解答選手権の練習に使われた某八段

2018-03-31 00:00:37 | しょうぎ
藤井総太六段と糸谷八段(元竜王)との対戦をネット観戦していた。盤上の不思議な場所に角を打って一気に優勢を築いていた。角を不思議な場所に打つことが多いと思う。両取りに角を打つのではなく、次の手が二つの狙いを持つような場所に何取りでもなく角を打つわけだ。

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abemaTVは藤井六段のおかげで視聴率を増やしているのだが、藤井六段の手は解説者にはほとんど当たらない。解説のできないプロ棋士に解説者としての出演料を払う意味はないような気がする。

本局も、糸谷八段が追い詰められて必死に逃げ回るのをジワジワと追いかける。持ち時間があと1時間弱といったところで、藤井六段の方が糸谷玉を左上の方へ追い詰め、△8二飛打と受けたとたんに、0.1秒も考えずに桂を跳ねた。

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即詰みである。その後行われた「詰将棋解答選手権」では4連覇である。練習台になったということだろうか。

なお、ほとんどこの図のまま詰将棋になるので、今週の出題問題にする。

わかったと思われた方は、コメント欄に総手数と最終手と酷評を書いていただければ正誤判定します。


さて、3月17日出題作の解答

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突き歩詰めの問題で、突くべき歩を探すことから始まる。何か、最後の姑息な突き歩のために大騒ぎをするようなことになった。

動く将棋盤はこちら
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桜鯛は何者か?

2018-03-30 00:00:50 | あじ
3月ともなると突如現れ、その後いなくなる魚が『桜鯛』だ。一体、どこから来てどこに行くのか。

あるいは、そもそも鯛は赤いのか白いのか黒いのかとか疑問もあるが、この疑問については、赤っぽいのが天然で、黒っぽいのが養殖ということになっている。

鯛は塩焼きにするか、鯛めしにするかというような選択が好まれていて、翌朝は鯛汁を飲むというのが一般的だろうか。あら煮にすることもある。

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ところが、広島の方では、薄造りにして食べることが多いのだが、東京でも『桜鯛の薄造り』をいただくことになった。薄造りは、フグや平目、オコゼなどの白身魚が適していて、鯛は味がはっきりしていて、さらに歯触り舌触りもさっぱりとしている。

ところで、桜鯛と真鯛とはどこが違うのだろうと、不思議に思っていたのだが、春の桜の頃に鯛は産卵を控え、雄のみが赤くなるそうだ。産卵シーズンが終わると雄も雌も色が落ちてきてその味までも冴えなくなるそうだ。

雄が赤くなるのは雌に対して目立ちたいということなのだろう。Wカップ代表選考前の練習試合の選手のようだ。目立ちすぎる鯛は人間に捕まるし、暴れすぎてPKを与える選手もいる。国会の質疑応答で自爆する与党議員もいる。(チャンスとピンチは紙一重)
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横綱サポーターが欲しい

2018-03-29 00:00:12 | スポーツ
プロ野球もオープン戦がはじまり、ベテラン選手も「あっちが痛い、こっちが痛い」といいながらバットを振っているようだ。

ところで、昨年末に右ひじを痛めてから、ゴルフクラブを振れない状態で、まだ十分に痛いのだが、「完全には、治りません」と医者に言い渡されていながら、痛みの研究をしながら、ショートコース、練習場で40球を2回というように少しずつ前に進めてきた。

肘にはロキソニンテープとサポーター、前腕部には衝撃吸収用のウレタンのプロテクター、さらに右手グローブという四段構えでは、さすがにヘッドスピードが確保できず、柔らかいシャフトのクラブと柔らかいボールという組み合わせで、練習場の感じでは飛距離は2割ダウンということで、目標スコアは2割増しで、決して振り回さないと固く心に誓っていたら、その通りのスコアになった。

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もちろん登り斜面のグリーンで、目標に届かなかったパットが、元の場所より後ろまで戻っていくという喜劇が2回と、誰の物か不明の他人のボールを誤って打ってしまうペナルティとか。

某横綱のエルボー攻撃のためのコチコチのサポーターを手に入れれば、もっと思い切って打てるのだろうとか、野球の選手のようにトミー・ジョン手術とか・・(誰か、肘の筋肉を譲ってくれる方はいないでしょうか)

