逆走(1)

2008-06-30 00:00:21 | 市民A
西日本の中堅都市で、1日に2回、逆走を見る。「逆走」というのは、単なる「物理的な逆走」のことで、経済的逆走とか精神的逆走というような高級な話ではない。「一進一退の私の人生」のことじゃないので、念のため。

最初の逆走目撃は、ある駅から目的地へのタクシーに乗った時。駅から近くのバイパス国道に入るため、進入路に入ろうとした寸前に、「急ブレーキ!!」。後部座席シートベルトを締めていたので、肋骨下部を痛めただけで済んだ。

一方通行の入口なのに、前方から軽自動車が走ってきた。

案の定、75歳以上に義務化された「もみじマーク(通称:落ち葉マークとか枯れ葉マークとか涙マークとか)」。運転者のおじいさまと助手席のおばあさまの年齢を合計すると、160歳以上だろうか。その場所にどこを走って辿りついたのか不明だが、私の乗るタクシーをかわした後、さらに悠然と一般道の交差点に突入し、その後、左側車線に戻っていった。「もっとも自由に感じるままに」だ。

タクシードライバーとそのことで少し話をしたら、週に1回くらいは見かけるそうだ。たまたま、この地区は有力政治家(元首相)がいたため道路が広く、逆走車がいてもすれ違えるので事故にならないそうだが、逆走車を見ると「自分の方が逆走しているのではないか」と思うことまであるそうだ。

あまり「もみじマーク」のことを話題にしなかったのは、ドライバー氏も10年以内にマーク付(つまり事実上の引退)になりそうな方だったからだが、実際には、個人タクシーでは、もみじマーク付けられたら、廃業するしかないだろう。

整理すると、人間の区分として、「運転可能な人/不可能な人(危ない人)」という2分類と、「75歳未満/75歳以上」という2分類がある。一方、免許の方から言うと、「マークなし/マークあり/取り消し」という三段階。言うまでもなく、クルマは凶器でもあるわけだから、論理的には、「運転の危ない人は、免許取り消し」ということしかないと思うが、それを年齢で一律に処理しようというのだから、割り切れなくなる。

個人的意見だが、免許の最低レベルが、免許取得時(教習所卒業時)レベルであるのだから、同じレベルが維持できなくなったら、「もみじマーク」のようなグレーゾーンは廃止し、いさぎよく「免許終了」ということでいいのではないだろうか。というのも、若葉マークは、いずれ運転技術が向上していく過程なのだが、もみじマークの方は、その逆だからである。

それでは地方都市の生活が困難、というのはまったく別次元の問題であり、バスやタクシーを充実するしかないのだろう。

そして、是非、危険運転マーク(死に神マーク)も新設して、違反を繰り返す者に掲示を義務化してもらいたいものである。

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国吉康雄20作品

2008-06-29 00:00:37 | 美術館・博物館・工芸品
52e1c253.jpg国立近代美術館で国吉康雄を観てから、この画家が妙に気になっていた。たまたま、岡山方面にいたので、覗けば、そこには国吉を中心に展示している一角があった。数えれば、20作品であった。

1889年、岡山市に生まれた彼は、ごく普通の家庭のこどもであり、岡山県立工業高校染織科を突然退学し、1906年日本を離れ、シアトルに向かった理由は、今も謎に包まれている。後に、父親に会いに日本に帰郷したことからして、家族を残しての出国である。一説では、米国へいって、生年を1893年と4つ繰り下げていたことから、徴兵逃れではなかったかとも言われるが、確定的ではない。

そして、当時、反日的な空気が広がっていた米国ではなく、いったんカナダに上陸したのは、米国に入国できなくても、すくなくてもカナダにはいられるという、当時の日本人の一般的「手口」だったそうだ。そして、失業者となり強制送還を恐れ、とりあえず「留学生」の身分を得るために入学したのが美術学校だったことから、彼の画家人生が始まる。思えば、渡米後、語学力が乏しくても、すぐに留学できるのが美術学校ということかもしれない。

52e1c253.jpgその後、パリに留学し、米国に戻った時には、もう米国を代表する画家として地位を築いているのである。彼がパリで誰の影響を受けたのか資料はもってないが、シャガール風の神秘性を感じたり、藤田のような人形のような少年を描いたり、している。米国に戻った頃からは、ワイエスのような薄茶色の落ち着いた画風になる。

しかし、彼も戦争の影響を受けるのである。重病の父の見舞いに日本に来たときは、国内各地で講演やパーティを回ることになる。本来、彼は日本が嫌だから、日本国籍のまま米国で自由主義のアピールをしていたたのだが、レオナルド藤田から、「日本では刺激的なことを言わない方がいい」と事前にアドバイスももらっている。

戦争中は、さいわい西海岸ではなく東海岸で活躍していたため、強制収用所送りにはならなかったものの、活動を制限されていた。戦後になると、まったく異なる画風に変わり、ピンクの「鯉のぼり」などを描く。1853年、胃がんで亡くなるが、病床でもスケッチブックを離さなかったそうだ。彼の晩年の明るい絵画が、その先どこに続いただろうと考えてみるのは、残されたファンの一人一人精一杯のシンパシーだろうか。

52e1c253.jpgそして、実は、現在、すこしやっかいなことがおきている。

つまり、この日本生まれで日本国籍でありながら、ほぼ米国人の国吉康雄の絵画の収集を始めた日本人ということ。その一つが、岡山県立博物館。郷土出身の画家ということから、かなりのコレクションを持っている。そして、もう一つが岡山に本社を置く「ベネッセ」である。旧福武出版。社長の福武某氏がコレクションを作り、自社ビル内の一角に私設の半クローズの美術館を持っていた。

福武と言えば、岩波とともに、書店からの書籍の返品を認めない売切制度で有名だったが、国吉の収集と維持に費用が嵩んでいたのだろうか。とうとう、所有権はベネッセのまま、この岡山県立博物館に寄託することになった。つまり、彼の絵画のかなりの部分が、岡山県立美術館に集まることになる。

52e1c253.jpgその結果、彼の絵画を見ることができるのは、世界中で本の少しの人だけ、ということになっている。岡山にばかりに集めてしまえば、彼の米国での活躍も、いずれ忘れられてしまいかねないわけだ。可愛い子には旅をさせろ、というのは古くからの言い伝えでもあるし、是非、海外、特に米国に出してもらいたいものだ。

思えば、彼が家族を日本において米国に旅立ったのも、そのことわざ通りだったわけだ。




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大山記念館再訪

2008-06-28 00:00:10 | しょうぎ
c6c0c7ed.jpg先日、倉敷市にある大山康晴記念館を訪れた。以前、行ったことがあるので、再訪ということ。倉敷駅から有名な「美観地区」まで一汗か
いて徒歩10分。そこであきらめると、辿り着かない。さらに大通りを渡って南に3分歩くと、倉敷市芸文館というエリアの一角にある。

