1手・3手・5手の詰将棋

2019-11-30 00:00:00 | しょうぎ
急に1年3期制の将棋教室を引き受けたのだが、1グループ10人ほどの二つのグループで、一応、「入門コース」と「初級コース」で週一回。

だから12回ほどで1クールが終わって、次にまた新たな10人が来るのかと思ったら、大部分は、そのまま次のクールにも参加するようだ。

実は大学の教養学部の先生のように、ノート1冊作れば、同じことを毎年教えて飯が食える、というようなものだろうと、12回分の資料を作って大船に乗った気持ちだったのだが、上の段に書いたように、同じことを教えるわけにはいかないので、またテキスト作らなければならない。



そもそも開始時間に遅れてくる児童も多いので、最初は詰将棋の練習から始めるのだが、そもそも1手詰めや3手詰めを作ることはまずなかったので、在庫を補充しなければならないが、間に合わないだろう。ということで、そのまま出題することはないのだが、『1手・3手・5手の詰将棋』という本を解いてみた。

いくつかを参考にしてリメイクしてみようかと思っている。第一勘では解けない問題もある。気になったのは特に3手詰めの2手目(つまり玉側)の非限定で、3手目の解が様々に分かれるものが多い。まあ、教えるのには、枝分かれが多い方が便利だが、はたしていいのだろうか。

教室では1回で2題解くことにしているのだが、大盤にすばやく並べないといけないので、駒数が少なく、1問目の解答図と2問目の出題図が似たような配置になるような問題を選ぶわけだ。


さて、11月16日出題作の解答。





要らない駒、馬と金を捨てる。大駒(竜)の力を最大限に使う。

動く将棋盤は、こちら。(Flash版)

GIF版



今週の出題。



柔軟に考えてほしい。似たような問題を出題したような記憶が微かにあるが、はっきりしない。桜の会の出席者を記憶していない官房長官と同じだ。

判ったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判定します。
ちょっとした手違いがあり、本問の解答の発表は2月になります。
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御殿場の話題(ソーセージなど)

2019-11-29 00:00:00 | あじ
御殿場は寒く、しかも雨や霧という陰鬱な雰囲気だったのだが、実際にはその反対のようなことをやりに行ったのだが、その話は少し先に書くということにして、地元の話題から。

まず、御殿場駅には残念ながらJRではなく高速バスで行ったのだが、駅前は五輪を歓迎していた。自転車競技の主会場が、御殿場市の富士スピードウェーだそうだ。ただしロードレースは調布からスタートして、ここがゴールらしいが、どこを走るのかピンとこない。



もう一つ、御殿場南高校出身の川野選手が50キロ競歩で五輪代表になったことが横断幕になっていた。幕を読むと高校生が五輪に出場を決めたように見えるが、実は、高校卒業後、東洋大学の学生だそうだ。調べたところ、今季世界最高記録だそうだ。



そして、食べ物の話。夕刻に横浜に帰る前に、あらかじめ調べておいた和菓子店を探すが、あるはずの場所にはない。時間もないので駅のキオスクで、御殿場ハムのソーセージを購入。実はハムよりもソーセージの方が好きだ。

合わせてワサビ漬けも買ったのだが「ワサビといえば伊豆だが、御殿場でもワサビが収穫されるのだろう」と思って買ったのだが、どうも伊豆のワサビを御殿場で売っていたようだ。




それと映画の町だそうだ。この前観た『関ヶ原』もここでロケをしたそうだ。エキストラ募集もやっている。『関ヶ原』では、戦いの最後に西軍の武士数十人が包囲され、八方から槍で突かれた上、首を切り取られた。時給はいくらだったのだろう。

話は変わるが、今の富士スピードウェーだが、スピードウェーの周囲に大規模商業施設を造る計画が浮上しているようだ。あんなにうるさいもののそばで何をやるのだろう。あるいは・・
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聞けば悲しい御殿場線

2019-11-28 00:00:44 | たび
所用で御殿場に行った。晴天であれば御殿場駅の南側にある立体駐車場の屋上から富士山の雄姿が見えたはずなのだが、あいにく小雨というか霧というか視界不良だ。

駅の周辺の一番の名物は『おおわらじ』という2~3メートルのわらじということだが、どこにもない。駅前の観光協会に行って聞くと、夏のわらじ祭りの時だけの展示だそうだ。いつも出しておけばいいではないかと思うのだが、もしかしたら、わらじは毎年の祭りの時だけ使いまわししているのかもしれない。晴れていれば観光協会で「富士山観覧証明書」をいただけるはずだが、一寸先は深い霧ということで、欲しいとは言えなかった。わらじが見られないことで観光協会の人には大いに慰められたのだが、わらじを見るために御殿場に行ったわけではないので・・・



ということで自然と足は、駅に隣接した『ぽっぽ公園』に展示されているD52蒸気機関車に向かう。もちろん、雨の公園を楽しむ人なんかいない。

思えば、沼津から北上し、御殿場から東海道線の国府津(こうず)までは御殿場線だが、単線であり本数も一時間に上り下りとも2本といったところだ。ところが日本に鉄道網が広がった時分、この御殿場線は東京と大阪をつなぐ大動脈であり、名前も東海道線だった。開業したのは1889年だった。しかも2年後の1991年には複線化した。箱根を迂回するために沼津から御殿場までが上り、御殿場から国府津までが下りということで、御殿場駅までの上りは機関車2台で走り。御殿場で切り替えていた。



