後ろ姿

2013-08-31 00:00:19 | しょうぎ
NHKの夏休みの家族番組で平日の昼間(つまり高校野球の合間)に、クイズホールオン(番組名が違うかもしれない)というのがあって、将棋を教えているクラスの男子小学生が出演することになった。それで、その番組製作上、その子の趣味とかを特集していて、将棋教室に取材が入った。実力はアマ初段から二段位かな

地元のメディアの取材は何度も受けていて、それなりに気を付けているのがこどもの肖像権(プライバシー)。うちの教室の売りの一つが、小学校の学区を超えた範囲の同年代のこどもの交流ということがあって、私立の子もいれば他の区、他の市、別の県の子もいる。

ところが学校の教師というのは、えてして「自分の城」の外を見せない主義に陥っているので、こういうところで交流することに寛容じゃない傾向がある。

で、もちろん人権都市横浜なので、こどもたち自体がカメラを写そうとすると、顔を隠したり席を立ったりする。ということで、写してもいいグループを分離して写真やビデオに収録したりするわけだ。

それで、当日突然取材に現れ、NHKの名刺を持ってあいさつした男性に対して、まずNHKの名刺について、「制作会社の方ですね」とさぐりを入れると、「そうです」とのこと。NHKの社員じゃない人がNHKの名刺を配っているようだ。よくある話だ。

それで、「取材はいいですけど、他のこどもさんの顔にはマスキングするのですか」と聞くと、「しない」とのこと。「それでは、お子さんか保護者の方がいれば許可を得た人だけ写してください」と定跡通りの話になり、その男性がこどもたちに話をするが、なかなか了解を得られない。しまいに、こどもたちと将棋を指して、ご機嫌とったりしはじめた。取材も大変だ。

で、結局、らちが明かずに私が指導対局をしているところを写すことになったが、顔が写らないように私の後ろから写してもらうことになった。(なんて、変なクラスだろうと思われたに違いない。賭場の突撃取材かって!)

ところが、カメラの性格上、私の後ろから写すと、私の将棋がメインになってしまうわけだ。わざと負けようかと思っていたが、最後に気が変わって23手詰で詰ましてしまった。

今まで、わざと負けたのは数回しかないので・・


さて、8月17日出題作の解答。

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銀合限定と、桂を打つ場所を作ることがメーンテーマ。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ、正誤判断。ヒントは野球部。めざせ!甲子園。野球と言えば、県別甲子園勝利数と非常に強い相関があるとされるデータがあるそうだ。近日中に確認してみたい。
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パッションフルーツの行方

2013-08-29 00:00:50 | 市民A
ゴーヤが亜熱帯栽培植物とすれば、現在の猛暑の中、沖縄以上に本土の気温が高いわけで、ゴーヤの元気がなくなっている状態で、「それなら熱帯でしょ!」ということで、ゴーヤネットを使って次の植物を伸ばしてみた。

パッションフルーツ。

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実際、勢いで植えてしまったのだが、それほど好きな果物でもない。熱帯系で好きなのは、パパイヤ。上品な甘さがいい。といってもパッションフルーツは猛暑が大好きでぐんぐん伸びてきた。ただ、野放図に支枝を伸ばして、困ったことにその支枝の方に多く花が咲き、実も多いので、剪定してはいけないそうだ。だから広いネットが必要なのだが、そうもいかず、適当に蔓をネットに絡ませていくというか、蔓に目がついているかのようにネットの近くに持っていくと自分で手を伸ばして0.1秒で巻きついてしまう。それなりに困る。

で、油断していると、あっという間に二階に近づいてしまうので、蔓のまき直しをしていると、折れてしまったりして、もう適当だ。おそらくジャングルのような樹木密生地で、繁殖していたのだろう。

しかし、実は一向に花は咲かず、どんどん上に伸びていくだけ。枝はかなり太く、「ジャックと豆の木」に登場する雲に届く怪植物のモデルのようだ(ジャックと豆の木には、かねてより疑問を持っていた。枝豆とかえんどう豆とかソラマメとか、いくら頑張っても空まで登るような形状にならないからだ。)このパッションフルーツには空まで到達する元気が感じられるが、秋になったらある日葉っぱが全部落ちたりするのだろうか、とか未来予想してみる。

