その後の報道で、乗船客への保険金を観光船会社の社長が公表したので、一部修正します。
「KAZU 1」が水深120mの地点で発見され、現在は開いた状態の後部ドアから遠隔カメラを入れて内部の確認をしている状況だそうだ。内部の状況が定かでない状況で、早くも引揚げの話が出ているが、まだ、早いと思う。
まだ、早いとは思うが船内に被害者の方が残っていないことが確認できた場合、引揚げるかどうかということになる。船の所有者は観光船会社のはず(それを確認したというニュースはないのだが、登記簿は開示されているので、そうなのだろう)。そうすると、引揚げ費用は観光船会社の負担となる。
そうなると、皆が心配になるのは今回の大事故の法的責任の行方と観光船会社の負担能力ということになる。
もちろん報道を見る限り、通信手段もなく、周囲の忠告も無視し、救命ボートもなく、瀬戸内海から中古船を買い(さらに若干の改造をして)、船長は天気予報も無視して出航したわけだが、「安全だと思っていたから」出航したわけで、そこに故意はないわけで、経営者、船長としての能力に問題があったということ。今までのところ、法令に違反している明らかな事象が出ていないように思える。
また、どういう順で事故が発生したかの因果関係が見えないと立件も難しい。暴風で流され岩礁に衝突したのか、水面すれすれの暗礁に気付かず乗り上げてしまったのか、エンジンの故障なのか、去年から入れたままの燃料が寒さで固まってしまったのかとか。
GPSプロッターが故障という報道があったが、海図があったのかということは大きいと言える。GPSプロッターであれば海図(暗礁の場所がわかる)と位置情報とが同時にわかるのだが、修理中(修理して使うような高額ではないが)としたら、紙の海図でもなければ、水面下の暗礁の場所がわからないまま乏しい経験で操船したことになる。(といってもそれが最終原因と言うのも難しい)
ということで、実際に観光船の会社、社長、船長に責任があるということにどうやって辿り着けるかということ。手順とすれば、海上保安官が調査を行い、検察に送検し、起訴、不起訴が決まり、起訴なら司法手続きに移る。並行して海難審判庁で海難審判が行われ、裁決が言い渡される。海難審判庁は国交省の管轄で裁判所ではないので、不服があれば高等裁判所、最高裁という司法の場に移る。民事訴訟は別途行われる。船主責任制限法というのがあって、船主の賠償額には上限が認められているが、人的損失に関しての賠償には制限額はない。
参考例:関西空港連絡橋に台風の暴風により平行に衝突してタンカーが橋桁を損傷した件では、検察は船主・船長とも不起訴、海難審判では船長の1か月資格停止。高裁で取消控訴中。民事訴訟では賠償責任の有無と並行して船主責任制限法により修理代約50億円に対し、最大でも3億3千万円に制限と地裁判決があり関空側が控訴中と方向違いの巨大裁判になっている。
それで保険関係だが、船舶には損害賠償に対して
船主責任保険(P&I保険)に加入している。さらに、P&I保険の対象外である乗船客の死傷に対する
船客傷害賠償補償保険を掛けている。観光船会社の社長は「大きな保険に入っていて良かった」と当初話していたそうで、その後、一人1億円上限であることを口外している。口に出すとは「とんでも人間」であることがさらにわかる。一方、P&I保険の額は明らかになっていないが、実際に費用負担義務があるかどうか不明ではあるが1~2億円程度の船舶引揚げ費用の負担は難しいとされている。2名の船員への補償の部分はどうなのだろう。2種類の保険は別のものなので、片方に余裕があるからといって回せるわけではない(重複取りもできない)。
P&I保険が、何の費用に対して支払われるかは、わかりやすい損保ジャパン社のHPから借用すると、
主な補償内容
船主責任保険で保険金をお支払いする損害には以下のものがあります。
1. 人の死傷または疾病に対する賠償責任(乗船客を除く)
2. 港湾設備、海産物などの財物に与えた損害に対する賠償責任
3. 沈没し全損となった場合の船骸および残骸撤去費用
(ただし、港則法、港湾法または海上交通安全法等の法律によって船舶や積荷等の残骸の撤去を命じられた場合にかぎります。)
4. 人命救助費、遺骸捜索費、弔祭費など
5. 油などの汚濁物質を流出させたことによる海洋汚染に対する賠償責任・費用については別途割増保険料をいただいたうえでお引き受けすることができます。
ということになる。
この中の1.3.4.が問題になる。
1の人的損失に対する補償は、被害者の年齢や現在の収入などで算定されるはず(交通事故同様)。乗船客以外ということは船員ということで労災や会社の弔慰金で不足する分。
3の引揚費用だが、「港則法、港湾法、海上交通安全法等の法律によって引揚げ」というのは、沈没した船があると他の船が危険の場合、撤去を公的機関が命令した場合ということになる。自主的に引き上げたら保険は適用されない。(本事故の場合、命令が出るかどうか。)
4.人命救助や捜索費というのは、海保や海自は無償と思われるが、今回の場合は不明で報道もないが、一般的には、数多くの漁船の出動は、救助協力金のような有償のことがある。
また、船内に被害者の方が残されていて、船体を引揚げないと救助できないということになれば適用になる可能性はある。
(海難事故でタグボート会社が出動する場合、タグボート会社は保険会社に照会してP&I保険の金額を確認してから出動すると言われるので、今回もP&I保険の金額は地元では知れているのではないだろうか。)
船体を引揚げる場合は大きな費用が発生するわけで、サルベージ会社が決まるとすれば、逆に言えば全体がP&I保険金額の内数と推測されるが、作業手順不明で金額不明の状態では、すぐには進まないような気がする。引揚げ費用が多大になり、その他の救助費用が払えないようなことになると困るわけだ。といって沈んだ船体を国交省が1円で買い取り、予算を付けて引揚げるというのも理解が難しい。
また、今後、知床半島に行く観光客が激減したとしても、それに伴う補償は期待できないだろう。