奇書:源氏物語 眠らない姫たち

2005-02-28 19:50:28 | 書評
5ed96e78.jpg藤原道長や源氏物語をマークしているのは、丸谷才一「輝く日の宮」の影響だが、あの長大ロマンを文庫本(王様文庫)1冊に凝縮し、現代流に心理解釈し、原文の優雅さとかゆったりとした展開に対する期待感とか、じわっと怖い亡霊とかを一網打尽に切り刻んでしまったのだが、既に原書には著作権はないので誰も文句はつけられない。

もちろん、既に何らかの源氏物語を読んで筋立てはわかっているが、あまりに長編なので忘れてしまったという人にはいいかもしれない。もちろん別の小説としてだが。まあ。簡単に言えば、光源氏というプリンスでありながらプレーボーイが次から次へと女性を口説き落として、そのさまざまな手口と、その手口が忘れられないまま、歳を重ねていき身の不幸を嘆く女性達の物語といえば、それまでなのかもしれない。

与謝野晶子の現代語訳を読んだのは、相当以前だったのだが(原文も五帖(5行ではない)くらいまでは読んだのだが)、こんなリアルな解説はなかったし、この本だけ読んではちょっとあぶない。女性の立場で読みすぎているのだろうか。由良論による登場人物観はたとえば、「妄想の世界でしか本当の自分になれない・六条の御息所」「他人を傷つける恋こそ溺れる恋・朧月夜」「結局女は男より血を選ぶ・藤壺」「男が愛しいと思うのは、はかなさと娼婦が同居した女・夕顔」「偽りの天真爛漫・紫の上」とか。

光源氏は由良弥生によれば完全な「連続レイプ魔」で懲役80年が妥当なのかもしれないが、源氏物語が一応時代を超越してきたのには、この物語の背景画像である、華やかな王朝文化とそれを超越する物の怪とか病気といった超越的な恐怖の力のバランスがそれぞれの帖で異なっている点だ。あくまでも重く暗く隠微に展開する「藤壺」はまさにシェークスピアのリア王やギリシア悲劇と共通的だ。「末摘花」は喜劇だ。

ところで、丸谷才一氏が自らの小説を使って推論したのは、藤原道長と紫式部の関係は、当時、高価で彼女が入手に苦労していた紙をプレゼントしてくれるパトロンとしてで、その見返りとして、書こうとしている粗筋を道長に相談し、意見をもらっていたということだそうだ。そして、公文書などの書き損じなどを裏紙利用するために、持ち帰ってプレゼントしていたそうだ(あくまで推定)。まるでISO14001番の取得企業のような話だ。

丸谷氏の小説に登場する女性国文学者は、こうした関係をもって、道長は紫式部と「寝ていた」と語っていたのだが、私もそんな気がする。佐倉市の民俗博物館にある王朝時代の女性達の御簾の模型を見たのだが、四畳程度の矩形の中はほとんどダブルベッド仕立である。そして源氏物語で描写される細かな記述を二人で読み合わせたりするには、その中で行うしかないように思うからだ。二人の年齢差は4歳から7歳程度、道長が年上。ただし道長も紫式部も若いうちは活躍していなかったため道長30過ぎから10年ほどの交際ではなかったかと推定される。

一方、道長は和泉式部のパトロンでもあったのだが、こちらは紫式部より数歳年下で、和歌と日記の腕前は紫式部より上で、こちらこそ、登場人物ではなく本人自体が、あれこれと不倫交際を続け、日記に書いていたのが、後世ばれてしまっている。いまだに「不倫ブログ」を見たことはないが、この女性が元祖だ。こちらこそ、絶対に道長を食っていたと思える。

ブログの話しついでに、「藤原道長日記」と言われるものだが、これも奇妙な代物で、もともと宮廷の公式スケジュール表の紙のスキマの部分に、彼がメモを書き込んだものだ(これもどこかの博物館で確認)。だから訪問客の名前の脇に、もらった贈り物のことが書かれていたりということだ。そして彼も毎日書きこむのを日課としながら、時にしばらく抜けていたり、まとめて数日分を書いている。こういう人間の行動は1000年後のブロガーにも共通普遍だ。

全然、まとまらないブログになったきたのでオチに苦労するが、沖縄サミットを記念して小渕首相が発行した2000円札がある。ただ一つ人物像がついていない紙幣だ。源氏物語絵巻からの収録図画なのだが、あのシーンは桐壺帝の后妃、藤壺が桐壺帝の腹違いの息子である光源氏と密会をする場面なのである。密会は二回にわたり、二回目には御簾の中に潜り込んでしまい、その時にうまい具合にこどもができてしまう。当時の日銀関係者の中には、この場面は、具合が悪いんじゃないかという意見があったらしいが、気付くのが遅すぎ、そのまま内緒で印刷することになったらしい。

しかし、この二千円札、あまりに不人気で偽札もあらわれない。源氏物語ファンの中には、藤壺派や夕顔派や朧月夜派とかさまざまな支持グループもいることだし、光源氏や朱雀帝や桐壺帝といった男性たちと多数の女性達を総動員して王朝相関図のような一覧表にデザインを一新したらどうだろう。
最近よく見かけるのは「堤家の家系図」なのだが。
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決めの甘い試合

2005-02-27 19:54:50 | 企業抗争
初心者同士が将棋を指すと、なかなか終わらない。はたで見ていると、こうやって、ああやって、と思っても、お互いに決め手をだせないでズルズルと王様が相手陣まで逃げ込み、盤上に裏返しの駒だらけになって、見物客もいなくなる。(専門的には「入玉/にゅうぎょく」と言って江戸時代に、こんな川柳がある。いりおうに見物客もいなくなり。って)

ニッポン放送争奪戦を、単に見物的に考えると、最初に立会い外取引で35%を取得したライブドアが勝利宣言(詰んだ王様と表現)。これが早すぎたわけだ。次にフジ側が25%取得後の上場廃止という奇策を発表。25%超になったと発表(この部分の真偽はよくわかっていない)。25が30%超になった段階でフジの目論見は成功したので、これで終わりにすればよかったのだが、さらに50%以上の株主を目指し、新株予約権を発行するという「かなり疑わしい手」を使ったため、また混沌としてしまった。最後の一手は、ニッポン放送に溜め込んだグループの資産を保全するためなのだろうが、もともとニッポン放送自体が上場会社であるのだから、かなり怪しい一手だ。

サッカーで言えば、最初の1点はライブドア、そのあとフジが1点とって1-1のドローになったところで、フジが2点目をとるために、選手を11人から22人に増やしたようなものだ。

振り返ると、投資家が無視されていることに気付く
場外の時間外取引・・・一般投資家にはもともと不利な制度だが、機関投資家や子会社株売却などで使われる。(先日、富士通がファナック株の売却をしていた)
上場廃止策・・・これも一般投資家には恐怖の一手。
特定先への新株予約権・・・これも一般投資家には恐怖の一手。

私の勝手な推測だが、ライブドアも51%取得後に、この新株予約権を使おうとしていたのではないだろうか?先に使われたのか?

