腹囲測定室って「行き過ぎでは・・」

2007-10-31 00:00:39 | 市民A
今年の春に人間ドックを受診したときに、医療機関の片隅に「腹囲測定室」という表示があった。まだその部屋は使われていなかったようだが、例の、「肥満学会」なる組織が2008年度からの健康診断項目に押し込むのに成功した「メタボ診断」に使うためだろう。最終的に、男性は腹囲85センチ、女性は腹囲90センチを超えて、その他の数項目の数値を組み合わせた評価数値によって、「真性メタボ」と「メタボ予備軍」「無罪放免」の3種類に分類され、前二者はさらに次の診断施設に送られ、さらに治療が始まるわけだ。

基本的には、肥満は生活習慣病のかなり大きな原因であって、そこから治療することによって、国民の健康を維持し、さらには高額医療費を抑制する効果がある、ということらしい。2008年度からは「特定健診・保健指導」という新しい健康診断が始まり、腹囲測定が健診項目に加わる。「メタボ健診」だ。40歳以上74歳以下の約5,600万人が対象。新制度では企業の健保組合などに生活習慣の改善指導が義務付けられる。現行健診は「要検査」などのお知らせがあるだけだったが、新健診では「検査に行きましたか」などの「指導」も健保組合からされることになるそうだ。

これについて。J-CASTニュースでは、こう書く。

 「男性の94%、女性の83%は何らかの異常を指摘される」。新健診導入とメタボ基準について、こんな試算をしたのは東海大医学部の大櫛陽一教授(医学教育・情報学)だ。日本総合健診医学会の健診データから「メタボ健診」対象の年齢層の5万人分を検討した。さらに受診した男性の6割、女性の5割は医療機関の受診を勧められると見ている。

 ほかの学会の試算でほぼ同様の結果が出ている例もあるという。勧められた全員が受診すると診察料だけで年間5兆円の医療費が「純増になる」という試算も出た。検診によって将来病気になる人が減り医療費削減につながるというのが厚労省の「試算」だが、大櫛教授は「医療費はかえって増える。健康な人を病人に仕立てるだけだ」と厳しい見方を示す。

 男性の腹囲85センチという日本の基準は、中高年の平均値とほぼ同じで「半数を患者に仕立てるために初めから結論ありきだったのでは」と疑っており、「患者が増えれば専門医と製薬業界が潤います」と「背景」を「解説」した。「メタボ」の人の中でも、「本当に」病気につながる「大メタ(ボ)」は対象年齢層の1%に満たないわずかの人たちで、残りのほとんどの「ちょいメタ(ボ)」は「むしろ健康な傾向にあると考えていい」。


それに、考えてみれば、わざわざ、高額な腹囲測定装置(一体、どんな機械かは知りたいが)など導入しなくたって、自分のウェストくらい誰でも知っているわけだ。それに、身長との関係もあるだろうし、生まれつき内蔵が大きく丈夫な人の腹囲は大きいわけだ。仮に大病した時だって、蓄積脂肪でなんとか生き延びることだってある。検査日の一週間前にビリー隊長に入隊して、スレスレセーフになったからって、それで健康になるわけじゃない。

だいたい、既に日本は世界一の長寿国。さらに寿命が延びることによって、やはり最後は病気にかかるのなら、結局、医療費は下がらずに、腹囲測定機の償却費、別名、健康診断費用と再検査費5兆円が上乗せになるだけじゃないかなあ・・

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韓国大統領戦の行方(黒田勝弘氏講演会)

2007-10-30 00:00:22 | 市民A
先週10月25日に開かれた、黒田勝弘氏の講演会に行く。黒田氏は共同通信を経て、現在は産経新聞社ソウル支局長で韓国生活は27年にわたるそうである。日本人を嫌う韓国メディアに多数登場し、韓国の現状に対して辛口な批評を加えている。この日も、日頃、われわれが感じている韓国に対する疑念について講演していただいた。



まず、黒田氏は産経新聞社所属である。日本国内ではやや右寄りと言われでいる。もちろん左寄りというのは朝日と言われているが、早い話がそれは相対的な関係であって、全然違う国から見れば、日本のメディアを全部まとめて、右とか左とか言うことだってできるかもしれない。というのも、黒田氏および産経新聞は、以前、韓国からみて「親韓派」と思われていたそうだが、最近は「反韓派」と言われているそうである。黒田氏によれば、「われわれが左から右に動いたのではなく、彼らが右端から左端に動いたから」だそうだ。まあ、その通りだろう。例えば、外国人からみれば、朝日と産経の差を見分けることすら難しいかもしれない(記者の学歴の差?)。日本の新聞社がまったく変わらなかったわけではないだろうが、動いたのは韓国の政治性であるのは間違いないところ。

で、それはまさに、金大中を経て、ノ・ムヒョン政権になったからだそうで、この現在のノ・ムヒョン政権の基本的政策である「自主外交」については、今までの米・日依存型から米・日と中国の間に位置を置く政策を展開しようとした、ということらしい。それは、中国の台頭で、韓国自体が中国に飲み込まれることを恐れ、自分たちの存在をアピールすることが背景ということらしい。何しろ、今の中国の経済政策は以前の韓国流の模倣(外資導入・安い労働力・物まね)であるのだが、かといって日本には技術力ではかなわない。

北朝鮮支援についても、韓国が支援しなければ、北は中国に吸収されるだろうという懸念があるからで、対中防衛策の一つとして考えているというのが政府高官の意見だそうだ。さらに北の核武装を非難しない点は、いずれ、自分(韓国)のものになるだろうとの読みらしい。


一方、中国の方は、少数民族圧迫政策を着々と進めていて、北朝鮮に隣接する朝鮮族自治区の中の白頭山の中国化を着実に進め、名前も長白山に変えたり、100万人の朝鮮系住民の圧迫と懐柔を行っている(新疆ウイグル自治区・チベット自治区でも同様)。中ロ朝の三国の国境線が集まる豆満江のあたりには、20キロ先の日本海まで見える展望台が設置され、隙あれば、日本海に面した場所に権益を確保し、港湾を建設しようと狙っているように見えるそうだ。


そして、問題の任期5年の大統領選挙だが、12月19日が投票日。有力候補は、与党大統合民主新党のチョン・ドンヨン元統一相と野党ハンナラ党のイ・ミョンバク前ソウル市長。現段階での世論調査では、20%対60%でハンナラ党が有利と言われているのだが、前二回の選挙で金大中とノ・ムヒョンが勝ったのも、選挙戦前半の不利を相手側へのネガティブ・キャンペーンで最後に僅差の逆転ということなので、油断はできないそうだ。逆に、そういう「コロコロ気分が変わる国民性」というのが韓国が国際的に信頼されないところだそうだ。

それで、この二人のどちらがなった方が日本にとって都合がいいかというと、ハンナラ党のイ・ミョンバク候補の方だそうだ。経済通で反日・反米路線はやめるだろうと予測されるそうだ。一方、チョン・ドンヨン候補はソウル大学の国史科出身ということもあり、ノムちゃん路線の継続(反日路線)ということらしい。

ところで、韓国の歴代の大統領を見ると、もちろん暗殺されるか逮捕されるかというケースが多いのだが、金大中について言えば、「全羅南道」という百済の時代から千年も政権から遠ざけられていた「地域的な恨み」からの脱却。そしてノ・ムヒョンについて言えば、戦後虐げられていた「左翼の恨み」という二つの被差別型精神からの開放という価値はあっただろうと黒田氏は言われていた。


ところで、気になるのはハンナラ党政権になった場合、前大統領ノ・ムヒョンだって、いつ「スパイ容疑」で刑務所送りになるかもしれないわけだ。しかし、そうやって次々に元大統領を捕まえてしまうと、この国の評判も一向に改善されないわけだ。せめて、北側に亡命させてジョンちゃんの後任にしてやればいのだろうが・・
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郵送された一冊の詩集

2007-10-29 00:00:28 | 書評
もう1年ほど前だろうか、一冊の詩集が「おくられて」きた。



”原 子朗詩集”。私の師の一人で、宮沢賢治の研究者でもある。「おくられた」というのは『贈られた』のではなく、購入したわけだ。というか、「詩集を出しました。つきましては・・」と2000円の振込用紙が『贈られて』きて、振込んだ後、本が『送られて』きたわけだ。効率的な販売戦略だ。