少なくても日除け用にはゴーヤよりも適しているような気がする。予想収穫個数は10個と大きく予算化してみた。
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長崎オランダ村(村上龍)

2013-08-28 00:00:17 | 書評
村上龍の小説は約3割強は読んでいると思うが、つまり読んでいない7割の中の一冊。後で知ったのだが、『69』という小説の中で、村上龍本人がモデルと確信できる人物が、高校時代の友人(悪友?)との交友関係を書いていて、見方を変えればその後数十年後に再びオッサン同士の接点を得て書かれたもののようだ。人生の序盤と中盤。そのうち終盤も書くのだろう。

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登場人物はケンさんという小説家。村上龍自身がイメージである。語り合う相手は高校時代の友人、ナカムラさんという長崎のイベント会社社長。完成してしばらく経った長崎オランダ村へ、外国人芸人(パフォーマーというのかな)多数を招聘し、長期イベント張った時の話などが、どんどん書き進まれていく。火吹き男とか、サンバのダンサーとかだ。

で、この対話方式みたいな小説が成り立つのは、ナカムラ氏が語り、ケンさんが聞くという基本パターンがあるからだ。つまり漫才方式ともいえる。そして実業を行っているナカムラ氏と小説という架空事業を行っているケンさんの乗っている基盤が実際は同じなので、話の展開で喧嘩になったりしないわけだ。だから引っ掛かりもなく、どんどん二人の好きなように会話が流れていく。

まあ、好きなように書かせたらこの作家ほど楽しい小説を書くものはいないわけだ。あえて言うとヘンリー・ミラーもそうかもしれない。

で、いかにも村上龍=小説家ケンさんなので、実際に村上龍が長崎出身なのかどうか読みながら調べたくなるのだが、それはスマホをいじくれば1分以内には判明するのだが、確認すると、それだけで読書の楽しみの10%ほどが消えてなくなりそうなので、ジッと我慢する。(実際、長崎出身だった)

ところでこの小説が発表されたのは1992年。現物の長崎オランダ村だが、1983年に開園。しかし小説の書かれた1992年には、あろうことかハウステンボスが近隣に開業。結局、共倒れということになりオランダ村は2001年に閉園。ハウステンボスは2003年に会社更生法申請となる。その後、再建したハウステンボスは再び経営悪化し、現在は日本有数の名営者の手で再建中だが、彼が去ればまた元の状態に戻るだろうといわれている。もっともオランダという国自体が、「歴史上の世界国家」というべきものなのだから、現代に生き延びられないのも当然かもしれない。

ところで、まるで関係ないのだが村上龍氏の本名は、村上龍之助だそうだ。仮に本名が龍之助ではなく、龍之介だったら、ペンネームを「龍」に変えていただろうか。案外、大作家にあやかっていたかもしれないが、とはいえ、龍之助を龍之介にマイナーチェンジする気にはなれなかったのだろうと、なんとなく思うわけだ。
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秋田書店の運命

2013-08-27 00:00:27 | 市民A
消費者庁から、景表法違反として措置命令を受けた秋田書店のことだが、最初は事案を聞いていて、ただただ呆れるばかりだった。少年チャンピオンを絶対基盤として、その後、事業拡大で、今や18誌も発行している業界での一流企業なのだし、景品の数をごまかすメリットとそれがバレた時の社会的評判の失墜による損害を比較すれば、起こるはずのない犯罪行為だからである。

また、会社が知らなかったというのも無理な話で、景品の数の管理などは、会社の経理部や監査部門、あるいは外部の監査人、税務署、みんな目をつけるところなのだから、わからないはずないわけだ。

本来は、こういうのをブラック企業というのだろうが、いまやブラック企業というのは労務問題で不正行為を社員に押し付ける会社という意味につかわれるようなので、いわばブラック企業犯罪部門とブラック企業労務部門と二部門制にしないといけないなあ、と思っているうちに告発社員を解雇、という報道が始まり、事実ならば二部門ともにベスト3入りしてしまった。