また、陸軍の演習場が御殿場で行われることになり兵員や物資の輸送が多く行われていた。

ところが、1934年に丹那トンネル開通で熱海と小田原が結ばれることになり、東海道の大動脈としての御殿場ルートの役目は終わった。さらに残念なことに、戦争遂行のため物資不足ということで、1944年にはせっかくの複線化にもかかわらず、単線化され、レールはどこかに転用されてしまった。その後、復活の兆しは見えない。



もう一つ悲しいのは、御殿場線は神奈川エリアも静岡エリアもJR東海管轄のため、電子マネーはSuicaではなくTOICAだ。Suica区間で乗車してもTOICA区間なので精算できないそうだ。

今は、毎年8月の後半に行われる富士総合火力演習(略して、火力演習)の日が大賑わいだそうだ。チケットは応募申し込み方式でおカネで買えるわけではないのだが、その故、入手困難を極めているようだ。ただし、地元で聞いた話では、防衛省内にコネのある人はもらえるとのことだが、真偽は不明。桜を見る会みたいなものだろうか。

富士スピードウェーはあるものの、以前1年だけF1開催したときに、街中が渋滞になり、サーキットに到着したときには表彰式が終わっていたという醜態になったこともあり、それっきりになったそうだ。
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『十二国記』が猛烈に売れているらしい

2019-11-27 00:00:00 | 書評
小野不由美著『十二国記』のエピソード9『白銀の墟』全四巻が発売された。各50万部、計200万部が売れたそうだ。もちろんまだ1ヶ月である。これで11冊のシリーズが15冊になり計1200万部だそうだ。新潮社社員のボーナスも大いに上積みが期待できる。



我々の住む世界と、地図上にない異世界<十二国>を舞台に展開する物語で二つの世界は蝕と呼ばれる現象によって繋がれる。天意を受けた霊獣・麒麟が王を見出し玉座に座らせる。王がいない戴の国は、北国でもあり過酷な生活で人民が苦しんでいる。人間は何を信じ、何のために生きるのか。これほど人民が困窮する姿を描いたのはシリーズの中で今回が初めてだそうだ。なんとなく日本の隣の国に似ているが、国の数は二つしかない。

著者によれば、結局、救われる国もあれば滅びる国もある、ということでハッピーエンドは保証されない。

実は著者インタビューの記事を読んだのだが、書くために参考にしているのが、「山海経」・「銀河英雄伝説」・「ナルニア国」・「西遊記」・「水滸伝」・「小公子」だそうだ。シリーズは前作(図南の翼)から18年後ということだそうだ。

実はこのシリーズ1作も読んでいない。著者の作品としては『東京異聞』は読んだが、なんともいえない不気味さが残った。映画化された『残穢(ざんえ)』は映画を観たが、なんとも不気味だ。それに畠中恵の『しゃばけシリーズ』もまだ始めたばかりだし、とりあえず第一巻を読み始めようか(と思っても数年後かもしれない)
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麻薬蔓延の遠因

2019-11-26 00:00:42 | 市民A
他の先進国に比べて、日本は麻薬取締の基準が辛い。具体例は書くまでもないが海外で合法で国内で違法ということも多い。

日本の場合は、150年以上前に開国したときに、清国(今の中国)が英国人の持ち込んだアヘンで、中毒患者が加速度的に増加して、結局、国家滅亡に向かったことが知られていて、税関が厳重に禁止をしていたことから、ずっと厳しく取り締まっている。

ところで、最近、米・仏共同制作の『トランスポーター』という映画(DVD)の第三作を観たのだが、まさにスペインのイビサ島のパーティが誘拐事件の発端になる。誘拐された女性はウクライナの環境大臣の娘なのだが、「陰鬱な性格だ」と言われて、かっとなって島から持ち出した合成麻薬を一錠飲んで、陽気になり大暴れを始める。

ここで、麻薬容認論を展開することはないのだが、冷めた頭で考えると、麻薬の多くは現実から逃避した快楽を追及する目的で使用されることから始まるということだろう。

実は、日本の現実は、結構陰鬱のようだ。たとえば、この記事を書き始めているのは今月22日からなのだが、朝のYahoo!ニュースをテーマ別にコピーしてみた。



まず、国内・国際・経済・エンタメのテーマ。
国内の項目を上から羅列すると、日韓・桜見る会・豚コレラ・台風・冷え込み・泥酔・マタハラ・禁煙治療。全滅だ。すべて陰鬱。

国際の項目では、正恩・破棄・公務中止・香港・在韓米軍撤収・新型戦車・森林火災・ローマ法王の人気。ローマ法王以外は無論陰鬱。ローマ法王の人気は、世界の陰鬱さの裏返しとも言える。

経済。過労自殺・ゴーン・金品・破産・リコール・生産終了・値上げ続々・スーパー苦戦。これも全滅だ。金品をもらった職員だけは、ニコニコだったか。

エンタメ。壇蜜結婚・宮迫・20周年ルール・代役・懸念映画・ケガ・休養中の不安。あえていうと壇蜜結婚だが、嬉しいのは本人たちだけだろうか。



次に、スポーツ・IT・科学・地域のテーマ。
スポーツでは、楽天田中結婚・退団・退団・本田五輪・ねんざ・バレンティン・戦力外・清原更生。楽天田中結婚は明るい話題かな。交際5年は長すぎる気がする。あとは、ベテラン選手の再就職の話だ。

