手数(てかず)将棋のこと

2022-09-24 00:00:05 | しょうぎ
昭和15年に出版された関根金次郎著『棋道半世紀』博文館の中に「手数(てかず)将棋」という一文がある。青空文庫で見つけた。

一言でいうと「相手と握った手数の間に王を詰ませたら勝ち」というルールで将棋の会所で行われていた。つまりハンディの一つだ。どうも金を賭けていたような感じだ。

ルールは互いに事前に手数を決めて、上手(強い方)が例えば50手ということになると100手で詰まさないといけない。最初に碁石を50個強い方に渡し、一手指すごとに碁石を一つ相手に渡していき、石がなくなれば、下手の勝ちになる。基本的に受け将棋の方が勝ちやすいだろう。

これでもせっかちな人は石を2枚わたしてしまったり、渡さない人もでてくるらしい。現代でいうと対局時計の押し忘れのようなものか。

ところで、この「棋道半世紀」だが興味深い内容のようだ。『合図将棋』という単語もあるようだが、古本では8000円以上だ、国会図書館に行けば、閲覧やコピーができるはずだ、


さて、9月10日の出題作の解答。








今週の出題。



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葛飾で将棋大会

2022-09-17 00:00:12 | しょうぎ
9月11日に葛飾区で行われた『渡辺明杯 かつしか子ども将棋大会2022』の手伝いに行った。渡辺明名人が葛飾区出身ということで、記念大会が毎年行われている。葛飾区出身の棋士としては、故関根茂九段、飯野健二八段につぐ三人目。4クラスに分かれてトーナメントが行われ、敗者慰安戦や棋士の指導対局などが行われる。



葛飾区以外からも参加可能で、横浜市で教えている子も参加していたが、特に重要な手伝いもなく、途中で失礼した。

棋士の指導将棋だが、渡辺名人は6面指ししていたが、多面指しの場合、全貌が見えていればやりやすいのだが、将棋の経験のない方がテーブルをならべると、三面指しで、前と右と左とに直角に盤を並べられると左を見ていると右の盤面が背中になり、相手が指したかどうかがわからないので大苦戦だ。いつだったか、4枚目の盤を背中側に配置されて、さすがにお断りした。(ビニール盤とプラ駒だと音が小さい)


さて、9月3日に出題した詰将棋の解答。








今週の出題。



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駒台発案者、飯塚力造氏のこと(2)

2022-09-10 00:00:46 | しょうぎ
関根金次郎が1940年に「棋道半世紀」という小文の中で、駒台を発案したのは飯塚力造氏であると書いていて、二人の初見は1900年頃というように考えられる。駒台登場がその前か後かは文章を読んでもはっきりしない。

氏の職業については、品川で川島楼という貸座敷をもっているということと、対局の結果、お金が動いていた、つまり真剣をしていた、ということが書かれている。

将棋連盟のHPでも、駒台を発明したのは飯塚氏と書いてあるし、当時の棋士は収入が少なく副業をすることが多かったという例として木見金治郎のうどん屋と並び、飯塚力造氏の料理屋を紹介している。しかし、飯塚氏はプロ棋士ではないのだから、棋士というのは間違いというしかない。真剣士は棋士とは違う。料理屋なのか貸座敷なのかは難しい問題になる。その話の前に、氏の棋力だが、関根金次郎(13世名人)とは半香だったと書かれている。半香とは、平手と香落の二局ワンセットということで、確か阪田三吉ともその手合いで指している。つまり、飯塚氏は阪田三吉並みに強いということになる。真剣でも多くは勝利だったのではないだろうか。

そして、貸座敷か料理屋問題だが、貸座敷というのは、今でいうとラブホテルのようなものだが、違いは商売や政治関連等の密談をする場合にも使われていたということ・

歴史的には江戸時代から明治時代は料亭で宴会があると、宴席に芸者がやってきて、そのまま解散になる場合(ヒラ)と宴会の後、小部屋に布団が敷かれ芸者さんと朝を迎える場合(カゲ)があり、客と芸者の数が合わない場合は追加で芸をしないで枕を持ってくる枕芸者に頼ることになっていた(実際には枕を持ち歩いたとは思えないが)。