朝、目が覚めた時は、全身の筋肉や関節が痛くて、20分ほど経って神経が痛みに慣れてくるまで立ち上がることができないのだけど、こういうのは普通なのだろうか。
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桃畑に異変

2018-03-28 00:00:15 | おさんぽ
近所の立派な桃畑が一斉に開花した。

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桜と比べて桃は、花の咲いている期間は長いし、うまくやれば桃の果実を食べることもできる。1年に二回の恩恵を与えてくれるのだが、逆にパッと咲いてパッと散るのが桜の良さという意見も根強い。

しかし、毎年ながら美しい桃畑だが、なんとなく例年より花のボリューム感が少ないような気がして、周囲を歩いてみると、4分の一つ程度の部分について、樹木ではなく切株に変わっていた。

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思い起こせば、手入れに余念のなかった老年の男性と連れの老犬をいつの頃か見なくなっていたように思える。ということは、・・

何の根拠もない想像だが、その老男性と老犬の身に何らかのFACTが起こり、例えば遺産相続というような事態が発生し、その土地の1/4を相続した人物が、売りに出すために切株にしたとか、買った人物または法人が切株にしてしまったのではないだろうか。

実は、相続で手に入れた土地をすぐに売却しても税率39%の短期譲渡所得にはならず、20%の長期(被相続人と通算)譲渡所得になる。売価から取得価額(不明の場合は売価の5%)と売却費用を引いて20%ということなら少なくても1000万円以上は納税したのだろうか(バブルの時に購入して、大損が確定したのかもしれないが)。

自分の土地ではないので、何の権利もないのだけど、せめて花の季節が終わってから切株を見たかった。

枝に手が伸びそうになったが、自重する。相撲取りなら速攻だろうが。
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皇居乾通り一般公開でお花見

2018-03-27 00:00:53 | おさんぽ
3月24日から4月1日の9日間にわたり皇居乾通りが公開される。皇居を東京駅の方から見ると右手の三分の一は皇居東御苑といって、通常公開されている。江戸城があったのはそちら側だ。一方、御所や宮内庁のある左側は深い森に包まれている。で二つのエリアは堀によって隔てられているのだが、その御所側の東御苑との間の濠に沿って乾通りと呼ばれる道がある東京駅側が坂下門で北の丸公園側が乾門である。乾門といっても門番に犬がいたのではなく、乾の方角、すなわち西北ということだ。

平成26年、28年、そして今年と1年おきに公開されている。ある意味、身分の低い人民に「天皇の庭のほんの一部をみせてあげよう」とも考えられる。

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ところが、急に春めいたため公開初日がソメイヨシノの満開日ということになったため、あわてて大勢が集まったという感じで、千代田線の二重橋前(丸の内)駅から坂下門まではゾロゾロと牛歩戦術になる。停まったり進んだり。30分以上並ぶ。ところが、宮内庁のHPには現在の混雑情報が公開されているのだが、坂下門での待ち時間は10分と書かれていた。フェイク・ニュース。

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↑スマホの方は、画像を1タップを1回または2回!↑


そして、ソメイヨシノは桜の一部で他の品種の桜がそろっているため、既に散った桜もあれば満開もあるし、まだツボミ状態の桜もある。

実際、桜は御所側だけでなく東御苑側にも多く生えていて、東御苑はお弁当やドリンクの持ち込みも可能である。注意事項にはビールの事は書かれていないが常識なのだろうか。入場に際しては手荷物検査があるが、缶ビールが見つかった場合は、「御苑内では飲みません」というか「アル中なので、飲まないと体が震えるのです」と説明すればよいらしい。
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腕時計の製造年を調べる

2018-03-26 00:00:03 | 市民A
セイコー・ミュージアムに行く機会があったのだが、困ったことに普段使っていた腕時計のメーカーが違う。S国製の自動巻き機能付きの手巻き時計だ。臨時収入があった時に買ったもの。

ところが、物語のような展開で、S国製が故障した。修理費交渉の結果、金1.5枚ということになり、佐川急便が引き取りに来て、数日後に全治二か月が宣告される。部品が日本にないということらしいが、シベリア鉄道を使ったとしても半月あれば十分のような気がする。