前にも書いたが、日本のマスコミは非上場の新聞親会社が上場のテレビ会社を子会社にして、利益を親会社に溜め込むという構造になっている。最近、建て直された各局のビルを見ると違和感はある。ニッポン放送だって、1年前のバランスシートでは、自己資本1734億円(自己資本比率76%で現金587億円)で経常利益85億円と言われれば、「なぜ?」と思わざるを得ない。

しかし、裁判所もたいへんだろうなと思うのは、経済事件を何でも裁判所に持っていくし、その反面、法律が整備されていない部分の審判をしなければならないし、だからといってアメリカの裁判事例を持ち出すわけにもいかないだろうし、また、やすやすと防衛側の肩を持つと、シェア30%にも上る外人投資家が日本から資金を引き上げ、株価は大暴落しそうだ、とか考えると、責任回避の判決を探すしかないかもしれない。

また、かなり抜け落ちているのは、フジテレビの娯楽性とサンケイ新聞の「正論」性への影響だが、はっきりいって、どうでもいいとしか思えない。マスメディアといっても、要は記者やプロデューサーやタレントが作るものであって、チャンネルがなくなろうと、ディジタル化してもしなくても、どうせ5年後位には世界中のテレビがネット上で見れるのだろうし、案外ブログの延長で個人営業のテレビだって現れるかもしれない。

日本の企業は3ナイ主義と批判されている。「雇用しない」「投資しない」「株主優遇しない」だ。今回の騒動は、この「株主優遇しない」が問題なのだが、かといってフジサンケイも非上場になるとしたら、それも問題としかいえないのだが、それはマスメディア他社も同病なので、まったく変な話だ。テレビで儲けたカネでビルを建てたり、非上場の親会社に貢いだりしないで、良質な番組制作に再投資するか、CM料を値下して、消費者物価の引き下げに貢献することが必要なのだろう。
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原油価格が上がっても・・

2005-02-26 19:55:47 | MBAの意見
5ca3788f.jpg原油価格は昨年末高騰したあと、少し下落したが、今週はまた高値圏だ。WTI(ニューヨークの原油指標)で45ドル/バレルから50ドルの間から下がりそうもない。また重質の中東原油指標であるドバイ原油も40ドルを超えた。それらの動きにはさまざまな要素があるのだろうが、ちょっとミクロレベルのガソリン価格の話をしてみたい。以前、関わっていたことがあるし・・・。

2月末の店頭価格は、ピークであった12月上旬に対して5円/リッターくらい下落しているようだ(石油情報センターによる)。この5円/リッターというのは、原油価格では7.5ドル/バレル位に相当し、原油はそれほど下がっていないことから、石油会社のマージンが圧縮されてきたことがわかる。ただし、3月は値上がりしそうな雰囲気も漂うので、今週末は満タンにした方がいいかもしれない(自己責任だが)。

このガソリンの値段が不安定な理由なのだが、「価格弾力性」という理論を持ち出すとわかりやすい。この価格弾力性というのは、たとえば価格が1%値上がり(あるいは値下がり)した時に、ユーザーの消費量が変化する率を示す単位である。普通は1%値上がりすると1%需要が減るというくらいで、これを弾力性1という。300円の牛丼を330円に値上げして売上数が1割減ると弾力性1であり、売上高はほぼ変わらない。ところが、ガソリンの場合はかなり違うわけだ。実例とか石油連盟のアンケートとかで判っているのだが、ガソリンスタンド店頭での弾力性は、ほぼ「10」もある。ガソリンの値段はほぼ100円くらいなので、1円=1%として話をすると、110円のガソリンを108円に2円下げると、客数が2割増え、112円に値上げすると2割減る。当然ながら、値下をした方が売上高が増えることになる。直接的には、これが値崩れし易い原理なのである。

この背景となるのは、ガソリンという工業規格品がどこで買っても同じという無差別化性が一つの要因である。もう一つはガソリンスタンドの飽和状況がある。元々全国で60,000軒ほどあったものが50,000軒に近づいているが、セルフ化による大型スタンドの出現により40,000軒程度まで縮小するものと考えられるが、それでも今と同じような飽和感だろう。(これも石油連盟のアンケートによると約1/2のドライバーがセルフスタンド派で残り1/2がフルサービス派とのことである。さらにセルフスタンドの販売量はフルサービスの約3倍程度とのことであり、結局60,000軒が40,000軒になると均衡するはずだ。さらにもっと先には少子化の影響が待っているが、それはどの業種も同じだ。)

しかし、ミクロ段階では、弾力性がきわめて高いのだが、マクロ的に言うと価格と数量はまったく無関係である。いくら高くなっても、逆にいくら安くなっても需要の変化を感じることはできない(米国では、あまりに無駄遣いをしているので、ガソリン価格上昇は、買物の回数を減らしたり、ガソリン以外の低所得者層の需要を圧迫するというようなことになっている)。日本では、あまり無駄にクルマを動かす人はいないということを示しているわけだ。この面からいうと、環境税を導入することで、何かが変わるとか思わない方がいいのかもしれない。

一方、ユーザー側の弾力性理論はいいのだが、スタンド運営業者のミクロ理論はどうなるかと言うと、売上高イコール利益ではなく、売上げの約10%、つまり10円/リッター程度がマージンなのである(牛丼店の粗利は60%。定価の決まっている書店でも15%くらいだからスタンド事業は荒廃している)。したがって価格が2円下がって売上が20%伸びても、利益が10円から8円に20%減ってしまい、何をやっているのかわからなくなる。というのはガソリンだけの話であって、実はガソリンだけでは収支が完結しないのが今のスタンド経営なのであり、洗車を中心とした、その他の収益が利益の源泉になっている。そう考えると、問題は「来店客数」ということになるわけだ。となれば基本戦略は「値下」になりがちになる。