次にIT。着信注意・小1不明・ツイッター投稿予約機能・SIMフリー・サービス復旧・googleニュースをAIが選別・日本支援・池崎裏アカ。ツイートをあらかじめ用意していて決めた時間に言い放つわけだ。寝ている間にもつぶやく。AIに任せてはいけないことを次々に任せようとしているわけだ。最後の池崎裏アカ。すべてのカテゴリーの中でもっとも気が休まるのかもしれない。猫である。

次は、科学。丸い宇宙・ヘビの足・宇宙最大の爆発・海ブドウ・弥生前期の水田跡・南極の恐竜・生物絶滅・台風。

理解できない人のために解説すると、宇宙は丸いというのは「宇宙は閉じている」という説。通説は、宇宙はビッグバン以来、どこまでも拡大を続けている、というものだが、最近の研究では、どこかで収縮が始まり宇宙の全質量が一点に集まり、次のビッグバンが始まるというもので、現在は少なくても二回目のビッグバンの後であるというもの。元素で言えば鉄までが一回目に作られ、二回目にもっと多くの元素が生まれたとされる。しかし、猛スピードではじのない宇宙に広がったものが、どうして集まってくるのか説明ができない。宇宙は閉じているというのは、空気を少なめに入れた風船の途中を握り、右が大きくなれば左が小さくなり右が大きくなりすぎると、圧力で逆に左に空気が流れて行ってそちらを大きくするといった具合に二つの宇宙が繋がっているようなイメージだ。もっとも証明するのは難しいだろう。

海ブドウは実は単細胞生物だそうだ。記事はそうなっているが、本当だろうか。食べてはいけないものなのではないだろうか。実はニワトリの卵も単細胞生物なのだ。弥生前期の水田跡というのは、良い意味で言えば文明があったということだが、悪い意味では内乱の始まりともいえる。国家統一の時の醜い争いを、正確に知ることができないということを喜ぶべきなのだろうか。

最後に、地域。住宅火災・田代・大麻栽培・違法捜査・金品受領・小6不明・遺族の似顔絵・下宿の今。前向きな記事はない。

全部の記事をみても結婚以外の明るい記事はないわけだ。あえていえば、エンタメのところで、「代役で初大河 川口春奈が気合」というのが前向き感があるのだが、今まで視聴率に恵まれていないことが多かったそうだ。もとより、川口さんにとっては大チャンスではあるのだが、その原因を考えれば、明るい話題なのかどうか口ごもってしまう。

報道によれば、すでに収録中の10回分をすべて撮り直すということで、効率的ではない話だ。現代のNHKの能力からすれば、撮り直さなくても、前の女優の顔と声を川口さんのそれとデジタル技術で取り替えてしまえばいいだけだ。労力と費用は最小限になるだろう。

それに大河ドラマに登場する人物(織田信長とか)というのは、現代で言えば、大犯罪人である。無実の町民まで城に押し込めて、部下の秀吉に包囲させて飢え死にさせたり、僧侶を寺に追い込んで焼き殺したり、気に入らない部下は切り殺したり、敵将の頭蓋骨に金箔を張って、酒を注いで回し飲みしたりする。妻の父親の斎藤道三はマムシと言われるだけのもっと悪党だった。

悪党を称えるような番組のくせに、ずいぶんと潔癖症だと思う。
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すべてはイビサ島のパーティから始まった(トランスポーター3)

2019-11-25 00:00:00 | 映画・演劇・Video
スペイン、イビサ島のパーティからすべてが始まるといえば、現在進行形で、東京湾岸署で行われているオセロゲームで黒白決着(あるいは引き分け)をつけようとしている休業中の女優の話のようだが、似ているところもあるが、違うところもある。



映画『トランスポーター3』で、主演のフランク・マーティン(演:ジェイソン・ステイサム)の相手役、ヴァレンティーナはウクライナの環境大臣の娘。イビサ島で入手したピンクの錠剤を所持しているのはともかくとして、環境汚染企業により雇われた犯罪集団に誘拐され、父親の環境大臣が脅迫されるわけだ。

そして、フランクは、いつものように事件に巻き込まれてしまい、車や列車によってチェイスを行い、乱闘を繰り広げるのだが、今回の趣向は、愛車BMWから20メートル離れると、手首に装着された爆弾がさく裂すること。

困難を極めるのだが、観客は笑ってみていられる。爆発するわけはないはずだ。映画が終わってしまう。さらに問題を複雑にするのが、ヴァレンティーナ。あまり有名な女優ではないようで、いくら薬物を飲んでも損害賠償を請求されることはない。フランクに、「ロシア女は陰鬱だ。ドストエフスキーの小説もそうだ。」とか言われ、ブチ切れて「ロシア人じゃない。ウクライナ人だ。」とわめいてピンクの錠剤を飲んで、大騒ぎを始める。彼女の手首にも車から離れると痛い目に合う爆弾が装着されている。

このシリーズ、第一作が地味に当たり、第二作は荒唐無稽すぎる展開になり、第三作は、まあ物理的に起こりうる最大限の奇跡までということで、何とかもたせている。

次の第四作はジェイソン・ステイサムは降板する。鉄人にも色々と限界がある。
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馬の博物館で『名馬と武将』展

2019-11-24 00:00:05 | 美術館・博物館・工芸品
横浜の根岸台にある「馬の博物館」にいく。まったく行きにくい場所なのだが、伊勢佐木長者町駅から市営バスに乗る。横浜市南部の高台に行くのに道は狭く曲がりくねった坂で、ワンマンバスの運転をしながら、運転士は「右に曲がります。おつかまり下さい」と「左に曲がります。おつかまり下さい」をエンドレステープのようにしゃべり続ける。重労働。



