木之下晃写真展<音楽の決定的瞬間>

2009-08-05 00:00:05 | 音楽(クラシック音楽他)
川崎のミューザ川崎併設展示室では、サマーミューザ開催中、写真展が開かれている(7月26日~8月26日)。

d音楽写真家として著名な木之下晃氏が、ミューザ川崎で演奏したマエストロ(巨匠)たちを被写体とした一連の作品展である。ミューザの歴史は5年間。その5年を振り返るには最高の機会かもしれない。

ところで、人物像を写すというのもいくつかパターンがある。例えば、俳優の写真となると、写されることが普通の仕事である。逆に、自然な姿ということにはならないだろう。

それから作家。こちらは写されることが仕事なのではないが、結構、作品をフォローするコマーシャルみたいなものが多く、本人よりいい男(女)に写っているものが使用される。さらに、ニコッと笑った顔の写真は皆無で、みな世の不幸を自分のペン一本で支えているような仰々しさがある。写真の重みに負けたのが自殺の原因ではないかと思うほどの小説家もいる。

そして、スポーツ選手。こちらは、スポーツをする時の表情以外は、間違いなくだらしない。証券会社のコマーシャルに登場する野球選手やカレー好きな若過ぎるゴルファーなんか見苦しい限りだ。スポーツ選手はスポーツの中で一瞬現れる表情以外は、記録に残すようなものじゃない。

gそして、音楽の世界だが、どちらかと言えばスポーツに近い。表情は再現性がなく、刹那的である。指揮者は恍惚の表情になったり、苦しそうにいらついたり。ヴァイオリニストは口元をひんまげることになったり、ピアニストは汗のしぶきを飛ばす。

もちろん、スポーツと異なるのは、一応、楽譜に従って演奏するので、写真家も、およその見当は付くわけだ。この指揮者がこの交響曲を振ると、どこでどのような表情になるかなど。

デュトワやゲルギエフというのは、指揮棒を持たなければ、単に「人相の悪い国際詐欺団の一員」みたいだ。デュトワは2005年11月の撮影。ゲルギエフは2006年1月の撮影である。



sまた、ソリスト、特に女性の場合も、ONとOFFの表情の差は大きい。あまり女性の容姿容貌について記すのは危険が大きいので、男性の「国際詐欺団」にあたる言葉を、「女性なら○○○」と具体的に書くことはやめるが、サラ・チャン(2007年11月)、ソル・ガベッタ(2007年7月)など演奏中の表情は豊かだ。

ミューザの大幹部でもあるピアニストの小川典子さんはじめ日本人女性ソリストも多数が被写体として登場である。おカネに余裕のある方には、写真集も各種販売されているが、演奏会のチケット代まではつぎ込まないほうがいいだろう。