谷津干潟(2)

2010-03-31 00:00:26 | 美術館・博物館・工芸品
谷津干潟は渡り鳥の越冬地になっていて、主にシギ類とチドリ類のための場所である。ただ、もちろん空中に檻があるわけではないから、すべての鳥類にとって、出入り自由である。

水鳥ではない野鳥もいるし、雀もいる。ただし干潟の中央の方には、そういう陸鳥はいないように見えた。それで、カモがたくさんいた。例のようにカモの小分類を知らないので、見わけがつかないので、単にカモとしか書けないが、どうもカップリングの季節だったようだ。



カモのカップリングの掟についても知らないし、オスとメスの差もよく知らない。若干体が大きくて、派手な色の方が、たぶんオスだと思うが、ある一角で、合コンが行われていた。まだ、相手が見つからないオスとメスが相手を見つくろっているわけだ。結構、カモの社会は紳士的なルールが守られているようで、メスにそっぽを向かれたオスはさっさとあきらめて、別のメスの方にいってプレゼンテーションを行う。



それで、カップルの相手が見つかると、二羽で別のエリアに向かって泳いでいくわけだ。未婚者エリアから既婚者エリアに向かうわけだ。泳ぎ方はオスが先になってメスがその後に従うのだが、観察していると、オスは、しょっちゅう後ろを振り返っている。逃げちゃったんではないかと心配になるわけだ。気になっても後ろを向いて泳ぐわけにはいかないし。

そして既婚者エリアに到着すると、見事なまでにほとんどのつがいが1メートル以内で泳いでいる。ただし、さらによく見ていると、稀に変なカップルがいて、オスとメスが気ままに離れて泳いでいる。まあ動物の種の進化には、そういう変わり者のチャレンジャー夫妻が必要なのだ。



そして、しばらく泳いでいたと思ったら、急にバタバタと空を飛び始めた。何組かのカップルが編隊を組んでどこかに飛んで行ってしまった。人目に付かないところで、最初の共同作業を行うのだろうか。残念ながら、日本でこどもを産んでも、外国へ飛んでいくと、「こども手当」はもらえない。

谷津干潟(1)

2010-03-30 00:00:45 | 美術館・博物館・工芸品
JR津田沼駅は東京駅から千葉方面に快速電車で30分ほどの首都圏の住宅街である。その駅前から数キロという距離に「谷津干潟(やつひがた)」がある。



国際条約である「ラムサール条約」で保存が定められている渡り鳥の越冬地である。日本でも30カ所以上が指定されているのだが、実は、首都圏にあるのは、この谷津干潟だけである。主にシギ類とチドリ類が越冬することになっている。

ラムサールというのはイランの地名で、渡り鳥の保護のための国際条約。あのイランで国際会議が行われたとは信じ難いが、パーレビ国王の時代だったようだ。

そして、現地に行って驚いたのは、干潟といっても海岸にあるわけではなく、内海になっている。干潟の先に京葉線の鉄道があって、その先には「ららぽーと」などもあるようだ。要するに、干潟を含むエリアを埋め立てたのだが、干潟だけがそのままなので、周りが普通の住宅やマンションや高校に囲まれることになった。渡り鳥たちは、何十世代も、同じ場所で生まれ、親鳥の航跡を覚え、そしてその場所がなくなると、大変に困ってしまうわけだ。


しかし、実は、何も調べずに行ったので時間は最悪。これから満潮に向かうところであった。干潮になって干潟が姿を現すと、鳥類の「ごはんタイム」になるのだが、潮が満ちていると、餌を取るのも大変だ。



比較的大きなシギ類の2羽(鳥の名前をよく知らないのでゴメン)が、長い嘴を突き刺して小魚を探しているようだが、屋内の観察エリアに備え付けの望遠鏡で見る限り、空振りしているように見える。

何か手当たり次第に餌を求めているのが、ちょっとかわいそう。ただ、人間の世界に喩えれば、コンビニからコンビニへと万引きを続けているようなものなのかな。


ところで、望遠鏡で遠くの野鳥を観察しているうちに気付いたのだが、かなりの高倍率で見えるわけだ。冗談じゃなく、彼方の方にあるマンションが偶然に視界に入ったのだが、各部屋の中まで見えるような気がする。



とはいえ、こちらから見えていることはマンション側でも知っているのだろうから、「団地妻、午後二時の情事」なんてことは、たぶん見ることはできないだろう、と思うのだが、くれぐれも、“子供がバードウォッチングに行った間に、・・・”とか思ったらまずいだろう。

つづく

「中原中也との愛(長谷川泰子)」

2010-03-29 00:00:25 | 書評
今年は、なかなかいい本に恵まれている。



本書は、文芸評論家村上護氏が長谷川泰子のインタビューを基に、若干の研究を加え、1974年に出版された単行本を34年後の2008年秋に角川ソフィア文庫として文庫化されたもの。1974年の上梓の時、泰子は70歳。1993年、鎌倉の老人ホームで亡くなっている。88歳だった。

