「数字合わせ」とその検証

2008-03-31 00:00:17 | 市民A
小学生の頃から、誰に教わったわけでもないが、ほんの僅かな時間でできる数字遊びをしている。自動車のナンバー4桁の数字を並べ替えて等号式をつくるということ。主に通勤中に、歩きながら10台とか、電車に乗り、最初の一駅の間に見える線路沿いのクルマのナンバーとか。もちろん電車はそのうち本気で走り出すと、動体視力でもナンバー識別は困難になるし、そんなに長い時間やるようなものではない。暗算の練習と脳トレ代りである。


ルールは簡単。4つの数字を並べ替え、2対2あるいは1対3に分解して四則演算で、左右を同じ数にして等号式にする。





例えば、

「53・24」・・・(5+2=4+3)。

「45・26」・・・(5×2=4+6)。

「92・41」・・・(2×4=9-1)。


長くやっていると、だんだん法則のようなものがわかってくる。

 4連数(57・68など)はただの組み合わせ足算。

 奇数が1個、3個の場合は、足算と引算では無理で掛算や割算が必要。

 一桁数は式にならず、二桁数はゾロ目のみ。三桁もかなり率が低く、可否は一目。

 4桁でも「0」が一つだと困難度が高いが、二つだと、左右にゼロを配置して掛け算すればいい。
  「70・04」・・・(7×0=4×0)

 同じ数値が二つ入っている(65・77とか)のは難問で、二つの数値の引算で0にするか割算で1にしてみるとか。

では、このルールで式が完成する成功率はどれくらいかいうと、経験的に6割位ではないか、と体感していた。3割ぐらいが難問で、残りは数秒で判断可能。


ところで、この「6割ぐらいが完成できる」、というのが正しいかどうか調べたくなったわけだ。まったく妙なことを考えるわけだ。しかし、どうみても全部を包括する法則性があるとは考えにくい。4つ並んだ数字、とかゼロが二つとかいうのは数学的に計算できそうだが、それはまったく一部の法則だからだ。たぶん「しらみつぶし法」ということになる。

だが、数字の組み合わせは、「1」から「99・99」まで9999通りある。これを全部しらみつぶしに調べるつもりも気力もないし、なにより、それをやっては、今後の私の楽しみが一つなくなってしまうわけだ。そのため、とりあえずサンプル調査にすることにする。とりあえず100個の数字をランダムに選ぶことにする。

ところが、このランダムというのも簡単ではないので、EXCELのワークシートを使うことにする。

まず、漠然と頭に思い浮かぶ手順は、

ランダム関数で4桁の数字を100個作る。
同じ数字がないかどうか、数を小から大へ並び替えて調べる。
まったく同じ数字が現れた場合は、補欠の数字を作る。
紙にプリントして、片っ端に検査していって、○と×をつけて、最後に○の数を数える。

ところが、順に実行していくと、苦労する部分があったわけだ。

1.シートのA1に「=rand()」と打ち込むと、0.432358887とか表示されるわけだ。randは0から1の間の勝手な数値を選んでくるわけだ。これをクリック&ドローでA100まで一気にコピーする。0.*****という数字が縦に100個並ぶ。

2.次は、B1に「=round(A1*9999,0)」と打ち込む。要するに、4桁の数字をつくるために9999を掛算して、四捨五入したわけだ。この段階で縦に100個の4桁の数字が完成した。あと一息・・

3.次に完成したB列の中の同一数チェックを行おうとして、B列を並べ替えようとしたら事件が起きた。並べ替えるたびに、乱数計算が行われ、並べ替えたはずのB列の数字がまたも乱数的に違う数字に置き換わってしまう。それどころか、改行キーを押すたびに、表の中のすべての数値が無限回廊のように変化していく。長すぎる100の数字を25ずつ4列に表示しようとしてもすべて変化するし、表に○を書き込むだけで、数字は変わり、○だったものが×になったりするわけだ。

ここで、いきなり作業困難になってしまったわけだ。

後で、考えれば、EXCELの設定が自動計算になっているからで、手動計算モードにしておけば、そういうことにはならない。「ツール」→「オプション」→「計算方法」→「手動」としておけばいいのだが、もっと簡単な方法を思いついてしまったわけだ。

4.B列の縦に並んだ100個の数字をクリック&ドローでコピーする。そして、別途起動したWORD上のシートに貼りつけてしまう。そうすると式がなくなり、数値だけになる。

5.WORDに移植して式を消した100個の数値をそのままコピーして、再度EXCELシートのC列に貼り付け直す。

6.後は、この100個の数値を並び替え、同一数値チェックをしたあと、使いやすいように縦横25×4の表にして、三色ボールペンで片っ端からチェックを始める。

その結果、式が完成したのが57。うち7個が熟考が必要だった。そして解けなかったのが、今のところ43。勝率は5割7分。ほぼ実感値の60%に近かった。任務終了。


ところで、自宅近くで、ある変わったナンバーのクルマを見た。

33・09

ほとんどの人は、(3×3=9+0)あるいは、3×3-9=0というような、要するに「さざんが9」の派生系の答えを考えるだろう。

が、ニヒリストの私なら、こう書く。

 9×(3-3)=0。

そういえば、最初の方に書いた「0」が二つある場合、「7×0=4×0」のように両辺をゼロにすればいい、というのも、もっと虚無的に言えば、

 7÷0=4÷0

というような無間地獄的な解だってあるわけだ。
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東海道の旅、江戸・近代

2008-03-30 00:00:46 | 美術館・博物館・工芸品
446bd955.jpg日本の鉄道発祥の駅(と思われているが、本当は違う)、新橋駅を復元した鉄道歴史展示室で、『東海道・江戸の旅・近代の旅』展が開かれている(2008年2月26日~6月1日)。江戸関係、鉄道関係、旅行関係に寄り道ばかりしている不見識ブロガーとしては覗いてみるしかない。さらに言えば、入場料は無料だ。新橋駅から徒歩3分。松下ビルの手前だ。

まず、日本は古来、旅行王国だった。平安時代から、平和な時代には旅行記(紀行という専門単語まである)がたくさん書かれている。さらに江戸の時代になると『伊勢参り』というビッグイベントが完成し、武士だけではなく農民や商人が少なくても一生に一度は大旅行に出ることになる。伊勢参りの費用を無尽講で賄うようになる。もちろん武士は参勤交替制があり、自費ではないものの、堅苦しい集団旅行しなければならない。

画期的なのは、江戸時代の東海道は既に大勢が通行していて、女性同士で旅に出たりしても安全だったようだ。もっとも、歩くのが苦手ではどうにもならないが。為替制度も完成していき、大金を持ち歩くこともなくなったわけだ。もっとも、最低限の身の回り品などは、持ち歩かねばならず、大掛かりな集団旅行の場合は柳行李が使われていたそうだ。柳行李がトラベル用だったことは知らなかった。

さて、今回の展示を見ながら、東海道について二つの「歴史の常識への疑問」があったのだが、ややわかってきた。

その一つが、大井川。

要するに、橋がなく、両サイド(島田・金谷)の宿場から、肩車や牽台で「川渡し」をしなければならなかった。教科書的に言うと、「軍事的理由」ということになっていた。しかし、橋があっても軍事的理由なら、橋を落とせばいいはず。また、事実、幕末に薩長連合が江戸に向ったときは、何の役にも立っていない。教科書って変じゃないの?ということ。

