプロを打ち負かそうと、開発者は必死なのだが、強くなればなるほど、将棋のゲームの価値が低下し、いずれゲーム自体が滅亡してしまうのではないか、と少し思うわけである。

何か、人類が自分たちの滅亡に向かって核兵器の開発に邁進しているのと同様の現象のように思えるのだが、核兵器と異なるのは、将棋ソフトは、すでに実戦で配備・使用されていることだ。

ところで、この「無双」は、1本だけ買うと30%引きなのだが、「無双」と「激指7」の2本セットで買うと、さらに5%の値引きが追加され35%引きになる。「無双」は準優勝で、「激指」は優勝ソフトなのにだ。

さて、8月16日出題詰将棋の解答。少し長い。

5c5af0b2.jpg▲4五角 △3四角(途中図1) ▲同角 △1一玉 ▲2一歩成 △同玉 ▲4三角成 △1一玉 ▲1二歩 △同玉 ▲4五角(途中図2)

△1一玉 ▲2一馬 △同玉 ▲5四角 △1一玉 ▲1二歩 △同玉 ▲4五角 △2一玉 ▲2三香 △3一玉 ▲2二香成 △4一玉 ▲6三角成 △5二歩 ▲3二成香 △5一玉 ▲4二成香まで29手詰

動く将棋盤は、こちら。

5c5af0b2.jpgこの問題のテーマは、なんとか王手香取りをかけて、香車を入手して収束に向かいたい、という攻め方の意図を、玉側が中合いで防ぐという筋。

2手目の角合いが派手な割りに、あとはレンガ崩しのように地道な作業が必要である。

この問題の双玉は、「金だと攻め駒が強くなりすぎる」というネガティブな意味を持つのだが、全体に地味っぽい感じは拭えないかもしれない。



今週の問題は、攻め駒だらけの入玉図。寄木細工のような駒の入れ替え手順は好き好きかな。

5c5af0b2.jpg香車の使用法に「カギ」。

わかった、と思われた方は、コメント欄に、最終手と手数と酷評いただければ、正誤判断。
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国マニア(吉田一郎著)

2008-08-29 00:00:33 | 書評
吉田一郎さん、というのも随分普通の名前だ。本を書くならもっと奇抜なペンネームを付けたらいいのに、と思ってみるが、もしかしたら本名が奇抜なので、ペンネームを平凡にしたのかもしれない。



このネーミングの問題は、本書自体にもあり、「国マニア・世界の珍国、奇妙な地域へ!」。また帯には「考えちゃう人に贈るオモシロ世界地図」と、なんだかファニーな書みたいだが、内容は全然違うのだ。「交通新聞社」というマイナー出版社の頭脳を絞りに絞ってこういう題名になったのだろうか。う~ん。

さて、この本は主に「とても小さく、変わった国」を紹介している。とはいっても世界の約200の国は国連に加盟しているのだが、たとえば自治州とか勝手に独立している国とか領土のない国とか、そういうことに知見のある人は少ないだろう。

今も生きる十字軍の騎士たちの領土なき国家「マルタ騎士団」とか、飛び地の飛び地の飛び地の「クチビハール」とか、東ローマ帝国の勅令が生きる女人禁制の山「聖山修道院自治州(アトス山)」とか。

多くは、冗談のような国なのだが、よく考えると、冗談や虚構ではなく、リアルである。リアルになっているには、深い歴史や現代のパワーバランスとか、軽重様々な理由がある。それを読むと、この本は民族の血と汗と涙を軽いタッチで描いた奇書、ということになるのだろう。

恥ずかしながら、現代社会には知らないことが山のようにあることがわかった。

例えば、今話題の、グルジア問題。アブハジア共和国と南オセチア共和国のことが書かれている。要するに複雑なわけだ。ソ連の崩壊が始まったのは1989年で、そのあと、グルジアは独立し、ロシアと境界を接することになったのだが、その時には、これらの地域には、ロシア人が多く住んでいたそうだ。その後、十数年間でロシア系住民は難民として相当数、国外に追い出されてしまう。だから、出発点をどこにとるかによって、絶対的にロシアが悪いとも言い切れない部分があるようだ。

ただし、南オセチアは純粋にロシアシンパが多いそうだが、アブハジアの方は現在はイスラム系住民がグルジアから分かれたがっていて、それを政治的にロシアがバックアップしているらしい。同様に次のグルジア内の火種は南部のアジャリア自治共和国。結構、グルジア派とロシア派が拮抗しているらしい。

同様のことが、ウクライナの中にあるクリミヤ共和国にもあって、ロシアが西側からの領土奪回を狙っている場所らしい。

どうも20世紀までは、人種淘汰は「殺人」によって行なわれるのが常だったのが、最近は「追い出す」という方法に変わったようだ。少しは人類も賢くなったのだろうか。

さて、色々、勉強になるのが、ナウル共和国。世界で3番目に小さな国である。ニューギニアの沖の方の島で、遠い昔のアホウドリの糞がリン鉱石になり、それを掘れば、いくらでもカネになるものの、掘りつくしてしまえば、何もなくなる、と以前、学校で教わったのだが、実際に21世紀に入る頃、掘りつくしてしまったそうだ。そして、ほぼ国家破産状態になったものの、100年間遊び暮らしたつけで、勤労意欲のある国民は、ほぼゼロのようだ。なにしろ、糖尿病の比率が世界で最も高いそうだ。

同様に資源枯渇に脅え始めた国がドバイだそうで、周辺の中東国家は、まだまだ余裕しゃくしゃくなのに、そろそろ第二の道を探さなければならなくなっているらしい。大リゾート地に急ピッチで突き進んでいるのにはわけがあった。(その枯渇しそうで割高な原油(ドバイ原油)を、日本向け原油価格の指標としている中東各国のしたたかさにも舌を巻くわけだ)

そして、ツバル。平均高度2メートルの国土が温暖化で沈んでしまう、というなら、オランダのように堤防を築けばいいじゃないかと、思っていたのだが、本書によれば、ツバルの国土は珊瑚礁でできていて、スポンジのように地面から海水が染み出してくるそうなのだ。つまり堤防作戦はダメだ。いくつかの国からは、無人島提供の善意の声があるそうなのだが、多くのキリスト教徒は、国土が沈まないように神様がついている、と信じているため、全員脱出もまた困難らしい。日韓共同事業で竹島を寄贈したらいいような気もするが、いくらなんでも狭すぎるだろうか。

