配当(ディック・フランシス著)

2013-05-30 00:00:01 | 書評
haitoディック・フランシスと言えば競馬ミステリーということなのだが、競馬の賭け方が日本と英国とで異なるので、いささかわかりにくい点もある。

話の筋立てとしては、馬券で儲ける必勝プログラムをめぐって、殺人事件が起こり、さらにテープ所有者の家族をピストルで脅迫し、テープを強奪しようという犯人の戦いである。

といっても、主人公はライフル射撃の達人であり、第一ラウンドは強奪できず、結果として14年間の懲役刑となる。

そして、服役後、自分を刑務所に送った原因について、自分勝手に判断して、主人公の家族を襲撃するわけだ。

その結果、またも襲撃は失敗する。問題は、その執念深い犯人との生涯の決選について、いかなる小説の終わり方を書くのだろうということだが、意外と簡単に片づけてしまう。
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映画『NANA』

2013-05-29 00:00:06 | 映画・演劇・Video
4月から入居している1LDKのうち約1室をAV(Audio Visual)ルームに改造中。まだスピーカースタンドを買うかどうか思案中なのだが、とりあえず2005年に公開された、映画版の『NANA』を見るというか鳴らしてみる。そのうち「うるさい!」と追い出されるかもしれない。主演は当時22歳くらいの中島美嘉と20歳くらいの宮崎あおい。二人とも「なな」という名前を持つ。

原作は、コミックの「NANA」で、矢沢あいさんにより第21巻まで進行しているのだが、矢沢さんの病気を理由に、すでに3年間休止しているそうだ。

映画『NANA』は原作の1~5巻を基にしていて、北国のロックバンドがバラバラになって上京し、それぞれメジャーになることを夢見て活動するとともに、再会とか出会いとか男女の友情や恋愛が多層的に重なってくる。

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で、もちろん中島美嘉は出演当時から大ミュージシャンだったわけで、なんで映画に出てしまうのかよくわからなかったのだが、振り返ってみると、その後、聴覚の不調により音楽活動を休止していた時に、アメリカに行って映画に出演していたりしているわけ。

多才の人はいいなあ、というのが実感。

で、宮崎あおいは、この映画に出演したあたりから、大女優路線を走り始めたような気がするのだが、中島美嘉と並ぶと、顔の横幅が大きいように見えてしまうのが、少しかわいそうな感じだ。中島美嘉は、あんな細いのに、どうしてああいう大きな声が出せるのだろうと思ってしまう。

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映画の方は、メジャーを目指す若者の群像を描いているのだが、その後続いていくコミックの方は、彼らの頂点から先の苦闘や病気、死といったテーマがストーリーに紛れ込んでくる。すべてに結末をつけなくてもいいのではないかと少し考える。

ところで、以前、台湾に行ったとき、中島美嘉は台湾では超有名人であることを知った。韓国でも有名だそうだ。無神経な政治家たちが友好関係に不要な溝を作っているのだが、文化の世界では、溝はどんどんと縮まっているのだから、嘆かわしい限りである。もっとも第一次世界大戦、第二次世界大戦の時の欧州の歴史が教えているように、文化は政治によって踏みにじられる運命にあるのだろう。
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憲法改正手続き

2013-05-28 00:00:13 | 市民A
アベノミクスの最大の問題は、金融政策、財政政策に続き、「成長戦略」を構築できるかということなのだが、どうも遅々として進まずということのようだ。

このままでは、25年度上半期の流行語大賞に「アベノミクス」という用語が加わり、一歩間違えば政権交代ということになってしまうだろう。

で、「成長戦略」よりもご執心なのが「憲法96条改正」ということらしい。どうも総理の頭の中では、憲法9条を書き変えるためには、まず96条の「国会議員の2/3で発議、国民投票の1/2で憲法改正という手順を緩和し、国会議員の1/2での発議」ということが先と思っているようなのだが、各種世論調査を見ると、国民の意識とずれている可能性がある。