以前、訪れた時は、入り口のガラスドアに詰将棋の問題が、シールで貼られていたが、今回行った時は、そのシールをはがす仕事の最中だ

った。なぜ、問題を撤去するのか真意はわからないが、可能性を列挙すると、

1.そういうディスプレーをやめた。
2.別の問題に張り替えるため。
3.余詰などの問題の欠陥が発見された。
4.記念館を廃止し、別の目的に使うため。

真相は不明だ。

c6c0c7ed.jpg館内には、大山氏愛用の眼鏡はじめ、少年時代に使っていた将棋盤や駒が展示されていたが、まったく高額なものではない。やはり、将棋に限って言えば、「道具は上達とは無関係」ということなのだろうか。

ところで、大山康晴氏と一度だけ言葉を交わしたことがある。それも怒られたわけだ。

年代は思い出せないが、日本将棋連盟の1階の売店でのこと。そこには高額な盤や駒が商品としてガラスケースの中に展示されているのだが、何気なく眺めていたわけだ。そこにやおら現れたのが、大山氏とその連れの方。どうも、その高額商品の販売に成功したらしく、連れの方(つまり顧客)に盤を見せようとしたわけだ。

そのため、ガラスケースの鍵を開けようと、

「あんた!、鍵を開けて!」。

「えっ、あ~・・」

数十秒後に本物の将棋連盟職員が現れたため、あぶなく難を逃れたわけだ。実は、銀座のデパートで店長に怒られたこともある。結構、場に溶けちゃうのがうまいのだろう。


この大山記念館だが、青森県のおいらせ町にも大山将棋記念館というのがある。かなり前に、仕事で三沢空港から八戸市内へ運転中に前を通ったが、立ち寄る時間がなかった。

将棋棋士の記念館といえば、千葉県野田にある「関根金次郎記念館」、大阪堺市の「阪田三吉資料館」というのがあるようだ。意外に少ない。升田幸三氏とか中原誠氏とかあってもいいような気がするがどうなのだろう。単に私が調べられなかっただけかもしれないが。

では、現在のところ史上最強棋士と考えられている、羽生善治氏の記念館はどこにできるだろうかと思えば、出身地の所沢か、棋力を磨いた八王子の将棋道場ということになるのだろうか。案外、これから建て直されるらしい新将棋会館の建設資金を「ポン」と全額供出し、「羽生記念将棋会館」と名前がついたりして・・(棋士引退後は、安定した家賃収入と、老化防止のためのビル管理人の仕事があるのだろうか)

c6c0c7ed.jpgさて、6月14日出題分の解答。

▲5四金 △同玉 ▲4四金 △同歩 ▲3二馬 △4三飛 ▲同馬 △同玉 ▲4二飛 △3四玉 ▲4三角 △2三玉 ▲3二角成 △1三玉 ▲1四歩 △同銀 ▲2二馬まで17手詰。

初手、三手目と金を捨てるのが、ちょっとやりにくい手。

4手目に同玉は5五金3四玉1二馬で捕まえることができる。6手目の合駒に飛車以外だと、いずれ4一馬という手があり早詰になる。

最後半はいとも平凡だが、あまり小技を追加してもさらに冗長になるだけと思う。

盤面配置駒が多すぎるのが、何より具合が悪い。

動く将棋盤はこちら

c6c0c7ed.jpg今週の問題も、出足と収束で冗長感が残る。

珍しく、基本構造に逆算法と正算法。「2八と」は誰の味方?

「わかった!」と思われた方はコメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ、正誤判断。





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安易過ぎる用語は「国民レベル?」

2008-06-27 06:42:56 | 市民A
ジャーナリズムと言っても、「部数が売れてなんぼ」であるのは自明なのだから、幼稚かつ無神経な表現が増えたのは、購読者のレベルに合わせているのだろうかと思えば、あまり怒る気もしないが、レベルが低いだけならともかく、妙な世論を形成するとなると問題が大きい。

まず、「居酒屋タクシー」。

まったく、問題の本質がズレてしまった。新聞・テレビ業界こそ毎夜タクシーで帰るのだから、事件の構造には詳しいはずなのに、自分たちに累が及ばないようにと、「ぐるみで」問題の矮小化を図っているのだろうか。

最近の都心では、「居酒屋」というのは大衆店じゃない。「居酒屋チェーン」は大衆店。個人営業で、夕方訪れる団塊世代を相手に、焼き魚とか刺身とか魚介類や手料理を提供するのだから、安いはずない。そういった「現在、変化しつつあるコトバ」を使うことからしてイメージが分散して危険だ。さらに、問題の本質は、缶ビールではなく、商品券や現金といった金品にあるはず。

さらに、職員に配られているチケットが、特定の会社のタクシーでなく「個人タクシー」というのは、いかにも必然ではあるが、その中の特定のドライバーグループを「指名して」利用していること。ことは数万円としても、要するに収賄行為ではないだろうか。キックバックを受けながら、入札業務を行うようなものだ。報道は、官庁の前に並ぶ個人タクシーを映していることが多いが、別の場所で乗っていたのだろう。それに、個人タクシーは自営業者なのだから、それらの金品は、税務署に申告するときには、「交際費」になっているはずだ。財務省が目をつぶっていただけだろう。

さらに、掘り下げれば、霞ヶ関の国家公務員の住居は主に3種類。一般的な官舎は山手線の内側またはちょっと外側で、タクシーで3000円~5000円の場所。どうしても必要なら、後で精算すればいいはずだ。しかし、公務員でも自宅を購入すれば、一般企業の社員と同様に、だいたい遠くに住むことになる。実際、タクシーチケットがなくなって、困っているのはこういう人達だろう。残念ながら、ありがちな話だ。そして、各省の中には「エリート課長」とか、それ以上の人が少しいて、彼らは、霞ヶ関から徒歩圏内の超高級マンションなどに入っている。表向きは、「災害時とか考え、霞ヶ関の近くに」と言っているが、結局、持家を郊外に買って、引っ越していったりする。災害時には2日がかりで、歩いて出庁してもらいたいものだ。もちろんタクシーでも構わないが。


次に「死に神」

「死に神」というコトバは、普通は口にしない。口にしないものを新聞に書くのだから、相当ひどい無神経ということ。文責が無神論者であることは間違いないだろうが、日本はどちらかというと緩やかな土着的な多神教の国。神は多種多様であるが、その中でも「極め付けのネガティブ」だ。同様のダークなイメージの神様には「疫病神」や「貧乏神」がある。「貧乏神」が似合う総理大臣もいるが、風刺もそのあたりまでだろう。小中学校のイジメの現場で、「死に神」が常用後にならないことを祈るだけだ。

ところで、この「死に神」は、法務大臣のことを「永世死刑執行人」と書いたことをフォローしたコトバなのだが、その前段に、将棋の永世名人になった羽生名人を引き出している。人生長い努力の末、たどり着いた称号なのに、こんな話のマクラにされ、「その無神経さ」に対し、不愉快の極みだろう。また、昨年、何年にもわたる長い権謀術策の末、やっとの思いで、朝日新聞が権利の半分を取得した「名人戦タイトル」なのに、社内には反対派が多かったのだろうか(まさか、記事を外部に下請けに出しているわけじゃないだろう)。