もっとも、景品の数が多少の数が合わないことはよくあることで、私も過去のある会社のイベントでマイケルジャクソンのコンサートチケット10枚仕入れていた時に、聴きつけた社内外の有力者から黒い手が伸びてきて5枚が事前消耗してしまった時には途方に暮れてしまった。任天堂製品はおカネを払えば手に入るがチケットはそうはいかない。

ただ、そんな状況でもないのに恒常的に水増しを続けたのは、まあ企業体質なのだろう。

で、問題は、今後の秋田書店だが、一流から三流へ堕ちていくのだと思われる。(すでに堕ちたと言ってもいい)

なにより出版社にとって、もっとも重要なのは、作家(漫画家)と読者であることは自明である。まず、問題が起きた(発覚した)のが女性向けコミック誌に集中していることから女性誌からの読者離れが始まるだろう。次に漫画家だが、そんなブラック誌と付き合い続ける気になるだろうか。さらに原稿料は払えるのだろうか。もちろん漫画家の数は無数なので、誌面を埋めることはできるのだろうが、売れるかどうかは別物だ。

そうなった場合、再起できる可能性は、あまりないような気がする。

やはり企業は一流を目指さないとダメなんだろうと。つくづく感じるわけだ。
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ここで頑張らないとずっと被災者って呼ばれるんだぞ!

2013-08-26 00:00:31 | 映画・演劇・Video
クドカンのことを「サブカル」という言い方をする人が多いのだが、それは、単に小道具にサブカルを使っているからに過ぎないと思っている。確かに『あまちゃん』に登場するサブカルアイテムはすさまじい数になっていて、当然ながらそのすべてを理解できる人はいないわけで、そのテーマだけで盛り上げっている人たちも多いし、数多くのビジネスが発生しているが、多分長続きしないだろう。というのも、クドカンは、本質的にサブカルじゃなくて、カウンターカルチャー(あるいはオータナティブカルチャー)系の方だからではないだろうか。

といっても70年代の反体制というような部分ではなく、あくまでもカルチャーにおいての既存に対する革新ということで、それ自体、演劇や映画の世界では、ごく当たり前の時代があって、黎明期には歌舞伎だってそうだったしギリシア演劇だってシェークスピアの世界だってビートルズだってそういう変革があって、その後、安定期に入ってそれをオーソリティっていうわけ。

それと、オーソリティをめざしたって、現実に成功する人はほんの一握りで、多くの人は挫折して紆余曲折の人生を送るわけで、そういう紆余曲折人生の役の人が大量にドラマに登場していて、それが人気につながっているのかな。

そしてもう一つ。「予感」。ある予感が地下水脈のように流れている。いずれ三陸を襲う超巨大災害がドラマの進行とともに刻々と近づいてきている。

いまだにこの大災厄について、きちんとしたドラマが正面から取り組んでいない中で、NHKが朝のお茶の間に、こともあろうにクドカンの脚本をぶつけようとしているわけだ。


そして、すでに沸騰した人気の中で、最終回に近いはずの三陸ロケの状況は、かなり目撃(あるいは聴取)情報が集められ、あれこれ結末が推測されているようだ。


どうも、
「ここで頑張らないとずっと被災者って呼ばれるんだぞ!」

と誰かが叫ぶらしいのだが、それ以上は不明。

個人的予想としては、クドカンのことだから、「感動を盛り上げておいて、その後の想像は視聴者にお任せ」ということになるのだろうけど、さらに20年後(つまり2031年)に関係者が再会というようなシーンが1分間でもあってほしい、と裏読みしている。


ところで、これを期にクドカンの過去作品を観たくなった人にお勧めは、『少年メリケンサック(2009年)』。脚本も監督も自身の手になる映画で、主演は宮崎あおい。題名は暴力映画のようだが、まったく関係なくすべての年代の人が観て、笑ったり泣いたりできる感動ストーリーで、それなりにサブカルグッズも大量出品している。合わせて、宮崎あおいは、NHK大河で篤姫を演じた後、こちらを撮ったわけで(少しかぶっているそうだ)、2008年の前半で貯まったストレスを後半に爆発させたような怪演を見せる。クドカンも当時はNHKの裏番組みたいだったわけだ。
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山本二三展へ