すでに80歳を超えている大御所であり、最近では詩の世界から書の世界へ重心を移しているようだが、本当のところはよくわからない。

氏の生涯を通じての名作選のような書で、要するに、少しずつ読んでいて、読み切るのに長時間がかかったということだ。



ところで、ここで話は飛ぶのだが、少し前の防衛大臣に久間氏(以下、Q氏と略。)というのがいた。原爆容認発言の方である。「しかたなかった」と、いささかアメリカ人に理解が良すぎる発言だったわけだ。このQ発言だが、「生理的な違和感」や「理想論的反核運動」その他ありとあらゆる方面からの非難を浴び、事実上のクビになった。個人的に追い討ちをするなら、「Q氏のような弱気な防衛大臣では、近隣諸国から『一発お見舞いしてもいいんじゃないか』とか誤解されそう」と付け加えておく。

一方、日本全国で非難の嵐が巻き起こっている中、彼は長崎出身であり、地元でも非難は多いのだが、一部、そういう『被虐的思考』があるのも事実らしい。もともと長崎はキリシタン弾圧の歴史のある地で、そういう「生か死か」というような大悲劇が市民の思考に沁みこんでいるのかもしれない。


と、唐突な枕を挟んだのは、この原子朗氏だが、長崎出身の被爆者である。多くを語らないので(というか。こちらが聞かなかったからだろうが)、推測まじりだが、年齢からいって南方の戦場から傷病で帰還している時に運悪く被爆したのだろうか。たぶん、二重被害。

ところが、原氏の詩を読んでみても、そういう「被害者意識」は感じられない。原爆を「生の洗礼」と感じているのだろうか(もちろん、『ヒバクシャ』といっても、亡くなってしまった人には抗議の機会もないし、生き残った人が、『生きていてよかった』ではそういうことになってしまう)。


そして、こういう詩の読み方は間違っているのだが、1985年に完成した長編詩「石の賦」の第Ⅱ節に『眼鏡橋』という長崎を題材としたパートがある。『眼鏡橋』といえば、日本三大ガッカリとまで酷評される期待と現実の落差のある小さな橋なのだが、堅牢強固を誇っている長崎の名所である。

しかし、その堅牢強固であり、かつ小さいという結果が、ある悲劇を生んだと詠まれていた。1957年7月25日に長崎を襲った大雨は、950ミリの降水量で、ピーク時は1時間で125ミリに達した、と記述される。しかし、その大量の雨量を海に流す途中に眼鏡橋があり、そこが奔流をダムのように塞き止めたがため、結果として大洪水を招き、死者・行方不明者539名という大災害になったと書かれている(そのうち資料で検証するつもり)。

そういう、悲劇の連鎖する街なのだろうか。


そして、またしても話は飛ぶが、この詩集を出版したのは砂子屋書房という老舗の出版社。ホームページには60年の実績と書かれているのだが、確か中原中也もここから詩集を出している。計算が合わない。よく作家の伝記など読んでいると、登場する出版社である。赤福みたいに、老舗でも一回つぶれたのだろうか?この出版社のこともそのうち調べなければ・・
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懇談会のお知らせ

2007-10-28 00:00:39 | 市民A
例年のことですが、今年も弊ブログ読者懇談会を開催いたします。

もちろん、ご自身がブロガーの方も、また読むだけのROMの方も含め歓迎です。

日時:12月1日(土)6時半頃からダラダラと開始です。終わりは任意です。

場所:赤坂某所のスナック。

会費:4000円ポッキリです。(飲み放題ですが、夕食はありません。)

連絡先:otayoichiro@hotmail.com

 参加希望の方には、地図、連絡先等ご連絡いたします。

 なお、まったくどういう方かわからないと、少し困るので、超簡単な自己紹介をお願いします。

なぜ、開始時間があいまいかと言うと、当日は、この店を借り切っていて、12時から夕方まで、少人数の将棋大会を開くので、私はずっと、そこにいるわけです。(借切りなのに、固定費ではなく変動費というのが矛盾してますが、それはお店との駆け引きですね)

今年は、第三回目ですが、第一回>第二回と参加者が減少して、若干不安です。いずれにしても、参加希望者の方には、他にどういう方が来られるかを事前連絡いたします。

なお、私個人としては、夜が深まるとネアカ方向に性格が変わっていくタイプらしいですね。

では。(また、期近になって再度、流します。)

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詰将棋マスターピース

2007-10-27 00:00:33 | しょうぎ
10月20日、弊ブログ「比較されても・・」の中で、江戸時代の超マスターピースである伊藤宗看「無双」と、異母弟である伊藤看寿「図巧」のことに関連して、現代の詰将棋の巨匠、駒場和男氏の「ゆめまぼろし百番」のことを書いた。



この「ゆめまぼろし百番」を探している途中で、実は、この詰将棋の世界では「昭和四天王」という四人の現人神が在られることがわかった。そして、その四人と代表作は、「駒場和男氏/夢まぼろし百番」・「上田吉一氏/極光21」・「若島正氏/盤上のラビリンス」「山田修司氏・夢の華」ということだそうだ。もちろん、私には判断できないが、その他にも多くの詰将棋作家はいるし、難解を極める作品も多い。また、多くのプロ棋士だって、すばらしい作を作られている。名前を書けば、いろいろと差しさわりがあるのだが、ネット上の意見を読むと、やはり、上記4人の作品集を並べなければ、「モグリ」ということになるらしい。

それで、無双・図巧を手にしてから並べてみるまで長い期間がかかったことを考えれば、それらの本を購入しても、着手するまでにはまた長い時間がかかるかもしれない、との漠然とした思いはあるものの、この4冊を入手しようと思ってみたのである。(さらに、疑問は、どうもこの四冊は平成になって、かなり経ってから出版されたもの。「昭和四天王」なのになぜ、平成に。そして、今でもせっせと詰将棋を量産中である。これでは「昭和平成四天王」ということになるのだろうか。あるいは平成四天王は別にいるのだろうか。いや、平成はいつまで続くかわからないのだから・・)

で、アマゾン他で、この4冊を調べ始めたら、結構、高額である。そして、それでは、と古本価格も調べてみる。すると・・

 ゆめまぼろし百番 駒場和男著 3990円(新刊)  2480円(古本)
 極光21      上田吉一著 1575円(新刊)   725円(古本)
 盤上のラビリンス 若島正著  1575円(新刊)   725円(古本)

3990円は高いなあ!と思いつつ、でも古本を買っては、著者の努力に報いられないなあ、との葛藤が心をよぎる。この3冊を新刊で買うと6740円。古本なら3930円。約3000円の差だ。大きいような小さいような。

そして、問題は、残りの一冊。

 夢の華  山田修司著 3570円(定価)・・しかし、売切で在庫なしとのこと。

 では、古本価格はというと、何と、「19,800円!」。ケタが違うわけではない。定価の5.5倍。

ということで、とりあえず3冊を新刊でまとめてAMAZONに注文。本当は、各5冊ずつ買って、将来への投資物件ということにしてもいいのだが、何しろ、作者は健在なのだから、「新ラビリンス」とか「極光22」とか発売になると資産価値下落の危険も感じないでもない。とりあえず三冊だけ。

本を開くのは、いつのことになるのだろうか。

さらに、19,800円の古本版「夢の華」については、どうすればいいのだろう、と、気の小さなことで悩んでいるわけだ。



さて、10月13日の出題の解答。

▲5四角成 △4一飛 ▲2一桂成 △同飛 ▲4四馬(途中図1) △3三桂打(途中図2) ▲同馬 △2二飛 ▲2三桂 △2一玉 ▲4三馬 △3二合 ▲3三桂まで13手詰

何となく、王手の掛け合いをしていくと6手目になる。ここで受け側が単に2二に合駒を打つと▲2三桂の一手詰。ではと、△2二飛の移動合には▲2三桂△2一玉▲3一香成まで、と思わせておいて、正解は3三に中合を要求。ここで、飛車合は早詰。金・銀合は駒余り。そして、香は品切れで歩は二歩禁。ということで消去法で桂合いとなる。そして、最後は馬のスライドから桂を二枚並べて詰みになる。

