言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

『結論は出さなくていい』は現実だけにして

2018年02月16日 22時14分19秒 | 日記

結論は出さなくていい (光文社新書)
丸山俊一
光文社


 NHKのプロデューサーで「ニッポンのジレンマ」など人気番組を担当してきた丸山俊一氏の著書。本屋でそのタイトルに惹かれて購入したが、これほど「結論のない」本が出版されるといふのもすごいことだと思つた。

 終りの方で著者自身がかう書いてゐる。

「開き直るわけではないが、この一見脈絡ない運動性こそが、ひとつの思考の方法なのであり、安易には消費されない免疫力を持つ哲学にもなりうるのではないかと、いまいちど『詭弁』を展開しておこう。この脳内のニューラルネットワークのような『想定外』のつながりの豊かさは、映像を通して想像力を喚起されながら考えることの醍醐味に似ている。」


 「この運動性」といふのが、本書の文章の書き方である。今まで読んで来て影響を受けたり、考へるきつかけを与へられたりした本の引用がちりばめられてゐる。それらの多くは現代思想であり、なるほど1962年生まれだから、ニューアカデミズム全盛期、社会科学も人文科学もマルクス主義の亡霊から少しづつ離れ始めた頃で、今となつてはそれらもまた亡霊にすぎなかつたのであるが、それでもいろいろな知識人が旺盛に発言してゐた。さういふ時代の中で、読んできたものを並べ、それについての感想を書き記してゐる。しかし、だれ一人としてこの著者の精神や思想の核となるものはなかつた。だからすべてはパッチワークである。
 なるほど「ジレンマ」をテーマに番組が作れる訳だ。同じ時代にあつても、思想を丁寧に形作らうとした思想家はゐたのであつて、今私が読んでゐる矢内原忠雄や、福田恆存、山崎正和、それから井筒俊彦だつてゐる。初めから結論を出さなくていいといふ構へではなく、結論めいたものがあるはずだとして、ベールを一枚一枚剥がしていくやうな学問の進め方を実践する思想家を読んでゐたら、もう少し違つたスタイルになつたのではないかと思はれる。

 その結果、結論が出なかつたといふのであればいい。むしろ、それが自然である。しかし、結論は出さなくていいといふスタイルで始めれば、結論に出会つた時に、それを拒否したり見過ごしたりしてしまふのであらう。結論を前にしてその結論に結論でないと言明するといふのは、ジレンマであるが、それはもはや自家中毒である。思想の未熟であらう。
 かういふカタログのやうなものではなく、もう少し丁寧な思想的探求を期待してゐた。

コメント
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