そして突然に巨大な公園が現れる。根岸森林公園。その中のほんの一角に『馬の博物館』がある。では、広大な公園と、ずっと先にかすかに見える三本の四角い塔はなんだろうということだが、日本最古の競馬場とその観覧席にあったタワーだそうだ。



実は、競馬場を作ったのは英国人。英国人向けの娯楽として競馬場を作った。ラグビーも日本の最初の試合は英国人同士だった。要するに準植民地のつもりだったのだろう。



ところが、同じ英国人同士で競馬の興行をめぐる争いがあったようだ。そして、組織化され、日本人も仲間に入れてもらえて1867年から1942年まで洋式競馬が行われた。天皇賞もここから始まった。

そして広大な土地は軍に接収され、戦後は長く米軍の土地になっていた。今も塔が見えるあたりは米軍の住宅になっている。そしてアメリカ人は競馬よりも別のスポーツが好きで、長い間他の用途に使われたため、競馬場としての再建は難しいということになり、広大な公園になった。



そして館内は競馬場の歴史、馬の動物としての特性、馬文化、そして企画展の「名馬と武将」だが、ちょっと史料が少ないかもしれない。歴史上の名馬と言えば、佐々木高綱と梶原景季が争った宇治川の戦い(1184年1月)。名馬いけづきに騎乗した佐々木高綱は奇策をもって梶原をたぶらかし、自分が一番乗りになった。汚い奴だ。どうも横浜の人間らしい。

そして、今回は紹介されていないが、岡山の藤戸合戦というのがあって、佐々木盛綱が、海の中を馬で渡って敵陣に一番乗りを果たした。漁民に海の浅い場所を聞いて、そこを渡ったそうだ。口封じに教えてくれた若い漁民を斬って捨てた。汚い奴だ。どちらも佐々木姓なので、親戚かなと思って調べると、二人は兄弟だった。似た者同士だ。



そして馬文化として、馬車が展示されていた。外国人大使の着任の報告を受けるために皇室は馬車をもって東京駅に迎えに行くのだが、それと同じものが展示されている。今回の即位の礼からの一連の儀式の中に、馬車に天皇陛下が乗る場面があったのだが、皇后陛下は馬アレルギーということで、別の自動車を使われた。

もともと平安時代には公家は馬ではなく牛車(ぎっしゃ)による移動が一般的なので、皇室も牛を飼えばいいのではないだろうか。
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『盤上』シリーズ三冊揃う

2019-11-23 06:29:05 | しょうぎ
『盤上のフロンティア』を近くの大型書店(TSUTAYA)で見つけ、購入。本当は杉本先生の『入玉の極意』を立ち読みして、良ければ買おうかなと思っていたので、予算をだいぶオーバーした。

なんとなく、積んでいるだけで満足になる本が数冊あるといいのだが、今年は、そういう本を順に片づけてしまったので、年末までにピケティの『21世紀の資本論』も入手しようと思っている。

『盤上のフロンティア』は若島正教授の創作詰将棋集で、『盤上のファンタジア』の続編にあたる。どうせ自力では1割ほどしか詰められない(というか、根気も根性もないから)ので、せめて盤駒で並べることにして、一番簡単な問題を、教えている将棋教室で使ってみようと思う。というのも、領収書を経費にするためなのだが。

ところで、その他にも『盤上のパラダイス』という書籍も発行されている。詰パラ誌の初代主幹の「鶴田諸兄氏」のことが詳しく記載されている。



ということで三冊並べて記念撮影をして、画像を編集していると、前作『盤上のファンタジア』の帯の部分の文字に注目してしまった。



若島マジック、炸裂! 若島正、最後の詰将棋作品集。と書かれている。初版は2001年7月20日となっている。

つまり、18年経って、前言を翻意したということだろう。(普通は、翻意したとは言わない。)


さて、11月9日出題作の解答。






なにかもやもやする問題だったかもしれない。派手な技がない。あえていうと8手目に合駒を打つと、あとで攻方に駒が余ってしまう。

動く将棋盤は、こちら。(Flash版)

GIF版。


今週の問題。

1123m


駒数が少ない。大海に逃げたクジラを追いかける。

判ったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見を頂ければ正誤判定します。
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サーターアンダギー×2

2019-11-22 00:00:16 | あじ
首里城が炎上した一週間ほど前に、知人が二組、まったく関係なく沖縄に行っていた。旅行組と、仕事組。わたしも2回沖縄に行っているが、一回は旅行。もう一回は、仕事という名目の旅行。

そして、お土産のサーターアンダギーを一日違いで二ついただくことになる。そして、ちびちびと食べている間に、火災が発生。

こどもの頃に、禅宗の坊様より「形あるものは、いつか滅びる」とその後の私の人生を決定するような言葉をいただいていたので、悲しむよりも「ずいぶん早く滅びたものだ」と思ったのだが、想像通り、「すぐに再建する」と言い出す人がたくさんいて、「結構、旧守的な人が多いな」と感じた。大震災からの復旧でも、「元の通りがいい」という人と「別なものでもいい」という人がいる。難しいものだ。市民に愛される城というと大坂城が一番だろうが、実は元の城をよく調べずに作っている。



ところで、サーターアンダギーだが、サータ=砂糖、アンダギー=油で揚げたものという意味らしい。つまり日本語だ。実際には小麦粉と黒糖を混ぜて揚げるそうで、家庭で作るなら黒糖とホットケーキミックスを捏ねればいいらしい。ドーナツのようなものだが、ドーナツより好きだ(というか市販のドーナツチェーンのものは、機械で作った感が強く、人間が作った感じがない。格安回転寿司チェーンみたいなものだろうか。(といっても那覇空港で販売されているものは手作りではないと思うが)