実は、この問題は、最初の駒数は13枚。途中でプラスマイナスがあって、最後も13枚になる。そして13手詰ということである。まあ。気付いた人は皆無だろうし、だから何だ!と言われればそれまで。



今週の問題は、少し以前に作った問題を発掘。といっても昭和に遡るということではなく、1年前のもの。ワインの醸造なら一番まずい頃だ。

実は、図面を画像に仕上げてから見直すと、しばらく、自分でも答えの筋を思い出せなかった。加齢による物忘れだろうか。全然、華麗ではない手順で詰むが、一応、双玉型であることを忘れずに・・
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銅線ドロがいなくなる日

2007-10-26 00:00:48 | 市民A
昨日のエントリの中で、金属ドロほど経済環境に敏感なものはない、などと書いたが、実はあと10~20年で、銅の価値が激落することが予想されている。


まず、銅の用途だが、主に二つ。一つは鉄砲の弾に使われる薬莢の素材。真鍮製だが、銅と亜鉛の合金である。しかし、最近の大型戦争は、上空から大量の爆弾を落とした後、戦車部隊が火炎放射器をふかしながら走り回るので、なかなか銅の需要が伸びない。自爆テロも同様で、需要増にはまったく繫がらない。


では、何が銅の需要を伸ばしているかといえば、電気関係。あまり高等な用途でないのが、電線。そして、もう一つが銅箔といった超薄板で、主に電子機器に使われる。もともと電子機器は半導体と良導体の組み合わせで作られるのだが、珪素から作られる半導体シリコンチップと銅が使われる良導体の需要がある。

そして、この電線と良導体と半導体のすべてを一気に解決できる夢の素材が開発中なのである。



”カーボン・ナノ・チューブ”。

しかも、繊維として強靭というおまけがつく。原料元素は格安の炭素というか「スス」。ほぼ無尽蔵にある文字通り邪魔者である。炭素が酸素と化合して二酸化炭素を大気中に撒き散らすことにより温暖化もひき起こしている。

強靭さの話からだが、直径1センチのナノチューブでロープを作れば、1200トンが吊り上げられる。テニスラケットとかゴルフクラブには既に使用されている(妙なもので、テニスやゴルフは道具の素材より腕の方が重要とは思うけど)。クルマのバンパーにも配合されているそうだ。そして、この先利用されそうなのが、燃料電池自動車(あるいは家庭用発電機)の水素貯蔵方法。この強靭な繊維を織り込んで繊維性のタンクを作ろうという利用法の他、ナノ・チューブの内側に水素を取り込むという正統派の方法が考えられる。


で、銅と競合する電気の分野の話に戻せば、例えば、一般的な銅線では1平方センチあたり100万アンペアほどの電流を流すと焼き切れてしまうが、ナノチューブは10億アンペアを流すことができる。1000倍。つまり、ずっと細く軽い素材を用意すればいい。軽いから高圧線の鉄塔だって、あんな巨大な物は要らないだろう。送電ロスも少ない。

半導体の世界でも、配線の太さを現在の1/50にでき、使用電力も少ないため、1000倍の高速計算ができるらしい。

つまり、カーボン・ナノ・チューブが素材として一般的になってくると、電線はくもの糸のよう軽少になり、もちろん各種モーターも小型化し、送電ロスも減り、したがって電力消費量も減り、また、自動車は水素発電で動くようになり、さらに、最小限発生する二酸化炭素は酸素と炭素に分離され、炭素はカーボン・ナノ・チューブの素材になるわけである。

”その結果、銅は電気製品としては不要となり、銅線ドロボウも消滅するはずなのだが、案外、銅の価格が暴落すると、真鍮の生産コストも下がるだろうから、再び、機関銃の玉を量産して、戦争が始まるのかもしれない。そして、泥棒という職種がなくなるはずもなく、新たな被害品目が発生するだけかもしれない。




ところで。このカーボン・ナノ・チューブだが、今まで扱いにくいと思われた性質が、「水に溶けない」ということだった。もちろん火を付ければ燃えるので、始末は簡単だが、加工しにくかったわけだ。その「水に溶けないカーボン・ナノ・チューブ」を溶かす溶液が九州大学の研究で見つかったそうだ。その魔法の溶液とは・・

サントリーの緑茶「伊右衛門 濃いめ」だそうだ。

実験室でうっかりこぼしたら、チューブが溶けたというのかどうかは知らない。コンビニで買えば500ミリで147円(消費税が17%になると164円と、ずいぶん高く感じる)。なぜ、イエモンかというと、その中に含まれるカテキン類。もちろんイエモンでなくてもカテキン類の多い茶ならいいらしい。

そして、このカテキンの話だが、しばらく前に台湾に行った時に、「お茶博士(お茶の水博士ではない)」から講義を聴いた時に、登場していた。ウーロン茶は頑張れば10回絞り出せるし、最後に残った茶殻にはカテキンがたっぷり残っていて、これをカキアゲにして食べれば、「ある」病気にならない・・というようなことを言っていた。アフラックの商売敵ということだ。
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銅線ドロ。捕らえてみれば・・

2007-10-25 00:00:52 | 市民A
赤福の話題が盛り上がりすぎて陰に消えている話。そう、銅線ドロのこと。赤福の話は毎日、新ネタが登場していて、まだまとめるのには早いので。ちょっと気になるのは、三種類の製法の再加工品と新品の製造日に『.』と『-』で細工をして、社内の目印にしていたということ。自分の直販店では社員がそれを見て、先入れ先出し方式で古い方から販売していたのだろうが、では、JR東海名古屋駅のKIOSKで売られている赤福の場合、KIOSKの店員には、なにかインフォメーションがあったのだろうか。あるいは、社外流失しないようにKIOSKでは新品販売だけだったのだろうか。何しろ、名古屋駅で累計1万円分は過去に買っていた。


で、本題。銅線ドロ。

窃盗:後藤真希さんの弟、工事用ケーブル盗んだ疑いで逮捕

 工事現場から工事用ケーブルを盗んだとして、警視庁小松川署は20日、アイドルユニット「EE JUMP」元メンバーでとび職、後藤祐樹容疑者(21)=東京都江戸川区東瑞江2=を窃盗容疑で逮捕した。同区内の17歳と19歳の少年も既に逮捕しており、後藤容疑者を中心にグループで転売目的の金属盗を重ねていたとみて追及する。

 調べでは、後藤容疑者らは7月15日未明、江戸川区江戸川2の都営住宅の工事現場に侵入し、電気工事用のケーブル80束(約100万円相当)を盗んだ疑い。通報で警察官が駆け付けた時は、3人は既に逃げていた。

 後藤容疑者は20日朝、弁護士に付き添われて同署に出頭した。アイドルグループ「モーニング娘。」の元メンバー、後藤真希さんの弟。00年に「ユウキ」の芸名でソニンさんとのユニット「EE JUMP」でデビューし人気を集めたが、02年に芸能界を引退した。


銅線のことを書く前に、ゴマキ家のこと。父親が早く亡くなり、母親が一人で居酒屋を経営しながら4人のこどもを育てたそうだ。若過ぎる転落。親不孝のきわみ。そして妻と二人の子がいるそうだ。まあ、色々と順番が狂ってしまったのだろう。

江戸時代ならば、銅線ドロが捕まれば別子銅山送りということになったのだろうか、あるいは佐渡の金山。でも、なんだか「窃盗」というのは再犯性が高いんだよね・・・

もうすぐ転落しそうなボクサーもいるけど・・

で、金属ドロのことだが、理由はもちろん銅価格の上昇。実は、この泥棒という職業こそ、経済情勢を反映する景気敏感産業である。銅やステンレスが現在の人気商品。ちょっと前は鋼材が暴騰して、マンションの鉄骨偽装事件があった。最近でてきたのがガソリンドロ。たぶん、次はタイヤドロが出没するだろう。ゴムの世界では、鉱山での作業車用の大型タイヤの需要が急増し、タイヤメーカーは工場を増設し、アフリカ諸国はタイヤメーカーとの天然ゴム販売価格協定の改定を要求している。

