改元祭りではなく天皇譲位であること

2019-04-30 00:00:29 | 市民A
明日から令和元年になる。きょうまでが平成。実は明治時代が始まった明治元年は年の途中からなのだが、その年の正月から元年だったことになり、慶応4年は正月に遡り、無かったことになった。

そして、改元が話題になるのだが、そもそも天皇譲位に伴って改元になるのだから本来は嬉しいとか悲しいという問題じゃないはず。

ところで、最近、皇室では様々な問題が起きている。

真子さまの結婚問題については、父親は多くの国民の喜ぶ形でなければダメと言っているが、何パーセントの国民が賛成すればいいのかよくわからないが、半数以上の国民は、本人が貧乏でも構わないのではないかと思っているだろう。すぐに金持ちになるだろうし。

悠仁さま脅迫事件については、今のところ意味不明なのだが、学習院に行かないことが気に入らない勢力によるものだろうか。高校進学の時はどうするのだろう。そして大学は。秋篠宮家は新しい皇室像を描くというなら、真子さま問題も含めて旧習にとらわれず自由にやれば良いのではないだろうか。もっとも東大や早稲田のように学生が多いキャンパスに進むと、警護困難とも思えるし、N高校から放送大学とか・・

脅迫事件の容疑者は、戦前だったら、「容疑者逮捕の時に激しく抵抗され、やむなく発砲するしかなかった」ということにするのだろうが、現代では重罪にならないような気がする。まだ罪名も決まっていない。

そして、驚いたのが時の総理大臣が米国大統領に「スーパーボールの100倍も重要」と言って訪日要請したこと。これは天皇の政治利用にあたると思われる。過去に小沢一郎氏が民主党政権の時に習近平氏を天皇に割り込み面会を画策したのも政治利用に近いが、まあ順番の繰り上げ程度はいいだろうとしても、今回の発言はおかしい。そもそも天皇の政治的利用の最たるものは明治維新の薩長軍。官軍と称していた。

しかし、天皇の政治的利用を禁じるという規定は、憲法には見当たらないのである。天皇の政治参加の禁止は憲法に規定があるが、天皇を利用する方の規制は見当たらない。利用してもいいのだろうか。

それと気になるのが、天皇陛下の年齢と内閣総理大臣の年齢。総理大臣が天皇を利用しようとしても自分の方が年下だとなかなか言いにくい。これからは自分が年上になるのだ。

この天皇と総理大臣との年齢問題だが、明治以降の関係を調べてみると、実は、明治・大正の御代では、すべて天皇が年下だった。さらに昭和になっても年上総理大臣が続き、昭和47年に田中角栄が初めて年下の総理大臣になった。以後年下総理が続いたが、平成になって天皇の代替わりで、再び、宇野、海部、宮沢と年上総理になったが、細川内閣以降、一期(村山内閣)の例外を除き年下総理大臣となっていた。総理大臣の今後の暴走が心配だ。

私鉄沿線ぶらり歩き-北綾瀬編4

2019-04-29 00:00:53 | おさんぽ
北綾瀬駅の新設工事中の改札口から近くにあるのが法立寺。北綾瀬の散策に同行願ったさわやか風太郎さん(以下、さわ風さん)と、お賽銭を納めに行こうということになり、歩き始めるが、千代田線側が寺院の裏側になっていて、一回りすることになる。

といっても川崎大師のように裏に回るまでの間に門前町があって散財するということはない。寺の掲示板があって、アルミの踏み台に乗って行事予定を貼り替えている方がいらした。もしかしたらご住職かなと思ったが、作業中は法衣ではなく作業服なのでよくわからない。さわ風さんと、「住職か、否か」という話をして、「現役にしては高齢かな」という見立てをする。

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そして、いざ境内に入ってもお賽銭箱が見当たらない(本当はあったのかもしれない)。日蓮立像の裏の碑文を読むと、浅野家という家がこの寺院に深く関係していて開山に助力したことがわかる。墓地にも浅野家一族の墓石がならんでいる。

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そして、各家の手水桶が並んでいる場所があって、それぞれ家紋が入っているのだが、浅野家の手水桶について、さわ風さんから、「この家紋は『違い鷹の羽』ではないか、浅野内匠頭と同じだ」という指摘がある。にわかに緊張が走る。といっても確かめる方法がわからず、後日ということになる。

