藤堂高虎家訓200箇条(20)

2006-08-27 00:00:19 | 藤堂高虎家訓200箇条

藤堂高虎の家訓200箇条、やっと最後までたどり着く。思うに、200箇条ということ自体が長過ぎるのだろう。本当に心に強く残る条というものはあまりなく、一つ一つの処世訓といったものに近い。これが書かれたのは家康の死後、高虎が江戸の上野にある藩邸で生活していた頃のものということで、江戸時代が既に始まってからである。遅れてきた戦国武将である高虎が、人生を振り返り、藤堂家の今後の安寧のため、事細かに注意事項を書き連ねたものと言える。一介の豪族から10人以上も主君を乗り移り、かつ城郭作りのスペシャリストであり、江戸の町割りを担当したり、さらに故郷近江の商工業者を江戸に誘致し、とうとう家康のブレーンの座にすわり32万石という大大名になったわけだ。


その後、藤堂家は外様大名でありながら伊賀・伊勢という紀伊・尾張の御三家の間に領地を持ち、あまり目立たぬように江戸時代をまっとうする。そして、江戸時代の最後にあたる鳥羽伏見の戦いで、突如幕府方から官軍に寝返る。多くの幕軍の諸藩は、「やはり藤堂」とその裏切り行為を高虎の所業に求めたのだが、この200箇条の中にその萌芽はあるのだろうか。判断付けがたい。



そして、本来、遺訓200箇条というのは200箇条で終わりのはずなのだが、200条完成後、高虎はさらに4条を追加する。「念のため」ということだそうだ。高虎らしいと言えばそれまでだ。



第191条 他の家来なり共情らしくものいふへし仇には不可成


他家の家来であっても、情を持って接すべきだ。仇にはならないだろう。


「情をもって接する」というのもヒューマニズムからの行動ではないのは、はっきりしている。打算的である。結局、家来の扱い方については繰り返し家訓の中で触れられているが、領民(大部分は農民)のことについては一切記載がなかった。彼自身は戦国大名であったし、ほとんど領国には住まず、家康とともに駿河(現在の静岡市役所のあたりに住居を構えていた)に住み、家康亡き後は、江戸、上野の丘に住んでいた。領民の管理については、彼の末裔の手に任されたのである。



第192条 諸事に付争事なかれもし物事あらそひ募らハ言事のもとひたるへし可慎


なにごとも争いごとはいけない。もし争いがつのると、言いがかりのもとになる。慎むべきだ。


「言事」というのはどちらかというと、告げ口に近い言いがかりのことだと思う。特に領地が伊勢・伊賀となれば、紀伊家と尾張家の中間にある。なかなか気苦労で大変な場所である。



第193条 人の見廻の時ハ前方にいか程おかしき事有共笑ふべからす尤囁へからす客人の身にして悪敷ものなり


見回りのとき、前方にどんなにおかしい事があっても笑ってはいけない。また、ささやいてもいけない。客人の身になれば面白くないものである。


駅のホームに女子高の制服を着た中年のオヤジがいても笑ってはいけない。気を悪くするだろう。



第194条 座敷にて我か遁れさる者知音衆の噂か咄に出るならハ其儘私のがれす又知音なり余の御咄に被成被下候得と断へしむさとしたる悪口聞間数との嗜なり


座敷で、自分にかかわりがある者や知り合いの噂話がでたなら、それは自分の関わりがある者であり、また知り合いであるから、外の噺にしてください、と断るべきだ。いいかげんな悪口は聞かない、という嗜みである。


隣国の首相の歴史観がおかしい、と米国大統領に告げ口しても、「東アジアのことは、よくわからないから」と逃げ口上を打つようなものだ。(本当は、各国の違いについて、所在地も含め、よくわかっていないのかもしれない)



第195条 追かけ者馬上より切付ハ鐙のふみ様有之


追いかけ者が馬上から切りつけるときは、鐙(あぶみ)の踏み方がある。


この条は勿体をつけたまま、終わっている。どのように鐙を踏めばいいかよくわからない。たぶん、自転車の立ちこぎのようなものではないかと思う。



第196条 取籠り者取まき居るともむさと口をきくへからす内より詞被掛間敷との嗜なり


取囲み者を取り巻いている時は、無駄口をしてはいけない。内側から言葉を掛けることができないとの嗜みである。


取囲まれた者が、降伏するか玉砕するかを落ち着いて考える時間を与えようということだろうか、たぶんそうではなく、外に誰もいないだろうと安心させ、うかつにでてきたところをバッサリやろうということだと思う。



第197条 昼夜共に屋敷の内にても外にてもわやめく共あら増聞届出へしむさと出へからす


昼夜ともに屋敷の中で騒ぐものがいれば、よく様子を聞いてから届け出ること。むやみに届け出るのはよくない。


声高なる者に幸あれ



第198条 客を呼とも挨拶悪敷衆を不可呼吟味有へき事也


客を呼ぶときは、挨拶ができないような衆を呼んではいけない。吟味すべきだ。


パーティでスピーチを頼むと、「ところでスピーチの原稿は書いてくれるのだね。1週間前に届けてくれ」というような輩には天罰を!



第199条 走り込者有時むさと渡すべからす先隠し置子細をよく聞届其主人江常に念比成衆を頼談合づくにして断を申とも又ハ渡すとも前後の首尾再三念を入埒を可明無首尾にして難をきる事有へし


走りこんで逃げて逃げ込む者がある場合は、無造作に引き渡してはいけない。まず隠して、様子をよく聞き、その主人と常に親しい人に相談して、断るとも引き渡すとも、前後の首尾を用心して解決すべきだ。不首尾になり、難を受けることが多い。


忠臣蔵のような話だ。もっとも、彼らが後で斬られたのも当然で、浅野某が前年に死罪になったのは、吉良某のせいではなく、幕府の命令。本来、敵討ちすべき相手は幕府そのものでなければならなかったはず。腹いせに老人に対して集団暴力をふるっただけという見方も多い。



第200条 武芸の内兵法鑓弓鉄砲馬可嗜兵法にてハ切合時手も負す相手を数度切伏るを上手といふへし鑓にてハ人を数度突伏せ利を得る是上手也弓鉄砲ハよく中りあたやなきを上手といふへし馬ハ達者に片尻かけても落さる様に自由に乗を上手といふへしいかに所作を能学ぶとも兵法にてハ切られ鑓にてハ突れ弓鉄砲ハひたとはづれ馬にてハ引つられ度々落るハ下手也調法にならず能々可嗜


武芸としては、兵法のうち、槍、弓、鉄砲、馬を嗜むべきだ。兵法で、斬りあうときけがをしないで切り伏せるのを上手と言う。槍では人を数回突いて仕留めるのを上手という。弓や鉄砲では、よくあたり無駄打ちのないのを上手と言う。馬は、達者に片尻乗りでも落ちないように自由に乗るのを上手と言う。いかに所作を覚えたとしても、兵法では、刀で斬られ、槍で突かれ、弓鉄砲はまったく当たらず、馬に引っ張られ度々落馬するようなのは下手である。使い物にならない。よくよく嗜むべきだ。


200箇条の終わりは、結構地味な話で、殿様としては武術の一般的な必要習熟レベルを書いてある。要するに、上手者と下手者の二元論に分けた時に、上手者の方に入っていればいい、という程度であり、免許皆伝クラスである必要もない、ということである。要するに武士の時代は終わりつつある、という実感を持っていたのだろう。



200箇条が江戸屋敷で口述筆記の終わったあと、さらに言い足りぬと見て、後日、4つ追加した。あまり、キリのいい数字とかにこだわることはなかったようだ。結構、執拗な性格のように思える。



第201条 物毎に不知事ハ誰人にも可尋問ハ一度の恥不問ハ末代のはぢなるへし


知らない物事があれば、誰にでも尋ねるべきだ。問うは一度の恥、問わずは末代までの恥となるだろう。


現代では、「聞くは一時の恥、聞かずは一生の恥」というが、高虎は「聞かずは末代までの恥」とまで言う。



第202条 大小の長短ハ人々相応たるへし少も空鞘ふうたい成事すへからす


刀の大小の長短は、それぞれの人にふさわしくあるべきだ。少しでも空風袋であることはならない。


幕末に、藤堂藩は鳥羽伏見の戦いで幕府を裏切り官軍側に回る。大名レベルで転換したのは藤堂が最初かも知れない(薩長土肥とも殿様は表に出ていなかった)。案外、二本差しが竹光だらけになっているのを知っていたからかもしれない。いったん質流れにしてしまって、新たに購入しようとすると、現在の価格レベルで言えば、まっとうな刀剣は、1本100万円を下らない。



第203条 昼夜ともに大勢寄合之時我刀の置所に能気を可付不慮の時取ちかへ間敷ためなり


昼夜ともに大勢の寄合いの時、自分の刀の置き場所に気をつけるべきだ。不慮の時、取り違えないようにというためである。


大広間で宴会の時、突然の出火で逃げなければならないのに、あわてて自分の靴を探すようなものだ。



第204条 物事聞とも根間すへからす


物事を聞く時に、根本のことを聞いてはいけない。


家訓の本当の最後の最後に、よくわからない言葉がでてきた。第201条では、わからぬことは、他人に聞くことと書かれているのに、第204条では、根本的なことは聞くな!という。要するに物事の本質は、自分の頭で考え、それを構築するための知識は他人に聞けということなのだろう。では、その「根」とはなんだろうかということは、家訓の中で直接的には多く語られることはなかったような気もする。



藤堂高虎家訓200箇条は以上で終了である。正式には「高公遺訓集」という。



さて、藤堂高虎については、NHKの大河ドラマに起用するような動きもあるのだが、実際に、大衆向けとなると、なかなか難しいかもしれない。彼の行為に対しては好き嫌いがはっきりしてしまう。家訓を読むと、かなり合理主義者であったことがわかり、能無しの主君のもとをさっさと逃げ出し、すでに秀吉が天下統一を始めると、天下取りをあきらめ、城作りのスペシャリストを目指す。関ヶ原を前に、西軍側から東軍側への寝返り工作に活躍したり、その後は家康の腹心となる。そういう潔くない彼を嫌いな人がいても当然なのだが、あえて彼の肩を持てば、「登場したのが15年遅かった」ということかもしれない。


時代の奔流の中を生き抜いたのは確かであり、彼自身、秀吉と同様に「人生に精一杯感」の強く感じた人生だったと思っていただろう。



さて、藤堂高虎については、ここまで付き合っている間に、いくつかの付帯的情報を得ている。例えば、江戸上野の住居のこと。さらに、千葉県の佐倉に飛び地として領地を持っていたらしい。そのあたりは、何か面白い話もあるのではないかと思っている。また、時期を得るなら、調べて、蒸し返してみたいと考えている。

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藤堂高虎家訓200箇条(19)

2006-08-19 00:00:29 | 藤堂高虎家訓200箇条

家訓200箇条もようやく190条まできた。先日、「家訓でブログの手抜きをしているのか」と言われてしまったのだが、そういうことはない。かなりの労力が必要なのだが、書かない人にはわからないと思う。結構調べることは多い。原文をテキスト化するのもちょっと苦労がある。考えてみれば、ブログを書くというのは書き手の嗜みなのだが、さらにその小箱行為の中に藤堂家家訓という二重の小箱を作っていたわけだ。


第181条 切合ふへきと思ふ時躰(ママ)巻すへからす但くさり手拭ならハむすひめをかけ結ひにかたくむすぶへし


斬り合う時、体巻きするべからず。ただし鎖手ぬぐいならば、結び目をかけ結びに固く結ぶべきだ。


体巻きというのは、晒などを肌に巻いてから着物を斬ることと思われる。つまり戦場ではなく江戸時代の話であろう。鎖手ぬぐいというのは、実物を伊賀上野の忍者屋敷で見たが、西洋の鎧のように耐刃製と柔軟性を備えたものである。現代では、デートの時に同伴女性にケプラー繊維のバッグなど見せびらかせ、暴漢に襲われた時に戦うふりをしている男もいるが、当然ながらバッグも女性も見捨てて逃げ出す算段なのである。



第182条 大小共に柄さめ塗たるに徳多し旅立とも越中かけすべからす


大小ともに柄(つか)をさめ塗りすると得が多い。旅立ちの時も越中がけしてはいけない。


柄(つか)には、皮巻きと、糸巻きと大別されるが、鮫塗りというのは鮫の皮をうるしで塗ったものらしい。得が多いという理由は、糸巻きでは血が染込んだ時に手入れしにくく、獣皮巻きだと血糊で手が滑りやすいということである。鮫皮は、その中間ということだろう。越中といえば、ふんどしで有名だが、要するに木綿のさらしが名産であったわけで、旅行中に柄にさらしを掛けたりしてはいけないということかもしれない。(本当はよくわからない)



第183条 鮫鞘好むへからす


鮫鞘を好んではいけない。


刀の柄とは異なって、鮫皮巻きの鞘(さや)はいけない、と言う。理由は書かれていない。なんとなくだが、鮫の柄に色合いがよく合うからといってデザイン本位の選択などしてはいけない。あくまでも実用本位で考えるべき、ということかもしれない。



第184条 闇の夜に追かけ者打留る其儘声高に名乗へし人に早く聞する為又同士討の用心成へし


闇夜に追いかける者を討ちとめたら、そのまま大声で名乗るべし。人に早く聞かせるため、また同士討ちの用心のためである。


要するに、集団で行動する場合、誰を仕留めたかということを即座に全員に知らせなければ、仕事が終わったかどうかわからないということだ。そして、何となくだが同士討ちの話が再三登場するところを見ると、高虎は味方を斬ったことがあるのだろうと推測できる。その場合は、知らんぷりしてしまうのだろう。



