調理師がいないからではない

2017-08-31 00:00:47 | 市民A
少し前(8月12日)に、時事通信が国土交通省の方針として「船舶料理士」の取得要件緩和の方針を固めたという記事を見た。要旨は国内船舶の船員不足の要因が船舶料理士不足にあるとして、料理士を増やせば船員が増えるという論理なのだが、かなり違和感がある。実際には、たいして難しい資格ではなく、一定の時間内に2種類(和食と洋食)の料理を作れれば(つまりいわゆるコックなら)合格する。

船舶料理士の要件緩和へ=おいしい食事で船員確保―国交省

国土交通省は、国内の港を行き来する内航船の職場の魅力を高める一環として、船内で調理を担う国家資格「船舶料理士」の取得要件を緩和する方針を固めた。

現行では、国家試験に合格した上で船内で最長1年の実務経験が必要だが、同省は年内にも、期間短縮に向けた検討を始める。栄養バランスの優れたおいしい食事を提供する環境を整え、減少する船員の確保を目指す。

船舶料理士の資格取得には(1)国家試験に合格した上で1年(2)調理師や栄養士の資格があれば3カ月―の船内での実務経験が必要。調理師などの資格が既にあり、船内に船舶料理士の「先輩」がいれば、1カ月で取得できる。

国交省によると、2015年度は363人に資格を与えたが、実務経験の期間を短縮して有資格者を増やしたい考えだ。

船員法施行令では、遠洋を航行する1000トン以上の船には、船舶料理士の乗船を義務付けている。しかし内航船にはこの規定がなく、船員が業務の合間に交代で調理するケースが多い。こうした負担が離職要因の一つとされる。

15年10月1日時点で内航海運に携わる船員は2万258人で、06年から約7%減少。50歳以上の船員が半数を超えている。若い担い手が求められる中、同省は就労環境を良くするため、食環境の改善や調理の負担軽減も重要と考えた。


船舶会社に少しいたこともあるので、まずミクロ的な話からすると、職名は司厨長(本当は司厨員だが、船に一人しかいないから自動的に司厨長になる)。

一隻の船員数は船のサイズにより定員が決まっていて、だいたい10人位である。24時間運航するので3班にわかれて、4時間交代で働く。だから、船員は1日2回、計8時間勤務になり、陸上勤務者と同じになる。ところが土曜も日曜も働くので休暇が取れないため、2~3ヵ月連続乗船し、1ヵ月位まとめて休むということになる。この交代要員を考えると、定員の1.3~1.4倍の船員数が必要になる。

乗船中の10人は、交替で仕事をするのだが、司厨長は船内の食事を一人で作らないといけないので、だらだらと一日中忙しい。港に寄港中には、食糧を買いに行かないといけない。栄養のバランスも重要だし、食事の予算管理も必要だ。しかも船員の食事の好みはバラバラである。年齢は20代と60代に二極化して、カロリー優先派と健康食優先派になる。基本的には、船員の生活に刺激を与えるように毎日メニューを大きく変えるのがコツらしい。

それと、勤務の都合上、食堂で船員が一緒に食べることはなく、だいたい一人か二人で食べるので、司厨長は船員の話し相手になることが多い。いつの間に船員の裏情報を全部知っていたりする。もちろん口が堅くないといけないが、そんなことは国家試験では問われない。

以前、海上自衛隊情報を聞いたが、民間の商船よりも過酷なのが潜水艦だそうで、その生活の閉塞感は甚だしい。呉では退役後の潜水艦に陸上で乗れるのだが、とても我慢できない狭さだ。自衛隊でも各船にコックはいるが、腕のいいコックは潜水艦に回ることが多いそうだ。隊員がやめないように細心の苦心をしているそうだ。

民間の場合、各船員には個室があるので(しかも潜水もしないので)、ストレスは潜水艦ほどではないが、といって、コックの腕が悪いと言ったところで改善されるわけでもないので、口に合わなくても我慢して、自室の冷蔵庫に秘蔵する冷凍の刺身を解凍して口直ししたりする。

では、本題の「なぜ船員は不足するのか」ということだが、マクロ的には、一つは、船員に限らず労働者数は不足しているということがある。しかも連続勤務、連続休暇という特殊な勤務形態だ。また、記事に書いているように定員より一人多く乗せる余裕がある船主は半分くらいだ。もっとも、記事のように一般の船員が調理を行うと、過剰時間労働になるのは明らかだ。