ところで、この本の「まえがき」でちょっとしたクイズが出題されている。

「東アジアにはいくつ国があるでしょう」

ところが、これが難問。正解はない、といってもいい。

例えば、

日本が承認している国は、日本、韓国、モンゴル、中国の4カ国

韓国の見解は、日本と同じで4カ国

北朝鮮の見解は、北朝鮮、中国、モンゴルの3カ国

モンゴルの見解は、日本、韓国、北朝鮮、中国、モンゴルの5カ国

中国の見解も、モンゴルと同じで5カ国

台湾の見解は1カ国(中華民国)だが、日本と韓国の存在は認めていて、モンゴルは自国の領土だそうだ。

国連加盟は日本、韓国、北朝鮮、中国、モンゴルの五カ国。

オリンピックは、日本、韓国、北朝鮮、モンゴル、中国、台湾、香港の七カ国。

ワールドカップは、さらにマカオが加わって8カ国。

一方、自ら独立国と主張している国は、日本、韓国、北朝鮮、モンゴル、中国×2、東トルキスタンの7ということになる。かろうじてチベットは入らない。東トルキスタンは2004年に米国内に亡命政府ができたそうだ。
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改造!!(2/2)

2008-08-28 00:00:37 | スポーツ
さて、ネット上で読んだ、どこのゴルフ場のキャディさんの意見かわからない『キャディバッグ論』にしたがって、改造することにする。

ところが、理想と現実はまったくズレているため、いくつかの出費が必要になる。

まず、

1.バッグと主たるクラブの関係
  結局、「主たるクラブにバッグを合わせる方法」と「バッグに主たるクラブを合わせる方法」のいずれでもない第三の方法を採用。つまり、主たるクラブと、バッグの両方を購入する。というか、愛用のドライバーが、誰かの陰謀で今年から「高反発クラブ」という不適合の烙印を押されてしまったため、いつも肩身の狭い思いをしていたから。

  そして、ネット上で新品のナイキ社の派手なバッグと、ドライバー「NIKE SASQUATCH SUMO2 5900」を購入。SASQUATCHはサスクワッチと読むのだろうか。日本人には読めない。次のSUMOは”すもう”としか読めないのだけど。どうも最近流行の四角いヘッドで真っ直ぐ飛ばそうということらしい。

  最も曲がらないクラブということだが、練習場で100球ほどひっぱたくと、やっと真っ直ぐ飛ぶようになった。もともと低反発なヘッドで高反発並に遠くに飛ばそうとより力を入れるから、余計に曲がる。100球打つと疲れ果ててきて、ちょうどよくなるようだ。ついでにタイガー・ウッド愛用のナイキのウェッジも1本購入。

ちょっとバッグが派手だった。

2.フードをとりはずす
  ここがミソである。新品のバッグには、当然ながら新品のフードがついているのだが、「プロはフードは使わない」という原則があるらしい。

  もともと、フードが破れたところから、改造計画が始まったのに、「フードがいらない」というのも妙な展開だ。ますます内閣改造に似てくる(消費者庁?)。ただし、もちろん捨てずにとっておく。

3.ヘッドカバー
  購入したドライバーにはナイキのオリジナルカバーがついているので、他のウッド(3番、5番)にはナイキのヘッドカバーを合わせてみる。もちろん中身は5,000円のクラブである。いかにもナイキの契約選手みたいだ。

4.ユーティリティは一本にして、カバーはつけない
  いつも2本使っていたが、1本はお蔵入り。

5.アイアンはスティールシャフト
  これは簡単な話だ。番号の小さな方から、並べていけばいい。6と9をよく間違えるのだが、漢字表示のクラブが欲しいな。

6.ウエッジにこだわる
  改造ウエッジはキャディさんを緊張させるそうだ。(もっとも緊張は、その後の失望と裏腹の関係になったりする)。ナイキのウエッジの他に、以前ネットで10本15,000円で買ったアイアンセットの中の改造サンドウエッジを追加してみる(ちょっと重複感あり)。普段は、巨大な鉄の塊みたいな「砂から出すだけ」の変則クラブを使っているのだが、カッコ悪いのでお蔵入り。

7.古いパター
  先日の全英女子オープンで健闘した不動さんは、ここ数年、新型パターの罠にはまって不調だったそうだ。最近、昔風のL型パターに戻して復調したそうだ。新型すべてお蔵入りで、10年前のパターのグリップだけ取替え、大事に使いこんだ一品のように偽装する。

8.タオルをつける
  キャディさんの意見では、タオルをぶら下げていると、「あれ、お客さん、自分でクラブの汚れを拭いてくれるのかな?」と思うそうである。しかし、実際に拭いてくれた人は、今まで誰もいないそうだ。

9.帽子をとりつける
  しかし、本当にバッグに帽子をとりつけている人っているのだろうか。かなり違和感がある。ちょっと正しい位置がわからない。タオルと帽子をとりつけ、フードをしないで、クルマのトランクに積むのはなかなか難しいように思う。バラバラとクラブが散乱したり帽子がペッチャンコになったり、タオルがヒラヒラしたり、ゴルフ場で、「お客さん、プロの真似しないでください!」って怒られそうな予感大。
  
  ついでに、帽子にクリップマーカーを取り付けてみるが、実は、今まで同伴プレーヤーの中で、この磁石式のマーカーなど使っていた人を知らないのだけど、大丈夫だろうか。結構、10万円金貨みたいにデカイ。キャディさんの意見だと「自身のホールインワンの記念品」がベストらしいが、ムリムリムリ。

a37b25ce.jpg10.傘は取り付けない
  日傘を取り付けてみたが、ちょっと「貧乏臭い感じ」が漂うので止めた。

11.メンバータグ
  最後の締めとして、メンバー会員の証として支給されるクラブの名入りのメンバータグを付けたいのだが、残念ながら、自宅に郵送されてはこないわけだ。画竜点睛を欠く。


ところで、部分的には最善な行為を積み重ねても、全体最適には到達しないということを、『合成の誤謬』というのだが、まさに内閣がそういうことになっている。いつの改造でも、適材適所とか、政策通を集めたとか、そういうのが合成の誤謬。もっとも内閣は英語でキャビネットというのだから、キャディバッグと似ていても当然か。


そして、この改造だが、内閣にしてもキャディバッグにしても、最も重要なことは、「その結果」にあることは言うまでもないわけだ。
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改造!!(1/2)

2008-08-27 00:00:02 | スポーツ
福田内閣が改造となったが、何が変わったのかよくわからない。個人的には、防衛大臣はもっと老獪な人物でないと、いざ領土問題で開戦とかいう時に頼りないような感じがする。谷垣国土交通大臣というのも、道路や国土開発計画の根本的見直しに本気で働いてもらうなら、非常によろしいのだが、他のポストの内示を断った末の横滑りという噂を聞くと、ガッカリだ。

地元の大地主出身の「鈴木恒夫議員」が文部科学大臣に入閣したのだが、教科書問題では、「農地解放の目的と結果」の記述見直しでもするのだろうか。もう一人の地元出身の大臣候補「松あきら」さんは、公明党が二つ目の大臣の椅子を断ったため、いまだ椅子に座れず、立ったままだ。

ところで、個人的に改造が必要になったのが、ゴルフバッグである。

元は、といえば、ゴルフバッグのフード(バッグの上部にかぶせるカバー)がへたり、破れ、ファスナーが壊れたことから始まる。このフードというのも、まったくゴルフの本質から言って「どうでもいいような」部分である。フード以上の機能はない。しかし、壊れやすいところでもある。