2013-08-25 00:00:14 | 美術館・博物館・工芸品
岡山シティミュージアムで開催中の『山本二三展』(~9/1)へ行く。副題は「日本のアニメーション美術の創造者」となっている。意味不鮮明。“アニメ背景画の『神』”とか言った方がいいのだろう。

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その前に、岡山シティミュージアムに行ったのは、このミュージアムがJR岡山駅から空中回廊で結ばれていて、猛暑の下界に降りなくてもいいから。まさに彼が背景を描いた天空の城ラピュタのような場所だからだ。日本各所にあるミュージアムの中でもここくらい駅に近いものはないのではないだろうか。徒歩1分。ただし、それを売り物にはしていない。マンション選びじゃないのだから、駅至近なんて恥ずかしいからだろう。ただ、近くのノートルダム清心女子大学は、駅から徒歩10分。日本で一番「のぞみ」に近い大学と、宣伝している。これから女子大は、新幹線のガード下に移設した方がいいらしい。

そして山本二三(にぞう)の主な作だが、時代順にいうと「未来少年コナン(1978年)」、「じゃりん子チエ(1981年)」、「火垂るの墓(1988年)」、「天空の城ラピュタ(1986年)」、「もののけ姫(1997年)」、「時をかける少女(2006年)」など190点の大量出展である。

並べてみると氏の作は80年代後半から00年代初めまで、かなり写実方向に向かっていったことが感じられる。それは一見アナクロ的な表現ではあるが日本の原風景的な深い森林だったり昭和の香りの強い街並みだったりする。森はあくまでも森で、奥から何か魂が飛び出してくるといったスピリチュアルな背景画を描いている。

そして00年代の後半になると、その神秘的だった森を抽象的な森として描くようになってきた。森や雲を柔らかかつ重層的に描くようになったようだ。


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世界樹の迷宮という作品では、本来は暗いはずの森林の中に光をいっぱい取り込んで楽園のように描いている。


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また、岡山との関係では、実在の「黒島ヴィーナスロード」を絵画化している。こんなかわいい名勝地は、秘密にしておかないといけないのではないかと心配になる。


ところで、山本二三氏の出身地は長崎県である。ふとしたことから、作家村上龍と年齢も出身地も近いことに気付く。しかも作家の方は武蔵野美大に在学していたはず。何らかの接点はあったのだろうかと思って少し調べてみると、村上龍氏は1952年生まれで佐世保の高校を卒業後、一年後に武蔵野美大に入学(その後作家となり退学)。一方、山本氏は1953年生まれ。つまり生誕60年記念でもある。五島の中学卒業後、岐阜県関ケ原に集団就職し定時制高校へ。そして高校卒業後、上京し美術関係の仕事をしながら、1976年に武蔵野美大の短大に入学。もうその頃にはかなりの仕事をしていたようだ。つまり、かなりの才能の上に、さらに専門知識を積み重ねていたわけだ。

進化し続ける才能というのは、ある意味、こわいところもある。最近、喫煙をテーマにした引退作を発表した宮崎駿氏とのコラボの回数が減っていたのも、そういうところだったのかもしれない。

背景画が立派過ぎると困るのだろう。
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『人生“中盤の一手”』を観て

2013-08-24 00:00:37 | しょうぎ
NHK総合で、8月13日夜に放映された『人生“中盤の一手”』では、羽生三冠、森内名人と奨励会同期だった二人の、その後の将棋人生について、特集が組まれた。