第185条 闇の夜に追かけ者入組伏たる時卒尓に切へからす上下を能聞中取して突へし此心持肝要なり


闇夜に追いかける者を組み伏せたときには、直ちに斬ってはいけない。上下をよく確かめ、中取りにして突くべきだ。この心持が肝要である。


この条も真意はよくわからない。直ちに斬ってはいけないのは、同士討ちの可能性があるからなのか、斬るのではなく突いて殺せと技術論を言っているのかなのかどちらかだろう。中取りというのは、プロレスのフルネルソンのような、首をとって中腰で絞めるわざのような語感がある。左手で首を抱え、右手で凶器を喉に・・



第186条 急なる追かけ者の近道あり両方ハがけにて細道なり此時三尺手拭我か首にかけ下りたる両端を両手に取引はり其はり合にて足早に行ハ心易く通らるる物なり一つ橋も同前自然三尺手拭無之時ハ刀の下緒にても縄ぎれにても同事なり


急な追いかけ者で近道があって両方が崖で細道な時には三尺手ぬぐいを自分の首にかけ、下がった両端を両手に取り、引っ張り、その張り合いで早足で走れば通りやすいものだ。一本橋も同様である。三尺手ぬぐいがない時は、刀の下緒でも縄切れでも同じことである。


三尺というのは90センチ。首にかけて両側に垂らすと40センチくらいだろうか。結構高い位置だ。さらに腰にはぶらぶら揺れる鉄製の錘が二本である。武士として最も難易度の高い技は、一本橋を走り抜けることであろう。現代の投資家で最も難易度が高い技は、インサイダー取引株を気付かれないように売り抜けること、刑務所の塀の上を時価総額経営と粉飾決算を両天秤にして逃げ回ることだろう。



第187条 昼夜共に我門を出る時又余所より帰る時も下人を我より先へ出すへし家来も不断心得へし


昼夜ともに、家の門を出る時、または他所から帰る時も、自分より身分の低い者を帰すべきだ。家来もふだんから心得るべきだ。


もし中小企業で、社長が、いつも会社で最後に帰宅することになりはじめたら・・そう、あなたは疑われている。
むしろ、不意の襲撃を受ける時の身代わりということも考えられる。



第188条 人前にて家人に言葉あらく申へからす下々ハ何の弁なくむさと仕たる返答する物なり手により堪忍成かたき事のみ多し


人前で家人に言葉あらく言ってはいけない。下々の者は何の弁解もできず、いいかげんな返答をするものである。事によっては我慢できないことにもなる。


家来の話だけではない。飼い犬の悪口を言ったりすると、夜中に忍び寄ってきて、喉を噛み切られたりする。また、社内に隠し事の多い会社は、当局やマスコミにタレこまれないようにいつも社員を褒め称え続けなければならない。



第189条 人の指料の刀脇指見るとも切ハよき歟と不可尋ぶし付ケ成へし又我刀脇指見する共切の事此方よりいふへからす


人の指料の刀脇差を見て、切れるかなどと尋ねてはいけない。ぶしつけである。また自分の刀脇差を見せる時も、切れ具合をこっちから言ってはいけない。


考えれば、刀の切れ味には、「刀の質」「手入れ」「使い手の腕前」という要素があるだろう。ちょっとしたコトバのやりとりが、意味の行き違いになると、「どっちが切れるか試してみるしかないだろう」ということになる。現代では、「どちらのクルマが早く走れるか」とか「どちらのミサイルが強力か」とかなのだろうが、チキンレースになりやすい。「どちらの牛肉が安全か」程度の話であればいいのだが。



第190条 ためし物なとの時我指料の大小の内をぬき切へからす手の廻る事も有へし時により若不切時ハ無嗜のやうにて面目なき事成へし可慎


ためし斬りなどの時、自分の大小を使って斬ったりしてはならない。うまく切れないこともある。時として切れなかったりしたら嗜みがないようで面目がないことである。慎むべきである。


斬れなかった理由が、腕前なのか、手入れの悪さなのか、あるいは刀が安いのかとか碌でもない想像をされてしまうわけだ。もっとも金策に困り、大小ともに質流れとなり、竹光で代用している場合は、まったく事情が異なるわけだ。


つづく

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藤堂高虎家訓200箇条(18)

2006-08-13 00:00:21 | 藤堂高虎家訓200箇条

200箇条の終盤になり、突如、血なまぐさい話が続く。終わりを意識し、またも戦場の思い出がムラムラと蘇ってきたのだろうか。救いのない話が連続する。


手討ちにされた家来や、安物の槍を持たされなぎ倒された足軽、包囲された農家から脱出に成功したと思った瞬間に横から突き殺された者、運よく生き残っても首を刎ねられる者、そして高虎に組み伏せられ早業のように首をスリ落とされた者・・



第171条 もし無是非事にて家来手討にするとも一刀打付たらハ二つも三つも続けて討へし一刀にて不可見手廻る歟不切時は必手負事数度多し能可心得


もし、やむをえず家来を手討ちにする場合には、一刀打ち付けたら二刀目三刀目と続けて討つべきだ。一刀だけでは、斬れてなく手負いになることが多いと心得るべきだ。


手討ちにしてくれる!といって一太刀に斬っても駄目だ、二太刀、三太刀と打ち下ろせ、というのだが、確かに、めったに使わない筋肉を動かすのだから失敗が多いとも言える。その他、綺麗に切る方法としては、「素振りを三回してから、手討ちをはじめる」・「腕がなまらないように定期的に手討ちにする」とか、考えられる。



第172条 なまず尾の刀脇指大切先刃切大刃切すみ寵りの有刀脇指ひたつらの大焼の刀脇差さすへからす


なまず尾の刀脇差、大切、先刃切、大刃切、隅篭りのある刀脇差、ひたつらの大焼きの刀脇差は差してはいけない。


「なまず尾の兜」というのは鯰の尾のような形をした兜のことなのだが、なまず尾の刀というのは、あまり想像できない。短くて太いのだろうか。穴子の尾ならば、良いような気がする。



第173条 樋刀は曲るとも折るる事なし子細ハきたいのうすき刀脇指に必樋をかくなり


樋のある刀は曲がっても折れることがない。理由としては、鍛えの少ない刀脇差には樋が欠けている。


樋とは、溝であり、刀の背に近い部分に浅い溝がついている物が樋刀であり、ほとんどの刀には樋は付いている。本来、血糊が分散するためではないかと思う。



第174条 一戦の砌馬を乗入候共鑓先揃たる所へ乗込へし必番鑓持たる下人也鑓先揃はさる所ハ面々得道具持侍共也


戦いのとき、馬を乗り入れる場合は槍先を揃えている所へ突っ込むべきだ。そこは、粗末な槍を持った下人の場所である。槍先が揃わない場所はそれぞれの侍の面々が、いい武具を持っている。


なかなか、観察が鋭い。力のない人間は、集まって、口を揃えてつまらないことを言い立てるということにも繋がる。



第175条 敵川を越し来ルか不来かを知るハ足元を可見目はしをきく事肝要なり


敵が川を越えてくるか来ないかを知るためには、状況判断をするべし。目端を利かせることが重要だ。


なかなか、簡単そうで難しい話だ。原文では、敵が川を越えて来るか来ないかは、「足元を見るべし」なのだが。本当に自分の足元を見ても、わからないと思う。川を超えてこなくても山を越えてきたりするからさらに想定は難しい。



第176条 取籠者の時内より切出るといふ節ハ其家の門にても戸口にても我左の方にして身を塀に添鑓ならハ内より出る共少しやり過し突へし刀にても此心にて可切鑓付ても切付ても早ク言葉を掛へし取籠たる門にても戸口にても向に居へからす心得有へし


取り篭り者が中から打って出るという時には、その家にしても門にしても自分の体を左の方に寄せ、塀に沿い、槍ならば内から出るところを少しやり過ごしてから突くべきだ。刀の場合でもこの心持で斬るべし。槍で突いても刀で斬っても、早く言葉を掛けるべきだ。取り篭めた門でも戸口でも正面に立っていてはいけないと心得るべきだ。


要するに、中から逃亡を図ろうとするものは、中央突破を狙ってくるものだから、また逃げ込まれないように少し逃がしてから横から襲えということだ。なんと陰険な・・



第177条 馬上にて刀を抜共下緒前に書記ことく結ふへし鞘落へからす馬上にてハ刀鞘に指にくき物なり逆手に取直し我むねに刀のむねを当て指へし左の手には手綱持故也


馬上で刀を抜くとき、下緒を前にして、結ぶべし。鞘を落とすべからず。馬上では鞘に差しにくいものである。逆手に取り直し、自分の胸に刀の胸を当て、差すべきだ。左の手では手綱を持つからだ。


実際の戦場では鞘を落として困ってしまった武士も多いだろうとは思うが、刀の方を落としてしまい、鞘だけ腰に付け逃げ回ることになる者もいただろうと推測する。もっとも戦場には刀がゴロゴロ落ちていただろうから、それで間尺を合わせるのだろうが、うまく鞘に収まるとも限らない。「おおた殿、貴殿の刀は鞘に余っているように見えるのじゃが・・」「おう。鞘が壊れてしまい、拾った鞘で間に合わせているだけじゃが・・(大汗ダラッ)」



第178条 介錯の時も又首落す時も打付ル所ハ大形にして刀の打留る所に目を可付


介錯する時も、あるいは首を打ち下ろす時もだが、打ち下ろすところは適当に見て、刀の打ち留める場所の方に目を付けるべきだ。


首を見ずに刀の方を見ろ、とは・・野球でもゴルフでもあまり聞かない話だ。誤って別人を斬ったりしないのだろうか。



第179条 閙ケ敷時足袋をはくへからす雪踏ハ不申及厚着すへからす胴服ハ可着自然着共どうぶくの上に三尺手拭帯にすへし心持あり


忙しい時、足袋を履いてはいけない。雪駄は言うまでもない。厚着してはいけない。胴服は着るべし。その時、胴服の上に三尺手ぬぐいを帯にするべき心得がある。


忙しい時には、靴下を履いてはいけない。サンダルもいけない。素足で革靴を履くべし。上着は着なくていいが、パジャマや浴衣ではいけない。服を着てから腰にタオルを巻いてみること。(服を着ないで、腰をバスタオルで隠すのではないことに注意が必要)



第180条 組伏て首落す時ハ切へからす刀にても脇指にても切先を左の手に取りすり落すへし早業に能なり


組み伏せて、首を落とす時には、斬ってはいけない。刀でも脇差でも、切り先を左手で押さえすり落とすべし。早業によい。


別の場所では、「敵に留めを刺す前の言葉は、手短にかけろ」というのがあった。「言い残すことがあれば10秒以内にしゃべること」、と早口で言ってから、首にあてがった刀で上から両手でゴシゴシと擦り落としてしまえ、ということだ。参考までに、高虎は1メートル85センチもの長身の大男だ。


つづく

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藤堂高虎家訓200箇条(17)

2006-08-07 07:07:15 | 藤堂高虎家訓200箇条

この160条台はどうも特殊戦術の要項が書かれている。私は、高虎が地元伊賀忍者から後年会得したものと推定する。



第161条 なまず尾の脇指ハはみ出しの鍔掛る程の寸ハ不苦


なまず尾の脇差は、はみ出している鍔を掛けるほどの長さがあればいい。


残念ながらよくわからない。なまず尾というのは、兜で使う用語で、脇差でなまずの尾のような形というのは、想像困難である。



第162条 取籠者の時戸細目にてもたてて有をも先明けさせ戸口の左右鑓の石突にても棒にても突破り左右に居所を能知り居る方江いかにも急に入へし切られさるもの也急にはいる時刀にても脇指にても抜持入り其なりに突と心得へし又向に居る時ハ左の手に何にても持はいる事也自然楯にもすへき心なり


とりこもり者の時、閉めている戸を細めでもよいから開けさせ、戸口の左右を槍の石突きででも棒ででも突き破り、左右に居所を探ってから居る方へ、いかにも急に押し入るべきだ。そうすれば斬られないものだ。急に飛び込む時、刀や脇差でも抜いて、それなりに突くことと心得るべきだ。また、向こうに敵がいる時には、左手に何でも持って入ることである。これは盾にすべきという考えからである。


天照大神の天岩戸神話のような話だ。突入術。果たして急に押し入ると斬られないものなのだろうか。斬られないなら左手に盾をもつ必要もない。斬られると死んでしまうから、生きて、のうのうと家訓を書いている(口述筆記)ということは、たまたま斬られなかったのに過ぎないのかもしれない。が、彼の用心深さから言えば、最初に突入することだけは避けたのだろうと想像できる。



第163条 人をうしろより抱く事心持有急に強く抱えへからす心得たる者ハ調子を請身を下へしつむ必先江余るものなり若いだく共やハらかに能程に抱へし身を下る共先へ余る事なかれ兼而より下へはづれて下るへしと心得へし両ひぢの通り可然


人を後ろから抱く時には心得がある。急に強く抱いてはいけない。心得のある者は体を下へ沈めるので、必ず先の方へつんのめるものである。もし、抱いても柔らかに程ほどに抱くべし。体を沈めても先につんのめることがないよう、あらかじめ下へはずして下るべきと心得るべきだ。両ひじの使い方もそのようである。