世論調査では、「憲法9条の改訂には賛成だが、96条の発議要件である2/3を1/2に改正する件については慎重論が多い。

世論調査はともかくも、日本人の気性のムラから考えると多くの国民は安易な改正は危険と見ているのだろう。小選挙区制度では選挙のたびに一過性議員が大量発生してしまう。少なくても国民の政党別支持率より議員数の政党別支持率の方が多くなるわけだ。つまり、改正要件としては国民投票の比率よりも、議員比率の方が大きい方が自然なのである。

また、憲法というのは、現在の国民のみならず、これから生まれてくる国民をも規定する法であるわけだから、単に「現在の国民の過半数で変更可能」というのも、考える点はあるように思う。


また、ご執心の第9条を改訂したあと、今度は憲法改正をもっと難いルールにして、右寄り硬直型憲法に変わってしまうことはないだろうか。理論的にはありえるのだろう。

もっとも、現行憲法の中心命題は第9条だけではなく、「基本的人権」、「主権在民」というところにもあるのだが、「種々の人権侵害」とか「一票の格差」とか、おざなりになった部分も多い。逆に、日本国民が私有財産を保証されているのかどうかはっきり書かれている部分がきわめて少ないことや、そもそも立派な憲法の元で第二次大戦に国民総意で突っ込んでいったドイツの例や憲法のない英国とか考えると、はたしてこんな議論をしていることさえ、どうなのだろうとか考えてしまう。


個人的なアイディアだが、一旦改正した憲法でも、5年を経た段階で再度、改正された部分について、国民投票を行って「本当に変えてもいいのか」を再可決するような方がいいのではないかと思う。

それより、「成長戦略」をおざなりにすれば、またもアベノミクスからアソノミクスに逆戻りすることもあるわけだ。
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小指が痛む

2013-05-27 00:00:13 | 市民A
1か月半ほど前、3月の終わりごろに、どこかにぶつけたからか、左手の小指の先が痛い。

引越しの時に痛めたのか、ゴルフのやりすぎなのか、酔っ払ってぶつけたのか、まるで見当がつかない。

忙しさにかまけて、放置しておいたのだが、徐々に痛みは緩和されてきたのだが、最終的に、小指の一番先の関節部分の痛みが消えない。ゴルフクラブを振ってみると、握るだけなら痛くないが、小指に力を入れると、ズキーッという感じで痛みが走り、素振りでも5秒ほど骨の髄が痛む。

経験的いうと、あばら骨にひびが入ったときの感じで、その時は、治るまで3ヶ月といった感じだった。

で、この痛みが、骨のひびなのか、腱鞘炎の一種なのか、あるいは痛風とかなのか、結論をつけるために、整形外科に行くことにした。

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そして、医者の第一声は、
 「ずいぶん、曲がってますね。」

確かに、指が曲がっているのだが、自分的には遺伝だと思っている。
 「いや、反対側の右手の指も同じように曲がっているので、生まれつきです。指の曲がりを直そうというんじゃないですから」

その結果、痛む箇所を思い切りひねられたり伸ばされたりして、結局はX線撮影になる(というか、X線撮影してもらうために医者に行ったのだから)。


そして撮影画像をもとにして、再度診察を始めるのだが、
「指を酷使してますね。特に、小指と薬指の一番先の関節は、軟骨がすり減っています。」
「しかし、これを治せって言われても困るな・・」

「あれ、よく見ると、この関節のところの骨、砕けた痕跡があるなあ。右手の指が曲がっているのも、砕けたことがあるんじゃないのかな」

刑事の取り調べみたいだ。もっとも指の小指の先の骨が砕けるというのは、ほとんどの場合、両手をグーの形にして、振り回した結果であるのだから、疑って当然ということだろうか。疑われると、そういう気持ちになってしまうのがこわい。

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「とりあえず、ロキソニン出しとくので、1日何回か塗ってください。」ということになる。

ロキソニンが塗り薬にまでなっているとは知らなかったが、確かに塗ると痛みが軽くなる。1日3回以上、随時ということだが、2時間に一回ぐらい擦り込んでいるのだが、ある不安を感じている。今までは、強く握った場合、痛かったのだが、クスリを塗りはじめてからは、クスリが切れると、徐々に痛くなるような感じになって、あわてて塗りこむというようなことになってしまうわけだ。

アベノミクスみたいなものだろうか。
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日本人が描くパリ1900‐1945