やはり、裏があったそうだ。

確かに、江戸初期には架橋技術が未熟で、橋を架けても洪水の時は、全部流されてしまうため、橋をつくる意味がなかったそうだが、江戸中期には技術的には可能になる(あるいは、部分的には流されても、すぐに修復できる)。そのため、架橋計画が持ち上がったそうだ。が、そこで大反対したのが、両方の宿場だったそうだ。要するに、既存勢力だ。川渡し業者と宿場業者。川止めになれば、宿場にカネが舞い落ちることになるからだ。(残念ながら、裏には幕府中核部への賄賂があるのだろうが、そういうものは歴史には残りにくいわけだ)

次に、箱根の関所。

「入鉄砲に出女」とか言われ、厳重無比と教科書には書かれている。事実、箱根越え自体は正月の学生駅伝を見てもわかるように、難所ではあるが、実際にどれだけの人間を本気で調べていたか、よくわからない。関所手形が展示されていたが、要するに手形みたいなものがあれば、碌に調べずにパスしたのではないだろうか。偽造は簡単にできそうだ。第一、いかに関所が厳重でも、赤穂浪士などは、全員、江戸に潜入していたわけだ。

明治になると数年で、人の移動は自由になるが、実は、つい最近まで旅行や出張に行こうと思うと、結構大量の荷物を持っていかなければならなかった。コンビニが全国に展開され、クレジットカードが場末の飲み屋でも使えるようになり、「ふと思いついて、何も持たずに旅行にいけるようになった」のは、まさに今、可能になった。それを評価すべきなのか、現在、やっと江戸時代を超えることになったと、近代日本の回り道を嘆くべきなのか、どうなのだろうか。

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FC2ブログに「詰将棋の部屋」を建てる

2008-03-29 00:00:57 | しょうぎ
このブログ、livedoorを本家にし、gooに分家を作っている。もともとlivedoorでスタートしたのだが、途中でホリエモンの逮捕に端を発する経営の不振があり、「コピーを取っておくなら、別のプロバイダーに同じブログをおいてしまえ!」と、色々探した結果、かなりlivedoorに機能的に近いことからgooにした。gooのバックはNTTで、簡単には倒産しないだろうという考えもあった(以前、このグループに勤めていた人の話を客観的に分析すると、そうとも言えないのだが)。

比べると、機能的にはlivedoorの方が若干自由度が多く、使いやすい機能も多いようだが、ちょっと動作が遅いと感じるときがある。ともあれ、まずlivedoorでアップしたあと、そのコピーをgooに貼るようにしている。画像については、livedoorの画像を一旦gooに保存してから使っている。つまり、livedoorとgooの両方に画像もテキストもある。ただしgif形式はlivedoorしか受け付けないから、gooの記事にlivedoorの画像書庫からのgifが混合になっている。

ところで、livedoorとgooではかなり利用者層(あるいは読者も)が異なっているのではないだろうか。感じで言えば、livedoorの方が革新的で、gooは保守的(あくまでも一般論)。

そして、ここのところ、本ブログでは、毎週土曜日には「将棋」関連の記事を書いている。将棋のことを書いた後、詰将棋。詰将棋は2週間後に正解の解説を書くので、2週間前の問題と解答、そして今週の出題作、という流れだ。

ところが、・・・

「将棋」と「詰将棋」というのは、結構異次元のものらしい。アクセスの解析を見ていると、「詰将棋」だけを見ている人も多いようだ。「詰将棋ファン」というのは、そういう脇目もふらずという方々が多い。しかも、そういう詰将棋サイトの一覧まで作っていただいているようでもある。どうもそういう方々にとって、本ブログの詰将棋以外は「ジャマ」ということなのかもしれない。

そこで、とりあえず、過去にブログ上で紹介した詰将棋だけを別建てにしてしまおうと思ったわけだ。もちろん、本ブログ上では今まで通りなので、単に「詰将棋の部屋」ということ。

さらに、できれば、最近流行している「動く将棋盤」にして・・

つまり、動く将棋盤を作ることと、別のブログを立てることの二つを研究してみた。

ddefca01.jpgさがしているうちに、詰将棋の一般的な棋譜ファイル形式である「.kif」をMacromedia Flashファイル(.swf)に書きなおすところまではこぎつけた。そのswfファイルを、どのプロバイダーのサーバーにおくべきか、ということを検討しているうちに「FC2」が浮上。操作感覚はlivedoorと似ている。swfを動画ファイルとしてサーブしておくことができる。

逆に、欠点は会社が小さすぎること。確か、数年前はラスヴェガスが本社で、社員数人だけだったはず。今も調べると、本部がロサンジェルスみたいだし、日本人スタッフを採用しているようだが、仕事が幾何数的に増えたのかな。

そして意を決して、FC2ブログを立ち上げるが、当然ながら最初は試行錯誤である。しかも、途中でわかってきたのだが、FC2本部のサーバーを書庫代わりにする人がいないように、FC2の画像は他のブログ上では見えないようになっているわけだ。実は、そういうことを考えていたので、計画変更。きちんとFC2ブログを作らなければならない。

ddefca01.jpgそして格闘の結果、とりあえず完成。

今後、どういう頻度でアップするかは未定だが、本ブログ登場作の他、投稿落選作などからピックアップして週2題くらいのペースにしようかとか思案中。


おおた葉一郎の詰将棋

下の→のところをクリック(最初だけは2回クリックのこと)。まだ、手直しが必要と思うが、当面は今まで本ブログで紹介していた詰将棋のアップが終わる。

しかし、結局、正解手順以外の紛れの線とかは表現できない。やはり図面も必要かな、とか考慮中である。つまり作業が増えただけ、ということもできるのである。

さて、3月15日出題分の解答。

▲2二角 △同玉 ▲4二飛成 △1三玉 ▲2三銀成 △1四玉 ▲1二飛成まで7手詰。

あまり短編は得意ではない。

動く将棋盤はここ


ddefca01.jpg今月の問題は、ネットで見つけた、ある方の未完成作を修正。(当然、私の作とは言わない)こういう曲詰の修正ができるのは、きわめて珍しい。


いつものように、わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ正誤判断。









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茂木脳から秘密を聞き出した人

2008-03-28 00:00:21 | 市民A
ソニー銀行が、「預金残高1兆円記念セミナー」と冠し、アカデミーヒルズで講演会を開く(1兆円といっても、日本人の個人金融資産の1/1500しかないのだが)。講演するのは、茂木健一郎氏。肩書きを聞くと、「ソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャー」ということ。ソニー銀行とはグループ会社というわけだ。

講演のタイトルは「アハ体験で出会う新たな世界」ということで、ソニー銀行の顧客と脳科学を結びつけて話すのだから、本人曰く「アウェーゲーム」ということになる。

講演の話の前に、この茂木健一郎さんだが、前々から椎名誠氏に似ていると思っていたが、よく見ると竹中平蔵氏に似ている。そして、非常に頭(顔)がデカイ。普通の人の頭の体積の1.7倍くらいある。髪を鳥の巣のようにしているのは、顔を小さく見せるための小技と見た。

そして、第一部の講演の司会で登場したのが、マルチタレントの大桃美代子さん。なぜ、司会という付加価値の低い仕事にタレントが登場するのかよくわからなかったが、それは第二部のパネルディスカッションの布石だった。当日は、大リーグの開幕戦が東京ドームであり、会場はガラガラかと思っていたら、満員。2600人の応募の中で500人が選ばれたそうだ(人種が異なるのだろう。が、東京ドームの招待券があったらそっちへ行ったと思うが)。