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ということで思い出したのは、他の腕時計が故障するたびに登場するスーパーサブのようなSEIKO製の時計。なんとなく30年くらい前に買ったような気がする。新宿西口のヨドバシカメラ。いささか記憶があいまいだ。その後故障したのは一回だけで、メガネ店の店頭超音波クリーナーの水につけたところ浸水した時だけ。親切な西新橋の時計店が二日がかりで時計ごと乾燥させて生還させてくれた。「部品はないので、こわれたらお終いです」と念を押された。

実は、その後、この時計店の入っている建物がある夜に出火し、時計店に延焼した結果、商売道具と在庫品が火と水をかぶるという大災害に見舞われたが、近隣のビルに、根性で再開した。

話を戻すと、時計に書かれている文字から色々と情報を搾り取ろうと思ったわけだ。

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まず、文字盤だが、ほとんど見えないサイズの文字でデジカメ画像を拡大すると、『JAPAN6030 7070T』と書かれている。たぶん機種名だろう。

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次に裏側。こちらは肉眼でも見える。暗号のような数字『180394』が刻まれている。どうもこれを解読しなければならないのだが、ネット上で探すと、判明した。

最初の2文字『18』は1981年8月のことだそうだ。そして0394が製品番号だそうだ。つまり37年前だ。そして0394は8月の394台目なのだろうか。

ついでに、同機種がオークションでいくらで売られているか調べてみると、驚きの価格になっていた。

金1枚である。

ただし、アルミ製。
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SEIKO MUSEUMで時計の組み立て

2018-03-25 00:00:03 | 美術館・博物館・工芸品
ちょっとした機会があって、墨田区にあるセイコーミュージアムで腕時計の組立体験会に出させていただくことになった。ミュージアムなので、時計の歴史と服部時計店からセイコーホールディングスに至る社史を中心とした展示を見学し解説を聞き、現在および今後の会社の方針の話を伺う。

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東芝の創業者である田中久重の作った自動時計のコレクションが展示されていた。日本で使われていた時計は日の出と日の入りを明け六つ、暮れ六つと定めていたため、夏と冬では時間の間隔が異なるわけだ。和時計は月ごとにその切り替えを少しずつ行う必要があるが、田中久重の時計は自動調節だった。東芝コレクションは川崎の東芝博物館にあり、東芝解散に伴い四散する危険があったが、なんとか食い止められたようだ。

さて、SEIKOは、もちろん日本での圧倒的なトップブランドであるにも関わらず、世界市場では古典的な機械式のスイス製ブランドに押されているようで、なんとか数十万円から数百万円の価格帯での市場浸透を狙っているそうだ。

新しいブランドして、グランドセイコーやセイコープレサージュといったラインナップをそろえているそうだ。

個人的には通常はスイス製の機械式を使っているのだが、時々故障して部品がスイスにあるため、長期入院ということがある。それに手巻き(&自動巻き)なので、しばらく別の時計を使うと、ねじが切れていて巻かないといけない。スイスの手巻き時計を使っている人は、おそらく電池式のIC回路で動くクウォーツ時計を持っているはず。今からスイス勢と正面から戦わなくても二台目需要だけで十分と思うのだが、他社の華やかな広告などを見ると、つい手を出したくなるのではないかな。

一口にスイスといってもブランドごとにすみ分けができているので、割り込むのは簡単ではないような気がする。

で、そういう話はおしまいにして腕時計の組み立てだが、こども用のコースだそうだ。

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まず、文字盤などの組み立て部品と既に組み立てられているムーブメントを確認する。工具は種類が少なく、およそ何に使うのかはすぐわかるのだが、工場の組み立てラインと同様に「仕事の手順」が重要だ。裏ブタをネジで止めてから文字盤の中のごみを吹き飛ばすことはできない。しかし、説明書を読み、説明を聞くと、ついつい先走って作業を進めたくなる。詳しく聞かなくても、どの部品がどこに組み込まれるのかはわかるのだが、それが失敗の元になる。神は(あるいは悪魔は)細部に宿るのだ。

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実は一番の難所は太い指にこども用の指サックをはめることで、時計完成時には指は真っ白に変色しているのだ。そして、たった一台の時計を組み立てるだけで、緊張して行うこのような仕事は、私には向かないことを確信する。