直感的な感じでは、銅線なんか盗まずに、正々堂々と「奈良東大寺の仏像そのもの」とか、「大相撲国技館の屋根全部」とか盗んでしまえば、日本盗賊史に名前が残るだろうが、銅線80束100万円では「小せえ小せえ」というところだ。小せえと言えば、墓地のステンレスの線香皿までもが狙われているようだが、まあ、罰当たりな話だ。


それで、やや不謹慎だが、銅ドロ関連のニュースを集めてみた。

碓氷峠の電線盗まれる JR信越線
 日本有数の急勾配(こうばい)で知られ、長野新幹線開業で廃線になったJR信越線旧熊ノ平-軽井沢間の碓氷峠(群馬県安中市松井田町)で、トンネルを中心に長さ延べ約11キロ、重さ約2・6トン、約106万円相当の銅の電線が盗まれていたことが17日、分かった。松井田署が窃盗事件として調べている。
 調べでは、9月に作業員が除草中に発見し、廃線を管理している安中市に通報した。市が調べたところ、9つあるトンネル内を中心に、信号などの電線が盗まれていた。同署は、犯人が発見されにくくするため、トンネル内を狙ったとみている。
 昨年7月18日の線路の除草作業では、異常は見つからなかった。普段はパトロールしていないという。
 信越線は平成9年9月、長野新幹線開業に伴い横川-軽井沢間が廃止され、線路や電線は10年9月から安中市が管理している。

在来線を廃止して新幹線の売り上げを伸ばそうとしたJRに鉄槌!というかよく気が付くものだ。次は赤福の工場内の電線が狙われるのだろうか。

台湾新幹線、電線泥棒が横行 高圧電流で対抗へ

日本の新幹線技術が初輸出された台湾高速鉄道(台湾新幹線)の建設工事で、電線を切断して持ち去る電線泥棒が横行している。開業予定は当初より1年遅い今年10月に延びているだけに工事の進捗(しんちょく)に支障をきたすとして、2月中旬から全線に6600ボルトの高圧電流を流し、「泥棒よけ」に使う。

「工事の進捗に支障」ではなく、進捗が遅れたから盗まれたのだろう。

柏崎市で盗み、中国人夫婦を逮捕

中越沖地震で被害を受けた新潟県柏崎市で、銅のパイプを盗んだ中国人の夫婦が現行犯逮捕されました。

「勘弁ならない。(車に)アルミの釜なんかが積んであったから、おそらくそれもどこかから持ってきたのでは」(被害にあった電気店店主)

逮捕されたのは、新潟市に住む46歳と45歳の中国人夫婦です。2人は柏崎市の電気店の資材置き場で、銅のパイプ31本、時価1万円相当を盗んでいるところを近所の人に見つかり、通報で駆けつけた警察官に窃盗の現行犯で逮捕されました。2人は容疑を否認しているということです。

まあ、人の弱みに付け込むのは、犯罪成功への鉄則。後で、裁判の時に「人の弱みにつけこむ史上稀に見る悪辣な手口には情状酌量の余地はまったくない」とか、裁判官が「定型文節」をコピペするわけだ。


そして、この手の話題の宝庫、中国からその一。
銅高騰で「彫刻の盗難多発」警察ついに懸賞金

 浙江省・杭州市で、銅像の盗難・破壊が多発している。地元の警察は、銅価格が高騰していることを受けて、転売目的の犯行ではないかとみて捜査を進めている。6日付で中国新聞社が伝えた。

 盗まれた銅像のうち1体は、貼沙河のほとりにある城東公園にあったもの。少女をかたどったもので、身長は約180センチメートルと大型だ。足の部分だけを残して、持ち去られた。

 警察では、複数人による犯行とみて、懸賞金2万元をかけて犯人の行方を追っている。犯行日時は2006年2月27日とみられている。

 同市では、このほかにも、06年1月に銅像10体が部分的に持ち去られる事件も発生している。

銅像の数だけ泥棒がいるということだろうか。そして、中国の話題は続く。

電線泥棒を射殺、警察「拳銃使用は適正」

 金属価格の高騰を受け、広東省仏山市では電線泥棒が相次いでいる。7日未明には警官隊が窃盗団の拠点に踏み込んだが、ボス格の男が銃撃され、死亡した。8日付で南方都市報が伝えた。

 窃盗団は約20人で構成されていた。メンバーはギャンブルの資金欲しさに電線泥棒をしていたという。

 地元の警察は2006年末ごろに窃盗団の概要をつかんだ。窃盗団は正月(春節)を過ぎてから犯行を再開。警察は7日午前4時ごろに窃盗団が盗みを終えてボス格の男が経営する廃品処理場に戻ってきたところに踏み込んだ。

 ところがメンバー約10人が刃物で警官隊に向かってきたため、警官は空に向かって発砲した。それでもボス格の男が抵抗を続けたため、警官は銃撃。男は死亡した。他のメンバー12人も現行犯逮捕された。現場では600メートル分の電線が押収された。地元の警察などでは「拳銃の使用は適正だった」と話している。


そして、命がけと言えば・・
銅ケーブル盗もうとして感電死、遺体は黒焦げ

 ドイツ西部のデュースブルクで、32歳の男が電流が通じている銅ケーブルを盗もうとして、1万ボルトの高電圧に接触し感電死した。地元当局が8日明らかにした。

 デュースブルクの警察は、黒焦げになった男の遺体とともに、作業具一式と盗んだ未使用のケーブルの束を発見した。

 男の片手だけが唯一焦げておらず、男の指紋が既に警察のデータとして保管されていたことから、当局者はこの男をカザフスタン出身のドイツ人と特定。

 感電で受けた衝撃が非常に大きかったため、男の手は体から切断されていたという。


あなたは、これでもまだ銅線を狙うのか?
(いや、愛読者のあなたを疑って申し訳ない・・一応、念のため、ということで・・)


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かつて茨城にあった二つの飛行場

2007-10-24 00:00:01 | 美術館・博物館・工芸品
01421106.jpg先週、茨城県の神栖(かみす)市に仕事で行った。東京駅から夜のバスで東関東自動車道を1時間ほど走ると成田空港で、さらに神栖は、30分先だ。夜の利根川は本当に真っ暗で、時々見える対向車の光だけが日本にいることを確信させる。思うに、十数年前にブラジルから当時の住友金属チームにやってきたジーコは、成田空港から鹿島方面に直行したのだろうか。「ブラジルより田舎だ。すぐに帰ろう」と思わなかったのだろうか。

そして、東関道の出口(潮来IC)からほんの数分のところにあるバスターミナルまで、なんと3つの市を通ることになる。潮来市、鹿嶋市、神栖市。そして、久しぶりにバス・トイレのついていない畳敷きの部屋(壁には、誰かが半分つぶした蛾が付着)で寒い夜を過ごし、翌日午前中に、某工場でお仕事。午後、東京に帰るバスターミナルの裏、徒歩5分に「神栖市歴史民俗資料館」があることがわかり、バス待ちの時間に覗いてみる。ここにも。様々な歴史があった。

まず、この狭い地域に3つも市があることだが、基本的にこのあたりは、集落ごとに仲が悪い。有史以来、利根川、北浦、霞ヶ浦、そして太平洋と様々な水利権が存在し、それを巡って争いがあったようだ。そして、その利根川と北浦あたりの地形自体は、遠く江戸の水資源の確保のため、利根川の流量規制(江戸川との引き合い)によって、地元の都合とはまったく無関係に、何度も変更されている。ややこしい限りだ。

さらに、このバスターミナルのあたりには、昭和の前半まで「神之池(ごうのいけ)」という大きな池があり、その利用権を巡っても争いごとが多かったようだ。

しかも、さらに歴史を遡り、戦国時代末期では、茨城北部に勢力を伸ばしていた「佐竹氏」が豊臣・徳川の対立の隙をつき、地元の豪族を一同に集め、食事会を開いた上、突如急襲、皆殺しにするという謀略に成功。関ヶ原直前には54万石にまで膨張。ところが、関ヶ原では、お家の存続対策として、一門を二分し、東と西の両方にチップを張ったため、戦後、家康に睨まれ、秋田20万石に左遷される。その憾みをはらさんとばかり、一門の末裔の佐竹敬久氏は現在は秋田市長に納まっている。