天声人語でも素粒子でも、何も大慌てで掲載するような性格ではなく、一方、準社説のような性格もあるのだから、社内で熟慮推敲の後、人前に出してほしいものである。


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東京七不思議

2008-06-26 00:00:28 | 市民A
先日、箱崎ジャンクション(藤沢周作品・書評)をアップしたところ、愛読者の一人と思われる「ポイント尺さん」から、”箱崎ジャンクションは大変便利である”というコメントをいただき、個人的にはかなりびっくりした。どうも、ご近所にお住いのようである。

それ以外の場所に住んでいる人からすれば、本来、首都高速は環状線であって、横浜や、東名や中央道や関越の方にいく人は、1号線や2号線、3号線・・・とロータリー状の環状線に入って、それぞれの方向に出て行けばいいものを、東北道も常磐道も京葉道もすべて、箱崎ジャンクションに一旦集合させてから、再配分するなんて、「意味わかんねえ~」である。1960年頃の首都高設計者が箱崎に住んでいたのではないかと疑りはじめたところだ。



それに、この『箱崎ジャンクション』という小説は、ノルマに追われ続けるタクシードライバーが、わざわざ毎日、空車で箱崎ジャンクションをノロノロ走るところから話がはじまるのだから、「大変便利な場所」だったら小説が成り立たないではないか。


ところで、ここまでの話は、単にきょうのマクラだが、東京七不思議というものを考えてみた(あまり本気にされても困るが)。あまり本気には考えないので、例えば、東京オリンピック2が行なわれる(?)2016年頃の七不思議を設定してみた。


1.箱崎ジャンクションの怪
 箱崎ジャンクションは首都高のボトルネックであるから『オリンピックに合わせて、全部作り直そう』、と道路族が言い出して、完成直前なのだが、すでに少子化とガソリン高騰で、道路はガラガラである。


2.旧東京タワーの怪
 旧東京タワーは、既に所有者が破産し、メンテナンス工事も行なわれておらず、サビだらけ。4本の足のうち1本は朽ち果ててしまい、全体が増上寺の方に傾き斜塔になっているが、まだ倒れていない。

 どうせ、大地震の時に倒れるので、解体工事費がもったいないのだろう。


3.都営地下鉄は東京メトロより初乗り料金が10円高いの怪
 今から、8年前、2008年当時、都営は初乗り170円、東京メトロは160円と、現在に比べ格安だった。2016年の現在、都営は810円、東京メトロは800円が初乗り料金である。もっとも、料金のうち300円は消費税、200円はオリンピック赤字支援金である。


4.「東京ばなな」が生き残った怪
 羽田空港に行くと、東京土産の最大勢力は「東京ばなな」である。第二位は、最近東京に編入された、旧埼玉県の草加せんべい。第三位は、だいぶ前から東京都と勘違いされていた浦安名物、アサリのディズニー佃煮。

 なぜ、「東京ばなな」なるクリーム入りのスポンジケーキが売れるかというと、「贈る人は、それを口にすることがないから」という理由ではないだろうか。


5.東京の夜景が美しくない怪
 高いところや低いところによく行くが、夜景が美しいという場所をあまり知らない。例えば、六本木ヒルズから外をみてもゴミゴミしているだけ。新宿副都心から三多摩の方を見ると、「東京は広いなあ」と事務的に感じるだけ。一時、有楽町マリオンビルの最上階の朝日新聞社社友殿専用のクラブが夜景がきれいと思ったことがあったが、その後、周りにビルが立ち並び、すっかりダメになり、廃止になった。

 お気に入りの場所は、はるか東京駅から京葉線に乗って数十分、海浜幕張の旧プリンスホテルの最上階のバーから遥か彼方の東京のスカイラインを望むのが、贅沢な時間だったが、プリンスホテルは経営難で、「アパ」に売却。さらに、現在は次の所有者を模索中だ。


6.江戸城天守閣が再建されなかった怪
 江戸城天守閣再建計画は、浮かんだり沈んだり、江戸の大火で焼失して以降、いつもプラン倒れである。オリンピックを安上がりにするため、マラソンは皇居周回コースを10周することになったが、それでも江戸城再建計画には都民の合意が得られなかった。

 おそらくは、江戸城に天皇陛下が住むと勘違いしている人が多いからだろう。いや、案外、当事者も勘違いしていたり・・


7.都知事に厚生省あるいは石井部隊出身者が多い怪
 公選制になって以降、2008年までの歴代知事は、安井誠一郎、東龍太郎・美濃部亮吉・鈴木俊一・青島幸男・石原慎太郎。このうち、東・鈴木両氏が関係者である。

 石原氏のあと、舛添要一、菅直人と厚生労働(厚生)大臣経験者が知事を勤めるが、菅直人知事が「財政破綻宣言」をして、東京オリンピック2の中止を発表したため、民意を失いリコールにより失職。

 次の知事選は元厚生大臣の息子である小泉某氏と元東京都知事の息子達のうち二人、石原A氏と石原B氏の3人の有力候補が立候補している。

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原油が先か穀物が先か

2008-06-25 00:00:50 | MBAの意見
今年5月2日、ブッシュ米国大統領のある発言が、インド国民を怒らせた。


インド人の生活水準が向上しているのが穀物高騰の原因の一つである。あれほどの人口大国で食糧需要が膨らんだから食糧価格が上昇した。インドでは中産階級が3億5千万人に達し。米国全体の人口を凌ぐほどになった。豊かになれば、よち美味しく、より栄養価が高い食品を求めるようになる。彼らこそが、世界の食糧の需要と価格をつりあげている。


インド政府はアントニー国防大臣が、「たちの悪い冗談だ」と反発し、「穀物価格上昇の原因は、米国の政策にある」と反論した。



インド側の反論の主旨は、米国のバイオエタノール政策。これにより、米国のコーン相場が吹き上がる。2017年までに米国のガソリン需要の2割をエタノールに切り替えようというものだが、米国のほとんどのコーンは自動車用になってしまう。

そして、ここまでの話は、よくどこにでも書かれている。

かたや、石油製品需要のアンバランスで原油価格高騰、かたや地球温暖化で異常気象発生し、穀物生産量の減少。人口増と新興国の所得アップで食糧需給逼迫。

エネルギー需要と新興国の食料事情と異常気象の3種が同時に発生している。

一般的には、米国の主張もインドの主張も同時に正しいと思われている。

そして、最近、色々と調べているのだが、事態は次のステージに移っているように思えてきたのである。

つまり、原油価格が上がったら穀物価格が上がるという一方向的な因果関係にあるのではなく、原油とコーンは双方向的な両者相関関係にあるのではないか、ということ。つまりどちらの商品も逼迫状態にあるのだから、今後、異常気象やバイオエタノール政策等でコーン価格が上がれば、それに引きづられ原油価格が上がることも十分に考えられるのではないか、ということだ。

実際には、エネルギー効率からいえば、食糧が生み出す人間の体内のエネルギー効率は、ガソリンエンジンよりすばらしいわけだから、食糧でクルマを動かすなんて、とんでもない非効率政策としか、思えない。さらに米国人の大好きな牛肉などは、コメなどの穀物を食べるよりも7倍も不効率らしいのだが、いずれにしても、大国同士が食い物の話でいがみ合うなんて、とても21世紀とは思えない。そのうち、ペットのことなんかも俎上に乗りそうだ。


