ライターの脳みそ

最近のマイブームはダム巡りと橋のユニークな親柱探し。ダムは目的地に過ぎず、ドライヴしたいだけ…。

騒動が発端…三ツ森ダム(溜池)

2022-06-06 06:54:29 | 福島(ダム/堰堤)
どーも、ワシです。今回は福島県安達郡大玉村玉井(たまのい)にある阿武隈川水系の三ツ森(みつもり)ダムを訪れます。このダムは三ツ森溜池とも言い、ダム上へは近くを走る県道146号から行くのですが直接ダム上に行くことはできません。そこで地図を見ると県道からダムの下流へ向かう細道があり、そこを入って行くと当該ダムに到着します。

溜池が築造されるきっかけの多くは水利権に関係しています。ここも例外ではありませんでした。事の発端は大正13年(1924年)に起きた「鳴俣(なるまた)騒動」です。この地域にはもともと鳴俣堰(なるまたぜき)なる用水路があり、本宮町(もとみやまち)と大山村で水を分け合っていました。そして3日のうち1日は大山から本宮へ分水するという習慣になっていたそうな。

ところがこの年の夏は雨が降らず、本宮へ水が流れてこなかった。不審に思った本宮の農民らは鳴俣堰の取水口に押しかけ、実力行使で分水しようとします。これに激怒した大山村民は本宮の商店と取引をしない「不売買同盟」を結成。これが「鳴俣騒動」で、その後三回の調停会を経て解決に至ったようです。

その後、こうした事件が二度と起きないようにするため、昭和5年(1930年)に「安達太良(あだたら)普通水利組合」が結成されます。その対策として「安達郡本宮町外一ヶ村水利改良工事」が計画され、昭和7年(1932年)7月に着工。昭和14年(1939年)6月に完成し「三ツ森溜池」と命名されたそうな。(参考)(参考

そんな歴史を背負っているのが、この三ツ森ダム(三ツ森溜池)なんですね。



これがダム上なんですが、ご覧の通り先へ行くことはできません。監視カメラが設置されていて、下手に侵入すれば警察へ通報されるそうなので…。





仕方がないので、左岸からダムの下流側の景色を撮ってみました。



同じく、左岸から貯水側を見ると、こんな感じです。



左岸側には色鮮やかな鳥居が…。



基本的に溜池なので、特に見るところはありません。でも築造の経緯を知るとダムも違った景色に見えてくるから不思議ですね。
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