で、フードだけが老朽化した時に、どうすればいいか(つまり、フードだけを買えばいいのではないか)。ネットで調べているうちに、そんなものは簡単には売っていない、ということがわかったのだ。

が、苦心しているうちに、ある有名ゴルフ場の女性キャディさんのホームページに行き着く。そこには、アマチュア・サンデー・ゴルファーには想像が難しい色々な情報があり、キャディバッグについても、多くのページが割かれていた。

本来はそのURLをここに記せばいいのだが、はっきりいって、激しく偏った考え方の部分もあるし、信奉するというより参考にする、という筋合いと思うので、あえて部分的に引用するだけにする。

その女性キャディさんは、バッグ(キャディバッグ)について、


キャディさんとキャディバッグ はキャディさんとお客さまの出会いよりも早いのです。

ゴルフ場で、まず、キャディさんがお客さまを判断する材料はキャディバッグ です。
不謹慎とは思いながらも今日のお客さんは上手かなぁ、下手かなぁと想像するのはキャディとして当然と云えば当然の心理。

と論を始める。


キャディさんはキャディバッグ を見た瞬間、すでにお客さまのイメージを持ち始めます。

勝手なことだとは思いますが、そこでキャディバッグ がいいイメージを与えられるか、悪いイメージを与えるかはその後のラウンドにも影響すると思われます。

上手そうに見える条件というものがございます。キャディさんが憂鬱になってしまうキャディバッグ 、なんていうものもございます。

見た目、上手そうなキャディバッグ は、もちろんキャディさんに好印象を与えちょと調子が悪くても・・・
「あれ?お客さん、今日は調子が悪いのかな?多分、いつもはもうちょっと上手なはず!?」
初めて付いたお客さまであってさえ、なにかがそう思わせてしまうのです。

逆に、見た目、上手そうじゃないキャディバッグ の場合は、
「もう、見た目どおりじゃん!」
「やっぱりね、初めにバッグ を見たときからこうなるんじゃないかと思ってたのよ、」
と必要以上に走り回りながら仕事をすることになるキャディさん。

「あれ?キャディさんぼくのボールどれ?」なんて云われた日には、ああ、もう、勝手にやってくれい、と仕事放棄したくなる一歩寸前で踏みとどまっているのでございます。

と、展開がうまい。


それではどんなキャディバッグ がキャディさんから見て「上手そう」なのか。
決して上手そうに見えなくてもいいよ、と思うゴルファーの方もいらっしゃることでしょうが、まあまあ、そんなことは云わずに、今日1日キャディさんを一人助けると思って聞いてください。

ということになる。

そして、わかりやすく、二つの基本軸で、キャディバッグ論は展開される。

一つは、キャディさんに迷惑なバッグ。つまり「NG・バッグ」論

もう一つは、上手そうに見えるバッグ論。つまり、「プロ的・バッグ」論

まず、NG論から。

1.クラブ入れ、最悪。
  プラスティックの筒。クラブが絡まないよう、以前使われていたことがある。グリップが太いと、さらに困る。

2.アイアンカバー、最悪。
  高額のアイアンの場合、1本ずつにカバーがあり、中にはファスナーが付いているものがある。手間がかかりすぎる。

3.大量のウッド、がっかり。
  老人みたいだそうだ(老人なら許すそうだ)。まあ、クラブの関連性がわからないと困るのだろう。

4.傘は、バッグの外。
  バッグの中に傘を入れておくと、じゃまそのもの。外に付ける所がある。

5.積みにくいバッグ。
  変なデザインで、カートにうつぶせではなく、仰向けに積まなければならない場合あり。

6.整理されていないバッグ。
  番号順にならんでなくて、並べなおすと、番号の同じ違うメーカーのクラブが混じったり・・

7.取りにくい仕切り。
  上中下の三分割ならいいのだが、4分割とか5分割とか・・メーカーの自己満足。


次に、プロバッグ論。もっともNG論の続きみたいなところもある。

1.フードは要らない。
  大変に驚いたのだが、フードが壊れて調べ始めたら、「フードは要らない」ということだ。ほとんどのプロはフードはないそうだ。

2.タオルとキャップ(帽子)を付ける。
  キャップには、クリップマーカーを付けるといいそうだ。さらにクリップマーカーは、自分のホールインワンの記念品がいいようだ。

3.メンバータグを付ける。
  ホームコース(会員権)のプレートとかバッジを付けるそうだ。(持ってない人は、?)

4.ウッドだけにカバーを付けること。
  さらに、同じブランドのカバーにすること(クラブそのもののメーカーは不問)。

5.キャディバッグのブランド
  クラブのメーカーと合わせる必要はない(契約プロじゃないから)が、主たるクラブとバッグのブランドは合わせる。

6.さらに
  使い古した改造ウェッジが1本入っていると、キャディの緊張が増すが、5本もウェッジが入っているのは、やり過ぎ。

いや、上手そうに見せるのも大変である。


abe35249.jpg上記の各基準を自分のバッグに適用すると、全部ではないが、大幅にずれていることがわかる。

安いウッドにそれぞれ違うカバーが付いていたり、アイアンの番手が不連続だったり、並んでないし、そもそも、キャディバッグはアパレル系ブランドだから、主たるクラブとの関連などあり得ない。

傘はバッグの中だし、タオルもキャップもないしメンバータグも、ホールインワン記念のクリップマーカーもない。ウェッジは5本とまでは行かずとも4本。

そこで、福田内閣以上の大改造を決断する。

フードだけ1,000円以下で買おうと思っていた出発点から言えば、超巨大な出費が始まることになる

つづく
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田原総一朗氏の講演会へ

2008-08-26 00:00:19 | 市民A
先週末、野村證券が顧客サービスで開催した田原総一朗氏の講演会に行く。横浜みなとみらい地区にある国立大ホール。本当に大きなホールである。以前にも、リチャード・クー氏や堺屋太一氏の講演会に行ったことがあるが、この巨大ホールが満員だった。開始直前に滑り込んだため、満席に備え、最初から3階席に向かう。ずいぶん高いところにある席である。



しかし、リチャード・クー氏や堺屋太一氏の時に比べれば、空席が多い。上から見ると1階席にも空きがあるが、面倒なので3階席でもいいや、ということにする。高所から物を見るのも重要だ。おそらく、きょうの主催が野村ということで、政治のことより経済(自分の金儲け)の方が重要、と思っている人が多いのだろう(と自分を棚に上げてしまう)。


ところで、田原氏といえば福田首相が、今回の内閣改造の前に意見を聞いた、として報道されていたが、実は、この講演会の前日にも首相と密談したそうだ。まさか、講演会のネタ作りだろうか。どうも、総選挙の時期を進言したそうだ。