実は、以前、第二次大戦で南方の島々に出兵されていた方から聞いた話だが、軍用機用のガソリンが枯渇状態で、アルコール類(主にエタノール)が使われていたそうだ。ある時、それを生半可な知識で知っていた戦友数名が、夜中に酒がわりにこっそり飲んだそうだ。が、残念ながら、飲んだ人たちは、数時間後に急死されたそうだ。知人は、軍事物資に手をつける(いや、口を付けるか?)ことに罪悪感があって、謀議に参加せず、命拾いし、今も八十数歳で活躍している。

こういう戦地の話は、すべて戦病死とくくられて、明るみに出ないのだろうが、エタノールではなくメタノールが混じっていたのか、あるいは本物のガソリンだったのか。

この話を聞いてから数十年経つのだが、いつか調べたいと思いながら、そのままにしている。くれぐれも、飲まないように。
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麻布学(3)

2008-06-24 00:00:35 | 歴史
麻布学3回目は、東洋英和の「パトリシア・シッペル教授(女史)」による麻布・六本木外国人居住者の移り変わり。

この方、1971年にオーストラリアから来日して、その後、米国留学の後、本格的に日本の近代の研究に着手。本題以外にも、日本人の歴史書に書かれていないこぼれ話をたくさん知っている(本人には自覚ないと思うが)。

まず、幕末の長州藩下屋敷。今のミッドタウン。元々、長州藩が、上屋敷が手狭になったので、もう一つ何とかと幕府に懇願し、やっと手に入れた場末の土地を、大改造して、巨大な屋敷を建てる。人読んで「檜屋敷」。数千人が住んでいたとも言われ、本来、上屋敷に住むべき殿様も広いほうがいいと移ってきたようだ。そして幕末、参勤交替が中止になり、さらに京都蛤御門の変で幕府が長州藩と敵対関係になるや、幕府は檜屋敷の没収解体を命ずるや、僅か1日で風呂屋の燃料になってしまったそうだ。

その後、茶畑になり、軍用地になり、直前は防衛庁だった。

そして、その後、横浜が開港し、明治になって新橋=横浜間の鉄道が敷設され、横浜との連携で築地に外国人街ができる。今の聖路加タワーのあたりだ。もう一つの流れは、外交官。江戸末期にできた公使館が麻布周辺の寺院を改造していたことから、その回りに外国人が増えていく。そして、キリスト教解禁とともに来日したのが宣教師たちで、麻布には、カソリック、新教どちらも教会がいくつも建てられることになる。鳥居坂教会、東洋英和、明治学院、カトリック麻布教会・・・

今回、紹介された外国人は6名。

a)エドウィン・O・ライシャワー(1910-1990)
 彼は、いわゆる「BIJ」だそうだ。ボーン・イン・ジャパン。宣教師の子として日本で生まれる。父が明治学院の宣教師で白金台に居住していたそうだ。戦後の米国の日本大使として、もっとも重要でかつ有名である。考えてみれば、占領国日本の大使にBIJを配置するというのも、粋な戦略だったわけだ。有名過ぎるのでここまで。

b)ベアテ・シロタ(1920- )
 女性法律家で、「1945年のクリスマス」という著を出している。日本国憲法の草案を書いたと言われている。1945年クリスマスに米国の代表団の一員として厚木飛行場に降りる。この方の両親がまた有名で、音楽家である。ユダヤ系音楽家として、世界を彷徨中、満州で、作曲家、山田耕筰に遭遇。乃木坂の近くに住む。真珠湾開戦の1日前に、ベアテは米国に残り、両親はハワイ発の旅客船で日本に向う。両親は軽井沢の外国人集落に引越し、そのまま終戦となる。ベアテが乃木坂の旧家に向う著述は感動物だ(そうだ。読んでないので)。

c)リラ・キャボット・ペリー(1848-1933)
 女性画家。ご主人は慶応教授。三人の女児の母。日本で絵画を描く。f)で再登場。

d)E・カニングハム(1899-2000)
 西麻布で、音楽教室を開く。宮内庁御用達だったそうだ。101歳の長寿。外国人が日本食を食べると特に長寿になることを証明(と言う話はなかった)。

e)ジョサイア・コンドル(1852-1920)
 建築家で東大で教えた。その筋の話ではよく出てくる名前であるが、余芸で、麻布の自宅の庭でバラを栽培。私の推定だが、案外、「薔薇という字は難しい」と詠んだ詩人、西脇順三郎と親交があるのではないだろうか。西脇はある年齢まで、英語で詩を書いていた。

f)ジョセフ・グルー(1880-1965)と妻アリス・ペリー・グルー(1884-?)
 ライシャワーが戦後の日本大使の代表とすれば、戦前の米国日本大使でもっとも有名なのがグルー。1932年から10年間、日本で大使を務める。開戦後、日本の野村米国大使と交換の形で帰米する。奥さんのアリスとは1906年に結婚するがC)で登場したペリー一家の娘である。一体、グルーは日米関係の中で、どういう役目をもち、どういう仕事をしてどういう評価をすればいいのだろうか。特に、その時代を扱う歴史家は手薄だ。

そして、戦後の麻布・六本木外国人居住者のことを語るには、米軍による占領文化に触れることになる。講演者のシッペルさんは1971年に初来日した際、鳥居坂の国際文化会館に当面の居を定めたそうだが、坂を降りれば麻布十番。夏祭りで盛り上がる江戸っ子の町がある一方、坂を上れば六本木の繁華街。そこはありとあらゆる悪のはびこるソドムの街、という対象がどうしても理解できなかったそうだ(今でもそうだと思うが)。ハンバーガー・イン(1964~)とニコラス・ピザ・ハウス(1972~)が有名。


そして、戦後60年経った今、米軍はほとんど23区内からは撤退したのだが、ほぼ唯一残る施設が、青山にある「ハーディバラックス」。朝鮮戦争中に亡くなった米軍ハーディ伍長を記念して名前が付けられたとされ、現在は「星条旗新聞」の本部とされるが、多くの人からはスパイ組織と見られているようだ。ヘリコプター基地にもなっていて、米軍ヘリが超低空で飛ぶこともあり、たまにはふざけて二機で空中戦ごっこなどやっているようだ。日本以外でこんなことやっていると、住民から撃墜されるだろう(この段落は、まったく講演とは別に私が調査)。


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足の話×3

2008-06-23 00:00:30 | 市民A
まず、カナダの足の件。何か、法医学物のミステリーのような実話。BBCニュースでは、現物がバッチリとテレビに映っていたが、気持ち悪いのでよく見なかった。ここに書くならもっと熟視すべきだった。足は白っぽかったが、専門家じゃないので、白人かどうかは、よくわからない(というか黒人ではないのは確かだ)。

カナダの海岸に「6個目の足」が漂着
6月19日15時31分配信 ロイター

[トロント 18日 ロイター] カナダ・ブリティッシュコロンビア州の海岸で人間の右足が打ち上げられているのが発見された。これまでに当地で発見されたくるぶしから先の足は6個目。ラジオ局CKNWが伝えた。

