環礁-ミクロネシア巡島記抄-(中島敦著 紀行)

2019-10-24 00:00:37 | 書評
中島敦は、東京帝国大学を卒業している。それも大学院。病弱であり卒業までに時間はかかったものの、卒業後は文学に取り組みながらも仕事をしようとして、役人になる。南洋庁という省庁である。もとはというとドイツ領だった太平洋の北側の島々を、第一次大戦の戦果としてドイツから頂戴したわけだ。ひとことで言うと植民地。南洋開発といいながら、海軍の基地化を狙っていた。

中島敦にも、この紀行にも何の関係もないのだが、今でもドイツ人は第一次大戦で日本にしてやられたと思っている人が一定数いるようだ。第二次大戦の同盟も野合であったのだろう。

そして彼の勤務地はパラオ島のコラールという町。実は1万人以上の日本人がミクロネシアに住んでいたそうだ。その中心地である。南洋庁といっても実際の役人(日本人)は中学卒業者ばかりで、東大卒など雲の上の人。いきなりナンバー2で、給料は職員の3倍だったようだ。そして、パラオには肺の療養に渡ってきた日本人もいたそうで、中島敦も宿痾喘息との戦いを続けていたのだから、そのつもりもあったのかもしれない。

彼は、有名な英国の小説家であるスティーブンソンが同じく肺を病んでいて、南太平洋の島に住んだことを知っていたのだが、肺の回復に大きな期待を持っていたはずだ。

『環礁』は、実は彼が島を離れて1年ほど後に書かれる。そして発売されて一ヶ月ほどで中島敦は33歳で、東京で亡くなってしまう。『環礁』の中には、彼自身の家族も含め個人的な都合や理由はまったく書かれていない。そういう意味で本作には私情は感じられず、作品はまったくプロ的である。

巡島記と副題があるように、彼はコラールに着任すると、あいさつ代わりも含め、島々をめぐり始める。島々はそれぞれ独自の文化を持っていて、言葉も多くは異なる。島の自然についての描写、人々の民族的描写、文化・民俗学的描写、マリヤンという女性との出会いと別れ、そして美しい海や牛やヤギとの時間。

想像で書くのはほどほどにしたいが、彼が何とか生きながらえていれば、開高健のようになっただろうと私は思っている。

冗談ではなく、この『環礁』を読むと、いても立ってもいられないほど、パラオに行きたくなる。一ヶ月ほど滞在して、沈む夕日を楽しみながらスマホに青空文庫から中島敦の小説を無料で取り込んで読み耽るなど最高ではないだろうか。

中島敦は作品数が少なく、生涯も短いということから、何種類かの伝記や研究書があり、ざっと読んでいるところなのだが、困ったことに書かれている内容がそれぞれ少し異なっている。おそらく資料を掘り下げればそれなりに新しい中島敦像が浮かんでくるのかもしれない。

そして、パラオの島々は中島敦が去ってまもなく、太平洋戦争に巻き込まれていったわけだ。
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すこし、不思議に感じること

2019-10-23 00:00:10 | 市民A
恩赦、ラグビー、台風被害のことについての報道で、不思議に感じることがポツポツとあるのだが、どうなのだろう。

まず、恩赦。罰金刑の方に対する権利復帰が主な対象のようだが、そもそも悪いことをした人が得をするような方式というのはどうなのだろう。特に酒気帯び運転や無免許運転の人が一日でも早くハンドルが握れるようにというのは、方向違いのような気がする。詐欺師や窃盗犯・・免許の色が青い人を金色に戻してくれたりすると多くの国民が嬉しいのだが。

ラグビー準々決勝。日南戦というか、ラインアウトからのスローインでターンオーバーが非常に多かったように感じたのだが、それが決定的な差になったと思う。サインが読まれていて待ち伏せされているのではないかともうっすらと感じた。もちろん、試合の中でサインを見抜かれたのかもしれないが、試合の前から見抜かれていたとしたら・・・。そういうことになったら、この大衆的熱気というのが全く違う方向に流れていきかねないから、こわくて口に出せないのかなとか・・

台風被害。ハザードマップのこと。結局、ハザードマップ上で線で区切られた土地には住んではいけないというようなことになりかねず、私的財産の侵害になるし、また、都市災害の原因は複合原因になるし、誰が悪いのかもよくわからなう。多くの家が火災保険に入っていないのは保険料に対して保険金が低いと感じているからだろう。
ところで市原のゴルフ練習場の倒壊問題だが、ゴルフ練習場側の保険会社がロイズとの再保険の確認中ということのようだ。基本的には、世界中のほとんどの保険会社がロイズに再保険を掛けているのだから、再保険が有効な範囲は保険金を払って来年の世界中の保険料が少し上がるということで収束するはず。さらに千葉で聞いた話では、少額の家屋被害の場合、多くは被害額の査定にはこないそうだ。保険会社の合併により社員数が減少して、査定できる社員が不足しているようだ。
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ラグビーで民衆蜂起か?