01421106.jpgというようなことで、集落同士の相互不信は今も根強く残っていて三市の合併など無理なようだ。というか、つい最近、波崎町と神栖町が合併したばかりのようだ。


そして、本題に入るが、資料館の展示資料を注意深く読んでいると、この神栖には、昭和初期に二つの飛行場があったことがわかった。

一つは、「内閣中央航空研究所鹿島実験場」。太平洋に近い海岸に近い方にあったようだ。昭和16年から18年にかけて土地収用が行われている。どうも、この航空研究所だが、成層圏を飛ぶ軍用飛行機の研究をするためだったようだ。つまりジェット機。東京三鷹に研究所の本体をおき、横浜に海上機用の研究所を、そして神栖町域に飛行場を建設する。ここが選ばれたのは、東京から近い割りに交通不便なため、情報管理がしやすかったということらしい(実際には既に国内に米側の日本人スパイがいたので秘密が守られたかどうかはわからない)。昭和20年前半には離着陸実験が行われていたそうだ。施設は昭和20年12月に解散。土地は農地となり、研究者は、その後、鉄道関係の研究所に移籍し、後に新幹線を完成させる。

二つ目の飛行場は、まさにバスターミナルの付近にあったはずの「神之池」といわれる大きな池そのものを埋め立てたもの。昭和19年2月に「神之池飛行場」として開場される。こちらは、神雷特攻隊という勇ましい名前の特攻隊の訓練基地となる。この特攻隊基地が、その後、戦史上、どういう位置を占めていたか、資料はきわめて乏しい。現地でわかったのは、昭和21年には、農地として開拓されることになったという事実だけだ。

その後、昭和40年代になると、一転して高度成長時代。この長い砂浜の鹿島灘に「Yの字」に堀割港をつくり、大規模コンビナートができることになり、その後、現代に至っている。鳥瞰図を見ても、地面が掘り込まれ、海水域になっていることがわかる。

ところで、現代の常識から言えば、国土は大切な国家資産であって、埋め立てこそアリだが、削るなんてアリエナイということになるのだろう。現代にこんな計画を立てようものなら、近隣諸国「ロシア・韓国・中国」からは、「国土を削って面積を減らすような国には、領土問題など主張する権利などアリエナイ」と、いいように言われてしまうのだろうか。

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プラチナはどこから来たの?

2007-10-23 00:00:46 | 投資
プラチナの価格が高騰している。この一ヶ月で、取引価格が15%も上昇している。ゴールド(金)も同じくらいの比率で上がっているが、プラチナの方が2倍くらい高い。値動きも荒い(金:グラム3000円位、プラチナ5500円位)。



原因は、おそらく原油価格の上昇によるオイルマネーの流入と思われる。同じオイルマネーといっても先進諸国の石油会社の利益は、「法人税」という形で、法定納付日に国家に吸い上げられ、無駄な公共投資に消えたりするのだが、国営石油会社が中心の産油国のオイルマネーは、原油出荷後1ヶ月後にどんどん現金で流入してくる。そして、中東の金持ちたちは、貴金属が大好きである。したがって、金・プラチナは原油価格と並行して上昇する傾向が強い。

それで、プラチナを色々と調べていたのだが、結構、神秘的かつ魅力的な金属元素だ。

まず、プラチナはなぜ地球上にあるか?という問題がある。どうも他の金属元素とは異なり、地球の表面近くにのみ存在するため、元々の地球には存在しない元素と考えられている。20億年~25億年前に地球に隕石シャワーが降り注いだ時代があるのだが、その頃の「あるXデー」にプラチナ隕石が落ちてきたと考えられているようだ。

現在の産出国は、南アフリカが7割。残りがロシアとカナダというように偏在している。大陸移動説でも南アとロシア・カナダが隣接していたとは思えないし、他の地域(含む日本)でもほんの僅かな量が産出されていることを考えると、巨大なプラチナの塊が南アフリカに落ちてくる途中で、少しバラバラになってロシアとカナダのあたりに小さな塊が落下し、さらに地上で砕け散ったプラチナの粉が世界中に飛び散った、というシナリオではないだろうか。

当時の地球上には酸素と窒素ではなくメタンガスが充満していたらしく、何か事ある度に世界中が火災に包まれ、CO2が満ち溢れたところで海底奥深く発生していた植物プランクトンが光合成を始め、大気が酸素に変わっていったらしい。間違いなくプラチナ隕石が落ちてきたときも地球大炎上になり、CO2を増加させ、人類発生までの曲がりくねったプロセスに貢献したのだろう。

しかし、プラチナ隕石が飛んできたということは、どこかにプラチナ星があって、それが何らかの原因で砕け散ったわけだ。プラチナだけの天体があったのだろうか。もうここから先は謎・謎・謎。(本当は千葉県茂原市にある「こりん星」から来た女性に聞いてみるとわかるかもしれない)


そして、話をずっと人間の歴史の方に引き寄せ、金とプラチナを比べてみると、圧倒的にプラチナは稀少である。金の場合、今までに人類が精製した金の量はオリンピック用の50メートルプール3杯分と言われるのだが、プラチナは、累計生産量が4000トンといわれている。密度で割ると200立方メートルになり、たった6メートルの立方体に収まってしまう。1年間の生産量も金の2700トンに対して、プラチナは88トン。さらに、このプラチナの用途だが、39%が自動車用(排ガス処理の触媒やプラグ用)。23%はその他の工業用(抗癌薬にもなっている)。また宝飾用は37%である。そして、僅か1%のみが投資用となる。だからこそ、プラチナ価格は乱高下するわけだ。

つまり、62%の工業用、37%の宝飾用、そして1%が投資用ということは、工業用、宝飾用で需給のバランスが崩れれば、大いに貴金属としてのプラチナ価格は変動することが考えられるわけだ。

そして、このプラチナの宝飾としての価値だが、スペイン人が北米大陸の先住民から略奪してきた時には、「銀の一種」と考えられていて、当時の欧州での銀の製法では溶かすことができず(融点が高い)、廃棄されたそうだ(一体、どこに捨てたのだろう?)。そのうちに、プラチナは宝飾に使われるようになったが、「白っぽい金」ではパッとしなかったわけだ。

その、「白っぽい金」が一躍ブームになったのは、皮肉にもタイタニック号の悲劇の後。米国の富豪たちが、犠牲者に弔意をあらわすために金ではなくプラチナの白を身に着けることになったことからだそうだ。その後、宝飾品としてのプラチナの地位が確立される。


ということを参考に、いつ、今まで大きな価値がないと思われた金属が大化けして巨大な富に変わるかもしれないと、いくつかの金属元素に当たってみたのだが、どうもイマイチだ。

大穴を狙うなら「タリウム」というのがある。元素番号順に言うと、イリジウム・白金・金・水銀・タリウム・鉛の順。乳白色で、常温で柔らかい。化合物の多くには毒性があり、殺鼠剤の原料になったり、伊豆長岡方面では「タリウム少女」もいる。純粋な金属元素は肌をすべすべにする効果があり、塗り薬にも使われるのだが、それは毛髪を失わせる効力があるためで、おそらく、ネックレスに加工すれば、頭髪が抜け落ちて、より光り輝くのは、ネックレスではなく頭頂部の方になるだろう。


そして、妙なことに金属としてのプラチナを買うのはいとも簡単で、例えば田中貴金属などに行けば、おカネを持っていればいくらでも自由に買うことができる。そして、無論、売ることもできる。ところが、本物のプラチナではなく、例えばVISAプラチナカードを手に入れようとすると、そういうわけにはいかないわけだ。入手するためには数多くの審査のハードルがあり、「プラチナカードを銀座のクラブで見せびらかせたい」というような邪心を持つ者には、決して手に入らない仕組みになっているはずなのだ。
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港区歴史講座(2007)に出席(1)

2007-10-22 00:00:37 | 市民A
先週から、全5回(週一)の港区歴史講座に出席を始める。港区民でもないが、港区勤務者の権利を行使(もっとも港区在住者の払う税金と港区在勤者の払う税金はどちらが多いのだろうか)。一回目は「江戸時代の麻布」。そう、今年の講座は、『麻布(六本木)』をフォーカスしている。講師はT先生。