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後日、調べ始めると色んなことがあった。

まず、掲示板の入替をしていた方は、やはりご住職のようで、仏教界のビッグネームの方のようだ(与党の影の支配者ではない)。そもそも立正大学の学長もされていて、退職後、ご住職になられたそうだ。

そして、浅野家のことだが、浅野久右衛門という人物が江戸初期にいて、北綾瀬一帯に新田開発を行ったそうだ。ということで駅のあたりは久右衛門新田とも呼ばれていた。家紋については、浅野一族が『違い鷹の羽』を用いているが本家の方は羽の中にも渦潮が文様のように二重になっているが内匠頭は本家の簡易版を使っていた。しかも討ち入りの成功のあと、この簡易版をマネする家が多かったようだ。なかなか決定打にならない。

これらは東京都にある『浅野家文書』によるものが多いのだが、江戸初期の新田開発のことはよくわからない。しかし、根気良く調べていると、浅野文書には、安曇郡(長野県の長野か松本あたり)のことが記載されていて、1590年頃、小笠原秀政が浅野久右衛門に安曇郡稲尾の土地を与えているという史実があった。ちょうど年代は合うのだが、果たして長野にいた久右衛門と北綾瀬の久右衛門は同一人物か否か。浅野久右衛門が勤めていたのは小笠原家、戦国時代に苦戦して松本藩の藩主になっていたが、その後、家康に追随して、僅かな期間関東の古河城主になっていた。その後、再び松本城主に返り咲いている。部下も同様と思うので、関東に移住したところまでは確かだろう。

さらに浅野家のことだが、古くは清和源氏の流れに土岐氏があって、その一派が岐阜県の浅野というところに住んでいてことから浅野氏を名乗ることになったのだが、あまりはっきりしない。秀吉の外戚にあたる(といっても、ネネの親戚なので秀吉と血縁にはならない)。いずれにしても1200年の頃から1600年ころまではっきりしないので多くの浅野家分家が生じたものと思われる。

つまり、同一の久右衛門なのか否か、はっきりしないのだ。

しかし、副産物として、北綾瀬には金子五兵衛門の開いた五兵衛門新田とか新田が多いことや浅野ゆう子の祖先が浅野家にあること、幕末には北綾瀬に近藤勇が潜伏していたことなど、予想外の知識が増えたのだった。

私鉄沿線ぶらり旅ー北綾瀬編3

2019-04-28 00:00:35 | おさんぽ
北綾瀬の名所の三は、『ポルナレフの亀池』。

これは、大変な名所だ。なにしろ、その実在を証明するものは、地図上にないし、掲示類もない。しかし、ネット上には存在するわけだ。しかも、バーチャル空間にあるわけでもない。実際にそこに行った人の画像もあるし、近くの居住者からの「ポルナレフの亀池のそばに住んでいる」というようなつぶやきもある。

それらを総合すると、どうも東綾瀬公園の西側の野球用のグラウンドの外側にある池のようだ。

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ということで、ポルナレフの正体を調べるために、同行のさわやか風太郎さん(以下、さわ風さん)と野球場の周りを回る。少年野球の試合中で、どうも補欠選手たちが、代打に指名されるように素振りを繰り返しているが、バットを振り回しても野球がうまくなるはずはない。レギュラーになるには、守備の練習をした方がいい。内野守備がうまくて足が速ければ、左打席でバットに当てれば内野安打が打てるので、それで十分だ。二塁に進めば、視力の悪い子はサイン盗みのため、眼鏡が必要だ。

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そして、細長い池の周りを探索するのだが、そもそも亀がいない。代わりに鴨がいる。「鴨は青首の方が旨いそうですよ」と、さわ風さんに言うと、「他人に聞かれたら捕まるかも」と言われ、急に無口になる。亀もいない、ポルナレフもいない。なんのために歩いているのか。そもそも、駅に着いてからスマホで行き先を決めるのだから、混迷も仕方ない。

ここは引き下がって、後日、調べるしかない。


そして、ポルナレフの正体について、わかってきたのである。

ポルナレフ=ジャン・ピエール・ポルナレフ氏だった。氏は、コミック『ジョジョの奇妙な冒険』に登場するキャラクターでフランスの高貴な人物。(貴族のようなものだろうか)