それと、実際には船員不足のように感じても、単に船員が退職し、常に採用しているので不足のように見えても、人の回転が速いだけなのかもしれない。その背景には、船員の身分は国家が資格を認定する(船員手帳)ので、手帳を持っていれば他の会社に簡単に転職できるからなのだ。

破船(吉村昭著)

2017-08-30 00:00:49 | 書評
恐怖小説である。吉村昭のほとんどの小説は、江戸時代以降の歴史上の事実をもとにした作品だ。虚実の比率は2対8といったところだろうか。ただ登場人物が考えることについては記録がないのだから、氏の完全な想像に基づいている。それが定番化されている。

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ところが、本書では、事実なのかそうでないのかが判らないようになっている。時代は江戸時代の中期だろう。場所は不明。海辺の漁村で、隣村まで2日ほども離れたところである。いわば隠された村の秘密。なにかカフカ的だ。

事実、この貧しい村には口外禁止の重大な秘密があった。それは「お船様」と呼ばれている。

いつの頃からなのか秋から冬にかけ海が時化ることが多く、物資を積んだ回漕船が沖合で難破することがある。その時に破船となる遭難船の唯一の助けは、陸であるし、島でもある。

一方で、この村の重要産物が「塩」。海岸で塩水を蒸発させ、何度も火を入れることで生成していく。本来は、そういう作業は昼間に行うものをこの村では夜間に行なうことになっていた。その理由は「お船様」に関係がある。

難破した船は、昼間であれば自分の目で安全確認できるのに夜間は海岸の焚火しか頼りにするものがないわけだ。そして夜の海で遭難船は海岸の火を見て、そこにあるはずの砂浜を目指して必死に操船するわけだ。しかし、その結果、無慈悲にも岩礁だらけの危険な入り江におびき寄せられてしまう。そして、夜明けになると海面に浮かぶのは座礁してしまい完全に動けなくなった難破船とその積荷ということになる。

しかし、よく考えると、その積み荷を村民が山分けするには、問題があるわけだ。そしてその問題を解決する方法は・・。否、そんな筈はない。しかし、そうなのか・・

というようにグルグルと恐怖の予感が高まっていくわけだ。

そして、数年ぶりの獲物(お船様)が村民に大量の米俵を与えるわけだ。

そして翌年、再びお船様が現れるのだが、船にあったものは、天然痘で亡くなった大勢の水夫の死体であった。天然痘は村人に容赦なく襲い掛かり、亡くなったものばかりではなく、病魔に侵されながら必死に生き延びた者に対する健常者からの非情な掟「山追い」という行為により、村から追われ山中で餓死する運命が待っていた。


歴史的事実というよりも、能登半島に伝わる伝承を、舞台を江戸時代に置きなおして書いた作品らしい。


しかし、今まで読んだ吉村昭作が23作あるが、その中では一番怖い。怖すぎる。映画にするのは、困難だろう。

ある新入社員研修のできごと

2017-08-29 00:00:39 | 市民A
製薬会社Z社に入社したA社員が、新人研修中のいじめ的な事件が原因となって自殺したことが労災と認定され、その後数々の証拠を積み上げご遺族がZ社、研修請負会社B社、講師を相手に損害賠償を求める民事訴訟を起こした。

事件は2013年5月に発生し、2年後の2015年に労災認定を受けた。おそらく研修という閉鎖空間の中の実態を明らかにするのに時間がかかり認定が遅れたのだろう。

問題は、B社が行った研修「意識行動改革研修」は4月10日から12日の3日間で、この中でA社員は「吃音」や「過去のいじめ」を話題にされ、過去の悩みを吐露するように強く求められたうえで、研修講師は報告書にA社員のことを「何バカな事を考えているの」「いつまで天狗やっている」「目を覚ませ」。

この件についてB社は、「研修内容は問題がなく労災認定は事実誤認。当社以外の研修中に不幸があったと認識。」と言っているそうだ。

この件について、知っていることは少ないし、こころの不調というのは確かに複合して起きるのは事実で、4か月間の研修自体が過重労働であった場合はそれも原因の一つでその場合はB社だけの問題ではなく研修全体を企画しているZ社の責任となるのだが、もう少し部分的なことで感じる問題がある。

それは講師が「吃音の原因は過去にいじめられた経験にある」と判断し、「過去を思い出すように命じた」というくだりである。

実際に吃音があったというのは事実ではないとご遺族が語っているので真偽は不明だが、この部分は、A社員の吃音を「病気」と判定し、「過去の回想により克服しよう」としたとすると、医療行為となるわけで、医師免許のない人と思われるので、医師法違反(ニセ医師)の重罪となる。