二人とは、アマ棋士の秋山太郎氏とプロ棋士の豊川孝弘七段。

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秋山氏は、三段リーグ9回のうち1回、あと1勝が足りず、結局、年齢制限26歳の壁に阻まれている。ただ、四段のチャンスは、その1回だけで後は苦闘していたようだ。現在は都内レコード会社の経理課長で、アマチュア大会の全国優勝者に与えられる奨励会三段リーグへの参加権を狙っているそうだ。しかし、道のりは極めて遠く、果たして最終目標が四段になることなのか、もっと上のタイトルを取ることなのか、あるいは、羽生、森内と対戦して一泡吹かせて憂さ晴らしをすることなのか、そのあたりは明確にはされなかった。


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一方、豊川七段だが、彼の立場は既にプロ棋士であり、何が不満かといえば、自分の実力がタイトル戦に登場するまでに至らず、いつも羽生・森内ばかりが活躍すること。人生中盤で、自分の未来について大いなる悩みを抱えている。

番組を観た感想だが、秋山氏のことからだが、気持ちはわかるのだが、なんでもう一度プロを目指すのか、よく理解できないわけだ。レコード会社の経理課長でいいのではないかと思ったりする。何しろ、人生の「中盤」なのだから、すでに戦いが始まっているのに「序盤のように」美濃囲いを作ろうとしているみたいだ。それに、羽生さんだって森内さんだって、すでに人生「中盤」であるわけで、絶対に口にはしないけれど、すでに「終盤」のことを考えていると思うわけだ。この二人が猫名人みたいにいつまでも指し続けるはずがない。

豊川七段の方はもっと違和感があって、番組では名人戦での森内名人の一手を見て、自分に足りないものを見出したということになったのだが、棋士としてそんなに失敗したわけでもないし、それほど弱くなったわけでもないし、トーナメントで勝っていけば、タイトルだって取れるわけだ。秋山氏とは、まるで次元が違うわけだ。ただ、ある棋士の話では、通算勝率が5割を切ると、急に意欲が落ちるということらしい。今のところ、まだまだ余裕はあるので大丈夫だろうが(通算:401勝324敗)。


ところで、今回のテーマの奨励会1982年同期組だが、同期で入会した人数は東西合計で24名。プロ四段到達は8名と多数である。順不同で、飯塚、木下、郷田、森内、小倉、羽生、佐藤(康)、豊川。タイトル経験者4名の次あたりの成績ではないだろうか。また三段リーグで無念のリタイアが5名。古作、渡辺、石飛、中川、秋山。初段までが1名。級位でリタイア10名(竹中氏含む)。

問題は、中盤になってからではなく、序盤の不具合を修正するプログラムがなかったことなのではないだろうか。


さて、8月10日出題作の解答。

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空中ブランコ方式。

動く将棋盤は、こちら


今週の出題。

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序盤に複雑なことがあるかもしれない。最後は、もう少しやってみたかったが、持駒の関係で長くするわけにもいかない都合があった。といっても短くないが。手数のヒントは「サッカーチームの人数と関係あり」。


奨励会不完全燃焼で、詰将棋界に転向する人も僅かにいるようだが、激戦区になるので、あまり来てほしくないところだ。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ正誤判断。
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燦然

2013-08-23 00:00:36 | あじ
日本酒の銘柄である。少し前に岡山の土産物店で買って、自分で飲んだ。すぐに書かなかったのは、「燦」という字を探すのが、面倒な気がして、さらに「燦然」ということばの読みが、たぶん「さんぜん」だろうけど、よくよく字を見ると違いそうで、さらに「さんぜん」だとしても意味があいまいで、それを先に調べなければいけないだろうと、さらに面倒な予感がしたから。確か「キラキラ輝く」ような語感イメージなのだが、きっと大間違いなのだろうと思っていた。

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そして、ついに書き始めるのだが、まず、ラベルをよく見ると、菊池酒造という手がかりがあって、HPを調べると、「さんぜん」と読むことがわかった。そして「さんぜん」と入力して漢字変換させると、すぐに「燦然」と変換される。あっという間だ。さらに国語辞典でしらべると「燦然=キラキラと輝くこと」ということだ。まったく思っていたことが正しいわけだ。いつもながら正確な頭脳を再認識する。(それにラベルに「サンゼン」と小さな文字で書かれていた)