2019-10-22 00:00:11 | スポーツ
ラグビーワールドカップが盛り上がっている。視聴率は50%近くにもなり、オールブラックスのトレーニング場がある柏市では小学生の間で「ハカ」が流行っているそうだ。

実は、弊ブログ8月13日『ラグビーの話』の中で、日本でのラグビーの発祥のこととともに、ノーベル賞作家の大江健三郎氏の『万延元年のフットボール』のフットボールはサッカーなのかラグビーなのかそれらの原型である民衆フットボールなのかという考察を書いた。要するに万延元年に日本の一部で起きた民衆蜂起をそれから百年後に起こすための練習として、当局の目を眩ませるためにフットボールの練習と偽ろうということなのだ。

民衆蜂起の練習ならばタックルもできるラグビーか、狂熱のエネルギーの高い民衆フットボールだろうが、そもそも民衆フットボールは警察に見つかりやすいし、そもそも大江氏は小説の中でボールを蹴ることは記述されているが手で投げるとか書かないので、たぶんサッカーなのだろうと推理したのだが、昨今の興奮状態を考えれば、やはりラグビーなのかもしれない。

やはり、作家本人に聞くのが一番かもしれない。

ところで、日本代表の多国籍化が話題になっているが、実は多くの選手は既に日本人に帰化している。日本に帰化しても名前がカタカナのままであったり、そもそも体形や顔の作りは変わらないということもあるのだが、帰化しているか外国籍かは、名前の表記を見ればわかる。たとえば、リーチマイケル氏。リーチとマイケルの間に「・」がなく、氏名というが、先に氏があり、後に名がある。元々は、マイケル・リーチだった。

そして、公式ビールであるハイネケン。日本製である。
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缶けりの記憶

2019-10-21 00:00:26 | スポーツ
そういえば、こどもの頃に『缶けり』をしたことがあったが、どういう缶を蹴っていたのだろうか。缶の種類についてはまったく記憶にない。その当時の日本人は公衆道徳が犬並みで道端にはゴロゴロと各種の缶が転がっていたのだろうと、自分の記憶を納得させる。

ラグビーワールドカップの公式ビールはハイネケン。キリンビールが作っている。スタジアムではプラのカップが使われている。紙コップだと丸めて投げる輩(やから)がいるからだろうか。ハイネケンを飲みながらテレビで観戦したが、ガラスのコップではなくスタジアムの臨場感に近づくため、プラのコップを探したら在庫がない。非常用の紙コップはあったが、尿検査サイズであり、断念した。

缶けりラグビーの図を作ってみた。両チームのハイパントはいつまでも止まらないが気にしないでほしい。
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凧の博物館で見る多様性

2019-10-20 00:00:46 | 美術館・博物館・工芸品
日本橋の老舗洋食店である「たいめいけん」の5階に凧の博物館がある。たいめいけんの創業者であり、江戸っ子のコックであった茂出木心護氏(1911‐1978)は、終生を通し凧の愛好家であったのだ。世界中の凧、普及品や珍品などを収集したわけだ。

私の想像だが、世界の名画を集めるとか、古代遺跡を集めるという趣味の方もあるだろうが、洋食店の初代経営者にはそれだけの資産はなかったのではないだろうか。それに対し『凧』は、基本的にこどもの玩具である。さらに原料のほとんどは紙である。収集が過ぎて店の経営が傾くというような懸念がないのだろう。もちろん、洋食店を臨時休業し世界各地に凧の収集ツアーに行ったりすれば、店が傾いてつぶれるだろうがそういうことはなかったはずだ。なぜなら、洋食店の前には今でもお昼時間には列ができているからだ。



館内はまず、入るのに圧倒される。5階のエレベーターが開くと、ただちに凧が目に入る。たとえればドンキの店内のように空間のすべてに凧の展示がなされている。凧というのは、一般常識では、やっこ凧とか角凧というように平面的なもので、そのまま壁に吊るせばいいのだろうが、実はそういう形状でない凧がたくさんある。鳥の形のものや四角の箱のようなもの、帆船のようなもの。実に多彩だ。そういう立体的な形の凧は壁に張り付けるわけにはいかない。天井から吊るすしかないだろう。



そういうわけで、凧があちらにもこちらにもあって、ぐるぐると館内を回ると、同じところを何度も通ったりする。つまりドンキ的。日本の凧はいかにも機能的ということだろうか、これが中国と日本の文化の差なのだろう。多様化していく中国、簡素化していく日本。