 CKNWによると、ビーチを散歩していた女性が18日、サイズ10のランニングシューズを履いた右足を発見。同様にランニングシューズを履いた左足は16日にすでに打ち上げられていた。
 当地では昨年8月、初めて足が発見されて以降、ことし初めにさらに2本の足が見つかっている。
 専門家らは、海中で魚などが死体を食いちぎり、ランニングシューズにより保護された足だけがその後漂着したとものと指摘している。
 同地域の海流や潮の干満から犠牲者らがどこで海に入ったのかを特定するのは不可能とされている。またDNA検査でも、これまでのところ、発見された足は同州で行方不明となっている人とは合致していないという。

翌日には、もっと詳しい記事があった。

カナダで怪事件? 6本の人の足が流れ着く
6月20日10時10分配信 産経新聞

【ニューヨーク】カナダ西部ブリティッシュコロンビア州のバンクーバー周辺の海岸で、過去10カ月間に人間の足6本が相次いで打ち上げられているのが発見され、犯罪か事故か-とさまざまな憶測を呼んでいる。
 地元警察によると、昨年8月に2本の足が打ち上げられていたのをはじめとして、今年2月、5月にも発見された。
さらに、今月16日もバンクーバー南のウエストハム島の海岸で性別不明の左足が発見され、18日には同島キャンベルリバーの海岸で黒い男性用ランニングシューズを履いた人間の右足が見つかった。この10カ月間に発見された人間の足は、右足5本、左足1本の計6本となった。
 6本目の足の目撃者は「切断された遺体の一部にみえた」と話しているが、法医学の専門家によると、長時間水中に放置された遺体の四肢が分かれることは珍しくないという。
 地元メディアは2005年2月にキャンベルリバー周辺で起きた水難事故の犠牲者ではないかとの見方を報じたが、同州の検視官はDNA検査の結果、事故の犠牲者とは断定できないとしており、04年末に起きたインド洋大津波の犠牲者の遺体の一部である可能性も含め、謎をよんでいる。

まず、ブリティッシュ・コロンビアは太平洋岸である。だから、インド洋大津波の犠牲者の前に、日本の何らかの事件・事故の犠牲者という可能性だってある(ないかな?)。

6本が左右3本ずつでないのが、事件の不気味さをさらに増している。海岸で北極グマに襲われたのではないか?とも思ったが、北極グマの生息地にランニングシューズで訪れるとは思えない。というか、何ら、想像の糸口すらつかめないが、こういう事件はえてして続報が伝わらないまま、終わってしまうことが多い。

産経新聞社には、最後まで責任ある報道をお願いしたい。多少、偏向記事でもかまわないから・・


次の足は、タイガー・ウッズ。

全米オープンを5ラウンド+1ホール戦ったあと、左ひざ靭帯再手術と二ケ所の骨折を発表。今シーズン休場表明。

全米オープン前から骨折は見つかっていたそうだが、それなのに、デビュー当時に近いクローズスタンスでクラブを振り回しているように見えるのだが、やはり常人とはかけ離れている。共同通信によれば、

復帰戦となった全米オープン選手権を激闘の末に制したタイガー・ウッズ(米国)が、再び試練を迎える。公式サイトで左ひざを再手術し、今季の残り試合を欠場すると明かした。

4月に左ひざの軟骨除去と前十字靱帯(じんたい)の手術を受けたが、今回は昨年7月の全英オープン選手権後のジョギング中に断裂した前十字靱帯を完全に修復するのが目的。さらに、練習中に左すねを2カ所疲労骨折していたことが判明。全米オープンの2週前に分かり、ウッズは医師から6週間の安静を勧められたが、会場が「思い出の詰まったトーリーパインズGC」を理由に「試合に出て勝つ」と拒否した。

AP通信によると、コーチのハンク・ヘイニー氏は「全治には6~8カ月くらいかかりそう」と話した。ウッズは「手術の後は回復に全力を注ぐ」と誓うが、影響が懸念される。(共同)

残念ながら、コーチ氏は失業となるのだろう。

「鬼のいぬ間の・・」という格言が、全選手の頭に浮かんでいるだろうか。(いや、日本の格言だ)

あんなタイトなスイングしなくても十分と思うのだが、完全回復するのだろうか。並みの選手レベルでは、本人含め、誰も満足しないだろうところに、タイガーの将来を少し危ぶむ。

くれぐれも、休養中に、友人との付き合いでサッカーの試合に出て、ヘディングなどしないことだ(もっとも朝青龍の場合は、単にサッカーに出場したというだけではなく、日本男子の精神的象徴である「チョンマゲ」でヘディングしたため、日本人の耐え切れない一線を超えた、という説もある。)


そして、三つ目の足の話が、このサッカーの件。先日の日本=タイ戦で、ある確率で想定内だった「退場」を食らった大久保選手だが、果たして、五輪オーバーエージ枠にふさわしいのだろうか。

何となく、第一戦前半で、いきなり「赤いカードで3試合出場停止」というイメージを頭の中に思い描いている人も多いのではないだろうか。じゃあ、かわりに誰がいいのかと言われても、所属チームとの関係とか簡単にはいかないのだろう。いっそのこと、チョンマゲサッカーの原因を作った「帰るところがなくなりそうな『旅人』」に頼んでみたらどうだろうか。

「選手村には入らないから、ホテルのスイートを取ってちょーだい!」とか言われそうだが。

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ヴラマンク展(~6/29)

2008-06-22 00:00:45 | 美術館・博物館・工芸品
fae7030f.jpgモーリス・ド・ヴラマンク(1876-1958)の没後50年展が新宿の損保ジャパン美術館で開かれてる。どうも「没後」ということばは「生誕」ということばより暗い感じがして、あまり好きになれないが、いずれにしても本人が亡くなってから、作品を集めて、年代別に並べてみると、「うーん、画家は、年代別に作風が変わっていくものだ」とか言われる。嫌なら、モジリアーニやゴッホのように、あっという間に登場して、有名になる前に直ぐに消えてしまえばいいのかもしれないが。それでも「○○時代のゴッホ」とか評論を書く人間が現れる。

さて、モジリアーニとゴッホの名前を書いてみたのはちょっと理由があって、このヴラマンクだが二人の影響を受けている。

fae7030f.jpgまず、彼は、これ以上ないほど妙な経歴の持ち主である。画家になる前の職業が、競輪選手。同時に競艇選手だったそうだ。おそらく、競輪も競艇も現在の日本でのスタイルではないと考えられるが、いずれにしても肉体派である。そして、次に始めたのは・・・

次に始めるのが競馬のジョッキーであれば、ギャンブル三冠王なのだが、なぜか、ヴァイオリン。つまり、ヴラマンクはスポーツで二兎を追い、芸術で二兎を追ったわけだ。案外、1900~10年台の彼の力強い原色のタッチは、こういうスポーツ精神から始まったのかもしれない。ドランやモジリアーニとともに、フォービズム(野獣派)といわれる。が、フォーブ(野獣)って一体、どんな動物なのだろうか、と以前から疑問に思っている。