さらに重いのは、確かにある時期、心の不調の原因は過去の何らかの事件が原因というのが多いので、無理やりそれを思い出させて、「その時に感じた様々な感情は、すべて間違っていて本来気にするようなものではない」と考え直すことによって治療しようという方法が広く行われたのだが、その結果、忘れていた過去の嫌な記憶をさらに正確に思い出すことにより多くの自殺者がでたことにより、「失敗した治療法」とみなされていて、つまり正しい治療とは反対のことをしたわけだ。

拒税同盟(水木楊著)

2017-08-28 00:00:32 | 書評
税金を払わないことを心に固く誓ったうえ、同調者をネット上で集め、脱税した現金を海外に持ちだして、結局日本に帰れなくなった話なのだが、広い意味でいうと「犯罪小説」なのだろうか。

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といっても、財政赤字を増やしながら、政府機関のリストラをしないことに対する対抗策という立派な理由があるから無罪という主張のようだ。

書かれたのは1996年ということで、まだ国債発行残高は6000億円台だったそうで、まあ小説の内容とは別だが、国債比率が高すぎるのは確かに大問題。予算の半分が借金だから。

といっても、最近では税の滞納(あるいは脱税)の仲間を集めると共謀罪となるそうで、では共謀罪の第一号は、どういう事例に適用されるのだろうかと思うのだが、テロのための法律というはずが、テロに関して第一号が発動するのも問題だが、テロ以外が第一号になるのも問題というような気がする。

ただ、この小説は、将来、何らかの確率で脱税を企てようと思う人がいれば、ある程度参考になる部分もあるのかもしれないなあと思ったりする。もちろん実行する前に親しい税理士に相談してからの方がずっといいと思うが。

「煙のゆくえ」「オリンピック報道写真展」

2017-08-27 00:00:19 | 美術館・博物館・工芸品
品川駅港南口の先にある品川グランドコモンズのずっと先にあるキャノンギャラリーSで二つの写真展が開かれていた。

一つは、岸本健氏の「オリンピック報道写真展」。岸本氏が最初に五輪の撮影を行ったのは、1964年の東京五輪。

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マラソンのアベベ・ビキラ、体操のチャスラフスカ、陸上100mのボブ・ヘイズ。五輪を代表する選手たちの試合中の表情が捉えられる。そして岸本氏のカメラはメキシコ五輪、・・・リオ五輪と選手を追っていく。

本展は「THE ONE」と副題が付けられている。切り取られた一瞬は、すべてが、まさに「THE ONE」なのである。


二つ目が「煙のゆくえ」。

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蒸気機関車(SL)の写真で、今年の撮影物ということだ。専門用語で、夏休みに鉄道写真を撮りに行くのが「鉄ナツ」というらしい(確証はないが)。展示会場には、さまざまなシーンで走る全国のSLが芸術的作品として展示されている。若干気がかりは、線路内に入って撮影したのではないかと思えないでもない作品もあるということ。

ところでアマチュアカメラマンが撮影した鉄道写真というのは、紙焼きされ額に入れられてご自宅のリビングなどで飾られるのだろうか。文字通りの自画自賛。

最大の敵は?

2017-08-26 00:00:24 | しょうぎ
藤井四段の最大の敵は誰なのだろうと考えてみた。確かに公式戦で4回負けているのだが、誤解をおそれずに書けば、負けた将棋は「胸を貸した」ような指し方に見えてしまうのである。そもそも9割も勝っていながら「まだ弱いので勉強中」ということで、ほとんど相手に合わせて駒組をしているように見える。相手の得意戦法を防いだり、不得意戦法に追い込むというようなテクニックは使っていない。あえていうと、飛車先の歩を伸ばすのが早いくらいか。

これが、挑戦者決定の一番とか重要な対局になった時に、「作戦を練る」のか「今のまま」なのかわからないが、今のところ、多くの相手は自分が不慣れでも振飛車の急戦を指向してくるような感じだ。

しかし、それが多発するようになれば、対策を立てるだろうが、いつも振飛車を指すスペシャリスト相手だとどうなのだろう。例えば久保王将。形にとらわれない棋風で、藤井四段と同じように他の棋士の予想を超える手を多く指す。久保王将に胸を貸すと、自由奔放に大暴れされるだろう。