その前に、田原氏に言わせば、今回の内閣改造は遅すぎた、ということだそうだ。事実上、安倍内閣だったそうだ。総理だけ替った。今まで、福田カラーが打ち出せなかった最大の原因は、突然、総理になったため、「総理が何をするべきか、全然、わかっていなかったから」だそうだ。カラーどころの話じゃない。

そして、まもなく明らかになる補正予算の規模について、「与謝野×伊吹(財務省)」という対立構造にあるそうだ。与謝野氏は4兆円以上、財務省は4兆円以下。だいたいそういう規模らしい。一部、バラマキもあり、ということ。新聞社予測よりもずいぶん多いけど。

その大型補正予算を国会で通して、11月総選挙というのが、自民党の勝つチャンスがあるタイミングだそうだ。それを福田総理に進言したところ、「それではインド洋での給油法が通らなくなり、国際的信用がなくなる」と言われたそうだ。仮に選挙で勝ったとしても僅差だろうし、強引に採決できない、と考えているそうだ。田原氏は、「選挙で自民党が僅差でも勝てば、小沢氏は引退するだろうし、彼がいなくなれば、民主党内にも給油賛成派は多いから問題ない」と言ったそうだ。


次に、経済問題に話は移るが、サブプライム問題、原油価格高騰問題、スタグフレーション問題。実は、目新しい主張はない。私のブログを超えるような内容はないので、省略。

そして、国家財政の話から、再び政治の話になっていく。

現在の日本の財政だが、税収が50兆円、支出が80兆円。差額が、主に国債である。この支出80兆のうち、約20兆が国債の償還費、20兆が社会保障費、20兆が地方交付金、そして残る20兆円が国家公務員等の国家の費用である。田原氏は、この国家公務員の費用を減らすべき、という。ついでに国会議員の数も削減したほうがいい、とのこと。

この、国家公務員の数を減らすことが難しいのは、政官癒着構造からくるわけで、その意味で、民主党に政権が移れば、癒着の構造の多くは明らかになるだろう、ということだ。同感。民主党の政策も自民党の政策も、あまり差がないが、最大の差は、公務員の処遇ではないか、ということ。

さらに、田原氏によれば、自民党は若手の有力者は安倍晋三しかいないが、民主党の方は優秀な若手が多数いるそうだ。ただし、上層部ははダメだそうだ。なぜ、優秀な政治家が民主党にいるか、と言えば、自民党の党内は二世議員ばかりで、外部の政治家には「最初から席がない」からだそうだ。

福田総理に、「小さな国家論」と「政官の関係の透明化」を進言したところ。「そんな重いことを、私に押し付けるのですか?」と逆襲されたそうだ(場内失笑)。

ところで、田原氏は講演会では、結構ボディアクションが大きい。公演中に興奮したのは2回で、1回は厚生労働省の悪口を一通り並べてから、舛添大臣のことを「バカ丸出し」とののしったところ。

さらに、スタグフレーションの話題の際、手を大きく横に開いて、原油価格は「どんどん、上がっていった」と言いながら、手をばたばた上下に振るわけだ。さいわい、3階の高所から物を見ているため、彼のボディアクションは、「晴れた大空に向かって、大きくはばたきをする、肥えた鶏」のように見えてしまうのだ。


そして、講演の終わりに、一人の聴衆から質問があった。公明党が最近、自民党と距離のある政策(インド洋、補正予算など)を主張している背景について。

「選挙に負けたときの、学会への言い訳」と一言で斬り捨てたのだが、後で考えると、「学会」と言われたのが、「学会員」のことなのか、「学会の特定の一人」なのか、よくわからないのではある。
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カレーに記憶力の元、認知症に効果?

2008-08-25 00:00:29 | あじ
26b705ca.jpgここ数年来、二種類の話題が気になっていたが、同時に解決した。

二つの話題とは、認知症の治療のことと、インド国民の数学能力のこと。

認知症のうち約40%を占める難病アルツハイマーの場合は、萎縮する脳細胞ではなく、残存している健全な脳の部分の活性を高めるという、やや裏技的治療薬が日本でも認可されているのだが、飲み忘れると健全な脳の老化が早まるという嫌な副作用がある。しかし、特効薬(?)が身近にあったらしい。

さらに子供の頃から「九九(くく)」ではなく「19・19」という特殊技術を覚え、数学系や医薬系に非常に高い産業分野に特化していく人口大国インド。もともと数学上の重要テーマである「ゼロの概念」も発見している。


カレーに記憶力のもと 認知症治療に効果?8月23日22時52分配信 毎日新聞

カレーのスパイス「ターメリック」(ウコン)に含まれる成分から、記憶力を高める化合物を、武蔵野大と米ソーク研究所が合成した。動物実験の段階だが、将来、認知症の治療などに役立つ可能性があるという。米老年医学誌(電子版)に掲載された。

この成分は「クルクミン」と呼ばれ、生薬としても用いられるショウガ科の多年草「ウコン」の黄色色素。アルツハイマー病の原因とされる異常たんぱく質ベータアミロイドが脳内に蓄積するのを防ぐ作用を持つことが知られている。

研究チームが調べたところ、クルクミンは神経細胞の損傷を抑えられるが、記憶力向上までの効果は確認できなかった。そこで、クルクミンの化学構造を変えたさまざまな化合物を合成。ラットから記憶の形成にかかわる脳の「海馬」を摘出、薄くスライスして組織が生きた状態が保たれたままにして、これらの化合物を加えた。

その結果、「CNB-001」と名付けた化合物が、細胞間の情報伝達の効率を高め、その状態を持続させることが分かった。また、この化合物を飲ませたラットは前日に見せた物体を記憶していたのに対し、飲ませなかったラットは覚えていなかった。この化合物が、記憶をつくるスイッチとして働く酵素を活性化していることも判明した。

武蔵野大の阿部和穂教授(薬理学)は「この化合物は、海馬の働きを直接活発にしている。安全性を確認し、新薬の開発を目指したい」と話す。


さて、きょうの話は、ここから、ズボンのように二股にわかれる。「認知症」と「インド」だからではないのだけど。

まず、「ターメリック」だが、実は、毎日飲んでいる。効用は、酒飲みの肝臓能力アップ。何となく、「気のせい」みたいな補助食品かなって思っていた。毎日カレーを食べるわけにはいかないから。

しかし、ターメリックのせいではないが、インド国民のカレーって、決して半端じゃないわけだ。都内にも、本物(に近い)と言われる数軒は知っていて、何度か行ったことがあるが、 店を出るときには半死半生になる。それでも、まだ、本物じゃあないのではないだろうか、と思うことがある。