では、長谷川泰子とは誰なのか。



ごく、短く日本文学上に残る足跡を綴ると、こういうものだ。

1904年、広島県に生まれ、女優になるため家出。京都で16歳の中原中也を知り、同棲して上京後、中也の友人小林秀雄と同棲。小林と離別後松竹キネマに入社。「グレタ・ガルボに似た女性」で注目される。1993年、88歳で死去。

と簡単すぎる叙述であれば、熱烈な中原中也ファンからは、「中原を捨てた女」「中也の人生を破滅させたために、彼は早死にしてしまい、結果として、愛すべき中也の誌が少なくなってしまった」とか、要するに悪女にされている。実際、老境に近づいて生活に苦しむ彼女がビル清掃員として働いているところへ脅迫者まで現れている(逮捕された)。

一方、小林秀雄にもファンはいるだろうが、「熱烈な」というようなタイプではないだろう。

そういう、文学史上の「大事件」の当人なのである。

もちろん、女性の弁明をそのまま信じるかどうかは読者が決めることだろうが、彼女が文学史上に「文壇関係者」として登場する他の女性とは、大きく異なるのは、彼女が「文学作品を書かないにもかかわらず、文壇の中央を泳いでいた」ということだ。単に「太宰の愛人になって心中の道連れになった」というのとは知的レベルが異なるわけだ。

だから、本書は、裏返しの中原論でもあり小林論でもあり、さらに大岡はじめ多くの文学者の実像が書きこまれている。

長谷川泰子の名誉のために書いておくと、「中原を捨てて、小林も捨てた」ということではなく、「中原と別れて小林の元にいったものの、小林が逃げた」ということらしい。

小林が去ったあと、中原とも交遊は続いていたのだが、それは彼女が中也の中に、文学の創造力を見ていたからで、それが中也の葬儀の時の「大泣き」になったということだそうだ。

つまり、長谷川泰子は、世界中でもっとも熱烈な中也ファンであり、それを中也が少し取り違えていたのではなかったのか。

そんな感じが妙に読後に残る。


ある意味、本書は、20世紀の日本文壇の中で壮絶に生き延びた「文壇放浪記」なのかもしれない。


ところで、彼女は小林と別れた後、山川幸世(築地小劇場の演出家)との間に長男茂樹を産んでいる(1930年)。その後、茂樹を連れ、実業家と結婚。実業家がスポンサーになり中原中也賞を創設。(実業家の経営難で3回で終了)

その後、世界救世教に入信していくのだが、長男の茂樹氏は存命ならば80歳。彼の人生のドラマも少し知りたい。

『ひめち』 劇集団「五色の花」公演

2010-03-28 00:00:08 | 映画・演劇・Video
himeti久しぶりに「麻布演劇市」に行く。六本木の麻布区民ホール。

今回は、結構本格派である。作・演出は川口圭子さんが3年をかけて練り上げ、照明や音楽も本格的。客の入りも上々である。

ひめち、とは徳島県南部の地魚で、一見、髭のはえた金魚みたいだが、どうも病みつきになるらしい。その地魚もめったにとれなくなり、蜜柑山も採算に乗らなくなり、そこに高速道路の計画がどこからか湧き上がり、裏金の飛び交う中、ついに工事に着手。

そういう町を二分する騒動の中、お遍路さんを相手の旅館の女将の周辺に起きる様々なできごとが、たまたまある一日に集中して起きる(というか、劇だから次々に勃発しないと困るが)。

地方と中央、自然保護と金権政治、家族愛と不倫愛、若者と老人。そして現在と過去、そして未来。さまざまな対立軸が1時間50分の中、旅館のロビーにある応接セットで繰り広げられる。


ところで、演劇を観ていると、映画よりもずっと怖く感じることが多い。というのも、例えば「鉄道員」とか、「横溝正史物」とか、現在を演じていながら、突然過去の忌まわしい思い出が筋立ての中に登場したりすることがよくあるのだが、演劇の場合、演じている人物が、すぐそばの舞台の上にいるわけだ。上手い役者の演技は、あたかもその生身の人間が実際にそういう体験をしたのではないかと思わせるものである。

その、なんとも現実と非現実のもやもやとした感覚が、ちょっと怖くて、だからやめられない。

3月26日~28日まで。

詰将棋解答選手権不出場の弁(明)

2010-03-27 00:00:48 | しょうぎ
詰将棋解答選手権も七回を数えている。最初の数回は参加していたのだが、終わるとぐったりしてしまうため、最近は、チャンピオン戦ではなく、一般戦の問題を自宅で速攻で解いて、「もし参加していれば○位だなあ」と、自己満足に浸るだけにしている。同じような人は多いだろうから、そういう人が全部一般戦に出たら、「○位だなあ」ではなく「○○位だなあ」とか「○○○位だなあ」ということになるのだろう。