通常のサーターアンダギーの方は、一粒が鶏の唐揚げサイズ。



そして、もう一つの方は、創作菓子だろう。ドーナツの切り抜いた生地位の大きさだが、そもそもドーナツじゃないので単体で小さくしたのだろう。一口で食べられる。商品名は、ちっぴるー。小さいという意味だろう。ちなみに本土では「チビ」は差別用語として使用禁止だ。このサーターアンダギーには黒糖だけではなくピーナッツが入っている。これはこれで美味しいのだが、いくら黒糖が健康にいいと言っても、好きなだけ食べていたら尿から糖が検出されるかもしれない。


もっとも二袋がなくなった段階で、食べ納めになったわけだ。といっても横浜でも沖縄特産品を売っているところは知っているのだが。自重。自重。
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東京湾景(吉田修一著 小説)

2019-11-21 00:00:18 | 書評
「21世紀を代表する小説家は吉田修一である」という評を読んだので慌てて一冊読んでみた。(21世紀はまだ20年しか経っていないのに気が早い。)さまざまな小説を書いているので一冊読んだだけでは何も判断できない。一応、たくさん書いた中で、よく書けた小説と自他ともに認めているので、いわゆる代表作の一つといえる。



ストーリーは25歳の港湾作業員と27歳の外資系石油会社OLの壊れそうな恋愛をはじめから順に追っていく。途中で女性作家青山ほたるが登場し、この二人や周辺人物から情報を集め、ほとんど事実そのものの二人を小説に書いてしまう。

その中には、この二人が内緒にしている過去のイベントもあり、二人は、連載中の青山ほたるの小説から、相手の過去を知ることになる。

そして二人の恋愛が停滞期に入ると、青山も書くネタがなくなり、とうとう「著者不調により連載中断」ということになる。

そうなると青山の未完の小説と同じように、『東京湾景』の小説も、二人の恋愛も終わりが予測されるわけだが、そうはならなかった。男は品川ふ頭から運河に飛び込み、女のいるお台場の岸壁に向かって泳ぎ始めたわけだ。泳ぎ切る前に小説が終わってしまうので読者には成否はわからないが、心配ない。距離は1000mぐらいだし、泳ぎ切れなければ海に飛び込むはずはない。著者は水泳の達人だそうで、「手っ取り早く対岸に行きたかったので、ひと泳ぎした」といった軽いノリだろう。

ところで、小説の中の青山ほたるは、取材したままのリアリズムで書くのだが、本書の著者もかなりのリアリズムだ。お台場にある外資系エネルギー会社というのは、実在していたし(最近、会社がなくなった)、私も仕事上、数十回行ったことがある。ビルの半分ぐらいを使っていたため、ビルの受付が1階に、会社の受付が2階にあって、初めて行くと、誤って両方の受付に行くことになる。男が海を泳ぎ切って受付に辿り着いても、事前予約がなければ、簡単に会うことはできないかもしれない。

ずっと以前に、国内企業と英米系企業が合併してできた会社なのだが、日本企業の悪いところと英米企業の悪いところが一緒になったような社風で、社内には重い空気が淀んでいたような気がする。
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海自のイミテーション?

2019-11-20 00:00:14 | スポーツ
サッカー日本代表チームの新ユニフォームが発表になった。一部肯定的意見があるが、否定的な意見の方が多いような気がする。

そもそも、ユニフォームからコスチュームに変わったような気がする。それと、いまどきに迷彩服?

どうもアディダスが世界的に迷彩柄を流行らせようとしているのではないかという陰謀説もある。厚底シューズでナイキにしてやられた復讐だろうか。そもそもアディダスは何でも三本の線を入れてデザインと言っているわけで、センスがいいとは言いかねる。陰謀説が正しければ日本だけでなく多くの国がこれから迷彩服を取り入れるわけだが、本当にゲリラ戦みたいになってしまう。



ところが、迷彩服と言っていたのがいつの間に「日本晴れ」というようになったのだが、どうみたら晴れた空に見えるのだろうか。

しかも背中には柄がない。戦術的には、相手側からみてディフェンダーがどちらを向いているか瞬時に見分けをつけられてしまいそうだ。前後逆にして着る選手がいるかもしれない。


芝の上でプレーするのだから緑を中心にした迷彩服にすればもっと良かったような気がするが、顔に緑の塗料を塗ればさらに目立たなくなる。靴の色も髪の色もグリーンに統一し見分けがつかないように同じ顔に見えるようにメイクすると完璧だ。



もしやと思い、海上自衛隊の作業服のデザインを調べると、何種類もあるのだが、その中のデジタル迷彩というのとそっくりに見える。海自の方が、少し色が暗い。否定的意見の中には、青が明るすぎるというのがあるようだが、暗くすると海自と同じになるからだろう。もっともサッカーの方はVネックで、海自の方はUネックではある。

個人的には、塗装工事店(俗にいう、ペンキ屋さん)の使用済み作業服に見える。
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横浜学園に関係した人たち