ところが、いきなり砕けてしまう話があって、このT先生(推定38歳)だが、都立公文書館の専務的非常勤職員であり、さらに都の西南のR大学の非常勤講師。ついでに博士。どうも耳障りの悪い肩書きだが、まず、『専務的非常勤職員』って意味不明な用語は、要は公務員試験を受けていない職員ということで、給料格安だそうだ。15万円と聞こえた。そしてR大学非常勤講師って週4コマ持っていて25,000円だそうだ。25,000円というのが1週間分なのか1か月分なのか不明だが、たぶん1か月分だろう。あまり安いのでスーパーでレジ打ちバイトをしているところを学生に見つかり、クビになった講師がいるそうだ。

ちょっと、横に飛ぶが、4コマというのは6時間ということ。月4週で24時間ということは、時給1,000円。都心のレジ打ちで時給900円とすれば、博士号の効用は時給100円ということになる。一方、私事だが、以前、政府の委員会に参加したことがあるのだが、2時間半で18,000円もらっていた(3時間計算?)。中央官庁の部課長級の時給と説明を受けたが、ボーナス抜きで時給6,000円。1800時間勤務計算で年間給与1080万円。ボーナスが4か月分で360万円といったところだろうか。

それで、このT先生だが「私は千葉に住んでいるし、給料も安いので”麻布に行ったこと”は少ないのです」といささか頼りない。行くだけなら地下鉄運賃だけで十分なのだけど。

実際、私も麻布に住んでいるわけでもないし、しょっちゅういくわけでもないのだが、江戸時代の歴史上、この麻布・六本木というのは変化球でよく登場する。仙台坂、鳥居坂とか地名にあるように地形は起伏に富む。幕末には多くの公使館がこの地に集まり、今でも港区は大使館が多く、肌の白い外国人が多い。知っていることは多いのだが、だからこそ、講座も面白い。

そして、いきなりT先生はパソコンソフト「江戸・東京重ね地図」というのを紹介し、今の東京と江戸の町割りを比較して、「ほとんど変わっていません」と言われていたが、個人的には、そのソフトを3年前から使っていて、東京のかなりの部分の新旧比較をしている。港区はかなり頭に入っている。

そして、第一回目の講座なので、とりあえず、”木を見る前に森を見る”という趣旨で、「江戸の中の麻布」という位置づけについての考察。

まず、江戸と言う町だが、欧州の都市と異なり、外壁がない。さらに中央広場に集まるような直線道路もない。要するに、江戸幕府は中央集権ではなく、諸藩連合体の形式であり、江戸は防衛都市であり、さらに中央から人口増加により外縁部に拡大していたということである。(現代でも、「東京」の範囲というのは難しく、山手線内、23区、東京都、16号線内、関東一円、さらに名古屋まで、あるいは全国東京化というように考えてもかまわないだろう。先日、アメリカの雑誌を読んでいたら、東京の人口は3000万人と書かれていた。

そして、江戸は、武家と町民の人口は同じ50万人で、一方住居面積では4:1という比率だったため、慢性的に町民の住居地域が不足していたようだ。それで、東へ西へ北へ南へと幕府主導で都市開発が行われていた。そして問題の麻布の話。

三代将軍家光だが、活動記録を見ると、異常なまで鷹狩が好きだったようだ。今でいえばゴルフ狂い(その他、若いうちは男色、成人になってからは女好き、とろくな者じゃない)。公文書に行き先が書いてあるが、「鷹狩」と書き続けるわけにはいかないので、「御鷹狩」「放鷹」「御狩」「みかり」「ならせ給う」「鹿狩」「狩」「猪狩」とか様々に言い換えている。結局、週三回のペースで遊んでいる。たぶん、雨の日は行かないのだろう。いったい、公務は?

その鷹狩の行き先によく、麻布が選ばれている。つまり、その頃は町場ではなかった。その後の時代で、開発が進むのだが、この凹凸の多い麻布では、高台が武家屋敷で、谷間の低地が町民の住まいになっていた(たぶん、麻布十番のあたりは若干低いのでそこは町民が住んでいたのだろう)。そして、幕府から言っても、この麻布というのは、江戸なのか江戸外なのか、ちょうど境目にあたると認識されていたらしい。

百姓や商人や運送業者が馬に乗ってきても、この麻布からは下馬の上、馬を曳かなければならないことになっていた。あいまいな場所である。

そして、この江戸の中なのか、外なのかがはっきりしない場所としての性格が、幕末の公使館の設置につながったようだ。諸外国からは「江戸御府内に公使館を」。そして、国内的には、「江戸から離れた場所に設置すべし」という強硬論の折衷案として、この麻布周辺が選ばれたようである。(同様の例が、「神奈川開港」のはずが、もっと江戸から離れた横浜港の新設という”ごまかし”の話によく似ている。)

c3151e38.jpgところで、この外国公使館の件だが、おもしろい話があった。まず、東禅寺にあった英国公使館のこと。公使館の警護は幕府の「外国掛」の仕事なのだが、この英国公使館のイギリス人は、あちこち歩き回っていたそうだ。そのため、警護も一苦労。ある日の勤務日誌を見ると、品川に近い東禅寺から王子へ行っている(飛鳥山?)。そして浅草寺まで行き、さらに庭園の有名な「植木屋六三郎邸」に寄っている。そして夕方帰宅。すごい健脚なのだが、注目すべきはこの「植木屋六三郎邸」。この古文書が、六三郎が歴史に登場する初見だそうで、その後、庭園観光の発展につぐ発展で、六三郎は「浅草花やしき」となったそうである。

次に米国公使館はまさに麻布の「善福寺」。ここには、本堂の前に数多くの外国人警固の武士の詰番所があったそうだ。そして、様々な藩から武士が集まっていたそうで、テロリストの侵入を防ぐために、毎日、合言葉が変更されていたそうだ。「”月”といえば”カゲ”」とかいうのが、毎日変わる。現代のプロ野球のサインみたいなものだ。もっとも野球のサインは間違えてもパスボールになるくらいだが、幕末善福寺の合言葉は、間違えると斬り捨てということになったそうだ。たぶん、手のひらに墨で、カンニング用を書いていたのだろうか。



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小説 太宰治(檀一雄)

2007-10-21 00:00:04 | 書評
太宰治が好きかどうか、と言われれば、なんとも答えようがない。作家としての人物は好きになれない。作品毎の好き嫌いが大きい。どちらかといえば、作品全体としては納得できないが、部分部分での作家太宰の語り口は好きだ。おそらく、多くの人も同じように思うのではないだろうか。



2年前、津軽半島にある太宰の生家を見たときに、彼が実家に反発するバネで作家になったのだろうと、強く感じたわけだ。その巨大な生家の北東側の一室で太宰は生まれ、1948年、39歳で玉川上水で心中する。


この『小説 太宰治』は、親友だった檀一雄が、太宰の突然の晩年について書いた作品。実は、檀一雄にもかなりついていけないのだが、この小説を読む限り、太宰が亡くなるまでは檀はまっとうな常識人だったようだ。遊びにも節度があったような(もっとも自分のことを悪く書く作家はいないだろうが)記述が多い。『私は、・・だったが、太宰は・・だった』というような書き方だ。

そして、この書の要である、太宰の自殺について、「彼の小説家としての当然の帰結」というような書き方をしている。太宰が書いたすべてを同時代に読み、彼が日頃、何を読み、何を考え、どういう行動をとっていたか、そして、太宰文学の行き詰まりではなく、帰結ではなかったか、というのが檀一雄の説である。もっとも、いくつかの疑念、或いは檀の理解しえない行動についても記されている。


もし文学的帰結であるのなら、三島と同じだろうし、三島は太宰に会ったときに「好きじゃない」と生意気を言ったようだが、それは、作品の中に近しい因子を嗅ぎ取っていたからなのだろうか。


そして、川端康成の話だが、太宰が欲しくてしょうがなかったのが第一回芥川賞。太宰の異常なまでの執念は、名家の父や兄に対する存在主張だったのだろうが、その中心的選考委員だった川端への懇願となっていた。候補者が選考委員に直接売り込むなど、たぶん前代未聞。それが逆効果になったのだろうかとは私の推論だが、まったく作風の異なる石川達三が第一回受賞者になる。落選後、太宰が川端にうらみつらみを並べた書簡を送っていて、その全文が記されているが、まあ、ずいぶん残念だったのだろう。