後ろから人を抱くというのはどういうことなのだろうか。まさか女性のことではないのだろうか?よくわからないが要するに生け捕りにする場合のコツだ、少し先につんのめるのを計算して捕まえよ、ということか。



第164条 先より幽によばハる時我両手をひろげ我両耳の後の方にあて前の方を明け聞けハあらましハ聞ゆるものなり又後より右のことく呼時ハ両手を耳の前に当て聞ハきこゆるものなリ


先の方から、かすかに呼ばれた時、自分の両手を広げ、両耳の後ろの方にあて、前の方をあけて聞けば、大体聞こえるものである。また後ろから同じ様に呼ぶ時は両手を耳の前にあてて聞けば聞こえるものである。


現代では、手を耳の後ろにあてがって、前向きに広げて聞き耳を立てるポーズは生きているが、後ろ向きにあてがうのはあまりみない。耳に手をあてがわなくても、大人数の宴会で、自分の悪口だけは数十メートル遠くから聞き取る達人がいる。



第165条 闇の夜に先より人の来ると不来とを知事ハ我耳を地につけ聞ハ足音聞ゆる物なり用心のためなり


闇夜に人が来るのか来ないのか知るためには、自分の耳を地につけて聞けば、足音が聞こえるものである。用心のためである。


私の推測なのだが、これらの方法だが伊賀忍者から教わったのではないかと思う。なにしろ自分の領国は、伊賀と伊勢である。



第166条 大小の鞘黒ぬりにする事急の時又大事の便の時口上覚かたき時小刀の先にて鞘に書記すべきため也又夏の強暑に逢てしむる事なし


刀の大小の鞘を黒塗りにするのは、急な時や大事な使いの時、口上が覚えにくい時、小刀の先で鞘に書き記するべきためである。また夏の暑さにあっても、湿ることがない。


カンニングペーパーである。実は、高虎は何度も諸大名の前で、大見得を切っている。「藤堂殿、なにやら鞘に傷が見えるのではあるが、一体・・・」



第167条 陣刀脇指の上Y切刃下地をして厚く金をきすべしむくにする事あしし子細ある事なり


陣刀脇差のはばき切刃は、下地をして厚く金置きすべし。むくにするのはよくない。理由があることだ。


これもよくわからない。むくがいけないのには理由があるとするなら理由を書いてほしいものだ。



第168条 鑓長刀にて人を突時ハ其儘突込と一度に鑓にても長刀にても捨候へハ突れたる者倒るる物なり倒れたる時石突を足にてふまへ候へは起上り兼る物なりうかと突込たる鑓長刀持て居れハたぐり寄事あり鎌鑓十文字ハ格別なリ


槍や長刀で、人を突いたときは、そのまま突っ込んで、一度に槍にても長刀にても捨てれば、突れた者を倒れるものである。倒れた時、石突きの部分を足で踏んでしまえば、起き上がることができないものである。突っ込んだ槍や長刀を持ってうかうかとしていると、たぐり寄せられることがある。鎌槍十文字の場合は別である。


槍で相手を突き刺したあと、手を離して、さらにやりの根元を足で踏んでしまえ、ということだ。鎌槍十文字というのは、たぶん、槍の先が十字になっているのだろうが、考えただけでも、恐ろしい凶器だ。



第169条 喧嘩の時取さゆるとも我贔負成者に取付へからす子細有之事なり


喧嘩の時、取り持つとしてもひいきの者に取り付いてはいけない。理由があることだ。


けんかの仲裁は公平にということだろうが、あまり公平すぎると、「ところで、貴殿、いずれの味方なのじゃ」、と喧嘩中の両者から殴られることがあるから要注意だ。



第170条 急ぐ事有て走るとも能比にはしるへし少し急事遅くとも先にて役に可立息を切はやく走り付共先にていき切レ役に不可立心得肝要なり但道の近きハ格別也


急ぐことがあって走ることがあっても、程よく走るべきだ。急ぐことが少し遅くても、行き先で役に立つ。息を切って早く走っても、行き先で息が切れて役に立たない。心得が肝心だ。ただし、道の近い場合は別だ。


遅刻ギリギリに会社に駆け込む時に応用できる。一生懸命に走らないこと。会社に駆け込む10秒前から、走れば十分だ。もちろん家がすぐそばの場合は、逆効果になる。手口を見抜かれるだけだ。


つづく

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藤堂高虎家訓200箇条(16)

2006-07-23 00:00:38 | 藤堂高虎家訓200箇条

今回は、日本刀についての家訓が数多く並ぶ。道具の良し悪し、使い勝手、差し方などだ。実は残念ながら日本刀についての造詣はほとんどない。家訓解読のため一本買ってきて「お試し斬り」とかしてみればいいのかもしれないが、似合わないのでやめる。似合わないのは、服装もそうで、羽織、袴一式を揃え、腰に大小を差そうと考えると、福澤さんが200枚ほど必要だろう。

したがって、少し要領を得ない箇所があるかもしれないが、ご容赦いただきたい。


第151条 主人の御前に人多き時ハ立去朝夕をも終日用をも達し人すくなき時ハ罷出可相詰人の退屈する時ハ猶以精を出し可詰是私の理発なるへし奉公に由断有間敷との嗜成へし

主人の前に人が多いときは立ち去り、朝食・夕食や一日の仕事が終わって、人が少ない時には、まかり出て詰めるべきだ。人が退屈するときは、なお一層精を出して詰めるべきだ。これがその人の利発となる。奉公に油断があってはならないという嗜みである。

「殿、終日ご苦労さまでした。やっと人払いできたので、そろそろ悪所でウヮっと・・」
「おぬし、いつもながらあっぱれ。100石加増してつかわす。」


第152条 大事の仕者の時ハ壱尺に少余るはみ出し鍔の脇指にて突へし刃を上にして突くるべし鍔の無ハのりにてすべる事あり但柄ハ巻たる可然必刃を下へすべからすはやき者ハおさゆる事あり必切ル事ハ折によるべし大事の仕者ハ突につきそこなひハなし切には切そこなひ多かるへし

人を討ち果たすときには。一尺強のはみ出し鍔(つば)の脇差で突くべし。刃を上にして突くべし。鍔の無いのは血糊ですべることがある。柄は撒いてあるのがよい。必ず刃を下にしてはいけない。動きの早い者は押えることがある。斬ることは、時に応じてである。必ず果たさなければならない場合、「突き」には突きそこないはないが、「斬」には斬りそこないが多い。

実は、鎧兜は、刀で斬られることを想定してできている。槍には弱いものである。では、なぜ武士は刀を持つかというと、足軽とか半農武士は剣道とかやってないから日本刀の使い方がうまくない。したがって槍先を並べて突っ込むような単純戦法へ回される。日本刀を操るのは、いわゆる職業軍人であり、エリートなのだが、エリートでも戦場の白兵戦に巻き込まれると戦わなければならないのだが、やはり接近戦では刀を槍のように使え、と教える。刃を上向きに持つと、斬ることはできずに突くしかないではないか。包丁で練習しないこと。野球で言えば、ヒットエンドランよりバントが勝るということだろう。


第153条 大小の柄皮より糸巻よきといふ人あり皮はのりかかりすへるといふ糸巻ハすへらすといふ何れ悪敷といひかたし兎角柄ハいつれにても古くあかじみたるハ血かかりすべらんと思ハるる也昔ハ皮柄斗なれ共数度の用に立来る然上ハ皮柄すべるともきハまるべからすとなり

大小の柄(つか)は、皮巻きより糸巻きが良いという人がいる。皮だと血糊がかかると滑るという。糸巻きだと滑らないという。いずれが悪いとは言い難い。いずれにしても古く手あかじみているのは血がかかって滑るだろうと思われる。昔は皮の柄だったが、数回の用にはたった。したがって、皮の柄の方が滑るとも決めかねる。

クルマのシートのように平面で使う場合は、皮がいいが、刀は糸巻きがいいということは、血糊がべたっと突いたときに、糸巻きだと、まだ滑らないが皮巻きだとズルッと緩むということだろう。ゴルフクラブのグリップにも糸を巻いてみよう。マメがつぶれて血糊がつくことがあるからだ。


第154条 片手うちにする脇指裏の目貫はるか下げて可巻手の内一はいに当るゆへ手廻るべからす目貫上り過たるハ手のうちすくゆへまハる物なり

片手討ちにする脇差は、裏の目貫をはるかに下げて巻くべし。手のうちいっぱいに当たるから、手が廻らない。目貫が上がりすぎるのは、手の内がすくから廻るのものである。

脇差を操るためには、柄を短くして手の平と同じ位にするということだろう。柄が長いとそのつど持つ位置が変わって安定しない。剣道の竹刀は両手で振るが、武士は片手討ちの練習もしていたのだろう。家訓の別の場所では、相手を組み伏せた上、脇指で首を落とせと書かれている。うっかり刃を上に向けたまま押えると、痛い思いをするだろう。


第155条 大小の柄の長き短きハ面々の数寄数寄可成然共刀は両手を掛柄頭左の手すり払可然脇指ハ猶以短き可然自然の時ぬく時も鍔きりならでハにぎらすさあれハ長くても不入事か第一馬の乗下りに鞍の前徐にかまひ悪し惣而脇指ハ長短共に片手討の物なれハ長柄好むへからす色々子細有事なり

大小の柄の長い短いはそれぞれの好き好きである。しかし、刀は両手をかけ、柄頭を左の手ですり払うのがよい。脇差はなお短いのがよい。もしもの時、抜く時も鍔きりでなければ握れない。そうすれば長くても入らざることである。まず、馬の乗り下りに鞍の前輪にひっかかて悪い。すべて脇差は長くても短くても片手討ちのものであるから、長柄は好むべきではない。色々と事情があることである。

現代では、脇差は30センチから60センチの間だそうである。高虎のように、相手の首を落とすだけのためなら、短い方がいい。逆に、映画「たそがれ清兵衛」の中で真田広之が演じる主人公清兵衛は、狭い室内での殺陣回りを得意とするため、長めの脇差(60センチ物)を振り回す。実際は長刀は質で流してしまい、鍔から下が竹光だからだ。いくらなんでも30センチの脇差一本では、自分の腹を切ることくらいしかできない。

第156条 大小共に目釘ハ性の能き竹可然自然ハ蘇方の木も可然余りふときハ不可好付り柄ハほうの木然るへし昔より度々用に立来り唯今にほうの木の柄用るこしやくにて樫の木又ハ柚の木杯にてするも有昔も吟味有柄ハほうの木用ひ来る上ハ外の木ハ不可好柄の内くつろぎたるハ切レおとると言伝たり可嫌

大小ともに目釘は性のよい竹がいい。蘇方の木もいい。あまり太いのは好んではならない。柄はほうの木がいい。昔から度々用に立つとされ、今でもほうの木の柄を使う。こしゃくではあるが、樫の木や柚子の木を用いることもあるが、昔から柄はほうの木を用い、ほかの木は好んではならない。柄の内側が緩くなれば切れ味が落ちると言い伝えがある。嫌うべし。

目釘というのは、刀の柄(つか)の部分と金属の部分が抜けないように、止める釘のこと。ボルトとナットが日本にあれば、それを使ったかもしれない。この目釘というのは重要なようで、現代でも竹がいいとされていて、さらに200年前の竹材とかが珍重されている。蘇方というのは、「すおう」と呼び、マメ科の高山植物であるが、蘇方竹という竹もある。たぶん、竹の方とは思うが、蘇方の木と強調している。マメの弦も繊維は丈夫だし、よくわからない。ほう材と樫や柚子材と比較している。「ほう」は朴と書く。現代に至るまで、柄材として朴がいいのか樫がいいのか柚子がいいのかの論争は続いているらしいのだが、軍刀の研究をした論文によれば、朴材は稀少で、きっちり柾目でとれれば丈夫だが、斜め取りをした材だと弱く、樫、柚子に劣るそうだ(あくまで軍刀の話だが)。

先日、ゾーリンゲンの包丁の柄が腐ったので、ネットで検索した包丁工場へ持ち込んだのだが、柄が変わっただけではなく、刃も研ぎ直したため、人形マークも消えてしまい、元の包丁と同じものかどうかもわからないほど、細身の片刃として、マイ包丁に加わった。柄の材質は忘れた。


第157条 仮初に刀持出る共左の手に持たるよりハ右の手に持たるに徳多し口伝

かりそめに刀を持って出るときでも、左手に持つより右手に持つほうが得が多いという伝えがある。

刀を持つといっても、鞘から抜いて抜き身で持つ場合は左手で持つわけにはいかない。抜いた以上、すぐに使うことを考えなければならない。逆に、鞘のまま持つ場合、左手に持たないと直ぐに抜けないのだが、たいていの場合、刀は、抜くまでもなく、見せるだけで十分なので、この場合も右手に持ったほうがいいということだ。


第158条 刀の少ゆかみたるハ手洗に奇麗なる水を入刀の柄に縄を付切先を下にしさかさまに釣水鏡々見すれハ必直る物なり

刀が少しゆがんだら、手洗いにきれいな水を入れ、刀の柄に縄を付け、切先を下にして、逆さまに釣り、水鏡を見れば、必ず直るものである。

この条をよく考えていると、わずかに曲がった棒を見分けるためには、一本の棒を見るだけでなく鏡に映して上下二本にして見ると、曲がっている場合、ひらがなの「く」の字に見える、ということなのだろう。しかし、曲がったり歪んだりがわかっても、どうやって直すのだろう。自分で直そうとすると、たいてい失敗して、痛い思いをしそうだが・・