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たまたま小学4年の時(平成24年)、「関西こども将棋大会Aクラス」で優勝した時の記念写真を見つけた。顔の大きさは久保九段よりも藤井少年の方が大きいように見えるが、その後、プロ入りに備え、ダイエットしたのだろう。賞状には大阪府知事 松井一郎と書かれている。

もっとも久保九段にとっての目標は、「藤井キラーになること」でも「ライバルになること」でもないだろうが。


さて、8月12日出題作の解答。

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馬捨てから、3二に金か銀を捨て▲2四桂という筋を発見するのと、その後の大清算の時に手順前後を防ぐため盤上に配置した飛車を逆用して詰ませる。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。(1八角を馬に変更しました。)

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ヒントは二つ。

1.1八は二段階で役に立つ。
2.二枚の香はエンディングの軽手に使用する。外務大臣と防衛大臣のように二枚セットの手筋。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ、正誤判定します。

思い出横丁で食べ損ねる

2017-08-25 00:00:25 | あじ
新宿駅西口に夕方用事があって、そういえば「あそこ」へ行ってみようかと思う。用件は1時間くらいなので、その後、焼鳥でも食べようかと基本構想を立てる。

で、近くだったので、その目的地を事前に下見にいく。

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路地の入口に看板がある。

「思い出横丁」。戦前からなら「思ひ出」と書くだろうから戦後の産物だ。

そして、この横丁には正式名称の他、二つの俗称がある。

正式には「新宿西口商店街」。俗称1が「思い出横丁」。俗称2は「ションベン横丁」。

実際、今はこの横丁の中央に公衆トイレがあるので、道端で用を足す人はいない(はず)。

戦後、このあたりから伊勢丹の場所まで闇市だったそうだ。都民の胃袋の街だった。

現状の特徴としては、道幅が2m位で、両サイドに二階建てのハーモニカ型の焼き鳥屋等が並ぶ。ほとんどが狭い面積にカウンターを並べるので、奥の席に押し込められると、トイレに行くつど、手前の人たちが場所をあけないといけないので、ついつい我慢してしまい、トイレにいく前に道端に放出することになるのだろうか(ただし、道端は存在しない。隙間なく店が並んでいる)。

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また、アーケードではなく、空が見える。大雨が降ってきたら面倒なことになるだろう。

そして、下見をしていると、空がにわかに暗くなってきたわけだ。この写真を写した10秒後に雨が降り始める。あわてて横丁を抜ける頃には大雨になり、信号を渡ってビックカメラのビルに逃げ込むと同時に雷鳴が始まり、都内1000連発の雷攻撃が始まったわけだ。

ということで、横丁攻略は不発ということになったのだが、帰りの電車が、途中の二子玉川駅で花火大会中止で、全身濡れた浴衣の若者たちと一緒になってしまう。

車内放送は、
「衣服の濡れたお客様が多数いらっしゃいますので、冷房はかけますが、扇風機につきましては、『切り』とさせていただきます。」と再三繰り返していた。

この、「『切り』とさせていただきます」という奇妙なマニュアル風の日本語は、初めて聞いた表現だが、単に「切らしていただきます」と言えばいいようなものだ。

応用すると、「あなたとの労働契約は、今月末をもって『切り』とさせていただきます」というように契約とか婚姻関係とか、ゴルフのテレビ中継を途中でテレビ局が打ち切る時とか、将棋で負けたときとか、「負けました」といわずに「対局する気力を『切り』とさせていただきます」とか使えそうだ。反対に、本当に「切る」場合には使わない。「あなたの胃潰瘍ですが、治療法は投薬ではなく『切り』とさせていただきます」とは絶対に使わない。

コーチに復帰?

2017-08-24 00:00:39 | スポーツ
昨年のプロ野球セントラルリーグで成績不振のチームが中日ドラゴンズだった。その結果、3年契約の2年目の途中で監督を解任されたのが谷繁元監督。横浜と中日と合計27年間捕手を務め、2100本の安打を積み重ねた。

今年も監督が代わっても中日の成績はさっぱりであることからして、チームが弱い責任は彼にはないことが証明されたのだろう。

ところで、谷繁氏の豪邸だが、横浜市にあり、私の二階建て犬小屋から徒歩5分のところにある。本来は表通りではなく、一見突き当りのあるような目立たない三叉路にあるのだが、なぜか抜け道の目印になる曲がり角にあるため、NAVIで走ると、いつもそこを通るし、タクシーに乗ると、運転手の方から「谷繁の角を曲がりましょうか」というように、地元ではいつの間に有名になっている。つまり地元だ。