時代が下ると、そういう露骨な方式から全国的には「三業地」という方式に変わっていく。料理屋(料亭)、置屋(芸妓屋)、待合(貸座敷)。つまり、宴会は料亭で行い、そこに置屋から芸妓が派遣され、宴会の後は、待合に行くということになる。パチンコの三店方式のようだが、動くものが景品なのか芸妓なのかの違いがある。

実際には、原則には例外がつきもので、料理屋と座敷を兼ねていたりする場合もあり、そういう場合は、料亭でもあり、貸座敷でもあるということになる。一方、本物の料理屋は芸者も来ないし座敷に布団も敷かないわけで、「割烹」と名乗ることが多くなる。

そして、飯塚力造氏だが、多芸人間だったようで関根氏によれば「義太夫(節)」にハマっていき、高座で語っているときに。「ひっくりかへって」4~5年後に亡くなってしまったそうだ。


さて8月27日出題作の解答。








今週の問題。



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駒台発案者、飯塚力造氏のこと(1)

2022-09-03 00:00:38 | しょうぎ
著作権が切れている文学作品をネット上で公開している「青空文庫」。もともと本人の没後50年でフリーになっていたがTPPに米国を引き込もうとして、現在は70年になっている。例えば、三島由紀夫の作品はすでに公開準備がされていたのに、ずっと先になった。
とはいえ、戦前の文豪の作品はほぼ青空文庫で無料で読める。

作家リストを眺めていると『関根金次郎』が含まれている。13世名人だ。明治時代の将棋界の混迷は12世名人の小野五平が幸か不幸か90歳の長寿を得たことで、関根、坂田、土居といった花形棋士が閉塞状況になっていたことが大きい。1921年の小野五平の没後、同年内にほぼ互選に近い形で13世名人になったのが関根金次郎だった。既に53歳だった。

青空文庫に掲載されている作品は2作(さらに1作準備中)で、その一つが「駒台の発案者」という随筆で、底本の親本は1940年2月、棋道半世紀「博文館」。

随筆の中で「駒台の発案者」とされるのが飯塚力造氏(一説:力蔵)で、出会いは30~40年前の話として書かれているが、色々と調べていると1900年頃に出会ったと考えられる。

随筆の内容は浅いようで深いところがあり、一回でまとめるのが難しい。本当のことが書かれているかもよくわからないので慎重さが必要だが、駒台の話に限れば名人が嘘を書く理由もないので飯塚氏が「駒台の父」ということだろう。それまでは、半紙を四つ折りにしていたそうだ(江戸時代の家元では扇子を拡げて駒台にしていたといわれるが、いずれにしても盤面と駒台の高低差があった)。

関根名人が初めて飯塚氏と会ったのは、馴染みの将棋所の主人、小松三香という人物。将棋は四段。彼の誘いで品川の川島楼という貸座敷へ行って主人の飯塚力造氏と将棋を指すことになる。飲食+ご褒美があるとも言われていた。

ところが飯塚氏はベラボーに強いのである、と関根名人は書いている。途中で小松氏に確認したところ、本当は、ご褒美はもらうのではなく払っていて、代打ちに名人を使おうとしていたらしい。

つまり真剣士のようにも読める。

別名、川崎小僧と呼ばれていた強豪で川崎時代は鼈甲細工をしていたそうで、将棋の強さは名人と半香だったそうだ。1900年頃とすると、名人32歳の指し盛りに半香ということは坂田三吉と同じぐらいとも言える。後にアマ八段になっている。

ここからは推測で書くしかないが、なぜ、駒台を作ったのかというのは、真剣と関係があるのかもしれないと少し思っている。現在の将棋連盟の規則では持駒の置き場所は書かれていない。別に駒台に置かなくても反則ではない。相手が駒を手に握っていても反則勝ちを宣言できない。

実際に9年前に、教え子が、ある全国大会の県代表になった時、会場に応援に行ったのだが、相手が駒を握って見せなかったために負けたことがあった。見えなくても逆算すればわかるはずだが、そんな訓練をしているわけはない。

飯塚氏も相手に「駒握り」され、痛い思いをしたことがあるのではないだろうか。なにしろ、収入がかかっていたわけだ。それに鼈甲細工師ということは駒台を作るなどわけもないだろう。