第159条 何時も手に逢へきと思ふ時ハ刀の下緒のむすひめより下を二つに分け両方江取帯にむすぶへし鞘を落さぬなり又鞘前へ廻らぬもの也度々切合時鞘前へまハり馬乗に鞘へ乗りたをるる事度々に及ふなり

いつも手にあうようにすべきと思う時は、刀の下緒の結び目より下を二つに分け、両方にとり、帯に結ぶべし。鞘を落とさないこと。また、鞘は前には回らないものである。何度も斬りあう時、鞘が前へ回り、馬に乗るときに鞘の上に乗り倒れることが度々ある。

下緒は鞘に付いているものである。したがって、下緒を長くして体の両側に回すというのは、戦闘の自由度を高めることなのだろう。忍者のように背中に鞘を縛っておく方がいい。藤堂高虎の所領は伊賀だ。

第160条 仮初に寝ころぶとも脇指置やう心持ありたとへハ右を下に寝る時ハ身のなりに柄を我面の方江して可置又左を下にして寝る時ハ柄足の方江して我むねの通りに可置心持あり

かりそめに寝転ぶ時でも、脇差の置き方には心の持ち方がある。例えば、右を下に寝るときは、柄を足の方にしておくべきだ。また、左を下にして寝るときは、柄を足の方にして自分の胸のあたりに置くという心得が必要だ。

右を下にして寝転んでいるうちに、つい眠ってしまって寝返りを打ったりしている間に大小ともに盗まれたりしたら大事だ。別の居眠り者の大小で員数合わせをしなければならなくなる。

この150条を超えたところで、突然に戦場ものに変わる。どうしたことか。確かに、徳川幕府の時代ともなれば、実戦経験のあるものなどいなくなるのだから、こういう書物で勉強するしかなくなる。ということを見通していたのだろう。しかし、刃を上にして突き出す、など稽古でも危険で行えなかっただろう。死罪になった者を使ってのの「お試し斬り」でも、試すのは日本刀の切れ味であって、小塚原でも、山田某なる役人がテスターをしていただけである。

つづく

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藤堂高虎家訓200箇条(15)

2006-07-16 00:00:40 | 藤堂高虎家訓200箇条

藤堂高虎家訓200箇条に取り組んで、4ヶ月強になる。一つ一つは、つまらないものを多いが、なんとなく本人の気持ちに近づいてきたような気もする。やや難しい思考法をとる時もある。第146条で「けはれ」の概念が登場する。話は服装のことで室内着と外出着のことだが「ハレとケ」というのは柳田國男が提示した概念がはじまり、とされるのがWikipediaでも紹介されているぐらいなのだが、この当時でもそういうことばが使われていたということは、柳田國男の概念がどこからきたものなのかを再調査する必要があるのかもしれない。

第141条 假初にも人に物毎のかふばり不可成可慎

かりそめにも他人に対して強情を張ってはならない。慎むべきだ。

藤堂高虎流はその後の日本の基本になっているのだが、サッカー界に強力フォワードが育たない理由でもあり、領土外交、ミサイル外交で遅れをとってしまった。第二次大戦の時も、一部強情を張った関東軍を押えるすべもなかったわけだ。やはり専守防衛も限界があるのだろう。


第142条 人と申合する事を出しぬくへからす自然出しぬきても不苦事ハ一戦の砌か取籠者か追かけ者之時ハゆるしも可有其外ハ可慎

人と申し合わせていることを出し抜いてはならない。出し抜いてもいいのは、戦いのときか、取り囲まれた者か、追いかける者の場合は許される。その他の場合は慎むべきだ。

契約遵守の精神だ。ただし不可抗力(フォースマジュール)は除くということか。戦いの時は出し抜いてもいいし、四面楚歌の場合も約束を破るのは構わないということなのだろう。さらに追いかける者も出し抜きOKということだ。実際、関が原の戦いの時は、多くの武将に対して、徳川方に寝返るように手紙作戦を展開している。


第143条 我先祖の功を言女房の理発刀脇指の切の威言又ハ何にても安く求め貴く放したるいげん言へからす聞にくき物也身の自慢より発る事なるへし

先祖の功績を言ったり、女房の賢いことや刀剣類の切れ味がいいことや、または安く買い求め、高く売ったということを言ってはいけない。聞きにくいものである。自分の自慢話に発することだ。

この家訓が自分の子孫に伝わるとするなら、先祖の功とは自分のことになる。まあ常識的に言って、「親の功績」「妻の自慢」「自分の財産の自慢」を言えば言うほど低俗に墜ちるだろう。せいぜい「飼い犬の自慢」くらいにしておくべきだ。


第144条 千石より上の侍ハ自身の働稀なるへし内の者に情をかけ能者あまた持ハ用に可立第一主人江の御奉公成へし

千石以上の侍は、自分の働きは稀であるから、家来に情をかけよいものをたくさん雇うのは役に立つ。それが第一主人への奉公というものである。

要するに、殿様からすれば、家臣に対して、「もっと家来を雇って、私のために奉仕しなさい」ということだ。秘書給与を負担するのは、あくまでも家臣であって、殿様ではない。


第145条 小身成人ハ可成程諸芸を習ひ何の道にても御用に可立と覚悟尤の事自身のはたらき可為眼前

小身である者は、なるべく芸を習って、どんな道でも役に立つと覚悟するのがもっともなことである。自分の働きがすぐできる。

「小男の宴会一発芸」みたいな話だ。実はちょっと妙な感じは、この高虎、大男でありながら細心。さらに多事にわたって器用であったことだ。


第146条 我内にてハ如何様の衣類も不苦出仕抔の時ハ能物を可着世話にけはれを知らぬ侍ハ必出仕に恥をかくと言

自分の家の中ではどんな衣類を着てもいい。出仕する時はいいものを着るべし。世の中の「ケ」と「ハレ」を知らない侍は出仕する時、必ず恥をかく、という。

まず、ユニクロで表を歩くなということだろうが、原文の中に「けはれを知らぬ」という書き方で、「ケ」と「ハレ」という概念が登場する。二十数年前、柳田國男による、日本人の「ケ」と「ハレ」の思想を知り、たいそう感動したのだが、高虎の時代からの概念だったわけだ。藤堂高虎、侮れず。

とりあえず、入院用パジャマとか用意が必要か・・・


第147条 人の脱て置きたる衣類むさと不可見ぷしつけたるへし

他人が脱いで置いた衣類を無造作に見るべきではない。ぶしつけなことだ。

女性を口説くには三段論法というのがあって、「食事に誘う、お酒に誘う、ホテルに誘う」というのが一般法則だが、さらに「バスルームで脱いだ衣類は一枚ずつきちんとたたむ」という技が必要だったわけだ。


第148条 物やぷりすべからす必思ひ当る事度々に及ふ可慎

物を破ってはいけない。必ず、思い当たることが度々に及ぶ。慎むべきだ。

「物を破ってはいけない」、というのは書き物、手紙のことだろう。思い当たること度々ということは、当時は怪情報とかが渦巻いていて、電話やメイルもないのだから本人が書いたのかどうかも怪しい。何通かためておいて、「前回と同じ筆跡か」「論理に矛盾はないか」とか色々と後で分析しなければならなかったのだろう。

ところが、城造りの名人であった高虎だが、造った城の図面は一枚も残されていない。後世、色々困ったことがおきている。


第149条 侍の不断可嗜ハ武芸多しといへ共第一兵法たるへし不断大小脇に絶る事なしいらぬ様にても日に幾度も可入ハ刀脇指たるへし然る上ハ能稽古尤の事又曰兵法不知とても用に立もの有と言無理成へきか用人の兵法達したる時ハ一入たるへし昼夜心にかけ嗜へし

侍がふだん嗜むべきことは武芸が多いといっても、第一に兵法であるべきである。ふだん大小を脇に忘れず、不要なようでも一日に何度も入用なのは刀、脇差である。その上、よく稽古するのがもっともなことだ。また、兵法なんか知らなくても用に立つものがあるというが、それは無理であろう。兵法に熟達したときには一入(ひとしお)役に立つ。昼夜心にかけ嗜むべきだ。

これは、デイトレーダーや個人投資家向けの言葉だろう。株の論理は色々あって1冊4,000円位の本を買うと、それぞれ各種手法が紹介されている。もっとも、そんな多くの手法なんか知らなくても構わないという向きもあるのだが、毎日、板情報を見ないわけにはいかない。もっと成功してカリスマトレーダーとしてテレビに紹介された時には、テクニックを色々知っていると、ひとしお便利である。


第150条 群衆にてせり合時脇指苦労に成事あり左様の時ハ前へ廻し竪に可指又右の脇に刀のことくも可指かせに不成となり

多数が入り乱れて競り合う時に、脇差が邪魔になることがある。そういう時には前に回してたてに指すべきだ。また、右の脇に刀のように指してもよい。じゃまにならなくなる。

時々、このような戦闘法についての家訓が混じるのだが、高虎の領地は伊賀上野。忍者の本場であり、忍法の基本は、こういう格闘術の伝承であるのだが、高虎はこういった戦闘法については、伊賀入封の時に知ったのか、あるいは自らの若年時代の実戦技術として知ったのかどちらなのだろうか。


ついに200箇条のうち150箇条まで進む。

つづく

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藤堂高虎家訓200箇条(14)

2006-07-09 00:00:22 | 藤堂高虎家訓200箇条

家訓200箇条も、攻略不能かと思っていたのだが、徐々に終結に近づいている。読んでいるうちに感じているのだが、本来は藤堂家の中に隠しておくもので世間に公開すべきものではなかったのかもしれない。これで高虎の評価が高まるようにも思えない。「こうるさいオヤジ」という感じもする。ともかく、解読作業を前に進めるしかない。

第131条 人前の咄に我手前をならぬとて必悔事いふへからすたりに不可成結句嘲に逢事多かるへし其身のふかひせうハ不言人の知たる様に聞にくし心ある人ハ人より悔とも能程に返答してよの咄に可直

人前で自分の暮らしが良くないと愚痴を言ってはいけない。何の足しにもならず、結局あざけりにあうことが多い。自分に甲斐性がないとは言わないのだから、聞き苦しい。心ある人は、他人から愚痴を聞いても、程よく返事して、他の話にもっていくべきである。

この131条を、頑なに守っている男がいる。隣国にいる大将軍様。ただし、彼の愚痴を聞き流すと、液体燃料が登場する。


第132条 人の手前の不成を余り悔へからす深く悔程の中ならハ一廉合力をして可侮ロにての悔ハ役に不立結句手前不成人の不戒なると名を立ぬ斗なれハ害を付るに似たり

人は暮らし向きがよくないのを悔いてはいけない。深く悔いるほどならば、いっそのこと合力(乞食)でもしてから悔いるべきだ。口だけの悔いは役に立たず、結局、何人の役に立たず害になることである。

もちろん、戦国時代は「すべての国民は自己責任」であったわけなのだが、敗者は敗者席に座って、黙っておけ!ということだろう。致し方なし。

第133条 人に余り悪人ハなきもの也かゐもく還らざる人と言人も稀成へし人には添て見よ馬には乗て見よと言伝へたり

人と言うのは余り悪人はいないものである。どうにもならない人というのは稀である。「人には添うて見よ、馬には乗ってみよ」という言い伝えもある。

「男は食ってみよ、女には乗ってみよ」ということわざもある。ただし、証券マンは信用するな。


第134条 盗人に逢共大方に吟味いたすへし結句由断者と嘲を請る事有へし盗人知れたり共せむへからす子細若人の家来を同類に指事あり大かたにして成敗可然人の家来を同類といハせ付届いらさる事なり兎角盗まれ物捨てると覚悟して強く吟味すへからす慾に離るへし

盗人にあっても、適当に調べるべきだ。結局は、「油断者」と嘲りをうけることがある。犯人がわかってもあまり責めてはならない。なぜなら他人の家来が仲間だったということもある。適当に処分すればいい。他人の家来が仲間だったりすると届け出なければならず、要らざることである。ともかく、盗まれた物は捨てた物と覚悟して、強く吟味しないことである。

社内不祥事は、ご内密に・・・ 「盗まれた物は捨てた物と覚悟」といっても竹島問題や拉致問題には該当しない。


第135条 屋焼人殺徒党を立る歟公儀に対したひそれたる科におゐてハ強く責メ同類を言せ可然訴ねハならぬ事なり

放火、人殺し、徒党を組むなど、公儀に対して大それた罪を犯した者は、強く責め共犯者を明かすべきである。訴えなければならない。

「強く責メ、同類を言せ・・」どうやって、強く責めるのかは、あえて書かないが、痛そうだ。


第136条 死人か不吉成方江見舞共人遣す共少おそきハ不苦可聞合必早立て不首尾成事度々に及ふ心得へし

死人とか不吉な方へ見舞いの人を遣るのは、少し遅くてもいい。聞き合わせてからすべきで、早く立てて不首尾になってしまうことがあるから心得るべきである。

亡くなったと同時にやってくる生命保険会社の調査員のようなものだ。「不首尾になること度々」とはどういうことだろう。それだけ当時は、ニセ情報とかがあったのだろうか・・
六代将軍となった徳川家宣は五代将軍綱吉逝去の間で、同日中に、生類憐みの令を廃止した。