ところで、最近、ほとんど正月に凧をみない。こどもの頃はよく広場で凧を揚げていた。しっぽの付け方が決め手で、まず仮のしっぽを付けて、その結果で修正する。それを繰り返して、やっとのことで空高く揚げることができる。こどもと父親のファミリービジネスとなり、家族対抗戦のようになるが、家庭内の父親の権威も凧と同じように上がったり落ちたりする。要するに、難しいのだ。さらに、親子間の技の伝承など、数十年前に崩壊したのだろう。親も子もゼロからの凧への挑戦ではうまくいかないだろう。最近の将棋教室もそういう気配なのだが。

ところで、初代経営者は凧を収集したのだが、二代目はスポーツカイト(スポーツ凧)に手を染める。三輪車を凧に引かせて陸上を疾走するパワーカイト、水上と空中を疾走するカートボーディング。要するに人間が凧に乗って空を飛んだり、水上でサーフィンをしたりだ。そして、世界最大級の翼面積のカイトを持ち世界中を渡り歩いている。

そして、現在、たいめいけんは三代目が切り盛りしているようだ。三代目が重要なのは日本史の教科書が教える通りだ。世界に羽ばたいたりせず、日本国内にとどまり、各種スポーツカイト類の輸入・販売を行うに留まっている。そして博物館の維持保全ということだろうか。
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将棋入門ドリル1・2・3

2019-10-19 00:00:17 | しょうぎ
新しい将棋教室が始まるので、資料を調べていると、将棋連盟の公式ドリルというのがあることがわかった(というか、前から知っていたのだが)。

とりあえず、ステップ1(入門から10級)・ステップ2(10級から8級)・ステップ3(8級から6級)を買ってみる。



くもん出版である。将棋で「くもん式」という駒がある。大きな駒で駒に矢印が書かれていて、矢印の方向には動いていいという方式なのだが、これが将棋講師にとって苦難の初めなのだ。将棋教室にきて、「矢印のない駒は動かせない」という親子がいるわけだ。

実際にまったく初めての子がきても40分位でルールを教えて20分間の実戦形式で動きは覚えるのだし、将棋の駒が動かせれば、くもん式は卒業になるのだが、くもん式でないと指せないというわけだ。

要するに親は「自分の子は将棋のような難しいゲームはすぐには指せないはずだ。なぜなら、私(父または母)も指せないからだ」という論理を持っているわけだ。つまりこどもの能力を信じていないわけだ。

このドリルも、よほど頭の悪い子を想定して作られているような気がする。9×9のマスではなく、4×4とか5×5の盤で解説しているが、それは将棋とは違うゲームのような気がする。

「将棋を孫に伝える会」というのがあるようだが、「将棋を親に教える会」とか「将棋を囲碁将棋部担当教師に教える会」というのが必要な気がする。こどもに将棋を教えて一攫千金を狙うために、まず自分で将棋を勉強して、たちまち挫折した母親の話を聞いたことがあるが、逆にこどもより熱中してしまった母親の話も聞く。こども相手に連勝を続けた結果、こどもが将棋をやめてしまい、相手を失ってしまい将棋熱も冷めたようだ。

今度、始まる教室には、くもん式の駒は家にあるが、両親とも「将棋倒し」しか教えてくれないという子が二人(男女)いるのだが、どうしよう。

といっても、どうしても、まわりに将棋を指せる人がなく、将棋教室にもいけない子には、このドリルが最後の砦のような気もする。


さて、10月5日出題作の解答。





上の記事の中で、4×4や5×5の盤は邪道と書いておきながら、こちらは盤面が3×3あれば十分という図。豆腐が欠けた図である。

動く将棋盤は、こちら

GIF版も掲載中。




今週の問題。




まあ、便宜的に入玉図を作ったが、あまり難解さはない。指の運動で解けてしまうかもしれない。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。
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軽井沢ビールを飲みながら

2019-10-18 00:00:11 | あじ
軽井沢ビールを2本飲んだ。プレミアム・クリアとダーク。ラベルデザインは、千住博画伯。この会社は千住博氏の美術館も持っているそうだ。

実は、ビールの味の差ぐらいはわかるのだが、それではどのビールが好きかと言われると困ってしまう。どのビールも味が違うのだが、どれがよくて、どれが口に合わないとかそういう感覚があまりない。あえて言うと、「毎日、違う味がいい」というのが本音だ。大方の日本人は味の多様性が好きなはず。そもそも、ほとんどの種類の酒類を日替わりで飲んでいる。