そして、彼の初期の作風を決定したのが、「ゴッホ回顧展」に行ったことだったそうだ。ゴッホの作品は数が少なく、その展覧会でヴラマンクが何を見たのかはわからないが「ひまわりシリーズ」とか「糸杉シリーズ」だったのだろうか。当時の作である『静物(1906)』は斬新であり、彼の画家としての出発点である。


fae7030f.jpgしかし、10年後、彼の作風は大きく変わるのである。どうもセザンヌの影響らしい。派手な原色は彼の絵画から消え、暗く落ち着いた色調の街並などを題材に選んでいく。構図や、一つずつの対象を丹念に書き込むようになる。ゴッホとは逆コースである。一気に落ち着き過ぎと感じる。『セーヌ河畔の家並(1910頃)』は、中欧風の仕上げすら感じる。


しかし、1また10年経ち1920年代になると、彼の絵画には新しい変化がはじまる。落ち着いた色調の中に、赤や黄色の看板や色鮮やかな花が描き込まれ始まる。そして、再び大胆なタッチが復活する。下賎な話だが、「売れる絵」の量産である。ギャンブル産業時代に稼いだ金を使い果たしたのだろうか。粒揃いの充実した作品が多い。『オーヴェル=スュル=オワーズの雪(1924)』以降、再び、彼の絵画は華やいでいく。


fae7030f.jpgそして晩年になると、さらに絵画は大胆さを増していく。オレンジと紺のコントラストの美しい『雷雨の日の収穫(1950)』が代表作である。長寿を誇った画家、たとえばピカソとかモネなども晩年は好き勝手な画風を突き進んでいる。(画家が晩年、どこに突き進んでも実害はないが、実力政治家が無闇に突き進むと大変なことになる。秀吉とか。)


実際、損保ジャパン美術館は、そう広い面積ではないが、本展覧会は大量の作品が展示されていた。時代別にむらなく集められていて、ヴラマンクで”ぶらまんぷく”と、ダジャレがでてきそうである。そして、出口の前にはゴッホの「ひまわり」の小部屋があるのだが、ヴラマンクの余韻を消したくないので、素通りすることにした。



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名人交代!

2008-06-21 00:00:53 | しょうぎ
f8c89cef.jpg第66期名人戦は第6局を制した羽生善治二冠が森内名人を破り、通算5期目の名人位に就くとともに19世名人(永世名人)の称号を得た。

対局は、こういう棋譜だったのだが、終盤、羽生二冠の▲5三桂成の後は、アマチュアには何がなんだかわからない展開となる。

実は投了図のあと、後手が△4四玉とした場合、どうやって寄せるのかすぐには見えなかったが、▲7二角成までの1手必死である。

となれば、この見えにくい手をいつ頃読んでいたのかということだが、変化多岐である。???。

6局全体を見ると、ほぼ、羽生ペースで終始したようなシリーズで、羽生後手番の時に、無理に森内側から攻めさせていたというような感じを持つ。


ところで、本日のエントリのタイトルである「名人交代!」だが、まったく同じタイトルを使ったことがある。2004年06月12日。全文引用してみる。

羽生名人が敗れました。

ファンの多くは森内竜王より、羽生さんの方を応援していたと思います。田園都市線沿線は森内さんの出身地でなので、結構ファンはいますが、それは例外。

歴代の大名人である、木村、大山、中原、谷川はそれぞれ、彼でなければ指せない特別の個性があります。森内新名人(といっても返り咲きですが)が「森内流」をつくれるかどうかが課題です。

手元にあった1995年の将棋手帳を見ると、羽生は五冠。棋士リストでも中原、米長につぎ3番目。一方、同い年の森内はまだ七段で順番は53位。よく追いついたものです。

今読むと違和感があるのは、短かさと文体。実は、ブログを書き始めてまだ3日目。当時は200字で仕上げることを目標にしていた。思えば醜く成長したものだ。

そして将棋七大タイトルのうち、羽生新名人が「永世」を持っていないのは「竜王」だけということになる。「永世竜王」の称号は、通算7期または連続5期。羽生名人は既に6期。一方、渡辺現竜王は4期連続。以前、渡辺竜王の竜王防衛パーティで聞いたスピーチでは、竜王戦で将棋盤の反対側の座布団に羽生名人が座っているイメージトレーニングを一年間続けているとのことだった。ところが、実際には、違う相手がそこに座るのだから、防衛して当然ということになるのだろうか。さて、今年は・・

ところで、本来、最もふさわしい人が名人の席に戻ったわけだが、棋界内での発言力が強大になるのは自明のこと。さらに来年も防衛ということになれば、事実上、次期将棋連盟会長は羽生名人が指名する、ということになるのだろうか。いや、やはり棋士一人が一票だから、そうもいかないのだろうか。


f8c89cef.jpgさて、6月7日出題分の解答。

▲2三香 △同角 ▲2二銀 △1二玉 ▲2三桂成 △同玉 ▲1二角 △同玉 ▲2四角成 △2二玉 ▲2三歩 △3一玉 ▲4二金 △2一玉 ▲1一香成 △同玉 ▲3三馬 △1二玉 ▲2二馬まで19手詰。

握詰を無理矢理作ったので、どうしても不都合があって、駒がさばききれなかった。駒に制限を付けず、もっときれいに仕上げたのもあるが手順がほぼ同じなので、こちらで

動く、将棋盤はこちら


f8c89cef.jpg今週の出題は、名人戦最終局の終盤にあやかり、複雑系で始まるが、途中で遊びモードに入る。いつもよりは手数が多い。

解けた!と思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評いただければ、正誤判断。







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無償譲渡かもしれないガス田

2008-06-20 00:00:30 | 市民A
日中両国政府が、南シナ海のガス田共同開発で合意に達し、発表された。日本側が主張している中間線の僅かに外側から大規模埋蔵量を既に吸い上げている白樺ガス田については、日本側の出資を認め、中間線の両サイドにまたがって新たに共同開発エリアを設置しようということである。メディア(朝日)の発表を引用すると、

合意は、(1)白樺を開発する中国企業に日本法人が出資する(2)翌檜(あすなろ)(同・龍井)ガス田の南側の日中中間線をまたぐ海域に共同開発区域を設け、合意した地点で共同開発を行う。東シナ海の排他的経済水域(EEZ)の境界問題は棚上げする。白樺への日本側の出資比率や権益の配分などについては今後詰める。

両国の外交当局は今回の合意を受けて、正式な条約の締結に向けた交渉を始める。双方の世論などが反発する事態もあり得るため、両国が条約を批准して共同開発が実際に動き出すまでにはなお曲折も予想される。翌檜のほか、中間線付近にある「楠(くすのき)」(同・断橋)、「樫(かし)」(同・天外天)の各ガス田の取り扱いは継続協議となった。

09f0df96.jpg微妙の上に微妙な交渉とは思うが、イメージ評価は別として、実際、どういうことになるのかということだが、まず、白樺ガス田について言えば、出資比率が問題になる。既に中国側企業が操業して、生産したガスは中国へ海底パイプラインで送られているのだから、現実的に追加費用が必要ということではない。1%以上49%以内の数字が設定されるだろうが、そこに何か意味があるのかどうか不明である。