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そしてついに完成。作業途中で気が付いていたのだが、私の手首に比べ、ベルトの方が短いのだ。
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呉ゆかり詰棋家競作集30番

2018-03-24 00:00:18 | しょうぎ
『呉ゆかり詰棋家競作集30番』をサブタイトル(副題)とした詰将棋集を頂いた。ではタイトル(本題)は何かというと『永世七冠』。どうも国民栄誉賞を受賞した羽生善治氏を記念したようだが、作家とは特に関係がないようなので、少しめまいがするところもある。

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呉ゆかり作家というのは、呉三津田高校の将棋部在籍ということだそうで、竹原出身の宮浦忍氏と谷本誠一氏。それと呉には関係ない友情出演で三宅英治氏の三人。宮浦氏は高校在籍中に詰パラ誌を愛好し、名古屋勤務の時に当時名古屋にあった詰パラ事務所に入り浸っていたという。谷本氏は江田島出身で、高校卒業後、奨励会に入会。その後、市議会議員に転じているそうだ。三宅氏は、将棋を孫に伝える会の設立者。

3人が各10題を持ちより3手詰めから21手詰めまであるのだが、難易度の表示が独特で、19手詰み以降、段階的に以下のようになっている。

15分で解ければ3級以上
20分で解ければ2級以上
40分で解ければ二段以上

同じような意味でも「15分で解けなければ4級以下」とは言わないようだ。


さて、3月10日出題作の解答。

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4一飛成にこだわる手順だ。4二とは金にしたいが、取られる筋で余詰めになる。と金にしたのは苦肉策。少しでも目立たないように5一もと金にした。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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作っているうちに、結局つまらない形に落ち着いてしまい、類似作はあると思われる。

収束はよくある筋になる。攻める方も守る方も駒が少なく心細くなる。証人喚問される元局長(前長官)のような気持ちか。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判断します。
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ハニー・マスタード・チキンの味は

2018-03-23 00:00:25 | あじ
サンマルク・カフェの熱々ホットサンドというメニューの中の一つが、『ハニー・マスタード・チキン』。

実は、サンマルクの株主なので20%引きの株主優待券があるのだが、数年前から続く株価の低迷による評価損を取り戻すためには、一日三食をサンマルクで食べないと取り返せない。カフェだけではなく、レストランも何種類かあれば、パスタのチェーンもあれば、寿司もあるのだが、実は株主優待券のことを知らない店員も多く、結局、レジであきらめて損の上書きをすることもある。上場しているときのスターバックスと比べると株主との関係は正反対だ。

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といっても、いつまでもパッとしない株価なのだが、新メニューらしいホットサンド系を食べてみる。あらかじめ、パンの中に具材が詰められていて、オーダーが入ると大急ぎでパンを30秒位焼く。

で、サンドの具材は、茹でた(あるいは揚げたのか?)チキンが3ピースとオクラ、そしてニンジン他の刻み野菜。

それで、実は外側を焼くのは正解という感じで、パンには若干歯ごたえがあり。といってスペインパンほどではなく、好ましい堅さである。一方、具材は限りなく柔らかく、メニューを確認しないとチキンとは思えない。このバランスがかなり悪いと思う。

問題を簡単にすると、パンとチキンの関係で、マックのようにパンもチキンも柔らかいというのは一つの方法だと思う。一方、パンもチキンも堅いというのは一つの選択なのだろう。いずれも好みの問題。


一方、今回のメニューのようなパンが硬くチキンが柔らかいとどうなるかというと、パンを噛み切る前に具材が飛び出してしまうわけだ。運が悪いと口からこぼれてしまうかもしれない。もちろんパンが柔らかくチキンが堅い場合も違和感はあるが、その場合チキンが飛び出すことはない。

もしかしたら不慣れな従業員の調理ミスかもしれないが、その場合の方が、会社の病状は重いということになるだろうか。
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降る雪や昭和生まれのめらんこり

2018-03-22 00:00:35 | 書評
来年の5月1日に元号が変わる。それに伴って平成天皇の誕生日が祝日から平日に変わり、総理の好きなタカ派の二人の天皇の誕生日が祝日になり、ハト派の二人の天皇の誕生日は平日になる。