とりあえず、チャンピオン戦の問題でもプリントアウトでもしてみようかな・・


さて、3月13日の出題作の解答。



▲3八銀 △3六玉 ▲4七銀打 △2六玉 ▲2九香 △2八飛(途中図1) ▲同香△1七玉 ▲1九飛 △1八歩(途中図2) ▲同飛 △同玉 ▲2九金 △1七玉 ▲1八歩 △1六玉 ▲2七銀まで17手詰

初手の▲3八銀引が幻覚的な手。本題の「無方向性」が予感されるようになっている。そして、本題の一つの目標が、香車で「とどめの歩」を手に入れることなのだが、いったん香車を飛車に格上げ(途中図1)してから歩合を強要(途中図2)することになる。

ところで、玉型の1四銀だが、「一体何のため?」という疑問がある。まあ、苦し紛れの配置である。実は途中図2の時に、歩合いでなくても銀合いでも同手数になる。歩合いを強制するために、銀を盤上のどこかに配置して品切れにしようとしたのだが、なかなか妥当な場所が見出せない。いっそのこと3九の金を成銀にすれば、一枚少なくなるが、それでは奇妙だろう。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。



玉はどちら方面に行くのだろうか。とどめの駒も問題だ。


わかったと思われた方は、コメント欄に、最終手と総手数と酷評を記していただければ、正誤判断。

中国が2007年に承認した国はドメイン天国だった

2010-03-26 00:00:26 | 市民A
グーグル撤退に続き、ゴーダディー社が中国ドメイン「cn.」の新規登録を中止した。日本でいえば、会社のアドレスにco.jpとかne.jpなど使うためのjpが発行されなくなるようなものだ。


【3月25日 AFP】インターネットのドメイン名登録サービス世界最大手の米ゴーダディー(Go Daddy)は24日、中国政府による新規制を理由として、中国のドメイン名「.cn」の新規登録を中止することを明らかにした。2日前には米グーグル(Google)が中国本土でのネット検索サービスからの撤退を発表したばかり。

 米議会の中国問題執行委員会(Congressional-Executive Commission on China)の公聴会で証言したゴーダディーのクリスティン・ジョーンズ(Christine Jones)上級副社長によると、中国インターネット・ ネットワーク情報センター(China Internet Network Information Center、CNNIC)は同社に対し、ドメイン登録者または企業のフルネーム、住所、電話番号、電子メールアドレスなどの情報を収集するよう求めていた。4か月前からはこれに加え、「.cn」ドメインの新規登録者のカラー顔写真、中国での事業登録番号、署名付き登録フォームの提出を要求されるようになったという。

 ジョーンズ上級副社長はまた、グーグルが検索サービス撤退を決めた要因となった前年12月の中国国内からのサイバー攻撃について、ゴーダディーも被害を受けた企業の1つだったことを明らかにした。(c)AFP/Chris Lefkow


それじゃ、中国はまずいことになるのではないかと思うのだが、ふとあることに気が付いて調べてみると、思った以上に妙なことがおきていた。ある政府のこと。

4年以上前になるのだが2005年11月18日に弊ブログ『nuの話』で、ニュージーランドの北東にある小さな島である「ニウエ」のことに触れた。ニュージーランドの保護領でありながら独立運動の末、自治権を確保。国策として世界中にドメイン(.nu)の安売りを行っている。さらに、最近ウラニウムが発見された。

その後、深く追いかけなかったのだがwikipediaによると、この独立運動とウラニウムとドメイン乱発の国家を2007年に承認した国があるそうだ。

中国である。

つまり、ドメイン制限を受けた時の備えとして、この島を半植民地化しようとしているのではないだろうか。まして、ウランも採掘できるし、地域的にも太平洋の海軍基地の候補とでも考えているのだろうか。

慌てて作業中のこと

2010-03-25 00:00:41 | 市民A
livedoorが自らの売却先を探しているようである。いくつかの売却先について打診を行っているという報道がなされている。国内だけではなく、近隣の国の企業が買収する可能性もある。ポータルサイトとブログがメイン商品なのだろう。

個人的には、livedoor社が上場廃止の寸前に備忘価格に近い小額で株券を購入したのだが、数年前から会社の資産整理の一環で、思わぬ収入を得ると同時に、そろそろ会社清算の時期が近付いているのだろうと予感していた。

となると、ブログが問題になる。もちろん、そのブログを高額で購入しようという企業があるのだから、消滅することはないのだろうが、実は、このブログはlivedoorで書いている。