2013-05-26 00:00:24 | 美術館・博物館・工芸品
ブリヂストン美術館で開催中の『日本人が描くパリ1900‐1945』(~6月9日)へ。


パリは芸術の都といっても、本質的には1900年頃から1945年つまり第二次大戦が終わるころまでは間違いなく世界美術界の頂点だった。

言いかえれば、印象派からピカソまで、というようなことだろうか。

そして、美術後進国だった日本から、画家の卵たちが次々にパリを訪れ、そして、現地で成功したものや帰国後有名なったもの多数である。

そして、パリの歴史といえば、第一次大戦と第二次大戦という二つの不幸があり、日本人の渡仏についていえば、第一次大戦前のいわば洋画の勉強時代に行った時期がある。黒田清輝、浅井忠、山下新太郎などである。なんとなく、パリの有名画家の雰囲気を感じることが多い。

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そして、第一次大戦から第二次大戦の間。この時期を代表するのが、佐伯祐三だろう。不運にして早世してしまった彼の作品は、本展に6枚も登場していて、いわば、本展は佐伯祐三を中心に組み立てられている、ということさえできるかもしれない。

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そして、二つの大戦をまたいで生き抜いたのが藤田嗣治だろう。ちょっと変わった絵が展示されている。そして、彼は所属国家なしというようなアイデンティティ消失型人間と化すのであった。
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握り詰め、急に難解化か?

2013-05-25 00:00:39 | しょうぎ
7月の詰将棋全国大会(名古屋開催)の一つのパターン化されたイベントが、握り詰め詰将棋大会。

5月号の詰将棋パラダイス誌で、課題の駒が発表になる。

王、角、金、銀3、桂、香、歩4の計12枚。相変わらず、双玉問題は出題されない。駒箱の中に王は二枚入っているはずなのに、なかなか王様をダブルで握ってくれない。

よくみると、飛車がないが、達人の手にしたがえば、角と香の組み合わせで山のような中合いの合い駒を手に入れることができるかもしれない。

私は凡人なので、とりあえず飛車のいない詰将棋を組み立てることにした。

といってもなかなか手掛かりがつかめないのだが、とりあえず愚作と並み作を完成させる。
愚作の方は、きょう公開してしまう。以前のこのコーナーでの発表作をもっと無駄な手で伸ばしてみた。


さて、5月11日出題作の解答。

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▲1三銀 △同玉 ▲3一角 △同角 ▲2二桂成 △同玉 ▲1二金まで7手詰め。

動く将棋盤はこちら。


今週の出題は、握り詰め不出来作。

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かなりのごちゃごちゃ問題。わかったと思われた人は、コメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ、正誤判定。
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「亀の尾」と大吟醸「亀の翁」

2013-05-24 00:00:05 | あじ
kamenoo「虎の尾を踏む」という常套句があるために、「亀の尾」という単語からは「亀の尾を踏む」という新常套句を連想して、前の政権に参加していたミニ政党のボスの顔を思い出す人がいるかもしれないが、何の関係もない。


実は、幻の名酒米として知られる品種で、明治中期に庄内の阿部亀治翁により育成され、当時は広く酒米として用いられていたそうだ。

ところが戦後になると、酒造りはエコノミーで計算される薄利多売商法が幅を利かすようになり、風害や病虫害に強い品種に特化することになっていく。味はまあまあの標準的でいいということになる。「マイカーならカローラで十分」「牛丼なら吉野家で十分」という発想だろうか。

ところが、昭和50年頃になり、越後杜氏の河合清という長老が、「昭和10年頃に『亀の尾』で造った吟醸酒の味が忘れられない」と言いだしたことになっている。この辺りのいきさつは、コミック「夏子の酒」に詳しく、平成6年にはテレビドラマにもなっているそうだ。