そして、このキャラクターとそっくりな顔の実在の人物がいるわけだ。

ジャン・ポール・ポルナレフ氏=綾瀬はるかさん。

そして、亀のいる場所は東綾瀬公園なのだ。

つまり、「なぞ解き」で、「亀池とかけてなんと解く。答えはポルナレフ。どちらも綾瀬。」ということのようだ。とりあえず、命名の謎はわかったのだが、もう一つ解けない謎がある。

「亀はどこに行ったのか。」嫌な予感が漂う。

しかし、もう一度、ネット上の画像を調べていると、亀がいるとはなっているが、亀がたくさんいるということでもないようだ。亀池でなく鴨池でもよかったのかもしれない。


ところで、私も、あちこちに行っているのだが、亀池として最も驚いたのは、明石城のお堀。昨年来、奇妙なことが多発している明石市だが、天文台とともに市のシンボルである明石城だが、そのお堀には成長して大型化したアマゾンアカミミガメが大量に生息している。日光浴をしたり悠然と泳いだり、さらにはどこを登るのかわからないが、城内まできて、餌を探しているようで、15センチほどの亀が、おにぎりを食べているのを激写したことがあった。

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市長に一声吠えてもらわないといけないかも。「火ぃつけて、明石焼きにしてまえ!」

令和改元製品

2019-04-27 00:00:34 | しょうぎ
将棋教室で使用している級位認定証だが、「平成」が刷り込まれていた。ということで、急遽、将棋連盟に相談すると、すかさず、「令和認定書はできています」ということ。

この素早さは何だろう。元々ケチな組織なので。「紙を貼って対応ください」といわれるだろうと予期していたのだが、誰かのおかげで金回りがよくなったようだ。逆に囲碁界は金欠病らしい。もっとも囲碁はプロが多すぎるし、女流が弱すぎるとも言われる。

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そして、数日後に認定書が送られてきた。実は、紙貼り対応にそなえて「令和」と漢字の練習をしていた。


さて、4月13日出題作の解答。

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いわゆるミニ煙だが、この収束は煙詰めにはよく登場する。しかたない。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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進むにつれ、邪魔駒が登場する。変化手順と正手順が似ている(欠点)。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ、正誤判定します。

私鉄沿線ぶらり歩き-北綾瀬編2

2019-04-26 00:00:40 | おさんぽ
北綾瀬名所その2は、しょうぶ沼公園。

その昔、この地は、無数の野生のノハナショウブが咲いていたそうだ。ところが、区画整理事業が行われることになり、公園となることになった。ところが、ショウブがなくなるのは心苦しいということになり、ショウブ沼公園とすることになったそうだ。

ただ、美しい歴史は語り継がれ、醜い歴史が隠されるのは人間界の常で、そのノハナショウブが咲いていた沼が残ったわけではなく、そのノハナショウブから改良された花菖蒲が種類ごとに並べられ、ちょうど5月の終わりから6月にかけて一斉に咲き誇り。見物客が押し寄せるという構図になっているようだ。つまり、過去と現在の間で何かが起きたようだ。

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しょうぶ沼といっても、しょうぶ田という方が正しいようで、一帯に水が張られたり抜かれたりと、美しい花を咲かせるために、現在が最も重要な時期なのだろう。

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このスモールトラベルに同行していただいたさわやか風太郎さんは、花菖蒲の名前を次々に口にして驚かせてくれるのだが、さすがにこの8000本の種類の一部しかご存知ないようだ。中にはカタカナ(外国製)のものもある。

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羅列すると、
遠山の霞、町娘、紅姫、藤娘、舞双、紫鳳殿、水玉星、神代の昔、曙光、センターオブインターレスト、天女の冠、東鑑、夏姿、水の都、紅椿、スティップルドリップルズ、愛知の輝、源氏蛍、千姫、長井小町、五月晴、千姫、会冠、寿仙女、美吉野・・・・