さて、「脳とおカネ」の話といっても、すぐにそこにはいかないわけだ。私も講演は何回かしたことがあるが、だいたい変なタイトルが待ち構えていて、いきなりその話をすると、すぐ終わってしまって質問の山ができたりする。無難かつやや専門的な話で前半部をすませ、徐々にタイトルに向っていくわけだ。

話は、アハという概念がゲシュタルト心理学の概念であることから始まる(やや私の得意分野)。「アハ体験」として、歴史的に有名なのは「ニュートンがリンゴが落下するのを見た瞬間」である。このアハが起きる構造というのは、今まで様々な経験の「記憶蓄積」が側頭葉に貯まっていて、それが前頭葉による「意欲」によって「ひらめき」に変わる、というメカニズムだそうである。言い換えると、

 「側頭葉の経験」×「前頭葉の意欲」=「ひらめき」

という公式だそうだ。(ほとんど同じことを、この前、唐草オヤジこと中島誠之助氏が話していた。)

一般に、年をとると頭が悪くなると言われるが、経験値は加齢ともに増えていくのだから、年とともに落ちるのは「意欲」ということだそうだ。だから、ピカソとか岡本太郎とか見れば、意欲ある老人は最強ということになる。これを、脳のオープンエンドというそうである。(まったく逆のことを最近聞いたのは、「人間の体の寿命は120歳だが、脳の寿命はそこまでもたない」という説。まあ、自分だけは、いいとこ取りで考えればいいだろう)

そして、次に、日本の現状について、「もはや、モノ作りだけでは、無資源国日本は生き延びられない。イノベーション国家を目指すべき」という結論を展開し、「しかし、現状では難しい。」ということになる。それは日本人の脳には「楽観主義」が少なく、このドーパミンの分泌による楽観主義こそが、人間の脳が最大に働く原動力である、ということになる。

そして、この楽観主義になりえない脳の構造として、人間の脳のバランス感覚に話は進む。脳は「未来の不確実性」に対して「それと同等の安全基地」を欲しがるものだそうだ。その「安全基地」というのが、こどもでは「親の保護」であり、大人では「経験」・「主義」・「人脈」などであり、その中の一つが「ストック」ということ。ここで、やっとソニー銀行の本業につながった。ストックが多い人ほど行動が積極的であるということになる。

ストックについては、かつてケンブリッジに留学していた時の経験から、英国の文化のつくり方と日本の粗製乱造型のテレビ番組や著作のつくり方の話になり、自身が年に12冊も出版して、どうも預金口座におカネが貯まっているようだという話になる(もちろん会場の聴衆はソニー銀行には紙の通帳がないということを知っているわけだが)。


続いて第二部だが、ここではじめて大桃美代子さんが、第一部の司会をした意味が判明する。要するに、茂木さんと、大桃さんと、ソニー銀行社長の石井茂さんの3人のパネルディスカスになるのだが、実は大桃さんが大活躍することになる。第一部の続きで、安全基地の話がはじまり、ある大桃さんの話が会場をどよめかせる。

桃「最近、農業をはじめて、1年分のお米を作りました」というのだ。自分で作った米を見ると安心できるそうだ。(後で調べたら、やはり本当みたいで、雑穀米とか有機農業とか研究しているようだ)

さらに、なぜか、金融のことに詳しいわけだ。

桃「以前、銀行員でした。」これも、うけた。(後で調べたら、埼玉銀行に勤務していたそうだ)

そして、第一部の講演の中で、多くの人が知りたかった問題について、茂木さんに鋭く質問してくれた。

桃「前頭葉の『意欲』が落ちないようにするためには、どうすればいいんですか。」

茂「意欲が落ちないように、と思うことが大切です」

桃「といっても、難しいのでは。」

茂「自分の脳のクセとか構造とかを知ることが重要なんですね。自分の脳の取扱説明書を知ることですね。」

なんとなく、一部、わかったわけだ。「じゃあ、どうする」とかは別として・・

第二部は、最後は、おカネと満足の話になり、自分の大切なものの話になる。おカネに換えられないものとして、茂木さんは夏目漱石が描いた絵を二枚買った話を披露。その後、愛情とお金の話になる。どちらも脳的には、『ミラー・ニューロン』という働きによって、相手に与えると、お返しが期待できるプレゼント交換のようなものだそうだ。(ジョン・レノンの世界みたいだ。ただし、あくまでも、おカネと愛情は別物。この二つを直接交換しようとするとニューヨーク州知事みたいになってしまうわけだ)

そして、最後の最後に、本日の抽選会になる。液晶テレビ4台とブルーレイ・レコーダー1台が賞品である。会場には500人がいるのだから当選確率は1/100なのは計算上はわかるのだが、講演を聴いた結果、みんな楽観脳になっているわけだ。

結果は、「アハー・・」

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「イヒ」が「ヒィ」に変わる日

2008-03-27 00:00:34 | 市民A
テレビコマーシャルで「イヒ」というのを聞いたことがあると思う。○化成という化学会社である。この会社以外でも、○○化学とか○○化成とかプラスティックを作ったり加工したりしている会社は日本に数多くある(○○の中に財閥の名前を入れれば大会社になり、個人とか地場の地名を入れれば中小企業になる)。

そして、それらのプラスティックの原料の大きな部分を占めるのがエチレンで全国何ヶ所かのエチレンセンターと呼ばれる石油化学コンビナートで生産される。日本では、エチレンの大部分は、ナフサと呼ばれる軽質石油類が原料である。以前は、石油会社が原油精製して供給していたが、モータリゼーションの進展でガソリンの需要が増加し、ナフサの多くはガソリン原料用に消費され、不足したナフサは化学会社が輸入している。

経済産業省の統計資料を見ると、平成19年(1-12月)に、化学会社が国内の石油会社から購入した数量が23百万キロリットル。化学会社が海外から輸入した量が24百万キロリットル。ほぼ拮抗している。

一方、現在、海外から輸入する石油は、原油にしても灯油や軽油のような石油製品にしても、石油石炭税という「関税もどき」が掛けられている(別に関税はある)。キロリットルあたり2,040円(キロリットル=1,000リットル)。このうち、ナフサを輸入した場合は、この石油石炭税が免税。原油からナフサになった場合はその分の原油が税金還付になる。簡単に言えば、「ナフサには税金がかからない」ということである。

しかし、この免税制度は、「2年ごとの暫定措置」だった。そして、ガソリンの暫定税率や自動車税などと同様に、国会で宇宙遊泳中になってしまったわけだ。

産経新聞を引用する。

ナフサ免税廃止の危機 年1,100億円コスト増…石化業界悲鳴 2008年3月21日(金)03:33

 税制関連法案の年度内成立が困難となり、石油化学メーカーから悲鳴が上がっている。国内石化業界の主原料であるナフサ(粗製ガソリン)は石油石炭税の対象だが、2年ごとの租税特別措置で免除されてきた。課税となれば、業界全体で年間1,100億円の負担増となり、平成19年度経常利益見込み(計2,700億円弱)の約4割が吹き飛ぶ。石油化学工業協会(会長、米倉弘昌住友化学社長)は21日の理事会で対応を協議するが、国会空転に伴う混乱は避けられない。

 石化協は年度末を控え、「(免税措置が切れれば)石油化学工業に携わる全国70万人の労働者に多大な影響を与える」と指摘、混乱回避に向けて与野党の国会議員に陳情を重ねてきた。民主党も2月末に参院へ提出した租税特別措置法改正案でナフサなどの免税を認めており、「与野党が賛成している法案が、政治の無策で通らない」(石化協幹部)といらだちを強める。