第137条 可歓事ハ早見舞ても人を遣ても可然人のうへを悦により後悔有へからす

歓ぶべき事は、早く見舞っても、人を遣ってもいい。人の喜びには後悔はないだろう。

喜ばしいことで見舞うとは、「出産祝い」とかであろうか。結局、「不幸はゆっくり見舞え、慶事は早く祝え」というのは、情報伝播速度が「悪事は速く、慶事は遅い」ということに起因しているからかもしれない。


第138条 惣別いや成事を可好必いや成事ハ能事多しすきたる事ハ棄へし悪敷事のみなり乍去諸芸抔ハ格別なり嫌ふハ芸の外なり

すべて、嫌なことを好むこと。嫌なことにはいいことが多い。もの好きなことは捨てるべきだ。そういっても芸については別で、嫌うのは芸の外のことだ。

安い株を買って、高い株は売れ、しかしファンドは別だ。運用成績が悪いファンドはもっての外だ。あるいは、嫌なトイレの掃除をすると、500円玉を拾うことがある(従業員が正直かどうかをチェックするため、わざと店長がおカネをトイレに落としておく手法がある)。


第139条 武士と生れ武芸を不嗜うかうかと日を暮す事ひが事なり武芸を能勤てハ身の行もよかるへきかたとへハ出家町人の武芸を好む事ひか事なり出家ハ経念仏をやめ町人ハ商売をやめ候事非本意武士か経念仏商売の事もてあつかふもひか事なり心に物なき人の作法成へし

武士に生まれ、武芸を嗜まず、うかうかと毎日を過ごすのは間違いである。武芸もよく勤めれば、自身の行いもよくなる。たとえば、出家僧や町人が武芸を好むのは間違いである。出家僧が念仏をやめ、町人が商売をやめることは本意ではない。武士が念仏を唱えたり、商売をすることも間違いである。心に物のない人の作法である。

現代では、出家僧が商売をしたり、小説を書いたりする。江戸時代の武士=現代の役人と考えれば、第三セクターは、武家の商法ということになる。日銀総裁の利殖も同根。「心に物なき人の作法なるべし」というのは含蓄のあることばだ。「財布にカネなき人の作法なるべし」というより難しい。


第140条 身深くかざり薫ひふんふんとするハくせもの成へし女若衆ハ格別なり惣而男たる人はさのみかもふへからす人によく見られ思ハれんとするハ心根いたつらのもとひ成へし

身をたくさん飾って香りをぷんぷんとさせるものは、くせものである。女性や若衆は別である。すべて、男たる者は、そのようにかまってはいけない。人によく見られたり思われたりと思う心は、つまらぬことの始まりである。

耳にピアスをしている外資系証券会社のサバオ君は、くせもの!である。女性やホストなら話は別だ。好きな場所に穴を開ければいい。一方、男は、ピアスやネックレスにかまけてはならない。見かけを気にするのは、「心根、いたずらのもとだ」と言うときのいたずらは「徒に」という意味で、「人生を棒に振った」というようなニュアンスだろう。高虎は「巨体で、ぶ男」だった。

続く

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藤堂高虎家訓20箇条(13)

2006-06-24 00:00:20 | 藤堂高虎家訓200箇条

高虎は大男だったそうだ(185センチ)。それにしてはたいへんに気が細かい。もっとも家康だってそういう性格だったような気もする。高虎は豪族の出で、勝ち馬に乗り継いで大大名になったのだが、家康は元々大名なのだが、人質になったりして人間を裏から眺めるのに長けているのだろう。キツネとタヌキというところなのだろうか。やはり時代に登場するのが15年遅かったのだろう。

ところで、上野城の新天守閣一階に高虎の姿を描いた資料が複数展示されている。おそるべき「ぶおとこ」である。サッカー日本代表元監督ジーコの下頬を膨らませたような人相である。NHK大河ドラマに採用しようとしても、起用する役者が絶対にみつからないだろう。


第121条 大事の聞書ハ文字ふとく可書年寄て重宝なり若キ内ハ細字にても読なれ共年よりてハ不見故詮なき事なり

大事な聞き書きは文字を太く書くべし。年をとってから重宝する。若いうちは細い字でも読めるが、年をとると見えなくなる。どうしようもないことだ。

何というべきか・・家訓に書くまでもないとは思うが。年をとるとどうしようもない事はいくつかあるのだが、その他のことは書かなくてもいいのだろうか。それともそのうち登場するのだろうか。

第122条 若き内ハ諸芸何にても習ふへし捨ハ可安盗人の仕様をならへハぬすまれぬ用心の為に成へし

若いうちは色々な芸を習うべきだ。捨てるのは簡単である。盗人のやりかたを習えば、盗まれない用心のためになる。

高虎さん、例が悪いのではないだろうか。それとも盗人修業もしていたのかな。得意の城造りを例にした方が高尚となったような気がする。事実、城攻めの達人だから城造りの達人になったわけだ。


第123条 諸芸習ふとも一旦にすべからす自然に不絶すへし一度ハ仕覚へし必芸珍敷思ひ一たんに習ふ共捨る事可早いつも不絶すれバ上手に成もとひ可成

諸芸を習うにしても一時にするべきではない。自然にして、やめないようにすべきである。一度は習って覚えるべし。必ず、芸を珍しく思い、一時に習うと捨てるのも早い。いつも絶えないようにするのが上手になる基である。

こどもの教育では悩んだのかもしれない。月曜はサッカー、火曜は英会話、水曜はピアノで木曜はそろばん、金曜には剣道にいって、土曜は将棋教室とか・・
老人用通所介護(デイケア)のメニューもそんなものだ。


第124条 物事急成ハ後悔多しねれたる思安に尤の事後悔有へからす

物事を急ぐのは後悔が多い。練れた思案に後悔があることはない。

「練れたる思案」というのが、いい感じの表現だ。最初、「ぬれた思案」だと誤って読み下していたのだが、「濡れた思案」というのは陰湿感を表現するのにはいいかもしれない。


第125条 人をだます事なかれ真の時無承引仮初のされ事成とも大事の節も筈にあふ間敷也是深く可慎

人はだましてはいけない。真実のときに承諾が得られない。仮初のざれ事であっても大事な時に役に立たない。深く慎むべし。

いわゆる狼少年のことだ。しょっちゅう警報を発する火災報知機のような話か。選挙の公約はいくら嘘をついても、もともと信じられていない。


第126条 惣両人をあなどるへからす一寸の虫にも五分の魂有といふいかやうの知者をもしらすふかくを取事多し第一人を大小によらす見下すへからす

人をあなどってはならない。一寸の虫にも五分の魂があるという。どんな知者であるかわからないので不覚をとることがある。第一には人を大小によって見下すべきでない。

明智光秀のことだろう。大小とは体の大きさではなく、位や身分の上下を指す。


第127条 徳意斗を好むもあしく損する道も可有むさと損を好むハうつけ成へし徳する道あらハ徳にましたる事あらしさあれハとてしハき斗にて世は不立損すへき道にて損をいとふへからす折品によるへし

得なものばかりを好んでも損をすることもある。わけもなく損を好むのは馬鹿者である。得する運があれば、得になる方をすべきだ。そうはいってもけちばかりでは世の中はなりたたない。損する道で損をいとってはならない。その時による。

投資家心得だ。あるいは、設備投資をするときの心構え。ただし、「その時による」というのでは無責任な言い方かもしれない。


第128条 常に身不省を堪忍すへしされ共物によるへし一篇に心得てもあしかるへし

常に、身の不省をがまんすべきだ。されども、物にもよる。そればかり心得てもよくないだろう。

たまには、財布をはたいて、吉原で置屋一棟総揚げでもしたらいい、ということだろうか。たまにならいいのだろう。


第129条 人よりの異見ハ悦て可聞よく思ハねば不可言我か人に異見を言心さし可成かまハさる人にハ異見言へからすさあれハ深く敬ひ用る事可為本意異見不用ハ二度いふへからさるものなり

人の意見は、喜んで聞くべし。よく思わないなら言うべからず。自分が人に意見する気持ちである。構わない人には意見を言うべきではない。とはいっても意見を深くうやまい用いることは本意である。意見を用いない時は、二度言うものではない。

意見を聞いて、怒るようではだめだ。逆に、意見を言っても聞いてもらえないようなら、何度もいうことはない。無駄だ!。主人を変えろ!ということだろう。そう思って、この家訓も読むべし!か・・・


第130条 人に物を言共繰返し繰返しくとくといふへからす聞にくきものなり

人に物を言うのに繰返し繰返しくどくど言わないこと。聞き苦しいものである。

くどくどいうのも聞き苦しいし、くどくど言われるのも聞き苦しい。公務員削減みたいな話だ。

つづく

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藤堂高虎家訓200箇条(12)

2006-06-10 06:55:35 | 藤堂高虎家訓200箇条

200箇条は脈絡もなく続く。対人関係の心得が多いが、浅からず、深からず、自分を見失いようにということになる。めずらしく宗教的な話が第116条で、仏を拝めというが、自らが死後、仏になるように祈るわけではなく、心の平和のため、と現実的だ。第120条では、突然に馬の乗り方など戦の心得が登場する。


第111条 仮初にもむさと仕たる人のつれに成へからす人の悪事を身に掛る事必可多

かりそめにも、無頓着な人の連れとなってはならない。人の悪事にかかわることが多い。

まさに、共謀罪の共犯になってしまう。麻薬の運び屋とか・・要するに悪事に麻痺している人間と付き合うとあぶない。


第112条 人のあつかひ事同詫言に掛るましき事なり首尾調ハよし不調時は結句身のひしに成事数度あり是非無了簡頼まるる時ハ大かたに言能時分を考へ可立退うか退うかと掛り居て及難儀事暦然なり

人の仲裁事やわび言に関わってはならない。首尾がよければよいが、そうでないと結局自分の災難となることがたびたびある。了見していないことを頼まれるときは適当に言っておき、時分を考え、立退くべきだ。うかうかと関わりあうと難儀になることは明らかである。

下手な喧嘩の仲裁をすると、自分が巻き添えになる。弁護士が犯人と一緒に有罪になるようなものか。いずれにしても逃げ足が肝心。

第113条 人より構の奉公人不可置若置掛り構ある時ハ早速隙出すへし首尾により詫を入帰参する事も可有

人から追放された奉公人を置いてはいけない。もし置いてしまい苦情があった時は早速、暇を出すべきだ。首尾によっては、詫びを入れて帰参することもある。

とはいえ、転々と主人を変えたのは高虎自身(約10回)。自分は、主人から追放されたのではなく、主人を選んで乗り換えた、というのだろう。転職するとき、「解雇」されたものはダメで、「退職」したならいいということだろうか。見分けが難しい。


第114条 他へ奉公人大かたならハ不可構若構ハて不叶とも向の一門か知音衆へ談合のことく和かに可頼理運に不可言向より構の断あらハ品により可免つよく構ふ程ならハ我召仕時情をかけ堪忍成様にいたしたるかよしならぬ様にしていよといふハ無理なり共上構事無理の上の無理成へし堪忍いたしよき様にして情をかけ召仕に無理に立さらバ吟味をとげ成敗より外ハ無他

他家へ奉公するものは、できるだけ関わりをもつべきではない。もし関わらなければならないなら、向うの一門か知り合いへ談合のように穏やかに頼むべきだ。理屈を言うべからず。向うから構わないと言われるなら品によって許すべきである。しいて世話をするのなら、自分が召し使う時に情をかけ、辛抱するのがいい。我慢できないようにして居よ、というは無理である。その上、構うことは無理の上の無理である。こちらが辛抱してよいように情をかけ召し使うのに、無理に立ち去るならば成敗するより外はない。

転職者を受け入れる前に、前の勤め先に照会するべきということだろう。「今度、弊社に就職を希望している”おおた某”なる男、そちらではいかがされた?」「その男、持ち逃げの罪で、追跡中の身なり。取り押さえ願いたし。無理に立ち去るならば、成敗のほどを・・」


第115条 いか程あしき者共とも其身の立身するにおゐてハ外聞よき様にして隙可出侍ハ互事なれハ能仕立可遣以来のたりに成事及度々

いかほど悪いものでも立身したときには、外聞を良くして気の緩みが出るものである。侍は互いのことであるからほどほどに付き合うべきである。あとあと頼りになることがあるものだ。

山猫紳士へのご忠告。昔の山猫友達ともほどほど付き合うこと。「消費者ローン大手」「マスコミ各社」・・適用範囲は広い。
ところで、この逆に没落貴族同士のキズのなめあいも有用なのだろうか?たぶん無要なのだろう。

第116条 侍は後生心有へきなり必仏になり度との事にあらす心のやハらぎのため成へし

侍は、後生のことを祈るべきである。必ず仏になりたいということではない。心の安らぎのためだ。

高虎は宗教家ではない(キリスト教に反対していた)ので、深く考えることはないかもしれないが、この条文は、重要なインナーサインのように思える。仏を信じなくてもいいから、心の平安のために祈ること。現世主義者なのか来世主義者なのか。断定は禁物だ。


第117条 侍ハ大小によらす我のなき人ハなたの首のおれたるかことし但我を立るとて愚痴なる人理もなき事に我を立る是本意にあらす正道にて我を立る人可為本意

侍は、位によらず我のない人は、ナタの首が折れたようなものだ。但し、我を立てるといっても、愚痴っぽい人が、理もないことに我を立てるのは本意ではない。正道で我を立てるのが本意である。

この条は、比較的有名だ。自我のないものは首の折れたナタと断言。しかし、くだらないことに我を張るのは愚の骨頂で正道で我を立てるべきといっている。実際には「愚の骨頂」を「正道」と思って、頭を振り回すことが多い。国会ではよくみられる。