「みんなちがって、みんないい。」

このフレーズは今の国会で時の総理大臣が突然言い出したのだが、1930年に26歳で亡くなった天才詩人「金子みすゞ」の『わらい』という詩集の中の、「私と小鳥と鈴」という詩の全10行の最後の一行だ。総理大臣の選挙区的出身地である山口県の長門市に、プーチン大統領との歴史的会談の予定があった時に、金子みすゞの記念碑が建ち、裏側に総理大臣名が刻まれている。彼女の著作はある団体が管理していたはずだが、どうなっているのだろう。

「みんないい」といっても詩の中では「鈴と私と小鳥のみんないい」と言っているだけで、何でもいいと言っているわけではない。「自民党と公明党と維新の会のみんないい」ということと同じだ。それと、彼女の詩に心酔するのは構わないが、彼女は人生が八方塞となって自ら亡くなった。今の韓国のような時代だったわけだ。

ビールに話を戻す。

ところで、缶ビンのゴミ出しの時に、他人様の空き缶をみると、ほぼ一種類の人もいる。だいたいが「金麦」なのだが。箱で買うのだろう。悪くはないが、3本続けては飲めない。

食事にしても、ある特定の範囲しか食べない人がいて、宴会の時、困ってしまう。


軽井沢ビールを作っているのは軽井沢ブルワリーという会社で、工場は佐久にあるのだが、そういえば洪水被害はなかったのだろうか。こつこつと一生懸命働いて作った工場が、大災害で無に帰すというのは時々起こる話だ。そうではないことを祈るしかない。

7人の醸造家というのがいるそうで、大手ビール会社から定年後に入った方々や若い農学博士などを中心としているようだが、経歴をよく読むと、ドーバー酒造という会社が事業の中心会社らしい。社員募集の案内のメールはドーバー酒造のアドレスになっているが、詳細は不明だ。
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RONIN(1998年 映画)

2019-10-17 00:00:42 | 映画・演劇・Video
まず、映画の話の前にアイルランドのこと。ラグビーワールドカップに参加している強豪国のアイルランドチームだが、面倒なことにアイルランド共和国のチームとは言い切れない。アイルランド共和国と北アイルランド(英国の一部)の合同チームになっている(選手は多国籍だろうが)。

そもそもアイルランドからすれば、32州のうち6州を英国に占領されていると思っている人が大半だ。

さらに今月末に運命の日を迎えるかもしれない英国のEU離脱。アイルランドも英国も今はEUに加盟しているが、離脱すると、国境を自由に行き来できなくなるし、多くの物品の国境を越えた取引には10%程度の関税が必要になる。まず、国境に壁をつくるのは大変だし、どちらの国が国境設置料を払うのだろうか。あと2週間なのに国境のフェンスは1メートルすら作られていない。消費税2%アップでも大騒動なのに10%では手に負えなくなる。

そうなると、スコットランドと同じように北アイルランドも独立を目指す公算が高いだろう。さらにスコットランドの場合は、国民投票とか議会で議決といった方法を選ぶのだろうが、北アイルランドの場合はゲリラ戦という可能性が高い。一般にIRAという武装組織はテロリストのように思われているが、もともとはアイルランドの正規軍。それが二つに分離して、北アイルランドでは英国を占領軍とみなして戦っていたわけだ。

その戦いが休戦したのが1998年4月の「ベルファスト合意」。



そして、この『RONIN』は、このアイルランド問題に関係している。なお『RONIN』というタイトルは日本の四十七士をイメージして付けられたそうだが、四十七士とは何の関係もない。日本の場合はバカ殿さまの狂気によって、失業者となった赤穂浪士が主人公だが、RONINの場合は冷戦終結で失業したスパイやテロリストが報奨金を目当てに頼まれ強盗とか殺人代行といった活動を行う。金がすべてだ。このあたりが共感しにくい背景だ。

そして、RONINたちが狙うのが、あるジュラルミンケース。どうもロシア人が関係しているようだ。それとアイルランド人がこのケースを探している。そのアイルランドの活動家の支持で動くのが謎の美女で彼女がRONINを色々探してきて、ケースを奪うためには何人殺してもいいという指示を与える。場所はフランス。パリとニースで作戦は行われる。

そして、実際に次から次に一般市民が巻き込まれて死んでいく。人質にされた者は奪回されずに、殺されてしまう。町は大破壊だ。

そして迫真の実写版カーチェイス。最近は日本でも流行っているが、自動車専用道路を逆走しながら大逃走。さらに銃を乱射するので、あちこちで被害車両数が積み重なる。他の作品ではみたこともない特殊技術だ。工事中とか解体中の高速道路を借りて撮影したのだろうか。本作、最大の謎だ。