 原油や天然ガス、石炭は石油石炭税法で課税が定められている。ただ、製造業の原料用途に関しては長年にわたり、2年間の無税措置が継続して認められてきた。大半の先進国でも原料は無税で、国際競争上の障害とならないよう配慮された措置だ。

 これが失効した場合、4月からナフサは1キロリットルあたり2,040円課税される。旺盛な輸出需要に支えられ、国内石化メーカーはどこもフル生産状態で、タンク内の備蓄在庫は2週間程度しかない。与党の再可決で4月以降に無税措置が復活しても、課税対象期間の発生は避けられない。


一体、数多くの暫定税率の一つ一つの事情は異なるのに、「一括で採択しかなく分離しない」などということは、国会議員たちは、どういう知能指数なのだろうか。

特に、石油化学会社の肩を持つ気はないが、議員の無能や政局に巻き込まれて、とある産業分野が国際競争力を失って衰亡するというのでは、大失政というしかないし、世界の笑いものだ。

本来は、こういう問題は新聞ジャーナリズムが、分析をしなければならない分野ではあるのだろうが、新聞記者にとっての「ヒィ」が始まるのも、ちょうど同時期。3月31日からの紙面が「メガ文字」とか「段数縮小」とか老眼向けになる。

ある意味、一見、団塊読者対策のように思えるが、実は、広告面積比率が一定とすれば、文字数が少なくなる。つまり、記事が減ることになる。記事が減るということは、記者が減るということになるし、おそらくは、その記事をチェックする人や、カメラマンの必要数も減っていく。関連会社への移籍などが進み、いわゆるデフレ型縮小均衡モデルに向うわけだ。

ガソリン代どころじゃないのだろう。


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喫煙休憩を止めるより上策は

2008-03-26 00:00:11 | 市民A
大阪府知事、橋下氏が府庁内の朝礼で、女子職員から「サービス残業撤廃要求」を受け、逆切れしたのかもしれないが、有給休憩と喫煙休憩の廃止方針を打ち出した。

微妙に、問題点がずれているような気もするので、一つずつ考えてみたい。

まず、有給休憩だが、早い話が勤務時間合計の問題と思う。昼休みが45分で、その他が15分休みが二回。確かに民間にはあまりない制度だ。というか、合計休息時間が1時間15分というのは長すぎる。基本的には昼休みを1時間にして、途中休憩を廃止した方がいいだろう。完全に一斉に1時間休むと、窓口業務が滞留してしまうだろうから、半分の人は11時半から1時間休み、残る半分の人は12時半から1時間休みというように二分割すればいい。

そして、最大の問題は、喫煙休憩。というか、現実は、「勝手に喫煙コーナーに行って10分位帰ってこない人」が多い、ということなのだろう。この問題は、官民ともに職場の抱える問題。少し考えてみると、まず、配慮すべきは喫煙者の人権である。もちろん、これだけ、健康被害が叫ばれているのに、まだタバコを止めない人間というのは、本質的には、精神的欠陥があるわけだ。だからといって、表立って、すぐに解雇するわけにはいかない(以前、大き目の会社の管理職だった時には、3年がかりで部下を『清一色』に揃えたことがあったが、追い出された部下は、喫煙習慣が真の転勤事由だったとは今も知らないはずだ。一方、中小企業では転勤もままならないし、第一、喫煙者が多い。)。

しかし、数値で考えれば、一本のタバコを喫煙コーナーで吸うだけで、最低でも3分はかかる。一日20本(1箱)吸えば、60分にもなる。まして、大阪府職員は一回10分というのだから、これは論外。60分の話にしたって、1日8時間労働の人(非喫煙者)と、7時間の人(スモーカー)が同一賃金でいいわけない。あるいは、仕事の効率が違う。

労務関係の仕事をしている人なら、こういう場合によく登場する概念を思い出すだろう。

『ノーワーク・ノーペイ』

つまり、タバコを吸う権利は認めるが、その時間の分の賃金は出さない。という考え方である。よくあるのが育児休暇とか。雇用関係や労使関係の権利は継続するとして、その代わり、働かなかった分の給料は、比例的に差し引くという概念である。多くは、ある期間とか一日単位で設定すべきものかもしれないが、喫煙休憩に適用するのが極めてふさわしいように思える。

あるいは、そこまでしたら、痛すぎるというか、給料明細が『喫煙減俸』で汚れてしまって、家族に見せられない(というか、見せたら家族からも禁煙を迫られるのは必至)ということになるので、代替策も考えてみる。要するに1日1時間分の減俸ということは、平均年収500万円で2,000時間勤務と仮定すると、時給分2,500円である。20本で割ると、1本125円である。喫煙者には喫煙ルームへの私有タバコの持込を禁止し、大阪府の用意した1本125円のタバコを吸ってもらえばいいわけだ(おっと、タバコの原価1本15円を忘れてしまった)。もちろん、タバコ泥棒、タバコ代泥棒、時間泥棒は重罪になるのは当然である。

そして、職員側から提起されたサービス残業問題。それは問題だが、毎日10分とかいうのは、要は仕事のやり方を改善したほうがいいというレベルと思える。それも含めて、労働側でも、あいまいにすることなしに、『ノーペイ・ノーワーク』を実行することではないだろうか。

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ドッグラン

2008-03-25 00:00:20 | The room of Sora
ドイツの先祖は、ねずみ取り専門だったそうだ。なにしろヨーロッパでは猫は「魔女の手先」とされ、火焙りになっていた。その結果、ネズミを媒体としてペストが大流行。

ペスト流行→魔女の仕業とし猫退治→さらにネズミが増える→ペストが大流行。

現在の日本の経済政策のような話だ。

" target="_blank">">" width="320" height="240" border="0" alt="2d96c2a1.jpg" hspace="5" class="pict" align="right">ところで、猫は足音を立てないが、犬は大きな足音で地面を蹴る。同じようにマラソンランナーの足音も大きいそうだ。知人のアマチュアランナーは皇居周回道路で練習していたら、背後から、パカッ、パカッ、パカッと馬のひずめの音が聞こえてきたそうだ。

あぶないな・・

振り返ると、馬ではなく谷川真理さんだったそうだ。風のように彼の横を追い抜いていったそうだ。
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『ららのいた夏』で涙の後、ちょっと?

2008-03-24 00:00:04 | 書評
川上健一は、きわめて作品の少ない作家だ。「本の雑誌」誌で2001年作の「翼はいつまでも」が絶賛され、私も大感動した口だ。生涯で最も感動した小説に挙げる読者は多いだろう。私も「翼」は、ベスト5に入れたい。しかし、それほどすばらしい小説が、「本の雑誌」でピックアップされてからブームになる、というのは異例。というのも、川上健一の作家としてのデビューは、ず~と前に遡り、1977年の『跳べ、ジョー!B・Bの魂が見てるぞ』である。その後、80年代の終わりに何冊かをさっと書き、何らかの原因で再び沈黙。日本のどこかで潜んでいた。そして華麗にカムバックしたそうだ。



いずれにしても、感動作に飢えた読者に必要なのは、作品であって、作者の方ではないのは言うまでもなく、この後、川上健一は普通の作家になった。

実は、私が『ららのいた夏』の文庫本を手にしたのは、2002年の感動をもう一度、と思ったから。『翼はいつまでも』といっても、そろそろ感動を忘れてしまった。そして、「らら」は「翼」より後に書かれたものと思って読んで、これまた感動したのだが、後で考えるとそうではなかった。単行本は1989年の上梓であり、「翼」がヒットしたためか、2002年に文庫化している。1989年の時に、誰かが評価していれば、・・