古くから、スタンドの3原則というのがあって、「立地、ハード、価格」というわけだ。さらに追加の3原則として「サービス、営業時間、販促活動」というのがあるのだが、実はこの6種類の要素の中で、今、「直ちに実行」できるものは「値下げ」だけなのである。

ところで日本では円/リッターというのが、価格の単位であるが、米国ではセント/ガロンという単位で販売されている。このガロンというのは3.8リッター位である。こういう大雑把な単位を使うことからして、米国での省エネは難しいと思える。  
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日産新COOが象徴するものは、

2005-02-25 19:57:09 | MBAの意見
カルロス・ゴーンCEOがルノーのCEOを兼任するために、日産には日本人COOを置くだろうとは大方の見方であったが、早々と51歳の志賀氏が内定した。有名大学出身でないのもゴーン流だろう。異例の若さ、という頓珍漢な記事を書いた記者は、彼がゴーン氏より1歳年上であるということを見逃している。世俗的な下馬評では、今回、退任する副社長のM氏(60才)か志賀氏だろうと言われていたのだが、やはり、ゴーンは年の差の少ない志賀氏を選んだ。

日産は、執行役員制なので、22人の執行役員の年齢は有価証券報告書ではわからないが、この60才のM氏と51歳の志賀氏の間の世代が、おおむね「団塊の世代」と考えて間違いない。そして、この団塊の世代が執行役員には多かったはずなのだが、今回の日産の人事の発表をいくら見ても、その団塊世代がどうなって、新しい執行役員にはどういう世代がなるのか、見えない点が不安だ。以前、聞いていた話だと、志賀COOになった場合は、団塊世代は全部いなくなる、ということだったのだが、その上の世代である63才の小枝副社長は留任のようであり、いささかわかりずらい。もう少し情報をみていきたい。とかく日本の年寄りはビジネスのセンスに欠けるから。

団塊世代の方々からすれば、「我々にもチャンスが欲しい」ということなのだろうが、実際はこの団塊世代、あまり頼りにならないようだ。なにしろ周囲を押し分けて生き残るサバイバル術には長けていても外部に対して想像力や構造力といった部分は希薄であり、ちょっと今世紀的ではない。

実は、最近よく言われる2007年ショックというのがある。団塊世代が60才になって退職し始めることになるのだが、年金受給はまだで、給与がなく退職金だけが頼りということになる。ゴールデン60’Sどころではないようだ。よくて、”退職金カー”という評判のマークXとかFUGA位は買えるかもしれないが、60歳までに家を持っていなかったり、ローン残高があれば、悲惨だ。住宅が無くなれば、100万世帯を超えた住宅保護世帯の仲間入りか、ホームレスになるしかない。

優遇された大企業の退職金の一般的例は勤続年数×最終月収程度と言われる。およそ3000万円程度なのかな。もしもローン残高が2000万円あれば、残りは1000万円。クルマも買えない。そして、細かく言うと、最初のベビーブーマーは1946年夏に生まれ始めたということなのだから、2006年の夏に問題が始まることになる。あと1年と数ヶ月だ。

こう考えると、日本の少子化が問題だと言って、急激にこどもを増やそうとすると、60年後にはまた問題が起きるからやっかいだ。まあ、団塊世代、あるいは団塊ジュニア世代の方には申し訳ないが、肩身を狭くではないが「肩幅を狭くして、譲り合いの精神で小さくなっていてくれ」ということかな。
しかし、こうして住宅保護世帯が増えてきて、一方で年金受給額が減っていくと、問題がでてくるのは、年金受給額が生活保護費と同額になってしまうと、「年金制度は完全に崩壊した」ことになることだ。
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「弄ぶ」って読めるっポ

2005-02-24 19:57:57 | 書評
be0cfa09.jpg「ポ現文新」てわかるだろうか?そう10秒くらい考えるとわかるはず。週刊誌だ。週刊ポスト、週刊現代、週刊文春、週刊新潮。実は他にも週刊大衆とか週刊朝日、サンデー毎日とか色々あるが、パワフルさ、スクープ力からいうと、「ポ現文新」の方が上だろう。

しかし、最近全然ダメのような話だ。ダメの理由は色々ありそうだが、結論を急がずにぼちぼち考えている。そして、その中の一つ週刊ポスト3月4日号には、いろいろな記事が掲載されている。話題性のある堀江社長とみのもんた、松坂慶子のSMとか、NHK批判に長嶋茂雄に吉永小百合に役人の年金といった定番のオジサマ記事が散りばめられている中に、一場投手(まだ1球も投げていないので投手という表現が正しいかどうか不明だが・・・)の女性問題が登場。

ご存知のように、彼は3球団から栄養費をもらっていることが発覚し、謹慎中に「でき婚」の原因となる行為を行っていたわけだ。そして、奥さんとこどもを得ることになり、5人の老人を球界から追い出した。

しかし、ポスト誌によれば、今度の美形の奥様のカゲには別の女性がいたと書かれている。二又か・・・そして子供が出来た方に傾いた。まるで源氏物語の光源氏のようだ。二又がいいのはフォークボールを投げる時の指だけだろう。しかし、事実はよくわからないし、別れたと、捨てられたは紙一重だし、魚心水心の関係は難しい。打算はつきものだろう。本当の問題は、彼の行動の中に、法的に違法行為があったかどうかだろう。違法行為がなければ、このままこの話題は消滅かな。まさか、交際が破局するたびに慰謝料を払う人間はいないだろう。

しかし、ポストらしいと感じたのは、この表現。

「私の体を弄んだ 楽天・一場投手」って。この「弄ぶ」は「もてあそぶ」と読むのだが、読めるだろうか?そして書けるだろうか?この字が書けたら大したものだ。週刊ポスト編集部でアルバイトができるだろう。イメージだけで書こうとすると、「奔」とか「芋」とかになってしまう。ちなみに「奔る」は「はしる」だし、「芋」は「いも」だから、「奔ぶ」と書くと「はしぶ」だし「芋ぶ」では「いもぶ」になってしまう。