第118条 人の隠密にせよといふ事他言有べからす尤主人のひそかに御意の趣ゆめゆめもらすへからす深く可慎

人が隠密にせよ、ということは他言してはならない。まして主人が密かに御意のことはゆめゆめ漏らしてはいけない。深く慎むべきだ。

殿の秘め事、奥方には他言無用のこと。奥方の殿への秘め事も同様のこと。


第119条 人の言事を早合点すべからす殊に人の咄の先折へからす

人の言うことを早合点してはならない。ことに人の話を折ってはいけない。

高虎が渡り歩いて最後の主君は徳川家康。家康の話は理解するのに難儀をしたのだろう。含蓄、文脈、言葉の間、話が終わったかと思って、返事をすると、まだ話は終わってなく続きの講釈があったりしたのだろう。狸・狐と付き合う鉄則。相手の話が終わったかどうかは、「ファイナルアンサー?」と確認すればいい。


第120条 物さハがしき時可乗馬ハ両の耳へよき程にして布の切レ水にても湯にてもひたししほり両耳に押入可乗馬不驚もの也

物騒がしい時、乗る馬には両方の耳へ、適当な程度にして水か湯かでも浸して絞ってから押し込み、乗馬すべきである。馬が驚かない。

馬の耳に念仏ではなく、馬の耳に濡れ布巾か、耳に押し込む時に馬が驚きそうなものだが。

つづく

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藤堂高虎家訓200箇条(11)

2006-06-03 00:00:01 | 藤堂高虎家訓200箇条

藤堂高虎家訓200箇条も100条目を超えたあたりでは、かなり現実的な格言(というか、日常的な注意事項)が増えてくる。

第102条で「誓い言を立ててはいけない」と言ったり、第110条で「無闇に、頼もし、と思われてはいけない」というような、男らしくない言葉を残している。武家の家訓ではなく商家の家訓のようだが、それは高虎の先明性だったのかもしれない。

第101条 盤の上の慰に助言いふべからす能可慎

盤上の遊戯に助言を言ってはならない。慎むべきである。

盤上の遊戯というのは、「将棋や囲碁」のことだろう。「助言」が元で、命のやりとりになることがあったのだろうか。

ちなみに、高級な脚付きの盤では、四脚は「くちなしの花」の形に彫られている。”口無しに!”という意味だ。さらに盤を完全に返すと裏側には深さ2センチほどの窪みがある。助言者の首を切り落とした後の、血溜まりに使うためである。では、切り離された胴体の方は、どうすべきかというと、バラバラにして半透明の袋に入れて、ゴミ出しの日に処分すべし、である。


第102条 かりそめにも誓言立へからす

かりそめのこととしても、誓言を立ててはいけない。

要するに、オブリゲーションから逃げろということだろう。契約書は結ぶべからず。宣誓すべからず。偽証罪に問われないように。ただし、「今年こそ禁煙しよう」という正月の誓いは構わない。元より誰にも信じてもらえないからである。


第103条 女若衆の中立すべからす并奉公人の口入請に不可立

女や若衆の仲介をしてはいけない。奉公人の口入れや身元保証人に立ってはいけない。

まあ、下々の情実に首を入れるなということだろう。保証人になってはいけないのは、古今の常識というところだ。


第104条 惣而にがざれ深ざれすへからす向の人の心不浮時ハ必無挨拶成へし結句返答悪敷とて腹を立る是言事の基成へし

すべて、相手を侮った冗談やしつこい戯れをしてはいけない。向こうの人の心が浮かない時は挨拶がないものである。結局、返事が悪いといって腹を立てることになる。これは言葉を語る上の基本である。

オヤジギャグが不発でも、怒ってはいけない。次のギャグをすぐに考えるべし。


第105条 少の物も人の物ハかるましきなり仮令かり侯とも追付戻すへし久々留置打忘必失ふ事あるへし近頃不念成儀なり

少しでも他人の物を借りてはいけない。たとえ借りてもすぐ戻すべきである。長く借りておくと忘れて失くすことがある。近頃、注意のたりないことである。

要するに、すべて、最初に借りはじめたところから、悲劇ははじまる。ローンの鉄則。


第106条 人に物をかし候とてさいさい取返しに人やる事以の外なりかさぬにはおとりたる分別なり

他人に物を貸したといって、何度も取り返しに人をやるのは、もってのほかである。貸さないことより劣る行為である。

貸しはがし行為の禁止。無担保融資の宿命。返してもらえるメドがなくても、バランスシート上は長期貸付金と記載しておけばいい。


第107条 人の盃さし候時のむましきと言へからす必盃の口論数度有事なり人と人の盃口論あらハ差出あいを呑挨拶肝要なり

他人から盃を差し出されたら、飲まないと言ってはいけない。必ず、盃をめぐる口論になる。人と人との間で口論があるなら、差し出された盃を飲んで挨拶するのが大事である。

まあ、杯の大きさには限度があるから。問題は器の方ではなく、飲む量だろう。一升瓶や一斗樽が登場したら、話は別だ。


第108条 人の物の本借り候共追付返すへし仮令留置るとも可入念鼠に喰れ候へば近頃不念成事恥辱たるへし

他人から本を借りたらすぐ返すべきだ。たとえ留め置くとしても、念を入れ、鼠に食われたりすれば、不注意であることで、恥辱である。

本を貸すときの常識は、「面白すぎる本は(回されて)返ってこない。」「読む気にならない本は(積まれたまま)返ってこない」「面白くない本は(誰から借りたかわからなくなって)返ってこない」。

本をかじるとは、高尚な鼠がいたものだ。西鶴の世界に登場する頭の黒い鼠は、藤堂家図書室から脱走した子孫かもしれない。


第109条 人の愁ハかなしむへし又よき事ハ悦へし愁もかなします悦も不悦ハ不可為本意

人の愁事には悲しむべきだ。またよい事は悦ぶべきだ。愁事にも悲しまず、悦事にも悦ばないのは本意ではない。

ワールドカップの応援も、このような態度で行うべきだが、それはまた、心の中と体表現の間の葛藤が生じる。


第110条 人の心をも不見届頼もしだてすへからす必命の禍たるへし

人の心をも見届けず、頼もしく思わせてはならない。必ず命の禍となる。

「頼りにしてます」と本気でいわせないこと。そういうことを言う無責任野郎は、必ず失敗し、不幸の道連れを探そうとする。

さらにつづく

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藤堂高虎家訓200箇条(10)

2006-05-27 09:20:50 | 藤堂高虎家訓200箇条

しかし、200箇条は長い。1週間に10箇条をやっつけるのに大苦労している。オリジナルの200箇条は藤堂高虎最晩年ということで、少し、くどい。老人病なのだろうか。思うに、世は大名取り潰しの時代の入り口である。そういう流れを感じていて、藩内の融和をはかり、「無用の争い」で大失態しないように、念には念を入れ、書いたのだろう。といっても、途中でつぶれた大名の記録は何も残らないので、そういった家系に立派な家訓があったかどうかは、わからない。

ところで最近、仕事上の文書を書くときに、「○○が肝要成り。」とか「○○とは天道にあるまじき行為、深く反省すべし。」とか思わず書いてしまう。(まだ、口にはでてこないが。)

今回で、100箇条まで到達。今後、大きな花が登場するのかどうかは不明。順に行くしかない。将来、藤堂高虎が大河ドラマにでも登場した時には、この200箇条が陽の目を見るのではないか、と思って、前進する。


第91条 何事によらす理つよに物事いふ間数なり理のかうしたるハ非の一倍と言たとへハ人のあつかふ時よき時分を不聞入ハあつかふ人も手をうしなひ立腹する也合点すべき所をこかし手持あしく石車に乗たることくにて止かたし分別肝要なり

何事でも理詰めで物を言ってはいけない。理の強いのは非の倍になるという喩えは、人を扱う時、程ほどにしておかないと扱う人も手立てがなく立腹するものである。納得する機会をのがし、調子に乗り、しくじることになる。分別が肝要である。

理詰めで物を言うと、言うこと聞かない人間がでてくるということだろうが、まあ、ほどほどにということだろう。「石車に乗る」というのが感じがでている。タイヤがパンクした車で走るようなものなのだろうか?あるいはブレーキのない車で坂道を下るようなものか・・


第92条 朝夕を給る時腹を不可立百姓の昼夜作り立米給人江奉る我命を続くる米に向ひ怒る心を天道みのがし有間敷深く可慎

朝、夕の食事のときに腹を立ててはいけない。百姓が昼夜作ってくれる米だから、わが命を続けさせてくれる米に向かって、怒る心を天道が見逃すことはない。深く慎むべきだ。

高虎は、メシにこだわる。それにしても大げさだ。しかし、米に向かって怒る御仁はいないと思うのだが。


第93条 我女房に無情あたる者あり大に道の違たる事也男を頼み共に乞食非人をする共附添事深き間也夫を不知常々中を悪ふして物事打解ざるハ非本意なり不便を加へ中よくすべき事なり根本ハ他人の寄合夫婦と成事過去よりの約束成べしそこそこにする人ハ頼母敷なしと嘲可多

自分の女房に情けなくあたる物がある。大いに道が違っていることである。男を頼みにして、共に乞食や非人をするとしても付き添うほどの深い間柄である。それを知らずに常に仲が悪く打ちとけないのは、本意ではない。不憫を加え仲良くすべきものである。根本は他人同志が寄り合って夫婦となることが過去からの約束である。そこそこにする人はたのもしげがないとあざけられることが多い。

高虎は、どんどん出世を続けていったが、逆にどんどん身分が下がって言った場合、彼の妻が、共におちぶれに付き合うことになったかどうかは、わからない。高虎の末裔もそう思ったのではないだろうか。高虎が生きていた戦国時代とその後の徳川時代では武士の結婚のプロセスも異なる。まあ、世の中が「なあなあ」になっていくのだが、高虎は、それを看過していたのだろう。

第94条 主人江詫言申上る共主人の機嫌を見及可申上一応二応にて免されさる事も可有也いかに家老たり共見合重て折を見及可申上一旦にむりやりに申叶ハぬと声高に成申事非義なり還て科人ハ脇になり主人立腹して可免者も不免結句誓言を御立候か曲事に被成候事度々に及ひ扨家老も申掛不首尾にする上ハとて身代をやふり立退事もありかた口なる人の仕形成へし

主人へわびるといっても主人の機嫌を見て言うべきだ。一度や二度では許されないこともあるだろう。家老だとしても様子をみて重ねて折りを見ていうべきだ。一度にむりやり言ってもだめだと声高に言うことはいけない。かえって罪のある人のことは脇におかれて、主人は立腹して許すべきものも許されず、結局、誓言を立てるとか処分されることがたびたびあると、家老も「申し掛け、不首尾にする上は」といって身代を投げうち立ち退くこともある。一方的な人のやり方だ。

「かた口」ではいけない。機嫌のいい時に不都合な話をすればいい。お互いに角を突き合って、「かくなる上は、覚悟のほどを・・」ということになっては、・・・


第95条 家老たる人ハ傍輩の中に能者有て主人の重宝になる人たり共人の聞前にて取合せ不可申必人前の取合せの事ハ心もある主人ハ不聞入子細ハ心附の有共取合せ申たる家老の心附に成へし主人の心得には難成能家老は潜によき者に御心附も可有と可申上心附に逢たる人家老に尋れ共不存御心附たる事と感し申事可為家老の本意たり

家老たるべき人は仲間の中によい者がいて主人のためになる人がいたとしても、人の聞いている前でとりなしをしてはならない。必ず人前のとりなしのことは心ある主人は聞き入れない。なぜなら、その者をひきたてるのは家老の手柄になり、主人の裁量にはなりがたい。よい家老はひそかによい人に心当たりがあると申し上げるべきで、祝儀にあった人が家老にたずねても自分は知らないがめでたいことであると言うのが、家老としての本意である。

サッカーでもそうだ。日本代表チームの監督が最終選考にあたって、Jリーグの監督から進言を受けると、かえって落としたくなるものだ。失敗に気づくのは試合が終わってからだ。


第96条 下として上を斗ふ事有間敷と世間にいふ一通りハ尤なり乍去心もあるよき主人ハ左様には不思主人のしらぬ事に為に成事多かるべし左様の時ハひそかに聞届可申上是以悪敷申さは下として上江教るなんどど取沙汰可有か主人悪敷心得立腹ひか事なり惣して主人を下よりあなとる事ハなき物也自然にあなとる事あらハ主人のうつけたる所を見付あなどるへしよき主人ならハあなどり度思ふ共成間数也兎角あなとらるるハ主人の覚悟なきよりおこる成へし

下は上と争ってはいけないと世間でいうことはその通りである。しかし、心あるよい主人はそう思わない。主人の知らないことでもためになることが多い。そういう時、ひそかに聞かせて申し上げるべきである。これをもって悪く言えば下が上に教えるとはなんだと、取りざたするのを聞き、主人が悪くとって立腹することは間違っている。本来、主人を下の者が侮ることはないものである。もし、侮る事があれば、主人の馬鹿なところを見つけて侮るものだ。よい主人ならば、侮りたいと思ってもできないものである。とかく侮られるのは主人の覚悟がないからおこるのである。

そうはいっても、進言に失敗するとえらいことになる。特にまずいのは、殿様のバカ息子の教育方針である。これを進言すると、ほとんどの場合、数時間後に首が塩漬けになるものだ。


