蛍川・泥の河 (新潮文庫) 価格:¥ 380(税込) 発売日:1994-12 |
解説を桶谷秀昭氏が書いてゐた。これも失念してゐた。
――『泥の河』で出發した宮本輝は、若年にして文學以前の生活に心を勞した人の翳をその表情に漂はせてゐた。
この小説は、昭和三十年の大阪を描いてゐる。かう書かれてゐた。「昭和三十年の大阪の街には、自動車の數が急速に増えつづけてゐたが、まだかうやつて馬車を引く男の姿も殘つてゐた。」
土佐堀川の邊りでも馬車が歩いてゐた。さういふ時代からまだ半世紀である。
桶谷氏は、かうも書いてゐる。
――近代生活の味を知つてしまつた日本人が、銀子の感受性を失つてしまつたとしたら、やはりそれは美徳の喪失にほかならないのである。失はれた美徳は、いまの日本人が再び貧困に見舞はれる事態になつたとしても、取り戻すことはできなのではないだらうか。むしろ貧してさらに淺ましくなる心性が露呈するかもしれない。
「銀子」とは、この小説のなかで泥に浮ぶ船の中で生活する家の女の子の名前である。無口であるが強い心の持ち主で、生活に耐えてゐることにも決して負けない少女である。「お米がいつぱい詰まつてゐる米櫃に手ェ入れて温もつてるときが、いちばんしあはせや」と言ふ女の子である。
古風な小説である。が、かういふ小説が殘るのではないか。
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