しかし、ここにショウブの名所があるとわかっていれば、時期を変えてくるべきだった。

ところで、菖蒲とか、あやめとか、かきつばたとか、紛らわしいのだが、実はこの3種類だけではないのだ。4種類ある。

まず、菖蒲湯というように食用にするものがある。これはアヤメの仲間ではなくサトイモの仲間。菖蒲という中にはアヤメのものとサトイモのものがあるということ。このしょうぶ沼公園に古来より自生していたノハナショウブを改良したのが、ショウブ。いわゆる花菖蒲である。一般にサッパリとした柄と色彩。いわゆる江戸カラーである。沼地を好むわけだ。一方、アヤメは同じ仲間だが乾燥した陸地に生えている。花の模様が綾のように細かいことからアヤメというという説もある。カキツバタは湿地を好み、高さは一番大きく、花弁も大柄である。もっとも大きいといっても最初は小さいのだから、それを見間違え、専門家のふりをして、「ショウブです」と言って笑いものにならないように。

私鉄沿線ぶらり歩き-北綾瀬編1

2019-04-25 00:00:28 | おさんぽ
「私鉄沿線ぶらり歩き」と看板を掲げてみる。実は、綾瀬に行く用があって早めに用が済んだので、最近話題になっている北綾瀬駅周辺に行ってみようと思い立つ。同行者は、弊ブログ愛読者のさわやか風太郎さん。なにしろ千代田線の綾瀬駅から支線として一駅だけ北向きにはみ出している。千代田線の車庫があるわけだ。ついでに一駅作ろうということだったようだ。従来は3両編成で、綾瀬駅「0」番線という奇妙なホームが始発であり終着である。

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この「0番線」だが、「0番線愛好家」というカテゴリーの方々がいらっしゃって楽しんでいるようだ。首都圏には北綾瀬と日暮里。日暮里は京成とJRが共用していて、従来は1、2番が京成で3番以降がJRだったのだが、成田空港特急の開通の際、ホームを立体化して1本増やしたのだが1と2しかなかったので0番線で対応。

それで、いつから10両編成で直通になるのか、というと、実はすでに4割の千代田線は北綾瀬始発になっていた。

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駅を降りて感じたのは、駅前商店街がないこと。「直通運転開始記念の福引」が行われていた。正直、しょぼい感じが漂う。

なにしろ、予備知識がないので、スマホで駅周辺の見どころを探し、突入するという有視界飛行系手法である。しかし、観光地ではないので、なかなか表示も少なく、目的地に向かうのに苦労する。


今回、訪ねたのが、

しょうぶ沼、ポルナレフの亀池、そして法立寺である。

手のひらの音符(藤岡陽子著 小説)

2019-04-24 00:00:57 | 書評
主人公の水樹は45才の独身女性。こどもの頃から努力を積み重ねデザイナーとしての地位を得ていたのだがユニクロをはじめとするSPAモデルの前に会社が傾き、まもなく転職せざるを得ない苦しい状況にある。一方、中学高校時代の同級生憲吾から恩師である女性教師の重篤な闘病生活を知らされる。

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小説はこのあと水樹と幼馴染だった臨家の三兄弟の思い出に展開していく。不幸を背負った子供たちは、それぞれが問題を抱え、苦しみながら育っていく。三兄弟の長男は少年のまま亡くなってしまう。次男はいずれ姿を消し競輪選手となって現れることになる。三男は発達障害を克服し、科学研究者になる。

さらに、水樹に女性教師の重篤を伝えた憲吾は、まだ未成年の頃から15歳以上年上の女性教師と道ならぬ関係に溺れていたこともわかってくる。

要するに、世界の平和とか人類の矛盾といったノーベル文学賞的作品を書くのではなく、もっと家族とか友人とか、心の中の問題をネチネチコネコネ書くのが得意なわけだ。

読んでいると、何か辛い話が続くので、なかなか前に進まないタイプの作品だ。

クロッシング・デイ(2008年 映画)

2019-04-23 00:00:37 | 映画・演劇・Video
原題は、What doesn’t kill you というのだが、どうして変な邦題がついたのか考えたところ実は日本公開が2013年に遅れたのだ。同じくイーサン・ホーク出演の『クロッシング』(これも原題とは違う)が2009年に公開され、日本では2010年公開になった。先にクロッシングがあったので、クロッシング・デイと変えたような気がする。