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そして、監督退任後、たぶん自宅に戻っていたのだろうが、近くにオープンするスポーツ用品店(オーソリティ)のチラシに顔写真があった。

その屋上にもうすぐオープンになるバッティングセンターで開催されるバッティング教室に登場するらしい。オーソリティで3000円以上買い物をすると教室参加券をもらえるそうだ。そしてサイン入りボールがプレゼントされるそうだ。

つまり、コーチで復帰するということだろうか。
あるいは、始球式に登場して、ピッチングマシーンの最初の一球にわざと空振りするとか。

キャッチング教室とかコーチング教室とか併設したらどうだろう。

「忖度」を詠む俳句と短歌

2017-08-23 00:00:22 | 書評
新潮社の月刊書評誌「波」の中のお気に入りの連載が「俳句と短歌の待ち合わせ」である。同一の「お題」が出題され、堀本裕樹氏(俳句)と穂村弘氏(短歌)の勝負は、今のところ互角だろう。たぶん両陣営は、かなりの犬猿の仲なのだろうとは思うが、正確なことは知らない。

今月のお題は「忖度」だった。元の意味は、相手の心を思い計ることというので、中立的なことばだったが、どこかの党の議員が、国会で悪い言葉として使い始めた。

まず俳句として、

 忖度をし合ひ差しあふ冷酒かな
 

 いかにも悪党同士が、相手が何を考えているのだろうとさぐりながら酒を酌み交わす情景が生々しい。さらに悪漢用語になってしまうような感じだ。

次に短歌、

 「忖度」とひとこと云ってねむりこむ悟空を抱いて浮かぶ觔斗雲

 きんとうんは、一とび十万八千里も飛び、孫悟空が頭の中で「次はどこに行こうか」と考えただけで、忖度し、目的地についてしまう。本来は、悟空が眠っている間に、意を汲んで移動するという優れモノだが、悟空はお疲れで頭の中真っ白で、忖度するにも何も浮かばないということだ。あるいは、いつまでも眠っていたいという悟空の深層心理を忖度したのだろうか。

雨後のきのこ

2017-08-22 00:00:31 | おさんぽ
連続降雨記録が続く関東だが、都心に雷1000連発の翌日、横浜の自宅近くの歩道の脇に妙なものが林立していた。一目でキノコだと思うが、ずいぶん大きい。かさの直径は10センチほど。すごい生命力だ。雷の放電がキノコの成長に影響(促進効果)を与えるのだろうか。

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犬の散歩で通りかかった女性が、私に話しかけてきて、「これ、毒キノコですね」と、断言された。

いかにもキノコを採って食べそうな顔をしていたのかもしれない。親切な注意なのだろうが、別に言われなくても、取って食べたりしないから大丈夫だが、その中の1本だけ、かさの一部に何かが齧った跡がある。犬かカラスか。うまくないだろうから、齧っただけだろう。

そもそも、山の中までいって毒があるかもしれない未知のキノコを食べるのは人間だけだろう。フグにしても、食べ方が確立されるまでにどれだけの犠牲者が出たのだろうか。本当に理解できないのが人類だ。

そういえば、きのこは秋の食べ物だ。不意を打たれて秋来たる。

高校教育無償化と憲法の関係

2017-08-21 00:00:29 | 市民A
日本維新の会を改憲組に引込むため、自民党総裁が、維新の会の政策目標を憲法に書き込もうという趣旨の発言をしているのだが、果たしてそれを維新側が強く望んでいるのか、はっきりしていないように感じている。自民党総裁は高校どころか幼児から大学まで無償にしたいと言い出しているのだが、元々民主党政権の時に公立高校授業料無償化をしたことを「民主党の失敗政策」と評価し、有償化したわけだ。

もっとも、先週、池袋の駅前で右翼の街宣車が「安倍は右翼でも言わないような激しい主張をするのだが、実際には何もできないボンボンだ」とがなりたてていたように、思いつきで言葉が口からでてくるタイプの政治家なのだろう。「今でも自衛隊が違憲だという法学者がいるから憲法を変える」というのもずれているような気がするのは、法学者というのは弁護士や裁判官じゃないのだから、憲法の効力だけを論ずるのではなく、法律の体系とか各国の差とか、憲法内の矛盾点とかさまざまな角度から研究しているのだから、「こう考えてはいけない」というような発想で学者を論ずるのもおかしい。