で、2013年の雄町サミット金賞の「燦然」だが、この雄町サミットというのは、山田錦米ではなく岡山原産の雄町米を使ったお酒のコンテストなのだが、なぜか東京の椿山荘で行われたようだ。

雄町米の酒は、何年か前から飲み始めているのだが、多くがまったり系なのだが、この「燦然」は、まったりでありさっぱりといった微妙な作りである。

sanzen2


「まっぱり」か。

で、何か書こうとHPを調べていたら酒造見学を行っていることがわかった。ただし2名以上ということと、クルマの運転者は試飲できないという当たり前のことが書かれていた。ということは、飲めないドライバーを探して来ればいいのだが、飲めないドライバーが酒造所に興味があるかどうかは、かなり無理な話なのかもしれない。熟考の必要があるだろう。
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植物図鑑(有川浩)

2013-08-22 00:00:09 | 書評
先日、高知に行った際、県立文学館にて、最近の高知出身作家で生きのいい(なんとなくカツオみたいな書き方だが)二人として、有川浩とか山本一力とか紹介されていて、さっそく一冊ずつ読んでみることにするが、何から読めばいいのかよくわからないので単に偶然に有川浩の「植物図鑑」について。

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もっとも、もっと有名な作品はたくさんあるのだが、「誰にでも読みやすい」という評判は彼女にとってプラスなのかマイナスなのかよくわからないが、本著は誰にでも読みやすいというわけでもないような、ストーリー性が少し落ちるような気がする。

主人公の若いOLのマンションにある日突然現れ、そのまま住みついた放浪癖の男性が、野草の専門家で、郊外で色々と採取してきては、そのまま料理して食べてしまうわけだ。ノビルとカラシナのスパゲティとかだ。

そしてOLの方は、料理が苦手なもので、会社で食べる自分のランチまで作らせてしまうわけだ。そして、いつまで経っても野草のことを雑草と言ったりする。

そして、この小説は古典的に起承転結の約束の通りに進んでいく。いうまでもなく、起承転結型の展開では、承と転の前半あたりが退屈だ。交響曲の第二楽章とか第三楽章と同じだ。第三楽章は、野草オタク男の突然の失踪により、第四楽章の「転」を迎えることになるが、作者は、登場人物のすべてが同一レベルの満足を得られるように、比較的ハッピーエンドを用意する。

もっとも、安易なハッピーエンドが当事者男女にとって幸せな結果となるか不幸せな結果に終わるのかは、続編を読まないとわからないのだが、残念ながら、続編は存在しない。
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ブタがいた教室(2008年)

2013-08-21 00:00:55 | 映画・演劇・Video
『ブタがいた教室』は、実際に大阪の小学校で900日にわたり児童がブタを育てた実話を元に、2008年に問題教師役を妻夫木聡が演じた映画。

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6年生の教室に子豚を連れてきて、1年間育てた上、お肉にして食べようという教師の一方的約束で始まったこのプランは、ブタの飼育そのものを妻夫木が行わないため、どんどん子ども中心のプランに変わっていってしまう。


そのため、ブタには「Pちゃん」と固有名詞が与えられ、要するにペットとなるわけだ。

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そして、ストーリーは予想通りに進んでいき、卒業する6年生のクラス26人はPちゃんの処遇をめぐって二つの意見に分かれていく。一つは、食肉センターに送ってしまうという原案通りで13人が支持。もう一つは飼育希望を申し出た3年生のクラスに引き継ぐという案で13人が支持。同数。結果として、口先ばかりで実際の飼育を子どもに任せていた妻夫木教師に一任されることになり、困り果てる。

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どうも、お腹の子どもを「産む」とか「産まない」とか結論出さずに、どんどん出産日が近づいた危ないカップルのような話になるが、最後は3年生のクラス担任の女性教師が綿密な飼育計画を作成していることに腹を立て、最後の一票を投じてしまう。次の教師の完璧さと比べられて自らの杜撰さが証明されることを恐れたのだろう。


もっとも、タイトルが「ブタがいた教室」と、「・・がいた」と過去形あるいは過去完了形となっていることから、おおよそ結論はわかっているのだが。
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徳川幕閣(藤野保著)