話の内容だが、拙筆でいくら書いても何の感動も生まないだろうから嫌になるが、高校二年生男女の青春ラブロマンスと書くといきなり地に堕ちてしまうが、設営が驚かせる。野球部のエース純也が高校のマラソン大会で、トップを激走中に同級生の女子に軽く並ばれる。そのまま雑談しながら走り、同時ゴール。「らら」は思いがけないところから小説に登場する。聞けば、毎朝、湘南海岸を裸足で走るのが彼女の生きがい。走ることが大好きな彼女は、その後、ハーフマラソンに出場したり、市民マラソンで一気に頭角を現し、マスコミ(特にテレビ朝日のニュースステーション)にフォーカスされる。

一方、純也は甲子園には行けなかったものの、その後、ファイターズにドラフトされる。「らら」はあくまでも陽気な市民ランナーでいたかったのだろうが、記録がそれを許さず、ついに東京国際女子マラソンに出場。

そして、走りに走り、当時の世界最高記録である2時間21分06秒を上回るペースでトップで競技場に戻ってくる。

が、ゴール寸前で、なぜか貧血を起こし、最後は倒れこむようにゴール。世界記録を1秒上回る2時間21分05秒。

しかし、絶頂の次には悲劇が待っているというのが、ギリシア悲劇の定番。ゴールした彼女が運び込まれた病院で、ある病名が明らかになっていく。ここから先の展開も川上健一は手を抜くことなく、しっかりと書き続ける。題名の「ららのいた・・」という過去形の意味が、深層心理の世界では、読むに連れて不安を拡大させていくのだが、最後にその正体が明示される。

この本、大部分は通勤途中に読んでいたのだが、最後の1/4のあたりは、目元がうるうるし、しょうがないので途中駅のプラットフォームのプラスティックシートに座り、花粉に吹かれながら読むことになった。涙の二乗だ。

で、書評は「ここで終わり」となればいいのだが、ちょっと気になることがあった。


最も不思議なのは、この文庫版の第4章(フルマラソン)の10の中で、ニュースステーションのシーンがある。キャスターの久留米宏氏が「円高で、ついに1ドル100円を切った」ことをしゃべるのだが、実際には1980年代後半は120円程度の円高だったはずだ。実際に100円を切ったのは1994年のはず。翌年1995年には瞬間的に80円を切っている。

あるいは、単行本は1989年。そして文庫化されたのが2002年ということは、2001年の「翼はいつまでも」の成功で、彼の過去の作品を掘り返した際、かなり大幅に書き直したのではないだろうか。作者だけが物語を綴るのではなく、ニュースステーションのおしゃべりキャスターにも手伝わさせたとか、雌伏期間中にギリシア古典悲劇を勉強したとか・・

自分で単行本と比較する元気はないので、誰か二流大学文学部の国文学部で卒論テーマに迷っている学生がいれば、村上春樹とか中上健次といった卒論用作家はやめて、川上健一論を書かれたらどうだろう。「変遷する川上健一の方法論(副題:『ららのいた夏』リライトを解剖する)」とか。


さらに、いくつか調べて見ると、確かに2時間21分06秒の記録は1985年にクリスチャンセンが出している。本の上梓の4年前。その後、この記録が破られるのは1998年になってから。ロルーペ(ケニア)2時間20分47秒。さらに2001年に高橋尚子が2時間20分を破る2時間19分45秒をベルリンで記録。現在の世界最高記録はラドクリフの2時間15分25秒。川上健一氏には、次なる「らら物語」を期待したい。

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中島誠之助氏講演を聴く

2008-03-23 00:00:51 | 美術館・博物館・工芸品
野村證券の「円熟人生セミナー」の講師で登場したのは「唐草オヤジ」こと中島誠之助氏(ただし、ビデオ)。古美術、しかも伊万里、鍋島が専門となれば聞き漏らすわけにはいかない。さっそく、四つの鉄則を聞かされる。



1.まず見るそして知る
 順序が大切ということ。美術館や博物館で現物を見る前に勉強したり、キャプションを読みふけったりしないで、まず感動に浸ること。そして次に知識を組み立てることが重要だそうだ。

 中島氏が陶磁器で、最初に感動した話を紹介。

 高校生のころ鎌倉の海岸を歩いていたところ、波打ち際に無数の青磁の陶片が散らばっていることに気付いたそうだ。そのいくつかを持ち帰り、研究したのがこの道を突き進んだ原因ということだそうだ。破片を手がかりにし、国立博物館へ行ったり、本を読んでいると、この青磁は南宋時代の作ということが判ってくる。割れていない完成品は国宝にもなっているそうだ。

 南宋の頃の日本は鎌倉幕府。その幕府の海の玄関は、鎌倉の裏側にある金沢八景。ここに輸入された高価な陶器は鎌倉幕府の重臣たちの所蔵品として愛蔵されていたはず。しかし、歴史を見れば、1333年に鎌倉幕府は崩壊。幕府重臣は散り散りになり、多くの陶器はその住居とともに灰燼と化したはず(といっても燃えないのが陶器の特徴)。その後、市街を流れる滑川の洪水とともに陶片が海まで流れていったと考えられるそうだ。



2.安いモノにはわけがある
 安いモノといってもアネハマンションのように「安物」の話ではない。安くても大きな価値の出るものの話。

 例として、250年ほど前の瀬戸で焼かれた「馬の目皿」というのがある。街道の茶屋で、この大皿に饅頭とか大根の煮付けとか大盛にして販売していたようだ。素朴かつ地味。けっして懐石料理などには使わない。中島氏がまだ駆け出しの頃、大皿1枚100円だったそうだ。ところが、現代ではほとんど手に入らなくなった。要するに大量生産品で安いのでコレクターも見る気も起きない。多くは捨てられただろうとのこと。



 ところが、この馬の目皿だが、大量生産のため、職人が必死の思いで、ぐるぐる巻きの目玉を書きまくっていたそうだ(馬の目ではなく魚の目に見えてしまうが)。その「勢い」が「いい仕事してます」になっているそうだ。

3.自分を信じて知識を高めよ
 これが、中島氏の最も主張したかったことらしい。値段とか他人の評価とか、おもわず信じそうになるところをぐっと我慢して、信念を貫くべしと言われる。それが中島氏の十八番である「古伊万里の染付」ということだそうだ。英語でBlue and White。

実は、集め始めた頃は藍絵の猪口とか幕末の雑器とか蔑まされていたそうだ。しかし、それが高級であることを彼は知っていた(というか信じていた)。メジャーな古美術商が高価な茶道具を取り扱っているのを横目に、「たこ唐草」と呼ばれる蛸の足のような唐草模様に突き進んでいたわけだ。それがブームになっていく。

4.第一印象を大切にすること
 良いと言われるモノを数多く見て、頭の引き出しにしまっておくことだそうだ。それが唯一の鑑定眼を養う方法だそうだ。

 最近、中島先生は、古美術ばかりでなく、現代陶芸にも手を伸ばしているそうで、最近ある作家の器が「黄瀬戸(きぜと)」と呼ばれる手法であることを知って、絶句されたそうだ。黄瀬戸とは桃山時代に瀬戸地方で僅か10年程作られた製法で、一説には青磁の失敗作とか言われ、その地味な風合いから、その後の絢爛な桃山文化の中に埋もれてしまう。つまり、中島氏の頭の中の黄瀬戸ファイルが開かれた瞬間だ。しかし、その現代作家が何を考え、その器を世に出したのか、それがまだわからない、とのこと。