結局、農事試験場から保存種1500粒を頂戴して、米作りから始めて、ついに昭和57年に大吟醸『亀の翁(かめのお)』が完成したそうだ。

米の『亀の尾』も、酒の『亀の翁』も、どちらも「かめのお」と発音するのは、米の場合は「作る」という字を用い、酒の場合は「造る」という字を用いるのと相通じる感じだ。

似たような話は岡山県の赤磐地方の地酒が、日本標準の品種「山田錦」から、その源流である品種「雄町」に回帰していったストーリーを以前書いたことがあるが、農業をやむなく離れた元農家の納屋や蔵の中に残っている古い古い一粒の籾(もみ)や玄米を必死に集めている農事試験場の研究員もいるそうで、このあたりの宝探しの熱意の差が県によって違うようである。

そして話を戻すと、この『亀の翁』だが、一日出荷量はほんの数本という情報もある(ネット価格は1万円弱)。ちょっとおめでたい話があって、某氏秘蔵の一本を分けていただいた次第なのだが、大した心構えもなく、GW中に酒の在庫がなくなってしまい、冷蔵庫から取り出してしまった。

最初の飲み口は、あっさりさわやかだが、一秒後には、その酒のパワーが舌の上から口の中、そして喉から胃の方まで拡がっていく。

「味のある酒」である。さわやかでもなく、酒臭いわけでもない。おそらくは、酒造りに向いた品種を、杜氏の技によって、各種様々なテイストに仕上げることができるのだろうと推測する。


まあ、一度ならず何本か飲んでみたいな、と思っているうちに飲み切ってしまった。そして一般人にとっては入手が困難なことを思い出してしまうし、裏口入手ルートについても、もう一度めでたいことが起きないと手に入らないのであるが、そういうことは起きえないことも、わかっているわけだ。
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バーバー吉野(2004年)

2013-05-23 00:00:21 | 映画・演劇・Video
2004年に公開された映画『バーバー吉野』。
山林がらみの田舎の町には、たった一軒の床屋しかない。それがバーバー吉野である。そして、バーバー吉野では、この町に古くから伝わる神話的な伝承である吉野刈りを行っていて、この町のすべての小学生はこのコケシ的な頭を半ば強要される。

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伝承とは、山に住む天狗がこどもをさらう事件が多発したときに、天狗退治をする代わりにこどもの見分けがつかないように全部のこどもの髪型を同じにしたそうだ。(サッカーワールドカップフランス大会の時に、髪を金髪に染めていた中田英寿のニセモノとして数人の代表選手も金髪に変身したのと同じ原理だ。効果はなかったが。)

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で、この映画は、この後、東京からの転校生がやってきて、古い因習を打破するためにこどもたちが協力して反対運動を行うことになる。ベルリン映画祭の児童映画部門の特別賞を受賞したそうだが、あまり海外に日本を誤解させるような映画をもって行かないでほしいところだ。

そういえば、同じテーマで中学の野球部に入ると坊主(本物の坊主になるわけじゃないので、正確には「ニセ坊主頭」というべき)になるのが嫌だ!というようなテーマのものがあったが題名を思い出せない。

そして、下手な床屋の話に戻るが、ずっと以前住んでいた町の近所に、A理容室というのがあった。なぜか父がその床屋に取り込まれていて人生の床屋時間のほとんどをその下手な床屋に任せていた。さらに代替わりして親の職を継いだ息子の店に通っていた。父とは同居していたのだが、私は洗脳されなかった。同様に取り込まれやすい父は新聞もB新聞店がたたまれるまで付き合っていた。さらに、薮医者Cには3度も誤診で命を取られそうになっても、まだ呪縛に縛られたままのように見え、ついに最終局面に近づいているように見える。

自分のことになると、ほとんどそういうことにお構いなしなのだが、唯一、毎朝、靴下を履くときに左足から履かないと落ち着かないのだが、結構、右足から履いたりするのである。
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与謝野晶子 未公開の歌稿発見!