実は、以前、シンガポールのインド系住民街に行った時に、カレー粉を一袋、買ってきたわけだ。そして、英語で書かれたレシピに基づいて、あるカレーを作ってみたわけだ。

「フィッシュヘッド・カレー」。

26b705ca.jpgつまり、魚の頭を煮込むわけだ。大鍋でまず、サバの頭をグツグツと軽く煮てから、カレー粉を指示通りの数量(大量)で投入。野菜はなし。あくまでもフィッシュヘッド。最初は匂わないのだが、数分後、南インドになる。そして、換気扇をブンブン回していると、当時住んでいた総戸数数百件の15階建てのマンション群のあちこちの窓から、こちらを覗う姿が次々に見えてくる。よく西洋の魔法使いが、ネズミや猫を大鍋の硫酸で煮込むのと同じだ。

黄色の泡がぐつぐつと沸き立つ鍋地獄は、完成することなく、その90%は廃棄され、残り10%をココナッツミルク(インドでは使われない)で数倍に薄めてみたものの、結局、見るからに恐怖の食べ物と化したわけだ。

食べると、何もかも記憶がすっ飛びそうなのである。


ところで、今回の研究を発表された「武蔵野大学」のこと。残念ながら知らなかった。武蔵野音楽大学とか武蔵野美術大学というのは有名なのだが、「武蔵野」という、範囲のはっきりしない一般地名と「大学」という一般名詞をつなげたからだろうか。

ところが、ホームページを開いてみると、まさにタイムリー。

オープン・キャンパスが8月26日と27日の二日間開かれるそうだ。

なんとなく、「ターメリックのニュース」→「武蔵野大学検索」→「オープン・キャンパスを知る」という、三段論法のようなを感じるのだが。

学食では、おいしいフィッシュヘッド・カレーをメニュウに加えるべきだろう。
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素朴でも良かったですか(2/2)

2008-08-24 00:00:27 | 美術館・博物館・工芸品
先週紹介したアンドレ・ボーシャンに継いで第二弾。

26b705ca.jpgグランマ=モーゼス(モーゼスばあさん)、本名アンナ=メアリ=ロバートソン=モーゼス(1860~1961)が、絵を描き始めたのは何と彼女が75歳の時。その後、1940年に80歳で初めての個展を開くと、画家としての彼女の存在は米国内のとどまらず、世界に知られることになる。その後101歳で亡くなるまで、約1600点を描き続けることになる。

では、75歳まで絵を始めるまで彼女は何をしていたか。

農家の妻だったわけ。彼女は1860年ニューヨーク州の小さな農村・グリニッチ(Greenwich Village) に生まれる。そう、日本語でグリニッジ・ヴィレッジである。12歳から近くの農家に奉公に出る。そして、27歳で結婚し、10人の子供を生み、そのうち5人を亡くしてしまう。そして、一気に40年が経ち、67歳で夫と死別する。夫の死後は病弱な娘アンナを助けるため、ヴァーモント州へ引っ越す。その頃、彼女は刺繍画という刺繍によって絵画を作るという作品を作り始める。手のかかる割りに、あまり一般的でない芸術分野である。

そして、幸か不幸か、75歳にしてリューマチで手をおかしくし、指先に頼る刺繍が困難となり、「もう、しょうがないわねえ」と、絵筆を取りことになる。

たまたま、リューマチは女性の方が罹病率が高いといわれるが、最近、60歳手前の知人男性が発症した。手足がグローブのように腫れあがり、腰が蝦の串焼きのように硬直してしまい、まず、整形外科に行ったところ、X線、MRIを駆使した検査で、「異常は見つかりませんね」と宣告されてしまった。もちろん総合病院に行くしかなく、即座にリューマチという具体的病名が決まった。彼など見ていると、とても絵が描けるような状態じゃないし、モーゼスの寿命(101歳)を考えれば、刺繍ができないが絵が描ける程度の病気だったのだろう。まさに偶然に現れた画家である。

26b705ca.jpg彼女の絵の素材は、畑での労働風景や収穫、結婚式など、アメリカ東部の農村の生活や行事、自然の移り変わりなど、身近なものから取られていて季節感にあふれている。多くの農家の描写には馬と犬が登場する。雪はあくまでも白く、森は深緑であるし、牧場は若葉色である。

細かいテクニックを使っているわけでもないが、筆が細かいし、画調は明るく、「米国内では日光は影を作らない」かのごとく、「暖かさと素朴さ」とで包まれる。歴史上確かに存在した、『古き良きアメリカの存在』が、この絵によって明らかになる、と歴史学者が「USAヒストリー誌」に寄稿するのは100年後かもしれない。

彼女の亡くなった1961年、バラック・オバマ誕生。
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2009年日めくりカレンダーに1題

2008-08-23 00:00:34 | しょうぎ
359c0caf.jpgすっかり忘れていたのだが、10日ほど前、LPSAから大型の封筒が届いた。

「おー、そうだ。日めくりカレンダーに掲載されると、何かプレゼントがあったはず。つまり、当選したのだろうか。」と1秒間ぐらいで考慮時間終了。佐川のメール便である。今や不定形郵便物は、各社入り乱れて、料金体系が様々なので、大量に郵送するにはあれこれ計算が必要(大量といっても最大365通だから知れてるが)。

封筒を破って、宛名部分を切り抜き、シュレッダーにかけ、封筒部分は資源ゴミに分類し、おもむろに内容物をチェックすると5手詰作が当選である。どうも5手詰以下を優遇する雰囲気が漂っていたので、予想通りではあるが、その5手詰は、やや難解なのが心配。

LPSAのHPを見ると、365日を261人の作家で仕上げたことになっている。

選考の基準として、「より短手数で易しい作品を優先的に掲載」となっているが、基準が後から発表されるというのも、ちょっと変かな。

しかし、「より短手数で易しい」というのは、短手数であって易しいということを意味するのかなあ、とちょっと悩ましい。短手数で難しい、か、長手数で易しいというならわかるが、「頭金3連発の5手詰」を作っても評価ゼロだろうし、そうすると5手詰で、攻め方と受け方にそれぞれ一つずつの意外な好手がある、という程度が妥当なところだろうか。


そして、同封の景品は布の和手拭なのだろうか、ちょっとどうやって使うのかよくわからない。ゴルフクラブを磨くのでは怒られそうだ。なにしろ、女流棋士のサイン入りである。

サインをいただいたのは、藤田麻衣子1級。苗字が数回変わった女性である。

どうも、LPSAが設立された際、最後の最後の最後まで、移籍するのか残るのか態度を保留した最後の一人だったそうだ。時間切れ寸前の決断の一手だったわけだ。

そして、今年、次の18人目の移籍棋士となった船戸陽子二段のブログ「ワインづけ8月10日号に妙な記載があった。

 そんなことってあるのか?ってことなので愚痴る。
 転職でも店変わるでも会社変わるでもなんでもいいんだけど
 変わったあとで残務整理で前のとこの仕事をしたとしようよ。
 それが給料発生しないとかそんなことって、あるか?