そして、本作最大の謎であるべきジュラルミンケースの中身だが、明らかにならないうちに映画は終わる。アイルランド人の黒幕が亡くなったことで、ベルファスト合意に結び付いたわけだ。私の推測では、ケースの中身は「高濃度ウラン」だろうと推測。冷戦終了につき、余った核兵器からウランが抜きだされて、国際闇市場に流出したのだろう。それをなんとか買い戻そうとロシア人が登場し、反対にアイルランド人は自ら核兵器を持ちたいわけだ。

ということで、カーチェースが最大のみどころといってもいいのだが、長く見ていると車酔いするので注意が必要だ。

20年前の映画だが、10年後に、大部分のクルマがAI付き自動運転車になると、撮影も大変になる。そもそも車が回転しないように横滑り防止機能が付いている上に、ぶつかりそうだと自動ブレーキが利くし白線をタイヤが踏むだけで警報が鳴り響く。

そもそもドローン兵器が出現した今、自動運転の自爆テロとか起こりやすくなっている。

話は変わるが、ニースの街でカーチェースのシーンがあるのだが、市街地の雰囲気は、岡山県の下津井(しもつい)によく似ている。蛸の町だ。

それと白人の顔って、見てもあまり区別がつかないので、RONIN達の中で、誰が先に死んだのかよくわからない点もあるのだ。
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古墳の話(小林行雄著)

2019-10-16 00:00:15 | 歴史
古墳について、本を読んでいる。先日は森浩一氏による『古墳の発掘』という本を読んだが、同じようなことを書くにしても、アプローチはまったく異なる。『古墳の発掘』はどちらかというと発掘現場からの視点で、いかに考古学が大変なことになっているかというような涙の物語風だが、『古墳の話』は、発掘された様々な歴史の証拠品を組み立てて、古墳時代の日本の姿を明らかにしようという視点にたっている。



とはいえ、現場的な感想も書かれていて、古墳の調査に行くとかならず聞かれるのは、1.誰の墓なのか?2.いつ作られたものなのか、という質問で、ほとんどの場合、1の質問も2の質問も、正確には答えられないわけで、現地の人からは、「三流学者」という目で見られるそうだ。

そもそも、最初は天皇というか王というか、そういう国家の支配者の墓だったのだが、そのうちに豪族までもが古墳を作ることになり、さらに困ったことにそのうち古墳が作られなくなり、すぐに古墳の主もはっきりしなくなったようです。天皇陵ですら、確定しにくいのに、地方豪族の古墳の主を調べるのは、ほぼ不可能のようです。文字がなかったし。

あと前方後円墳といっても時代や地域によってデザインは異なるし、古墳に関するすべての事柄に諸説があることがわかるわけだ。

そういう意味では中国という立派な国があったわけで、そこの記録を調べることにより、中国と朝鮮半島とそこにチョクチョク顔を出す日本という存在を推測しなければならないわけだ。

常識的に考えれば、朝鮮半島南部に日本の拠点を作って武力行使をするほどの余裕のある国が日本にあったということが、なかなか理解しがたいのだが、日本にいない馬を輸入して戦闘用に牧場(牧)で育てて、それを船に乗せて朝鮮半島まで連れて行くというような、技術があったということが信じにくい。米軍が同盟国に戦闘機を売るようなものではないか。

古墳の本を読むと、次々に歴史の謎が増えてしまうわけだ。
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斗南先生(中島敦著 小説かな?)

2019-10-15 00:00:52 | 書評
『斗南先生』は中島敦の小説である。小説という言葉をどこまで広く使ってもいいということにおいてのみなのだが。最近、中島敦の小説を読み始めたのだが、おそらくあと何篇かを読めば、おおむね終わってしまうのではないだろうか。作品数は少なく、ほんの1年か2年の間に多くの作品を発表している。

もう一つ、奇妙なのは彼の人生の中で、大家の小説や詩集を読んでいる中で江戸時代の将棋指し(史上最強ともいえる天野宗歩)の棋譜を全部並べたこと。何を考えていたのだろう。

あと何篇か読んだら、評論や伝記も読もうと思っているのだが南太平洋を放浪したり、それなりに自分なりの予想はあるのだけど。


さて、斗南先生にはれっきとしたモデルがある。中島敦(本作中で三造という主人公と思われる)の伯父である。小説中では三造が22歳で、斗南先生が72歳(伯父にしては年が離れているが)。斗南先生が癌に侵されて亡くなる最期の1年が時制になっていて、主に過去の思い出を含んだ記述で、伯父との関係を濃密かつ分析的に書いている。