元号の発表は、当初はカレンダー業者のために今年中に発表のはずだったが、与党右派の主張が通り、ギリギリまで伸ばされるので今年中には発表されない。

といっても変わることには違いないので、仮にXとすると、明治、大正、昭和、平成、Xということになる。そこで思い出すのが、中村草田男が昭和6年に詠んだ次の句である。

降る雪や明治は遠くなりにけり

降雪の中、二代前の時代を思い出し、降る雪が積もり、雪が解けるときには明治の思い出も水となってどこかに消えてゆくのだろうか、と哀惜をもって詠嘆していると解すればいいのだろうか。

この句を詠んだ日、草田男は何かの用で母校である青南尋常小学校(現青南小学校)の近くに行き、雪の降る校庭を見たそうだ。その時、31歳である。31歳で過去を詠嘆するというのも凄いことだ。

そして、彼が詠嘆した明治時代は、20年前のことだったわけだ。

現代でいうとXになった時、昭和を振り返ると30年前ということになる。草田男が詠嘆した期間よりも既に長い時間が経っているわけだ。なんとなく「昭和生まれ」というカテゴリーは遺物のようになるのかもしれない。


ところで、この有名な句だが、発表当時より剽窃の疑いがかけられていた。1年前に、無名の少年俳人であった志賀芥子が発表した「獺祭忌 明治は遠くなりにけり」と後半が同じである。

獺祭忌というのは酒蔵の名前ではなく正岡子規の俳号である獺祭書屋主人に因み子規の命日9月19日を指す言葉である。つまり志賀作は純粋に正岡子規を題材にしているのに対し、草田男作は明治というぼんやりとした得体のしれない抽象的概念について詠嘆しているのであり優劣ははっきりしているのだが、だからといって他人作を知って作ったのならどうかと思われるわけだ。しかし、真偽は既につけようがないわけだ。

念のため子規という名はホトトギスを意味する俳号。獺祭も俳号でカワウソ(獺)には魚を捕まえたら食べる前にとった獲物を水辺に並べる習性があることから、読書家が部屋中に書物を並べることに転用されたことばである。最近では著名漫画家が児童ポルノのDVDを大量に所有していて逮捕されたが、並べて楽しんだのは本人ではなく警察の方だったのだろう。
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昨年の総選挙を時系列でみると

2018-03-21 00:00:00 | 市民A
森友関連書類の入替が行われたのは4月4日ということのようだが、朝日報道より前に財務省の外部で知っていた組織として、『国交省』・『会計検査院』・『大阪地検』ということになる。この中で『大阪地検』は前二者より後であり、それが報道に進んでいったと言われているので別として、『国交省』と『会計検査院』が知った(あるいは疑った)時期と、政権が総選挙を決意した時期を並べてみようとしたが、具体的な日時はまだ明確になっていないようだ。

FACTを羅列すると、

A.会計検査院が検査を開始したのは3月7日から。

B.財務省が公文書を書き換えたのが4月4日。

C.財務省が国交省に公文書の入替を要請。

D.国交省は「C」には応ぜず、元の公文書を会計検査院に提出。

E.財務省は入替後の公文書を会計検査院に提出。

F.会計検査院は、二つの公文書があることを認識し、財務省に確認。

G.会計検査院は11月に検査結果を公開した。


X.総選挙は、9月上旬に麻生氏が安倍首相に強く要請したとされている。


Xを除いて順をつければ、

A・B・C・D・E(あるいはE・D)・F・Gとなる。

BとCはかなり早い時期と推測できるし、Gは11月だし、10月中にはほぼ骨子は完成しただろう。また、D・E・Fはそう離れた時間とは思えない。

となると、いきなり総選挙を強く進言したのは、いずれ外部漏洩となる局面を感じていたのかな、という仮説がありそうな気もする。さらに詰めると、Dの時期がいつなのかということだろうか。
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文書の改竄をイメージすると

2018-03-20 00:00:48 | 市民A
公文書の改竄が話題になっている。

実際に改竄作業を行った人物が自殺してしまったようなので詳細がわからない可能性があるが、おそらく改竄作業は慎重に行わなわなければならないため、改竄する一字一句まで決めてから行わなければならないだろう。さらに完成品のチェックも必須だろう。つまり実行者A氏に対して、X氏という人がいて、X氏自体が実質的に筆を動かしたのではないだろうか。