大変、お怒りのようである。再び、可燃性ガスが充満してきたような。


ところで、先週、中原16世名人が対局後、脳出血で倒れ、入院したことを記したエントリの中で、勝局の相手が木村一基八段で、次の不戦敗の相手も木村八段であり、木村八段のせいのように見えてしまう、と軽く記載してみた。

そして、その後の調査で、1998年8月8日(つまり北京五輪開会式の10年前)に亡くなった村山聖八段(当時)の生前最後の絶局の相手が、木村四段(当時)だったことがわかった(村山勝ち)。かつて、羽生現名人もキラー木村に一手頓死を食らったことがあったが、頓死したのが将棋の王様だったことに感謝すべきなのかもしれない。


359c0caf.jpgさて、8月9日出題詰将棋の解答。

▲2八金 △1九玉 ▲2九金 △同玉 ▲3九金 △1八玉 ▲1九歩 △同玉 ▲1七飛 △1八歩 ▲3七角まで11手詰。

最後の形が見えるかどうか、だろうか。

動く将棋盤は、こちら


359c0caf.jpg今週の問題は、あまり長くない。あまり長くはないが、序盤がやっかいかな。後半は無理やり終了、ということになる。

わかった、と思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただけば、正誤判断。
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ぶっかけうどんホット

2008-08-22 00:00:36 | あじ
瀬戸内のある町は、とても日本とは思えない暑さだった。やっと食事をとることになっても、食欲イマイチ。おもわず、消化のいいうどんでもザルで食べようか、と勝手に思い込んでうどん屋の暖簾をくぐるが、ここは関西。蕎麦屋の真似事みたいな、ザルうどんがあろうはずもない。メニューを見ても理解できない単語が並んでいる。

一番、ザルに近いと思われる、「ぶっかけ」を頼むことにする。トッピングは海老天する。別に大海老天という高額商品もあるが、食べてしまえば小エビも大海老も同じだろう。

「小エビぶっかけ、お願いね。」

「ぶっかけは、暑いのと冷たいのとありますが、どうしますか。」

なんだか、喫茶店のコーヒーみたいだなあ、と頭に浮かんでしまって、思わず失言。



「ホットね。」

「ホット一丁ですね」

暑いので、みんなボケっているわけだ。


そして、茹で上がったうどんを水にさらすことなく、暑いまま丼に入れ、各種トッピングを乗せた後、濃い目のたれを各自かけてずるずるとすするわけだ。

トッピングは、きざみネギとノリ、大葉の天ぷらと小エビ天。そして野菜の天ぷらなのだが、見かけはサツマイモの天ぷらみたいなのだが、食感はまったく異なり始めての味だった。間違いなく瓜類だが、関東では食べない種類。キウリのできすぎみたいな大きさだが、キウリを天ぷらにするとは聞いたことが無いから、地場の野菜なのだろうか。こういうのが地方の楽しみの一つである。

果たして、ホットではなくアイスを注文していたら、このウリ類の天ぷらがトッピングされていたかどうか。

ただし、うどんは柔らかく茹で過ぎで、あまり好きじゃなかった。水で冷やして硬くしてから食べる客がほとんどなのだろうか。
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小さな親切が超巨大な大迷惑?

2008-08-21 00:00:05 | 市民A

二人の大横綱の名前を拝借した、北オセチア共和国出身の前頭力士の大麻汚染が発覚したきっかけは、「落とした財布」からだったそうだ。

力士が普段いくら位のキャッシュを持ち歩いているのか、よくわからないが、どこかで落とした財布が交番に届けられたところから捜査が始まったそうだ。

私は今まで、数度、財布を落とし、そのたびにクレジットカード会社に電話をして、戻ってくるはずのない財布を落としてしまった届出を、後日交番で書いている。この力士の財布には、現金の他に、外国人登録証が入っていたそうだ。クレジットカードもあったかもしれない。

財布を拾った人物が、「まあ、外国人ならかわいそうに」と思って、親切心で交番に届けた、ということではないだろうか。

そして、この財布遺失事件が大麻取締法違反事件に発展したのは、交番の巡査の「ある能力」によるものだった。

「匂い」

大麻の匂いがしたそうだ。

大麻の匂いというものを、巡査が知っていたのは、ちょっと驚きだが、昔から警察をある動物に喩えたりするのだから、案外、重要な捜査法なのかもしれない。

そして、財布の中からご禁制の大麻を混ぜ込んで巻き直した手製のタバコが見つかる。


本当なら、財布を落とした段階で、水パイプの処分などの証拠隠滅を図るのだろうが、「財布が紛失してしまえば見つからない」し、「財布が届出されれば、間違いなく逮捕」と、考えたのだろうか。逮捕される場合、証拠隠滅していると、さらに厳しい処分を受けることを考え、あえて天命を待ったのかもしれない。


実は、この流れを読んで、感じたのは、幕末の薩摩藩のこと。当時、日本産の樟脳(カンフル剤)は世界のトップシェアだった。楠を蒸留して製薬する製法が世界的技術だったわけだ。そして、この樟脳は幕府だけが輸出を行い、他藩には固く輸出を禁止していた。

ところが薩摩藩は裏で長崎からこの樟脳の輸出を始め、それを薄々感じた幕府は、長崎にスパイを放つわけだ。スパイの名は「近藤重蔵」。彼は、スパイらしくオランダ側に接近したり、薩摩藩に接近したりして、ついに積み出し品の中に、樟脳の匂いを嗅ぎ出すのである。しかし、結局、薩摩藩は財政困窮の幕府に裏で上納金を贈ったり、NHK御推薦の篤姫を婚姻させたりと、もみ消してしまうのである。

もちろん、相撲協会は、裏で事件をもみ消すほどの財力もないし、まもなく、公益法人の地位さえ失ってしまいかねない状況なのである。

ところで、大麻を吸うと、一時的にでも、相撲が強くなるとは、とても思えないのだが、おそらく、「勝負前の極度の緊張から逃れたく、思わず誘惑に負けてしまった」と弁護士が書いたシナリオを読むことになるのだろう。発覚時、未成年ということもあり、近日中に「ところ払い」となり、故郷である北オセチアに帰るのだろうが、くれぐれも南オセチア平和維持軍の一兵士などにはなってほしくない。上官の命令を無視して、マシンガンを持って一暴れとかしてしまえば、「間垣部屋の消滅」位の衝撃ではすまないからだ。

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五輪開会式狂騒曲&トゥーランドット

2008-08-20 00:00:00 | 市民A
五輪が終わると、中国経済脱力不況に落ち込むような気もして、その場合、五輪不祥事のことなど、「遠い過去の出来事」化しそうなので、会期中に書いてみる。

張芸謀(チャン・イーモウ)監督の演出による開会式のオープニングショーについて、いくつかの問題が明らかになっている。産経より。


開会式の「少数民族の子供」大半が漢民族 五輪組織委
8月15日 産経新聞

巨人花火の中継、少女の歌声など過剰な演出が指摘されている北京五輪で15日、開会式に民族衣装を着て登場「56民族の子供たち」の大半が、実は民族衣装を着ただけの漢民族の子供だったことが分かった。北京五輪組織委員会が記者会見で明らかにした。