2013-05-22 00:00:02 | 書評
本質的には倉敷ネタではないのだが、倉敷物語館で、最近発見された与謝野晶子の未公開歌稿が展示されていた。同業者の薄田泣菫に原稿を送って、各誌や歌集といった発表方法について任せていたようで、その中で未発表のままになった歌が16首あったそうだ。

それに、彼女の生原稿である。

一応、画像については、そのままの形では公開しないでほしいとのことなので、画質を落としているが、かなりの速度で原稿を書いていたようで、達筆とは言えない感じだ。

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この原稿では、最後の二首が未発表ということらしい。

 わが世をばうちまどふことしきりにも續(つづ)きし頃のおぞましき日記(にき)

 生まれたる日をば悲しと何の云う一萬日の時の語れる

どちらも、なかなか直情的で晶子流である。感覚的には、「すさまじい」ということではないか。

一首目では「うちまどう」という困窮感のある動詞を用いて過去の日記を前にして、辛かった一時期を回想しているわけだ。

二首目では、生後一万日(27歳4ヶ月位)になった自分の生涯が、ずっと悲しい思い出ばかりだったという詠嘆の歌である。

一首目では過去の回想ということで、現在の自分と距離をおくことによって救いを得られるが、二首目では救いようのない絶望感が伝わってくる。


未発表作が「駄作」でなくて良かったなあ、と思うわけだ。
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いきなり維新を目指しても

2013-05-21 00:00:14 | 市民A
そういえば、明治維新というのは、その前の15年くらいの間に、日本中が思想の対立状態になり、尊皇攘夷運動が叩かれて、多くの思想家が斬られたり、いつの間に討幕派に寝返ったり、最後まで武士の美学に突き進んだものがあったり、そういう方向不明の血みどろの戦いの末にゲームの最後に伊藤博文が登場して、初代内閣総理大臣になっていくのだが、その血みどろ部分を省略していきなり「維新」と名乗って総理大臣を狙おうというのだから、かなりの無理感が漂っていた。

安倍総理が言うように、「私も長州(山口県)選出の議員なので、あんなもので「維新」を名乗るのでは困るのですが・・・というのが、当たってるようにも思える。


さて、前の総選挙の頃に、彼の才能は市長・県知事止まりだったのかと思っていたのだが、今回の大量の「失言群」とその後の「ぶざまな修正発言」を考えると、政治家という職業を、彼は「演説家」と考えているのではないかという疑問が感じられる。

「自己の意見を表現して、同感する人たちでグループをつくって議員にしたり、支持者を増やしていく」というタイプで、オバマにもそういう面は感じられる。例は悪いが第二次大戦の時には、そういう人たちが各国にあらわれてそれぞれの国民的支持を得ていた。

ただ、戦後日本では、一般的には政治家は「国民のために働く」ことになっているので、自説とは違っても国益という名の元に、国民のためにならないと思う時には、あえて発言しないということになっている。

そうではないのは野党で、元々国民のために働こうにも、たいした出番がないため、結構、大胆な失言をすることがある。ただ、もともと国民のために働こうと思っても野党なので何もできない、というのには同情もできるが、野党でも与党でもいつも好きなことを言い続けて困ったことになる政治家もいて、こういうジコチューの代表が、小沢氏とか、この橋下氏ということになるのだろう。

そう思うと、菅氏の場合は、マインドは国民を向いていたものの、技量不足ということだったかもしれない。鳩ポの場合、国民のためではなく「世界中の人類の平和」を目標にしたのが、数百年早かったのかもしれない。では安倍政権はどうかというと、とりあえず、無難な走行であるのだが、巨大な自爆装置がついているとしたら、稲田爆弾だろうか。「日本を守る」ために政治家になったそうだから、稲田爆弾が炸裂していないのが、もっとも予想外なのだが、実際のところ彼女が爆発した場合、政権は1日で破綻するような気がする。それでは日本は守れないということになるかもしれないわけだ。
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超格安ツアーにご注意を

2013-05-20 00:00:05 | 市民A
最近、税関から、わたされた一枚の紙には、流し目(?)の制服女性がモデルになっている。制服好きな人には垂涎物かもしれないが、9.11以降セキュリティ管理が進んでいて、制服にはナンバーがついていて、流出した場合、元の所有者が判明する仕組みになっている。(だからこそ、レアだ、という考え方もあるが)。

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で、赤い文字で書かれているコトバは、

 あんた、「運び屋」したら人生終わりやで!

下の方に説明として、

重い罪で、厳しく処罰されます

知らなかったではすまされない!