しかも、出資金に対するリターンと言えば、利益の分配ということになるが、不明確である。利益とは(売価-コスト)という式になるのだが、例えば中国の石油製品の場合は、あるプライスバンドを国が決めているのだが、今までは、国内原油については原油高騰分を参入せず採掘原価とし、輸入原油についてのみWTIリンクとして加重平均して決定している。同様のことをガス田に当てはめれば、東シナ海のガス価格は採掘原価となってしまい、別の輸入基地に輸入されるLNG(液化天然ガス)のみのアップを認めることになるのではないだろうか。

そうなれば、白樺ガス田や新規ガス田の収益は「ゼロ」ということになる。日本企業がいくら投資しても、日本の国益は、参加企業からの法人税ということなのだから、利益がなければ「ガスが採掘原価で中国本土に送られるだけ」ということになる。

ということは、現実的に中国大陸に送られるガスの数量を、中国側と日本側にシェアし、さらに日本側の取り分には国際取引価格を適用しなければ事業になりえないことになる。しかし、そこまで話が進めば、ガスの所有権問題から、再び領有権問題に議論が戻ってくることが予想されるわけである。


ただし、日中間の大きな政治問題である「ガス田開発」について、日中という世界のエネルギ大国が一気に開発してしまえば、短期間で枯渇ガス田化してしまうのだろうから、政治問題自体が自然消滅するのかもしれない。



もっとも、ガス田から、日本側(九州とか)にパイプラインを敷き、高い価格で日本人ユーザー(つまり国民)に売り、開発利益の40%を法人税として国庫に入れることができないのかと言えば、今度は国内で別の”通せんぼ団体”の問題がおきるのだろう。「サハリン1プロジェクト」でエクソンモービルが日本向けパイプラインをあきらめたのも同じ理由とされる。

が、最近、燃料高で休漁に追い込まれつつあるという状況もあり、国内漁業全滅ということになれば、日本向け海底パイプラインの構想も選択肢になるのかもしれないが・・


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20年

2008-06-19 00:00:44 | 市民A
「おたく」というコトバは本来、単に特定の趣味的傾向が強いことを指すだけのことだろうが、そこにネガティブで陰湿なイメージが重なる、と感じている。それは、この「おたく」の走りであった一人の死刑囚の事件によるのだろう。1988年に始まる幼女連続誘拐殺人事件。殺害された被害者は4名。6月17日、犯人の宮崎勤の死刑が執行される。

鳩山法相の談では、数日前に決定した、ということだが、6月8日に発生したアキバ無差別殺人事件との関連を指摘する向きもある。真偽は定かではないが十分に考えられる話ではある。死刑制度は犯罪抑止効果があるのかないのか、あるいは被害者による復讐を国が代わって行なうことなのか、議論に決め手はないのだろうが、個人的には、「警察による検挙率」との関係の方が大きいのではないか、とも思っている。捕まえなければ、罰せられない。

そして、法務省が執行を急ぐ背景には、間もなく「教祖」の扱いをどうするかという時期が到来するいうことではないだろうか。


話を、「おたく」に戻すと、アキバ無差別殺人の加藤智大容疑者も現代のオタク系である。20年前の事件を慎重に読み直してみると、この二人には、いくつかの共通点があった。

まず、学歴だが、加藤容疑者は中学のトップクラスで、名門青森高校に入学するが、そこでは成績下位に沈む。そして大学に進学せず、自動車系の短大に進学し、卒業後、職を転々と変える。一方、宮崎も中学の優等生で、多くの有名人を輩出している名門、明治大中野高に進学するが、成績振るわず、明治大学に進学することができなかった。そして、写真系の短大に進学。卒業後、職を転々と変える。(調べているうちに、さらに20年前、1968年に発生した連続射殺事件の犯人、永山則夫も明大中野出身であることがわかった)

さらに、加藤と宮崎、偶然とは思うが、中学時代、まったく同じクラブ活動をしていた。どちらも「将棋部」と「陸上部」の二部に在籍。将棋と陸上というのは、まったく関係ないと思うが、あえて言えば、『個人競技』『勝者と敗者の差が大きい』といったところだろうか。何となく感じるのは、陸上でも将棋でも、負けた時の処し方を教えてもらえる良い指導者にめぐり合えなかったのだろうということだ。



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本物の王子さま

2008-06-18 06:42:19 | 美術館・博物館・工芸品
神戸王子動物園はパンダの他にも希少動物を各種集めている。例えば、ミーアキャットも見られる。しかし、動きが早過ぎて、肉眼では捉えきれない。カメラにもはっきり写っていない。まあ、そういう動物もいる。そして、ホッキョクグマである。どの動物園でも、ホッキョクグマのために、巨大な面積を使っているのは、動物園の基本的な人気者だからだろう。大きく、見栄えもいいし、ダイナミックに水に飛び込んだりする。そして、何より危険なニオイがする。ライオンとどちらが強いだろうか、などと想像したりする。実際は、どちらもハンターのプロで頭脳優秀なのだろうから、敵の得意パターン(つまり、水際とか広場とか)に近寄らないだろうから、ドローだろう。



このホッキョクグマだが、最大の生息のピンチが近づいている。つまり地球温暖化による北極の氷山の融解である。居住スペースが狭くなっていけば、獲れる餌も限られてきて、やがては個体数が減っていく。私の想像だが、十数年内には、ホッキョクグマの南極への引越しというものが国際的に行なわれるのではないだろうか。少なくても、南極は大陸なので、氷河全部がなくなる状態にはならないだろう。

ただし、狂暴なホッキョクグマを南極まで移送するのは、かなりの大仕事だろう。安全に捕獲するのが大仕事。さらに、北極から南極まで移送する間には熱帯の赤道直下を通らないとならない。冷房付きの輸送船が必要なのだろうか。


そして、今や、日本に各1000万頭ずついるともいわれる猫と犬の少し前の先祖がいた。



まず山猫。トラの小型版である。猫とは異なり、目付きが怖い。日本の猫は、遠くエジプトで山猫がネコとしてネズミ捕り専用に改造されたあと、さらに東へ東へと進化が進んだ末の姿なので、気性も大人しい。もともと野生の山猫がいたのかどうかよくわからない。イリオモテヤマネコは森の中に潜んで昼間は見かけない。エジプト人に敬意を払いたい。



次に、オオカミ。神戸にいたのは、シンリンオオカミ。ユーラシア大陸北部にいるそうだ。犬と違うのは、足首から先が大きい。指が長いのだろう。指が長いというのは爪も長いだろう。こどもの頃に「三銃士」とかフランスの冒険小説を読んだときに、よく、貴族たちが町から町へと馬車で移動するときにオオカミに襲われて、食べられてしまう話がでてきて、「フランスは怖い。一生行くものか」と思っていた。では、誰が、オオカミを犬に改造したかというと、驚くことにDNA的には、朝鮮半島北部だそうである。一体、何のため?まさか・・