中島氏は最後に、魯山人を引き合いにして「器は料理の為のモノ」という考え方と「器が料理を定めるモノ」という二元論のどちらが勝るのか、探求はこれからだ、という意味のことを言われ、締めとされていた。


ところで、この円熟人生セミナーに中島誠之助先生が登場した意味は、このセミナーの副題にある。

「人生の鑑定眼を磨く」

ようするに退職後のマネープランを設計し、もっとも良い投資商品を決定するということらしいが、今の株価では、なんとも・・

どうも目下の状況では、最大のリターンを得る投資は、蚤の市での「埋もれた古美術探し」ということなのだろうか。すぐに欲が出るところがいけない。四つの鉄則をもう忘れてしまった。
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66期順位戦(後)

2008-03-22 00:17:18 | しょうぎ
前回、間に合わなかったB1組評。上がる方は妥当な結果と思う。深浦八段は過去2度もA級から4勝5敗で陥落という不運を味わっている。しかし、来期もA級10位だし、強い相手がずらりと包囲しているようなので、またも苦闘ということになるだろう。鈴木八段は大勝ちするか大負けするかというタイプのようなのでどうなることだろうか。陥落は島九段と中川八段。島九段はともかく中川八段は、過去何度もA級のチャンスを逃し、過去の西村、福崎のようなパターンになってしまったのだろうか・・A級経験があると、逝去した場合、直ちに「贈九段」らしい。序盤1勝5敗の渡辺竜王はその後6連勝。次期は竜王、久保八段、山崎七段あたりを中心に展開するのだろうか。

6372b6cd.jpg来期の展開では、B1に上がった屋敷九段とB2の阿久津六段、C1の宮田五段に注目しているが、順位戦全体を眺めると、羽生世代の後ろがかなり手薄であるように思えてしまう。

また、奨励会は次点経験を持った二人が年齢制限の特例措置の条件(勝越継続)を満たさずに退会。制度からいってしかたないだろうが、運命は紙一重ということだろう。こういう時に、いい師匠は再就職先を確保していたりするのだが、二人とも師匠の顔は広いはず。秘かに注目している。

女流育成会では、今期も星が足りなくて昇級に届かなかった中に、東大将棋部出身者がいる。卒業後強くなったらしいが、プロになった後の去就に興味はあるのだが、いずれにしてもプロにならなければ、話しにならない。

ところで、順位戦の制度だが、5クラス制にはなっているが、B2組以下は定員がないため、B2で20人強、C1が30人強、そしてC2では40人強と膨張している。総勢で120人強。C2は40人もいて10試合しかないため、当たり運とかでてくる。メリットとしては、八百長の意味がないことくらいだ。実は、少し考えて、新たな順位戦の案を勝手に作ってみた。

ポイントは、「各リーグ12人の総当り制(年11局)」「5クラス11リーグ」「強い棋士は現状を同じく5年で名人可能」「落ちる場合は、一旦各クラス2組で再起か陥落かを競う」「Eクラスは4人新規で4人陥落(とりあえず)」といったところ。

6372b6cd.jpgたとえば、B1クラスは12人中、上位2名がA1クラスへ昇級、4人がB2クラスへ転出。A2から二人が陥落参入。B2から二人が復帰。C1から二人が昇級。6減6増である。B2の方はB1から4人が編入し、二人はB1へ戻るし二人はC1へ陥落する。E1は奨励会から四人が参入する関係で、二人がD1に上がり、6人がE2へ行くことになるのだが、実際には上のクラスにも引退者や逝去者が発生するだろうから、その分は昇級枠にあてればいいだろう。これだと全132人がリーグに参加することになるが、余裕があればE4リーグとかD3リーグを作ればより合理的&マイルドな仕組みができるだろう。








さて、3月8日の詰将棋の解答。

▲2一飛 △1三玉 ▲1二桂成 △同玉 ▲2三銀 △1三玉 ▲2二飛成 △2四玉(途中図) ▲3二銀不成 △3四玉 ▲4三銀不成 △4五玉 ▲5四馬 △3五玉 ▲2七桂まで15手詰

2手目△同玉は▲3二銀以下。4手目△1四玉は、▲1三成桂 △同玉 ▲3一馬。6手目△2一玉は、▲4三馬。仮に4三に配した桂が歩であったら、7手目▲3五馬で早詰。途中図から銀を不成りで活用し、最後は空中詰。この最終手の感触が好きである。

なお、動く将棋盤でもアップしている。


6372b6cd.jpgなお、今週の問題は、斜め駒だらけだが、最後に視界が晴れる。一瞬の隙をついて脱出成功かという玉を捕まえてしまう。

いつものようにわかったと思われた方は、最終手と手数と酷評をコメント欄にいただければ正誤判断。








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梅の花の向こう側

2008-03-21 00:00:16 | 美術館・博物館・工芸品
eac21652.jpg梅の季節も終わりに近づいているのだが、横浜の梅の名所といえば大倉山公園である。東横線の大倉山と言えば、神奈川居住人気エリアベスト10によく登場するが、実は、大倉山という住所はない。駅の横手にある公園のある小高い丘のことである。旧大倉財閥の所有地だった。

この公園には数多くの梅が植えられていて季節には多くの梅見客を喜ばせる。桜と違って、木の下で大騒ぎする輩はいない。

実際、梅が桜より高級感があるのは、菅原道真が福岡天満宮で一首詠んだからに違いないが、「左遷された身の不幸を梅の花に愚痴っただけの話」という人もいる。

ところで、この公園には『大倉記念館』という立派な建物がある。確か昭和初頭に大ku倉財閥が建てた研究所が、戦後、朽ち果てる前に横浜市に寄贈され、市が管理したもののうまくいかず(赤字と言うことだろう)、民間団体が管理している。建物の中には、ホールやいくつもの教室風の小部屋があり、市民に限らず一般に貸し出されている。

実は、横浜ではこういう場所が少なく、定期的に開催する文化教室とかに大変苦労している。文化教室の場合は、毎週何曜日の何時からとか、いつも同じ時間に開催するのが基本だが、その都度抽選とかしているとうまく運営できない。

ここの教室も、ほぼ満室のようだったが、安価な利用料を設定しているのだろう。

eac21652.jpgそして、名物の水曜コンサートというのがあって、アマチュア、セミプロ級のミュージシャンのために水曜の夜はいつもコンサート会場になっているそうだ。何しろ近くに建物がないので、多少の大音量は許容されるのだろうか。

しかし、・・・

実は、モレ聞こえてくるところでは、この大倉記念館の運営だが、二つのグループがモメゴトを起こしているらしいのだ。

もちろん関係者ではなく、まったくの無関係者なのでいいかげんな立場なので、断定的には言わないのだが、当初、市が運営を公募したときに、この水曜コンサートを企画の中心にしたグループ(A)と他のグループ(B)があったそうだ。その企画を市が判断し、(A)グループが運営を委託されることになったのだが、やはり行き詰ってくる。

その結果、見直すことになって、(A)グループと別のカルチャー系の(C)グループが共同運営にすることになったらしい。つまり、水曜コンサートの部分は(A)グループで、その他の運営が(C)とかだろう。