2019-11-19 00:00:22 | 市民A
夭折の作家、中島敦に興味を持って調べていた。彼の短い33年の人生の中で、東京大学国文学部を卒業した23歳の春(昭和8年/1933年)より、病気療養のため昭和16年/1941年に退職するまでの8年間勤務していたのが、横浜高等女学校だった。彼は、このあと直ちに1年間南洋庁に勤めパラオに勤務する。その1年の間に、今まで書き溜めた作品を知人に託し南海の島々で生活し、昭和17年/1942年には東京に戻る。ちょうど彼が東京に戻った頃から作品が公開されはじめたのだが、喘息の悪化により12月に亡くなってしまう。

多くの作品は横浜時代に書かれたわけで、国語教員としてどういう仕事ぶりだったのかというと、そこそこにまじめで普通の教師だったようだ。ある意味、東大卒業後、横浜の女学校の先生というのは、都落ちとも言えるのだが、彼は大学を卒業するまでに既に心身ともに十分に疲れていたわけで、女学校の先生が自分の希望だったのか運命に身を任せた結果なのかはわからないが、そのゆとりが後世に作家として名を残すことにつながる。女学校ということで、軍靴の音もそれほど高くはなかったのだろう。

そして、調べていると、この横浜女学校には、それなりに有名な人がかかわっている。簡単に学校の沿革だが、明治32年(1899年)に田沼太右衛門という人物が女子教育を始める(現在の学園長も田沼姓である)。6年後、明治38年に高等女学校が開校する。場所は元町から山手方面(フェリス)へ上る坂道の入り口のような場所で、現在はかなり大きい付属幼稚園に変わっている。

そして、女学校は大正12年の関東大震災で全焼してしまい、再建される。中島敦はこの再建後の女学校に勤めていた。さらに昭和20年には米軍の空襲で元町と一緒に焼けてしまった。そして、2年後、横浜学園高校として磯子の新校舎で再建され、その後、中学を併設し現在は男女共学となっている。歴史は長く立派だが残念?というべきか偏差値は40~50であり、同じような立地だったフェリスには大きく差を付けられている。上の大学がないことやミッション系の人気といったこともあるようで、進学校を選ぶか、有名大学の系属になるかといったことを考える時期なのだろう。

ちなみに、フェリスは明治8年/1875年に開校。関東大震災の時には、校長先生が殉職している。空襲の時は、坂の下の横浜女学校は焼けたが坂の上のフェリスは残った。



そういう横浜学園(横浜高等女学校)に関係した人物について調べてみると、なかなかの人たちがいる。

まず、国会議員がいた。

神取忍氏(1964年~)。高校在学中に柔道の全日本で優勝。その後、五輪ではなく女子プロレスラーを目指し、人気選手になるも、一念発起し2004年参議院選挙比例区に自民党から立候補。おしくも落選したのだが、2006年にあの竹中平蔵氏が議員辞職したため、突然に繰上げ当選となり、残り4年間の任期を務める。

山崎ハコ氏(1957年~)。シンガーソングライター。高校在学中にブレーク。中島みゆきよりも心の深い部分を揺さぶられる詞を書き、また訴えるように歌う。重すぎる荷物を引きずるような歌は中島敦と同じように生涯つき合っている慢性の病と関係があるのかもしれない。

原節子氏(1920年~2015年)。95年の長い人生のうち、女優を引退したのが43歳の時。その後の52年間、隠遁生活を送る。尋常小学校を卒業後、横浜高等女学校に入学するが経済的理由で中退し、親戚の映画監督の勧めで日活に所属する。計算してみると、1933年と34年の二年間は国語科教諭中島敦と重複している。

次に教師の方。
中島敦氏(1909年~1942年)。横浜高等女学校国語教諭(1933年~1941年)。

岩田一男氏(1910年~1977年)。英文学者。この人の本を受験に使った人は多いだろう。無数の参考書を執筆している。東京外国語学校英文科を卒業後、直ちに横浜高等女学校英語教師となる。中島敦と同時に新米教師になっている。岩田氏は「宝島」や「ジギルとハイド氏」の著者スティーヴンソンの研究家であり、中島敦の芥川賞候補作だった「光と風と夢」に大きな影響を与えている。その小説を書いたことは中島敦が後に南洋庁に勤務することに深く影響している。

渡辺はま子氏(1910年~1999年)。歌手。1933年武蔵野音楽大学卒業後、音楽教師として横浜高等女学校に勤務。奇しくも中島、岩田と同時に教師の道を歩みだす。同年、ビクターから歌手デビューし、二刀流生活になる。しかし、1年後の1934年、歌手の仕事のために勤務先の学校を休んだことから保護者がクレームをつけ、1935年に退職。戦争中は前線の兵士のために慰問を続け、中国大陸で終戦を迎え、1年間の捕虜生活を送る。自らを『戦犯』と位置付け、その後、フィリピンの刑務所に収容中の戦犯たちの慰問を行い、減刑、釈放へと大統領へ請願。全員の帰国につながった。

与謝野晶子氏(1878年~1942年)。歌人。ロマン主義文学の旗手。横浜女学校との関係は、学校で開催していた短歌会の講師というポジションだったようだ。夫(鉄幹)と一緒に出席していたようだ。教師でもなければ生徒でもないので強い関係はないのだろうが、1932年から1936年まで講師をしていたそうで、中島敦の在任期間にかぶる。国語教師としてその会に出ていたかどうかはわからないが、彼が短歌を集中的に詠んだのは1937年以降のこととされるが、大先生がいる間は恥ずかしくて公開しなかったのかもしれない。

というように、この学校は、今思えば中島敦が着任した頃が、もっとも華やかだったのかもしれない。しかも昨年(2018年)には、学園開闢以来となる大醜態が起こった。60歳超の副校長が部下の20代の女性教員二人を宴会のあとホテルに連れ込み、上半身にわいせつ行為をしたとして逮捕されるという事件が勃発(不起訴)。