不審な荷物は絶対に預からない


と書かれていて、当たり前のような話なのだが、最近、運び屋集めも巧妙になっていて、『格安ツアー』を装った手口が起きているそうだ。

たとえば、タイ旅行1万円とかで、条件として、帰りにちょっとした荷物を運んでくれればいい。中身はチョコレートだから、とかである。チョコレートが選ばれるのは、チョコレートの中に薬物を仕込むと、匂いが隠されやすいということらしい(真偽は不明)。

で、発覚すると、覚醒剤2.5キロで懲役7年罰金300万円ということだそうだ。これはあくまでも日本の刑罰で、国によっては死刑になることもある。

税関というコトバは「税と関」の合成語であるのだか、TPP等関税はどんどん撤廃の方向にあり、「関所」分野に傾注していかないと、存在価値が低下していく集団なので、取り締まり強化は必然的に進行していくようだ。

ところで、麻薬捜査には犬が登場するのが一般的なのだが、そういう分野にはIT技術が及ばないのだろうか。匂いの感知というのは大脳の働きの一つなのだろうが、将棋のプロ棋士もコンピューターにかなわなくなった時代でも、犬の鼻には負けるということだろうか。プロ棋士は犬以下ということになる。
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ミュシャ展

2013-05-19 00:00:21 | 美術館・博物館・工芸品
六本木で開催中のミュシャ展に行くも、期間のほぼ終わりということで、慌てて駆け付けた人でかなりの満員だ。ある意味デパートの完全閉店セールと同じようなものだろうか。いや、デパートには開店期間という概念はないのだから、ただのバーゲンハンターしか集まらないのだから、それよりはずいぶんましだろうか。

ということで、実物に接近して筆のタッチを見ることはできないし、立ち止まることすらかなり難しい状態だったのだが、アール・ヌーボーの旗手の一人としてのミュシャの価値というだけではなく、彼の芸術家としての流れというようなものがなんとなく感じることができた。

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まず、チェコ出身の彼が、売れないポスター画家として悪戦苦闘の末、辿りついたのがパリ。そして偶然にも(年末の駆け込み仕事で、有名画家がいなかった)手掛けた仕事が売り出し中の舞台女優サラ・ベルナールの芝居劇用のパスター描きの仕事だった。


そして、一夜にしてミュシャは当代随一のポスター描きになる。

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そして数々の作品を描き続けるのが彼の人生の前の半分。今回のミュシャ展には240点もの作品が並んでいるのだが、中欧風の薄茶色風の色使いで、特にフランス的な女性を描いていく彼の技法は現代でも多くのファンが模倣しているのだが、やはり元祖は一味違う。

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ところが、有名になった彼は、そろそろパリを離れていく。きっかけになったのは故国の大作曲家であるスメタナの「わが祖国」を聴いてからということらしい。確かに一国を一つの曲で表現するということでは、この曲の説得力は巨大だ。そして、第二の人生で彼は画家を始めたのである。

個人的には、ミュシャは結局、スメタナにはなれなかったのかもしれない。彼の意識はチェコ人であったかもしれないが、彼の技術はフランス人だったのだろうか。あるいは、彼が描こうとしたチェコの歴史というのは、絵画で描くには残酷すぎたのかもしれない。

そして、第二次世界大戦の初期段階でチェコはドイツの侵入を受け国家喪失の運命に至る。悲運の中でミュシャの人生は1939年に尽きたのだが、仮にもう少し余命があったとしても、ソ連弾圧下の共産主義チェコスロバキアの姿を見るだったはずだ。

一方、サラ・ベルナールはミュシャに先立つこと16年、1923年に偶然にもミュシャと同じ78歳で他界し、フランスは国葬を行っている。ミュシャが葬儀に駆けつけたかどうかは不明だ。
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人間敗れても、同情の声なしか

2013-05-18 00:00:37 | しょうぎ
コンピューターとプロ棋士の対決が終わり、世間の評判はどうなるのだろうかと思っていたが、一向に棋士に同情する意見は出てこないようだ。

プロもコンピューターに頭脳ではかなわない時代になったのだから、株の自動取引ソフトを個人が使用しても何の問題もないというような意見を読んだこともあった。

思うに、人間の思考は大して進化しないのだが、コンピューターの速さは日々改良されるのだから、時間の問題に過ぎなかったわけだ。

そして、アマチュア愛好家の眼にも、「将棋が強いだけで、人格に書けるような人達を尊敬できるか」という思いがあったわけだから、「ざまあ○○」という気持ちになる人も多いだろう。