小説家としての系列から言えば川端文学に近いのは石川達三ではなく太宰治の方だが、なぜ川端は太宰を嫌ったか、なのだが、これも私の推論だが、第一回芥川賞の選考委員になったのは川端康成35歳。その年、川端は日本文学史上に燦然と輝くノーベル賞対象作品「雪国」を発表。太宰の作など、未熟過ぎると思ったのだろう。

ところで、太宰が川端に送った手紙を檀一雄が公開している。その中で、芥川賞候補作について『道化の華』と書いてある。一方、多くの太宰論の中では、落選作は『逆行』ということになっている。

こうして、あるブロガーの前には大小様々な未完結の疑問事項が、どんどん溜まっていくのである。
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比較されても・・

2007-10-20 00:00:54 | しょうぎ
3ee41876.jpg今週の将棋ブログは、やや詰将棋の専門的な話。専門誌である詰将棋パラダイス10月号に、拙作で7月号「詰将棋デパート」コーナーに掲載された21手詰双玉問題の解説が書かれていた。本ブログでも2007年8月5日で紹介している。
 
正解手順は、
 32飛成 51玉 33馬 61玉 43馬 71玉 44馬 53歩 同馬 81玉 63馬 91玉 64馬 73角 同馬 同銀 92歩 81玉 63角 72角成まで21手詰。

龍の横効きで馬鋸風に受け方の盤上の銀を取りに行き、もう少しで取れるというところで、「銀は勘弁」と「中合の歩」が代用品になるが、馬が横ばいを続けると打歩詰になるので、またも馬が遠ざかり合駒強要すると、今度は角合で自玉を縛られるというストーリーなのだが、解説の方によれば、この馬鋸+中合の構想は、二つの前例があると書かれていた。

その一つは、なんと伊藤宗看の「将棋無双・第26番」。おっと・・。そんな歴史上の巨人と・・。そして、もう一作は、駒場和男作「春駒」1957年の発表だそうである。

3ee41876.jpg実は、宗看「無双」と看寿「図巧」は若い時分に並べたことがある。東洋文庫の「詰むや詰まざるや」に収蔵され、指摘の無双26番はすぐにわかった。初型は略すが、金銀交換や飛車交換をした後、9二に飛車を打ち、11手目に1三馬となり、その後、玉は3一から9一に向って横這いを始め、馬の方は1三から1九馬に向って縦に引いていく。そして、△8一玉に▲1八馬で馬の押し売りが成功し、▲8二銀打と打ち込んで解決する。馬の縦引きの途中で中合をすると、その駒で早詰になる。

ところが、もう一作の「春駒」が見つからない。そして色々と勘を立てて、調べているうちに、駒場和男氏には、昭和詰将棋界を代表する名作集「ゆめまぼろし百番」というのがあることがわかる。どうも、知らないと「モグリ」と認定されるいくつかの詰棋書の一つらしいのだ。

3ee41876.jpgそして、その話については後日触れるとして(既に購入)、とりあえず、ある図書館にある「ゆめまぼろし百番」をパラパラめくってみると・・・

おそらく第4番「さらば友よ」が「春駒」の改作ではないのだろうか。自ら宗看作の弟のようなものと記している。この作も、前半に、色々な駒の交換などで盤面駒数が減っていき、17手目に1三に角が成り、宗看作と似てくるのだが(いきなりハイライトを見せずに両者とも若干の前戯を使っているのである。私の作はすぐにコトに及ぶ。)、実は妙なことに、何もない1九の地点に向かって馬が引かれていくのである。合駒強要型?。(さらに妙なことにこの問題をソフト「柿木将棋」で解かせると、作意と同手数で異なる馬の経路(横這い型)を解くのだが、なぜそうなのかは「さらに、慎重な取調べが必要」なのだろう。)


3ee41876.jpg先々週10月6日出題分の解答。

▲1九飛 △2八玉 ▲1八飛引 △2七玉 ▲1七飛 △2八玉(途中図) ▲3九角 △同歩成 ▲1八飛上までの9手詰。

要するに、2七の香が邪魔駒であり、まず消去した後、▲3九角の決め技を出すわけだ。もちろん、7手目にいきなり▲3九角でなく「▲1八飛引 △2七玉 ▲1七飛 △2八玉」の連続王手のピストン運動を、好きなだけ楽しんだ後にフィニッシュしてもいい。

ところが、この問題は、初手に▲3八角といういかにも詰みそうな手が見える。38角 同香成 19飛 28玉 29歩 同成香 18飛上までの美しい7手詰。しかし、この構想は2手目に△同香不成(失敗図)という玉方の捨身技があり、王手の永久ピストン運動が始まってしまうのである。


3ee41876.jpg今週の問題は、詰将棋パラダイス誌に解答付きの簡単な詰将棋で紹介されたものの改作。掲載作は、あまりにも簡単なので。

同じ改作でも、宗看作を意趣返しした駒場作に比べれば難易度は一万分の一だろう。ただし、一目で詰めないと、厄介かもしれない(「おおた作」を見慣れた方は、直ぐに解けるはず)。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評いただければ、正誤判断。



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オセロ・コイン

2007-10-19 00:00:10 | 市民A
43b3c7dc.jpg数日前から私の小銭入れの中から外に出たがらない500円玉があった。近くの蕎麦屋の食券販売機、飲みすぎた後にスポーツドリンクを買おうとした自動販売機、・・

よく見ると、500円ではなかった。台湾の10元(日本円で約40円)。くれぐれも、先月、台湾に行っていたから、その時の余りのコインを500円玉に混ぜて使おうというのではない。何枚かの余ったコインは机の中の茶封筒で、次回の台湾行き(今、特に予定はないが)に備えて眠っている。しかし、台湾にいる時には、気付かなかったのだが、並べると似ている。確か韓国の500ウォン(約50円)も同じような大きさだったような。

ところで問題は、流入先。どこで、私の財布に潜り込んだかよくわからないが、自販機では使えないだろうから、コンビ二とか駅売りの新聞のお釣りとか、出張先のタクシーとか。もちろんこれが500円でなく5万円だったら、頭をギシギシ言わせて思い出し、オトシマエを付けるところだが、何せ500円である。そして、警察に行っても、自分が疑われるだけだろう。まさに泣き寝入り。

しかしだ・・

見事に私の財布に流入させた張本人は、このコインが円でなく元であり、さらに数字で「10」と書いてあるのに気付いていたのだろうか(クロ)?あるいは、単に500円と思って深く考えずに右から左へと流通させたか(シロ)。何だか、一枚のコインでずいぶん人間不信になってしまう話だ。おそらく、このコインの日本国内での流通の過程では、シロやクロが交互に入り交じっていく。いわば、『オセロ・コイン』。

ところで、この手元のコインだが、とりあえず、例の茶封筒の中に追加で入れてしまえば、シロコインということになる。深夜の暗がりに紛れてタクシー代の一部に利用してしまえばクロコインということになる。確か、案外重罪のはずである。もちろん、重罪にならなくてもクロコインはダメだ。ダメ、ダメ、ダメ。

本当は黒色なのに赤福というようなものだろうか。

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個人情報のこと

2007-10-18 00:00:57 | 市民A
最近、複数の出身校から同窓会名簿が送られてきた。いずれも数年に一回ずつ更新していて、周期が一致したのだろう。しかし、どちらも個人情報について、一部または全部につき非公開にしている方が増えているようだ。

一般的に言うと、名簿は紙刷りで、最終出身クラス別のページになっている。そして、左端には氏名の欄がある。そして、旧姓の欄がある。次に住所、電話番号・FAXと続き、最近はメールアドレスの欄がある。一つの学校はここまで。

もう一校の方は、さらに勤務先の欄があり、これも社名、所属、勤務先、勤務先住所・電話・そしてアドレスと続く。

そして、これらの欄にこと細かく記入される方もいる。アドレスなど、複数で書かれていたり。

一方、名前以外、まったく開示していない方も多い。まあ、「何とか、どこかで生きているよ」ということだろう。もちろん、こういう名簿ができあがる過程では、名簿事務局とは郵便などで往復しているだろうから、事務局には住所を開示していて、名簿には非開示ということだろう。