で、この「もてあそぶ」という、強烈な表現を奇書の一つである三省堂の新明解国語辞典の第六版(この辞書の重版による陳腐化もそのうち書く予定)で調べると、驚くことに4つも意味がある。
1.手に持って遊ぶ。例:ライターを-。(語源か?)
2.心を慰めるものとして、興じる。例:月花を-。
3.自分の目的を満たすことだけを目的としてそのことにかかわる。例:女(政治)を-。
4.「弄(ロウ)する」の和語的表現。例:策略を-。
これを見ると、1から4に向って、段々とdeepになっていくことがわかる。そしてポストが言いたい「私を弄ぶ」というのは、第3段階の意味なのだろう。逆に一場は第2段階のつもりだったのだろうか?しかし、弊ブログ12月25日号で心配したとうりなので笑ってしまう。

ところで書きながら気付いたのだが、
一場投手
二又交際
三又栄養費
と漢数字が1から3までそろったではないか。麻雀だと一萬と三萬の間に二萬が来たようなものだ。今後さらに何か大きな役ができあがるのだろうか。四又認知とか飲み屋で暴れて5人に暴行とかサラ金6社から借金の山とか7球団放浪とか・・・野球らしく九萬まで集めたらどうだろうね。ただし麻雀と違うのは、危険な牌でも捨ててしまって忘れてしまうことができないことだろう。マスコミはしつこい(どこまでもつきまとう様子。または、味が濃すぎていつまでもあとに残る様子)からね。
くれぐれも9連続ノックアウトはまずいだろう。
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二つのシェア105%

2005-02-23 19:59:12 | 企業抗争
二つのシェア105%の話を書いてみる。100以上の数字であるにはどちらも理由がある。

その一、ニッポン放送。堀江氏とフジ側がそれぞれ株をかき集めている。かたや堀江氏は51%の取得をめざし、ニッポン放送の役員入れ替えによる子会社化、そして、フジテレビの支配的株主になることである。一方、フジ側は25%を取得し、ニッポン放送によるフジへの議決権を帳消しにするとともに、流動株自体を減少させ、上場廃止を狙うという奇策である。現在、堀江氏(ライブドア社およびライブドア・パートナーズ社)側は既に40%超で51%は確実と言うし、フジ側も25%は確実だと言う。

そしてその両者だけではなく、まず、いわゆる「村上ファンド」があり、18.57%を所有しているはずだ。(既にどちらかに売却していなければであるが、それは3月15日か4月15日まではわからない。)さらに、実は「サウス・イースタン社」という米系の投資ファンドも存在する。こちらは10.62%だ。(数字を見ると、ライブドアが登場しなくても、TOBの可能性があったことがわかる。)しかし、この4社を合計すると51+25+18.57+10.62=105.19%ということになる。

考えられる可能性は、どちらかが(あるいは両陣営とも)目標未達となるか、二つの投資ファンドのうちいずれか、あるいは両者はすでに売却済というこということなのだろう。まったく「潜水艦戦争」だ。


次に二つ目の105%はパソコンシェアの件。こちらは、正確に105%ということではなく、100を少し超えていると豪語している人の話である。豪語しているのは、マイケル・デル氏である。DELLのオーナーだ。彼が言うには、デルのパソコンでの世界利益シェアは、100%を超えているというのである。もちろん、総合電機メーカーはパソコン事業だけの利益を公開しているわけではないので、あくまでも推定の話だ。100を超えるというのは、デル以外の他社の多くは赤字だからだということを言いたいわけだ。

台数シェアは概ねこういう数字だ。デル18%、HPコンパック16%、IBM6%、富士通4%、東芝3%。エイサー3%、NEC3%、連想、ゲートウェイ、アップル各2%というところだ。デルが言うには、赤字でも生産、販売を続けている会社というのは、おそらく、アメリカと日本の会社のことだろう。そしてその中でも最大の問題はHPQである。ついこの前もCEOに君臨していたフィオリーナCEOの更迭が決まって、株価がちょっとだけ戻った。しかし既にHPQの株価の価値は、PC事業にはなく、プリンター部門だけらしい(堀古英司の「ウォール街から」)。深刻だ。結局2002年に行った、シェアの大きなコンパックの買収が、単に赤字会社の取り込みという最悪の結果となったことを示している。市場はフィオリーナの退職とともに、パソコン事業の分割を希望しているようだが、もはや困難という説もある。フィオリーナの退職金22億円が話題になっているが、以前、私が勤めていた会社ではCEOに対してフィオリーナの2/3ほど払っていたので、全然驚かない。もっと前の日本企業では、一度社長を経験すると、死ぬまでなんらか名目の給与が払われていたはずだ。

実はDELLの製品価格を、日米比較していたら面白いことがわかってきた。デスクトップではベーシックモデルに乗せるHDやメモリーなどの構成が異なり、比較できないのでノートパソコン(Inspiron)で見ると、一番安いInspiron1150は税抜きで日本が114、000円に対し米国では729ドル(105円/Dで76,545円)。上位機種のInspiron9200では、日本は161,714円、米国では138,494円である。送料無料らしい。

ただし、だからといって米国から取り寄せると、一つ問題がある。それはWINDOWS XPが日本語版でないことだ。

そして、日本でもDELLはシェアを伸ばし、2004年度は11%でNEC、富士通についで3位。しかし、デルが日本で抱える今後の最大の問題は、逆にその一番の強みである無在庫販売なのかもしれない。なにしろ日本(特に人口密集地)では、あちこちに、ヤマダ電機やコジマなどの量販店があるのだが、そこにいけば直ちに欲しい商品を手に入れることができ、クルマで持って帰れば、その日のうちに最初のブログをアップすることが可能なのだが、デルに発注するとそうはならない。(確か香港の)組み立て工場へ発注され、自宅に宅配便で届くのは10-14日後になるのである。
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小さな差か?