そして、パンダをしのぐ、現在の人気ナンバー1は、

「オウジ」様。



現代には、オウジさまがたくさんいる。ゴルフのハニカミ王子。甲子園のハンカチ王子。さらに数年前には監禁王子とかいた。しかし、絶対的にここの王子様と異なる点がある。つまり、神戸王子動物園のオウジ様は「本名」であること。

オウジ。平成19年10月21日生まれ。正後8ヶ月。ただし、子象。

屋内の象舎でその姿を見ることができるが、現在の最大の特徴は、全身に産毛が生えているということ。一般に象の体には毛が生えていないのだが、今はとても可愛い。母親も父親も、一緒に生活している。

ただ、動物園に行きながら、今さら考えるのも変だが、象の寿命は60年とも言われる。生まれたばかりのオウジにとって、檻の中で一生暮らすなんて、ちょっと可哀想だろうか。

千葉県の山中に「象の王国」という、高齢象が人生の最後に、森林感覚で放し飼いになっている古象専用の動物園があるそうだ。逆に自然環境に適用できない都会象もいるそうだが、一つの方法論なのだろうか。(後期高齢者問題みたいだけれど)
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期限付きパンダ

2008-06-17 00:00:29 | 美術館・博物館・工芸品
少し前になったが、東京都知事が、「パンダを見たければ、パンダのいるところに行けばいい」という趣旨の発言をしたと思うが、パンダのいるところに行ってみた。神戸王子動物園。(和歌山県白浜にはパンダ館があるが、ちょっと遠い)

京阪神の方なら、複雑な鉄道関係のことはわかるだろうけど、阪神、JR、阪急と三本並んで走っている。完全な平行ではなく、三本の間隔が微妙に近づいたり離れたり、また駅の位置が微妙にずれていたり、急行が止まったり通過したりとか・・

阪急の王子公園駅、またはJRの灘駅が最寄。ただし、新幹線の新神戸駅からタクシーでも1000円札1枚で行けるので、時間と人数で選択可。

2f532a5f.jpg王子動物園というのは王子公園にあるからだが、何か町の中にある横浜野毛山動物園をイメージしていたら、ずっと立派だった。狭い敷地を効率的に利用して、有名動物にさりげなく絞り込んでいる。

まず、正門から入ると、いきなりフラミンゴがいる。手入れがいいのか(あるいは他の方法か)、相当、美しい鳥だ。しかし、はっきりいって、かなり臭い。競馬場以上だ。もっとも臭いものを最初に体験させ、後は鼻を慣らしてしまおうというのだろうか。密集していて、迫力がある。

繁殖力が強いらしく、結構、孵化したそうだ。中には、繁殖行為中?の者もいたのだが、人間のように季節に関係ないのかな。原産地はアフリカだったような気がするが、季節感がないのかな(この段落、すべて大間違いの可能性あり)。

そして、そのすぐ先に、いきなりパンダが見えてくる。パンダも入場客も緊張感なし。パンダを動物園で見たのは3ヶ所目だが、こんなにお気軽風な感じのところは始めてだ。やはり首都とは違い、カンサイだからだろうか。

2f532a5f.jpg二頭のパンダは、オスが興興(コウコウ)。95年9月14日生まれ。先代の興興が2000年から2年間、この動物園にいたのだが、2002年、とある理由で交替。以来、6年である。事前に調べた結果、いつもゴロゴロ寝てばかりという情報があったが、やはり向かって左側の遊び場で、横になってお昼寝中だった。

そして、右側にいるのが、メスの旦旦(タンタン)。95年9月16日生まれ。つまり、コウコウとほとんど一緒に生まれたわけだ。2000年から、早くも8年の来日生活である。そして、こちらはよく動く。しかも、最近、木登りが大好きということで、やはり、隣の遊び場のタンタンの様子を覗ったり、屋内の寝室へ戻ったり、また木登りしたり、活発だ。こうみると、パンダにもかなり性格の差があるのだろうか。ちょっと毛が汚れていて可哀想だと思うが、風呂には入らないのだろう。そして、少し前に人工授精したそうだ。何しろ、ベビー誕生に備えて、パンダ舎には寝室が4つある。

そして、神戸王子動物園にパンダがいるのは、「大地震の復興」のため、中国が神戸に「貸し出した」ことになっている。そして、その期間は10年。つまり、二頭のパンダが神戸にいるのは、あと二年ということだ。都知事の発言を真に受けて、神戸に行くなら二年間だ。

2f532a5f.jpgそして、この「貸し出す」というのについては、色々な論があるようで、国際保護動物であるということが、その第一なのだが、仮に中国人の気持ちになったとすると、現在1590頭(うち1400頭が地震のあった四川省)しかいないパンダを、受け入れ態勢が未知数の他国に出す、というのは、「ちょっとパンダが可哀想だ。10年経ったら、帰っておいで」という気持ちになって当然なのではないだろうか。

もっとも、いつもゴロゴロしている興興にとってみれば、今の方が幸せなのかもしれないけど・・


ところで、この動物園には、パンダの他にも有名ではあるが希少動物、というコンセプトがあるようだ。それらは次稿として、もう一つ力を入れているものに「クマ」があるようだ。各種多数のクマ類をとりそろえていて、危険感の漂うエリアがある。一応、檻は二重になっているが、鉄の檻は少し劣化しているようにも見え、再度地震でもあれば、檻が破損して、多くの腹ペコ熊が逃げ出して、神戸市街地で一暴れの可能性を感じないでもない。

今のうちに六甲山中に放してやったらどうだろうか。

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飛んで行きたくなるショートケーキ

2008-06-16 00:00:02 | 市民A
2f532a5f.jpg最近、事情があって、宇宙食をよく食べている。

事情と行っても、巨額の費用を払って、宇宙旅行に行こうと思っているわけじゃない。だいたい、宇宙食に味を求めることって、どんな意味があるのかも、よくわからない。人間は不便なもので、どこに行っても定期的な食事をしなければならないが、その定期的というのは、結構、アバウトな表現である。まず、現代の普通の人間は、1日三食である。といっても例外は、胃の手術をした人は1日6回だったりする。一回ずつが少ない。また相撲取りは、朝晩2回だそうだ。朝稽古の後と、夜。

ところが、江戸時代の常識は、1日二食だったそうだが、結構、間食はしていたらしい。旅など行くと、だいたい昼間は団子屋で休憩をとっていたようだ。

さらに、ギリシア時代は1日1食だったそうで、最古の医学書であるヒポクラティスの本を読むと、1日1回の食事を食べ過ぎて病気になるケースが多かったようだ。

で、宇宙食だが、デザートのショートケーキは130カロリーだそうだ。ずいぶん少ない。さらに、異常に軽い。フリーズドライ製法である。一体、これで食事は足りているのだろうか。さらに同様の海老グラタンになると、100カロリー以下。たぶん、宇宙では重力がないため、カロリー消費が少ないのかもしれない。念のため、お値段は630円とあまり軽くない。

2f532a5f.jpgで感触はというと、日本固有のフリーズドライである高野豆腐みたいにサクサクしていて、さらに異常に甘い。悪いけど、例を挙げての説明はできない。

はっきり言えることは、

「イタリア人は、宇宙には行かないだろう」

ということだ。


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