そして、非公開にしたくなる大きな理由が迷惑電話やDM。法律の整備で件数こそ減ったものの、いまだに各種売込電話や見覚えのない郵便物は後を絶たない。だいたい、名簿というのはその情報を買って、セールスに利用する方は様々な法令に抵触するのだが、見せた方はあまり咎められない。

以前、ある日本有数の大手マンション会社から物件を購入したことがあったのだが、その会社の営業マンから、社員名簿の持ち出しの依頼を受けたことがある。

営業マン「会社の社員名簿とか貸してもらえないでしょうか。30分だけでいいんですけど・・・」

おおた 「・・・・・」

営業マン「お礼は『5』出しますから」

おおた 「・・・・・」


もちろん、そういうことはしないわけ。およそ会社の名簿って、役職とか、社宅かマンションか持家かとか、住宅販売会社にとっては、様々な情報の宝庫である。やみくもに新聞折込などするより、当たりがいいのは間違いない。営業マンの言っていた『対価5』が意味するのが、5万か50万か500万か聞くのを忘れたが、いずれでも元は取れるだろう。

で、私はといえば、とりあえず、氏名と住所だけ開示。どうしても連絡したい方は、郵送のみで連絡つくようになっている。もちろん、もっとも早い連絡方法は、このブログのコメント欄に書き込んでもらう方法なのだけど。


ところで、このように個人情報というのは、どんどん非公開の方向に進んでいるのだが、かたやまったく異なるところで、情報公開のIT化が進んでいる分野がある。

43b3c7dc.jpg登記情報の電子化及びネット上での閲覧化、である。

どこの団体が、絡んでいるかというと、役所の大好きな方式である。財団法人化。財団法人民事法務協会が請け負ってシステムを動かしている。実は、私も個人会員の登録をしている。

別に、私立探偵事務所を開業しようとして登録しているわけではなく、急な取引先が現れ、受取債権の保全のために取引先社長の自宅の所有権や担保設定の有無を調べなければいけなかったのだが、中小企業の名前ではなかなか会員のなるのが面倒で(つまり利用料金の支払いについて)、てっとり早く私の個人口座で当該社長の自宅物件が担保まみれであることを調べたのである。

もっとも、法務局で申請してコピーを受け取るのと同じで、結構、手数料が物入りになるので、めったなことでは利用しない。自宅については調べてみた。無断で書き換えられたりはしていなかった。

しかし、こういうのが、誰にでもオープンになっているのだから、ご近所で「あの豪邸の所有者は誰なのだろう。いったい借入金があるのだろうか?」などというよくある疑問について、ネット上で誰にでも公開されてしまうということなのである。あなたのお宅にも秘密はないのである。

もちろん、住所地番と登記簿上の地番が僅かに異なったりしていて、簡単に所有者が検索できない場合もあるのだが、私自身はそんな些事には興味はないのだが、それでも、前園長が亡くなった後の名門松涛幼稚園の土地や建物は遺産相続の結果、誰のものになるのだろうか?などというテーマでは、ちょっと覗いてみたくもなるのである。

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トラブルを”こやし”にする人

2007-10-17 00:00:27 | 市民A
元「モー娘」安倍なつみさん(26)が、交通事故を起こした。こんな感じだ。

一部報道機関により報道されている、安倍なつみの交通事故についてお詫びとご報告をさせて頂きます。
平成19年10月7日(日)に安倍なつみが運転する乗用車が大型二輪車と接触する事故を起こしました。
この日、安倍なつみはオフでプライベートに車を使用、運転していました。
相手の方には深くお詫び申し上げるとともに、引き続き、本人と共に誠意をもって対応させて頂きます。
プライベートな時間の事とは言え、今後この様な事故が起きないよう、全所属タレント、スタッフ共々、交通安全には十分な注意を払ってまいります。
皆様にはお騒がせした事、大変申し訳ありませんでした。

株式会社アップフロントエージェンシー

「お休みの日に自分が運転する車で買い物に出かけていた際に、駐車場から出たところの路上で、自分の不注意により事故を起こしてしま いました。本当にお相手の方には大変申し訳なく思っています。申し訳ありませんでした。」


補足すると、事故は10月7日午後7時10分。渋谷区神宮前の駐車場から明治通りにドイツ製の大型RV車を出したところ、右から走行してきた大型自動二輪に衝突。自動二輪の男性は打撲の軽傷を負った。事故当時は見通しを悪くする路上駐車の車などは無かった模様。警視庁は安倍さんの前方不注意が原因と見て、自動車運転過失傷害の疑いで書類送検する方針。

一部報道では、明治通りを右折しようとして事故を起こしたと書かれている。また、運転免許は今年とったばかりだそうである。


まあ、事故の話の前に、もう、26歳になっていたのか、という感と、まあ、大勢いたメンバーの中で、盗作疑惑とかあっても生き抜いていく何かスター性があるのだろう、というのが直感。トラブルを”こやし”にする能力。


そして、もし、報道のとおり、駐車場から出て、明治通りを右折しようとした、というのは、やはり免許取立てにしては「荒業過ぎる」と言っていいのではないだろうか。それも休日とは言え、午後7時ならまだ多くのクルマが明治通りを走っている。普段は大型のドイツ製RV車が走れば、下手でも周りが避けてくれるのだろうが、残念ながら、自動二輪はすぐには止まれないのである。被害者が軽傷だったことは、まあ、運が悪いと言うより運がいいということだったのではないだろうか。

そして、ネット上では、この事故について、「小柄な体には持て余しそうなドイツ製のデカいRV車に乗っていた」という一部報道に対して、「大柄な男だって、持て余すのではないか」とか「何に乗っても勝手じゃないか」とか「タレントに運転させるなんてなってない」とかあまり盛り上がらない論戦が繰り広げられている。要点をまとめると、「運転初心者と大型車の関係」「タレントが運転することの問題」という二点になるのだろう。

まず、初心者と大型車の関係だが、難しいところで、確かに大型だと運転は難しいがRV車は車高が高いので、見通しは利く。まあ、なんとも言えない。またタレントと運転の関係だが、早い話が、飲酒運転や超高速運転とかでたらめをしない限りにおいて、問題は無いような気がする。問題は人格の方だ。(ちなみに大相撲では、力士の運転は禁止の内規があるのだが、よく破られている)。もちろん、何度も捕まれば、免許はなくなり、いずれ、本業もなくなるだろう。それにしても、26歳になってから、やっと免許を取りにいける、というのも、ちょっと可哀想な気もするが、デヴューしたのが16歳ではこういうことになりがちだ。(つまりモー娘は10周年ということ)

ただし、次年度の保険料がグ~ンと高額になるのは、しかたないだろう。

さらに、今年の初めにあった、次のようなお仕事は当面、期待できないだろう。

1日交通部長委嘱式で笑顔を見せる安倍なつみさん

春の全国交通安全運動が始まり、歌手の安倍なつみさん(25)が埼玉県警の1日交通部長を務めた。県警が企画した交通安全ポスターのモデルを昨年から務めていることがきっかけで実現した。さいたま市浦和区高砂3丁目の埼玉会館で委嘱式が行われ、県警の金川智交通部長から委嘱状を受け取った安倍さんは、「事故のない安全で安心な街にするために交通マナーを守ります」などと、交通安全宣言を読み上げた。朝日新聞

ところで、東京都内は初心者が運転するのは、なかなか辛い場所である。が、彼女の場合、故郷の室蘭に帰れば、マイクロバスでも4トントラックでも何でも好きなだけ運転することは問題ないだろう。道はガラガラスキスキだ。特に、室蘭湾の入り江の両サイドを直結させた超巨大な室蘭大橋ときたら、「これぞ、無駄な公共投資の象徴」ともいえる自然景観破壊物体。有料道路なのでほとんど誰も通らない。地元に高炉を持っていた製鉄会社のためのリバイバルプランだったのに、既に高炉はない。(同じような経緯で、千葉県南部の製鉄所及びその遊休地の対策と陰口が出ていたのがアクアラインだが、それはもっと超超大型な規模のわけだ。)

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