第97条 家来の悪敷事を聞共家老を呼ひひそかに異見を加へさせ作法直させ可然何事も聞ぬふりにて居る事肝要なりなま心得の主人理発だてにて不入吟味すれハ夫々の科におこなハされハ不成家のさだちたるべし大それたる科の外ハきかぬにしかし

家来の悪いことを聞いても家老を呼んで密かに意見を言って作法を直させる。何事も聞かないふりでいるのが肝要である。なま心得の主人が利発そうにいらざる吟味すれば、それぞれの罪を処分しなければならなくなり、家の騒動になる。大それた罪の外はきかない方がいい。

これが、田舎大名だと、殿が家臣の噂を聞きつけ、自室へ呼んでイエローカードを見せればすむが、将軍さまの話になると大変である。まず、噂の真偽を確かめるために、スパイを放つ(スパイは後で始末される)。隣国の現代史のことではなく、日本の近代史の話だ。


第98条 言事など、いふハ外様付合にてハ稀也不断心安き内に度々有之互に打とけ過言ぞこないもあり又慮外もあるべし能可慎

言い争いなどというのは外様のつきあいではあまりない。ふだんから心安いうちに互いにうちとけ過ぎて、言い損なうことも無礼なこともあるからよく慎むべきである。

慎むのは、言い争いなのか、打ち解けすぎることなのか、この段だけではわからないが、200箇条全体の流れでいえば、打ち解けすぎないこと、ということのような気がする。


第99条 余り人にたりふそく深く言べからす

人に対して足り不足を余り言ってはならない。

いかにも日本的だ。もっとも、「足り」を言わず、「不足」ばかり言う人間や、会社や、国家は多い。もっとも、満足なのか不満なのかわからないと、CS調査員など、困ってしまうこともある。アンケートにしても、「満足」、「普通」、「不満」の3分割では、「普通」ばかりになるので、「少し満足」とか「少し不満」といった選択肢が必要になる。


第100条 人之芸能又ハ諸道具抔こなすべからす面々数寄数寄成へし

他人の好む芸能や小道具についてはけなしてはいけない。それぞれすきずきである。

品川駅高輪口で手鏡を持っていたことを理由に捕まった「本人は冤罪を主張する、ある地方大学の東京分校の」教授の趣味が、特定の方向に偏向しているからといって、偏光メガネで見てはいけないし、横浜駅西口で、手鏡ではなく携帯で画像保存した日テレアナウンサーに対して、「その小道具では、捕まったときに証拠が残るではないか」と注意をしたりしてはいけない。好き好きである。

さらにつづく。

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藤堂高虎家訓200箇条(9)

2006-05-21 07:36:38 | 藤堂高虎家訓200箇条

きょうの解題は、ばっちい話が多い。もともと藤堂家の秘本だったのだろう。将来、陽の目を見て、ブロガーにつつかれるなど、想定外もいいとこだろう。


さらに、今回は、「和歌」もでてくるが、そちらの素養はまったくないようだ。


第81条 敗軍の時まめ板壱歩腹中へ呑込可然強盗にはがれたり共先にて大便に下ル物也金のみやう有口伝


負け戦の時には、まめ板一分を腹の中に飲み込むべし。強盗にはがれたとしても、別の場所で大便に下るものである。金の飲み方には口伝があるものだ。


ところが、藤堂高虎には、負け戦の経験はない。常に「勝ち馬に乗る」という方式で、勝ち抜きトーナメントを生き抜いたわけだ。そして、高虎の末裔は江戸時代の最後に鳥羽伏見の戦いで、真っ先に幕府側から薩長連合に鞍替えする。実は、薩長といえども、国許の島津、毛利の殿様は、そう倒幕派でもなかったのに、藤堂藩は上から下までこぞって掌を返したわけだ。お見事。、



第82条 手負血留なき時ハ我小便を仕かけべし


けがをして、血留めのない時は、自分の小便をかけるべし


常に膀胱に在庫をためておかなければならない。小用の際、少しばかりを残しておくべし。



第83条 常々可心得男ハおとこの遣ひ物也女ハおなこの遣物也かりそめにも女の指出并女の申事不可聞人悪事の基たるへし


常々心得るべきは、男は男の役目があり、女は女の役目がある。かりそめにも女の指し出や申すことを聞いてはいけない。悪事の基である。


「きょうは、安全だから」を信じては悪事がはじまる。



第84条 かりそめに寝ころび候ても脇指はなすへからすむさと不可置


かりそめに寝転んでも、脇差をはなしてはならない。無造作に置いてはいけない。


かりそめに寝転んで、何をするかは、もっと問題である。



第85条 不断善き人としたしむへし悪き人なりともそらすへからす心持可有


ふだんから、善人と親しむべきだ。悪人と言えどもそらすべきではない。心の持ちようがある。


言い換えると、「善人からだまされることはない。悪人からは、騙されたフリをして欺け」ということか


 
 高虎公御詠歌
友は只直なる人をむつましみいつわりなきを道と知へし
此御歌に道春老脇坂淡路殿佐久間大膳殿佐久間信濃殿延寿院各和韻被成候


友達は、ただ素直な人と仲良くなり、偽りのないのを道と知るべし。
この歌に道春老脇坂淡路殿、佐久間大膳殿、佐久間信濃殿、延寿院の和韻がある。


何か、某電器会社で毎日歌われている「社歌」のようにつまらない。和歌は下手だ。



第86条 我か人によくするに人悪敷事は有まじ古人歌に、
我よきに人のあしきかあらハこそ人のあしきハ我かあしきなり
如此常々心得肝要なり又歌に
山城の狗の渡りの瓜作りとなりかくなりなるはこころか 
兎角我心次第に能成り度ハ心なり悪敷成度も心なり可慎


自分が人に善くすれば、人が悪くすることはないだろう。古人の歌に、
自分が善くするのに人が悪くすることはないだろう。人が悪くするのは、自分が悪いことである。


このように常々心得ることが肝要である。また、歌に、
山城の狗の渡りの瓜作りとなりかくなりなるはこころか


とにかくもわが心次第によくなりたいのは心であり、悪くなるのも心次第である。慎むべし。


山城の・・・のくだりはよくわからない。文意から言うと、山城の野犬だらけのところで瓜の栽培などしなければならないほど落ちぶれるのも、自分の心持ちが悪いからということだろうか。飛躍し過ぎの感もある。


どうも、高虎は、自己責任論者なのだが、裏には、他人を惹きつける魅力があったのだろう。その真髄は「他人に親切にすることのようである」。



第87条 学文すき物の本集る共不学人ハいらさる物の本に金銀をついやす道理なり諺に論語読の論語読ずと嘲なり大形見及に心ハ邪にて景気斗の学者して見せ顔なる人多し


学問や好学者の本を集めたとしても、学ばない人は、要らない物の本に金銀を費やす道理である。ことわざに論語読みの論語読まずというあざけりがある。おおかたに見ると、心がよこしまで景気ばかりの学者風の顔をしている人が多い。


経済学者が首相の座を狙ったり、女性のスカートの中を手鏡で狙ったりするようなことを指す。いずれにしても書物は要らない。



第88条 物を知くさしたる人物しり顔にてそばつら成事を語る 脇より聞けハ笑止なり物を不知人の咄はるかまし也


物事を中途半端に知る人が、物知り顔にいい加減なことを語る。脇で聞けば、笑止ものである。物を知らない人の話の方がはるかにましである。


中途半端な知識では、クイズ番組では勝ち残れない。疑わしいことを話すときは、自信を持って論理的に話すと、脇で聞いている人も、本当のことのように錯誤するはずだ。



第89条 人の害に成噺ハ不及申害にならぬ噺にても咄聞る人により咄ても不苦か脇にてむさと不可咄人の偽我偽と成事多し心有人ハ知たる事も不知やうにもてなし嗜む是以はつかしき心根成へし


他人の害にある話は言うまでもない。害にならない話でも、話を聞く人によっては話してもいいが、脇にいて簡単に話してはいけない。他人の偽りは、自分の偽りとなる事が多い。心ある人は、知ったことも、知らないことのようにふるまう。これは、ひかえめにするという心根である。


「知ったかぶりより知らんぷり」か・・「ポ現文新」を信じてしゃべってはいけない。



第90条 無理を言ぜうのこハき人気の乱成人酒に酔ふ人には出合へからす但出合ハて不叶事あらハ詞やはらかにあらそふ事なかれ能程にして立去るへし


無理を言うような強情な人、気の乱れる人、酒に酔うような人に出会ってはいけない。ただし出会わなければならない事があれば、言葉柔らかく、争わないようにして程ほどに立ち去るべきだ。


宴会の席で、「こりゃ、先に帰るんじゃねえぞ」っていう輩を撒く方法も家訓に書いてほしい。


つづく

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藤堂高虎家訓200箇条(8)

2006-04-30 07:27:52 | 藤堂高虎家訓200箇条

この71条から80条あたりは、旅の心得シリーズが続く。高虎は家康の策士、知恵袋であったという説(通説ではない)もあるのだが、これらの細かな話は、その説を納得させるものだ。

ところが、なぜか第79条に妙な家訓が混じっている。この79条から高虎の性格をどう考えればいいか、また悩ましい。


第71条 族にて一里二里遠く共川を越へし冬杯川を前に不可置朝川を越せは下々一日かじける物也朝も一里二里夜をこめて可立泊りへ早く可着との事也下々くつろぐ物なり

旅行中、一里(約4キロ)・二里遠くても、川を越えること。冬など川を前に置いてはいけない。朝、川を越えれば、下々の者は一日中、凍えるものである。朝も一里二里は日の出前に立つべきで、宿泊地に早く付けば、下々の者もくつろげるからである。

現代のサマータイム論でも、朝早くから働いて夕方は個人のフリータイムにすべきだ、という意見と、サービス業では早朝から夜まで働かなければならないという反論と分かれるところである。高虎は、夕方のフリータイム論者のようだ。日の出前から日没後まで行軍を続けて、宿泊費を浮かそうという魂胆ではないようだ。


第72条 泊りを立時一人跡に残し座敷其外を見廻り可出かならす道具わするる事あり

宿泊地を立つ時には、一人を後に残して、座敷やその他を見回ってから出ること。必ず道具を忘れていることがある。

なんと、実践的な教訓なのだろうと感心してしまう。高虎は武将として大勢の将兵を引きつれて大行軍する場合もあれば、少人数で城造りのアドバイザーで出張することもあり、また単独行動もあったようだ。ツアーコンダクターだ。


第73条 急旅の時ハ自身もみだき銭を小さいふに弐三百も入腰に可有下々不附時喰物又ハ馬次に可入馬を替時馬牽来る馬士の前にて最前の馬士に早く精出し侯とて乱き銭を能程酒手に致し候へとて遣すへし替りたる馬土精を出す物なりかやうの儀手立に成へし

急な旅の時は、自分でも小銭を財布に2、300文入れ、腰に下げるべきだ。下々のお付きがいなくても食べ物や馬を替えるときいるからである。馬引きがきたら、前の馬子に早く精を出してくれたからと小銭を与え酒代にしなさいと言って渡しなさい。替わった馬子は精を出すものだ。このようなことは手管である。

これまた、なんと気が利いた話なのかと思ってしまう。小銭を持って、お忍びで出歩くということだ。城下町の町衆も気が気じゃない。赤坂のラーメン屋にボサボサ白髪頭のねずみ男が現れたと思ったら、首相だったようなものだ。(彼はポケットに賽銭用の小銭をいれているらしい。)
前の馬子にチップをはずむと、それを見ていた後の馬子が張り切るというのは「見せ金の手口」の一種である。


第74条 夜中にありく時挑灯我より先へ持すへからす先キ見へぬなり我と同しことく並ひ持すへし先キよく見ゆるものなり

夜中に歩くとき提灯を自分より先に持たすべからず。先が見えない。自分と同じように並び持たせなさい。よく見えるものだ。

もっとよく見るためには、自分で提灯を持つことだが、そうすると闇討ちされやすいのだろう。


第75条 不用心成所と聞時ハ夜寝時宵に寝たる所をかへ刀脇指の下緒と下緒を結合せ枕の下にゆひ目を置大小両脇にわけて置急成時大か小か取上れハニ腰共に取道理也尤丸寝之事

不用心な所と聞いた時は夜寝るときは、宵に寝た所とは場所を変え、刀と脇差の下緒(さげお)と下緒を結び合わせ、枕の下に結び目を置き、大小を両脇に分けておき、急な時には、大か小をとりあげれば二つとも取れる道理だ。もっとも、着たまま寝ること。

藤堂高虎のような巨体(6尺二寸:186センチ)の寝込みを襲おうという猛者がいたかどうかは知れないが、準備のいい話だ。「丸寝のこと」とは丸くなって寝ることではなく、着たまま寝ることだそうだ。


第76条 不用心なる道中を通る時錐を拵可持色々徳多しきりの拵やう心持有なり

不用心な道中を通る時、錐(きり)をこしらえ、持つべし。色々徳が多い。錐のこしらえ方に心持がある。

この条はよくわからない。錐(きり)の意味が違うのだろうか???