ところが、共同運営というのは、だいたいが同床異夢で始まり、結局は空中分解に向かうということが多い。

まあ、私にとって、何の利害関係もないので、深い詮索はなしにしておく。


ところで、この「大倉山」と言う地名は、全国に何箇所もあるようだ。五輪会場になった北海道の大倉山。ホテルオークラのある東京虎ノ門。神戸の高級住宅街。すべて戦前の大倉財閥によるものだそうだ。現在、その名を法人名に残すのは、カタカナに変身したホテルオークラとその付属美術館だけになったようだ。大倉家の子孫たちも、たまにはこの公園にきて、梅の花に、自分たちの運命を愚痴っているのかもしれない。

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間違いだらけの総裁選び

2008-03-20 00:00:54 | 市民A
日銀総裁の後継選びが混迷している。武藤→福井(延長)→田波。いずれも政府(自民党)の提案を野党(民主党)が拒絶。そして時間切れで、空席になるや、今度は副総裁の白川氏の昇格案とか。

しかし、プロセスが変だ。総裁が交替することはずっと前からわかっているのだから、総理がいかに武藤氏が最適と思ったとしても、第一候補、第二候補、第三候補と何人か保険をかけるべきだろう。だいたい人事なんて、「この人じゃなければ、絶対ダメ」というほどの人物がいようはずもない。「武藤氏以外は考えられない」というほどのものでもないだろう。

米国でも、FRBはグリーンスパンからバーナンキにトップが替わったのだが、その時は少し前から数人の候補者の名前が新聞やテレビに上がり、「ああでもない、こうでもない」という議論が煮詰まってくると共和党と民主党が相談して次のトップを決める。

ところが、日本では、一方が、独善的に「この人」でなければ困ると総理が言って、否決されると次の人が唐突に現れる。第一、「武藤さんより他にいない」というなら、他の候補者は二番煎じということになり、プライドも何もなくなってしまう。

第一、そんなにふさわしい人がいるのだろうか、というところから徒労のような気がするのは、財務省にしても日銀にしても、そんなにすばらしく日銀総裁の仕事ができるだろうかという人材枯渇問題がある。私の知っている日銀マンも、国内各所の日銀支店を回ってはふんぞり返っているため、普通の椅子に座るときでさえ、ややのけぞって上のほうを見ている。

しかし、現在の利率があまりに低いため、利下げののりしろがないのだから、誰がやっても同じ、という説もあるのだが、実際は「通貨供給量」のコントロールという大きな役割がある。実際には、それの方が重要なのだろう。

総裁任期が5年とするなら、電子マネーやポイント、あるいは韓国のようにクレジットカードの決済期間にも目を向けておかなければならない。韓国はクレジットカードの決済を伸ばすことによって、内需を拡大し、景気回復策としていた。

そして、あれこれ考えれば、やはり、妥当な候補がいないのではないだろか、と少し危惧してしまうのだ。

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市ヶ尾横穴古墳群は絶景だった

2008-03-19 00:00:30 | 歴史
1d64a277.jpg歴史は好きだが、専門は江戸時代。6世紀とか7世紀とかはまったくの門外漢だが、ある用事で横浜市の市ヶ尾駅(東急田園都市線)に行った折、寄り道してみる。ある用事とは、個人的な確定申告で、この駅の南側に税務署があるからだ。そして北側にあるのが「市ヶ尾横穴古墳群」という遺跡とは、前から知っていたが、まったくイメージができていなかった。

西日本に行くと、結構、田園の中に、こんもりと殻付きピーナッツ状の丘が森になっていて、小型の古墳(円墳とか)が多いのだが、横穴古墳というコトバからイメージできるものは何もない。横穴に住んでいたのは先史時代の話ではなかったかと思うし、横向きに前方後円墳を作るわけにはいかない。さて・・・

1d64a277.jpgしかも、市ヶ尾の町は複雑なのだ。町が部分的に集落の塊みたいになっていて、広い道路も曲がっていたり、袋小路が多かったり、四角形を基本にはできていない。おおざっぱな地図を駅前でデジカメで撮影しただけなので、やや不鮮明。何しろ、目的地が、森なのか公園風なのか絶壁なのかもわからない。しかも隣地が小学校なのだが、小学校風の建物があると思えば、地区センターだったり、デイケアセンターだったり保育園だったり・・森があると思ったら、放置された私有地だったり、そして、ついに米軍通信施設まで発見。しかし、駅から10分以内にあるはずの目的地に到達したのは約1時間後。疲れた。。。

よく考えてみると、小学校の奥に隠れるように、その遺跡はあるのだが、古墳とは、要はお墓。地元民から言えば、墓地の隣に住んでいるとは、あまり公開したくない事柄なのだろうか。

そして、疲れた足にさらに厳しいのが、その横穴の場所。丘の中腹である。まあ古城めぐりよりは楽だろうか。山の中腹には、A群と言われる12の横穴とB群と言われる7の横穴がある。もっともA群とB群は数分しか離れていない。小高い丘の斜面に横穴を掘り、そこに近親者を埋葬したのだろう。遺跡からは人骨や歯が出土している。

横穴の形状は、穴の一番前に平らな部分があり、その先、やや上向きのトンネルになっていて、一番奥が墓室になっているそうだ。なんとなく、女性性器あるいは子宮と産道のようなイメージであり、産まれてきた逆コースで埋葬されるというイメージを喚起されるのだが、あまり深い意味がなく、単に雨が流れ込まないように穴を掘るからやや上向きトンネルになるだけなのかもしれない。

1d64a277.jpg研究によれば、豪農の家族の墓ではないかと思われているそうだ。この近くには稲荷山古墳群という地方豪族の古墳もあり、その二つの古墳群に関連があるのか、あるいはないのか。まだよく判っていないそうだ(来年の確定申告の際は稲荷山の方へ行ってみよう。

ところで、市ヶ尾横穴古墳群のB群の方だが、横穴の前に広がる視界はまったく良好。富士山や大山、丹沢が一望の場所である。古代人も現代人と同様、富士山の見える場所に墓を作りたかったのだろうか。

ところで、市ヶ尾の街中をうろうろしてから数日後。新聞に「市ヶ尾高校連続放火」という記事が載っていた。犯人はまだ捕まっていないようだ。事件発生の数日前に現場近くを歩き回って下調べをしていた不審者を見つけたとしても、「その男、犯人にあらず」であるから・・


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東海道中一人旅

2008-03-18 00:00:41 | 地図
ミシュラン一ツ星評価に不満げなフレンチレストラン「シェ・松尾」の本店ではなく、天王洲アイルにある「シェ松尾天王洲倶楽部」で豪華昼食をいただく機会があった。まあ、今や持つべきものは「資源開発会社の友人」だろうか。最近、彼と食事をすると、いつもメニューの右下を注文するわけだ。味の方は、いくら高くてもランチメニューの限界もあるので・・・。

db92f7e7.jpgそれで、お昼から着色ドリンクをたくさん飲んでしまったので、酔い覚ましにモノレールに乗らずに、少しだけ歩くことにした。しばらく歩くと春の陽射しは結構暑く、計算通りカロリーを消費していく(散歩は10分間で23kcal消費。ワイングラス3杯で220kcalの摂取だから96分歩けばいい)。すると、突然、「旧東海道品川宿」という表示が見えてくる。そう、江戸時代のスーパーハイウェイである東海道の最初(最後)の宿場である品川宿が近くにあるわけだ。