飯塚氏については、また、稿を改めることにする。


さて、8月20日出題作の解答。








3六の桂は3手目にどちらかの角を成り捨てて竜で追う手を筋っぽくするためのもので、2五歩にしても構わない。


今週の問題。



駒台の上で、出入りがある。

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振飛車相手が苦手でも

2022-08-27 00:00:48 | しょうぎ
順位戦A級2回戦、藤井五冠は菅井八段の先手中飛車にてこずり、いつもとは逆に終盤の妙手で敗れた。終盤はともかく、対中飛車(あるいは振飛車一般)に苦しめられているのではないだろうか。久保九段ともいつも混迷してしまっているように思える。

とはいえ、振飛車党はプロの世界ではかなりの少数派。少数派なのでタイトルマッチまで残ることは至難の業。つまり、振飛車に弱くてもタイトルには関係ないと割り切っているのかもしれない。もっとも、居飛車党がいまさら転向しても立ち向かえるわけでもないだろう。

ところでA級順位戦の勝敗表をながめていて気付いたのだが、「八段」が五人となっている。タイトルを重ねると自然に九段になるのだが、覇権交代時期なのだろう。もっと驚くのがB1組。八段は一人しかいない。九段と七段が6人ずつだ。


さて、8月13日出題作の解答。







9二の銀を馬に変えると手強いことになる。


今週の問題。



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「飛翔」(同業者は困惑か)

2022-08-20 00:00:25 | しょうぎ
藤井聡太五冠の揮毫の扇子だが、先週に続き今週は「飛翔」。文字が大きい。



同業の棋士は「あんなに強いのにさらに飛翔しようというのか。困った・・・」ということかもしれない。ただ、彼の活躍によって新たなタイトル戦やゲスト出演などの余禄が将棋連盟にもたらされているのだから、ビジネスが拡大している間には不満は出ないのだろう。何しろ飛翔という言葉は、飛ぶという意味の漢字が二文字重なっているのだから、ただごとではないだろう。

この飛翔という扇子、数本かそろえたのだが、文字通りあちこちの愛棋家の元に飛翔していってしまった。

落款については稿を改めることにする。


さて、8月6日出題作の解答。







初手は角を捨てているようで、実際には飛車を捨てる手。3手目は飛車の利き筋を狭めるような逆理論。さらに玉が遠ざかる金捨てという具合に進む。


今週の問題。




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『専心』

2022-08-13 00:00:42 | しょうぎ
ちょっとした使い物用に扇子を買った。藤井聡太扇子。扇子を他人に贈呈すると、よく聞かれるのが、「自筆ですか?」ということと、「凸凹している面によく書けますね」ということ。



まあ、無粋なので「そうですね、書くのは大変ですね」ということにしている。

色紙の方は直筆が基本だが、本人が書いたものは、身近に感じすぎてちょっと重い気がする。一方、関取の手形は、100枚まとめて大量生産という感じで手製印刷機ということになる。一発バシンと手形を打てば1万円に変わるわけだ。ATM方式とも言える。もらった方は自分の掌を色紙の手形に合わせてみて力士の手の大きさに感動することになっている。以前、若貴兄弟の手形を見せてもらったことがあるが、貴には負けたが若とは同じだった。

ところで、色紙は無論のこと、段位免状や扇子のオリジナルの文字は本人が書くことになる。子供の頃に将棋教室に行かずに習字教室に行っていればよかったと思うだろうか。

それに『専心』という単語も右から並べるので『心専』と書く右から書くと左の文字を書くときに右側の袖口が隅で汚れてしまう。左から書いたのかもしれない。



右上の方に朱印が押されている。一文字目は『無』であるのは明白だが、二文字目が読めない。十分ほど調べて、『無極』と読むだろうと見当がついた。無極には二つの意味がある。

一つ目は「むきょく」といって「無上至極」の意味で「この上ないほどすばらしいこと」という意味で、二つ目の意味は「むごく」と読み、儒教でいう宇宙創世記に宇宙の元になることらしい。どちらだろう。


さて、7月30日出題作の解答。








今週の問題。



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三間飛車定跡コレクション414(所司和晴著)