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ところが、『クロッシング』は警官が犯罪に手を染めるストーリーだが、『クロッシング・デイ』は犯罪者が犯罪を犯すストーリー。実は、DVDを観たあと、あらすじを確認するためにネットで調べたときに同一の映画と勘違いし、「あの犯罪者は、本当は刑事だったのだ、それは見抜けなかった」と驚いたのだが、しばらくして映画違いであることに気が付いた。

ということで、この映画は相当に渋い。とてもアメリカ映画とは思えない。犯罪者が銀行強盗に失敗して捕まり懲役5年を食らうが、やっとの思いで出所。ところが出所してすぐに働かなければならないわけだが、前科者にうまい話があるわけではなく、結局、一発大金狙いの銀行強盗をしようと、ムショ友達が誘ってくる。

どちらも、これで大金をつかんで足を洗おうということなのだが、主人公の方は、最終段階で手を引くことにする。その結果、ムショ友達の方は、強盗に失敗し、さらに15年のお勤めが待っていたわけだ。

更生できてよかったね、という教訓的映画というように思ったのだが、どうも主題を見抜く能力に自信がないのでモヤモヤとしている。

横浜ガーデン・ネックレス/里山ガーデン

2019-04-22 00:00:38 | 市民A
里山ガーデンは横浜市の北部にある動物園、ズーラシア(オカピで有名)に近接した公園である。横浜市は“花の町”に変身しようと、さまざまな運動をしていて、今年もガーデン・ネックレスという催しを行っている。一応、入場料は無料だがズーラシアの駐車場料金はかなり高いので公共交通機関で行くことにする。

といっても、よくわからないわけだ。JR中山駅からズーラシア正門までバスでいって、そこからシャトルバスで里山ガーデン正門に行くのが王道のようだが、ズーラシア行きのバスは本数が少ない(本当は多かった。市営バスと相鉄バスと2社が運行していた。)ということで鶴ヶ峰行きという普通のバスに乗り、運転手さんに聞くと、「公団集会所」で降りて少し戻ればいい、といわれる。さらにバスの車中で親切なおばさまから細かな道順を教えてもらう。これも実際に歩くと、少し違う。人間の記憶力は、非常にあやうい。

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ということで、たどり着いたのは里山ガーデンの裏口。裏口には、当然ながらガーデンの中の地図も簡素だし、たぶん違っている。またも聞いてしまう。とりあえず、このイベントは日本人オンリーのようだ。

まず、里桜の一種であるスマウラフゲンゾウ。花は渋い黄緑色で、しだいに赤く変色し、二段咲きのものも混じるそうだ。なんとかなく黄色から赤とは信号機みたいだ。

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そして、大花壇にたどり着く。

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元気そうに見事なのはプリムラ・マランコイデス。これなら庭に植えておけば手間が少なそうに思えるが、かといってここから抜いて持って帰ると犯罪者ということになる。名古屋の開店祝いの花を持って帰る習慣は、ここでは通じない。

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そして、この大花壇の宝物はチューリップだそうだ。実に多くの種類が咲いているのだが、横浜限定のチューリップがあるそうだ。名前は『ラバーズタウン』。あまりチューリップ的じゃない。花弁は、最初の色は白だが、少しずつピンクになっていく。実に豪華な感じが漂うようだ。

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やっと、一輪を見つける。

法務史料展示室は厳重警備であった

2019-04-21 00:00:12 | 美術館・博物館・工芸品
法務省旧本館でもあり、古くは旧司法省の庁舎でもある赤れんが棟は明治21年に着工、明治28年(1895年)に完成した。その後、関東大震災では、近くの警視庁が丸焼けになり大惨事を招いたにもかかわらず、まったく無傷だったが、第二次大戦ではれんがの壁と床を残して焼失。その後昭和25年に復旧し、法務省の本館となった。

一般的知識として、都内の建物やホテルの復興が遅れたのは、「早く直すとGHQに接収されるだけ」と多くの日本人(その頃はアメリカに占領されていたので、日本列島原住民というべきか)が考えていたからという説がある。

そして、この建物は昭和平成と修復を重ね、国の重要文化財に指定される。そして、その建物の一角に『法務史料展示室』というのがあるので、前々から行ってみたいと思っていた。

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そして、事前の軽い調査で、まず敷地の入り口にある守衛所に行って入場手続きをするということなので、当然、そこに行くと様々な注意事項が言い渡されるが、多すぎて一部は理解できない。というのも、奇妙なルールが多いわけだ。