といって日記ではないわけだ。日記だったら、二人の関係だけでなく様々な世の些事を書くのだが、それはない。

いかにも実在の話のようにも思えるし、小説なのだからかなり脚色もあるのかもしれないが、基本的には斗南先生は漢学者である、超堅物であり、世間を気にしない老人で、少し貧乏でケチで粘着質ということになっている。嫌われる要素があふれている。しかし、甥の中で特に三造を目にかけていて、暇になると呼び出して将棋を指したり、社会学の説教をしたりしていたり。

そして臨終に際しては安楽死を望むも、医師に断られ、「二度と眠りから覚めない睡眠薬」を三造はじめ数人の近親者の前で飲み、そのまま数日後に亡くなる。遺書に基づき、遺灰は熊野灘にまかれ、来るべき米艦隊来襲の時には、海の怪物、鯱(さかまた)となって戦うことになった。

また、周囲からは、三造は斗南先生とよく似た精神構造であると言われていて、年齢を重ねた時に、そうなっては嫌だと思っている。

中島敦は33歳で早世するので、彼自身も彼の読者もその結論を知ることはないが、生きていれば平成時代にいたわけで、鯱となって米軍と戦う気持ちにはならなかったのは確かだろう。

将棋の話だが、あくまでも本作で窺えるのは、「伯父に呼び出されて将棋を指すことが多かったが、自分の方が一枚半弱い」と書いてある。一枚半とは飛香落ち。天野宗歩の棋譜を並べるには最低初段の実力は必要なので、伯父は四段程度だろうか。かなりの強豪だろう。また伯父との会話の中では、「支那(原文)からきた少年棋士」、「新聞将棋の話」が話題になっているという意味のことが書かれている。50歳年上の老人に勝とうと勉強したのだろうか。そうだとしたら、すごい精神構造だ。あるいは将棋が強くなれば、呼ばれずに済むと考えたのだろうか。
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湯島天神の富籤(とみくじ)

2019-10-14 00:00:53 | 歴史
富籤の話であって、おみくじの話ではない。実は、畠中恵さんのベストセラー『しゃばけ』シリーズ第二巻『ぬしさまへ』に含まれる短編『栄吉の菓子』の中に、湯島天満宮の富くじに当って100両を手にして隠居生活を始めた老人の話が書かれていた。江戸で家が買えるというのだから現在価値で3000万円位かな。実は金を手にして幸福になるのではなく自殺するのだから物騒なのだが、江戸庶民の幸福論を語ろうというのではない。

小説の中では、100両当っても、湯島天神に10両を払い、さらに新規に10両分の富くじを買うことになっていたそうで、手取りは80両。2割天引きされる。それでも競馬よりマシなのだが。

しかし、湯島天神は幕府公認の学問の神様(菅原道真公)を祀っている。いかにもギャンブルとは離れているように見えるのだが、江戸の富くじ状況を考えてみた。


まず、幕府は、富くじ=ギャンブルという認識を持っていた。そのため、五代将軍綱吉は、1692年に富くじを含めた賭け事を禁止した。犬殺しを死罪にしたのが1680年代のことだそうで、まったく嫌な時代だった。

ところが、幕府の財政が悪化してくると、その対策の一環で富くじを認めようということになり、まず谷中にある感応寺で富くじを始めた。その収益をもって寺社の修理費を自分で払わせて、幕府の補助金を減らそうということ。

ところが、公認の富くじは二分(約30,000円)ということで、一つには、富くじ購入友の会のようなグループ買いする人が多かった。また、正規のくじではなく一枚一文という格安な『陰富』も出回っていたそうだ。さらに怪しからんのは、神社だけではなく御三家の一つ水戸藩まで陰富の勧進元になっていたそうだ。さらに、寛政の改革を経た後、感応寺ばかりではなく、目黒の龍泉寺と湯島の湯島天神での富くじを公認。この三つの寺社を三富というそうだ。

その後、さらに取り扱い寺社は増えていったのだが、天保の改革で1842年に富くじは禁止される。明治40年の刑法でも禁止されている。一方で1948年の宝くじ販売で、「富くじは禁止だが宝くじは解禁」ということになっている。

さらに歴史の一瞬だが、戦費調達のため、1945年7月に政府は「勝札」を売り出している。1ヶ月後には原爆投下やソ連の参戦で戦争は終わる。まだ戦費調達をしようとしたのは戦争続行の意思があったということだろう。「勝札」について、少し調べてみようかなと思うが、調べる方法も思いつかない。
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湯島天神の絵馬の不思議

2019-10-13 00:00:44 | おさんぽ
湯島天神に行くと、かわいらしい牛の像がある。通称「撫で牛」と言われ、自分の体の悪いところと同じ牛の部位を触ると病気が治ると言われる。左掌の腱鞘炎を治したいが、牛が臥せていて左前脚は折りたたんで体の下にあるので触れない。また角からしてオスの牛だろうが、精力減退を治そうと思っても、重要な部位は体の下にあって、触れない。背中を触って治りそうな病気は、ぎっくり腰だろうか。