前回のホリエモン騒動の時に、これは危ないな、と思って現在は、livedoor版の「おおた葉一郎のしょーと・しょーと・えっせい」とgoo版の「おおた葉一郎のしょーと・しょーと・えっせい」のダブルブログになっている。その二つは、みかけ全く同じである。

それなら、問題ないじゃないの、ということになるはずだが、ちょっとした、そして面倒な問題がある。

というのも、最初は別荘気分だったgoo版だったものの、現在のアクセスはlivedoor版の1.5倍程度になっている。なぜか分家の方が多いわけだ。

ところが、アップの方法だが、先にlivedoor版で書いている。そちらの方が扱いやすいからだ。その後、そのコピーをgooに張り付けている。

最大の問題は、『画像』なのだ。

実は、livedoor側のサーバーの画像ファイルに入れておくと、そのURLを書いておくだけで、自動的にgoo側のブログ上にlivedoorの画像が現れるのである。ところが逆にgoo側のサーバーの画像はlivedoor側では表示されないわけだ。

この原因は、goo側が自社のサーバーを他社のブログの画像倉庫にされないためにブロックしているものと考えられるのだが、livedoor側は、「どうぞご自由に」ということなのだろう。

となると、livedoorの新経営陣が、ケチな締まり屋になった場合(たぶんそうだろうが)、画像倉庫に鍵を掛けてしまう可能性が高いと思われるわけだ。

となると、例えば毎週土曜日にアップしている詰将棋なんか、図面画像が見えなければ話にならないわけだ。

ということで、livedoorの画像ファイルをgoo側の画像ファイルにコピーをして、さらにテキストを書きなおすという作業を、こつこつこつこつこつこつこつこつ、と気は慌ただしくも作業は亀のごとしといったところで進めているわけだ。だいたい1日1時間で過去の一カ月分というところで、現在のところ、過去の分から始めて、2009年の春の分まで進捗中。

もちろん、きわめて苦手な「丁寧で、綿密で、細かな作業」であるため、少しはコピーミスもあるのだろうけど、それは新livedoorが画像ファイルをクローズした時にわかるはずだ。

絵馬にみるご時世

2010-03-24 00:00:46 | 市民A
神社仏閣に足を運ぶことの楽しみの一つが、絵馬を読むことだ。

ema

なんか盗聴、盗撮の類に近いような気もするが、書かれた絵馬が天下に晒されることは、誰でも知っているのだから犯罪になることはないだろう。教会の神父が懺悔の内容を口走るのとは事が違う。

さて、日本には八百万もの神様がいるといわれる。一神教の方々には思いもつかない発想なのだろうが、それでも日本人が増えすぎて1億3000万人にもなると、一人の神様で16人の国民を担当することになる。たまにきて一枚500円の絵馬を奉納されたって、あがり総額は8000円だ。

さらに、神社は、「スペシャル」と「ゼネラル」に分かれていて、特定の方向のお願いをする神様、例えば受験の神様「天満宮」とか、縁結びの神様「出雲大社」とかの仲間と、どんなお願いでもOKの神社に分かれる。

以前、出雲大社で絵馬を読んだときは、まったくの大笑いだったのだが、先日、大銀杏倒壊見舞いに行った鶴岡八幡宮は、一応武運の神ということになるが、現代日本では、あまり武運の神様に祈ることは少ないので、分類としては「ゼネラル系」に属するのだろう。

となると、絵馬は多岐にわたっていて面白いはずだ。

志望校合格編

神奈川という場所柄、「慶応関係」が多い。

『○○に合格しますように』というのが一般的だが、『志望校に受かりますように』というあいまいなものもある。具体的でないと、頼まれても困るだろう。

けしからないのが、カケモチ主義。出雲大社でもあったが、「弁護士か医者と結婚できますように」というような類だ。「世界中の誰でもいいから結婚できますように」というようなのなら簡単だろうけど。

『2月9日慈恵医学部、2月20日慶応医学部に合格しますように』

絵馬を二枚買ってくだされ。

『きょうの試験受かりますように 鎌倉女学院 ○○』

切羽詰まり。



私生活編
年寄りが三人集まると、話題は、「健康(または病気)」「年金」「老親の介護」になるという話を聞くが、さすがに年金問題は絵馬に登場しない。老親の介護問題も登場しないのは、本当は健康とは異なる方向を望んでいるのだろうか。だから絵馬に書けない。

そして、健康問題や家族の幸せについても、よく書かれるテーマだ。

『家族が健康で・・・』とか『じょうぶな赤ちゃんが・・・』とか『仕事がうまくいきますように』とか、あまり具体的じゃないのが多い。

ただ、よく見ると、ただならぬものも混じっている。



『浮気封じ!』 ?

『いじめられないようになりたい』 ガンバレ!

『トトの願いが届きますように』 ?