再び輝くためには、元議員に理事長職を頼んでみてもいいのではないだろうか。
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フラガール(2006年 映画)

2019-11-18 00:00:12 | 映画・演劇・Video
常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)が炭鉱跡に建ち上がった1965年当時の実話を元に制作された映画で、今でも評価は高いし当時は数々の賞を受賞している。

あらすじの基本構造は、よくある「素人のゼロからの挑戦」であるが、それらのスポーツやカルタといった世界の中に留まるわけではなく、常磐炭田が時代の波によって次々に閉山になっていくという深刻な社会構造が背景にある。一方、人間の性(さが)として、苦しくともいつかはなんとかなるのではないかという楽観性というか保守性を乗り越えていかなければならない人間同士の戦いでもあるわけだ。



そして、このフラダンス未経験の炭鉱娘を指導するために横浜からやってきたのが松雪泰子演じる平山まどか。そもそも日本でフラダンスを踊れる女性はほとんど皆無だったわけだ。常磐興産社長(演:岸部一徳)とダンス講師とスクール一期生(リーダー谷川紀美子、演:蒼井優)の様々な感情のもつれが始まる。そして町の大半は、ハワイアンセンターに否定的だった。

状況の転換点は生徒の一人(演:南海キャンディーズのしずちゃん)のあるパフォーマンスからなのだが、それから十数年後に相方の山ちゃんが蒼井優と結婚したのは何かの縁かもしれない。

映画の話はここまでとし、実は、フラダンス講師にも一期生リーダーにも実在のモデルがいる。講師は早川和子さんといって、1932年生まれ。実話の当時は33歳。現在は87歳ということになる。実はハワイアンセンターが開業してからも長い期間、フラダンスを踊るのはハワイアンセンターのダンサーぐらいだったそうだ。ところが現在、早川さん主宰の早川洋舞塾は全国にスクールが広がっていて、そのスクール卒業生というだけでスクールを開店できるほどの名門になったわけだ。

この早川さんは今でも横浜在住で、常磐音楽舞踊学院の最高顧問である。一期生のリーダー小野恵美子さんは引退後、顧問をされていたが、最近、いわき市の自宅をフラの交流館にしたそうだ。


ところで、さらに、常磐炭田のことを調べていくと、日本の大炭田は北海道と九州と常磐だったが、東京に近いということが相対的優位になっていたそうだ。日本の火力発電の中心が石炭燃焼だった。東京電力だけではなく地元に常磐共同火力という発電会社まで作っていた。直接的にはこの常磐共同火力が重油に燃料転換していく中、この地区の炭鉱が一つずつ閉山していった。常磐共同火力は現在でも稼働していて、皮肉なことに、重油をほとんど使用せず、輸入炭を燃料にしている。

さらに、話は複雑なのだが、この常磐炭田が存在したことから、南側に東海村、北側に福島第一、第二が選ばれたということがあるそうだ。
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中島敦展(神奈川近代文学館~11月24日)

2019-11-17 00:00:23 | 美術館・博物館・工芸品
たまたま中島敦の小説を読んだり、評伝なども調べていたのだが、偶然にも神奈川近代文学館で中島敦展が開かれていた。彼に関する多くの資料がこの「港の見える丘公園」の中の文学館に集まっている。

というのも、33歳で夭折した結果として寡作の作家が8年間勤務していたのが、近くにある横浜高等女学校だった。一高から東大に行き大学院まで行った彼にとっては「俗吏」ということだったはずだが、本人は結構楽しんでいたようだ。要するに自由が好きなのだ。実家が漢学者の家というこの上なく古色蒼然一族といったことも関係するのだろう。



彼の人生は短く、一方、研究者が大勢いるので、ここに後塵を書くわけにはいかないのだが、その横浜高等女学校は米軍による空襲で焼失。学校法人はその後、男女共学の横浜学園として復活。本校は磯子に移転したが、中島敦が勤務した場所には同学園の付属の幼稚園が建っている。元町商店街からはずれること1分という場所なので、足を伸ばすと、予想外に大きな園舎が建ち、門の前には、ここに彼の記念碑があることが示されている。実は園庭の一番奥に見えるのだが、カメラ(スマホ)を構えて幼稚園に侵入すると、しばらく家に帰れなくなるので自重するしかない。

展覧会では、多くの先人が彼についての評伝を書いているそれらの集大成の資料群が展示されている。他の作家展の時もこの文学館には感心している。その中で、文学史的感想が二つとその他の感想が二つある。



文学史的感想の一というのは、彼は病魔と闘いながらも横浜の勤務先を辞め、当時日本領だったミクロネシア諸島に現地用教科書作成に赴任したのだが、それまでに書き綴った多くの小説を知人の作家(深田久弥)に、文芸誌に送ってほしいと託すのだが、中島の訪問時、深田は留守だったため、その旨を自分の名刺に書いて置いて帰るのだが、その現物の名刺が展示されている。超レア物だ。

まず、名刺の裏に用件を書いたわけではない。名刺の表である。さらに、この名刺、中央に縦書きで、「中島敦」と漢字三文字があるだけで、他に文字はない。肩書も住所もない。そういう名刺を今まで見たことはない。さらに銀座のママの名刺のように少し小さい。その小さな紙に、パラオに赴任することと、原稿を託すことが200字くらい、蚤のように小さな文字で書かれている。そんなに小さな文字を、何を使って書いたのだろうか。そして、パラオに向かう理由として、最初に健康上の理由と書き、次に生活の糧のためとなっている。その文章をどう読むか、これも大きな問題だ。

