言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

時事評論石川 2019年11月号

2019年11月23日 21時04分56秒 | 告知

「時事評論石川」11月号(787号)のお知らせ。

 西洋と日本は違ふのだ。さういふことをかつて松原正は書いてゐた。そして今日、そのお弟子である留守先生がそのことを言ひ続けてゐる。今回の『常長』は木下杢太郎の作品であるが、それを取り上げた留守先生のお考へでもある。

 かういふことを言ひ続けることの意味を、果たしてどれだけの人が分かるだらうか。今はグローバリズムといふことがさも当たり前のやうに言はれる。確かに英語帝国主義は激しく滲透してきてゐる。しかし、たとへさうであつても、日本と西洋は違ふといふことに変はりない。私たち日本人にとつては西洋は異国であり、異文化であり、分からないことは存在し続けるのだ。さういふことを自覚しなければならない。

 ただ私はそれでも価値は一つであると思つてゐる。富士山ののぼり口は山梨側にも静岡側にもある。その登山道から見える景色は、それぞれ違ふ。しかし、その違ひは、同じ富士山の景色である。そのことを知らずに違ひを述べても致し方ない。だから、私はどちらかの景色が絶対で、どちらかの景色が優位であるといふことは正確ではないと考へる。どちらも絶対であり、どちらも正しい。しかし、それは同じ絶対の相対的見方に過ぎない。さらに言へば、富士山だけが絶対であり、その登山道を歩く人間も、それぞれが観る景色も相対である。絶対と相対とが同一物において成り立つといふことこそ、真実の姿であらう。絶対矛盾の自己同一とは、さういふことではないかと考へてゐる。

 

 今月号の内容は次の通り。

 

 どうぞ御關心がありましたら、御購讀ください。  1部200圓、年間では2000圓です。 (いちばん下に、問合はせ先があります。)

                     ●    

「表現の不自由展・その後」のその後

二枚舌の「朝日」と詭弁の「芸術家」

       宮崎大学准教授  吉田好克

            ●

蠢くアメリカ、トルコ、シリアそしてIS

 クルド民族の悲劇

       経団連ビジティングアナリスト  佐々木良昭

            ●

教育隨想  教員いぢめ―日教組よ、あんたの出番やで(勝)

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「この世が舞台」

 戯曲『常長』 木下杢太郎

       早稲田大学元教授 留守晴夫

 

            ●

コラム

  九%ではだめだった? (紫)

  予言と予見(石壁)

  話すことと書くこと(星)

  校長と教育委員会(白刃)

                ● 問ひ合せ 電話076-264-1119 ファックス 076-231-7009

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