問題の演出は、開会式の中盤で9歳の少女が祖国をたたえる歌を披露するなか、56の少数民族の子供たちが、中国旗を運ぶというパート。チベット問題などで揺れる中国が、国内の民族融和をアピールする政治色の強いシーンでもあったが、これまでに少女の歌声が、会場で歌っている姿を披露していた少女とは別人の声だったことが判明していた。

開会式をめぐっては、会場に近づくように打ち上げられた巨人の足跡型の花火の空撮映像が、実はコンピューター映像だったことが明らかになっている。

このほか、報道陣に配られた「プレスキット」に、日本のアイドル写真が無許可で使用されたラジオに五輪シールを貼っただけのものが入っていたことなど、ずさんな運営が指摘されている。

さらに、ギズモード・ジャパンは口パク事件への批判コメントがネット上から次々に削除されていることを確認している。





実際の歌い手と、歌い手として出た子が全くの別人…(ギズモード・ジャパン)

北京オリンピックで歌った少女が実は口パクだったというニュースは、なんだか悲しいですね。

作曲家の陳其鋼(Chen Qigang)氏によると、共産党政治局の幹部がリハーサルを視察した直後に、歌い手の楊沛宜(Yang Peiyi)ちゃんの降板が決まり、表舞台に出る役として林妙可(Lin Miaoke)ちゃんが選ばれたとのこと。「(歌い手の)楊沛宜はその外見的理由から(開会式出場のための)選考に漏れた。国益のための措置だった」のだそうです。

確かにオリンピックはビッグビジネスであり、高度に政治的なイベントです。ですので開会式ではあらかじめ録音した音を流し、舞台では歌ったり演奏したりするフリをするというのはままあることではあります。

しかし今回は、実際の歌い手と、歌い手として出た子が全くの別人…果たして小さな女の子が大舞台で一生懸命歌うそのシーンで、その女の子の美しさが足りないからといって、感動が薄れるでしょうか?

幕の後ろで歌っていた楊沛宜ちゃんにとっては自分の顔が、舞台に立った林妙可にとっては自分の声が国家から否定されたような形に見えかねません。楊沛宜ちゃんは「歌声だけでも披露できて満足、悔しくはない」と語っているそうです。彼女たちがこのことで傷ついていなければよいのですが…

それにしてもこのカラオケの設備をセットアップしたチームは素晴らしいですね。このことが陳氏より明らかにならなければ、一生気づかなかったところです。そして中国では、本件に関する批判コメントが続々と削除されているそうです。


現在のところ判明している問題点をまとめると、

1.56の民族の大部分は漢民族が、少数民族に扮装していたこと。

2.9歳の少女の歌声は、容姿が悪いと、別の容姿の良い娘が口パクで演じた。

3.口パクを批判する意見をネット上から削除している。

4.巨人の足跡型の空撮花火映像はCGだった。

5.報道陣に配られたプレスキットの中のラジオのシールを剥がしたら、本体には日本の女性アイドルの無許可写真が使われていたこと。

ということになる。なお、日本の女性アイドルとは小倉優子さん(ゆうこりん)なのだが、彼女にも「こりん星出身ではなく、千葉県茂原市出身ではないか」という疑惑もあるのだが、それは別問題。


一言で言えば、張芸謀監督といえども、やはり「勘違いモード」なのだろうか。そう思うと、今まで観た彼の作品も、「やや、わざとらしい重さ」があったような気もするし、現代中国映画のルーツが、満州映画協会で働いていた現地スタッフと、その撮影機材に緒を発するという出発点に戻っていくのだろうか。


ところで、この張芸謀監督、映画や開会式の演出だけでなく、オペラの演出まで、手掛けていたそうだ。

トゥーランドット。

長い間、中国国内では「中国蔑視」として封印されていたが、1998年、張監督の演出で公開された。

歌劇の作曲はプッチーニ。史実をまったく無視して蝶々夫人なども書いている。まあ、日本を好色国家と見ていたのと同時に中国を少数民族迫害国家と見ていたのだろう。(つまり本質を見抜いていたのかもしれない)

超あら筋はこうだ。

トゥーランドット(中国皇帝の王女)は美貌を誇っていたので、数多くの男性、特に周辺属国の王子たちの羨望の的になっていた。そして、婚姻の申し入れは多数あった。が、彼女に求婚するためには、王女の出す三つの謎を解かなければならず、解けないと公開の場でクビを斬られることになっていた。

そして、ペルシャ系の王子の首切りショーを見るために広場に現れた王女を見て、その美しさの故、新たなチャレンジャーが現れる。カラフといって、西方系民族の王子である。ところが王子の侍従である女性は、秘かにカラフに心を寄せている(これくらいのヒネリがないと劇にならない)。

そして、いつものように3つの謎(後述)が出題されるのだが、大苦心の末、3問とも正解してしまう。そうなると、契約は履行されなければならないのだが、簡単にいかないのが中国流。なんとか、「なかった話にできないか」と財宝の提供をもちかけられるが王子は拒否。逆に、王子は、王女が自分の名前を今夜中に突き止めれば、「なかった話にしてあげる」とこちらもアラビック的である。

そのため、王女は北京中に「今夜は眠ってはいけない、なんとしても王子の名前を調べるように」と、お触れを通告。この部分が、「眠ってはいけない」というパートで、トリノ五輪の荒川さんのウイニングテーマになった。

その後、王子を慕う女侍従が捕えられ、中国流の拷問が加えられ、彼女は死んでしまうのだが、結局、周辺民族の王子の名前すら調べていなかった傲慢さがたたり、トゥーランドット王女はカリフ王子と結婚することになり、西欧人の聴衆からは、割れるような拍手で閉幕となるはず。

ということで、少数民族問題は、古くて新しい問題なのだが、だいたいオリンピックの選手の中に漢民族以外はどれだけ含まれているのだろうか。

そして、今から気になるのが、閉会式。予測不能である。


後記:姫の出題

第一の謎「毎夜生まれては、明け方に消えるものは?」

第二の謎「赤く、炎の如く熱いが、火ではないものは?」

第三の謎「氷のように冷たいが、周囲を焼き焦がすものは?」


答え「希望・血潮・トゥーランドット」
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都会の新居

2008-08-19 00:00:27 | マーケティング
c5f59858.jpg前々から、新宿西口で気になっていた建物が、完成間近である。凸レンズのような躯体は、仮に地震の際、ビルの側に立っていると、頭上の窓から無数のガラスの板がギロチン的に垂直落下してきそうだが、大丈夫だろうか。とかくビルや自動車の安全基準は、その中にいる人の安全のことしか念頭にないようだから心配である。