まず、この美しい赤レンガの建物を撮影しようとすると特殊ルール1が適用になる。建物の右側を写してはいけないわけだ。しかも撮影場所が決まっていて、そこから左の方を写さなければならない。建物の入り口には建物の守衛のような人がいて、そこにまっすぐ歩いていくというのがルール2。

そして、その方が、3階にある史料室まで同行してくれるわけだ(ルール3)。といっても説明してくれるわけではなく史料室の係員の女性の方にバトンタッチするわけだ。容疑者の護送方式か。そして、そのまま私が出てくるまで待っていてくれるわけだ。しかし、私は、突然訪問したのに、こういう扱いを受けるということは、普段は何をしているのだろうと思ったのだが、よく考えると司法の仕事って、そもそも待ちの仕事なのだ。

係の女性に右側撮影禁止の理由を聞くと、実際に事務所として使っているからということだった。敷地の外から写すのは問題がないと思われる。

そして、展示室の資料だが、日本が近代国家になるために、江藤新平以下が必死に海外の法律を勉強し、日本用にアレンジしたかという日本の法律の原点のような内容なので、かじったことのある人には面白いこと間違いないが、法律のことなんかよく知らない人とか、ばれなければ交通違反でも薬物違反でもなんでも構わないと思っているような人には、まったくつまらないだろう。

明治事件史が豊富に展示されていて、大久保利通暗殺事件とか板垣退助が岐阜で暴漢に襲われ、「板垣死すとも自由は死なず」と叫んだにもかかわらず死ななかった事件の一件書類もある。実は岐阜城に登城する入り口に銅像が立っていて、痛く感激したので書類の中身も読みたかったが、事件としては単純なので思いとどまる(展示品に触ったら、直ちに捕縛されるものと思われる)。

なお、史料室は3階にあるのに、階段の構造上2階のように錯覚するわけで、部屋の外で待っていた係官にそのことを聞くと、「初めて聞かれたことなので、答えは準備されていません」というようなことをモゴモゴと答えてくれた。そういう仕事の人ではないようだ。不審者の捕縛係かな。

淡々と終わった職団戦

2019-04-20 00:00:52 | しょうぎ
将棋職団戦に出場。団体戦で1回戦3勝2敗、2回戦2勝3敗。2局で終了。特記事項なし。

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事前に優勝カップの確認に行く。かなり立派だが、1年後に返却するらしい。会社の金庫には入りそうもない。それに預かっているうちに倒産したら、差し押さえられる可能性もある。なによりショックは次回大会が立川からモノレールに乗っていくような場所で行われること。真剣に会場を探しているのだろうか。


4月6日出題作の解答。

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深海魚方式。途中で餌を補充する。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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先週に続いて、軽快なサバキが求められる。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。

横から見るか縦に見るか

2019-04-19 00:00:31 | 市民A
東京湾アクアラインの海上部分にある人工島である「海ほたる」から東京方向を眺める。風が強く、天候も不順でスマホということで、不鮮明だが、右端の方にスカイツリーがある。高さ634メートルは、東京=武蔵の国をイメージして「ムサシ」と語呂を合わせたそうだ。

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スカイツリーを下から眺めた画像と比べると、物理現象とはいえ、遠くから見ると小さく見える。さらに横向きに634メートルというのも、ゴルフの2ホール分で長いのだが、歩き始めればすぐに着くし、とりわけ体力が必要ではない。

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要するに、人間は横向きに生活する動物なのだ。一方、鳥類は縦にも横にも飛べるが地面を歩くのは困難だ(ダチョウ等は別として)。空、海、陸のいずれでも高能力で生活できる生物はいるだろうか。

逆に、空、海、陸のいずれも一流でない(木の上に住んでいたらしい)人類が繁栄したのは、奇跡、あるいは偶然なのだろう。いかに知能があっても、恐竜の時代であれば、全部食い殺されただろうし、人類が猛獣のいる東アフリカの森林からでてきて、しばらくして始まった殺し合いから逃れるように世界各地に散っていったことも生き延びた原因だろう。