2005-02-22 19:59:51 | 市民A
20日ほど前に、出張先でわずかなスキマ時間があり、ビジネスホテルでテレビを見ていた。何しろちょっとした打ち合わせと宴会という困ったスケジュールだったので、宴会時間待ちの夕方の1時間である。地方へ行くと、関東とチャンネルが異なるのでいい加減にチャンネルを換えていると国会中継を流していた。予算委員会。たぶんNHKなのだろう。(ホテルの場合、規定だと受信料は全部屋分を徴収しなければならないのだが、あくまでも推定ではあるが、「とりあえず、O室分だけ」というようなことが多いらしい。もちろん、そのホテルについては証拠がないのでよくわからない。(NHKの話はこれで終わり)

さて、途中から見て、途中で終わったので、ただの感想なのだが、日本共産党の志位委員長が代表質問をして、小泉首相はじめとする、各閣僚が答弁するという形式だった。(始めに明らかにしておくと、私はいわゆる「支持政党流動層」であり、選挙の都度、考えるタイプである)

論戦を聞いていて、何か奇妙なめまいを感じたのは、志位氏の質問と、小泉・竹中両氏をはじめとする内閣側の答弁は、かなり同じことの裏返しというか、トンネルの両端のような展開をなしていて、話がぴったり合うわけだ。民主党とは対決的になるのに、どうして日本共産党とはこううまく対話ができるのだろうか。

一つの理由は、もちろん民主党の場合は、政権を狙いうる場所にいて、政府の失言の一つでもあれば、ただちに反撃されると言う、「緊張関係」にあるということなのだろう。日本共産党にはそこまでのチャンスはない。

論争は、結構高尚な話題で、志位氏が「小泉改革のせいで労働分配率が下がった。」と言う点に対して、竹中氏は「今は下がっているが、波動性があって、高すぎたものの調整時期にあり、失業対策は重要」とか「無駄な公共事業はやめてほしい」といったことに対して、「公共事業は減らしているが、不満な人もいて・・」とか要するにどちらも大企業の景気をよくして、中小企業へ還元していく過程で出る失業等の社会のゆがみを補正し、国家財政を健全化するために公共事業を圧縮し・・・というように、論戦風にならない。

少しひっかかっていたのだが、最近、米国大統領選あたりのことと比較して考えると、「日本の政党は主張の差が少ない」のではないかと思い始めたのである。日米の政党をザックリと較べてしまうと、米国民主党の政策により近いのは、日本共産党ではないかな。若干の保護主義。そして自民党は共和党よりも少し左より(米国民主党寄り)で、ほとんど同じような場所に、日本の民主党とか公明党や社民党がいるように思う。つまりアメリカの2大政党よりももっと狭い距離の中にすべての政党がいるのではないかな。早い話が政策だけ聞いて政党を言い当てる自信は「当の党首にも」ないのではないかな。

米国では、前回の大統領選挙で、「二つのアメリカ」の危機が深刻化している。「ブッシュの顔をメディアで見ただけで塞ぎこんでしまう」という精神病まで現れているようだ。国の両サイドの海岸が民主党支持で、中央部分が共和党支持。(カリフォルニア州知事が共和党なのには違和感があるが、シュワちゃんの主張は民主党と同じなので、民主党候補がもっと左よりのリベラルな主張をしなければならないために、楽勝になるそうだ)ホテルのケーブルテレビも、民主党寄りのCNNが見られるホテルと共和党寄りのFOXテレビが見えるホテルとわかれていて、予約する時には、確認しなければならない、とか聞くと、うなってしまう。

一方、日本には国内的な政治対決が起きそうもないのは、「民主主義の未熟」によるものなのか、「来るべき国益侵害の恐れに対する国民の団結の知恵」によるものかははっきりしないのだ。


ところで、論戦はともかく、テレビ中継を見ていて始終気になったのは、当日、出番がなく退屈していた経済産業大臣の中川昭一氏が、政府側最前列の椅子に座っていながら、靴を脱いで、黒っぽい靴下で足を左右にブラブラさせていたのは、みっともないとしか言えないのだが、大臣執務室では絶対にサンダル履きなのだろう。そして、私が宴会場に向かうのと同時に、彼もどこかの料亭の畳部屋に向かったのだろうか。それとも密かに水虫とかと戦っているのだろうか。総理大臣になるには、まだ若干の時間的余裕はあるのだろうから、上を狙っているのなら、早めに完治していてもらいたいものである。
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ブロガーと会った夜の雪

2005-02-21 20:02:51 | 市民A
ece28367.jpgブロガー中原透さまと赤坂某所のスナックで懇親。といっても、両者ともその活動の一環の「将棋」というキーで、私が今度設立した、将棋連盟の支部の例会へ顔を出されたという次第。実は、ブログイメージとリアルイメージは90%くらい一致していた。よく、全然違うという経験もあちこちで紹介されているのを読んでいたのだがどうなのだろう。案外、私の方がイメージの差があるのかもしれない。
将棋の方は、どっちかというと私と同じ終盤タイプであるようで、コロコロ負かされた。飲みすぎかな?今月立ち上げたばかりの支部なので、これからどこへ行くことやら・・・(正式には、まだ日本将棋連盟から認可されていないので、認可されたら、いろいろと動き始めることにするつもり)

帰りの郊外の駅で、タクシー待ちの列に並んでいると雪がさっと降ってきた。下からフラッシュで写してみた。

そして、翌日、必死に、確定申告書を書き始める。医療費控除と複数口の収入と費用と株の売買益を書くだけなのだが、それにしても面倒だ。医療費は久しぶりに10万円を超えるので、100枚弱の領収書を分類して電卓で足し算。そのうち、インフルエンザの予防接種は控除対象でないことがわかる。かかってからの治療費ならOKなのに・・変だ。それと、株の利益の7%の国税分(3%の地方分はよくわからないが)と給与収入にかかわる所得税の合算額に対して20%が定率減税になっていた。定率減税は給与収入分だけかと思っていたのは勘違いだった。それにしても、申告書ってわざと難しくなっているとしか思えないね。源泉徴収表だって、色々の金額が書いてあるが、その数字の関係式がないために解読に苦労するし、解読ができないとB表の方を書く場合に困ることになる。

最後に国税庁のHPに入力して、印刷したら、手書きの下書きと同じ答えがでてきた。頃合を見計らって税務署へいけるように準備は終わった。しかし、こんな大苦心をしてまで、株のもうけを申告する人って本当にいるのだろうか?あまり聞かないのだけれど、NHKの受信料のように公平に取り締まらないことがわかったら、許さないぞ!!
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1 ShotLog-12 MMC

2005-02-20 20:03:59 | PHOTO
efe95e6e.jpg三菱自動車の某工場の写真である。北欧の自動車会社が工場を買い取ろうとして送り込んだ産業スパイから成田空港で奪い取った写真である。というのはまったくウソで、少し前に仕事で宿泊したホテルから日の出前に撮影した真っ黒な写真を、補正して得られた画像である。

