言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

『マルクス主義とキリスト教』

2018年02月12日 12時50分24秒 | 本と雑誌
マルクス主義とキリスト教 (1956年) (角川文庫)
矢内原 忠雄
角川書店


 矢内原忠雄を引き続き読んでゐる。
 『マルクス主義とキリスト教』は全集第16巻の巻頭に収まる大論文である。
 キリスト者にたいして、マルクス主義はどういふものかを社会科学者たる矢内原が渾身の筆致で書いたものだ。
 今日では、マルクス主義など見向きもされない思想であり、もう「終はつた」思想であると思はれてゐる。しかし、どつこいさうはいかぬ。唯物的な発想は健在どころか、ほぼ日本人の思考はそれに染め上げられてゐる。合理的精神といふものがそれであるが、その一方に神秘的なものを認めない合理主義は、唯物思想であるといふことに気が付いてゐない。
 「いや私は元旦には神社に行つてゐる」「いや私はお墓参りに行つてゐる」といふ人は多いだらう。しかし、それは習慣であつて、精神の領域で考へてはゐまい。神社やお墓には何かあるのか、それは合理的精神に反する行為であるが、私は合理では判別できないものがあるからそれを大事にしてゐると言へば、それは習慣を脱した精神である。しかし、さうでなければ習慣の域を出てゐない。
 合理主義とは科学主義とも言へるが、それは18世紀以降のもので、もしかしたら流行思想であるかもしれない。さう構へて人間や自然の理解を深めていかうといふのが、神秘を認める精神である。
 『マルクス主義とキリスト教』は、その意味でとても魅力的な指南書となつてゐる。

「かつて内村先生の言はれしごとく、霊と真実とをもつて神を排する『キリスト教は宗教に非ず』である。」
「例へば宗教は人間が人間たることによりて共通に与へられたる第一原理にして、あたかも富豪も貧民もその肉体的生存に空気を要することに差異なきがごとく、その霊的生命のためには神を必要とすることにおいて区別ないのである。宗教は宗教本来の領域において、即ち魂の問題においては明白に人類的超階級的である。」

 付けたりとして、三木清の書評への反論が載せられてゐる。これがよい。3頁ほどであるが、本論文の趣旨を矢内原本人が要約してゐるかのやうである。全集ならではのものであり、全集の編集スタイルとしても巧みである。
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段差を一つ見つけました。

2018年02月07日 13時50分25秒 | 日記
一橋大学の入試問題を解いてゐる。10年ほど前のもので、肉声による情報の重要度とメディアによる情報の重要度が転倒したといふ内容であつた。そのことをちよつと高校生には分かりにくい表現で書いてゐて、ご多分に漏れずそこに線が引かれ、どういふ意味かと訊いてゐた。転倒といふ意味はひつくり返ることだが、一人の生徒は倒れたといふ意味で理解してゐた。それでは何のことか分からうはずはない。
20分くらゐしてその事態に私もその生徒も気づき大笑ひしたが、なかなか痛快であつた。もちろん語彙の少なさは咎めなければならないし、教へてきたこちらの無力も恥ぢ入るばかりだが、なんだか鉱脈を発見したやうな気がして学びの必要性を再確認する時間となつた。
これで今月25日の入試に間に合ふかといふことであるが、間に合ふに決まつてゐる。自分の読みと正解との間に段差があるといふことに気づいたといふことは、それだけ読みが深まつてゐるといふことだからである。
今年がダメなら来年も頑張ればいい。そして自分がもう来年は嫌だと思ふのならやめればいい。受験などさういふものである。
そして大学もまた、その程度の場所である。いや大学はさうでなければならない。中等教育においても問題なのは学びが発動する人を育ててゐるかどうかである。受験はそのための方便である。そのことを理解しない人が行ふ全ての改革には、段差が見えてゐないゆゑのお気楽さと無茶ぶりとが同居してゐる。
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自分としてのソクラテスは死んでいるが、働きとしてのソクラテスは生きている。

2018年02月05日 16時29分49秒 | 日記
東京大学の2015年の国語の入試問題である。

 出典は、下の本から。

傍らにあること: 老いと介護の倫理学 (筑摩選書)
池上 哲司
筑摩書房
   


 引用された部分の最後の段落は、次の通り。


「自分としてのソクラテスは死んでいるが、働きとしてのソクラテスは生きている。生成する自分は死んでいるが、その足跡は生きている。正確に言おう。自分の足跡は他人によって生を与えられる。われわれの働きは徹頭徹尾他人との関係において成立し、他人によって引き出される。そして、自分が生成することを止めてからも、その働きが可能であるとするならば、その可能性はこの現在生成している自分に含まれているはずである。そのように、自分の可能性はなかば自分に秘められている。この秘められた、可能性の自分に向かうのが、虚への志向性としての自分の方向性でもある。」