で、話を拡げないように「教育」という観点から見ると、現憲法では第26条(教育権)で2つの項を規定している。

1.すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

2.すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務強育は、これを無償とする。

第1項は文字通り、国民は教育を受ける権利をもっている、ということ。じゃあ、教育を提供するのは誰かというと、いきなり難しい。国ということなのか、あるいは民主主義なのだから国=国民なのか。また大きな問題ではないが、憲法には「国民」「日本国民」「何人(なんびと)も」という3種類の言い方があり、在日外国人はどうなるのかということになる。(もっとも憲法は、単に漠然と理念を書いてあるのだから、細かな解釈は個別に法令を作って対処すればいい、という考え方もある)

そして第2項。国民はその子女に法律が定める内容で、普通教育を受けさせる義務がある。というのが最初の意味で、義務教育の主体は、こどもの親が指定されている。

そして、義務教育は、これを無償とする、という部分は義務教育=タダということ。このタダの内訳に教科書代や教材費、修学旅行の費用は含まれないというような下品なことは書かれていない。教科書をタダにしてほしいという裁判があって、裁判長が「タダはダメ」といったということ。しかしその後、公立学校の教科書はただとなっている。また「高校が無償でないのは憲法違反だ!」という裁判があったわけではないが、あっても「憲法で、法令に定めると書いてあるのだから憲法裁判にはならない」と一蹴されるのだと思う。

では、どういう法律で決まっているかというと教育基本法。戦前の教育勅語が廃止になり、教育についての国の基本的な方針が書かれているのだが、義務教育は9年間とするとなっていて、さらに学校教育法の中で、公立の小学校と中学校は授業料がタダで、特例として教科書もタダ、となっているわけだ。

論点をまとめると、

1.「義務教育」と「教育無償化」は別の問題で、義務9年だが無償は12年とか20年とか別に決めればいいわけだ。

2.もともと憲法には小学校と中学校が義務教育だとは書かれていない。つまり教育基本法や学校教育法を部分改定し、その中で、義務の範囲と無償化の範囲を別に決めればいいのではないかと言えるわけだ。

(もっとも維新の隠れ党首は弁護士なのだから憲法のロジックを知らないわけはない。)

また、私見だが、タダにすべきは、高校ではなく幼児教育ではないかと思っている。トマトの苗の話で恐縮だが、細くてひょろ長い苗に大量に栄養を与えてもうまく育たない。小さくても元気のいい苗の方が、結局、大きくなるわけだ。

なお、世界的には「9年間」は中の下のようだが、あまり大差はない。その国によって考え方が違うということだろう。ちなみに日本の高校進学率は97%で、問題は学費ではなく教育の質だと思っている。大学へ行く高校生はしかたなく勉強するが、大学に行かない高校生は、まるで何も勉強しない生徒が多いと思う。


そして、これで終わると内容が空虚なので、現行憲法や教育基本法(旧)の成立の話だが、日本国憲法は大日本帝国憲法の規定の中の憲法改正の手続きに即して行われている。大日本帝国憲法(1889年~1947年)では、勅命により憲法改正案が審議され、衆議院と貴族院がそれぞれ3分の2以上で決議して成立となっていた。勅命によるというのは帝国だったからで、実際には憲法改正は、日本国憲法への改正の最後の1回しか行われていない。

そして、現憲法は衆議院でまず修正が行われ、さらに貴族院で修正が行われ、その最終修正案を再び衆議院で可決して成立している。そして、憲法改正に伴って教育勅語が廃止になることが確実になったため、その代わりに教育基本法が成立し、教育勅語が廃止になった。その過程で小中学校の無償化について帝国議会で質疑応答があり、「国力の許す範囲は今のところここまで」ということになった。もっとも1946年当時、70年後の教育現場を想定したわけではないだろう。

月岡芳年の描くあやかし(妖)の世界

2017-08-20 00:00:01 | 美術館・博物館・工芸品
横浜歴史博物館と原宿の太田記念美術館の二か所同時に開催中の月岡芳年展。横浜の方に行く。

月岡芳年は幕末から明治前半にかけての絵師。よく言われる江戸最後の浮世絵師である歌川国芳の弟子である。つまり、「最後の最後の浮世絵師」と言っていいだろう。

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実際には明治時代にもそれなりに絵師はいるのだが、後半になるとすでに写真の時代になり、さらに洋化していく日本には風景画の題材は減っていく。東海道五十三次は機関車が走り始めることになり洋服が流行りだす。