自動車工場にはふさわしくないような、まわりが重化学工業のコンビナートだ。三菱自動車の他にも、三菱化学、旧三菱石油(現新日本石油に併合)と三菱系企業が多い。調べると、三菱自動車は1943年にここで飛行機を作っていた。他の会社は1960年代に進出している。

しかし、三菱系って集まるのが好きだ。ここには三菱病院もある。そして三菱系企業だけが利用できる、「三菱会館」というのがあるらしいが、私には全く関係がない。
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キャパ・イン・カラー写真展に

2005-02-19 20:05:12 | 美術館・博物館・工芸品
cc2d60a7.jpg愛読ブログ(専門的で難しくわからないことも多いので、観るだけというべきか?)THE EYE FORGETの中で写真家、横木安良夫氏が何度も何度も予告されていたキャパ・イン・カラー写真展に行く。

ちょっと横道にそれるが、新潮社の雑誌「Foresight2月号」の読者サービスに、この写真展の招待券が当たる募集があったので応募したら、当選。いずれにしても行くつもりだったのだから、結構うれしい。本当はそろそろ新潮社の悪口を書こうとも思っていたのだが、感謝の意を表して批判は先送りにする。

会場は日本橋三越新館。出張帰りの夕方の東京駅から駆けつける。例のすべて高級感といった改装をしたと言われる三越新館ということで、ちょっとぶるってしまう。出張帰りでちょっとスーツも乱れているし・・・というのは杞憂だった。そんなにすごくもない。ソウルのロッテデパート本店10階のデューティーフリーショップと同じぐらいだ(気を悪くした関係者がいたらゴメン)。そして7階の会場は結構込んでいる。

年譜を読んでいたら、キャパは1954年に死亡となっている。死後50年で著作権が消滅するというルールとこの写真展が関係があるのかなと思ったりするが、真実はわからない。作品の話の前にキャパが戦場で着ていた上着が展示されていた。私より上半身は小さい感じだと思うが、たぶん足の長さは20センチくらい長いのかもしれない。本名はアンドレ・フリードマン。なかなかいい名前だ。1913年ブタペスト生まれ。芸術家の常として20歳頃に恋人を亡くし、アメリカに渡り37年にLIFEの専属になり、この頃、イングリッド・バーグマンと2年間の情事にふけるそうだ(こんな話は全く知らなかった)。そして生涯約3000万枚の写真を写して、1954年、日本に寄った後、ベトナムの戦場で5月25日に地雷を踏んで亡くなる。41歳。亡くなる直前に写した、モノクロとカラーの2枚のフィルムが残ったことからも彼は2種類のフィルムを同時に使っていたことがわかる。

キャパの戦争写真はいくつもの代表作を生んでいるのだが、有名な写真はモノクロだ。このあたりの解釈は、私が勝手に考えているものと横木氏が考えているものとだいぶ異なっている。私の解釈は2つである。一つは、カラーは一流だが、モノクロは超一流ということ。カラー作品は結構豪華にあれもこれもと一枚にイメージを詰め込んでいる。「人間を写す」というより「世界を写す」というように感じる。主題を強烈に絞って表現しているのはモノクロの方だ。

もう一つは、カラー写真をじっくり見たのだが、色付きの世界は、戦争をリアルに表現し過ぎるわけだ。例えば、艦隊の船舶なども、錆だらけだったり、へこんでいたりとボロボロの設備がリアルだし、戦闘機も同様でつぎはぎだらけに修理されているのが生々しいのだが、背景に拡がる海や大地はそれ自体が美しい風景である。戦争ってそんなもので、海戦で1万人が死んだって、数日経てば美しい海しか見えなくなる。過日の津波でのCNN報道をみていると同じように感じた。結局、カラーだと「感じるより考える」ということになってしまうかもしれない。「戦争なんてたいしたこともない」という別の気持ちが生まれてしまうのかもしれない。

ところで、キャパのカラーはコダクロームによる。つやつやとした光沢が売りだ。今度の写真展はディジタルでプリントしているようだが、空の色が美しい。海の色は今ひとつ粒が粗いように感じたが、気のせいかもしれない。コダクロームというポールサイモンの曲があって、メロディはきちんと覚えているのだが、探して見ると「PAUL SIMON:GREATEST HITS」というベスト版の15番目になっていて聞いて懐かしがってみたが、よく見るとジャケットのKODACHROMEと言う単語の後に、丸の中にRと書かれたマークがついている。何のマークだったか思い出せないが、商標のようなものを意味するのだろう。

ベトナムで地雷を踏んで亡くなる直前にカメラ毎日の仕事で日本にいて、1954年の日本の風物を写した作品が、多く展示されているが、そのあとベトナムへ行ってしまうのだが、キャパの目から日本とベトナムとをどのように見たのだろうか。たぶん、日本のことは「軟弱」と見えたのだろうと想像する。
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OH! TERRIBLE

2005-02-18 20:10:02 | 市民A
4fcfd2fb.jpg仕事で東京駅発の東関東自動車道を北上するバスに乗る。長距離(でもないが)バスに乗ると、ずっと同じ方向に走るため、日向席と日陰席とわかれてしまう。スペインの闘牛場のようだ。闘牛はいくつかの例外を除き、スペインの暑い夏に行われるから日向席より日陰席の方が入場料は高い。無論、流血の中に泡を吹きながら倒れていく、かわいそうな牛さんを見ながら、貧血を起こして気絶したい女性の方には日向席の方が効果がある。しかし、日本のバスは日向席も日陰席も同料金であるし、季節によって人気席が変わるため、スポット利用者がすいている席に座ると、必ず「はずれ」になる。そして、北側の席にすわるとはずれだった。寒い。

そして、徐々にせまりくるXデー”花粉の大飛散開始日”を恐れている花粉症歴数十年の無力で善良な市民が車窓から見たものは、・・・

花粉の重さで枝がゆさゆさと揺れて、すでに根元がこぼれ落ちた花粉でそまった、まっ黄色なスギの林なのである。”OH! TERRIBLE”

細かな話だが、いつもの年なら目のかゆみとくしゃみが同時にやってくるのだが、周囲の患者同盟に聞いても、「鼻詰まり」が起きているとのこと。何か違う。私も若干の鼻詰まり感だが・・・