 決してわかりやすい文章ではない。悪文でないと試験問題たり得ないといふ逆説を、入試の問題は体現させられてゐる。入試問題を解いてゐる生徒が毎年言ふのは、もつと分かりやすく書けないのですかといふこと。
 たぶん「書けない」のだと思ふ。それは半分は筆力の問題であるが、半分はさうとしか書けない「こと」が筆者のなかにはあつて、その模索の過程こそが文章として表現されてゐるといふことなのである。だから、どこかに傍線を引いて「分かりやすく説明せよ」といふ問題があつたとして、その解答を筆者が見て、「これは違ふ」といふことは十分に考へられる。そんな「分かりやすく書かないでくれ」といふ不満の心情がこみ上げてくるだらうからである。
 しかし、最大公約数的に「分かりやすく書く」ことも可能で、その根拠は、文章が悪文であるからである。悪文を最大公約数的に「分かりやすく書くとかうなります」といふのが、入試の解答である。しかし、その「公約数」が「最大」であるかどうかがまた問題であつて、先般京都大学と大阪大学の物理の入試問題で採点ミスがあつたが、国語に関して言へば、解答にいろいろあるのが常態であり、予備校毎に解答が違ふといふのがむしろ健全なことであるとさへ言へる。
 国語が入試に課されるのは、さういふ性格の教科だからである。国語でしか訊けないことがあるから、国語を課してゐるのであつて、答へが一つに決まる問題を国語に求めても仕方ない。

 さてさて、この文章で東京大学は、どこをどう出題したのか。
 それは一番最後の文に傍線を引き、「どういうことか。本文全体の論旨を踏まえた上で、100字以上120字以内で説明せよ」と問うてゐる。

 私の答へは、以下の通り。

「死によって生成することを止めても、他者が自分との応答を通じて、自分の中にあった可能性を引き出してくれるということを自覚し、自分や他人が自分について抱いてきたイメージから自由になろうとして、自分自身も現在を生きるべきだということ。」
 
 114字。いかがであらうか。「虚への志向性」は、この部分だけでは分からない。三つ前のところに出てくる。「志向性」「方向性」を「~べき」とした。虚は、現実の対義語で、今はないものとすれば、「可能性」とでもするしかなかつた。
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「嘘を愛する女」を見る

2018年02月04日 19時08分32秒 | 日記
忙しいから気持ちを切り換へたくて、映画を観に行くことにした。朝一番の劇場はとても空いてゐた。観たのは「嘘を愛する女」。観た後の印象はタイトルが違ふのではないかといふこと。家内がどんなタイトルがいいのかと訊くので、「愛に気付いた女」だと思ふと答へた。内容は書かない。内容からしたら私の方がいいと思ふが、それでは観に来る人はゐないかもしれない。プロが付けた名前に違和感があるが、それが狙ひなのかもしれない。事実、この映画を観た私もかうしてこの映画について書いてゐる。餅は餅屋。そこまで含めて考へゐるのだらう。

観て損はない。

嘘を愛する女 (徳間文庫)
岡部えつ
徳間書店
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大学入試問題を解いてゐます。

2018年02月02日 23時16分08秒 | 日記
国公立大学の願書受付が終はり、あとは25日の本番を待つばかり。阪大や京大の物理の問題での不備が取りざたされてゐるが、入試は滞りなく行はれる。
今は問題を解いては生徒の解答を添削してゐる。言つて良ければ、入試問題は悪文ばかり。それらを読みながら生徒の答案を採点する。これが随分大変。
しかし、これ無くしては国語力はつかない。単なる受験力ではないかといふ疑問は尤もだが、悪文を読んで主張を読み取るといふのは、それはそれでかなりの読解力だと思ふ。

休日はない。そして、それらの文章を読んで頭が軋んでくるので、それらを癒すために別の読書が必要となる。あと20日ほど。ここが堪えどころだ。

東大の現代文25カ年[第8版] (難関校過去問シリーズ)
桑原 聡
教学社
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