一瞬の差で入口から入った人は、『大切なゲスト様』で、1秒遅れでドアの外にいた人は『無関係な第三者』ということになるのだろうか。たぶんそうだ。

そして、この巨大ビルを発注したオーナー様は、『モード学園』。設計は、丹下事務所である。つまり有名な丹下氏のジュニア。どこの世界でもジュニアばかりだ。

ところで、相互愛読関係にある、中京地区のブロガーであるpuramu様「TOKAIまちマチ」によると、一足先に名古屋の駅前にこの凸レンズを上回る奇抜なネジレ感覚のビル(スパイラル・タワー)が完成したという。

アップされた画像を見ると、デザインは東京代々木の東京第二体育館に似ているが、あれは初代丹下氏が東京オリンピック用に設計したもの。東京にネジレビルを建てると親子関係を見抜かれるから、名古屋の方をねじったのだろう。


ところで、当然ながら、こんな大きなビルをほぼ二本も同時に建てて、一体、モード学園は、何をしようというのだろうか。


全貌はまったく不明だが、わかっているのは、ファッションの分野を美容士養成の領域にまで拡大するために、来年、美容士学校を開校すること。さぞ、美容士労働市場は供給過多に追い込まれるものと推測。

ビルの値段にはまったく知見がないが、土地代除きで1本500億円以上だろうか。2本で1000億円。2本同時に作って安くなりそうなのは、設計料ぐらいかな。

 「あるところには、あるものなのだろう、土地とカネ」って。
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都会の廃墟(2)

2008-08-18 00:00:43 | PHOTO
45a41c7a.jpg新橋駅、徒歩1分、外堀通りに面した一見、レンガ造りのビル。昔の建物は、簡単には壊れないようになっている。正面からはよく見えないので、背後に回ってみた。

確か、2階か3階で、鉄道関係の出版社とか鉄道模型、切符とかカード、あるいは鉄道関係者からの流出グッズとか売っていたのだが、どうなったのだろう。ビルの取り壊しと、営業とは別物だから、場所を変えて営業しているのだろう(たぶん)。家賃は上がっただろうから、やっていけるのだろうか。まあ、需要のあるところには供給がつくのだろうから、鉄道ファンがいる限り、そういうビジネスはどこかに残るのだろう。

ところで、原油価格上昇により、世界的には鉄道ブームになっている。米国の鉄道会社株は上昇し、カナダのボンバルディア社はよく故障する離島向けの小型飛行機を作るより、世界トップシェアの車両増産に経営を集中するらしい。世界中で高速鉄道計画が進行している。

ところが、妙なもので、「鉄道」が復権すると、鉄道ファンが増えるかと言うと、そうでもないようだ。結構、「鉄道ファン=滅びの美学」というところがあるようだ。


そして、味のある老ビルが、また一つ、消えた。



ところで、この一帯、ビルが次々に解体されるだけなのだが、その後、どうなるのだろう。

大きな希望はないのだが、新橋駅から雨で濡れないで地下道で歩けるようにしてほしいのと、アジア系マッサージ店の客引き、なんとかしてもらいたいのだが、鉄道ショップと同じように、別の場所に移動するだけなのだろうか。

需要があれば供給あり。
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素朴でも良かったですか(1/2)

2008-08-17 00:00:55 | 美術館・博物館・工芸品
acfbb09f.jpg8月31日まで新宿の損保ジャパン東郷清児美術館で開かれている「アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼス展」。サブタイトルが『生きる喜び・素朴絵画の世界』となっている。

どうも美術評論家のくせで、すべての画家をカテゴリ別に分類して、誰は誰の画風を模倣し、誰に影響を与えたか、とかご都合に合わせて分類するのだが、このお互いに面識もないまったく違う大陸に住む男女に「素朴派」というネーミングをつけるのだから、病も深い。

というわけで、まったく「似てもなければ非でもある」ので別の話としなければならないだろう。まず、アンドレ・ボーシャン(1873-1958)。

彼は、フランス、ロアールの葡萄苗木業の家に生まれ、ごく平凡な第一次産業に従事していた。ところが、最初の運命の転機が第一次大戦。1914年から4年間従軍。こどもの頃から好きだったギリシア神話の本場、ギリシアに駐留していた。すでに40歳台半ばである。戦争は大変だ。そして、ドイツの破滅で戦争は終わり、欧州には、期限付きの平和が訪れ、葡萄苗木栽培業は破産する。

妻の精神状態も不安定になり、ブルティエールの森の中へ転居。1919年、46歳。高村光太郎みたいだが、高村は田舎に行く前に既に芸術家であり詩人だったが、ボーシャンは単なる復員失業者のオジサン。森の中の彼は、こどもの頃に親しんだ神話の世界に、ギリシアの風景を重ね、ひどく奇妙なヘタウマ画を書き始める。悪く言えば銭湯の描き割り壁画。このあたりの画風を指して「素朴派」というらしい。年齢的には印象派のはずでも、印象派絶頂の頃はワイン産業の片隅にいたのだから、パリ画壇のことは何も知らない。

acfbb09f.jpgただし、正直いってアンリ・ルソーとはよく似ている。そっくりだ。ルソーが様々な画風の実験の後に辿り着いた場所に最初からいたみたいだ。そしてパリに登場するのが48歳の時。そして5年間、プロのはしくれ生活を続け、迎えた1928年、53歳の彼がメジャーになるのが、あるバレエ団のプロデューサーである。

ディアギレフのバレエ・リュス(ロシアバレエ団)。《ミューズを導くアポロ》(ストラヴィンスキー作曲)の舞台装飾の依頼を受ける。この後、世界的な名声を得たボーシャン作品は、世界各地で展示されるようになっていくのである。

と書いてみて、めまいを感じるのだが、最近、弊ブログにこのディアギレフ氏、たびたび登場するのである。目黒の庭園美術館で、バレエ・リュス展が開かれ、シャガールが「アレフ」の背景画に描いた大幕、1週間ほど前に聞いたストラヴィンスキーのぺトルーシュカは1911年初演。(1年くらいパリに行って20世紀オープニングの時代を感じてきたいなあ)

そして、ボーシャンが手がけた《ミューズを導くアポロ》、1928年6月12日が初演である。そして、ボーシャンをワールドスケールに引きずりだしたディアギレフは、翌1929年8月19日、ヴェネツィアで客死。生涯、江戸っ子のように派手に金を使った末、葬式代はディオールが払ったらしい。わずか1年の人生の交錯。それぞれの運命って・・。


acfbb09f.jpgアンドレ・ボーシャンに話を戻すと、その後、素朴でない絵を描き始め、ギリシア神話やローマの古典を現代に復活させようと、物語画家に向かう。日本で言えば北斎も晩年はそういうことやっている。


ところで、このヘタウマ画風だが、言ってみれば小学生の構図力のまま技法が上手くなるようなものかもしれない。私事なのだが、先日、自分の小学生の時の表彰状多数を発掘する機会があったのだが、絵画コンクール入賞表彰が無数・・。

これから、森に潜もうかな。
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