無論、X氏がいるのが財務省内なのか、上部の別の人物なのかはまだわからない。

おそらく、電話で、「BさんのこととC夫人のことと交渉記録の部分を消しておいて」ということではなく、すべて直したものをX氏がA氏に送ったのだろう。

作業の内容を考えると、まず電子的に財務省の内部では公開されているはずの元の文書を見てコピーをつくるとこまでは簡単かもしれない。そして、それをX氏が赤ペンで細部まで修正し、A氏に郵送かFAXなどで送り、A氏が資料の作成を行う。資料の書き換えとか改竄とかいうが、実際には前の資料と新しい資料の交換ということだろう。

公文書は見ることは多くの人にとって可能だが、資料を入れ替えるということはかなり難しい。ブログを見ることは簡単でも、他人のブログを書き換えることが困難なのと同様に、アクセス権だけでなくオリジナルのデータを操作するためには別のパスワードなどの認証方法を知っている人しかできない。

しかも、新しい文書には古い文書とは別の書類番号が自動的に振られてしまうと思われるわけだ。あるいは最終アクセス日が記録されるはず。

デジタル犯罪で証拠隠滅することは、かなり大変な仕事だ。
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江戸時代の罪と罰(国立公文書館の資料)

2018-03-19 00:00:26 | 歴史
3年前に国立公文書館での特別展で、江戸時代から明治の初めに犯罪者への処罰がどのようにおこなわれたかの資料展示があり、行けなかったので後日入手した資料を、ひも解いてみる。戦後最大のテロ事件の結末が近づいているようなので、これらの資料の事を思い出した。

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資料は多岐にわたるのだが、まず大岡忠相のこと。「暴れん坊将軍」では八代将軍吉宗の右腕として活躍するのだが、後年「大岡裁き」として褒めたたえられる。その業績録については「大岡政談」としてまとめられているが、そのほとんどは完全な創作か、他人の業績だったそうだ。

なぜ、そんなことになったのかは推測になるのだが、以前に比べ、冤罪発生率が少なかったのではないかという仮説があるそうだ。実際には江戸の犯罪は町奉行所で裁き、重罪については町奉行所から、「こういう罪を犯したので、これこれの刑に処します」という案が老中に上げられ、それを評定所で前例に照らして判断するというプロセスだった。評定所に回ってくるのは、刑の軽重の判断が中心になっていて、奉行所の段階で冤罪が発生してしまえば、なかなか無罪にはならなかったようだ。

また、吉宗や忠相と同時代人の尾張藩主の徳川宗春だが、尾張藩では彼が藩主にあった時に死刑執行は行われなかったそうだ。やはり冤罪を恐れたらしい。

一方、幕末になると犯罪者増加で、牢獄は人員オーバーで病気が流行していて、判決の前に病死する者が多数にわたったそうだ。

また火事も多く、その際は切り放しといって、牢が開かれるのだが、最初は1657年に起きた大火の時で、「火事が収まったら再び集まるように、集まらない者は一族全員成敗する」としたそうだ。再び現れずに逃げてしまったものは一人だけだったと記録にあるそうだが、その後の一族全員の運命の記録はないようだ。

明治以降の動きとしては、火刑の禁止、北海道への流刑、死刑は斬首と絞首になり晒し首は廃止となった。その後、流刑は懲役刑になり斬首がなくなる。法律は戦後に大きく変わったが、刑罰の方は明治15年1月に改定されたものが現在につながっている。


ところで、森友関連決裁書が改竄された件だが、公文書の歴史の中では特記すべき事案と思われるわけで、当初決裁文書と改竄後文書について、是非とも国立公文書館に収蔵してもらいたいものだ。
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銭湯と横浜(横浜市歴史博物館)

2018-03-18 00:00:37 | 美術館・博物館・工芸品
横浜の歴博で開催中の『銭湯と横浜』について。



まず最初に、横浜の銭湯といっても他の場所の銭湯となんら変わるところはない。銭湯の下駄箱とか、番台とか、内装とか展示されているが、昭和時代の銭湯というのは、おそらくそのまま現代の銭湯と同じだ。というか、そのままで営業するか、スーパー銭湯になるか、廃業するかの三択ということだろうか。