では、最後の最後の浮世絵師である芳年は何を描いたかというと、幕末前後には彰義隊や会津での戦い、また西南の役の西郷軍の悲惨な敗北など、戦争の惨たらしさを表現している。

要するに、新聞の写真の代わりだったわけだ。伝聞で描くので、歴史上の史実とは異なっている。西郷隆盛は海上に逃げたものの、船の上で切腹したことになってしまった。

そして、芳年は、絵師の生きにくい時代に、一つの解決の方向を持っていた。それが妖怪を描くこと。最初に手掛けたのが「和漢百物語」。日本と中国に伝わる各種の妖怪を国芳流に描いている。民話の中の「妖」の蒐集というべきか。慶応元年の作だ。現代人のようにネットや図書館で世界の妖怪を簡単に調べられるようなものではないのだから、かなり根性のいる仕事だ。

そして、明治20年頃に発表した「月百姿」は、各葉に月を描き込み、有名な史実を描きこむ。もちろん月は夜の象徴であるから、夜の歴史という雰囲気が醸し出される。

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そして明治22年から25年にかけて出版された「新形三十六怪撰」。日本の有名な事件にかかわる妖怪たちの跋扈を描いている。つまり、妖怪を描いた「和漢百物語」と史実を描いた「月百姿」の集大成になる。しかもこの名作を仕上げた後、芳年は体調を崩していき、やや短い人生を閉じることになる。

新形三十六撰で描かれるのは、怨霊に悩まされる平清盛とか、皿屋敷お菊の霊とか、秀吉の時代にカムフラージュされた江戸幕府最後の薩長軍と幕府軍の戦いの犠牲者の霊、四谷怪談とか守備範囲が広い。

その中に、気になる一枚が、平安時代の陰陽師である安倍晴明。彼の母親は、実はキツネだったそうだ。人間の美女に化けて晴明の父親と結婚し、息子を得る。しかし、晴明が幼児だった頃、正体を見破られ、狐の郷に帰ることになる。その時の母と子の別れが描かれたのだ。先日、京都の晴明神社で御守りを買ったのだが、母親がキツネだったことは、どこにも表示されていなかった。

なお、月岡芳年のことを絶賛していたのは三島由紀夫だが、むしろ妖怪を探し出して描くという行為の後継者は、まさに水木しげるではないだろうか。世界各地を回って妖怪調査をしている。洋風化に挑戦するかの如く史実や伝承に残る妖怪の存在を探し、絵という永遠の記録の中に封じ込める。一方、水木しげるも人間の存在の証を各地の民話の中に見つけ出す。

スピリチュアルな物体や現象は、人間の普遍的な真実を表してしまうわけだ。

迫る脅威(想像)から逃げられるか

2017-08-19 00:00:38 | しょうぎ
北の方の国の話じゃなく、藤井聡太四段に、もしかしたら忍び寄ってくるかもしれない脅威のこと。

今や超人気棋士は夏休みも大活躍で、公式対局の他、将棋まつりなどにも登場している。8月5日に地元愛知県の春日井市で開催された小学生向けイベントである「かすがいキッズ将棋フェスタ」に登場している。多くの記事は、公開対局で藤井四段が敗れたことを報道しているのだが、私の見る目は違っている。このフェスタの企画者である杉本門下であるミズX(28)女流二段のこと。さらに3ヵ月前の岡崎市での「五万石藤まつり『第24回将棋まつり』」でも、彼女は藤井四段と共演している。

しかも彼女は囲碁界のスーパースターで賞金一億円を毎年稼ぐ6冠王と結婚し、3年で離婚している。つまり独身(のはず)。

ここで二人のタイムテーブルを重ねてみると、女流2段と6冠が結婚したのは2012年5月24日。この時の報道では、二人とも1989年5月24日という同じ日に生まれたため、誕生日に結婚した、ということだった。二人の誕生日と結婚記念日をすべて年間1日で終わりにできると合理的に考えたのだろうか。そしてお互いの多忙を理由に3年7ヶ月後の2015年末に離婚している。

一方、四段の方だが、奨励会に入会したのはちょうど2012年の6月から。二段が結婚した頃だ。そして一億円棋士と離婚した直前に四段は三段リーグに入り、その後四段になる。

なんとなく次の一億円候補(年齢はWスコアだが)に目を付けてしまったのではないかと想像したくなってしまう。同年齢の1億円男より13歳下の1億円男の方が13億円多く稼いでくれることになる。ただ、その効果が25年後位からだとすると、年利3%としてMPVは10億円を少し下回るくらいかな。いや、税金が半分あるからその1/2位だろうか。


