保存会の活動から学んだこと(1)
お茶の水大学 博士課程・渡辺千尋
稲岡工業株式会社文書との出会い
「稲岡工業株式会社文書」を初めて見たのは2013年の秋、県歴史文化遺産活用推進員の小林誠司さんのご案内でした。台風が近づいて雨が次第に本降りになる中、倒産した稲岡工業跡の事務所棟・倉庫・蔵は電気もつかず散らかり放題で、まるで廃墟のように思えました。雨漏りで湿った倉庫に取り残された史料の山を見て、アーカイブズを勉強したことのある者として、これは放っておけない!と思ったのです。でも当時は小林さんと二人きりで、こんな大量の史料をいったいどうすれば…と途方に暮れる思いでした。
そもそも私が稲岡工業文書のことを知ったのは、『加古川市史』を読んでのことです。文書を見たくて稲岡工業部分の著者である広島県立公文書館の西向宏介先生にお手紙を出したところ、松岡資明さんの書かれた日経新聞文化面の記事の切り抜きをお送りくださり、稲岡工業倒産後の文書の行く先を大変心配しておられるとのことでした。そこで私は西向先生に現状をお知らせし、小林さんは地元の多くの方々にかけあってくださり、史料が引き寄せたのか不思議に人が人を呼んで、「稲岡工業株式会社保存会」が立ち上がったのでした。
史料の内容を楽しむ
さて保存会ができてみると、私の当初の責任感や気負いもどこへやらでした。保存会世話役の吉田さんご夫妻に私はすっかり甘えてしまい、調査の際にはお宅に泊めていただき、自転車をお借りしてお昼ご飯に菜漬のおにぎりまで持たせてもらい、コスモスの咲く田んぼ道を通って今は稲岡鉄工さんが賑やかに操業している事務所棟の二階へ通う、大変楽しい史料調査となりました。それだけでなく、保存会に集まった方々のお顔ぶれがまた、楽しいのです。特に昭和32年に稲岡商店(稲岡工業株式会社の前身)に入社された「生き字引」の當間亨さんが、調査をする上での案内人になってくださいました。
當間さんのご指導を受けながら稲岡商店創業兄弟の稲岡孝治郎『当用日記』を読み、書簡集や帳簿を突き合わせていくことで、稲岡商店の動向が立体的に見えてくるように感じています。また地域史家として稲岡商店に興味を持たれている上月先生ご夫妻、鐘紡との関係について調べにいらしている武内さんご夫妻など、異なる視点やバックグラウンドを持つ方々のご意見をうかがいながら一つの史料を解読していくことも、とても刺激的な体験になりました。上月先生には加古川の地域史を研究する上でまず見るべき文献と行くべき図書館(『兵庫県史』・『加古川市史』・『志方町史』、兵庫県立図書館)、今は廃刊になってしまった志方公民館情報紙『志方郷』など、基本的な研究成果を教えていただきました。これから武内さんのコーディネートで、鐘紡の元マーケティング室長の池田則一さんをお招きして當間亨さんとのトークセッションも企画中です。どんなお話が出てくるのか、今からとても楽しみです。(no3199)
*写真:稲岡工業の文書について講演する渡辺千尋氏(西神吉町大国レインボー会館にて)