2022-07-30 00:00:07 | しょうぎ
三間飛車に特化した定跡書で、「次の一手方式」の問題が414題も掲載されている。



あまりにも問題が多いという感想を持つ。とはいうものの定跡の本にはよくあること。自分が三間飛車は使わないので、なかなか難しい。もっとも「将棋必勝法」は確立されていないのだから難しいのは必然なのだろう。


さて、7月16日出題作の解答。








今週の問題。



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宣言法、初登場

2022-07-23 00:00:54 | しょうぎ
カルチャーセンター他で将棋を教えているが、覚えたてのこどもに教えることの一つが、終局時のマナー。

負けた方が、「負けました」とかそれに近い言葉を発して終局になるのだが、

決して、「勝ちました!」と言ってはいけません。


ということなのだが、「勝ちました」という意味のことをプロが言うことになったのが、入玉時の宣言法。プロ棋界初登場となった。

こういう記録の時に、後世に名前が残るのが、勝った方なのか負けた方なのかよくわからないので名前は書かないことにする。

相入玉時に、ある条件(駒の枚数)が整えば、相手が負けを認めなくても認定勝ちになるということ。ただし、勝ちを宣言しても、よく数えると条件に達していない場合は宣言した方が負けということ。だから秒読みの時は危険が伴う。駒台の上には駒があふれていたり敵陣と自陣にそれぞれ駒が相互に入っていたり・・

負けにされた方の話がわかってきたのだが、規定では駒数が足りなくても500手を超えれば持将棋成立で指し直しという付帯ルールがあるそうで、それを目指していたということ(実戦最長手数は420手のようだ)。別に根性が悪いというような問題ではないようだ。

しかし、アマチュアと違ってプロなのだから、たとえば二歩を打って、その後気が付かずに手が進んだとしても、プロは負けになるわけだ。相入玉でも棋譜を確認して第三者が条件に達しているかどうか判定してもいいように思える。

もそも入玉を禁止してしまえば、いいかもしれない。困るのは詰将棋作家ぐらいだろう。

さて、7月9日出題作の解答。








今週の問題。



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人類には早すぎた手

2022-07-16 00:00:36 | しょうぎ
いつもは観ないのだが将棋NHK杯の伊藤×西田戦の終盤を観ていた。最終盤で後手(伊藤)の4四馬に対し先手(西田)が5五角と合わせて、以下後手が勝ちになった。画面上に表示されるAIの形勢分析では、このあたりはでは後手勝勢だったのだが、4四馬の数秒後に形勢逆転となる。AIの示す先手の最善手は7七角、8八角、9九角。つまり角のただ捨て。



検討してみてもなかなか理解できないが、馬が7七に動くと自玉の詰めが消えるらしい。つまり秒読みの中の一瞬だけチャンスがあったことになる。彼なら見つけただろうか?


さて、7月2日出題作の解答。








今週の問題。



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将棋ペン倶楽部通信

2022-07-09 00:00:50 | しょうぎ
将棋ペンクラブの会員誌が届く。



少し前に編集日誌の中で、将棋通を超え将棋にのめりこんでいた作家「中島敦」についての原稿が届いている、との情報が書かれていて、掲載を待っているが、まだ検討が続いているのだろう。

私も作家には少し奇妙な感覚を持っていて調べようかと思っているのだが(何しろ、結婚した前後に現在のような読書環境でもないのに明治時代に発行された天野宗歩全集を読みふけっていた)、調べるポイントや資料の所在は絞っているのだが、すでに書かれた方がいるなら、それを見てからと思っている。


さて、6月25日出題作の解答。








今週の問題。ややこしいだけかもしれない。



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羽生世代とは意味の違う藤井世代

2022-07-02 00:00:38 | しょうぎ
よく羽生世代という呼び方があった。レジェンド羽生とほぼ同年齢の棋士を指し、渡辺明竜王が誕生するまではほとんどのタイトルを独占していた時代があった。

では、藤井世代は、というと羽生世代とは同類の意味としてはまだ形成されていない。むしろ、棋士ではなく藤井五冠の活躍に触発されて将棋を覚えたこどもたちの大群を藤井世代と呼びたくなる。コロナ下火になった今、小学生を対象とした将棋教室は子供たちであふれていて、さらに「ゼロから始める」といった底辺の底辺といったクラスもキャンセル待ち状態だ。