なぜ天神様に牛かというと、菅原道真公は牛をこよなく愛していて、自分が亡くなった時には、遺骸を牛にひかせて、牛が立ち止まった場所に埋葬するように言い残したからだそうだ。

ところで、湯島天神と言えば、学問の神様(つまり菅原道真公)といわれるが、実際には受験の神様となっている。試験の前には多くの成績不良者が参拝に行き、「無理なお願いであるのですが、○○学校の入学試験に合格させてください」と無理なお願いを絵馬に書いて願掛けする。また、一部の成績優秀者も「まさかと思いますが、成績不良者を無理やり合格させないでください」と願をかける。

この「入学試験」という部分を「資格試験」とか「入社試験」、「TOEIC何点」とか書き換えれば絵馬が完成する。神社も、絵馬に、「    」に合格しますように。氏名「   」。とあらかじめ印刷しておくと親切かもしれない。さらに親切なら、1.入学試験、2.入社試験、3.資格試験、4.その他試験 と具体的に分類を書いて、該当する番号に〇をつける方式でもいい。



実際に境内の一角に集められている絵馬だが、本来、人の心の中の多様性(本心)を勉強するには良い場所なのだが、湯島天神では病気快癒とか恋愛成就とか将来の夢とかそういう面白いものはまったくないわけだ。すべてが、「合格させてください」なのだ。

ふと気が付くと、「合格御礼」の絵馬は、どこを探しても一枚も見つけることはできないのだ。



境内の一角にはガス灯が立っている。都内で唯一の現在使われているガス灯だそうだ。明治の作家である泉鏡花が代表作『婦系図』の中で、湯島天神のガス灯について書いた一文に由来して昭和56年に設置されている。なお、本物の明治のガス灯は大阪の造幣局内に明治4年のものがあり、横浜の本町小学校内に明治5年のものがある。
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市民表彰を受ける新王位

2019-10-12 00:00:06 | しょうぎ
木村一基九段が新王位となる。調べると、出身の千葉県四街道市から表彰されることが決まったようだ。四街道は千葉市の隣にある小さな市だが財政的に恵まれていて、市町村大合併の時も、頑なに拒み続けている。千葉県はそういう合併しない市町村が多いのだが、今回の台風大災害の時に、欠陥が露呈した。(すぐに、話が悪い方向に向いてしまうので修正)

ある方から、千葉県出身棋士で初めてのタイトルホルダーではないかとの問いがあったのだが、実は初めてではないのは知っていた。2番目か3番目か4番目かは精査しないといけないと思っていた。というのも最初のタイトルホルダーは、関根金次郎13世名人だからだ。超別格。将棋界の中興の祖である。今でいう野田市出身で記念室もある。13世名人になったのは1921年なので、あと少しで100周年だ。そして2番目は丸山忠久九段。名人位二期、棋王一期。木更津出身。そして木村一基王位である。千葉県に住んでいてタイトルを得た棋士は他にもいるが出身とはいわないだろう。

そして木村王位の出身高校を調べたところ、千葉市にある昭和学院秀英高校ということ。秀英とは秀才と英才が集まるところらしく偏差値は73となっている。奇妙なことに、同校出身有名人の欄には、テレビ局のアナウンサーが5人並び、さらに有名なAV男優(し・・・)の名前が続いている。新王位は、この男優の次に枕を(いや、名前を)並べるのだろうか。

ところで、現在の八大タイトルたらい回し状態だが、鳥瞰すると、羽生世代と藤井(世代)のスキマ時代ということだろう。後で振り返ると「鬼の居ぬ間にタイトルたらいまわし」ということかもしれない。


さて、9月28日出題作の解答。





玉を下に落すのに上から押さえるのではなく下から引っ張る。次々に捨て駒で局面を変えていって桂で終結させる。詰将棋らしいが、こういう普通感覚な問題を期待されてはいないような気がする。

動く将棋盤は、こちら

GIF版


今週の出題。



なんとなく引き出しをそっと引き出して隠してあるタンス預金を盗むような感触がある。タンス預金はあぶないので、スマホのペイペイチャージにしておいた方がいいかもしれない。

わかったと思われた方はコメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。
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金貨・小判とは昭和ではなく江戸時代だろうか

2019-10-11 00:00:16 | 市民A
関西電力関連の3.2億円バラマキ事案についてだが、どうしても金額が全然合わない。そもそも国税調査から出てきた数字だから秘匿義務があり、不正会計で捻出したものが財源の全部なのか一部なのか、さらに少し調査結果が実際よりは多いものの、別に隠している「大きなこと」が見つからなければいいと安易な妥協があったのか。