『いい人つれて来い。』 神様に命令。



夢編

まあ、本来、私生活や受験というのは、短期的目標なので、あまり神様の得意分野じゃないかもしれない。神頼みの前に自分の努力がほとんどすべてを解決する(あるいは解決できない)。もっと、人生のずっと先にあって、それこそ運命の関係する事項こそ、神頼みにふさわしい。

『鎌倉市民の安全・健康のためにお願いします 鎌倉市長 ○○○』

市政は神頼みだった。自分の当選を祈るべきかも。

『天下統一』 治安維持法違反だ。



しかし、『30年後にノーベル賞を受賞できますように』とか、『アカデミー賞受賞祈願』とか、そういう大きな夢が見当たらないのが、ちょっと残念。

自分で書けって・・

耳かき嬢殺人事件3部作

2010-03-23 00:00:16 | 市民A
tokeiten1西新橋にある民家で、耳かき嬢の娘に対する理不尽な殺人事件が起こり、まったく無関係な祖母と合わせ2名が亡くなった事件が起きたのが2009年8月3日である。凶悪事件発生にまとめてある。

第二幕が起こったのは、2010年1月18日。今度は、凶行後、空家になっていた事件現場から不審火が発生。その結果、現場の周囲の16棟が焼失した。詳しくは呆然とニュースを聞くにまとめた。

その時に、焼けてしまった建物には、今でも味が懐かしい有名ラーメン店も含まれるのだが、何と言っても無念は、ある時計屋さんのことだった。

実は、何本か使っている腕時計の一つ、SEIKO製なのだが、はるかかつて買ったもの。この時計は、すでにメーカーにも部品がなく、壊れたら終わりというものなのだが、その修理を何度か頼んでいる。店主の腕は一級品だ。というか文字通りの一級時計士ということだ。

つまり、この時計店が亡くなれば、私のSEIKOの寿命が尽きるわけだ。

tokeiten3ところが、・・・

焼け跡に張り紙があった。

仮店舗でオープンとのこと。電池交換500円とのこと。

応援のため、家の中にある止まった時計を全部持って行こうかとも考えたが、一つずつ持って行って何度かに分けて応援しようと気が変わる。

そして、まったく時計店らしからぬビルの3階の事務所風店舗を訪れる。

実は、そのビルの2階には、時々通っている飲みながら将棋も指せるスナックがある。世の中狭いものだ。

さっそく時計店の店主とお話をしたのだが、やはり、「とりあえず、どうしたらいいのか、よくわからないため、時計の修理から始めた」とのこと。

tokeitennまあ、不運の話をしてもしょうもないので、世間話をする。その階下の将棋が指せるスナックは、元々、焼けた時計店の斜め前にあった関係で経営者のことをご存知とのこと。旦那が亡くなった後、奥さんが一人でやりくりしているそうだ。

となると、その奥さんの「あたかも夫」のように見える人物は、どういう関係なのだろうとか、他愛のないことで話が盛り上がったりしたのだが、とりあえず、激励終わり。

白夢国覚書(海宝明著)

2010-03-22 00:00:41 | 書評
hakumu副題が「ある銀行マンの見たヨーロッパ」とある通り、本著は欧州(ベルギー・ブラッセル)と日本の比較文化論であるとともに、1990年代初頭の邦銀の中で通用していた「常識」が、現代の企業の「常識」とかなりずれていた、というインサイダーレポートという、二つの軸を持っている。

ところで、堅い話は置いて、著者を知っているわけだ。将棋が強いバンカー(銀行員)だった。おカネが好きなプロ棋士というのもいるが、結構、経理マンには将棋が強い人も多い。詰将棋なんか、決算書を創るのと似ているのだろうか。横道にそれた。

昨年末、知人たちのアジト(いや失礼)になっている和食店で酔っ払っていると、彼が中央公論の編集者とともにやってきて、「今度、本出しましたから」とカバンの中から一冊手渡し、風のように姿をくらましたわけだ。

サインをもらうべきところ、ついうっかりしていて、さらに、本の一部を醤油で汚すという始末だったのだが、その後、本著を読む前に、彼の推奨である岩倉使節団の欧米ツアー記にとりかかっていたので、つい三カ月も読むのが遅れてしまったのだが、先日、仕事場(本当は社内では仕事してないのだが)に突如訪問の奇襲を受けてしまった。

まったく読んでいない本のことを読んだかの如く語ることは不可能なので、ややバツ悪し。

ということで、やっと読み終わり、間の抜けたメールを送ったりした。

冒頭に書いたとおり、本書には、ベルギー人のアイデンティティのことと、銀行マンのことと二つの軸があるのだが、もっとも笑ったのが、本店の要人を出迎えて、フランス料理店で社内接待するところだ。