ところで、今年は大量の飛散量ということで、記録を見ると、1995年、2001年が大量飛散の年であったようだ。4年ぶりの大量飛散。夏の猛暑が主因だ。しかし、この何年かに一度の大飛散ではっきりするものがある。それは数ある民間療法の中で、効果があるのかないのかわからないものが一掃されることだ。私は自家製ヨーグルトに頼っているのだが・・・もちろん予防薬も飲んでいるが、これまた、使用した場合としない場合の差を実証することはできないので、効果はよくわからない。

そして、ひそかに期待しているのが、大都市で今年から適用になったディーゼル車の排気ガス規制の強化の効果だ。排気ガス中の微粒子が空中でスギ花粉の表面に傷をつけ、花粉の中から毒素がしみだすことが多いそうだ。排気ガス中の微粒子が減少すると、花粉には傷がつかないはずだ。これで効果があるとするなら、ディーゼル車メーカーの技術開発の遅れによって花粉症患者が苦しんでいたことになる。

去年、立体マスクも使ってみたが、息苦しいし、救急箱の隅にSARS騒動の時に大量に買い込んだマスクが数多く不良在庫化しているので、そちらから使うことにする。会計学的に言うと、「先入れ先出し方式」だ。

しかし、この車窓から見える黄色のスギの木をみると、今年の悲惨な運命が予測されるわけだ。小泉首相も同病で閣議でも話題になっているようだが、郵政民営化よりもずっと難しそうだ。

そして、ただ一つ確実なのは、2001年以来の大量患者の殺到が予測される耳鼻科医の、90%の金額が経費で落とせる愛車のベンツが、新型に交換になることだ(90%といっても購入価額と中古査定価額の差に適用になるだけだが)。ただし、さっき述べた排気ガス清浄化の効果が絶大だった場合は、残念ながら納車キャンセルが相次ぐことになるのだろうが。
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食間のコトバの間に見えるもの

2005-02-17 20:11:22 | 市民A
5cca3b6a.jpg相互愛読ブログ関係にある「ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘・2月10日号」に面白い話があった。
当該のブログエントリー全体の趣旨とは違うと思うが、

・・・少し風邪をひいた小島社長が医者に行って処方されたクスリの飲み方に「食間時服用」と書かれていて、会社で社員に対して、「食間」というのは、食事中のどの時点を意味するのかとの質問をしたら、大笑いされ、さらに自宅でその話を披露したところ、さらに哄笑を買ってしまった(後半の家族の話は単に私の想像だが・・)。

というような話題である。社長はさらに、「MBAまで取得していて恥ずかしい」とつけ加えられたのだ。

実は、私は、これらの事象が最近起きたことには幾分かの合理的理由があるのではないかと思うのだ(と江戸川乱歩的表現ではあるが)。私もMBAではあるが、同病であり、小島社長が笑いものになる1年ほど前に同様に笑いものになっている。洋食ならば、オードブル、スープ、アントレとか順番に料理が出てきて、コーヒーとデザートで終了するのだから、肉を食う前とかスープを飲んだあとを「食間」と考えるのだろうかとか、中華だとスープは終わりの方に出てくるし、日本料理や韓国料理はほとんど同時にテーブルに並べられるが、和食でも寿司屋とか懐石料理とかの場合は、一品ずつだし・・・とか妙なことを考えていたわけだ。

しかし、なんとなく奇妙な感じがしていたまま、頭の中で放置していたのだが、少し論理的に考えてみることにした。まず、私がもらったクスリ(という表現は間違いで、健康保険という補助金付きで購入した)は、「葛根湯(かっこんとう)」だったわけだ。漢方薬。2日分が処方され、その結果、次の段階を考えるという作戦だったわけだ。初期症状のうちに自分の体力で治そうということなのだが、最近はあちこちの医者で、この「始め漢方路線」が多いように感じる。私は小島社長が入手されたクスリが「葛根湯」か「紫胡桂枝湯(さいこけいしとう)」ではないかと想像するのだが、そうであれば今後の説明と合致する。そうでなければ別の話と理解してほしい。だいたい、本質的には、空腹時に飲む方が吸収がいいわけだ。そういう意味で薬効の緩い漢方は、それ自体で体内に吸収させることが重要になるわけだ。だいたいの漢方はこの「食間方式」だ。なかには、服用後30分は食事をしないようにとか念を押されることまである。

それでは、なぜ漢方が増えてきたかということになると、「よくわからない」というのが本音なのだが、逆説的に言えば、風邪なんかは漢方で2日ほどで治っていくものを、無理矢理強烈なクスリでやっつけないほうがいいと考える医師が多くなったのではないだろうか。そして、ひどい症状の場合は、抗生物質とかが登場する。

もっとも、この「食間」指定、けっこうあいまいな時間指定なもので、よく忘れてしまう。ついつい食事を始めてから、飲むことを忘れたことに気付く。しょうがないので、なるべく時間をあけて眠る直前に飲むことになる。まあ実際は飲み忘れるほどの状態は、もう治ったも同然状態なので、あまり気にしなくてもいいのかもしれない。

というところまでが、ブログエントリーの第一幕で第二幕は漢方薬ビジネスなどについて。

日本で漢方薬を大々的に研究、販売している会社といえば「カネボウ薬品」である。例の産業再生機構行きになったカネボウの多角事業の一環である。化粧品部門がドル箱と言われたが、実はカネボウ薬品は、ちょうど今が儲け始めるスタートのような状態なのである。なぜ、そういうことなのかというと、最大マーケットが中国ということになる。中国はもちろん漢方の国である。しかし、経済低迷時代に開発が遅れてしまい、量産が難しい状態にある。日本への旅行者が帰国時に大量にクスリを買って帰るのは有名だ。さらに中国では、まだまだ健康保険という制度が普及することはないだろうから、その制度を利用して、製薬会社が高利潤を獲得して新薬開発費に回すというサイクルが展開できないだろう。さらに新薬開発には特許の問題がからむ。したがって、開発も漢方に特化していくことが予想されるわけだ。