菓子箱の下に金貨や小判というのはある意味、換金業者が別にいたのだろうか。パチンコみたいだ。まあ、大判貰ったら心が動くかもしれないが小判では効果はないかもしれない。

そもそも大企業の役員なら一番欲しいのは、「時間と休暇」なのだろうと思う。

1億以上の金額を贈られた人が二人いるが、想像で言えば、渡しても何もしない人に当てつけのように金額を上積みしていたのだろうと思う。

そういう時に断ると、「あなたの上司のXさんもYさんも受け取っているのですよ」と念を押されるのが普通だ。会社でルールがあったのかどうか、疑問を感じる。

贈答品の受け取りを断る方針の会社は大きく二つほどパターンがあって、
1. 全部返却する。生モノも。
2. 金額を決めて(3000円とか5000円とか)、それ以上は返却し、それ以下は会社に報告して受け取る。

実際には、贈ることを止める時の方が難しい。受け取らない方針の会社が多いのだが、禁止されている会社ほど、受け取ると喜ぶ人が多い。

といっても、実際には贈り物を大量にやりとりする会社の方が、勝ち残ることが多いような気もする。といってもそういうゾンビーが生き残った方がいいかというとそうとも言えない。

有名政治家と社長がゴルフ友達になることに血道を上げて成功した会社が驀進したりするのを聞くと、なんだか救われない気分にもなる。


それと関電首脳陣だが、どうみても、地方と関電だけの軋轢には見えない。背中になんらかの圧力勢力があって、地方と背中の圧力勢力との間の板挟みになっているようにしか見えない。M氏亡き今、関電の口をふさげば、何も見えなくなる。

関電の第三者調査ではなく、もっと巨大な全貌の第三者調査が必要なのだろうと感じる。
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命中!

2019-10-10 00:00:11 | スポーツ
左手の掌、小指の付け根の急性腱鞘炎で、6週間ゴルフクラブを握っていなかったのだが、メンバーの千葉県のゴルフ場が台風被害で20日間クローズになっていた。停電と断水とコース全体を覆う落ち葉や枯れ枝ということ。もっとも、他のゴルフ場では新たに池ができたところもあるそうだ。

ということで、2か月ぶりにクラブを振りに行ったのだが、痛くて強く振り回せない=距離が出ない=OBが減少するということで、普段よりも良いスコアを出していたのだが、16ホール目に大問題。

前で回っている組は男性3名、女性1名で女性のキャディさんが付いていたのだが、男性の中の一人だけがベテランで、残りの人たちはコースを右左ジグザグに進んでいるので、なかなか前に進まない。遅くても別に構わないのだが、私がティーグラウンドに立って見ていると、前方で女性ゴルファーがボールを打ってから1秒後に、少し右前のバンカーの外側で打順を待っていた男性ゴルファーが突然、バンカーの中にボトンと転がり落ちて姿が消えた。



数秒後に打った女性とキャディさんがバンカーに向かって走っていったわけだ。冗談でなければ事故だろう。冗談ならその場に転ぶだろう。バンカーの中に転がり落ちたら熱演賞だ。

そのまま、マーシャルを呼んでいるようなので事故なのだろう。

男性が転落する瞬間に、かつて聞いた猟師の話が脳内に蘇ってきたわけだ。

日本の猟師が鉄砲でサルを撃たない理由だが、木の上のサルに命中すると、そのままボトンと地上に落ちるそうだ。その姿が、人間が撃たれて城壁から落ちる姿とそっくりなので、不吉とされたからだそうだ。

“こうして人は時には思いがけない死を迎えることがあるのだろう”と、自分自身のふがいない人生を嘆いていると、驚くことに男性がバンカーから這い出してきた。足を引きずっている。

どうも命中したのは右足のひざの下のようだ。もうプレーをやめればいいのに思うのだが、治療が始まり、ひざ下を包帯でぐるぐる巻きにされている。脚絆状態だ。20分以上かかったので、後ろの組がずっと詰まってしまった。さらに、普通に歩けないので、うまく打てない。

もっと言えば、斜め前とはいえ、ボールの前に立ってはいけないのが鉄則だし、他人が打つ時はボールを見なければいけないのも鉄則。次のホールでも女性がグルーン手前のバンカーから打とうというのに3人の男性はグリーンの上でラインを読んでいて、女性に「よく見ていてください!」と怒られていた。


ところで、左手の調子だが、3日後に痛くなったりするのでまだ安心できない。前回の時には整形外科医から、「今度痛めたら注射だから」と脅かされているので、今度痛くなったら別の整形外科に行かなければならないわけだ。
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