まず、フランス料理の下見に行って、読めないメニュウを読むふりをすること。ワインのセレクトも同類だ。(本書には書かれていないが、いかなる準備も、もちろん客人が勝手に注文したら、ムダに終わる。)さらに、広い空港で、客人が迎えのハイヤーを長い時間待つことがないように、空港内に4台の貸し切りハイヤーを循環させて、もっとも近いハイヤーが駆け付けるように計画したそうだ。費用4倍だ。

これと最も似ているシチュエーションは、要人暗殺団だ。

(これも本書には書かれていないが、西武グループの堤将軍が一時、常にハイヤーを二台並べて走っていて、不意の車両故障に備えていたことを思い出す。三和銀行はまだかわいいかも。)

次に、メインじゃないことで恐縮だが、著者はベルギー人の友人から、一度、お城見学に誘われたそうだ。日本と異なり、欧州では今でも城に住んでいる貴族がいる。(今、日本ではお城に住んでいる家系は一つしかない。)私もお城ファンの片隅なので、そのあたりの欧州の事情について、後でメールで確認してみた。

やはり、居住に向いているのは、戦闘用のシャトーではなく、近世以降は平屋建て構造とのこと。日本と同じだった。

そして、ベルギー人特有の茫洋とした性格。著者は、ベルギー人のことをあの手この手で書き連ねるのだが、これがなかなかの苦労だ。特徴がなかなか言いにくい。

思うに、欧州というのは、各国別には、似て非なる物ではなく、似てもなければ非でもあるのだが、何となくジグソーパズルのように全体が集まると、「それが欧州」ということになるのだろうか。

多くの国は歴史のある時間、ナンバーワンだった。ギリシア、ローマ、オランダ、ポルトガル、スペイン、英国、フランス(ナポレオン)、そして最後に失敗したのがドイツ(ヒトラー)。一方で、チャンピオンになったことのない国もある。その代表がベルギーなのだろうか。

ベルギー人の有名人。Wikipediaに、ベルギー人の一覧という変な1ページがある。正直、3人しか知らない。オードリー・ヘップバーン(女優)、カール・ゴッチ(レスラー)、エルキュール・ポアロ(探偵)。ただし、一人は実在しない。


ところで、著者が勤めていた都銀は、結局、数回の合併の末、三菱東京UFJ銀行となる。主な母体は、三菱、東銀、三和、東海ということだろうが、当時、海外に強かったはずの東銀は国内で無謀な融資を始め、国内派だった三和はあわてて海外侵攻に突入、手薄になった阪神地区を名古屋中心だった東海が攻めはじめ、結局、当時から今まで何もしない三菱が生き残ったということを思えば、ちょっとむなしい。

ロマンス小説の七日間(三浦しをん)

2010-03-21 00:00:18 | 書評
romance7主人公のあかねは、海外ロマンス小説の翻訳を職業としている。一方で、ボーイフレンドと半同棲中である。

物語は、依頼されている中世英国の女領主の夫となる騎士とのロマンスの翻訳中に、ボーイフレンドが突如海外に放浪に出ると宣言。かっとしたあかりは、翻訳中の小説の結末ではハッピーエンドに終わるべきところ、原作を読まずに、女領主の夫を討ち死にさせてしまう。

一方、実生活のロマンスも危機に陥るし、親友はストーカー被害にあうし、翻訳をせっつく編集者がいるし・・

しかたなく、原作を読まずにロマンスは勝手な想像でどんどん書き綴られる。女領主は死んだ夫の友人と愛人関係に陥って王子を産んでしまう。侍女にばれそうになると、脅迫。もうめちゃめちゃだ。

結局、三浦氏は、ロマンス小説の中にロマンス小説を組み込むという難しい構造を作り上げ、一つの小説なのに、二つの小説、という労力を使ってしまう。まあ成功と言えるだろう。


ところで、翻訳中に時間がなくて、自分で適当に作文を書いてしまうという行為には、耳が痛いことがある。大学の卒論の関係だ。

当時の担当教授は、財政学の大御所であった。税調にも加わっていて非常に忙しそうだった。大学の卒論を書く季節に、担当教授から、「これから導入される『一般消費税』について本があるから、翻訳してほしい」と、ぶ厚い英語の本を渡される。

ところが、そういう作業って遅々として前に進まない。結果として、おおた理論により勝手に「一般消費税」を翻訳してしまった。その後、導入が決まったのだが、その本が何らかの影響を与えてなければいいのだけどね。

脳トレ7手詰(北浜健介著)

2010-03-20 00:00:49 | しょうぎ
かなりの詰将棋本を持っている。多くは遥か以前、二~三段の頃に解いたような気がする。その後、詰将棋を離れていて、何年か前に1年間『詰将棋パラダイス』誌に取り組んでから、創作の方に軸足を移動した。

notore以前の本は7手詰あたりから11手詰などが中心だったのだが、改めて北浜さんの7手詰の新刊を開く。『脳トレ7手詰』

以前は、これくらいの手数でも、うんうんと考えていたのだけど、詰将棋を作り始めてから、解くのも早くなった。もちろん、玉がすべて三段目より下に配置されていることもあるのだろうが、淀むところなく終わった。もちろん、第一感で詰まなくても、第二感では筋をはずさないからだろう。