何年か前に夜行電車で早朝の東京駅に着き、御徒町駅近くの銭湯に行ったことがあるが、まるで古典的銭湯だった。

ということで、物証としての歴史的価値は感じられないのだが、書類や写真からみた横浜の銭湯史は、開港に伴い人口流入に伴い新設された公営、民営の入浴施設に始まる。次に関東大震災の後、震災復興として沿海部の埋め立てにより労働者が増加することにより鶴見を中心とした地帯に工業地帯に増加する。そして現代につながるのは第二次大戦からの復興という三段階だ。(この三段階発展は銭湯に限らない)



それで、開港後の銭湯だが、たまたまヴィルヘルム・ハイネという従軍画家が『ペリー提督日本遠征記』の中に残した絵画が残されている。なんと銭湯の中の絵なのだが、まず男女混浴である。さらに、ずいぶん立派な設備である混浴であることを除けば現代のスーパー銭湯と同程度にも見える。

しかも、ペリー提督は国交樹立の為に来日したので、まだ開港されてはいなかった時代なのか、あわただしく銭湯が早々と作られたのだろうか。今回の資料をよく読んだけれど、この絵画とペリーとの関連はよくわからない。ハリス公使の方なら判らないでもないが。

では、日本が混浴を辞めたのはいつの頃だったか、という疑問を考えてみた。いわゆる欧化運動の頃だったのだろうかと推測してみたが、そうではないようだ。というよりも現代でも法律上は混浴が禁止されているのかよくわからないわけだ。日本で国法として禁止されたのは、実は1791年に松平定信が男女混浴禁止令を出したのが最初で、明治になっても混浴禁止令は何度か出されていて、実質的に守られなかった。

いま、禁止になっているのは、行政指導とか、地方の条例ということ。旅館については条例の対象外のようだが、事実上そういう施設は積極的には作られないということなのだろう。

次に、戦後の横浜での銭湯経営について。経営者の多くが石川、富山、新潟出身者であるということだそうだ。特に石川県の能登半島出身者が多いとのこと。本ブログでも何回か登場した珠洲市のあたりの出身者が多いそうだ。

ではなぜ北陸出身者が多いのかという点について、納得できる説明はなかったような気がする。確かに、冬場は農業や漁業ができず、都会に働きに行くからというのは理由にならないような気がする。北日本はほとんど同じ条件だ。ともかく北陸出身の中に成功した人が多く、その人たちが仲間を集めたということらしい。
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奮闘続く豊島八段(ただしデジャブか?)

2018-03-17 00:00:45 | 市民A
将棋界を盛り上げようという意図があったのかどうか不明だが、A級順位戦最終局はトップ並走の久保王将と豊島八段の両者が破れ、一勝差で追っていた広瀬、稲葉、佐藤、羽生4氏とついに同率となり、6者によるパラマス方式トーナメントによるプレーオフになった。

何の因果かトップだった二人は、6人の中では順位が5番目と6番目と最も順位が低いため第1回戦で戦うとともに名人挑戦者になるためには5連勝が必要になる。

そして、豊島八段が、久保、佐藤、広瀬と3連勝し、残る羽生、稲葉に臨むことになった。深夜にわたる対戦を数日間隔で戦うというハードスケジュールで脳を酷使したあと本番の名人戦が待っているわけだ。

ところで、この5連勝の話だが、デジャブ感がある。

今期のA級順位戦は、豊島八段の5連勝から始まったわけだ。その段階で早くも2位に2ゲーム差がついていて、挑戦確実という感じだったのだが、その後の後半の5戦だが1勝4敗ということになった。

つまり、5連勝で名人戦挑戦者となるも1勝4敗で挑戦失敗ということになるのだろうか。

トーナメントで5連勝するためには、名人戦7番勝負の前に、手元に隠し持った独自研究の秘術を全部使い切らないといけないということだろう。


さて、3月3日出題作の解答。

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地の果てまで追いかけて9段目に金を打って収束に向かう。ちょっといい加減な駒配置かもしれない。もちろんミニチュア版もある。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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離れた場所の角や馬はなんだろうか。ヒントは「とどめの駒は歩」。同じような問題を出題したような気がするが、発見できなかった。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。
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