記憶に頼ると、品川宿は、今のJR品川駅ではなく、京浜急行北品川駅のあたりと思い出す。そして、品川遊郭は、吉原と並ぶ二大遊郭として知られ、幕府公認の吉原と異なり、無認可の私娼街のため、何度も取り潰しの処分を受けながら反骨精神で営業していた、というようなことを思い出す。まあ、記憶に頼った知識なので、不正確かもしれない。

そこで、歩く向きを変え、東海道を品川に向って歩くことにする。逆に川崎方向に歩くと、平和島のあたりに、八百屋お七が火あぶりになったり、革命未遂事件の丸橋忠弥が磔になった刑場がある。江戸に入る者に、「悪いことすると、こうなる」というデモンストレーションだったわけだ。つまり、西から江戸方面に向うと、まずさらし首を見てから品川遊郭に行って一遊びして、翌日は江戸見物ということになる。

db92f7e7.jpg実に、旧東海道を歩いて驚くことは、街並みがきちんと揃っていること。幅8メートル程度の普通の生活道路でありながら、航空写真でみても道筋はきっちり判別できる。江戸の住人の末裔がいるのかどうかはわからないが、確かに数件の木造旧家が商店を営業している。「丸屋」という履物屋の店頭には草履(ぞうり)がぶらさげられていて、おそらくは、ここで履きなれた草鞋(わらじ)を脱ぎ捨て、あたらしい草履にかえたのだろうか。また、「東海道整骨院」という笑える名前の医者があるが、長旅で曲がった腰や腫れあがったふくらはぎを按摩でもしていたのだろうか。

そして、横目で探していた遊郭の名残は、通りを歩く限り、どこにも見出せなかったのである。吉原なんぞは当時と同じ位の隆盛と聞くが、やはり元々の政府公認と非公認の差が今に残ったのだろうか。(今も警察公認とか非公認とか色々あるらしいが詳しくないので省略)

もう一つ気付いたのは、結構、ガイドブックとカメラを持って、この道筋を歩いている人が多いこと。東京に歴史ファンは多い。


db92f7e7.jpg通りを歩き終わると、京浜急行の踏切がある。恥を忍んで手持ちのカメラで東海道品川宿の入口を写してみる。さらに八ツ山橋の大跨線橋を渡ると国道15号線(第一京浜国道)。その先がJR品川駅である。江戸時代の旅人は貧富の差なくこの道を通ったわけだが、実際のところ景色が変わり過ぎて、あまり感動はなかった。極めて短い東海道の旅は、以上で終了。わずかに69kcalが消費される。

思えば江戸時代は、一日二食制。歩きくたびれたお昼過ぎに、栄養補給のために茶店で草団子を食すのが一般的。きょうの私の旅も手順と目的が異なるだけで、似たようなものだっただろうか。

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道路特定財源の行く先

2008-03-17 00:00:02 | 市民A
2008年2月の調査で、高速道路のETC利用率が70%を越えたそうだ。首都高速では約80%になっている。利用率の急増は、ひとえにポイントによる割引制度の効果と言われる。庶民は、特にポイント制に弱い。そういえば、3月末で失効するポイントのないように、注意が必要。IDやパスワードを覚えている人は少ないだろうから、不安な方は、今すぐにでも手続きを開始してみたらどうだろう。ただし、ポイントはまとめて使ったほうが有利になっているので、損得計算は自分ですること。こういう1ポイントがいくらになるかわからない「未利用ポイント残」をどのように決算書に書くのか、かなり悩ましいことだろう。

f0d9585a.jpgしかし、利用率が70%にもなると、あちこちで設備不足のトラブルになる。先日も、ある郊外の出口でETC渋滞にハマった。その前に、このインター、真東に向いている。真東や真西に向いていると、太陽が低くなる早朝や夕方は、きわめて危険だが。まさにその例。ETC車線がどこにあるのか、ほとんど見えない。3つの出口のうち真ん中。そして、そこに長い渋滞ができていた。インターから出たところに交差点があり、そこの交差点が混んでいて、そこから繋がっている。(空いている有人ゲートに行って、カードを車載機から取り出して処理してもらう裏技もあるのだが、普通の人はそこまではやらない)

要するに、3つのゲートがあって、利用率が7割以上なのだから二ケ所がETCでないといけないのだが、ゲートの比率が逆だ。

だからといって、道路特定財源が必要とか言っているわけではないので、念のため。有人ゲートの人件費がいくらかかっているかよくわからないが、時給1,000円として、24時間で1日24,000円。年間で876万円。3年分くらいつぎ込めば2600万円になる。改造には十分だろう(たぶん)。

それと、ETC通過の時、スピードを落とさないで100キロで走り抜けるような人間は、どんどん逮捕してほしいものだ。

f0d9585a.jpgところで、道路の話になると、いつも問題になるのが東京湾横断道路(アクアライン)である。川崎から海底トンネルで、終点の木更津に近いところの海面に突如浮き上がり、”海ほたる”という人工島を作り、そこから木更津までが海上の橋である。確かに絶景だが、東京までは遠いので、ほぼ海面が見えるだけだ。利用者が少なく、横浜方面の人が千葉県南部のゴルフ場に向う場合のみ有効、というような結果になり、朝の木更津行きと夕方の川崎行きだけが主な流れになっている。実は、前からいくつか疑問を感じていた。

疑問の一つは、そのルートである。地図を見てわかるように最短ルートではない。最短なら木更津より南の富津岬を目指すべきだし、その対岸は横浜の南部から横須賀に近い方である。そうなると東京湾の中央ではなく入り口を繋ぐことになる。距離も半分程度ではないだろうか。

さらに川崎というのは、ほぼ東京と同じような場所である。主に千葉県のクルマの流れは東京湾北部なのだから、わざわざ、木更津まで行くはずがない。方向違いだ。さらに千葉南部に向うのだって、都内からなら北回りでも南回りでも大差ない。

そして、設計だって、変だ。一応、トンネル火災に備えてということで、人口島をつくって、人間の避難用のトンネルまで用意してあるようだが、それなら島の位置が中央よりもあまりにも千葉県寄りなのも不思議だ。そこまでトンネルなら、最後までトンネルでもよさそうなものだ。

しかも、工法は、トンネルを掘るのではなく、鉄の箱を作ってから海底に沈めるというあまり例のない方法。トンネルという言い方は当を得てないかもしれない。


実は、最近、銀座某所で、ある話を聞いたのだが、真偽のほどはわからないが、それは、すべての謎を氷解する「スッキリジュース」だった。

スッキリジュース1:元々、工事区間を短くして工事費を低くすることなど考えてない。逆に、東京湾の真ん中にトンネルを掘れば、もっとも工事費は高くなるのだから、そういうこと。できた道路が使われない方が、さらに次の道路(東京湾南部横断道路とか)が作りやすくなる。

スッキリジュース2:人口島を作ったのは、3種類の工事、つまり「トンネル」と「埋め立て」と「橋梁」の3業種に工事費をばら撒くため。

スッキリジュース3:起点が川崎と木更津になったことは、両サイドに日本有数の製鉄所や製鉄所の遊休地があることで、当時、不振を極めてた製鉄業者の救済策だった。工法が鉄の箱になったことで、事実上、東京湾内の製鉄業者の独占事業と化した。

そして、銀座で聞いた話には、さらに「ing」があった。この木更津から成田空港まで着々と新しい道路が建設中ということだそうだ。成田と羽田のアクセス強化という目的だそうだ。

ただし、既に木更津と成田空港は高速道路でつながっているし、新たな道路を作っても、もっと距離が伸びるだけなので、利用者がいるとはとても考えられないのだ。(ちょっとモヤっと)

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