ところで、自慢話を書くつもりではない。

7手詰のこと。

良い作品を作るとなると、案外、難しい。

7手といっても先手が指すのは4手である。もちろん後手の好手という裏技もあるが、基本的にはこの4手の中に好手を織り込むわけだ。

同じように5手詰の場合、先手の3手の中に2手の好手を入れれば好作ということになる。となると、7手詰で好手2つでは、一応作品として評価されるが、少し、間が抜けた感じになる。やはり好手3を要求される。最後の1手は簡単なことが多いので、残り3手がすべて好手というのは、作るほうには厳しい。どうしても好手2つ、と甘くなる。

9手詰なら5手の中に好手3つあれば好作なので、これはバランスがいい。7手詰同じように11手詰も少し厳しいところがあるが、長くなれば後手の好手(移動合とか中合とか後手不成とか)を入れる余地がある。

また、7手だと、駒を取るような展開も厳しい。駒を取る手に対して、後手が取り返したり逃げたりする一手があり、取った駒を使う一手が必要になるので、全体手数が長くなる。

そういうわけで、様々な支障が多いのが7手詰であり、解いた解答者から、「簡単すぎる」とか、「難し過ぎる」とか、謂れのない不評が出たりするわけだ。

ところで、プロ棋士による創作詰将棋といえば、以前は、塚田、二上、内藤と相場が決まっていた。最近では、伊藤果、谷川、北浜、双玉の神吉などだろうか。

いずれの棋士も、詰将棋の海を泳がなかったならば、もっと将棋が強かったかもしれない、と頭を掠めるが、深く考えないことにする。


さて、3月6日の出題作の解答は、こちら


本日の問題。一体、何手詰だろうか。



わかった、と思われた方は、コメント欄に最終手と手数を記していただければ、正誤判断。

ヤフー島の怪しい魚

2010-03-19 00:00:19 | あじ
aji大西洋産と地中海産のクロマグロの取引が禁止されそうになっていた。仮にそうなっていれば、近海物の取引には規制の影響はないが、結局、価格急騰ということになっただろう。人気魚なので、漁獲量が1/2になれば価格は2倍以上になるだろう。価格弾性値が1以上ならば、需要はかなり落ち込み、結局近海マグロの漁獲量も減少し、資源枯渇は免れるだろう。


逆に、政府が余計なお世話で何らかの購入補助金を支出すると、価格が下がり、クロマグロを取り尽くす方向に進むだろう。

何しろ、魚はマグロだけじゃない。

アジの話。有名なのは大分、関で水揚げされる「関アジ」である。「関サバ」というのもある。要するに、アジであっても並のアジじゃない。と、される。私は、そう好きでもない。大分ならば、城下カレイの方が美味いではないか。と、言いたい。

「されどアジ」とはいっても、アジはアジである。そこに常識の罠があった。

『幻の銀あじ』

ginajiアジは白身魚なのか赤身魚なのか、一概には言えない。あえて言うと青身魚なのだろうか。しかし、この『幻の銀あじ』は、紛れもない白身魚である。味は鯛よりもはまちよりも濃厚。しかも身が締まっていて堅い。きわめて美味しい味ではあるが、果たしてどういう形容をするべきか、よくわからない。何かに似ているとも言えない。臭みはゼロである。

しかし、銀ダラや銀むつや銀ジャケとか魚に銀を付けるのは普通だが、あじに銀をつけるのは普通じゃない。一体、どういう魚なのか。

スズキ目アジ科コバンアジ属ということだそうだ。稀に日本でも獲れ、マルコバンという和名だそうだ。「丸小判」と覚えればいい。

では、めったに獲れない魚で美味いとなれば、高額かといえばそうでもない。何しろ輸入品である。

原産地は、インドネシア。

首都ジャカルタから高速艇で2時間。無数にある島々の中の一つ、「ヤフー島(椰風島)」で養殖しているそうだ。

ただ、何となく思うのは、インドネシアでは海岸のマングローブ林を伐採してエビの養殖をすることが多いのだが、マングローブ林こそがエビの成長にはもっとも好適な条件らしい。このため、エビの養殖をすればするだけにエビの漁獲量が減っていくという矛盾がある。多くは、エビが獲れなくなった養殖場が、様々な魚類の養殖場に替わっているという話を聞いたことがある。

そうだとすると、ヤフー島も、ちょっと悲しい。

日経WEB化とフォーサイトWEB化

2010-03-18 00:00:07 | 市民A
現在のところ、日本の新聞社の中でWEB上でニュース配信にもっとも力を入れているのは日本経済新聞社である。というか、他の4大新聞は、何もやっていないのと同じだ。基本的には、日経はNIKKEI NETをそれ自体で完結するWEB版新聞に近付けてきた。他社は新聞をつくる過程の副産物としての存在に過ぎない。