さて、8月5日出題作の解答。

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銀の徘徊。角を取りたくなるのだが、詰将棋なので最初に角は取らない。複雑な手順で飛車先を通すわけだ。作るのはかなり難しい。なにしろ、余詰めになりそうでならない。

動く将棋盤は、こちら

今週の問題。

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ごちゃごちゃと満員電車状態だが、総手数と総使用駒数は同じではないこともない。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ、正誤判定したします。

季の美・クラフトジン(京都産)

2017-08-18 00:00:44 | あじ
先日、『岡山』というクラフトジンを飲んだが、さらに有名な国産のジンを飲んでみる。

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京都で造られている『季の美』。

なんとなく木の実を想像させるネーミングだが、その想像通り様々な植物を原料としているそうだ。

まずベースは『ライススピリッツ』。もしかしたら米焼酎かもしれない。そして『伏見の名水』。これは植物じゃない。マケドニア産の『ジュニパーベリー』。これは一般的にジンの香りに用いられるヒノキ科の木の実だ。『緑茶(玉露)』。『柚子』。『山椒』。そして『ヒノキ材』。実ではなく木材だ。

そして化粧箱から豪華な瓶を取り出す。(個人的にはビール瓶とコルク栓でもいいのだが)

香りは様々な種類の香料のミックスという複雑な気持ちになるのだが、味はよく素材が調和している。刺激的な植物がつかわれているが、ブレンドの努力が感じられる王様の味である。43度なので、大量に飲んだりしない方がいいと思うし、水割りもよくないような気がする。

広口のグラスで飲むと優雅な香りが部屋に漂うのである。飲み終わってから、「さあ、風呂に入るか」と湯につかるときに、安物の入浴剤「ヒノキの泉(変名)」とか投入してしまうと、優雅な気持ちが、だいなしとなる。

ゾウガメ発見!のこと

2017-08-17 00:00:59 | 市民A
2週間以上、行方不明だった岡山県玉島市の渋川動物公園のゾウガメのアブーが、近くの林の中で見つかった。いたって元気らしい。発見者は、夏休みの1日を賞金稼ぎのためにつかった岡山市の父子。園長は自宅に50万円を取りに行き、当日中に手渡したそうだ。園長のポケットマネーなのかな?

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発見された場所は脱走した入園口から50~100メートル離れた林の中ということだが、切り立った斜面の上ということで、大回りをして登ったのではないかと推測されている。

各紙を総合すると、発見後、父子のうち父親が現場を見張り、中学生の男子が動物園に向かって、門の前で待機していたNHKの記者らに「カメが見つかった」と連絡に来たそうだ。真の発見者は父なのか子なのか。夏休みの課題は「カメの発見記」で金賞候補だ。書くのが苦手なら私が書いてあげてもいい。手にした賞金50万円の一部を著作料としてご請求させていただければいい。

動物園のHPにも、安堵とお礼のコトバが書かれている。

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ところで、かなり高い場所に登っていたということだが、今年の初夏に私が明石城に行った時、平地の堀にミドリガメが多数生息しているなあ、と思っていたのだが、石段を登っていった先の城内本丸跡の庭園に、ミドリガメがいて、誰かが食べ残したオニギリを食べ散らしているのをみて驚いた。どうして、こんな高いところにカメがいるのだろうと思ったわけだ。

カメは意外に運動能力が高いのかもしれない。「ウサギとカメ」の寓話のせいで、「カメはのろま」というイメージができたのだろう。亀がヒロインの「スチュワーデス物語」というドラマもあった。

さらに調べると、このアルダブラゾウガメだが、世界最高齢動物らしい。アブー嬢は35歳ということだが、この種の寿命は200歳とか250歳とかそのあたりらしい。彼女も今回が2回目の脱走らしい。通常は公園内を自由に歩き回っていたようだが、すでに誰よりも公園のことに詳しくなっているのかもしれない。

また、アブー嬢の甲羅が平ではなく、ボコボコと山ができているのだが、調べてみると、食べ物が偏ると、甲羅に異常が起きることがあるらしい。

つまり、食べ物が口に合わずに不健康になりそうなので、脱走してうまいものを食べていたのだろうか。職員は帰還記念にバナナや梨、地元産のピオーネやスイカを与えたそうだが、「脱走すると御馳走がもらえる」と覚え込んだかもしれない。あるいは山中で松茸でも・・