第77条 追駈者の時走りなから刀ぬけざる物なり口伝三尺迄ハ不立留はしりなからぬくむさと人に不可伝

人を追いかける時、走りながら刀を抜けないものである。口伝だが、三尺(90センチ)までなら走りながら刀を抜くことができるという。他人に教えてはいけない。

他人に教えてはいけない、そうだ。大小だけでなく三尺刀という3本目が必要なのだろうか。重すぎる。

 

第78条 刀の下緒長きを可附假初にも短を不可附

刀の下緒(さげお)は長いのを付けるべきだ。かりそめにも短いのはいけない。

刀の下緒というのは鞘がはずれて回収できなくならないように鞘と袴を結んでおく紐のことだが、短すぎると格闘するときに鞘がじゃまになるわけだ。サーフボードが流れていかないように足に結んでおくリーシュコードのような話だ。あれも短すぎると奴隷船みたいになる。


第79条 仕者の時前に言葉不可懸刀打付る時一度に詞可掛

人を仕留めるときには、前に言葉をかけてはいけない。刀を打ち付けるときに一度にことばをかけるべし。

おそろしい教訓が登場。
正々堂々と、斬る前に名前を名乗ったり、相手に「妻子に言い残すことは、ありや」とか、もたもたしていてはいけない、ということだ。相手の首に刀が食込む寸前に「言い残しはないね」と早口で言えばいい、ということだ。スーパーマンも007も犯罪者グループがもたもたしている間に、形勢が逆転する。サッカーや将棋でも同じだ。


第80条 旅道具かりそめの物にても可成程手軽くちいさき様に可致泊にて道具取ちらし不可置一所にかた付可置

旅道具はかりそめの物でもなるべく手軽に小さくするようにするべきだ。道具をとりちらかしてはいけない。一ヶ所に置き、片付けておくべきだ。

旅行マニュアルのシリーズ物。帰りの飛行機に間に合うように、スーツケースの荷造りは前夜のうちに。


さらに続く。

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藤堂高虎家訓200箇条(7)

2006-04-22 08:33:35 | 藤堂高虎家訓200箇条

藤堂高虎遺訓集も全200条の中盤(61条-70条)にさしかかっている。

武士としての有様が中心だった前半に比べ、日常的な話題が増えてくる。ある意味で、口うるさいオヤジのモデルともいえるし、自分のオヤジではないことを感謝すべきか・・


第61条 大酒すべからす無是非座敷にて大酒いたす共深く諸事に可慎人のうへにても酔の紛に言事ありとも互につのらさる内に挨拶して退出すべし

大酒を飲むべからず。どうしても座敷で大酒を飲む場合でも、諸事に慎むべきである。寄った勢いで口論するとしても、お互いに論をつのらせる前に挨拶して退出すべきである。

まったく、そのとおり。今も昔もだ。ところで高虎は酒飲みだったのだろうか?たぶん、あまり飲まなかったのではないだろうか。あまりにも冷静なご意見だ。(大酒はダメだが、小酒ならいいようだ。たぶん中酒でもいいのだろう・・)


第62条 惣別傍輩つき合の時物事を大耳に可聞軽口たてあしくあやまり多かるべし

すべて同業との付き合いの時、物事はおおまかに聞くこと。軽口を言うのは悪い。誤りが多いものだ。

談合業者の密談のような話か・・。密談の席で軽口をたたくと本気にされたりする。というのは冗談として、朝鮮出兵の時など、本拠地の福岡名護屋城で全国の大名同士が集まって私的な懇親を深めていたはずだ。まあ、他人の悪口の聞き方についての心得というものなのだろう。


第63条 侍たる者ハ刀脇指可嗜拵ハ見苦しくともねたば成共よくあハせ可指刃なとひけさびくさりたる大小は其人の心見かぎるものなり

侍たるものは、刀脇差に嗜みを持つべきだ。あつらえが見苦しくても、鈍い刃であっても、よく研いで指すべきだ。刃などがくもり、錆び腐った大小は、その人の心持を見限るものである。

刀をきちんと研いでおけば外観が粗末でも構わないと言っている。刀剣を売り飛ばし、中身が竹光などとんでもないわけだ。切腹を言い渡されても、竹光で腹を切るのは、格別痛そうだ。


第64条 冬なり共薄着を好へし厚着を好めばくせになり俄にうす着の時かじける物也不断火にあたりつくへからす但病人老人ハ格別なり

冬であっても薄着を好むべし。厚着を好めば癖になり、にわかに薄着になった時、かじかむものである。普段から火にあたらないようにする。ただし、病人と老人は別である。

ウォームビズの起源は、高虎にあり。ただし、言い出しっぺの大臣が無理をして、肺炎になって入院しても失笑されるからご注意を・・老人は格別なりだから


第65条 火事抔に出る共心得有べし火事に斗心を付度々行当る儀もあり子細ハ我家に火を掛切出る事有左様の時思ひ不寄手負死人有之能心を可附

火事などで外に出るときにも心得がある。火事に心を取られると、しばしば行詰ることがある。つまり自分の家の火を消さずに出ることがある。そういう時、思いもよらず手負いや死人が出る。よく気をつけるべきだ。

まことにありがちな話ではある。が、「念入りなご忠告、ありがとうさま」ということか。近所に来たパトカーの様子を見に行って、その隙に空き巣に入られたようなものだ。


第66条 旅立に船渡の乗合馬次にて心を可付泊泊にて火事抔の時出る道筋可見及なり又不用心なる宿と思はは可心掛有明置べし

旅行の時、船渡しの乗合や馬次に気をつけるべきだ。宿泊地ごとに火事などの時、逃げる道筋を見届けておくこと。また不用心な宿だと思ったら心がけて行灯を置いておくこと。

この家訓を読んでおけば、多くのホテル火災での犠牲者はずっと少なくなっただろう。これから出張には懐中電灯持参のこと。若干、気になるのは、船や馬に乗るときに注意すべきというのは、事故に注意すべきなのか、スリに注意すべきなのか、あるいは乗務員に注意すべきなのかよくわからない。ツアーのガイドさんもできる。(生涯の彼の移動距離は大変なものなのだ)


第67条 不断食物ゑよう好みすべからすくせに成也急成時節難成常に善悪を不嫌麁菜給つくへし急成時の嗜なり

普段から食物のぜいたくや好き嫌いをしない。癖になる。急な事態に対応できない。常に善悪を言わず、粗菜を食べるべき。急な時の嗜みである。

偏食問題は今も昔もだ。学校給食の時に直さないと、将来、老人ホームに入った時に苦労する。


第68条 不断少の事に薬好み并持薬気附の類何も不可好

普段、少々の事で薬を好み、持ち薬や気付けの類も好んではいけない。

胃腸薬やビタミン、鎮痛剤、睡眠誘導薬、強精剤など愛好している人は現代では多い。渇!


第69条 人に少の物にても必無心不可申心根知るなり可慎

少しのことでも、絶対に他人に無心をしてはいけない。心根が知られてしまうから慎むべきだ。

この条の特徴は、「必無心不可」と「必」という字が入っていることだ。絶対に無心はいけない。ということだ。ただし、借金は無心ではないからいいのだろう。

第70条 身代恰好に応し不入物も可嗜不及書付也

収入や格好に応じて不要のものでも嗜むべきだ。書き付けるには及ばないが。

書き付けるに及ばないというのは、具体的な事案のことだろう。銀行員のゴルフクラブとか、ブランドネクタイとか社長専用車とか現代でも色々あるが、人間は、身代格好を超えて「豪華絢爛主義」に陥りやすいものだ。そうなるとカネに詰り、「無心」に走り、胃が痛くなり、「胃腸薬を持ち歩く」ことになる。

続く。

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藤堂高虎家訓200箇条(6)

2006-04-16 00:00:00 | 藤堂高虎家訓200箇条

家訓200ヵ条解題も1/4を超えた。50ヵ条までは、体系的に、殿様向け、家臣向け、家来向けとセグメント分けしていたが、徐々にルーズになる。あれこれ思いつきながら進む。まあ、それの方が面白いが・・

第51条 少事ハ大事大事ハ少事と心得へし大事の時ハ一門知音中打寄談合するにより大事には不成なり少事ハ大事と言は一言の儀にて打はたす也然ルゆへ少事は大事と可慎

小事は大事であり、大事は小事であると心得るべきだ。大事の時は、親戚一門が寄り合って相談するから大事にはならない。小事は大事、というのは、一言で済ませるからである。だから小事は大事と慎むべきである。

デモクラシーの起源もそうだ。重要なことは衆議する。高虎は藤堂藩が愚者の集団になるのではないかと心配していたのだろう。心配性。


第52条 かりそめに寄合共座敷の衆の縁者親類を思ひ出し咄にも気を付害にならさる事のみ可咄

かりそめに寄り集まっても、座敷にいる人々の縁者や親戚のことを思い出して、話題にも気をつけ、害にならない事だけを話すべきだ。

宗教の話とか、婚期が遅れた娘の話や、子供に恵まれない話とか、いわゆる「場のタブー」を覚えておけということか。新入社員の宴会マナーのような話。


第53条 窮屈成所を好み楽成所を嫌ふべし

窮屈なところを好んで、楽なところを嫌うべきだ。

この53条には、理由が書かれていない。含みが多くて解釈は難しい。文字通りとらえると、ネズミや犬の世界になるのだが、仕事の話だろう。窮屈なサラリーマン生活がいやだと言って、自由生活に逃れてはいけない、というくらいに考えておく。


第54条 我役目ハ武芸也作法勤ハ身の楽をも可致楽とて人嘲事ハ可慎

自分の役目は武芸である。作法や勤めは体が楽である。楽だからといって、他人を嘲笑うことは慎むべきである。

54条は53条とは筋が違っている。武士はあくまでも武芸、つまり剣道や弓や鉄砲といった「戦闘士」であることが基本であって、実際にはデスクワークばかりになったからといって、そういったガテン系の人たちの所作を笑ってはいけない、ということだろう。そういう謙虚な気持ちは、幕府が永続する中で武士階級の中でも薄れていくだろうと、予感していたわけだ。


第55条 傍輩衆おとつるる時ハ何様の事あり共逢へきなり心易衆におゐてハ急用候間調可申と断急用可達なり

友達衆が訪れた場合は、どんなことをしても会うべきである。心易い人たちならば、急用があるので、と断り、急用を済ますべきである。

毎日、会っている近くの人たちには、当座の不義理をしても、たまにくる遠方の友を優先すべきだ、というごく常識的な意見であるが、実際は、遠くの友より、近くの不義理先の方が身分が上だったりする。そして、友がたくさんいると、毎日、遠方より違う友が訪問して、毎日、不義理が続くことになったりするものだ。


第56条 主人被召候時朝夕給かけ候共箸を置可出何様の急成御用もしれず食給仕廻出る事無忠節たるへし

主人がお呼びの時は、朝夕食べかけの時でも箸を置いて出勤すべきだ。どんな急ぎの用かも知れず、食べ終わってから出かけるのは忠節のないことである。

高虎は、ずいぶん朝食にこだわる。180cm超の大柄だったせいか、「メシ抜き」は天下の一大事と思っていたのかもしれない。ところで、以前、あるヤクザの中堅に聞いた話だが、「クルマのガソリンは、いつも満タンにしておかなければならない」ということだった。親分から呼び出しがかかった時、他の子分たちより先に駆けつけなければならないので、呼び出しがあってからガソリンスタンドに行くようではダメだ、ということだそうだ。


第57条 毎朝早天に起き先髪を結ひ食を早く給可申事奉公人ハ何様の事にはしり出る事も有へし共嗜也

毎朝、早く起き、まず髪を結って、食事を早く食べるべきだ。奉公人は、どんな事で走り出ることになるかもしれないから、そのための嗜みである。

またしても朝食にこだわる。現代人は、朝のたしなみには個人差があるが、同じようなものか。ただし、高虎式だとトイレはいつ行くのだろう。便秘症だったのか?


第58条 夏冬共に不断帯堅くすべし急にはしる時尻をつまけ刀脇指うこかさる程に常々帯堅くむすび付べし常に帯ゆるく尻げたに掛ケ仕付れハ急にはしる時すね腹痛み出る先にて役に不立物也

夏冬とも普段から、帯は堅く結ぶべきだ。急に走るとき、尻をはしょり、刀・脇差の動かないように常々帯は固く結び付けるべきだ。常に緩く下の方に締めていると、急に走る時、すねや腹が痛み、出た先で役にたたないものだ。

三流私立高校の校則のようなものだ。子孫の大部分は守らなかったような気がする。急に二本差しで走り出すことなど、考えられなかっただろう。それとも抜き打ちの緊急訓練でもしていたか・・


第59条 急に走り出る時三尺手拭はなすべからす大小指様有之刀をぬく共鞘落さる様に心得有事なり

急に走り出すときに、三尺手ぬぐいを手から離してはいけない。刀類は差し様がある。刀を抜いても鞘を落とさないような心得があるからだ。

まるで陸上部のコーチだ。今一つ三尺(90cm)手ぬぐいの効用が見えないが、酔っ払って人を殴るときには、自分の手を痛めないように拳にハンカチを巻いてからパンチを出せというようなことかな。


第60条 家来手討にするハひが事也理を以言付仕廻ふ事本意なり又一僕仕ふ者ハ格別なり能分別して仕そこなハざる様肝要なり

家来を、手討ちにするのは、心得違いである。わけを言って言いつけるのが本意である。また、召使が一人だけの者は、格別よく分別して、しくじらないようにするのが肝要である。

時々、こういう怖い家訓が散りばめられる。やたらと、家臣を切り殺していたら、みんな逃げ出す。まして、召使が一人しかいない者が、その召使を斬ると、自分の髪も結えなくなるから注意が必要だ。

あいかわらず、細かな話が多いが、同じような話が続くのは、若干、認知症が出ているのだろうか。70歳頃の口述筆記である。それより、やはり高虎は、単に口うるさいオヤジだったということなのだろうか。

続く

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