こんなに充実していて、無料とはもったいない。これがあるから日経新聞を買わなくても済むのだから月額500円ほどの価値はあるのに・・と思っていたら有料化になった。たぶん、もっとずっと膨大な情報を集積したニューヨークタイムズのWEB版が有料になることを発表したから追随したのだろうか。いや、発表から実施までのスピードが速すぎるのではないだろうか。

それも、4,000円というのがビックリ価格だ。日経新聞有料読者は1000円ということだから、両方契約すると5000円超になる。というのも、新聞を取らなくても新聞紙面が同じフォームで読めるそうだ。たぶん、A3サイズで読みたいページを紙焼きすることもできるのだろう。

何か、変な感じがするのは、今まで、新聞とは別個に存在していたNIKKEI NETが、「新聞紙」という重荷を背負って高額になっているような気がしてならない。

何となく、日経の大失敗によって、他の新聞社も「とてもやっていけない」とWEB化を考えることもなくなるのかもしれない。何しろ、WEB新聞では、新聞販売店のメシのタネである折り込み広告(チラシ)が無くなってしまうことになるからだ。

ところで、今年の3月号をもって廃刊になった新潮社の会員制月刊誌『フォーサイト』だが、何とWEB版で復活しそうである。公表されていた読者数は3万人とかになっていたが、数年前に読者になった私の会員番号が5000番台であることからして、実際は、もっともっと読者数が少人数だったのではないかと疑ってはいる。新聞とは異なり、記名ライターである。だからこそ、インサイドの記事を書くために会員制になっていたわけだ。月刊誌1冊の価格は1000円だった。

この前、WEB版に期待するとの手書きの手紙も書いて送ったのだが、「定価はあまり高くしないで下さい」と特に太字マジックで書いて送った。

でも、あまり期待していない。

1960年代の肖像(後藤正治著)

2010-03-17 00:00:18 | 書評
1960nenまず、この著書。「岩波現代文庫」である。岩波書店の本は、確か出版社が売切制(返品お断り)だったはず。そういうことで、町の小さな本屋では売られていないことが多い。さらに、岩波文庫については、著者のすべてが冥界入りしているはずである。著作権切れを待って一儲けしようと思っていても、気が長い話である。というわけでもないだろうが、新たに、生存中の著者のために「岩波現代文庫」が誕生したのだろうか。

1960年代日本の何人かの人物をとりあげたノンフィクションである。著者は後藤正治氏。

だが、少し暗い。

思うに、ノンフィクションライターといってもタイプは様々。ネアカで、本来悲しい運命の主人公に対しても、「こうして、●●は、貧困と絶望の中でこの世を去ったのだが、現在の最高級の評価を考えれば、案外、墓石の下で大笑いをしているのかもしれない」とか勝手に書く人もいる。また、新聞記者や刑事のように証拠を積み上げて事実風に書きあげるタイプもいる。

しかし、後藤正治氏のタイプは、まったくのネクラ風と見かける。

まず、本書でとりあげる1960年代のヒーローは5組。

藤圭子。
 滅びの演歌と名付けている。不幸がワンピースを着て歩いている、と表現。『新宿の女』のヒットと、それが完成するまでの秘話から始まるわけだが、そんな個人的な秘密を調査してもいいのだろうか。彼女に関連する様々な群像が描かれるが、唯一、藤圭子本人は、インタヴューに応じなかったそうだ。

ファイティング原田。
 彼のことは、ちょっとしたことで知っているのだが、基本的に紳士である。だから、いくらほじくっても暗い話は出てこない。一方、デビュー当時、三羽カラスといわれた原田、海老原、青木を並べ、海老原、青木のことを追う。海老原はごくありがちな小さな成功を積み上げ、彼なりの名声を得るのだが、飲み過ぎがたたり早世してしまう。残念ながら問題児だった青木勝利の行方を著者がつかむことはできなかった。

ボビー・チャールトン、ジョージ・ベスト、ビートルズ。
 英国人シリーズの中では、いくつかの疑問もあるのだが、まあ自分で調べることにする。

戦後最高の名馬シンザン。
 成功物語のところよりも、36歳で大往生したシンザンの晩年の姿が、胸に重い。60ページのうちの最後の1ページなのだけど。本書で一番のページ。立ち読みする人のために書いておくと247ページの最後の方から248ページにかけてである。

吉本隆明。
 つらつら思えば、彼は予言者だったのか。ということに気づく。何か読んでみようかと思うのだが、現在の思想を予言した過去の書物を読むというのは、実はつまらないことではないだろうか、とも思えて、少し考えることにする。