一方、中学の将棋部と言えば、部員確保に汲々としていて廃部の危機が迫っているわけだ。よく考えてみると29連勝の時は2017年。今から5年前だ。その時に小1で将棋教室に入った子はまだ小6で中学生になっていない。中学校の将棋部に陽が当たるのはあと1、2年先になる。

先日、棋聖戦1回戦で藤井棋聖が豊島挑戦者に負けかけていた時に、教えているある中学生に感想を聞いたところ、豊島贔屓のことを答えたので意外だったが、他の子も含め、「アンチ藤井」が結構多いわけだ。つまり中学生は「藤井登場前世代」で小学生は「藤井登場後世代」ということになる。


さて、6月18日出題作の解答。








今週の出題。



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詰将棋の世界(齋藤夏雄著)

2022-06-25 00:00:18 | しょうぎ
2021年に発刊された詰手筋解説書。手筋といっても「頭金」とか「送りの手筋」、「逃げ道に捨て駒」といった簡単なものは書かれていない。あくまでも「大技」のこと。



ブルータス手筋とか回収手筋とか高木手筋といったもの。新幹線でいえば、グリーン車のようなもの。

難しいと言えば、玉方の手順が含まれる手筋の方がさらに高等なのだろう。「回収手筋」とか。

「ブルータス手筋」というのがよくわからなかったのだが、駒の動きと関係ない命名だったわけだ。

無駄合については、やはり釈然としないことになった。


6月11日出題作の解答。








今週の問題。



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透明の棋士(北野新太著)

2022-06-18 00:00:09 | しょうぎ
将棋ライターの一人、北野新太氏の著作。本の発行は2015年だが、書かれている内容は2012年から2013年あたりが中心のように思える。今から約10年前。新聞等のメディアでは尺の長さとか、不文律的な「書かない事実」があるのだろうが、書籍という形で出版したくなったのだろうか。筆に伸びがある。


しかし、将棋界の10年前というのは、現在とはまったく違う世界だったことが今さらながらわかる。まず、棋士がコンピューターに負け始めた時期だった。まだ、人間が勝つこともあったわけだ。棋士は将棋を指し続けなければならないが、コンピューターは新型が出ると、用済みになり10年もすれば1万倍位強くなることは当時だってわかっているのに、なぜ無駄に戦ったのだろうという点は、この本を読んでもわからない。著者が企画したわけではないし。

里見女流名人がタイトル防衛した後、体調不良で休場を発表した時に羽生三冠がパーティに出向いて励ましたことや中村大地六段が鬼のように躍進してタイトルに手をかけていたことや、森内名人竜王が何かにつけ羽生三冠に気を遣っていたことなど、棋界の外にいる私でも「今や移ろいゆく夢の如し」といったことだろうか。

すべてが変わってしまった理由は、『鬼手連発棋士の登場』ということは、わかっているが。

神に近づこうと思っている人に対して「鬼手」はないか・・


さて、6月4日出題作の解答。








今週の問題。



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千日手の功罪

2022-06-11 00:00:57 | しょうぎ
藤井棋聖と永瀬挑戦者が争う棋聖戦第一局は、2度の千日手指し直しを経たのち永瀬挑戦者が1勝を挙げた。藤井五冠にも弱点があったわけだ。千日手2回の後の3局目の勝率はゼロパーセントということ。もっとも本当に藤井五冠が千日手の後が弱いということになれば、将棋連盟がルールを変えてしまうだろう。

古くは、攻めている方が手を変えるというルールの時もあったが、「攻める」というのが「攻めないと負けるので、無理に攻める場合」もあるので「攻めている方」というのが難しい。「千日手ループの最初の手」という決め方もあるだろうが、その一手が指される時にはまだ千日手かどうか不明という問題もある。

もっと大幅に千日手問題を解決するルールがある。

「千日手の場合、両者ともに負けとする」というもの。効果絶大と思う。


さて、6月27日出題作の解答。








実は5手目と7手目に手順前後が発生している。修正は6九香を6六に移動するもので、さらに初手の角も持駒にした方がいいだろう。

修正図。




今週の問題。



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