第二次大戦の終わりが核兵器の炸裂だったことで、破壊力の大きさが認識され、今日まで核兵器が戦争で再びつかわれることはなかったが、日本が1か月でも早く降伏して、核兵器が使われないままであれば、その後、核兵器の打ち合いが行われたかもしれない。核戦争で自滅しなかったのも偶然なのかもしれない。一方、最も使いそうな国の労働党委員長だが、何を考えているのかよくわからない。最初にどこにミサイルを撃ち込むべきか熟慮を重ねているに違いない。

EEEマークといっても靴ではない

2019-04-18 00:00:06 | 市民A
EEEというと思い出すのが靴のサイズ。A、B、C、D、E、EE、EEE、EEEE、F、Gとあるようで、これに足の長さとの組み合わせと男女別のJISの一覧表がある。海外でも国別に異なるのでカタログで買うのは一苦労。なぜ、Eのサイズだけが4種類になるのかはよくわからない。

さらにEとかEEというのが足の幅だと勘違いしている人が多いが、実は、足回りの長さ。幅が狭くても甲高だと数字が増える。靴を作る方からすれば、横を広くするか縦に余裕を持たせるのかは大問題で、メーカーによって異なる。結局、履きなれたブランドを買い続けることが多い。もっとも足の形が幅広の人は見栄えをよくするために実際の足よりも長い靴を履いてEの数を減らすことが一般的。私の場合も足回りが267ミリなので、EEなら長さ28、EEEなら27、EEEEなら26なので、27か26.5で妥協している。28の靴はあまり店頭に並んでいないし。(足が太いのは、片側を何回も捻挫したためで、左右の大きさが異なっていて、結局は靴紐のある靴を買うことになる)

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本当に違う方に行ってしまいそうだが、靴の話ではなくロゴの話。日本通運という会社のロゴだが、現在は赤丸に旧字体の「通」の文字の白抜きであるのだが、その前には左右にEEEがあって真ん中に新字体の「通」があるロゴというかフラッグだった。

民間運送会社のもとになるのは江戸時代の飛脚であり、大都市や各宿場で町飛脚として業をなしていた。運ぶ手段は大部分が馬でそれは信書だったり、金銭だったり、貨物だったり。江戸や大坂の元請が各宿場の業者と契約してネットワークを持っていた。

そして明治になり、前島密という有名人が日本にも郵便制度を持ち込み、郵便局を全国に展開したのだが、大原則は手紙類は官営で、貨物は民営ということだった。そして貨物を運ぶのは民間ということで、民間業者の大合併が始まることになり、その中で巨大ネットを作れた一つが、和泉屋という会社で、その後、1875年内国通運会社と改称。さらに1928年に国際通運株式会社になり、1937年に日本通運株式会社が設立される。EEEマークは内国通運時代から使われていた。

では、この「E」というのは何かというと、EXPRESSの略だそうだ。というか米国にある運送会社のマークを参考にしたそうだ。たとえば、今はFEDEXとなっている「Federal Express」そして今はAmexというクレジットカード会社となった「American Express」。なぜ、運送会社がカード会社になったのかは説明をいただいた日通マンは教えてくれず、「Wells Fargo」も運送会社から金融会社に変わった、と説明を受け納得したのだが、後で調べるとAmerican ExpressはWells Fargoの傘下の会社であって、同一の事実を言い方を変え、2回説明したようだ。

ちなみに、日本通運の英語表記はNippon Express、佐川急便はSagawa Express。一方、ヤマト運輸はYamato Transport。Expressと名乗らなくても早く着くことが知れ渡っているからだろう。

参考に、ずっと以前のことだが、ヤマトの故小倉正男社長の講演を聞いたことがあるが、日本通運のことをボロボロに批判していた。もっとも会社の沿革は大和運輸の方が古く、赤いパンダ柄包装紙の百貨店の贈答品輸送に長くしがみついていたらしい。

N高校、大丈夫?