三浦八段が敗れた第5局などは、三浦八段の大局観が、思慮浅かったために間違っていたとしか思えない展開だったわけだ。現代将棋で異次元の大局観を持っているのは、羽生・森内の二人ということになるのだろうが、まず指さないだろう。

今回の企画で将棋連盟がどれだけ潤うのかは不明だが、新聞棋戦の契約料なんか確実に下がるだろう。あるいは、コンピューターも棋戦に参加するのかもしれない。


さて、3月30日の出題作の解答。

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動く将棋盤はこちら


今週の問題。

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15手詰を予定している。

わかったと思われた方は、コメント欄に、最終手、総手数、酷評を記していただければ、正誤判断。
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千葉県の海って水族館?

2013-05-17 00:00:05 | あじ
千葉市の海浜幕張地区というのは、もうほとんどの住民は新千葉人で、大多数は東京へ出稼ぎ(いや、「通勤」と言い直すべきだ)に行っている。もともと五十年ほど前は、海だった場所で、アサリや海苔の養殖をしていた場所に土をかぶせて、その表層の上に住宅地を造っている。あと二回くらい大地震で揺さぶられると、液状化も終了し、硬い地盤になるだろう。約100年後か。

で、その近くにスポットの仕事があって、打ち上げに駅前で軽く会食をしたのだが、千葉県館山産(あくまでも水揚港)にこだわった和食を提供するお店に入る。

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で、さっそく刺身の盛り合わせを注文すると、予期していないようなコンビネーションが盛り付けられてきた。何しろ、オカシラが2柱である。見慣れぬ不細工な顔についてバイト店員に聞くと、「ブダイとイシダイ」ということだそうだ。イシダイは知っているが、ブダイというのは知らなかったのだが、沖縄の市場で見かけた記憶があった(イラブチャーというらしい)。

さらに、珍味が、皿の右手前にならんだ握り鮨だが、「マンボウ」だそうだ。さらにマンボウの肝が添えられている。マンキモとか言うのだろうか。

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私は、マンボウを食べたことがあったが、同行の各人は未体験らしく、神妙に味わっていたが、私は、同じような味なら「ツブ貝」の方が好きだ。

ブダイの身は、白というよりもピンクであり、柔らかいようで、噛むと肉の奥の方がしっかりと硬い。人間の場合、こういう筋肉は肩凝りになりやすい。マッサージ店でよく言われている。

そして、なんとなく思うのだが、館山は、陸も海も沖縄のような亜熱帯になったのだろうと感じてしまうわけだ。


そして、夜の高速バスで、場所を移動。茨城へ。

茨城某市で聞いた話は、かなり生臭い話だった。市町村合併の時の裏約束として、大きいほうの市長は2期8年勤めたあと、小さいほうの町に市長を譲るということだったが、実際には3期目を目指すらしく、小さいほうの町が大騒ぎをしているようだ。数が多い方の市長は、数に任せて「かかってこい!」というようなスタイルらしい。

そもそも、選挙には誰でも立候補できるのだから、とんでもなく方向違いの話だ。さらに、憲法改正についても同じような話だと、・・・困る。
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ユニクロの世界同一賃金制の行方

2013-05-16 00:00:12 | 市民A
ユニクロ(ファーストリテーリング)が導入を検討していると言われる世界同一賃金制のこと。

よく調べると、同じ仕事をしている人を同じ給料にしようという基本概念はあるが、それを各国の物価や必要生活費で調整して支給しようということらしい。

それで思い出すのが十数年前に同じような体系を持っていた石油メジャーのエクソン(現在は合併してエクソンモービル)。日本法人はエッソ石油と言っていたが、世界同一賃金制だった。ただ、なにしろ日本(東京)の物価は高いし、特に住宅費や食費は格別だ。

そのため、物価調整を行うと、日本法人の社員は、本国の役員並みになっていたそうだ。その結果・・・

現在は、日本人は、必要最小限の人数になっているようだ。
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