二として、彼は原稿をトランクに入れて保管していた。その実物が展示されていた。比較的小さなトランクで、それは彼が極めて原稿を大切にしていたことを物語っている。深田に託した原稿も不掲載の場合は回収して子どもたちに任せてほしいと妻に指示を出している。トランクと言えばアンデルセンも巨大なトランクを持って歩いていた。同い年の太宰治は柳行李に原稿を入れていた。

三として、もともと中島敦に取り組んだことの一因に、人生の重要な時期(結婚直後)に、いくつかの文学全集の他に、江戸時代の超強豪棋士(天野宗歩)の棋譜を全部並べたというのが、いかにも違和感があり、少し調べてみようかという動機があった。実は数ある評伝にも、「彼は非常に将棋が強く、また、好きだった」ということ、「伯父の中島斗南はもっと(一丁半=飛車香落ち)強かった」ということが書かれているが、それ以上の突っ込みはなされていない。さらに中島家は「漢学と囲碁」が家業のような家だったらしく、将棋は方向違いだ。

展示物の中に、女学校の生徒達が中島に送ったとされる将棋盤と駒がある。それよりも興味があるのが「棋譜ノート」。相当量の記載があるノートの1ページだけが開かれていたが、奇妙なノートである。まず棋譜が縦書きなのだが、途中から分岐して別の手が書かれていたりする。可能性としては、自分の対局を後で解析して「ここでこの手を指したら」とか研究したのだろうか。あるいは単に一人で定跡の研究をしたのか、あるいは新聞の将棋や前日の江戸強豪の棋譜を研究したのか。近日中に棋譜ノートの件を関係者に問い合わせてみようかと考慮中である。この古典将棋の研究をしていた昭和6年はプロの養成所の奨励会が本格的に活動を始めた年であり、プロを目指そうとしたのだろうか(心の中で目指しただけでは記録がないのでわからないが)。

そして四だが、これは中島敦には何の関係もないのだが、彼が亡くなる少し前に働きに行ったパラオを含めたミクロネシア群島だが、事実上の日本領(信託統治)だった。またそれよりも北側のマリアナ諸島もサイパン島などが日本領だった。第一次世界大戦で敗れたドイツから奪取したものだが、当時の地図を子細に観察すると、マリアナ諸島とミクロネシア群島の中で、ある一島だけは米国の信託統治になっていた。それはグアム島である。日本領の中でグアムだけが米国領だった。米国はかなり長期的視野を持っていたわけだ。

最後に、彼と同じ1909年生まれの作家を列記しておく。

 中島敦 (~1942年)
 太宰治 (~1948年)
 大岡昇平(~1988年)
 松本清張(~1992年)
 埴谷雄高(~1997年)
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将棋400年史(野間俊克著)

2019-11-16 00:00:25 | しょうぎ
少し調べ物があって、『将棋400年史』を読む。著者は元奨励会員で将棋ジャーナリストの方である。

本書は将棋のルーツや日本で現在の形になった経緯、江戸時代の家元制、そして明治時代の混乱期から実力名人制に至った過程、そしてその後の大棋士の活躍をまとめている。



多くの人が知りたい黒歴史については、残念ながらほとんど触れられない。僅かに「三浦冤罪事件」に2ページ弱である。解決金のことは書かれていない。また、江戸時代の名人襲位争いについては、基本的に証拠書類が残っていないために、そもそも書くことができないようだ。

その中で、昭和6年から昭和12年まで将棋連盟の顧問をしていた中島富治氏(明治19年-昭和31年)についていくつかの記載がある。この人物、将棋界の出身者ではなく海軍の出身。東京高等商業(現一橋大学)卒業後海軍に入り、主計中佐で退役している。ロンドン海軍軍縮会議にも出席している。文官だったわけだ。そして、退役後はいわゆる政財界の有力者の間を渡っていた。高島屋飯田(現丸紅の母体の一つ)の顧問もしていた(戦後も活躍)。

彼が、なぜ将棋界で活動を始めたのかはよくわからないが、関根13世名人が高齢になり、次期名人争いでいざこざの絶えなかった棋界に実力名人制を導入しようと奮闘したわけだ。結果として関根名人は退位を余儀なくされ、ライバルの阪田公も新進気鋭の棋士たちの躍進の前に復活することはかなわなかった。また奨励会を始めたのも中島氏の案だったそうだ。

中島氏の評価は二分されていて、本書では、現在の将棋界があるのも中島氏のおかげ、という肯定論だが、一方では、部外者がやってきて棋界をメチャメチャにしたという批判もあり、彼の存在が、長く将棋連盟に外部人材を入れなかった遠因とも言われる。

一説では、関根名人が退位を渋って知る時に、奥様に高価な着物を贈ったのが決め手、とまで言われるそうだ。もっとも高島屋の顧問なら着物の都合など自由自在だったのかもしれない。(以上の中島氏の話の大部分は本書には書かれていないので)


さて、11月2日出題作の解答。





角の往復運動、打歩詰打開、飛車の長距離砲あたりの組み合わせ作。

動く将棋盤は、こちら。(Flash版)

GIF版。



今週の問題。



玉と竜以外は各2枚ずつだが、何の意味もない。現在10枚の駒が、7枚に減少する。ヒントは、月。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数を記していただければ、正誤判定します。
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