2019-04-17 00:00:34 | 市民A
少し前のことだが、代々木と新宿の間にある市川房江記念室を探していて、近隣までたどり着くと巨大な建物があって、代々木ゼミナールだった。大手の予備校である。いわゆる「よぜみ」。実は、予備校の敷地に足を踏み込んだことは過去に1日しかなく、予備校そのものの知識は皆無だ。御茶ノ水の予備校で大学の入学模擬試験を受け、その教室の机の狭さに嫌気がさし、絶対に予備校に行かないようにという観点で受験先を決めたからだ。

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そして、目的の市川房江記念室のある路地の角に、妙なガラス張りの建物があった。エントランスにある掲示物をみると、『N高等学校代々木キャンパス』と書かれている。さらに熟読すると、高校名の上に『角川ドワンゴ学園』となっている。

角川と言えば、出版社であり映画制作会社でもある。ロケに使っているのだろうか?と思ったが、どうも周りにうろついている生徒はエキストラではなく本物のように見える。小説の中の高校なのだろうか。N高校とは本当は西新宿高校の略だったりして・・

後で調べると、2016年に角川が作った高校だった。本校は沖縄にあるらしく、スクーリングのあるコースとネット上のコースと分かれている。スクーリングは全国の大都市に校舎があり、ネットコースの場合、年間5日だけスクーリングに通えばいいようだ。ところが代々木校は、また特殊で、ネットコースの生徒が大学進学を目指す場合に通う場所で代々木ゼミナールと提携しているらしい。しかし、大学進学率はきわめて低いと思われる。

驚くのは生徒数で、9727人。一学年3245人。その効果というか、年収590万円以下の世帯の生徒の授業料は年間68,700円。

有名人としては2年生に紀平梨花さんがいる。高校なんかに通う道理がないわけだ。紀平さんは2002年7月10日生まれだが、その9日後に生まれたのが将棋の藤井聡大七段。彼も高校に行くべきかどうか思案の末、中高一貫校だったこともあり大学付属校に進学した。高校生活で最も期待しているのは2年生の今年予定されている海外修学旅行らしいが、果たして行けるのだろうか。

そして、最近、この高校がニュースになったのは、3月に行われた開校後はじめての卒業式。校長先生がジョジョ立ちをしたそうだ。個人的には、まったく理解できない。卒業式の主役は間違いなく卒業生。卒業生が決めポーズをするのはわかるが、先生、それも校長がポーズを決めてどうするのだろう。

チア☆ダン(2017年 映画)

2019-04-16 00:00:38 | 映画・演劇・Video
福井県の高校のチアダンス部が創部3年で日本選手権だけでなく本場の全米選手権で優勝してしまう、という実話をもとに作られた映画で、主演が広瀬すず。つまり広瀬すずのための映画でもある。

cheerDANCE


この手の映画は実はかなりある。素人が努力しても乗り切れない壁を何らかの幸運が手助けしてスーパーパワーによって克服していく。最終目標が甲子園だったり、駅伝大会だったり、初めての1勝というような場合もある。

最近見た『ちはやふる』もそうだったし、思い出すと、それも広瀬すずだった。少し前は、こういうのは綾瀬はるかの専属だったが、ようするに後継者なのだろう。

実は原作が小説という場合がほとんどで。「あさのあつこ原作」というようなことが多い。本作は実話に基づくのだが、調べてみると、実話に話を盛って映画を作ったのではなく、映画に話を盛ると実話になるというぐらい、奇跡的な話なのだ。

まず、実際のチアダンス部『JETS』があったのは福井商業高校。映画では福井中央高校になっている。実際に広瀬すずが演じる主人公友永ひかりには、彼女に似た感じのモデルがいるし、天海祐希が演じる監督の鬼教師だが、本物の鬼教師はもっと怖い。何しろ50人いた部員が9人にまで減ってしまうわけだ。

さらに驚いたのは、この全米選手権優勝というのは、実話では2009年だが、5年前の2004年には神奈川県立厚木高校が全米チャンピオンに輝いている。だから「JETS」の優勝も日本勢で初めて、ということでもなかった。むしろそれに触発され、鬼教師の心がメラメラと燃え上がったわけだ。

福井商業高校は野球の名門で、野球のためのバトン部があったので、その部をチアダンス部に変えようとして、異論が沸き上がってくる。結局、バトン部の生徒が卒業するまでチアダンス部は設立できなかった。

さらに、余談がある。福井商業高校JETSは、2013年に再び全米チアダンス選手権で優勝すると、その後は2017年まで5年連続で優勝を続けたわけだ。そして2018年、彼女たちは同大会で優勝することはできなかったのだ。理由は、簡単だ。日本の高校生出場枠がなくなったからだ。