2013-08-20 00:00:05 | 歴史
徳川家が、戦国時代に歴史の表舞台に登場してから最終的に国家統一をなし(というか途中で奪い取って)、その後、超長期政権を築いていった過程を、5代将軍綱吉までの政権運用を振り返りながら書き綴っている著作である。

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もちろん、最近、社長業をはじめたばかりなので(社長ごっこ?)、組織の管理方法の勉強に役立つかと一瞬思ったものの、そういうわけにはいかない。ピラミッド型管理体制をとるには社員数は少なすぎるし、副社長を3人作って御三家とかやれば、すぐに社内クーデターが起きる。

むしろ、社内政敵の揚げ足取りでもして、蟄居の上、当面の間、出社に及ばず!とかやった方がいいのだろうか。あるいは、会社事務所の入り口のドアの足元に前社長の写真とかおいて、踏み絵制度とか・・

冗談はともかく、この本の内容とは異なるのだが、不思議なことに江戸幕府は初代家康、二代秀忠、三代家光、四代家綱と、徐々に短命となっていき、その結果、将軍になる年がどんどん低下していって、結局、幕閣制度が充実していく結果となっていったようだ。

歴代の将軍をみると、吉宗以降の時代になっていくと、将軍の器にははまらない人物が増えてくるのだが、それでも長持ちしたのは、江戸初期に完成した幕閣制度といった集団指導体制が機能していたからなのだろう。江戸を通じて、一般の武士は何代も同じ仕事を世襲していたのだろうが、江戸幕府という中央省庁では、それなりに人事ローテーションが行われていたということなのだろう。
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ビロウな話で恐縮です日記(三浦しをん著)

2013-08-19 00:00:30 | 書評
2008年の暮に上梓された日記風の一冊(というかブログに書き込んだものらしい)。

小説家の日記は他人に読まれることを意識している、という大胆な仮説のもとに、それならば日記を公開して、最後に出版しようということになったらしい。

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で、2008年当時は、まだ大作家の中に入っていなかったらしく、発行元の太田出版は彼女に「妄想体質作家」という肩書を与えているが、実は、一冊を読了した後に感じたのだが、彼女のエネルギーには3つの根源があると思える。

漫画(コミック)より筋書の展開の大胆さを得ているように思う。ふつうは無意識のうちにギリシア悲喜劇やシェークスピア的人間観を小説の中に組み立ててしまうものだけど、ストーリーの独自性って数多くの漫画から重層的にできているのだろうと思う。(邦画の世界でも漫画ストーリー増えているけど)

夢。といっても「わたしの夢は・・」というのじゃなく、実際にストーリー性の高い夢を見るみたいだ。どこかに書いてあったけど、画像のないストーリーだけの夢を見ることがあると書かれていた。それって、小説を頭の中で書いているってことだろう。
私も、見る夢は進歩がないけど、眠い目をこすりながら小説を読んでいると、意識がとぎれた後のストーリーが、勝手に頭の中で進行していることがある。もちろん夢の中の話の方が面白い。

生活のでたらめさ。作家の中には、村上春樹みたいに5時に早起きして午前中の決まった時間だけに小説を書くという人たちもいれば、編集者数名に追いかけられて、それでも小説書きをルーティンにしない人たちもいる。無頼派?春樹がつまらなくなってきたのは、早起きのせいかな。健康に気を付け、長生きしてスウェーデン旅行を老後の楽しみにとっておく、とか。

一方、自分のことといえば、何でも中途半端だから・・
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正体調査中につき

2013-08-18 00:00:25 | 美術館・博物館・工芸品
以前、購入した備前焼の花瓶を、会社の応接室に持って行ってしまったので、さびしくなった玄関のお飾りに、徳利を見つけてきた。

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しかし、この徳利の正体がわからない。

岡山なのだが、備前焼とは感じが違うというところから、調べてみると、虫明焼ではないかと思い始めた。同じ備前でも、もっと海岸に近い場所である虫明(「むしあげ」または「むしあけ」と読む)の地で焼かれていた陶器である。もちろん確証はほとんどないが。