そして、実は、カネボウ薬品は中国の製薬会社にとって買いたくて(資本投入)しかたない会社なのである。しかも親会社はカネボウ。産業再生機構には相当の打診が入っているものと想像する。案外、どうにもならないカネボウの過去負債の清算財源になってしまうかもしれないと思っている。このようにダメ親会社の子会社は、優良企業化すればするほど売却(カーブアウト)される可能性が高くなるのだが、運良く新職場に席を確保できた社員は、新しい勤務システムにあわせて頑張らなければならないが、もしも給料が中国本土ベースと同じだったらひっくり返ってしまうだろうけど。

ところが、この漢方薬の分野で中国企業と日本企業が争っている分野がある。それは海洋生物起源のクスリである。日本の経済水域はきわめて広く、東西南北に広がり、その遺伝子情報は多岐にわたるのだが、既に利用したり、研究を続けている製薬会社や大学は一部に過ぎない。アマゾン流域の陸上生物の種の多様性に気付き、生物の持ち出し禁止を打ち出し、製薬を国家的重点産業として保護しているブラジルを対極と考えれば、陸生生物より多様な可能性のある、海洋生物を放置している日本は、「甘い」。尖閣列島の問題は、海底エネルギー問題だけではないのだ。古くは、江戸時代末期に和人が蝦夷地を開拓(侵略という人もいる)して、原住民族と紛争を起こしていた原因の一つが、北海道に自生する新発見の植物や動物の漢方薬としての資源利用だったことは、意外に知られていない。つまり北方領土問題にもつながっているわけだ。
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上原は完投ペース?

2005-02-16 20:14:13 | スポーツ
上原浩治がポスティング制度を利用してのメジャー行きを球団に要望して、契約更改交渉を拒否している。メジャーへのポスティングは3月1日が締め切りなので、あと2週間になった。どうも当初は2006年の移籍でも、としていた上原側も、態度を硬化させ2005年シーズンにもということになり、落としどころもみつからない状態だ。

球団の嫌がる代理人が交渉を行っていて、本人は自費キャンプ(といってもわずかな出費だろうが)として、一緒にトレーニングしているが、このままではオープン戦にも出場できない。だいいち3月1日以降契約していない場合、どういうことになるのかわからないが、おそらく何らかの調整機関が登場して、新契約ということになるのだろうが、それで新シーズン入りしてもとても本気で投げる気にもならないだろう。

要するに、きちんとルール通りやっていると、いつまでたってもメジャーに行けない(FA取得は34歳)ので、どこかで一回強引に信号突破をはからなければというのが、彼の基本戦術なのだろうが、いまだ勝算はない。一緒に共闘していた井川は1月末にKOされたが、上原は延々と粘り、自己のホームページに自分の行動の正当性を書き綴っている。2月2日号の日記では球団や読売に対する不満がうっすらと感じられる。どうせ今年が無理でも来年も戦うのだろう。

なかなか、根が深そうなのは、彼のホームページはトークルームのところで高橋ヨシノブのホームページと裏表の関係で繋がっていることがわかる。結局、上原の問題は高橋の問題でもあるのだろう。どうもことしの日本人メジャー話題では、藪も変。仁志と井川は不調。野茂は移籍で石井は移籍寸前で破談。と「奇妙な関係」ばかりだ。しかし何と言っても、きわめて変というのは、近鉄から退職金をもらってドジャーズへ行く中村だろうか。何しろポジションもよくわからない。サードかファーストか。そしてもう一人の放浪の内野手はリトル松井。

中村もリトル松井も試合毎に守備位置が変わったとしても混乱のあまり、ゴロを取ったあと、誤って三塁に投げたりしないことだ。それと、ボールを打った後も走る方向を間違えないようにしないといけない。左に向って走って、喜ぶのはA新聞だけかな?
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フジ、F1全試合生放送継続

2005-02-16 20:12:45 | スポーツ
dee6e27a.jpg今年も、全試合生放送を継続するそうだ。
問題は、退屈なレースばかりになるかどうかだが、走ってみなければさっぱりわからないというのが現実。開幕戦はオーストラリアで3月6日だが、今ごろになって新レギュレーションのクルマが間に合わないなどというチームもあるらしい。

そして前評判はルノーとトヨタがずいぶん良くて、ホンダは不調との声。そしてフェラーリは不明らしい。しかし、評判はあくまでも評判に過ぎず、走ってみなければわからない。そして本当に去年のトヨタの成績では、何をやっているのかさっぱりわからない。

もう一つの新たな懸念はフェラーリへの出資会社フィアット社とGMの提携が解約され、フィアット再建計画に大きな問題を残したことだ。まあ、当面関係ないとは思うが・・・

2005年ルールではタイヤ交換禁止なので、タイヤメーカーにも重荷になる。

しかし、ビッグネームドライバーが減ってしまい、またもM・シューマッハばかりが勝ちつづけると、テレビの視聴率は激落していくのだろうか?
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ゴルフ女子 ワールドカップ優勝

2005-02-15 20:20:36 | スポーツ
128d3c85.jpg南アフリカで開催された女子ゴルフワールドカップ初代チャンピオンに日本チームがなった。宮里藍、北田瑠衣というとても難しい漢字の名前の二人だ(とても手では書けない)。日本時間では月曜0時30分頃18番ホールの結構緊迫するパーパットを二人が沈めて韓国と2打差の優勝となったのだが、当日絶好調だった宮里に対して、北田が後半ボギーを連発しはじめ、宮里のスコアも伸びなくなる。そして16番が終わった時には、1ホール先行する韓国についに並ばれてしまう。しかし、超難関な17番ショートホールで約10メートルのロングパットを北田が放り込み、流れが変わり、そのまま18番も逃げ切った。あのロングパット、生涯、絶対に忘れないだろうな。

本来、この二人は賞金ランキング2位と3位。5勝と3勝。決定的に実力が違うわけでもないのだが、最終日の67と82というスコアはこの競技の本質をあらわしているのだろうか。北田の方が4歳年上だが、どうにもカップに入らないもどかしさが、テレビ画像から伝わり、さらに体がしびれていくのがよくわかる。私事ながら、わたしも若く優秀な人と組んで一仕事やる時など、「オレ、足手まといだなあ」と自戒することもあり、北田の気持ちもわかる。こぼれ落ちそうな勝利をつかみなおしたということか。

優勝記念に自分の手のひらにゴルフボール6個をのせ、こぼれ落ちないようにつかんでみる。指が短かそうだが、そうではなく手のひらが大きいのであるのだよ。

このブログ短かったので、おまけにスポーツ(?)ネタを一つ追加することにする。
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