それと手がかりだが、徳利のもっとも下部のサイドと裏に記号がある。重要な手がかりだ。殺人犯が犯行現場に謎のマークを書いておくようなものだろうか。

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それに、別の記号が2種類あるというのも不思議だ。一つは漢字の「大」という字に似ている。もう一つは、「一六」という幹事とイナモというカタカナが読み取れる。そもそもこのマークってなんだろうか。

それで、調べ始めると「陶印」とか「窯印」というようだ。ただし、陶器でできた印も陶印というようだが、それとは異なる意味だ。

どうも、備前焼とか有田焼、萩焼などは、陶工の一人一人が窯を持ったわけではなく、共同窯を使っていたようで、その時に自分の物に目印をつけることになっていたかららしい。老人ホームに入所するときに持物に名前を書くのと同じ理由だ(例は悪いが)。

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そして、備前焼では、この窯印制度が発達していたようで、虫明焼でも現代作家の作品には、こういった印が入っているので以前から使われていたのだろう。

そこで、推論なのだが、このイナモとか一六とかは、窯の名前ではないだろうか。そして「大」の方が陶工のマークだったとか。(まったく自信のない推論だが)

それで、ネット上で探すと備前焼の窯印は、ある程度わかるが、該当なし。このあたりで追及困難になっていく。どうも岡山県立図書館には窯印一覧図鑑があるらしいが、行ってみても問題が解決される可能性はかなり低いだろうと思われるので、とりあえず謎は謎のままにしておく。
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四段のイスに王手飛車取りをかけた三段

2013-08-17 00:00:06 | しょうぎ
奨励会三段リーグは全18戦中14戦終了時点で、順位5位の石井健太郎君(20才)が13勝1敗と2位以下に水をあけた状態である。3敗が2人、4敗が4人だが、その誰よりも順位が上のため、残る4戦のうち1勝するだけで、最低3位が確実になる。四段への正規枠は2つだが、以前、次点ポイントを得ているため、3位になれば、次点2回でフリークラスという規定があって、順位戦には出られないプロ四段となる。

以前、次点2回のフリークラス四段を蹴って、あらためて正規四段になった棋士もいたが、おそらく、そんな意味の低い見栄を張るとも思えないし、彼の実力から言って順位戦に参加しなくてもタイトルに近づく可能性も十分にあるのだし、なにしろ師匠がフリークラスなのだから、フリークラスを軽視するようなわけにはいかないだろう。

そういえば、彼が奨励会に入会した時から師匠の期待度は「渡辺竜王並み」だったので、できればフリークラスの挑戦する竜王戦七番勝負をみたいような気もする。

もっとも、そんなに強いなら、残り4試合で1勝3敗ということはないだろうとは思うのだが、どうだろうか。


さて、8月3日出題策の解答。

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動く将棋盤は、こちら


今週の出題。

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ごちゃごちゃし過ぎたかな。どうも、うまく配置できない。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ、正誤判断。
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究極!の親子丼

2013-08-16 00:00:53 | あじ
青山の鶏味座(とりみくら)の支店の一つ「ららぽーと横浜店」に、かなり有名になりつつある「究極の親子丼」を食べにいく。

しかし、究極とは大きく出たものだが、案外「究極の・・」という食べ物は多いような気がする。最初に使ったのは誰なのか気になるところだ。

で、究極には上がないはずだが、究極の親子丼はベーシックメニューで、さらに、レバー入りとか、フォアグラ入りとか超究極メニューも存在する(超究極ではなく鳥究極というべきかな)。

で、レバー入りを注文。

torimiraku


レバーが入って「究極」に近づいたというところだろうか。

そして、実際に食べた時には気が付かなかったのだが、画像を見ているとわかったのだが、中心にある卵の黄身だが、白身と黄身を分離しないで最後にトッピングしているようだ。白黄分離の際の失敗を恐れてそのままトッピングしているのだろうが、失敗しても卵とじ用に使えばいいのだから不思議な話だ。(いきなり黄身だけ投入すると上手くいかないのかもしれないが)
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